関連審決 | 無効2004-80206 |
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関連ワード | 新規性 / 29条1項3号 / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 周知技術 / 技術的範囲 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 遡及 / 発明の利用 / 分割出願 / 参酌 / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10796号
審決取消請求事件
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原告フ ジテック株式会社 訴訟代理人弁護士内田敏彦 訴訟代理人弁理士後藤文夫 被告三 菱電機株式会社 訴訟代理人弁護士近藤惠嗣 同 中澤歩 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/11/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1特許庁が無効2004−80206号事件について平成17年10月11日にした審決中,「本件審判の請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。 2訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求主文第1項と同旨第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯被告は,発明の名称を「機械室レスエレベータ装置」とする特許第3438697号(平成5年4月5日出願の特願平5-78142号の一部を平成12年3月23日に分割出願,平成15年6月13日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許の特許権者である。 本件特許に対し,平成16年10月29日,原告が特許無効の審判請求をし,特許庁は,この審判請求を無効2004-80206号事件として審理したが,その手続中の平成17年6月14日,被告は訂正請求をした。特許庁は,審理の結果,平成17年10月11日,上記の訂正を認めた上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月21日,審決の謄本が原告に送達された。 2特許請求の範囲平成17年6月14日付け訂正請求による訂正後の本件特許の請求項1ないし4(請求項の数は全部で4項である。)は,次のとおりである。 【請求項1】昇降路内を昇降するかごおよび釣合おもりと,前記昇降路内に設置され,前記釣合おもりをガイドする釣合おもり用レールと,前記昇降路内に設置され,前記かごをガイドするかご用レールと,前記かごを吊るとともに前記釣合おもりの頂部を一箇所の支持で吊るロープと,前記昇降路内に設けられ,前記かごから前記釣合おもりに至る間のロープの一部分が巻き掛けられる巻掛手段とを有し,当該巻掛手段は,平面図において,前記かごと離れて配置され,当該巻掛手段の回転面を前記昇降路壁に対して傾斜させて配置したことを特徴とする機械室レスエレベータ装置。 【請求項2】昇降路内を昇降するかごおよび釣合おもりと,前記昇降路内に設置され,前記釣合おもりをガイドする釣合おもり用レールと,前記昇降路内に設置され,前記かごをガイドするかご用レールと,前記かごおよび釣合おもりを吊るロープと,前記昇降路内に設けられ,前記かごから前記釣合おもりに至る間のロープの一部分が巻き掛けられる巻掛手段とを有し,前記かごおよび釣合おもりを一つのロープで吊るとともに,当該巻掛手段は,平面図において,前記かごと離れて配置され,当該巻掛手段の回転面を前記昇降路壁に対して傾斜させて配置したことを特徴とする機械室レスエレベータ装置。 【請求項3】昇降路内を昇降するかごおよび釣合おもりと,前記昇降路内に設置され,前記釣合おもりをガイドする釣合おもり用レールと,前記昇降路内に設置され,前記かごをガイドするかご用レールと,かごの中心と釣合おもりの中心とを結ぶ線上で前記かごを吊るとともに前記釣合おもりを吊るロープと,前記昇降路内に設けられ,前記かごから前記釣合おもりに至る間のロープの一部分が巻き掛けられる巻掛手段とを有し,当該巻掛手段は,平面図において,前記かごと離れて配置され,当該巻掛手段の回転面を前記昇降路壁に対して傾斜させて配置したことを特徴とする機械室レスエレベータ装置。 【請求項4】前記巻掛手段は,前記昇降路の上部に配置されるとともに,平面図において前記釣合おもりと重ならせて配置したことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の機械室レスエレベータ装置。 (以下,審決と同様に,請求項1ないし4に係る発明をそれぞれ「訂正発明1」などといい,これらを併せて「訂正発明」と総称する。)3審決の理由別紙審決書の写しのとおりである。要するに,訂正発明は特願平5-78142号の出願(以下,この出願を「原出願」という。