運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2001-18172
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  発明の詳細な説明 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の理由 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 16年 (行ケ) 71号 審決取消請求事件
原告 株式会社ジュエリータクマ
訴訟代理人弁理士 鈴木悦郎
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 西村泰英,田中秀夫,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/10
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-18172号事件について平成16年1月6日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,特許出願をした原告が,拒絶査定を受けたので,上記査定に対する審判を請求したところ,審判請求は成り立たない旨の審決があったため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成9年4月9日,発明の名称を「イヤリング」とする特許出願をした。
(2) 原告は,平成13年8月31日付けの拒絶査定を受けたので,同年10月11日,拒絶査定に対する審判を請求し(不服2001-18172号事件として係属),同年11月5日,明細書を補正(以下「本件補正」という。)した。
(3) 特許庁は,平成16年1月6日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年2月2日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載 (1) 本件補正前のもの(以下「本願発明」という。) 一方の主装飾体と他方の挟着部材とに一対の取付脚部と取付基部とを形成してこれらを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,一対の取付脚部と取付基部との間にこれら部材より硬質部材のワッシャを介して加締めたことを特徴とするイヤリング。
(2) 本件補正後のもの(下線を付した部分が補正箇所である。以下「本願補正発明」という。) 一方の主装飾体と他方の副装飾体とに一対の取付脚部と取付基部とを形成してこれらを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,一対の取付脚部と取付基部の相対 する 位置 に貫通孔 を形成 し,両者 の間にこれらの部材よりも硬質 のワッシャを介して前記貫通孔にピン を挿入 し,当該部位 を加締めて 耳たぶに 対する 挟着力 を付与 したことを特徴とするイヤリング。
3 審決の理由の要旨 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件補正は,特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反するものであり,特許法159条1項で読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下されるべきものであり,また,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
(1) 本件補正についての補正却下の決定 ア 引用文献 (ア) 原査定の拒絶の理由に引用された,実願平1-56518号(実開平2-147023号)のマイクロフィルム(本訴甲3,以下「引用文献1」という。)には,以下の事項が記載されている。
a 「イヤリング取付板の後部に止板を回動開閉自在に噛合軸止めし,前記噛合軸止め部の近傍に前記止板を広狭数段において切替掛止するストッパーを設けたことを特徴とするイヤリングのイヤクリップ。」(実用新案登録請求の範囲) b 「第4図は第2実施例で,前例とは逆に取付板1aの中間下を二股にし,止板3aの基部取付板1aのを二股間に挟入して軸5a止め連結したのである。」(明細書3頁6ないし8行) 更に軸止め前の第2図及び第4図と,軸止め後の第3図を並べて見比べると,第3図の軸5の端部は加締められていることが見て取れる。また,第4図にはイヤリング取付板の一対の二股と止板の後端部の相対する位置に軸孔を形成したものが記載されている。
上記記載事項によれば,引用文献1には,次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されているものと認められる。
「イヤリング取付板の中間下に二股に分かれた一対の二股と,止板の後端部とを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって, イヤリング取付板の一対の二股と止板の後端部の相対する位置に軸孔を形成し,これら軸孔に軸を通して加締めたイヤリング。」 (イ) また,同じく引用された,特開平2-201418号公報(本訴甲4,以下「引用文献2」という。)には,以下の事項が記載されている。
