関連審決 |
不服2002-18694 |
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関連ワード | 技術的思想 / 創作性(創作) / 物の発明 / 新規性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 先行技術 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 技術的意義 / 発明の要旨認定 / 実施 / 拒絶査定 / 請求の理由 / 新規事項追加(新規事項の追加) / 請求の範囲 / 釈明 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10767号
審決取消請求事件
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原告 株式会社半導体エネルギー研究所 訴訟代理人弁理士 玉城信一 被告 特許庁長官中嶋 誠 指定代理人 瀧内健夫 同 松本邦夫 同河合章 同 徳永英男 同 大場義則 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/08/31 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が不服2002−18694号事件について平成17年9月12日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
主文第1項と同旨 |
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争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,平成6年2月15日(優先権主張・平成5年2月15日)にした特許出願(特願平6-40522号)を分割して,平成13年3月12日,発明の名称を「薄膜トランジスタ」とする発明につき特許出願(特願2001-67986号。以下「本願」という。)をした。 特許庁は,平成14年8月23日,本願につき拒絶査定をしたので,原告は,これを不服として審判請求をした。 特許庁は,上記請求を不服2002-18694号事件として審理し,その係属中,原告は,平成14年10月28日付け手続補正書をもって,特許請求の範囲の補正をしたが,特許庁は,平成16年11月11日,上記補正を却下する決定をし,同年11月26日付けで拒絶理由の通知をした。 原告は,上記通知の指定期間内である平成17年1月28日,特許請求の範囲の補正(以下「本件第1補正」という。)をしたが,更に,同年2月24日付けの最後の拒絶理由の通知を受けて,その指定期間内である同年4月4日,特許請求の範囲について補正(以下「本件第2補正」という。)をした。 そして,特許庁は,審理の結果,平成17年9月12日,本件第2補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その謄本は同年9月28日原告に送達された。 2 特許請求の範囲(1) 本件第1補正後本件第1補正後の特許請求の範囲は請求項1ないし4から成り,その請求項1,2の記載は,次のとおりである(以下,請求項1,2に係る発明を併せて「本件第1補正発明」という。)。 【請求項1】 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であり,前記16 -3 19 -3ニッケルを除去することにより,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は前記濃度1×10 cm を上回らないことを特徴とする薄19 -3膜トランジスタ。 【請求項2】 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であり,前記16 -3 19 -3ニッケルを除去することにより,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は前記濃度1×10 cm を上回らなく,前記基板に平行な19 -3方向に結晶が成長してなることを特徴とする薄膜トランジスタ。 (2) 本件第2補正後本件第2補正後の特許請求の範囲は請求項1ないし4から成り,その請求項1,2の記載は,次のとおりである(下線部は本件第2補正による補正箇所。以下,請求項1,2に係る発明を併せて「本件第2補正発明」という。)。【請求項1】 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であり,前記16 -3 19 -3結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回らないことを特徴とする薄19 -3膜トランジスタ。 【請求項2】 基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であり,前記16 -3 19 -3結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回らなく,前記基板に平行な19 -3方向に結晶が成長してなることを特徴とする薄膜トランジスタ。 3 審決の内容審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。 その理由の要旨は,本件第2補正は,本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下,上記明細書及び図面を併せて「本願当初明細書」という。 甲2)に記載した事項の範囲内におけるものではなく,新規事項を追加するものであり,平成6年法律第116号による改正前の特許法17条の2第2項において準用する同法17条2項の規定に適合せず,不適法なものとして却下すべきであり,本件第1補正も,本件第1補正発明は本願当初明細書に記載されたものではなく,新規事項を追加するものであって,同項に規定する要件を満たしていないから,本願は拒絶すべきであるとしたものである。 |
