関連審決 | 異議2003-71296 |
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関連ワード | 29条1項3号 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 上位概念 / 技術常識 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 減縮 / 訂正明細書 / 取消決定 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10575号
特許取消決定取消請求事件
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原告 ペンタックス株式会社 訴訟代理人弁護士 小林幸夫 訴訟代理人弁理士 伊丹辰男 同松岡修平 被告 特許庁長官中嶋 誠 指定代理人 樋口信宏 同 平井良憲 同 岡田孝博 同 大場義則 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/09/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が異議2003−71296号事件について平成17年6月10日にした決定中,「特許第3345234号の請求項1ないし4,6ないし8に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
主文第1項と同旨 |
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争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯(1) 原告は,発明の名称を「走査光学系」とする特許第3345234号の特許(平成7年9月25日出願,平成14年8月30日設定登録,設定登録時の請求項の数11。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 (2) 本件特許についてキヤノン株式会社から特許異議の申立てがされたため,特許庁は,これを異議2003-71296号事件として審理し,その係属中,原告は,平成17年4月15日,本件特許について特許請求の範囲の減縮を目的とする明細書の訂正請求をした(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明細書を,図面と合わせて「訂正明細書」という。なお,本件訂正により,請求項10,11は削除された。)。 特許庁は,審理の結果,平成17年6月10日,「訂正を認める。特許第3345234号の請求項1ないし4,6ないし8に係る特許を取り消す。同請求項5,9に係る特許を維持する。」との決定をし,その謄本は,同年6月27日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし9の記載は,次のとおりである(下線部分は本件訂正による訂正箇所。以下,請求項1ないし9に係る発明を「本件発明1」,「本件発明2」等という。)。 【請求項1】 光源から発する光束を第1の結像光学系により偏向器の近傍で副走査方向に一旦結像させ,前記偏向器により偏向された光束を第2の結像光学系により走査対象面上に結像させる走査光学系において,前記光源と前記第1の結像光学系との間の光路中に,回折により前記走査対象面側でのビームウエスト位置が変化する程度に小さく絞るアパーチャーが設けられ,前記第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されていることを特徴とする走査光学系。 【請求項2】 前記第1の結像光学系は,前記偏向器の近傍に結像される光束の波面を,前記偏向器近傍の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されていることを特徴とする請求項1に記載の走査光学系。 【請求項3】 前記第1の結像光学系は,副走査方向にパワーを有するシリンドリカルレンズであり,円筒面により規定されるベース形状に対し,副走査方向の周辺部でレンズ厚が付加されていることを特徴とする請求項2に記載の走査光学系。 【請求項4】 前記ベース形状に対する付加量が,副走査方向の高さに応じて連続的に増加することを特徴とする請求項3に記載の走査光学系。 【請求項5】 前記ベース形状に対する付加量が,副走査方向の高さに応じて段階的に増加することを特徴とする請求項3に記載の走査光学系。 【請求項6】 前記シリンドリカルレンズのベース形状は,一方のレンズ面が平面,他方のレンズ面が円筒面であり,いずれか一方のレンズ面に,前記ベース形状に対してレンズ厚が付加されていることを特徴とする請求項3に記載の走査光学系。 【請求項7】 前記第1,第2の結像光学系は,副走査方向において光束にオーバーの球面収差を発生させるよう構成されていることを特徴とする請求項1に記載の走査光学系。 【請求項8】 前記第1の結像光学系は,副走査方向にパワーを有するシリンドリカルレンズであり,該シリンドリカルレンズの副走査方向の曲率半径が,副走査方向における中心部より周辺部で大きくなるよう構成されていることを特徴とする請求項1に記載の走査光学系。 