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関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  周知技術 /  優先権 /  実施 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10674号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社高嶌
同訴訟代理人弁理士 清原義博
被告 特許庁長官中嶋 誠
同指定代理人一色由美子
同 舩岡嘉彦
同 唐木以知良
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/08/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2003-71424号事件について平成17年7月15日にした決定中,「特許第3353249号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「炭素粉を含有した低反発性ポリウレタンフォーム」とする特許第3353249号(平成13年8月1日出願(優先権主張 平成12年8月1日),平成14年9月27日設定登録。請求項の数は4である。
以下「本件特許」という。)の特許の特許権者である。
本件特許の請求項1ないし4に係る特許について,菊池礼子,平野周子及びアキレス株式会社から特許異議の申立てがされ,特許庁は,この異議申立てを異議2003-71424号事件として審理した。審理の過程で,原告は,平成15年8月13日付けで取消理由の通知を受け,同年10月17日付けで第1回訂正請求をしたが,さらに,平成16年6月24日付けで取消理由が通知されたため,同年9月3日付けで第2回訂正請求を行った。
特許庁は,平成17年7月15日,第1回訂正請求を認め,第2回訂正請求は認められないとした上で,「特許第3353249号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年8月6日,決定の謄本が原告に送達された。
なお,原告は,本件訴訟の係属中である平成17年10月31日,本件特許について訂正審判請求をした(訂正2005-39200号)が,平成18年3月29日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決がされ,この審決は確定した。
2 特許請求の範囲第1回訂正請求による訂正後の本件特許の請求項1ないし4は,下記のとおりである(以下,請求項1ないし4に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」といい,本件発明1ないし4全部を「本件発明」という。なお,以下,第1回訂正請求による訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。
記【請求項1】イソシアネート成分と,炭素粉と,粘度が400〜600cpに調整されたポリオール成分とから形成されてなり,前記ポリオール成分は平均官能基数が2〜4で,水酸基価が30〜60mgKOH/gのポリオールと,平均官能基数が2〜4で水酸基価が200〜270mgKOH/gのポリオールの混合物であることを特徴する低反発性ポリウレタンフォーム。
【請求項2】イソシアネート成分と,粒径が1μmを超える炭素粉が予め略均一に分散され,粘度が400〜600cpに調整されたポリオール成分とから形成されてなり,前記ポリオール成分は平均官能基数が2〜4で,水酸基価が30〜60mgKOH/gのポリオールと,平均官能基数が2〜4で水酸基価が200〜270mgKOH/gのポリオールの混合物であることを特徴する低反発性ポリウレタンフォーム。
【請求項3】イソシアネート成分と,粘度が400〜600cpに調整されたポリオール成分と,粒径が0.01〜1μmの炭素粉とが同時に混合されて形成されてなり,前記ポリオール成分は平均官能基数が2〜4で,水酸基価が30〜60mgKOH/gのポリオールと,平均官能基数が2〜4で水酸基価が200〜270mgKOH/gのポリオールの混合物であることを特徴する低反発性ポリウレタンフォーム。
【請求項4】前記炭素粉が木炭及びカーボンブラックであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の低反発性ポリウレタンフォーム。