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当事者の主張
1 原告主張の審決の取消事由審決は,本件第2補正及び本件第1補正がいずれも新規事項の追加に該当するものであると誤って判断したものであり,違法として取り消されるべきである。 (1) 取消事由1(本件第2補正の適法性の判断の誤り)ア 審決は,@「補正後の請求項1及び2に係る発明は,物の発明である1から,「前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10cm 〜1×10 cm であ」ることにおいて,「ニッケルの濃度」6-3 19-3の上限値である「1×10 cm 」は「ニッケルを除去」する工程を19 -3経た値である一方,下限値である「1×10 cm 」は「ニッケルを16 -3除去」する工程を経ていない値であるというように,異なる時点での状態を同時に規定したものとすることは認められない。」(審決書3頁13〜19行。以下「認定@」という。),A「したがって,補正後の請求項1及び2の記載の限りにおいて,「ニッケルの濃度」の上限値である「1×10 cm 」が,「前記ニッケルを除去すること」により得19 -3られた値である以上,下限値である「1×10 cm 」について16 -3も,「前記ニッケルを除去すること」により得られる値と認定せざるを得ない」(審決書3頁20〜24行。以下「認定A」という。)とした上で,本願当初明細書には,「ニッケルの濃度」の下限値である「1×10 cm 」が「前記ニッケルを除去すること」により得られる値で16 -3あることの記載がないから,本件第2補正は,本願当初明細書に記載した事項の範囲内におけるものではないと判断している。 しかし,以下のとおり,本件第2補正発明は,ニッケルが過剰な場合に限りこれを上限値まで除去するものであって,本件第2補正発明の「ニッケルの濃度」の下限値である「1×10 cm 」は「前記ニッケ16 -3ルを除去すること」により得られる値ではないから,審決の認定@,Aは誤りである。 (ア) 特許出願に係る発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行われるべきところ(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決,特許庁「特許・実用新案審査基準」3頁参照),本件第2補正後の請求項1,2には,「ニッケル濃度の下限値が「ニッケルを除去」する工程を経ていない値である」との事項が一切記載されていないから,審決の認定@は,請求項に記載されていない事項を記載されているというもので,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,その前提において誤りである。 また,本件第2補正後の請求項1,2には,「ニッケルの濃度の下限値が「前記ニッケルを除去すること」により得られる値」であるとは一切記載されていないから,「下限値である「1×10 cm 」16 -3についても,「前記ニッケルを除去すること」により得られる値と認定せざるを得ない」とした認定Aも,同様に特許請求の範囲の記載に基づかないものとして誤りである。 本件第2補正後の請求項1,2の「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回らな」いとの「前記ニッケルを除去すること」と19 -3の事項は,数値範囲の一部であるニッケル濃度の上限値のみを更に限定する事項として一義的に明確に技術的意義を理解できるものであり,それ以上に,下限値の技術的意義までも明確にするものではない。特許請求の範囲の記載に基づいて本件第2補正発明の要旨認定を行えば,ニッケル濃度の下限値はニッケルを除去することにより得られる値であると判断されるはずはない。 (イ) 次に,本願当初明細書の段落【0011】には,「本発明ではニッケル,・・・を用いるが,これらの材料は半導体材料としてのシリコンにとっては好ましくない。そこで,過剰にシリコン膜中に含まれている場合には,これを除去することが必要であるが,ニッケルに関しては,上記の反応の結果,結晶化の終端に達した珪化ニッケルはフッ酸もしくは塩酸に容易に溶解するので,これらの酸による処理によって基板からニッケルを減らすことができる。さらに,積極的にニッケル,・・・を減らすには,結晶化工程の終了した後,塩化水素,各種塩化メタン(・・・),各種塩化エタン(・・・)あるいは各種塩化エチレン(・・・)等の塩素を含む雰囲気中で,400〜650℃で処理すればよい。・・・本発明によるシリコン膜中のニッケル・・15 -3 1・の濃度は,1×10 cm 〜1原子%,より好ましくは1×10cm 〜1×10 cm が好ましいとわかった。この範囲以下では6-3 19-3結晶化が十分に進行せず,一方,この範囲を上回った場合には,特性,信頼性が劣化する。」との記載がある。 この記載によれば,結晶性半導体膜中に過剰にニッケルが含まれている場合,その過剰なニッケルを除去する手段として,結晶化の終端に達した過剰なニッケルを酸で溶解して除去する「溶解除去手段」と,過剰なニッケルを塩素を含む雰囲気中で処理する「雰囲気中除去手段」の二つの手段があることが分かる。そして,本件第2補正発明は,これら除去手段を用いて結晶性半導体膜中に過剰に含まれるニッケルを除去することができるものである。そして,「過剰なニッケルを除去する」との意味は,結晶性半導体膜中に含まれるニッケル濃度のうち,上限値を超えている過剰な分を除去するとの意味である。 