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関連審決 異議2003-72962
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  化学構造 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10576号 特許取消決定取消請求事件
原告 ユニチカ株式会社
訴訟代理人弁理士板垣孝夫
同 森本義弘
同 笹原敏司
同 原田洋平
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人宮坂初男
同 唐木以知良
同 大場義則
同舩岡嘉彦
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/06/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1原告(1) 特許庁が異議2003-72962号事件について平成17年6月1日にした決定中,「特許第3415103号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2被告主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「帯電防止性に優れたポリ乳酸系二軸延伸フィルム及びその製造方法」とする特許第3415103号の特許(平成12年6月28日特許出願,平成15年4月4日設定登録。以下,「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。本件特許に対し,特許異議申立てがされたので,特許庁は,これを異議2003-72962号事件として審理した。その過程において,原告は,平成17年3月8日,願書に添付した明細書の訂正(特許請求の範囲の訂正を含む。)の請求をした(以下,この訂正を「本件訂正」といい,本件訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成17年6月1日,「訂正を認める。特許第3415103号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,平成17年6月20日,本件決定の謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件訂正後)本件明細書における特許請求の範囲の請求項1,2の各記載は,次のとおりである(以下,これらの発明を,請求項に対応してそれぞれ「本件発明1」などといい,まとめて「本件発明」という。)。
「【請求項1】少なくとも片面に界面活性剤層を有するポリ乳酸系二軸延伸フィルムであって,界面活性剤層が,アニオン系界面活性剤(A)であるアルキルスルホン酸塩99〜10質量%と,非イオン系界面活性剤(B)である脂肪族アルカノールアミド1〜90質量%とからなり,表面固有抵抗が10 Ω以下11であることを特徴とする帯電防止性に優れたポリ乳酸系二軸延伸フィルム。
【請求項2】未延伸または一軸方向のみに延伸されたポリ乳酸系フィルムの少なくとも片面に,アニオン系界面活性剤(A)であるアルキルスルホン酸塩99〜10質量%と,非イオン系界面活性剤(B)である脂肪族アルカノールアミド1〜90質量%とからなる混合物の水溶液を塗布し,続いて二軸方向または最初の延伸方向と直角方向に延伸し,熱セットすることを特徴とする請求項1記載のポリ乳酸系二軸延伸フィルムの製造方法。」3 本件決定の理由別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明1,2は,特開平10-86307号公報(以下「引用例1」という。甲4,本件決定における刊行物1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び特開昭49-78734号公報(以下「引用例2」という。甲5,本件決定における刊行物3)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,というものである。
本件決定が,上記結論を導くに当たり認定した,本件発明1,2と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(1) 本件発明1ア一致点「少なくとも片面に界面活性剤層を有するポリ乳酸系二軸延伸フィルムであって,界面活性剤層を有し,帯電防止性に優れたポリ乳酸系二軸延伸フィルム」である点。
イ相違点(ア) 界面活性剤の配合量について,本件発明1が「アニオン系界面活性剤(A)であるアルキルスルホン酸塩99〜10質量%と,非イオン系界面活性剤(B)である脂肪族アルカノールアミド1〜90質量%」としているのに対し,引用発明では,界面活性剤についてそのような記載がない点(以下「相違点(ア)」という。)。
