関連審決 | 不服2005-2294 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 慣用技術 / 上位概念 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
18年
(行ケ)
10131号
審決取消請求事件
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原告 X 訴訟代理人弁理士 須磨光夫 被告 特許庁長官中嶋 誠 指定代理人 大元修二 同 柴田和雄 同高木彰 同内山進 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/11/08 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2005-2294号事件について平成18年2月6日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,原告が後記特許の出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたので,その取消しを求めた事案である。 |
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当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成7年5月9日,名称を「車幅感覚向上のための道路標示」とする発明につき特許出願(以下「本願」という )をしたところ,平成16 。 年12月21日拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。 特許庁はこの請求を不服2005-2294号事件として審理し,その中で原告は,平成17年3月14日付けで特許請求の範囲等を変更する補正(以下「本件補正」という。甲9)をしたが,平成18年2月6日 「本件,審判の請求は,成り立たない 」との審決をし,その謄本は平成18年2月 。 27日原告に送達された。 (2) 発明の内容平成17年3月14日の本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1から成り(以下,これを「本願発明」という,その内容は下記のとおりである。 。)記【請求項1】車道に自動車車幅と同等の幅に相当する線,図形,または道路標識よりなる車幅感覚向上のための標示を描き,その上を自動車運転者が自動車を運転することで自動車運転に必要な車幅感覚が向上する自動車車幅と同等の幅に相当する線,図形,または道路標識よりなる,自動車運転者の車幅感覚向上のための道路標示。 (3) 審決の内容ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。 その理由の要点は,本願発明は,特開平5-85222号公報に記載された発明(以下,この文献を「引用例」といい,この発明を「引用発明」という。甲12 )及び慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をする 。 ことができたから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 イ なお,審決が認定した引用発明の内容,本願発明との一致点と相違点は,次のとおりである。 (ア) 引用発明の内容「車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置にその位置での車幅を指示する一対の虚像VI およびVIが道路面に対して平行に表示12され,車幅指示像の長さ方向に沿って車幅を認識し得る車幅指示像(VI ,VI )よりなる,ドライバが充分に車幅感覚を養っていない場合12にそれを補助するヘッドアップディスプレイによる表示」(イ) 本願発明と引用発明との一致点「車道に自動車車幅と同等の幅に相当する線を示す又は表示し,自動車運転者が自動車を運転することで自動車運転に必要な車幅感覚が得られる自動車車幅と同等の幅に相当する線よりなる,自動車運転者の車幅感覚を得るための表示」である点。 (ウ) 相違点1表示の態様が,本願発明では,車道に描かれた道路標示であるのに対して,引用発明では,ディスプレイによる虚像の表示である点。 (エ) 相違点2自動車運転に必要な車幅感覚が得られるという事項に関して,本願発明では,車道に描かれた道路標示の上を自動車運転者が運転することで自動車運転に必要な車幅感覚が向上するということを主眼としているのに対して,引用発明では,ドライバが充分に車幅感覚を養っていない場合にそれを補助するということを主眼としている点。 (4) 審決の取消事由しかしながら,審決には,以下に述べるとおりの誤りがあり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすから,審決は違法として取り消されるべきである。 ア 取消事由1-一致点の認定の誤り(ア) 審決は 「…引用発明の…「 道路面に対して平行に表示される) ,(車幅を指示する(一対の)虚像VI およびVI 」は,本願発明の…12「自動車車幅と同等の幅に相当する線」に,…相当する (審決2頁。」下4行〜下1行 「…引用発明と本願発明とは,一方がディスプレイ ),による虚像の表示で,他方が実際上の標示という差はあるものの,運転者から視覚上認識されるものとして,車道に表示された線であるという点において,共通する (審決2頁下1行〜3頁3行 「引用発明に 。」) ,おける「車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する」ということは,その表示により,必要な車幅感覚を得ることに他ならないから,引用発明と本願発明は,自動車運転に必要な車幅感覚が得られるための表示である点においても,共通する (審決3頁3行〜7行)として,前記 。」のとおり一致点を認定するが,すべて失当である。 (イ) すなわち,引用発明の「 道路面に対して平行に表示される)車幅 (を指示する(一対の)虚像VI およびVI 」は,常に,自動車の進行12方向前方に所定距離だけ離れた位置に表示される,その位置における自動車の車幅を指示する虚像でしかなく,また,車幅指示像が虚像であり,進行方向前方に駐車車両等の障害物が存在する場合には,その障害物の上に障害物と重なって表示されるからこそ,この車幅指示像によって,「ドライバは道路上の障害物に接触するか否かを予め判断し得る (引」用例〔甲12〕の段落【0006。