【請求項9】 光源から発する光束を第1の結像光学系により偏向器の近傍で副走査方向に一旦結像させ,前記偏向器により偏向された光束を第2の結像光学系により走査対象面上に結像させる走査光学系において,前記光源と前記第1の結像光学系との間の光路中に,回折により前記走査対象面側でのビームウエスト位置が変化する程度に小さく絞るアパーチャーが設けられ,前記第1,第2の結像光学系は,副走査方向において,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して周辺部で遅らせると共に,前記走査対象面上に形成される光束のビームウエスト位置をガウス像面に近づけ,かつ,前記ビームウエスト位置前後のビーム径の変化を対称に近づけるよう構成されていることを特徴とする走査光学系。 3 決定の内容前記1(2)の決定の内容は,別紙決定書写しのとおりである。要するに,本件訂正を認めた上で,本件発明5,9についての特許を取り消すべき理由は認められないが,本件発明1ないし4,8は,刊行物1(特開平5-164985号公報。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一であるから,その特許は特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであり,また,本件発明6,7は,引用発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,その特許は同条2項の規定に違反してされたものであるとして,いずれも取り消されるべきであるというものである(上記決定のうち,本件発明1ないし4,6ないし8に係る特許を取り消した部分を,以下,単に「決定」という。)。 |
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当事者の主張
1 原告主張の決定の取消事由決定は,引用発明の認定を誤った結果,本件発明1ないし4,8と引用発明が同一であると誤って判断し,また,本件発明6,7について,引用発明の誤った認定を前提にするなどして,その進歩性を否定したものであるから,違法として取消しを免れない。 (1) 取消事由1(本件発明1ないし4,8と引用発明との同一性の判断の誤り)ア 本件発明1について(ア) 本件発明1は,走査対象面上に結像される光束の波面を,走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されていることを特徴とする走査光学系の発明(請求項1)である。 走査対象面上に結像される光束の波面を近軸像点(入射高が0近傍の光線が光軸と交わる像点)を中心とした「参照球面に対して」副走査方向の周辺部で遅らせるとは,その光束の位相を近軸像点の参照球面(無収差な波面と等価な状態を示すもので,像点を中心とする球面)に対して遅らせることを意味する。 この構成を採用することにより,本件発明1においては,副走査方向の周辺部側の光束が近軸像点よりも後ろ側(レンズから離れる方向)で収束し,副走査方向の周辺部でオーバーの球面収差(光軸上で光線が1点に集まらない現象)が発生することとなる。 (イ) 決定は,引用発明について,「1)・・・刊行物1に記載のものは,「光源から発する光束を第1の結像光学系により偏向器の近傍で副走査方向に一旦結像させ,前記偏向器により偏向された光束を第2の結像光学系により走査対象面上に結像させる走査光学系」であると言える。」,「2)・・・刊行物1に記載のものにおけるアパチャーは,回折により走査対象面側でのビームウエスト位置が変化する程度に小さく絞るものであると言える。」,「3)刊行物1の実施例2における第1レンズG11の面形状についての数値をもとに計算したレンズ面の形状と,球面収差とを示す添付資料2によれば,第1レンズ11のレンズ面の形状は,副走査方向の曲率半径が光軸からのレンズ高さxとともに増大する非円筒面形状であり,このレンズ面の形状は球面レンズ(シリンドリカルレンズとしては円筒面)の場合よりも副走査方向の周辺部で負の球面収差の絶対値を小さくするものであるから,副走査方向の周辺部側の光線をより前方に集光させる傾向,すなわち光束の波面としては遅れるようにする傾向を持たせるものである。それゆえ,刊行物1に記載のものにおける第1,第2結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されていると言える。」(決定書12頁21行〜13頁15行)と認定した上で,「上記1)〜3)の考察によれば,本件発明1は,添付資料1及び2の記載事項を勘案すると,刊行物1に記載されたものと何ら異なることがない。」(決定書13頁16行〜17行)と判断している。 しかし,刊行物1記載の第1,第2結像光学系においては,被走査面(走査対象面)上に結像される光束の波面を,レンズ面の非円筒形状の効果によって円筒面形状のレンズの場合と比べて遅らせているにとどまり,上記波面が参照球面に対して依然として副走査方向の周辺部で進んだ状態にあるため,副走査方向の周辺部の光束が近軸像点よりも手前側で収束し,アンダーの球面収差が発生している。 すなわち,刊行物1は,レンズ面の非円筒形状の効果によって円筒面形状のレンズの場合と比べて,球面収差を正(オーバー)方向にシフトさせ(換言すると,光束の位相を遅延方向にシフトさせ),副走査方向の周辺部の負(アンダー)の球面収差の絶対値を小さくし,負(アンダー)の球面収差を低減させる技術を開示しているにすぎない。また,決定引用の添付資料2(甲9)も,レンズの非球面化によりアンダーの球面収差を低減させたことを示しているにすぎない。 したがって,決定の上記認定「3)」のうち,「それゆえ,刊行物1に記載のものにおける第1,第2結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されていると言える。」