(イ) 表面固有抵抗について,本件発明1が「10 Ω以下である」として11いるのに対し,引用発明では,そのような記載がない点(以下「相違点(イ)」という。)。
(2) 本件発明2ア一致点「未延伸または一軸方向のみに延伸されたポリ乳酸系フィルムの少なくとも片面に,界面活性剤の水溶液を塗布し,続いて二軸方向または最初の延伸方向と直角方向に延伸し,熱セットすることを特徴とするポリ乳酸系二軸延伸フィルムの製造方法」である点。
イ相違点本件発明2が,界面活性剤について,「アニオン系界面活性剤(A)であるアルキルスルホン酸塩99〜10質量%と,非イオン系界面活性剤(B)である脂肪族アルカノールアミド1〜90質量%とからなる混合物の水溶液」としているのに対し,引用発明ではそのような記載がされていない点。
原告主張の取消事由の要点
本件決定は,本件発明1と引用発明の対比及び相違点(ア)の判断に際し,界面活性剤に関する認定を誤り(取消事由1,2(1)),相違点(ア)の判断に際し,帯電防止剤とフィルムとの相性について認定を誤り(取消事由2(2)),相違点(イ)の判断に際し,本件発明1が透明性について顕著な作用効果を奏する点を看過した(取消事由3)結果,誤った結論に至ったものであり,違法として取り消されるべきである(なお,本件決定の理由につき具体的に誤りを指摘した点以外の事項については争わない。)。
1 取消事由1(本件発明1と引用発明の対比の誤り)本件決定は,引用例1「に記載されている,帯電防止剤は,アニオン型帯電防止剤,カチオン型帯電防止剤,ノニオン型帯電防止剤及びベタイン型帯電防止剤からなる群より選ばれた少なくとも一種の化合物であり,これらのアニオン型帯電防止剤としては,アルキルスルフォン酸塩類が記載され,ノニオン型帯電防止剤としては,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が記載されている……から,結局,これらの帯電防止剤は,本件発明1の界面活性剤に相当するといえる。」(決定書13頁下から14行〜下から8行)と認定したが,誤りである。
「脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物」を反応生成する場合には,化学構造式中の窒素原子に対して2つのエトキシ基が結合しているものだけが生成されるのではなく,甲6(藤本武彦著「全訂版 新・界面活性剤入門」三洋化成工業株式会社1992(平成4)年8月初版3刷発行)の109頁に記載されている他の化合物も必ず生成され,これらを互いに分離することは不可能である。すなわち,「脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物」は,脂肪酸アルカノールアミドと化学構造が同じ化合物を含むことはあっても,必然的に他の化合物も含むものであり,したがって,「脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物」と「脂肪酸アルカノールアミド」は実質的に異なった化合物にしかなり得ないから,引用発明における「脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物」を本件発明1における「脂肪酸アルカノールアミド」に相当するものということはできない。
2 取消事由2(相違点(ア)の判断の誤り)(1) 界面活性剤について本件決定は,引用例2には,「アルキレンオキシド型ノニオン活性剤として脂肪族アミドのエチレンオキシド付加物が例示され,更に,脂肪族アミドとして具体的にラウロイルアミドが例示されているから,脂肪族アミドのエチレンオキシド付加物は,本件発明1の脂肪族アルカノールアミドに相当するものといえる。」(決定書14頁16行〜20行)と認定したが,誤りである。
前記1で指摘したとおり,「脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物」は,脂肪酸アルカノールアミドと化学構造が同じ化合物を含むことはあっても,必然的に他の化合物も含むものであり,したがって,「脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物」と「脂肪酸アルカノールアミド」は実質的に異なった化合物にしかなり得ないから,引用例2に記載された「脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物」を本件発明1における「脂肪酸アルカノールアミド」に相当するものということはできない。