c 「[作用] ファインセラミック製ワッシャはモース硬度が9でダイヤモンドにつぐ硬さを持ち,耐摩耗性が極めてたかく,通常の眼鏡蝶番に使用した場合はほとんど摩耗しない。・・・(中略)・・・長期間の使用でもがたつきを生じない。」(公報2頁左欄5ないし13行) d 「蝶番は第2図に示すように2個の部品に分かれ,接触部にワッシャ1が嵌合される。」(公報2頁左欄17,18行) イ 対比 そこで,本願補正発明と上記引用発明1とを対比すると,後者における「取付板」は,前者の「一方の主装飾体」に,「止板」は,「他方の副装飾体」に,「一対の二股」は,「一対の取付脚部」に,「止板の後端部」は,「取付基部」に,「軸孔」は,「貫通孔」に,「軸」は,「ピン」に,それぞれその作用・機能からみて相当しているから,両者は,「一方の主装飾体と他方の副装飾体とに一対の取付脚部と取付基部とを形成してこれらを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,一対の取付脚部と取付基部の相対する位置に貫通孔を形成し,前記貫通孔にピンを挿入し,当該部位を加締めたイヤリング。」である点で一致しており,以下の点で相違している。
[相違点1]本願補正発明の「軸着」は,一対の取付脚部及び取付基部よりも「硬質のワッシャ」を介して行っているのに対して,引用発明1は,ワッシャを介さずに一対の取付脚部と取付基部を直接軸止めしている点。
[相違点2]本願補正発明では,「耳たぶに対する挟着力を付与した」ものであるのに対して,引用発明1にはかかる作用は不明である点。
ウ 判断 そこで上記の相違点について検討する。
[相違点1]について 本願補正発明における「ワッシャ」の使用については,本願明細書の【0004】,【0005】欄の【発明が解決しようとする課題】に,一対の取付脚部及び取付基部の長い間の開閉の繰り返しによる摩耗の発生を解決する旨記載があり,一対の取付脚部及び取付基部は「開閉部材」として捉えることができるので,言い換えると当該相違点1は,開閉部材の長い間の開閉の繰り返しで発生する摩耗を抑える手段として,開閉部材よりも硬質のワッシャを開閉部材間に挟んで軸着する技術思想の有無に係るものと認められる。
ところが,かかる技術思想は,製品の分野が本願補正発明のものと異なるものの,前記(1)ア(イ)に示すように,引用文献2に,がたつき防止を目的とした硬質ワッシャの使用について同様の記載がある。
そこで,かかる異製品分野間での技術の転用の容易想到性について検討する。
当該技術思想は,軸止めされた開閉機構に関するものであり,本願補正発明のイヤリング,引用文献2のめがねのみならず,多種多様な製品分野に広範に用いられている機構であることは当業者ならずとも明らかであり,また,当該開閉機構に用いられた「ワッシャ」もまた,何ら特別な部材でなく日常見受けられる慣用部材であることを考量すると,単に製品分野が異なること自体は,かかる技術の転用を何ら妨げるものではないと認められる。
したがって,引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,本願補正発明の構成と同様の構成をなすことは当業者が容易に想到し得る事項である。
なお,この点について,出願人が平成14年1月10日付手続補正書(【請求の理由】)にて,「眼鏡のつるは抵抗なく開閉するものであることはそれこそ周知であり,・・・ワッシャを部材に圧接するという技術思想は全くありませんし,・・・例え眼鏡の部材よりも硬質のワッシャが用いられているとしても,本発明の技術とは全く似て非なるものであります。」旨主張するとおり,引用文献2に記載の眼鏡の開閉機構には途中で開閉を止めてその状態を保持することはないので,「イヤリング」の「保持力」なる効果については一見技術の転用が見いだせないとの観を抱く余地もある。
しかしながら本願補正発明における効果について考えてみると,(ア)「クリップ式イヤリング」自体,本件出願前に周知のイヤリングであり,開閉状態の保持により装飾体を耳に取り付ける本来の機構自体が当業者に周知であり,開閉機構の摩耗が直ちに保持力の低下に繋がることもまた当業者に知られていたこと,及び,(イ)摩耗の抑制と保持力の持続は,クリップ式イヤリングとして使用する限り一体不可分の効果であり,たとえ摩耗の抑制を狙った技術の転用であったとしても,イヤリングの保持力の持続の効果は前記一体不可分性の結果,当然の効果として十分に予期できること,以上のことにより,たとえ使用態様の異なる製品間であっても,共通の開閉機構を各々有する場合,技術の転用の結果付随する別種の効果の発生が当然に予期できるのであれば,異製品間といえども技術の転用は容易であるとするのが相当である。
[相違点2]について 本願補正発明の「耳たぶに対する挟着力を付与した」については,何らかの構成に関する記載というより,むしろ作用・効果に関する記載であるといわざるを得ず,また,上述の[相違点1]についてのなお書きにて詳述したように,引用発明1と引用文献2に記載されたものの結合によって得られる構成体を従来周知のクリップ式イヤリングとして用いる限り「耳たぶに対する挟着力」を本来効果として内在するものであると認められるため,当該相違点2についても,引用発明1及び引用文献2に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到し得たものと認められる。