3 決定の理由別紙決定書の写しのとおりである。要するに,@本件発明1は,特開平11-286566号公報(甲第6号証。以下,決定と同様に「刊行物6」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,A本件発明2は,引用発明に基づき,周知技術や特開平8-183905号公報(甲第2号証。以下,決定と同様に「刊行物2」という。),特開平11-43611号公報(甲第3号証。以下,決定と同様に「刊行物3」という。),特開昭50-101497号公報(甲第7号証。以下,決定と同様に「刊行物7」という。)及び特公昭42-3793号公報(甲第8号証。以下,決定と同様に「刊行物8」という。)の記載をも併せれば,当業者が容易に発明をすることができたものであり,B本件発明3は,引用発明に基づき,周知技術や特開平10-165260号公報(甲第1号証。以下,決定と同様に「刊行物1」という。),刊行物2,7及び8の記載をも併せれば,当業者が容易に発明をすることができたものであり,C本件発明4は,引用発明に基づき,周知技術や刊行物3の記載をも併せれば,当業者が容易に発明をすることができたものであり,いずれも特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
決定は,上記結論を導くに当たり,引用発明の内容並びに本件発明1と引用発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1) 引用発明の内容「【請求項1】ポリオール(a),ポリイソシアネート(b),触媒(c),および発泡剤(d)を含有するウレタンフォーム組成物を反応させて得られる低反発性ウレタンフォームであって,………であることを特徴とする,低反発性ウレタンフォーム。」「【請求項3】ポリオール(a)は,平均官能基数1.5〜4.5で,水酸基価20〜70mgKOH/gのポリオール(a-1)と,平均官能基数1.5〜4.5で,水酸基価140〜300mgKOH/gのポリオール(a-2)とを含み,前記ポリオール(a)中に,前記ポリオール(a-1)が32〜80重量%,前記ポリオール(a-2)が20〜68重量%の範囲で含有されている,請求項1または2に記載の低反発性ウレタンフォーム。」(2) 一致点イソシアネート成分と,ポリオール成分とから形成されてなり,前記ポリオール成分は平均官能基数が2〜4で,水酸基価が30〜60mgKOH/gのポリオールと,平均官能基数が2〜4で水酸基価が200〜270mgKOH/gのポリオールの混合物であることを特徴する低反発性ポリウレタンフォームである点(3) 相違点(i) 本件発明1が,炭素粉を使用するのに対し,刊行物6には「本発明のウレタンフォーム組成物には,上記した成分以外に,必要により整泡剤,難燃剤その他の助剤を含有させてもよい。」(段落【0027】)と記載されているが,炭素粉については具体的な記載がされていない点(ii) 本件発明1が,ポリオールの粘度を400〜600cpに調整するのに対し,刊行物6にはその点についての記載がない点
原告主張の取消事由の要点
決定は,本件発明の顕著な作用効果を看過し,その結果,本件発明の進歩性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 本件発明に特有の構成による作用効果本件発明は,下記の構成@ないしBを特長とするものであり,これらの構成を組み合わせることにより初めて20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が16秒〜36秒に調整できる低反発ポリウレタンフォームで,低反発性に優れるため,極めて良好な使用感を得ることができ,しかも優れた防臭性,吸湿性も得ることができるものである。
記@ 特定ポリオールの混合比率(構成@)本件発明は,ポリオール成分として,平均官能基数が2〜4で水酸基価が30〜60mgKOH/gのポリオールと平均官能基数が2〜4で水酸基価が200〜270mgKOH/gのポリオールの混合物を用いる。
A 粘度(構成A)この特定混合のポリオール成分の粘度が400〜600cpに調整されている。
B 炭素粉(構成B)炭素粉を配合すると低反発性ポリウレタンフォームが硬くなり,点加圧戻り時間が早くなる傾向がある(本件明細書の段落【0017】)。
2 実験成績証明書が示す作用効果実験成績証明書(甲第18号証)記載のとおり,次の実験結果が得られており,本件発明は,上記の構成@ないしBを組み合わせて初めて,当業者ならば,点加圧戻り時間を16秒〜36秒の範囲内に調整することのできる発明である。
(1) JIS-K6400-3で規定される反発弾性率と本件発明でいう点加圧戻り時間とは全く相関性がない(「点加圧戻り時間」とは,ある一定の温度条件下において,先端が鋭利な試験棒(長さ10cm,直径25mm)によって50×380×380(mm)の試験片を最大圧縮した後に,負荷を取り除いてから元の厚さに復元するまでの時間をいう。)。
(2) 粘度範囲400〜600cpのみで,本件発明の効果を奏する。
(3) 炭素粉は,粒径が10ミクロンから200ミクロンと細かくなると,点加圧戻り時間が遅くなり,点加圧戻り時間の調整に貢献する(実験例5及び6参照)。
被告の反論の骨子
本件発明の効果も格別予期しがたいものではないとした決定の判断は正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 本件発明の特有の構成による作用効果原告は,構成@について「特定ポリオールの混合比率」と記載しているが,本件発明の構成@に比率は規定されていない。また,構成Bの「炭素粉を配合すると低反発性ポリウレタンフォームが硬くなり,点加圧戻り時間が早くなる傾向がある」は,特許請求の範囲に記載された構成を示すものではない。