また,原出願の出願当初の明細書及び図面は,甲第1号証(特開平6-286960号公報)のとおりであり,以下,これを「原明細書」という。)に包含されるものであって,本件出願は,原出願をもとの出願とする適法な分割出願として,特許法44条2項の規定により原出願の出願日である平成5年4月5日に出願したものとみなされるから,請求人(原告)の挙げる平成6年10月11日公開に係る特開平6-286960号公報(甲第1号証(原明細書と同一)。以下,公知文献として用いるときは,「本件刊行物」という。)は,本件出願前に頒布された刊行物に該当せず,訂正発明は本件刊行物に記載された発明との関係で同法29条1項3号の規定に違反して特許されたものということはできない,とするものである。 審決は,平成12年3月23日に原出願の分割出願として特許出願された本件出願が分割出願の要件を満たすかどうかを検討するに当たって,原明細書の段落【0041】の記載事項について,次のとおり認定判断し,原明細書の実施例1に関する記載事項及び段落【0041】の実質的な記載事項等を勘案すれば,訂正発明は原出願に包含されていると判断した。 (1)原明細書の段落【0041】には,「【発明の効果】以上のように,この発明によれば吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置することにより,かごと釣合おもりを近接して設置することができるので昇降路の寸法を低減できる。」との記載がある。 (2)原明細書の段落【0041】に記載される「この発明」は,原明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載される発明を指すものであって,「釣合おもりに配設したリニアモータの電機子と,上記リニアモータの電機子と係合して推力を発生するリニアモータの二次導体とを備えたリニアモータ駆動方式」エレベータ装置の発明である。 しかしながら,原明細書の段落【0041】に記載された「吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度を持って設置することにより,かごと釣合おもりを近接して設置することができるので昇降路の寸法を低減することができる。」という技術思想(以下,審決と同様に「本件技術思想」という。)自体は,吊り車の釣合おもり用レールに対する配置により達成される作用・効果を示すものであり,エレベータの駆動方式に直接関わるものとも,特定のエレベータの駆動方式を前提にするものともいえず,原明細書の全記載を参酌しても,本件技術思想がリニアモータ駆動方式以外のエレベータ装置には適用し得ないものであるとする技術的根拠を見いだすことはできない。 むしろ,リニアモータ駆動方式以外に,エレベータ駆動装置の形状寸法や配置場所に制約されることなく,「吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置する」ようにすることができ,「かごと釣合おもりを近接して設置」し得るような巻上機駆動方式や油圧駆動方式のエレベータ装置は,原出願の出願日以前に当業者に当然に知られた事項である(例えば,乙第1号証,甲第5号証)ところ,かかる原出願の出願時点における技術水準に照らせば,本件技術思想は,リニアモータ駆動方式のエレベータ装置のみならず,それ以外の駆動方式のエレベータであっても,吊り車の釣合おもり用レールに対する配置により,昇降路の寸法を低減し得るエレベータ装置であれば,適用し得るものと解するのがより合理的である。 そうすると,原明細書には,リニアモータ駆動方式のエレベータ装置への適用を前提とする発明とは別に,上述の巻上機駆動方式や油圧駆動方式等を含め,駆動方式に関わりなく本件技術思想を適用することにより成立する発明が包含されていると解するのが相当である。 また,実施例1として「本件技術思想」の構成(部品)間の相互の関連を詳細に述べた原明細書の段落【0031】にも,上記判断を覆すような事項は記載されていない。 第3原告主張の取消事由の要点審決は,分割出願の要件の充足性の判断を誤り,本件出願が適法な分割出願として,その出願日が実際の出願日である平成12年3月23日ではなく,原出願の出願日(平成5年4月5日)に遡及すると判断したため,訂正発明を平成6年に頒布された本件刊行物に記載された発明と対比せず,訂正発明の新規性の判断を誤ったものであるところ,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。 1分割出願の要件の充足性の判断の誤り本件出願は原出願の分割出願として出願されたものであるところ,適法な分割出願というためには,本件出願に係る訂正発明が原明細書に記載されていたものでなければならない。訂正発明の「機械室レスエレベータ装置」の駆動方式は,特許請求の範囲の記載において何ら限定されていないから,リニアモータ駆動方式,巻上機駆動方式,油圧駆動方式その他の駆動方式のいずれも包含する。ところが,原明細書には,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」についての記載があるのみで,これ以外の駆動方式(例えば,巻上機駆動方式や油圧駆動方式)の機械室レスエレベータ装置についての記載は一切存在しない。 