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関連審決 無効2004-80125
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ネ10005損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10034特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10077特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10030特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17ネ10096損害賠償請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  公衆に利用可能 /  電気通信回線 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  周知技術 /  公知技術 /  技術常識 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  差止請求(差止) /  侵害 /  不法行為(民法709条) /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 18年 (ネ) 10018号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 第一高周波工業株式会社
訴訟代理人弁護士 北村行夫
同杉田禎浩
同大井法子
同杉浦尚子
同吉田朋
同雪丸真吾
同芹澤繁
同亀井弘泰
同 田部井 宏明
同大藏隆子
同村上弓恵
補佐人弁理士 樋口盛之助
被控訴人 ジェミックス株式会社代表者代表取締役
被控訴人 丸三機械建設株式会社
上記被控訴人両名訴訟代理人弁護士 村林隆一
同井上裕史
被控訴人 トルクシステム株式会社
訴訟代理人弁護士 高橋恭司
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/06/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 -2-1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人ジェミックス株式会社は,原判決別紙物件目録記載の製品を製造し,輸入し,譲渡し,貸し渡し,譲渡及び貸し渡しの申出,譲渡及び貸し渡しのために展示してはならない。
3 被控訴人ジェミックス株式会社,被控訴人丸三機械建設株式会社及び被控訴人トルクシステム株式会社は,いずれも原判決別紙物件目録記載の製品を使用してはならない。
4 被控訴人ジェミックス株式会社は,その占有する第2項記載の製品及び半製品を廃棄し,同製品の製造に用いる設備を除却せよ。
5 被控訴人ジェミックス株式会社は,控訴人に対し,2950万円及びこれに対する平成16年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,内金180万円及びこれに対する上記年5分の割合による金員については被控訴人丸三機械建設株式会社と連帯して,内金420万円及びこれに対する上記年5分の割合による金員については被控訴人トルクシステム株式会社と連帯して,内金1150万円及びこれに対する上記年5分の割合による金員については被控訴人丸三機械建設株式会社及び被控訴人トルクシステム株式会社と連帯して)を支払え。
6 被控訴人丸三機械建設株式会社は,控訴人に対し,1330万円及びこれに対する平成16年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,内金180万円及びこれに対する上記年5分の割合による金員については被控訴人ジェミックス株式会社と連帯して,内金1150万円及びこれに対する上記年5分の割合による金員については被控訴人ジェミックス株式会社及び被控訴人トルクシステム株式会社と連帯して)を支払え。
7 被控訴人トルクシステム株式会社は,控訴人に対し,1570万円及びこれに対する平成16年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,内金420万円及びこれに対する上記年5分の割合による金員については被控訴人ジェミックス株式会社と連帯して,内金1150万円及びこれに対する上記年5分の割合による金員については被控訴人ジェミックス株式会社及び被控訴人丸三機械建設株式会社と連帯して)を支払え。
8 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
9 仮執行宣言
事案の概要
