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関連審決 無効2005-80047
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10744審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10747審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10748審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10745審決取消請求事件 判例 特許
平成12行ケ238審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  技術分野の関連性 /  課題の共通性 /  機能の共通性 /  内容中の示唆 /  上位概念 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  ライセンス /  優先日 /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  実施権 /  設定登録 /  対価 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10746号 審決取消請求事件
原告 松下電工株式会社
訴訟代理人弁護士 小松陽一郎
訴訟代理人弁理士西澤利夫
訴訟代理人弁護士 福田あやこ
同 井崎康孝
同 辻村和彦
同 井口喜久治
同 川端 さとみ
訴訟復代理人弁護士 森本純
被告 タイコエレクトロニクスアンプ株式会社
訴訟代理人弁護士松尾和子
訴訟代理人弁理士 宍戸嘉一
同松下満
訴訟代理人弁護士佐竹勝一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/07/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2005-80047号事件について平成17年9月13日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が有する後記特許につき,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁が請求項2〜4に係る発明についての特許を無効とする旨の審決をしたことから,原告が,その取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯ア 原告は,平成3年6月28日,名称を「多極型モジュラジャック」とする発明について特許出願(特願平3-158959号)をし,平成9年10月27日,その一部を分割して新たな特許出願とし(発明の名称は同じ),平成11年10月1日,特許第2985852号として設定登録を受けた(請求項1〜4。以下「本件特許」という。)。
イ ところが,平成17年2月15日付けで被告から本件特許のうち請求項2〜4に係る発明について無効審判請求がなされたので,特許庁は,これを無効2005-80047号事件として審理し,平成17年9月13日,「請求項2〜4に係る発明についての本件特許を無効とする」旨の審決(以下「本件審決」ということがある。)を行い,その審決謄本は平成17年9月24日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件特許は,請求項1〜4から成り,その内容は,下記のとおりである(以下,請求項2記載の発明を「本件発明1」と,請求項3記載の発明を「本件発明2」と,請求項4記載の発明を「本件発明3」という。)。
記【請求項1】 モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片とを基台に設けてユニット化したモジュラインサートと,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠に取着できる形状に形成したカバーと,カバーに結合するボディと,カバーを取付枠に結合する枠取付手段と,を有し,モジュラインサートをカバーとボディとにより収納保持して成るとともに,各端子片をボディの一部より露出させる開口部をボディに設け,カバーは,取付枠に3個まで取着可能な配線器具の単位寸法の形状に形成されたことを特徴とする多極型モジュラジャック。
【請求項2】 モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片とを基台に設けてユニット化したモジュラインサートと,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠に取着できる形状に形成するとともに,該取付枠に結合する枠取付手段を備えたカバーと,を有し,モジュラインサートとカバーとの間を結合する結合手段を設けたとともに,カバーは,取付枠に3個まで取着可能な配線器具の単位寸法の形状に形成されたことを特徴とする多極型モジュラジャック。(本件発明1)【請求項3】 枠取付手段は,カバーの両側縁に突設された結合爪片,または,カバーの両側面に設けられた結合孔である請求項1または請求項2いずれか記載の多極型モジュラジャック。(本件発明2)【請求項4】 モジュラインサートとカバーとを互いに係合して固定する結合手段を設けて成ることを特徴とする請求項1ないし請求項3いずれか記載の多極型モジュラジャック。(本件発明3)(3) 審決の内容ア 審決の内容は,別紙審決写しのとおりであり,その理由の要点は,次のとおりである。
本件発明1〜3は,下記の刊行物1〜3記載の発明(以下,刊行物1記載の発明を「刊行物1発明」,刊行物2記載の発明を「刊行物2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
記刊行物1 特開昭61-32970号公報(甲6)刊行物2 米国特許4261633号明細書(甲7)刊行物3 特開平3-112081号公報(甲8)イ なお,審決は,本件発明1〜3と刊行物1発明との一致点及び相違点を,次のとおり認定している。
(ア) 本件発明1と刊行物1発明との一致点モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと多数の端子部材とを基台に設けてユニット化したモジュラインサートと,取付枠に取着できる形状に形成するとともに,該取付枠に結合する枠取付手段を備えたカバーと,を有し,モジュラインサートとカバーとの間を結合する結合手段を設けるとともに,カバーは,取付枠に3個まで取着可能な配線器具の単位寸法の形状に形成された多極型モジュラジャック。
(イ) 本件発明2と刊行物1発明との一致点モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと多数の端子部材とを基台に設けてユニット化したモジュラインサートと,取付枠に取着できる形状に形成するとともに,該取付枠に結合する,カバーの両側縁に突設された結合爪片である枠取付手段を備えたカバーと,を有し,モジュラインサートとカバーとの間を結合する結合手段を設けたとともに,カバーは,取付枠に3個まで取着可能な配線器具の単位寸法の形状に形成された多極型モジュラジャック。
(ウ) 本件発明3と刊行物1発明との一致点モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと多数の端子部材とを基台に設けてユニット化したモジュラインサートと,取付枠に取着できる形状に形成するとともに,該取付枠に結合する(カバーの両側縁に突設された結合爪片である)枠取付手段を備えたカバーと,を有し,モジュラインサートとカバーとを互いに係合して固定する結合手段を設けたとともに,カバーは,取付枠に3個まで取着可能な配線器具の単位寸法の形状に形成された多極型モジュラジャック。
(エ) 本件発明1〜3と刊行物1発明との相違点1端子部材が,本件発明1〜3は,外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する端子片であるのに対して,刊行物1発明は,端子ねじ25が螺着され,外部電線が接続される端子板23である点(オ) 本件発明1〜3と刊行物1発明との相違点2取付枠が,本件発明1〜3は,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠であるのに対して,刊行物1発明は,既製の取付枠である点(4) 審決の取消事由しかしながら,審決の判断には,認定・判断及び実体法の適用解釈を誤った違法があるから,速やかに取り消しされるべきである。
ア 知的財産保護の国際性及び本件発明1〜3の商業的成功の観点からみた本件審決の進歩性判断の不当性(取消事由の総論)(ア) 進歩性(あるいは非自明性)の判断基準に関して,米国や欧州では,以下のような立場がとられている。
a 米国審査基準の一部・ Suggestion test(動機付け)の適用(MPEP706.02(J))以下のように述べられている。
「一応の自明性を確立するためには,三つの基本的要件が揃わなければならない。第1に,文献の技術内容を変更し又は文献の教示内容を組み合わせるためには,当該文献自身又は当業者の一般的な知識において,何らかの示唆(suggestion)動機付け(motivation)が存在することが必要である。第2に,(文献の技術内容を変更し又は組み合わせを成しうるための)合理的な可能性が必要である。
最後に,これらの先行技術文献には当該発明の全ての構成要件について教示又は示唆されていなければならない。」・ hindsight(後知恵)の排除(MPEP2141.01.V)以下のように述べられている。
「V 後知恵を避けるため,先行技術文献の内容は発明が成された時点で決定される」「『発明が成された時点で』との要件は,許容されない後知恵を避けるためのものである。」「判断者は,困難ではあるが,当該文献にのみ接し,かつ,当該技術分野における当時の技術常識により普通に導かれる当業者の視点で判断するため,出願された発明により教示された内容を忘れ,当該発明が発明された当時の意識に戻って判断することが必要である。」・ Invention as a wholeの重視等発明は全体として捉える必要がある。
b 欧州審査基準Could-would approach(C-N,9.8.3) ・以下のように述べられている。
「第3段階で,回答されるべき問いは,客観的な技術的課題に直面した当業者が,最も近い先行技術を改変又は適合することに到達したであろう(到達可能だけでなく,到達したであろう)何らかの教示が先行技術において全体として存在するかどうかであって,その場合,当業者がその教示を考慮に入れて改変又は適合し,それによって,請求項の記載内容にある重要なものに到達し,そして当該発明が達成するものを達成するに至るかどうかである(IV. 9.4参照)。」「換言すると,その要点は,当業者が最も近い先行技術を改変又は適合することによって当該発明に到達可能であったかどうかではなく,当該客観的な技術的課題を解決することを望んで,あるいは何らかの改良若しくは利点を期待してそうするべく先行技術が当業者を駆り立てた故に,当業者が到達したであろうかどうかである(審決T2/83, OJ 6/1984, 265参照)。審査対象の請求項について有効である出願日又は優先日の前に当業者にとってこのような状況でなければならない。」・ “Ex post facto”analysis(C-N,9.10.2)以下のように述べられている。