との部分は誤りである。 そうすると,引用発明は,本件発明1の「前記第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されている」との構成を欠いているから,本件発明1が引用発明と同一であるとした決定の判断は誤りである。 (ウ) これに対し被告は,請求項1の「参照球面に対して」の用語は,「参照球面より」の上位概念であって,「に対して」は波面が動く方向を示すものであり,参照球面より波面が遅れない場合を含み,「参照球面に向かって」の意味を含むものであるから,引用発明は本件発明1の上記構成を有している旨主張する。 しかし,請求項1の「前記走査対象面上に結像される光束の波面を・・・参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせる」の文中には,「参照球面に対して」が基準を示す用語として使用され,「遅らせる」という方向を示す表現が明確にされており,また,物点から像点への結像における光波の進行方向は一義的に定まるものであり,「参照球面に対して・・・遅らせる」が,参照球面を基準として波面が遅れない場合を含むものでないことは明らかであるから,被告の上記主張は失当である。 (エ) 次に,被告は,刊行物1の段落【0027】〜【0033】,【0071】の記載部分を挙げて,刊行物1には,副走査方向の周辺部で光束の波面を参照球面より遅らせたものが開示されている旨主張する。 しかし,刊行物1の段落【0071】に,「・・・画角55°の範囲内でのRMS波面収差は0.05λ以内であり,ほぼ無収差であるといえる。」との記載があるものの,この記載は±0.05λの範囲が無収差として扱うことのできる許容範囲に関する指標を示すものにすぎず,また,ここにいう波面収差は,球面収差だけでなく,像面湾曲にともなうデフォーカス成分(ピントズレ)等の諸収差が存在するものであり(刊行物1の図7ないし図9には横収差図が記載されているが,上記各図の各(b)中,副走査断面を示す曲がり具合は,どれも同様であり傾きの成分に差が認められるが,これは画角55度の範囲で副走査方向の球面収差(曲がり具合)は変化が少なく,画角に応じてピント位置(傾き)が変化していることを意味している。),刊行物1の上記記載部分から,副走査方向の周辺部で球面収差を遅らせたもの(球面収差がオーバーになる可能性があるもの)が開示されているということはできない。刊行物1の他の段落の記載部分にもこのような開示はされていないから,被告の上記主張も失当である。 イ 本件発明2ないし4,8について決定は,本件発明1の構成にそれぞれの事項(構成)を付加した本件発明2ないし4,8は,いずれも刊行物1に記載のものと何ら相違するものではないとして,引用発明と同一であると判断しているが,前記ア(イ)のとおり,引用発明は本件発明1の「前記第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されている」との構成を欠いており,本件発明1と引用発明は同一でないのであるから,本件発明2ないし4,8が引用発明と同一であるといえないことも明らかである。 (2) 取消事由2(本件発明6の容易想到性の判断の誤り)決定は,本件発明6について,「本件発明6は,請求項3を特定する事項に加えて,「前記シリンドリカルレンズのベース形状は,一方のレンズ面が平面,他方のレンズ面が円筒面であり,いずれか一方のレンズ面に,前記ベース形状に対してレンズ厚が付加されている」との事項を有するものであるが,シリンドリカルレンズのレンズ面のうち一方の面を平面とし,他方の面を曲面としたものを用いることは,例示するまでもなく周知の事項であり,曲面においてベース形状に対してレンズ厚が付加されたものとすることは,本件発明3について前述したように,刊行物1に記載された事項であるから,本件発明6は,刊行物1に記載された発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書14頁34行〜15頁4行)と判断している。 ア しかし,決定の上記判断は,前記(1)アで述べた引用発明の誤った認定を前提としているものであるから,この点において既に誤りである。 イ また,確かに,一方のレンズ面が平面,他方のレンズ面が円筒面であるシリンドリカルレンズのベース形状において,「いずれか一方のレンズ面に,前記ベース形状に対してレンズ厚が付加」されている技術は周知である。 しかし,引用発明は,前記(1)ア(イ)のとおり,被走査面上に結像される光束の波面を被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部が進んだ状態に構成したものであって,ここでのレンズ厚の付加は,波面の進み量を低減させ,波面を参照球面に近づけるためのものであり,刊行物1は,アンダーの球面収差を打ち消して球面収差を低減させる技術を開示している。 他方で,本件発明6は,レンズ厚を付加して,波面を参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせる(オーバーの球面収差を発生させる)ように構成されており,本件発明6においては,オーバーの球面収差を発生・増加させるため,ベース形状に対してレンズ厚を付加する構成となっている。 したがって,アンダーの球面収差の低減を目的とする刊行物1の開示内容から,本件発明6のように参照球面に対して副走査周辺部の波面を遅らせて,オーバーの球面収差を発生させるためにレンズ厚を付加する構成を採用しようとすることは,当業者は通常は考えつかないから,本件発明6が引用発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの決定の判断は誤りである。 (3) 取消事由3(本件発明7の容易想到性の判断の誤り)決定は,本件発明7について,「本件発明7は,本件発明1を特定する事項に加えて,「前記第1,第2の結像光学系は,副走査方向において光束にオーバーの球面収差を発生させるよう構成されている」との事項を有するものであるが,非円筒面のシリンドリカルレンズとしてオーバーの球面収差ないし正の球面収差を生ずるものを用いることは,刊行物2,3に示されるように周知の事項であり,刊行物1に記載のものにおける第1結像光学系においてこのようなオーバーの球面収差ないし正の球面収差を生ずるものを用いることは,必要に応じて適宜考慮し得たものである。」,「したがって,本件発明7は,刊行物1に記載された発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書15頁5行〜14行)と判断している。 ア しかし,決定の上記判断は,前記(1)アで述べた引用発明の誤った認定を前提としているものであるから,この点において既に誤りである。 イ また,刊行物2(特開平2-157809号公報。甲2),刊行物3(特開平3-64722号公報。甲3)に記載された技術は,シリンドリカルレンズが,アンダーの球面収差を打ち消して球面収差を低減させる技術であって,刊行物2,3は,オーバーの球面収差を発生させる技術思想については開示も示唆もしていない。また,走査光学系全体として副走査方向の球面収差を補正過剰にするものが周知であるともいえない。 したがって,本件発明7が引用発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの決定の判断は誤りである。 2 被告の反論(1) 取消事由1に対しア(ア) 訂正明細書(甲15)には,「参照球面より遅らせる」と記載されている箇所は,わずかに段落【0009】の1箇所(【発明の実施の形態】(段落【0016】ないし段落【0038】)を含めても2箇所)であり,それ以外のところでは,「参照球面に対して・・・遅らせる」と記載されている。そして,訂正明細書の記載によれば,シリンドリカルレンズの円筒面により規定されるベース形状に対し,レンズ厚を付加することにより「円筒面の場合に比べて遅らせるもの」(段落【0010】ないし【0013】)と「参照球面に対して遅らせるもの」とは,同じである。 また,ベース形状に対してレンズ厚を付加した場合,参照球面の方向に波面が遅れても,参照球面より波面が遅れるとは限らない。したがって,請求項1の「参照球面に対して」という記載は,波面が動く方向を示すもので,参照球面より波面が遅れない場合を含むと理解することができる。 そうすると,本件発明1は,「参照球面より遅らせる」の上位概念として「参照球面に対して・・・遅らせる」と規定したものであり,「参照球面に対して」が「参照球面に向かって」を含むことは明らかであるから,「参照球面に対して・・・遅らせる」が,参照球面を基準として波面が遅れない場合を含むものでないとの原告の主張は失当である。 (イ) 次に,引用発明は,色収差,球面収差など種々の収差が±α(αは微少量)の許容範囲内に収まるように走査光学系を構成しており,具体的には走査光学系が【数1】ないし【数7】を満足するようにして,収差などを補正不足にも補正過剰にもならないようにしている(刊行物1の段落【0027】ないし【0033】)。例えば,刊行物1記載の実施例2におけるレンズデータでは,「・・・画角55°の範囲内でのRMS波面収差は0.05λ以内であり,ほぼ無収差であるといえる。」(段落【0071】)と記載されているように,収差を±α(αは0.05λ)で許容した範囲を「ほぼ無収差」としている。 したがって,引用発明の第1,第2結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に±αを許容してほぼ一致させたものであり,この範囲には,収差が0から0.05λ遅れるものも含まれるから,参照球面よりも進ませたもののみを引用発明と認定することは不適切である。 そして,引用発明は,上記範囲において,波面を参照球面より遅らせたものも含むものであるから,この点においても,本件発明1が引用発明と同一であるとした決定の判断に誤りはない。 (ウ) なお,決定は,添付資料2(甲9)を,「レンズ面の形状と,球面収差とを示す添付資料2によれば,第1レンズ11のレンズ面の形状は,・・・非円筒面形状であり,・・・球面レンズ(・・・円筒面)の場合よりも・・・光束の波面としては遅れるようにする傾向を持たせるものである。」というように,球面収差の大小や補正の方向といった,定性的な解釈にのみ活用しているから,添付資料2の図が本件発明1との関係を正確に表現しているか否かは,決定の認定・判断に直接結びつくものではない。 イ 以上のとおり,本件発明1が引用発明と同一であるとした決定の判断に原告主張の誤りはなく,本件発明2ないし4,8が,それぞれ引用発明と同一であるとした決定の判断にも誤りはない。 (2) 取消事由2に対し決定の本件発明6に関する容易想到性の判断の誤りをいう原告の主張は,本件発明1が引用発明と同一であるとした判断に誤りがあることを前提とするものであるところ,前記(1)のとおり,本件発明1は引用発明と同一である。また,引用発明にベース形状に対してレンズ厚が付加する技術が開示されていることは原告も認めるとおりであるから,決定の本件発明6に関する容易想到性の判断に誤りはない。 (3) 取消事由3に対しア 本件発明1が引用発明と同一であるした決定の判断に誤りがないことは,前記(1)のとおりである。 