(2) 帯電防止剤とフィルムとの相性について本件決定は,引用例2「に記載された帯電防止を目的とする熱可塑性樹脂について,実施例においてポリスチレンが記載されているが,ポリエステルも帯電防止を目的とする熱可塑性樹脂として例示されているのであるから,刊行物3に記載の帯電防止剤については,ポリエステルに対してもポリスチレンに対すると同様の作用効果が得られることが示されているといえる。」(決定書14頁29行〜33行)と認定したが,誤りである。
引用例2には,熱可塑性樹脂として数多くのものが列挙されているものの,実施例としては,現に効果のあった数種の樹脂(ポリプロピレン,ポリスチレン,ポリ塩化ビニル)についての記載があるにとどまり,ポリエステルについての記載はない。
したがって,引用例2記載の帯電防止剤が,ポリスチレンに対して効果があったとしても,ポリエステルに対して効果があるかどうかは不明である。
特に,ポリエステルの中でも脂肪族ポリエステル,特にポリ乳酸は臨界表面張力が低く(本件明細書の段落【0006】),帯電防止剤との相性の点で特殊であり,引用例2記載の帯電防止剤が,ポリ乳酸に対して,ポリスチレンに対するのと同様の効果が得られるということはできない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)本件決定は,引用例2「の表2によれば,No16のアルキルスルホン酸塩単独では透明性が悪いのに対し,No12の脂肪族アルカノールアミドを併用したものは透明性が透明となっており,アルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドの併用が透明性において優れた結果が得られるであろうことも予測できるところである。」(決定書15頁14行〜18行)と判断したが,誤りである。
(1) 本件明細書(甲9添付の全文訂正明細書)の【表1】によれば,比較例1(脂肪族アルカノールアミド(B-1)を単独で使用したもの)のヘーズは4.8%,比較例2(アルキルスルホン酸塩(A-1)を単独で使用したもの)のヘーズは11%である。アルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドとを併用すると,そのヘーズ値はいずれか一方を単独で使用する場合の間の値(比較例1の4.8%と比較例2の11.0%との間)になるのが通常であり,そのようになるもののと予測されるが,上記【表1】の記載から明らかなように,アルキルスルホン酸塩(A-1)と脂肪族アルカノールアミド(B-1)とを併用すると,ヘーズは3.5〜4.5%(実施例1,4,5,6)となっている。
このように,本件発明1によれば,アルキルスルホン酸塩(A-1)と脂肪族アルカノールアミド(B-1)の相乗効果により,これらを各々単独で使用した場合よりも,ヘーズ(透明性)が良好になっており,予測される以上の作用効果が得られている。本件決定は,この点を看過したものである。
(2) 被告は,引用例2の記載から,アルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドとの併用が,透明性において,アルキルスルホン酸塩単独の場合に比べ優れた結果が得られることは明らかであるから,本件発明1が格別顕著な効果を奏し得たものとはいえない旨主張するが,この主張は,引用例2の界面活性剤の使用量に言及せずになされたものであり,当を得ないものである。
(3) 被告は,本件発明1のヘーズが格別顕著なものでないことは,引用例1からも立証できると主張するが,引用例1のフィルムはもともとのフィルムの透明性が異なるものであるから,引用例1の実施例の数値を基に本件発明1の作用効果の顕著性の有無を議論できるものではない。
また,本件発明1の作用効果は,フィルムの透明度そのものが向上するということではなく,ポリ乳酸系二軸延伸フィルムに帯電防止剤を塗布すると塗布しない場合に比べて透明性が悪化することは避けられないが,アルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドを併用するとこれらを単独で使用する場合に比べて透明度が良好になる点に,格段の作用効果を奏するものであり,このことからも,引用例1の実施例との作用効果の比較は本件発明1の作用効果の顕著性の判断として当を得ないものである。
被告の反論の要点
本件決定の認定・判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明1と引用発明の対比の誤り)について引用発明における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物は,化学構造上本件発明1の脂肪族アルカノールアミドと重複する場合があり,同一化合物である以上,分類学的に異なるものとされているとしても,本件決定の認定が左右されるものではない。
