審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成14ワ5323職務発明の対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ネ35職務発明の対価請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ29080補償金請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ネ3208補償金請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成16ネ2790損害賠償等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 特許を受ける権利 / 承継 / 発明者 / 職務発明 / 現在または過去の職務(現在又は過去の職務) / 無償の通常実施権 / 相当の対価(相当な対価) / 外国の特許 / 準拠法 / 自然法則 / 技術的思想 / 有用性 / 創作性(創作) / 物の発明 / 製造方法 / 共同研究 / 共同発明 / 物質発明 / 慣用技術 / 技術的範囲 / 出願公開 / 化学構造 / 補償金請求権 / 優先権 / 対抗要件 / 共有 / 着想 / 実施料相当額 / クレーム / ライセンス / 抵触 / 後発医薬品 / 存続期間 / 製造承認 / 技術的意義 / 置き換え / 置換 / 特許発明 / 実施 / 属地主義 / 算定方法 / 実施料 / 共同発明者 / 実施権 / 通常実施権 / 対価 / 請求の範囲 / 拡張 / 変更 / |
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事件 |
平成
17年
(ワ)
14399号
職務発明対価請求事件
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徳島市<以下略> 原告 甲 同訴訟代理人弁護士 飯沼春樹 同児玉譲 同 黒澤基弘 同竹山拓 同 櫻井和子 同武内正樹 同 平田啓子 同 長町真一 東京都千代田区<以下略> 被告 大塚製薬株式会社 同訴訟代理人弁護士 松本司 同 山形康郎 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2006/09/08 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成17年7月28日から2支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,被告の有していた,テトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体とそれを含有する医薬成分に関するアメリカ合衆国(以下「米国」という。)特許権(以下「本件特許権」という。)に係る発明について,被告の元従業員である原告が,同発明は,被告在職中に生物系研究者として化合物の生物活性測定等に関与した原告を含む複数の発明者による職務発明であり,原告は,発明者の一人として,被告に特許を受ける権利(共有持分)を承継させたとして,特許法35条3項(予備的に,被告の発明考案取扱規程11条1項)に基づいて,その相当の対価として内金1億円及びこれに対する,本訴状送達の日の翌日である平成17年7月28日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し,被告が,@外国の特許を受ける権利について特許法35条3項の適用はない,A原告は,本件特許権に係る発明の発明者ではない,B被告の発明考案取扱規程に基づく実績補償金を生じさせる事情が認められないから同補償金の請求権は発生していない,と主張して争っている事案である。 1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。)? 当事者ア 原告は,昭和48年9月,被告徳島工場第1研究所に技術員として入社し,以下のような異動を経て,平成15年2月に被告を退社した,被告の元従業員である。 昭和49年4月 徳島工場第3研究室(後に徳島研究所生物研究部と改称)研究員,研究主任(呼吸循環器U班リーダー)昭和60年1月 大阪支店開発課課長昭和61年1月 徳島研究所新薬研究1部主任研究員3昭和62年1月 徳島研究所新薬研究3部部長昭和63年1月 徳島研究所応用研究部部長平成10年4月 育薬研究部血栓血管研究所所長平成11年10月 医薬第1研究所応用研究部部長平成13年8月 薬効開拓研究所兼医薬営業本部学術支援担当部長イ 被告は,医薬品,栄養製品,飲料等の製造及び販売等を業とする株式会社である。 ? 本件特許権本件特許権の内容及び特許請求の範囲は,以下のとおりである(以下,本件特許権に係る特許を「本件特許」と,本件特許権の特許請求の範囲記載の発明を「本件発明」と,それぞれいう。)が,同特許権は,平成11年(1999年)8月29日,存続期間満了により消滅した(甲1の1,1の2,26,乙11,12)。 本件特許権は,発明者を乙及び丙として出願された(甲1の1,1の2,26)。 発明の名称 テトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体とそれを含有する医薬成分特許番号 米国特許第4,277,479号出 願 年 月 日 昭和54年(1979年)8月29日(昭和53年9月1日の出願(特願昭53-107869)に係る優先権主張)登 録 年 月 日 昭和56年(1981年)7月7日特許請求の範囲 別紙「米国特許第4,277,479号 特許請求の範囲」記載のとおり? 本件発明の内容ア 本件発明は,血管拡張作用を併せ持つ抗血小板薬として開発された化合4物であるシロスタゾール(6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリル)を含む一群の化合物(テトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体,以下「本件誘導体」,「本件誘導体群」ともいう。)に係る物質発明及びこれらの化合物の特定の性質を専ら利用する物の発明(用途発明)である。 シロスタゾールは,病的血栓に対応するため,血小板凝集阻害作用・抗血小板作用を有するものとして設計され,加えて,虚血に陥っている臓器を救済するため,血管拡張作用,血流増加作用を有し,心臓に対する心拍数上昇作用が少なくなるように設計されたものである。 イ シロスタゾールを有効成分とする製剤は,適応症を慢性動脈閉塞症,商品名を「プレタール」として,日本を始め,韓国,中国,タイ,インドネシア,フィリピン,台湾等のアジア諸国,米国等において,被告の現地法人により販売されている(以下「本件製剤」という。)。米国では,慢性動脈閉塞症患者を対象とした臨床試験で有効性と安全性が認められて治療薬として承認され,1999年に販売が開始された。米国における適応( )は,慢性動脈閉塞症の一つの病態である間歇性跛行 Indication( )の症状の改善である(甲2の1,2の2)。 Intermittent Claudication? 本件発明に係る特許出願について本件発明に係る最初の物質特許の出願は,昭和53年(1978年)9月1日に行われた,後記?アの特許権に係る出願である。同特許権に係る発明は,シロスタゾールを含まないが,シロスタゾールの類縁化合物に関する。 その後,この関連化合物についての研究が実施され,昭和54年(1979年)8月25日にシロスタゾールを含む一連の化合物群の物質特許及び製造方法の特許として後記?イの特許権に係る出願が行われた。 そして,米国では,上記の両特許権に係る発明は,化学的に一つの化合物群として扱えるため,同月29日,これらを併せて(製造方法に関する特許5を除く。)本件特許の出願がされた。 ? 本件発明に係る日本における特許権ア 本件特許権の優先権主張の基礎とした出願に係る特許権被告は,本件特許権の出願において優先権主張の基礎とした出願に係る以下の特許権(以下「日本国特許権@」という。)を有していたが,同特許権は,平成10年(1998年)9月1日,存続期間満了により消滅した(甲1の1,1の2,4)。 日本国特許権@は,発明者を乙及び丙として出願された(甲4)。 発明の名称カルボスチリル誘導体出 願 番 号 特願昭53-107869号出願年月日昭和53年(1978年)9月1日出願公開番号 特開昭55-35019号出願公開年月日 昭和55年(1980年)3月11日特 許 番 号 特許第1386527号登録年月日昭和61年(1986年)6月26日特許請求の範囲? 一般式(式中,Rは低級アルキル基またはシクロアルキル基を示す)で表わされるカルボスチリル誘導体。 イ シロスタゾールを含む化合物群の物質特許被告は,以下の特許権(以下「日本国特許権A」という。)を有していたが,同特許権は,平成11年(1999年)8月25日,存続期間満了により消滅した(甲5,乙1,弁論の全趣旨)。 日本国特許権Aは,発明者を乙及び丙として出願された(甲5)。 6発明の名称 テトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体出願番号 特願昭54-108389号出 願 年 月 日 昭和54年(1979年)8月25日出願公開番号 特開昭56-49378号出願公開年月日 昭和56年(1981年)5月2日特許番号 特許第1471849号登 録 年 月 日 昭和63年(1988年)12月27日特許請求の範囲 別紙「特許第1471849号 特許請求の範囲」記載のとおり? 従業員の発明に関する被告の定め被告は,従業員のなした発明に関し,昭和47年1月1日から施行された「発明考案取扱規程」(以下「被告規程」という。)(乙10)を定めている。被告規程には,以下の規定がある。 (工業所有権の譲渡)第4条 従業員は,前条によって届け出た発明等でそれをなすに至った行為がその者の現在または過去の職務に属する場合(以下特許法第35条の職務発明という)のものについては,それに基づく日本国および,外国における工業所有権を受ける権利および工業所有権を会社に譲渡しなければならない。 (出願補償)第9条 第7条により特許等の出願を行った場合,会社はその発明等をなした者に対して次の補償金を支給する。 区 分 特 許 実用新案 意 匠金 額 3,000円 2,000円 2,000円第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,原則として補償金額はこれを各人に等分して支給するも7のとする。 (登録補償)第10条 第7条による特許等の出願が登録になった場合には,会社はその発明等をなした者に対して次の補償金を支給する。 区 分 特 許 実用新案 意 匠金 額 5,000円 5,000円 5,000円第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,第9条第2項の規定を準用する。 (実績補償)第11条 委員会は工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合においては,その発明等をなした者に対して補償金を支給する。(50,000円以上)第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,第9条第2項の規定を準用する。 第3項 第7条第2項の会社が特許等の出願を行わずかつ発明者に返却をもしない発明等については,その実施状況を調査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合においてはその発明等をなした者に対して第11条第1項に準じた補償金を支給する。ただし,その発明等が工業所有権として登録される性質を有しないものと認められた場合はこの限りではない。 ? 特許を受ける権利の被告に対する承継本件発明は,被告の従業者によりなされた被告の職務に属する発明であり,この発明についての特許を受ける権利は,被告規程4条に基づいて,被告に承継された。 82争点? 特許法35条3項の適用の有無(争点1)? 原告は,本件発明の共同発明者であるか。(争点2)? 本件発明に係る特許を受ける権利の対価の額(争点3)3 争点についての当事者の主張? 争点1(特許法35条3項の適用の有無)について(原告の主張)ア 外国の特許を受ける権利等の譲渡についても,特許法35条3項の規定が適用される。 イ 被告は,外国の特許を受ける権利等の譲渡について,特許法35条3項の適用はない旨主張し,その理由として,@特許法35条4項(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく対価額の算定方法は,職務発明に関する特許権について使用者等が無償の法定通常実施権を取得する制度の存しない国においての承継対価額の算定には妥当しないこと,A対価請求権を認める同条3項は,強行規定と解されているところ,これを外国の特許を受ける権利の承継対価に適用することは,対価請求権に関する規定が強行規定とはされていない外国特許法(特に米国においては,対価額は当事者間の譲渡契約で定められた額とされている。)における従業者等の保護内容以上の保護を与えることになること,B従業員発明者の保護に偏すると我が国の産業発達への寄与の目的を果たし得ないこと,C特許法33条及び34条にいう「特許を受ける権利」は,日本の特許を受ける権利を意味するところ,35条3項における「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利を含むと解釈することはできないこと,D平成16年法律第79号による特許法35条の改正の立法過程において,職務発明の補償金算定において外国の特許から得られる利益をも考慮することを肯定する見解はとられていないこと,を述べる。 9しかしながら,被告の上記主張は,以下のとおり失当である。 ( ) 上記@の主張についてア外国の特許を受ける権利の承継について特許法35条4項を適用するとした場合でも,考慮すべき「使用者等が受けるべき利益の額」は,各国の特許制度の下において使用者等が受けるべき利益を算出すべきなのであって,同項の適用が,法定通常実施権の取得を前提として算出することまでも強制するものではないから,同項の適用を否定する理由とはならない。 ( ) 上記Aの主張についてイ特許法35条4項は,従業者と使用者間の雇用契約上の利害関係の調整を図り,発明を奨励するとの趣旨に基づく規定であるところ,職務発明の承継対価は,使用者と従業者とが属する国の産業政策に基づき決定された法律により一元的に決定されるべき事柄と考えられるから,外国の特許を受ける権利の承継対価についても一律に同項が適用されるべきである。このような趣旨に基づく以上,その結果,諸外国の特許法の定める保護内容以上の保護が従業者に与えられることになったとしても何ら不合理ではない。 ( ) 上記Bの主張についてウ特許法35条は,使用者と従業者との利害関係を適切に調整することを趣旨とし,現実に適切な調整基準として機能している以上,譲渡の対象が日本の特許を受ける権利か外国の特許を受ける権利かによって適用の有無が左右されるべき理由はない。これによって,従業者の保護に偏することになるものではない。 ( ) 上記Cの主張についてエ特許法35条は,使用者と従業者との雇用関係における利害関係を調整しながら特許法1条の定める目的を達成することを趣旨とする,労働10法規としての性格をも有する規定である。したがって,このような労働法規としての性格から,同条3項の「特許を受ける権利」について,外国の特許を受ける権利を含む意味であると解することは当然であり,他の規定と同様に解すべき理由はない。 ( ) 上記Dの主張についてオ被告の主張は,産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会報告書「職務発明制度の在り方について」(案)(乙9)に基づくものであると思われるが,同報告書は,外国における権利の承継の対価に関する法の適用関係について見解が一致していないことを前提に,外国における権利について特許法35条の適用範囲とする旨の規定をおいても必ず同条が適用されるとは限らない,適用される場合であっても,発明や特許権といった概念が各国において異なるなどの立法上・運用上の問題を解消することはできない,などの理由から,同条に外国における権利について同条を適用範囲とする旨を明示する規定を置くことを見送るべきとの意見を示したにすぎず,同条が外国の特許を受ける権利の承継の場合に適用されることを否定したものではない。 (被告の反論)特許法35条は,日本の特許権(特許を受ける権利)を適用対象としているのであって,以下のとおり,日本の特許権とは内容の異なる外国特許権に適用することは,その前提を欠く。 