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関連審決 不服2003-882
関連ワード 新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  侵害 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10609号 審決取消請求事件
原告 太陽誘電株式会社
訴訟代理人弁理士 梶原康稔
同復代理人弁護士 赤川美知子
被告 特許庁長官中嶋 誠
指定代理人 濱野友茂
同 小林紀和
同 山本春樹
同 小池正彦
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/07/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2003-882号事件について平成17年6月21日にした審決を取り消す。
当事者間に争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,平成7年3月28日に発明の名称を「高周波用フィルタ装置」とする特許出願(特願平7-94324号,以下「本件出願」という。)をしたが,平成14年12月17日付け(発送日)で拒絶査定を受けたので,平成15年1月15日,拒絶査定に対する不服の審判を請求し,同年2月13日付けで特許請求の範囲等について手続補正(以下「本件手続補正」という。)をした。
特許庁は,これを不服2003-882号事件として審理し,平成17年6月21日,本件手続補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決謄本は同年7月5日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載(1) 本件手続補正により補正された明細書(甲4,以下,願書に添付した明細書〔甲1〕及び平成14年10月7日付け手続補正書により補正された明細書〔甲3〕と併せ,「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載(以下,同請求項1の発明を「本願補正発明」という。)「共振器を含まず,コンデンサ素子及びコイル素子で構成されたLCフィルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップと,を具備したことを特徴とする高周波用フィルタ回路。」( ) 平成14年10月7日付け手続補正書により補正された明細書の特許請求 2の範囲の請求項1の記載(以下,同請求項1の発明を「本願発明」という。)「コンデンサおよびコイルを含むフィルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップとを具備したことを特徴とする高周波用フィルタ装置。」3 審決の理由( ) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願補正発明は,実願平4-9 11292号(実開平6-52228号)の願書に最初に添付した明細書及び図面の内容を記録したCD-ROM(甲5,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により独立して特許を受けることができないとして,本件手続補正を却下した上,本願発明について,実願昭59-122461号(実開昭61-37601号)の願書に最初に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムに記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
( ) 審決が認定した,本願補正発明と引用発明1との一致点及び相違点は,そ 2れぞれ次のとおりである(審決謄本4頁第3段落)。
ア一致点共振器を含まず,コンデンサ素子及びコイル素子で構成されたLCフィルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップと,を具備したフィルタ回路。
イ相違点本願補正発明は,「高周波用」のフィルタ回路であるのに対して,引用発明1は,高周波用であるか否か明示しない点。
( ) 審決が認定した,本願発明と引用発明2との一致点及び相違点は,それぞ 3れ次のとおりである(審決謄本6頁第3段落)ア 一致点フィルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップと,を具備した高周波用フィルタ装置。
イ 相違点本願発明は,フィルタ回路に関し,該フィルタ回路が「コンデンサおよびコイルを含むのに対して,引用発明2のフィルタ回路(バンドパスフィルタ)は,複数の誘電体同軸共振器を結合する電極6,6相互間に静電容量(コンデンサ)の存在が推認されるものの,コンデンサおよびコイルを含むことを明示しない点。
原告主張の審決取消事由
審決は,本願補正発明の要旨の認定を誤り(取消事由1),本願補正発明と引用発明1の構成に関する相違点を看過し(取消事由2),その結果,本願補正発明ひいては本願発明の進歩性の判断を誤ったものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願補正発明の要旨認定の誤り)( ) 審決は,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」が圧電 1素子を包含することを前提として,本願補正発明と引用発明1の対比の認定をしたが,そもそも,本願補正発明の要旨の認定を誤っている。