したがって,本願補正発明は,引用文献1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
エ むすび 以上のとおり,本件補正は,特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反するものであり,特許法159条第1項で読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下されるべきものである。
(2) 本願発明について ア 引用文献 原査定の拒絶の理由に引用された各引用文献及びそれらの記載事項は,前記(1)アに記載したとおりである。
イ 対比・判断 本願発明は実質的に,本願補正発明からイヤリングの限定事項である貫通孔及びピンに係る構成を省いたものである。
そうすると,本願発明の構成要件を全て含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が,前記(1)ウに記載したとおり,引用文献1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,引用文献1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
ウ むすび 以上のとおり,本願発明は,引用文献1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由 審決は,引用発明1の認定を誤り,本願補正発明との一致点の認定を誤って,相違点を看過し(取消事由1),また,本願補正発明と引用発明1との相違点1の判断を誤り(取消事由2),その結果,本願補正発明が,引用文献1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をして,本件補正を却下したものであって,この認定判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすから,審決は,取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(引用発明1の認定の誤り,本願補正発明との一致点の認定の誤りと相違点の看過) ア 審決は,引用発明1が,「イヤリング取付板の中間下に二股に分かれた一対の二股と,止板の後端部とを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,イヤリング取付板の一対の二股と止板の後端部の相対する位置に軸孔を形成し,これら軸孔に軸を通して加締めたイヤリング。」であると認定し,本願補正発明と引用発明1との一致点を,「一方の主装飾体と他方の副装飾体とに一対の取付脚部と取付基部とを形成してこれらを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,一対の取付脚部と取付基部の相対する位置に貫通孔を形成し,前記貫通孔にピンを挿入し,当該部位を加締めたイヤリング。」と認定した。
イ しかし,引用文献1の第3図によれば,引用発明1の止板3とイヤリング取付板1との間には隙間があり,耳たぶに対する挟着力はストッパー(6,7)の噛合のみによって付与されていることが明らかであって,引用発明1は,軸5を加締めて止板3とイヤリング取付板1とを密着させたものではなく,単に軸着させただけのものにすぎないから,引用発明1は,「イヤリング取付板の中間下に二股に分かれた一対の二股と,止板の後端部とを軸着してなるイヤリングであって,イヤリング取付板の一対の二股と止板の後端部の相対する位置に軸孔を形成し,これら軸孔に軸を通して組み立て,かつ,軸近傍に切替掛止ストッパーを設けたイヤリング。」であると認定するのが相当である。そうすると,本願補正発明では,軸部を加締めているのに対し,引用発明1では,軸部を加締めずに単に軸止めしている点が相違する。
ウ したがって,審決は,引用発明1の認定を誤り,その結果,本願補正発明と引用発明1との一致点の認定を誤って,相違点を看過したものである。
(2) 取消事由2(相違点1の判断の誤り) ア 審決は,「引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,本願補正発明の構成と同様の構成をなすことは当業者が容易に想到し得る事項である。」と判断した。
イ 本願補正発明の開閉機構は,任意の位置で開閉を保持することができるという特徴があり,また,これにワッシャを介在させた目的は,取付脚部と取付基部(いわゆる開閉部材)の摩耗を防ぎ,加締めによって得られた保持力を維持するためである。これに対し,引用発明2における開閉機構は,任意の位置で開閉を保持することができるというものではなく,完全に開くか完全に閉じるかをスムースに行おうとするものであり,しかも,引用発明2は,従来の眼鏡ではワッシャ自体が摩耗することから,その改善策を提供しようとするものであって,開閉機構自体の摩耗については何ら考慮していない。本願補正発明と引用発明2は,単に製品の分野が異なるだけではなく,上記のように,要求される機能も大きく異なるから,引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは当業者が容易に想到することができない。
