関連審決 | 異議1998-73229 |
---|
関連ワード | 発明者 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 着想 / 援用権(援用) / 特許出願日 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 独立特許要件 / 取消決定 / 忌避 / 異議申立 / 判決の拘束力 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
16年
(行ケ)
259号
特許取消決定取消請求事件
|
---|---|
原告 大日本製薬株式会社 訴訟代理人弁理士 吉岡拓之 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 舩岡嘉彦,松井佳章,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/03/03 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
原告の求めた裁判
「特許庁が平成10年異議第73229号事件について平成16年3月18日にした決定を取り消す。」との判決。 |
|
事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:大日本製薬株式会社(原告) 発明の名称:「防汚塗料組成物」 特許出願日:平成4年7月8日(特願平4-206020号) 設定登録日:平成9年9月19日 特許番号:第2696188号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:平成10年異議第73229号 訂正請求日:平成12年9月18日(本件訂正) 第1次決定:平成14年5月24日 決定の結論:「特許第2696188号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」 第1次決定取消訴訟判決:平成15年9月24日(東京高裁平成14年(行ケ)第342号) 判決の結論:「特許庁が平成10年異議第73229号事件について平成14年5月24日にした決定を取り消す。」(第1次決定の相違点の看過を理由とする。) 本件決定(第2次決定):平成16年3月18日(以下において「決定」というときは,この決定を指す。) 決定の結論:「特許第2696188号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成16年5月11日(原告に対し) 2 本件発明の要旨 (1) 設定登録時の特許請求の範囲の記載(甲2。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。)【請求項1】 亜酸化銅と化1 【化1】 (式中,nは1又は2である。)で表される2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩を有効成分として含有することを特徴とするゲル化せず長期保存が可能な防汚塗料組成物。 【請求項2】 亜酸化銅5〜30重量%と化2 【化2】 (式中,nは1又は2である。)で表される2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩2〜15重量%を含有し,亜酸化銅と該銅塩の配合比が1:1〜3:1である請求項1記載のゲル化せず長期保存が可能な防汚塗料組成物。 (判決注:決定は,「亜酸化銅5〜35重量%」と記載しているが,誤記と認める。) (2) 本件訂正請求後の特許請求の範囲の記載(上記(1)の請求項2を削除するもの。甲12。以下,請求項1に係る発明を「訂正発明」という。)【請求項1】 亜酸化銅と化1 【化1】 (式中,nは1又は2である。)で表される2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩を有効成分として含有することを特徴とするゲル化せず長期保存が可能な防汚塗料組成物。 3 決定の理由の要点 (1) 決定は,本件訂正の適否について,以下のとおり認定判断した。 (a) 決定は,刊行物1として,「化学大辞典5縮刷版471頁の『せんていとりょう(船底塗料)』の項」共立出版株式会社・昭和38年11月15日発行(甲3)を,刊行物2として,「塗料と塗装」202〜205頁,株式会社パワー社・昭和48年7月30日発行(甲4)を,刊行物3として,特開昭51-129435号公報(甲5)を,刊行物4として,特開昭54-15939号公報(甲6)を挙げた。 (b) 決定は,刊行物1〜3に記載の発明と訂正発明との一致点を次のように認定した。 「刊行物1〜3には,亜酸化銅なる物質(刊行物1では酸化銅(I)と記載されているが,亜酸化銅と同一物質である。)