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関連ワード 進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  周知技術 /  慣用技術 /  上位概念 /  技術常識 /  遡及 /  技術的意義 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10098号 審決取消請求事件
原告ダ イワ精工株式会社
訴訟代理人弁理士鈴江武彦
同河野哲
同中村誠
同幸長保 次郎
同根本恵司
同弁護士和泉芳郎
被告株 式会 社シ マノ
訴訟代理人弁護士鎌田邦彦
同弁理士小林茂雄
同小野由 己男
同山下託嗣
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2005-80002号事件について平成18年1月24日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告の有する後記特許について被告が無効審判請求をしたところ,特許庁がこの特許を無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成3年12月9日(以下「本件遡及出願日」という。)に出願した特願平3-324492号の一部を分割して,名称を「魚釣用電動リール」とする発明につき,平成11年7月7日新たに特許出願(以下「本願」という。)をし,平成14年4月5日設定登録を受けた(特許第3294820号。請求項の数1。甲14。以下「本件特許」という。)。
これに対し被告は,平成16年12月28日,本件特許について特許無効審判請求をし,特許庁はこれを無効2005-80002号事件として審理することとしたが,その審理の中で原告は,平成17年3月28日付けで訂正請求(甲15。以下「本件訂正」といい,同添付の明細書を「訂正明細書」という。)をした。
そして特許庁は,平成18年1月24日,「訂正を認める。特許第3294820号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成18年2月3日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件訂正により訂正された後の特許請求の範囲記載の発明は,下記のとおりである(下線は訂正箇所。以下「本件発明」という。)。
記【請求項1】リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されていることを特徴とする魚釣用電動リール。
(3) 審決の内容ア 審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。
その要点は,本件発明は,下記甲2発明,甲4発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものであった。
記・特開平3-119941号公報(審判甲2・本訴甲2。以下「甲2公報」,同記載の発明を「甲2発明」という。)・フランス特許第1525043号明細書(審判甲4・本訴甲4。以下「甲4明細書」といい,同記載の発明を「甲4発明」という。)イなお審決は,甲2発明を次のように認定し,本件発明との一致点及び相違点を下記のように摘示した。
記<甲2発明>「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動する直流モータMを備え,該直流モータMの回転速度を調節する変速用スライドスイッチ11を前記リール本体に設けた釣用リールにおいて,前記リール本体に設けた変速用スライドスイッチ11の変位操作でモータMの回転速度を高・中・低の3速に増減するモータ調節手段を設ける釣用リール。」<一致点>「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの特定の値を調節するモータ調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体に設けたモータ調節体の変位操作でモータの特定の値を増減するモータ調節手段を設ける魚釣用電動リール。」 の点。
<相違点1>モータ調節体の調節態様に関し,本件発明が,「スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体をリール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設ける」のに対し,甲2発明は,モータの回転速度を高・中・低の3速に増減する変速用スライドスイッチ11をスライド操作可能に設けた点。
<相違点2>本件発明が,「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」のに対し,甲2発明は,その点が不明な点。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決は,以下に述べる理由により,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)(ア) 審決は,「魚釣用電動リールに関する技術を,両軸受型リール及びスピニングリール双方に適用することは,従来より一般的に行われていること(例えば,甲第8号証〔判決注:特開昭60-120932号公報。本訴甲8。以下「甲8公報」という。〕参照)であるから,このような技術背景がある以上,甲4発明(スピニングリール)を甲2発明のような両軸受け型リールに適用してみようとすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。また,このような適用を阻害する事情も見いだし得ない」(審決9頁下4行目〜10頁2行目)として甲4発明を甲2発明に適用することは想到容易と判断したが,このような判断は,甲4発明及び技術常識(甲8)の誤認に基づくものであり,また,阻害要因を看過したものであって,誤りである。
