関連審決 | 不服2002-6240 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18行ケ10442審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10105審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18行ケ10498審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10134審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 特許を受ける権利 / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 公知技術 / 出願公開 / 技術常識 / 優先権 / 名義変更 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 釈明 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10719号
審決取消請求事件
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原告 ヴィアトリスゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング ウント コンパニー コマンディートゲゼルシャフト 訴訟代理人弁護士加藤義明 同 角田邦洋 同 三留和剛 訴訟代理人弁理士杉本博司 被告 特許庁長官中嶋誠 指定代理人 森田ひとみ 同 横尾俊一 同 唐木 以知良 同 大場義則 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/09/14 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2002-6240号事件について平成17年5月24日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯訴外アスタ メディカ アクチエンゲゼルシャフト(以下「アスタ メディカ」という。)は,平成6年12月21日(優先権主張:1993年12月21日,ドイツ連邦共和国),発明の名称を「糖尿病の治療用薬剤」とする特許出願(特願平6-318836号,以下「本願」という。)をし,平成13年9月27日,願書に添付した明細書を補正する手続補正をしたが,平成14年1月15日発送の拒絶査定を受けたので,同年4月11日,これを不服として審判を請求するとともに,上記明細書を補正する手続補正をし(以下,この補正を「本件補正」といい,本件補正後の本願に係る明細書を「本願明細書」という。),上記審判請求は,不服2002-6240号事件として,特許庁に係属した。 その後,アスタ メディカは,平成15年3月31日,本願に係る特許を受ける権利を原告に譲渡し,原告は,同年4月18日,本願の出願人の名義変更届を特許庁に提出した。 特許庁は,上記事件につき,審理の結果,平成17年5月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(附加期間90日)をし,その謄本は,同年6月9日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲本件補正後の請求項1,3の各記載は次のとおりである(以下,請求項1,3に係る各発明をそれぞれ「本願発明1」,「本願発明3」といい,両者をまとめて「本願発明」という。)。 「【請求項1】 R-(+)-α-リポ酸,R-(-)-ジヒドロリポ酸又はそれらの塩,エステル,アミドを含有することを特徴とする,真性糖尿病I型の治療用薬剤。」「【請求項3】 R-(+)-α-リポ酸,R-(-)-ジヒドロリポ酸又はそれらの塩,エステル,アミドを含有することを特徴とする,代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤。」3 審決の理由別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明1及び3は,本願の優先権主張日前に頒布された刊行物1ないし5(下記@〜D)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,としたものである。なお,審決は,本願の優先権主張日当時の技術常識を示すものとして,下記E〜Gの文献を例示した。 @ 欧州特許出願公開第572922号明細書(以下「刊行物1」という。 甲14の1)A 「Innere Medizin,48(1993),pp223-232」(以下「刊行物2」という。甲15)B 「J.Biosci.Vol.11,Numbers1-4,March 1987 pp59-74」(以下「刊行物3」という。甲16)C 「J.Biosci.Vol.6,Number 1,March 1984 pp37-46」(以下「刊行物4」という。甲17)D 「Free Rad. Res.Comms.,Vol.17,No.3,pp211-217」(以下「刊行物5」という。甲18)E 平成元年10月10日学会出版センター発行,日本化学会編「季刊化学総説,No.6,1989 光学異性体の分離」p2,16,212〜214(甲19)F 「月刊薬事」Vol.29,No.10,1987 p23〜26(甲20)G 「ファルマシア」Vol. 25,No.4,1989 p333〜336(甲21)なお,審決が,「上記刊行物中の『リポ酸』『α-リポ酸』『DLα-リポ酸』を以下単にリポ酸という。『リポ酸のR鏡像体』『R-α-リポ酸』はR-(+)-α-リポ酸と同義であり,以下これらを単にR-リポ酸という。」(審決書4頁1行〜3行)とした点は,原告も認めるところであり,また,「リポ酸」,「α-リポ酸」,「DLα-リポ酸」は,いずれもラセミ体のリポ酸であること,「リポ酸のS鏡像体」,「S-α-リポ酸」,「S-(-)-α-リポ酸」,「S-リポ酸」は,いずれも同義であること,刊行物1に記載されている「糖尿病タイプT」と,本願発明1における「真性糖尿病I型」とは,同義であることについては,当事者間に争いがない。 |
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原告主張の取消事由の要点
審決は,刊行物1及び5の解釈を誤り(取消事由1),本願発明1及び3の顕著な作用効果を看過したものであって(取消事由2),これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(刊行物1及び5の解釈の誤り)(1) 刊行物1の解釈の誤りア 審決は,刊行物1(甲14の1)に,「R-リポ酸が単独で抗糖尿作用を示すことの記載」(審決書4頁27行)がある旨認定したが,誤りである。 刊行物1には,「ビタミンEのような作用物質と,α-リポ酸の光学的に純粋な異性体(R-及びS-形,つまりR-α-リポ酸及びS-α-リポ酸)と組み合せにおいて,α-リポ酸のラセミ体に対して,R-鏡像体は単独で抗炎症及び抗糖尿,つまり血糖低下の作用を示し,S-鏡像体の抗炎症性作用は,ビタミンEと組み合わせて,抗有害受容性の作用を示し,その際,同様に意想外に,ビタミンEと組合せたR-鏡像体の抗炎症性作用は,α-リポ酸のラセミ体のそれよりも強いことが見出された。」(2頁54行〜3頁3行)と記載されている。 すなわち,刊行物1には,R-リポ酸が,ビタミンEのような作用物質との組合せにおいて,抗糖尿作用(血糖低下作用)を示すことが記載されているにすぎず,単独で抗糖尿作用を示すことは記載されていない。 このことは,刊行物1に,「ビタミンEと組合せたR-鏡像体(R-α-リポ酸)はラットに関するアロキサン糖尿モデルにおいて又はストレプトサイトシン糖尿モデルにおいて抗糖尿作用を,つまり血糖低下作用を示し,この作用はα-リポ酸(単独)又はビタミンE単独での作用を上回っている(経口投与)。」(3頁45行〜49行)と記載され,ラセミ体のリポ酸(単独)での作用との比較が記載されていることからも,明らかである。 また,ラセミ体のリポ酸が単独で,抗糖尿作用(血糖低下作用)を有することは,本願明細書の段落【0004】にも紹介されているように,公知の事実である。 したがって,刊行物1の記載から認定することができる発明は,抗糖尿作用,つまり血糖低下作用を示す,ビタミンEとR-鏡像体の組合わせにすぎないから,審決が刊行物1に「R-リポ酸が単独で抗糖尿作用を示すことの記載」があると認定したのは誤りである。 イ 本願発明1を刊行物1記載の上記発明と対比すると,両者は,R-リポ酸を含有する点及び抗糖尿作用を奏する点で一致するが,本願発明1はこれを特に真性糖尿病T型の治療用薬剤としているのに対し,刊行物1記載のものは単に抗糖尿病作用の存在を示すにとどまる点で相違する。 そして,本願発明1は,R-リポ酸が,ラセミ体のリポ酸及びS-リポ酸より優れていることにとどまらず,S-リポ酸は真性糖尿病及びインスリン抵抗症の治療のために実際に使用することができないことから,R-リポ酸のみしか使用できないことを内容とするものである(本願明細書の段落【0011】参照)。 