が,防汚塗料における活性化合物の主たる化合物として使用されていることが記載されており,これら刊行物に記載の発明と本件訂正発明とを対比すると,両者は,亜酸化銅を有効成分として含有することを特徴とする防汚塗料組成物,の点で一致」 (c) 決定は,刊行物1〜3に記載の発明と訂正発明との相違点を次のように認定した。 「本件訂正発明では,亜酸化銅と2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩との併用であるのに対し,刊行物1〜3には,亜酸化銅と当該銅塩とを併用することについての記載はなく(相違点1),また,ゲル化せず長期保存が可能であることの記載がなされていない(相違点2)点で,相違しているものと認められる。」 (d) 決定は,相違点1について,次のとおり判断した。 「亜酸化銅なる物質は,刊行物1〜3に記載されているとおり,防汚塗料における中心的化合物であるが,刊行物3あるいは4にも示されているとおり,それ単独であらゆる生物を完全に防除できるものではなく,したがって,その弱点を補う活性物質があれば,それと併用することにより,亜酸化銅の弱点を補強したより活性の高い防汚活性物質が得られるであろうことは,当業者にしてみれば当然に期待する事項である。 ところで,刊行物4には,2-ピリジルチオ-1-オキシドの各種の金属塩が,優れた防汚活性を有し,アオサ,フジツボ,フサコケ,セルプラ等,亜酸化銅が単独では十分には防除できない生物に対しても有効に防除し得たとの試験データが記載されている。 してみれば,従来多用されてきた亜酸化銅と刊行物4に具体的に防汚活性を有することがデータをもって記載されている2-ピリジルチオ-1-オキシドの各種金属塩を併用して防汚塗料に使用してみようとすることは,当業者にとっては容易に想到し得ることであり,その際,当該銅塩(本件訂正発明と刊行物4記載の発明では,当該銅塩に関し,命名法に若干の相違があるが,それぞれの構造式からも明らかなとおり,実質上同一物質を表わすものである。)との併用を忌避する阻害事由は見出せない。 してみれば,相違点1は当業者が容易になし得ることと認めざるを得ない。」 (e) 決定は,相違点2について,次のとおり判断した。 「複数の防汚活性化合物を併用する際は,混合後の安定性,即ち,併用によるゲル化の有無,長期保存が可能か否かについては,いわゆるルーチンワークとして当然に検討される事項であり,本件訂正発明の組成物にそのような性質を見出したとしても,この点は,当業者にとっては,併用において当然になされるルーチンワークの結果を示したものといわざるを得ず,この点は,当業者にとっては何ら格別の創意・工夫を要することではない。」 (f) 決定は,本件訂正の適否について,次のとおり結論付けた。 「結局のところ本件訂正発明は,刊行物1〜4に接した当業者がその記載に基づき容易に発明をすることができたものとせざるを得ない。 したがって,本件訂正発明は…特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正請求は,特許法120条の4第3項で準用する平成5年法律第26号による改正後の特許法126条3項の規定に適合しない」 (2) 決定は,特許異議申立てについて,次のとおり認定判断した。 (a) 決定は,まず,本件発明は,その設定登録時の明細書の特許請求の範囲(判決注:前記2(1)記載のもの)によるべきであるとした。 (b) 決定は,本件発明1について,次のとおり説示した。 「本件発明1は,上記の理由により,刊行物1〜4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとせざるを得ないのであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものである。」 (c) 決定は,本件発明2について,次のとおり説示した。 「そもそも請求項2に規定されている亜酸化銅の配合量,2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩の配合量及び両者の配合比は願書に最初に添付した明細書には何の記載もなく,その後の補正により特許請求の範囲にのみ記載されることとなったもので,発明の詳細な説明には一貫して記載されていなかったものである。 してみれば,請求項2に係る発明,即ち,本件発明2は,発明の詳細な説明に記載された発明ということはできないのであり,該発明については,特許法36条5項1号(平成6年法律第116号による改正前のもの)の規定を満足しない出願に対して特許されたものとせざるを得ない。」 (d) 決定は,以上をふまえて,本件発明1ないし2に係る特許は取り消されるべきであると結論付けた。 |
|
原告の主張(決定取消事由)の要点