(イ) 甲4発明は,本件発明におけるようなスプールが回転するいわゆる両軸受型リールではなく,スプールが固定されてロータ(「回転ドラム」に相当)が回転するいわゆるスピニングリールに関するものである。このようなスピニングリールでは,手動ハンドルの内方に釣糸巻取り時に高速で回転するロータが存在し,手動ハンドル内方の,高速で回転するロータ近傍に手指を近づけることは大変危険であるため,ロータが回転中は当該箇所に手指が接近することがないように,操作部材をロータに手指が近づく方向には配置しない等,設計上も危険を回避するような配慮を行うことが必要がある。したがって,甲4発明に記載された電動スピニングリールのモータ出力調節手段の構成を,甲2発明の両軸受型リールにそのまま適用することはできない。
また,甲8公報は,モータによる自動運転はできず,手動ハンドルを回すことによって,その手動ハンドルの回転を検出して駆動モータの回転速度を制御できる技術が開示されているにすぎず,手動ハンドルを回すという態様がスピニングリールでも両軸受型リールでも共通であることから,「他の形式のリールに実施しても良い」との記載がされているにすぎない。甲8公報から,一般のモータ出力調節技術すべてのものが,他の形式のリールに転用可能とすることは,技術背景,技術常識に対する誤認である。
イ 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)(ア) 審決は,相違点2について,「上記相違点2を検討すると,魚釣用電動リールの駆動モータではないが,一般的に,安全性を考慮して,モータの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないようにしたものは,甲第6号証〔判決注:特公平1-13314号公報。本訴甲6。以下「甲6公報」という。〕及び甲第7号証〔判決注:実公昭30-15340号公報。本訴甲7。以下「甲7公報」という。〕等に記載されているように周知であり,魚釣用リールにおいても駆動モータを設けるに当たって,安全性は,当業者が当然考慮する設計的事項にすぎない」(審決10頁6行目〜11行目)と判断したが,誤りである。
(イ) 甲6公報は,交流駆動モータにおいて,異常過負荷となった場合モータ停止を行い,その後電源スイッチの投入と運転スイッチのOFFとにより再駆動可能とするとの開示がされているだけであり,甲7公報は,その操作軸に装着された正転用,逆転用,停止用の各カムを操作することにより,電動機への電源供給のための電源スイッチである電磁接続器の開閉制御を行う操作開閉器が開示されているにすぎない。本件発明の「モータ出力調節体」は,甲6,7公報に記載されているような,単に電源をON/OFFするだけの「電源スイッチ」ではない。本件発明の「モータ出力調節体」において,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,単に「電源スイッチ」をOFFにするということをいうのではなく,次にモータを再起動させる時には,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的に増減調節できること,すなわち,電動リールを使用した実釣時に,急に高速回転で始動させることなく,停止状態から,かつ,変速ショックを伴うことなくスムーズに速度を増加させることができることにより,高速での始動や巻上げ速度の急激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効率的に回避させることをも同時に意味し,本件発明は,このような構成を備えることにより,魚釣用電動リールに特有の問題点に対する格別顕著な作用効果が期待できるものである。
ウ 取消事由3(動機づけの欠如による進歩性の判断の誤り)(ア)審決は,実願昭60-203774号(実開昭62-111371号)のマイクロフィルム(審決が引用する別件無効2004-80241号の乙1・本訴甲9。以下「甲9公報」という。),特開平2-257820号公報(同乙2・本訴甲10。以下「甲10公報」という。)及び昭和62年10月シマノ工業株式会社発行「シマノ新製品ニュースNew Tackle'87-No.20」(同乙4・本訴甲11。以下「甲11刊行物」という。)を引用して,「実釣性及びスイッチ操作を容易にするという課題は,本件発明と同一技術分野の魚釣用電動リールにおいて,従来より周知のありふれた課題から類推できる」(審決11頁9行目〜11行目)とした上,甲2公報,甲4明細書及び甲8公報を引用して,「魚釣用電動リールにおいても当然考慮されるべき課題にすぎないから,これら各甲号証に本件発明の課題が記載されていないからといって,動機付けが欠如するとまではいえない」(同11頁13行目〜15行目)と判断し(以下「判断@」という。),さらに,甲6公報及び甲7公報について,「魚釣用電動リールではないが,上記「(4-4)」の「(相違点2)」の項において述べたように,安全性を考慮して,モータの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないようにしたという一般的な技術事項を引用するために挙げた証拠方法であって,これら各甲号証に本件発明の課題が記載されていないからといって,動機付けが欠如するということにはならない」(同11頁16行目〜21行目)と判断した(以下「判断A」という。)が,いずれも誤りである。
