運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2004-604
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  相違点の認定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 17年 (行ケ) 10541号 審決取消請求事件
原告 株式会社クラレ
訴訟代理人弁理士 家入健
被告 特許庁長官中嶋 誠
指定代理人 末政清滋
同 江塚政弘
同 岡田孝博
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/05/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2004-604号事件について平成17年5月10日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「背面投写型映像表示装置」とする発明につき,平成9年2月28日,特許を出願し(以下「本願」という。請求項は全部で3項ある。),平成15年11月17日付け手続補正書による補正を行ったが,同年12月5日付けで拒絶査定を受けたため,平成16年1月8日付けで審判請求をした。
特許庁は,この審判請求を不服2004-604号事件として審理し,その過程で,原告は,平成16年2月9日付け手続補正書による手続補正をし,更に同年3月25日付け手続補正を行った。その結果,特許庁は,同日付け手続補正で補正された同年2月9日付けの手続補正を却下した上で,平成17年5月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,審決の謄本は,同月24日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲本願に係る平成15年11月17日付け手続補正書による補正後の明細書(以下「本願明細書」という。)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】レンチキュラーレンズが0.5mm以下のピッチで周期的に設けられた入射面と,上記レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に略平坦な面を持つ出射面とを有し,シート内部の上記焦点位置とは異なる領域に光吸収層が設けられたレンチキュラーレンズシートを含むスクリーンと,周期的な画素構造を有し,上記のスクリーンに1mm以下のピッチの画素からなる画像を投写する投写装置とを備えた背面投写型映像表示装置。」3 審決の理由別紙審決書の写しのとおり。要するに,本願発明は,特開平4-270333号公報(甲第5号証。以下「引用刊行物」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,引用刊行物記載の発明(以下「引用発明」という。)の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を,次のとおり認定した。
(1) 引用発明の内容レンチキュラーレンズが0.25mm程度のピッチで周期的に設けられた入光側と,上記レンチキュラーレンズの焦点付近に略平坦な出光面とを有し,出光しない非出光部に遮光部が設けられたレンチキュラーレンズを含むスクリーンと,液晶パネルのセル構造に起因する格子パターンで上記のスクリーンに1mm程度のピッチの画素からなる画像を投写する液晶プロジェクタを備えた透過型画像表示装置(2) 一致点「レンチキュラーレンズが0.5mm以下のピッチで周期的に設けられた入射面と,上記レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に略平坦な出射面とを有し,焦点位置とは異なる領域に光吸収層が設けられたレンチキュラーレンズを含むスクリーンと,周期的な画素構造で上記のスクリーンに1mm以下のピッチの画素からなる画像を投写する投写装置を備えた背面投写型映像表示装置」である点(3) 相違点本願発明においては,「光吸収層」が設けられた領域は「シート内部」であるとされているのに対し,引用発明では,「遮光部」は引用刊行物の【図4】から読み取れるように出光面上に設けられている点
原告主張の取消事由の要点