「一見自明であると見られる発明が実は進歩性を有する可能性があることを思い起こさなければならない。一旦新しい思想が作り出されてしまっていたときに,既知のあるものから出発して一連の一見容易なステップによってそれがどのようにしたら到達できるかが理論的にしばしば証明できることがある。審査官は,この種の事後分析に注意を払う必要がある。審査官は,調査で挙がった文献が,その発明とされるものを構成する事項の前知識でなければならないことに,留意しなければならない。全ての場合において,審査官は,出願人の貢献以前に当業者が直面していた先行技術の全体の状態を見ることに努めなければならず,審査官は,この関連ある要素及びその他の関係ある要素の“実生活的”評価を行わなければならない。審査官は,当該発明の背景に関して知られている全てを考慮に入れて,出願人によって提出された関連ある主張又は証拠に公正な重きを置かなければならない。例えば発明が大きな技術的な価値のあるものであることが示される場合,特にその発明が新しく且つ驚くほどであり,そして“一方通行道路”状況(下記参照)におけるおまけ的な効果として達成されるだけではない技術的利点を提供する場合,そしてこの技術的利点がその発明を定める請求項に含まれる一つ又はそれ以上の特徴事項に説得性をもって関連する場合,審査官は,そのような請求項が進歩性を欠如しているという拒絶理由を追求することについて躊躇すべきである。」(イ) 要するに,米国や欧州では,進歩性の判断に際しては,事後分析アプローチは危険であるので,後知恵なしに(予断を抱かずに)引用例を検討すべきであり,また,引用例の組み合わせには示唆や動機付けが必要である,とされているのである。
これに対し,本件審決は,複数存在する引用例の組み合わせについて,特に示唆や動機付けを具体的に検討することなく,「阻害要因はないので進歩性もない」と簡単に判断している。後に述べるとおり,本件発明1〜3と引用例との間には極めて多くの阻害要因が存するのであり,本件審決はこれらを看過している点で不当である。しかし,本件審決の不当性はそれに止まらず,そもそも,その判断基準において,上記のような諸外国の進歩性に関する判断基準とは大きく異なる立場をとっている点で,知的財産権保護の国際性にも反する重大な問題を孕んでいると言わなければならない。
上記の視点で見た場合,本件発明1〜3については,いわばコロンブスの卵的な後知恵の観点から進歩性を判断することは決して許されず,単に阻害要因のみを検証するに止まらず,本件特許出願当時に引用例の組合せに必要な示唆・動機付けが真に存在したといえるか,また,その組合せにより本件発明1〜3に到達可能(could)といえるに止まらず,到達したであろう(would)といえるか,との観点から慎重に検証がなされなければならない。
(ウ) これらの点を我が国の進歩性の判断に係わる特許庁審査基準について確認しておくと,我が国でも,まず,「動機付け」については,1)技術分野の関連性2)課題の共通性3)作用,機能の共通性4)引用発明の内容中の示唆の観点から検討すべきであるとされており,明文は置かれている。ただ,米国のように明確に示唆・動機付けが「必要」とは定められておらず,また,欧州のようなcould-wouldアプローチの定めもない結果,実際の運用においては,単数又は複数の抽象的かつ希薄な「技術分野の関連性」,「課題の共通性」,「作用・機能の共通性」が存することをもって安易に進歩性欠如の判断がなされ,その結果,本来の審査基準の趣旨,知的財産保護の国際性の観点からかけ離れた結論が導かれうる危険性がある。
そして,「後知恵なしに(予断を抱かずに)引用例を検討すべきである」との点については,上記のとおり米国,欧州共にほぼ同様の明文が置かれ,国際的にはいわば必須の要件とされているにもかかわらず,我が国の審査基準においては必ずしも明確な定めが置かれていないように思われる。このことが,諸外国に比して我が国における進歩性の判断を歪める原因となっている。
しかし,仮に明確な定めが存在しないとしても,当該発明による先入観を受けることなく特許出願の時点における当業者の視点から判断をなすべきことは至って当然のことであり,上記の国際状況も合わせ考えれば,上記の「動機付け」の規定も「後知恵」の排除を当然の前提としていると解されるのであって,我が国においても,仮に審判において「後知恵」の視点で進歩性が否定された場合には,かかる判断が「違法」とされるべきなのは当然である。
しかるに,本件審決は,上述のとおり,知的財産権保護の国際性に反しているだけでなく,我が国の審査基準に照らしたとしてもその判断はあまりにも稚拙で論理性を欠くものである。
(エ) 本件発明1〜3の商業的成功と進歩性本件発明1〜3に進歩性が認められることは,次のとおり現実に本件発明1〜3が商業的に成功を収めていることからも明らかである。
a まずそもそも,商業的成功例の存在が進歩性に影響することについては,例えば,次のような例でも肯定されている。すなわち,東京高判昭和37年9月18日(「トップローラー軸受装置事件」行政事件裁判例集13巻9号1501頁)は,同業者が当該考案にかかる装置を賞揚している事実や当業者がその構造のものを出願前に実施していたという事実もないこと等を,進歩性肯定の根拠の一つにしている。
もちろん,営業活動が功を奏したり,広告宣伝が成功したために商業的成功を勝ち取ったようなときには,必ずしも当該発明の進歩性が影響しているとはいえないこともあろうが,ライセンス契約を締結しているような場合には,同業の相手方も慎重に権利の有効性を吟味したうえで実施権の設定を受けているのであるから,その事実は当業者の視点から見て進歩性を肯定すべき有力な根拠になりうるというべきである。
また,米国でも,大きな商業的成功を収めた場合,発明が自明であれば,そのような成功の見込によって刺激された他の者がその発明を完成させていたであろうから,この発明が自明でなかったことを間接的に示す証拠とすることができる,とされている(ドナルド・S・チザム著・竹中俊子訳「アメリカ特許法とその手続」53頁)。
b 本件発明1〜3については,原告自らが実施しているのみならず,多くのライセンス契約が締結されている。したがって,本件発明1〜3が商業的成功を収めていることは明らかであり,進歩性を有していると他企業も判断して契約しているのであるから,この事実は間接事実として当然重視されるべきである。
イ 取消事由1(本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」に関する一致点の認定の誤り)審決は,刊行物1発明の「電話ジャック」が,その機能,構造からみて,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」に相当すると認定している(6頁下から8行〜1行)が,この認定は,次のとおり誤りである。
(ア) 本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」が対象とする信号は,デジタルである。「多極型モジュラジャック」は,高速でデジタル情報を伝送するという高度情報化社会にとって欠かせない中核的技術としてのデジタル情報通信のためのものであって,「情報ジャック」と換言されるべきものである。これに対し,刊行物1発明の「電話ジャック」は,旧来の「アナロク」信号を主対象としたものである。モデムを使用することによりデジタル情報を伝送することが可能であっても,旧来の低速伝送にすぎない。
(イ) 上記(ア)の対象の違いから,「多極型モジュラジャック」と「電話ジャック」では,構造と伝送特性に,次のような違いがある。
a 「多極型モジュラジャック」では,ピン数(端子数)が8本以上であり,結線数が8本以上であるのに対し,「電話ジャック」では,6本のピン数(端子数)で,2本又は4本の結線となっている。
b 「多極型モジュラジャック」では,「周波数帯域」が〜16MHz(カテゴリ3),100MHz(カテゴリ5)と極めて高周波の帯域であって,「通信速度」が10Mbps(カテゴリ3),100Mbps(カテゴリ5)と高速であるのに対し,「電話ジャック」では,「周波数帯域」が300Hz〜3.4kHzとより低周波であり,電話回線で一般的なモデムを使用してデータを転送する場合の通信速度は,28.8kbps〜56kbpsと遅い。
(ウ) 上記(イ)bの伝送特性の違いから,「多極型モジュラジャック」では,信号伝送の「クロストーク」(漏話)が極めて大きな問題となるのに対し,「電話ジャック」では比較的問題にならないという違いがある。
「多極型モジュラジャック」では,クロストークの低減のため,通常,外部電線は,撚り対線(2本の電線を撚ったもの)を使うが,電線を端子に接続するときには,ある程度撚り線を解かなければならない。
しかし,撚りを解くことは,クロストークを増大させることにつながるので,撚り線を解く長さをできるだけ短くする必要がある。また,撚り線でないモジュラジャックの部分は,別途のクロストーク対策が必要となる。
(エ) 「多極型モジュラジャック」では,多数のピン数,結線数を有する構造を小型化して取扱い易くし,しかも,撚り線を解く長さをできるだけ短くして,クロストークの発生を抑えるということが極めて大きな課題となっていた。これに対し,「電話ジャック」では,このような点が問題とされることはほとんどなかった。
(オ) 以上のように異なる「電話ジャック」が「多極型モジュラジャック」に相当するということはできない。
(カ) 本件発明1〜3は,「多極型モジュラジャック」の上記(エ)の課題を解決したものであって,その作用効果は,「電話ジャック」に係る刊行物1発明からは,全く予期し得ないものである。
(キ) よって,刊行物1発明の「電話ジャック」が本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」に相当するとの審決の認定は誤りである。
ウ 取消事由2(本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に関する一致点の認定の誤り)審決は,刊行物1発明の「接触ピン22を備えたジャック本体2と,…端子板23と,を設けたボディ11」が,本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に相当すると認定している(7頁1行〜13行)が,この認定は,次のとおり誤りである。
(ア) 「モジュラインサート」につきa 審決は,本件発明1〜3の「モジュラインサート」について,一般的な用語の意味,発明の詳細な説明の記載から,「モジュラプラグが着脱自在に挿入され,挿入されたモジュラプラグを外部電線と電気的に接続する部材」と認定している(7頁5行〜9行)。
b 本件発明1〜3の「モジュラインサート」という用語は,新規で革新的な技術としての本質を表現するために,原告によって造語されたものであって,市販されている辞書にはその定義は記載されていない。そして,原告においても,その概念範囲は統一されておらず,原告の出願に係る特許の明細書においても,様々な使い方がされている。それは,発明の特徴に対応した「モジュラインサート」概念の意味する範囲が相違していることによる。このような事情にかんがみると,本件発明1〜3における「モジュラインサート」という用語の意味は,明細書及び図面の記載に基づき,作用効果を適切に参酌して定められなければならない。
c そこで,本件発明1〜3における「モジュラインサート」の意味を,明細書及び図面の記載に基づき,作用効果を参酌して定めると,次のようにいうことができる。