「溶解除去手段」の除去のメカニズムは,結晶化の終端に達した過剰なニッケルを酸で溶解して除去するものであり,結晶性半導体膜中に含まれるニッケル濃度を上限値以下にするものであるのに対し,「雰囲気中除去手段」の除去のメカニズム(例えば,濃い濃度のニッケルから順に除去されるようなものか,あるいは,濃い濃度のニッケルも薄い濃度のニッケルも同時に同じ割合で除去されるようなものか,あるいは,それらとは全く異なる別のものか)は不明である。 このように「雰囲気中除去手段」(他の公知の除去手段があればその除去手段)の除去のメカニズムが解明されていない以上,本件第2補正における「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回ら19 -3な」いとの補正事項について,認定Aのように,「「ニッケルの濃度」の上限値である「1×10 cm 」が,「前記ニッケルを除去19 -316すること」により得られた値である以上,下限値である「1×10cm 」についても,「前記ニッケルを除去すること」により得られ-3る値と認定せざるを得ない」と断定できるはずはない。 イ 仮に審決の認定Aが正当であるとすれば,本件第2補正発明におけるニッケルの濃度の下限値1×10 cm がニッケルを除去することに16 -3より得られる値であることは,本願当初明細書に実質的に記載されているというべきである。 (ア) 本願当初明細書に記載の特許請求の範囲(本願出願時のもの)の請求項1は,「絶縁表面上に形成された,ニッケル,鉄,コバルト及び白金から選択された元素を含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であることを特徴とする薄16 -3 19 -3膜トランジスタ。」,同請求項2は,「前記元素はニッケルであることを特徴とする請求項1記載の薄膜トランジスタ。」であり,上記請16 -3求項1,2には「結晶性半導体膜のニッケル濃度が1×10 cm〜1×10 cm である薄膜トランジスタ」が記載されている。 19 -3(イ) 審決の認定Aが正当であるということは,本願当初明細書の段落【0011】中の前記「雰囲気中除去手段」の除去のメカニズムが,濃い濃度のニッケルも薄い濃度のニッケルも同時に同じ割合で除去されることを意味することが立証されたことにほかならず,例えば明細書に過剰なニッケルを除去するとしか記載されていないとしても,薄い濃度のニッケルも同時に同じ割合で除去されていることになるものである。 そして,本願出願時の請求項1,2と本願当初明細書の段落【0011】の記載を合わせて読めば,「過剰なニッケルを除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度が1×10 cm 〜1×10 cm であ16 -3 19 -3る薄膜トランジスタ」の発明が記載されていることを読み取ることができるのであるから,本願当初明細書には,結晶性半導体膜中のニッケルの濃度の下限値1×10 cm がニッケルを除去することによ16 -3り得られる値であることが,実質的に記載されていると解することができる。 ウ したがって,いずれにせよ,本件第2補正が新規事項の追加に該当し,不適法であるとした審決の判断は誤りである。 (2) 取消事由2(本件第1補正の適法性の判断の誤り)ア 審決は,「当初明細書等において,この「1×10 cm 〜1×116 -30 cm 」というニッケルの濃度条件は,シリコン膜の結晶化工程後19 -3に,さらに多くの工程を経て完成した後の「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶性半導体膜」について論じられたものではなく,当初明細書等には,完成後の「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶性半導体膜」のすべての領域で,上記の濃度条件が成立していることを裏付けるような記載を見いだすことはできない。」(審決7頁17行〜23行)と認定している。 しかしながら,本願当初明細書中の請求項1(本願出願時のもの)に,「絶縁表面上に形成された,ニッケル,鉄,コバルト及び白金から選択された元素を含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電1極とを有し,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度は1×10cm 〜1×10 cm であることを特徴とする薄膜トランジス6-3 19-3タ。」と記載されているように,本願当初明細書には,最終的な薄膜トランジスタの状態において,結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度が1×10 cm 〜1×10 cm であるものが記載されているか16 -3 19 -3ら,審決の上記認定は誤りである。 なお,審決が指摘する「完成後の「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶性半導体膜」のすべての領域で,上記の濃度条件が成立していることを裏付ける記載が必要であるのに,当初明細書等には,その記載がない」との点は,新規事項の追加に該当するとの理由にはなり得ない。 イ 審決は,認定@,Aと同様に,「ニッケルの濃度」の下限値である「1×10 cm 」が「前記ニッケルを除去すること」により得られる16 -3値であることが本願当初明細書に記載されていないとして,本件第1補正発明は,本願当初明細書に記載されたものではないと判断しているが(審決書7頁31行〜8頁10行),前記(1)ア,イと同様の理由により,審決の上記判断は誤りである。 ウ したがって,本件第1補正が新規事項の追加に該当し,本願を拒絶すべきであるとした審決の判断は誤りである。 2 被告の反論(1) 取消事由1に対しア 「物の発明」の構成においては,現にそこに存在している,一つの時点の結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲,例えば,ニッケルを除去する前のものにおける濃度範囲又はニッケルを除去したものにおける濃度範囲のいずれか一方しか規定し得ないことはいうまでもない。 