ラセミ体を構成する光学活性体の一方が他方より比較優位であることは,引用刊行物及び出願当時の技術常識から導かれるであろう(このことは,本願明細書の段落【0004】に示されるように,本願発明も前提としている。)。しかし,光学活性体の一方の鏡像体には毒性があるため,その他方の鏡像体のみしか治療薬として使用することができないことは,公知技術から推考容易ではない。 しかるところ,刊行物1には,ラセミ体との比較優位な効果しか記載されておらず,S-リポ酸が使用され得ないこと,すなわちR-リポ酸のみしか使用できないことは,記載されていない。 S-リポ酸は使用することができず,R-リポ酸のみしか使用できないことに関する本願発明の作用効果は,刊行物1記載の発明の作用効果から連続的に推移したものではなく,異質な効果であり,また血糖値低下という同質の効果について,本願発明は際だって優れているのであるから,本願発明の効果は,当業者の予測を超えた顕著な作用効果である。 したがって,本願発明が刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたということはできず,刊行物1の記載内容についての審決の上記誤りが,結論に影響を及ぼすことは明らかである。 (2) 刊行物5の解釈の誤りア 審決は,刊行物5(甲18)に,「R-リポ酸についてグリコヘモグロビンの減少を確認していることの記載」(審決書4頁28行〜29行)がある旨認定したが,誤りである。 刊行物5には,「我々の研究所における最近の研究から,R-α-リポ酸を食事に補うことにより,ストレプトゾトシン誘導糖尿ラットモデルでグリコヘモグロビン含有量が減少することが明らかになった(未発表データ)。」との記載があるが,具体的データや具体的説明を伴わないものであり,未発表データであることも明示されている。 したがって,当業者といえども,刊行物5の上記記載に基づいて,「R-リポ酸についてグリコヘモグロビンの減少」との知見を確認することは不可能である。つまり,刊行物5には,本願の優先権主張日当時の技術常識を前提としても,当業者が,R-リポ酸の用途発明として,その用途を利用できるように記載されていないから,これを引用発明とすることはできない。 イ 審決は,刊行物5に,「長期の糖尿病の後期併発症に対し,リポ酸が有効である旨が記載」(審決書4頁7行〜8行)されている旨認定したが,刊行物5には,糖尿病により起こる併発症に対してリポ酸が治療薬として利用可能であることが示唆されているにとどまるから,審決の上記認定は誤りである。 2 取消事由2(顕著な効果の看過)(1) 本願発明は,本願明細書(甲3,9)の段落【0013】,【0014】,【0017】,【0023】,【0027】,【0030】及び【表8】に記載されているように,@R-リポ酸が,ラセミ体のリポ酸に比し,真性糖尿病T及びU型,並びにその続発症及び後期併発病の治療及び亜臨床的及び臨床的顕性インスリン抵抗症及びその続発症の治療に顕著に優れた効果を有し,かつ,その毒性が,ラセミ体のリポ酸及びS-リポ酸よりも小さく,AS-リポ酸が,上記の疾病の治療薬から積極的に排除されるべき効果を有する,という当業者が予測することができなかった新たな知見に基づくものである。 刊行物1〜5には,R-リポ酸及びS-リポ酸の有する独自の生理的活性の有無や強弱については記載も示唆もなく,本願発明は,当業者の予測を超えた顕著な効果を有するものというべきであるが,審決はこれを看過したものである。 (2) 審決は,「実施例の結果は,血糖低下作用の機序を解明し,学問的に貢献するものとは認められるものの,・・・新たな用途が導かれるものではない。」(審決書6頁1行〜3行)と説示するが,医薬発明について正しい理解を示したものとはいえない。 光学異性体を用いる医薬発明が成立するためには,活性成分の薬効の存在を確認するだけでは十分ではなく,副作用に至るまで確認して示すことが必要であるところ,本願発明は,R-リポ酸のみに治療効果があるとの発見に基づくものである。また,医薬発明においては,活性成分の薬理効果が奏されるように使用する投与量,投与方法の規定も重要である。 本願明細書に記載された実施例は,化学物質,実験条件が定量的に記載されているし,製剤型も具体例が記載されているのである。 (3) 被告は,「遅かれ早かれ」当業者が検討を行うであろうという理由で本願発明の進歩性を否定しようとするが,進歩性判断は特許出願時(優先権主張日)を基準に当業者が容易に想到することができたか否かによって判断されるのであるから,被告の主張は進歩性の時期的判断基準を誤ったものであるし,当業者が容易に想到できたことを十分に論理づけているといえないことは明らかである。 