「多極型モジュラジャック」は,「モジュラプラグ」と電気的接続を行うとともに,「外部電線」とも接続を行う電気器具である。「カバー」は,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠に取着できる形状に形成され,取付枠に結合する枠取付手段を備えており,「モジュラインサート」と結合できるものである。「結合手段」は,「モジュラインサート」と「カバー」とを結合させることができるものである。してみると,「多極型モジュラジャック」を構成する「モジュラインサート」と「カバー」と「結合手段」のうち,「カバー」と「結合手段」は,直接信号の伝送に関係するものでないことから,まず,第1に,本件発明1〜3の「モジュラインサート」は,「多極型モジュラジャック」の構成要素のうち,「モジュラプラグ」と「外部電線」とを電気的に接続し,情報信号を伝送する機能を有する構造体であるということができる。
また,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」は,「ボディ10」を設けないで,「ボディ10」と「カバー20」との結合手段を用いることなく,「モジュラインサート」を「結合手段」により「カバー」に結合させるものである。してみれば,第2に,本件発明1〜3の「モジュラインサート」は,他の部材(ボディ10)の助けを借りることなく,単独で「モジュラプラグ」と「外部電線」とを電気的に接続させる機能を有する独立した構造体であるということができる。
さらに,第3に,本件発明1〜3の「モジュラインサート」は,他の部材の助けを借りなくても,不可分な一体として,「モジュラプラグ」と「外部電線」との電気的接続を行う,一つの独立した構造体であるということができる。
d しかるに,審決は,「モジュラインサート」の以上のような技術的意義や作用効果を考慮することなく,「モジュラインサート」は「モジュラプラグが着脱自在に挿入され,挿入されたモジュラプラグを外部電線と電気的に接続する部材」と認定しており,誤っている。
(イ) 「基台」につきa 審決は,刊行物1発明の「ボディ11」自体が,接触ピン22を備えたジャック本体2と端子板23が設けられる対象物であるから,本件発明1〜3の「基台」に相当すると認定している(7頁1行〜3行)。
b 本件発明1〜3の「基台」は,モジュラプラグの接触子に接触する多数の「接触ばね」と,外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の「端子片」との双方が設けられるものである。
したがって,これらの「接触ばね」と「端子片」とがばらばらに設けられるものではなく,一体的に設けられるものである。
c 刊行物1発明において,モジュラプラグの接触子に接触する「接触ピン22」と,外部電線と電気的に接続する「端子板23」と「端子ねじ25」からなる「ねじ端子」とを一体化した構造のものを作製しようとすると,樹脂成形された「ボディ11」内部に後加工で「接触ピン22」を設けることが考えられる。しかし,それは,極めて困難であり,「ボディ11」内部に後加工で多数の「接触ピン22」を設置する際に,多数の接触ピン間の距離を正確に保って設置することができず,電気的な接触が正しく行われないおそれがある。したがって,刊行物1発明において,上記のように「接触ピン22」と「ねじ端子」とを一体化した構造のものを作製することには阻害要因がある。
また,刊行物1発明において,端子は「ねじ端子」であり,「ねじ端子」は,その構造上広い設置スペースが必要となるので,「ジャック本体2」に設けることができず,広い設置スペースを確保するため,「カバー12」の大きさに対応した「ボディ11」が必要不可欠となる。したがって,刊行物1発明においては,「ボディ11」を用いることなく,「ジャック本体2」に「ねじ端子」を設け,「カバー12」と結合することにも阻害要因がある。
d このように,刊行物1発明では,「接触ピン22」と「ねじ端子」とを一体化した構造のものを作製することはできず,本件発明1〜3の「基台」に相当するものはないから,刊行物1発明の「ボディ11」自体が本件発明1〜3の「基台」に相当するとの審決の認定は誤りである。刊行物1発明の「ボディ11」は,本件発明1〜3の「ボディ10」に相当するものである。
(ウ) 「端子片」につきa 審決は,刊行物1発明の「端子板23」は,本件発明1〜3の「端子片」と,端子部材である点で共通すると認定している(7頁3行〜5行)。
b 本件発明1〜3の「端子片」は,外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する「片」であり,単独で外部電線と機械的かつ電気的に接続を行うことができるものである。ところが,刊行物1発明の「端子板23」は,「端子ねじ25」と共に使用してはじめて外部電線と接続を行うことが可能になるものであり,単独では外部電線と接続を行うことができないから,本件発明1〜3の「端子片」には相当しない。本件発明1〜3の「端子片」と対比されるべきものは,刊行物1発明の「端子板23」と「端子ねじ25」とを組み合わせた「ねじ端子」である。
c また,本件発明1〜3の「端子片」とは,「片」であるところ,「片」の国語的な意義は「ひときれ,きれはし」であるから,小型の端子であると理解される。本件発明1〜3においては,このような「端子片」を使用したからこそ,「多極型モジュラジャック」の小型化が達成できたのである。
d 審決は,以上のような点を考慮することなく,端子部材という明確でない上位概念を用いて,刊行物1発明の「端子板23」は本件発明1〜3の「端子片」と共通すると認定した誤りがある。
(エ) 「ユニット化」につきa 審決は,本件発明1〜3の「ユニット化」について,一般的な用語の意味,発明の詳細な説明の記載から,「部品を組み立てて1つの構成単位とすること」と認定している(7頁5行〜9行)。
b 本件発明1〜3の「ユニット化」の意義は,特許請求の範囲の記載からは一義的に明らかではないから,明細書及び図面の記載に基づき,作用効果や当業者の認識を参酌して解釈されなければならない。
本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」が,前記のとおり「情報ジャック」であることを考慮すると,「モジュラインサート」として「ユニット化」することは,多数の「接触ばね」と多数の「端子片」を一体的に「基台」に設けて,別の部材の助けを借りずに,単独で「モジュラジャック」と機械的かつ電気的な接続を行うとともに,「外部電線」と機械的かつ電気的な接続を行い,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠に結合する枠取付手段を備えたカバーに結合手段により結合されるものであるということができる。
また,「ユニット化」の用語の意味,本件特許明細書の「発明の詳細な説明」の記載及び図面からすれば,モジュラインサートそのものが独立作動できなければならないが,刊行物1発明の「ボディ11」,「接触ピン22」,「端子板23」は,組立途中の部品体にすぎないものであり,それだけで独立作動させるような思想は全く読みとれない。
c 審決は,以上のような点を考慮することなく,本件発明1〜3の「ユニット化」を「部品を組み立てて1つの構成単位とすること」と認定し,刊行物1発明の「接触ピン22を備えたジャック本体2と,…端子板23と,を設けたボディ11」が,本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に相当すると認定した誤りがある。
エ 取消事由3(本件発明1〜3の「結合手段」に関する一致点の認定の誤り)審決は,刊行物1発明の「ボディ11の左右両側面には嵌合孔14が設けられ,カバー12の両側縁には結合脚片15が延設され,カバー12の結合脚片15をボディ11の嵌合孔14に挿入することにより,ボディ11とカバー12とを一体に結合した」ことが,モジュラインサートとカバーとの間を結合する結合手段を設けたことであると認定している(7頁14行〜18行)。
しかし,上記のとおり,刊行物1発明の「ボディ11」は,本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に相当しないから,そのことを前提とする上記認定は誤りである。
オ 取消事由4(相違点1に関する進歩性判断の誤り)審決は,「端子部材を,刊行物1発明の『端子ねじ25が螺着され,外部電線が接続される端子板23』に代えて,本件特許発明1,2の『外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する端子片』とすることは,刊行物2発明から当業者が容易に想到し得たことである」との判断をしている(9頁下から12行〜10頁11行)が,この判断は,次のとおり誤りである。
(ア) 「多極型モジュラジャック」が大きくなれば,多数の外部電線を容易に接続できるようになるが,壁面等に容易に取付けでき,かつ,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠に取着できるものでなくなる。これに対し,「多極型モジュラジャック」を小型化すれば,多数の外部電線との結線を行う作業が難しくなる。本件発明1〜3は,このように相反する結線容易性と多極型モジュラジャックの小型化という課題を一挙に解決したものである。本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」が取り付けられる取付枠の単位寸法は,横が32.4mm,縦が23mmと非常に小さく設定されている。本件発明1〜3は,このような小さな取付枠に設置できる,結線作業の容易な「多極型モジュラジャック」を提供するものである。
刊行物2発明の「円筒状の自己起立式金属端子」は,「円筒」という形状であるため,各端子が相当のスペースを占める。したがって,そのままでは,本件発明1〜3のような,多数の外部電線を容易に接続することができる小型の多極型モジュラジャックを形成することは不可能である。
また,刊行物1発明の「ねじ端子」の代わりに刊行物2発明の「円筒状の自己起立式金属端子」を適用するとすると,「円筒状の自己起立式金属端子」は,「ねじ端子」を取り外した面上に起立して取り付けられることになり,スリットの延びる方向と外部電線の取出方向とが同じ方向になる。スリットの延びる方向と同じ方向に外部電線を取り出した場合,外部電線に何らかの外力が加わると,わずかな力でも外部電線がスリットから非常に外れやすくなるため,当業者は,このような構成は採用しない。また,何らかの工夫を行って,「円筒状の自己起立式金属端子」を「ねじ端子」が取り付けられていた面に垂直に取り付けた構成とすると,今度は,ナットドライバー等の標準的な工具を用いて外部電線を圧接スリットへ取り付けることができなくなってしまう。このことからも,当業者が,刊行物1発明の「ねじ端子」の代わりに刊行物2発明の「円筒状の自己起立式金属端子」を適用することはあり得ない。
審決の上記判断は,以上のような点を考慮することなく,当業者が刊行物2発明から本件発明1〜3を容易に想到し得たとの判断をしている誤りがある。
(イ) さらに,審決の上記判断は,「電話ジャック」が対象である刊行物1発明と,「情報ジャック」が対象である本件発明1〜3との違いについて全く考慮していない点にも誤りがある。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論(1) 取消事由総論に対し本件審決は,原告のいう後知恵に基づいて引用例を検討したものではなく,引用例を組み合わせることの動機付け(技術分野の関連性)があることを前提としたうえで無効の判断を行ったものであることは明らかであるから,本件審決の判断は,我が国の審査基準はもとより,国際的な進歩性の基準にも反するものでない。
なお,原告は米国や欧州の審査基準を挙げて反論しているが,米国や欧州でどのような審査基準が採用されているかということと,本件審決が我が国における進歩性判断に関して適正であったかどうかということには直接の関係はないことから,原告の主張は失当である。
