関連審決 | 不服2000-12815 |
---|
審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
---|---|---|
平成18行ケ10442審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10105審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10273審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10272審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18行ケ10406審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 特許を受ける権利 / 発明者 / 容易に実施 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 要約書 / 優先権 / 優先日 / 均等 / 置換 / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
17年
(行ケ)
10712号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 ユセベセルテック 訴訟代理人弁理士 浅村皓 同浅村肇 同 小池恒明 同 岩井秀生 同 長沼暉夫 同 池田幸弘 訴訟復代理人弁理士金森久司 被告 特許庁長官中嶋 誠 指定代理人 冨永 みどり 同 佐伯裕子 同 徳永英男 同 小林和男 |
|
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/06/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
---|---|
請求
特許庁が不服2000-12815号事件について平成17年5月18日にした審決を取り消す。 |
|
事案の概要
本件は,セルテック リミテッド(その後,セルテック アール アンド デイリミテッドに商号変更。以下「訴外会社」という。)が後記特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けた。原告は,その後,訴外会社から上記特許を受ける権利の譲渡を受け,前記審決の取消しを求めた。 |
|
当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯ア 訴外会社は,平成2年(1990年)12月21日,名称を「人体化抗体」とする発明について,優先権主張日を平成元年(1989年)12月21日(イギリス国)とする国際特許出願をし(以下「本願」という。),平成3年8月20日,特許庁に対し「特許法184条の5第1項の規定による書面」を提出した(特願平3-501864号。公表特許公報は平4-505398号[甲2])が,平成12年4月28日,拒絶査定を受けた。 イ そこで,訴外会社は,平成12年8月14日,不服の審判請求を行い,特許庁は,この請求を不服2000-12815号事件として審理することとなった。訴外会社は,この審理途中の平成13年9月27日に特許請求の範囲を変更する補正(以下「本件補正」という。甲3)をしたが,特許庁は,平成17年5月18日,「本件審判の請求は,成り立たない」旨の審決を行い(以下「本件審決」ということがある。),その審決謄本は平成17年5月31日訴外会社に送達された。 ウ その後,訴外会社は,原告に対し,上記特許を受ける権利を譲渡し,平成17年9月26日,特許庁長官に対しその旨の届出をした。 (2) 発明の内容本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1ないし20から成り,そのうちの請求項1(以下これに記載された発明を「本願発明」という。)は,次のとおりである。 「複合重鎖と相補性軽鎖とを含む,あらかじめ決められた抗原に対して親和性を有する抗体分子であって,該複合重鎖は,アクセプター抗体重鎖フレームワーク残基とドナー抗体重鎖抗原結合残基とを含む可変領域を有し,該ドナー抗体は上記あらかじめ決められた抗原に対して親和性を有し,該複合重鎖において,Kabatの番号付け系による位置23,24,31〜35,49,50〜65,71,73,78及び95〜102のアミノ酸残基は少なくともドナー残基である,上記抗体分子。」(3) 審決の内容審決の内容は,別紙審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願に係る明細書(以下「本願明細書」という。甲2参照)には,本願発明を当業者が容易に実施できるように記載されておらず,本願発明についての開示が実質的になされていないから,本願は,特許法36条4項又は5項及び6項が規定する要件を満たしていない,というものである。 (4) 審決の取消事由しかしながら,審決は,次のとおり認定判断を誤り,その結果,本願は,特許法36条4項又は5項及び6項が規定する要件を満たしていないとの誤った判断をしたものであるから,審決は違法として取り消されるべきである。 ア 取消事由1(審決が「本願明細書の実施例1は,6位及び48位をドナー残基とすることが必須である」旨の認定をしたことは誤りであること)審決は,本願明細書(甲2)の実施例1について,「CDR以外に,6,23,24,48及び49の全て,最大の結合親和性のためにはさらに71,73及び78がマウス由来残基である抗体重鎖分子とする必要があり,少なくとも6位及び48位をドナー残基とすることが必須である点で本件請求項1の記載と一致しない。」