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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ネ4867「窒素磁石」に係る発明の対価請求控訴事件 判例 特許
平成15ワ29850職務発明等に対する相当対価等請求事件 判例 特許
平成17ワ14399職務発明対価請求事件 判例 特許
平成16ネ35職務発明の対価請求控訴事件 判例 特許
平成16ワ10514職務発明の対価等請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  相当の対価(相当な対価) /  自然法則 /  技術的思想 /  有用性 /  創作性(創作) /  共同発明 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  着想 /  特許出願日 /  実施 /  共同発明者 /  設定登録 /  対価 /  請求の範囲 /  拡張 / 
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事件 平成 18年 (ネ) 10020号 職務発明対価請求控訴事件
控訴 人(原審原告)X
訴訟代理人弁護士 長浜周生
被控訴人(原審被告) 和光純薬工業株式会社
訴訟代理人弁護士 竹田稔,川田篤,訴訟復代理人弁護士 飯野泰子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/07/19
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1控訴人「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し,5000万円及びこれに対する平成17年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする 」との判決及び仮執行の宣言。 。
2被控訴人主文と同旨の判決。
事案の概要
本件は,被控訴人の従業員であった控訴人が,後記本件発明が控訴人の職務発明であって,その特許を受ける権利を被控訴人に承継させたと主張し,特許法35条に基づき,被控訴人に対し,譲渡の対価である12億5000万円の一部請求として5000万円及びこれに対する平成17年2月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
原判決は,控訴人が本件発明の発明者であること,控訴人が被控訴人に本件発明につき特許を受ける権利承継させたことは,いずれも認めることはできないとして,控訴人の請求を棄却した。
1 当事者間に争いのない事実及び証拠等によって容易に認定することのできる事実(証拠等によって認定した事実は末尾にその証拠等を掲記する )。
() 当事者1被控訴人は,試薬及び化学工業薬品等の生産,売買並びに輸出入を主たる目的とする会社である。
控訴人は,高等専門学校を卒業した後,昭和60年から平成13年までの間,被控訴人の従業員であった者であるが,その間,一貫して営業の業務を担当し,平成8年当時は,被控訴人の電子工業薬品部電子工業薬品第二課(以下「電薬二課」という )に配属されて,被控訴人の顧客である株式会社H(以下「H」という ) 。 。
等に対する営業の職務に従事していた。
( ) 本件特許2被控訴人は,下記特許(以下「本件特許」という)の特許権者である (甲第1 。。
号証)ア 発明の名称: 洗浄処理剤」「イ 特許出願日:平成9年5月27日(特願平9-152834号)ウ 設定登録日:平成13年8月10エ 特許番号:特許第3219020号オ 特許請求の範囲の請求項1の記載(請求項の数は22個であり,その請求項1に記載された発明を,以下「本件発明」という )。
「(a)モノカルボン酸,ジカルボン酸,トリカルボン酸,没食子酸以外のオキシカルボン酸,及びアスパラギン酸及びグルタミン酸から選ばれたアミノカルボン酸-1,2- から成る群より選ばれた有機酸及び(b)エチレンジアミン四酢酸及びトランスジアミノシクロヘキサン四酢酸から選ばれたアミノポリカルボン酸,ホスホン酸誘導体,縮合リン酸,ジケトン類,アミン類,及びハロゲン化物イオン,シアン化物イオン,チオシアン酸イオン,チオ硫酸イオン及びアンモニウムイオンから選ばれた無機イオンから成る群より選ばれた錯化剤を主に含んで成る,金属配線が施された半導体基板表面の洗浄処理剤 」。