前記(1)でも述べたとおり,本願発明は,R-リポ酸が,ラセミ体又はS-リポ酸よりも優れていることにとどまらず,S-リポ酸には毒性があり治療薬として使用することができないものであって,R-リポ酸のみが治療薬として有効であるとの知見に基づくものである。ラセミ体を構成する光学活性体の一方が他方より比較優位であることが,引用刊行物及び技術常識から導かれるとしても,光学活性体の一方のみしか治療薬として使用することができないことは,異質な効果であり,また血糖値低下という同質の効果については際だって優れているのであるから,当業者の予測を超えた顕著な作用効果である。 |
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被告の反論の要点
刊行物1に記載された発明は「R-リポ酸を含有することを特徴とする」との点で本願発明1,3と一致するところ,これを,刊行物1〜5記載の知見及び技術常識に基づいて,糖尿病の治療薬とし,「真性糖尿病I型」あるいは「代償及び代償不全インスリン抵抗症」の治療用とすることに格別の創意は認められないところであって,審決に誤りはない。 1 取消事由1(刊行物1及び5の解釈の誤り)について(1) 審決は,リポ酸について,光学異性体として分離されたものについての検討が行われている事実を示すために,刊行物1,5を引用したものであって,R-リポ酸の薬理作用がすでに確立したものとして公知であるという趣旨ではない。刊行物1及び刊行物5の記載は,ラセミ体のリポ酸ではなく,R-リポ酸の生化学的作用がすでに検討対象になっていることを示すものである。 (2) 仮に,光学異性体別に検討した事実が未だないという場合であっても,刊行物2〜5(甲15〜18)に示されるように,ラセミ体の有効性が期待できる状況下である以上,審決が認定した技術常識の下では,遅かれ早かれ,各光学異性体につき,血糖低下作用を実験的に確認し,より有利な異性体であるR-リポ酸を選択し,糖尿病などの「治療用薬剤」とすることは,当業者が容易に想到し得るものである。 (3) 原告の「刊行物1の解釈の誤り」(前記第3,1(1) )は,次のとおり,審決の結論に影響を及ぼすものではない。 ア 本願発明1は,ビタミンEが格別排除された薬剤ではないから,これと刊行物1記載の発明を対比すると,両者はR-リポ酸を含有する点(ビタミンEが同時に存在することは相違点にならない。)及び抗糖尿作用を奏する点で一致し,本願発明1がこれを特に「真性糖尿病T型の治療用薬剤」とするのに対し,刊行物1記載の発明は単に抗糖尿病作用の存在を示すにとどまる点で相違する。 ところで,刊行物1は,請求項1に「α-リポ酸・ジヒドロリポ酸およびその酸化されたまたは還元されたR-またはS-リポ酸ならびに……の代謝物及び少なくとも1種のビタミン……を含有する医薬」とあるように成分を異にする複数種の医薬に係るものであって,その適用例として広範囲の疾病を記載し,その中には糖尿病タイプTも含まれている(段落【0073】)。糖尿病は正式には真性糖尿病と呼ばれ,そのうちのT型はインスリンの欠乏をきたす糖尿病であることが知られているが,これはまた,糖尿病タイプTとも称されるものである。 そうすると,抗糖尿病作用を有するとされるR-リポ酸とビタミンEの組合せについて,その医薬用途を,その薬理作用が有効に奏される疾病の一つである真性糖尿病T型(適用例における糖尿病タイプTと同義)の治療用薬剤と特定することは当業者であれば容易になし得ることである。 イ 本願発明3は,本願発明1と同様,ビタミンEが格別排除された薬剤ではないから,これと刊行物1記載の発明を対比すると,両者はR-リポ酸を含有する点及び抗糖尿作用を奏する点で一致し,本願発明3がこれを特に「代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤」としているのに対し,刊行物1にはビタミンEとR-リポ酸の組合せを代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療薬とする点については明記されていない点で相違する。 しかし,糖尿病はインスリン作用の不足に基づく慢性の高血糖状態を主徴とする代謝疾患群と定義され,このインスリンの効果が不足する仕組みにインスリンの不足(供給不全)とインスリンが作用する細胞がインスリンに反応しがたくなる(インスリン抵抗性)とがあり,高血糖を是正するための代償作用が働きインスリン分泌はインスリン抵抗性とともに増加する傾向があることが知られている。 