また,原告は,本件発明1〜3について多くのライセンス契約が締結されており,本件発明1〜3は商業的に成功を収めていることは明らかであるところ,このように商業的成功を収めているという事実は本件発明1〜3に進歩性が認められるべき間接事実として重視されるべきであると主張する。しかしながら,商業的成功を収めるかどうかは,商品の宣伝・広告の方法,価格,商品の態様,機能など各種要素と関連するのであり,発明に進歩性があることが直ちに商業的成功を収めることに結びつくものではない。
なお,原告は,商業的成功例の存在が進歩性に影響を与えた例として,東京高判昭和37年9月18日を挙げているが,同判例は,進歩性を認める理由の一つとして,同業者が当該考案にかかる装置を賞揚している事実や当業者がその構造のものを出願前に実施していたということがないという事実を指摘しているにすぎず,ライセンス契約を締結していたこと等の商業的成功を収めていたという事実が発明の進歩性を検討するに当たり考慮されるべきであるなどとは一言も述べていない。
(2) 取消事由1に対しア 本件特許請求の範囲「請求項2〜4」には,「多極型モジュラジャック」について,原告が主張するような「接触ばねの本数」,「送信対象信号」,「周波数帯域」,「通信速度」,「クロストーク」に関する限定は,一切ない。したがって,このような限定に基づいて,「多極型モジュラジャック」と「電話ジャック」との相違点を述べる原告の主張は,合理的な根拠がない。
本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」という用語からは,「極」が「多」であること,すなわち,2極以上あるいは3極以上を有するタイプのモジュラジャックであるという以上の概念は生じようがない。
刊行物1の「電話ジャック」は,6本の接触ピンを有するから,この「電話ジャック」が本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」の概念に含まれることについて疑義が生ずる余地はない。
したがって,刊行物1発明の「電話ジャック」は,本件発明1〜3における「多極型モジュラジャック」に相当するものである。
イ 原告の主張に対する個別的な反論は,次のとおりである。
(ア) 「電話ジャック」として使用されているジャックが高速デジタル情報通信においても使用されるなどしており,その使用目的による相違は本質的なものでない。
(イ) モジュラのピン数(端子数)や結線数により,あるジャックが「多極型モジュラジャック」であるとか「電話ジャック」であるとかと分類して定義することはできない。例えば,3MHz以上の比較的低速の信号を伝送するコネクタの規格であるIEC603-7(1990年4月版)(乙2)の16頁のFigure3aには,8本のコンタクトを有するジャックの正面図が記載されている。また,被告の製品である6極のモジュラジャックと8極のモジュラジャックとは,極数が異なることによる横幅の寸法が異なる以外は,その構造,寸法等がほとんど同様であり,同様の設計思想に基づいている(乙3)。これらのことから,極数による区別は本質的なものではないことが分かる。
(ウ) 「電話ジャック」の周波数帯域が300Hz〜3.4kHzであるのは,音声を伝送する場合であり,もっと広い範囲の周波数の信号を伝送することが可能であるし(甲16),通信速度についても,28.8kbps〜56kbpsであるのは,モデムを使用してデータを転送する場合であって,ADSL回線を使用してデータを転送する場合には数十Mbpsの通信速度になる。一方,「多極型モジュラジャック」であっても,音声を伝送する場合は,周波数帯域が300Hz〜3.4kHzとなることがある。したがって,原告が主張する周波数や通信速度に関する相違点も,本質的な相違点というべきものではない。
(エ) クロストーク(漏話)の発生防止という課題は,本件特許明細書のどこにも記載されていないのであり,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」の課題とは全く関係ないものである。本件発明1〜3の課題は,結線作業の時間の短縮化,組立て作業の容易化,規格化された取付枠に取付可能にすることなどであり,クロストークの発生防止とは全く関係ない。
ウ 「多極型モジュラジャック」と「電話ジャック」には,以下に述べるとおり,名称,構造等において共通するところが多く,この点からも,「電話ジャック」が「多極型モジュラジャック」に相当することが裏付けられる。
@ 「電話ジャック」は「(電話用)モジュラジャック」と称されることが一般的である。
A 「多極型モジュラジャック」も「電話ジャック」も,同じ「RJ(Registered Jack)」を付した名称を有する。
B 「多極型モジュラジャック」と「電話ジャック」とは,最大極数(最大端子数)が異なるので,幅は異なることは当然であるが,ジャックの嵌合口の縦寸法は,ほぼ同じである。
C 「多極型モジュラジャック」と「電話ジャック」とは,コンタクト間のピッチがほぼ同じである。
D 「多極型モジュラジャック」と「電話ジャック」とは,コンタクトの形状がほぼ同じである。
エ よって,審決が,刊行物1発明の「電話ジャック」は本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」に相当すると認定したことに誤りはない。
(3) 取消事由2に対しア 「モジュラインサート」につき「モジュラインサート」とは,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」に記載されているとおり,「モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片とを基台に設けてユニット化した」ものである。
したがって,上記特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載を併せて参酌すれば,「モジュラインサート」とは,着脱自在に挿入されるモジュラプラグの接触子に接触する接触ばねと,当該モジュラプラグと外部電線とを電気的に接続する圧接スリットを有する端子片が設けられた部材であることは当業者にとって明らかであるから,「モジュラプラグが着脱自在に挿入され,挿入されたモジュラプラグを外部電線と電気的に接続する部材」と解すべきことは明らかであり,その旨の審決の認定に誤りはない。
イ 「基台」につき(ア) 本件発明1〜3の「基台」は,「モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片とを基台に設けて」という特許請求の範囲の記載からすれば,「接触ばね」と「端子片」とが設けられていればよく,それらが一体的に設けられているか,別体として設けられているかについての限定はない。
また,本件特許明細書(甲2)には,本件発明1〜3の実施例として,「基台32は,図4に示すように,…内側台30aと,…外側台30bとを結合して形成される」(3頁5欄3行〜7行)との記載がある。この記載からしても,本件発明1〜3の「基台」は,別体としてそれぞれ設けられている部材を結合したものを含む。
(イ) 刊行物1発明における「ボディ11」には,「接触ばね」に相当する「接触ピン22」を備えた「ジャック本体2」と「端子片」に相当する「端子板23」が設けられており,これらは,製造当初から一体的ではないが,共に「ボディ11」に設けられていることは明らかである。
したがって,刊行物1発明の「ボディ11」は,本件発明1〜3の「基台」に相当するものであり,その旨の審決の認定に誤りはない。
ウ 「端子片」につき本件特許明細書(甲2)には,「端子片」について,単独で外部電線と機械的かつ電気的に接続を行うことができるものに限定する記載は全くないから,本件発明1〜3の「端子片」を,単独で外部電線と機械的かつ電気的に接続を行うことができるものと解する原告の主張は,理由がない。
また,「片」の国語的な意義が「ひときれ,きれはし」であるとしても,「ひときれ,きれはし」と「小型」とは必ずしも結びつくものではないし,その他本件特許明細書のどこにも,「端子片」を「小型の端子」に限定する記載はないから,本件発明1〜3の「端子片」は「小型の端子」であるとする原告の主張は理由がない。
刊行物1発明の「端子板23」は,外部電線が接続される部材であることが明らかであるから,端子部材である点で,本件発明1,2の「端子片」と共通するということができ,その旨の審決の認定に誤りはない。
エ 「ユニット化」につき「ユニット化したモジュラインサート」に関する原告の解釈に理由がないことは,既に述べたとおりであるから,原告の主張には理由がない。
オ よって,審決が,刊行物1発明の「接触ピン22を備えたジャック本体2と,…端子板23と,を設けたボディ11」は,本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に相当すると認定したことに誤りはない。
(4) 取消事由3に対し本件発明1〜3における「結合手段」は,本件特許請求の範囲に記載されているとおり,「モジュラインサートとカバーとの間を結合する」ものであるところ,上記のとおり,刊行物1発明の「接触ピン22を備えたジャック本体2と,…端子板23と,を設けたボディ11」は,本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に相当するのであるから,刊行物1発明において「カバー12の結合脚片15をボディ11の嵌合孔14に挿入することにより,ボディ11とカバー12とを一体に結合した」ことが,本件発明1〜3において,モジュラインサートとカバーとの間を結合する「結合手段」を設けたことに相当することは明らかである。
(5) 取消事由4に対しア 本件発明1〜3の主要な技術課題,目的は,原告の主張するような小型化ではなく,結線の容易化,組立の簡易化などであることは,本件特許明細書の記載から明らかである。
イ 刊行物2発明の「円筒状の自己起立式金属端子」が相当のスペースを占めるのであれば,小型化すればよいだけであり,当業者にとって,刊行物1発明における「端子板23」を刊行物2発明における「円筒状の自己起立式金属端子」と置換することを阻害するような要因であるとはいえない。乙3においては,円筒状の自己起立式金属端子を有する8極のモジュラジャックの幅を32.4mm未満の小さな寸法に設定している。
ウ 上記(2)で述べたとおり,「電話ジャック」と「多極型モジュラジャック」とは本質的に相違するものではない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 本件発明1〜3の意味(1) 本件特許明細書(甲2)には,特許請求の範囲」として,前記第3の1(2)の記載があるほか,「発明の詳細な説明」として,次のような記載がある。