ア 特許法35条4項は,職務発明の対価額の算定に際しての考慮要素の一つとして「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を挙げているが,この「使用者等が受けるべき利益」とは,同条1項において,使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について無償の法定通常実施権を有することから,当該実施権を除く,独占権の発現により使用者等が受けると想定される利益と解されている。 11この解釈に基づく対価額の算定方法は,日本特許権には妥当しても,使用者等が無償の通常実施権を得るという制度には,必ずしもなっていない外国特許権の対価額算定には妥当しない。 イ 特許法35条3項の対価請求権は,強行規定と解され,また,勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解されている。 すなわち,使用者等の定めた勤務規則の定め,あるいは,使用者等と従業者等との合意に基づく対価額は,同条4項の対価額算定の考慮要素とはされていない。 これに対して,外国特許法においては,必ずしも対価請求権は強行規定とされているとは限らず,また,特に米国においては,対価額は当事者間の譲渡契約で定められた額とされているのである。 この職務発明に係る外国特許権(特許を受ける権利)の承継対価につき,日本特許権(特許を受ける権利)を前提に,対価請求権を強行規定とし,当事者間で定めた対価額は考慮要素としないとする同条を適用することは,外国特許法での従業者等の保護内容以上の保護を日本特許法で与えることになる。 ウ 外国特許権について特許法35条の適用を認める立場は,発明を奨励するという同法1条の目的の達成のために従業員発明者を保護すべきであるとの前提で,従業員発明者がいずれの国においても保護を受けられない事態が生じることを回避するというものであるが,従業員発明者の保護に偏する場合は,発明の母体たる使用者企業の経営を圧迫し,発明に対する投資へのインセンティブを減退させることにもなり,特許法の究極の目的である,我が国の産業の発達に寄与することにはならないから,相当ではな12い。 エ 特許法33条及び34条に規定される「特許を受ける権利」とは,日本の特許を受ける権利のみを意味するが,同法35条3項における「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利をも含むと解釈することはできない。 オ そもそも,職務発明の補償金の算定において外国の特許から得られる利益をも考慮するか否かは,我が国の産業政策ないし立法論の問題であるが,平成16年法律第79号による特許法35条の改正の立法過程においては,少なくともこれを肯定する見解はとられていない。 ? 争点2(原告は,本件発明の共同発明者であるか。)について(原告の主張)ア 医薬品の物質発明の場合の合成系研究者及び生物系研究者の協働関係医薬品の物質発明,すなわち創薬は,一般に,@疾患の選択,A薬物標的の選択,Bバイオアッセイの確立,Cリード化合物の発見,D構造活性相関の検証,E薬理活性の基本骨格の同定,F標的との相互作用の向上,G薬力学的特性の向上,H薬物の特許取得という経過をたどる。 Cのリード化合物とは,目標とする薬理活性を有しているが,その強さが弱い,物性が悪いなどの医薬品として具備すべき条件を充たしていない化合物のことであり,「出発化合物」とも称され,薬物開発の出発点となるものである。 また,Dの構造活性相関の検証は,一般的には「スクリーニングテスト」と呼ばれているものと表裏一体のものである。すなわち,目標とする活性を持った化合物(リード化合物)の構造が決定されると,医薬化学者は,リード化合物に修飾を施し,その化合物の構造活性相関の研究を開始する。その研究の目的は,当該化合物(分子)のどの部分が,生物学的活性に重要なのか(目的医薬品の働きを高めることができるか)又はそうで13ないのかを明らかにすることである。このような目的達成のため,もとの分子の構造を少しだけ変えた一連の化合物を合成し(合成系研究),動物や細胞等を用いてその生物活性を検証していく(生物系研究)のである。 具体的には,合成系研究者において構造を少しだけ変えた化合物を合成した後,生物系研究者において動物や細胞等を用いてそれらの生物学的性質を検討し,目的とする活性の有無・強弱によりふるい分けをし,その後,合成系研究者が,合成した化合物の構造を更に変化させた化合物を合成し,生物系研究者が,同じように生物学的性質によってふるい分けを行い,目的化合物に一歩ずつ近づく。このような過程を何度も繰り返すことによって,目的とする性質を持つ化合物,すなわち,医薬品の候補化合物にたどり着くのである。 このように,医薬品の発明に至るには,合成系と生物系の高い専門性を持った共同研究が必要不可欠である。 イ 本件物質発明の成立過程( ) 原告の主体的な関与ア本件発明に至る発端は,被告が開発中であったカルテオロールに抗血小板作用があることを原告が発見したことにあった。そこで,薬物標的を血小板とし,疾患を動脈血栓症に規定し,血小板凝集測定というバイオアッセイを確立して創薬研究に突入した。このバイオアッセイである血小板凝集測定の方法は,当時,一般的ではなかったもので,これを用いたスクリーニングの方法は原告が確立したものである。 そして,カルボスチリル骨格を用いて誘導体をデザインし,合成し,血小板凝集阻害作用のスクリーニングに供した。それを繰り返してリード化合物の前段階のシード化合物に至り,さらに,リード化合物にたどり着き,生体内でも効くシロスタミドに至ったものである。ところが,シロスタミドが薬物として好ましくないという生物情報(心拍数の上昇14作用等)が得られたことから,抗血小板作用に加えて血管拡張作用を持たせるようにコンセプトを再考し,心拍数を上昇させないことをバイオアッセイしながら合成を進め,構造活性相関を研究して,抗血小板作用及び血管拡張作用を有するシロスタゾールに至った。原告は,脳血流増加作用,血小板凝集阻害作用及び心拍数増加指標という3要件の関係を明解に表した「代表的化合物のスクリーニング結果」の図を編み出して,これらの目標を達成する化合物の選択という困難な課題の解決に貢献した。 ( ) 本件発明におけるスクリーニングの実態イa 本件発明に至る過程で研究者が作成した月報では,合成系研究者が作成する月報(以下「合成部門月報」という。)(乙6の1〜6の53)において,スクリーニングを意味する「検索」という用語と生物実験の結果が継続的に記載されており,合成系研究者と生物系研究者とが,頻繁に情報をやりとりして,共通の課題である医薬品創製,すなわち,スクリーニングに取り組んでいたことが示されている。 他方,生物系研究者が作成する月報(以下「生物部門月報」という。)(乙7の1〜7の52)においても,「側鎖の2重結合は効力にあまり影響を与えないが,側鎖のつく位置は重要で のよOPC-3399うに5位にしたものでは明らかに効力が弱くなっている。骨格はオキシインドール骨格では効力が弱い。」(乙7の9),「血小板凝集抑制における作用は直鎖型が強いと思われた。」(乙7の12),「側鎖にテトラゾールを持つ化合物の中で,抑制効果が強かったのは,, であった。また の側鎖を5,6,7, OPC-3988 OPC-3971 OPC-39718位と換えたものは6位についた が最も強く,次いで7位 OPC-3971の で,5,8位の , はほとんど抑制効 OPC-3953 OPC-3996 OPC-3997果を示さなかった。また今回のスクリーニングの中でカルボスチリル15以外の骨格を有する化合物はほとんど抑制効果を示さなかった。」(乙7の51の1)と記載され,構造上の方向性の示唆や,構造と活性の相関についての考察を行っている。 このように上記月報には,生物系研究者が重大な構造上の方向性示唆を行い,また,構造と活性について考察を加えながら一連のスクリーニングを行っていたことが示されているから,これらのスクリーニングが,本件発明において必須であり,重要な役割を担っていたということができる。 b そもそも,スクリーニングとは,無数の化合物の中から目的とする1個又は数個の医薬品候補化合物を選択する作業であり,実際には,構造を比較できる対としてサンプリングされた化合物について生物活性を測定し,活性の弱い方をふるい落とし,残った化合物について構造要素が異なる次の対を合成,比較し,弱いものをふるい落とす,というように,筋道立てて合成と活性比較を繰り返していく手法により行われるものである。実際には,活性比較について明確に強弱判定することができない場合も多く,その場合,より多くの構造比較が必要となる。すなわち,優良な生物活性測定系がなければ,一連のスクリーニングに供さなければならない合成個数は増加の一途をたどるのであり,迅速かつ正確な生物活性測定がスクリーニングの生命線なのである。 ここで,公知の方法を用いてスクリーニングを行うのは通常のことではあるが,当該公知の方法が,個別の目標に即した測定方法ではない場合,当該方法をそのまま用いた実験を何度繰り返しても化合物を合理的に選択することはできず,何らの成果も果たし得ない。 原告は,被告が公知の方法として主張する丁による実験の方法について,その問題点を認識し,@使用する専用試験管及び攪拌子のサイ16ズを統一することにより血液が攪拌される速度を一定化し,A被検サンプルと対照とするサンプルとを常に時間的に「対」として実験を行うことにより,血小板の凝集活性が時間とともに変動するという問題を解決した。また,当時まだ珍しかったシリコンを調査購入し,使用するガラス器具の表面処理等の施策により血小板の活性変化そのものを最小限に抑えるなどの方策も施した。さらに,原告は,B多くの化合物を効率よくスクリーニングするため,同時に複数のテストが可能となるような測定機械の改良と,1回の測定に要する血液量を減らすための改良を機械メーカーに特注し,また,C血小板は凝集と放出という2つの主要機能を持つところ,ヒトではなくウサギの血小板を用いれば,凝集を計るだけで当該2つの機能に対する評価が可能なことを発見し,ウサギ血小板をスクリーニング系に採用したのである。 ( ) 被告の主張に対する反論ウa カルテオロールに抗血小板作用があることを発見したのは丁であるとの主張について被告は,被告による特許出願(特開昭50-82218号(特願昭48-125930号),出願日昭和48年11月10日,発明の名称「血栓症の予防および治療剤」)(甲10)(以下「甲10出願」という。)の明細書に記載された実験(以下「甲10実験」という。)の結果を示し,カルテオロールの抗血小板作用を発見したのは原告ではなく,丁である旨主張する。 しかし,上記実験結果は,カルテオロールがシロスタゾールの1000倍ないし100万倍もの凝集阻害作用を持ち,投与量を増やすと作用が弱くなるという不自然な結果を示すなど,科学的に看過できない全く誤ったものであり,再現性を欠くという,科学的に意味のない誤った実験結果であった。 17原告は,上記実験結果に再現性がないことを見いだし,独自に創意工夫を施した実験方法による実験を行ったことにより,初めて,抗血小板作用を実証したのである。 また,原告が被告に入社した昭和48年9月は,カルテオロールの化合物群の創製後であり,本件発明の対象である本件誘導体群の研究開始時期である昭和49年の直前であるが,被告における血小板研究は,原告入社後に原告が中心となって行ったものであり,甲10出願の明細書に記載されたデータは,原告が行った初期実験のデータであって,原告がカルテオロールの抗血小板作用の発見者であるとしても,何らの不自然さはない。 b 血管及び血小板を薬物標的にすることは明らかになっていたとの主張について被告は,甲10出願の出願時点で,同出願に係る書類に示されているように,血管及び血小板を薬物標的にすることは明確に分かっていたのであり,この標的の選択に際しての原告の貢献はない旨主張する。 しかし,血管を標的としたのは,シロスタミドから更に展開を図った時期,すなわち,シロスタミドに心拍数の上昇作用等の情報が得られ,血管拡張作用を持たせるようにコンセプトを再考した時期以降である。血小板についての研究も,当初,緒に付いたばかりで,明確に薬物標的とするほど一般化してはいなかった。 なお,甲10実験の結果は,上記aのとおり,科学的に何らの意味のないものであるから,甲10の記載によって,薬物標的が既に明確になっていたということはできない。 c バイオアッセイの確立は公知の測定方法が使用されたにすぎないとの主張について被告は,本件発明の過程で採用された測定方法は,既に,甲10実18験において採用された公知の方法である, 社製のアグリゴ BRYSTONAggregometer Born, G.V.R., Nature, 194, メーター( )による比濁法[( )および ( )]のうちの 927-929 1962 O'Brien, J.Clin. Path., 15, 452-455 1962前者の方法(以下「ボーンの方法」という。)が用いられたにすぎない旨主張する。 しかし,ボーンの方法では,超遠心分離器という本件発明に関わる実験とは全く関係のない器械に使われる試験管を流用し,汎用の光学強度測定器により血小板凝集を測定しているところ,光学強度の測定は,連続的にではなく30秒間隔で手作業で読取り及び記載を繰り返し,後にグラフ用紙に記入されるというものである。ここでは,30秒間隔の測定ごとに多血小板血漿の攪拌(凝集惹起には攪拌が必須である。)を停止させているが,活性変化の激しい血小板について,30秒に1回攪拌を停止することは,正確な活性評価に致命傷となるものである。そして,30秒間隔で攪拌の開始及び停止を繰り返し,メーターを手作業で読み取る作業は,極めて煩雑である上に,1回の測定に3 の多血小板血漿を使用しており,多数回の測定は困難であ mlる。このように,被告が指摘する公知の方法は,正確な活性比較からはほど遠い方法である。 したがって,本件発明は,原告によるスクリーニング系の構築があって初めてなし得たものである。 d 本件発明における合成は慣用技術ともいえる生物学的等価性の知見に基づきされたとの主張について被告は,本件発明において重要な過程であった,テトラゾール基の導入合成も,医薬化合物の合成系研究者においては慣用技術ともいえる生物学的等価性( )の知見に基づきなされたものであ bioisosterismり,原告が関与し,寄与する余地はない旨主張する。 19しかし,テトラゾール基導入後のスクリーニングも,原告の技術的思想の創作による独自の測定方法をもって実施していること,テトラゾール基導入後の化合物構造変換には,アミド体をスクリーニングする過程で得られた構造と生物活性の相関情報を必須情報として利用したことからすれば,テトラゾール基導入後における構造活性相関情報も,乙と原告とが主となり構築したものであることは明らかであり,テトラゾール基導入が慣用技術の知見に基づくことは,原告の発明者性を否定する論拠となるものではない。 ウ 他の特許の発明者との整合性被告は,特許第2964029号の特許権を有している(甲12,以下「甲12特許」という。)ところ,この特許に係る発明と本件物質発明の過程はほとんど同じであるにもかかわらず,この特許では原告が共同発明者として記載されている。 また,被告が出願登録している他の特許についてみると,医薬品に関わる物質特許と考えられるものについては,平成元年を境に,生物系研究者が発明者として加えられるようになっており,被告の発明者に対する考え方に関する変貌が明らかである。 エ 共同発明者である丙及び乙の認識本件発明の合成系研究責任者である丙は,著書(「創薬:十六年間( )の軌跡」(甲11)において,「合成分野では乙が中心に 1972-1987なり, と実に精力的に誘導体の合成を行うとともに, ester type, amide type1-位置換 基が の になり得るのではと考え始めて tetrazole ester bioisoster実証して の創製に結びつけた。…薬理生化学分野では甲が中心 Cilostazolとなり,開発の方向を模索しながらスクリーニングを行い抗血小板剤として仕上げた。他に最初に手掛けたのが丁であり,戊が協力した。乙と甲のコンビが多くの壁を乗り越えて目的を成就したのであった。」(53頁220〜9行)と記載しており,原告が医薬品としての方向を見据えつつスクリーニングを継続実施したことにより本件発明を完成させ,さらに,開発の方向も決定したことが示されている。 また,乙は,本件発明における原告の貢献として,「私が抗血小板剤(血小板凝集阻害剤)の合成を始めた時(昭和49年),甲から『血小板凝集阻害作用を,以前はうまく測定できなかったが,改良して再現性のある良い試験法が確立できた』との報告を受けました。事実それ以降,合成した化合物の信頼性のある生物活性(血小板凝集阻害作用)データにより得られた構造活性相関をドラッグデザインに生かし,最終的にシロスタゾールに到達することができ,またシロスタゾールを含む物質特許を昭和54年に出願することができました。…これには,上述しましたように,創薬(医薬品の発明)には信頼性のある薬効評価法の確立と継続的実施が必須であり,シロスタゾールの創製においても,甲が行いました信頼性のある血小板凝集試験法の確立(改良)と,その方法を用いてのスクリーニングの実施が大きな貢献をいたしました。」と述べ,さらに,特許出願書の作成においても,原告の関与なしには生物系部分の記載をなし得なかったことを記載して,「甲が共同発明者であることは明らか」であると結論付けている(甲14)。 オ 原告が被告社内外で表彰等を受けていること原告は,平成元年(1989年)6月29日,被告において,「第25期社長賞」を受賞している。表彰理由は,「血小板凝集抑制作用の生化学的な解明につとめ,抗血小板薬プレタールの特性を発見,新たな医療への可能性を見いだしたことを認め,当該知見は,学問的に評価されるのみならず,被告研究所の活性化にも大いに貢献した」というものであった(甲15)。 さらに,原告は,平成12年(2000年)3月28日,乙及び丙とと21もに,財団法人日本薬学会の「平成12年度技術賞」(現在の創薬科学賞)を受賞し,抗血小板剤シロスタゾールの研究開発に関し,特に独創性に優れた医療に大きく貢献した学術応用上の成果を称えられた(甲16)。 カ 原告が,シロスタゾールを含む化合物群の物質に関する学術論文等を著作していること一般に,医薬品の科学論文は,特許防衛後に,その内容を含めて科学界に発表するのが通例であり,発表に際しては,実際の研究実施者は漏れなく記載することが,科学界の不文律であるところ,シロスタゾールを含むChemical and Pharmaceutical 化合物群の物質特許の内容を含む論文は,に投稿されており,それには原告名が明記されている(甲17の Bulletin1)。 キ小括以上から,本件物質発明に至る過程において,生物活性測定すなわちスクリーニングを担当した原告は,単なる補助者ではなく,発明者の一人である。 (被告の反論)ア 原告の主張についての認否( ) 原告の主張アは,それに沿う記載のある文献(甲6)があることはア認めるが,同文献は,平成13年(2001年)3月31日初版発行のものであり,本件発明当時(昭和54年)の方法とは必ずしも一致するものではなく,本件における創製過程とも異なる。 ( ) 原告の主張イ( )は否認する。カルテオロールに抗血小板作用があイアることを発見したのは,丁であり,これにより甲10出願が行われた。 また,薬物標的の選択,バイオアッセイ(テスト系の選択)は,公知の方法が用いられたものである。原告は,発明者が合成した化合物の薬効薬理を公知の測定方法で測定し,その結果を発明者に報告する作業をし22たにすぎない。 原告の主張イ( )は争う。 ウ( ) 原告の主張ウのうち,原告が甲12特許の発明者の一人であること ウは認め,その余の主張は争う。 甲12特許は,化合物群の創製(合成)の発明であるところ,原告は,同化合物群の創製には関与していたので発明者とされたのであり,他方,本件発明は,本件誘導体群の創製(合成)に関するものであり,原告の関与がなかったので発明者とされなかったにすぎない。 原告は,本件誘導体群の創製(合成),すなわち,物質発明の完成と,完成された本件誘導体群の中から,製薬として製造承認を受ける化合物(以下「開発化合物」といい,開発化合物につき製造承認を受けるための動物実験,臨床試験等のデータ等の採取活動を「開発活動」という。)を決定するための選別,さらには開発化合物の薬理機序ないし作用機序の研究とを区別せずに主張している。 本件に即していえば,カルボスチリル誘導体の創製(本件誘導体群の創製)により物質発明である本件発明が完成し,この本件誘導体群の中から,シロスタゾールが開発化合物に決定(スクリーニング)されたのである。 原告は,本件発明完成前では,合成部の丙及び乙が合成した化合物の薬理データを報告するだけで,化合物の構造決定(ドラッグデザイン)に係る提案,示唆などは一切していない。原告が本件製剤に貢献したのは,主としてシロスタゾールの薬理機序,作用機序を研究したことである。 これに対して,甲12特許に係る発明の場合は,原告が,本件誘導体群とは構造が異なるカルボスチリル誘導体の構造の決定(ドラッグデザイン)に関与したことから発明者となっているのである。すなわち,原23告は,既に,本件誘導体の用途発明(特許第2548491号,出願日平成4年7月10日,発明の名称「内膜肥厚の予防,治療薬」)(乙8)を完成しており,この用途発明は,本件誘導体の薬理効果により発明となるものであるから,原告が発明者の一人となったのである。そして,原告は,上記用途発明に連続する研究成果により,上記本件誘導体群とは構造が異なるカルボスチリル誘導体の構造決定に関与したことから甲12特許の発明者とされているのである。 ( ) 原告の主張エのうち,甲11及び甲14に,引用された記載があるエことは認め,その余は争う。原告が引用する記載には,乙が中心となって本件誘導体群を創製したこと,これに対して,原告は,開発活動として,本件発明完成後に,本件誘導体群の中からシロスタゾールを開発化合物に選定(スクリーニング)するなどの貢献をしたことが示されている。 ( ) 原告の主張オのうち,原告が記載された受賞等をしていることは認オめるが,表彰内容は,いずれも,シロスタゾール自体の合成ではなく,その合成後に,血小板凝集抑制作用の生化学的な解明,すなわち,薬効の作用機序の研究により,その特性の発見に貢献したことにある。 ( ) 原告の主張カのうち,原告が記載された論文の著者の一人であるこカとは認めるが,それによって,本件発明の発明者であることにはならない。 イ 本件発明における発明者及び原告の関与( ) 発明者概念ア発明者とは,当該発明の創作行為に現実に加担した者を指し,単なる補助者は発明者ではない。発明は技術的思想の創作であるから,思想の創作自体に関係しない者,例えば,研究者の指示に従い,単にデータをまとめた者又は実験を行った者は単なる補助者であって,発明者ではな24い。 原告は,合成部の合成した化合物の薬理データを公知の測定方法により測定し,その結果を丙及び乙に報告しただけであるから,単なる補助者であって,共同発明者とはいえない。すなわち,本件発明は,本件誘導体群を内容とする物質発明であるところ,物質発明における発明者とは,当該物質の構造の決定(ドラッグデザイン)に加担した者でなければならない。しかし,原告は,これには加担せず,その後の化合物群,特に,開発化合物として選定されたシロスタゾールの薬理機序,作用機序の研究について成果を上げた者であるから,本件発明の共同発明者ではない。 ( ) 本件特許と日本国特許権@及びAイ日本国特許権@の化合物群にはシロスタゾールは含まれておらず,シロスタゾールが発明対象である化合物群の一つに掲げられたのは,日本国特許権Aの出願が最初である。 本件特許の出願は,日本国特許権@の特許請求の範囲記載の発明に,日本国特許権Aの出願を加味して行われたが,日本国特許権A及び本件特許の出願時には,シロスタゾールの薬理試験は完了していなかったため,その薬理効果は日本国特許権Aの出願明細書,あるいは,本件特許の公報に記載されていない。 ( ) 本件発明をめぐる経緯ウa時系列本件発明をめぐる経緯について時系列で記載すると,以下のとおりである。 昭和47年1月 カルテオロールの合成4月13日 カルテオロールを含む化合物群の製造法の特許出願25昭和48年9月 原告が被告に入社11月10日 カルテオロールの抗血小板作用に基づく「血栓症の予防および治療剤」の特許出願昭和49年 抗血小板剤の合成研究開始昭和50年以降 エステル体からアミド体の合成及びその特許出願昭和52年3月 シロスタミド( )の合成OPC-36896月10日 アミド体の特許出願昭和53年6月 テトラゾール誘導体の合成9月1日 本件特許の優先権主張となった日本出願(日本国特許権@に係る出願)(特開昭55-35019号)昭和54年7月 シロスタゾール( )の合成OPC-130138月25日 日本国特許権Aに係る出願8月29日 本件特許出願昭和55年10月 シロスタゾールを開発化合物に選定11月6日 日本国特許権Aに係る出願の手続補正書提出(シロスタゾールの記載追加)昭和56年7月7日 本件特許の登録昭和58年12月6日 日本国特許権Aに係る出願の手続補正書提出(シロスタゾールを実施態様項に掲げる)昭和61年1月 本件製剤の製造承認申請昭和63年1月 本件製剤の製造承認平成元年6月29日 原告が被告社長賞を受賞平成4年7月10日 原告を発明者の一人とする本件誘導体の用26途発明についての特許権(特許第2548491号)に係る出願平成7年10月5日 甲12特許の出願平成11年1月15日 本件製剤の米国内製造販売承認平成11年8月29日 本件特許の存続期間満了b カルテオロールの合成? 被告は,昭和47年(1972年)1月,β- (交感神Blocker経遮断薬のうち,交感神経のβ受容体の興奮によって現れる作用(β効果)を遮断する薬物)であるカルテオロールを合成していた。 カルテオロールは,狭心症,心臓神経症等を適応症とする製剤ミケランの有効成分であり,カルテオロールを含む一群の化合物の製造法の特許は,昭和47年4月13日に出願され(乙2の1),昭和51年11月18日に登録された。 この構造がカルボスチリル骨格であり,この骨格の5位の位置に「側鎖」が結合されているのがカルテオロールであり,6位の位置に側鎖が結合されているのがシロスタゾールである。 ? 丁によるカルテオロールの抗血小板作用の発見昭和48年ころ,被告の徳島研究所生物研究部課長待遇であった丁は,カルテオロールに,血小板凝集阻害作用(抗血小板作用)があることを発見した。この知見に基づき,被告は,同年11月10日,発明者を丁として,甲10出願を行った。 甲10には,以下の記載があるが, と略された化合物がカ OPCルテオロールであり,丁が上記発見をしたことが示されている。 27「本発明者は血栓の治療および予防に有効な薬剤について種々検索した結果,前記(原文では「前起」となっている。)構造式で示される5-(ヒドロキシ-3-t-ブチルアミノ)プロポキシ-3,4-ジヒドロカルボスチリル(以下「 」と称す)が低OPC濃度で特異的に血小板の凝集を阻止することを発見した。このの化合物について更に研究を行つた結果,この化合物を人 OPCを含めた動物に経口または静脈内投与した場合に血栓の予防および治療に有効であることを見出した。」(2枚目右上欄12行〜左下欄1行)この点について,原告は,甲10に示された実験結果は,カルテオロールがシロスタゾールの1000倍ないし100万倍もの血小板凝集阻害作用を有するという誤ったものであり,科学的に意味がない旨主張する。 しかしながら,誤った実験結果の記載であっても,カルテオロールに抗血小板作用(血小板凝集阻害作用)があることを見いだしたのは,丁であり,この丁の知見に基づき,本件誘導体の創製研究が開始された。このことは,甲10出願が昭和48年11月10日であるのに対し,本件誘導体群の研究開始が昭和49年であること,丙の著書「創薬」(甲11)に,「 に,β-遮断作用以外 Carteololに弱いながらも血小板凝集抑制作用のあることが,その開発過程で明らかにされた。この血小板凝集抑制作用に興味を持った。最初はどの分野の治療薬へ導くのが最適であるのか深く考えないまま,丁度抗炎症剤の合成研究が行われていたので,そのスクリーニング系を利用することにして,血小板凝集抑制作用を有する抗炎症剤の創製を目指してとりあえずスタートした。」(34頁1行〜6行)及び「他に最初に手掛けたのが丁であり,戊が協力した。」(53頁288行)との記載があることから,裏付けられるものである。 また,カルテオロールの化合物群の創製後であり,本件誘導体の研究開始時期である昭和49年の直前である,昭和48年9月に入社した原告が,カルテオロールの抗血小板作用があることを最初に見いだした者とは到底いえない。 ? 薬物標的の選択が行われていたこと甲10には,以下のような記載があり,薬物標的が明確になっていることが記載されている。 「しかしながら,循環系疾患の中でも虚血性疾患,動脈硬化症および脳血栓症については有効かつ信頼性のある治療薬剤および治療手段はいまだに確立されていない。…血栓は,血管内を流れる血液が固化したものである。そしてこれが形成される機転およびそれにより生じる病態を血栓症と称している。血栓は血小板が『ひきがね』となり,血管損傷部の補強および連続性出血の防止に役立つ反面,血管内腔を閉塞させてしまい,あるいは血流によつて他の部位に運ばれ,臓器,体肢等の血管を閉塞させ,塞栓閉塞を起すという面をもつている。従つて心臓,肺,脳等の主要臓器に血栓が形成された場合は重篤な症状を呈する。即ち,脳血栓(塞栓),心筋梗塞(原文では「硬塞」となっている。),肺梗塞(原文では「硬塞」となっている。)として知られるものである。…血管壁の性状が変化し,二次的に血栓が形成かつ伸展され易い(松岡聰三:出血性素因と血栓症)。血栓形成の成因として@血液の性状の変化,A血流の変化,およびB血管壁の変化の3つがあげられる。…ここで血小板が『ひきがね』として働き正常な流血中では血小板凝集と解離,凝固と線溶がダイナミツク・バランスを保つているのであるが,ストレス,病的状態によつてこ29のバランスがくずれると血栓が起る。」(1枚目右欄5行〜2枚目右上欄3行)この点,原告は,シロスタミドの問題点が判明して,研究のコンセプトの再考がされた際に薬物標的の変更が行われたものであり,その際の原告の関与を主張するが,乙,原告及び丙による「抗血小板剤シロスタゾールの研究開発」(甲8)において,「この時点までの目標は血栓形成に関与する血小板のみに作用する薬剤であったが,虚血性疾患である血栓症の臨床での治療効果を考えた場合,抗血小板作用に虚血部の血流増加作用(血管拡張作用)を付加すれば,臨床での症状改善をも期待できると考え,『血管拡張作用のある抗血小板剤』をめざすこととした。対象疾患(臓器)は脳梗塞(脳),心筋梗塞(心臓)及び慢性動脈閉塞症(四肢)が考えられたが,医療ニーズの一番高い脳梗塞を選択した。したがって,抗血小板作用と脳血流増加作用(脳血管拡張作用)の両作用を有する化合物を目標に,スクリーニングは脳血流増加作用を追加した以下の系で行った。」(1251頁左欄31行〜右欄4行)と説明されているように,創製する化合物の目標(コンセプト)の変更に伴って,薬物標的も血小板から,血小板及び血管とされただけである。 ? 測定方法が公知のものとなっていたこと甲10出願の明細書には,薬理試験として,「測定法は社製のアグリゴメーター( )による比濁法 BRYSTON AggregometerBorn, G.V.R., Nature, 194, 927-929 1962 O'Brien, J.Clin. Path., [()および( )]に従った。」(2枚目右下欄3〜7行)と記載 15,452-455 1962されているが,この前者の測定方法(ボーンの方法)は,日本国特許権Aにおける「血小板凝集抑制作用」〔薬理試験1〕の測定方法(乙1,13枚目右下欄(50欄)17〜19行)と同じものであ30り,測定方法が公知のものとなっていたことが示されている。 c エステル体とアミド体の合成カルテオロールの合成後,カルテオロールの側鎖を,種々の基に置換することにより,抗血小板作用を有する化合物の合成を目的とする研究が,被告の当時の徳島研究所合成研究部において,丙及び乙により開始された。 まず,カルボスチリル骨格の6位の側鎖をエステル体とする一群のin 化合物を合成したが,該化合物群は,「目標の活性に到達したが,ではエステラーゼによりカルボン酸()に代謝され不活性となっ vivo 26た。したがってこれをリード化合物として経口投与( )で活性in vivoを示す化合物の探索研究を続け,アミド誘導体(A)を見出すことができた」(甲8,1248頁左欄下から4行〜右欄2行)とされているように,アミド体へと研究の対象が移っていった。 このアミド体の一つの化合物であるシロスタミド( )はcilostamide「強い血小板凝集阻害活性とマウス肺塞栓モデル(経口投与)で抗血栓作用を示し,目標の生物活性に達していたが,イヌ(経口投与)での心拍増加作用が強く開発を断念せざるを得なかった」(甲8,1250頁左欄7〜11行)ものである。 d テトラゾール誘導体の合成? 被告においては,昭和53年6月ころから,シロスタミドに代わる次の候補として,テトラゾール誘導体(1位置換テトラゾール誘導体,正確には,テトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体)の創製研究が始められた。 その結果創製(合成)された一群の誘導体(ただし,シロスタゾールは含まれていない。)を対象として,昭和53年(1978年)9月1日に,本件特許権の優先権主張の基礎となる日本国特許31権@の出願が行われた。 ? その後,昭和54年7月にシロスタゾール( )の合成OPC-13013が行われた。また,それまでに創製した化合物群の一部についての薬理効果の確認が行われており,それを踏まえて,被告は,日本国特許権A(乙1)の出願,日本国特許権@の出願に日本国特許権Aの出願の内容を加味して,本件特許の出願を行った(したがって,本件特許出願の化合物群にはシロスタゾールが含まれている。)。 ? ただし,日本国特許権A及び本件特許の出願時点では,製造承認申請する開発化合物の選定,すなわちスクリーニングが終了していなかったため,出願明細書の特許請求の範囲では一般式で示される化合物群が記載されている。 