審決は,引用発明の認定を誤り(取消事由1),また,本願発明認定の誤りに基づいて進歩性の判断を誤った(取消事由2)ものであるところ,これらの誤りがいずれも結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明認定の誤り)引用刊行物には,「スクリーン上に投影される格子パターンが目立たなくなるように,1mm程度の細かさにすると,スクリーンのレンズピッチは0.25mm程度,スクリーンの厚みは0.32mm程度にしなければならない。」(【0006】段落)と記載されているが,上記記載に続いて,「しかし,前述のように,スクリーンの厚みを薄くすると,スクリーンの剛性が少なくなり,スクリーンをフラットに保持することが難しくなる。また,このように,薄いレンズシートを精度よく製造することは非常に困難である」(【0007】段落)との記載がある。この記載からすると,上記の【0006】段落の記載は,当業者が実施することが困難な例として,仮想的に記載されたものである。したがって,この記載を根拠にして,引用発明につき,レンチキュラーレンズのピッチが0.25mm程度であり,スクリーンに1mm程度のピッチの画素からなる画像を投写するものとする審決の認定は誤りである。
2 取消事由2(本願発明認定の誤りに基づく進歩性判断の誤り)(1) 焦点位置と出射面との位置関係審決は,本願発明に「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に略平坦な面を持つ出射面」との構成があることから,焦点位置はほぼ出射面にあると認定しているが,本願発明は,シート内部に光吸収層および焦点位置をともに配置したものであり,焦点位置はほぼ出射面にあるとの審決の認定は誤りである。
ア 審決は,焦点位置を「シートの厚み方向の位置」として捉えていると考えられるが,本願発明における「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置」とは,出射面側からみたシートの平面方向の位置を意味するのであり,審決の認定は誤りである。本願に係る明細書,図4及び図6によれば,本願発明において,光吸収層がシート内部に設けられた実施例が包含され,「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置」がシート内部の光吸収層の近傍に位置しており,出射面に位置していないことからすれば,本願発明における「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置」が,シートの厚み方向の位置ではなく,出射面側からみたシートの平面方向の位置を意味することは明らかである。
イ 他方で,審決は,「しかしながら,焦点位置がほぼ出射面にあり,光吸収層がシート内部にあることを示した図面は実施例として示された【図2】,【図4】,【図5】,【図6】のいずれにも記載されていない」と認定している。図4及び図6の実施例では,光吸収層がシート内部にあることは疑いの余地がないから,焦点位置はほぼ出射面にあるものではないと認定していると判断せざるを得ない。
なお,被告は,「図6に記載の実施例では,出射面19がレンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に位置することが示されているものである」と主張するが,審決の認定と矛盾するものである。
(2) 進歩性審決は,本願発明において,レンチキュラーレンズの焦点位置がほぼ出射面にあることを前提にして,相違点について,シート内部の領域に光吸収層を設けることは引用発明における「出光しない非出光部に遮光部が設けられた」構成と目的及び作用効果が同じものであり,「シート内部」に設けるか,「出光面」に設けるかは単なる設計上の相違であってその差異に格別の点はないとした上で,本願発明の進歩性を否定するが,審決の上記判断は誤りである。
ア 前記(1)のとおり,本願発明におけるレンチキュラーレンズの焦点位置がほぼ出射面にあるとの審決の認定自体に誤りがあるため,上記判断は前提において誤っている。
イ 審決は,特開昭50-136028号公報(甲第7号証)に「レンチキュラースクリーンに黒色染色によるストライプが設けられた後に塗布層が形成され,結果として本願発明の光吸収層に相当する層がシート内部に存在するプロジェクションスクリーン」が開示されているとし,同号証の第2図には,シート内部に光吸収層に相当する層が記載されている。
しかし,塗布層は,クリヤーラッカーをスプレーで均一に吹き付けることにより形成された層であり,機械的強度を向上させるものでないことは明らかであり,機械的強度の向上のためにシート内部に光吸収層に形成した本願発明の技術思想が開示されているものではない。
また,甲第7号証には,レンチキュラーレンズのピッチが開示されていない。本願発明において,レンチキュラーレンズのピッチが0.5mm以下であり,スクリーン上の画像が1mm以下のピッチの画素から構成されることは前提条件であるから,この条件下で顕著な光軸ずれに起因した縦筋状欠点の発生を防止するという本願発明の課題が同号証記載の発明では生じ得ず,本願発明を示唆するものではない。