そうすると,インスリン欠乏によって起こる糖尿病とは異なり,代償性及び代償不全インスリン抵抗症に対しては,インスリンは有効ではないが,リポ酸(ラセミ体)の血糖低下作用はインスリンを介するものではない(刊行物3参照)ことから,インスリン抵抗性であるかないかに関わらず糖尿病において起こる血糖上昇や,タンパク質の修飾を押さえる作用が期待できることは,当業者が容易に理解し得るところであり,R-リポ酸についてもリポ酸(ラセミ体)と同様に理解することが可能である。 また,刊行物2にはリポ酸もビタミンE(D-α-トコフェロールと同義)も糖尿病後期併発症の抑制に導く作用があることが記載されていることも考慮すれば,刊行物1のR-リポ酸とビタミンEを組み合わせた状態で代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤とすることは当業者が容易に想到し得ることである。 2 取消事由2(顕著な効果の看過)について(1) 本願明細書(甲3,9)の段落【0014】〜【0027】の記載は,いずれも作用機序についての比較であって,リポ酸の各光学異性体の分布や代謝機構に関するものではない。 作用機序レベルでR-リポ酸とS-リポ酸との差異を見い出したとしても,それは当業者が通常行う日常的な業務の範囲内において,いずれの光学活性体が糖尿病治療薬として適したものであるかを評価する過程で見い出した知見にすぎず,このこと自体を「治療用薬剤」である本願発明の効果と評価できるものではない。 (2) ラセミ体のリポ酸について,血糖低下作用が知られ,糖尿病治療薬としての可能性が引用刊行物に示唆されている以上,本願の優先権主張日当時の技術常識の下では,上記血糖低下作用がリポ酸の光学異性体のいずれにあるのかの検討は当業者が当然に行うことにすぎず(前記1(2)でも述べたとおり,ラセミ体のリポ酸が糖尿病治療薬としての有効性が期待できるという状況下では,遅かれ早かれ,当業者はラセミ体を構成する光学異性体のいずれに目的とする公知の薬理活性が存在するのかについての検討を行うのは必至のことである。),本願発明はその延長線上のものであって,当業者であれば格別の困難なく到達するところというべきである。 |
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当裁判所の判断
1 本願発明の要旨について原告主張の取消事由について判断するに先立ち,本件の事案に鑑み,まず本願発明の要旨について,検討する。 本願明細書(甲3,9)の特許請求の範囲の請求項1,3の各記載は,前記第2,2のとおりであるから,本願発明1,3は,いずれも「R-(+)-α-リポ酸,R-(-)-ジヒドロリポ酸又はそれらの塩,エステル,アミドを含有することを特徴とする」ものであって,上記成分の含有量や含有割合は規定されていない。したがって,「真性糖尿病I型の治療用薬剤」(本願発明1の場合)あるいは「代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤」(本願発明3の場合)との要件を充足する限り,他の成分(例えば,ビタミンE)を含有することは妨げられないものというべきである。このことは,本願の願書に最初に添付した明細書(甲3)の特許請求の範囲における請求項8,本件補正前の本願に係る明細書の特許請求の範囲(甲6)における請求項7の各記載に照らしても,明らかである。 なお,上記説示したところによれば,本願発明は,「R-(+)-α-リポ酸」,すなわちR-リポ酸を含有する上記治療用薬剤であればよいところ,特許請求の範囲の記載において,S-リポ酸を含むことが明示的に排除されているとはいえないから,ごく少量のS-リポ酸を含有する場合のみならず,ラセミ体のリポ酸を含有する場合や,S-リポ酸をR-リポ酸より多く含有する場合も,本願発明に含まれ得ると解釈すべきものとも考えられる。しかしながら,審決は,「本願の請求項1に係る発明は,上記刊行物に記載の抗糖尿作用をもつことが知られるリポ酸(合成で得られるリポ酸は通常ラセミ体である。)のうち,R-リポ酸を真性糖尿病I型の治療用薬剤とするものであるから,特にこれに限定することの容易性について以下検討する。」(審決書4頁12行〜15行),「請求項3は,R-リポ酸を代償性及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤とするものである。」(審決書5頁7行〜8行)と説示し,本願発明がR-リポ酸を主成分とするものであって,S-リポ酸を含まないものであることを前提にしていることがうかがわれるところ,当事者双方は,第2回弁論準備手続において,「本願発明1,3は,いずれもR-リポ酸を薬剤とするものであり,ラセミ体を薬剤とするものではない。」