と認定している(2頁下から7行〜4行)。 (ア) しかし,本願明細書(甲2)には,本願発明は,その結合活性レベルが階層的に示されている様々な結合活性レベルの抗体を対象とするものとして記載されており(4頁左上欄12行〜17行,5頁右下欄1行〜3行),結合活性がキメラ抗体に近似する若しくは同等のレベルの抗原結合能を有する抗体に限られると理解すべきではない。本願発明の構成要件である位置にドナー残基を有する接木抗体が,少なくとも,ヒト枠組み領域をそのまま維持する従来の接木抗体に比べて,優位に大きな結合親和性を有することは,本願明細書の記載から明らかである。 (イ) また,実施例以外の本願明細書の記載には,6位及び48位をドナー残基とすることが必須である旨の記載はなく,より高い結合親和性を得る上でこれらの一方又は両方をドナー残基とすることが好ましい旨の記載があるにすぎない。 (ウ) そして,本願明細書の実施例1に関する14頁左上欄の「表1」及び14頁右下欄19行〜16頁右上欄12行の記載は,341A重鎖(26〜35,50〜65,95〜100B,6,23,24,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であるもの)を有する抗体と341B重鎖(26〜35,50〜65,95〜100B,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であるもの)を有する抗体の両方について,341重鎖(26〜35,50〜65,95〜100B位がマウスアミノ酸残基であるもの)を有する抗体に比べて抗原結合性が増大していることを確認した上で,キメラ抗体と同等レベルのより高い結合親和性を維持するためには,6,23,24位をマウスアミノ酸残基とすること(341A重鎖)が有益であることを記載したものである。6位をマウスアミノ酸残基としない重鎖(341B重鎖)でも,所定の抗原に対して結合親和性を有することが開示されている。したがって,本願明細書の実施例1に関するこの記載は,6位がドナー残基であることが必須である旨の記載ではない。 また,本願明細書の実施例1に関する16頁右上欄13行〜17頁右上欄6行の記載は,JA198構築体(6,23,24,48,49,71,73,76,78位がマウスアミノ酸残基であるもの)とJA207構築体(6,23,24,48,49,71,73,78位がマウスアミノ酸残基であるもの)が共にJA185構築体(6,23,24,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であるもの)と同じく,キメラ抗体と同等レベルの高い結合能を示したことなどから,キメラ抗体に近似する若しくは同等のレベルの抗原結合能を付与するためには,6,23,24,48,49位のすべて,さらに71,73,78位が重要であることを述べたものであって,6,23,24,48,49,71,73,78位のすべてをドナー残基とすることが必須である旨の記載ではない。したがって,本願明細書の実施例1に関するこの記載は,6位及び48位がドナー残基であることが必須である旨の記載ではない。 (エ) よって,審決が,本願明細書の実施例1は6位及び48位をドナー残基とすることが必須である旨の認定をしたことは,誤りである。 イ 取消事由2(審決が「アクセプター抗体重鎖中のCDR以外の特定のアミノ酸残基をドナー残基に変更したとしても確実に『あらかじめ決められた抗原』に対する結合親和性を有することになるといえない」旨の認定をしたことは誤りであること)審決は,「アクセプター抗体重鎖中の各CDR(31〜35,50〜65,及び95〜102位)以外の特定アミノ酸残基,すなわち23,24,49,71,73及び78位をドナー残基に変更したとしても,確実に『あらかじめ決められた抗原』に対する結合親和性を有することになるといえないことは明らかである。」と認定する(3頁15行〜19行)。 (ア) しかし,ドナーとアクセプターのアミノ酸残基が特定の位置で一致し,アクセプターの枠組み残基に変更の必要がない場合もあるから,本願発明は,所定位置のアミノ酸残基を必ず「変更」するものとはいえない。本願発明は,所定位置のアミノ酸残基をドナー残基と同一にすることに技術的な意義がある。 (イ) また,本願明細書の実施例2の抗体の重鎖は,構造ループCDRに加えて,24,35,57,58,60,88,91位をマウスアミノ酸残基としたものであるところ,実施例2の抗体の重鎖のマウス及びヒト残基は,23,49,71,73,78位において同一であるから,実施例2の抗体は,重鎖において,構造ループCDRである31〜35位,50〜65位,95〜102位に加えて,23,24,49,71,73,78位のアミノ酸残基がドナー残基であるものである。したがって,上記実施例2の抗体の重鎖は,本願発明の重鎖と一致する。 (ウ) よって,本願明細書には,本願発明と同じ重鎖を有する抗体が「あらかじめ決められた抗原」に対する結合親和性を有することが示されているのであって,審決の上記認定は誤りである。 ウ 取消事由3(本願発明は,本願の優先日における技術常識を考慮すれば実施可能であって,審決の本願発明は実施可能ではないとの判断は誤りであること)審決は,本願明細書には,本願発明を当業者が容易に実施できるように記載されていない旨の判断をしている(3頁20行〜21行)。 しかし,本願の優先日(平成元年12月21日)には,「免疫グロブリンの可変ドメインの枠組み領域の非ヒトアミノ酸配列のアミノ酸含有率が低いほど,HAMA等の免疫応答が起こり難いものの,その一方で満足できる結合特性を得られ難いこと,逆に免疫グロブリンの可変ドメインの枠組み領域の非ヒトアミノ酸配列のアミノ酸含有率が高いほど,HAMA等の免疫応答が起こり易いものの,その一方で満足できる結合特性を得られ易いこと」が,技術常識として当業者に知られていたのであるから,「ある特定位置のアミノ酸残基をドナー残基とすることで,結合親和性が増大するという知見が一旦得られれば,その位置を含み,さらに他の位置もドナー残基とした接木抗体が少なくとも同等以上の結合親和性を有すること」は,当業者にとって自明の事項であった。 したがって,本願発明は,本願の優先日における技術常識を考慮すれば,当業者は容易に実施することができたのであり,審決の上記判断は誤りである。 2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の事実は認めるが,(4)は争う。 3 被告の反論(1) 本願発明においては,「あらかじめ決められた抗原」が特定されていないから,本願発明の抗体分子は,生体外及び生体内に存在する無数に近い多種多様な抗原のうち,任意の抗原に対する抗体分子すべての場合を包含する。 そして,本願発明は,多種類存在するヒト抗体重鎖のどれを選択した場合であっても,重鎖可変領域において,Kabatらによる「CDR」(31〜35位,50〜65位,95〜102位)に加えて,23,24,49,71,73,78位の6箇所のアミノ酸残基さえマウス残基とすれば,Chothiaらによる「ループ1」に当たる26〜30位でマウス残基と異なるアミノ酸残基を有していたとしても,無数といえるほどの多種多様の抗原のうちの任意の抗原に対して,常に「満足できる(改善された)親和性」を有するということを技術的な内容とするものである。 本願明細書(甲2)には,CDRを接木した抗体は「満足できる結合活性を与えるのに十分でない」ものであることが記載され(3頁右上欄8行〜左下欄5行),続いて,それを改良した技術としてQueenらによる「WO90/07861(乙4)」が記載され,その上で,「本発明者らは,さらにCDR接木人体化抗体分子の製造について検討し,満足できる結合親和性を有するCDR接木生成物を得るために残基のアミノ酸の独自性が重要な可変領域の枠組み内(すなわち,KabatのCDRおよび可変領域の構造ループ,両者の外側)の位置の階層体系を同定した。」(4頁左上欄12行〜17行)と記載されているから,上記「満足できる(改善された)親和性」とは,単に抗原に対する親和性があるということだけではなく,少なくともCDRのみを接木した抗体よりも「満足できる(改善された)親和性」でなければならないものと解される。 このように,任意の「あらかじめ決められた抗原」のすべてにわたって,特定の位置の配列変更を行いさえすれば,確実に結合親和性の改善が図れ,かつ異物認識も起こりにくいCDR抗体が得られる,ということは技術常識的には極めて考えにくいことである。 このような特定位置を見い出したと当業者を納得させるには,1例ではなく多数の「あらかじめ決められた抗原」に対して,その特定位置だけマウス配列への変更を行った豊富な実験結果に基づく実験的な実証とともに,その特定位置に対する,抗原との結合領域環境における立体構造上の役割についての合理的な説明が必須なはずである。 ところが,本願明細書(甲2)中には,「特定の抗原」に対する抗体に対してでさえ,上記6箇所(23,24,49,71,73,78位)が,抗原との結合領域環境形成のために「ループ1」以上に重要な「特定位置」であることについての理論的な裏付けは全く示されていないのであるから,上記6箇所が,どのような抗原に対しても,「特定位置」であることが開示されているとはいえない。 また,本願明細書中の各実施例(実施例1〜5)では,それぞれ1種類のヒト可変領域重鎖を選択して用いているのみである。しかも,これらの実施例には,Kabatらによる「CDR」に加えて,23,24,49,71,73,78位の6箇所のみをマウス残基とした例が1例もないから,これらの実施例によって本願発明の有効性が立証されているとはいえない。なお,実施例2の抗体は,重鎖において,23,24,31〜35,49〜65,71,73,78,95〜102位に加えて,26〜30,88,91位をマウス残基としたものであるから,本願発明のものと同一ではない。 したがって,本願明細書中の開示内容は,理論的にも実験的にもあまりにも不十分であって,本願発明は,本願明細書によっては裏付けられていないし,当業者が容易に実施することができるような開示がなされているともいえない。 (2) 取消事由1に対し前記(1)のとおり,本願発明の抗体は,少なくともCDRのみを接木した抗体よりも「満足できる(改善された)親和性」がなければならないところ,本願明細書の実験結果によると,341B重鎖は,「満足できる(改善された)親和性」を有するとはいえない。仮に,341B重鎖が「満足できる(改善された)親和性」を有するとしても,341B重鎖は,「ループ1」の26〜30位がマウス残基とされているばかりか,48位がマウス残基とされているから,本願発明とは異なるものであり,その実験結果は本願発明とは無関係である。 そもそも,実施例1において,6位及び48位のいずれの位置もヒト由来アミノ酸のままで「満足できる(改善された)親和性」を有する抗体が作製できたという実験結果が1例も示されていないから,これらの位置をドナー残基にする必要がない旨の主張は根拠がない。 (3) 取消事由2に対しドナーとアクセプターのアミノ酸残基が特定の位置で一致する場合には,アクセプターの枠組み残基を変更する必要がないことは明らかである。 前記(1)のとおり,実施例2の抗体は,本願発明のものと同一ではない。 (4) 取消事由3に対しCDR抗体の抗原との「結合特性」は,FR中のアミノ酸すべてが均等に受け持つわけではなく,抗原との結合領域の三次元的雰囲気を形成する位置関係により,その寄与度は異なる。単純にFR中の「非ヒトアミノ酸含有率」を計算したところで,「結合特性」の改善度や「免疫応答」の発生度に対して直線的な比例関係が見い出せるということはない。したがって,原告が主張する「免疫グロブリンの可変ドメインの枠組み領域の非ヒトアミノ酸配列のアミノ酸含有率が低いほど,HAMA等の免疫応答が起こり難いものの,その一方で満足できる結合特性を得られ難いこと,逆に免疫グロブリンの可変ドメインの枠組み領域の非ヒトアミノ酸配列のアミノ酸含率が高いほど,HAMA等の免疫応答が起こり易いものの,その一方で満足できる結合特性を得られ易いこと」というような関係が成り立つことはなく,そのような技術常識が存したということはない。 |
|
当裁判所の判断
1(1) 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。 (2) 本願に適用される平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「法」ということがある。)36条は,1項で「特許を受けようとする者は,次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。」と定め,2項で「願書には,明細書,必要な図面及び要約書を添付しなければならない。」としている。そして3項は,「前項の明細書には,次に掲げる事項を記載しなければならない。」とした上,3号で「発明の詳細な説明」の記載を要求している。そして4項は,「前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の常識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」とされ,5項は「第3項第4項の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」とし,同項1号は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」を要求している(なお,6項は「前項の規定は,その記載が1の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である特許請求の範囲の記載となることを妨げない。」とする。)。 訴外会社からなされた本願に対し,本件審決は,前記のとおり,本願は法36条4項又は5項及び6項に違反していると判断し,訴外会社から特許を受ける権利の譲渡を受けた原告はこれを争っているので,以下,上記事由を理由とした本件審決の適否について判断する。 2 本願発明の内容について(1) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載(本願発明)によれば,本願発明において,抗体分子が親和性を有する抗原は,「あらかじめ決められた抗原」としか特定されていないから,本願発明の抗体分子は,予め一つの任意の抗原を特定すれば,当該抗原に対して親和性を有するものであるということができる。 そして,本願発明の抗体分子は,「複合重鎖において,Kabatの番号付け系による位置23,24,31〜35,49,50〜65,71,73,78及び95〜102のアミノ酸残基は少なくともドナー残基である」というものであるから,抗原の種類いかんにかかわらず,少なくともこれらの位置がドナー残基となっていさえすれば,当該抗原に対して親和性を有するものであるということができる。 (2) そこで,本願発明における「抗原に対する親和性」とは,どの程度のものをいうかについて検討する。 ア 本願明細書(甲2)には,次のような記載がある。 「EP-A-0239400に記載された別のアプローチでは,マウスMAbの相補性決定領域(CDR)が,ヒト免疫グロブリンの可変ドメインの枠組み領域に,長いオリゴヌクレオチドを用いる特定部位の突然変異誘発によって接木される。本発明は,この別のアプローチ,すなわちCDR接木人体化抗体分子に従って製造される人体化抗体に関する。このようなCDR接木人体化抗体は,人体化キメラ抗体に比べて,含有する非ヒトアミノ酸配列の割合がはるかに低いことから,HAMA応答も著しく起こりにくい。 CDR接木によるMAbの人体化の初期の研究は,MAb認識合成抗原,たとえばNPまたはNIP抗原に対して行われた。しかしながら,リゾチームを認識するマウスMAbおよびヒトT細胞上の抗原を認識するラットMAbをCDR接木で人体化した例が,それぞれVerhoeyenら(5)およびRiechmannら(6)によって記載されている。ヒトT細胞上の抗原にCDR接木された抗体の製造はWO89/07452(Medical Research Council)にも記載されている。 Riechmannら/Medical Research Councilは,CDR領域単独の移入〔Kabat(7)および(8)によって定義されたような〕ではCDR接木生成物に満足できる結合活性を与えるのに十分でないことを見出した。Riechmannらは,抗原結合活性が改良されたCDR接木生成物を得るには,ヒト配列の位置27におけるセリン残基を相当するラットフェニルアラニン残基に変換することが必要なことを明らかにした。重鎖の位置27におけるこの残基は,CDRlに隣接する構造ループ内にある。さらに重鎖の位置30にヒトセリンのラットチロシンへの変化を含有する構築体は,位置27にセリンのフェニルアラニンへの変化だけをもつ人体化抗体には有意な結合活性への変化はなかった。これらの結果は,CDR領域の外側のヒト配列,とくにCDR1に隣接する構造ループの残基への変化が,さらに複雑な抗原を認識するCDR接木抗体に有効な抗原結合活性を達成するのに必須であることを示している。それでも,得られた最良のCDR接木抗体の結合親和性は,元のMAbよりもまだ有意に低かった。 ごく最近になって,Queenら(9)は,マウスMAb(抗-Tac)のCDRを,ヒト免疫グロブリン枠組みおよび定常領域と結合させることによる,インターロイキン-2に結合する人体化抗体の製造を報告した。ヒト枠組み領域は,抗-TacMAb配列とのホモロジーが最大になるように選択された。さらに,CDRまたは抗原と相互作用しやすいと思われる枠組みアミノ酸残基を同定するためにコンピューターモデリングを使用し,人体化抗体のこれらの位置にマウスアミノ酸を用いた。 WO90/07861に,Queenらは,人体化免疫グロブリンの設計の4つの基準を提起している。第一の基準は,ヒトアクセプターとして,人体化すべき非ヒトドナー免疫グロブリンと異常にホモロジーの高い特定のヒト免疫グロブリンからの枠組みを使用するか,または多くのヒト抗体からの一致した枠組みを用いることである。第二の基準は,ヒトアクセプター残基が異常で,ドナー残基は,枠組みの特定の残基においてヒト配列に典型的である場合には,アクセプターよりもむしろドナーアミノ酸を使用することである。第三の基準は,CDRに直接隣接する位置にはアクセプターよりもドナーの枠組みアミノ酸残基を使用することである。第四の基準は,三次元免疫グロブリンモデルにおいてCDRの約3Å以内に側鎖原子をもち,抗原または人体化免疫グロブリンのCDRと相互作用可能なことが予測される枠組み位置には,ドナーアミノ酸残基を使用することである。基準2,3または4は基準1に加えて,またはそれに代えて適用され,単一でまたは任意の組合せで適用できると提案されている。 WO90/07861には,単一CDR接木人体化抗体,IL-2受容体のp55Tac蛋白質に特異性を有する人体化抗体の製造が詳細に記載されている。上述の4つのすべての基準の組合せがこの人体化抗体の設計に採用され,ヒト抗体Eu(7)の可変領域枠組みがアクセプターとして使用された。得られた人体化抗体では,ドナーCDRはKabatら(7および8)によって定義された通りで,さらに,可変領域枠組みの重鎖27,30,48,66,67,89,91,94,103,104,105および107位置,ならびに軽鎖の位置48,60および63に,ヒトアクセプター残基に代えてマウスドナー残基が使用された。得られた人体化抗-Tac抗体は,3×10 M のp55に対してマウスMAbの場9-1合の約3分の1の親和性をもつことが報告されている。 本発明者らは,さらにCDR接木人体化抗体分子の製造について検討し,満足できる結合親和性を有するCDR接木生成物を得るために残基のアミノ酸の独自性が重要な可変領域の枠組み内(すなわち,KabatのCDRおよび可変領域の構造ループ,両者の外側)の位置の階層体系を同定した。これにより,ドナー免疫グロブリンとアクセプター枠組みの間のホモロジーのレベルとは無関係に,広範囲に適用できる,満足できるCDR接木生成物を得るためのプロトコールを確立することを可能にした。きわめて重要なものとして本発明者らが同定した残基のセットは,Queenら(9)によって同定された残基とは一致しない。」(3頁右上欄8行〜4頁左上欄23行)イ 上記アの記載からすると,本願明細書(甲2)には,@CDRのみを接木した抗体は,満足できる結合活性を与えるのに十分でないこと,Aそれを改善するために,Queenらは,CDRに加えて,それ以外の特定の位置をドナー残基とした抗体を提案したこと,B本願発明は,Queenらのものとはドナー残基の位置が異なる,満足できる結合親和性を有する抗体に関する発明であることが記載されている。したがって,この記載からすると,本願発明の抗体分子が有する「抗原に対する親和性」は,少なくともCDRのみを接木した抗体よりも「満足できる親和性」でなければならないものと解することができる。 3 取消事由1(審決が「本願明細書の実施例1は,6位及び48位をドナー残基とすることが必須である」旨の認定をしたことは誤りであること)について(1) 本願明細書(甲2)には,実施例1について,次のような記載がある。 ア 「kgL221A遺伝子をkgH341,kgH341AまたはkgH341Bと共発現させた。kgH221A/kgH341の組合わせは,正常COS細胞発現では,きわめてわずかな物質しか産生しなかった。kgL221A/kgH341AまたはkgH221A/kgH341Bの組合わせでは,gL/cHに類似の抗体量が製造された。 いくつかの実験では,kgH221A/gH341またはkgH221A/kgH341の組合わせで抗原結合活性は検出できなかったが,発現レベルはきわめて低かった。 kgL221A/kgH341AまたはkgH221A/kgH341Bの組合わせを発現させた場合には抗原結合が検出された。kgL221A/kgH341Aの組合わせから産生した抗体の場合,抗原結合はキメラ抗体の場合にきわめて類似していた。」(14頁右下欄23行〜15頁左上欄13行)「軽鎖の場合と同様,重鎖の枠組みを再検討した。軽鎖に比べてマウスとヒト重鎖可変ドメイン間の初期ホモロジーが低いことによると思われるが,より多くのアミノ酸位置に興味のあることが明らかにされた。gH341に比べて11または8個のヒト残基をそれぞれマウス残基で置換し,またCDR残基63をヒトアミノ酸に戻して,多分,ドメイン充填が改善された2種の遺伝子kgH341AおよびkgH341Bを構築した。いずれもcLまたはkgL221Aと混合した場合に抗原結合を示し,すべての11の変化をもつkgH341A遺伝子が優れた選択であることを示している。」(16頁左上欄7行〜17行)「OKT3については,抗原結合能を人体化抗体に移入するために,Kabatの超可変性または構造ループ選択によって定められるCDR領域の外側にも,軽鎖および重鎖の両者でマウスの残基が必要であることが明らかにされた。軽鎖では余分の残基の数が少ないが,これはマウスとヒトのカッパー可変領域の間の初期のホモロジーが高いことによるものと考えられる。 変化のうちの7つ(軽鎖からの1および3と重鎖からの6,23,71,73および76)は,他の抗体の構造についての部分的に露出しているまたは抗体表面上にあるとの知識から予想される。この場合,軽鎖の1および3は絶対にマウス配列である必要はないこと,また重鎖についてはgH341B H鎖の221A軽鎖との組合わせは弱い結合活性しか生じないことが明らかにされている。したがって,マウス抗体の場合と類似の結合親和性を維持するためには,6,23および24の変化の存在が重要である。したがって,kgH341A遺伝子の他の8個のマウス残基のkgH341と比較した個々の寄与をさらに研究することが重要であった。」(16頁左上欄19行〜右上欄12行)イ 「表1」(14頁左上欄)には,「341」は,26〜35,50〜65,95〜100B位がマウスアミノ酸残基であり,「341A」は,26〜35,50〜65,95〜100B,6,23,24,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であり,「341B」は,26〜35,50〜65,95〜100B,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であることが記載されている。 ウ 「JA198およびJA207構築体は最良の結合特性を有し,両者ともキメラおよび完全接木gH341A生成物と実質的に等しい類似の結合能を有すると思われる。これは,位置88および91ならびに位置76がOKT3の結合能の維持にはあまり重要でないこと,一方,位置6,23,24,48,49,71,73および78の少なくとも一部はより重要であることを示している。 これは,JA209およびJA199が,互いに類似の結合能をもつが,JA198およびJA207構築体よりも結合能は低いことによっても支持される。これは,JA199およびJA209構築体ではそれぞれすべてがまたは一部がヒトである位置71,73および78においてマウス残基をもつことの重要性を示している。 さらに,JA205およびJA183構築体について得られた結果と比較すると,JA205からJA183構築体にいくと結合が低下することが認められる。これは,JA205とJA183で異なる唯一の位置,位置24(判決注,23は誤記)にマウス残基を維持することの重要性を示している。 これらの結果および他の結果から,本発明者らは,gH341A(JA185)構築体中に用いられた11個のマウス枠組み残基中,6,23,24,48および49のすべて,および最大の結合親和性のためには多分,71,73および78で,マウス残基を維持することが重要であるとの結論を導いている。」(17頁左上欄8行〜右上欄6行)エ 「表2」(16頁左下欄)には,「JA198」は,6,23,24,48,49,71,73,76,78位がマウスアミノ酸残基であり,「JA207」は,6,23,24,48,49,71,73,78位がマウスアミノ酸残基であり,「JA209」は,6,23,24,48,49,78位がマウスアミノ酸残基であり,「JA199」は,6,23,24,48,49位がマウスアミノ酸残基であり,「JA205」は,24,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であり,「JA183(341B)」は,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であり,「JA185(341A)」は,6,23,24,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であることが記載されている。 (2) 上記(1)の本願明細書の実施例1の記載からすると,@341A重鎖(26〜35,50〜65,95〜100B,6,23,24,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であるもの)を有する抗体と341B重鎖(26〜35,50〜65,95〜100B,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であるもの)を有する抗体は,いずれも341重鎖(26〜35,50〜65,95〜100B位がマウスアミノ酸残基であるもの)を有する抗体に比べて抗原結合親和性が高いこと,A341A重鎖を有する抗体は,341B重鎖を有する抗体よりも抗原結合親和性が高く,キメラ抗体に類似する抗体結合が得られることが記載されている。 しかし,341A重鎖及び341B重鎖のマウスアミノ酸残基の位置を,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置と比較すると,341A重鎖及び341B重鎖は,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置のみをマウスアミノ酸残基としたものではなく,341A重鎖については,6,26〜30,48,76,88,91,101,102位において,341B重鎖については,26〜30,48,76,88,91,101,102位において,本願発明とは異なっている。乙2及び弁論の全趣旨によると,26〜30位は,Chothiaらによる「ループ1」に当たり,抗体の抗原結合親和性にとって重要なものであると認められるから,26〜30位が異なっていることは,抗原結合親和性に影響があるものと推認され,上記の他の異なっている位置についても,抗原結合親和性に影響がないと認めるべき証拠はない。そうすると,341A重鎖及び341B重鎖に関する本願明細書の記載から,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置がドナー残基であれば,CDRのみを接木した抗体よりも「満足できる親和性」を奏することが裏付けられているとは認められない。 また,本願明細書(甲2)の「表2」の構築体は,341重鎖及び341A重鎖に基づくものであること(本願明細書16頁右上欄15行〜17行)からすると,「表2」に記載された位置以外に,重鎖の26〜35,50〜65,95〜100B位がマウスアミノ酸残基であると認められる。この「表2」の構築体には,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置のみをマウスアミノ酸残基としたものはなく,その残基の位置は,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置とは異なっている。このうち,26〜30位が異なっていることは,上記のとおり抗原結合親和性に影響があるものと推認され,他の異なっている位置についても,抗原結合親和性に影響がないと認めるべき証拠はない。そうすると,「表2」の構築体に関する本願明細書の記載から,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置がドナー残基であれば,CDRのみを接木した抗体よりも「満足できる親和性」を奏することが裏付けられているとは認められない。 したがって,本願明細書の実施例1の記載から,本願発明が裏付けられているということはできず,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に本願発明を実施することができるともいえないから,その旨の審決の判断は正当である。 なお,審決は,本願明細書の実施例1においては,6位及び48位をドナー残基とすることが必須である旨認定している(2頁下から8行〜4行)。 しかし,上記の(1)の本願明細書の実施例1の記載からすると,抗原結合親和性を高めるためには,6位及び48位が重要である旨の記載はあるものの,それらが必須である旨の記載まであるとはいえない。そうであっても,上記のとおり,実施例1の重鎖のマウスアミノ酸残基の位置は,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置とは異なるのであるから,本願明細書の実施例1の記載から,本願発明が裏付けられているということはできず,当業者が容易に本願発明を実施することができるともいえない。 (3) よって,取消事由1に関する原告の主張は採用できない。 4 取消事由2(審決が「アクセプター抗体重鎖中のCDR以外の特定のアミノ酸残基をドナー残基に変更したとしても確実に『あらかじめ決められた抗原』に対する結合親和性を有することになるといえない」旨の認定をしたことは誤りであること)について(1) 本願発明は,重鎖の所定位置のアミノ酸残基をドナー残基と同一にすることに技術的な意義があるから,ドナーとアクセプタのアミノ酸残基が特定の位置で一致し,アクセプターの枠組み残基に変更の必要がない場合には,変更の必要がないことは明らかである。 審決が「アクセプター抗体重鎖中の各CDR(31〜35,50〜65,及び95〜102位)以外の特定アミノ酸残基,すなわち23,24,49,71,73及び78位をドナー残基に変更したとしても,確実に『あらかじめ決められた抗原』に対する結合親和性を有することになるといえないことは明らかである。」と認定している(3頁15行〜19行)のも,「特定のアミノ酸残基,すなわち23,24,49,71,73及び78位をドナー残基と『同一にする』」との意味に理解すべきであり,これが文字通り「変更」を意味するという原告の主張は採用できない。 (2) また,本願明細書(甲2)には,実施例2について,「好ましいCDR接木HCDR10重鎖は,構造ループCDRに加えて,位置24,35,57,58,60,88および91にヒトからマウスへの変更がある。」(17頁左下欄下から3行〜1行)と記載されている。ここでいう「構造ループCDR」は,その文言からして,Chothiaらによる「ループ1」が含まれるものと認められるから,実施例2の重鎖のドナー残基の位置は,「26〜30位」及び「88,91位」をドナー残基とした点で,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置とは異なっている。このうち,26〜30位が異なっていることは,上記3(2)のとおり抗原結合親和性に影響があるものと推認され,他の異なっている位置についても,抗原結合親和性に影響がないと認めるべき証拠はない。そうすると,本願明細書の実施例2の記載から,本願発明が裏付けられているということはできず,当業者が容易に実施可能であるということもできない。 また,本願明細書(甲2)には,実施例として実施例3〜5が記載されているが,これらの重鎖のドナー残基の位置には,27〜30位(実施例3)又は26〜30位(実施例4,5)が含まれる点において,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置のみをドナー残基としたものではなく,他にも異なっている点がある。