( ) 本件特許出願に係る願書に記載された発明者 3本件特許出願に係る願書には,発明者として,いずれも被控訴人の従業員(東京研究所所属)であるA,B及びC(以下,順に「A 「B 「C」という )の氏 」,」,。
名が記載されている (甲第1号証)。
( ) 本件明細書の記載事項 4(「 」 。), 本件特許に係る明細書 以下 本件明細書 という の発明の詳細な説明には以下の記載がある (甲第1号証)。
ア「近年,半導体基板表面の多層配線化に伴う平坦化の要望から,デバイスを作製する際も化学的物理的研磨(CMP)技術を導入することが提案されている。CMPは,シリカやアルミナのスラリーを用いて半導体基板表面を平坦化する方法であり,研磨の対象はシリコン酸化膜や配線,プラグなどである。この際も使用したシリカやアルミナスラリー自身やスラリー中に含まれる不純物金属,さらには研磨された配線やプラグの金属により半導体基板表面が汚染される。この場合,金属不純物による汚染はウェーハ表面の全面に多量に分布している (段落【 )。」】0003イ「半導体基板表面が金属不純物による汚染を受けると半導体の電気特性に影響を与え,デバイスの信頼性が低下する。更に,金属汚染が著しい場合,デバイスが破壊されてしまうため,CMP工程後に洗浄工程を導入し,半導体基板表面から金属不純物を除去する必要がある (段落【 )。」】0004ウ「以上のように半導体材料上に施された金属配線の腐食を起こすことなく,また,半導体基板表面の平坦度を損なうことなしに,パーティクルや金属汚染の除去が行える有効な手段は未だ見出されていない (段落【 )。」】0009エ「 発明が解決しようとする課題】上記した如き状況に鑑み本発明が解決しよ 【うとする課題は,半導体基板表面に施された金属配線の腐食の問題や半導体基板表面のマイクロラフネスの増加の問題を起こすことなく洗浄が可能な,半導体基板表。」(【】) 面の洗浄処理剤及びこれを用いた処理方法を提供することにある 段落0010オ「 発明を解決するための手段(判決注:課題を解決するための手段」の誤記 【「であると解される 】本発明は上記課題を解決する目的でなされたものであり,本 。)発明は,カルボキシル基を少なくとも1個有する有機酸と,錯化剤とを含んで成る半導体基板表面の洗浄処理剤に関する。また,本発明は更に,カルボキシル基を少なくとも1個有する有機酸と,錯化剤とを含んで成る洗浄処理剤で,半導体基板表。」(【 】) 面を処理することから成る半導体基板表面の洗浄処理方法に関する 段落0011カ「本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果,カルボキシル基を少なくとも1個有する有機酸に,金属汚染物質と錯化合物を形成する錯化剤を添加して半導体基板表面を洗浄することにより,強酸や強アルカリ性溶液を使用する際に生じる,半導体基板表面に施された金属配線の腐食を起こすことなく,また,半導体基板表面の平坦度を損なうことなく,容易に半導体基板表面に吸着又は付着した金属汚染の除去を行うことができることを見出し,本発明を完成させるに至った(段落【 ) 。」】0012( ) 控訴人による検討依頼書の起案提出 5控訴人は,平成8年4月15日頃,下記の記載等がある検討依頼書(乙第1号証の1,以下「本件検討依頼書」という )を起案し,所属部課長の決裁を得た上, 。
化成品開発課長を経て,被控訴人の東京研究所に提出した。
「会社名 芥 他半導体メーカー件 名 CMP後,洗浄剤検討要望事項下記3品の調液検討,サンプル作成をお願い申し上げます。
@クエン酸1%+F成分+AXLAクエン酸5%+F成分+AXL 各 (サンプラテック広口 … 30 10 ??Bクエン酸10%+F成分+AXL を流用)CA-30K※ AXL安定性に問題ある場合は,F成分のみ またEDTA等検討お願いします 」。