段落【0009】も参照)との効 】果が得られるのであるから,引用発明においては,虚像であることが必須である。しかも,引用発明の車幅指示像は,自動車との位置関係が固定されたものであり,自動車の進行や進路変更とともに常に一定の方向に一定の距離を隔てて移動するかのように観察され,自動車がその「車幅指示像」に近付くことも 「車幅指示像」から遠ざかることもできな ,いし,自動車がその上を実際に走行することもあり得ない。 したがって,自動車の運転者(ドライバ)は,引用発明の「車幅指示像」に基づいて,進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安を得ることは可能であるけれども,自らが運転する自動車の車幅が,運転席からみて,運転席の右側ないしは左側にどの程度まであるのかについての感覚,すなわち車幅感覚は,この「車幅指示像」からは全く得ることができない。このことは,引用例にも,引用発明における車幅指示像(一対の虚像VI およびVI )によって,運転者(ドライバ)12が車幅感覚を得るとの記載は一切存在しないことからも裏付けられる。 (ウ) これに対し,本願発明における「自動車車幅と同等の幅に相当する線」は,道路上に実際に描かれたものであり,自動車の進行に伴って自動車との位置関係が変わり得るものであり,自動車が 「自動車車幅と,同等の幅に相当する線」に接近することも 「自動車車幅と同等の幅に ,相当する線」から遠ざかることも,その上を実際に走行することもできるものである。 例えば 「自動車車幅と同等の幅に相当する線」が,自動車の進行方 ,向正面から右側または左側に偏った位置に描かれている場合には,運転者(ドライバ)は,自ら運転する自動車を右側または左側に寄せつつ進行させ,そのときの自動車の車体と「自動車車幅と同等の幅に相当する線」との位置関係を,サイドミラー等を介して視認によって確認することで,どこまで右側または左側に自動車を寄せた場合に,この「自動車車幅と同等の幅に相当する線」の上を走行することができるのかを確認することが可能であり,この確認作業を通じて,運転者(ドライバ)は,自らが運転する自動車が,運転席からみて,運転席の右側ないしは左側にどの程度まであるのかについての感覚,すなわち車幅感覚を得ることができる。 (エ) 以上の(イ),(ウ)に照らせば,審決の前記(ア)の説示は失当である。 (オ) 被告は,引用発明における虚像と本願発明の実際に車道に表示されているものとが異なることについて,審決は,これを相違点1として認定しているので,原告の主張は前提において誤っている,と主張する。 しかし,審決が認定した相違点1は,単なる「表示の態様」の違いだけであり 「表示のされ方が全く異なる点」及び「引用発明における虚 ,像と本願発明の実際に車道に表示されているものとが異なること」が相違点として認定されていない。 すなわち,引用発明の車幅指示像は,車幅指示像によって車幅の目安が与えられた個所に実際に自動車がさしかかるときは,車幅指示像は前方の所定距離離れた位置に移動していて,当初の位置に表示されているものとしては観察されないものであるから,本願発明のように,自らが運転する自動車の車体との関係においてどのように変化していくかを確認することができない。 また,引用発明の車幅指示像は,単なる車幅の目安であって,車幅感覚とは異質なものである。車幅感覚は,本願発明のように,自らが運転する自動車(車両)の車体の前端から発して前方に伸びる,連続した走行域であって,しかも,自動車の進行に伴って,随時,自動車(車両)の車体との位置関係を変化させていくことで得られるものである。 イ 取消事由2-相違点2の認定の誤り審決は,前記のとおり相違点2を認定するが 「自動車運転に必要な車 ,幅感覚が得られるという事項に関して」という前提の下に同相違点を認 ,定したことは誤りである。 すなわち,引用発明における「ドライバが充分に車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する」とは,単に,運転者(ドライバ)に,自動車からその進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安を与えるというにすぎないものであり,本願発明のように,運転者(ドライバ)に車幅感覚を与えるということを意味するものではないから,両者は発明の目的が異なる。 被告は,本願発明と引用発明との目的の差異を,相違点2として認定している,と主張するが,審決が認定した相違点2には 「自動車運転に必,要な車幅感覚が得られるという事項に関して」との前提が付されているのであるから,両者の目的の差異は相違点2に反映されていない。 ウ 取消事由3-相違点の看過本願発明においては 「自動車車幅と同等の幅に相当する線よりなる道 ,路標示」が車道に描かれるのに対し,引用発明においては,車幅指示像(車幅を指示する一対の虚像VI およびVI )は 「車両からその進行12 ,方向に所定距離だけ離れた位置」に表示される点において,両者は相違している。 この相違に基づき,本願発明においては,当該標示に接近したり当該標示から遠ざかったりすることができ,車幅感覚の向上が得られるのに対し,引用発明においては,運転者(ドライバ)がどのように自動車(車両)を走行させようとも,自動車(車両)と表示との位置関係を変更することができず,車幅感覚の向上は得られないという作用効果上の重大な差異が生じるにもかかわらず,審決はかかる相違点を看過したものである。 被告は,原告が主張する作用効果上の差異は,本願発明が車道に描かれた道路標示であるのに対して,引用発明がディスプレイによる虚像の表示であるという構成の違いから生じる作用効果上の差異であり,審決は,この構成上の違いを相違点1として認定している,と主張する。しかし,審決は,引用発明における「車幅指示像(一対の虚像VI およびVI 」12 )と,本願発明における「自動車車幅と同等の幅に相当する線」とは,自動車運転に必要な車幅感覚が得られるという作用効果において同じであると判断した上で,単に「表示の態様」の違いとして,両者の構成上の差異を相違点1として取り上げているに過ぎないから,この点を看過した審決に重大な瑕疵があることは明白である。 エ 取消事由4-相違点1についての判断の誤り審決は,相違点1について 「…様々な目的に応じた表示を道路に道路 ,標示として描くことは慣用技術であるから,引用発明におけるディスプレイにおける虚像の表示に替えて,実像,即ち,車道に描かれた道路標示を採用することは,当業者が容易に想到し得るものである。したがって,相違点1に係る本願発明の構成は,引用発明に慣用技術を適用して,当業者が容易に想到し得るものというべきである (審決3頁下10行〜下5 。」