そして,これら化合物群の薬理効果の測定方法については,日本国特許権Aの出願明細書(乙1)上,次のような公知の方法が,すなわち,血小板凝集抑制作用に関してはボーンの方法が(13枚目右下欄(50欄)17〜19行),サイクリツク ホスホジエAMPステラーゼ阻害作用に関しては「バイオシミカ・エ・バイオフイジカ・アクタ( )第 巻 〜 頁 Biochimica et Biophysica Acta 429 485 4971976 Biochemical ( 年)」及び「バイオケミカル・メデイシン()第10巻, 〜 頁( 年)」に記載された方法 Medicine 301 311 1974が(15枚目右下欄(58欄)4行〜16枚目左上欄(59欄)3行),脳血流増加作用に関しては「ジヤーナル・オブ・サージカル・リサーチ( ),第8巻,第10号, 〜 J. of Surgical Research 475頁( 年)」に記載された方法が(16枚目右下欄(62 481 1968欄)下から5〜末行),降圧作用に関してはテイル・カツフ法( )が(17枚目右上欄(64欄)3〜5行),それぞれ Tail Cuff記載されている。 32? また,日本国特許権Aの出願時点において,シロスタゾールの薬理試験は完了していなかったため,その明細書(乙1)上,以下のとおり,シロスタゾールの薬理効果は記載されていない。すなわち,@薬理試験1(血小板凝集抑制作用)に関する記載(13枚目右下欄(50欄)15行〜15枚目右下欄(58欄)第2表),A薬理試験2(サイクリツク ホスホジエステラーゼ阻害作用)に関 AMPする記載(15枚目右下欄(58欄)1行〜16枚目右下欄(62欄)第3表),B薬理試験3(脳血流増加作用)に関する記載(16枚目右下欄(62欄)1行〜17枚目右上欄(64欄)第4表)及びC薬理試験4(降圧作用)に関する記載(17枚目右上欄(64欄)1行〜右下欄(66欄))のいずれにも,シロスタゾール(6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリル)は含まれていない。 (e) 被告は,その後,化合物群であるテトラゾール誘導体をスクリーニングし,かつ,その薬理効果の比較検討をし,日本国特許権Aの出願後である昭和55年10月,シロスタゾールを開発化合物に選定した。 したがって,日本国特許権Aの出願において,昭和55年11月6日付け手続補正書により,シロスタゾール(6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリル)に関する記載を追加し(乙1,22枚目右下欄),さらに,昭和58年12月6日付け手続補正書により,シロスタゾールを第2,4,6,8,10及び12項の実施態様項として具体的に掲げる補正を行ったものである。 これに対し,本件特許においては,上記のような補正はされていない。 33( ) 生物学的等価性の観点からみたシロスタゾールの創製の経緯 エ以下では,生物学的等価性の観点からシロスタゾールの創製の経緯をみて,原告の関与の程度を検討する。 a 側鎖の選択シロスタゾールの合成研究は,抗血小板作用の認められたカルテオロールの側鎖(官能基)を種々の基に置換することによりなされたが,この置換基の選択は,生物学的等価性( )等の知見に基 bioisosterismづき行われた。乙,原告及び丙が「薬学雑誌」に掲載した論文「抗血小板剤シロスタゾールの研究開発」(甲8)では,以下のように説明されている(1251頁右欄下から7行〜1252頁右欄3行)。 「2-4. シロスタゾール( )cilostazolbioisosterism 医薬品化学における古典的な構造変換方法として,の概念があり,エステル基とアミド基は互いに である。bioisosterその代表的な例としてカルボン酸(B)と テトラゾール(C) 1H-が広く知られているが,本探索研究においてはカルボン酸誘導体(D,例: )が不活性(血小板凝集阻害作用)であるため,この 26概念は使えない。しかしエステル体(E,例:4)は高活性であつたため, テトラゾールの1位に置換基を導入した化合物(F) 1H-はエステル体(E)のように活性を示すかも知れないと考え,1位置換テトラゾール誘導体を合成した( )。これまでに得られた Fig.3構造活性相関の知見を参考に,テトラゾールの1位置換基にアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,シクロアルキルアルキル基Table5 などを選択して合成し,その代表的な化合物の生物活性をに示した。」b 生物学的等価性( )bioisosterism? 生物学的等価性とは,医薬化合物の構造設計(ドラッグデザイ34ン)に際して,置換基の選択等の指針に用いる概念であり,「最新創薬化学上巻」(乙5)(以下「乙5文献」という。)において,次のように説明されている。 「等価性( )の概念に基づく分子の変換とは,活性分子 isosterism上の原子や原子団を,それと同等の電子的または立体的配置をもった他の原子や原子団に置き換えることを意味する。等価性という用語は,1919年に物理学者 により導入された Langmuirもので,主に等価分子( )間の物理化学的性質の isosteric molecule関連性に興味があった。一方, (1951年)は,たと Friedmanえ物理化学的な類似性が明確でなくても,化合物に共通の生物学的性質があるとき,生物学的等価性( )という言葉 bioisosterismを用いている。」(乙5,236頁9〜14行)「生物学的等価性( )の概念: と の bioisosterism Friedman Thornber定義生理活性分子の設計における等価性の概念の有用性を認識し,は同じタイプの生理活性をもつ等価体をより広い定義に Friedman適合させ,生物学的等価体( )と呼ぶことを提案した。 bioisostereこの定義はすぐに受け入れられ,現在一般的に用いられている。」(乙5,240頁1〜4行)「 によれば,生物学的等価体とは広く同様な生理効果を Thornber示し,化学的および物理的な類似性を有する原子団や分子を表す。」(乙5,240頁10〜11行)? そして,本件発明に関連する具体的な基(側鎖)についての生物学的等価性ないし等価体については,乙5文献において,次のように説明されている。 「1. カルボキシル基の代替基35活性化合物中のカルボキシル基は,…,またはテトラゾールや…などの平面性の酸性ヘテロ環や,非平面性の硫黄またはリンを含む酸性基への変換が検討されている(表13.8)。 …平面構造の酸性ヘテロ環の代表例は,テトラゾールと…である。 テトラゾールのメディシナルケミストリーは総説となって,さまざまな領域で最近の例が報告されている。テトラゾールへの代用は,その応用が広い分野で行われている。」(248頁3〜250頁3行)「2. エステル基の代替基エステルからアミドへの変換(…)は,古典的な等価体の例としてすでに図示している。…これらの古典的変換に加え,ベンゾジアゼピンやムスカリン受容体の一連のリガンドのカルボン酸エステル代替基として,オキサゾールや チアゾールが広く用いられている」 1,2,4- 1,2,4-(253頁4〜13行)c 本件における合成の経緯本件では,まず,側鎖をエステル基とする一群の化合物を合成したが,動物体内において不活性となったので,乙5文献において古典的変換と説明されているエステル基からアミド基への置換を試みた。ところが,そこで開発化合物として有力視されたシロスタミドも,心拍数増加作用が強かったことから開発を断念し,エステル体のカルボキシル基( )を生物学的等価体であるテトラゾール体に置換し -COOHた一群の化合物を合成していったものである。 この経緯を,乙,原告及び丙は,上記aで示したとおり説明している(甲8,1251頁右欄下から7行〜1252頁右欄3行)。 36すなわち,生物学的等価体の代表例として,カルボン酸(B)とテトラゾール(C)が周知であったが, 1H-カルボン酸誘導体(D)が血小板凝集阻害作用がなかったため,カルボン酸(D図の枠線内)を テト1H-ラゾール(C)に変換することは意味がない。 ところが,エステル体(E)は高活性であったため, テトラゾールの1位に置換基を導入した化合 1H-物(F)をエステル体(E)のように活性を示す可能性があるとして,1位置換テトラゾール誘導体(その一群の化合物を以下「テトラゾール体」という。)を合成していった。 そして,この経緯について,「このように からの推論 bioisosterismは的を射て凝集阻害活性を発現し,また目標の脳血流増加作用も有していたが,…」(甲8,1252頁右欄13〜15行)と説明しているのである。 37以上の経緯を図示すると,以下のようになる。 ( ) 月報の記載オa 乙作成の合成部門月報(乙6の1〜6の53)乙が作成した合成部門月報における本件に関係する記載及びその意味は,以下のとおりである。 ? エステル体の合成研究@ 昭和49年12月(乙6の2,2枚目)「カルボスチリル誘導体の合成- stimulants 3,4 - dihydro - β 様化合物の末梢血管拡張剤として,を母核とした下記の化合物(T)を合成した。 carbostyril…又 血小板凝集抑制剤として, 誘導体を 3,4,5-trimethoxyphenyl3種(U〜W)を合成した。」A 昭和50年2月(乙6の3,2〜3枚目)「カルボスチリル誘導体の合成38)血小板機能抑制剤の合成 1血小板機能抑制剤の検索を以前より行ってきたが,第3研生化学部門及び での における1次 の結果活 Pan Labs. in vitro screening性を有するものが種々見い出されている(原文では「見い出させている」)。活性物質を大別すれば,次の3種類に分類される。 glycerol deriv.@)…-blockerA)β…carboxylic esterB)OPC-3093 etc.()@)及びA)に関しては昨年大部分合成を終了している。 本月よりB)の の化合物から,より高活性な carboxylic ester type物質の検索及び特許拡大のための合成を開始した。」B 以上のとおり,乙6の2,6の3では,β遮断剤として合成したカルテオロールの類縁化合物に血小板凝集作用(抗血小板作用)があることが判明しているので,エステル体の合成を開始したことが記載されている。なお,乙6の3の「第3研生化学部門」とは,原告が配属されていた第3研究室の生化学部門であるが,同部門に薬理活性の分析()を依頼した結果が届いて in vitroいることが記載されている。 ? エステル体の合成の終了@ 昭和50年5月(乙6の6,2枚目)「カルボスチリル誘導体の合成本年2月より血小板機能抑制剤として一般式(T)で示されるカルボスチリル誘導体及びその関連化合物の合成をより高活性物39質の検索及び特許取得のために合成を行って来た。本月にてこのエステルタイプの化合物については一応終了した。 …合成検体を構造活性相関検討のため数個薬理試験に依頼した。」A 昭和50年6月(乙6の7,2枚目)「これまでに,血小板機能抑制剤として,一般式(T)で示されるカルボスチリル誘導体の合成を行い,生化学部門で のin vitro生物試験の結果 が,最も活性が強いことが明白になっ OPC-3162た。 そこで,今月は,構造活性相関を検討するため,数種のエステル誘導体(U〜X)ならびに,新しいタイプ,すなわちのエステル基をメチレン,および酸素に変換したアル OPC-3162キル体(Y),エーテル体(Z),([)を合成した。」B ここでは,エステル体の合成を終了すること,及び合成したエステル体の構造活性相関を検討するため,原告が配属されていた生化学部門に薬理試験を依頼したことが記載されている。 この記載より,合成前に生化学部門に何らかの相談をするのではなく,合成後に合成化合物の薬理データを求めるため,薬理試験を依頼していることがわかる。 ? 昭和50年9月から昭和51年11月まで(乙6の8〜6の20)エステル体の中で抗血小板作用の高い の類縁化合物を OPC-3162合成したり,アミド体の合成を試みたり,急性毒性試験に提供する化合物の合成をしている。 ? アミド体,テトラゾール体の検討@ 昭和51年12月(乙6の21,2枚目)40「血小板機能抑制剤の合成を行っている。 @)本年7月より行ってきた下記式(T)の の 部のester alcohol変換 主として( )の合成を終え特許出願した。 amino alcohol…A)腎毒性の低減化( での安定性の向上) in vivo, は共に腎毒性が発現する。 OPC-3162 OPC-3599OPC-3162 OPC-3599 OPC-3360 イ)第三研毒性班で行われた , ,(カルボン酸)の亜急性毒性試験より,この3剤とも共通して腎毒性が発現すること。 ロ) , , の 投与後の尿中の OPC-3162 OPC-3599OPC-3360 rat,p.o析出(不溶)物が であること。(前月月報参照) OPC-3360以上より 類縁化合物において, で安定性と腎 OPC-3162 in vivo毒性の発現はパラレルと考えられる。 それ故,a)エステル基のエステラーゼに対する抵抗性をもたせること b)エステル基を生体内で安定な官能基に変換することの二点について検討を開始した。」A 昭和52年1月(乙6の22,2枚目)「@)エステル基を安定な官能基への変換生体内で不安定なエステル基を他の安定な官能基へ変換すべく検索を開始した。 …Rとして, へ変換した thiadiazole, tetrazole, triazole, pyridine etc化合物の合成を下記により始めた。」B 昭和52年2月(乙6の23,2〜4枚目)「T)エステル基をアミド基への変換エステル基を他の安定な官能基への変換としてまずアミド基41への検討を行った。以前の によりアミド基を有する bioassayは10 オーダーでの活性の強さであった。…そこで, OPC-3457-4本月はアミド誘導体として,イ) 無置換アミド,ロ) 置 N- N-1換アミド,ハ) 置換アミドの合成を行い,3研生化学へ N,N-2を依頼した。その結果が,アミド誘導体における構造 bioassayと活性の相関として次の2点が判明した。 a)アミド基として 置換体(原文では「置体」となっ N,N-2ている。)が最上である。 b)骨格は真性体が,ジヒドロ体より良好である。 3,4-…V)エステル基を置換テトラゾールへの変換置換テトラゾール基へ変換した化合物2種の の結果bioassayは低活性であったが,テトラゾールがカルボン酸に替り得ると考えられるため置換テトラゾールを今後も行う予定である。」C ここでは,動物で行った急性毒性検査により,エステル体に問題があることが判明し,エステル基を他の基へ置換することが検討されたが,その置換基の候補としてアミド基のほか,テトラゾール基が掲げられていること,そして,エステル基をテトラゾール基に置換した合成化合物の (ここでは動物試験の意 bioassay味)の結果は低い活性しか示さなかったので,エステル基のうちのカルボキシル基をテトラゾール基に置換した化合物の合成を予定していることが記載されている。そして,乙6の23でも,第3研究室である生化学部門に,化合物の合成後に を依頼bioassayしている。 ? アミド体,シロスタミド( )の合成 cilostamide OPC-3689@ 昭和52年3月(乙6の24,2〜4枚目)42「A)アミド誘導体の合成エステル基を生体内で安定な官能基への変換としてアミド基50 への検討を行い, ジ置換アミドである (EC N,N- OPC-3670=10 が得られた。…そこで,アミドのアミン部の検討-5Mを行い,活性が に劣らない を得た。 OPC-3162 OPC-3689…B)チアジアゾール誘導体及びテトラゾール誘導体の合成1,3,4- エステル基を生体内で安定な官能基への変換として,チアジアゾール環( ),テトラゾール環 OPC-3685( )を有する化合物の合成を行った。」 OPC-3695A 昭和52年4月から昭和53年10月まで(乙6の25〜6の42)シロスタミドの類縁化合物の合成,特許出願,大量合成方法の研究に入っている。なお,シロスタミドの類縁化合物の合成は,昭和53年11月までが主な期間であるが,一部の類縁化合物の合成はシロスタゾール合成の昭和54年8月以降も継続された。 B 昭和53年3月(乙6の36,2枚目)PDE inhibitors「A)血小板機能抑制剤 に 阻害作用を有していること OPC-3689 PDEが判明している。そしてその 阻害作用は@) 特異 PDE C-AMP的である。…A)血小板凝集抑制活性と平行しない。B)臓器in vitro C-AMP 特異性がある。以上の現象( )より,本月よりの合成を開始した。 の specific PDE inhibitors PDE inhibitorsは生物研,生化学部門において の を screening rabbit platelet PDE用いて行われており,現在までに を中心に OPC-3689 analogues60余種終了している。その化合物の構造と活性の相関は次月43に述べるが,現在 が10 程度の化合物は下記の4種で IC M 50-9ある。」