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関連審決 不服2003-2521
関連ワード 先願主義 /  発明の範囲 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10118号 審決取消請求事件
原告 X
被告 特許庁長官中嶋 誠
指定代理人柴沼雅樹
同 鈴木久雄
同 平瀬知明
同 岡田孝博
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/07/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2003-2521号事件について平成18年2月13日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が後記特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成10年3月6日,名称を「車両移動伸縮車庫装置」とする発明について特許出願(特願平10-111312号。以下「本願」という。)をし,平成11年2月8日付け手続補正書によって明細書及び図面の記載を補正した(以下「本件補正」という。)が,特許庁は,平成14年6月12日付けで拒絶理由通知(以下「本件拒絶理由通知」という。)を行い,平成15年1月7日拒絶査定をした。
これに対し,原告は,平成15年1月9日付け書面で,不服の審判請求(以下「本件審判請求」という。)をし,特許庁は,これを不服2003-2521号事件として審理した上,平成18年2月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その審決謄本は平成18年3月4日原告に送達された。
(2) 発明の内容ア 出願時のもの平成10年3月6日の本件出願時の特許請求の範囲は,次のとおりである(以下「当初発明」という。)。
「【請求項1】車両の屋根上に車巾ならびに車長状レールを水平に設置し伸縮自在な構造として溝状で一方向に開放されている車巾レールと,溝状で二方向に開放されている車長状レールを用け,溝状内部に回転体を納め,回転体の支持部に屋根付きシートと側面囲いシートを接続しレールに沿って屋根付きシートは水平横部に側面囲いシートは横部へと瞬時にて伸縮し,収納庫に納めて運転走行し,駐車時には収納庫に縮まっているシートを屋根は水平横部に側面は横の方向えとレールに沿って瞬時にて拡大して,車両全体を完全に覆って,雨風ならびに夜露から完全に車両を防護することを特徴とした,車両移動伸縮車庫装置.」イ 本件補正後のもの平成11年2月8日の本件補正後の特許請求の範囲は,次のとおりである(以下「補正発明」という。)。
「【請求項1】車の屋根上に伸縮構造の屋根を設置し,伸縮構造屋根の下部で外周の全周囲に伸縮構造屋根と連同して伸縮する伸縮レールを取り付ける。次に車本体で車輪の走行に支障をきたさない位置に上部の伸縮構造レールと平行に下部レールを取り付け上部及び下部のレールの内側あるいは外装には,容易に移動する構造の支持部のついている回転体等を装備し,その支持部に側面シートを取り付け車の側面全周囲をシートで伸縮するように,駐車場で駐車する時は,上部屋根部の伸縮屋根を伸ばし,側面シートをレールに沿って拡大し車全体を完全に包んで覆い車を雨,雪,露等から防護し,走行時には伸縮屋根と伸縮レールを格納屋根へ収納し,側面シートもレールに沿って後部座席側へと圧縮して,スリムな型で車を走行することを特徴とした車両移動伸縮車庫装置。」(3) 審決の内容審決の内容は,別紙審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件補正後の明細書及び図面(以下「補正明細書等」という。)には,本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載も示唆もされていなかった事項が含まれているから,本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,特許法17条の2第3項の要件を満たしていない,というものである。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決は,次の理由により取り消されるべきである。
ア 当初発明と補正発明は同じ原理の発明である。原告は,本願の出願後,試作品の製作に着手したが,すぐに不備に気づき,補正書を提出できる期間内に本件補正をしたものであって,本件補正は,適法な補正と認められるべきである。