原明細書の発明の詳細な説明の段落【0001】には,「産業上の利用分野」について,「この発明は,リニアモータ駆動方式エレベータ装置に関するものである。」との記載があり,発明の利用分野を明確に特定の駆動方式のエレベータに限定している。また,同段落【0002】においては,「近年,従来の巻上げ式のエレベータに対して巻上げ機が不要なため屋上に機械室を設ける必要がなく,建物の高さを有効に活用できるリニアモータ駆動方式エレベータ装置,例えば特開昭57-121568号や特開平4-55278号に示されるものが提案されている。」と記載されている。「巻上げ機が不要なため」との記載があるから,「巻上機」の設置を必要とする「巻上機駆動方式」の機械室レスエレベータ装置を排斥していることは明らかである。さらに,原明細書にある実施例8例は,いずれも「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」のものであり,他の駆動方式による実施例は記載されていない。 上記のとおり,原明細書には「リニアモータ駆動方式」以外の駆動方式の機械室レスエレベータ装置についての開示はない。審決は,「開示されている発明」と「開示されている発明から容易推考な発明」とを区別することなく,同一視して,判断を誤ったものというべきである。 なお,巻上機駆動方式や巻胴駆動方式の機械室レスエレベータ装置においては,吊り車の設置角度θを直角(90度)にして昇降路寸法を極限にまで減少させることは,原出願の出願前から当業者に周知であった(甲第9ないし11号証)。訂正発明では,設置角度θを90度未満の角度にして吊り車を傾斜させるのみで,直角(90度)にすることができない(原明細書の段落【0031】)から,訂正発明の課題解決手段を適用することは,上記周知技術により減少させることのできた昇降路寸法を,逆に増大させてしまうことになる。すなわち,巻上機駆動方式や巻胴駆動方式の機械室レスエレベータ装置においては,そもそも,原明細書に記載された昇降路の寸法を低減するという課題自体が,原出願の時点において存在しなかったのである。 2新規性判断の誤り上記1のとおり,審決は,分割出願の要件の充足性の判断を誤り(取消事由1),本件出願の出願日が原出願の出願日(平成5年4月5日)に遡及すると判断したため,訂正発明と平成6年に頒布された本件刊行物に記載の発明との対比をせず,訂正発明の新規性の判断を誤ったものである。 第4被告の反論の骨子審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1分割出願の要件の充足性の判断の誤りをいう点について訂正発明はリニアモータ以外の駆動装置を具体的に特定するものではないから,訂正発明の技術的範囲に駆動装置がリニアモータ以外のものも含まれることは認める。 しかし,明細書に発明が記載されているか否かの判断に当たって,特許請求の範囲の記載から論理的に技術的範囲に含まれ得る実施態様がすべて記載されている必要はない。訂正発明は,駆動方式を限定するものではなく,駆動装置のいかんにかかわらず機械室レスエレベータを対象とするものであり,原明細書には,実施例1及びそれに対応する図面から明らかなように「機械室の無いエレベータ装置」を対象とし,「巻掛手段の回転面を昇降路壁に対して傾斜させて配置した」構成のエレベータ装置が開示されていることは明らかである。 そして,リニアモータ以外の駆動装置を用いることを前提としても,訂正発明を理解するに足りる記載が原明細書にあれば,訂正発明は原明細書に記載されていた発明に該当する。原明細書を当業者の技術常識をもって読めば,十分に訂正発明を理解できるのである。 原明細書の記載から,吊り車を傾斜させてA3(図1(b)) なお,原告は,巻上機駆動方式や巻胴駆動方式の機械室レスエレベータ装置においては,吊り車の設置角度θを直角(90度)にして昇降路寸法を減少させることは,原出願の出願前から当業者に周知であったところ,訂正発明では,設置角度θを直角(90度)にすることができないから,訂正発明の課題解決手段を適用することは,上記周知技術により減少させることのできた昇降路寸法を,逆に増大させてしまうことになるとも主張する。原告の主張を善解すれば,本件発明は,駆動装置がリニアモータであるときにのみ進歩性があり,それ以外の駆動装置と組み合わせた場合には進歩性がないとの主張と解されるが,そのような主張は,本件の審理対象である無効理由とは別個の無効理由を主張していることにほかならず,本件における審決取消事由としては失当である。 2新規性判断の誤りをいう点について上記1のとおり,審決がした分割出願の要件の充足性の判断に誤りはなく,本件出願出願日は,原出願の出願日(平成5年4月5日)に遡及するから,本件刊行物は本件出願前に頒布された刊行物に該当せず,訂正発明の新規性についての審決の判断に誤りはない。 第5当裁判所の判断1分割出願の要件の充足性の判断について(1)原明細書において,発明の名称は「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」であり,特許請求の範囲には,次の記載がある。 