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関連審決 不服2002-20750
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10593号 審決取消請求事件
原告 ニチモウ株式会社
同訴訟代理人弁理士 中尾俊輔
同 伊藤高英
被告 特許庁長官中嶋 誠
同指定代理人 田中久直
同 鈴木恵理子
同 大場義則
同 徳永英男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/06/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-20750号事件について平成17年6月16日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「魚卵の包装方法および包装体」とする発明につき,平成11年12月17日,特許を出願(特願平11-359578号。以下「本願」という。)し,平成14年6月3日付け手続補正書により補正を行ったが,同年9月24日付けの拒絶査定を受けた。原告は,同年10月24日,審判請求を行い,同年11月25日付け補正書による補正(以下「本件補正」という。)を行った。
特許庁は,この審判請求を不服2002-20750号事件として審理し,その結果,平成17年6月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月28日,原告に審決の謄本が送達された。
2 特許請求の範囲(1) 平成14年6月3日付け手続補正書による補正及び本件補正後の本願発明の請求項3(請求項は全部で4項ある。)は,次のとおりである。
「【請求項3】魚卵を内部に入れた容器と,脱酸素剤と,前記魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにしてこれらの魚卵,容器および脱酸素剤を密封するとともに内部の空気を窒素ガス,二酸化炭素ガス,エタノールガスの単体もしくは混合体に置換されたガスバリア性の高いフィルム材からなる密封容器とからなり,密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていることを特徴とする魚卵の包装体。」(以下,この請求項に係る発明を「本願補正発明」という。)(2) 本件補正前の本願の請求項3(請求項は全部で4項ある。)は,次のとおりである。
「【請求項3】魚卵を内部に入れた容器と、脱酸素剤と、前記魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにしてこれらの魚卵、容器および脱酸素剤を密封するとともに内部の空気を窒素ガス、二酸化炭素ガス、エタノールガスの単体もしくは混合体に置換されたガスバリア性の高いフィルム材からなる密封容器とからなり、密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていることを特徴とする魚卵の包装体。」(以下,この請求項に係る発明を「本願発明」という。)3 審決の理由別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,特開平3-72842号公報(甲第5号証。以下「引用例1」という。)及び特開昭59-227272号公報(甲第6号証。以下「引用例2」という。)記載の発明(以下,「引用発明1」及び「引用発明2」という。)並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件補正は,平成15年法律47号による改正前の特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項に反し,同法159条1項で準用する同法53条1項の規定により却下されるべきであり,本願発明も,引用発明1及び2並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,引用発明1の内容並びに本願補正発明と引用発明1との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
また,本願発明は,本願補正発明における「魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにして入れ」の「内面」という特定事項がないものに相当するから、本願発明と本願補正発明とは技術的思想として格別相違するところはなく,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点も同一であると認定した。
