関連審決 | 無効2001-35531 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成22行ケ10057審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14行ケ294審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成23行ケ10009審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10210審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10281審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 反復(反復可能性) / 反復実施 / 物の発明 / 方法の発明 / 製造方法 / 新規性 / 29条1項3号 / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 同一の発明 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 実質的に同一 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
74号
審決取消請求事件
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原告 新日本製鐵株式会社 訴訟代理人弁護士 上谷清 同 宇井正一 同 笹本摂 同 山口健司 同 弁理士 亀松宏 訴訟引受人 JFEスチール株式会社 訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣 同 梅澤健 同 弁理士 苫米地正敏 被 告(脱退) JFEエンジニアリング株式会社 (旧商号) 日本鋼管株式会社 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/03/08 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2001-35531号事件について平成15年1月17日 にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 訴訟引受人は,名称を「表面処理鋼板」とする特許第1608128号発明(昭和60年3月29日出願,平成3年6月13日設定登録,以下,この特許を「本件特許」という。)につき,平成15年5月27日,被告(脱退)から本件特許に係る特許権の譲渡を受けた特許権者である。 原告は,平成13年12月7日,本件特許につき無効審判を請求し,特許庁は,同請求を無効2001-35531号事件として審理し,平成15年1月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。 2 本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨 鋼板面に下層側から (i)鉄メッキ,ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上,または鉄メッキ,ニッケルメッキおよびクロムメッキの1種または2種以上と錫メッキとの複層メッキ,若しくは鉄-錫合金メッキ,ニッケル-錫合金メッキおよびニッケル-鉄合金メッキの1種からなるメッキ付着量10〜500mg/m2の下地メッキ層, (ii)錫合金層, (iii)錫合金層上に不連続状に形成される純錫層, (iv)付着量2〜30mg/m2の金属クロムとクロム換算で付着量3〜23 mg/m2の水和酸化クロムとからなるクロメート処理被膜 を有し,前記錫合金層および純錫層を合せたトータル錫メッキ付着量が50 0〜2000mg/m2であることを特徴とする表面処理鋼板。 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,@本件発明は,本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭60-17099号公報(甲3,審判甲1,以下「甲3刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲3発明」という。)と同一の発明であって,平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項3号により特許を受けることができないものであり,また,本件発明は,本件特許出願前に頒布された刊行物である甲3刊行物,特開昭57-200592号公報(甲4,審判甲2,以下「甲4刊行物」という。),審判甲3〜6,特開昭60-33362号公報(甲15,審判甲7,以下「甲15刊行物」という。)及び審判甲8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明であって,特許法29条2項により特許を受けることができないものであるから,本件発明に係る本件特許は,同法123条1項2号により無効とされるべきものである(審決謄本2頁下から第3段落)との請求人(原告)の主張に対し,A本件発明は,甲3発明と認めることができないばかりか,甲3発明,甲4刊行物(審判甲2),審判甲3〜6,甲15刊行物(審判甲7)及び審判甲8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められないから(同20頁第5段落),請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては,本件発明に係る本件特許を無効とすることはできないとした。 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,本件発明と甲3発明との相違点2として認定した,「本件発明は,『錫合金層上に不連続状に形成される純錫層』を設けるのに対して,甲第1号証発明(注,甲3発明)では,『溶錫処理により残留した錫のある,もしくは,錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層』とされ,鉄-錫-ニッケル合金層上に不連続状に形成される純錫層が存在するか否か明らかでない点」(審決謄本12頁第3段落)について,「甲第1号証発明(注,甲3発明)における第2層の形態の一つとして,『錫めっき層の一部が合金化し,残留錫めっき層が存在する鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層』があり得ることは認められるにしても,甲第1号証(注,甲3)には,錫合金層上に不連続状に形成される純錫層が存在するとされているわけではない。そして,・・・請求人(注,原告)が提示した他の証拠(甲第2号証〜甲第9号証〔注,審判甲2〜9〕あるいは参考資料1〜14)の記載内容を考慮したとしても,甲第1号証発明において,残留錫めっき層が不連続状に形成されていると認めることはできないばかりか,甲第1号証発明における該残留錫めっき層を不連続状に形成することが,容易であると認めることもできない。よって,相違点2は,本件発明と甲第1号証発明の実質的な相違であって,しかも,この相違点2は,当業者が容易に想到し得るものであるとすることはできない」(同14頁第4段落〜下から第2段落)と判断したが,この相違点2に関する審決の判断は,甲3発明において残留錫めっき層が不連続状に形成されているとは認められないとする誤った判断により,相違点2が本件発明と甲3発明との実質的な相違であるとして,本件発明の新規性を肯定する誤りを犯し(取消事由1),仮にそうでないとしても,相違点2が甲3発明から当業者が容易に想到し得るものではないとして,本件発明の容易想到性を否定する誤りを犯した(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(新規性の判断の誤り) (1) 総説 甲3発明を記載した甲3刊行物には,「錫めっきを施した後,溶錫処理により残留した錫のある,もしくは錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成する」との記載がある(4頁左上欄第2段落,6頁左下欄最終段落,7頁左下欄の(3)及び(4)の項,なお,この記載における「残留した錫のある,もしくは錫のない」の部分は,昭和59年7月25日付け手続補正書による手続補正によって加えられたものである。)。