1 本件は,名称を「高周波ボルトヒータ」とする発明につき特許権(出願平成5年1月7日。登録平成11年2月5日。特許第2882962号。請求項1ないし6。)を有する控訴人が,(1) 被控訴人ジェミックス株式会社(以下「被控訴人ジェミックス」という。)に対し,原判決別紙物件目録記載の製品を製造し,販売し,及び使用する同被控訴人の行為が,控訴人の有する本件特許権を侵害するとして,@特許法100条1項に基づく同製品の製造,販売及び使用等の差止め,A同条2項に基づく同製品及び半製品の廃棄並びに同製品の製造に用いる設備の除却,並びに,B民法709条に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求め,(2) 被控訴人丸三機械建設株式会社及び被控訴人トルクシステム株式会社に対し,同製品を使用する同被控訴人らの行為が,控訴人の有する本件特許権を侵害するとして,@特許法100条1項に基づく同製品の使用の差止め,並びに,A民法709条に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 原審の東京地裁は,平成18年1月30日,本件特許の請求項2ないし4の発明は,米国特許第2810053号明細書(原判決にいう「引用発明2」),及び実願平3-22545号(実開平4-111186号)のマイクロフィルム(原判決にいう「引用考案1」)に基づいて容易に発明をすることができたから,特許法29条2項に違反し,同法104条の3第1項の適用により本件特許権を行使することができないとして,控訴人の被控訴人らに対する請求を棄却した。
そこで,控訴人は,これを不服として本件控訴を提起したものである。
3 なお,被控訴人ジェミックスは,平成16年8月20日,特許庁に対し,本件特許の請求項1ないし6について無効審判を請求し(無効2004-80125号事件),特許庁は,平成17年7月28日,上記請求項1ないし5に係る発明についての特許は無効であるが請求項6に係る発明についての特許は無効とはいえないとの審決をしたので,控訴人が原告となって審決取消請求訴訟(当庁平成17年(行ケ)第10672号)を提起したが,当庁から,平成18年4月24日,請求棄却の判決がなされている(控訴人が上告中)。
当事者の主張
1 当事者双方の主張は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2記載のとおりであるから,これを引用する(「本件特許権」等の略称も,原判決の表現をそのまま用いる。)。
2 当審における控訴人の主張(1) 引用考案1の引用例としての不適格性ア 原判決は,引用考案1を引用発明として本件発明2ないし本件発明4の進歩性判断をしたが,引用考案1は「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」(特許法29条1項3号)とはいえず,引用発明たり得ない。すなわち,同号の「刊行物に記載された発明」といえるためには,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が刊行物をみるならば特別の思考を要することなく容易にその技術的思想実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であると解される(東京高裁平成3年10月1日判決・判例時報1403号104頁参照)。また,刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができない発明は「刊行物に記載された発明」とはいえず,「引用発明」とすることができない(特許庁「特許・実用新案審査基準」第U部第2章新規性進歩性7頁(甲21)参照)。
イ これを引用考案1についてみると,引用考案1は,ボルトの高周波加熱を行うという目的のために,内部導体の周囲に高透磁率コア(磁性体)を付設した二重の管状導体からなる加熱トーチを用いることとしている。ところが,この構成は,甲20(東京大学A教授作成の平成17年9月8日付け鑑定書)や一般的教科書である甲10(1996年4月10日株式会社日本理工出版会・9版発行「テキストブック電磁気学」)に記載のとおり,同時に逆向きの磁束を生じさせる内部導体と外部導体とを「同軸的」に接続した構成であるため,(導体間の磁性体の付設の有無にかかわらず)二重の管状導体の外部に磁束を生じさせることはなく,外部の被加熱体に高周波誘導加熱を生じさせることはない。
したがって,引用考案1には,当業者が特別の思考を要することなく容易にその技術的思想実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されているとはいえないし,当業者が把握することができるような技術的思想の開示があるともいえず,引用発明たり得ないから,これを引用発明として進歩性を判断した原判決は誤りである。
(2) 本件発明の引用発明2に対する進歩性の存在ア 引用発明2と本件発明(「本件特許権」に係る各発明。具体的には「本件発明2」ないし「本件発明4」)とは,高周波誘導原理を用いた加熱装置であり,その装置に「平行状コイル」ないし本件発明における「ヘアピン状コイル」と磁性体が存する点で共通しているが,両発明はそれぞれの発明目的が異なっている。
すなわち,引用発明2は,「小さな開口部等」に対する熱処理のための「表面加熱」ないし「表面焼入れ」を目的とする発明である。他方,本件発明は,「狭く長いボルト穴」を加熱することにより,「ボルトの緩め・締めを容易にするための熱膨張」を目的とする発明であり,本件発明のボルトヒータにおいては,従来のヒーター用に設けられているボルト穴の内部に高周波電磁誘導のためのコイルを挿入して加熱することが工夫の前提であるので,ヘアピン状のコイルを使用している。引用発明2と異なり,本件発明のように,細く深いボルト穴に挿入するため細く長いヘアピン状コイルとした場合,左右のコイルが近接するため,両コイルから発生する逆方向の磁力線は,相互に到達し,干渉しあう状態となるので,ほぼ重なって打ち消しあう結果,ここに何らの工夫も加えなければ発生した磁力線の大半は加熱対象材を通過しない結果となり,これを解決しない限り磁力線は周辺のボルトに作用せず,ボルト側に十分なジュール熱も発生させないこととなる。そこで,本件発明は,これを,ヘアピン状の逆方向の電流を流すコイルの間に磁性体を挟むことによって解決した。すなわち,細く長いヘアピン状コイルとしたため,それによって往路のコイル側を流れる電流から発生する磁力線と,復路のコイル側を流れる電流から発生する磁力線が相互に逆方向に流れつつも,それが相手の磁力線に干渉しないように磁力線の軌道を変更させるような磁性体を配置して課題を解決したのである。したがって,本件発明は,ヘアピン状コイルの構成,磁性体の構成,磁性体の作用・効果のいずれにおいても,引用発明2の平行状のヘアピン,磁性体と異なる発明であり,引用発明2から本件発明を想到し得たとすることはできない。