( ) 本願補正発明は,本件明細書に,「【産業上の利用分野】この発明(注, 2本願補正発明)は,マイクロ波などの高周波帯域におけるHPF(High Pass Filter),LPF(Low PassFilter),BPF(Band Pass Filter)などのフィルタ装置にかかり,更に具体的には,誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置に関するものである。」(段落【0001】)と記載しているとおり,「誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置」に係るものであって,圧電素子を使用するものは念頭に置いていない。
したがって,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」のことをいい,圧電素子を含まない。
(3) 被告は,明細書の当該技術分野に関する事項は,発明を理解する上での説明にすぎず,かつ,特許請求の範囲に記載されているわけではないから,当該技術分野に関する事項により特許請求の範囲が限定されるものでないことは明らかである旨主張する。
しかし,特許請求の範囲の記載の意味,内容の解釈に当たっては,明細書の記載も参酌して客観的・合理的に行うべきであり,上記のとおり,本件明細書の【産業上の利用分野】に「誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置」と記載されているのであるから,それに限定されることは明らかである。
また,特許請求の範囲の記載については,特許権侵害事件において特許発明技術的範囲をどのように確定するかとの観点から議論されるところであり,この観点から,明細書において出願人が特定した技術分野を超えて特許権の効力が及ぶと解釈することは不合理である。そして,特許庁の審査を経て特許権を付与するという審査主義の建前からすれば,本来的に審査対象と権利対象は一致すべきものであるから,審査対象をどのように特定するかと権利対象をどのように特定するかは,密接に関連しているのであり,明らかに権利範囲が限定解釈され得るような理由があるときは,それを考慮して審査範囲も限定解釈されるべきであって,この点からも,本件における特許請求の範囲は,限定解釈されなければならない。
(4) したがって,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」が圧電素子を包含するとした審決の認定は誤りであり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,取消しを免れない。
2 取消事由2(相違点の看過)(1) 審決は 「b) 引用発明1は,前記ローパスフィルタに接続された圧電素子(トラップ素子)を具備しており,圧電素子(トラップ素子)は共振器トラップということができるので,『前記フィルタ回路に接続された共振器トラップ』を具備する点で,本願補正発明と一致することは明らかである。」(審決謄本3頁最終段落〜4頁第1段落)としたが,上記1のとおり,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」のことをいい,圧電素子を含まない。
したがって,本願補正発明の「共振器トラップ」と引用発明1の「圧電素子(トラップ素子)」とが同一であるとした審決の判断には,相違点の看過があり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,取消しを免れない。
(2) 「誘電体共振器及びストリップライン共振器」と「圧電素子」とは,@誘電体共振器やストリップライン共振器は,電磁波(電気的な振動)の変換を行うことはないのに対し,圧電素子は,電磁波を弾性波(機械的な振動)に変換し,更にこの弾性波を再び電磁波に変換するのであって,両者の動作原理は全く異なり,A 誘電体共振器やストリップライン共振器は,誘電体材料を使用するのに対し,圧電素子は圧電材料を使用していて,使用する材料も全く異なるものである。
また,「共振器トラップ」を構成する共振器が,「誘電体共振器及びストリップライン共振器」であるか「圧電素子」であるかにより,以下のとおり,効果も顕著に異なる。
すなわち,前記@の点につき,圧電素子を使用する場合,機械的,物理的な振動が生じ,そのため,他の回路素子に悪影響を与えたり,回路基板や電子機器から不要なノイズが生ずる可能性もあるし,圧電素子そのものが機械的な振動によって破損するおそれもあるのに対し,誘電体共振器やストリップライン共振器では,機械的な振動がないため,そのような不都合が生ずるおそれがない。また,前記Aの点につき,平成15年3月14日提出の審判請求理由を補充する手続補正書(甲2)に指摘したとおり,誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いることにより,効率的に回路要素を配置することによって回路の小型化ないし狭面積化を図ることができるという優れた技術的効果を得ることができるのに対し,圧電素子を使用した場合は,圧電素子の材料とLCフィルタ回路の材料が異なり,しかも,圧電素子には振動可能な空間を確保する必要があることから,本願補正発明と同様の技術的効果を得ることはできない。
(3) 被告は,誘電体同軸共振器からなる帯域除去フィルタ(すなわち,誘電体共振器トラップ)とLCからなる低域通過フィルタ(すなわち,LCフィルタ)とを組み合わせたアンテナ共用器における送信側フィルタ(すなわち,フィルタ回路)は周知の構成であり,当該周知技術に基づき,本願補正発明の「共振器」を「誘電体共振器」に限定する程度のことは,,特開平6-303009号公報(乙1,以下「乙1公報」という。)及び特開平4-304003号公報(乙2,以下「乙2公報」という。)によれば,当業者であれば適宜なし得る旨主張する。