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) (1) 決定は,刊行物1〜3に記載の発明と訂正発明との相違点1についての判断を誤った結果,訂正発明の独立特許要件の充足を否定し,同様の理由により本件発明1の進歩性を否定するという誤りを犯した。 (2) 決定は,ビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)の銅塩と亜酸化銅の組合せの容易想到性を判断しているが,刊行物4の記載内容,本件出願時の技術状況,技術開発の実際等の考慮を欠いた形式的な机上論による判断というべきものであり,妥当といえない。 @ 刊行物4は,防汚活性スペクトルの広い新規な防汚活性物質として2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩を提案するものであり,実施例等で明らかなように,基本的には「このもの単独で使用できる」ことを開示している。すなわち,刊行物4の記載は,ピリチオン金属塩と亜酸化銅との併用系を直ちに想到させるものとはいえない。 A 刊行物4に例示されている11種の2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩についての実施例の防汚活性データは,すべて同効であり,本文中にもそれら金属塩は同等・同列に記載されている。 B 本件出願前,市販品として入手容易な2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩は,唯一,(シャンプーのフケとり剤などとして大量生産されていた)「亜鉛塩」であった。 このような状況下,技術開発の実際としては,刊行物1〜3の技術常識のもと,刊行物4に接した当業者は,2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩と亜酸化銅との併用系を想到したとしても,「亜鉛塩」との併用系を試みて防汚性を確認するにとどまるであろうことは明らかである。 現に,刊行物4の開示から10年以上を経てようやく亜酸化銅と「亜鉛塩」の併用系が提案された(甲7)にすぎないという事実からも,亜酸化銅と「銅塩」の併用系が“刊行物1〜4からは容易推考とは到底いえない”ことを裏付けているといえる。 被告は,「銅塩との併用を忌避する阻害理由がない」という。しかし,この主張は,金属塩との組合せをすべて試みることを前提としていることになるが,刊行物4に接した当業者にとっては,「すべて同効とされている他の各種金属塩をわざわざ合成してまで亜酸化銅との併用系それぞれの「防汚活性」を確認あるいは比較検討するには,むしろ,そのための“動機づけ”が必要である」というべきである。 しかし,刊行物4の記載等からはそのような事情等は何ら見当たらない。 すなわち,「亜酸化銅と2-ピリジルチオ-1-オキシドの銅塩」を併用することに限ってみても,刊行物1〜4の記載に接した当業者がその記載に基づき容易に発明をすることができたものとは到底いえない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) (1) 決定は,刊行物1〜3に記載の発明と訂正発明との相違点2についての判断を誤った結果,訂正発明の独立特許要件の充足を否定し,同様の理由により本件発明1の進歩性を否定するという誤りを犯した。 (2) 決定は,相違点2に関し,「併用において当然になされるルーチンワークの結果を示したもの」とする。 しかしながら,防汚塗料の着想段階あるいは開発当初(スクリーニング段階)においては,当然に防汚活性が検討の対象であり,塗料としての保存安定性などは二義的事項であるため,「ルーチンワーク」として検討することなどということは,実際にはあり得ない。 まして本件の場合,刊行物4の記載内容ゆえに,亜鉛塩以外の市場で入手できない銅塩を含む他の各種金属塩との併用系につき防汚活性さえも確認する可能性は極めて低いのであるから,刊行物4に接した当業者が,それら各種金属塩について,防汚活性とともに「ルーチンワーク」として保存安定性を検討することなどということは,技術開発の実際としてあり得ない机上論であるというべきである。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) (1) 決定は,訂正発明及び本件発明1の有する顕著な作用効果を看過した結果,訂正発明の独立特許要件の充足を否定し,本件発明1の進歩性を否定するという誤りを犯した。 (2) 訂正発明は,亜酸化銅と2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩の併用時,増粘・ゲル化という極めて解決困難な技術的課題があったところ,ピリジン系化合物の金属塩として銅塩を選択することにより,「予想外」にも当該課題を解決し,防汚活性スペクトルの広い優れた防汚化合物系の水中防汚塗料を実用性,利便性の高い形で市場に提供して,商業的な成功を収めつつあるものであり,実質的に顕著な効果を奏している発明というべきである。 |
|
被告の主張の要点