イ 上記(1)のとおり,引用考案1は引用発明として適格性を有していないが,仮に引用発明2に引用考案1を併せ考慮したとしても,目的が共通するという以外に引用考案1が示唆する技術事項はなく,引用考案1から本件発明に想到することが当業者に容易ということはできない。
引用発明2を含め,高周波誘導加熱分野における周知技術(乙2の2〜4,2の6,2の9〜12)を見ても,本件発明の課題を解決する具体的構成として利用できるような,細くて深いボルト穴に挿入して回転も移動もさせずに被加熱体(ボルト)を加熱伸長させる細く長いコイルはどこにも開示されていない。むしろ逆に,多巻きコイルもヘアピン状コイルも短い(浅い)穴の内面加熱の場合は回転させることを前提とし,回転が困難な長い穴の内面加熱の場合には,移動加熱によって加熱することが一般的な技術常識とされている。そして,何よりも,ヘアピン状コイルを細く長く形成した場合,前記アのとおり,並行するコイルの近接によって逆方向の磁束の相互干渉によって効率的な誘導加熱ができないという,引用発明2では想定し得なかった新たな課題が生じる。その解決のために,本件発明は略長方体の磁性体をヘアピンコイルの間に付設するという,これまでにない構成を採用している。この具体的構成こそが,課題を解決するための技術的思想であり,これは,引用発明2を始めとする被加熱体を通る磁束量の増加のために磁性体を用いるという従来の発想とは根本的に異なっており,引用発明2により容易に想到し得るものではない。
ウ 加えて,本件発明は,現に高周波誘導加熱によるボルトの効率的な加熱を実現し,引用考案1が実施不能であったのと比較して,当業者の想到し得なかった顕著に有利な作用効果を生じさせたものである。
従来の抵抗線加熱ではボルトが伸長する程度の昇温(200℃前後)を得るために数十分から1時間以上掛かっていたものを,本件発明はわずか数分で同様の昇温を実現した。これにより,作業時間の短縮ばかりでなく,長時間の加熱による劣化や熱伝導によるボルト以外の部分の昇温や熱膨張を防ぎ,またボルト以外の部分の昇温による作業の危険性の減少という効果も生じ,その実用化によって著しく産業に貢献したといえるものである。このような従来技術と比較した顕著な効果,産業上の貢献という点からしても,本件発明の進歩性を否定することはできない。
(3) 本件発明2ないし4の各固有の構成の進歩性の存在ア 本件発明2(原判決の相違点2)(ア) 原判決は,本件発明2に固有の構成である「誘導加熱コイル表面に耐熱絶縁物を施したこと」(相違点2)について,引用考案1(乙2の1)に管状導体の外周面に耐熱性絶縁物を施すことが記載されているから,これを引用発明2のヘアピン状コイルに適用することは想到容易とした(原判決40頁〜41頁の「イ相違点2について」の項)が,誤りである。
(イ) 確かに,導体に絶縁を施すことは,その導体の用い方や使用される場所に応じて当業者が適宜選択し得ることであるが,どのような物を用いてどのような態様で導体を絶縁するかということが想到容易であるか否かは,対象となる導体の具体的構成とそれが使用される場所や使用態様も加味した上で判断されるべきである。すなわち,導体を「絶縁すること」は技術常識であるが,どのような「絶縁物」をどう施すかは,絶縁対象との関係でそれぞれに異なる技術的思想である。
引用考案1には,ボルトの到達温度の開示はないから,単に一般的な電気絶縁について述べているにすぎず,また,引用発明2は空気絶縁を採用しているので,引用発明2のコイル(誘導子)表面に引用考案1の耐熱絶縁塗膜を施すことは当業者といえども容易に想到し得るものではない。したがって,引用考案1をもって,本件発明2における誘導加熱コイル表面に耐熱性絶縁物を施すことの進歩性が否定されるものではない。
イ 本件発明3(原判決の相違点3)(ア) 原判決は,本件発明3に固有の構成である「誘導加熱コイルと高周波トランス間の接続に柔軟性を持たせた部材であるフレキシブルケーブルを用いること」(相違点3)について,乙4の5文献(特公平3-32191号公報)を引用して,周知技術であり想到容易とした(原判決41頁〜42頁の「ウ 相違点3について」の項)が,誤りである。
(イ) 乙4の5文献に開示されたケーブルは水冷同軸ケーブルであるが,多層構造の水冷同軸ケーブルは技術常識からして穏やかな曲線で撓ませることはできても,本件発明3のフレキシブルケーブルのように作業員の手での操作性を向上させるほどの柔軟性をもっておらず,その構成,柔軟性において差異がある。
(ウ) また,原判決は,乙4の5文献において,「フレキシブルケーブルをコイルと高周波トランスの接続に用いることは,高周波誘導加熱分野の技術常識に属すると認められる」(原判決42頁第2段落)としたが,誤りである。