C 以上のように,抗血小板作用が高いアミド体であるシロスタミドが合成されたため,類縁化合物の合成のほか,工業的生産のための研究にも入っている。 乙6の36でも, 阻害作用( )についてのス PDE PDE inhibitorsクリーニングを生物研生化学部門に依頼していることが記載されている。 (f) テトラゾール体の合成@ 昭和53年6月(乙6の38,2〜3枚目)「A)テトラゾール誘導体の合成血小板機能抑制剤の検索において の から ester type OPC-3162の へと展開してきた。 amide type OPC-3689…と の作用機作上の比較をすると,血小板機 OPC-3162 OPC-3689phosphodiesterase 能抑制作用は両者はほぼ同等の活性であるが,阻害作用は が の約100倍の活性を有し OPC-3689 OPC-3162ている。 そこで, の 基を薬理学的に同等と考えられる OPC-3162 esterに変換した化合物[T]の検討を行った。 tetrazole…基に薬理的に同等と考えられる として,上記 ester tetrazole[U]の5位( )に の 部の置換基を1位 R ester carboxylic acid2( )に の 部の置換基を有する必要がある。そこ R ester alcohol 1で, を , とした上記[T]を合成目標とした。 R Et cyclohexyl 1…44目的化合物( = )を得た。」 R cyclohexyl OPC-3930 1A 昭和53年7月から昭和54年6月まで(乙6の39〜6の50)テトラゾール体の合成が,アミド体の合成と平行して行われていく。 B 昭和54年7月(乙6の51,2枚目)「血小板機能抑制剤の合成を行っている。 骨格を とし,側鎖に 基を有する は carbostyril tetrazole OPC-3930血小板凝集抑制作用,脳血流増加作用等の生理活性を有している。」OPC-3930 C 以上のように,乙6の38,6の51で記載されたの類縁化合物として合成されたのが のシロスタゾー OPC-13013ルである。 両者の相違は,骨格は前者が真性カルボスチリル体であるのに対し,後者は, ジヒドロカルボスチリル体であり,側鎖のア 3,4-ルキル鎖の数は,前者が3であるのに対して後者は4である。 以上の合成部門月報の記載でも,乙らの合成研究者が合成後の化合物についての薬理試験等を原告らの生物生化学部門に依頼したことはあっても,逆に生物生化学部門より合成研究に関する示45唆を受けたことなど一切記載されていない。 b 原告ほかが作成した生物部門月報(乙7の1〜7の52)? 原告が所属していた第3研究室(後に生物研究部と改称。)の生物部門月報においても,原告が本件誘導体群のドラッグデザインに関して合成研究部門に示唆を与えるような記載はない。 ? 第3研究室(生物研究部)の研究テーマの中心は,「血小板機能抑制剤のスクリーニング」であるところ,本件において,スクリーニングとは,合成部の合成した新規物質の薬効を測定し,これを合成部に報告することである。 生物部門月報の結果及び考察に関して,以下のような記載がされている。 @ 昭和50年9月(血小板機能抑制剤のスクリーニング)(乙7の11,3枚目)「各化合物の (%)を 〜 に示した。 Inhibition rate Table1 12まず,側鎖の炭素数を と同じにした , OPC-3162 OPC-3434OPC-3435 OPC-3206 OPC-3434 OPC-3435 , についてであるが, ,Table1,2 OPC-3206 Table ( )は,ほとんど抑制作用がなく, ()は比較的強い抑制作用が見られたが,それでもなお, 5,6には及ばなかった。よって,側鎖の炭素数だけが抑制 OPC-3162作用の要因ではないと思われる。 次に,側鎖のエステル結合であるが,この官能基を別のものにかえると,抑制作用はほとんどなくなり( ),側鎖 Table 3,4,9,10にエステル結合を持つ のような化合物の抑制効果の強 OPC-3162さが確認できた。 また,カルボン酸 であるが,これらは に比較す type OPC-3162ると,抑制作用が弱い事が認められた。 46なお他にも骨格,側鎖を換えた化合物についてスクリーニングを行なったが,今のところ, と同程度あるいはより強 OPC-3162い抑制作用を有するものは認められない。」A 昭和53年3月(血小板機能抑制剤のスクリーニング)(乙7の34の3,1〜2枚目)「スクリーニングの結果を 〜 に示した。 Tables 1 16のジヒドロ体である の側鎖の位置について OPC-3689 OPC-3670みると6位以外は5位( ),7位( ),8位 OPC-3710 OPC-3787( )共に抑制作用はみられなかった。わずかに OPC-3784が10 でコラーゲン凝集を抑制した。以前 OPC-3787 M-4の側鎖の位置検討を行なった際,6位>5位>7位> OPC-31628位の順で抑制作用の差が認められたのとは異なった結果を得た()。 Tables 13,14次に側鎖の末端にある6員環を3員環( ),5員環OPC-3891( )7員環( )8員環に置換してそれぞれ活 OPC-3892 OPC-3893性を比較したところ, にみられるように,5員環, Tables 11,126員環,7員環,8員環でほぼ同程度,3員環は少し効力が低下していた。 32537 また,末端の- は,以前のスクリーニングで- ,- CH CH CHに換えてもほとんど効力の低下は認められなかったが,今回,-(),-(),-(),- C H OPC-3886 C H OPC-3895 C H OPC-389649 511 613( )についてみたところ( 〜 ) C H OPC-3897 Tables 13 16 817に比べ抑制力は弱かった。特にC数を増やすと効力が OPC-3689弱くなっていた。( は,ジヒドロ体なので真性にすれ OPC-3886ば活性はやや上がると考えられる。)」? 以上の記載からも明らかなように,生物部門月報の記載は,合成47部(丙及び乙)の合成した化合物の薬理データを公知の測定方法により測定し,これを報告していただけであり,本件誘導体群の合成に示唆を与えるようなものではない。 なお,シロスタゾールは であるが,これが生物部門 OPC-13013月報に登場するのは,本件特許出願後である昭和54年9月の月報(乙7の51の1)である。 () 小括カ以上のいずれの観点から検討しても,原告は,本件発明に係る本件誘導体群を創製したものであるとはいえず,本件発明の共同発明者とはいえない。 ? 争点3(本件発明に係る特許を受ける権利の対価の額)について(原告の主張)ア 被告における本件特許の自己実施被告は,平成11年(1999年)より,血小板凝集抑制作用と末梢血管拡張作用とを併せ持つ,新しいタイプの抗血小板剤であるシロスタゾールを有効成分とした本件製剤(プレタール錠)を,慢性動脈閉塞疾患者の治療薬(効能・効果:慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善)として米国で販売している。 イ 対価又は実績補償金の算定( ) 特許法35条が適用される場合ア本件特許は,被告において自己実施されており,第三者に使用許諾されていないところ,原告の特許発明の対価を算定するに当たっては,使用者等が受けるべき利益として,被告が第三者に有償で本件発明の実施を許諾した場合に得られる実施料相当額を基礎とし,これに共同発明者全体での貢献割合を乗じた上で,共同発明者間の貢献割合を乗じて算定すべきである。 48後記ウで検討した結果を上記の算定方法に当てはめると,次のとおり,本件発明に係る譲渡の対価は,14億円となる。 特許存続期間中の被告の本件製剤売上額350億円×ライセンス実施料率30%×共同発明者全体の貢献度30%×共同発明者間における原告の貢献度4/9=14億円( ) 被告規程11条1項が適用される場合イ本件特許権の特許を受ける権利について,特許法35条が適用されないとしても,被告規程11条1項が適用され,「当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献した」と認められる場合に,実績補償金が支払われることになる。 その場合の「実施効果が顕著であ」るとは,当該発明を単に実施できることによる利益を超えた利益がある場合を意味するものであり,その具体的な算定方法は,特許法35条が適用される場合の対価の算定方法と同様に考えられる。 したがって,被告規程11条1項による実績補償金についても,上記( )のとおり,14億円と算定される。 アウ 対価等の算定の基礎となる事情( ) 対象となる期間アa 実施料相当額を計算する際に対象となる期間は,本件特許権の実施をした期間であり,出願日である1979年8月29日から20年間の本件特許権の存続期間と,米国の「医薬品価格競争・特許期間回復法」による排他権を与えられていた期間,すなわち,米国の「医薬品価格競争・特許期間回復法」(以下「米国薬価競争法」という。)により,新薬の製造承認から後発医薬品の簡略新薬申請手続(ANDA)の適用が遮られることの反射効として,排他的独占的に実施し得た5年間を加えた2004年1月15日までの期間となる。そして,49実質的には,米国において本件製剤の製造承認を受けた平成11年(1999年)1月15日から,後発医薬品が製造承認を受けた2004年11月までの期間となる。 b なお,被告は,排他権により得られた利益は,特許権とは因果関係のない利益であり,対価あるいは実績補償金の算定の基礎とはならない旨主張する。 しかし,対価又は実績補償金の算定の基礎となるべき使用者等が受けるべき利益の額は,厳密に特許権の実施に限られるものではない。 したがって,被告が,本件発明を排他的独占的に実施したことにより得た利益は,特許期間中のものだけでなく,期間満了後のものも当然に実績補償金算定の基礎となるべきものである。 排他権とは,上記のとおり,新規化合物からなる医薬品が製造販売承認された後5年の範囲で,後発医薬品による簡易な手続による承認申請(ANDA)が遮断されることにより認められる地位であるところ,当該権利(地位)と特許権とは,同じ機能,すなわち,後発医薬品の製造販売を一定期間遮る機能を有するものである。したがって,発明の排他的独占的実施を保護するという観点において,両者を区別して扱うべき合理性はない。 ( ) 対象期間中の本件製剤売上高イ被告は,平成11年(1999年)に米国において本件製剤の販売を開始し,2004年8月29日までの期間に,少なくとも350億円の売上げを得た。 ( ) ライセンス実施料ウ医薬品の技術のライセンスにおける実施料率は,医薬品に対するニーズの大きさから,他の技術分野の場合と比して,極めて高率となっている。そして,本件特許は,前記のとおり,抗血小板作用や血管拡張作用50を併せ持つ新薬に関する物質特許であり,極めて革新性が高いものである。 このような医薬品ライセンス契約の一般的傾向及び本件特許の重要性に照らし,本件特許のライセンス実施料率は,少なくとも30パーセントと評価される。 ( ) 共同発明者全体の貢献度エ本件発明は,前記のとおり,抗血小板作用及び血管拡張作用を併せ持つ画期的な新薬に関するものであるところ,抗血小板剤という新しい分野の研究を早くから開拓してきたことは言うに及ばず,実際の病気治療に重要であり,かつ,医薬品開発を速やかに実現できることを重視して血管拡張作用を持たせるという前例のない薬剤プロファイルを目標設置したことが成功の要因であったこと,3つの目標を達成する目標化合物にたどり着くまでの構造活性相関研究(合成系と生物系の協働)は困難を極めたことに鑑みれば,発明者の貢献度は30パーセントを下ることはないと考えられる。 ( ) 共同発明者間における原告の貢献度オ本件発明に至る過程で,単一の候補化合物の選択において,原告が,生物系の主担当者として多大な役割を果たしたことは前記のとおりである。 他方,本件特許については,特許出願の願書上,発明者として乙及び丙の2名が記載されている。このうち,乙は,合成系の主担当者として本件発明に多いに貢献したものであるが,丙は,合成研究所所長という職務に就いている関係から発明者として記載されているにすぎず,発明に対する貢献度は小さいというべきである。 したがって,本件発明における共同発明者間の貢献度割合は,以下のとおりであり,原告の貢献度は4/9である。 51原告:乙:丙=4:4:1(被告の反論)ア 原告の主張の認否原告の主張のうち,被告が,平成11年から米国において本件製剤を販売していること,本件特許権の特許を受ける権利について,被告規程11条1項が適用されることは認め,その余は,否認ないし争う。 米国での本件製剤の認可日は平成11年(1999年)1月15日であり,本件特許期間の満了日は同年8月29日であって,本件特許の実施期間は7か月間にすぎない。このような場合には,被告規程11条1項に定める「実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認め」られる場合とはいえず,実績補償金の支払義務はない。 イ 排他権(先発権)について原告は,対価又は実績補償金の算定の対象には,米国における排他権(先発権)に基づいて得た利益も含まれると主張する。 しかし,米国薬価競争法により,新薬製造承認から5年の範囲で,後発医薬品の承認申請が遮断されることの反射効として,先発医薬品しか製造販売されないだけであって,特許権の効果により独占的な製造販売が行われるわけではない。 すなわち,米国薬価競争法では,同法成立後(1984年9月24日)に製造承認がされた新薬については,承認後5年間は,ANDA申請( :簡略化新薬申請。既に市場にある医薬 Abbreviated New Drug Application品と活性成分が同じ医薬品(いわゆる後発医薬品)を会社が製造承認申請する場合,先発医薬品との生物学的等価性の証明等の必要な資料を提出することによって製造承認を受けることができる手続である。)を受け付けないと定めている。これにより,結果的に,後発医薬品の製造承認が遮断され,先発医薬品が排他的に販売できる地位を確保することができるもの52であるが,これは,あくまでも,同法により認められた排他権であり,特許権とは関係のない権利(地位)である。 したがって,特許権の存続期間満了後に,本件製剤の販売により得られた利益は,対価又は実績補償金の算定の対象となるものではない。 |
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争点に対する判断
1 争点1(特許法35条3項の適用の有無)について? 原告は,主位的に,特許法35条3項に基づいて,米国特許である本件特許を受ける権利(共有持分)を被告に承継したことによる対価の支払を請求しているところ,被告は,外国の特許を受ける権利を使用者に承継したことによる対価請求権について特許法35条3項は適用されない旨主張するので,この点について検討する。 ? まず,本件特許は,米国特許であることから,外国の特許を受ける権利の承継に基づく対価請求である点で渉外的要素を有するものであり,その準拠法を決定する必要がある。 特許を受ける権利の承継については,当該権利の承継についての効力発生要件や対抗要件等の法律関係と,承継に関する合意の成立,効力,対価請求の有無等の法律関係とは,必ずしもその法的性質を同じくするものとは解されないから,一応両者を区別してその準拠法を検討すべきものといえる。そして,権利自体の承継の効力発生要件や対抗要件等の法律関係については,対象である特許権と密接に関連する問題であるから,その特許を受ける権利についても,各国の特許法令の規律を受けるものと考えられる。これに対し,承継に関する合意の成立,効力,対価請求の有無等の法律関係については,合意(契約)の準拠法に従うこととなり,法例7条によって決定される準拠法の規律を受けるものと解するのが相当である。 原告及び被告は,本件弁論準備手続期日において,本件特許を受ける権利についての対価請求に関する準拠法が,日本法であることを争わない旨を述53べており,また,本件特許を受ける権利の承継の原因である被告規程において「外国における工業所有権を受ける権利および工業所有権」についての規定が置かれている(乙10,4条)ことからすれば,双方,権利の承継に基づく対価請求権について日本法を準拠法とする意思を有していたと推認できるものであるから,いずれにしても,日本法が準拠法となるというべきである。 ? そこで,準拠法として選択された日本の特許法により,外国特許である本件特許を受ける権利の承継に基づく対価請求権について,同法35条3項が適用されるか否かを検討する(なお,仮に,特許法35条3項が,使用者等による支払額を補完するものとして片面的に適用されるという強行法規的な性格を有すること,あるいは,使用者等と従業者等との間の雇用関係を規律する労働法規的な性格を有することなどを理由として,我が国における職務発明の対価請求について,抵触法的処理による準拠法決定を経ずに直接的に適用されるとの見解に与するとしても,同様の結論となる。)。 まず,特許法には,外国の特許を受ける権利の承継に基づく対価請求権に関する規定がないだけでなく,外国の特許発明や外国の特許権に関する規定も全く存しない。