(イ) 判断@の誤り上記甲9,10公報及び甲11刊行物は,追い巻き操作が,本件発明におけるような電動リール技術分野において,モータ駆動と手動ハンドル駆動を併用することで広く行われている技術手段であり,そのための具体的構成も,本件発明の出願時,広く知られている周知慣用の技術手段であることを立証するために原告が提出したものである。これらの刊行物には,本件発明におけるような課題,すなわち,「リール本体に装着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。そして,そのようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆動ができないようになっている」との作用及び効果を奏するような「スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした」との課題に対する,明示の記載は何らない。また,甲2公報は,訂正明細書において,正に欠点のある従来例として記載されているものであり,本件発明の課題に対する認識は何ら存在しない。甲4明細書は,いわゆるスピニングリールに関するものであり,本件発明とはリールの型式が違うものであるから,本件発明の課題,すなわち,「リール本体に装着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。
そして,そのようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆動ができないようになっている」との作用効果を奏するように「スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした」との課題に対する認識は何ら存在しない。甲8公報は,手動ハンドルの回転操作によってのみしか駆動モータを回転駆動することはできず,モータによる自動運転はできず,本件発明の課題に対しての認識や示唆が全くない。
本件発明の課題は,上記各刊行物に断片的に記載されているような上位概念としての一般的な操作性を意味しているのではなく,審決の上記判断@は,本件発明に対する課題の誤認とともに,上記各刊行物の誤認によるものであり,誤りである。
(ウ) 判断Aの誤り甲6公報は,交流駆動モータにおいて,異常過負荷となった場合モータ停止を行い,その後電源スイッチの投入と運転スイッチのOFFにより再駆動可能とするとの開示がされているだけであり,甲7公報は,その操作軸に装着された正転用,逆転用,停止用の各カムを操作することにより,電動機への電源供給のための電源スイッチである電磁接続器の開閉制御を行う操作開閉器が開示されているにすぎず,いずれも,本件発明におけるような,「スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設け」ているモータ出力調節体に係るものではない。そして,これらの刊行物には,本件発明の「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との具体的構成については何ら記載されてなく,それを示唆する記載もなく,本件発明の課題に対する認識は全く存在しないから,審決の上記Aの判断も誤りである。
エ取消事由4(顕著な作用効果の誤認・看過による進歩性の判断の誤り)(ア) 審決は,本件発明の作用効果について,「甲2発明に甲4発明を適用することにより,当業者が予期できる範囲内のものである」(審決12頁10行目〜11行目),「甲2発明に,モーター般の技術である「安全性を考慮して,モータの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないようにしたもの」(甲第6号証甲第7号証)を適用することにより,当業者が予期できる範囲内のものである」(同12頁12行目〜15行目)と判断したが,本件発明の顕著な作用効果を誤認・看過したものであり,誤りである。
(イ) 上記アで述べたとおり,甲4発明を甲2発明にそのまま適用することはできないから,その結果として,「甲2発明に甲4発明を適用することにより,当業者が予期できる範囲内のものである」との判断は誤りといわざるを得ない。本件発明は,その構成により,「スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行える」との顕著な作用効果が期待できるものである。