と釈明するなど,本件において,本願発明を,R-リポ酸を主成分とするものであって,S-リポ酸を含まないものと解することについては,当事者間に争いがないから,以下,これを前提として,検討する。 2 取消事由1(刊行物1及び5の解釈の誤り)について(1)ア 刊行物1(甲14の1,その訳文に相当するものであることについて当事者間に争いがない甲14の2)には,次の記載がある。 (ア) 「α-リポ酸はR-鏡像体の形で,植物および動物中に広く分布しており,これは多様な酵素的反応において補酵素として作用し,……α-リポ酸ラセミ体は抗炎症性,抗有害受容性(鎮痛性)ならびに細胞保護性,神経保護性,抗アレルギー性および抗腫瘍性特性を有する。α-リポ酸の光学的に純粋な異性体(R-およびS-形,つまりR-α-リポ酸およびS-α-リポ酸)からは,ラセミ体とは反対に,R-鏡像体は十分に抗炎症性に有効であり,S-鏡像体は十分に抗有害受容性に有効であり,その際同様に,R-鏡像体の抗炎症性作用はたとえばラセミ体のそれよりも係数10だけ強い。」(2頁6行〜14行,甲14の2の段落【0003】【0004】)(イ) 「これらの鏡像体はラセミ体と比較して著しく特異的でかつより強い有効作用物質である。」(2頁17行〜18行,甲14の2の段落【0006】)(ウ) 「本発明の課題は,鎮痛作用,抗炎症作用,抗糖尿病作用,……ならびに抗腫瘍形成作用を有する改善された医薬を提供することである。」(2頁45行〜48行,甲14の2の段落【0014】)(エ) 「ビタミンEのような作用物質と,α-リポ酸の光学的に純粋な異性体(R-およびS-形,つまりR-α-リポ酸およびS-α-リポ酸)と組み合せにおいて,α-リポ酸のラセミ体に対して,R-鏡像体は単独で抗炎症および抗糖尿,つまり血糖低下の作用を示し,S-鏡像体はビタミンEと組み合せて,抗有害受容性の作用を示し,その際,同様に意想外に,ビタミンEと組み合せたR-鏡像体の抗炎症性作用は,α-リポ酸のラセミ体のそれよりも強いことが見出された。」(2頁54行〜3頁3行,甲14の2の段落【0017】)(オ) 「前記したビタミンと組み合せたα-リポ酸,ジヒドロリポ酸または酸化または還元されたR-α-リポ酸およびS-α-リポ酸……の製造は公知の方法で,もしくはこれに類似の方法で行われる(ドイツ連邦共和国特許出願公開第4137773号明細書)。」(3頁9行〜12行,甲14の2の段落【0019】)(カ) 「ビタミンEと組み合せたR-鏡像体(R-α-リポ酸)は,ラットに関するアロキサン糖尿モデルにおいてまたはストレプトサイトシン(……)糖尿モデルにおいて抗糖尿作用を,つまり血糖低下作用を示し,この作用はα-リポ酸(単独)またはビタミンE単独での作用を上回っている(経口投与)。」(3頁45行〜49行,甲14の2の段落【0024】)(キ) 「適応としてはたとえば以下のものが該当する:……糖尿病タイプTおよびU,インシュリン耐性,糖尿病由来の,……の多発性神経疾患……。」(13頁6行〜13行,甲14の2の段落【0073】)イ 上記ア(ア)ないし(キ)の各記載によれば,刊行物1には,R-リポ酸を作用物質であるビタミンEと組み合わせた発明(以下「刊行物1発明」という。)が,下記@〜Cの知見とともに記載されているということができる。 @ R-リポ酸及びS-リポ酸が,ラセミ体のリポ酸と比較して,著しく特異的であり,より強い有効作用物質であること。 A 抗糖尿病作用を有する改善された医薬を提供することを目的の一つとして検討した結果,ビタミンEのような作用物質との組合せにおいて,R-リポ酸が,ラセミ体としてではなく,単独で,抗炎症及び抗糖尿(血糖低下)の作用を示すこと。 B ビタミンEと組み合わせたR-リポ酸が,ラットに関する糖尿モデルにおいて,抗糖尿作用(血糖低下作用)を示し,リポ酸(単独)又はビタミンE単独での作用を上回った(経口投与)こと。 C ビタミンEと組み合わせたR-リポ酸を,糖尿病タイプT及びU,インシュリン耐性,糖尿病由来の多発性神経疾患などに用いること。 (2)ア 本願発明1について(ア) 本願発明1と刊行物1発明とを対比すると,両者は,「R-リポ酸を含有することを特徴とする」点で一致することが明らかである。 刊行物1発明は,R-リポ酸を作用物質であるビタミンEと組み合わせたものであるが,次の(イ)で検討するところに照らせば,ビタミンEを含有していることにより「真性糖尿病I型の治療用薬剤」とすることが妨げられるものではない。