ウ 実願昭57-54965号のマイクロフィルム(乙第2号証)には,光吸収層を「(イ)平面の所定位置に設ける態様,(ロ)凸部に設ける態様,(ハ)凹部に設ける態様」が例示されているに過ぎず,光吸収層をシート内部に設けることは記載されていない。したがって,乙第2号証に,作成の容易さによってどこに光吸収層を設けるかが選択される旨が記載されているとしても,選択の範囲にシート内部は含まれない。
エ 特開平6-273850号公報(乙第3号証)の図1に透過型投影スクリーン10内部に光吸収部13を設けた構成が記載されているが,焦点位置は,出射面12に形成されており(同号証3頁左欄47〜48行),シート内部に焦点位置を配置するものではないから,本願発明の効果(シートの厚さを入射面側のレンチキュラーレンズのピッチとは関係なく決めることができること)を奏することはできない。また,乙第3号証には,本願発明の前提条件である,スクリーン上の画像が1mm以下のピッチの画素から構成される点について開示されていない。
(3) 本願発明の作用効果本願発明は,レンチキュラーレンズのピッチが0.5mm以下であり,スクリーン上の画像が1mm以下のピッチの画素から構成される背面投写型映像表示装置において顕著な光軸ずれに起因した縦筋状欠点を,レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置,すなわちレンチキュラーレンズを透過した光線の出射する出射面を略平坦にすることによって,解消することができるという効果(以下「効果1」という。)を奏する。
また,本願発明は,シート内部に光吸収層を設けるとともに,焦点位置もシート内部に配置することによって(レンチキュラーレンズのピッチと,レンチキュラーレンズと光吸収層の距離の比が1.1〜1.25の範囲にあればよく,レンチキュラーレンズのピッチと,レンチキュラーレンズとシートの出射面の距離が1.1〜1.25の範囲にある必要はない。),シート厚さを入射面側のレンチキュラーレンズのピッチとは関係なく決めることができるので,シート厚さを十分な機械的強度が得られるように適宜設定することができるという効果(以下「効果2」という。)を奏する。
特に効果2において,本願発明は,引用発明と作用効果を異にするものであり,これを看過して進歩性を否定した審決の判断は誤りである。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(引用発明認定の誤り)について引用刊行物には,本願発明と同じく,「モアレの発生を防止」(【0005】段落)するという課題の解決手段が記載されているのであり,たとえ,「難しくなる」,「非常に困難である」としても,引用刊行物に,「レンズピッチが0.25mm程度である点,並びにスクリーンに1mm程度のピッチの画素からなる画像を投写する点」が明示的に記載されている以上,この記載に基づいて引用発明を認定することに何らの誤りはない。
2 取消事由2(本願発明認定の誤りに基づく進歩性判断の誤り)について(1) 焦点位置と出射面との位置関係ア 「焦点」は,空間の「点」を意味するから(乙第1号証。特開昭61-241741号公報),レンチキュラーレンズのほぼ「焦点」位置が出射面側からみたシートの平面方向の位置を意味するとの解釈は,技術的にみて不可解であって,原告の主張は理由がない。
本願明細書には,「出射面側には,入射面側のレンチキュラーレンズのほぼ焦点位置にレンチキュラーレンズ22が設けられている」(【0015】段落),「入射面側にはレンチキュラーレンズ17が設けられており,入射面側のレンチキュラーレンズ17のほぼ焦点位置にマイクロレンチキュラーレンズ18が設けられ」(【0025】段落)との記載がある。これらの記載及び図6によれば,「焦点位置」は,入射面側に対する出射面側の位置,すなわち光線の入射方向の位置として説明されていることが認められる。また,本願明細書(甲第1,2号証)に,「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置」が出射面側からみたシートの平面方向の位置を意味することが説明されているわけではない。したがって,本願発明における「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置」とは,シートの厚み方向の位置であると解するのが妥当である。
イ 原告の挙げる審決の記載中に,補正により削除された【図2】及び【図5】並びに【0022】段落を含んでいる点は誤記である。しかし,これらの誤記があるにしても,審決の一致点及び相違点の認定判断に誤りはなく,上記の誤記は本願発明の容易想到性の判断に何ら影響を与えるものではない。