上記記載にいう「残留した錫のある」場合の錫の存在形態は,本件特許出願時に当業者に周知の技術的事実であった「物理現象X」(後述)を考慮すれば,「不連続状の純錫」であることが明らかである。したがって,本件発明と甲3発明との間に実質的な差異はない。 (2) 「物理現象X」の意義とメカニズム ア 「物理現象X」とは,「下地めっき層の有無にかかわらず,目付量の少ない錫めっき層に溶錫処理(リフロー処理)を施して純錫が残る場合に,合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し純錫層が不連続状となる場合がある」という現象である。これは,製造業者の意図にかかわらず生じる現象であって,技術的事実として位置付けられる。「物理現象X」は,錫めっき層を溶錫処理した場合に一般的に生じる物理現象であり,本件特許出願前から当業者に広く知られた技術的事実であった。 従来,溶接缶の分野においては,溶接性を確保するために一定量の錫が必要であると認識され,錫層の態様としては,昭和50年代までは「均一錫層」が志向されたが,その後,資源コスト等の観点から錫の使用量削減が志向され,かつ,錫層が「不連続状」であっても溶接性に問題がないことが明らかになったので,既に広く知られていた「不連続状の純錫」の発生を伴う「物理現象X」を積極的に利用し,「不連続状の純錫」という少量の錫を用いた溶接が志向されることとなったのである。 イ 錫めっきに溶錫処理(リフロー処理)を施した場合,錫が溶融し,液体錫と下地(下地めっき又は下地鋼板)との界面において,熱の影響により,相互拡散が発生する。この相互拡散の断面垂直方向の到達範囲が,合金となり,錫めっき表面まで拡散が到達しなければ,表面に純錫が残ることになる。このような相互拡散の度合いは,鋼板表面の汚れや酸化に影響されて部分的に異なり,また,下地鋼板表面あるいは下地めっき層表面の凹凸の存在等により,拡散の到達範囲すなわち合金層の厚みは不均一となる(合金層の不均一成長)。 以上のような拡散が到達する範囲の違いにより,溶錫処理後の錫の態様には,(A)錫の全量が完全に合金化される場合(拡散の範囲が一様に錫めっき表面に到達した場合),(B)合金層が部分的に錫めっき表面に露出する場合(拡散の一部が錫めっき表面に到達した場合),(C)合金層の表面露出がなく,最上層に錫層が残る場合(拡散が錫めっき表面に到達しない場合)の3態様がある。そして,合金層が「不均一」な状態で形成されていることと,その上の純錫層が不連続状であることとは,対応する関係にあり,上記(B)の態様は,「溶錫処理により合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し,純錫層が不連続状となった」態様,すなわち「物理現象X」によって生じた態様である。 (3) 刊行物における「物理現象X」の開示 ア 特開昭57-200592号公報(甲4刊行物)には「物理現象X」が開示されている。 (ア) 甲4刊行物は,鋼板表面に所定厚さのニッケルめっきを施し,還元性雰囲気で熱処理を行ってニッケルめっき層の一部あるいは全部を素地鋼板中へ拡散浸透させた後,所定厚さの錫めっきを施し,リフロー処理することを特徴とする溶接缶用表面処理鋼板の製造方法の発明(以下「甲4発明」という。)を開示しているが,従来技術の問題点として,「目付量の少ないぶりきはリフローを行うと,錫層に多くのピンホールを発生するだけでなく,合金の不均一な成長によりめっき層表面に部分的に合金が露出する」(1頁右下欄最終段落〜2頁左上欄第1段落)と記載しているから,従来技術において,錫めっきに溶錫処理(リフロー)を施したときに,合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に合金が部分的に露出するという,物理現象Xに相当する事実を開示しているものである。 甲4刊行物中の「ニッケルめっき厚さが少ない場合,ニッケルは鋼板表面を部分的にのみ被覆しており,鋼板素地がかなり露出している。ニッケルめっき層を熱処理することにより鋼板素地中にめっき層の少なくとも一部を拡散浸透させると,ニッケルの拡散浸透した表面層が鋼板を被覆するので,鋼板の耐錆性は一層向上する」(2頁左下欄最終段落〜右下欄第2段落)との記載に示されるように,甲4発明は,鋼板上に施したニッケルめっき層を熱処理することにより,ニッケルの拡散浸透した表面層で鋼板を覆い,合金の露出を防ぐものであるから,「拡散処理を施さないニッケルめっき層」は,甲4刊行物にいう従来技術の範ちゅうに属し,合金層の不均一な成長により合金が錫めっき層表面に部分的に露出する等の現象を防ぐことが困難なものであることが理解される。 このように,甲4刊行物にいう従来技術とは,(a)鋼板上へ直接薄目付けの錫めっきを行った場合のみならず,(b)鋼板上へ拡散処理をしないままニッケルプレめっきを施し,その上に薄目付けの錫めっきを行う場合を含むものであるから,結局,甲4公報には,上記(a)の下地めっき層がある場合及び上記(b)の下地めっきを施し拡散処理をしない場合のいずれにおいても,溶錫処理時に,「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」との現象が生じること,すなわち,「下地めっき層の有無にかかわらず,目付量の少ない錫めっき層に溶錫処理(リフロー処理)を施して純錫が残る場合に,合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し純錫層が不連続状となる場合がある」という「物理現象X」が生じることが示されている。 (イ) 審決は,「甲第2号証(注,甲4刊行物)には,『合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する』という現象は,鋼板上へ直接薄目付の錫めっきを行った際に生ずる現象であって,この現象の発生は,鋼板-ニッケルめっき層-錫めっき層の層構造と拡散浸透・リフロー処理により防止し得ること,・・・が明らかにされている」(審決謄本16頁第2段落)として,下地めっき層が存在する場合に「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象が当然に生じるとはいえない旨判断した(同頁第3,第4段落)。 しかし,甲4刊行物にいう従来技術には,上記のとおり,鋼板上へ拡散処理をしないままニッケルプレめっきを施した構造,すなわち,下地めっき層が存在する場合も含まれるのであるから,従来技術の問題点とされる「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」現象は,下地めっき層がある場合にも生じるとされているのである。したがって,甲4刊行物には,下地めっき層がある場合にも,「物理現象X」が生じることが開示されている。 イ 甲4刊行物以外の刊行物における「物理現象X」の開示 甲4刊行物のみならず,以下の刊行物の開示事項を全体として斟酌するとき,下地めっき層の有無にかかわらず生じる「物理現象X」の存在は明らかである。 (ア) FIRST INTERNATIONAL TINPLATE CONFERENCE, LONDON, October5th-8th,1976,[WOOD GRAIN ON TINPLATE - HOW IT DEVELOPS AND HOW IT CAN BE AVOIDED](甲6,審判参考資料3,以下「甲6刊行物」という。)には,「ぶりき」(錫めっきをした鋼板)の表面欠陥である「木目模様」は,錫めっきが少量の場合(例えば,2.8g/m2以下)の場合に生成することが記載されている。この「木目模様」は,「溶融した錫めっきが,微細な結晶構造と粗大な結晶構造との混在した組成からなる結果である」(83頁「要約」の第2段落)との記載及びFig.4等の写真から,不連続状の錫であることが分かる。したがって,下地めっき層がない場合において純錫が不連続状となることが,古くから知られていた知見であることが明らかである。 (イ) 特公昭54-20940号公報(甲7,審判参考資料4,以下「甲7刊行物」という。)には,その特許請求の範囲の請求項記載の方法で製造した電気ブリキに,耐食性向上のために溶錫処理をすることが記載されている。そして,溶錫処理で得られる新しい合金層の模式的な断面構造を示す第1図a,当該合金表層の電子顕微鏡写真を示す第2図a,及び金属又は合金成分が溶錫処理後も残存する場合のめっき層の模式的な断面構造を示す第1図bも参照すると,同刊行物には,下地めっき層がある場合に,合金層が不均一となること,及び,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し,「不連続状の純錫」が形成される場合があることが開示されている。 (ウ) 特公昭56-47269号公報(甲8,審判参考資料5,以下,「甲8刊行物」という。)は,「錫メッキ鋼板において,該鋼板面上の錫の一部を鉄錫合金として該鋼板面上に分散露出せしめ,かつ一部を表面錫として残存せしめた表面構造を有する・・・錫メッキ鋼板」(特許請求の範囲)に係るものであって,その請求項に記載された鋼板の断面構造の模式図である第2図及び同鋼板の表層の顕微鏡写真である第4図〜第7図によれば,鋼板の表面(地鉄層表面)において,溶錫処理によって,合金層が不均一(局所的)に成長すること,その結果,「錫めっき層」表面に,部分的に合金が露出し,「不連続状の純錫」が形成されることが開示されている。 (エ) 特開昭60-208494号公報(甲5,審判参考資料2,以下「甲5刊行物」という。)は,「鋼板表面に多数の凸部を有する金属錫層と,この金属錫層上にクロム水和酸化物あるいは金属クロムとクロム水和酸化物からなるクロメート被膜層を有することを特徴とする溶接性に優れたシーム溶接缶用表面処理鋼板」(特許請求の範囲(1))に係るものである。同刊行物は,その発明に係る表面処理鋼板において,金属錫を凸状又は凹凸状に分散して存在させる方法として,「表面に溶融錫の濡れに対する不活性化処理(Niの拡散処理等)を施した後,平坦に電気錫めっきを施し,溶錫処理を行い,錫を凝集凝固させる方法」(4頁左上欄第2段落)を開示するが,その溶錫処理について何ら格別な条件を記載していないから,同刊行物に記載された錫を凸状又は凹凸状に凝集凝固させる方法は,特別の溶錫処理ではなく,本件特許の出願前に存在する技術常識的な方法である。したがって,甲5刊行物は,本件特許の出願前に存在する技術常識的な通常の溶錫処理により,「金属錫を凸状等に分散させることができること」を開示しており,したがって,下地めっき層がある場合にも純錫が不連続状となり得ることが開示されている。 (オ) 以上により,合金層の成長メカニズムを踏まえ,甲5刊行物ないし甲8刊行物を全体として斟酌すれば,そこには,下地めっき層の有無にかかわらず,「物理現象X」が発生することが開示されているということができる。 ウ 下地めっき層がある場合にも純錫層が不連続状となることの開示 特開昭60-184688号公報(甲12,審判参考資料12,以下「甲12刊行物」という。)には,下地めっき層がある場合にも,溶錫処理をすれば,合金の不均一な成長により純錫層が不連続状となることが開示されている。 すなわち,同刊行物の請求項(1)には,「鋼板の表面に合金中の錫含有量が金属錫換算で片面当り0.05〜1.0g/m2の錫-鉄-ニッケル3元合金層を有し,上層に存在する金属錫が被覆面積率(A(%)と表す)20〜70%なる島状を呈し,・・・ことを特徴とする溶接缶用表面処理鋼板」として,金属錫が島状を呈することが記載され,また,発明の詳細な説明中には,「鋼板の表面にニッケルめっきを行い,これに焼鈍を兼ねた加熱拡散処理を行ったのちに電気錫めっきを行い,さらにフラックスを塗布することなしに適切な温度でのリフロー処理(・・・)を行う。これにより均一に生成した錫-鉄-ニッケル合金層と,その上に島状を呈した金属錫を有する本発明の溶接缶用表面処理鋼板が得られる」(3頁右上欄第3段落〜左下欄第1段落)との記載がある(ここでいう「均一に」が,厚みが一定であるということではなく,合金層の組織が緻密であることを意味することは,明細書の記載から明らかである。)。そのリフロー処理(溶錫処理)は,甲3発明と同様に,何ら特別な方法ではないから,甲12刊行物には,本件特許出願前に存在する技術常識的な通常の溶錫処理により,「金属錫を島状に分散させることができること」,すなわち,下地めっき層がある場合において溶錫処理をすれば,合金の不均一な成長により,純錫層が不連続状となることが開示されている。 エ 甲15刊行物(審判甲7)及び川崎製鉄技報16巻(1984)第4号,81〜87頁(甲14,審判参考資料14,以下「甲14刊行物」という。) 審決は,甲14刊行物のFig.3(83頁)及び甲15刊行物の記載を根拠として,「錫めっき鋼板では錫めっき量があるレベル以下であれば純錫層がなくなり,錫めっき量がそれよりも多ければ『純錫層が均一に残る』と明記されている」ので,「合金の不均一な成長によりメッキ層表面に部分的に合金が露出する」という現象は,「下地めっき層の有無に拘わらず,合金の不均一な成長と錫目付量が少ないことに起因して生じる現象であって,『周知でかつ普遍的に適用できる技術的事実である』」との原告の主張は採用できないとした(審決謄本19頁第1段落)。しかし,甲14,甲15刊行物は,「合金の不均一な成長によりメッキ層表面に部分的に合金が露出する」との事実が周知の技術的事実であることを否定するには極めて不十分な内容であり,これをもって原告の主張を排斥する根拠とすることはできない。 確かに,甲15刊行物には,審決が指摘するように,溶錫処理を行う場合,「Snメッキ量が片面当たり100mg/m2以下では,Sn層と下地との合金化により,光沢はあるが黒づんだ外観となり,純Sn層がなくなる」,「100mg/m2以上のSnメッキ量であれば,溶錫処理後も,純Sn層が均一に残る」(3頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落)との記載がある。しかしながら,この記載から,何ゆえ,Snめっき量が一定量以上であれば常に純錫層が均一に残り,かつ,それ以下であれば純錫層がなくなり,「合金の不均一な成長によりめっき層表面に部分的に合金が露出する」といういわば両者の中間的な態様がないといえるのか,その根拠が全く不明である。上記記載における「光沢はあるが黒づんだ外観となり」は,「光沢はあるが」という表現があることから分るように,光沢のある純錫は残存しているということ,及び,純Snが「層」ではなくなるという現象を示したものである。したがって,「純Sn層がなくなる」という記載が,純錫がすべて合金化することを意味するとした審決の判断は誤りである。 また,審決は,甲14刊行物のFig.3(83頁)について,金属錫層が連続的に形成されているから「下地めっき層の有無に拘わらず,合金の不均一な成長によりめっき層表面に部分的に合金が露出する」との事実は認められないと認定するが,Fig.3は単なる模式的図面にすぎないから,これをもって「合金の不均一な成長によりめっき層表面に部分的に合金が露出する」という甲4刊行物その他の参考資料(本訴甲5以下)に開示された周知の技術的事実を否定することはできない。 (4) 甲3発明における「残留した錫」の存在形態 「物理現象X」についての当業者の認識を前提に,甲3刊行物を正しく理解すれば,甲3発明における「残留した錫」の存在形態は,以下のとおり,錫合金層上に純錫が不連続状に形成された形態である。 ア 「物理現象X」(甲4刊行物等) 審決は,@甲3発明においては,合金層の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出するという現象は,本来避けたい現象であること,A甲4刊行物に記載された「合金の不均一な成長によりめっき層表層に部分的に合金が露出する」という現象は,鋼板上へ直接薄目付の錫めっきを行った際に生じる現象であること,B甲3発明は,鋼板上へ直接錫めっきを施すものではないから,甲4刊行物の記載から甲3発明のめっき層においても当該現象が生じるとは直ちにいえないことを理由に,甲3発明において,「物理現象X」により,純錫層が錫合金層上に不連続状に形成されているとは認められないとした(審決謄本16頁第3段落〜第6段落)。 しかし,この認定は,めっき技術の分野では「不連続状の純錫」の積極利用を図る傾向が生じており,甲3発明が「物理現象X」の発生を「利用」するものであることを見落としたものであって,誤りである。また,甲4刊行物を始めとする各種刊行物に「物理現象X」が下地めっき層の有無にかかわらず生じることが開示されているから,審決の認定は誤りである。 イ 「残留した錫」の文言 上記(2)イに明らかにした溶錫処理における拡散のメカニズムに照らすと,甲3発明において,「溶錫処理により残留した錫のある」場合の錫の態様は,同イの(B)の態様(合金層が部分的に錫めっき表面に露出する)か,(C)の態様(合金層の表面露出がなく,最上層に錫層が残る)のいずれかである。(C)の態様における最上層の錫層は,「残留した錫」と評価することはできないから,「残留した錫」がある場合とは,結局,(B)の態様である。また,甲3発明は,第2層である「鉄-錫-ニッケル合金層」と「金属クロムとクロム水和酸化膜から成る第3層」との間に,別個独立の「錫層」が存在することは全く想定していないから,「残留錫」の態様は,(C)の態様でないことは明らかであり,結局,(B)の態様ということになる。