そして,前記1において検討したとおり,本願発明1は,「真性糖尿病I型の治療用薬剤」との要件を充足する限り,他の成分(例えば,ビタミンE)を含有することは妨げられない。 そうすると,刊行物1発明がビタミンEを含有していること自体は,本願発明1との相違点とはならない(なお,この点については,原告も争わないところである。)。 (イ) 刊行物1の前記ア(カ)及び(キ)の記載によれば,刊行物1発明を糖尿病タイプTを適応症とする治療用薬剤とすることは,刊行物1自体が教示しているところである。 なお,「糖尿病はインスリン作用の不足に基づく慢性の高血糖状態を主徴とする代謝疾患群と定義されるが,このインスリンの効果が不足する仕組みにインスリンの不足(供給不全)とインスリンが作用する細胞がインスリンに反応しがたくなる(インスリン抵抗性)とがあり,高血糖を是正するための代償作用が働きインスリン分泌はインスリン抵抗性とともに増加する傾向があることが知られている」(審決書5頁9行〜14行)ことについては,原告も認めるところである(原告第2準備書面2頁)。そして,そのことについて,本願明細書(甲3,9)の段落【0007】には,「……真性糖尿病は,インスリン欠乏による疾病であるか又はインスリン作用に対する抵抗症(代償不全インスリン抵抗症)である。……代償されるインスリン抵抗症(臨床的顕性糖尿病U型を含まないインスリン作用の低下)の場合にも……障害が起こる。」と記載されている。これらの事実に加え,弁論の全趣旨によれば,糖尿病は正式には真性糖尿病と呼ばれ,T型とU型があり,T型はインスリンの欠乏をきたす糖尿病であることが認められ,本願発明1における「真性糖尿病I型」,刊行物1発明における「糖尿病タイプT」は,いずれも上記インスリンの欠乏をきたす糖尿病をいうものと解される。 また,@刊行物3,4に,リポ酸がアロキサン糖尿ラットに対して血糖値を減少させる作用を有することが記載されていること(審決書4頁6行〜7行),A刊行物2に,長期の糖尿病の後期併発症に対し,リポ酸が有効である旨が記載されていること(審決書4頁7行〜8行),B刊行物5に,糖尿病により起こる併発症に対してリポ酸が治療薬として利用可能であることが示唆されていること,C一般に,本願の優先権主張日当時,光学異性体の存在する化学物質については,ラセミ体だけではなく,各異性体についても,目的とする薬理効果や副作用等について検討を行うことが普通に行われるようになっており,また,光学異性体の存在する化学物質を医薬品として利用しようとする場合には,その検討結果に応じて,ラセミ体を使用するか一方の光学異性体を使用するかを決定することが技術常識であったこと(審決書4頁16行〜25行)は,原告も認めるところである(原告第2準備書面2頁)。 そうすると,刊行物1発明を「真性糖尿病I型の治療用薬剤」とすることは,当業者が容易に想到することができたものというべきである。 イ 本願発明3について(ア) 本願発明3と刊行物1発明を対比すると,両者は,「R-リポ酸を含有することを特徴とする」点で一致することが明らかである。 刊行物1発明は,R-リポ酸を作用物質であるビタミンEと組合わせたものであるが,次の(イ)で検討するところに照らせば,ビタミンEを含有していることにより「代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤」とすることが妨げられるものではない。そして,前記1において検討したとおり,本願発明3は,「代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤」との要件を充足する限り,他の成分(例えば,ビタミンE)を含有することは妨げられない。そうすると,刊行物1発明がビタミンEを含有していること自体は,本願発明3との相違点とはならない(なお,この点については,原告も争わないところである。)。 (イ) 刊行物3に,「リポ酸の作用はインスリンを投与した場合の効果と似ているが,糖尿病時でも正常時でもインスリンのレベルはリポ酸投与により影響を受けないから,リポ酸の作用はインスリンを介するものではないこと」(審決書3頁17行〜20行)が記載されていることは,原告も認めるところである(原告第2準備書面1頁)。 インスリン欠乏によって起こる糖尿病(真性糖尿病I型)とは異なり,代償性及び代償不全インスリン抵抗症に対しては,インスリンは有効ではないが,上記のとおり,リポ酸の作用はインスリンを介するものではないことも知られているから,インスリン抵抗性であるかないかにかかわらず糖尿病において起こる血糖上昇や,タンパク質の修飾を押さえる作用が期待できることは,当業者が容易に理解し得るところであるというべきである。 