さらに,甲6公報及び甲7公報は,あくまでも「モータ一般の技術」にすぎず,安全性を考慮した魚釣用電動リールのセーフティ機能に意義がある本件発明における,「モータ出力調節体の調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを駆動しないように設定しているので,電源コード接続時等にモータ出力調節体の任意の変速位置に対応する出力で誤ってモータが駆動されるようなことが無くなり,再駆動時等において,慌ててスイッチ操作を行うことも無くなり,トラブルを防止できる」との顕著な作用効果については何ら開示がなく,その示唆もない。本件発明の「モータ出力調節体」は,甲6,7公報に記載されているような,単に電源をON/OFFするだけの「電源スイッチ」ではない。本件発明の「モータ出力調節体」において,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,単に「電源スイッチ」をOFFにするということをいうのではなく,次にモータを再起動させる時には,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的に増減調節できること,すなわち,電動リールを使用した実釣時に,急に高速回転で始動させることなく,停止状態から,かつ,変速ショックを伴うことなくスムーズに速度を増加させることができることにより,高速での始動や巻上げ速度の急激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効率的に回避させることをも同時に意味している。そして,本件発明は,このような構成を備えることにより,魚釣用電動リールに特有の問題点に対する格別顕著な作用効果が期待できるものである。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論審決の認定判断は正当であり,審決には原告が主張するような違法はない。
(1) 取消事由1に対しア甲4発明の電動スピニングリールにおいて操作部材の配置に危険回避等の配慮が必要であるとしても,甲4発明の操作部材を,配置について特に配慮を必要としない甲2発明に適用することは,配置に何の配慮も要らないのであるから,当業者が容易になし得ることである。
イまた,同じ魚釣用電動リールに関する技術を,両軸受型リールやスピニングリールに適用することは当業者にとって当然のことにすぎない。現に,甲8公報のほかにも,たとえば,実願昭62-192169号(実開平1-94064号)のマイクロフィルム(乙2。以下「乙2公報」という。),実願昭59-51339号(実開昭60-162461号)のマイクロフィルム(乙3。以下「乙3公報」という。)及び実願平1-13361号(実開平2-105358号)のマイクロフィルム(乙4。以下「乙4公報」という。)からも明らかである。
(2) 取消事由2に対し安全性を考慮してモータの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないようにしたものは周知慣用技術である。そうすると,甲2発明のモータ出力調節体に,モータ一般の上記周知慣用技術を適用して相違点2の構成を得ることは設計的事項にすぎず,当業者にとって容易になし得ることは明らかである。なお,特開昭64-16216号公報(審判甲5・本訴乙1)には,魚釣用電動リールにおいて,一度ブレーカ又はリレーが作動すると,電源スイッチをオフし,再度オン操作しない限りモータを再起動することができない技術が従来技術として紹介されており,魚釣用電動リールにおいても上記周知慣用技術が採用されていることが分かる。
(3) 取消事由3に対しア原告のいう判断@の誤りにつき原告の主張する課題が,当業者にとって自明の課題ないしは自明の課題と実質的に異ならないものにすぎないことは,甲4明細書の「本発明の目的は,……特に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対応できるような上記リールを製造することにある」(訳文1頁8行目〜10行目)との記載,甲8公報の「本発明の目的は,……ハンドル操作で駆動モーターの回転速度を制御して獲物の引きに合わせて釣糸の繰り出しと巻き上げ操作が出来て釣り本来の面白味が味わえるようにした魚釣用電動リールを提案することにある」(1頁右下欄1行目〜5行目)との記載,実願昭59-40697号(実開昭60-151369号)のマイクロフィルム(乙5。以下「乙5公報」という。)の「考案の目的本考案は……操作性の良い変速スイッチを有する電動リールを提供するものである」(明細書2頁6行目〜9行目)との記載,実願昭60-203774号(実開昭62-111371号)のマイクロフィルム(乙6。以下「乙6公報」という。)の「クラッチの係合トルク調整とドラッグ力の強弱調整の両作用を1本の操作レバーにて行なうことが出来るため釣り操作を大幅に向上することが出来る」(11頁5行目〜8行目)との記載,特開平2-257820号公報(乙7。以下「乙7公報」という。
号証)の「本発明は手動併用電動リールにおけるこれらの欠陥を改善して手動捲取り操作中においても円滑容易なドラグ操作ができると共に安定したドラグ制動力が得られるようにした魚釣用電動リールを提供することを目的とするものである」(1頁右下欄下から3行目〜2頁左上欄2行目)」との記載からも明らかといえる。
イ 原告のいう判断Aの誤りにつき原告は,甲6,7公報について,本件発明におけるようなモータ出力調節体に係るものではなく,その具体的構成について何ら記載されていないと主張するが,同主張は相違点2についての主張を繰り返すものにすぎず,その主張が失当であることは,上記(2)のとおりである。