本願明細書(甲第1号証)には,「本発明によるレンチキュラーレンズシートの他の一例の構成および光路を表した図を図6に示す。図6に示すレンチキュラーレンズシートでは,入射面側にはレンチキュラーレンズ17が設けられており,入射面側のレンチキュラーレンズ17のほぼ焦点位置にマイクロレンチキュラーレンズ18が設けられ,マイクロレンチキュラーレンズ18が設けられた部分以外の出射面19は平坦である。光吸収層20はスクリーン内部の,上記レンチキュラーレンズ17からの光線が通らない部分に設けられている。」(【0025】段落)との記載がある。
本願明細書の上記記載及び図6によれば,レンチキュラーレンズ17のほぼ焦点位置にマイクロレンチキュラーレンズ18が設けられ,同レンズ18以外の出射面19は平坦であること,光吸収層20はスクリーン内部のレンチキュラーレンズ17からの光線が通らない部分に設けられていること,が記載されている。すなわち,図6に記載の実施例では,出射面19がレンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に位置することが示されている。したがって,本願明細書の記載によれば,図4及び図6に記載の略平坦な出射面(12,19)はレンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に位置するものとしていることは明らかである。
(2) 進歩性光遮光層をどこに設けるかは,単なる設計上の相違にすぎない。
ア 前記(1)のとおり,本願発明におけるレンチキュラーレンズの焦点位置がほぼ出射面にあるとの審決の認定に誤りはない。
イ 本願発明の「水平方向に画素構造を有する投写装置を備えた映像表示装置において観察される縦縞の発生を防止するとともに,機械的強度の高いスクリーンとする」(本願明細書【0009】段落)という目的を達成する上で,光遮光層をシート内部に設けるか否か,出射面近傍に設けるかで,格別な差異はない。また,甲第7号証によれば,光遮光層をシート内部に設けることは,本願出願前既に公知であったものである。
ウ 実願昭57-54965号(実開昭58-157318号)のマイクロフィルム(乙第2号証)には,「そしてレンチキュラーレンズ板には,明室での使用時に画像のコントラストを低下させないため,即ち,外光の不要な反射を防止するために,レンチキュラーレンズ形状を設けていない面に,レンチキュラーレンズの非集光部相当箇所に光吸収性層を設ける態様としては,(イ)平面の所定位置に設ける態様,(ロ)凸部に設ける態様,(ハ)凹部に設ける態様があり,(イ)においては印刷ないし転写,(ロ)においては印刷,転写ないし塗装,(ハ)においてはワイビング塗装により設けるのが普通であり,光吸収層とレンチキュラーレンズとの位置合わせの容易さ,光吸収性層を設ける工程の容易さから(ロ)の態様が便利であるとされている。」(2頁2行〜17行)と記載されており,作成の容易さによってどこに光吸収層を設けるか選択されることが記載されている。
エ 特開平6-273850号公報(乙第3号証)の【図1】には,透過型投影スクリーン10内部に光吸収部13を設けた構成の透過型投影スクリーンが記載されている。
(3) 本願発明の作用効果原告は,シート内部に光吸収層を設けることによって,シートの厚さを入射面側のレンチキュラーレンズのピッチとは関係なく決めることができる(効果2)と主張するが,本願の請求項1には,光吸収層は「シート内部の上記焦点位置とは異なる領域」に設けられたと記載されているだけであり,上記構成により原告の主張する効果2を奏するとの記載はない。したがって,原告の主張は,本願の請求項1の記載に基づくものではなく,審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明認定の誤り)について原告は,引用刊行物の【0006】段落の記載は,当業者が実施することが困難な例として,仮想的に記載されたものであると主張する。
(1) 引用刊行物(甲第5号証)には,次の記載がある。
「【発明が解決しようとする課題】前述した液晶プロジェクタでは,液晶パネルのセル構造に起因する格子パターンがスクリーン上に投影されるので,前述したような一定のピッチで周期的構造を有するレンチキュラーレンズシートに画像を投影して観察すると,レンチキュラーレンズのサンプリング効果により,モアレを発生する可能性がある。このようなモアレの発生を防止するためには,レンチキュラーレンズのピッチが,投影された液晶パネルの格子パターンのピッチの1/4以下なるようにすることが好ましいとされている。一方,図4に示したブラックストライプ付きのレンチキュラーレンズを用いたスクリーンでは,光を30°〜40°の広い範囲に拡散し,同時にブラックストライプを形成しようとすると,入光レンズと出光面との間の距離を,レンズピッチの1.3倍程度にしなければならない。