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)に対して 亜酸化銅は,防汚塗料における中心的化合物ではあるが,それ単独であらゆる生物を完全に防除できるものではなく,したがって,その弱点を補う活性物質があれば,それと併用することにより亜酸化銅の弱点を補給した,より活性の高い防汚活性物質が得られるであろうことは,当業者が当然に期待する事項である。その際に,刊行物4に具体的に防汚活性を有することがデータをもって記載されている2-ピリジンチオール-1-オキシドの各種金属塩を併用して防汚塗料に使用してみようとすることは,当業者にとって容易に想到し得ることであり,その際,刊行物4に例示され,実施例3でも具体的に実施され,その防汚活性を有することがデータをもって記載されている銅塩との併用を忌避する阻害事由がないことも明確である。 市販品として入手可能なのは亜鉛塩だからとの理由を銅塩の併用や選択の阻害要件と原告は主張しているが,具体的に記載されている銅塩を併用することを阻害する理由にはならない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)に対して 刊行物4の実施例で具体的に記載されている銅塩を併用することに阻害要因はない。また,塗料において複数の防汚活性化合物を併用する際は,混合後の安定性,即ち,併用によるゲル化,分離等の物性変化の有無を確認し,長期保存が可能か否かについて検討することは,ルーチンワークとして当然に行われている事項である。そうであるから,「ゲル化せず長期保存が可能」なことは,当業者にとっては,併用において当然になされるルーチンワークの結果を示したものといわざるを得ず,この点は,当業者にとって何ら格別の創意・工夫を要することではない。決定においては,このことをルーチンワークとして当然に検討される事項と判断した。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)に対して 塗料は,製品化され使用されるまでには相当の期間がおかれるものであるから,「増粘・ゲル化」せず,保存安定性が良好であることは,塗料として用いる場合に当然に前提となるものであり,周知の事項である。したがって,訂正発明及び本件発明1における「ゲル化せず長期保存が可能」とは,ルーチンワークとして当然行う効果の確認であって,この効果の確認をもって,格別の創意・工夫のあるものとはいえず,それが,選択発明を構成するに足る顕著性のある効果とならないことは当然の帰結である。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 刊行物4(特開昭54-15939号公報,甲6)には,以下の事項が記載されている。 「下記の一般式 NSOn M(式中Mは金属原子を示しそしてnは1〜3の整数を示す)で表される化合物を含有することを特徴とする水中防汚塗料。」(特許請求の範囲) 「これらのピリジン系化合物は他の公知の無機または有機の防汚性化合物例えば亜酸化銅,…等の化合物を加え混合して,通常の塗料原料および塗料製造法に従って水中防汚塗料を製造することも可能である。」(2頁左上欄16行〜左下欄2行) 「本発明に係る水中防汚塗料の代表的な活性効成分を例示すれば次の如くである…(1)……(7)ビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅塩……(11)…」(2頁左下欄3行〜右下欄11行) 「実施例3 ビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅塩…を均一に混合して塗料を調整する。」(3頁左上欄12〜末行) 上記のほか,「第1表」,「第2表」として,特許請求の範囲に記載されたピリジン系化合物として,実施例3記載のビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅塩を含む,各種金属塩を配合した11種類の塗料についての完全水中浸漬試験,交番型浸漬試験の結果が記載されている(甲6の4頁)。 (2) 以上の各記載によれば,刊行物4は,防汚性化合物として特許請求の範囲に一般式で記載されたピリジン系化合物を単独で含有する水中防汚塗料について記載するだけでなく,当該化合物に従来公知の防汚性化合物である亜酸化銅等を加え混合して,水中防汚塗料とすることをも示唆しているものと認められる。 したがって,刊行物1〜3に記載された亜酸化銅に,刊行物4の上記記載にあるビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅塩を含む11種の各種金属塩をそれぞれ組み合わせて水中防汚塗料とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。 (3) 原告は,前記第3,1(2)において,@〜Bの点を挙げて,刊行物4に接した当業者は,2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩と亜酸化銅との併用系を想到したとしても,「亜鉛塩」との併用系を試みて防汚性を確認するにとどまるであろうことは明らかであると主張する。 