,,「」 , なお 上記記載のうち F成分 は特定の錯化剤を示す被控訴人の暗号であり「AXL (正確には「AXL-1)は被控訴人が開発した特定の錯化剤を含む洗 」」浄剤の仮の商品名である。また 「EDTA」はエチレンジアミン四酢酸の略称で ,ある。
( ) 被控訴人の実験6被控訴人においては,本件発明に関し,少なくとも,東京研究所第四研究室(以下「第四研究室」という )所属のBが,平成8年4月から同年6月までの間に, 。
原判決添付実験結果一覧表( )のとおり,3〜10重量%のクエン酸に,各種の錯 2化剤を,その量その他の条件を様々に変化させながら添加した上,これによるアルミニウム溶解度及び鉄溶解度を測定する実験,並びに,原判決添付実験結果一覧表( )のとおり,様々な濃度のクエン酸,シュウ酸及びクエン酸とシュウ酸との混合 1物について,これらの有機酸のみの場合及び錯化剤を添加した場合に,これによるアルミニウム溶解度及び鉄溶解度を測定する実験を行った。
2争点本件の主たる争点は,@控訴人が本件発明の発明者といえるか否か(争点1 ,)A控訴人が被控訴人に本件発明につき特許を受ける権利承継させたか否か(争点2 ,B仮に,控訴人が本件発明の発明者であり,被控訴人に本件発明につき特許 )を受ける権利を承継させたとした場合に,これに対する相当の対価の額はいくらか(争点3 ,の3点であり,各争点についての当事者双方の主張の要旨は以下のと )おりである。
( ) 争点1(控訴人が本件発明の発明者といえるか否か)について 1(控訴人の主張)ア 本件発明は,金属配線が施された半導体基板表面を化学的物理的研磨(CMP)した後,当該基板表面を洗浄するために用いる洗浄処理剤であって,金属配線の腐食を起こしたり,半導体基板表面の平坦度を損なうことなく,効果的に洗浄することを技術課題とし,その解決の手段として,要するに 「カルボキシル基を少 ,なくとも1個有する有機酸と,錯化剤とを含んで成る」ことを要件とした洗浄処理剤である(上記1の( ) 。4)そして,控訴人が「本件検討依頼書」に記載した内容は,有機酸と錯化剤とを含む洗浄処理剤という着想(以下「本件着想」という )であり,これは本件発明そ 。
のものということができる。
したがって,控訴人が本件検討依頼書の起案をした以上,本件発明につき,他に何らの関与もしなかったとしても,控訴人は,本件発明の発明者である。
イ 原判決は,電薬二課のノート(甲第6号証の1,2)のうちの平成7年10月24日の欄に,控訴人が 「G氏 クエン酸30% 本品タングステンCMP後 ,洗浄に採用頂くが,コスト,和光生産性の面より10%以下での使用法改良を検討しており 状況聴取 /希釈するとどうしても洗浄効果ダウンする為 他添加剤 キ ,。 ,(レート )併用検討したが,それ以降検討していないと。和光としては,生産効 etc率のアップによるコストダウンを努力して欲しいと (甲第6号証の1,15頁) 。」と記入したことを根拠として,本件検討依頼書に記載された本件着想は,控訴人自らが着想したものではなく,控訴人は,被控訴人の営業担当者として,顧客であるHの要望を電薬二課に報告したにすぎないと認定したが,誤りである。
すなわち,控訴人は,既に同年7月当時,Cらに,クエン酸に錯化剤を組み合わ,,, せた洗浄処理剤の提案をしていたが Cらがこれを採用しなかったので 同月以降Hに上記洗浄処理剤のサンプル作成及び評価を依頼していたのである。電薬二課のノートの上記記載は,このことを前提とするものであって,同年10月24日にHの担当者から,クエン酸に錯化剤を組み合わせる着想が示されたものではない。
ウ また,原判決は,被控訴人が,クエン酸に錯化剤を組み合わせるという着想を,平成7年11月には,他社の研究テーマとして認識し,少なくとも本件検討依頼書の提出(平成8年4月15日頃)前に,被控訴人自身の研究テーマとして認識していた旨認定したが,控訴人は,CやAが,平成7年10月以降,本件着想を得ていたこと自体を争うものではない。同年の早い時期から,控訴人がCやAらに対し,本件着想を提示し続けていたからである。ただし,CやAらは,本件着想に対し否定的であった。
エ さらに,原判決は,化学関連の分野についての発明においては,実験を繰り返してその有用性を確認し,有用性のある範囲のものを確認することによって技術的思想が完成する場合がある等として,控訴人が本件着想を示したとしても,それだけでは控訴人が発明者であるとはいえないとしたが,誤りである。