また,原告は,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物として実際に製造されるものが混合物である旨主張するが,同一の化合物が合成されないことをいうものではないから,失当である。
2 取消事由2(相違点(ア)の判断の誤り)について(1) 界面活性剤について引用例2に記載された脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物は,本件発明1の脂肪族アルカノールアミドと重複する場合があり,同一化合物である以上,分類学的に異なるものとされているとしても,本件決定の認定が左右されるものではない。そして,引用例2には,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物として,「ラウロアミドEO-2」が具体的に記載されているところ,この化合物は「ラウロイルアミドのエチレンオキシド2モル付加物」であって,脂肪族アルカノールアミドの化学構造を有する。したがって,引用例2に本件発明1の脂肪族アルカノールアミドに相当するものが記載されていることは,明らかである。
また,原告は,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物として実際に製造されるものが混合物である旨主張するが,前記1でも指摘したとおり,同一の化合物が合成されないことをいうものではないから,失当である。
(2) 帯電防止剤とフィルムとの相性について原告は,引用例2の実施例には数種の樹脂についての記載はあるが,ポリエステルについては全く触れられていない旨主張する。しかし,引用例2には,その適用対象となる熱可塑性樹脂として,他の樹脂と同様にポリエステルが例示されているのであり,実施例に記載がないことのみをもって,前記例示された熱可塑性樹脂の中でポリエステルが同等の作用効果を奏さないとする合理的理由は存しない。そして,乙1(生分解性プラスチック研究会編「生分解性プラスチックハンドブック」株式会社エヌ・ティー・エス1995年5月26日初版第1刷発行)にも記載されているように,ポリ乳酸は,ポリエステルとして典型的なものであり,ポリエステルの中で特に特殊なものということもできないから,引用例2記載の帯電防止剤がポリ乳酸に対して同様の作用効果を奏さないとする合理的理由は存しないのであり,原告の主張には理由がない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について(1) 本件明細書には,ヘーズについて,実施例のほかは,「(4)ヘーズ JIS-K7105に準じて測定した。本発明においては,10以下を合格とした。」(段落【0025】)との記載があるにとどまり,アルキルスルホン酸塩又は脂肪族アルカノールアミドの単独使用に比べ,これらを併用する本件発明1について,予測以上の作用効果が得られる旨の記載はない。したがって,作用効果に係る原告の主張は,本件明細書の記載に基づくものではない。
また,本件明細書の【表1】の記載は,両成分の併用以外の要因により大きく変化しており,両成分の併用による相乗効果を示すものではない。すなわち,実施例2及び3は,成分比が同じであるにもかかわらず,ヘーズは実施例2が3.0%,実施例3が5.0%と大きく異なっており,両者の相違が塗布量のみであることを踏まえると,ヘーズは,界面活性剤の塗布量による影響が大きいものというべきであって,両成分の併用により予測される以上の作用効果があるということはできない。
(2) 引用例2(甲5)の表2の「透明性」の欄の記載によれば,No16(アルキルスルホン酸塩の単独使用)では透明性が「不透明」であるのに対し,No12(アルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドを併用)は透明性が「透明」であるとされており,透明性において,両成分の併用により,アルキルスルホン酸塩の単独使用の場合に比べて,優れた結果が得られていることは明らかであるから,本件発明1が格別顕著な作用効果を奏するものとはいえない。