そして,本件第2補正発明の「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 c19m を上回らな」いとの構成は,「薄膜トランジスタ」という「物の発-3明」においてその結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の上限値が製法で限定されている。本件第2補正発明は,各工程が終了して製造された「薄膜トランジスタ」であって,製造途中のものを規定するものではないから,結晶性半導体膜に薄膜トランジスタを形成する前にその結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」は,結晶化後に結晶性半導体膜中に残留することになるニッケルの濃度範囲の高低に関わらず,必ず行われる工程であり,その薄膜トランジスタにおける結晶性半導体膜の濃度範囲は,ニッケルを除去した後のものである。このニッケル除去工程を経なければ,本件第2補正発明の結晶性半導体膜が「ほぼ均一な品質の薄膜トランジスタが常に作製される」という所期の効果を奏することができず,ニッケル除去工程は本件第2補正発明を最も特徴付けている不可欠の技術的事項である。 そうすると,本件第2補正発明の「前記ニッケルを除去する」の部分は,一見,「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は」「前記濃度1×10 cm を上回らな」いことを技術的に限定するような表19 -3現となっているものの,実質的にはニッケル濃度範囲の上限値の技術的意味を明確にするものとはなり得ないものであり,その結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値もニッケルを除去した後の結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値を意味することになるのは当然である。 なお,原告の引用する判例及び審査基準(前記1(1)ア(ア))は,特許出願における新規性又は進歩性を判断する場合における特許出願に係る発明の要旨認定に関するものであり,新規事項の判断に適用されるものではない。 イ また,仮に本件第2補正発明において,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」が,結晶化直後の結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度範囲の上限が所定の値を超えていた場合にのみ行われる選択的な事項であり,必須の構成ではないということであれば,本件第2補正発明は,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むものとなり,「ニッケルを除去すること」をもって先行技術との差異(進歩性)を主張する本件審判段階における原告の主張(下記(ア)ないし(ウ))と矛盾するものとなる。 (ア) 原告は,平成14年10月28日付け手続補正書(甲12)を提出し,本願の特許請求の範囲の請求項1,2に係る発明を,「前記元素を除去する」点(「元素」の唯一の実施例は「ニッケル」である。)で限定した上,本件審判請求書の請求の理由の欄を補正する平成14年12月17日付けの手続補正書(甲13)において,「・・・請求項1に係る発明は,主として以下の(イ),(ロ)の2つの特徴的事項を備えることを特徴とするもので,これら2つの事項を一体不可分の構成として備えることにより,各引用文献との差異を明確にするものです。 (イ)「元素を除去することにより,」(以下,「第1の特徴的事項」という。)(ロ)「結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度は1×10 cm 〜116 -3×10 cm であり,」(以下,「第2の特徴的事項」という。)19 -3・・・結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度が過剰であっても前記「第1の特徴的事項」により余剰分は除去され,前記「第2の特徴的事項」に示すように結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度は常に所定範囲内になり,その結果,ほぼ均一な品質の薄膜トランジスタが常に作製されることになります。つまり「第1の特徴的事項」及び「第2の特徴的事項」は,お互い密接に関連付けられた事項で,一体不可分の構成を形成しています。」(6頁12行〜28行),「つまり,シリコン膜を十分に結晶化させるため予め金属元素の濃度を寧ろ高めにして結晶性半導体膜を作製し,作製後に所定値以上の金属元素を除去し,その濃度を低減するようにすることが可能となり,例え除去工程が増えるとしても均一な品質を有する薄膜トランジスタの作製が容易且つ確実になります。」(8頁25行〜29行),「本願明細書の段落〔0011〕には,「金属元素を除去し結晶性半導体膜に含まれる前記金属元素の濃度を所定の範囲にすることにより,結晶化の低温,短時間化を可能にするとともに,薄膜トランジスタの特性及び信頼性の劣化を防止する。」という技術的思想が記載乃至示唆されていると言えます。そして,請求項1に係る発明の前記「第1の特徴的事項」及び「第2の特徴的事項」を一体不可分とした構成,或いは前記技術的思想については,引用された5件の引用文献には記載乃至示唆されていません。また,前記「第1の特徴的事項」及び「第2の特徴的事項」を一体不可分とした構成が,引用された5件の文献に記載されたものから当業者が容易に発明できるとは思われません。」(9頁13行〜22行)と主張している。 (イ) 原告は,本件審判段階における審尋に対する平成16年9月10日付け回答書(甲15)において,上記(ア)と同様の主張を繰り返すとともに,「本願発明は,「金属元素を除去し結晶性半導体膜に含まれる前記金属元素の濃度を所定の範囲にすることにより,結晶化の低温,短時間化を可能にするとともに,薄膜トランジスタの特性及び信頼性の劣化を防止する。」という高度の技術的思想を創作したものです。そのため,本願発明が容易に発明できたと言えるためには,少なくとも添加した金属元素の余分な量を,除去することにより所定値に調整する技術が本願出願前に知られている必要があると思料します。」(2頁26行〜3頁3行)と主張している。 (ウ) 原告は,本件第1補正に関し,平成17年1月28日付け意見書(甲18)において,「請求項1に係る発明は,主として以下の(イ)の特徴的構成を備えることを特徴とするもので,この構成により,引用文献1,2との差異を明確にするものです。 16 -3(イ)「結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度は1×10 cm〜1×10 cm であり,前記ニッケルを除去することにより,前19 -3記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は前記濃度1×10 c19m を上回らない」との構成(以下,「本願特異な構成」という。)-3そして・・・結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度が過剰であっても上記「本願特異な構成」により余剰分は除去され,結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度は常に所定範囲内になり,その結果,ほぼ均一な品質の薄膜トランジスタが常に作製されることになります。」(3頁18行〜30行),「つまり,シリコン膜を十分に結晶化させるため予めニッケルの濃度を寧ろ高めにして結晶性半導体膜を作製し,作製後に所定値を越えたニッケルを除去し,その濃度を低減するようにすることが可能となり,例え除去工程が増えるとしても均一な品質を有する薄膜トランジスタの作製が容易且つ確実になります。」(4頁28行〜31行),「本願明細書の段落[0011]には,「ニッケルを除去し結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度を所定の範囲にすることにより,結晶化の低温,短時間化を可能にするとともに,薄膜トランジスタの特性及び信頼性の劣化を防止する。」という技術的思想が記載乃至示唆されていると言えます。そして,請求項1に係る発明の上記「本願特異な構成」,或いは上記技術的思想は,引用された2件の引用文献には記載乃至示唆されていません。上記「本願特異な構成」中の上限値は,上記したように特有な技術的意義を有するもので,引用された2件の引用文献に記載されたものから当業者が容易に発明できるとは思われません。」(4頁42行〜50行)と主張している。 ウ 以上によれば,審決の認定@,Aに誤りはなく,本件第2補正発明は,ニッケルを除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値が1×10 cm であるものとして認定されるのに対し,本願当初明細16 -3書にはニッケルを除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値が1×10 cm であるとの記載がないから,本件第2補正が新規事16 -3項の追加に該当し,不適法であるとした審決の判断に誤りはない。 (2) 取消事由2に対しア 本件第1補正後の請求項1,2には,「前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であり」16 -3 19 -3と記載されており,そのニッケルの濃度範囲が「結晶性半導体膜」中の特定の部分について成立するものであるようには規定されていない。また,本件第1補正発明は,本件第2補正発明と同様に,結晶性半導体膜中の「ニッケルを除去すること」という製法限定を付された,最終的な薄膜トランジスタの構成に関するものであり,「ニッケルを除去すること」という製法限定された部分を必須の構成とするものであるから,「ニッケルを除去すること」により得られた「結晶性半導体膜」のすべて16 -3 19 -の部分において「ニッケルの濃度は1×10 cm 〜1×10 cmであ」る薄膜トランジスタと認定すべきである。 3しかし,本願当初明細書には,結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲に関し,請求項1に「ニッケル,鉄,コバルト及び白金から選択された元素を含む結晶性半導体膜」を有し,「前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であることを特徴16 -3 19 -3とする薄膜トランジスタ」との記載及び段落【0011】に「シリコン膜中のニッケル,鉄,コバルト,白金の濃度は,1×10 cm 〜115 -3原子%,より好ましくは1×10 cm 〜1×10 cm が好まし16 -3 19 -3い」との記載があるのみであり,ニッケルを除去することにより得られ16 -3 1た結晶性半導体膜のニッケルの濃度範囲が1×10 cm 〜1×10cm であることは記載されていない。また,本願当初明細書の他の箇9-3所にも,完成後の「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶性半導体膜」のすべての領域において,ニッケルの濃度範囲が1×10 cm 〜116 -3×10 cm であることを裏付ける記載も示唆もない。 