ウ したがって,審決の上記判断は誤りである。
2 被告の反論 審決の認定判断には誤りがないから,原告の主張する審決取消事由は,理由がない。
(1) 取消事由1(引用発明1の認定の誤り,本願補正発明との一致点の認定の誤りと相違点の看過)に対して ア 引用文献1の第3図には,突条6と突部7が記載され,また,発明の詳細な説明には,「止板3の軸孔4a,4b近くの相対内面にストッパーとして数条の突条6を設け,取付板1の両側面に突条6間に挟入し掛止する突部7を形成してイヤクリップとしたのである。」(2頁14ないし18行)と記載されているから,ストッパーのあるべき状態を考察すると,少なくとも突条6間において,突部7は止板3への接触箇所と,突条6は取付板1への接触箇所とそれぞれが保持力をもって接する摩擦係合を果たしているとみるべきであり,この摩擦係合を発生させる軸5の止めの条件を考えると,必然的に,軸止め部分で相応の押圧力を付与する軸止め形式,すなわち「加締め」がされているのである。
イ また,「加締め」において,摩擦及び保持力を生じさせることは,従来技術であるのみならず,コンパスのようなものにおいても周知の事項であるから,引用文献1の軸止め形式は,「加締め」がされているということができる。
ウ したがって,周知技術を前提として,引用発明1の対象への理解及び要部の接触状態並びに加工前を表す第2図の軸5と加工後の軸5の形状変化を加味して第3図を見る限り,「軸5」の止めの程度は,適度な押圧力の付勢を伴う,一般的にいう「加締め」がされているとした審決の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2(相違点1の判断の誤り)に対して ア 締め圧力の僅かな違いによって,イヤリングでは任意の位置での保持力につながり,眼鏡のつるでは保持力とまではいかない状態が起こるとしても,この違いが直ちに開閉機構の一部品であるワッシャの転用自体を妨げるとまではいえない。
イ また,確かに,引用発明2の目的は,ワッシャの摩耗であるとみてとれるが,その目的を達成すべく提案された構造体は,開閉機構間に挟み込まれた硬質ワッシャである。本願補正発明のうち開閉機構に当たるものは,「取付脚部」「取付基部」,「ワッシャ」及び「ピン」であり,これに対し,引用発明2の眼鏡の開閉機構は,「2個の部品」,「ワッシャ」及び「蝶番」の回動軸であって,構造上の共通点があることが一見して明らかであり,引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,本願補正発明の構成と同様の構成とすることは当業者が容易に想到し得るものである。
ウ したがって,審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り,本願補正発明との一致点の認定の誤りと相違点の看過)について (1) 引用発明1は,イヤリング取付板の中間下に二股に分かれた一対の二股と,止板の後端部とを軸着した部位を加締めたものではないから,本願補正発明と引用発明1は,本願補正発明では,軸部を加締めているのに対し,引用発明1では,軸部を加締めずに単に軸止めしているものであることは,本願明細書(甲2の2)及び引用文献1(甲3)から明らかであるが,審決はこの構成の相違について明示して認定していない。
しかしながら,審決は,原告の平成14年1月10日付け手続補正書における主張に対して判断するに際し,引用文献2に記載の眼鏡の開閉機構には途中で開閉を止めてその状態を保持することはないので,「イヤリング」の「保持力」なる効果については一見技術の転用が見いだせないとの観を抱く余地もあると付言した上で,イヤリングの保持力なる効果について触れ,本願補正発明における摩耗の抑制と保持力の持続は,クリップ式イヤリングとして使用する限り一体不可分の効果であり,たとえ摩耗の抑制を狙った技術の転用であったとしても,イヤリングの保持力の持続の効果は前記一体不可分性の結果,当然の効果として十分に予期できる,と認定判断している。ここにおいては,加締めているか否かについての上記相違のあることを当然の前提としつつ,引用文献1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用することの容易想到性判断において,イヤリングの保持力の持続のために,本願補正発明における「加締め」という構成を採用することは当然設計事項に含まれるものであることを黙示的に認定判断しているものと理解すべきである。審決は,一致点の認定中には「加締めたイヤリング」において引用発明1と一致するとしているが,審決が真意とするところは,以上説示のところにあるというべきである。
(2) なお,乙1(実公昭59-29555号公報)及び乙2(実願昭56-130642号(実開昭58-36815号)のマイクロフィルム)によれば,一対の取付脚部と取付基部とを軸着してなるイヤリング(クリップ式イヤリング)において,軸部を加締める構成は,本願補正発明の出願時に周知であったと認められる。