ア 従来の技術「従来より,接触ばねを8本以上有した多極型モジュラジャックが提供されている。この種の多極型モジュラジャックでは,外部電線を接続する端子として,ねじとともに進退する押さえ板と端子板との間に電線を挟持する形式のものや,端子板に近付く向きのばね力を有した鎖錠ばねと端子板との間に電線を挟持する形式のものが提供されている。」(段落【0002】)イ 発明が解決しようとする課題「上記構成の端子は,被覆電線を接続する際に,絶縁被覆の一部を除去して内部導体を露出させる作業が必要であって,とくに多極型のモジュラジャックでは結線数が多いから,結線作業に時間がかかるという問題がある。また,端子数が多い場合には従来の端子では組立作業がかなりの手間になる上に,従来の多極型モジュラジャックは壁面等に取り付けることが容易にできなかった。」(段落【0003】)「本発明は上記問題点の解決を目的とするものであり,壁面等に容易に取付けできるようにした多極型モジュラジャックを提供しようとするものである。」(段落【0004】)ウ 課題を解決するための手段「請求項1の発明では,モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片とを基台に設けてユニット化したモジュラインサートと,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠に取着できる形状に形成したカバーと,カバーに結合するボディと,カバーを取付枠に結合する枠取付手段と,を有し,モジュラインサートをカバーとボディとにより収納保持して成るとともに, 各端子片をボディの一部より露出させる開口部をボディに設け,カバーは,取付枠に3個まで取着可能な配線器具の単位寸法の形状に形成されたことを特徴とする。」(段落【0005】)「請求項2の発明では,モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片とを基台に設けてユニット化したモジュラインサートと,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠に取着できる形状に形成するとともに,該取付枠に結合する枠取付手段を備えたカバーと,を有し,モジュラインサートとカバーとの間を結合する結合手段を設けたとともに,カバーは,取付枠に3個まで取着可能な配線器具の単位寸法の形状に形成されたことを特徴とする。」(段落【0006】)「請求項3の発明では,請求項1または請求項2いずれかにおいて,枠取付手段は,カバーの両側縁に突設された結合爪片,または,カバーの両側面に設けられた結合孔である。」(段落【0007】)「請求項4の発明では,請求項1ないし請求項3いずれかにおいて,モジュラインサートとカバーとを互いに係合して固定する結合手段を設けて成ることを特徴とする。」(段落【0008】)エ 発明の実施の形態「本発明のモジュラジャックは,図2に示すように,ケース1内に,モジュラインサート2と扉3とを収納して形成される。ケース1は,JIS規格や日本配線器具工業会規格において,スイッチボックスを用いて取付面に埋め込んだ形で取り付けられる配線器具用に規格化されている大角形3個用の取付枠に最大3個まで取り付けることができる寸法に合成樹脂により形成される。すなわち,規格化されている取付枠に取着できる配線器具の単位寸法と同等の取付寸法を有している。また,ケース1は,前面が開口するボディ10と,ボディ10の前面に結合されるカバー20とにより形成される。すなわち,ボディ10の両側縁に突設されたフランジ11に設けた組立孔12(図14,図15,図16参照)に,カバー20の両側部からボディ10に向かって突設された組立脚21を挿通し,組立脚21の先端部に設けたフック22を組立孔12の周縁に係止することにより,図3に示すように,ボディ10とカバー20とが結合されるのである。」(段落【0009】)「ボディ10は,図16および図17に示すように,フランジ11よりも後部では,図2の上半分のみが後方に突出してボディ本体13となり,ボディ本体13の下面とボディ10の下半分の後面とには,両面により形成される角部に跨がるように開口部14が形成される。カバー20は,図9および図11に示すように,前面の中央部に突台23を有し,突台23の両側面にはそれぞれ結合孔24が穿設され(図9および図13参照),また,カバー20の両側縁には各一対の結合爪片25が突設される。結合孔24および結合爪片25は,上述した取付枠に結合されるのであって,結合孔24は金属製の取付枠に対応し,結合爪片25は合成樹脂製の取付枠に対応するように寸法が設定されている。図8に示すように,突台23の中央部にはモジュラプラグを挿入するプラグ挿入口26が開口する。」(段落【0010】)「プラグ挿入口26より挿入されるモジュラプラグは,モジュラインサート2に結合される。モジュラインサート2は,ジャック本体30と中枠40とを結合して形成される。ジャック本体30は,ばね材料よりなる互いに独立した8個の導電部材31(図4参照)を合成樹脂の基台32によって保持して形成される。各導電部材は,細幅の線状であって一端部に広幅の端子片33(図1参照)を有する形状に板金を打ち抜いて形成される。
基台32は,図4に示すように,各導電部材を互いに電気的に接触させないように保持する溝が形成された内側台30aと,内側台30aの両側面と上面の一部とを覆う略コ形の外側台30bとを結合して形成される。内側台30aの上面と両側面とには上記溝が形成され,内側台30aと外側台30bとの間に導電部材が配設されるようになっている。また,内側台30aの前面にはばね保持台(図示せず)が突設され,ばね保持台の上面には突出方向に沿って上記溝が形成されている。各導電部材の一端部はばね保持台の先端で折曲され,折曲部よりも先端側がモジュラプラグの接触子に対して弾接する接触ばね(図示せず)となるのである。接触ばねは,ばね保持台の先端からばね保持台の基部側に向かうように折曲されており,ばね保持台の基部側ほどばね保持台との距離が大きくなるように傾斜して配置される。」(段落【0011】)「一方,端子片33は,内側台30aの側面と外側台30bの両脚片との間に配置される。端子片33は,図1に示すように,被覆電線を圧入したときに絶縁被覆を破って内部導体を接触させる圧接スリット33aを備える。圧接スリット33aは,端子片33の先端縁(図2における下縁)に臨んで開放されており,被覆電線を圧接スリット33aに対して下方から圧入することによって被覆電線と端子片33との電気的接続が容易に行えるようになっている。すなわち,端子片33は,圧接端子を構成しているのである。基台32の下面には,図5に示すように,端子片33を挟んで端子片33の厚み方向に走る電線案内溝34が形成される。電線案内溝34は,基台32の下面および側面に開放されており,端子片33の圧接スリット33aを通るように形成される。また,圧接スリット33aよりはやや広幅に形成されている。したがって,被覆電線を電線案内溝34により案内して圧接スリット33aに導入することができて,結線作業が一層容易になるのである。」(段落【0012】)「基台32の両側面において,隣接する電線案内溝34の間の要所には,係合突起35が突設される。この係合突起35には電線止め50が係合する。電線止め50は,図2および図4に示すように,基台32の両側面に沿って配置される一対の脚片51を基台32の下面に沿って配置される基片52により連結した略コ形に形成され,基片52には電線案内溝34に挿入される止め片53が突設される。止め片53には端子片33を跨ぐように切欠溝54が形成され,端子片33の厚み方向の両側において,圧接スリット33aよりも深い位置まで止め片53を挿入できるようになっている。ここに,1個の電線止め50は,4個の端子片33に対応するように,4枚の止め片53を備えている。図4に示すように,両脚片51の内側面には係合突起35に係合する係合凹所55が形成されており,基台32に電線止め50を装着したときに,係合突起35と係合凹所55とが係合することによって,電線止め50の基台32からの脱落が防止されるようになっている。すなわち,圧接スリット33aに圧入された被覆電線を止め片53によって押さえた状態で電線止め50が基台32に結合されるから,被覆電線の圧接スリット33aからの抜け止めが確実になされるのである。電線止め50を基台32から外すには,脚片51と基台32との間にマイナスドライバの先端部等を挿入してこじればよい。」(段落【0013】)「上述のように導電部材31を基台32に取り付けて構成されたジャック本体30の前面には中枠40が結合される。すなわち,基台32の上面前端部に突設した結合突起37に中枠40の後端部に形成された結合孔41が係合して,ジャック本体30と中枠40とが結合されるのである。中枠40は,前面にガイド孔42が開口し,ガイド孔42よりも上部には後面からばね保持台が挿入される。また,中枠40の後端部には,ガイド孔42の後端となる位置に各接触ばねの先端部を分離するように櫛歯状に形成された分離体が形成される。中枠40の両側面には取付突起43が形成される。取付突起43は,後方に向かって突出量が大きくなり,後端が中枠40の側面に直交するように略三角形状に形成される。カバー20の内側面には,プラグ挿入口26の両側に左右一対の取付リブ27(図9,図10,図12参照)が突設され,両取付リブ27にはそれぞれ取付孔28が穿孔されているのであって,各取付孔28に取付突起43が係合することによって,カバー20に中枠40が結合されるのである。すなわち,中枠40にはジャック本体30が結合されているから,カバー20に対して中枠40とジャック本体30とが結合されることになる。」(段落【0014】)「以上の構成を有するモジュラジャックは次のようにして組み立てられる。まず,ジャック本体30を中枠40に結合した後,カバー20に扉4を入れた状態で中枠40を結合する。最後に,ボディ10をカバー20に結合すれば,ボディ10の開口部14からジャック本体30の下部において電線案内溝34を設けた部位が露出するのである。また,ボディ10の下面には,図7のように,各端子片33がどの位置の接触ばねに対応するのかを示す表示プレート15が貼着され,端子片33との対応関係がわかりやすくなるようにしてある。ここにおいて,ジャック本体30と中枠40,中枠40とカバー20,ボディ10とカバー20とは,それぞれが係合用の孔と係合用の突起との係合関係によって結合されるのであって,しかも,いずれも前後方向の力を加えれば結合されるので,組立が短時間で行えるのである。また,上述したように,ボディ10は結合されていなくとも,ジャック本体30や中枠40をカバー20に結合することができるが,ボディ10によってジャック本体30の上部を保持していることによって,ジャック本体30ががたつくのを防止することができる。…」(段落【0016】)「上述のように形成されたモジュラジャックは,図18に示すように,JIS規格や日本配線器具工業会規格においてスイッチやコンセントの規格である大角形3個用として規格化された取付枠70に結合される。すなわち,上述したように,ケース1は一般の配線器具の単位寸法と同じ取付寸法に形成されているから,取付枠70に最大3個まで取り付けることができる。取付枠70は,開口窓71を囲む両側片72a, 72bに,それぞれケース1の側縁に突設された結合爪片25が係合する保持孔73a, 73bを有し,一方の側片72aには側片72aとの距離を変えるように撓むことができる操作片74が形成される。取付枠70にケース1を取り付けるときには,取付枠70の後方からケース1を取付枠70に押し付けるようにすれば,操作片74が撓んでケース1を取付枠70に嵌着でき,このとき,突台23が開口窓71から突出する。一方,取付枠70からケース1を外すには,操作片74をドライバ等でこじればよい。開口窓71を囲み側片72a, 72bに直交する連結片75a, 75bには,スイッチボックスに取付枠70を結合するためのボックスねじを挿入する長孔76や取付枠70の前面を覆う化粧プレート80を取り付けるプレートねじ78が螺合するねじ孔77などが設けられる。図示した取付枠は合成樹脂製の取付枠70であるが,金属製の取付枠の場合には,結合孔24を用いて取付枠に結合すればよい。化粧プレート80には,ケース1の突台23を露出させる窓孔81と,プレートねじ78を挿通する挿通孔82とが穿孔される。」(段落【0017】)「以上のような本実施形態によれば,ケース1の後部に露出して外部電線との接続部となる端子片33に,被覆電線4を圧入したときに絶縁被覆を破って被覆電線4の内部導体を端子片33に電気的に接続する圧接スリット33aを設けているので,外部電線との接続部を圧接端子とすることができるのであって,外部電線として被覆電線4を用いて圧接スリット33aに圧入するだけで外部電線との結線が行えることになり,結果的に結線作業が容易になって結線作業に要する時間が大幅に短縮されるのである。