本件発明の特有の構成は,A:「ポリオール成分として平均官能基数が2〜4で,水酸基価が30〜60mgKOH/gのポリオールと,平均官能基数が2〜4で,水酸基価が200〜270mgKOH/gのポリオールの混合物を用いる。」,B:「ポリオール成分の粘度が400〜600cpに調整されている。」,C:「炭素粉」との構成である。
しかし,本件明細書には,「A〜Cの構成を組み合わせることにより,初めて20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が16秒〜36秒に調整できる」ことを直接明示する記載はなく,点加圧戻り時間の奏する効果についても何ら記載されていない。また,本件明細書には,炭素粉が点加圧戻り時間を16秒〜36秒の範囲内に調整するための構成であることは記載されていないし,粘度400〜600cpとすることが点加圧戻り時間を16秒〜36秒の範囲内に調整するための構成であることも記載されていない。
以上のとおり,原告が主張する,構成@ないしBを組み合わせることにより「初めて20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が16秒〜36秒に調整できる」ことは,本件明細書の記載に基づくものではない。
2 実験成績証明書が示す作用効果甲第18号証の実験は,ポリオール成分T,ポリオール成分U,イソシアネート成分として具体的に何を用いたのかが不明であり,具体的な平均官能基数,水酸基価も不明である。
実験例5と6では炭素粉粒径が細かい方(実験例5)が,点加圧戻り時間が31秒であるのに対し,大きい方(実験例6)は36秒であり,本件明細書の表1の実施例1と2の結果と逆の結果となっている。
実験例3,5,6を比較すると,炭素粉無添加の場合(実験例3)の方が,添加した場合(実験例5,6)に比して点加圧戻り時間が遅いのに対し,本件明細書の表1では比較例1が実施例1〜3に対して遅いとはいえない。
実験例1〜4は炭素粉を含まない例であり,この例によっては本件発明における粘度限定の効果を認めることはできない。
したがって,甲第18号証の実験成績証明書は本件明細書の記載と矛盾するものであって,この結果を直ちに信頼することはできない。
仮に,甲第18号証の実験結果が信頼できるとしても,本件発明1はポリオール成分,イソシアネート成分,炭素粉の配合割合については何ら限定されていないものであり,また炭素粉の粒径も限定されていないものであるから,特定の実験例における作用効果が本件発明1において常に生ずるものとすることはできない。
当裁判所の判断
1 原告は,決定が本件発明の顕著な作用効果を看過した結果,本件発明の進歩性を誤って否定したと主張する。
(1) 本件発明に特有の構成による作用効果原告は,本件発明に特有の前記構成@ないしBを組み合わせることにより初めて20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が16秒〜36秒に調整できる低反発ポリウレタンフォームで,低反発性に優れるため,極めて良好な使用感を得ることができ,しかも優れた防臭性,吸湿性も得ることができると主張する。
本件明細書(甲第15号証の全文訂正明細書)には,以下の記載がある。
ア 「本発明は,炭素粉を含有した低反発性ポリウレタンフォームに関し,その目的は,幅広い粒度の炭素粉が低反発性ポリウレタンフォーム中に分散されて保持されているために,優れた防臭性や吸湿性を有するとともに,含有された炭素粉が脱落することがない低反発性ポリウレタンフォームを提供することにある。尚,本発明における低反発とは,JIS K 6401に基づいて算出された反発弾性率が30%以下のもののことをいう。」(段落【0001】)イ 「本発明の解決課題は,幅広い粒度の炭素粉が低反発性ポリウレタンフォーム中に分散されて保持されているために,優れた防臭性や吸湿性を有するとともに,含有された炭素粉が脱落することがない低反発性ポリウレタンフォーム及びこの低反発性ポリウレタンフォームの好適な製造を提供することにある。」(段落【0005】)ウ 「反発弾性率は30%以下,好ましくは0〜20%,より好ましくは0〜15%とされる。反発弾性率が30%を超える場合は,良好な低反発性を有するフォームが得られないからである。」(段落【0016】)エ 「特に20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が36秒以下となるように調整された低反発性ポリウレタンフォームとすることが望ましい。この理由は,20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が36秒以下となるように調整することで,低反発性に優れるために,例えばクッション材として使用した場合,極めて良好な使用感が得られるとともに,優れた防臭性,吸湿性を得ることができるからである。」