イ また,刊行物1の段落【0031】ないし【0033】の記載から分かるとおり,球面収差を補正過剰又は補正不足とすることは,走査光学系に限らず,レンズ設計一般において技術常識にすぎないものであり,補正過剰にした場合にどの程度まで許容されるかがレンズ設計において問題にされるものである。 本件発明7は,補正量の限定もなく,単に「オーバーの球面収差を発生させる」ことを規定しているのみであって,この規定は上記技術常識からみると単なる設計事項にすぎないものである。 なお,走査光学系全体として副走査方向の球面収差を補正過剰にするものは良く知られている。 したがって,決定の本件発明7に関する容易想到性の判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1ないし4,8と引用発明との同一性の判断の誤り)について(1) 本件発明1について原告は,刊行物1記載の第1,第2結像光学系においては,被走査面(走査対象面)上に結像される光束の波面を,レンズ面の非円筒形状の効果によって円筒面形状のレンズの場合と比べて遅らせているにとどまり,上記波面が参照球面に対して依然として副走査方向の周辺部で進んだ状態にあるから,決定が,引用発明について,「刊行物1に記載のものにおける第1,第2結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されていると言える。」(決定書13頁12行〜15行)と認定したのは誤りであり,上記誤った認定を前提として,本件発明1が引用発明と同一であるとした判断は誤りである旨主張する。 ア(ア) 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,「光源から発する光束を第1の結像光学系により偏向器の近傍で副走査方向に一旦結像させ,前記偏向器により偏向された光束を第2の結像光学系により走査対象面上に結像させる走査光学系において,前記光源と前記第1の結像光学系との間の光路中に,回折により前記走査対象面側でのビームウエスト位置が変化する程度に小さく絞るアパーチャーが設けられ,前記第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されていることを特徴とする走査光学系。」というものである。 上記記載によれば,請求項1の「光源から発する光束」は,「アパーチャー」,「第1の結像光学系」を経て,「偏向器の近傍で副走査方向に一旦結像」され,更に「偏向器により偏向」された後,「第2の結像光学系」を経て,「走査対象面上に結像」されるものであり,その光束の波面は,「光源」,「アパーチャー」,「第1の結像光学系」,「偏向器」,「第2の結像光学系」,「走査対象面」間の光路を,「光源」から「走査対象面」に向かって順次進行することを理解することができる。 また,請求項1の「前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面」は,この「第2の結像光学系」と「走査対象面」の光路の間に位置することになることは,当業者にとって自明であるものと認められる。 (イ) 加えて,「遅らせる」とは,「遅れるようにする」ことをいい,「遅れる」とは,「自然の結果として,後からついて行くようになる意。転じて,後に残される意。また,ある基準に及ばない意。」であり,「きまった時間や標準よりおそくなる。」との意味を含む(株式会社岩波書店「広辞苑(第五版)」364頁参照)ものである。 (ウ) そうすると,請求項1の「前記走査対象面上に結像される光束の波面」を「参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせる」とは,第2の結像光学系を経て走査対象面に向かって進行する光束の波面を(副走査方向の周辺部で)それぞれの位置において想定される対比すべき「参照球面」に到達しないようにすること,すなわち,当該「参照球面」よりも手前側に位置させるようにすることを意味するものと認められる。 (エ)@ これに対し被告は,請求項1の「参照球面に対して」という記載は,「参照球面より」の上位概念であって,「に対して」は波面が動く方向を示すものであり,参照球面より波面が遅れない場合を含み,「参照球面に向かって」の意味を含む旨主張する。 しかし,被告がいうように「参照球面に対して」が,参照球面より波面が遅れない場合を含むとすれば,参照球面より波面が進んだ場合を含むことになるが,このような解釈は,請求項1の「参照球面に対して・・・遅らせる」の「遅らせる」が何を基準として「遅らせる」のか不明確にするものであって相当ではなく,また,前記(ア)の認定事実によれば,請求項1の「光源から発する光束」の波面が,「アパーチャー」,「第1の結像光学系」,「偏向器」,「第2の結像光学系」,「走査対象面」の順に進行することは明らかであり,波面が動く方向を規定するために,「参照球面に対して」という記載を用いる意義はない。 また,被告は,請求項1の「参照球面に対して」という記載が「参照球面より」の上位概念であるとの上記主張の根拠として,@訂正明細書には,「参照球面より遅らせる」と記載されている箇所が1箇所(段落【0009】)だけで(【発明の実施の形態】(段落【0016】ないし段落【0038】)を含めても2箇所)で,それ以外の箇所では,「参照球面に対して・・・遅らせる」と記載されていること,A訂正明細書の記載上,シリンドリカルレンズの円筒面により規定されるベース形状に対し,レンズ厚を付加することにより「円筒面の場合に比べて遅らせるもの」(段落【0010】ないし【0013】)と「参照球面に対して遅らせるもの」とは同じであること,Bベース形状に対してレンズ厚を付加した場合,参照球面の方向に波面が遅れても,参照球面より波面が遅れるとは限らないことを挙げる。 