19 -3イ そして,本件第1補正発明は,前記(1)と同様の理由により,ニッケルを除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値が1×10 c16m であるものとして認定されるのに対し,本願当初明細書にはニッケ-316ルを除去した結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の下限値が1×10cm であるとの記載がないから,本件第1補正が新規事項の追加に該-3当し,本願を拒絶すべきであるとした審決の判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件第2補正の適法性の判断の誤り)について(1) 原告は,本件第2補正発明は,ニッケルが過剰な場合に限りこれを上限値まで除去するものであって,本件第2補正発明の「ニッケルの濃度」の下限値である「1×10 cm 」は「前記ニッケルを除去すること」に16 -3より得られる値ではないのに,この下限値がニッケルを除去することにより得られた値であることを前提に(審決の認定@,A),本件第2補正が新規事項の追加に該当するとした審決の判断は誤りである旨主張するので,まず,この点について検討する。 ア 本件第2補正後の特許請求の範囲の請求項1は,「基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたもので16あり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10cm 〜1×10 cm であり,前記結晶性半導体膜中のニッケル濃-3 19 -319度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10cm を上回らないことを特徴とする薄膜トランジスタ。」,請求項2-3は,「基板上に形成されたニッケルを含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記結晶性半導体膜は前記ニッケルにより結晶化されたものであり,前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であり,前記結晶性16 -3 19 -3半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回らなく,前記基板に平行な方向に19 -3結晶が成長してなることを特徴とする薄膜トランジスタ。」というものである。 これらの記載から,本件第2補正後の請求項1,2には,薄膜トランジスタを構成する結晶性半導体膜がニッケルにより結晶化されたもので1あり,@上記結晶性半導体膜に含まれるニッケルの濃度範囲が1×10cm 〜1×10 cm であること,Aニッケルの濃度の上限値は,6-3 19-3ニッケルを除去することにより1×10 cm を超えないようにする19 -3ことが記載されているものと理解することができる。 そして,上記請求項1,2の文言上,ニッケルの濃度が1×10 c19m を下回る場合においてニッケルを除去する工程(ニッケル除去工-3程)を行うことについての記載はないのみならず,ニッケルの濃度範囲が「1×10 cm 〜1×10 cm 」であること(上記@)と,「16 -3 19 -3前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回らな」いこと(上記19 -3A)とが区別して記載されていることに照らすと,本件第2補正後の請求項1,2は,ニッケルの濃度の下限値である1×10 cm がニッ16 -3ケル除去工程とは直接関連しないことを明らかにしているものと理解することができる。 そうすると,本件第2補正後の特許請求の範囲の請求項1,2記載の薄膜トランジスタは,ニッケル除去工程を必須とするものではなく,ニッケル除去工程を経ていないものを含むものと認められる。 イ そして,本願当初明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,薄膜トランジスタを形成する前に,ニッケル除去工程を行うことが必須であることをうかがわせる記載はなく,かえって,次のとおり,ニッケル除去工程はニッケルが過剰に含まれている場合に必要とされることや,ニッケル除去工程を経ていない薄膜トランジスタの実施例の記載がある。 (ア)@ 「本発明ではニッケル,鉄,コバルト,白金,パラジウムを用いるが,これらの材料は半導体材料としてのシリコンにとっては好ましくない。そこで,過剰にシリコン膜中に含まれている場合には,これを除去することが必要であるが,ニッケルに関しては,上記の反応の結果,結晶化の終端に達した珪化ニッケルはフッ酸もしくは塩酸に容易に溶解するので,これらの酸による処理によって基板からニッケルを減らすことができる。さらに,積極的にニッケル,鉄,コバルト,白金,パラジウムを減らすには,結晶化工程の終了した後,塩化水素,各種塩化メタン(CH Cl,CH Cl ,C322325242233HCl ),各種塩化エタン(C H Cl,C H Cl ,C H Cl,C H Cl ,C HCl )あるいは各種塩化エチレン(C H C22 4 2 5 23l,C H Cl ,C HCl )等の塩素を含む雰囲気中で,400〜2222 3650℃で処理すればよい。特に,トリクロロエチレン(C HCl 2)は使用しやすい材料である。本発明によるシリコン膜中のニッケ 3ル,鉄,コバルト,白金の濃度は,1×10 cm 〜1原子%,よ15 -3り好ましくは1×10 cm 〜1×10 cm が好ましいとわかっ16 -3 19 -3た。この範囲以下では結晶化が十分に進行せず,一方,この範囲を上回った場合には,特性,信頼性が劣化する。」(段落【0011】)A 「〔実施例2〕・・・図5(A)に示すように,基板31上に下地酸化珪素膜32を堆積し,さらに厚さ2000〜3000Åのアモルファスシリコン膜33を堆積した。アモルファスシリコン膜には適当な量のP型もしくはN型不純物を混入させておいてもよい。 