すなわち,クエン酸のような有機酸や錯化剤が,ともに金属の洗浄効果を有することは,控訴人に限らず,一定の化学的知識を有するものであれば誰でも知っていることであり,したがって,有機酸と錯化剤とを混ぜ合わせれば,何らかの金属洗浄効果が生ずることは,容易に予測し得ることである。被控訴人において当該実験を担当したBは,当時,大学を卒業したばかりの新人であって,原判決のいう実験とは,そのような者が,1か月程度で行い得たものであり(なお,実際には,Bはサンプルを作成しただけで,その効果を測定したのはHである ,しかも,それを。)混ぜ合わせた洗剤が何故に非常に効果的であるのかという化学的理由も解明されていない(本件明細書の発明の詳細な説明段落【 。CやAは,実験に関与して 0013】)おらず,このことからも,当該実験が,経験を有するような高度のものでなかったことは明らかである。
なお,Bは,有機酸と錯化剤との組合せについて評価を行っているが,それは,特許請求の範囲拡張するためであるにすぎず,本件発明の本質は,クエン酸とF成分に●●●●●●●●●,EDTAとの組合せである。
仮に,原判決の説示のとおり実験に関わらなければ発明者ではないとすれば,およそ化学的らしい発明の発明者は実験担当者のみで,他の者は単にアイデアを示したにすぎないものとされてしまう。したがって,本件発明は,少なくとも控訴人とBとの共同発明というべきである。
(被控訴人の主張)ア 本件発明の特徴は,CMP後の半導体基板の洗浄において,その洗浄効果を向上させるために,@金属配線を損傷することなく,一定の洗浄効果を有する特定の種類の有機酸を選択し,A上記有機酸と組み合わせることが可能であって,CMPで用いられるスラリー中の鉄成分に由来する鉄及び当時金属配線に用いられていたアルミニウムの粒子による汚染の除去能力に優れた特定の種類の錯化剤を,実験を通じて具体的に選択したところにある。
このような,化学の技術分野に属する発明については,一般に有効成分の物質名や化学構造のみから,その有用性を予測することは困難であり,その有用性が確認されなければ,当業者が,その有用性を認識し,かつ,その実施をすることもできないとされている。したがって,本件発明においても,Bが行ったような実験を経て,クエン酸を初めとする有機酸と,多様な種類の錯化剤との組合せにおいて,どのように組み合わせればどのような効果が得られるかについての具体的な技術的知見が得られて初めて,技術的思想創作といえるだけのものとなるというべきである。
イ 控訴人から,クエン酸と組み合わせるべき錯化剤の種類について,具体的な名称らしきものが示されたのは,平成8年4月15日の本件検討依頼書の提出が最初である。しかしながら,この時点では,第四研究室において,クエン酸と組み合わせるべき錯化剤を選択するため,多種類の錯化剤との組合せについて実験を行うことが意思決定されていたのであり,Bが行った実験と控訴人による本件検討依頼書の提出との間に因果関係はない。しかも,本件検討依頼書に記載された,クエン酸とF成分,AXL(AXL-1)及びEDTAとの各組合せに十分な洗浄力がないことは上記実験の結果明らかにされており,このことからも,単に有機酸と錯化剤の組合せというだけでは,実施可能なだけの技術的知見といえないことが明白である。
( ) 争点2(控訴人が被控訴人に本件発明につき特許を受ける権利承継させた 2か否か)について原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に関する当事者の主張」の2の〔原告の主張〕及び〔被告の主張 (10頁25行〜11頁5行)のとおりであるから, 〕これを引用する。
( ) 争点3(仮に,控訴人が本件発明の発明者であり,被控訴人に本件発明につ 3き特許を受ける権利承継させたとした場合に,これに対する相当の対価の額はいくらか)について原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に関する当事者の主張」の3の〔原告の主張〕及び〔被告の主張 (11頁7〜21行)のとおりであるから,これを引 〕用する。
当裁判所の判断