(エ) そもそも,乙4の5文献においては,高周波誘導加熱においてはケーブルの電力ロスが大きく,加熱効率が小さいとして,同軸ケーブルを否定し(乙4の5の2欄16行目〜23行目),電気導体による接続が望ましいとの技術開示がある。高周波誘導加熱分野では,誘導炉(乙2の6(昭和43年10月25日株式会社電気書院発行「工業電気加熱ハンドブック」)参照)のような大型コイル(インピーダンス大)の場合ケーブルロスは軽微であるが,乙4の5文献に示されるような小型コイル(インピーダンス小)においては,ケーブルロスが相対的に増大するため,ブスバーとするのが技術常識である。乙2の4(昭和63年11月15日社団法人日本工業炉協会発行「工業加熱」第25巻6号)においても,「リード部のインピーダンスを低くするには,リードをできるだけ短くし,幅広銅帯を用い,薄い絶縁板を往復路線間に挟み,往復リード導体で囲まれる断面積を小さくするほどよい」(64頁左欄最終段落〜右欄第1段落)との技術常識が示されている。したがって,あえてこのような従来の技術常識に反して,操作の容易性を優先させながら,かつ,必要な誘導加熱を実現した,本件発明3のフレキシブルケーブルには,十分進歩性があるというべきである。
ウ 本件発明4(原判決の相違点4)(ア) 原判決は,本件発明4に固有の構成である「金属製ボルトのナット装着ネジ部に相当する部位を,前記磁性体を省略した磁性体省略部である非加熱部としたこと」(相違点4)について,前記乙2の4,乙2の9(特公昭63-49879号公報)及び乙4の6(実公昭30-8856号公報)を公知技術としてその進歩性を否定した(原判決43頁〜45頁の「エ 相違点4について」の項)が,誤りである。
(イ) 本件発明4における磁性体の利用は,引用発明2に開示される磁束密度を高めるという従来技術とは基本的に異なるものである。すなわち,これら従来技術は,いずれも磁性体の設置をしなくても,コイルのみで必要な高周波誘導加熱が可能なものであり,更なる効率化のため,あるいは加熱対象を均一に加熱するために磁性体の設置による磁束密度の集中を図るものである。したがって,そこには磁性体を「省略する」という発想はそもそもないし,仮に一部に磁性体を設置しない部分を作ったとしても,それに対応する位置が「非加熱部」となるわけではない。
これに対し,本件発明は磁性体による磁力線の軌道変更なしには,必要な高周波誘導加熱が不可能なものである。したがって,その磁性体を「省略する」ということは,正にそれに対応するボルトの部位を「非加熱部」とすることになる。このように磁性体を設置することの基本的意義の違いだけをとっても,本件発明4における磁性体を省略するということの意味は他の従来技術とは異なるのであるから,進歩性があるというべきである。
3 当審における被控訴人ら3名の主張控訴人の当審における主張は,以下に述べるとおり,いずれも失当であり,本件控訴は棄却されるべきである。
(1) 「引用考案1の引用例としての不適格性」に対し本件特許については,前記無効2004-80125号事件の「特許第2882962号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(乙6)がなされた。これに対し,控訴人は,その取消しを求めて審決取消訴訟(当庁平成17年(行ケ)第10672号)を提起したが,平成18年4月24日,請求棄却の判決(乙8)がなされ,控訴人は,平成18年5月2日,上告及び上告受理申立てをした。したがって,控訴人の主張のうち,上告理由又は上告受理申立理由となるべきもの以外の主張は失当である。
控訴人は,引用考案1の引用例としての不適格性について主張する。しかし,引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができるのであって,その際,引用刊行物に記載された具体的な実施例の記載に限定されると解すべき理由はない。控訴人の上記主張は,単に引用考案1の解釈の誤りを指摘するものにすぎず,上告の理由及び上告受理申立理由のいずれにも該当しないから失当である。
(2) 「本件発明の引用発明2に対する進歩性の存在」に対し控訴人は,本件発明の引用発明2に対する進歩性について主張する。しかし,上記主張は,原判決の事実認定の誤りを論難するものであり,上告の理由及び上告受理申立理由のいずれにも該当しないから失当である。
(3) 「本件発明2ないし4の各固有の構成の進歩性の存在」に対し控訴人は,本件発明2ないし4の各固有の構成の進歩性についての判断において,原判決は各公知技術の解釈を誤っていると主張する。しかし,公知技術の解釈の誤りは,原判決の事実認定の誤りを論難するものであり,上告の理由及び上告受理申立理由のいずれにも該当しないから失当である。
(4) 上記(1)ないし(3)のとおり,控訴人の控訴理由書における主張は,いずれも上告の理由及び上告受理申立理由のいずれにも該当せず,上記無効審決が覆る可能性はない。
したがって,特許法104条の3により,控訴人は,控訴人らに対し,本件特許権を行使することができないというべきである。
当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
2 当審における控訴人の主張に対する判断(1) 「引用考案1の引用例としての不適格性」についてア 原告は,引用考案1(乙2の1(実願平3-22545号(実開平4-111186号)のマイクロフィルム)に記載された考案)の構成は,甲20(東京大学A教授作成の平成17年9月8日付け鑑定書)や甲10(1996年4月10日株式会社日本理工出版会・9版発行「テキストブック電磁気学」)に記載のとおり,外部の被加熱体に高周波誘導加熱を生じさせることはなく,引用発明たり得ないと主張する。
イ そこで検討すると,乙2の1には次のような記載がある。