また,特許法35条と同様に,「特許を受ける権利」について,その移転や担保権の設定,承継等を定める同法33条及び34条が,日本の特許を受ける権利のみを対象とすることは明らかである。さらに,特許法35条1項は,職務発明についての特許を受ける権利の承継の有無を問わず,使用者等が,当該特許権について無償の法定通常実施権を有する旨を定めるところ,特許権についての属地主義の原則,すなわち,各国の特許権は,その成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるとの原則(最高裁平成7年( )第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299オ頁参照)によれば,特許権に対して無償の法定通常実施権のような権利を設54定することは,日本の特許権についてのみなし得ることであると解さざるを得ないから,同条1項にいう「特許を受ける権利」及び「特許権」とは,外国の特許を受ける権利及び外国の特許権を含まず,日本の特許を受ける権利及び日本の特許権のみを意味するものと解される。そうすると,外国の特許を受ける権利の承継に基づく対価請求権についても同条3項が適用されるとすれば,同条3項にいう「特許を受ける権利」及び「特許権」には,外国の特許を受ける権利ないし外国の特許権も含まれることになり,同一の条文内で,「特許を受ける権利」あるいは「特許権」について,異なる解釈をするという不整合な事態を生ずることとなる。 そもそも,特許法35条は,職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属し,これについての通常実施権が使用者等に帰属することを前提に(同条1項),当該職務発明について,特許を受ける権利及び特許権の承継等とその対価の支払に関して,使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに,両者間の利害を調整することを図った規定である(最高裁平成13年( )第1256号同15年4月22日第三受小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。すなわち,同条は,その1項において,使用者等には,特許を受ける権利の承継の有無を問わず法定の通常実施権が認められることを規定するものであり,そのことを前提として,当該特許を受ける権利等の承継等の対価の算定に当たっても,同条4項において考慮される使用者等が受けるべき利益は,通常実施できる限度を超えた独占の利益であると解するのが一般である。したがって,この前提を欠く外国の特許を受ける権利について,同条3項の規律対象となるとする見解は,同条に関する上記の理解を踏まえると,法解釈上,相当でないといわざるを得ない。 ? 以上のことからすると,外国の特許を受ける権利の承継に基づく対価請求権について,特許法35条3項の適用はないと解され,同項に基づく対価請55求権は認められない。 原告は,予備的に,被告の定めた被告規程11条1項に基づく実績補償金の請求をするところ,このような債権的合意の成立及び効力についての準拠法は,契約の準拠法に従うものと解され,法例7条によって決定される準拠法の規律を受けると解される。そして,上記のとおり,被告規程において「外国における工業所有権を受ける権利および工業所有権」についての規定が置かれている(乙10,4条)ことからすれば,双方,権利の承継に基づく補償金請求権について日本法を準拠法とする意思を有していたと推認できるものであり,日本法が準拠法となるというべきである。そして,本件特許を受ける権利の承継について,被告規程が適用されることは当事者間に争いがないので,以下,原告に,同規程に基づく同補償金請求が認められるか否かについて検討する。 2 争点2(原告は,本件発明の共同発明者であるか。)について? 事実認定争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,創薬についての一般的手順,本件発明に至る経緯等について,以下の事実が認められる。 ア 創薬についての一般的手順本件発明は,テトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体とそれを含有する医薬成分である(甲1の1,1の2,26)ところ,創薬(医薬品の発見,開発)は,一般に,以下のような段階を経て行われる(甲6,27)。 @ 対象疾患の選択A 薬物標的(酵素,受容体,細胞等)の選択B バイオアッセイ(テスト系)の確立C リード化合物(目的とする薬物活性のある化合物)の発見D 構造活性相関の検証(その分子において,生物活性に重要な部分とそ56うでない部分を明らかにすること。スクリーニングテスト。)E ファルマコホア(生物活性に必要で重要な官能基とそれら相互の相対的な空間配置を要約したもの。基本骨格。)の同定F 標的との相互作用の向上G 薬理学的特性の向上イ カルテオロールの合成及びその作用( ) カルテオロールの合成ア被告内では,昭和47年(1972年)ころ,右図に示すカルボスチリル骨格を用いた医薬品の探索研究を行っており,同年4月までに,右図の骨格の5位の位置に側鎖が結合されているカルテオロール(5-(ヒドロキシ-3-t-ブチルアミノ)プロポキシ-3,4-ジヒドロカルボスチリル)が合成されていた(甲7,8,乙2の1)。 カルテオロールは,βブロッカー(交感神経遮断薬のうち,交感神経のβ受容体の興奮によって現れる作用(β効果)を遮断する薬物)であり,本態性高血圧症,心臓神経症,不整脈,狭心症を効能・効果とする製剤ミケランの有効成分である(乙2の2)。カルテオロールを含む一群の化合物の製造法に関する特許は,発明の名称を「3,4-ジヒドロカルボスチリル誘導体の製造法」として,昭和47年4月13日に出願され,昭和51年11月18日に登録された。同特許出願においては,丙を含む4名が発明者として示されている(乙2の1,弁論の全趣旨)。 ( ) カルテオロールの抗血小板作用の発見イ被告は,昭和48年11月10日,カルテオロールについて,「血57栓症の予防および治療剤」として,甲10出願を行った(甲10)。 甲10出願においては,被告従業員であった丁のみが発明者として示されており,同出願の明細書には,以下のとおり記載され,カルテオロールに血小板凝集阻害作用(抗血小板作用)があることが発見されたことが開示されている。 「本発明者は血栓の治療および予防に有効な薬剤について種々検索した結果,前記(原文では「前起」となっている。)構造式で示される5-(ヒドロキシ-3-t-ブチルアミノ)プロポキシ-3,4-ジヒドロカルボスチリル(以下「 」と称す)が低濃度で特異 OPC的に血小板の凝集を阻止することを発見した。この の化合物にOPCついて更に研究を行つた結果,この化合物を人を含めた動物に経口または静脈内投与した場合に血栓の予防および治療に有効であることを見出した。」(甲10,2枚目右上欄12行目〜左下欄1行目)また,薬物標的(当該薬剤の標的とする対象)について,以下のとおり記載され,血小板が薬物標的であったことが開示されている。 「しかしながら,循環系疾患の中でも虚血性疾患,動脈硬化症および脳血栓症については有効かつ信頼性のある治療薬剤および治療手段はいまだに確立されていない。これらの疾病は直接死に結びつくものであるだけに,これらの疾病の治療および予防薬が開発されることは多くの人が望むところである。これらの疾病による死因は血栓症と言われている。 血栓は,血管内を流れる血液が固化したものである。そしてこれが形成される機転およびそれにより生じる病態を血栓症と称している。血栓は血小板が「ひきがね」となり,血管損傷部の補強および連続性出血の防止に役立つ反面,血管内腔を閉塞させてしまい,あ58るいは血流によつて他の部位に運ばれ,臓器,体肢等の血管を閉塞させ,塞栓閉塞を起すという面をもつている。従つて心臓,肺,脳等の主要臓器に血栓が形成された場合は重篤な症状を呈する。即ち,脳血栓(塞栓),心筋梗塞(原文では「硬塞」となっている。),肺梗塞(原文では「硬塞」となっている。)として知られるものである。」(甲10,1枚目右下欄5行目〜2枚目左上欄8行目)「血栓形成の成因として@血液の性状の変化,A血流の変化,およびB血管壁の変化の3つがあげられる。…ここで血小板が「ひきがね」として働き,正常な流血中では血小板凝集と解離,凝固と線溶がダイナミツク・バランスを保つているのであるが,ストレス,病的状態によつてこのバランスがくずれると血栓が起る。」(甲10,2枚目左上欄15行目〜右上欄3行目)甲10出願において薬理試験の測定方法については,以下のとおり記載されている。 「凝集能の測定採血量の1/10量の3.8%クエン酸ソーダを加えた注射器中に採血した健康な成人男子の血液より軽遠心法で血小板浮遊血漿( )を分離して実験用の試料を得た。測定法は 社製の PRP BRYSTONAggregometer Born, G.V.R., Nature, アグリゴメーター( )による比濁法〔()および ()〕に 194, 927-929 1962 O'Brien, J. Clin, Path., 15, 452-455 1962従つた。すなわち,上記で得られた の試料の に,対照の場 PRP 0.9a0.1 OPC 合は生理的食塩水の あるいは実験試料として種々な濃度の a水溶液の を加え,得られた混合物をそれぞれ1分間インキユー 0.1aベーシヨンした後,これにコラーゲンまたは (7.5×10ADP)の を添加し,添加後8分間における最大透過度を測定し,-4M0.1aこの透過度を と無血小板血漿の透過度差で除して凝集率を算出 PRP59した。」(甲10,2枚目左下欄19行目〜右下欄15行目)ウ 被告内における,抗血小板作用を有するカルボスチリル誘導体の研究( ) 研究開発の開始ア被告内では,昭和49年ころから,抗血小板作用を有するカルボスチリル誘導体の研究(以下「本件研究」という。)が開始された(甲7ないし9)。 具体的には,上記のとおり,カルテオロールに抗血小板作用があることが発見され,これが端緒となり,また,当時,被告内において,カルボスチリル骨格を用いた医薬品の探索研究を行っており,カルボスチリル誘導体の化学(合成法,反応性)と生物の情報(薬物動態の性質が良いこと等)が蓄積されつつあったことから,カルボスチリル骨格を用いた誘導体を合成(側鎖を種々の基に置換)し,血小板凝集作用のスクリーニングに供して,抗血小板作用のある新規化合物を探索することとされた(甲7ないし9)。 本件研究では,乙,丙らが合成系研究者として,化合物の合成等に関与し,被告徳島工場第3研究室に在籍していた原告その他の者が生物系研究者として,化合物のスクリーニング等に関与した(争いがない)。 ( ) 測定方法イ原告は,本件研究において化合物のスクリーニングを担当した。血小板凝集測定についての方法は,本件特許の出願明細書に「血小板凝集阻害試験」として記載されている方法が用いられた。すなわち,「 [ ( )]によって開示された方法に近似し G.V.R.Born: Nature, 927-929 1962た方法に従い, U型凝集計( )を用いて」 AG- Bryston Manufacturing Co.(甲1の1,15欄,甲1の2,2頁)測定された(弁論の全趣旨)。 エ エステル体とアミド体の合成60( ) エステル体の合成ア本件研究では,まず,カルボスチリル骨格の側鎖にエステル基を有する化合物を合成した(甲7,8)。 この経緯について,合成部門月報には,以下のとおりの記載がされている(乙6の3)。 a 昭和50年2月(乙6の3,2〜3枚目)「カルボスチリル誘導体の合成)血小板機能抑制剤の合成 1血小板機能抑制剤の検索を以前より行ってきたが,第3研生化学部門及び での における1次 の結果活性 Pan Labs. in vitro screeningを有するものが種々見い出されている(原文では「見い出させている」)。活性物質を大別すれば,次の3種類に分類される。 glycerol deriv.@)…-blockerA)β…carboxylic esterB)OPC-3093 etc.()@)及びA)に関しては昨年大部分合成を終了している。 本月よりB)の の化合物から,より高活性な物 carboxylic ester type質の検索及び特許拡大のための合成を開始した。」b 昭和50年5月(乙6の6,2枚目)「カルボスチリル誘導体の合成本年2月より血小板機能抑制剤として一般式(T)で示されるカルボスチリル誘導体及びその関連化合物の合成をより高活性物質の検索及び特許取得のために合成を行って来た。本月にてこのエステ61ルタイプの化合物については一応終了した。 …合成検体を構造活性相関検討のため数個薬理試験に依頼した。」c 昭和50年6月(乙6の7,2枚目)「これまでに,血小板機能抑制剤として,一般式(T)で示されるカルボスチリル誘導体の合成を行い,生化学部門で の生物試in vitro験の結果 が,最も活性が強いことが明白になった。 OPC-3162そこで,今月は,構造活性相関を検討するため,数種のエステル誘導体(U〜X)ならびに,新しいタイプ,すなわち のエスOPC-3162テル基をメチレン,および酸素に変換したアルキル体(Y),エーテル体(Z),([)を合成した。」( ) エステル体の急性毒性試験イ昭和50年9月から昭和51年11月までは,カルボスチリル骨格の側鎖をエステル体とした化合物のうち,「 」を急性毒性試験 OPC-3162に提供するなどして,エステル体の腎毒性が明らかになった(乙6の8〜6の20)。 ( ) アミド体の合成ウエステル体の腎毒性が明らかになったので,以下の合成部門月報の記載のとおり,エステル基を他の安定な官能基に変換する探索が開始された(乙6の21〜6の23)。 a 昭和51年12月(乙6の21,2枚目)「血小板機能抑制剤の合成を行っている。 @)本年7月より行ってきた下記式(T)の の 部の変換 ester alcohol主として( )の合成を終え特許出願した。 amino alcohol…A)腎毒性の低減化( での安定性の向上) in vivo62, は共に腎毒性が発現する。 OPC-3162 OPC-3599イ)第三研毒性班で行われた , , (カ OPC-3162 OPC-3599 OPC-3360ルボン酸)の亜急性毒性試験より,この3剤とも共通して腎毒性が発現すること。 ロ) , , の 投与後の尿中の析出 OPC-3162 OPC-3599 OPC-3360 rat,p.o(不溶)物が であること。(前月月報参照) OPC-3360以上より 類縁化合物において, で安定性と腎毒性 OPC-3162 in vivoの発現はパラレルと考えられる。 それ故,a)エステル基のエステラーゼに対する抵抗性をもたせること b)エステル基を生体内で安定な官能基に変換することの二点について検討を開始した。」b 昭和52年1月(乙6の22,2枚目)「@)エステル基を安定な官能基への変換生体内で不安定なエステル基を他の安定な官能基へ変換すべく検索を開始した。 …Rとして, へ変換した化合 thiadiazole, tetrazole, triazole, pyridine etc物の合成を下記により始めた。」c 昭和52年2月(乙6の23,2〜4枚目)「T)エステル基をアミド基への変換エステル基を他の安定な官能基への変換としてまずアミド基へのbioassay OPC-3457 検討を行った。以前の によりアミド基を有するは10 オーダーでの活性の強さであった。…そこで,本月はアミ-4ド誘導体として,イ) 無置換アミド,ロ) 置換アミド,ハ) N- N-1置換アミドの合成を行い,3研生化学へ を依頼した。 N,N-2 bioassayその結果が,アミド誘導体における構造と活性の相関として次の263点が判明した。 a)アミド基として 置換体(原文では「置体」となってい N,N-2る。)が最上である。 b)骨格は真性体が, ジヒドロ体より良好である。 3,4-…V)エステル基を置換テトラゾールへの変換置換テトラゾール基へ変換した化合物2種の の結果は低bioassay活性であったが,テトラゾールがカルボン酸に替り得ると考えられるため置換テトラゾールを今後も行う予定である。」( ) シロスタミド( )の合成エ OPC-3689そして,昭和52年3月, の活性に劣らない活性を有する OPC-3162シロスタミド( )を合成した(乙6の24)。 OPC-3689( ) コンセプトの再考オ上記のシロスタミドの合成成功に先立つ昭和50年から昭和51年にかけて,海外における研究開発が進み,アラキドン酸代謝物として,(血小板で産生され,血小板凝集作用と血管収縮作用を示す)と, TXA2この作用に拮抗する (血管内皮細胞で産生され,血小板凝集阻害 PGI 2作用と血管拡張作用を示す)が発見され,脈管系の恒常性は,の両物質のバランスにより保たれていることが判明した(甲 TXA -PGI227,8)。 これにより,抗血栓剤の開発研究の大勢は, の受容拮抗剤,安 TXA2定な 誘導体を対象とするようになったが,上記のとおり,昭和5 PGI 22年3月にシロスタミドの合成に成功した被告においては,議論の結果,その大勢には従うことなく,シロスタミドを参考に探索研究を続けることとした。