そして,上記に示したように島状のニッケルもしくは珪化ニッケル被膜34A,34Bを形成し,この状態で550℃,4時間アニールすることによってアモルファスシリコン膜を結晶化させた。」(段落【0031】),「次に,このようにして得られた結晶シリコン膜を図5(B)に示すようにパターニングした。このとき,図の中央部(ニッケルもしくは珪化ニッケル被膜34A,34Bの中間部)のシリコン膜にはニッケルが多量に含まれているので,これを除くようにパターニングして,島状シリコン領域35A,35Bを形成した。」(段落【0032】)B 「〔実施例3〕・・・図6(A)に示すように,基板51上に下地酸化珪素膜52を堆積し,さらに厚さ1000〜1500Åのアモルファスシリコン膜53を堆積した。そして,上記に示したように島状のニッケルもしくは珪化ニッケル被膜54を形成し,この状態で550℃でアニールする。この工程によって,珪化シリコン領域55が成長し,結晶化が進行する。4時間のアニールによって,図6(B)に示すように,アモルファスシリコン膜は結晶シリコンに変化する。また,結晶化の進行によって珪化シリコン59A,59Bは端に追いやられる。」(段落【0033】),「次に,このようにして得られた結晶シリコン膜を図6(B)に示すようにパターニングして島状シリコン領域56を形成した。このとき島状領域の両端はニッケルの濃度が大きいことに注意すべきである。」(段落【0034】)C 実施例6に関し,「この工程によって,アモルファスシリコン膜は孔96a,96bの直下の部分97a,97bが珪化物となり,そこから結晶化が進行しシリコン領域98a,98bが成長した。 その先端部分はニッケル濃度の高い領域99a,99bであった。(図10(B)) 十分に結晶化が進行した状態では孔96aと96bから進行した結晶化がその中間で衝突し,この状態で結晶化が停止した。結晶化の衝突した部分にはニッケルの濃度の高い領域99a(判決注・99cの誤記と認める。)が残された。この状態で,さらに実施例4のようにエキシマレーザー等によって光アニールをおこなってもよい。(図10(C))次に,このようにして得られた結晶シリコン膜を図10(D)に示すようにパターニングして島状シリコン領域100を形成した。シリコン領域100の中にはニッケル濃度の高い領域97aの一部と99cが残されている。」(段落【0064】)(イ) 上記記載によれば,ニッケル除去工程はニッケルが過剰に含まれている場合に必要とされるものであり(上記@),実施例2,3,6には,「結晶化の終端に達した珪化ニッケルをフッ酸もしくは塩酸」による処理又は「塩素を含む雰囲気中で,400〜650℃で処理」によるニッケル除去工程(段落【0011】)を経ていない薄膜トランジスタの実施例が記載されていること(上記AないしC)が認められる。 ウ 以上によれば,本件第2補正発明は,ニッケルの濃度の上限値が1×10 cm を超える場合にはその上限値の範囲内とするためニッケル19 -3除去工程を行うものではあるものの,それ以外の場合にニッケル除去工程を行うことを必須とするものではなく,ニッケル除去工程を経ることなしに,結晶性半導体膜中のニッケルの濃度範囲が1×10 cm 〜16 -31×10 cm であるものを含むものと認められるから,本件第2補19 -3正発明のニッケルの濃度の下限値である「1×10 cm 」が「前記16 -3ニッケルを除去すること」により得られる値であるとの審決の認定@,Aは誤りである。 そして,前記イのとおり,本願当初明細書には,ニッケルの濃度の上限値が1×10 cm を超える場合にはその上限値の範囲内とするた19 -3めニッケル除去工程が必要であることや,ニッケル除去工程を経ていない薄膜トランジスタの実施例の記載があることによれば,「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回らな」いことを補正事項とする本19 -3件第2補正は本願当初明細書に記載した事項の範囲内のものであり,また,本件第2補正は,審決も認定するとおり,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるから(審決書3頁7行〜12行),本件第2補正は適法である。 したがって,本件第2補正が新規事項の追加に該当し,不適法であるとした審決の判断は誤りである。 (2)ア これに対し被告は,本件第2補正発明の「前記結晶性半導体膜中のニッケル濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回らな」いとの構成は,各工程が終了して製造され19 -3た「薄膜トランジスタ」という「物の発明」においてその結晶性半導体膜のニッケル濃度範囲の上限値を製法で限定するものであり,結晶性半導体膜に薄膜トランジスタを形成する前にその結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」は,結晶化後に結晶性半導体膜中に残留することになるニッケルの濃度範囲の高低に関わらず,必ず行われる工程であって,その結晶性半導体膜の濃度範囲はニッケルを除去した後のものであるから,ニッケルの濃度範囲の下限値もニッケルを除去した後の結晶性半導体膜のニッケルの濃度範囲の下限値を意味することになるのは当然である旨主張する。 しかしながら,本件第2補正発明の薄膜トランジスタが各工程が終了して製造された物の発明であり,その結晶性半導体膜中に含まれる「ニッケルの濃度の上限値は,前記ニッケルを除去することにより前記濃度1×10 cm を上回らな」いとの構成を有するからといって,ニッ19 -3ケルの濃度範囲の高低に関わらず,薄膜トランジスタを形成する前にニッケルの除去工程を行うことが必須のものであると即断することができるものではなく,先に説示したとおり,本件第2補正発明は,ニッケル除去工程を経ることなしに,結晶性半導体膜中のニッケルの濃度範囲が1×10 cm 〜1×10 cm であるものを含むものであるか16 -3 19 -3ら,ニッケルの濃度範囲の下限値が当然にニッケルを除去した後のものになるものではない。 