また,ケース1が,スイッチボックスを用いる配線器具用に規格化された取付枠70に取着できる単位寸法の形状に形成されているので,スイッチボックスを用いて取り付ける埋込型のスイッチやコンセントに用いる配線器具用の規格化された取付枠70に3個まで取り付けることができるのである。その結果,従来より提供されている取付枠70や化粧プレート80を用いて壁面等に取り付けることができるようになり,取付用に新たな部材を設計する必要がないのであり,しかも,他の配線器具とともに一つの取付枠70に取り付けて使い勝手を向上させることができるのである。また,モジュラインサート2の基台32に端子片33の厚み方向に走り圧接スリット33aを通る電線案内溝34を設け,電線案内溝34に挿入される止め片53を有した電線止め50を基台32に対して着脱自在に結合しているので,圧接スリット33aに圧入された被覆電線4を電線止め50の止め片53によって押さえることができるのであって,被覆電線4が端子片33から不用意に脱落するのを確実に防止できるのである。また,多数の接触ばねと多数の端子片33とを絶縁材料よりなる基台32に保持してモジュラインサート2をユニット化しているので,従来のモジュラジャックのようにケース内に多数の端子部材等を組み付けて内部結線したりするなどの手間のかかる組立作業が削減でき,壁面等に取り付けるタイプの多極型モジュラジャックを容易に実現できる。また,端子片自体を小型に形成出来るので,端子片が多数になってもモジュラインサートを小型に形成でき,その結果,多極型モジュラジャックを,配線器具用に規格化された取付枠に取着するタイプの大きさに容易に形成できる。」(段落【0018】)オ 発明の効果「本発明の請求項1ないし請求項4の構成によれば,モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばねと外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片とを基台に設けてユニット化したモジュラインサートを,配線器具用に規格化された取付枠に取着出来るカバーと組み合わせることにより,配線器具用に規格化された取付枠に取着するタイプの多極型モジュラジャックを容易に実現できる。その結果,圧接スリットを有する多数の端子片を設けて構成した多極型モジュラジャックを従来より提供されている取付枠等の部材を用いて壁面等に容易に取り付けることができる。また,端子片自体を小型に形成出来るので,端子片が多数になってもモジュラインサートを小型に形成でき,その結果,多極型モジュラジャックを,配線器具用に規格化された取付枠に取着するタイプの大きさに容易に形成できる。」(段落【0019】)「また,モジュラインサートを小型に形成できるがゆえ,多数の端子片を有するモジュラインサートでも単位寸法のカバーとボディに容易に収納でき,配線器具用に規格化された取付枠に1個から3個まで取着することができるようになり,他の配線器具や多極型モジュラジャックとともに一つの取付枠に取り付けて使い勝手を向上させることができる。」(段落【0020】)「特に請求項1の構成によれば,ボディの開口部を介して端子片をボディの一部より露出させるようにしたので,ボディに端子部品を組み込んだり,カバーとボディの内部での配線作業等の面倒な組立作業を削減できる。」(段落【0021】)「請求項2の構成によれば,モジュラインサートとカバーとの間を結合する結合手段を設けたことにより,ボディがカバーに結合されている場合は勿論,ボディがカバーに結合されていなくても,配線器具用に規格化された取付枠に取着するタイプの多極型モジュラジャックを実現できる。」(段落【0022】)「請求項4の構成によれば,モジュラインサートとカバーとを係合して結合するようにしてあるので,モジュラインサートをカバーに強固に固定できると共に,短時間で組立が行える。」(段落【0023】)(2) 上記(1)の記載からすると,本件発明1〜3は,結線作業時間が短く,壁面等に容易に取り付けることができ,小型に形成できる多極型モジュラジャックに関する発明であると認められる。
そこで,以上の認定に基づき,原告主張の各取消事由について検討する。
3 取消事由総論(知的財産保護の国際性及び本件発明1〜3の商業的成功の観点からみた本件審決の進歩性判断の不当性)について(1) 原告は,米国や欧州の例に基づき,進歩性の判断に際しては,事後分析アプローチは危険であるので,後知恵なしに(予断を抱かずに)引用例を検討すべきであり,また,引用例の組み合わせには示唆や動機付けが必要である等と主張する。
しかしながら,原告のいう進歩性とは,特許法29条2項にいう「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができた」かどうかに関する当てはめの解釈問題であり,その際には,諸外国の進歩性に関する判断基準を十分に参考とすべきことは当然であるが,本件においては,後記の取消事由1〜4に対する判断記載のとおり,本件発明1〜3について進歩性を認めることができないのであるから,原告の前記主張は当を得ないことに帰する。
(2) また原告は,本件発明1〜3については,原告自らが実施しているのみならず,多くのライセンス契約が締結されていて,商業的成功を収めているから,そのことも考慮されるべきであると主張する。
しかしながら,製品の販売において商業的成功を収めるかどうかは,発明の内容のほか,製品の内容や価格,宣伝広告の方法などに左右されるところが大きいし,また,ライセンス契約を締結するかどうかについても,発明の内容のほか,対価の額,製品の内容や価格,両会社の置かれた状況などに左右されるものと考えられるから,商業的成功を収めているからといって,必ずしも発明に進歩性があるということはできず,その有無の判断は,引用例との対比により,厳密になされるべきものである。そして,本件発明1〜3は,後記のとおり,引用例たる刊行物1〜3との対比により,進歩性が認められないのであるから,原告の前記主張も当を得ないことに帰する。
4 取消事由1(本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」に関する一致点の認定の誤り)について(1) 本件発明1〜3にいう「多極型モジュラジャック」の意義につきア 甲21(マグローヒル科学技術用語大辞典第3版1836頁)には,「モジュール(module)」について,「配線した回路素子をひとまとめにした回路部品。規格化した寸法でつくってあり,規格化したプラグイン端子またははんだ付け可能な端子を持っている。」と記載されており,また,甲22(電気電子用語大事典第1版1379頁〜1380頁)には,「モジュール(module)」について,「複数の機能部品を含んだプラグインアイテムであって,互換性のあるもの。モジュールの接続に使用する接続具をモジュラジャック(modular jack)という。」と,「モジュラ(modular)」について,「あるシステムが標準化され,互換性を有するサブシステムまたはユニットの集合体として構成されるようになっているその性質のこと」と各記載されていることが認められる。これらの記載からすると,「多極型モジュラジャック」は,「多くの極と規格化したプラグイン端子を有する複数の機能部品をひとまとめにした接続具」を意味するものと認められる。
イ 原告は,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」について,@対象とする信号はデジタル信号であること,Aピン数(端子数)が8本以上であり,結線数が8本以上であること,B「周波数帯域」が〜16MHz(カテゴリ3),100MHz(カテゴリ5)と極めて高周波の帯域であって,「通信速度」が10Mbps(カテゴリ3),100Mbps(カテゴリ5)と高速であること,C信号伝送の「クロストーク」(漏話)が極めて大きな問題となることといった特徴を有すると主張する。
しかし,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」はもとより,前記2で認定した本件特許明細書の「発明の詳細な説明」にも,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」が上記@〜Cの特徴を有するものに限定される旨の記載はないから,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」が上記@〜Cの特徴を有するものに限定されるとは認められない。殊に,「クロストーク」については,本件特許明細書には,その点に関する記載は全くないから,本件発明1〜3が「クロストーク」に関する課題を解決したものとは認められない。
なお,前記2で認定したとおり,本件特許明細書の「発明の詳細な説明」の「従来の技術」には,「従来より,接触ばねを8本以上有した多極型モジュラジャックが提供されている。」との記載(段落【0002】)があり,また,「発明の実施の形態」に記載されている多極型モジュラジャックは,ピン数(端子数)が8本のものである(段落【0011】並びに図1,図2及び図5)が,上記の「従来の技術」は,本件特許出願前に行われていた技術について記載したものにすぎず,また,「発明の実施の形態」の記載も,1実施例の記載にすぎないから,これらから,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」はピン数(端子数)が8本以上のものに限られると解することはできない。
(2) 刊行物1発明の「電話ジャック」が本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」に相当するかどうかにつきア 刊行物1(甲6)には,次の記載があることが認められる。
(ア) 特許請求の範囲「電話線に接続されたプラグに結合可能であって,複数の配線器具を保持する既製の取付枠への取付寸法を配線器具と等しくして成る電話ジャック」(イ) 発明の詳細な説明「第1図中1は合成樹脂のような絶縁性材料で形成されたケーシングであって,第3図に示すようにボディ11と,ボディ11に結合されるカバー12とから構成される。」(2頁左上欄10行〜13行)「ボディ11の後面には前方に凹没した凹溝18が上下方向に走る形に形成され,凹溝18の左右両側には端子部21が形成される。第7図に示すように,各端子部21はボディ11内に配設されたジャック本体2の各接触ピン22に接続された端子板23をそれぞれ3枚ずつ有し,各端子板23間はそれぞれボディ11に一体に設けられた仕切板24により隔絶されている。各端子板23にはそれぞれ端子ねじ25が螺着されている。上記凹溝18の底面には,第8図に示すように,塩化ビニルのような絶縁性材料で形成された絶縁板19が嵌着されており,絶縁板19には各端子板23に対応して緑,赤,黄,黒,青,白の6色に対応するアルファベット文字G,R,Y,BLK,BL,Wによって各端子板23に接続する電線の色表示26がなされる」(2頁右上欄9行〜左下欄4行)「ジャック本体2は第10図に示すように,弾性を有した線状の接触ピン22が多数設けられたものであって,後述するプラグ3を挿入することにより,各接触ピン22がプラグ3側の対応する各接触子31と接触して互いに電気的に接続されるようになっている。」(2頁左下欄9行〜14行)「カバー12には第4図および第9図に示すように,ボディ11に設けたジャック本体2に対応する位置で前方に開放された挿入口28が形成されている。また,カバー12の左右両側面にはそれぞれ後述する取付枠6に連結される上下一対の連結突起53が一体に突設され,また連結突起53よりも前方においてカバー12の左右側面には連結孔57が形成されている。挿入口28は略矩形状で,かつ下辺に切欠部29が形成された形状となっている。この挿入口28を通してケーシング1内にプラグ3が挿入される。」(2頁左下欄15行〜右下欄5行)イ 以上のアの記載からすると,刊行物1発明の「電話ジャック」は,電話線に接続されたプラグが結合可能な「規格化したプラグイン端子を有する複数の機能部品をひとまとめにした接続具」であると認められる。