1 争点1(控訴人が本件発明の発明者といえるか否か)について( ) 事実経過1上記第2の1の事実関係に,証拠(甲第6号証の1,2,第7号証,乙第1号証の1,2,第7〜第11号証,第14号証,第16号証の1,2,第17〜第20号証)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実を認めることができる。
ア 被控訴人の第四研究室は,主として半導体基板等に係る電子工業薬品の開発を担当しており,Aは昭和61年4月から平成17年3月まで,Cは昭和59年3月から平成16年4月まで,それぞれ第四研究室に配属され,錯体を中心とする電子工業用薬品の研究開発等に従事していた。Bは,大学院の修士課程を修了後,平,。 成8年4月11日から第四研究室に配属されたが 現在は被控訴人を退職しているイ 被控訴人は,半導体基板表面の洗浄剤として,昭和61年頃から平成7年10月頃までの間に,クエン酸の10%水溶液である「CA-10」や「CA-HP10 ,30%水溶液である「CA-30」等の商品の販売を開始した。これらの 」商品開発には,C及びAが関与し,あるいは中心となって担当した。
ウ 他方,被控訴人は,上記のようなクエン酸単体の洗浄剤のほか,平成4年10月頃 過酸化水素水に特定の錯化剤 錯化剤はキレート剤ともいう である F ,( 。 )「成分」を添加した「ハイリンパーHP」という商品の販売を開始した 「F成分」。
は 「ハイリンパーHP」に添加した錯化剤を外部に知られないため用いられた暗 ,,,, 号であり これが具体的に何を指称するものであるかは 顧客に対してはもとより控訴人のような営業担当者にも明かされていなかった 「ハイリンパーHP」は, 。
半導体基板表面の鉄を洗浄するには有効であったが,アルミニウムを洗浄するには十分ではなかったため,Aは,アルミニウムの洗浄に有効な錯化剤を特定するための実験研究を進め,平成7年頃,特定の錯化剤がアルミニウムの洗浄に有効であることを発見した。被控訴人は,この錯化剤を添加した洗浄剤を開発し 「AXL-,1」という商品名を付してそのサンプル品を顧客に提供するなどしたが 「AXL,-1」に含まれる錯化剤は,酸性領域の水溶液又は過酸化水素水中で非常に不安定であって,純水中においても,なお安定性に問題があったことから,被控訴人は,「AXL-1」を販売するまでには至らなかった。
エ 平成7年10月頃以降,CやAは,半導体基板表面の洗浄剤の顧客から,直接,あるいは電薬二課の営業担当者を通じて,クエン酸以外の成分により,あるいはクエン酸に他の成分を添加して,洗浄効果を向上させた洗浄剤を開発するよう要望を受けていた。
また,被控訴人の電薬二課の営業担当者Dは,同年11月6日,化成品開発部に対して,クエン酸のキレート安定化定数PH依存性について調査するよう依頼する調査依頼書を作成提出した。この調査依頼に対し,化成品開発部のEは,同年12月19日 「金属-クエン酸錯体のpH依存性について」と題する書面により報告 ,するとともに,補足として,同調査依頼書の「調査略結果」欄に 「洗浄メカニズ,ムの究明,クエン酸の性質,またその性質を知った上でクエン酸に何かを添加して効果を向上出来ないのか,クエン酸以外のキレート剤で効果は上がらないのか」と記載した。
そして,Cは,平成8年4月5日,被控訴人の第1回電材プロジェクト会議用資料として 「124期の開発テーマについて」と題する書面(124期とは,平成 ,8年4月1日から平成9年3月31日までの期間のことをいう )を作成し,電子。
工業薬品部長に提出した。同書面は,現在着手中のテーマとともに124期に着手する予定の開発テーマにつき,検討の目的や商品展開への戦略を簡略に報告するためのものであるが 同書面の 商品展開への簡略的なシナリオなど の欄には ク ,「 」 , 「(エン酸+キレート剤)としたCMP用機能性洗浄液の開発」との記載がある。