しかし,乙1公報及び乙2公報に記載されているものは帯域除去フィルタであって,本願補正発明の共振器トラップとは異なる。本件明細書の段落【0011】ないし【0013】には,誘電体共振器をバンドパスフィルタとして使用した場合とトラップ回路として使用した場合を比較し,トラップ回路として使用することにより,挿入損失の低減等の技術的効果が得られているところ,この点は,乙1公報及び乙2公報のいずれにも記載されておらず,誘電体共振器をどのように使用するかによって電気的特性に差異が生ずることからすれば,乙1公報及び乙2公報の帯域除去フィルタの例をもって,本願補正発明を当業者が適宜なし得るとの根拠となし得ない。
また,乙1公報及び乙2公報に係る技術事項が周知かどうかは,本件出願時を基準として判断されるべきものであるところ,本件出願の審査,審判時において,被告が上記公報を証拠として提出できなかったことからすれば,それらが,本件出願当時周知であったとは認められない。
被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本願補正発明の要旨認定の誤り)について原告は,本件明細書の発明の詳細な説明欄の,「この発明は,・・・誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置に関するものである。」(段落【0001】)との記載を根拠に,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」を指し,圧電素子を含まない旨主張する。
しかし,本件明細書に記載された本願補正発明の技術分野が原告主張のとおりであるとしても,当該技術分野に関する事項は,発明を理解する上での説明にすぎず,かつ,特許請求の範囲に記載されているわけではないから,当該技術分野に関する事項により特許請求の範囲が限定されるものでないことは,明らかである。
そして,本願補正発明の特許請求の範囲に記載された「共振器トラップ」は,「共振器」,すなわち,「誘電体共振器」,「ストリップライン共振器」又は「圧電共振器」等を用いた「トラップ」(すなわち,帯域除去フィルタ)であればよく,その構成は明りょうに把握され得るものであるから,あえて明細書に記載された技術分野を参照する必要もない。
したがって,本件明細書の上記記載は,特許請求の範囲に記載された本願補正発明に係る「共振器」を「誘電体共振器又はストリップライン共振器」に限定して解釈しなければならない理由とはならないから,原告の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点の看過)について( ) 上記1のとおり,本願補正発明の特許請求の範囲に記載された「共振器ト 1ラップ」は,「共振器」,すなわち,「誘電体共振器」,「ストリップライン共振器」又は「圧電共振器」等を用いた「トラップ」(すなわち,帯域除去フィルタ)であればよいから,「共振器」に係る構成につき,審決が本願補正発明と引用発明1の相違点を看過したことをいう原告の主張は失当である。
( ) 原告は,圧電素子を使用した共振器と誘電体共振器やストリップライン共 2振器が,動作原理,使用する材料及び効果の点で相違することを主張する。
これは,特許請求の範囲に記載された本願補正発明に係る「共振器」を「誘電体共振器又はストリップライン共振器」に限定して解釈した場合に生ずる相違点であるところ,上記のとおり,特許請求の範囲に記載された本願補正発明に係る「共振器」は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」に限定して解釈されるものではないから,本願補正発明に係る「共振器」は「圧電共振器」を包含するものであり,圧電素子を使用した共振器と誘電体共振器やストリップライン共振器が,動作原理,使用する材料及び効果の点で相違するとしても,発明を実施する段階において,異なる技術的効果を有する共振器のうちから最適なものを選択して使用すれば足りることである。
( ) 仮に,特許請求の範囲に記載された本願補正発明に係る「共振器」が, 3「誘電体共振器又はストリップライン共振器」のみを指すと解釈してその構成を限定したとしても,例えば,乙1公報の【図1】及び段落【0010】ないし【0012】の記載や乙2公報の【図1】及び段落【0010】に開示されているように,誘電体同軸共振器からなる帯域除去フィルタ(すなわち,誘電体共振器トラップ)とLCからなる低域通過フィルタ(すなわち,LCフィルタ)とを組み合わせたアンテナ共用器における送信側フィルタ(すなわち,フィルタ回路)は,周知の構成であり,当該周知技術に基づき,特許請求の範囲に記載された「共振器」を「誘電体共振器」に限定する程度のことは,当業者であれば,適宜なし得ることであるから,本願補正発明を原告が主張するような限定がある構成ととらえたとしても,本願補正発明は,引用発明1から容易に想到できたものであり,独立特許要件を欠く。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願補正発明の要旨認定の誤り)について( ) 審決は,本願補正発明の「共振器トラップ」が圧電素子を包含することを 1前提として本願補正発明と引用発明1の対比の認定をしたが,原告は,審決の本願補正発明の要旨の認定を争い,本願補正発明は,誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置に関するものであって,本願補正発明に係る「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」のことをいい,圧電素子を含まない旨主張する。
( ) そこで,検討すると,本件明細書の特許請求の範囲には,上記第2の2 2( )のとおり,「共振器を含まず,コンデンサ素子及びコイル素子で構成さ 1れたLCフィルタ回路と,前記フィルタ回路に接続された共振器トラップと,を具備したことを特徴とする高周波用フィルタ回路」との記載がある。
上記記載によれば,本願補正発明は,特定のLCフィルタ回路と共振器トラップとを具備する高周波用フィルタ回路であり,同回路に具備される共振器トラップについて,「フィルタ回路に接続された」ものである必要があり,この点で本願補正発明の「共振器トラップ」が特定されているが,それ以上に,特許請求の範囲において,本願補正発明の「共振器トラップ」を限定する旨の記載がないことは明らかである。
このように,特許請求の範囲の記載に照らせば,本願補正発明の共振器トラップを構成する「共振器」について,原告が主張するような「誘電体共振器又はストリップライン共振器」に限定されるものであるとは認められず,本願補正発明にいう「共振器トラップ」を構成する共振器については,「誘電体共振器」,「ストリップライン共振器」以外の共振器も含むものと理解するほかない。
( ) 原告は,特許請求の範囲の意味,内容の解釈に当たっては,明細書の記載 3も参酌して客観的・合理的に行うべきであり,本件明細書の「産業上の利用分野」に「誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置」と記載されているのであるから,本願補正発明の「共振器トラップ」が,それらに限定されることは明らかである旨主張する。
しかしながら,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,発明の要旨は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて認定されなければならず,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合や,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどといった特段の事情が存在しない限り,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して発明の要旨を認定することは許されないところであるから,特許請求の範囲の意味,内容の解釈に当たっては,明細書の記載も参酌して客観的・合理的に行うべきであるとする原告の主張は,そもそも失当である。
もっとも,願書に添付すべき明細書で使用する用語は,原則として,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すべきであるが,例外として,その意味を定義することによって特定の意味で使用することができるものとされているので(特許法施行規則24条,様式29の8),以下,念のため,本件明細書を検討することにする。
本件明細書の発明の詳細な説明の【産業上の利用分野】欄には,「この発明(注,本願補正発明)は,マイクロ波などの高周波帯域におけるHPF(High Pass Filter),LPF(Low PassFilter),BPF(Band Pass Filter)などのフィルタ装置にかかり,更に具体的には,誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置に関するものである。」(段落【0001】)との記載がある。上記記載によれば,本願補正発明が,「具体的には,誘導体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周用フィルタ装置」を技術分野とする発明とされていることは理解できるが,これによって,本願補正発明に係る「共振器」を「誘導体共振器又はストリップライン共振器」に限ると定義しているとするのは困難であり,本願補正発明の「共振器トラップ」を「誘導体共振器又はストリップライン共振器」のトラップに限り,その他の共振器を用いた高周波用フィルタ装置を排除しているものとすることはできない。かえって,本件明細書の発明の詳細な説明の【好ましい実施例の説明】欄では,「この発明には数多くの実施例が有り得るが,ここでは適切な数の実施例を示し,詳細に説明する」(段落【0007】)とされているところ,実施例1において,「共振器18,34としては,誘電体共振器,ストリップライン共振器のいずれを用いてもよい。」(【0008】)とされ,一方,その余の実施例においては,上記のような限定的な記載がないことからすると,実施例1において誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いるのは例示にすぎないとみるのが自然かつ合理的であり,その他の共振器の場合を排除しているとはいえない。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の【産業上の利用分野】欄に「誘電体共振器又はストリップライン共振器を用いた高周波用フィルタ装置」という記載があることをもって,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する共振器が,それらに限定されるとする原告の主張は,失当というべきである。
( ) また,原告は,明細書において出願人が特定した技術分野を超えて特許権 4の効力が及ぶと解釈することは不合理であり,明らかに権利範囲が限定解釈され得るような理由があるときは,それを考慮して審査範囲も限定解釈されるべきである旨主張するが,上述したところに照らせば,本件において,明らかに権利範囲が限定解釈され得るような理由は見いだし難く,原告の主張はそもそも前提を欠くものであり,採用できない。
( ) 以上によれば,本願補正発明における「共振器トラップ」を構成する「共 5振器」は,圧電素子を使用するものも含むと解するのが相当であり,審決のした本願補正発明の要旨の認定に誤りはない。
したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点の看過)について(1) 審決は 「b) 引用発明1は,前記ローパスフィルタに接続された圧電素子(トラップ素子)を具備しており,圧電素子(トラップ素子)は共振器トラップということができるので,『前記フィルタ回路に接続された共振器トラップ』を具備する点で,本願補正発明と一致することは明らかである。」(審決謄本3頁最終段落〜4頁第1段落)としたところ,原告は,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」のことをいい,圧電素子を含まないので,本願補正発明の「共振器トラップ」と引用発明1の「圧電素子(トラップ素子)」とが同一であるとした審決には,相違点の看過がある旨主張する。
( ) そこで,引用発明1について検討する。 2ア 引用例には,以下の記載がある。
(ア) 「【産業上の利用分野】本考案(注,引用発明1)は,圧電素子を含む複合部品,例えばラジオ,テレビジョン,ビデオ.テープ.レコーダ等において各種フィルタを構成し,または,ディレイ.ライン,発振器もしくはハイブリットIC等を構成するのに用いられる複合部品に関する。」(段落【0001】)(イ) 「【考案が解決しようとする課題】しかしながら,従来のこの種の複合部品にあっては,単体として構成されている圧電素子を,回路部品を実装してある回路基板上に実装する必要があるため,圧電素子の厚みが小型化,薄型化の障害となるという問題点がある。
そこで,本考案の課題は,上述した従来の問題点を解決し,小型,かつ,薄型の複合部品を提供することである。」(段落【0003】【0004】)(ウ) 「【実施例】図1は本考案に係る複合部品の斜視図,図2は図1に示した複合部品の拡大断面図である。図において,1は支持体,2は圧電素子,3は回路部品,41〜43は端子,5は外装体である。
支持体1はセラミック基板で構成されている。圧電素子2は支持基板1を圧電素体とし,支持基板1の面上に電極21〜23を形成して構成されている。従って,支持体1は圧電素体として周知のセラミック材料を用いて構成される。回路部品3は支持体1の表面に実装されている。
上述したように,支持体1はセラミック基板で構成されており,圧電素子2は支持基板1を圧電素体とし支持基板1の面上に電極21〜23を形成してなり,回路部品3は支持体1の表面に実装されているから,回路部品3を実装する支持基板1が圧電素子2の圧電素体として兼用される。このため,圧電素子2の厚み分が回路部品3を実装する支持基板1に吸収され,薄型及び小型になる。
圧電素子2は,セラミックトラップ,共振子,発振子等を構成するもので,支持基板1の一面上に振動電極21,22を有すると共に,他面側に振動電極23を有し,振動電極21〜23の対向部分が振動部を構成している。振動電極21〜23の個数,パターン等は任意である。圧電素子2の分極方向は例えば支持基板1の側端面11から側端面12に向かう方向にとる。分極領域P1(図1参照)は圧電素子2の形成領域に限るのが望ましい。圧電素子2及び回路部品3の個数及び回路的接続等は要求される回路に応じて任意に選択できる。
図3は複合部品を構成するフィルタ回路例を示している。この回路はローパスフィルタとトラップ素子を応用した複合部品の例である。2は圧電素子である。L1〜L3はインダクタ,C1〜C5はコンデンサであり,回路部品3の内部に形成されている。INは入力端子,GNDはグランド端子,OUTは出力端子であり,これらは端子41〜43によって構成される。
回路部品3はコンデンサ,インダクタ,抵抗または半導体素子等を含み得る。これらの回路素子を,周知の実装技術によって,支持基板1の上に実装する。図示は,回路素子を複合化した回路部品を示している。複合化された回路部品3は周知である。例えば,特公昭57ー39521号公報等にはインダクタを磁性体の内部に集積する技術が開示されている。コンデンサ,インダクタ,抵抗または半導体素子等を複合化する代わりに,チップ部品もしくはディスクリート部品を用いることもできる。図示はされていないが,抵抗素子を設けることもできるし,受動回路部品と共に,半導体素子または集積回路部品等の能動素子を搭載することもできる。」(段落【0007】ないし【0012】)イ 上記によれば,引用例には,従来の部品に比べ,小型,かつ,薄型の部品を提供するため,支持基盤であるセラミック基板を圧電素体とし,チップ部品若しくはディスクリート部品のコンデンサ及びコイルで構成されたローパスフィルタと,前記ローパスフィルタに接続され,セラミック材料で構成された圧電素子(トラップ素子)とを具備した複合部品の発明(引用発明1)が記載されている。
( ) そうすると,引用発明1は,圧電素子(トラップ素子)を具備するもので 3あるところ,上記1のとおり,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する共振器は,「誘電体共振器又はストリップライン共振器」に限られるものではなく,引用発明1において用いられている圧電素子を包含するものである。
( ) 原告は,「誘導体共振器又はストリップライン共振器」と「圧電素子」と 4は,動作原理及び使用する材料が異なり,また,使用した場合の効果も顕著に異なると主張する。
しかしながら,前記のとおり,本願補正発明の「共振器トラップ」を構成する「共振器」は,「誘導体共振器又はストリップライン共振器」に限られず,「圧電素子」を含むと解されるのであるから,原告の主張は,本願補正発明の包含する構成の中における差異を主張するものであり,同差異が仮に認められるとしても,本願補正発明と引用発明1の相違点とはなり得ないものである。
(5) 以上によれば,引用発明1の「圧電素子(トラップ素子)」が,本願補正発明の「共振器トラップ」ということができるとした審決の判断に誤りはない。
したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明