(4) 取消事由4に対し本件発明の作用効果は,「(a)リール本体に装着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。そして,(b)そのようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆動ができないようになっている」(【0007】段落)との作用と,(a)’変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行なえると共に,「(b)’電源コード接続時等にモータ出力調節体の任意の変速位置に対応する出力で誤ってモータが駆動されるようなことが無くなり,再駆動時等において,慌ててスイッチ操作を行うことも無くなり,トラブルを防止できる」(【0035】段落)との効果であるところ,(a), (a)’の作用効果は,甲2発明に甲4発明を適用することにより当業者が当然に予測できるものであり,また,(b),(b)’の作用効果は,甲2発明にモータ一般の周知技術(甲6,7公報等)を適用することにより当業者が当然に予測できるものであり,その総和以上の作用効果が得られるものではなく,審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。
2 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について(1) 原告は,甲4発明におけるようなスピニングリールでは,手動ハンドル内方の,高速で回転するロータ近傍に手指を近づけることは大変危険であるため,ロータが回転中は当該箇所に手指が接近することがないように,操作部材をロータに手指が近づく方向には配置しない等,設計上も危険を回避するような配慮を行うことが必要があるから,甲4発明に記載された電動スピニングリールのモータ出力調節手段の構成を,甲2発明の両軸受型リールにそのまま適用することはできず,阻害要因が存在すると主張する。
しかし,甲2発明は,本件発明と同様のスプールが回転する両軸受型リールであって,高速で回転するロータはないから,原告が主張するようなスピニングリールの設計上の配慮が必要となるものではない。したがって,甲4発明を甲2発明に適用するに当たって,原告主張の阻害要因が存在するということはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(2) また,甲8公報から,一般のモータ出力調節技術すべてのものが,他の形式のリールに転用可能とすることは,技術背景,技術常識に対する誤認であると主張する。
しかし,甲8公報のほかも,乙2公報に,両軸受型リールについてのリール枠本体を把持した手の指で操作パネル上のオートスイッチ及びマニアルスイッチの操作を容易になし得るようにしたスイッチの配置についての技術をスピニングリールにも適用可能であることが開示され,乙3公報に,モータの回転をリールに伝達するギア構造についての技術をスピニングリール,両軸受型リールに適用する実施例が記載されているのであるから,スピニングリールと両軸受型リールにおいて,両者に共通して用いることができる技術を,双方の形式のリールに適用することは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が従来より行っていたことであると認められる。そして,審決が甲4明細書から引用した技術事項は,「駆動モータ(「電気モータ16」,以下,括弧内は甲4発明)の電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,駆動モータの回転速度を巻上げ停止状態(待避端部位置)から最大値(アクティブ端部位置)まで連続的に増減させる単一のモータ調節体(操作部材21)を設けている」点(審決9頁16行目〜20行目)であって,釣糸巻上げ用モータの回転速度の調節をモータ調節体により行うという技術は,スピニングリールでも両軸受型リールでも共通して用いられる技術であることは明らかであるから,審決が甲8公報の記載を例示して,甲4発明を甲2発明のような両軸受型リールに適用してみようとすることは当業者であれば容易に思い付くことであると判断したことには誤りはない。
さらに付言するに,甲4明細書には,「本発明は,いわゆる固定スプールの魚釣用リールに関するものであり,キャスティング時にスプールから釣糸が引き出されていくときにスプールが静止状態にある魚釣用リールに関する。本発明の目的は,キャスティングを行った時の様々な実用上の要請,特に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対応できるような上記リールを製造することにある」(訳文1頁5行目〜10行目),「このようなリールでは電気的巻上制御により餌或いはルアー回収を,手動で行うよりも高速で行うことができる。また,回収速度をより迅速に切り替えることができる。これら全ての要素は獲物を狙う魚を狙うのに効果的である。釣りの種類やその時々の状況に応じて,釣り人は回転ドラムの制御方法を一方から他方へ簡単に且つ迅速に行うことが可能である。例えば,魚がかかると電気制御による回収を停止し,魚を疲れさせるために手動制御に切り替えることができる」(同3頁35行目〜4頁5行目)と記載されており,「キャスティングを行った時の様々な実用上の要請,特に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対応できるようにする」という甲4発明の目的は,甲2発明のような魚釣用電動リールにおいても同様に達成すべき目的であることは当業者に明らかであるから,甲2発明に甲4発明を適用する動機づけが存在するものということができる。