全く同じ原理の発明であっても,最初の明細書や図面が不完全で劣っているものはそのまま認めるが,補正期間内でも補正され完全になったものは絶対に認めない等という査定をしているようでは,我が国の産業は停滞して取り返しがつかないことになる。
イ また,原告は,本訴(平成18年4月24日付け準備書面)において本件補正に係る手続補正書を取り下げたから,当初発明のみが審査の対象となる。
なお,原告は,本件拒絶理由通知を受けた後に補正できる期間(特許法50条により指定された期間)及び本件審判請求をしてから補正できる期間(平成14年法律24号による改正前の特許法17条の2第1項3号が定める期間)内であれば,再度の補正をすることができたというようなことは聞いていない。原告は,平成14年7月11日に,特許庁の巡回審査会場で,特許庁のA審査官から,@本件補正は,特許法17条の2第3項により認められない,A本件補正後の発明は,公開済みであるので特許が認められることはない,B60日以内に本件補正を削除した手続補正書を出すようにと言われた。この対応は,この世にない発明が出願されたのであれば,なるべく早く特許を世の中に出すように指導すべき特許庁の対応としては,あまりにも無責任なものといわざるを得ない。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論(1) 補正明細書等には,当初明細書等には記載も示唆もされていなかった事項が含まれているから,本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,特許法17条の2第3項の要件を満たしていない。したがって,その旨の審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は本件手続補正書を取り下げることはできない。本件拒絶理由通知を受けた後に補正できる期間(特許法50条により指定された期間)及び本件審判請求をしてから補正できる期間(平成14年法律24号による改正前の特許法17条の2第1項第3号が定める期間)内であれば,再度の補正をすることによって,明細書及び図面の記載を補正前のものに戻すことができたが,すでにこれらの期間は経過しているから,再度の補正をすることはできない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 取消事由について(1) 本願について適用される特許法(平成14年法律24号による改正前のもの)17条の2第3項によれば,「第1項の規定により明細書又は図面について補正をするときは,…願書に最初に添付した明細書又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」とされている。この規定は,当初明細書に記載された当初発明と補正明細書に記載された補正発明とが,仮に同じ原理の発明であっても,補正発明が当初発明の範囲を超える部分があるときは,補正は許されないことを明らかにしたものである。これは,先願主義の立場をとる我が国の特許法の下では,補正の効果は出願時に遡ることから,補正は出願時の当初発明の範囲内であるときに限って許されると解されるからである。
そこで,以上の立場に立って,原告のなした本件補正の適否について検討する。
(2)ア 審決は,補正明細書等に記載されている次の(ア)〜(キ)の各事項は,当初明細書等に記載も示唆もされていなかった事項であると認定している。
(ア) 「(図一)から図六図までは伸縮屋根部を金属,あるいは合成樹脂等の堅牢なもので構成し」(本件公開公報[特開平11-245667号公報。乙1]5頁左欄11行〜13行)(イ) 「車本体で車輪の走行に支障をきたさない位置に上部の伸縮構造レールと平行に下部レールを取り付け上部及び下部のレールの内側あるいは外装には,容易に移動する構造の支持部のついている回転体等を装備し,その支持部に側面シートを取り付け」(本件公開公報[乙1]4頁左欄13行〜右欄1行)」,「(4)伸縮レール,(3)格納レール,(5)下部レールに沿って(6)の側面シートを伸ばし」(本件公開公報[乙1]5頁左欄15行〜16行)及び当該「(5)下部レール」を示す図二〜八,十の記載(ウ) 「走行時には伸縮屋根と伸縮レールを格納屋根へ収納し」(本件公開公報[乙1]4頁右欄4行〜5行),「(2)伸縮屋根,と(4)伸縮レールを,(3)格納レール(1)の格納屋根より伸ばして屋根部を作り」(本件公開公報[乙1]5頁左欄13行〜15行)及び当該「(3)格納レール」を備えた「(1)格納屋根」を示す図一〜八の記載(エ) 「(7)の伸縮屋根補強棒で(2)の伸縮屋根をロックすれば,風雨に対して耐久力も増し,又冬になって50〜60cm位の積雪があってもなんら支障をきたさない。」