しかし,その議論の際,本件研究でのコンセプトが再考され,従前の,血栓形成に関与する血小板のみに作用する薬剤を目標とするこ64とから,脳血流増加作用(脳血管拡張作用)をも有する化合物を目標とすることとなった(甲7,8)。 また,シロスタミドは,強い血小板凝集阻害活性及び脳血流増加作用も有していながら,心拍増加作用が強いために,開発が断念されたものであるが,シロスタミドで見られたこの心拍増加作用も同時に測定し,同作用の弱い化合物を選択することが目標に掲げられることとなった(甲7,8)。 したがって,本件研究は,血小板凝集阻害作用に加えて,脳血管拡張作用及び心拍上昇抑制作用の3つを目標として進められることとなった。 オ テトラゾール誘導体の合成( ) テトラゾール誘導体合成の研究ア昭和53年6月ころから,本件研究において,シロスタミドに代わる候補化合物として,テトラゾール誘導体の合成が始められた。そして,同年7月までの間に,以下の構造で示される化合物の合成が行われ,その結果に基づき,日本国特許権@の出願が行われた(甲4,7,8,乙6の38,6の39)。 一般式(式中,Rは低級アルキル基又はシクロアルキル基を示す)で表されるカルボスチリル誘導体。 この合成の経緯については,合成部門月報において,以下のとおり記載されている。 a 昭和53年6月(乙6の38,2〜3枚目)「A)テトラゾール誘導体の合成ester type OPC-3162 amide 血小板機能抑制剤の検索において の からの へと展開してきた。 type OPC-368965…と の作用機作上の比較をすると,血小板機能抑 OPC-3162 OPC-3689制作用は両者はほぼ同等の活性であるが, 阻害作 phosphodiesterase用は が の約100倍の活性を有している。 OPC-3689 OPC-3162そこで, の 基を薬理学的に同等と考えられる OPC-3162 esterに変換した化合物[T]の検討を行った。 tetrazole…基に薬理的に同等と考えられる として,上記[U]の ester tetrazoleR ester carboxylic acid R ester 5位( )に の 部の置換基を1位( )に2 1の 部の置換基を有する必要がある。そこで, を , alcohol R Et 1とした上記[T]を合成目標とした。 cyclohexyl…目的化合物( = )を得た。」 R cyclohexyl OPC-39301b 昭和53年7月(乙6の39,2枚目)「A) 誘導体の合成Tetrazole先月より より類推される化合物として側鎖アミド基を OPC-3689tetrazole R=cyclohexyl に変換した化合物[T]の合成を開始し,( )については終え,今月は ( )につい OPC-3930 R=C H OPC-393125て行った。」また,この合成の経緯について,乙,原告及び丙は,本件研究に関する論文(甲7,8)において,以下のとおり,生物学的等価性( )の観点から進められた旨を説明している。 bioisosterismbioisosterism 「医薬品化学における古典的な構造変換方法として,の概念があり,エステル基とアミド基は互いに である。そbioisosterの代表的な例としてカルボン酸(B)と テトラゾール(C)が広 1H-く知られているが,本探索研究においてはカルボン酸誘導体(D,66例: )が不活性(血小板凝集阻害作用)であるため,この概念は使 2641H- えない。しかしエステル体(E,例: )は高活性であったため,テトラゾールの1位に置換基を導入した化合物(F)はエステル体(E)のように活性を示すかも知れないと考え,1位置換テトラゾール誘導体を合成した。 これまでに得られた構造活性相関の知見を参考に,テトラゾールの1位置換基にアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,シクロアルキルアルキル基などを選択して合成し…た。 67…このように からの推論は的を射て凝集阻害活性を発現し, bioisosterismまた目標の脳血流増加作用も有していた…」(甲8,1251〜1252頁)( ) シロスタゾールを含む化合物の合成イその後,更に研究が進められ,昭和54年7月,上記の のOPC-3930類縁体として,シロスタゾール(6-[4-[1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリル,以下の図で示される化合物)を含む41個の化合物の合成が行われた(甲7,8,乙6の51)。 この結果,日本国特許権Aの出願が行われるとともに,日本国特許権@の出願に係る優先権主張をして,シロスタゾール等の化合物も含めて(すなわち,日本国特許権@及びAの内容を併せ,かつ,日本国特許権Aより製造方法の特許に関するものを除いて),本件特許の出願が行われた。 ? 事実認定についての補足以上の認定事実のうち,カルテオロールに血小板凝集阻害作用があることの発見について,原告は,当該発見をしたのは原告であり,当該発見に基づく特許の出願(甲10出願)に発明者として記載されている丁ではない旨主張する。すなわち,原告は,甲10実験について,カルテオロールが,後に合成されて本件発明に含まれるシロスタゾールの1000倍ないし100万倍もの凝集阻害作用を持ち,投与量を増やすと作用が弱くなるという不自然な結果を示している点等において,看過できない誤りを含んでおり,再現性を欠いた,科学的に意味がないものであるから,甲10出願の明細書の記載をもって,カルテオロールに血小板凝集阻害作用がある68ことの発見を示すものとはいえないとした上,原告が,創意工夫を施して実験を行ったことにより,初めて,カルテオロールの血小板凝集阻害作用を実証した旨主張する。また,原告は,甲10出願の明細書に示されたデータは,原告が行った初期実験のデータであり,その点からも原告がカルテオロールに血小板凝集抑制作用があることを発見した者といえる旨主張する。 しかしながら,甲10実験の方法が誤ったものであるとしても,甲10出願の明細書には,カルテオロールに血小板凝集阻害作用があることの着想は示されており,また,甲10出願の明細書に示された,血小板凝集の測定方法(アグリゴメーターによる比濁法)は,それ自体として技術的に誤ったものであると認めるに足りる証拠はない。 したがって,上記実験結果の誤りがあるとしても,丁が,甲10出願において本件研究の契機となるカルテオロールの血小板凝集阻害作用を発見したことの科学的,技術的意義が失われるものではないと考えられるから,原告の上記主張は,その前提において誤認があり,これを採用することはできない。 なお,甲10出願の明細書に記載されたデータが原告による実験のデータであることを示す証拠はなく,また,仮に原告が実験のデータを提供したものであるとしても,そのことと,甲10出願の明細書に記載された上記作用の発見とが直ちに結びつくものといえるか否かも明らかではないから,この点に関する原告の主張も採用することはできない。 ?検討以上の認定事実をもとに検討すると,原告は,本件発明の共同発明者であるとは認められない。以下詳述する。 ア 共同発明者の意義本件請求は,上記1において検討したとおり,被告規程11条1項に69基づく実績補償金請求として理解されるところ,同項の対象とされているのは,「工業所有権として登録された発明等」,すなわち,本件発明である。したがって,被告規程11条1項に基づく実績補償金請求権を有する共同発明者といえるか否かは,本件発明の共同発明者といえるか否かを検討することとなる。 発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい(特許法2条1項),特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(同法70条1項)。したがって,発明者とは,当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の創作行為に現実に加担したものをいうと解され,当該創作行為について,補助,助言,資金の提供,命令を下すなどの行為をしたのみでは,創作行為に加担したということはできない。 これを本件発明についてみると,本件発明は,物質発明及び当該物質の特定の性質を専ら利用する物の発明(用途発明。請求項25ないし28)であるところ,物質発明の本質は,有用な物質の創製,すなわち,新しい物質が創製されることと,その物質が有用であることにあるということができる。また,本件の用途発明(請求項25ないし28)は,既に存在する物質の特定の性質を発見し,それを利用するという意味での用途発明ではなく,物質発明に係る物質についてその用途を示す,いわば物質発明に基づく用途発明であり,その本質は,物質発明の場合と同様に考えることができる。 そうすると,物質発明及び物質発明に基づく用途発明における共同発明者,すなわち,当該特許請求の範囲に基づいて定められた技術的思想の創作行為に現実に加担した者とは,新しい物質の創製,あるいは,有用性の発見に貢献した者であると解される。そして,物質発明は,本来,物の発明であって,そこで求められる有用性は,発明の要件ではあるが,70特許請求の範囲に含まれず,また,その物質が化学構造に付随して必然的に備えている性質であることからすれば,ここで,有用性の発見に貢献するとは,未だ明らかになっていない有用性を見いだしたり,目標とする有用性(作用)の設定を行うなどの貢献をしていることを必要とするものと解される。 イ 物質の創製(合成)への貢献そこで,まず,原告が,新しい物質の創製,すなわち,合成に貢献したといえるか否かについて検討する。 ( ) 直接的な貢献の有無ア本件研究において,物質の合成そのものを担当していたのは,乙や丙らの合成系研究者であり,原告は,生物系研究者として,物質の生物活性測定及びその分析等に従事していたのであるから,直接的な意味での合成に貢献したとはいえない。 ( ) 合成の方向性の示唆の有無イこの点,原告は,生物系研究者として重大な構造上の方向性示唆を行い,また,構造と活性について考察を加えながら一連の生物活性測定を行っていたのであり,本件発明において,必須の重要な役割を担っていた,すなわち,合成についての貢献があった旨主張する。 たしかに,原告が指摘するように,生物系研究者が作成した生物部門月報には,「側鎖の2重結合は効力にあまり影響を与えないが,側鎖のつく位置は重要で のように5位にしたものでは明らかに OPC-3399効力が弱くなっている。骨格はオキシインドール骨格では効力が弱い。」(乙7の9),「血小板凝集抑制における作用は直鎖型が強いと思われた。」(乙7の12),「側鎖にテトラゾールを持つ化合物の中で,抑制効果が強かったのは, , であった。ま OPC-3988 OPC-3971た の側鎖を5,6,7,8位と換えたものは6位についた OPC-397171が最も強く,次いで7位の で,5,8位の OPC-3971 OPC-3953, はほとんど抑制効果を示さなかった。また今回の OPC-3996 OPC-3997スクリーニングの中でカルボキシル以外の骨格を有する化合物はほとんど抑制効果を示さなかった。」(乙7の51の1)等の記載がされており,原告を含む生物系研究者が生物活性測定を行い,それに伴ってされた分析と考察とが示されているといえる。 しかし,これらの記載は,測定結果から直接的に読み取ることができる見解を示したものにすぎず,これを超えて,他の生物学的知見・実験データなどを踏まえた検討を積極的に行って,一定の構造上の方向性を示すまでのものであるとは認められない。原告が指摘するように,優良な生物活性測定がなされなければ,目標とする化合物にはたどり着けないのであり,その意味で,優良な測定は合成の方向を誤らせない役割を担うものということができるが,それだけでは,合成の結果を正しく検証するにとどまるのであって,それを超えて,生物学的知見に基づく一定の有意な選択肢を提示するなどの関与があることにより,合成の方向性を示唆すると評価できるものと考えられる。上記の記載から,このような示唆を読み取ることはできず,そうであれば,これらの記載から,原告が合成に貢献したものということはできない。 また,他に,構造上の方向性についての原告による示唆を示す証拠はなく,原告にこの点の貢献があるとは認められない。 なお,原告は,テトラゾール基導入後の化合物構造変換には,アミド体をスクリーニングする過程で得られた構造と生物活性の相関情報が必須情報として利用されたことを指摘するが,これについても,上記の検討と同様,構造上の方向性を示唆するとまで認めることはできない。 72( ) 測定方法の工夫ウまた,原告は,甲10出願に示された丁による実験方法の問題点を認識して,血小板凝集阻害作用に係る測定方法を工夫したのであり,これにより,本件発明が実現した旨主張する。具体的な工夫としては,@使用する専用試験管及び攪拌子のサイズを統一して,血液が攪拌される速度を一定化したこと,A被検サンプルと対照とするサンプルとを常に時間的に「対」として実験することにより,血小板の凝集活性が時間とともに変動するという問題を解決し,また,シリコンを調査購入し,使用するガラス器具の表面処理等により血小板の活性変化そのものを最小限に抑えたこと,B同時に複数のテストが可能となるような測定機械の改良を行い,また,1回の測定に要する血液量を減らすような改良を機械メーカーに特注したこと,Cヒトではなくウサギの血小板を用いることにより,凝集を計るだけで,凝集と放出の双方の機能に対する評価を可能としたことを主張する。 たしかに,新規な,あるいは,独自の測定方法を研究開発し,それを用いてスクリーニングを行ったのであれば,それをもって,合成への間接的な貢献があったと評価できる場合があると考えられる。 しかしながら,上記2?ウ( )記載のとおり,原告は,血小板凝集阻イ害作用についての測定方法として, [ ( )] G.V.R.Born: Nature, 927-929 1962によって開示された方法に近似した方法に従い, U型凝集計AG-( )を用いて行ったのであり,この方法自体は, Bryston Manufacturing Co.凝集惹起物質を添加して,試験化合物含有試料と対照試料の透過度を測定し対比する,公知のものである。そして,原告が指摘する上記の各工夫のうち,@及びAは,再現性の向上,すなわち,試験化合物含有試料相互間,あるいは,試験化合物含有試料と対照試料との間で,試験化合物に起因する以外の因子による影響を少なくすることに関し73て当業者が通常行う程度の工夫である。上記の工夫B及びCについても,多くの試料を短時間に効率よく測定するための効率性,迅速性の改良に係る工夫であるということができる。そうすると,いずれの工夫も,透過度を測定し対比するという,上記測定方法における基本的枠組を変更するものではないから,これらをもって,測定方法を独自に考案したと評価することはできない。 他の作用についての測定方法も,公知の方法又はそれに準ずる方法がとられている(甲1の1,17欄,19欄,20欄,甲26,10,12頁)。 そうすると,測定方法の観点からの,原告による合成への貢献を認めることもできない。 ウ 有用性の発見への貢献本件発明の有用性は,本件研究において目標として設定された,血小板凝集阻害作用,血管拡張作用,心拍上昇抑制作用であると認められるところ,そのいずれについても,原告がその設定に関与したことを認めるに足りる証拠はなく,この点の貢献を認めることはできない。 原告は,カルテオロールに血小板凝集阻害作用があることを発見し,それが発端となって本件研究が開始されたのであるから,原告が,目標を血小板凝集阻害作用と設定したと評価できる旨主張する。 しかし,上記2?イ( ),?記載のとおり,カルテオロールに血小板凝イ集阻害作用(抗血小板作用)があることは,甲10出願の明細書に開示されているのであり,その実験結果に誤りがあるとしても,上記明細書の開示をもって,カルテオロールに血小板凝集阻害作用があることが発見されたと評価することができ,上記開示は甲10出願の出願時に発明者として示された丁によってなされたと認められるのであって,原告の前記主張を採用することはできない。 74また,血管拡張作用,心拍上昇抑制作用については,原告がその目標設定に関与したことをうかがわせる証拠がないだけでなく,かえって,上記2?で認定した事実によれば,昭和50年から昭和51年にかけての, (血小板で産生され,血小板凝集作用と血管収縮作用を示す) TXA2及び (血管内皮細胞で産生され,血小板凝集阻害作用と血管拡張作 PGI 2用を示す)の発見並びに脈管系の恒常性が の両物質のバランス TXA -PGI 22により保たれていることの解明を契機として,本件研究において血管拡張作用が目標に加えられたと考えられるのであるし,心拍上昇抑制作用については,その後間もなくして合成されたシロスタミドの副作用として検出されていたことから,この副作用の発現を回避すべく設定されたものとうかがえるところである。 