そして,本願補正発明が,一対の取付脚部と取付基部とを軸着してなるイヤリング(クリップ式イヤリング)において,軸部を加締める構成が周知であることを前提に,「長い期間にわたってこの挟着部材の開閉が繰り返されると加締められた取付脚部と他方の挟着部材の基部の摩耗が発生し,全く使いものにならなくなるという欠点」を改良することを目的として,一対の取付脚部と取付基部との間にこれらの材質よりも硬度の高い材質のワッシャを介在させて軸着し,この部位を加締めるという構成を採用したものであること,すなわち,本願補正発明の技術的課題は,加締められた取付脚部と他方の挟着部材の基部の摩耗を避けることにあることは,本願明細書(甲2の2)の(段落【0009】)の記載,すなわち,「本発明のイヤリングはこの従来のイヤリングの欠点を改良するものであって,取付脚部と基部との間にこれら材質よりも硬度の高い材質であるワッシャを介在させて軸着してこの部位を加締めたものであって,意外にも軟らかいもの同士の接触をさけることによって摩耗や変形が避けられたものであり,イヤリングとして長い期間の使用に耐えられるものとなったものである。」との記載などにより明らかである。
そうすると,本願明細書においても,「加締め」の構成が周知のものであることを前提にしているし,その構成についての容易想到性の判断も,審決の上記説示において尽くされているというべきである。
(3) 以上のとおりであり,審決は,原告主張の構成に関して引用発明1とが相違することを黙示的に前提としつつ,その容易想到性について判断しているものであって,そこに,原告主張の引用発明1の認定の誤り,一致点の認定の誤り,更には相違点の看過はない。取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について (1) 引用文献2(甲4)には,「従来のワッシャは比較的軟質なこともあり,蝶番が硬い材質のときなどは特に摩耗が激しく,使用中に徐々にがたつきがでてくることがあった。」(111頁左欄19行ないし右欄2行),「ファインセラミック製ワッシャはモース硬度が9でダイヤモンドにつぐ硬さを持ち,耐摩耗性が極めてたかく,通常の眼鏡蝶番に使用した場合はほとんど摩耗しない。・・・チタン,チタン合金との相性は特に良好であり,長期間の使用でもがたつきを生じない。」(112頁左欄6行ないし13行),「蝶番は第2図に示すように2個の部品に分かれ,接触部にワッシャ1が嵌合される。」(112頁左欄17,18行)との記載があり,この記載によれば,眼鏡の蝶番において,がたつきの防止を目的として,蝶番を構成する2つの部品よりも硬質のワッシャを使用することが示されている。
本願補正発明は,その構成にあるように,一対の取付脚部と取付基部との間にこれらの材質よりも硬度の高い材質のワッシャを介在させて軸着し,この部位を加締めるという構成を採用したものであるところ,本願補正発明の一対の取付脚部と取付基部は,引用文献2の蝶番を構成する2つの部品と同様に,開閉部材として理解することができる。そして,本願補正発明のイヤリングと引用発明2の眼鏡とは製品の分野が異なるものの,開閉部材を軸止めした機構は,多種多様な製品分野に広範に用いられているものである上,開閉機構に用いられるワッシャも,また,何ら特別な部材でなく,日常見受けられる慣用部材であるから,そうであれば,ワッシャを介さずに一対の取付脚部と取付基部を直接軸止めした引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到することができるものというべきである。
(2) 原告は,本願補正発明の開閉機構は,任意の位置で開閉を保持することができるという特徴があり,また,これにワッシャを介在させた目的は,取付脚部と取付基部(いわゆる開閉部材)の摩耗を防ぎ,加締めによって得られた保持力を維持するためであるのに対し,引用発明2における開閉機構は,その開閉が任意の位置で保持できるものではなく,しかも,引用発明2は,開閉機構自体の摩耗について何ら考慮されていないのであって,本願補正発明と引用発明2は,単に製品の分野が異なるだけではなく,要求される機能も大きく異なるから,引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,本願補正発明の構成と同様の構成とすることは当業者が容易に想到することができないと主張する。
しかし,本願補正発明の明細書(甲2の2)には,「・・・この部位を加締めることによって両者を閉じた際に挟着力を付与するものである」(段落【0007】)との記載があるが,任意の位置で開閉を保持することができるという特徴についての記載はない。また,確かに,引用発明2においては,ワッシャの摩耗の防止を課題とするものであるということができるが,上記(1)に判示したように,開閉機構に用いられるワッシャは,何ら特別な部材でなく,日常見受けられる慣用部材であることを併せ考えると,引用文献2に接した当業者であれば,通常,引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術の適用を試みるというべきであって,その際,引用文献2における引用発明2の目的課題の記載に意を用い,通常行われる技術の適用の試みを殊更に回避するとは考え難い。そして,本願補正発明のイヤリングと引用発明2の眼鏡とは製品の分野が異なるものであるとしても,上記(1)に判示したように,このことは,技術の転用を妨げるものではない。
原告の上記主張は,採用することができない。
(3) したがって,取消事由2は,理由がない。
結論
以上のとおりであって,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利
裁判官 野輝久