行)とするが,失当である。 「様々な目的に応じた表示を道路に道路標示として描くことは慣用技術である」としても,例えば車両速度表示等の情報像のように,その表示の目的によっては,直接道路に描くことができない表示もまた存在するから,ある表示を直接道路に描くことができるか否かは,個々の表示とその目的に照らして,個別に検討,判断しなければならない。 そして,引用発明における車幅指示像は,自動車とともに移動し,常に,その進行方向に所定距離だけ離れた位置に表示されるものであるから,これを,実際に車道に描くことは不可能である。また,上記アに記載したとおり,引用発明における車幅指示像は,虚像であることが必須であり,虚像でないと,引用発明の効果は得ることができないものである。したがって 「引用発明におけるディスプレイによる虚像の表示に替えて,実像, ,即ち,車道に描かれた道路標示を採用すること」は,引用例が到底予想もしないことであり,不可能である上に,引用発明の効果を失わせるものであって,到底,当業者が容易に想到し得るものなどではあり得ない。 オ 取消事由5-相違点2についての判断の誤り審決は,相違点2について 「本願発明の車道に描かれた道路標示の上 ,を自動車運転者が運転するという使用態様を規定した点は,…引用発明におけるディスプレイによる虚像の表示に替えて,道路標示を採用することにより得られた構成の使用により,結果として得られるものにすぎない。 …ディスプレイによる虚像の表示を見て,自動車運転者が自動車を運転する引用発明の場合であっても,本願発明と同様に,自動車運転に必要な車幅感覚は向上するものといわざるを得ない (審決3頁下3行〜4頁9 。」行)とするが,失当である。 上記エのとおり,引用発明における虚像の表示は,車道に描くことなど不可能な表示であり,その上を「自動車運転者が運転する」などということはできるはずもないから,そのようなことが 「引用発明におけるディ ,スプレイによる虚像の表示に替えて,道路標示を採用することにより得られた構成の使用により,結果として得られるものにすぎない 」というの。 は誤りである。また,前記アのとおり,引用発明は,単に,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安を与えるにすぎないものであって,運転者(ドライバ)に車幅感覚を与えるものではないから 「引用発明の場合であっても,本願発明と同様に,自動車運転に必要 ,な車幅感覚は向上する」ということはできない。 カ 取消事由6-作用効果についての認定・判断の誤り審決は 「…本願発明においても,道路標示の上を外れることなく現在 ,走行中であるか否かについては,運転席から直接視認できるものではない…。車幅間隔の向上という作用効果に関しては,本願発明と引用発明の両者に格別の相違がないというべきである (審決4頁20行〜30行) 。」とするが,失当である。 すなわち,甲17(原告作成の平成18年5月11日付け「報告書 ,」特に写真6および写真7)によれば,本願発明においては,サイドミラーを介して,自分の運転する自動車が自動車車幅と同等の幅に相当する線の上を外れることなく走行しているかどうかを運転席から確認しながら,そのときに自動車車幅と同等の幅に相当する線が運転席からどのように見えるか(例えば甲17の写真5の状態)を繰り返し確認することで,車幅感覚を向上することができるという顕著な作用効果を奏する。これに対し,引用発明の車幅指示像は,運転席から見て,常に進行方向に所定距離だけ離れた位置に表示されるから,自動車の進行とともに,前方に逃げ水のように進行していく引用発明の車幅指示像をいくら注視しても,車幅感覚が向上することは期待できない。したがって 「車幅感覚の向上という作用 ,効果に関しては,本願発明と引用発明の両者に格別の相違がないというべきである 」ということはできない。 。 2 請求原因に対する認否請求原因(1)〜(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。 3 被告の反論審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 (1) 取消事由1に対し取消事由1にかかる原告の主張は,引用発明における虚像と本願発明の実際に車道に表示されているものとが異なることを前提とするものであるが,審決は,これを相違点1として認定しているものであって,一致点とはしていないから,原告の主張は,その前提において誤りがある。 また,引用例には 「…車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置 ,【】), に…車幅指示像(VI VI )を表示する…」と記載され( 請求項11, 2また,その図4,図5及び図7には,車幅指示像の焦点位置が車道(道路)位置に設定されている態様が示されている。これらによれば,引用発明における「一対」の「車幅指示像(VI VI )を表示」する「所定距離だけ1, 2離れた位置」とは,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた上記図4,図5及び図7における車幅指示像の焦点位置である車道(道路)位置である。 そうすると,引用発明の一対の車幅指示像は,虚像であるものの,運転者により視認し得るところの「車道に表示された線」であるものといえる。 さらに,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安が,車幅感覚の概念には含まれないとする理由は特段なく,このような目安と,原告が本願発明でいう「車幅感覚」であると主張するところの「運転席に座った状態で,運転席からみて,自らが運転する自動車の車幅が,運転席の右側にはどこまであり,運転席の左側にはどこまであるかについての感覚」とは,どちらも車幅感覚の概念に等しく含まれると解するのが自然である。 (2) 取消事由2に対しア 上記(1)で述べたように,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安も車幅感覚の概念に含まれるものであるから,「自動車運転に必要な車幅感覚が得られるという事項に関して」との前提を付することは妥当であり,審決の相違点2の認定に誤りはない。 イ 原告は,引用発明における「ドライバが充分に車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する」とは,単に,運転者(ドライバ)に,自動車からその進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安を与えるというにすぎないものであり,本願発明のように,運転者(ドライバ)に車幅感覚を与えるということを意味するものではないから,両者は発明の目的が異なる,と主張する。