そして,(B)の場合の純錫は,錫合金層上に不連続状に存在する。 ウ 甲3刊行物の第2図 甲3刊行物の記載によれば,その第1図の写真に示された「灰色部分」は「鉄-錫合金層」,「黒色部分」は鉄-錫合金層の「下の地鉄」にそれぞれ当たることが理解され,第2図の写真(その鮮明なものを甲16として提出)には,合金層が不均一であることが示されている。そうすると,溶錫処理により合金層が不均一に成長し,その結果,純錫が不連続状に残存する場合があることは,上記第2図からも理解できる。 審決は,「第2図における合金層は,その下の層に対する被覆率が第1図との比較において大であることが理解されるにすぎず」(審決謄本17頁下から第2段落)とするが,甲16では,その合金層が不均一であることが第2図の写真より明白である。合金層が「不均一」であることと,その上の純錫層が「不連続状」であることとは対応するものであるから,純錫が不連続に残存する場合があることは,第2図から容易に想定することができる。 エ 補正の経緯 甲3発明に係る特許出願の明細書は,昭和59年7月25日付け手続補正書により補正されており,補正前の特許請求の範囲の請求項の「鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」との記載が「鉄-錫-ニッケル合金を含む第2層」と,発明の詳細な説明中の「溶錫処理により鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」が「溶錫処理により残留した 錫のある ,もしくは 錫のない 鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」と,それぞれ補正された(下線付加)。このように,あえて「残留錫」のある態様を追加した上記補正の経緯,さらには,めっき技術分野において「不連続状の純錫」の積極利用を図る傾向が生じていたことを考えれば,上記補正は,不連続状の錫の発生した「鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」を権利範囲に含める意図でされたことが明らかである。したがって,そこにいう「残留した錫」の態様は,「不連続状に形成される純錫」を意味することが明らかである。 (5) 以上のとおり,刊行物には,従来技術として,下地めっき層の有無にかかわらず,「物理現象X」が生じることが開示されている。そして,「物理現象X」に照らすと,甲3刊行物における「残留錫」についての記載は,「不連続状の純錫」をも意味することが理解される。したがって,審決の認定した相違点2は,単なる文言上の相違にすぎず,本件発明と甲3発明とは実質的に同一である。 2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り) 甲4刊行物及びその他の刊行物によって本件特許出願時に当業者に広く知られていた「物理現象X」についての知見によれば,本件発明は,甲3発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものというべきである。したがって,本件発明の容易想到性を否定した審決の判断は誤りである。 |
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訴訟引受人の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(新規性の判断の誤り)について (1) 総説 そもそも,原告が主張する「物理現象X」が本件特許出願時に再現性のある技術として当業者に認識されていたということはできず,むしろ,当時の当業者の認識では,下地めっき層がある場合に熔錫処理を行うと,下地めっき層の存在により緻密な錫合金層が均一に成長するため,錫合金層の成長により,純錫層は一様に薄くなり,純錫がすべて合金化することにより消滅すると考えられていた。したがって,甲3刊行物に記載された「残留した錫」がある場合の錫の存在態様は,純錫層が合金層上に連続して形成された状態であると解することが正当であり,甲3発明において,錫合金層上に純錫層が不連続状に形成されているとは認められないとした審決の認定に誤りはない。 (2) 「物理現象X」について 原告は,溶錫処理をした場合に生じる被膜構造を(A),(B),(C)の3つの態様に分けて説明しているが,原告の主張する「物理現象X」は,客観的な現象ではなく,ましてや本件特許出願前に当業者に周知となっていた物理現象でもない。原告は,本件特許出願前から,溶接缶分野において,「不連続状の純錫」の発生を伴う「物理現象X」が知られ,これを積極的に利用してきた事実があると主張するが,全く事実に反する。 原告の特許出願に係る甲15刊行物には,当業者である原告自身の認識として,「熔錫処理を行なう場合,Snメッキ量が片面当り100mg/m2以下では,Sn層と下地との合金化により,光沢はあるが黒づんだ外観となり,純Sn層がなくなる。・・・これに対して,100mg/m2以上のSnメッキ量であれば,溶錫処理後も,純Sn層が均一に残る」(3頁右上欄第2段落〜左下欄第1段落)と記載されており,当時の当業者の認識では,下地めっき層が存在する場合には,緻密な錫合金層が均一に成長するため,純錫層は,錫合金層の成長によって一様に薄くなり,純錫がすべて合金化することにより消滅すると考えられており,純錫層は,均一であるか,合金層の成長により,消滅するかのいずれかであったのである。原告が主張するような両者の中間的な態様,すなわち,純錫層が完全に消失する寸前に,島状に残存した純錫層が存在するという状態(B)は,単なる観念上の可能性にすぎず,当業者において再現可能な技術的状態として認識されたことはない。下地めっき層の有無にかかわらず生じる「物理現象X」が周知の物理現象であったとの原告の主張は,事実に反し,原告提出のいかなる証拠によっても立証され得ないものである。 念のため指摘すると,単に目付量のみを調整しても「不連続状の純錫」を形成することはできず,この点については,本件特許公報(甲2-1)に「特殊なメッキ工程を取り入れ錫メッキそのものを不均一にしている場合には通常のリフロー工程を採ることができるが,錫メッキ自体が均一に形成される場合には,通常のリフロー条件では島状の不連続な純錫層は形成しにくい」(6欄最終段落)と記載されているところである。 (3) 刊行物における「物理現象X」の開示について ア 甲4刊行物について 原告は,甲4刊行物に「物理現象X」が開示されていると主張するが,失当である。甲4刊行物には,従来技術の項に,「目付量の少ないぶりきはリフローを行うと,錫層に多くのピンホールを発生するだけでなく,合金の不均一な成長によりめっき層表面に部分的に合金が露出する」(1頁右下欄末尾〜2頁左上欄第1段落)として,鋼板上に,直接,薄目付の錫めっきを行う「ブリキ」が記載されているだけであり,原告のいう物理現象Xの「下地めっき層の有無にかかわらず・・・純錫層が不連続状となる場合がある」という記載はない。また,後記イのとおり,原告の主張する「物理現象X」が,当業者に再現性ある技術として認識され,本件特許出願前に周知になっていたという事実もないから,甲4刊行物の上記記載も,下地めっき層がない場合の説明であると解することが妥当である。 審決は,原告が提出した参考資料を総合判断しても,「物理現象X」を周知技術と認めることはできず,ひいては,甲4刊行物にも「物理現象X」は記載されていないと判断したものであって,その判断は正当である。 イ 甲4刊行物以外の刊行物について 原告が「物理現象X」が記載されていると主張している刊行物は,@下地めっき層又は下地合金層を有しない錫めっき鋼板に関する例であるか,A本件特許出願後に公知となったもののいずれかであり,本件特許出願時に「物理現象X」が再現性のある技術として当業者に認識され,周知となっていたことを示すものはない。 (4) 甲3発明における「残留した錫」の存在形態について ア 「物理現象X」(甲4刊行物等)について 上記のとおり,甲4刊行物が従来技術の問題点として指摘している「合金の不均一な成長によりめっき表層に部分的に合金が露出する」現象は,下地めっき層がない場合についての説明であり,下地めっき層がある場合にも上記の現象が生じるとされているものではないから,同刊行物は,原告の主張する「物理現象X」を開示するものではない。また,原告の指摘する他の刊行物を参照しても,原告の主張する「物理現象X」が本件特許出願前に当業者に周知の技術的事項であったということはできない。