(段落【0016】)オ 「『点加圧戻り時間』とは,ある一定の温度条件下において,先端が鋭利な試験棒(長さ10cm,直径25mm)によって50×380× 380(mm)の試験片を最大圧縮した後に,負荷を取り除いてから元の厚さに復元するまで時間のことをいう。」(段落【0016】)カ 「炭素粉を配合すると低反発性ポリウレタンフォームが硬くなり点加圧戻り時間が早くなる傾向がある。これを防ぐために可塑剤を添加すると良い。」(段落【0017】)キ 「【実施例】・・・ポリオール成分としては,ダウ・ポリウレタン日本株式会社製のボラノールV3022J(商品名)と三井武田ケミカル株式会社製のMN700(商品名)を等量混合して使用した。またイソシアネート成分としては,トルエンジイソシアネート(TDI-80)を使用した。
触媒としては,スタナスオクトエートを,炭素粉としては備長炭を,それぞれ使用した。」(段落【0026】),「(試験例;硬さ及び戻り時間の測定)・・・硬さをJIS-K6400に規定される方法に基づいて測定した。即ち,50×380× 380(mm)の試験片を200mmφの加圧円盤を取り付けた硬さ試験機を用いて,加圧前の厚さの75%に予備圧縮したのちに,毎分 100mmの速度で元の厚さの25%まで圧縮したときの荷重値を測定した。
また,上記・・・各試料に20℃の温度条件下において一定の負荷を加えた後に,この負荷を取り除き,負荷により形成された窪みが負荷を全く加えていない状態にまで戻るまでの時間(点加圧戻り時間)を測定した。結果を表1に示す。」(段落【0028】),「表1の結果の通り,炭素粉を含有した低反発性ポリウレタンフォームは,炭素粉を含有していない低反発性ポリウレタンフォームと略同等の性質を有することが分かる。」(段落【0030】)ク 表1には,成分の組成と測定結果が記載され,実施例1〜5として,点加圧戻り時間が16秒〜36秒のものが,比較例1として,点加圧戻り時間が19秒のものが記載されている。(段落【0029】)ケ 「【発明の効果】・・・本発明に係る炭素粉を含有した低反発性ポリウレタンフォームは,炭素粉が分散されて保持されているために,防臭性,吸湿性に優れた低反発性ポリウレタンフォームである。しかも,低反発性ポリウレタンフォーム中におけるカビやダニの発生を抑制することができ,また遠赤外線効果も期待することができる。また,炭素粉が低反発性ポリウレタンフォーム中に分散されて保持されているために見た目にも美しい。
本発明に係る炭素粉を含有した低反発性ポリウレタンフォームの製造方法は,幅広い粒径の炭素粉を低反発性ポリウレタンフォーム中に分散させて保持させることが可能であり,含有された炭素粉は低反発性ポリウレタンフォームから脱落することがない。」(段落【0034】〜【0035】)本件明細書の上記ア及びウによれば,本件発明の発明特定事項である「低反発性」とは,反発弾性率(JIS K 6401)が30%以下のことである。
これに対し,「20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が16秒〜36秒」は,発明特定事項ではなく,上記エによれば,特にそのような条件下で36秒以下に調整したときには,単に低反発性というだけではなく,「低反発性に優れる」,「極めて良好な使用感が得られる」から望ましいというものであって,本件発明の一態様にすぎないものであり,本件発明の目的や効果に関する記載(上記イ,ケ)やその他の記載をみても,本件明細書には,この点が本件発明の目的や効果であるとの記載はされていない。したがって,本件発明によれば常に「20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が16秒〜36秒に調整でき,低反発性に優れるため,極めて良好な使用感を得ることができる」ものとは解されない。
また,上記クのとおり,実施例には点加圧戻り時間が16秒〜36秒のものが記載されているが,実施例に示されたもの以外については,本件明細書に,点加圧戻り時間をどのようにして16秒〜36秒の範囲に調整するかに関する具体的な記載がない。上記の実施例にしても,表1をみると,例えば,実施例1と実施例3は同じ材料,同じ条件で調製されているのに,点加圧戻り時間は一方は25秒,他方は36秒と異なり,再現性がないし,また,炭素粉を配合しない比較例1が19秒であるのに,配合した実施例1〜3は25秒,21秒,36秒と遅く,上記カと矛盾する結果となっている。これらをみても,本件発明によって常に「20℃の温度条件下における点加圧戻り時間が16秒〜36秒に調整でき,低反発性に優れるため,極めて良好な使用感を得ることができる」ということはできない。