しかし,審決は 「車幅感覚を向上する」こと, ,及び 「ドライバが充分車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する」 ,ことにつき 「主眼」という表現を用いているものの,本願発明と引用発 ,明のこのような目的の差異を,相違点2として認定している。 (3) 取消事由3に対し原告が,審決が看過した相違点として主張する内容は,車道に描かれる標示には接近したり遠ざかったりすることができるが,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置に示される表示には,接近したり遠ざかったりすることができないことをいうものである。しかし,このような差異は,本願発明が車道に描かれた道路標示であるのに対して,引用発明がディスプレイによる虚像の表示であるという構成の違いから生じる作用効果上の差異であり,審決は,この構成上の違いを相違点1として認定しているから,審決に相違点を看過した誤りはない。 (4) 取消事由4に対し審決の相違点1についての判断には,以下に述べるように誤りはない。 ア 交通規制に関する情報についての内容を白線等を用いて道路に直接表示することや,運転者にとって運転上の目安となるための表示を道路に直接表示することは,従来より慣用技術である。したがって 「自動車運転に,必要な車幅感覚が得られる」ための表示をディスプレイによる虚像によって示す引用発明に,道路に直接表示することが慣用技術であることを認識する当業者が接した場合に,この虚像の表示に替えて,このような慣用技術を用いた表示を採用してみようと想起することは格別困難なこととはいえない。 イ 原告は,ディスプレイによる虚像の表示を道路に描くものと変更することは不可能であり,そのように変更することは引用発明の効果を失わせるものであると主張する。しかし,審決における相違点1の判断は 「引用,発明におけるディスプレイによる虚像の表示に替えて,実像,即ち,車道に描かれた道路標示を採用することは,当業者が容易に想到し得るものである 」というものであって,引用発明の「自動車車幅と同等の幅に相当 。 する線」を,単に,車道に描いたものと変更することであり,そのような線を自動車が走行しながら,常に,描くことまでをも意味したものではない。また,引用発明の車幅を指示する虚像表示を,私道等の道路上に実際に描くものとして変更したときも,当該私道上を走る際に,仮に道路上の障害物があった場合には,これに接触するか否かを,私道上に描かれた線の上に障害物が存在しないか否かを確認することで予め予知させたりすること等もできるのであるから,車幅感覚が得られるように補助するという引用発明の効果を失わせるとはいえない。 (5) 取消事由5に対し審決の相違点2についての判断には,以下に述べるように誤りはない。 ア 原告は,引用発明における虚像の表示は,車道に描くことなど不可能な表示であり,その上を「自動車運転者が運転する」などということはできるはずもない,と主張する。 しかし,上記(4)のとおり,ディスプレイによる虚像の表示に替えて,実像即ち車道に描かれた道路標示を採用することは,当事者が容易に想到し得るものである。そして,本願発明において 「その上を自動車運転者 ,が自動車を運転する」と規定した点は,引用発明の虚像表示を道路に描く表示である道路標示に変更することにより得られたものを,引用発明における通常の使用形態,すなわち車幅感覚が得られるように補助する目的で使用することにより結果として得られる使用形態である。 イ 原告は,引用発明は,単に,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安を与えるにすぎないものであって,運転者(ドライバ)に車幅感覚を与えるものではない,と主張する。 しかし,本願発明でいうところの自動車運転者の車幅感覚の向上も,本願補正明細書(甲9)に「…車幅感覚を…道路標示された道路を繰り返し走行することで…習得させることができる (段落【0007 )と記載 」】されているように,上記使用形態を実践することにより直ちに得られるものではなく,上記使用形態の繰り返しにより経験的に得られるものであると解されるから,上記アに記載した引用発明の「通常の使用形態」が自動車運転者によって繰り返されることによる結果として得られるものというべきである。 (6) 取消事由6に対し原告は,本願発明においては,サイドミラーを介して,自分の運転する自動車が自動車車幅と同等の幅に相当する線の上を外れることなく走行しているかどうかを運転席から確認しながら,そのときに自動車車幅と同等の幅に相当する線が運転席からどのように見えるかを繰り返し確認することで,車幅感覚を向上することができるという顕著な作用効果を奏する,と主張する。 しかし,自動車車幅と同様の幅に相当する線と,自動車の車体との位置関係について,特に左右のサイドミラーを介して運転席から確認できるとする原告主張の使用形態については,サイドミラーを介しての確認ということにつき本願補正明細書には何らの記載もない。そうすると,原告が主張する,サイドミラーを介して運転席から確認できるという使用形態は,本願補正明細書に記載されたところの「運転席から見ることが出来ない (段落【00」06 )車幅の位置を道路上の表示によって明確にさせるという本願発明の 】標示を用いることの前提と整合しないものであるから,原告主張の本願発明による作用効果は,本願補正明細書の記載に基づかないものである。 |