また,被告は,ニッケル除去工程を経なければ,本件第2補正発明の結晶性半導体膜が「ほぼ均一な品質の薄膜トランジスタが常に作製される」という所期の効果を奏することができないから,ニッケル除去工程は本件第2補正発明を最も特徴付けている不可欠の技術的事項である旨主張するが,ニッケルが上限値を上回る過剰な場合にニッケルを除去することによっても,所期の品質の薄膜トランジスタを得ることができるから,ニッケル除去工程が本件第2補正発明を最も特徴付けている不可欠の技術的事項であるとはいえない。 したがって,本件第2補正発明において,ニッケル除去工程が必須のものであることを前提とする被告の上記主張は採用することができない。 イ 次に,被告は,仮に結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」が必須の構成ではないということであれば,本件第2補正発明は,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むものとなり,「ニッケルを除去すること」をもって先行技術との差異(進歩性)を主張する本件審判段階における原告の主張と矛盾する旨主張する。 (ア) 原告が本件審判段階において提出した本件審判請求書の請求の理由の欄を補正する平成14年12月17日付けの手続補正書(甲13)には,本願の請求項1に係る発明は,主として,「(イ)「元素を除去することにより,」(以下,「第1の特徴的事項」という。)」16 -3と「(ロ)「結晶性半導体膜に含まれる元素の濃度は1×10 cm〜1×10 cm であり,」(以下,「第2の特徴的事項」とい19 -3う。)」の二つの特徴的事項を備えることを特徴とし,これら二つの事項を一体不可分の構成として備えることにより,各引用文献との差異を明確にするものである旨の記載があり,本件審判段階における審尋に対する平成16年9月10日付けの原告の回答書(甲15)でも同様の主張がされている。 一方で,原告が上記手続補正書及び回答書を提出した当時の請求項1は,平成14年10月28日付け手続補正書(甲12)に基づく補正後のものであり(「【請求項1】 絶縁表面上に形成された,ニッケル,鉄,コバルト及び白金から選択された元素を含む結晶性半導体膜と,前記結晶性半導体膜の上に形成されたゲイト絶縁膜と,前記ゲイト絶縁膜の上に形成されたゲイト電極とを有し,前記元素を除去することにより,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度は1×10 cm 〜1×10 cm であることを特徴とする薄膜トランジス16 -3 19 -3タ。」),その後,平成16年11月11日,平成14年10月28日付け手続補正書に基づく補正を却下する決定(本願当初明細書に,「前記元素を除去することにより,前記結晶性半導体膜に含まれる前記元素の濃度」の下限値が「1×10 cm 」である薄膜トラン16 -3ジスタが記載されていないことを理由とする。甲16)がされ,更にその後,本件第1補正,本件第2補正が順次行われたことは,前記第2の1のとおりである。 そして,本件第1補正に係る平成17年1月28日付け手続補正書(甲4)及び同日付け意見書(甲18),本件第2補正に係る同年4月4日付け手続補正書(甲3)及び同日付け意見書(甲20)によれば,本件第1補正及び本件第2補正は,平成14年10月28日付け補正を却下する決定を受けて,特許請求の範囲を補正するものである上,本件第2補正は,ニッケルを除去すること(ニッケル除去工程)が,ニッケル濃度の下限値と関係しない事項であることを明確にすることをその目的の一つとするものであるから,本件第2補正発明が,ニッケル除去工程を必須とせずに,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むものとなることは,原告の本件審判段階の主張と矛盾するものとはいえない。 (イ) また,原告が本件審判段階において提出した平成17年1月28日付け意見書(甲18)も,ニッケル濃度が上限値を超えた場合に除去することより薄膜トランジスタの特性,信頼性の劣化が防止されることを述べたものであり,第2補正発明が,ニッケル除去工程を必須としないことと矛盾するものではない。 (ウ) したがって,本件第2補正発明は,結晶性半導体膜中から「ニッケルを除去すること」なる構成を備えない薄膜トランジスタも含むことが,「ニッケルを除去すること」をもって先行技術との差異(進歩性)を主張する本件審判段階における原告の主張と矛盾するとの被告の主張は,採用することができない。 ウ なお,本件第2補正発明の請求項1,2の「前記結晶性半導体膜に含まれる前記ニッケルの濃度は1×10 cm 〜1×10 cm 」と16 -3 19 -3の部分は,最終的に形成された「薄膜トランジスタ」を構成する「結晶性半導体膜」における「ニッケルの濃度」を表すものであって,「結晶1性半導体膜」のすべての領域においてニッケルの濃度範囲が「1×10cm 〜1×10 cm 」であることを意味するものとは認められな6-3 19-3いから,本願当初明細書に「結晶性半導体膜」のすべてのニッケルの濃度範囲が1×10 cm 〜1×10 cmであることを裏付ける記16 -3 19 -3載がないとしても,本件第2補正が新規事項の追加に該当することはない。 (3) したがって,原告主張の取消事由1アは理由がある。 2結論以上によれば,審決は,本件第2補正が新規事項の追加に該当する不適法なものであると誤って却下したものであり,その結果,本願に係る発明の要旨の認定を誤ったことになるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れない。 よって,原告の本訴請求は理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 大鷹一郎 |
裁判官 | 嶋末和秀 |