上記及び前記ア(イ)で検討したところによれば,刊行物1発明を「代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤」とすることも,当業者が容易に想到することができたものというべきである。 (3) 原告の主張についてア 原告は,刊行物1には,R-リポ酸が,ビタミンEのような作用物質との組合せにおいて,抗糖尿作用(血糖低下作用)を示すことが記載されているにすぎず,単独で抗糖尿作用を示すことは記載されていないと主張する。 なるほど,前記(1)で検討したところによれば,原告が主張するとおり,刊行物1には,R-リポ酸が,ビタミンEのような作用物質との組合せにおいて,抗糖尿作用(血糖低下作用)を示すことが記載されているにすぎない。しかし,前記1で検討したとおり,本願発明は他の成分(例えば,ビタミンE)を含有することは妨げられないものであり,刊行物1発明がビタミンEを含有していること自体は,本願発明1との相違点とはならないことも,上記(2)で検討したとおりである。 なお,原告は,S-リポ酸は使用することができず,R-リポ酸のみしか使用できないことに関する本願発明の作用効果は刊行物1発明とは異質な効果であり,また,血糖値低下という同質の効果についても本願発明は際だって優れている旨主張するが,この点に関する原告の主張に理由がないことは,後記3において検討するとおりである。 したがって,審決が「R-リポ酸が単独で抗糖尿作用を示すことの記載」(審決書4頁27行)がある旨認定したことは誤りであるが,この誤りは審決の結論に影響を及ぼさないものというべきである。 イ 原告は,刊行物5について,@その記載に基づいて,「R-リポ酸についてグリコヘモグロビンの減少」との知見を確認することは不可能である,A糖尿病により起こる併発症に対してリポ酸が治療薬として利用可能であることが示唆されているにとどまるなどと主張する。 しかし,上記(2)で検討したところによれば,刊行物5に,「R-リポ酸についてグリコヘモグロビンの減少を確認していることの記載」(審決書4頁28行〜29行)があるといえるか否か,「長期の糖尿病の後期併発症に対し,リポ酸が有効である旨が記載」(審決書4頁7行〜8行)されているか否かは,審決の結論を左右するものではない。 (4) 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。 3 取消事由2(顕著な効果の看過)について(1) 原告は,本願発明が,@R-リポ酸が,ラセミ体のリポ酸に比し,顕著に優れた効果を有し,かつ,その毒性がラセミ体のリポ酸及びS-リポ酸よりも小さく,AS-リポ酸が,積極的に排除されるべき効果を有するという,当業者が予測することができなかった新たな知見に基づくものであり,審決は本願発明の有する顕著な効果を看過した旨主張する。 しかし,仮に原告が主張する毒性に関する事項が新たな知見であったとしても,当業者は,リポ酸のラセミ体,R-リポ酸,S-リポ酸について,S-リポ酸の毒性の認識の有無にかかわらず,最も薬理効果が高いもの(すなわち,R-リポ酸)を採用するものであり,しかも,前記2(2)で検討したとおり,刊行物1発明はR-リポ酸を含有するものであり,これを「真性糖尿病I型の治療用薬剤」あるいは「代償及び代償不全インスリン抵抗症の治療用薬剤」とすることは,当業者が容易に想到することができたものというべきであるから,原告が主張する上記毒性に関する知見の発見は,本願発明の特許性を基礎づけることになるものではない。 (2) 原告は,審決が「実施例の結果は,血糖低下作用の機序を解明し,学問的に貢献するものとは認められるものの,・・・新たな用途が導かれるものではない。」(審決書6頁1行〜3行)としたことを論難するが,上記説示したところによれば,審決の説示が不相当であるとはいえない。 (3) なお,原告は,被告が「遅かれ早かれ」当業者が検討を行うであろうという理由で本願発明の進歩性を否定しようとしているとして,これを非難する。 確かに,「遅かれ早かれ」当業者が検討を行うであろうというだけの理由で特許を受けようとする発明の進歩性を否定することはできないが,本願発明の進歩性を肯定することができないことは,すでに検討したとおりである。 (4) 以上によれば,原告主張の取消事由2は理由がない。 4結論上記検討したところによれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りがあるとは認められない。 よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |