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関連審決 不服2003-7606
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  製造方法 /  加工方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  周知技術 /  公知技術 /  数値限定 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10722号 審決取消請求事件
原告 三菱電機株式会社
訴訟代理人弁理士 永井豊
同 中鶴一隆
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人吉野三寛
同 向後晋一
同岡田孝博
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/07/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1原告(1) 特許庁が不服2003-7606号事件について平成17年8月25日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2被告主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,平成7年2月15日,発明の名称を「半導体レーザの製造方法」とする特許出願(特願平7-26368号,以下「本願」という。)をし,平成15年2月3日付けで願書に添付した明細書を補正する手続補正をしたが,同年4月1日発送(同年3月17日起案)の拒絶査定を受けたので,同年5月1日,これを不服として審判を請求し,上記審判請求は,不服2003-7606号事件として,特許庁に係属した。原告は,その後,平成15年5月20日付けで上記明細書を補正する手続補正をした(以下,この補正を「本件補正」といい,本件補正後の本願に係る明細書及び図面を「本願明細書」という。)。
特許庁は,上記事件につき,審理の結果,平成17年8月25日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その謄本は,同年9月6日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲(1) 本件補正前の請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
「円形の半導体ウエハを用いる半導体レーザの製造方法において,上記円形半導体ウエハのオリエンテーションフラットを,機械的な研削,または研磨により加工し,上記側面と上記円形半導体ウエハを構成する半導体結晶の結晶軸とのずれが±0.04°以内となるよう,X線回折を用いて調整することを特徴とする半導体レーザの製造方法。」(2) 本件補正後の請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本願補正発明」という。下線部は補正箇所を示す。)。
「円形の半導体ウエハを用いる半導体レーザの製造方法において,上記円形半導体ウエハのオリエンテーションフラット部側面を機械的な研削または研磨により加工する工程と,上記側面と上記円形半導体ウエハとを構成する半導体結晶の結晶軸とのずれをX線回折により計測する工程とを繰り返すことで,上記ずれが±0.04°以内となるように調整することを特徴とする半導体レーザの製造方法。」3 審決の理由別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,特開平1-196891号公報(以下「引用例」という。甲2)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないから,本件補正は却下されるべきものであり,本願発明も,本願補正発明と同様の理由により引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,としたものである。
審決は,上記判断をするに当たり,引用発明の内容,本願補正発明と引用発明との一致点・相違点を,それぞれ次のとおり認定するとともに,周知技術を示すものとして,特開昭57-194854号公報(甲6),特開昭59-142045号公報(甲7),特開平5-318287号公報(甲8),特開昭62-116243号公報(甲9),実願昭62-99403号(実開昭64-6045号)のマイクロフィルム(甲10)を例示した。
(引用発明)「円形のGaAs基板を用いる半導体レーザの製造方法において,上記円形GaAs基板のオリエンテーションフラットを,X線法によって方向を決めた後,機械的研磨法によって形成し,オリエンテーションフラットと円形GaAs基板の<110>方向とのずれが±1°以内である半導体レーザの製造方法」(一致点)「円形の半導体ウエハを用いる半導体レーザの製造方法において,上記円形半導体ウエハのオリエンテーションフラット部側面を機械的な研削または研磨により加工する工程を有し,上記側面と上記円形半導体ウエハとを構成する半導体結晶の結晶軸とのずれが所定範囲である半導体レーザの製造方法」である点。
(相違点)(1) 本願補正発明では「機械的な研削または研磨により加工する工程と,上記側面と上記円形半導体ウエハとを構成する半導体結晶の結晶軸とのずれをX線回折により計測する工程とを繰り返すことで,上記ずれが所定範囲となるように調整する」構成を有しているのに対して,引用発明では,X線法によって方向を決めた後,機械的な研磨により加工する工程を行うだけであって,ずれが所定範囲となるように調整する構成を有していない点(以下「相違点(1)」という。)。
(2) 上記ずれの所定範囲が,本願補正発明では「±0.04°以内」であるのに対して,引用発明では「±1°以内」である点(以下「相違点(2)」という。)。
原告主張の取消事由の要点
審決は,引用例に記載された事項の解釈を誤り,本願補正発明と引用発明との相違点の判断を誤った結果,本願補正発明の進歩性(独立特許要件)の判断を誤り,その結果,本願の請求項1に係る発明の要旨認定を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。なお,審決における一致点及び相違点(1),(2)の各認定は認める。
1 引用例に記載された事項の解釈の誤り(1) 審決は,引用例(甲2)の「従来の基準線は,X線によって<110>方向を決め,その後,機械的研磨法によって形成していた。そのためX線法によって特定した方向よりも+の方向および-の方向にずれてしまい,一般的に用いられるものでも,±1°以内のずれは避けられなかった。しかしながら,この<110>方向からのずれが半導体レーザとした時のレーザ光線の広がり角度に影響し,製造歩留の低下をもたらせていた。」(1頁右下欄7行〜15行)との記載に基づいて,「係る知見によれば,ずれの許容範囲が半導体レーザの性能に直接影響を及ぼし,半導体レーザの性能を上げるためには,ずれの許容範囲を極力小さくすべきことが示唆されているといえる。」(審決書5頁4行〜6行)と認定したが,誤りである。
引用例(甲2)には,機械的研磨ウエハの角度ずれを改善するべきとの示唆は見出せない。上記記載を含む引用例全体の記載から当業者が読み取るのは,機械研磨的方法に起因するオリフラの角度ずれのため,機械的研磨ウエハの使用では不具合の解消は困難であり,原理的にオリフラの角度ずれがゼロである劈開オリフラウエハの使用により,角度ずれの問題が解決するということである。要するに,引用例は,半導体レーザの製造方法において,機械的研磨ウエハの使用を全面的に否定し,劈開オリフラウエハを用いるべきとの技術思想を開示するものであって,「ずれの許容範囲を極力小さくすべきこと」を示唆するものではなく,機械的研磨ウエハの使用を否定するものというべきである。
(2) 審決は,「本願補正発明と引用例1発明(判決注:引用発明)とが共に,側面と円形半導体ウエハとを構成する半導体結晶の結晶軸とのずれを『所定の範囲』以内にするものである」(審決書3頁19行〜21行)と認定したが,誤りである。
引用例(甲2)には,角度ずれを所定範囲以内とすることは記載も示唆もされていない。引用例のうち,審決が引用発明を認定する根拠とした部分には,「一般的に用いられるものでも,±1°以内のずれは避けられなかった。」(1頁右下欄10行〜12行)と記載されているにすぎず,オリフラと称される部位の側面と円形体ウエハを構成する半導体結晶の結晶軸との角度ずれを,積極的に「所定の範囲」以内にすることの示唆はない。引用例は,機械的研磨ウエハのオリフラの角度ずれが,-1°から+1°の範囲で,大きくばらついている状況を指摘しているにとどまり,本願補正発明の意図する,具体的な製造技術上の要因から導出された許容範囲を意味する「所定の範囲」以内への積極的な制御という技術的思想を開示するものではない。
2 相違点の判断の誤り審決は,引用発明において,「……ずれが所定範囲となるように調整する程度のことは,当業者が容易に想到し得る構成といえる」(審決書4頁27行〜31行),「……ずれの許容範囲を,例えば,±0.04°以内と具体化することは,提供すべき半導体レーザに要求される性能に応じて当業者が適宜設定すべき設計事項に過ぎず,当業者にとってなんら困難な事項ではない」(審決書5頁7行〜11行)と判断したが,以下のとおり,誤りである。
(1) 引用例(甲2)は公開特許公報であるところ,その出願がなされた当時,機械的研磨ウエハのオリフラの角度ずれを±0.04°以内とすることが,当業者にとって何ら困難を伴わない単なる設計的事項にすぎなかったとすれば,引用例の発明者は,製造工程的により複雑化する劈開オリフラウエハの使用を前提とする半導体レーザの製造方法を新たに発明しなければならない必要性はなかったはずである。つまり,引用例に係る特許出願がなされた当時,当業者は,劈開オリフラウエハ以外では不具合の解消は不可能と認識しており,機械的研磨ウエハを用いる場合の半導体レーザの歩留りの向上は何ら検討されなかったのである。
このように,引用例は,機械的研磨ウエハの使用を否定するという,本願補正発明とは正反対の方向性を教示しているから,引用発明に周知技術を組み合わせることにより,本願補正発明に想到することは,当業者にとって困難であったというべきである。
(2) 引用発明における±1°以内の角度ずれ幅に対し,本願補正発明における±0.04°の角度ずれ幅は,2桁も小さい値であり,当業者が適宜設定すべき設計的事項とはいえない。
上記(1)で指摘したように,仮に±0.04°の角度ずれ幅が当業者の設計的事項程度の数値であるとすれば,引用例の発明者は,引用例に開示されている劈開オリフラウエハを用いた半導体レーザの製造方法を新たに発明する必要はなかったのである。審決は,当業者であれば,角度ずれは小さい方が好適であるから,限りなくゼロに近い数値範囲を容易に思いつくにちがいないという推測の下に,本願補正発明で初めて開示された±0.04°の角度ずれ幅を単なる設計的事項と断定しているが,その許容範囲が例えば±0.01°や±0.1°ではなく,どうして±0.04°以内でなければなかったのか,という極めて重要な点が看過されている。現実の製造現場では,部材の寸法誤差や角度誤差は大なり小なり必ず発生し,これらの誤差を許容しつつどこまで高歩留りで製造できるかが,製造技術の真髄なのであり,本願補正発明が,歩留りを損なわない範囲での許容誤差を見出した点には,製造技術上大きな意義がある。
また,本願補正発明において,ずれが±0.04°以内となるように調整することにより得られる効果は,電極パターンずれによって余分に残った電極間隔部分が過飽和吸収体となることによって生じる熱抵抗の増加という,引用発明とは異質の効果である。すなわち,本願補正発明と引用発明とでは,光ビームのばらつき改善という光学的特性に関する課題では共通しているものの,電極パターンずれによって余分に残った電極間隔部分が過飽和吸収体となることによって生じる熱抵抗の増加という熱的特性に関する課題は,引用例には何ら示唆されていない。本願補正発明における「ずれが±0.04°以内」との数値限定は,臨界的意義を要求されるものではないが,仮に,臨界的意義を要求されたとしても,本願明細書の図3に示されるように,上記範囲内ではマスクパターンずれ量が極めて安定にスペック内に収まり,結果的に半導体レーザの熱抵抗の増加等を防止できるという,従来にはない有利な効果が顕著に生じており,臨界的意義が認められる。
以上のとおり,本願出願前の,機械的研磨ウエハの半導体レーザの製造方法への適用が否定的な状況下において,本願に係る発明者が鋭意実験及び考察を繰り返すことによりようやく見出した角度ずれ量±0.04°という許容範囲は,当業者が容易に想到できるような単なる設計的事項ではない。
3 このように,本願補正発明が進歩性を有し,独立特許要件を充足することは明白である。
したがって,審決が,本件補正を却下し,本願の請求項1に係る発明の要旨として,本願発明を認定し,その進歩性を否定したのは,誤りである。
被告の反論の要点
1 引用例に記載された事項の解釈の誤りについて(1) 引用例(甲2)には,「……一般的に用いられるものでも,±1°以内のずれは避けられなかった。」(1頁右下欄7行〜12行)との記載に続けて,「しかしながら,この<110>方向からのずれが半導体レーザとした時のレーザ光線の広がり角度に影響し,製造歩留の低下をもたらせていた。」(1頁右下欄12行〜15行)との記載があり,この記載によれば,機械的研磨法により形成されたオリエンテーションフラットの角度ずれが±1°以内であること,±1°以内のずれ(精度)では半導体レーザを製造した際に製造歩留りが低下していたことが読み取れる。すなわち,ずれの範囲を±1°より小さい「所定の範囲」以内へ積極的に制御することで,半導体レーザの製造歩留りが向上する可能性が示唆されており,その場合,ずれの範囲が小さいほど製造歩留りが向上することは自明であるから,引用例のオリエンテーションフラットが,そのずれを「所定の範囲」以内にするものであるということ,及びオリエンテーションフラットのずれの許容範囲を極力小さくすべきということは,引用例に記載ないし示唆される事項である。
(2) 「オリエンテーションフラット」が,円形の半導体ウエハに設けられる所定の劈開面に対応した「基準線」であることは,引用例(甲2)にも記載されているように,周知の技術事項である。そして,「基準線」として用いられるからには,本来あるべき基準線(半導体結晶の結晶軸)に対して,そのずれを「所定の範囲」以内とすることは当然考慮すべき事項であるといえ,「オリエンテーションフラット」であることそれ自体が,ずれは「所定の範囲」以内でなければならないという技術概念を包含しているといえる。
2 相違点の判断の誤りについて(1) 原告は,引用例は,機械的研磨ウエハの使用を否定するという,本願補正発明とは正反対の方向性を教示しているのであるから,引用発明に周知技術を組み合わせることにより,本願補正発明に想到することは,当業者にとって困難であったというべきである旨主張する。
しかし,審決は,引用例(甲2)に「従来技術」として記載された技術を引用発明としているところ,引用例(甲2)の上記「従来技術」の記載部分には,前記1のとおり,機械的研磨法により形成されたオリエンテーションフラットの角度ずれが±1°以内であること,及び,±1°以内のずれ(精度)では,半導体レーザを製造した際に製造歩留りが低下していたとの現状が記載されているにすぎず,機械的研磨に限界があるということは記載されていないから,機械的研磨を否定するものではない。
(2)ア 引用例(甲2)の「本発明の実施で得られた半導体レーザは水平方向の広がり角度を小さくすることに非常に効果があり,広がり角度40°(±20°)で検査したところ,製造歩留は本実施例の場合で89.8%,従来例の場合では63.1%であり,製造原価を大幅に低下させることができた。」(2頁右上欄10行〜15行)との記載からは,レーザ光の水平方向広がり角度が±20°である半導体レーザを高い製造歩留りで得るためには,オリエンテーションフラットのずれの範囲を「劈開」により得られるずれの範囲にすればよいことが読み取れる。
これは,提供すべき半導体レーザに要求される性能に応じてずれの許容範囲が規定されることを引用例(甲2)が示唆するものであるから,オリエンテーションフラットのずれの範囲の規定は当業者が適宜設計すべき設計事項である。
また,具体的なずれの数値範囲の指標として,引用例にも記載されている「劈開」により得られるずれ量が挙げられることは,引用例の記載及びオリエンテーションフラットの形成に劈開が周知慣用される手段であることからみても明らかであり,具体的な数値範囲を,劈開で得られるずれ量に近い±0.04°と規定することに格別の困難性は認められない。
イ 原告は,従来の±1°以内の角度ずれ幅に対して,±0.04°の角度ずれ幅は2桁も小さな値であり,この点からも,当業者が適宜設計すべき設計的事項とは到底いえない,と主張しているが,本願明細書における,ずれが±0.04°のオリエンテーションフラットを形成する工程についての記載箇所(段落【0053】)を見ると,研削及び研磨とずれ量の計測とを繰り返してオリエンテーションフラットを形成することが記載されるのみであり,特別な工程の記載はないから,上記数値は,原告も認めている精密機械加工の分野で行われている繰り返し研磨という周知慣用手段を適用して得られたにすぎないものであって,精度の面からみても格別のものではない。
原告の主張する「ずれが±0.04°以内」という数値範囲は,劈開長を20mmとし,レーザチップの電極間隔81を40μmとしたことを前提として算出したものであり(本願明細書の段落【0036】),前提が変われば算出されるずれの許容量も当然に変わると推測されることから,±0.04°という数値限定に何らかの臨界的な意義があるとはいえず,レーザチップを劈開により分離する工程において人為的に決定した設計的事項であるということができる。
3 したがって,審決の認定及び判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
当裁判所の判断
1 引用例に記載された事項の解釈の誤りについて(1) 原告は,引用例には,機械的研磨ウエハの角度ずれを改善することは示唆されていないと主張する。
ア 引用例(甲2)には,次の記載がある。
「従来,レーザを得るためのGaAsの基板は,(100)面を表面とし,その基板の一端に<110>方向を示す,いわゆるオリエンテーションフラットと称する素子を配置させる基準線を設けたものが広く利用されていた。」(1頁左下欄14行〜18行)「従来の基準線は,X線によって<110>方向を決め,その後,機械的研磨法によって形成していた。そのためX線法によって特定した方向よりも+の方向および-の方向にずれてしまい,一般的に用いられるものでも,±1°以内のずれは避けられなかった。しかしながら,この<110>方向からのずれが半導体レーザとした時のレーザ光線の広がり角度に影響し,製造歩留の低下をもたらせていた。」(1頁右下欄7行〜15行)「本発明は,(100)面を表面とするGaAs基板の端部に,その劈開方向である<110>方向の劈開部を設け,これをパターンの基準線に用いる半導体装置の製造方法である。」(1頁右下欄17行〜末行)「製造歩留は本実施例の場合で89.8%,従来例の場合では63.1%であり,製造原価を大幅に低下させることができた。」(2頁右上欄13行〜15行)上記各記載によれば,引用例には,半導体レーザを製造する場合において,機械的研磨により基準線を作成した場合には,基準線のずれが±1°程度となって製造歩留りが低下すること,これに対して,劈開により基準線を作成すれば,製造歩留りを向上できることが記載されているものということができる。
確かに,引用例には,機械的研磨の精度を向上させることについては記載されてはいない。しかし,引用例に記載の劈開により基準線を作成した結果,製造歩留りが向上したのは,基準線のずれがなくなった結果であることは明らかであるから,どのような加工方法によるかを問わず,GaAs基板に作成する基準線と<110>方向とのずれを小さくすれば製造歩留りを向上することが可能であることも,明らかといえる。
そうすると,引用例には,機械的研磨ウエハの場合にも,GaAs基板の基準線と<110>方向とのずれを小さくすることで,その製造歩留りを向上することができることが示唆されているというべきである。
イ 原告は,引用例は,半導体レーザの製造方法において,機械的研磨ウエハの使用を全面的に否定し,劈開オリフラウエハを用いるべきとの技術思想を開示するものである旨主張する。
しかし,引用例(甲2)には,「一般的に用いられるものでも,±1°以内のずれは避けられなかった。」(1頁右下欄10行〜12行)と記載されているように,一般的に用いられているものでは,機械的研磨により基準線を作成した場合には,±1°以内のずれが生じるとは記載されているものの,機械的研磨では,±1°よりも小さなずれに抑えることが不可能であるとは記載されていない。そして,引用例において,課題を解決する手段として劈開を選択していることと,機械的研磨による加工精度の向上を全面的に否定していることとは直接的には関連しないから,引用例が,機械的研磨ウエハの使用を全面的に否定しているものとはいえない。
したがって,原告の主張は採用することができない。
(2) 原告は,引用例には,角度ずれを所定範囲以内とすることは記載も示唆もされていない旨主張する。
しかし,上記(1)において認定したように,引用例には,機械的研磨ウエハの場合にも,GaAs基板の基準線と<110>方向とのずれを小さくすることで,その製造歩留りを向上することができることが示唆されているといえる。そして,引用例に記載された事項から,半導体ウエハの基準線と結晶軸のずれを,劈開により基準線を作成した場合と同等にすれば,同様に製造歩留りが向上するであろうことは当業者にとって明らかであり,劈開による基準線と結晶軸のずれが殆どないことに鑑みると,半導体ウエハの基準線と結晶軸のずれは,±1°よりもかなり小さなずれの範囲内とすることが必要であることは容易に理解し得ることである。
してみると,引用例には,基準線と結晶軸のずれを所定の範囲内とすることも示唆されているというべきである。
2 相違点の判断の誤りについて(1)ア 原告は,@引用例は,機械的研磨ウエハの使用を否定するという,本願補正発明とは正反対の方向性を教示しているから,引用発明に周知技術を組み合わせることにより,本願補正発明に想到することは,当業者にとって困難であった,A本願補正発明における±0.04°の角度ずれ幅が単なる設計的事項にすぎないとすれば,引用例の発明者は,劈開オリフラウエハの使用を前提とした半導体レーザの製造方法を新たに発明する必要はなかった,B機械的研磨ウエハを用いる場合の半導体レーザの歩留りの向上は,引用例の出願当時何ら検討されることもなかったと主張する。
しかし,引用例においては,機械的研磨ウエハの場合にも,GaAs基板の基準線と<110>方向とのずれを小さくすることで,その製造歩留りを向上することができることが示唆されており,機械的研磨ウエハの使用を全面的に否定しているものでもなく,機械的研磨方法では±1°よりも小さなずれに抑えることが不可能であるとしているわけでもないことは,いずれも前記1において認定したとおりであるから,原告の主張@の点は,その前提において失当である。また,ある発明が公知技術に基づいて容易に発明をすることができたか否かは,当該発明の出願時を基準として判断すべきものであるから,審決が引用例とした公開特許公報に係る特許出願の出願時を問題とする原告の主張A,Bも,その前提において誤りである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ 念のため,相違点(1)の想到容易性について検討する。
審決は,周知例として甲6〜8を示し,「機械的な加工の後に加工精度の計測を行い,その結果得られた精度のずれを補正するように加工を繰り返して,機械的な加工誤差を補正しつつ所望の加工精度を得ることが,従来より精密機械加工の分野で行われている周知慣用手段である」(審決書4頁22行〜25行)と認定しているところ,原告は上記認定について争うものではない。
また,引用例に,機械的研磨により作製されたウエハの基準線のずれを±1°より小さい所定の範囲内とすれば製造歩留りが向上することが示唆されているといえることは前記1で認定したとおりであり,機械的研磨の加工精度を向上させれば,基準線と結晶軸のずれを小さくできることは技術的に明らかである。
そして,引用例の±1°の角度ずれを機械的研磨方法によっても相当程度改善可能であることは,本願出願当時の当業者であれば,甲6〜8に示される上記周知慣用手段に照らし,当然認識し得ることである。
そうすると,半導体ウエハの基準線を機械的研磨により作製する場合にどの程度まで角度ずれが低減できるかが不明であったとしても,上記周知慣用手段を適用して,角度ずれを低減させようとすることが困難であったとはいえない。
したがって,引用発明,すなわち引用例の従来技術における半導体ウエハの基準線のずれを所定の範囲とするために,上記周知技術を用いることは,当業者であれば容易に想到することができたものというべきであり,審決の相違点(1)の判断に誤りはない。
(2) 原告は,引用発明における±1°以内の角度ずれ幅に対し,本願補正発明における±0.04°の角度ずれ幅は,2桁も小さい値であり,当業者が適宜設定すべき設計的事項とはいえない旨主張する。
ア 本願明細書(甲4,5,12の2)には,次の記載がある。
「【0021】・・・上記ずれが±0.04°以内となるように調整するので,円形ウエハによる半導体レーザの加工精度を上げることができる。」「【0035】ここで,半導体レーザの製造における,マスクパターンと結晶軸とのずれの許容量を求める。まず,半導体レーザの場合,光学系(特にレンズ,光ファイバ等)と結合させて使用する必要上,放射ビームのずれが問題となる。一般的には,このずれの許容量は±2°以内が必要であり,半導体レーザ導波路の屈折率をn =3.5,空気の屈10 1折率をn =1,許容されるずれ角を(i)とすると,スネルの法則n×sin(i)=n ×sin(2°)より,i=0.57°であり,0この場合,劈開面とマスクパターンとのずれは±0.5°以内であれば充分である。」「【0036】一方,半導体レーザは製造する上で,劈開工程が不可欠であり,一般にその劈開長は20mm程度である。これは,劈開長が長すぎると折りにくく,逆に短すぎると結晶端面がきれいなミラー面として形成できなくなるためである。ここでは劈開長を20mmとし,レーザチップの電極間隔81を40μmとしたものを例に考える。上記レーザチップの電極間隔81は狭いほど良いが,狭くなる程ずれの許容量の範囲は当然狭くなる。また逆に大きく(例えば60μm以上に)なると,余分に残った電極間隔部分が可飽和吸収体となり,熱抵抗の増加等のレーザ特性の劣化を招くことになる。従って,この電極間隔81を40μmとしたときの,劈開時に電極パターンにかからないで劈開可能である,電極パターン51と結晶軸61とのずれ角θは,tanθ≦±20μm/20mmつまり,θ≦±0.06°が少なくとも必要である。これを実現するためには本実施例の場合,使用するウエハの結晶軸とOF面とのずれ量は0.04°以内が少なくとも必要となる。」「【0037】以下に本実施例1の作用について説明する。図3は劈開により,及び本実施例1の方法によりOFを形成した際の結晶面とマスクパターンとの方位ずれ量の分布を示す図である。図において,黒丸は劈開により,白丸は本実施例1の方法により製造した半導体レーザについて,マスクパターンと劈開面とのずれ量を示しており,劈開長20mmに対して,両端でどれだけの差を有するかを縦軸に示したものである。
図中斜線で示した領域は,結晶面とマスクパターンのずれ量が±0.03°以内の領域を示している。」「【0038】本実施例1では,X線回折を用いて,OF面と結晶面とのずれが±0.02°以内に調整された半導体ウエハ1を用いて,半導体レーザの製造を行うので,パターンを露光するアライナ(ステッパもしくはコンタクトアライナ)はOFを検知するプリアライメント機構を十分に調整することにより,図3に示すように,OF面に対するマスクパターンのずれ量を±0.03°以内にすることができる。」本願明細書の上記記載によれば,本願補正発明において,「オリエンテーションフラット部側面」と「半導体結晶の結晶軸」とのずれを「±0.04°以内となるように調整」したのは,劈開長が20mmで,チップの電極間隔を40μmとした場合に,劈開線が電極パターンにかからないようにすることにあるものということができる。
ところで,本願補正発明は,本件補正後の請求項1に記載されたとおり,「円形の半導体ウエハを用いる半導体レーザの製造方法において,上記円形半導体ウエハのオリエンテーションフラット部側面を機械的な研削または研磨により加工する工程と,上記側面と上記円形半導体ウエハとを構成する半導体結晶の結晶軸とのずれをX線回折により計測する工程とを繰り返すことで,上記ずれが±0.04°以内となるように調整することを特徴とする半導体レーザの製造方法。」であって,本願補正発明の半導体レーザの製造方法に用いる半導体ウエハの劈開長や半導体ウエハ上に形成されるチップの電極間隔について,特許請求の範囲において規定するものではない。
そして,半導体ウエハの劈開長が,例えば15mmとなった場合には,オリエンテーションフラット部側面と半導体結晶の結晶軸とのずれは,±0.04°よりも大きな範囲内とできることは明らかであるから,「ずれを±0.04°以内となるように調整する」ことが,半導体レーザの製造における角度ずれの許容範囲の上限値であるとも認められない。
イ 原告は,現実の製造現場では,部材の寸法誤差や角度誤差は大なり小なり必ず発生し,これらの誤差を許容しつつどこまで高歩留りで製造できるかが,製造技術の真髄なのであり,本願補正発明が,歩留りを損なわない範囲での許容誤差を見出した点には,製造技術上大きな意義がある,ずれが±0.04°以内となるように調整することにより得られる効果は,電極パターンずれによって余分に残った電極間隔部分が過飽和吸収体となることによって生じる熱抵抗の増加という異質の効果であるなどと主張する。
しかし,本願補正発明における「ずれが±0.04°以内となるように調整する」ことが,歩留りを損なわない範囲での許容誤差であるとは認められないことは,上記アのとおりである。
また,本願明細書の前記記載からすれば,電極間隔部分が過飽和吸収体となることによって生じる熱抵抗の増加を防止する効果は,電極間隔を40μm程度とすることにより生じる効果である。
したがって,原告の上記主張は,いずれも特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,採用することができない。
ウ 上記検討したところによれば,オリエンテーションフラット部側面と結晶軸との角度ずれは,小さければ小さいほどよいことは明らかであるから,引用例の機械的研磨により作製する半導体ウエハのずれの範囲を±0.04°以内とすることは,当業者が必要に応じてなし得る程度の設計的事項であるといわざるを得ない。したがって,審決の相違点(2)の判断に誤りはない。
3 上記1及び2で検討したところによれば,引用例に記載された事項についての審決の解釈及び本願補正発明と引用例の相違点(1),(2)についての審決の各判断には,いずれも誤りはなく,また,本願補正発明の効果について,引用例及び周知技術から当業者が予測し得る範囲のものであるとした審決の判断にも,誤りはない。
4 上記3のとおり,本願補正発明に関する審決の判断に誤りはないので,審決が,本件補正を却下し,本願の請求項1に係る発明の要旨として,本願発明を認定し,その進歩性を否定したことにも誤りはない。
5結論以上によれば,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りがあるとは認められない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 大鷹一郎
裁判官 嶋末和秀