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当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯 ,(2)(発明の内容 ,(3)(審決 ))の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。 2 取消事由1について(1) 本願発明の内容ア 本願補正明細書(甲9)には,以下の記載がある。 (ア) 従来の技術従来より,道路上に描かれた線は道路の幅を意味し,運転者に道路幅という内容を伝えたものであり,道路上に描かれた文字や図形(最高速度制限を示す40,前方に横断歩道があることを示す◇)は道路標識内容を示したものであった (段落【0002 ) 。】(イ) 課題を解決するための手段道路上に自動車車幅と同等の幅に相当する線1,図形2および道路標識3を描く。そして,この線1,図形2および道路標識3の幅が自動車の車幅と同等であることを運転者に知らせる道路標識4を道路周辺に設置する。 本発明は,以上のような構成よりなる車幅感覚向上のための道路標示である (段落【0004 ) 。】(ウ) 作用道路上に描かれた自動車車幅と同等の幅に相当する線1,図形2および道路標識3のうえを運転者に実際に自動車を運転走行させる。…(段落【0005 )】(エ) 実施例…車幅感覚を向上させるために普通自動車運転者に普通自動車車幅と同等の幅に相当する線1,図形2または道路標識3の上を正確に走行させる。そのとき運転席から見える線1,図形2または道路標識3を運転手が繰り返し確認することで運転席から見ることが出来ない運転席反対側との(判決注 「の」の脱字と認める )道路関係が明確となるもの ,。 である (段落【0006 ) 。】(オ) 発明の効果運転者の永年の経験と感により習得されていた車幅感覚を経験の浅い運転者であっても,本発明の車幅感覚向上のための道路標示された道路を繰り返し走行することで非常に短期間で習得させることができる。 その結果,不法駐車や(判決注 「が」は誤記 )交通事故等で偶発 ,。 的に狭くなった道路環境に於いて,普通自動車本来の幅(170cmから180cm)に少し余裕のある道路幅が確保できれば,経験の浅い運転手でも安全な走行が可能となる。また通過可能か否か,確認のための不必要な停車が各々の運転者で減少し,自動車交通全体の流れを円滑にさせ交通渋滞の緩和を促す。 運転者の車幅感覚の向上により,道路幅2M以上もある道路では,車体と道路幅だけに注意を集中させることなく,自動車周辺のあらゆる箇所に注意を払うことが出来,接触事故等の交通事故を未然に防ぐ。 また正確な車幅感覚の把握により,国産車の場合,運転者から確認しにくい道路左側へ速やかに車を寄せる事が可能となり急激なハンドル操作を減少させる。その結果,突発的に発生する交通事故の減少にも寄与する (段落【0007 ) 。】イ 上記ア(ア)〜(オ)の記載によれば 「車幅感覚」は,本願発明にかかる ,「普通自動車車幅と同等の幅に相当する線1」等を運転者が繰り返し確認することで運転席反対側との道路関係が明確となることで向上するものであり,その正確な把握により交通事故の減少にも寄与するものであると認められる。そうすると,本願発明における「車幅感覚」とは 「自動車の,車幅について自動車運転者が走行道路との関係において把握する知覚」ということができる。 この点,原告は 「車幅感覚」とは自らが運転する自動車の車幅が,運 ,転席からみて,運転席の右側ないしは左側にどの程度まであるのかについての感覚であると主張する。しかし,本願補正明細書(甲9)において,車幅感覚をこのような意義で用いることは記載されていない。しかも,車幅感覚は,上記のように,本願発明にかかる線等を運転者が繰り返し確認することで運転席反対側との道路関係が明確となることにより向上するものであるから,走行道路との関係において把握するものと捉えるのが相当であり,これが一般の語義にも沿うものである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (2) 引用発明の内容一方,引用発明が記載された引用例(特開平5-85222号公報。甲12)には,以下の記載がある。 ア 特許請求の範囲情報光を投射する投射光学系ユニットと,該情報光を外界からの背景光と重ねて背景視野内に情報像を表示させるコンバイナとからなる車両用のヘッドアップディスプレイ装置において,前記投射光学系ユニット(20)と前記コンバイナ(22)とが車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置にその位置での車幅を指示する車幅指示像(VI ,VI )12を表示するように構成されることを特徴とするヘッドアップディスプレイ装置(請求項1)。【 】イ 産業上の利用分野本発明は外界からの背景光と情報光源からの情報光とを重ねて背景視野内に所定の情報像を表示するようにしたヘッドアップディスプレイ装置に関する (段落【0001 ) 。】ウ 従来の技術ヘッドアップディスプレイ装置(HUD)は従来から戦闘機等の航空機に利用されており,…近年,…自動車等の車両にも応用され,例えば車両速度表示等の情報像がドライバの前方視野内に表示される (段落【00。 02 )】エ 発明が解決しようとする課題…自動車等の車両の運転には車幅感覚を養うことが肝要である。…現状では,ドライバが充分に車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する安全対策は何等とられていない。そこで,本発明は上述したようなヘッドアップディスプレイ装置を用いてドライバの前方視野に車幅を指示する車幅指示像を表示し,これにより安全運転に寄与することを目的とするものである (段落【0004 ) 。】オ作用…本発明によるヘッドアップディスプレイ装置にあっては,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置にその位置での車幅を指示する車幅指示像が表示されるので,ドライバは道路上の障害物に接触するか否かを予め判断し得る (段落【0006 ) 。】カ実施例図4ないし図7を参照すると,本発明によるヘッドアップディスプレイ装置の第2の実施例が示され,この実施例では,一対の虚像VI および1VI が道路面に対して平行に表示されることが特徴とされる。…(段落 2【0009 )】…ドライバDによって観察される前方背景が図7に示すようなものであるとすると,その前方背景には一対の虚像VI およびVI が車幅指示12像として表示され,その間の間隔Wが車両の幅としてドライバDによって認識されることになる。なお,このような実施例の利点としては,一対の虚像VI およびVI すなわち車幅指示像の長さ方向に沿って車幅を認12識し得る点が挙げられる (段落【0010 ) 。】上述の実施例では,一対の車幅指示像VI およびVI の内側輪郭線1212の間で車幅(W)を指示したが,…一対の車幅指示像VI およびVIの外側輪郭線の間で車幅を指示してもよく,また…一対のVI およびV1I の間隔を実際の車幅よりも幾分大きめにしてすることも可能である。 2…(段落【0011 )】キ 発明の効果…本発明によるヘッドアップディスプレイ装置を用いれば,ドライバは道路上の障害物に接触するか否かを予め判断し得るので,車両の接触事故が未然に防止されるという作用効果が得られる。…(段落【0019 )】ク 図面の簡単な説明〔図7〕…ヘッドアップディスプレイ装置によって表示された車幅指示像がドライバによってどのように観察されるかを示す具体図である。 