(3) 以上のとおり,原告の主張する取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について(1) 原告は,相違点2の「モータ出力調節体は……停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」構成について,甲6,7公報に記載されているように周知であり,安全性は当業者が当然考慮する設計的事項にすぎないとした審決の判断(審決10頁7行目〜11行目)は誤りである,と主張する。
(2) そこで,上記各刊行物についてみると,まず,甲6公報には,「異常過負荷となつた場合,遅滞なくモータ負荷電流を遮断してモータの加熱,焼損等の事故のおそれをなくし,その後,停止指定すると再駆動可能に復帰するようにして,永久的遮断や自然復帰による装置における如き保安,安全性等の諸問題を解消し,更には一般の制御装置においては運転指定となっている状態で制御用電源を遮断している場合,該電源を投入したことによって直ちにモータが運転されて例えばこれが特に高速運転指定にあった場合など危険を伴うが,これを電源投入後は停止指定がないと運転に移行出来ないようになしたものであり」(1頁右欄13行目〜24行目)との記載がある。
また,甲7公報には,「従つて運転中停電し再び送電が開始されたときには操作軸を必ず一度停止位置に戻した後再度運転位置に操作しなければ電動機は起動せず,停止位置への復帰の途中で電動機が不意に起動するような恐れがない」(2頁左欄12行目〜16行目)との記載がある。
上記記載によれば,一般に停電復帰時等に電動機が不意に起動するような事態は危険であるからこれを避ける必要があり,安全性に配慮して,電動機の制御において,電源が遮断されて電動機が停止した際に,一度停止位置に戻した後でなければ電動機が起動しないように設定することは,本願出願時において,当業者に周知の技術であったと認められる。
(3) この点につき,原告は,本件発明の「モータ出力調節体」は,甲6,7公報に記載されているような,単に電源をON/OFFするだけの「電源スイッチ」ではなく,本件発明の「モータ出力調節体」において,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,次にモータを再起動させる時には,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的に増減調節できること,すなわち,電動リールを使用した実釣時に,急に高速回転で始動させることなく,停止状態から,かつ,変速ショックを伴うことなくスムーズに速度を増加させることができることにより,高速での始動や巻上げ速度の急激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効率的に回避させることをも同時に意味し,格別顕著な作用効果が期待できるものであると主張する。
(4) そこで,本件発明の「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」ことの技術的意義について検討する。
訂正明細書(甲15添付)には,次の記載がある。
「【0003】【発明が解決しようとする課題】しかし,上記電動リールは,スライドスイッチをリール本体の上面に沿って前後方向にスライドさせて,低速・中速・高速に変速する構成のため,巻取り時の変速操作時に,リール本体から手の指がずれやすくて安定せず,容易に変速操作が行えない。また,モータの駆動も低速・中速・高速の3段階しか変速できないため,釣場の状況等に対応した幅広く迅速なモータ出力の制御が行えず,実釣性に劣る。」「【0004】さらに,メインスイッチをON操作した後に,回転しているモータを,スライドスイッチを前後方向にスライドさせて低速・中速・高速の3段階にモータ出力を制御する,というように,2つのスイッチ形態によってモータの駆動(停止)および変速を行う構成のため,スイッチ操作が煩雑になってしまう。」「【0005】本発明は上記問題に基づいて案出されたもので,釣場の状況等に応じてスプール駆動モータを巻上げ停止状態から最大値まで連続的に調整可能にして実釣性の向上を図ると共に,スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした魚釣用電動リールを提供することを目的とする。」「【0006】【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため,本発明は,リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されていることを特徴とする。」「【0007】本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。そして,そのようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆動ができないようになっている。」「【0021】そして,魚の当たりがあった場合に,上記ON/OFFスイッチ51をON操作すると,レバー39の現在位置のモータ出力でスプール7が回転して釣糸9が巻き上げられるので,釣り人は表示器55を確認し乍ら,釣糸9をゆっくり巻き上げたい場合には,例えば表示器55のレバー表示量の目盛りが“20”となるようにレバー39を操作し,魚の引きが強くてハリスが強い場合には,バー表示量の目盛りが“80”となるようにレバー39を操作する等,巻上げの状況に応じてレバー39を操作し乍らモータ17の出力を制御すれば,釣糸9は巻上げに最適なモータ速度で巻き上げられることとなる。