(ア)【産業上の利用分野】本考案はボルト加熱用高周波加熱トーチに関する。」(段落【0001】)(イ)「【従来技術】大型構造物締付用ボルトの締付け又は緩め時におけるボルトの加熱には,従来可燃ガスによる可熱又は電気抵抗による加熱が用いられており,電気抵抗による加熱トーチとしては,図4縦断面図に示すように,ボルトの軸心に明けた穴に挿入される金属外筒21内に耐熱性絶縁物被覆の抵抗線22が収納されたものがある。しかしながら,…(中略)…また図4に示す抵抗線による加熱トーチでは,抵抗線22によって金属外筒21を加熱し,その熱の輻射及び対流によってボルトを加熱するため効率が悪く,また細い金属外筒21内に大電力を通じることが不可能なため加熱時間が多く必要である。」(段落【0002】,【0003】)(ウ)「【考案が解決しようとする課題】本考案は,このような事情に鑑みて提案されたもので,ボルトの軸心穴に大容量電力を投入できるとともに,高周波誘導加熱によりボルトを効率よく短時間で加熱することができるボルト加熱用高周波加熱トーチを提供することを目的とする。」(段落【0004】)(エ)「【請求項1】ボルトの軸心穴に挿入され高周波加熱する加熱トーチであって,ボルトの軸心穴に挿入される外径を有する管状導体と,上記管状導体の内部に同軸的に挿入され先端が同管状導体先端と接続された内部導体と,上記両導体の基端に付設された電源端子と,上記内部導体の周りに外嵌された高透磁率コアとを具えたことを特徴とするボルト加熱用高周波加熱トーチ。」(【実用新案登録請求の範囲】の【請求項1】)(オ)「【作用】本考案ボルト加熱用高周波加熱トーチにおいては,ボルトの軸心穴の内面から管状導体により高周波誘導加熱を行うことにより,ボルト自体が直接発熱するため効率の良い加熱が行われる。このとき内部導体に流れる電流によって管状導体外側の磁束が打消されないように,内部導体による磁束を高透過率コアで吸収する。」(段落【0006】)(カ)「図1,2において,ボルトの軸心穴に挿入される外径を有し銅等の良導体金属で作られた先端閉塞の管状導体1の内部には,水冷のため管状とされ銅等の良導体金属よりなる内部導体2が挿入され,その先端が管状導体1の先端と接続されている。管状導体1の基端には内部導体2を同軸的に保持し密閉するセラミック製の耐熱絶縁支持栓3が嵌入されており,管状導体1の外表面にはボルトの軸心穴の内面に接触しても接地しないように耐熱絶縁塗膜4が被覆されている。」(段落【0008】)(キ)「管状導体1及び内部導体2の基端には電源端子5及び電源端子6がそれぞれ付設されて,高周波電源7に接続されており,またこの電源端子5,6は前者が冷却水出口,後者が冷却水入口をそれぞれ兼ねており,内部導体2の先端部には導水口8が穿設されている。更に内部導体2の周りにはそれによる磁束を吸収する高透磁率コア9が数個外嵌されている。」(段落【0009】)(ク)「このような加熱トーチによりボルトを加熱する要領を,図3を参照して説明すると,構造物のフランジ13,14を締付けるスタッドボルト10はフランジ14にねじ込まれており,このスタッドボルト10に嵌めたナット12によりフランジ13,14は締付けられている。このとき更に締付力を増すために,スタッドボルト10の軸心穴11にこの加熱トーチの管状導体1を挿入し,電源端子5,6から例えば10〜20kWの高周波電力を供給すると,管状導体1に発生した磁束による誘導加熱により,スタッドボルト10が短時間で加熱されて膨張し,所定量伸びたところでナット12を締付け冷却することによってスタッドボルト10の締付力が増す。」(段落【0010】)ウ 上記イ(エ)ないし(ク)の記載と乙2の1(引用考案1)の【図1】ないし【図3】(加熱トーチの管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した点が記載されている。)とを併せみると,乙2の1に記載された加熱トーチは,管状導体1とその内部に挿入される内部導体2とが同軸上に配置され,さらに,内部導体2の周りに高透磁率コア9が外嵌され,両導体1,2が先端で接続されているとともに,管状導体1及び内部導体2の両基端に接続された高周波電源から高周波電力が供給されるものであることが認められる。
しかし,甲20(東京大学A教授作成の鑑定書)によれば,乙2の1に記載された加熱トーチにおいて,管状導体1及び内部導体2の両基端に高周波電力が供給され,両導体1,2に高周波電流が印加されると,両導体1,2には互いに逆向きの電流が流れ,両導体1,2はいずれも管状であって,それぞれには同時に逆向きの磁束が生じる結果,両導体1,2が同軸上で二重になっている大部分の範囲において,両導体1,2から発生する磁束が打ち消し合い,管状導体1の外部空間に磁束を生じさせることはなく,外部のボルトに対する高周波誘導加熱を実現することはできないものであると認められる。
エ 一方,本件特許出願当時の当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識について検討すると,本件特許出願前に頒布された刊行物には,下記の記載がある。