【図7】(3) 判断ア 原告は,審決が 「…引用発明の…「 道路面に対して平行に表示され ,(る)車幅を指示する(一対の)虚像VI およびVI 」は,本願発明の…12「自動車車幅と同等の幅に相当する線」に,…相当する (審決2頁下。」4行〜下1行 「…引用発明と本願発明とは,一方がディスプレイによ ),る虚像の表示で,他方が実際上の標示という差はあるものの,運転者から視覚上認識されるものとして,車道に表示された線であるという点において,共通する (審決2頁下1行〜3頁3行)として,本願発明と引用 。」発明との一致点として「車道に…線を示す又は表示し,…」と認定した審決は誤りである旨主張する。 (ア) しかし,上記(2)ア〜クによれば,引用例(甲12)には,ドライバの前方視野に車幅を指示する車幅指示像を表示し,これにより安全運転に寄与すること,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置にその位置での車幅を指示する車幅指示像が表示されるので,ドライバは道路上の障害物に接触するか否かを予め判断し得ること,一対の虚像VI およびVI が道路面に対して平行に表示されること,その具体図12は図7のとおりであることが記載されている。 これらの記載によれば,引用発明においては,一対の虚像VI およ1びVI を,ドライバが道路上に投影して視認したとき,虚像VI およ2 1びVI が道路面に対して平行となるように表示するものであると認め212られる。そうすると,引用発明において,一対の虚像VI およびVIは,道路(車道)上に直接表示されてはいないものの,ドライバの視認を通じて道路上に投影して把握されるものである以上,道路に間接的に表示されるものと言って妨げないというべきである。このことは,上記一対の虚像VI およびVI が,自動車の進行方向前方に所定距離だけ12離れた位置に表示される,その位置における自動車の車幅を指示する虚像であることによって,何ら左右されるものではない。 したがって,上記のように,審決が,本願発明と引用発明との一致点として「車道に…線を示す又は表示し,…」と認定したことに誤りはない。 (イ) 原告は,車幅指示像が虚像であり,進行方向前方に駐車車両等の障害物が存在する場合には,その障害物の上に障害物と重なって表示されるからこそ,この車幅指示像によって 「ドライバは道路上の障害物に ,接触するか否かを予め判断し得る (引用例の段落【0006 。段落 」】【0009】も参照)との効果が得られるのであるから,引用発明においては,虚像であることが必須である,と主張する。 しかし,上記(ア)で説示したように,引用発明において一対の虚像VI およびVI は,ドライバの視認を通じて道路上に投影して把握され12るものであり,間接的ではあるにせよ,道路に表示されたといえるものである。しかも,車幅指示像が虚像でなく実際の標示であっても,当該道路上を走行する際に,仮に進行方向前方に駐車車両等の障害物が存在する場合には,道路上の上記表示の上に障害物が存在しないか否かを確認することで,ドライバが道路上の障害物に接触するか否かを予め判断し得るものであるし,運転者が充分な車幅感覚を養っていない場合にそれを補助することも可能というべきである。そうすると,原告主張の上記の効果が虚像であるからこそ得られるものとすることもできない。 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。 (ウ) 原告は,引用発明の車幅指示像は,車幅指示像によって車幅の目安が与えられた個所に実際に自動車がさしかかるときは,車幅指示像は前方の所定距離離れた位置に移動していて,当初の位置に表示されているものとしては観察されないものであるから,自らが運転する自動車の車体との関係においてどのように変化していくかを確認することができず,本願発明の実際に車道に表示されているものとは表示のされ方などが全く異なる,と主張する。 しかし,引用発明の車幅指示像が,本願発明の車幅感覚とは異質なものであるという原告の主張が失当であることは,後記ウのとおりであるし,しかも,原告が主張する上記の表示のされ方の差異は,引用発明が,上記(2)に記載したように虚像の表示であるのに対して,本願発明が,上記(1)に記載したように車道に描かれた道路標示であるという構成の違いから生じる作用効果上の差異であるに過ぎない。そして,審決は,この構成上の違いを相違点1として認定した上,一致点として「車道に…線を示す又は表示し,…」のように両者の上位概念を抽出したものと理解することができる。 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。 イ 原告は,審決が 「引用発明における「車幅感覚を養っていない場合に ,それを補助する」ということは,その表示により,必要な車幅感覚を得ることに他ならないから,引用発明と本願発明は,自動車運転に必要な車幅感覚が得られるための表示である点においても,共通する (審決3頁。」3行〜7行)としたのは誤りである,自動車の運転者(ドライバ)は,引用発明の「車幅指示像」に基づいて,進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安を得ることは可能であるけれども,自らが運転する自動車の車幅が,運転席からみて,運転席の右側ないしは左側にどの程度まであるのかについての感覚,すなわち車幅感覚は,この「車幅指示像」からは全く得ることができない,旨主張する。 しかし,前記(2)ア〜クによれば,引用例(甲12)には 「自動車等,の車両の運転には車幅感覚を養うことが肝要である。…現状では,ドライバが充分に車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する安全対策は何等とられていない。そこで,本発明は上述したようなヘッドアップディスプレイ装置を用いてドライバの前方視野に車幅を指示する車幅指示像を表示し,これにより安全運転に寄与することを目的とするものである (段。」落【0004 「…車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置に 】),その位置での車幅を指示する車幅指示像が表示されるので,ドライバは道。」】), 路上の障害物に接触するか否かを予め判断し得る (段落【0006「ドライバは道路上の障害物に接触するか否かを予め判断し得るので,車両の接触事故が未然に防止されるという作用効果が得られる。… (段落」【0019 )との記載がある。