また,以上のアの記載並びに刊行物1(甲6)の第7図及び第8図からすると,刊行物1発明の「電話ジャック」は,ピン数(端子数)が6本であると認められる。本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」の「多極」は,上記のとおり「多くの極」という意味を有するのみであって,それ以上に本数等に限定はないから,ピン数(端子数)が6本である刊行物1発明の「電話ジャック」も,「多極」であるということができる。
そうすると,刊行物1発明の「電話ジャック」は,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」に相当するものということができるのであり,その旨の審決の認定に誤りがあるということはできない。
(3) したがって,取消事由1は理由がない。
5 取消事由2(本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に関する一致点の認定の誤り)について(1) 「モジュラインサート」につきア 本件特許請求の範囲「請求項2〜4」によると,本件発明1〜3の「モジュラインサート」は,モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばね及び外部電線と電気的に接続する多数の端子片を基台に設けてユニット化したものであって,結合手段によりカバーと結合されるものであると認められる。
イ 原告は,本件発明1〜3の「モジュラインサート」は,第1に,「多極型モジュラジャック」の構成要素のうち,モジュラプラグと外部電線とを電気的に接続し,情報信号を伝送する機能を有する構造体であるということができると主張する。本件発明1〜3の「モジュラインサート」が,上記アのようなものであることからすると,本件発明1〜3の「モジュラインサート」は,ここで原告が主張するようなものであるということができる。
また,原告は,本件発明1〜3は,「モジュラインサート」を「結合手段」により「カバー」に結合させるものであるから,本件発明1〜3の「モジュラインサート」は,第2に,他の部材(ボディ10)の助けを借りることなく,単独でモジュラプラグと外部電線とを電気的に接続させる機能を有する独立した構造体であるということができると主張する。上記のとおり,本件発明1〜3において,「モジュラインサート」は「結合手段」により「カバー」に結合されているが,他の部材のことは,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」には記載されていないから,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」の記載から,本件発明1〜3は,モジュラプラグと外部電線とを,他の部材(ボディ10)の助けを借りることなく,電気的に接続させる機能を有するものであるということはできない。また,前記2認定の本件特許明細書の「発明の詳細な説明」にも,その旨の記載はない。したがって,原告のこの主張は採用することができない。
さらに,原告は,本件発明1〜3の「モジュラインサート」は,第3に,他の部材の助けを借りなくても,不可分な一体として,モジュラプラグと外部電線との電気的接続を行う,一つの独立した構造体であるということができると主張する。しかし,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」には,その旨の記載はなく,前記2認定の本件特許明細書の「発明の詳細な説明」にも,その旨の記載はないから,原告のこの主張も採用することができない。
(2) 「基台」につきア 本件特許請求の範囲「請求項2〜4」によると,本件発明1〜3の「基台」は,モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばね及び外部電線と電気的に接続する多数の端子片が設けられているものであると認められる。
イ 原告は,本件発明1〜3の「基台」について,「接触ばね」と「端子片」とがばらばらに設けられるものではなく,一体的に設けられるものであると主張する。しかし,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」はもとより,前記2認定の本件特許明細書の「発明の詳細な説明」にも,「接触ばね」と「端子片」とが一体的に設けられなければならない旨の記載はないから,原告のこの主張は採用することができない。
また,原告は,刊行物1発明において「接触ピン22」と「ねじ端子」とを一体化した構造のものを作製することには阻害要因があるとも主張するが,本件発明1〜3について「接触ばね」と「端子片」とが一体的に設けられなければならないとの主張が上記のとおり採用できない以上,上記の阻害要因に関する主張は本件発明1〜3との関係では意味のない主張というほかない。
ウ 前記4(2)ア(イ)で認定した刊行物1(甲6)の「発明の詳細な説明」の記載(2頁左上欄10行〜13行,右上欄9行〜左下欄4行,2頁左下欄9行〜14行,2頁左下欄15行〜右下欄5行)並びに第7図及び第8図によると,刊行物1発明においては,@ボディ11に,ジャック本体2と端子板23が設けられていること,Aジャック本体2に,プラグの接触子に接触する多数の接触ピン22が設けられていること,B端子板23は,左右に3枚ずつ合計6枚設けられ,ジャック本体2の各接触ピン22と接続されていること,C端子板23には外部電線が電気的に接続されることが認められる。
そうすると,刊行物1発明の「ボディ11」には,プラグの接触子に接触する多数の接触ばね及び外部電線と電気的に接続する多数の端子板が設けられているということができるところ,刊行物1発明の端子板と本件発明1〜3の「端子片」が端子部材として共通することは,次の(3)記載のとおりであるから,刊行物1発明の「ボディ11」は,本件発明1〜3の「基台」に相当するものと認められ,その旨の審決の認定に誤りはない。
(3) 「端子片」につきア 本件特許請求の範囲「請求項2〜4」によると,本件発明1〜3の「端子片」は,外部電線と電気的に接続されるものであると認められる。
イ 原告は,本件発明1〜3の「端子片」について,単独で外部電線と機械的かつ電気的に接続を行うことができるものでなければならないと主張する。また,原告は,本件発明1〜3の「端子片」について,「片」の国語的な意義は「ひときれ,きれはし」であるから,小型の端子であると理解されると主張する。
本件特許請求の範囲「請求項2〜4」によると,本件発明1〜3の「端子片」は,「外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する」ものであるが,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」には,その外部電線との接続の態様について,単独で接続するものでなければならないとの限定はなく,前記2認定の本件特許明細書の「発明の詳細な説明」にも,その旨の記載はない。したがって,本件発明1〜3の「端子片」について,単独で外部電線と機械的かつ電気的に接続を行うことができるものでなければならないとは認められない。また,甲23(広辞苑第4版2317頁)によれば,「片」には,「ひときれ,きれはし」という意味があることが認められるが,それのみで当然に小型のものでなければならないということはできない上,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」には,本件発明1〜3の「端子片」の大きさを限定する記載はない。もっとも,前記2のとおり,本件発明1〜3は,小型に形成できる多極型モジュラジャックに関する発明であって,本件特許明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,端子片自体が小型であることによって多極型モジュラジャックが小型に形成できるとの記載(段落【0018】【0019】)があるが,刊行物1発明の「端子ねじ25が螺着され,外部電線が接続される端子板23」に代えて,刊行物2発明の「外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片」を用いた「電話ジャック」が「小型の端子片を用いた小型の多極型モジュラジャック」ということができることは,後記7のとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ なお,刊行物1発明の「端子板23」は,外部電線と電気的に接続されるものである点において,端子部材として,本件発明1〜3の「端子片」と共通するものであり,その旨の審決の認定に誤りはない。
(4) 「ユニット化」につきア 甲24(マグローヒル科学技術用語大辞典第3版1865頁及び1088頁)によると,「ユニット」は「単位」と同義で,「独立作動が可能な組立品または装置」という意味であり,甲25(電気電子用語大辞典第1版1408頁)によると,「ユニット」は「独立の動作をすることができるデバイスまたはアセンブリ」という意味であるから,「ユニット化」は,「独立の動作をすることができるように組み立てること」を意味するものと認められる。
そして,本件発明1〜3の「モジュラインサート」が,前記(1)のとおり,モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばね及び外部電線と電気的に接続する多数の端子片を基台に設けたものであって,結合手段によりカバーと結合されるものであることからすると,本件発明1〜3において,「ユニット化したモジュラインサート」とは,モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばね及び外部電線と電気的に接続する多数の端子片を基台に設けて,独立の動作をすることができるように組み立てたものであって,結合手段によりカバーと結合されるものを意味すると解される。
イ 原告は,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」が,「情報ジャック」であることを考慮すると,「モジュラインサート」として「ユニット化」することは,多数の「接触ばね」と多数の「端子片」を一体的に「基台」に設けて,別の部材の助けを借りずに,単独でモジュラプラグと機械的かつ電気的な接続を行うとともに,外部電線と機械的かつ電気的な接続を行い,埋込型の配線器具用に規格化された取付枠に結合する枠取付手段を備えたカバーに結合手段により結合されるものであるということができると主張する。
しかし,原告のこの主張は,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」が「情報ジャック」であるという前提が前記4のとおり採用できないし,また,本件発明1〜3の「多極型モジュラジャック」が「多数の『接触ばね』と多数の『端子片』を一体的に『基台』に設けて,別の部材の助けを借りずに,単独でモジュラプラグと機械的かつ電気的な接続を行う」というものでないことも,上記(1)〜(3)のとおりであるから,採用することができない。