そして,巻上げを止めたい場合にはバー表示量の目盛りが“0”となるようにレバー39を戻せばよい。」「【0022】このように,本実施形態に係る魚釣用電動リールによれば,ハリス強度,対象魚,魚の大小及びヒット数,潮流,波等を考慮し乍ら,モータ出力をリール本体1に装着した一つのレバー39で制御してスプール7の回転数を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減変更することができ,而も,釣人はリール本体1の両側部を両手で保持した状態のまま,右手をずらすことなく親指と人差し指でレバー39の操作が可能であるので,従来の魚釣用電動リールに比し釣糸9の巻上げ操作性が飛躍的に向上する。」「【0024】また,本実施形態では,ON/OFFスイッチ51をON操作すると,レバー39の現在位置のモータ出力で釣糸9の巻上げが開始され,以後はレバー39の操作に応じてモータ17の出力を連続的に制御できるようにしたが,ON/OFFスイッチ51は省略してもよい。すなわち,レバー39は,最も手前位置に回転した際にモータ出力を巻上げ停止状態にして,ここから前方に回転操作することで,最大値まで連続的にモータ出力を調節できるようになっていることから,ON/OFFスイッチ51を省略して,レバー39が電源スイッチ(ON/OFFスイッチ)を兼ねるように構成することができる。」「【0025】そして,このように構成する場合,安全性を考慮してレバー39を一度“0”の位置に戻してから,スプール7の巻上げが開始するように構成する(セーフティ機能を設ける)。すなわち,例えば,実釣時に電源コードが外れた場合等において,再びモータを再駆動しようとして電源コードを再接続しても,レバー39の位置を一度“0”の位置に戻さないとモータは再駆動されないように構成されている。」「【0026】この結果,変速位置に対応してモータが再駆動することが無くなり,慌ててスイッチ操作を行った際に生じやすいスイッチ操作ミスを防止することができる。」「【0035】【発明の効果】本発明によれば,スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行えると共に,前記モータ出力調節体の位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを駆動しないように設定しているので,電源コード接続時等にモータ出力調節体の任意の変速位置に対応する出力で誤ってモータが駆動されるようなことが無くなり,再駆動時等において,慌ててスイッチ操作を行うことも無くなり,トラブルを防止できる。」上記記載によれば,本件発明において「電源ON/OFFスイッチを省略する」場合には,「安全性を考慮してレバー39を一度“0”の位置に戻してから,スプール7の巻上げが開始するように構成する(セーフティ機能を設ける)」(段落【0025】)とされており,本件発明の「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」ことの技術的意義は,安全性を考慮したものであると認められる。
他方,原告が主張する,本件発明の「モータ出力調節体」において,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,次にモータを再起動させる時には,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的に増減調節できること,すなわち,電動リールを使用した実釣時に,急に高速回転で始動させることなく,停止状態から,かつ,変速ショックを伴うことなくスムーズに速度を増加させることができることにより,高速での始動や巻上げ速度の急激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効率的に回避させることをも同時に意味するとの点について,訂正明細書(甲15添付)に記載はなく,この点に係る原告の主張は,訂正明細書の記載に基づかないものであり,失当というほかない。
(5) そうすると,本件発明の「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」ことの技術的意義は,甲6,7公報に記載されている当業者に周知の技術と同様,安全性を考慮して,電源コードの接続をした際等に,使用者の予期しないモータ駆動を防止することを目的とするものにとどまるというべきである。
したがって,相違点2についての審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張は理由がない。
4 取消事由3(動機づけの欠如による進歩性の判断の誤り)について(1) 原告は,甲2公報,甲4明細書,甲8,9,10公報及び甲11刊行物は,本件発明におけるような課題,すなわち,「リール本体に装着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。そして,そのようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆動ができないようになっている」との作用及び効果を奏するような「スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした」との課題に対する認識は何ら存在していないから,審決の判断は,本件発明に対する課題の誤認とともに,上記各刊行物の誤認によるものであると主張する。