さらに,原告は,脳血流増加作用,血小板凝集阻害作用及び心拍数増加指標という3要件の関係を明解に表した「代表的化合物のスクリーニング結果」の図を編み出して,これらの目標を達成する化合物の選択という困難な課題の解決に貢献した旨主張するところ,原告が,上記の3要件の関係を表した図を作成したことがあるとしても,同図の作成が,これらの作用を目標として設定することに実質的に関与したことを示すものであるとは認めることができない。 したがって,有用性の発見に対する原告の貢献も,認めることはできない。 エ その他原告の主張( ) 他の特許における発明者の範囲との整合性ア原告は,被告が有している甲12特許(特許第2964029号)については,同特許に係る発明と本件発明の過程はほとんど同じであるにもかかわらず,甲12特許では原告も共同発明者とされているのであり,この場合の取扱いとの整合性からも,原告は本件発明の共同75発明者と考えられるべきである旨主張する。 甲12特許は,本件特許と同様,カルボスチリル誘導体に関するものであるが,本件発明の誘導体群とは構造が異なっており(甲12),甲12特許の明細書においては,本件特許にはない「血管内膜肥厚抑制作用」が掲げられている(甲12,【0026】【0027】)。 これらの点に係る貢献があれば,それによって,共同発明者となり得ることは,上記において検討しているとおりである。 そうすると,発明に至る経緯に共通する部分があったとしても,それだけで,本件発明において,甲12特許と同様に共同発明者とされるべきであるということはできず,他に,原告が,甲12特許において共同発明者とされたことから本件特許においても共同発明者とされるべき旨の合理的根拠についての主張立証はないから,原告の上記主張を採用することはできない。 ( ) 乙及び丙の認識イ原告は,本件発明の共同発明者とされている乙及び丙が,原告の貢献の大きさを認め,原告が共同発明者である旨認識しており,このことからも,原告が共同発明者としての貢献を行ったものである旨主張する。 この点,本件発明の過程において,原告を含む生物系研究者が生物活性測定やその分析等において一定の役割を果たしていたことは上記のとおりであり,乙及び丙がこれらを評価していたことはうかがわれるが,原告(を含む生物系研究者)のこうした関与が,本件発明の共同発明者と認めるに足りるものではないことは既に述べたとおりであり,その他,原告が,上記アで述べた共同発明者と評価できるだけの貢献をしたと認めることもできない。 したがって,乙及び丙の認識という主観的事情に基づいて,原告の76共同発明者性を認めることは相当ではない。 ( ) 原告が被告社内あるいは外部において表彰等を受けていることウ原告は,平成元年に,被告において,「第25期社長賞」を受賞していること,及び,平成12年に,財団法人日本薬学会の「平成12年度技術賞」を受賞していることも,原告が共同発明者であることを示すものである旨主張する。 しかし,被告における「第25期社長賞」は,「血小板凝集抑制作用の生化学的な解明につとめ抗血小板薬プレタールの特性を発見」したことが受賞内容となっている(甲15)ところ,血小板凝集抑制作用の生化学的な解明やプレタールの特性の発見は,本件発明における新規物質の合成や有用性の発見ということとは異なるものである。すなわち,本件発明により合成された新規物質の血小板凝集抑制作用の生化学的解明と,同物質の中から実際の薬剤として選択されたシロスタゾールを有効成分とするプレタールの特性を解明することは,物質の発明そのものではなく,本件発明によって合成された物質のうちのシロスタゾールに関する研究成果を示すものである。したがって,このことから,上記において検討した本件発明への貢献が直ちに導き出されるものではない。 また,平成12年度技術賞についても,「抗血小板剤シロスタゾールの研究開発」が受賞内容となっており(甲16),上記社長賞と同様,本件発明とはその内容を異にするシロスタゾールの研究開発をも含むものであるから,上記社長賞と同様,この受賞内容をもって,原告が本件発明の共同発明者であるとの結論を導くことはできない。 ( ) 原告によるシロスタゾールを含む化合物群の物質特許に関する学術エ論文等の著作原告は,シロスタゾールを含む化合物群の物質特許に関する学術論77文等を著作しており,このことにより,原告が共同発明者であることが裏付けられる旨主張するが,上記( )記載の受賞の場合と同様に,本ウ件発明とその内容を異にするシロスタゾールを含む化合物群に関する学術論文の著作をもって,上記において検討した,本件発明の共同発明者性を認めることはできないから,原告の同主張を採用することはできない。 3 まとめ上記2において検討したとおり,本件発明について原告が共同発明者であると認めることはできないので,争点3について論ずるまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないことになる。 |
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結論
以上の次第で,原告の主位的請求,予備的請求のいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
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追加 | |
79(別紙)米国特許第4,277,479号特許請求の範囲1一般式の化合物(T)ここでは水素原子,低級アルキル基,低級アルケニル基,低級アルカノイル基,ベンR1ゾイル基またはフェニル-アルキル基である。は水素原子,低級アルキル基または次CR1-42式で示される基である。 は低級アルキル基,のシクロアルキル基,のシクロアルキル-アルキル基,RCCC33-83-81-4フェニル基またはフェニル-アルキル基であって,は低級アルキレン基であって,カCA1-4ルボスチリルの3位と4位の間の炭素-炭素結合は一重結合または二重結合を示す。そして,式で示される基のカルボスチリル骨格上の置換位置は4,5,6,7位または8位であって,これらの置換基はカルボスチリル骨格上に1個のみ置換可能である。したがって,4位のが式R280である場合は5,6,7位または8位にはこの置換基が置換することはない。さらに,前記のベンゾイル基,フェニル-アルキル基あるいはフェニル基におけるフェニル環上に低C1-4級アルコキシ基,低級アルキル基,ハロゲン,ジ低級アルキルアミノ基,ニトロ基,そして低級アルケンジオキシ基から選択された基を含んでいても良い。 2クレーム1に従った一般式(T)の化合物の次式の置換位置はカルボスチリル骨格の5位である。 3クレーム2に従った一般式(T)の化合物のはシクロアルキル基あるいはシクRCC33-83-8ロアルキル-アルキル基である。C1-44クレーム2に従った一般式(T)の化合物のは低級アルキル基またはフェニル-アRC31-4ルキル基であり,その基は低級アルコキシ基,低級アルキル基,ハロゲン,ジ低級アルキルアミノ基,ニトロ基,そして低級アルケンジオキシ基,フェニル基から選択された基を含んでいてもよい。そしてそのフェニル基は低級アルコキシ基,低級アルキル基,ハロゲン,ジ低級アルキルアミノ基,ニトロ基,そして低級アルケンジオキシ基から選択された基を含んでいてもよい。 5クレーム1に従った一般式(T)の化合物の次式の置換位置はカルボスチリル骨格の6位である。 6クレーム5に従った一般式(T)の化合物のはシクロアルキル基あるいはシクRCC33-83-8ロアルキル-アルキル基である。C1-47クレーム5に従った一般式(T)の化合物のは低級アルキル基またはフェニル-アRC31-4ルキル基であり,その基は低級アルコキシ基,低級アルキル基,ハロゲン,ジ低級アルキルアミノ基,ニトロ基,そして低級アルケンジオキシ基,フェニル基から選択された基を含んでいてもよい。そしてそのフェニル基は低級アルコキシ基,低級アルキル基,ハロゲン,ジ低級アルキルアミノ基,ニトロ基,そして低級アルケンジオキシ基から選択された基を含ん81でいてもよい。 8クレーム1に従った一般式(T)の化合物の次式の置換位置はカルボスチリル骨格の4,7または8位である。 9クレーム8に従った一般式(T)の化合物のはシクロアルキル基あるいはシクRCC33-83-8ロアルキル-アルキル基である。C1-41-410クレーム8に従った一般式(T)の化合物のは低級アルキル基またはフェニル-RC3アルキル基であり,その基は低級アルコキシ基,低級アルキル基,ハロゲン,ジ低級アルキルアミノ基,ニトロ基,そして低級アルケンジオキシ基,フェニル基から選択された基を含んでいてもよい。そしてそのフェニル基は低級アルコキシ基,低級アルキル基,ハロゲン,ジ低級アルキルアミノ基,ニトロ基,そして低級アルケンジオキシ基から選択された基を含んでいてもよい。 116-[3-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]カルボスチ.リル.126-[3-(1-ベンジルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]カルボスチリル135-[3-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]-3,4-.ジヒドロカルボスチリル.146-[3-(1-フェニルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]カルボスチリル154-メチル-6-[3-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)プロポキ.シ]カルボスチリル166-[3-(1-シクロヘキシルメチルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]カル.ボスチリル82176-[3-(1-シクロオクチルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]カルボスチ.リル186-[3-(1-シクロペンチルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]カルボスチ.リル196-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]カルボスチリ.ル206-[3-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]-3,4-.ジヒドロカルボスチリル216-[3-(1-シクロヘキシルメチルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]-3,.4-ジヒドロカルボスチリル227-[3-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]-3,4-.ジヒドロカルボスチリル238-[3-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]-3,4-.ジヒドロカルボスチリル244-[3-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)プロポキシ]-カルボス.チリル25クレーム1の一般式(T)の化合物の薬理活性を有する量の成分と薬物として可能な担体を含む血小板凝集阻害剤26クレーム1の一般式(T)の化合物の薬理活性を有する量の成分と薬物として可能な担体を含むフォスフォジエステラーゼ阻害剤27クレーム1の一般式(T)の化合物の薬理活性を有する量の成分と薬物として可能な担体を含む脳血流改善剤28クレーム1の一般式(T)の化合物の薬理活性を有する量の成分と薬物として可能な担83体を含む降圧剤以上84(別紙)特許第1471849号特許請求の範囲1一般式:[式中,は水素原子,低級アルキル基,低級アルケニル基,低級アルカノイル基,ベR1ンゾイル基またはフエニルアルキル基であり,は水素原子,低級アルキル基または式:R2(式中,はシクロアルキル基,は低級アルキレン基)R'A3で示される基であり,は水素原子または式:Z(式中,は低級アルキル基,シクロアルキル基,シクロアルキルアルキル基,フエニR3ル基またはフエニルアルキル基,は低級アルキレン基)Aで示される基であつて,その置換位置は5,6,7または8位であり,カルボスチリルの3位と4位の炭素間結合は一重結合または二重結合を示す。更に上記のベンゾイル基,フエニルアルキル基およびフエニル基のフエニル環は置換基を有していてもよい。ただし,が式Z:85で示される基である時は,は水素原子または低級アルキル基であり,が水素原子の時は,RZ2は式:R2で示される基であり,また,およびが水素原子,がトリメチレン基,式:RRA12で示されるの置換位置がカルボスチリルの6位であつて,カルボスチリルの3位と4位のZ炭素間結合が二重結合を示す場合には,は低級アルキル基またはシクロアルキル基以外R3の基である]で示される化合物。 2該化合物が6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリルである前記第1項の化合物。 3一般式:[式中,は水素原子,低級アルキル基,低級アルケニル基,低級アルカノイル基,ベR1ンゾイル基またはフエニルアルキル基であり,は水素原子または低級アルキル基であり,R2は式:Z(式中,は低級アルキル基,シクロアルキル基,シクロアルキルアルキル基,フエニR3ル基またはフエニルアルキル基,は低級アルキレン基)A86で示される基であつて,その置換位置は5,6,7または8位であり,カルボスチリルの3位と4位の炭素間結合は一重結合または二重結合を示す。更に上記のベンゾイル基,フエニルアルキル基およびフエニル基のフエニル環は置換基を有していてもよい。ただし,おR1よびが水素原子,がトリメチレン基,式:RA2で示されるの置換位置がカルボスチリルの6位であつて,カルボスチリルの3位と4位のZ炭素間結合が二重結合を示す場合には,は低級アルキル基またはシクロアルキル基以外R3の基である]で示される化合物を有効成分とする抗血栓剤。 4該化合物が6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリルである前記第3項の抗血栓剤。 5一般式:[式中,は水素原子であり,は水素原子であり,は式:RRZ12(式中,はシクロアルキル基,シクロアルキルアルキル基,フエニル基またはフエニR3ルアルキル基,は低級アルキレン基)Aで示される基であつて,その置換位置は6位であり,カルボスチリルの3位と4位の炭素間結合は一重結合または二重結合を示す。ただし,がトリメチレン基であつて,カルボスチAリルの3位と4位の炭素間結合が二重結合を示す場合には,は低級アルキル基またはシR387クロアルキル基以外の基である]で示される化合物を有効成分とする脳循環改善剤。 6該化合物が6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリルである前記第5項の脳循環改善剤。 7一般式:[式中,およびカルボスチリルの3位と4位の炭素間結合は後記と同じであり,は水RZ'1素原子またはヒドロキシ基であり,は水素原子,低級アルキル基またはヒドロキシ基であR'2る。ただし,ととはいずれか一方がヒドロキシ基であり,かつ,両者が共に水素原子Z'R'2であることはない]で示されるヒドロキシカルボスチリルと一般式:[式中,およびは後記に同じであり,はハロゲン原子である]RAX3で示されるテトラゾール誘導体とを反応させることを特徴とする一般式:[式中,は水素原子,低級アルキル基,低級アルケニル基,低級アルカノイル基,ベR1ンゾイル基またはフエニルアルキル基であり,は水素原子,低級アルキル基または式:R288(式中,はシクロアルキル基,は低級アルキレン基)R'A3で示される基であり,は水素原子または式:Z(式中,は低級アルキル基,シクロアルキル基,シクロアルキルアルキル基,フエニR3ル基またはフエニルアルキル基,は低級アルキレン基)Aで示される基であつて,その置換位置は5,6,7または8位であり,カルボスチリルの3位と4位の炭素間結合は一重結合または二重結合を示す。更に上記のベンゾイル基,フエニルアルキル基およびフエニル基のフエニル環は置換基を有していてもよい。ただし,が式Z:22で示される基である時は,は水素または低級アルキルであり,が水素原子の時は,RZRは式:で示される基であり,また,およびが水素原子,がトリメチレン基,式:RRA12で示されるの置換位置がカルボスチリルの6位であつて,カルボスチリルの3位と4位のZ炭素間結合が二重結合を示す場合には,は低級アルキル基またはシクロアルキル基以外R3の基である]で示される化合物の製造法。 898式:で示される化合物を,式:(式中,はハロゲン原子である)Xで示される化合物と反応させて,式:で示される6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリルを製造する前記第7項の製造法。 以上90 |
裁判長裁判官 | 清水節 |
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裁判官 | 山田真紀 |
裁判官 | 片山信 |