したがって,物理現象Xの存在及びそれが本件特許出願前に当業者に周知であったことを前提として,甲3刊行物の「溶錫処理により残留した錫のある,もしくは錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」との記載における「残留した錫」のある場合の錫が,「鉄-錫-ニッケル合金」の層の上に「不連続状に形成された純錫層」であるとする原告の主張は,失当である。 イ 「残留した錫」の文言について 甲3刊行物にいう「残留した錫」とは,合金化しないで残った錫という意味であるから,層状に残留した錫も含まれる。 ウ 甲3刊行物の第2図について 甲3刊行物の第1図,第2図自体からかろうじて判断できることは,第1図の金属組織に較べて第2図の金属組織は「緻密でのっぺりした状態」という程度のことにすぎず,「第2図の電子顕微鏡写真は耐食性の良い薄目付ぶりきの鉄-錫-ニッケル合金層の組織を示す。この耐食性の向上効果が,第1層の組成が重量比でNi/(Fe+Ni)=0.02〜0.50の場合に最適であることが判明した。・・・0.02未満では上記の耐食性の向上効果が顕著に現れず,・・・0.50を越すと溶錫処理時の鉄-錫-ニッケル合金が疎な結晶となり,地鉄に対する被覆率が低下し,耐食性が不十分となる」(3頁左下欄第1段落)との記載と,その直前の「鉄-ニッケル合金層は,それ自体耐食性にすぐれたものであり・・・第1層上に更に錫めっきを施した後溶錫処理により鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成することにより,緻密な鉄-錫-ニッケル合金層によって第1層および地鉄を完全に被覆することによる耐食性の向上効果は一層すぐれたものとなる」(同頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落)との説明を併せて読めば,第2図の写真が,緻密な鉄-錫-ニッケル合金層が第1層及び地鉄を完全に被覆した状態を示していることは明白である。第2図の写真は,原告の主張するような「不均一に形成された状態の鉄-錫-ニッケル合金層」を示すものではあり得ない。 エ 補正の経緯について 甲3発明に係る出願の当初明細書において,原告が指摘している補正の根拠となり得る記載は,「錫付着量が0.1〜1g/m2の範囲内においては,錫めっき層の一部もしくは全部を合金化しても溶接性,耐食性には影響を生じない」(4頁左上欄第2段落〜右上欄第1段落)という記載だけであり,補正後の「溶錫処理により残留した錫のある」が「錫めっき層の一部を合金化すると」に,同じく「溶錫処理により残留した錫のない」が「錫めっき層の全部を合金化する」に,それぞれ対応していることは明らかである。そして,当初明細書の上記記載を,当業者の技術常識をもって普通に解釈すれば,「錫めっき層の全部を合金化する」とは,文字どおり,錫めっき層の全部を合金化した結果,鋼板面上に純錫層の存在しない,錫合金層がめっき層表面に全面露出した状態を意味し,また,「錫めっき層の一部を合金化する」とは,溶錫処理時に,錫めっき層の厚さ方向に,時間とともに厚みを増していく「鉄-錫-ニッケル合金層」の成長を途中で止め,めっき層の厚さ方向において純錫を層状に残存させることを意味することが明らかであり,すなわち,これは,表面から見ると,溶錫処理後の錫めっき鋼板の全面が純錫に覆われた状態である。 リフロー処理(溶錫処理)の目的は,甲4刊行物に「リフローの本来の目的はめっき層表面に光沢を付与すること,缶内容物に対する耐食性を高めることにある」(1頁右下欄最終段落)と記載されているとおり,錫を溶融流動化させてめっき表面を平滑化し,光沢性を付与することにあり,それゆえ,リフロー処理後のめっき表層に合金化しない平滑な層状の純錫層が残ることは,甲3発明の出願時の当業者の常識であった。さらに,甲3発明における基本的な要件の一つは,第2層として「第1層及び地鉄を均一に被覆する緻密な鉄-錫-ニッケル合金層」を形成することにあり,残留錫に関しては,規定される錫付着量の範囲内で錫めっき層の一部が合金化しさえすれば,耐食性等の特性には影響がないため,「錫は残留してもよい」という程度の認識があるにすぎない。以上のことからすれば,甲3刊行物から「残留錫が不連続に形成される」という概念が示唆されると解する余地はない。 (5) 以上のとおり,甲3刊行物に,「鉄-錫-ニッケル合金」から成る第2層の上に形成された「不連続状の純錫」層についての開示はないから,本件発明は甲3発明と同一とはいえない。 2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について 本件発明は,「下地めっき層」の存在下で形成された「錫合金層」と「不連続状の純錫層」を有し,このことにより,優れた溶接性,耐FFC性,耐硫化黒変性を有するものである。このような本件発明の効果は,「下地めっき層」が存在することによって,リフロー処理時に緻密な「合金層」が形成され,この緻密な「錫合金層」と「不連続状の純錫層」がともに上記各性能の向上に寄与することによって得られるものである。 上記1のとおり,甲4刊行物においても,それ以外の刊行物においても,「下地めっき 層の有無 にかかわらず ,目付量の少ない錫めっき層に溶錫処理(リフロー処理)を施して純錫が残る場合に,合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し純錫層が不連続状となる場合がある」という,原告主張の「物理現象X」は開示されておらず,同現象が本件特許出願前に当業者の間で広く知られた技術的事実ということはできないから,「物理現象X」が本件特許出願時に当業者に周知であったことを前提として,甲3発明が当業者が容易に想到し得たとする原告の主張は失当である。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明及び甲3発明 (1) 本件発明は,その特許請求の範囲(上記第2の2)に記載されるとおりの構成であって,鋼板面に,下層側から,(@)メッキ付着量10〜500mg/m2の下地メッキ層(ニッケル-鉄合金メッキである場合を含む。),(A)錫合金層,(B)錫合金層上に不連続上に形成される純錫層,(C)クロメート処理被膜を形成した層構造を有し,トータル錫メッキ付着量を50〜2000mg/m2とした表面処理鋼板であり,「ブリキ材は錫価格の高騰により・・・製缶コスト上の問題を生じている。このため最近では錫メッキ量を減じた薄メッキ化が進む傾向にあるが,単に錫メッキ量を減じただけでは塗装後耐食性等の面で・・・問題を生じる。・・・鋼板上に・・・下地メッキ層を設け,その上に錫メッキ層を形成させ,さらにその上にクロメート処理被膜を有する溶接缶用複層メッキ鋼板・・・は,溶接缶用素材として,それなりの性能を持つものの,耐硫化黒変性及びフイリーフォームコロジオン性(以下,耐FFC性と称す)に劣る場合がある」(本件特許公報〔甲2-1〕2欄第1段落〜3欄第1段落)という従来技術の問題を解決することを課題とし,その特許請求の範囲記載の構成により,「錫メッキ層(錫合金層+純錫層,以下同様)と下地メッキ層および表面クロメート処理被膜とによる複合複膜構造により,優れた耐食性が得られるとともに,純錫層が鋼板面に対し不連続的に分布した錫メッキ層を形成し且つその上部にクロメート処理被膜を形成すること等により耐硫化黒変性及び耐FFC性が大きく改善され,純錫層の不連続分布により錫薄メッキに伴う溶接性の劣化が抑えられる」(同3欄第3段落)という効果を奏するものと認められる。 (2) 一方,甲3発明について見ると,甲3刊行物は,その特許請求の範囲に,「鋼板上に重量比にてNi/(Fe+Ni)=0.02〜0.50の範囲の組成を有する厚さ10〜5000Åの鉄-ニッケル合金から成る第1層を形成する段階と,前記第1層上に0.1〜1g/m2の範囲の錫めっきを施した後熔錫処理により鉄-錫-ニッケル合金を含む第2層を形成する段階と,前記第2層上に電解クロメート処理によりクロム換算にて5〜20mg/m2の範囲の金属クロムとクロム水和酸化物から成る第3層を形成する段階と,を有して成ることを特徴とする電気抵抗溶接用表面処理鋼板の製造方法」(昭和59年7月25日付け手続補正書による補正後のもの)と記載されており,これと審決が認定した甲3刊行物の記載事項(1b)ないし(1j)(審決謄本4頁下から第2段落〜同6頁第2段落),とりわけ(1c)の「本発明(注,甲3発明)によれば,鋼板表面に先ず鉄とニッケルとの合金から成る第1層を形成し,この第1層上に錫めっきを施した後溶錫処理により残留した錫のある,もしくは錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成し,更に第2層上に電解クロメート処理によって・・・第3層を形成する方法である」との記載によると,同刊行物には,「鋼板面に下層側から,(@)鉄-ニッケル合金からなる第1層,(A)第1層上に,0.1〜1g/m2の範囲の錫めっきを施した後,熔錫処理により残留した錫のある,もしくは,錫のない鉄-錫-ニッケル合金を含む第2層,(B)第2層上に,電解クロメート処理により形成した・・・第3層を有する表面処理鋼板」の発明(甲3発明)が記載されているものと認められる。