(2) しかし,本件発明の上記課題と全く同一の課題が記載されていないとしても,各刊行物に記載された発明に共通する技術的課題が存在すれば,当該課題を解決するために,各刊行物に記載された発明を組み合わせることは,当業者が通常試みることである。そして,甲2発明に甲4発明を適用する動機づけが存在することは,上記2(2)のとおりである。また,甲8公報には,「本発明の目的は,……ハンドル操作で駆動モーターの回転速度を制御して獲物の引きに合わせて釣糸の繰り出しと巻き上げ操作が出来て釣り本来の面白味が味わえるようにした魚釣用電動リールを提案することにある」(1頁右下欄1行目〜5行目), 「又上記説明では魚釣用リールをスピニングリールと両軸受型リールで述べたが,他の形式のリールに実施してもよい」(3頁左下欄12行目〜14行目)との記載が,甲9公報には,「……釣り操作を大幅に向上することが出来る」(同明細書11頁7行目〜8行行目)との記載が,甲10公報には,「……ドラグ操作を迅速かつ容易に行うことができる」(3頁右下欄13行目〜15行目)との記載が,甲11刊行物には,「……巻き上げるパワーが違います。操作性が違います」(左上「電動丸」の欄)との記載があり,これらの記載によれば,実釣性及びスイッチ操作を容易にするという課題は,本件発明と同一技術分野の魚釣用電動リールにおいて,従来より周知のありふれた課題ないしそこから類推できるものにすぎない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 原告は,甲6,7公報は,本件発明におけるような,「スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設け」ているモータ出力調節体に係るものではなく,その具体的構成である,「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との具体的構成については何ら記載されてなく,それを示唆する記載もないから,本件発明の課題に対する認識は存在しないと主張する。
しかし,一般に停電復帰時等に電動機が不意に起動するような事態は危険であるからこれを避ける必要があり,安全性に配慮して,電動機の制御において,電源が遮断されて電動機が停止した際に,一度停止位置に戻した後でなければ電動機が起動しないように設定することは,本願出願時において,当業者に周知の技術であったことは上記3(3)のとおりである。そして,甲2発明もモータを駆動するものであるから,安全のために,電源が遮断された場合にモータ調節体をモータ停止状態に一度戻さなければ再起動しないよう構成することは,当業者が必要に応じて適宜なし得る程度のことにすぎないというべきであり,原告の上記主張は採用できない。
5取消事由4(顕著な作用効果の誤認・看過による進歩性の判断の誤り)について(1) 原告は,甲4発明を甲2発明にそのまま適用することはできないから,その結果として,「甲2発明に甲4発明を適用することにより,当業者が予期できる範囲内のものである」との判断は誤りであると主張する。
しかし,甲4発明を甲2発明に適用するに当たって,原告主張の阻害要因が存在するということはできないことは,上記2(1)のとおりであり,原告の上記主張は,前提において誤りである。
(2) 原告は,本件発明の「モータ出力調節体」は,モータを再起動させる時には,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的に増減調節できること,すなわち,電動リールを使用した実釣時に,急に高速回転で始動させることなく,停止状態から,かつ,変速ショックを伴うことなくスムーズに速度を増加させることができることにより,高速での始動や巻上げ速度の急激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効率的に回避させることをも同時に意味し,格別顕著な作用効果が期待できるものであると主張するが,同主張が採用できないことは,上記3(4)のとおりである。
(3) 電源が遮断して,モータが停止状態となった場合には,一旦停止位置に戻さなければモータの再起動が行われないようにすれば,再駆動時にモータ出力調節体の任意の変速位置に対応する出力で誤ってモータが駆動されるようなことがなくなることは明らかであり,その結果,再駆動時等においてトラブルを防止できるという効果を奏することは,当業者であれば予測し得る程度のことにすぎない。
したがって,本件発明の作用効果について,「甲2発明に甲4発明を適用することにより,当業者が予期できる範囲内のものである」(審決12頁10行目〜11行目),「甲2発明に,モーター般の技術である「安全性を考慮して,モータの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないようにしたもの」(甲第6号証甲第7号証)を適用することにより,当業者が予期できる範囲内のものである」(同12頁12行目〜15行目)とした審決の認定判断に誤りはなく,原告の取消事由4の主張も採用することができない。
6 結論以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