このうち,27〜30位又は26〜30位が異なっていることは,上記3(2)のとおり抗原結合親和性に影響があるものと推認され,他の異なっている位置についても,抗原結合親和性に影響がないと認めるべき証拠はない。そうすると,本願明細書の実施例3〜5の記載から,本願発明が裏付けられているということはできず,当業者が容易に本願発明を実施することができるともいえない。 さらに,他に,本願明細書(甲2)に,本願発明を理論的又は実験的に裏付け,当業者が容易に本願発明を実施することができるというべき記載があるとは認められない。 なお,原告は,甲10及び11を提出し,甲10に記載されている重鎖のアミノ酸配列を有する抗体は,所望の抗原結合性を有すると主張するが,甲10に記載されている重鎖のアミノ酸配列において,本願発明において「少なくともドナー残基」でなければならないとされている位置のみをドナー残基としたものはないことからすると,これらの証拠も,上記の本願明細書の実施例の記載と同様に,本願発明を裏付けるものということはできない。 以上のようなことからすると,審決が「アクセプター抗体重鎖中の各CDR(31〜35,50〜65,及び95〜102位)以外の特定アミノ酸残基,すなわち23,24,49,71,73及び78位をドナー残基に変更したとしても,確実に『あらかじめ決められた抗原』に対する結合親和性を有することになるといえないことは明らかである。」と認定したことに誤りはない。 (3) よって,取消事由2に関する原告の主張は採用できない。 5 取消事由3(本願発明は,本願の優先日における技術常識を考慮すれば実施可能であって,審決の本願発明は実施可能ではないとの判断は誤りであること)について(1) 本願の優先日(平成元年12月21日)において,「免疫グロブリンの可変ドメインの枠組み領域の非ヒトアミノ酸配列のアミノ酸含有率が低いほど,HAMA等の免疫応答が起こり難いものの,その一方で満足できる結合特性を得られ難いこと,逆に免疫グロブリンの可変ドメインの枠組み領域の非ヒトアミノ酸配列のアミノ酸含率が高いほど,HAMA等の免疫応答が起こり易いものの,その一方で満足できる結合特性を得られ易いこと」という関係が成り立つことが当業者の技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。 かえって,前記3のとおり,本願明細書(甲2)の「表2」の「JA198」は,重鎖の26〜35,50〜65,95〜100B位のほか,6,23,24,48,49,71,73,76,78位がマウスアミノ酸残基であり,「JA185」は,重鎖の26〜35,50〜65,95〜100B位のほか,6,23,24,48,49,71,73,76,78,88,91位がマウスアミノ酸残基であるところ,本願明細書の図(Fig)11(24頁)によると,ドナー残基の数が少ない「JA198」が,その数が多い「JA185」よりも抗原結合親和性が高いことが示されており,また,本願明細書(甲2)には,実施例5について,「3種の遺伝子を組立て,その第一のものは,マウス残基として23,48,49,71および73を含有した〔gH341(6)〕。第二の遺伝子はまたマウス残基として75と88も有し〔gH341(8)〕,一方,第三の遺伝子はさらに68,69,75および88にマウスの残基を有していた〔gH341(10)〕。それぞれを,最低の接木軽鎖(CDRのみ)であるgL221と共発現した。gL221/gH341(6)およびgL221/gH341(8)抗体はいずれも,マウス61E71と同様にTNFに結合した。gL221/gH341(10)は発現せず,この組合わせについてこれ以上取り上げなかった。」(19頁右上欄16行〜左下欄3行)との記載があり,この記載によると,ドナー残基の数が少ない「341(8)」は抗原結合親和性を有するのに対し,その数が多い「341(10)」は,発現しなかったものと認められるから,これらの本願明細書の記載からしても,上記技術常識が存したとは認められない。 (2) 原告は,上記技術常識が存したことを理由として,「ある特定位置のアミノ酸残基をドナー残基とすることで,結合親和性が増大するという知見が一旦得られれば,その位置を含み,さらに他の位置もドナー残基とした接木抗体が少なくとも同等以上の結合親和性を有することは,当業者にとって自明の事項であった。」と主張している。 そもそも,本願発明の「ある特定位置のアミノ酸残基をドナー残基とすることで,結合親和性が増大するという知見」自体,前記3及び4のとおり,本願明細書(甲2)にそれを裏付ける記載がなく,当業者が容易に実施できたものではない上,上記(1)のとおり,上記技術常識が存したとも認められないのであるから,原告の上記主張を採用することはできない。 したがって,審決が,本願明細書(甲2)には,本願発明を当業者が容易に実施できるように記載されていないと判断したことに誤りがあるとはいえない。 (3) よって,取消事由3に関する原告の主張も採用できない。 6 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本願は,特許法(平成6年法律第116号による改正前のもの)36条4項,5項1号(審決は,「36条4項又は5項及び6項」とするが,正確でない。)に反し特許を受けることができないから,その旨の審決の判断に誤りはない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
---|---|
裁判官 | 森義之 |
裁判官 | 田中孝一 |