そして,甲3発明の効果は,「鋼板上に鉄-ニッケル合金から成る第1層を形成し,その上に錫めっきを施し溶錫処理することにより残留した錫のある,もしくは錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成し,更に該第2層上に電解クロメート処理によるクロメート被膜の第3層を形成して多層構成の表面構造を形成し,しかも第1層の成分組成ならびに厚さ,第2,第3層の付着量を厳密に限定制御したので,その溶接性および塗装後の耐食性はきわめてすぐれており,塗膜の密着性にもすぐれ」(甲3の6頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落及び8頁左上欄下から題3段落)るというものであると認められる。 2 取消事由1(新規性の判断の誤り)について (1) 原告は,甲3刊行物の「溶錫処理により残留した錫のある,もしくは錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」との記載における「残留した錫のある」場合の錫の存在形態は,本件特許出願時に当業者に周知の技術的事実であった「物理現象X」,すなわち,「下地めっき層の有無にかかわらず,目付量の少ない錫めっき層に溶錫処理(リフロー処理)を施して純錫が残る場合に,合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し純錫層が不連続状となる場合がある」という現象を考慮すれば,「不連続状に形成される純錫」と解されるものであるから,審決が本件発明と甲3発明の相違点2として認定した,「本件発明は,『錫合金層上に不連続状に形成される純錫層』を設けるのに対して,甲第1号証発明(注,甲3発明)では,『溶錫処理により残留した錫のある,もしくは,錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層』とされ,鉄-錫-ニッケル合金層上に不連続状に形成される純錫層が存在するか否か明らかでない点」(審決謄本12頁第3段落)は,実質的な相違点ではなく,本件発明は,甲3発明と同一であって新規性を欠くものである旨主張し,「物理現象X」を開示するものとして甲4刊行物を始めとする複数の刊行物を挙げる。 (2) そこでまず,原告が「物理現象X」を開示していると主張する甲4刊行物について検討する。 ア 甲4刊行物は,「鋼板表面に厚さ0.001〜0.05μmの範囲でニッケルめっきを施し,引き続き還元性雰囲気で熱処理を行ってニッケルめっき層の一部あるいは全部を素地鋼板中へ拡散浸透させた後,厚さ0.01〜0.2μmの範囲の錫めっきを施し,リフロー処理することを特徴とする溶接缶用表面処理鋼板の製造方法」(特許請求の範囲)の発明に係るものであり,従来技術及びその問題点に関して,次の記載がある。 (a) 「ぶりきは通常リフロー工程を経て製造されるが,リフローの本来の目的はめっき層表面に光沢を付与すること,缶内容物に対する耐食性を高めることにある。しかし,錫目付量の少ないぶりきではリフローによって錫表面に生じた錫酸化物により塗料密着性を向上させ,かつ,錫を溶融することにより表面光沢と錫-鉄界面に合金層を生成せしめて耐錆性を向上させることに意味がある。」 (b)「しかし,目付量の少ないぶりきは リフロー を行うと ,錫層 に多くの ピンホール を発生 するだけでなく ,合金 の不均一 な成長 によりめっき 層表面 に部分的に合金 が露出 する 。」 (以上,1頁右下欄最終段落〜2頁左上欄第1段落,下線付加) イ 原告は,甲4刊行物において,従来技術の問題点を指摘している上記(b)の記載は,「目付量の少ないぶりきはリフローを行うと・・・合金の不均一な成長によりめっき層表面に部分的に合金が露出する」ことにより,純錫層が不連続状となることを示すものであるから,「下地めっき層の有無にかかわらず,目付量の少ない錫めっき層に溶錫処理(リフロー処理)を施して純錫が残る場合に,合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し純錫層が不連続状となる場合がある」という「物理現象X」を開示するものであると主張する。 しかしながら,上記(b)の記載は,ブリキにリフロー処理を行った場合に生ずる現象について記述したものと認められるところ,「ぶりき」(ブリキ)は,すず(Sn)めっきを施した薄軟鋼板であり(このことが技術常識であることについては,例えば,昭和63年11月20日日刊工業新聞社(初版)発行「図解 金属材料技術用語辞典」),上記(b)の記載における「ぶりき」に下地めっき層が設けられていることについての示唆はないから,上記(b)の記載に接する当業者において,下地めっき層が存在する場合にも,「合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し純錫層が不連続状となる場合がある」との認識が直ちに得られるとはいえない。 ウ 原告は,甲4刊行物に,「ニッケルめっき厚さが少ない場合,ニッケルは鋼板表面を部分的にのみ被覆しており,鋼板素地がかなり露出している。ニッケルめっき層を熱処理することにより鋼板素地中にめっき層の少なくとも一部を拡散浸透させると,ニッケルの拡散浸透した表面層が鋼板を被覆するので,鋼板の耐錆性は一層向上する」(2頁左下欄最終段落〜右下欄第2段落)と記載されているとおり,甲4発明は,鋼板表面に施したニッケルめっき層を熱処理することにより,ニッケルの拡散浸透した表面層で鋼板を覆い,合金の露出を防ぐものであるから,「拡散処理を施さないニッケルめっき層」は,甲4刊行物にいう従来技術の範ちゅうに属し,同刊行物には,ニッケルめっき層(下地めっき層)がある場合にも,合金層の不均一な成長により,錫めっき層表面に合金が露出する現象(物理現象X)が生じ得ることが示されていると主張する。 しかしながら,原告の指摘する上記記載は,甲4刊行物の発明におけるニッケルめっき層の熱処理による拡散浸透操作によって,ニッケルの拡散浸透した表面層が鋼板を被覆すること及びこれによる耐錆性の向上について述べたものにすぎず,ニッケルメッキのみを行い熱処理による拡散浸透操作は行わなかった場合に,具体的に不都合な現象が発生することまで記載したものとは認められず,ましてや,原告の主張するような,錫めっき層表面に合金が露出する現象が生じることまで記載したものとは認めることができない。 エ したがって,甲4刊行物に「物理現象X」が開示されているとの原告の主張は採用することができない。 (3) 甲4刊行物以外の刊行物について ア 甲6刊行物(審判参考資料3)について 甲6刊行物は,「ぶりきの木目模様-どのように発現し,そして,どのように回避できるか」と題された論文であって,本文中に,「この木目模様は,例えばE1(2.8g錫/m2)の,少量の錫めっきで現れる。これは,溶融した錫めっきが,微細な結晶構造と粗大な結晶構造との混在した組成からなる結果である」との記載がある。原告は,同刊行物には,下地めっき層がない場合に,純錫が不連続状となることが示されていると主張するが,その「木目模様」は,錫の「微細な結晶構造と粗大な結晶構造」の混在した組成からなる結果であると説明されているから,その記載自体からは「不連続状の純錫」を読み取ることはできず,むしろ,「木目模様」は,異なる結晶構造の混在することにより表面光沢に部分的な「むら」が生じていることによるものと考えられる。また,Fig.4等の写真を検討しても,そこに示されたものが「不連続状の純錫」であると認めることはできない。 イ 甲7刊行物(審判参考資料4)について 甲7刊行物の特許請求の範囲によれば,同刊行物において出願対象とされた発明は,鋼板表面に前めっきし,前めっき金属又は合金成分が鋼板中に浸透拡散しめっき層としては実質的に消失するまで加熱し,その後に錫めっきを施す方法で製造した高耐食性電気ブリキの製造方法の発明であり,その詳細な説明には,耐食性向上のために溶錫処理(リフロー処理)を施すことが記載され(4欄下から第2段落),第1図aに,リフロー処理後の電気ブリキの断面図として,素地鋼表面の合金層の上に欠けた部分のある錫めっき層が図示されている。