(1) 引用発明1の内容酸素非透過性樹脂製の容器本体,該容器本体にシールされた酸素非透過性樹脂製の上蓋,該容器内に収容された魚卵,該魚卵と該容器本体及び該上蓋との間に全面にわたって介在する吸湿吸水性のシート状物及び該容器内に収容された脱酸素剤からなることを特徴とする魚卵包装体(引用例1における「特許請求の範囲」の請求項1)(2) 一致点「魚卵を内部に入れた容器と脱酸素剤とを密封した容器であって,密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていることを特徴とする魚卵の包装体」である点(3) 相違点(a) 本願補正発明では魚卵を入れた容器と脱酸素剤とをガスバリア性の高いフィルム材でもって密封包装しているのに対して,引用発明1ではガスバリア性の高い合成樹脂でもって形成された容器本体の開口部をガスバリア性の高いフィルム材の上蓋でもってシールして密封包装している点(以下,審決と同様に「相違点(a)」という。)(b) 本願補正発明では「魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにしている」のに対し,引用発明1ではそうでない点(以下,審決と同様に「相違点(b)」という。)(c) 本願補正発明では「内部の空気を窒素ガス,二酸化炭素ガス,エタノールガスの単体もしくは混合体で置換している」のに対し,引用発明1ではそうでない点(以下,審決と同様に「相違点(c)」という。)
原告主張の取消事由の要点
審決は,本願補正発明と引用発明1との一致点の認定を誤り,相違点を看過し(取消事由1),相違点についての判断をも誤った(取消事由2〜4)ため,独立特許要件についての判断を誤って本件補正を却下し,本願発明についても同様の理由により特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたものであるから,取り消されるべきである(なお,原告は,本件補正前の本願発明に固有の取消事由を主張していない。)。
1 取消事由1(一致点認定の誤り,相違点の看過)引用例1には,包装体内の酸素濃度に関し,「包装体を密封後12時間以内に包装体内部の雰囲気中の酸素濃度を0.1%以下とする」と記載されており,包装体の密封直後から包装体内部の雰囲気中の酸素濃度を0.1%以下とするものではなく,包装体の密封直後は大気と同様の酸素濃度であって,この包装体の密封直後から脱酸素剤による酸素の除去が十分に行なわれるまでの12時間が経過するまでは,包装体内の酸素濃度が高く,魚卵が酸素によって酸化されて,色の劣化変色が進行するという不都合が発生するものである。
本願補正発明においては,包装体内の空気を窒素ガス等と置換して密封するので,包装体の密封直後から「密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられている」ものである。
したがって,審決が本願補正発明と引用発明1との一致点を「魚卵を内部に入れた容器と脱酸素剤とを密封した容器であって,密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていることを特徴とする魚卵の包装体の点」で一致すると認定した点には誤りがある。本願補正発明と引用発明1との一致点は,「魚卵を内部に入れた容器と脱酸素剤とを密封した容器であることを特徴とする魚卵の包装体の点」と認定すべきであり,本願補正発明は,容器の密封直後から酸素濃度を極微量に保持しているのに対して,引用発明1は,包装体の密封直後は大気と同様の酸素濃度であって,包装体の密封から12時間経過した後に酸素濃度を極微量に保持しているという相違点が看過されている。
2 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り)審決は,引用例2の第4図「ロ」及び「ハ」を根拠として,「一般に魚卵を容器に収納包装する場合には,包装された容器内部の魚卵が良く観察できるようにするため,或いは収納された魚卵が移動して偏らないようにするため,魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにすることは,当該技術分野では普通に実施されていることである」と認定している。
本願補正発明において,図1に示すように,魚卵1は容器2の底部とガスバリア性の高いフィルム材からなる密封容器4の内面とに圧迫状態に挟持されて,魚卵1が横に偏平な形に変形させられて,魚卵1の上部の外周面の広い面積部分が密封容器4の内面にぴったりとくっついて密着している。
しかし,引用例2の魚卵aは多数の穴のあいた包装容器5内に充填されて移動しないようにされた状態でガスバリア性容器6にその包装容器5ごと挿入されているので,引用発明2においては,もはや魚卵aの移動防止対策としての「魚卵の一部をフィルムの内面に密着させること」は不要な構造を有している。
また,第4図の「ロ」及び「ハ」においては,ガスバリア性容器6の上部をガスバリア性フィルム6’によって蓋をしているものであり,包装容器5の最上部の各魚卵aは前記ガスバリア性フィルム6’の内面に,小球状の各魚卵aの最頂部のみを単に点接触させているのみであって,ぴったりとくっついていないので,密着していない。
したがって,引用例2を根拠にして,移動防止対策として「魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにすることは,当該技術分野では普通に実施されていることである」ということはできないのであって,これをもとにして,本願補正発明において魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにして密封包装することは,当業者にとって格別困難なことではないとする審決の判断は誤りである。
3 取消事由3(相違点(c)についての判断の誤り)審決は,脱酸素剤に関し,魚卵が酸素による変退色することが特開平3-151824号公報(甲第7号証。以下「刊行物3」という。)に開示されており,魚卵の酸素による酸化を脱酸素剤によって防止することが引用例2に開示されていることを根拠に,魚卵の酸素による退色の防止,すなわち酸素による酸化防止のために,脱酸素剤に加え,密封容器内の空気を不活性ガスとして周知のものである窒素ガスや二酸化炭素ガスに置換することは,当業者が容易に想到し得ることであると判断している。
本願に係る本件補正後の明細書の【0011】段落には,「このように本発明の魚卵の包装体は包装方法によって形成されるものであるから,密封容器内の脱酸素剤によって,密封容器内の残存酸素濃度が1%以下に保持される。従って,ガスバリア性の高いフィルム材からなる密封容器内の酸素が酸化に供し得ないガスによって置換された後に,魚卵や密封容器内に残存している酸素が次第に滲出しても,脱酸素剤がその酸素を吸収するために,魚卵のうち密封容器を構成するガスバリア性の高いフィルム材に密着しておらずガスに接触している部分であっても,残存する酸素と接触することがなく,退色もしくは変色することもなくなる。これにより,本発明の包装体の魚卵は色むらもなく,色調を長期に亙って当初のまま維持され,更に好気性菌による腐敗も確実に防止される。」と記載されている。本願補正発明は,魚卵内に含有されている酸素が外部に滲出しても,これを脱酸素剤によって吸収して魚卵の劣化変色を防止するものである。
しかし,刊行物3においては,「従来用いられている脱酸素剤等を魚卵とともに包装すれば,包装容器内の酸素による魚卵の劣化はある程度防止可能であった」が,当該脱酸素剤によっては魚卵の組織内に含有されている「内部酸素による劣化(自己酸化)を防ぐことはできなかった」とされている(1頁右下欄8〜13行)。また,引用例2には,脱酸素剤の機能としては,「鮮度保持用の脱酸素剤7」(2頁左下欄9〜10行)と記載されているのみである。したがって,刊行物3は,魚卵の内部酸素による劣化(自己酸化)を防止する手段として脱酸素剤を用いることを積極的に否定している上,引用例2には,本願補正発明の技術内容である「魚卵内に含有されている酸素であって,外部に滲出する酸素を脱酸素剤によって吸収すること」は全く開示されておらず,その示唆もない。
引用例2及び刊行物3には,本願補正発明の技術内容である「魚卵内に含有されている酸素であって,外部に滲出する酸素を脱酸素剤によって吸収すること」が開示されておらず,魚卵の酸化防止のために,脱酸素剤に加え,密封容器内の空気を不活性ガスとして周知のものである窒素ガスや二酸化炭素ガスに置換することは,当業者が容易に想到し得ることであるとする審決の判断は誤りである。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)本願補正発明において,包装容器内の魚卵のガスバリア性の高いフィルム材からなる密封容器に密着している部分の外周面は,酸素と触れることを遮断されているために変色しないし,密封容器に密着していない部分の外周面は,当該外周面から外部に滲出する魚卵内に包含されていた酸素によって酸化される可能性があるけれども,包装容器内に収納されている脱酸素剤によって滲出した酸素が吸収されることにより,変色することが確実に防止される。これにより,本願補正発明の包装体によれば,魚卵の外周面全体を長期間に亘って変色しないように保持することができる。このことは,甲第8号証の実験結果から明らかである。これに対して,引用例1および引用例2からは,本願補正発明のように,「滲出した酸素が吸収されることにより,変色することが確実に防止される。」という自己酸化による変色の防止に優れた作用効果は予測することができない。
本願補正発明によれば,販売過程で変退色により廃棄される魚卵を減少させ,食糧資源の有効活用,無駄の防止を図ることができ,環境破壊に通じる廃棄された魚卵の問題も減少して,環境に優しいものとなるという作用効果も達成することができる。審決は本願補正発明の作用効果を極めて過小評価したものであり,誤りがある。
被告の反論の骨子
審決の認定判断は正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(一致点認定の誤り,相違点の看過)について本件補正後の請求項3には,密封容器内の残存酸素量を密封した後のどの時点から極微量に抑えるのか時間的に限定する記載は何もないし,「密封直後から」との記載もない。また,本件補正後の請求項3には,密封容器内の空気の窒素ガス等への置換をどの程度の割合で行うか(ガス置換直後の密封容器内の残存空気量をどの程度許容するか)について具体的に限定する記載は何もない。
したがって,本願補正発明は,密封直後から密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられている態様だけでなく,密封直後の時点では密封容器内の残存酸素量は極微量とはいえないが,ある時間経過した後では脱酸素剤の作用により酸素が除去され,密封容器内の残存酸素量は極微量に抑えられている態様をも包含しているというべきである。本願補正発明が上記の態様を含む以上,引用例1に「包装体を密封後12時間以内に包装体内部の雰囲気中の酸素濃度を0.1%以下とすることが好ましい。」と記載されていることを根拠として,審決が引用例1における「包装体内部の雰囲気中の酸素濃度を0.1%以下とする」とは,本願補正発明の「内部の残存酸素量を極微量に抑える」ことにほかならないと判断し,本願補正発明と引用発明との一致点を「魚卵を内部に入れた容器と脱酸素剤とを密封した容器であって,密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていることを特徴とする魚卵の包装体の点で一致」すると認定したことに誤りはない。審決に原告主張の相違点の看過はない。
2 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り)について本願の願書に添付された図1には,魚卵とフィルムの密着状態が示されているが,図1は,本願補正発明の魚卵の包装体の実施態様の一例を示すにすぎないものである。また,本件補正後の請求項3には,魚卵とフィルムの密着状態について,「魚卵の一部をフイルムの内面に密着させる」と記載されているだけで,「圧迫状態に挟持され」,「魚卵1が横に偏平な形に変形させられ」ること及び「魚卵1の上部の外周面の広い面積部分が密封容器4の内面にぴったりとくっついて密着している」ことについては何も記載されていない。原告は,本願補正発明における「魚卵とフィルムとの密着状態」が本願の図1に示されるものであることを前提にして本願補正発明と引用発明2との違いを主張しているが,上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,失当である。
食品包装の技術分野において,トレイ(容器)に入れた食品の一部がフイルム内面に密着するようにしてフィルム材により密封包装することは,本願出願前に当業者がごく普通に実施していたことであり,魚卵についても,本願出願前に当業者に周知であったから,審決が「一般に魚卵を容器に収納包装する場合には,・・・魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにすることは,当該技術分野では普通に実施されていることである」と判断したことに誤りはなく,この判断に基づいて「本願補正発明において,魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにして密封包装することは,当業者にとって格別困難なことではない。」と判断したことにも誤りはない。
3 取消事由3(相違点(c)についての判断の誤り)について本件補正後の請求項3には,脱酸素剤が密封容器内に封入されていること及び密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていることが記載されているが,「魚卵内に含有されている酸素であって,外部に滲出する酸素を脱酸素剤によって吸収する」ことについては何も記載されていない。原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について原告が主張する「魚卵内に含有されている酸素であって,外部に滲出する酸素が脱酸素剤によって吸収されることにより,変色することが確実に防止される」という効果は,密封容器内に脱酸素剤を収納することによって奏されるものであり,引用発明1においても,密封容器内に脱酸素剤が収納されているのであるから,本願補正発明と同様の効果が奏される。
魚卵が酸素による酸化により変退色することは周知であり,魚卵の酸素による酸化を防止する手段として,密封容器内に脱酸素剤を収納すること及び密封容器内の空気を窒素ガス等で置換することは,いずれも本願出願前に当業者において公知或いは周知の技術であったものである。甲第8号証に,酸化防止手段を@全く施していない例,A一つの手段のみを講じた例,B二つの手段を併用した例を比較して,Bの例が良好な効果を奏した実験結果が示されているとしても,酸化防止手段は,それぞれ単独で行うよりも併用した方がより確実にかつ長期間にわたって魚卵の酸化を防止することができることは,当業者ならば当然に予想し得ることである。審決が「本願補正発明に係る効果は,引用例1及び2から予測されるところを超えて優れているとはいえない。」と判断したことに誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点認定の誤り,相違点の看過)について原告は,本願補正発明においては,包装体内の空気を窒素ガス等と置換して密封するので,包装体の密封直後から「密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていると主張する。
しかし,本件補正後の請求項3には,密封容器内の残存酸素量が密封後のどの時点から極微量に抑えられるかに関する記載がないし,「密封直後から」との限定もない。また,密封容器内の空気の窒素ガス等への置換をどの程度の割合で行うか(ガス置換直後の密封容器内の残存空気量をどの程度許容するか)について具体的に限定する記載もない。