「【請求項1】かごと、釣合おもりと、昇降路に設置され、上記釣合おもりをガイドする釣合おもり用レールと、上記釣合おもりに配設したリニアモータの電機子と、昇降路に設置され、上記リニアモータの電機子と係合して推力を発生するニアモータの二次導体と、上記かごの上記釣合おもりの対向面より上記釣合おもり側の昇降路上部に配設した吊り車と、一端を上記かごの上記釣合おもりとの対向面側に固定し、上記吊り車を介して他端を釣合おもりに固定したロープとを備えたリニアモータ駆動方式エレベータ装置において、吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置したことを特徴とするリニアモータ駆動方式エレベータ装置。 【請求項2】釣合おもりの一端側にのみリニアモータの電機子を配設し、 上記釣合おもりの他端側上部にロープを固定したことを特徴とする請求項第1項記載のリニアモータ駆動方式エレベータ装置。 【請求項3】吊り車を、かごが釣合おもりと対向する面側の昇降路上部に、釣合おもり用レールの中心線に対して平行に設置したことを特徴とする請求項第1項記載のリニアモータ駆動方式エレベータ装置。」(原明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3)原明細書の特許請求の範囲の請求項4ないし9の末尾は,いずれも「ことを特徴とするリニアモータ駆動方式エレベータ装置。」とされている。 また,原明細書の「発明の詳細な説明」欄には,次の記載がある。 「【産業上の利用分野】この発明は、リニアモータ駆動方式エレベータ装置に関するものである。」(段落【0001】)「【従来の技術】近年、従来の巻上げ式のエレベータに対して巻上げ機が不要なため屋上に機械室を設ける必要がなく、建物の高さを有効に活用できるリニアモータ駆動方式エレベータ装置、例えば特開昭57-121568号や特開平4-55278号に示されるものが提案されている。…(以下略)…」(段落【0002】)「上述したリニアモータ駆動方式エレベータ装置は釣合おもり2に組み込まれたリニアモータにより昇降できるので、従来の巻上げ機方式のエレベータ装置のように昇降路の上に巻上げ機を設置することが不要となる。したがって、建物の屋上に機械室を設ける必要がなくなり、建物の高さ制限がある場合に、階床を有効に使用できる利点がある。」(段落【0005】)「【発明が解決しようとする課題】従来のリニアモータ駆動方式エレベータ装置は以上のように構成されていたので次のような問題点があった。…(以下略)…」(段落【0006】)「また、リニアモータ駆動方式エレベータ装置は、頂部隙間寸法を少なくして、建物の高さ寸法を有効に使用する観点から、エレベータ装置の据付け及び保守時に安全策を施すことにより、頂部隙間安全寸法TC0そのものを少なくして極限まで頂部隙間寸法を少なくすることが求められている。」(段落【0009】)「この発明は上記のような問題点を解消するためになされたもので、頂部隙間寸法TC2を少なくして建物の高さ寸法を有効に使用し、また、頂部隙間安全寸法TC0が基準値以下となっても安全に作業ができ、さらに、安価なリニアモータ駆動方式エレベータ装置を提供することを目的とする。」(段落【0010】)「【課題を解決するための手段】この発明に係るリニアモータ駆動方式エレベータ装置は、かごと、釣合おもりと、昇降路に設置され、釣合おもりをガイドする釣合おもり用レールと、釣合おもりに配設したリニアモータの電機子と、昇降路に設置され、リニアモータの電機子と係合して推力を発生するニアモータの二次導体と、上記かごの上記釣合おもりの対向面より上記釣合おもり側の昇降路上部に配設した吊り車と、一端をかごの釣合おもりとの対向面側に固定し、吊り車を介して他端を釣合おもりに固定したロープとを備えたリニアモータ駆動方式エレベータ装置において、吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置するようにしたものである。」(段落【0011】)「【作用】この発明におけるリニアモータ駆動方式エレベータ装置は、吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置することにより、かごと釣合おもりを近接して設置することができる。」(段落【0021】)「【発明の効果】以上のように,この発明によれば吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置することにより,かごと釣合おもりを近接して設置することができるので昇降路の寸法を低減できる。」(段落【0041】)原明細書の段落【0031】ないし【0040】に記載の実施例1ないし8は,いずれも「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」についてのものである。 (2)上記のとおり原明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3においては,吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置するものとして,請求項1に「…リニアモータ駆動方式エレベータ装置において,吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置したことを特徴とするリニアモータ駆動方式エレベータ装置。」