しかし,上記@の点については,前判示のとおり,刊行物4は,防汚性化合物として,特許請求の範囲に一般式で記載されたピリジン系化合物に従来公知の防汚性化合物である亜酸化銅等を加え混合して,水中防汚塗料とすることをも示唆しているものと認められる。Aの点についても,刊行物4において,11種の2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩が同等・同列に記載されているのであれば,当業者は,これら11種の金属塩のそれぞれを亜酸化銅の併用成分として使用してみるのがむしろ自然であるというべきである。また,Bの点についても,本件出願前,市販品として入手容易な2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩が唯一「亜鉛塩」であったとしても,刊行物4には,亜鉛塩のみならず他の10種の金属塩を含有する防汚塗料も製造して試験を行ったことが記載されているのであるから,亜鉛塩以外の金属塩を入手し,併用系について検討してみることが困難であったと認めることはできない。したがって,原告の上記主張は,採用し得ない。 原告は,また,甲7を援用して,刊行物4の開示から10年以上を経てようやく亜酸化銅と「亜鉛塩」の併用系が提案されたという事実からも,亜酸化銅と「銅塩」の併用系が刊行物1〜4からは容易に推考し得たとはいえないと主張する。 しかし,進歩性の判断は,種々の要素を勘案してされるべきものであって,仮に,亜酸化銅と「亜鉛塩」の併用系の提案が刊行物4の開示から10年以上の間されていないとしたとしても,直ちに進歩性を肯定すべきことにはならないのであって,既に判示した点にも照らせば,原告主張の点は,採用の限りではない。 (4) 以上によれば,原告主張の取消事由1は,理由がない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について (1) 甲9(特開昭54-119534号公報)には,「従来,船舶や各種海中構築物への海棲生物の付着を防止するための防汚塗料として,高分子有機錫化合物および亜酸化銅を防汚成分とする塗料が用いられている。本発明者等は,かかる防汚塗料について詳細に検討を行った結果,貯蔵中に増粘することならびに防汚性能が漸次低下することなどの重大な欠陥を擁していることが判明し,この原因を追究したところ,高分子有機錫化合物中のSnR3(Rはアルキル基またはフェニル基)または残存カルボキシル基と亜酸化銅とが反応することにあるとの知見を得た。そこでこの様な欠陥を防止するため,あらゆる可能性について種々検討した…」(1頁左下欄13行〜右下欄6行)との記載がある。 次に,甲10(特公昭61-39992号公報)には,「本発明は,固化,増粘化を防止した,トリ有機錫ポリマー型防汚剤と亜酸化銅を併用した防汚塗料に関する。」(1欄10〜12行),「トリ有機錫ポリマー型防汚剤と亜酸化銅とを併用して防汚塗料を製造すると,製造直後は適正な粘度を保っているが,経時的に次第に塗料自体の粘性が増し,最終的には塗料が固化して使用不能になってしまうため,亜酸化銅をトリ有機錫ポリマー型防汚剤に併用しても増粘,固化が起りにくい防汚塗料の開発が望まれていた。」(2欄5〜12行)との記載がある。 また,乙1(米国特許第5098473号明細書:平成4年3月24日)及び乙2(米国特許第5112397号明細書:平成4年5月12日)には,「発明の背景」の項目において,それぞれ,「酸化第一銅と組み合わせてピリチオン亜鉛を配合した塗料は,受け入れ難い程度に増粘又はゲル化する」という問題があり,その解決が強く望まれていることが記載されている。 (2) 以上の記載によれば,本件出願前において,2種類の防汚成分を併用した防汚塗料には貯蔵中に増粘又はゲル化するという問題が生じることが,既に当業者に知られており,このような問題を回避する解決策が望まれていたことが認められる。そうすると,刊行物1〜3に記載された亜酸化銅に,刊行物4に記載の11種の金属塩をそれぞれ組み合わせて水中防汚塗料とする場合においても,防汚活性のみならず増粘,ゲル化の問題も念頭において併用系を検討することは,当業者が当然に行うことであるといえる。 そして,上記甲9において,「塗料は1Lのガラスビンに入れ密閉して,20℃の恒温室で貯蔵して塗料の状態を観察した。」(3頁右上欄3〜5行)と記載され,上記甲10において,「この試料を2つに分けそれぞれ約50gずつ100ccのガラスビンに入れ密栓をした。ガラスビンの1つは55±1℃の恒温槽に入れ強制的な経時変化を観察した。もう一方のガラスビンは室温の状態で放置し経時変化を観察した。」(6欄27〜31行)と記載されていることなどからして,増粘,ゲル化の有無を確認する試験方法は,密閉容器中に入れた塗料を一定期間放置して状態を観察するという簡単なものであると認められる。