しかし,上記@の事実から請求項1の「参照球面に対して」という記載が「参照球面より」の上位概念であると即断することはできないし,訂正明細書(甲15)中に,被告が主張するような上位概念として「参照球面に対して」を使用していることを認めるに足りる記載はない。 かえって,訂正明細書には,「シリンドリカルレンズ2は,図2に示されるように,一方のレンズ面が平面,他方のレンズ面が副走査方向にのみパワーを持つ曲面として構成されている。シリンドリカルレンズ2の曲面は,図中破線で示したベース形状である円筒面に対し,周辺部に向けてベース形状に対する付加量が連続的に大きくなる非円筒面として形成されている。すなわち,この曲面の副走査方向の曲率半径は,副走査方向における光軸からの高さが大きくなるにつれて大きくなる。」(段落【0021】),「このような形状により,シリンドリカルレンズ2に入射した平面波は,射出後には実線で示されるように,近軸像点を中心とする参照球面(破線)に対して周辺部で遅れた形状となる。」(段落【0022】)との記載があり,図2(甲17)には,近軸像点を中心とする参照球面(破線)を基準として遅れた波面が実線で図示されていることによれば,訂正明細書において,「参照球面に対して遅らせる」とは,参照球面より遅らせる意味で用いられていることは明らかである。 次に,「円筒面の場合に比べて遅らせるもの」と「参照球面に対して遅らせるもの」とは同じであるとの上記Aの主張は,何が「同じ」であるというのか,その主張自体趣旨が明確でないのみならず,訂正明細書の段落【0010】ないし【0013】の記載中にも,請求項1の「参照球面に対して」という記載が「参照球面より」の上位概念であると解する根拠を見いだすことはできない。 さらに,上記Bの主張のとおり,ベース形状に対してレンズ厚を付加した場合,参照球面の方向に波面が遅れても,参照球面より波面が遅れるとは限らないとしても,このことが請求項1の「参照球面に対して」という記載が「参照球面より」の上位概念であるとの根拠になるものでもない。 A したがって,請求項1の「参照球面に対して」という記載は,「参照球面より」の上位概念であって,「に対して」は波面が動く方向を示すものであり,参照球面より波面が遅れない場合を含むとの被告の主張は採用することができない。 イ(ア) そこで,請求項1の「前記走査対象面上に結像される光束の波面」を「参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせる」との意義が前記ア(ウ)のとおりであることを前提として,本件発明1と引用発明との同一性について検討する。 ところで,甲16及び弁論の全趣旨よれば,光束の波面を近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせた場合には,上記光束が近軸像点よりも後ろ側で収束し,副走査方向の周辺部で正(オーバー)の球面収差が発生し,一方,光束の波面を上記参照球面に対して副走査方向の周辺部で進めさせた場合には,上記光束が近軸像点よりも手前側で収束し,副走査方向の周辺部で負(アンダー)の球面収差が発生することが認められる。 (イ) 決定は,「3)刊行物1の実施例2における第1レンズG11の面形状についての数値をもとに計算したレンズ面の形状と,球面収差とを示す添付資料2によれば,第1レンズ11のレンズ面の形状は,副走査方向の曲率半径が光軸からのレンズ高さxとともに増大する非円筒面形状であり,このレンズ面の形状は球面レンズ(シリンドリカルレンズとしては円筒面)の場合よりも副走査方向の周辺部で負の球面収差の絶対値を小さくするものであるから,副走査方向の周辺部側の光線をより前方に集光させる傾向,すなわち光束の波面としては遅れるようにする傾向を持たせるものである。それゆえ,刊行物1に記載のものにおける第1,第2結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されていると言える。」(決定書13頁5行〜15行)と認定している。 しかし,決定が認定するように,刊行物1の実施例2における第1レンズG11のレンズ面の形状が,「非円筒面形状であり,このレンズ面の形状は球面レンズ(シリンドリカルレンズとしては円筒面)の場合よりも副走査方向の周辺部で負の球面収差の絶対値を小さくするものであるから,副走査方向の周辺部側の光線をより前方に集光させる傾向,すなわち光束の波面としては遅れるようにする傾向を持たせるものである。」としても,「副走査方向の周辺部で負の球面収差の絶対値を小さくするもの」にとどまるものであって,正(オーバー)の球面収差を発生させるものではない以上,引用発明における第1,第2の結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,本件発明1のように,走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されているということはできない。 また,刊行物1(甲1)には,実施例2の第1レンズG11に関して,「この第1レンズG11はy方向に母線を持つシリンドリカルレンズであり,ポリゴンミラー3側を向いた面は2【数8】 C ・x xz=221+ 1-(1+K)C ・x xただし,係数K,AはそれぞれK=-0.868A=0であり,【数9】xx C=1/rである,で表される形状に仕上げられた非円筒面である。」