さらに,原告の主張によれば,「点加圧戻り時間が16秒〜36秒」は,「低反発性に優れる」,「極めて良好な使用感を得ることができる」という効果の尺度とされているといえる。ところが,「点加圧戻り時間」なるものは,当業界で慣用されているものと認めるに足りる証拠はないから,本件発明の効果を評価するためには,上記「点加圧戻り時間が16秒〜36秒」が意味するところが的確に理解できる必要がある。しかし,本件明細書の上記オ及びキをみても,「点加圧戻り時間」の定義に「先端が鋭利な試験棒」など不明瞭な記載を含んでいる上,負荷の大きさ,負荷をかける速度や継続時間の条件が不明であり,前記の実施例1と実施例3との関係のように,再現性も疑わしいから,当業者がこれを明確に理解することができるものとは認められず,「点加圧戻り時間」による本件発明の効果の評価は困難である。
以上のとおりであるから,原告の上記主張を採用することはできない。
(2) 実験成績証明書が示す作用効果ア 原告は,JIS-K6400-3で規定される反発弾性率と本件発明でいう点加圧戻り時間とは全く相関性がないと主張するところ,これは,決定が,「本件発明1の効果も格別予期しがたいものではない。」と判断するに当たって,「点加圧戻り時間についても,刊行物13の(実施例及び比較例)には反ぱつ弾性率が30以下のもので圧縮後の回復時間(秒)が16〜36秒のポリウレタンフォームの実験例も数多く示されており」と説示している点をとらえて,決定は両者に相関性があるとしているとして,これを非難する趣旨と解される。
しかし,決定は,本件明細書の上記アの記載に沿って,本件発明における「低反発」が反発弾性率(JIS K 6401)で30%以下を意味することを前提として「反ぱつ弾性率が30以下のもので」と摘示したものであって,反発弾性率と点加圧戻り時間に相関性があるとの説示をしたものではないから,原告の上記非難は当たらない。
なお,上記刊行物13(特開昭62-79217号公報,甲第13号証)には,@「粘着付与剤は得られたフォームに粘着性を付与してフォームの圧縮後の回復を遅くし,フォームに制振性能を与える。・・・この発明で使用できる粘着付与剤としては,高級炭化水素樹脂・・・水素添加ロジンエステル・・・などがある」(2頁左下欄17行〜右下欄16行),A「可塑剤は・・・配合比率が多くなりすぎるとフォーム自体のベタツキが大きく・・・圧縮後のフォームの回復時間が短く制振効果が期待できない。・・・粘着付与剤に粘着性を与えるためには可塑剤の併用が必要であり・・・添加量が少なすぎると粘着性が不十分となり,圧縮後の回復時間が短かく制振効果が期待できない。・・・使用できる可塑剤としては,フタル酸エステルなど・・・がある。」(3頁左上欄7行〜右上欄3行),B実施例1〜4及び比較例1〜5のポリウレタンフォームについて,その原料配合及び性能の測定結果を示した表-1によれば,圧縮後の回復時間(秒)が,実施例1〜4は順に「19」,「310」,「21」,「20」,比較例1〜5は順に「25」,「17」,「3」,「3」,「2」であること(3頁下欄)が記載されているが,「圧縮後の回復時間」の定義は記載されておらず,これが本件明細書記載の「点加圧戻り時間」と同じであるということはできない。しかし,決定が刊行物13に言及したのは,「従来そのような圧縮後の回復時間が長いものが得られていなかった訳ではなく・・・,点加圧戻り時間が16〜36秒のウレタンフォームが特に本件発明1で初めて得られたというものであるとはいい難いのであるから,」と説示しているように,「点加圧戻り時間が16秒〜36秒」で表現されるような物性をもつウレタンフォームが特に本件発明1で初めて得られたというものであるとはいい難いことの例示として挙げたものにすぎず,刊行物13の「圧縮後の回復時間」が「点加圧戻り時間」と同じであることを前提としているものでないことは明らかであるから,刊行物13の「圧縮後の回復時間」と本件明細書記載の「点加圧戻り時間」とが同じであるといえないことは,決定の判断を左右することになるものではない。
イ 原告は,甲第18号証の実験結果から,粘度範囲400〜600cpのみで,本件発明の効果を奏するとか,炭素粉は,粒径が10〜200ミクロンと細かくなると,点加圧戻り時間が遅くなり,点加圧戻り時間の調整に貢献する(甲第18号証の実験例5及び6)と主張する。
甲第18号証には,ポリオール成分Iとポリオール成分IIの配合割合,備長炭の粒径による点加圧戻り時間の影響を測定した結果が記載されているが,前記(1)に述べたとおり,「点加圧戻り時間が16秒〜36秒」は本件発明の発明特定事項ではなく,本件発明の一態様を示すにすぎないから,「点加圧戻り時間が16秒〜36秒」で表現されるような低反発性や使用感の効果は,本件発明の効果であるとはいえない。また,「点加圧戻り時間」の計測方法や時間の持つ意味は,当業者が明確に理解することができるものではない。
したがって,原告の上記主張はいずれも失当である。
(3) 以上のとおり,決定が本件発明の顕著な作用効果を看過したとの原告の主張は理由がない。
2結論以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,決定を取り消すべきその他の誤りは認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二