こうした点をとらえて,原告は,同刊行物に,溶錫処理によって,合金層が不均一となること,及び,純錫が不連続状となる場合があることが示されていると主張する。 しかしながら,同刊行物には,合金層の不均一な成長に言及した記載は見当たらず,また,同刊行物の実施例の表1ないし表5に,ATC値,ISV値とともにピンホールの個数が示され,同刊行物に係る発明が比較例(通常のブリキ材)に比較してATCが小さく,ピンホールの発生個数が減少し,優れたISV値が得られることが示されていることからすれば,第1図aに示された錫めっき層の欠けた部分は,電気めっきブリキ材に発生するピンホールを示していると考えることが合理的である。原告が指摘する同刊行物の第1図b及び第2図aの図示を参照しても,上記判断は左右されない。 したがって,同刊行物に,合金層の不均一な成長によって純錫層の表面に合金が部分的に露出し,メッキ錫層が不連続な状態となった部分が存在することが示されていると認めることはできない。 ウ 甲8刊行物(審判参考資料5)について 甲8刊行物は,「光沢を付与された錫メッキ鋼板において,該鋼板面上の錫の一部を鉄錫合金として該鋼板面上に分散露出せしめ,かつ一部を表面錫として残存せしめた表面構造を有するもので,該表面における前記露出合金層の占める割合が全表面積に対し30%以上を占める塗料に対する付着力良好な錫メッキ鋼板」(特許請求の範囲)に関する発明である。 原告は,甲8刊行物には,「鋼板の表面(地鉄層表面)において,溶錫処理によって,合金層が不均一(局所的)に成長すること」,その結果,「錫めっき層」表面に,部分的に合金が露出し,「不連続状の純錫」が形成されることが開示されている旨主張する。 しかしながら,甲8刊行物には,下地めっき層に関する記載はなく,同刊行物に係る錫メッキ鋼板の断面構造を示したものとされる第2図にも,下地めっき層は示されていない。したがって,同刊行物は,下地めっき層がある場合について,溶錫処理により表面錫がどのような挙動を採るのかを示唆するところはないから,下地めっき層の有無にかかわらず生じる現象としての「物理現象X」を開示するものとはいえない。 エ 甲5刊行物(審判参考資料2)について 原告は,甲5刊行物に,金属錫を凸状もしくは凸凹状に分散して存在させる方法として開示された「表面に溶融錫の濡れに対する不活性化処理(Niの拡散処理等)を施した後,平坦に電気錫めっきを施し,溶錫処理を行い,錫を凝集凝固させる方法」(3頁右下欄最終段落〜4頁左上欄第2段落)は,その溶錫処理について何ら格別な条件が記載されていないから,錫を凸状又は凹凸状に凝集凝固させる方法としては,技術常識的な方法であり,したがって,同刊行物には,本件特許出願前に存在する技術常識的な通常の溶錫処理により,下地めっき層がある場合でも,純錫が不連続状となり得るという「物理現象X」が開示されていると主張する。 しかしながら,甲5刊行物は,本件特許出願前の昭和59年3月31日に出願された発明に係り,本件特許出願後の昭和60年10月21日に公開された公開特許公報であるところ,同刊行物に記載された「錫を凝集凝固させる方法」は,甲5刊行物において出願の対象とされた発明の製造方法の一工程として記載され,同発明自体の構成要素をなしているものであるから,当該方法に関する説明が甲5刊行物に係る発明の出願当時の一般的な技術事項ないし技術常識を開示したものであるとは認め難い。 したがって,甲5刊行物によっては,甲3刊行物の公刊時(昭和60年1月28日)はもとより,本件特許出願時においても,原告の主張する「物理現象X」が当業者に周知であったと認めることはできない。 オ 甲12刊行物(審判参考資料12)について 甲12刊行物は,「鋼板の表面に合金中の錫含有量が金属錫換算で片面当り0.05〜1.0g/m2の錫-鉄-ニッケル3元合金層を有し,上層に存在する金属錫が被覆面積率(A(%)と表す)20〜70%なる島状を呈し,かつ,A(%)と金属錫量W(g/m2)が W≧0.2×A/100 なる関係を満足することを特徴とする溶接缶用表面処理鋼板」(特許請求の範囲),「なお,以上に述べたような溶接缶用表面処理鋼板を得る方法は特に限定するものではないが,最も容易に製造する方法の1つとして,以下の方法が挙げられる。鋼板の表面にニッケルめっきを行い,これに焼鈍を兼ねた加熱拡散処理を行ったのちに電気錫めっきを行い,さらにフラックスを塗布することなしに適切な温度でのリフロー処理(たとえば,ラインスピード250m/minで140V程度の電圧をかける。)を行う。これにより均一に生成した錫-鉄-ニッケル合金層と,その上に島状を呈した金属錫を有する本発明の溶接缶用表面処理鋼板が得られる」(3頁右上欄第3段落〜左下欄第1段落)との記載がある。これらの記載によれば,甲12刊行物には,島状の,すなわち不連続状の金属錫を得るために,上記のニッケルめっき以下の諸操作を行うことが開示されていると認められる。 しかしながら,甲12刊行物は,本件特許出願前の昭和59年3月1日に出願された発明に係り,本件特許出願後の昭和60年9月20日に公開された公開特許公報であるところ,同刊行物に記載された島状の金属錫を得るための操作は,同刊行物において出願対象とされた発明の表面処理鋼板を得るための操作であるから,当該操作が甲12刊行物に係る発明の出願当時の技術水準を示すものであるとは認め難い。 したがって,甲12刊行物によっては,甲3刊行物の公刊時(昭和60年1月28日)はもとより,本件特許出願時においても,原告の主張する「物理現象X」が当業者に周知であったと認めることはできない。 カ 甲15刊行物(審判甲7)について 甲15刊行物は,原告が昭和58年8月1日にした特許出願に係る発明の公開特許公報(昭和60年2月20日公開)であって,「冷間圧延された鋼板に,金属Niの付着量が片面当り30〜300mg/m2に確保される様に2価のNiイオンを含有する水溶液を塗布,乾燥し,還元性ガス雰囲気中で加熱して表面のNi化合物を分解し金属Niに還元し鋼中に拡散浸透せしめた後,調質圧延または冷間圧延を施して付着量が片面当り100〜1500mg/m2のSn電気メッキを施し,更にクロメート処理することを特徴とする溶接性にすぐれた缶・容器用鋼板の製造法」(特許請求の範囲),「溶錫処理を行なう場合,Snメッキ量が片面当り100mg/m2以下では,Sn層と下地との合金化により,光沢はあるが黒づんだ外観となり,純Sn層がなくなる。・・・これに対して,100mg/m2以上のSnメッキ量であれば,溶錫処理後も,純Sn層が均一に残るため,鏡面光沢に近い良好な外観となり,・・・」(3頁右上欄第2段落〜左下欄第1段落)との各記載がある。 上記記載は,溶錫処理に際して,Snメッキ量が100mg/m2を境界として,@それ以下であれば「光沢はあるが黒づんだ外観」となり,かつ「純Sn層がなくなる」こと,及びAそれ以上であれば「純Sn層が均一に残るため,鏡面光沢に近い良好な外観」となることを記載したものと解されるものであり,その記載からは,上記@Aの中間の態様として,純Sn層が不均一若しくは不連続な態様で存在することまで読み取ることはできない。 原告は,上記記載中のSnメッキ量が片面当たり100mg/m2以下の場合について記載した部分に「光沢はあるが」との文言があることを取り上げて,上記記載は,光沢のある純錫が残存していること,及び,純Snが「層」でなくなるという現象を説明したものであるとして,甲15刊行物には,「物理現象X」が開示されている旨主張する。 しかしながら,甲15刊行物において,メッキ量100mg/m2の場合の「光沢はある黒づんだ外観」における「光沢」が,純Sn(純錫)の存在によるものであると考えるべき根拠は何ら示されておらず,当業者が「光沢」を純Snの存在によるものと理解すると認めるべき理由も見当たらないから,原告の上記主張は,採用することができない。 キ 甲14刊行物(審判参考資料14)について 甲14刊行物は,「Ni拡散処理法による溶接缶用薄目付ブリキ『リバーウェルト』の開発」と題する論文であって,「・・・『リバーウェルト』を開発した。これは,ニッケルめっきを行った鋼板を連続焼鈍して得られるNi拡散層を生成させた原板に錫めっきおよびリフロー処理で錫の一部の合金化を図った後,特殊クロメート皮膜を形成させたものである。・・・リバーウェルトは塗装焼付後に十分な量の金属錫が残るので良好な溶接性を有し,金属クロムとクロム酸化物から成る特殊クロメート皮膜によってすぐれた塗料密着性を有する」(「要旨」の欄)との記載がある。また,Fig.3にリバーウェルトの断面図が示され,上から3層目に「Metallic tin(Sn)」,すなわち,金属錫が平坦な層状に図示されている(83頁右上欄)。 