(段落【0052】〜【0056】)との記載があるものの,上記シリンドリカルレンズG11がどのような球面収差を発生させるかについての明確な記載はなく,正(オーバー)の球面収差を発生させることの明確な記載はない。 かえって,決定引用の添付資料2(甲9。本件異議申立人が異議申立書に添付して提出した刊行物1の実施例2のシリンドリカルレンズの計算結果)によれば,シリンドリカルレンズG11が球面レンズの場合に比べて副走査断面で非球面とした場合には,「球面収差(mm)」が低減していることが示されているものの,いずれの「レンズ高さ(mm)」においても,「球面収差(mm)」は0以下であって,負(アンダー)の球面収差が発生することが示されている。 (ウ) 被告は,引用発明は,色収差,球面収差など種々の収差が±α(αは微少量)の許容範囲内に収まるように走査光学系を構成しており,具体的には走査光学系が【数1】ないし【数7】を満足するようにして,収差などを補正不足にも補正過剰にもならないようにし(刊行物1の段落【0027】ないし【0033】),また,刊行物1記載の実施例2におけるレンズデータでは,収差を±α(αは0.05λ)で許容した範囲を「ほぼ無収差」とし,収差が0から0.05λ遅れるものを含むから(段落【0071】),引用発明は,走査対象面上に結像する光束の波面を参照球面より進めたもののみならず,参照球面より遅らせたものも含む旨主張する。 そこで検討するに,刊行物1(甲1)には,「数1は色収差を適正に補正する条件を示すものであり,数1の下限値を下回ると,接合レンズの色収差が補正不足になり,逆に上限値を上回ると補正過剰になる。」(段落【0027】),「数5の条件はメニスカスレンズの焦点距離を規定する条件である。数5の下限値を下回ると,メニスカスレンズの焦点距離が短くなりすぎ,球面収差が補正不足になる。逆に,上限値を上回ると,球面収差が補正過剰になる。」(段落【0031】),「数6は,メニスカスレンズと接合レンズの間の空気レンズのパワーを規定するものである。数6の下限値を下回ると,空気レンズの働きが弱くなり,メリディオナル像面湾曲が補正不足になる。 上限値を上回ると補正過剰になる。」(段落【0032】),「数7の条件は,接合レンズのコンセントリック性を規定するものである。 この数7の下限値を下回るとメリディオナル像面湾曲が補正過剰になり,逆に上限値を上回ると補正不足になる。」(段落【0033】)との記載があり,これらの記載によれば,数1は色収差を補正する条件,数5は球面収差を補正するためメニスカスレンズの焦点距離を規定する条件,数6はメリディオナル像面湾曲を補正するためメニスカスレンズと接合レンズの間の空気レンズのパワーを規定する条件,数7はメリディオナル像面湾曲を補正するため接合レンズのコンセントリック性を規定する条件であり,上記各条件を満たせばそれぞれ補正過剰又は補正不足にならないことを開示していることが認められるものの,一方で,刊行物1には,上記各条件が,走査対象面上に結像する光束の波面が副走査方向の周辺部で参照球面より遅れるようにすることとの関連を示す明確な記載はない。 また,刊行物1の段落【0071】には,第2実施例について,「図14ないし図16は,図7ないし図9と同様に,それぞれ像高0mm,像高175mm及び像高250mmでの横収差を示している。これらの図からわかるように,波長変動±5nmに対しても倍率の色収差は僅少で,半導体レーザーのモードホップに充分対応できる。画角55°の範囲内でのRMS波面収差は0.05λ以内であり,ほぼ無収差であるといえる。」との記載があり,上記記載は,第2実施例の走査光学系のRMS波面収差(理想波面と実際の波面の標準偏差)が0.05λ以内に収まることを開示するものであるが,RMS波面収差は,副走査方向のみならず,主走査方向をも含み,RMS波面収差が0.05λ以内であるからといって,副走査方向の周辺部での波面の遅れが0〜0.05λの間にあることを示すものではなく,また,図14ないし16から直ちに第2実施例の波面が副走査方向の周辺部において0〜0.05λ程度遅れるものであることを理解することはできない。 したがって,引用発明は,走査対象面上に結像する光束の波面を参照球面より進めたもののみならず,参照球面より遅らせたものも含むとの被告の上記主張は採用することができない。 (エ) 以上によれば,決定が,引用発明について,「刊行物1に記載のものにおける第1,第2結像光学系は,被走査面上に結像される光束の波面を,被走査面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるように構成されていると言える。」(決定書13頁12行〜15行)と認定したのは誤りであり,引用発明は,本件発明1の「第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されている」との構成を欠くものであるから,本件発明1は引用発明と同一であるとはいえず,原告主張の取消事由1アは理由がある。 (2) 本件発明2ないし4,8について決定は,本件発明1の構成にそれぞれの事項(構成)を付加した本件発明2ないし4,8は,いずれも刊行物1に記載のものと何ら相違するものではないとして,引用発明と同一である旨(決定書13頁26行〜14頁16行,15頁15行〜24行)判断しているが,先に説示したとおり,引用発明は,本件発明1の「前記第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されている」との構成を欠いており,本件発明1は引用発明と同一でないのであるから,これが同一であることを前提として本件発明2ないし4,8が引用発明と同一であるとした決定の判断も誤りである。 