,,,, オ Bは 上司であるCの指示により平成8年4月15日 洗浄処理剤としてクエン酸と錯化剤とを組み合わせる実験に着手し,同年6月までの間に,原判決添付実験結果一覧表( )のとおり,3〜10重量%のクエン酸に,各種の錯化剤を, 2その量その他の条件を様々に変化させながら添加した上,これによるアルミニウム溶解度及び鉄溶解度を測定する実験,並びに,原判決添付実験結果一覧表( )のと1おり,様々な濃度のクエン酸,シュウ酸及びクエン酸とシュウ酸との混合物について,これらの有機酸のみの場合及び錯化剤を添加した場合に,これによるアルミニFe ウム溶解度及び鉄溶解度を測定する実験を行い それぞれ同各一覧表記載の結果 ,(溶解度, 溶解度)を得た。Alカ 控訴人は,Bが上記オの実験に着手した平成8年4月15日と同日頃 「本,件検討依頼書」を起案提出し,化成品開発課を経て,同月18日に東京研究所に到達した。
なお,検討依頼書は,本来,営業担当部署が顧客から要望を受けた場合に,その要望事項を社内に周知させるとともに,当該要望事項が実現可能なものであるか否かについて,研究開発担当部署である東京研究所に検討を依頼するために作成される社内文書である。
キ 本件発明における有機酸と錯化剤それぞれについての限定は,Bによる上記実験の結果,アルミニウム溶解度が0.5 以上を示したものを選択したもの ppm,。 であるが 一部にAらによるものと考えられる実験の結果に基づく部分も存在する控訴人は,Bによる上記実験その他本件発明における有機酸と錯化剤とを限定するための実験には全く関与していない。
( ) 控訴人は,控訴人が「本件検討依頼書」に記載した有機酸と錯化剤とを含む 2洗浄処理剤という着想(本件着想)は本件発明そのものであるから,控訴人が本件検討依頼書の起案をした以上,控訴人は,本件発明の発明者であると主張する。
しかしながら 「発明」とは「自然法則を利用した技術的思想創作のうち高度 ,のもの」をいうから(特許法2条1項 ,発明者(共同発明者を含む )に当たると )。
いうためには,当該発明における技術的思想創作行為に現実に加担したことが必要であり,単なるアイデアや研究テーマを提示したにすぎない者などは,技術的思想創作行為に現実に加担したとはいえないから,発明者ということはできない。
のみならず,化学の技術分野に属する発明については,一般に,ある物品を構成する有効成分の物質名やその化学構造のみから,当該物品の有用性を予測することが困難であるため,これを構成する物質についての着想のみから,直ちに当業者において実施可能な発明が完成するものではなく,有用性を確認するための実験を繰り返し,有用性が認められる範囲のものを明確にして初めて技術的思想創作をしたといい得るものも数多く存在する。そして,そのような場合においては,上記着想を示したのみでは,技術的思想創作行為に現実に加担したとはいえないから,当該着想を示したのみの者をもって発明者ということはできない。
本件明細書には,控訴人が主張するように「本発明は,カルボキシル基を少なくとも1個有する有機酸と 錯化剤とを含んで成る半導体基板表面の洗浄処理剤 上 ,」 (記第2の1の( )のオ)とする表現もあるが,本件発明は,単なる有機酸と錯化剤 4の組合せではなく,有機酸と錯化剤それぞれにつき,特定の種類に限定して,それらを組み合わせたものである。すなわち,有機酸については 「モノカルボン酸,,ジカルボン酸,トリカルボン酸,没食子酸以外のオキシカルボン酸,及びアスパラギン酸及びグルタミン酸から選ばれたアミノカルボン酸から成る群より選ばれた有-1,2- 機酸 と限定され 錯化剤についてはエチレンジアミン四酢酸及びトランス 」, , 「ジアミノシクロヘキサン四酢酸から選ばれたアミノポリカルボン酸,ホスホン酸誘導体,縮合リン酸,ジケトン類,アミン類,及びハロゲン化物イオン,シアン化物イオン,チオシアン酸イオン,チオ硫酸イオン及びアンモニウムイオンから選ばれた無機イオンから成る群より選ばれた錯化剤」と限定されているのであって(上記第2の1の( )のオ ,これらの限定は,主として,Bによる実験の結果,アルミニ 2)ウム溶解度が0.5 以上を示し,有用性が確認された範囲のものを示すもの ppmである(上記( )のオ,キ 。1)したがって,本件発明は,化学の技術分野において,実験により有用性が認められる範囲のものを明確にして初めて技術的思想創作をしたといい得る発明というべきであるから,そのような実験以前の,洗浄処理剤を構成する物質についての単なる着想それ自体は発明ということができず,したがって,そのような着想を示したにすぎない者は,これを発明者と認めることはできない。