これらの記載によれば,引用例(甲1 】2)には,車両の運転には車幅感覚を養うことが肝要であるところ,ドライバが充分に車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する安全対策は何らとられていない現状に鑑み,ドライバの前方視野に車幅指示像を表示することにより,ドライバは道路上の障害物に接触するか否かを予め判断することができ,安全運転に寄与することが記載されている。 そして,これらの記載に整合する「車幅感覚」の意義も,上記(1)に説示した,同一の単語である本願発明における「車幅感覚」の意義と同様に,その一般の語義である,自動車の車幅について自動車運転者が走行道路との関係において把握する知覚をいうものと解され,引用例(甲12)の他のすべての記載を精査しても 「車幅感覚」について,上記の一般の語義 ,と異なる技術的意義を認めるべき根拠となる記載はない。 したがって,本願発明と引用発明の「車幅感覚」は同義のものというべきところ,本願発明は,本願発明の道路標示がされた道路を繰り返し走行することで,経験の浅い運転者であっても「車幅感覚」を短期間で習得させることができ,正確な「車幅感覚」の把握により交通事故の減少に寄与), するものであるのに対し(前記(1)ア(オ) ,引用発明は,前記(2)エ〜カクによれば,充分に「車幅感覚」を養っていないドライバに対してこれを補助するため,ヘッドアップディスプレイ装置により車幅指示像(VI ,1VI )を表示するものである。そうすると,引用発明においても,本願 2発明により経験の浅い運転者が「車幅感覚」を習得できるのと同様に,車幅指示像(VI ,VI )を表示して道路を繰り返し走行することによ12り「自動車の車幅について自動車運転者が走行道路との関係において把握する知覚」を養うのを補助できるのであるから,かかる「車幅感覚」を全く得ることができないとはいえない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 ウ 原告は,引用発明の車幅指示像は,単なる車幅の目安であって,車幅感覚とは異質なものである,車幅感覚は,本願発明のように,自らが運転する自動車(車両)の車体の前端から発して前方に伸びる,連続した走行域であって,しかも,自動車の進行に伴って,随時,自動車(車両)の車体との位置関係を変化させていくもので得られる,と主張する。 しかし,原告の主張は,本願発明の「車幅感覚向上のための標示」が,運転席から見えない死角域の長さよりも長いものであることを前提としているところ,本願発明は 「車幅感覚向上のための標示」について,自動 ,車車幅と同等の幅に相当する旨の規定はあるものの,その長さについては何ら特定していないのであるから,上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものと言わざるを得ない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (4) 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。 3 取消事由2について(1) 原告は,審決が,前記のとおり相違点2を認定するところ 「自動車運,転に必要な車幅感覚が得られるという事項に関して 」という前提の下に同 ,相違点を認定したことは誤りである,と主張する。 しかし,上記2(3)イに説示したように,本願発明の「車幅感覚」と引用発明の「車幅感覚」は,いずれも,その一般の語義である,自動車の車幅について自動車運転者が走行道路との関係において把握する知覚をいうものと解されるのであるから,相違点2の認定に当たり「自動車運転に必要な車幅感覚が得られるという事項に関して」との前提を付することが誤りということはできない。 (2) また,原告は,引用発明における「ドライバが充分に車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する」とは,単に,運転者(ドライバ)に,自動車からその進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安を与えるというにすぎないものであり,本願発明のように,運転者(ドライバ)に車幅感覚を与えるということを意味するものではないから,両者は発明の目的が異なる,と主張する。 しかし,審決は,前記のとおり 「車幅感覚を向上する」こと,及び, ,「ドライバが充分車幅感覚を養っていない場合にそれを補助する」ことにつき 「主眼」という表現を用いて,本願発明と引用発明の目的の差異を,相 ,違点2として認定しており,また,相違点2に「自動車運転に必要な車幅感覚が得られるという事項に関して」との前提が付されていることに誤りがないことは上記のとおりである。 (3) 以上によれば,原告の上記主張はいずれも採用することができず,原告主張の取消事由2は理由がない。 4 取消事由3について原告は,本願発明においては,車道に描かれた標示に接近したり当該標示から遠ざかったりすることができ,車幅感覚の向上が得られるのに対し,引用発明においては,運転者(ドライバ)がどのように自動車(車両)を走行させようとも,自動車(車両)と表示との位置関係を変更することができず,車幅感覚の向上は得られないという作用効果上の重大な差異がある点を相違点として認定していない旨主張する。 しかし,原告が主張する作用効果上の差異は,本願発明が車道に描かれた道路標示であるのに対して,引用発明がディスプレイによる虚像の表示であるという構成の違いから生じる作用効果上の差異であり,審決は,この構成上の違いを相違点1として認定しているものであるから,審決に誤りはない。 以上によれば,原告主張の取消事由3は理由がない。 5 取消事由4について(1) 原告は 「様々な目的に応じた表示を道路に道路標示として描くことは ,慣用技術である」としても,例えば車両速度表示等の情報像のように,その表示の目的によっては,直接道路に描くことができない表示もまた存在するから,ある表示を直接道路に描くことができるか否かは,個々の表示とその目的に照らして,個別に検討,判断しなければならない,と主張する。 しかし,たとえ車両速度表示の情報像のように,直接道路に描くことができない表示が存在するとしても,前記2(1)ア(ア)に認定したように,本願補正明細書(甲9)においても「従来より,…道路上に描かれた文字や図形(最高速度制限を示す40,前方に横断歩道があることを示す◇)は道路標識内容を示したものであった (段落【0002 )との記載があり,交通 。」】規制等に関する情報や,車間距離等の運転上の目安に関する情報を白線等を用いて道路に直接表示することが従来よりの慣用技術であることに変わりはない。