(3) 本件発明1におけるヘーズ(透明性)が格別顕著なものではないことは,引用例1(甲4)からも明らかである。すなわち,引用例1の第1表に記載されたフィルムは,本件明細書の【表1】に記載されているフィルムよりもかなり厚く,帯電防止剤の塗布量が同等又は多いにもかかわらず,ヘーズは1%未満であり,本件明細書の【表1】に記載されているフィルムよりヘーズ(透明性)の点で優れていることが明らかである。また,引用例1の一般的記載からも,引用例1に記載された発明のフィルムは,本件発明1のフィルムよりも,一般的に優れたヘーズ(透明性)を有することを理解することができる。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と引用発明の対比の誤り)について原告は,引用発明における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物について,脂肪酸アルカノールアミドと化学構造が同じ化合物を含むことはあっても,製造時に必然的に他の化合物も含むものであるため,本件発明1の脂肪族アルカノールアミドと実質上同一の化合物であるとはいえない旨主張する。
(1) 本件特許の請求項1には,「界面活性剤層が,アニオン系界面活性剤(A)であるアルキルスルホン酸塩……と,非イオン系界面活性剤(B)である脂肪族アルカノールアミド……とからなり」との記載がある。上記記載によれば,本件発明1は,界面活性剤層がアルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドからなることを必要とするが,脂肪族アルカノールアミドの製造方法を副産物を生じない特定の方法に限定するものではないし,製造時の副産物が界面活性剤層に存在することを排除したものともいえない。
(2) 引用例1(甲4)には,次の記載がある。
ア 「【請求項1】脂肪族ポリエステル100重量部に対し,滑剤及びアンチブロッキング剤からなる群より選ばれた少なくとも1種の添加剤0.1〜2重量部を含む脂肪族ポリエステル樹脂組成物からなる脂肪族ポリエステルフィルムの少なくとも片面に,帯電防止剤または防曇剤を含有する水性塗工液を塗布して形成された被膜を有する脂肪族ポリエステル塗工フィルム。」イ 「【請求項3】脂肪族ポリエステルが乳酸系ポリマーである請求項1記載の脂肪族ポリエステルフィルム。」ウ 「【請求項6】帯電防止剤が,アニオン型帯電防止剤,カチオン型帯電防止剤,ノニオン型帯電防止剤及びベタイン型帯電防止剤からなる群より選ばれた少なくとも一種の化合物である請求項5記載の脂肪族ポリエステル塗工フィルム。」エ 「【0026】フィルムに帯電防止性を付与するために用いる帯電防止剤としては,例えば,アニオン型,カチオン型,ノニオン型,ベタイン型,第4級アンモニウム塩基を有するアクリルポリマー,イオネンポリマー,リン酸塩化合物,リン酸エステル化合物等のイオン伝導性のもの,酸化スズ,酸化アンチモン等の金属酸化物,アルコキシシラン,アルコキシチタン,アルコキシジルコニウム等の金属アルコキシド及びその誘導体,コーテッドカーボン,コーテッドシリカ等より選ばれる1種もしくは複数を組み合わせて用いることができる。」オ 「【0027】アニオン型の帯電防止剤としては,例えば,脂肪酸塩類,硫酸化油,硫酸化エステル油,硫酸化アミド油,オレフィンの硫酸エステル塩類,脂肪族アルコール硫酸エステル塩類,アルキル硫酸エステル塩類,脂肪酸エチルスルフォン酸エステル塩類,アルキルスルフォン酸塩類,アルキルナフタレンスルフォン酸塩類,アルキルベンゼンスルフォン酸塩類等が挙げられる。カチオン型の帯電防止剤としては,例えば,脂肪族アミン塩類,第4級アミン塩類,アルキルピリジリウム塩類等が挙げられる。
カ 「【0028】ノニオン型の帯電防止剤としては,例えば,ソルビタンやペンタエリスリトールのような多価アルコールの部分的脂肪酸エステルおよびそのエチレンオキサイド付加物,脂肪族アルコールのエチレンオキサイド付加物,脂肪酸のエチレンオキサイド付加物,アルキルフェノールのエチレンオキサイド付加物,ポリエチレングリコール,アルキルアミンまたは脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が挙げられる。ベタイン型帯電防止剤としては,例えば,アルキルアミノ-カルボン酸ベタイン化合物,イミダゾリン誘導体等が挙げられる。」引用例1の上記アないしカの各記載によれば,引用発明は,少なくとも片面に界面活性剤層を有するポリ乳酸系二軸延伸フィルムであって,界面活性剤層を有し,帯電防止性に優れたポリ乳酸系二軸延伸フィルムであって,帯電防止剤は,アニオン型帯電防止剤,カチオン型帯電防止剤,ノニオン型帯電防止剤及びベタイン型帯電防止剤からなる群より選ばれた少なくとも一種の化合物であり,アニオン型帯電防止剤として,アルキルスルフォン酸塩類が記載され,ノニオン型帯電防止剤として,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が挙げられているということができる。
(3) 脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物は,そのエチレンオキサイド単位が1又は2の場合,脂肪族アルカノールアミドの一種である,脂肪酸のモノエタノールアミド又はジエタノールアミドとなり得るから,脂肪族アルカノールアミドと重複する(同一化合物となる)ものと認められる(このこと自体は,原告も争うものではない。)。