(5) 以上を総合すると,刊行物1発明の「接触ピン22を備えたジャック本体2と,…端子板23と,を設けたボディ11」は,モジュラプラグの接触子に接触する多数の接触ばね及び外部電線と電気的に接続する多数の端子部材とを基台に設けたものであって,モジュラプラグと外部電線とを電気的に接続し,情報信号を伝送するという独立した動作をすることができるように組み立てられたものであると認められる。
そして,刊行物1(甲6)の「発明の詳細な説明」における「ボディ11は,前面(第3図中紙背側)が開放された箱状に形成され,ボディ11の左右両側面にはそれぞれ結合突起13が突設される。結合突起13の中央部には嵌合孔14が前後に貫通して設けられる。一方,カバー12の両側縁にはそれぞれ後方に向かって結合脚片15が延設され,各結合脚片15の先端部にはそれぞれ左右方向における外側に向かって突出する嵌合突起16が突設される。嵌合突起16の外側面は後方から前方に向かって次第に外側に傾斜する傾斜面17を形成している。しかして,第4図ないし第6図に示すように,カバー12の結合脚片15をボディ11の嵌合孔14に挿入することにより,嵌合突起16の前面が嵌合孔14に係止されボディ11とカバー12とが一体に結合される。」(2頁左上欄13行〜右上欄8行)との記載及び第3図〜第6図からすると,刊行物1発明においては,ボディ11の左右両側面に嵌合孔14が設けられ,カバー12の両側縁に結合脚片15が延設され,カバー12の結合脚片15をボディ11の嵌合孔14に挿入することにより,ボディ11とカバー12とが一体に結合されることが認められるから,刊行物1発明の「接触ピン22を備えたジャック本体2と,…端子板23と,を設けたボディ11」は,結合手段によりカバーと結合されているものである。
したがって,刊行物1発明の「接触ピン22を備えたジャック本体2と,…端子板23と,を設けたボディ11」は,本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に相当するものと認められる。
よって,その旨の審決の認定に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
6 取消事由3(本件発明1〜3の「結合手段」に関する一致点の認定の誤り)について原告は,刊行物1発明の「ボディ11」は,本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に相当しないから,刊行物1発明の「ボディ11の左右両側面には嵌合孔14が設けられ,カバー12の両側縁には結合脚片15が延設され,カバー12の結合脚片15をボディ11の嵌合孔14に挿入することにより,ボディ11とカバー12とを一体に結合した」ことが,モジュラインサートとカバーとの間を結合する結合手段を設けたことである旨の審決の認定は誤りであると主張する。
しかし,前記5のとおり,刊行物1発明の「ボディ11」は,本件発明1〜3の「ユニット化したモジュラインサート」に相当するから,この審決の認定に誤りはなく,取消事由3は理由がない。
7 取消事由4(相違点1に関する進歩性判断の誤り)について(1) 刊行物2(甲7)には,次の記載があることが認められる(訳文は,原告提出の訳文による。)。
ア 「本発明は,国内電話配線システムのための電話コネクタおよび,新規または既存の電話配線に標準工具で組立てられるアウトレットジャックであり,種々の器具構成に適応可能なジャックに関する。」(1頁7行〜9行)イ 「図8および図9は,自立形の打抜き形成された金属端子6を例示している。最初に,端子は金属平板から打抜かれる。プレートの一部が円筒形の中空バレル部36に形成され,縦シーム38がワイヤ受入れスロットを画成し,その中に1本以上の絶縁ワイヤがそれらの長さの横方向で強制的に挿入される。シーム38は,バレル部36の自由端42に通じている拡大フレア型進入路40を備える。シーム38には,バレル形状部分を第1の対の弾性顎46Aおよび46Bと第2の対の弾性顎48Aおよび48Bとに分割する横スロット44が横切っている。…実際では,絶縁ワイヤ(図示せず)の自由端がバレル部36の内側に進入路40に沿って置かれる。…工具はその後,バレル部36に沿って軸方向に下方に動かされ,それにより工具はワイヤを,それが顎46Aと46Bとの間に位置するまで,スロット38に沿ってその長さの軸方向に進入路40内に押し込む。
顎は,ワイヤの何らかの絶縁体を薄く切断し,絶縁体を薄く切断することによって露出したワイヤの導線部分の両側と把持するように係合する。必要に応じて,第2のワイヤが,スロット38に沿って第2のワイヤを押し込むために…類似の形で端子部分36に電気的に終端される。挿入された第2のワイヤは第1の挿入されたワイヤを押し,第1の挿入されたワイヤが導線把持顎48Aおよび48B間に位置するまで,スロット38Aに沿ってそれをさらに押し込む。第2のワイヤは絶縁体を薄く切断した顎46Aと46Bとの間に留まり,絶縁体を薄く切断することによって露出される導線の両側と把持するように係合することになる。」(4頁下から3行〜5頁19行)ウ 「図3は,絶縁ワイヤ53が対応する自立形端子部分6のスロット38において電気的に終端されている完成した配線モジュール1を例示している。」(6頁3行〜4行)(2) 以上の刊行物2の記載及び刊行物2の図3,8及び9によると,刊行物2発明は,「電話ジャック」に関する発明であり,外部電線をジャックに接続する部分には,多数の円筒形の自立形金属端子6があり,この金属端子6の縦シーム(スロット)38に外部電線を挿入することにより,電話線の絶縁体が切断され,露出した導線部分が,縦シーム(スロット)38の両側の顎46A,46B又は48A,48Bによって把持されるという構成になっていることが認められる。
そうすると,刊行物2発明には,「外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片」が開示されているということができる。そして,刊行物2発明が,刊行物1発明と同じ「電話ジャック」の発明であり,刊行物2発明の上記「端子片」は,刊行物1発明の「端子ねじ25が螺着され,外部電線が接続される端子板23」と同じ技術的意義を有するものと解されることからすると,刊行物1発明の「端子ねじ25が螺着され,外部電線が接続される端子板23」に代えて,刊行物2発明の上記「端子片」を用いることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に想起し得たものと認められる。
(3) この点につき,原告は,刊行物2発明の「円筒状の自己起立式金属端子」は,「円筒」という形状であるため,各端子が相当のスペースを占めるから,そのままでは,本件発明1〜3のような,多数の外部電線を容易に接続することができる小型の多極型モジュラジャックを形成することは不可能であると主張する。
しかし,本件特許請求の範囲「請求項2〜4」には,「外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片」の大きさについて限定する記載はない。また,前記2のとおり,本件発明1〜3は,小型に形成できる多極型モジュラジャックに関する発明であって,本件特許明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,端子片自体が小型であることによって多極型モジュラジャックが小型に形成できるとの記載がある(段落【0018】【0019】)が,そこにいう「小型に形成できる」の意義については,「配線器具用に規格化された取付枠に取着するタイプの大きさに容易に形成できる」「配線器具用に規格化された取付枠に1個から3個まで取着することができる」との記載(段落【0018】【0019】【0020】)があるだけである。そして,円筒形の自立形金属端子6であっても,その高さや径の大きさなどを適宜調節して,小さいものとすることができるのであるから,このような円筒形の自立形金属端子6を用いた「電話ジャック」についても,一般的な意味で「小型の端子片を用いた小型の多極型モジュラジャック」ということができる上,甲26及び乙3によると,円筒形の自立形金属端子6を用いた「電話ジャック」1個を,JISで定められている大角形連用配線器具の1個分の取付枠(横が32.4mm,縦が23mm)に取り付けることができると認められる。したがって,円筒形の自立形金属端子6を用いた「電話ジャック」は,「小型の端子片を用いた小型の多極型モジュラジャック」ということができるものと解される。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(4) また,原告は,@刊行物1発明の「ねじ端子」の代わりに刊行物2発明の「円筒状の自己起立式金属端子」を適用するとすると,「円筒状の自己起立式金属端子」は,「ねじ端子」を取り外した面上に起立して取り付けられることになり,スリットの延びる方向と外部電線の取出方向とが同じ方向になるところ,スリットの延びる方向と同じ方向に外部電線を取り出した場合,外部電線に何らかの外力が加わると,わずかな力でも外部電線がスリットから非常に外れやすくなるため,当業者は,このような構成は採用しない,A何らかの工夫を行って,「円筒状の自己起立式金属端子」を「ねじ端子」が取り付けられていた面に垂直に取り付けた構成とすると,今度は,ナットドライバー等の標準的な工具を用いて外部電線を圧接スリットへ取り付けることができなくなってしまうと主張する。
確かに,刊行物1発明の「端子ねじ25が螺着され,外部電線が接続される端子板23」に代えて,刊行物2発明の「外部電線を圧入して電気的に接続する圧接スリットを有する多数の端子片」を用いるとすると,刊行物1発明の「端子ねじ25」を取り外した面上に,上記「端子片」を起立して取り付けることが考えられる。上記アの刊行物2(甲7)の記載によると,刊行物2発明においては,縦シーム(スロット)38に電線を強制的に挿入し,縦シーム(スロット)38の両側の顎46A,46B又は48A,48Bによって電線を把持することによって,電線が抜けるのを防止しているものと認められるから,刊行物1発明の「端子ねじ25」を取り外した面上に刊行物2の上記「端子片」を起立して取り付けることに,電線が外れやすくなるという阻害要因があるということはできない。また,刊行物1発明の「端子ねじ25」を取り外した面上に刊行物2の上記「端子片」を起立して取り付ける以外の方法で取り付ける場合でも,上記「端子片」の長手方向を刊行物1発明の仕切板24と平行にしてスリットを開放された側に向けて取り付けるなどすれば,外部電線を圧接スリットへ取り付けることが困難であるとはいえず,この点に阻害要因があるということもできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5) さらに,原告は,審決は,「電話ジャック」が対象である刊行物1発明と,「情報ジャック」が対象である本件発明1〜3との違いについて全く考慮していない点に誤りがあると主張するが,刊行物1発明と本件発明1〜3との間で,対象について,原告が主張するような違いがあるということができないことは,前記4で述べたとおりである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(6) 以上のとおり,相違点1について進歩性がないとの審決の判断に誤りがあるとはいえないから,取消事由4は理由がない。
8 以上の次第で,原告主張の取消事由は,いずれも認められないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 田中孝一