(本件公開公報[乙1]5頁左欄23行〜26行)及び当該「(7)伸縮屋根補強棒」を示す図一,三,五,九の記載(オ) 「(図二),は(4)伸縮レール,(3)格納レール,(5)下部レールに沿って(6)側面シートを後部座席へ圧縮し」(本件公開公報[乙1]5頁左欄26行〜28行),「(図十)は(6)の側面シートと(2)の伸縮レール(8)の屋根伸縮シートを後部へ圧縮して,運転状態を示す側面図」(本件公開公報[乙1]5頁右欄11行〜13行)及び当該「(6)側面シート」を後部座席にレールに沿って圧縮した状態を示す図二,八,十の記載(カ) 「(6)の側面シートが安定しない場合もあるので,鎖等で綱状するか,あるいは上,下のレール間を伸縮構造の右記のような柵として側面シートに取り付けるようにしてもよい」(本件公開公報[乙1]5頁左欄35行〜38行)(キ) 「(2)伸縮屋根を伸ばした一部から折れる機構にすれば操作も簡単であり,コストも安い。」(本件公開公報[乙1]5頁左欄40行〜右欄1行)及び当該「(2)伸縮屋根を伸ばした一部から折れる機構」を示す図四,六の記載イ そして,本件公開公報(乙1)に記載されている当初明細書等及び補正明細書等を対比すると,補正明細書等に記載されている上記ア(ア)〜(キ)の事項は,当初明細書等に記載も示唆もされていなかったことが認められる。
したがって,平成11年2月8日付けで原告がなした本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,特許法17条の2第3項の要件を満たしていないものというほかない。
(3) 次に,原告は,本訴において,本件補正に係る手続補正書を取り下げると述べる。
ア しかしながら,本件拒絶理由通知を受けた後に補正できる期間(特許法50条により指定された期間)及び本件審判請求をしてから補正できる期間(平成14年法律24号による改正前の特許法17条の2第1項3号が定める期間)内であれば,再度の補正をすることによって,明細書及び図面の記載を補正前のものに戻すことができたが,平成18年3月17日になされた本訴の提起後においては,これらの補正ができる期間は経過しており,補正ができないことは明らかである。
イ なお,原告は,上記期間内であれば,再度の補正をすることができたというようなことは聞いていない,平成14年7月11日に特許庁の巡回審査会場で特許庁のA審査官から,@本件補正は,特許法17条の2第3項により認められない,A本件補正後の発明は,公開済みであるので特許が認められることはない,B60日以内に本件補正を削除した手続補正書を出すようにと言われたが,この対応は,あまりにも無責任なものといわざるを得ないと主張する。しかし,@上記(2)イのとおり,本件補正は,特許法17条の2第3項により認められないこと,A本件補正後の発明は,本件公開公報(乙1)によって平成11年9月14日に公開されている(乙1の「公開日」参照)から,原告が上記平成14年7月11日の後に出願しても,特許が認められることはないと解されること,B本件拒絶理由通知書(乙2)によると,本件拒絶理由を受けた後に補正できる期間(特許法50条により指定された期間)は,60日であるから,60日以内に本件補正を削除した手続補正書を提出すれば,明細書及び図面の記載を補正前のものに戻すことができたことからすると,特許庁の審査官の上記説明に誤りはなかったということができる。そして,@特許庁の審査官は,上記のとおり,本件拒絶理由通知を受けた後に補正できる期間(特許法50条により指定された期間)内に再度の補正をすることによって明細書及び図面の記載を補正前のものに戻すことができることを説明していること,A本件審判請求をしてから補正できる期間(平成14年法律24号による改正前の特許法17条の2第1項3号が定める期間)内であれば,再度の補正をすることができることは,特許法上明らかであることからすると,特許庁の審査官が,本件審判請求をしてから補正できる期間(平成14年法律24号による改正前の特許法17条の2第1項3号が定める期間)内に再度の補正をすることができることを説明しなかったとしても,その説明が適切でなかったとまでいうことはできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(4) よって,原告が主張する取消事由は理由がない。
3 以上の次第で,原告主張の取消事由は認められないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 田中孝一