(ア) 乙2の2(米国特許第2810053号明細書,引用発明2)a「この発明は高周波誘導加熱,より具体的には小径穴の表面を加熱するための誘導子の技術に属している。」(訳文1頁7行目〜8行目)b「高周波誘導加熱の技術における小径穴又は小径開口を加熱する時の困難さは,いつでも経験する事であった。・・・しかし,穴がより小さくなり,誘導子の導体成形寸法は,明らかに穴サイズに関連しており,加熱は更に難しくなることが非常にはっきりわかる。結局,寸法上加熱作用が全然遂行できないと云う事になる。本発明は,これらの難題に打ち勝ち,様々な加熱目的のための小径穴を首尾よく加熱する高周波誘導子を熟考する。発明に従って,金属加工物の中に穴,開口,内径の表面を,一定の間隔で平行に伸びた一対の導体脚(以下レグと表現),加工物対面表面である遠くの表面,および上記表面の空間に略等しい直径でかつ略半円形横断面を持ち,その表面を間隔を持って回り込む様に配置された磁性材料,から成る加熱用高周波誘導子が提供されている。」(同1頁9行目〜28行目)c「発明の主要な目的は,小さい直径穴,開口,または内径を容易かつ効率的に加熱する新しく,改善された高周波誘導子の供給である。」(同1頁下11行目〜9行目)d「磁性材料Eの軸方向の長さが,穴10の軸方向の長さ,すなわち加工物Aの厚さより多少大きいことに気を付けるべきである。動作中は,誘導子Bは,図1に例示するように穴10内に置かれる。・・・高周波電流は,電源Dから回転可能な接点Cを通じて,誘導子に供給される。これらの高周波電流は,穴10の表面11に流れる,高周波電流を誘導する磁界を生成する。これらの高周波電流は穴10の表面11を急速に加熱する原因になる。」(同3頁14行目〜24行目)(イ) 乙2の3(雑誌「Metal Treating」1968年8-9月号)a「誘導コイルは,Fig.1で示す様に,コイルを通過する高周波電流により加熱対象物の温度を急速に上げる。コイルはいわば変圧器の1次となり,ワークは2次となる。加熱された素材は,決して閉じられた電気回路の一部では無く,熱の生成は誘導のみによる。」(訳文3頁14行目〜22行目)b「C(判決注:Fig.10のCには,高周波誘導加熱コイルの設計に関して被加熱体の孔に挿入されるヘアピンコイルが図示されている。)のヘアピンコイルもまた,小さな孔の加熱には実用的だが,放熱の均一化を確実にするため,部品は加熱中は回転させなければならない。」(同9頁17行目〜18行目)c Fig.8のC,Fig.9,Fig.10のAには,穴内面の全深さ(全長)にわたり多巻コイルを設け,加熱対象の穴の外側において,正面から見た場合コイルの両端部がともに中央にある点が図示されている。
d「F(判決注:Fig.6のFには,側面から見た図(Side),端面から見た図(End)として,コイル両端部が共に中央部に平行して設けた点が図示されている。)のコイルは内部タイプで,穴の内部の表面を熱するために使用される。」(同6頁18行)(ウ) 乙2の4(「工業加熱」第25巻第6号)a「2.焼入れコイル概説・・・期待どおりの焼入れが得られるには,加熱工程において,まず焼入れ深さに応じた部分を所定の温度に加熱する必要がある。そのためには誘導加熱の場合,適切な周波数の電力を一定時間コイルに供給することにより達成される。・・・図2.1はLOSINSKYのグラフといわれているもので,ある焼入れ深さδ(mm)を得るための電力密度(W/cm )と加熱時間(sec)の関係を2示したもので,・・・」(57頁左欄下2行目〜右欄14行目)b「加熱は必要な部分だけを一様な温度に加熱することが焼入れ品質上要求される。・・・部分的な投入電力の調節のためには,・・・磁性材料をコイルの一部に取付ける等により,被加熱材を貫流する磁束を部分的に調節する等の工夫が施される。」(60頁右欄12行目〜61頁左欄2行目)c「(9) 内面焼入れ 被処理材の内面部の焼入れ。コイルを円筒状又はリング状の内面に沿って配置し,内面に沿って発生した誘導電流で内面のみを加熱後,冷却液の噴射等で冷却焼入れを行う。」(62頁右欄下11行目〜下7行目)と記載され,「図4.2 加熱面から分類したコイル」(63頁)には,「内面加熱用コイル」として,コイルの両端部が共に中央部に接近して平行に設けられていることを示唆する斜視図が記載され,同図において,「焼入れ部」は内面の中央にあり,上下端部は焼き入れされていないことが図示されている。
d「磁性材料は,その他の部分より磁束が通りやすいので,磁性材料をコイルの適当な位置に部分的に取付け使用して,被加熱材を貫通する磁束分布を調節できる。」(65頁右欄末行〜66頁左欄2行目)e「4.2.14内面加熱用コイル・・・被処理材の内径が約5cm以上であれば移動焼入れ法が可能で,コイルも単巻あるいは2巻ぐらいのものを使用できる。しかし,内径がそれ以下だと被処理材を回転させながらの一発焼入れ法しか使用できない。この場合のコイルは多巻ソレノイド形か,単純なヘヤピン形あるいはクロス式ヘヤピン形のようなものを使用することになる。図4.9は各種内面焼入れ用コイルの1例である。」(68頁右欄5行目〜69頁右欄4行目)オ 上記エに摘示した記載によれば,乙2の2には,金属加工物の穴内に置かれた高周波誘導子に高周波電流を供給することにより,穴の表面に流れる,高周波電流を誘導する磁界を生成し,穴の表面を急速に加熱することが記載され,乙2の3には,被加熱体の孔に挿入される高周波誘導コイルを通過する高周波電流により,加熱対象物の温度を急速に上げることが記載され,乙2の4には,適切な周波数(表2.2(59頁)に示された周波数の値から「高周波」であると認められる。)の電力を一定時間コイルに供給することにより誘導加熱すること,被処理材の内面焼入れに用いられることが記載されていることが認められる。
そうすると,乙2の2ないし4によれば,高周波誘導加熱そのもの,及び,被加熱部に挿入した誘導加熱体(乙2の2の高周波誘導子,乙2の3の高周波誘導コイル,乙2の4の加熱コイル)に高周波電流を供給することにより,被加熱部を加熱する高周波誘導加熱は,本件特許出願当時,当業者の技術常識であったと認められる。
カ ところで,引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができるのであって,その際引用刊行物に記載された具体的な実施例の記載に限定されると解すべき理由はない。