そうすると,仮に原告が主張するように,引用発明における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が,その製造時に必然的に他の化合物を含むものであったとしても,そのことを理由に引用発明における帯電防止剤が本件発明1の界面活性剤に相当するとした本件決定の認定に誤りがあるということはできない。
(4) なお,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物は,そのエチレンオキサイド単位が3以上の場合には,脂肪族アルカノールアミドと化学構造が同じ化合物とはならないところ,引用例1(甲4)には,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物におけるエチレンオキサイド単位の繰り返し数についての記載はないから,引用発明における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が,エチレンオキサイド単位の繰り返し数が1又は2のものを包含するかどうかは,直ちに明らかとはいえない。
そこで,念のため,この点について,検討することとする。
本件決定は,本件発明1と引用発明との一致点として,引用発明における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が,本件発明1における脂肪族アルカノールアミドと重複する(同一化合物となる)ことは認定していない一方,相違点(ア)として,本件発明1が「アニオン系界面活性剤(A)であるアルキルスルホン酸塩99〜10質量%と,非イオン系界面活性剤(B)である脂肪族アルカノールアミド1〜90質量%」としているのに対し,引用発明では,界面活性剤についてそのような記載がない点を認定し,相違点(ア)の判断において,引用発明において採用されている帯電防止剤に代えて,引用例2記載の帯電防止剤を採用することに格別の創意工夫を要するものとはいえない旨判断したものである。そうすると,本件決定が,引用例1に脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が例示されていることを指摘した上で,引用発明における帯電防止剤は,本件発明1における界面活性剤に相当すると説示しているのは,本件発明1における界面活性剤が引用発明においても使用可能なものであることを示す趣旨と解される。
一方,甲8(実用プラスチック事典編集委員会「実用プラスチック事典材料編」株式会社産業調査会1993年初版第1刷発行)によれば,本件発明1において用いられている脂肪族アルカノールアミドは,プラスチックに対する代表的な非イオン系帯電防止剤の一種であることが認められ,引用例1に例示されているということができないとしても,使用可能なノニオン型界面活性剤に包含されるものとして認識されるものと認められる。
そうすると,引用発明における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が,本件発明1における脂肪族アルカノールアミドを包含(重複)するか否かということが,本件決定の結論に影響を及ぼすということはできない。
2 取消事由2(相違点(ア)の判断の誤り)について(1) 界面活性剤について原告は,引用例2における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物について,脂肪酸アルカノールアミドと化学構造が同じ化合物を含むことはあっても,製造時に必然的に他の化合物も含むものであるため,本件発明1の脂肪族アルカノールアミドと実質上同一の化合物であるとはいえない旨主張する。
しかし,前記1において説示したとおり,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物は,そのエチレンオキサイド単位が1又は2の場合,脂肪族アルカノールアミドと重複する(同一化合物となる)ものと認められるから,仮に原告が主張するように,引用発明における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物がその製造時に必然的に他の化合物を含むものであったとしても,そのことを理由に,引用例2における脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が本件発明1の界面活性剤に相当するとした本件決定の認定に誤りがあるということはできない。