原告は,Fig.3は模式的に示す図面であるにすぎず,このような皮膜態様の一つを模式的に示す図面のみをもって,「合金の不均一な成長によりめっき層表面に部分的に合金が露出する」という甲4刊行物その他の参考資料(本訴甲5以下)に開示された周知の技術的事実を否定することはできないと主張するが,Fig.3に示されているのは平行層状をなす錫層にほかならず,甲4刊行物その他の参考資料にも,原告のいう「周知の技術的事実」としての「物理現象X」が開示されていないことは,既に判示したとおりであるから,原告の主張は採用することができない。 (4) 甲3発明における「残留した錫」の錫の存在態様について 原告は,甲3発明において「残留した錫」がある場合の錫は,不均一に成長した錫合金層が純錫表面に部分的に露出し,純錫が不連続状となった状態で存在すると理解されるものである旨主張し,その根拠として,@本件特許出願時において,「物理現象X」が当業者に周知の技術的事項であったこと,A「残留した錫」という文言の解釈,B甲3刊行物の第2図の写真,及びC補正の経緯を挙げるので,順次,検討する。 ア 「物理現象X」について 原告の主張する,「下地めっき層の有無にかかわらず,目付量の少ない錫めっき層に溶錫処理(リフロー処理)を施して純錫が残る場合に,合金が不均一に成長することにより,錫めっき層表面に部分的に合金が露出し純錫層が不連続状となる場合がある」という現象(物理現象X)は,上記(2),(3)のとおり,甲3刊行物の公刊時はもとより,本件特許出願時においても,当業者に周知の技術的事項であったと認めることはできないから,甲3発明に記載された「溶融処理により残留した錫のある」との記載における「錫」は,文字どおり,溶錫処理前の錫めっき層の「残留」したものと理解するほかはない。原告は,「物理現象X」が周知の技術的事項であったことを前提に,甲3発明に係る「溶錫処理により残留した錫のある・・・鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」が形成された場合の「残留した錫」が,「不連続状の純錫」を開示していると主張するが,下地めっき層の有無にかかわらず生じるものとしての「物理現象X」が,甲3刊行物の公刊時はもとより,本件特許出願時においても,当業者に周知の技術的事項であったとは認められない以上,原告の主張は,前提を欠くものであって,採用することはできない。 イ 「残留した錫」の文言について 原告は,溶錫処理後,合金層が表面に露出せずに最上層に錫層が残った状態にある場合,この錫層は,「残留した錫」とは評価することができず,また,甲3刊行物は,第2層である合金層とクロメート処理膜の第3層との間に独立の錫層の存在を想定していないから,「残留した錫」とは,錫合金層に錫が不連続状に残った場合を指すと主張する。しかし,甲3刊行物にいう「残留した錫」を上記主張のような意味に解すべき根拠は,甲3刊行物には見当たらないし,第2層と第3層の間に独立の錫層が存在してはならないとする根拠も,同刊行物中には見いだせないから,「残留した錫」の文言を根拠とする原告の上記主張は,採用することができない。 ウ 甲3刊行物の第2図について 原告は,甲3刊行物の第1図,第2図(その鮮明なものとして甲16)及びその説明から,「残留した錫」は「不連続状の純錫」であると主張する。しかしながら,甲3刊行物には,第2図に関して,「第2図の電子顕微鏡写真は耐食性の良い薄目付ぶりきの鉄-錫-ニッケル合金層の組織を示す。この耐食性の向上効果が,第1層の組成が重量比でNi/(Fe+Ni)=0.02〜0.50の場合に最適であることが判明した。・・・0.02未満では上記の耐食性の向上効果が顕著に現れず,・・・0.50を越すと溶錫処理時の鉄-錫-ニッケル合金が疎な結晶となり,地鉄に対する被覆率が低下し,耐食性が不十分となる」(3頁左下欄第1段落)と記載されるのみであり,「不均一」「不連続状」を示唆する記載は見当たらない上,上記記載と,その直前の「鉄-ニッケル合金層は,それ自体耐食性にすぐれたものであり・・・第1層上に更に錫めっきを施した後溶錫処理により鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層を形成することにより,緻密な鉄-錫-ニッケル合金層によって第1層及び地鉄を完全に被覆することによる耐食性の向上効果は一層すぐれたものとなる」(同頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落)との説明を併せて読めば,第2図の写真は,「不均一に形成された状態の鉄-錫-ニッケル合金層」を示すものではなく,むしろ,緻密な鉄-錫-ニッケル合金層が第1層及び地鉄を完全に被覆した状態を示していると解される。 したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。 エ 補正の経緯について 甲3発明の経緯については,訴訟引受人が主張するとおり,当初明細書の「錫付着量が0.1〜1g/m2の範囲内においては,錫めっき層の一部もしくは全部を合金化しても溶接性,耐食性には影響を生じない」(甲3の4頁左上欄第2段落〜右上欄第1段落)との記載に基づいて,「溶錫処理により鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」との記載が「溶錫処理により残留した錫のある,もしくは錫のない鉄-錫-ニッケル合金から成る第2層」との補正がされたものと認められるところ,補正前の発明と補正後の発明との間に実質的な変更があってよいものではないから,補正後の「残留した錫のある,もしくはない」は,補正前から存在した「錫めっき層の一部もしくは全部を合金化し」との記載と対応するものと認められる。そして,補正前の「錫めっき層の一部もしくは全部を合金化し」との記載からは,原告の主張するような合金の不均一な成長,及びその結果としての不連続な純錫が示唆されるということはできないから,補正の経緯を検討しても,甲3刊行物から「残留錫が不連続に形成される」という概念が示唆されると解する余地はない。 オ なお,原告は,「物理現象X」は,目付量の少ない錫めっきに溶融処理を施したときに,製造者の意図いかんにかかわらず,客観的に生じる現象であると主張するので,念のため検討すると,確かに,客観的な物理現象として,下地めっき層が存在する場合にも,下地めっき層の状態や錫付着量,溶融処理条件その他の条件によっては,錫めっき層の溶融処理により,合金の不均一な成長が生じ,これが部分的に錫めっき層表面に露出する場合があり得ることは可能性として否定できない。 しかしながら,甲3刊行物の記載を検討しても,上記イ,ウのとおり,同刊行物に「不連続状の純錫」についての積極的開示があると解することはできず,また,上記アのとおり,「物理現象X」は,甲3刊行物の刊行時はもとより,本件特許出願時においても,当業者に周知であったと認めるに足りないから,結局,甲3刊行物の「残留した錫」に関する記載から,当業者が「不連続状の純錫」を容易に認識し,そのような「不連続状の純錫」を層構成中に有する表面処理鋼板を反復実施可能な再現性のある技術として認識し得たと認めるべき理由はない。そうすると,甲3刊行物に記載された発明を実施した場合にその実施条件のいかんにより「不連続状の純錫」がたまたま形成されることがあり得るとしても,そのことのみをもっては,甲3刊行物に「錫合金層上に不連続状に形成される純錫層」を有する表面処理鋼板の発明が「記載」されているとすることはできないというべきである。 (5) そうすると,以上の判示と同旨の見解に立ち,相違点2は,本件発明と甲3発明との実質的な相違点であって,本件発明は,甲3発明であるということはできないとした審決の判断に誤りはない。 したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。 3 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について 原告は,本件特許出願時に当業者に周知であった「物理現象X」を前提とすれば,本件発明は,甲3発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであると主張するが,その前提が失当であることは,上記2判示のとおりであるから,原告の取消事由2の主張は理由がない。 4 以上のとおり,原告の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取りべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 岡本岳 |