そして,乙2の1の上記イ(ア)ないし(キ)の記載によれば,乙2の1には,高周波誘導加熱の具体的な構成(乙2の1に記載された実施例の具体的な構成では高周波誘導加熱を実現することができないことは,上記ウのとおり。)の点を除き,「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した高周波加熱トーチ」が記載されていると認めることができ,乙2の1自体には実現できるように記載されてない高周波誘導加熱の具体的な構成そのものは,平成5年1月7日の本件特許出願当時,当業者の技術常識であったのであるから,当業者は,乙2の1の「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した高周波加熱トーチ」の高周波誘導加熱に上記技術常識であった誘導加熱体の具体的な構成を参酌し,高周波誘導加熱を実現することができるものとして,引用発明1を把握することができたものと認められる。
ク 以上検討したところによれば,乙2の2ないし4に記載された高周波誘導加熱に係る本件特許出願当時の当業者の技術常識参酌すれば,乙2の1に記載されている事項から,高周波誘導加熱を実現することができるものとして,引用考案1を把握することができたと認められるのであり,引用考案1が引用例として不適格であるということはできない。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(2) 「本件発明の引用発明2に対する進歩性の存在」についてア 控訴人は,引用発明2は,「小さな開口部等」に対する熱処理のための「表面加熱」ないし「表面焼入れ」を目的とする発明であるのに対し,本件発明は,「狭く長いボルト穴」を加熱することにより,「ボルトの緩め・締めを容易にするための熱膨張」を目的とする発明であるなどとした上,本件発明は,ヘアピン状コイルの構成,磁性体の構成,磁性体の作用・効果のいずれにおいても,引用発明2の平行状のヘアピン,磁性体と異なる発明であるから,引用発明2から本件発明を想到し得たとすることはできないと主張する。
しかし,本件発明は,ヘアピン状の誘導加熱コイルが挿入される「孔」について,「金属製ボルトの軸心方向に穿孔された孔」と規定するだけで,その径,深さ,誘導加熱コイルの挿入深さを特定しておらず,また,「ボルトの緩め・締めを容易にするための熱膨張」を目的とすることについても規定していないのであるから,控訴人の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものであって失当である。
イ また,控訴人は,高周波誘導加熱分野における周知技術(乙2の2〜4,2の6,2の9〜12)を見ても,本件発明の課題を解決する具体的構成として利用できるような,細くて深いボルト穴に挿入して回転も移動もさせずに被加熱体(ボルト)を加熱伸長させる細く長いコイルは開示されていないなどとして,本件発明の略長方体の磁性体をヘアピンコイルの間に付設するという具体的構成は,引用発明2により容易に想到し得るものではないなどと主張する。
しかし,本件発明は,「孔」について,その径,深さ,誘導加熱コイルの挿入深さを特定しておらず,また,「略長方体の磁性体をヘアピンコイルの間に付設する」ことを規定していないから,控訴人の上記主張も特許請求の範囲の記載に基づかないものであって失当である。
ウ さらに,控訴人は,本件発明は,現に高周波誘導加熱によるボルトの効率的な加熱を実現し,引用考案1が実施不能であったのと比較して,当業者の想到し得なかった顕著に有利な作用効果を生じさせたものであると主張する。
しかし,本件発明が引用発明2及び引用考案1に基づき当業者が容易に想到し得たものであることは原判決の判示するとおりであり,そうである以上,本件発明の奏する作用効果も,当業者が予測できた範囲内のものであると認められる。したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 「本件発明2ないし4の各固有の構成の進歩性の存在」についてア 本件発明2(原判決の相違点2)につき控訴人は,導体を「絶縁すること」は技術常識であるが,どのような「絶縁物」をどう施すかは,絶縁対象との関係でそれぞれに異なる技術的思想であるなどとして,本件発明2に固有の構成である「誘導加熱コイル表面に耐熱絶縁物を施したこと」(相違点2)は当業者といえども容易に想到し得るものではないと主張する。
しかし, 乙2の2には,「ヘアピン状の誘導加熱コイル」に相当する「レグ体14,15」の外表面に耐熱性絶縁物が施された点の明示の記載はないものの,「間隔がより近くなるにつれて,加工物Aに対する電気的結合は,より大きくなる。しかしその様な間隔は,誘導子Bは加熱中に加工物Aに接触させないと云う必要性に関連して制限されるべきである」(訳文2頁28行目〜31行目)として,導電体と穴内面とのショートが起きないようにする必要性が記載されている。そうであれば,誘導加熱コイル表面に耐熱絶縁物を施すことは,当業者が容易に想到し得たことと認められ,控訴人の上記主張は理由がない。
イ 本件発明3(原判決の相違点3)につき控訴人は, 乙4の5文献(特公平3-32191号公報)に開示されたケーブルは本件発明3のフレキシブルケーブルほどの柔軟性をもっていない,乙4の5文献に示されるような小型コイル(インピーダンス小)においては,ケーブルロスが相対的に増大するため,ブスバーとするのが技術常識であるなどとして,本件発明3に固有の構成である「誘導加熱コイルと高周波トランス間の接続に柔軟性を持たせた部材であるフレキシブルケーブルを用いること」(相違点3)には進歩性があるというべきであると主張する。