そして,引用発明の車幅指示像が,自動車(車両)から進行方向に所定距離だけ離れた位置にその位置での車幅を指示する像であることが,かかる慣用技術を適用する妨げにはならないことは後記(2)で説示するとおりであるから,原告の上記主張は採用することができない。 , (2) 原告は,引用発明における車幅指示像は,自動車とともに移動し,常にその進行方向に所定距離だけ離れた位置に表示されるものであるから,これを,実際に車道に描くことは不可能であるし,また,引用発明における車幅指示像は,虚像であることが必須であり,虚像でないと,引用発明の効果は得ることができないものである,と主張する。 しかし,引用発明における車幅指示像が虚像でなく実際の標示であった場合に引用発明の効果が得られないとすることができないことは,前記2(3)ア(イ)に説示したとおりである。また,原告の主張は,引用発明における車幅指示像に上記(1)に記載した慣用技術を適用する場合には,自動車とともに移動し,常に,その進行方向に所定距離だけ離れた位置に表示される標示となることを前提とするものである。しかるに,原告が主張するように,自動車とともに,その進行方向に所定距離だけ離れた位置に進行し続ける線を,自動車の進行に応じて描き続けるようなことが不可能であればなおさら,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば,上記の場合には,原告が主張するような標示を想到するのではなく,引用発明の「自動車車幅と同等の幅に相当する線」を,単に車道に実際に描いたものに変更することを想到するとみるのが合理的である。 そして,引用発明の「自動車車幅と同等の幅に相当する線」を,単に車道に直接描くことに関しては,慣用手段を採用すれば実現し得ることであって,何ら不可能なことではない。 (3) 以上によれば,原告主張の取消事由4は理由がない。 6 取消事由5について(1) 原告は,引用発明における虚像の表示は,車道に描くことなど不可能な表示であり,その上を「自動車運転者が運転する」などということはできるはずもないから,そのようなことが 「引用発明におけるディスプレイによ ,る虚像の表示に替えて,道路標示を採用することにより得られた構成の使用により,結果として得られるものにすぎない 」というのは誤りである,と 。 主張する。 しかし,上記5で説示したとおり,引用発明におけるディスプレイによる虚像の表示に替えて,実像即ち車道に描かれた道路標示を採用することは,当業者が容易に想到し得るものである。そして,引用発明における虚像の表示を原告の理解するような態様で車道に描くことが不可能であるからと言って,これが何ら左右されるものではない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (2) また原告は,引用発明は,単に,車両からその進行方向に所定距離だけ離れた位置における車幅の目安を与えるにすぎないものであって,運転者(ドライバ)に車幅感覚を与えるものではないから 「引用発明の場合であ ,っても,本願発明と同様に,自動車運転に必要な車幅感覚は向上する」ということはできない,と主張する。 しかし,前記2(3)イで説示したとおり,引用発明は,充分に車幅感覚を養っていないドライバに対してこれを補助するため,ヘッドアップディスプレイ装置により車幅指示像(VI ,VI)を表示するものと認められ,12このような引用発明における「車幅感覚」と,本願発明の「車幅感覚」とは同義のものというほかないのであるから,引用発明が単に車幅の目安を与えるにすぎないものということはできない。 また,引用例(甲12)の図7でみると,引用発明において,ドライバは,その前方視界中に,車幅指示像(一対の虚像VI およびVI )を道路面に12対して平行となるように視認するところ,同図中で左側に視認される虚像VI と,進行方向前方の左側に描かれた車両(その位置から見て停車してい1るものと認められる)との間隔を予め認識したうえで,当該車両の横を通過した後,サイドミラーによって自車の車体と前記停車車両との実際の間隔を確認することができ,この経験を繰り返すことにより,車幅感覚を得ることができるものと認められる。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (3) 以上によれば,原告主張の取消事由5は理由がない。 7 取消事由6について(1) 原告は,甲17(原告作成の平成18年5月11日付け「報告書 ,特」に写真6および写真7)によれば,本願発明においては,サイドミラーを介して,自分の運転する自動車が自動車車幅と同等の幅に相当する線の上を外れることなく走行しているかどうかを運転席から確認しながら,そのときに自動車車幅と同等の幅に相当する線が運転席からどのように見えるか(例えば甲17の写真5の状態)を繰り返し確認することで,車幅感覚を向上することができるという顕著な作用効果を奏する,と主張する。 しかし,前記2(3)ウで説示したのと同様に,かかる原告の主張も,本願発明の「車幅感覚向上のための標示」が運転席から見えない死角域の長さよりも長いものであることを前提としているところ,前記第3の1(2)によれば,本願発明は 「車幅感覚向上のための標示」について,自動車車幅と同 ,等の幅に相当する旨の規定はあるものの,その長さについては何ら特定していないものである。したがって,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものと言わざるを得ないから,これを採用することができない。 (2) また原告は,引用発明においては,運転席から見て,常に進行方向に所定距離だけ離れた位置に表示されるから,自動車の進行とともに,前方に逃げ水のように進行していく引用発明の車幅指示像をいくら注視しても,車幅感覚が向上することは期待できず 「車幅感覚の向上という作用効果に関し ,ては,本願発明と引用発明の両者に格別の相違がないというべきである 」。 ということはできない,と主張する。 しかし,前記2(3)イ,同6(2)で説示したとおり,引用発明にあっても,車幅感覚の向上という効果が得られるのであるから,本願発明のみ車幅感覚の向上が得られるということはできず,車幅感覚の向上という作用効果に関し,本願発明と引用発明の両者に格別の相違がないとした審決の説示に誤りはない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (3) 以上によれば,原告主張の取消事由6は理由がない。 8結語以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 森義之 |
裁判官 | 田中孝一 |