このため,スクリーン上に投影される格子パターンが目立たなくなるように,1mm程度の細かさにすると,スクリーンのレンズピッチは0.25mm程度,スクリーンの厚みは0.32mm程度にしなければならない。」(【0005】〜【0006】段落)「しかし,前述のように,スクリーンの厚みを薄くすると,スクリーンの剛性が少なくなり,スクリーンをフラットに保持することが難しくなる。また,このように,薄いレンズシートを精度よく製造することは非常に困難である。」(【0007】段落)これらの記載からすれば,モアレの発生のないレンチキュラーレンズを形成するには,液晶パネルの格子パターンを1mm程度の細かさとした場合には,レンズピッチを格子パターンのピッチの4分の1以下すなわち0.25mm程度,スクリーンの厚みをレンズピッチの1.3倍すなわち0.32mm程度としなければならないから,スクリーンの厚みが薄くなり,スクリーンの剛性が不足し,スクリーンをフラットに保持することが難しく,薄いレンズシートを精度よく製造することは,非常に困難であったと認められる。
しかし,「難しくなる」又は「非常に困難である」としても,薄いレンズシートの製造ができない旨ないしスクリーンをフラットに保持することができない旨の記載はなく,引用刊行物に「レンズピッチが0.25mm程度である点,並びにスクリーンに1mm程度のピッチの画素からなる画像を投写する点」が明示的に記載されている。
(2) 特開昭58-221833号公報(甲第6号証)には,「塗膜Cは該塗膜Cに外光の入射を吸収させ,外光の入射に起因する後方反射を防ぐことによりコントラストに優れた画像を得るためのものである」(3頁左上欄11〜14行),「レンチキュラーシートの最大厚み,即ち前記凸シリンドリカルレンズの中心点における厚みが,前記凸シリンドリカルレンズの焦点距離に略等しい厚みとされている場合には,前述の光吸収体による塗膜Cの面積が更に大きく形成され得るので,光吸収体による塗膜Cによる効果がより一層向上する。」(同左下欄16行〜右下欄4行)と記載されている。
この記載からすれば,レンチキュラーシートの最大厚みを凸シリンドリカルレンズの焦点距離に略等しい厚みとするのは,光吸収体による塗膜Cの効果を最大に高めるためであって,レンチキュラーシートの最大厚みを必ず凸シリンドリカルレンズの焦点距離に略等しい厚みとしなければならないわけではないと解されるから,上記引用発明におけるスクリーンの厚みは,必ずしも0.32mm程度と設定する必要はなく,これよりも厚みを大きくすることも可能と解される。
(3) 仮に,原告の主張するように引用刊行物の上記記載が「仮想的に記載されたもの」であるとすると,本願発明は,液晶パネルの格子パターンのピッチを1mm以下に,レンチキュラーレンズのピッチを0.5mm以下にし,焦点位置はほぼ出射面に存在するものであるから,本願発明においても引用発明と同様の問題点が生ずることになる。
(4) したがって,引用刊行物の上記記載を「仮想的に記載されたもの」ということはできず,審決がこの記載に基づいて引用発明をレンチキュラーレンズのピッチが0.25mm程度であり,スクリーンに1mm程度のピッチの画素からなる画像を投写するものと認定したことに誤りはない。
2 取消事由2(本願発明認定の誤りに基づく進歩性判断の誤り)について(1) 焦点位置と出射面との位置関係原告は,本願発明における「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置」とは,出射面側からみたシートの平面方向の位置を意味するのであり,焦点位置を「シートの厚み方向の位置」として捉えている審決の認定は誤りであると主張する。
ア 特開昭61-241741号公報(乙第1号証)には,「第5図(断面図)に示すように観視面側からの不要光によりスクリーン上のコントラスト低下を押える意味で黒色塗料等を塗布したストライプ1,2,3を設こす。
このストライプの幅が広いほどコントラストは,向上するため,光のけられ012 012 を最小とするように各レンズL' ,L' ,L'の焦点位置F' ,F' ,F'をスクリーン観視面と一致させる。この時レンズ厚t' ,t' ,t' と焦点012距離?' ,?' ,?' は一致する。」(3頁左下欄10〜19行)と記載さF0 F1 F2れ,第5図にも図示されている。上記公報は本願発明と技術分野を共通にする発明についてのものであり,上記記載においては,「焦点」が空間における「点」を意味するものであることを前提にして,「焦点位置」という文言がシートの厚み方向の位置を表すものとして用いられている。
また,本願明細書(甲第1,2号証)には,次の記載がある。