したがって,原告主張の取消事由1イは理由がある。 2 取消事由2(本件発明6の容易想到性の判断の誤り)について原告は,本件発明6が容易想到であるとした決定の判断は,引用発明の誤った認定を前提としているものであるから,誤りである旨主張するので,この点について検討する。 (1) 請求項1,2,3,6の記載を総合すれば,本件発明2は,本件発明1の構成に「前記第1の結像光学系は,前記偏向器の近傍に結像される光束の波面を,前記偏向器近傍の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されている」との事項を付加し,本件発明3は,本件発明2の構成に「前記第1の結像光学系は,副走査方向にパワーを有するシリンドリカルレンズであり,円筒面により規定されるベース形状に対し,副走査方向の周辺部でレンズ厚が付加されている」との事項を付加し,さらに,本件発明6は,本件発明3の構成に「前記シリンドリカルレンズのベース形状は,一方のレンズ面が平面,他方のレンズ面が円筒面であり,いずれか一方のレンズ面に,前記ベース形状に対してレンズ厚が付加されている」との事項を付加したものであるから,結局,本件発明6は,本件発明1の構成に,上記各付加事項の構成を加えた発明であることが認められる。 そして,先に説示したとおり,引用発明は,本件発明1の「第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されている」との構成を欠くものであり,この点において,引用発明と本件発明1は相違し,ひいては本件発明3も引用発明と相違するものであるから,上記相違は,引用発明と本件発明6との相違点となるものである。 (2) しかし,決定は,引用発明と本件発明3が同一であるとの判断を前提として,本件発明6について,「シリンドリカルレンズのレンズ面のうち一方の面を平面とし,他方の面を曲面としたものを用いることは,例示するまでもなく周知の事項であり,曲面においてベース形状に対してレンズ厚が付加されたものとすることは,本件発明3について前述したように,刊行物1に記載された事項であるから,本件発明6は,刊行物1に記載された発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書14頁37行〜15頁4行)と判断しているだけであり,上記相違点については認定及び判断をしていない。 したがって,決定は,前記のとおり引用発明の認定を誤った結果,上記相違点を看過し,これについて判断しないまま,本件発明6が容易に発明をすることができたとの結論に至っているものであり,その判断の過程に誤りがあるといわざるを得ないから,原告主張の取消事由2アは理由がある。 3 取消事由3(本件発明7の容易想到性の判断の誤り)について原告は,本件発明7が容易想到であるとした決定の判断は,引用発明の誤った認定を前提としているものであるから,誤りである旨主張するので,この点について検討する。 (1) 本件発明7の特許請求の範囲(請求項7)は,「前記第1,第2の結像光学系は,副走査方向において光束にオーバーの球面収差を発生させるよう構成されていることを特徴とする請求項1に記載の走査光学系。」というものであり,上記記載によれば,本件発明7は,本件発明1の構成に,「前記第1,第2の結像光学系は,副走査方向において光束にオーバーの球面収差を発生させるよう構成されている」との事項を付加した発明であることが認められる。 そして,先に説示したとおり,引用発明は,本件発明1の「第1,第2の結像光学系は,前記走査対象面上に結像される光束の波面を,前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせるよう構成されている」との構成を欠く点において,本件発明1と相違するから,上記相違は,引用発明と本件発明7との相違点となるものである。 (2) しかし,決定は,引用発明と本件発明1が同一であるとの判断を前提として,本件発明7について,「非円筒面のシリンドリカルレンズとしてオーバーの球面収差ないし正の球面収差を生ずるものを用いることは,刊行物2,3に示されるように周知の事項であり,刊行物1に記載のものにおける第1結像光学系においてこのようなオーバーの球面収差ないし正の球面収差を生ずるものを用いることは,必要に応じて適宜考慮し得たものである。したがって,本件発明7は,刊行物1に記載された発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書15頁7行〜14行)と判断し,引用発明における第1結像光学系においてオーバーの球面収差ないし正の球面収差を生ずるものを用いることの容易想到性について判断しているのみで,上記相違点に係る「前記走査対象面上に結像される光束の波面」を「前記走査対象面上の近軸像点を中心とした参照球面に対して副走査方向の周辺部で遅らせる」との構成については,これを相違点として認定も判断もしていない。 したがって,決定は,前記のとおり引用発明の認定を誤った結果,上記相違点を看過し,これについて判断しないまま,本件発明7が容易に発明をすることができたとの結論に至っているものであり,その判断の過程に誤りがあるといわざるを得ないから,原告主張の取消事由3アは理由がある。 4結論以上のとおり,原告主張の取消事由は理由があり,決定は取消しを免れない。 よって,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 大鷹一郎 |
裁判官 | 嶋末和秀 |