また,引用例2(甲5)には,脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物の具体例として,「ラウロアミドEO-2」との記載がある(3頁,表2)ところ,「ラウロアミドEO-2」とは,引用例2の2頁右下欄4行〜12行の記載に照らせば,ラウリルアミドのエチレンオキシド2モル付加物(ラ22 ウリルアミドの窒素原子に結合した2つの水素原子がそれぞれ-CH CHOHに置き換わった構造の化合物),すなわち,ラウリン酸ジエタノールアミドを指すものであって,本件発明1における脂肪族アルカノールアミドの一種であるということができる。
以上によれば,引用例2に記載された脂肪酸アミドのエチレンオキサイド付加物が,本件発明1における脂肪酸アルカノールアミドに相当するものといえるとした本件決定の認定に,誤りはない。原告の主張は,採用することができない。
(2) 帯電防止剤とフィルムとの相性についてア 原告は,引用例2には熱可塑性樹脂として数多くのものが列挙されているものの,その実施例はポリエステルについて全く触れられていないから,引用例2記載の帯電防止剤がポリエステルに効果があるかどうかは不明である旨主張する。
しかし,引用例2(甲5)には,「熱可塑性樹脂には,ポリ塩化ビニル,ポリプロピレン,ポリエチレン,ポリスチレン,ABS樹脂,ポリアミド,ポリエステル,ポリアクリロニトリル,ポリ(メタ)アクリレートなどがあり成型品,成型材料,フイルム,シートまたは繊維製品に適用できる。」(2頁5行〜10行)との記載があり,その適用対象となる熱可塑性樹脂として,他の樹脂と同様にポリエステルが例示されているのであって,実施例にポリエステルの記載がないとしても,引用例2の記載に接した当業者が,上記例示された熱可塑性樹脂のうち,ポリエステルについて,同等の作用効果を奏しないものと解する理由はない。原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は,本件明細書の段落【0006】を引用して,ポリエステルのなかでも,脂肪族ポリエステル,特にポリ乳酸は臨界表面張力が低く,帯電防止剤との相性の点で特殊であり,引用例2記載の帯電防止剤がポリ乳酸に対してポリスチレンに対するのと同様の効果が得られるということはできないとも主張する。
しかし,本件明細書には,臨界表面張力の低さと帯電防止剤との相性がどのように関連するかについて具体的な説明はない一方,引用例1(甲4)は,脂肪族ポリエステルフィルムの帯電防止に関して,ポリ乳酸と他の脂肪族ポリエステルを同列に扱っており,特にポリ乳酸のみが,帯電防止剤の選択において他の樹脂と異なる考慮が必要であるとの特段の事情も見当たらない。この点に照らせば,原告の上記主張は採用することができない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について原告は,本件発明1は,アルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドを各々単独で使用した場合よりも,ヘーズ(透明性)が良好になっており,このことは予測される以上の作用効果である旨主張する。
(1) 本件明細書(甲9添付の全文訂正明細書)には,「以下,本発明を実施例により説明するが,本発明は下記実施例により制限されるものでない。各検査項目の測定方法及び評価は,下記の方法により行った。……(4)ヘーズ JIS-K7105に準じて測定した。本発明においては,10以下を合格とした。」(段落【0024】〜【0025】)との記載があり,また,界面活性剤として,「A-1:アルキルスルホン酸塩(三洋化成社製 ケミスタット3033N)」及び「B-1:ヤシ脂肪酸ジエタノールアミド(三洋化成社製 ケミスタット2500)」を併用(塗布量:0.01/m )した逐2次二軸延伸フィルムである実施例1(A-1:80質量%,B-1:20質量%),実施例4(A-1:99質量%,B-1:1質量%),実施例5(A-1:10質量%,B-1:90質量%)のヘーズが,それぞれ4.0%,3.5%,4.5%,界面活性剤として,「A-1:アルキルスルホン酸塩(三洋化成社製 ケミスタット3033N)」又は「B-1:ヤシ脂肪酸ジエタノールアミド(三洋化成社製ケミスタット2500)」を単独使用(塗布量:0.01/m )した逐次二軸延伸フィルムである比較例1(A2-1:0質量%,B-1:100質量%),比較例2(A-1:100質量%,B-1:0質量%)のヘーズが,それぞれ4.8%,11.0%であることなど(【表1】)が,記載されている。
上記【表1】の記載によれば,本件発明1の実施例が,ヘーズ(透明性)について,原告の主張するような傾向を示すことがうかがわれないではない。