が記載され,請求項1を引用する形式で請求項2,請求項3に,それぞれ,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」が記載されている。これらの記載からすれば,原明細書の段落【0041】にいう「この発明」とは,原明細書の請求項1ないし3に係る「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」を意味するものと解すべきである。また,原明細書の段落【0041】に,原明細書の請求項1ないし3に係る「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」に限らず,それ以外の駆動方式のエレベータであっても吊り車を上記構成とすることにより同様の効果を奏するとの記載はない。 審決は,「本件技術思想は,リニアモータ駆動方式のエレベータ装置のみならず,それ以外の駆動方式のエレベータであっても,吊り車の釣合おもり用レールに対する配置により,昇降路の寸法を低減し得るエレベータ装置であれば,適用し得るものと解するのがより合理的である。」(審決書9頁8行〜12行)として,「原明細書には‥‥‥リニアモータ駆動方式への適用を前提とする発明とは別に,上述の巻上式駆動方式や油圧駆動方式等を含め,駆動方式に関わりなく本件技術思想を適用することにより成立する発明が包含されていると解するのが相当である。」(同24行〜29行)と判断しているが,原明細書には,リニアモータ駆動方式以外の駆動方式のエレベータに関して言及した記載は一切存在しないし,リニアモータ駆動方式以外の駆動方式のエレベータであっても吊り車を当該構成とすることで同様の効果を奏するとの記載もない。 (3)本件出願は原出願の分割出願として出願されたものであり,分割出願として適法であるためには,本件出願に係る訂正発明が原明細書に包含されていたものでなければならない(特許法44条1項)。 訂正発明はリニアモータ以外の駆動装置を具体的に特定するものではなく,訂正発明の技術的範囲に駆動装置がリニアモータ以外のエレベータも含まれる(このことは,当事者間に争いがない。)。 前記(1)のとおり,原明細書には,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」についての記載があるのみで,これ以外の駆動方式(例えば,巻上機駆動方式や油圧駆動方式)の機械室レスエレベータ装置についての記載は一切存在しない。 (4)被告は,原明細書の記載から吊り車を傾斜させてA3(図1(b)) しかし,原明細書に訂正発明が包含されるかどうかは,原明細書の記載に基づいて定められるべきものである。仮に,吊り車を傾斜させて昇降路の寸法を低減できるという効果を奏することがエレベータの駆動方式と関係しないとしても,そのことと原明細書に訂正発明が開示されているか否かとは別問題であるから,そのことから原明細書に訂正発明の開示があるということはできない。 前記(1)のとおり,原明細書には,「機械室レスエレベータ装置」として「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」のみが記載されているのであり,吊り車を傾斜させることにより他の駆動方式によるエレベータにおいても昇降路の寸法を低減できるという効果を奏することができることを示す記載や,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」が「機械室レスエレベータ装置」の例示にすぎないことを示す記載は存在しない。また,原明細書では,産業上の利用分野,従来の技術,発明が解決しようとする課題,課題を解決するための手段,実施例を通じて,終始「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」について説明されている。これらの記載によれば,原明細書記載の発明は,従来の「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」につき吊り車の構成の工夫により昇降路の寸法を低減する改良を加えたものであって,その対象となるエレベータを駆動方式として「リニアモータ駆動方式」を用いるものに限定した発明というべきである。 (5)以上のとおり,駆動方式を限定しない「機械室レスエレベータ装置」に係る訂正発明が原明細書に包含されているということはできないから,本件出願は分割出願の要件を満たさないものである。 2結論そうすると,本件出願の出願日は,本件出願が実際に出願された日である平成12年3月23日であり,平成6年に頒布された刊行物である本件刊行物は本件出願前に頒布された刊行物に該当するから,審決が訂正発明の新規性を判断するに当たり,訂正発明を本件刊行物に記載された発明と対比しなかったことは誤りである。そして,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取消しを免れない。 よって,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 古閑裕二 |
裁判官 | 嶋末和秀 |