しかし,乙2の6(昭和43年10月25日発行「工業電気加熱ハンドブック」)の「第8.52図」,乙4の5文献(特公平3-32191号公報)によれば,フレキシブルケーブルは,もともと2つの被接続体が,接続された後も相互に拘束されることなく自由な状態に保持し,取扱いや操作性を向上させるためのもので,あらゆる技術分野に用いられている周知技術であると認められるところ,本件発明3はフレキシブルケーブルの柔軟性について何らの限定をしておらず,本件明細書(甲1)には,その効果が「取り扱い操作性を向上させることができる」(段落【0009】)と記載されているだけであることから,本件発明3は,単に取り扱い操作性を向上させるために,周知技術であるフレキシブルケーブルを採用したにすぎないものである。また,高周波誘導加熱において,フレキシブルケーブルは電圧ロスによる加熱効率の低下があり,電気導体による接続の方が望ましいとしても,フレキシブルケーブルを用いるか否かは,取扱いや操作性と加熱効率のどちらを優先させるかに応じて当業者が適宜選択する設計事項というべきであり,取扱いや操作性を加熱効率よりも優先させてフレキシブルケーブルを採用することに格別の困難はない。そうであれば,本件発明3に付加された「フレキシブルケーブルを用いる」構成は,当業者が容易に想到し得たことである。
ウ 本件発明4(原判決の相違点4)につき控訴人は,従来技術には磁性体を「省略する」という発想はないなどとして,本件発明4に固有の構成である「金属製ボルトのナット装着ネジ部に相当する部位を,前記磁性体を省略した磁性体省略部である非加熱部としたこと」(相違点4)の意味は他の従来技術とは異なり進歩性があると主張する。
しかし,乙2の4(「工業加熱」第25巻第6号)には,「加熱は必要な部分だけを一様な温度に加熱することが焼入れ品質上要求される。・・・部分的な投入電力の調節のためには,・・・磁性材料をコイルの一部に取付ける等により,被加熱材を貫流する磁束を部分的に調節する等の工夫が施される」(60頁右欄12行目〜61頁左欄2行目),「磁性材料は,その他の部分より磁束が通りやすいので,磁性材料をコイルの適当な位置に部分的に取付け使用して,被加熱材を貫通する磁束分布を調節できる」(65頁右欄末行〜66頁左欄2行目)との記載があり,磁性体を取り付けることにより加熱させる部分を調節できることが開示され,このことは同時に,「加熱をあまり望まないような部位」には磁性体を取り付けないようにし,磁束分布,加熱分布を調節することを示唆しているということができる。また,乙2の9(特公昭63-49879号公報)には,「それぞれの巻回導体部cにコアkoを付加することによって小径筒体Wの内壁には巻回導体部cの対向面にほぼ対応する焼入れ層hを形成し,かつ焼入れ層それぞれの間には非焼入れ部Nを残そうと図る」(4欄20行目〜25行目)との記載があり,誘導加熱コイルにコアを設けることで磁束を集中して,コアを設けた部分に対応する被加熱体部分の加熱を良好にし,コアを設けない部分に対応する被加熱体部分を非加熱状態にすることが開示されている。さらに,乙4の6(実公昭30-8856号公報)には,「本件考案装置は・・・第1図に示すように(判決注:歯車の)歯の谷部1内にその谷部と相似形の誘導加熱線輪2を谷部1の面と小間隔を距てゝ対向せしめると共に該誘導加熱線輪の内側に於いて該線輪の谷部1の底面3に対する部分及該線輪の谷部両側面4,4の隅角部5,5より下方に対する部分に数個に分割された鉄心6,7,8,9,10等を配置し而も之等鉄心の厚さを図のように適当に互いに相違せしめこの誘導加熱線輪を以て谷部歯面を加熱急冷するものである。本考案装置に於いては誘導加熱線輪2の磁束は鉄心6,7,8,9,10内にその厚さに比例して集中するものであって即ち隅角部5,5を通る磁束の一部は鉄心6,7,10,9により隅角部5,5と内角部11,11との間に吸引され該鉄心6,7,10,9等の厚さの相違により隅角部5,5と内角部11,11との間の熱容量にほぼ比例して分布され又他の鉄心8の作用により11,11間の底面3を通る磁束の密度を大となし得るものである。従てこの結果・・・谷部1の全面の加熱深度が均一となると共に13,13部分の加熱を殆ど除去することができる」(1頁左欄下5行目〜右欄17行目)との記載があり,高周波加熱で焼入れする必要のない部分に焼入れが施されないように,誘導加熱線輪(誘導加熱コイル)の内側に設ける強磁性体の位置及び厚さを調整して,磁束の分布を加減する高周波表面加熱装置が開示され,また,第1図には,焼入れを必要としない部分に対応する位置には磁性体がないことも図示されている。
したがって,本件発明4に固有の構成である「金属製ボルトのナット装着ネジ部に相当する部位を,前記磁性体を省略した磁性体省略部である非加熱部としたこと」(相違点4)は,上記公知技術に基づき当業者が容易に想到し得たことと認められるから,控訴人の上記主張は採用することができない。
3 以上のとおり,本件特許権のうち請求項2ないし4に係る部分は特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。したがって,特許法104条の3第1項の適用により,控訴人は,被控訴人らに対し,請求項2ないし4に係る本件特許権を行使することはできないこととなる。
4結論よって,控訴人の被控訴人らに対する請求をすべて棄却した原判決は相当であり,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