控訴人は 「本件検討依頼書」に記載した有機酸と錯化剤とを含む洗浄処理剤と ,いう着想(本件着想)は本件発明そのものであるから,控訴人が本件検討依頼書の起案をした以上,控訴人は,本件発明の発明者であると主張するが,この主張が失当であることは,上記説示のとおりである。
もっとも,上記第2の1の( )のとおり,控訴人が「本件検討依頼書」に記載し 5た内容は,正確には,「下記3品の調液検討,サンプル作成@クエン酸1%+F成分+AXLAクエン酸5%+F成分+AXLBクエン酸 %+F成分+AXL10(AXL安定性に問題ある場合は,F成分のみ またEDTA等 」)というものである。そして,この記載が,仮に上記@〜Bの組合せ(AXLの安定性に問題ある場合は,F成分のみとし,又はEDTAに代替する )による洗浄処。
理剤という着想を示したものであり,かつ,その中に,本件発明に含まれることとなる実施態様が存在するとしても,そのような着想を示したのみで,控訴人が本件発明に係る発明者であるということができないことに変わりはない。
( ) のみならず,上記( )の事実関係によれば,控訴人による「本件検討依頼書」 31が東京研究所に到達する前に,第四研究室のCらは,クエン酸に錯化剤を組み合わせた洗浄処理剤の着想を得ており,Bに指示して,クエン酸と錯化剤とを組み合わせて,そのアルミニウム溶解度及び鉄溶解度を測定する実験に着手していた事実が認められる。
そうすると,控訴人による「本件検討依頼書」の提出は,本件発明がなされるに至る契機となったとさえいうことはできず,本件発明の完成との間に因果関係を認めることができない。
( ) 控訴人は,クエン酸のような有機酸や錯化剤が金属の洗浄効果を有すること 4は,一定の化学的知識を有するものであれば誰でも知っていることであるとか,Bの実験が高度のものでなかったとか,実験に関わらなければ発明者ではないとすれば,およそ化学的らしい発明の発明者は実験担当者のみで,他の者は単にアイデアを示したにすぎないものとされてしまう等と主張する。
しかしながら,有機酸や錯化剤が金属の洗浄効果を有することがよく知られているとすれば,尚更,実験を繰り返して,有用性が認められる一定程度以上の洗浄効果をもたらす有機酸と錯化剤との種類を明確にすることが,洗浄剤の発明としての技術的思想創作の中核となることが明らかであり,また,その実験が必ずしも高度のものであることを必要としないことも明白である。さらに,有用性が認められ,, る有機酸と錯化剤との種類を明確にする行為への関与の方法は様々であって 常に直接,実験を担当した者に限られると解する理由もない。
また,控訴人は,Cらが 「本件検討依頼書」が東京研究所に到達する前に,ク ,エン酸に錯化剤を組み合わせた洗浄処理剤の着想を得ていたとの点に関し,控訴人が平成7年の早い時期から,控訴人がCやAらに対し有機酸と錯化剤とを含む洗浄処理剤という着想(本件着想)を提示し続けていたからであると主張するが,甲第7号証(控訴人の陳述書)の上記主張に沿う部分は,これを裏付ける的確な証拠を伴わず(甲第6号証の1の平成7年7月12日の欄の記載,同号証の2の同年10月24日の欄の記載は,いずれもその文言自体が,上記主張事実を裏付けるものと認めることはできない ,これを直ちに信用し得るものではなく,他に上記事実を 。)認めるに足りる証拠はないのみならず,控訴人が,従来 「本件検討依頼書」の起 ,案提出によって本件着想を被控訴人に示したと主張していたこととも齟齬するものであるから,上記主張を採用することはできない。
( ) 以上のとおり,控訴人が本件発明の発明者又は第三者との共同発明者である 5とする控訴人の主張を認めることはできない。
2 争点2(控訴人が被控訴人に本件発明につき特許を受ける権利承継させたか否か)について控訴人は,本件検討依頼書により本件発明の届出をした平成8年4月15日から本件特許の出願日である平成9年5月27日までの間に,被控訴人に対し,特許を,。 受ける権利を譲渡したと主張するが このような事実を認めるに足りる証拠はない3 以上によれば,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 石原直樹
裁判官 清水知恵子