しかし,本件発明1において使用する「アルキルスルホン酸塩」,「脂肪族アルカノールアミド」は,実施例に用いられた「アルキルスルホン酸塩(三洋化成社製 ケミスタット3033N)」,「ヤシ脂肪酸ジエタノールアミド」に限定されているものではなく,また,段落【0024】〜【0025】の上記記載ではヘーズが10以下であれば合格とされていることに鑑みると,必ずしも,本件明細書の記載から,本件発明1の全範囲について,アルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドを併用することにより,ヘーズ(透明性)の点で,原告が主張する作用効果を奏するものとは認められない。
(2) ちなみに,引用例1(甲4)の第1表によれば,「少なくとも片面に界面活性剤層を有するポリ乳酸系二軸延伸フィルムであって,界面活性剤層を有し,帯電防止性に優れたポリ乳酸系二軸延伸フィルム」として,ヘイズ(ヘーズ)が1%未満のもの(実施例1-1,1-3,1-4,1-5,1-6,1-7)が具体的に記載され,これらのフィルムのヘーズは,本件発明1において合格とされる10%以下であり,しかも実施例1〜6のいずれの値よりも小さいことが認められる。
また,引用例2(甲5)の表2の「防電性」(帯電防止性)の欄をみると,アルキルスルホン酸塩である「AS」単独使用の場合(No.16)には,8.6×10 Ω(1日後),2.8×10 Ω(5日後)であり,脂肪族11 11アルカノールアミドである「ラウロアミドEO-2」単独使用の場合(No.20)には,5.6×10 Ω(1日後),9.6×10 Ω(5日後)で14 12あるのに対し,「AS」と「ラウロアミドEO-2」併用の場合(No.12)には,5.6×10 Ω(1日後),7.3×10 Ω(5日後)となっ10 9ており,併用の場合には,活性剤の合計使用量が単独使用の場合の半分以下でも,優れた帯電防止効果を達成でき,かつ,透明性の点でも問題がないことが理解できる。そうすると,引用例2の表2には,「AS」と「ラウロアミドEO-2」を併用した場合には,それぞれ単独使用した場合に比べて,帯電防止効果と透明性を総合的にみて優れたフィルムが得られることが示されているというべきである。
上記引用例1,2が記載,示唆するところに照らしても,本件発明1において,アルキルスルホン酸塩と脂肪族アルカノールアミドを併用することにより奏する作用効果が,当業者が予測することができる範囲を超えた,格別顕著なものということはできない。
(3) 原告は,@引用発明と本件発明1とでは,もともとのフィルムの透明性が異なるので,ヘーズ値の単純な比較はできない,A引用例2(甲5)の表2に示されたデータをみると,No.16(「AS」の単独使用の例)とNo.20(「ラウロアミドEO-2」の単独使用の例)は,いずれも活性剤の使用量が「1.0部」であるのに対し,No.12(「AS」と「ラウロアミドEO-2」を併用した例)では,両者の合計が「0.4部」であり,単独の場合の半分以下の使用量となっているものの,活性剤の使用量が透明性に大きな影響を与えることを考慮すれば,使用量の少ないNo.12が透明性に優れるのは当然であり,このデータによって,「AS」と「ラウロアミドEO-2」の併用により透明性が良好になることは示唆されていない,と主張する。
しかし,本件発明1の全範囲について,原告主張の作用効果を認めることができるわけではないことは,前記(1)のとおりである。また,作用効果の顕著性の有無は,進歩性判断に当たり,発明の目的に照らして総合的に判断すべきものであるところ,本件発明1において,帯電防止剤を配合する第一の目的は帯電防止性であるから,この点をも合わせ考慮すると,透明性に関する作用効果のみを採り上げて,本件発明1の作用効果を顕著なものと認めることはできない。
(4) 上記によれば,本件発明1の顕著な作用効果をいう原告の主張は,採用することができない。
4 本件発明2について本件発明2は,ポリ乳酸系二軸延伸フィルムの製造方法に関するものであるが,本件発明2と引用発明との相違点として,本件発明1と引用発明との相違点としてすでに検討したところ以外に,格別のものがあるとは認められない。
したがって,本件発明1に関して説示したのと同様の理由により,本件発明2に関しても,引用発明及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする本件決定の判断に誤りはないというべきである(なお,原告は,本件発明2に関して,具体的な取消事由を主張していない。)。
5結論以上によれば,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,本件決定に,これを取り消すべき誤りがあるとは認められない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。