したがって,本願補正発明には,密封直後から密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられている態様だけでなく,「ガス置換された」後も残存酸素量があったが,密封容器内の脱酸素剤の作用によりその密封容器内の酸素が除去され,ある時点で,結果的に「密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられている」状態に達した態様も包含されると解するのが相当である。
引用例1には,「包装体を密封後12時間以内に包装体内部の雰囲気中の酸素濃度を0.1%以下とすることが好ましい。酸素濃度が0.1%を超える場合には,魚卵の酸化が起り,食味が低下し,さらに品質の劣化,腐敗等が起り易くなる。」(3頁左下欄19行〜右下欄4行)との記載がある。上記のとおり,本願補正発明には,容器の密封後ある程度の時間に脱酸素剤によって酸素濃度が低下し,残存酸素量が極微量になった場合が含まれるから,引用例1における「包装体内部の雰囲気中の酸素濃度を0.1%以下とする」が本願補正発明の「内部の残存酸素量を極微量に抑える」ことにほかならないと判断し,本願補正発明と引用発明との一致点を「魚卵を内部に入れた容器と脱酸素剤とを密封した容器であって,密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていることを特徴とする魚卵の包装体の点で一致」すると認定したことに誤りはない。
審決に,原告の主張する相違点の看過はない。
2 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り)について原告は,本願補正発明において,魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにすると,本願の願書に添付された図1に示すように,魚卵1は容器2の底部とガスバリア性の高いフィルム材からなる密封容器4の内面とに圧迫状態に挟持され,魚卵1が横に偏平な形に変形させられることになり,魚卵1の上部の外周面の広い面積部分が密封容器4の内面にぴったりとくっついて密着することになるが,引用発明2においては,魚卵の移動防止対策としての「魚卵の一部をフィルムの内面に密着させること」が不要な構造を有しており,第4図の「ロ」及び「ハ」においては,小球状の魚卵の最頂部のみがフィルムに点接触させているのみで,密着していないから,引用例2を根拠にして,本願補正発明において魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにして密封包装することは,当業者にとって格別困難なことではないとする審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,本願の図1には,魚卵とフィルムの密着状態が示されているが,図1は,本願補正発明の魚卵の包装体の実施態様の一つを示すにすぎないし,本件補正後の請求項3には,「魚卵の一部をフイルムの内面に密着させる」と記載されているだけで,密着させることによって魚卵が「圧迫状態に挟持され」ること,「魚卵1が横に偏平な形に変形させられ」ること,「魚卵1の上部の外周面の広い面積部分が密封容器4の内面にぴったりとくっついて密着」するようになることについては何も記載されていない。したがって,本願補正発明における「魚卵とフィルムとの密着状態」が本願の図1に示されるものであることを前提にして,本願補正発明と引用発明2とが異なるとする原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,採用することができない。
乙第11ないし第13号証によれば,食品包装の技術分野において,トレイ(容器)に入れた食品の一部がフイルム内面に密着するようにしてフィルム材により密封包装することは,本願出願前に当業者が極く普通に実施していたことであることが認められる。また,乙第3号証によれば,包装する対象が魚卵である場合について,例えば,カズノコ,タラコの一部がフィルム内面に密着した状態で密封包装体とされた製品が本願出願前に周知であったことが認められる。
以上のとおり,審決が「一般に魚卵を容器に収納包装する場合には,…中略…魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにすることは,当該技術分野では普通に実施されていることである」と判断したことに誤りはなく,この判断に基づいて「本願補正発明において,魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにして密封包装することは,当業者にとって格別困難なことではない。」と判断したことにも誤りはない。
3 取消事由3(相違点(c)についての判断の誤り)について原告は,引用例2及び刊行物3には,本願補正発明の技術内容である「魚卵内に含有されている酸素であって,外部に滲出する酸素を脱酸素剤によって吸収すること」が開示されておらず,魚卵の酸化防止のために,脱酸素剤に加え,密封容器内の空気を不活性ガスとして周知のものである窒素ガスや二酸化炭素ガスに置換することは,当業者が容易に想到し得ることであるとする審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,本件補正後の請求項3には,脱酸素剤が密封容器内に封入されていること及び密封容器内の残存酸素量が極微量に抑えられていることが記載されているが,「魚卵内に含有されている酸素であって,外部に滲出する酸素を脱酸素剤によって吸収する」ことについては何も記載されていない。原告の主張する点は,密封容器内に脱酸素剤を収納することによって奏される作用効果であって,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
しかも,刊行物3に,「発明が解決しようとする課題」として,「従来用いられている脱酸素剤等を魚卵等とともに包装すれば,包装容器内の酸素による魚卵の劣化はある程度防止可能であった。しかしながら,魚卵はその組織内に酸素を含有しており,上述の方法ではこの内部酸素による劣化(自己酸化)を防ぐことはできなかった。」(1頁右欄8〜13行)と記載され,「魚卵(3)包装容器(1)への収納は,魚卵(3)をそのまま収納してもよいが,魚卵(3)の外圧からの保護などを目的として,発泡プラスチック容器(4)を使用したり,あるいはスポンジやいわゆるエアキャップなどの緩衝材料(5)を介在させてもよい。」(2頁左下欄1〜5行),「この脱酸素剤(6)は,通常通気性の包装材料からなる小袋に包装されている。本発明は,上述した包装容器(1)に魚卵(3),脱酸素剤剤(6)(判決注:「脱酸素剤」の誤記と認められる。)を収納,密封して得られる包装体を,冷凍するものである。なお,上記収納,密封の際,予め包装容器(1)中の酸素をできるだけ除去するため,窒素ガス等の不活性ガスを充填し,空気と置換しておくことが好ましい。このガス置換により魚卵(3)が酸素と接する機会は相当に小さくなり,魚卵(3)の酸化はきわめて小さくなり,劣化がより抑えられる。
また,包装容器(1)としてトレー状のものを用いる場合には,上述した置換により包装容器(1)内で吸収される酸素の容積比が小さくなるので,包装容器(1)の変形が生じないといった効果も得られ,より効果的である。」(2頁左下欄10〜右下欄5行)との記載があることからすれば,魚卵の包装体における自己酸化の問題は,外部に滲出する酸素の問題も含めて当業者が当然に認識する事項であり,冷凍用ではなく店頭販売用ではあっても,同様である。
原告の上記主張を理由として,魚卵の包装体を製造するに際し,酸素の排除を目的として脱酸素剤を装填する手段を採用するのみならず,窒素ガス等の不活性ガスを充填して空気と置換し密封する手段を併せて採用することは当業者が適宜行い得ることであったとする審決の相違点(c)についての判断に,誤りがあったということはできない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について原告は,本願補正発明の「魚卵内に含有されている酸素であって,外部に滲出する酸素が脱酸素剤によって吸収されることにより,変色することが確実に防止される」という効果は,引用発明1および引用発明2から予測することができないと主張する。
しかし,原告の主張する作用効果は,密封容器内に脱酸素剤を収納することによって奏されるものであり,引用発明1においても,密封容器内に脱酸素剤が収納されているのであるから,本願補正発明と同様の効果が奏される。
また,原告は,本願補正発明によれば,販売過程で変退色により廃棄される魚卵を減少させ,食糧資源の有効活用,無駄の防止を図ることができ,環境破壊に通じる廃棄された魚卵の処分も不要となり,環境に優しいものとなるという作用効果も達成することができると主張する。
しかし,魚卵が酸素による酸化により変退色することは周知であり,魚卵の酸素による酸化を防止する手段として,密封容器内に脱酸素剤を収納すること及び密封容器内の空気を窒素ガス等で置換することは,いずれも本願出願前に当業者において公知或いは周知の技術であったものである。また,酸化防止手段は,それぞれ単独で行うよりも併用した方がより確実にかつ長期間にわたって魚卵の酸化を防止することができることは,当業者ならば当然に予想し得ることである。したがって,審決が「本願補正発明に係る効果は,引用例1及び2から予測されるところを超えて優れているとはいえない。」と判断したことに誤りはない。
5 本願発明について本願発明は,本願補正発明における「魚卵の一部をフイルムの内面に密着させるようにして入れ」の「内面」という特定事項がないものに相当するから、
本願発明と本願補正発明とは技術的思想として格別相違するところはなく,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点も同一である。また,原告は,本件補正前の本願発明に固有の取消事由を主張していない。
したがって,本願補正発明について述べた前記1ないし4と同じ理由により,本願発明は,引用発明1及び2並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはない。
6結論以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りも認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二
裁判官 嶋末和秀