そうすると,刊行物1〜3に記載された亜酸化銅と刊行物4に記載の11種の金属塩との11通りの組合せについて,「ゲル化せず長期保存が可能」か否かの確認試験をすることも,格別の困難を伴うことなく行い得るものと認められる。 (3) 以上のように,当業者が刊行物1〜3に記載された亜酸化銅と刊行物4に記載された11種の金属塩との併用系を検討する際に,増粘,ゲル化の問題を念頭において行うことが当然のことであって,その増粘,ゲル化の有無の確認試験も困難なく行い得ることである上,確認試験を行いさえすれば,11種の併用系のうちのいずれが増粘,ゲル化の点で優れているかは直ちにわかることであるから,亜酸化銅の併用成分として,刊行物4に記載された11種の金属塩のうち銅塩を用いた水中防汚塗料に,「ゲル化せず長期保存が可能」という性質があることを見いだすことは,当業者にとって容易であるというべきである。 (4) 原告は,前記第3,2(2)のとおり主張する。 しかしながら,既に判示したとおり,刊行物1〜3に記載された亜酸化銅に刊行物4に記載された11種の金属塩をそれぞれ組み合わせて水中防汚塗料とする場合において,防汚活性のみならず増粘,ゲル化の問題を念頭において併用系を検討することは,当業者が当然に行うことであるところ,防汚活性の確認も室温における貯蔵安定性の確認も,数か月ないし数年の期間を要する(甲9の表8,甲10の表-1,表-2)ことを考慮すれば,当初から,防汚活性と保存安定性を同時に検討する方が合理的であることは明らかである。例えば,甲9においては,「サンドブラスト板に市販の船底塗料1号を2回塗りした被塗物に,所定期間室温で貯蔵した実施例1〜12および比較例1〜9の塗料(実施例1〜12のAおよびB成分は塗装直前に混合)を2回塗り重ね,1週間室温で乾燥させ,その後三重県鳥羽湾内の試験筏につりさげて浸海し,6ヶ月,12ヶ月,24ヶ月後の生物付着状況を観察した。又この塗料は1Lのガラスビンに入れ密閉して,20℃の恒温室で貯蔵して塗料の状態を観察した。」(3頁左上欄16行〜右上欄7行)と記載されており,防汚活性の確認試験と貯蔵安定性(ゲル化の有無)の確認試験が並行して行われたものと認められる。 また,「亜鉛塩以外の市場で入手できない銅塩を含む他の各種金属塩との併用系につき防汚活性さえも確認する可能性は極めて低い」との原告の主張が採用し得ないことは,既に取消事由1に関して判示したところから明らかである。 原告の上記主張は,いずれも採用することができない。 (5) 相違点2についての決定の判断は,前記第2,3(1)(e)のとおりであり,「ゲル化せず長期保存が可能」との構成に係る相違点の看過が,本件特許に関する第1次決定取消訴訟の判決で第1次取消決定を取り消す理由となっているのであるから(当裁判所に顕著な事実),第1次取消決定とは引用された公知文献が違っていても(すなわち,第1次取消決定取消訴訟の判決の拘束力は本件決定には及ばない。),再度の異議の審理及び決定においては,この構成の容易想到性の有無について慎重な審理判断が必要であった。しかるに,この点について決定がした結論に至る理由ないし根拠の説示は,いかにも不十分で不親切であるとの非難は免れない。しかしながら,上記(1)ないし(4)に説示したとおり,決定の結論は是認し得るものであるから,原告主張の取消事由2は,理由がない。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 前判示のとおり,刊行物1〜3記載の亜酸化銅に刊行物4記載の11種の各種金属塩をそれぞれ組み合わせて水中防汚塗料とすることも,刊行物4記載の11種の金属塩のうち銅塩を亜酸化銅の併用成分として用いた水中防汚塗料に,「ゲル化せず長期保存が可能」という性質があることを見いだすことも,当業者にとって容易であるから,原告の主張する課題の解決は,特に困難を要することとは認められない。 そして,刊行物4には,特許請求の範囲に記載された化合物を含有する水中防汚塗料が,動植物に対する選択性が少ないものであることが記載されている(2頁左上欄12〜13行)上,刊行物4における併用の示唆(前記1(1)における2頁左上欄16行〜左下欄2行の記載)に従って得られる水中防汚塗料は,必然的に一液型となる以上,二液型に比べて実用性,利便性が高いことも明らかである。そうすると,防汚活性スペクトルの広い優れた防汚化合物系の水中防汚塗料を実用性,利便性の高い形で市場に提供したことは,自明の効果にすぎず,訂正発明及び本件発明1の進歩性を肯定すべきほどの顕著な効果であると認めることはできない。 なお,商業的成功ということから直ちに,発明の進歩性を肯定することはできない。 原告主張の取消事由3は,理由がない。 4 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塩月秀平 |
---|---|
裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 高野輝久 |