「図7に示すように,従来のレンチキュラーレンズシートの入射面側には,水平方向に周期的な構造を有する,複数の連続したレンチキュラーレンズ21が形成されており,出射面側には,入射面側のレンチキュラーレンズのほぼ焦点位置にレンチキュラーレンズ22が設けられている。なお,非焦点位置には光吸収層23が設けられている。このようなレンチキュラーレンズシートに,入射面側から投射された光線(図中に,「a」として示す。)は入射面側のレンチキュラーレンズ21で集光され(光線b),出射面側のレンチキュラーレンズ22に達する。この光線は出射面側のレンチキュラーレンズ22を通り水平方向に拡散されて出射される(光線d)。」(【0015】段落)「本発明によるレンチキュラーレンズシートの他の一例の構成および光路を表した図を図6に示す。図6に示すレンチキュラーレンズシートでは,入射面側にはレンチキュラーレンズ17が設けられており,入射面側のレンチキュラーレンズ17のほぼ焦点位置にマイクロレンチキュラーレンズ18が設けられ,マイクロレンチキュラーレンズ18が設けられた部分以外の出射面19は平坦である。光吸収層20はスクリーン内部の,上記レンチキュラーレンズ17からの光線が通らない部分に設けられている。」(【0025】段落)これらの記載において,「焦点位置」は,入射面側に対する出射面側の位置,すなわち光線の入射方向の位置として説明されていることが認められる。
さらに,本願明細書において,本願発明における「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置」の意味を,出射面側からみたシートの平面方向の位置の意味に解すべきことが説明されているわけではない。
したがって,本願発明における「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置」とは,シートの厚み方向の位置であると解される。
イ 焦点位置と出射面との位置関係について,図4及び図6には,レンチキュラーレンズの焦点位置が,出射面に位置せず,シート内部に位置することが示されている。
しかし,本願明細書(甲第1号証)には,「本発明によるレンチキュラーレンズシートの他の一例の構成および光路を表した図を図6に示す。図6に示すレンチキュラーレンズシートでは,入射面側にはレンチキュラーレンズ17が設けられており,入射面側のレンチキュラーレンズ17のほぼ焦点位置にマイクロレンチキュラーレンズ18が設けられ,マイクロレンチキュラーレンズ18が設けられた部分以外の出射面19は平坦である。光吸収層20はスクリーン内部の,上記レンチキュラーレンズ17からの光線が通らない部分に設けられている。」(【0025】段落)との記載がある。
上記記載及び図6によれば,レンチキュラーレンズ17のほぼ焦点位置にマイクロレンチキュラーレンズ18が設けられていること,マイクロレンチキュラーレンズ18が設けられた部分以外の出射面19は平坦であること,光吸収層20はスクリーン内部のレンチキュラーレンズ17からの光線が通らない部分に設けられていることが,それぞれ認められる。したがって,図6記載の実施例では,マイクロレンチキュラーレンズ18が設けられた部分を含む出射面19がレンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に位置することが記載されていると解されるのであって,本願明細書の記載によれば,図4及び図6に記載の略平坦な出射面(12,19)はレンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に位置するものであることは明らかである。
審決に「しかしながら,焦点位置がほぼ出射面にあり,光吸収層がシート内部にあることを示した図面は実施例として示された【図2】,【図4】,【図5】,【図6】のいずれに記載されていない。そして,光吸収層をシート内部に設けることに関する記載は【図4】と【図6】に示された実施例に関連して【0022】段落,【0025】段落にあるが,いずれも「レンチキュラーレンズからの光線が通らない部分に設けられている。」との記載があるところ,このうち,補正により削除された図2及び図5並びに【0022】段落を含んでいる点は誤記であると認められる。しかし,これらの誤記があるとしても,図4及びと図6並びに【0025】段落の記載から,上記のとおり判断される以上,レンチキュラーレンズの焦点位置が出射面に位置するとの審決の認定に誤りはない。
なお,原告は,「図6に記載の実施例では,出射面19がレンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に位置することが示されているものである」との被告の主張は,審決の認定と矛盾すると主張する。
しかし,焦点位置と出射面との位置関係に関し,本願明細書【0025】段落における上記の記載と図6とが齟齬しないのであれば,図6に描かれた出射面19の位置が「ほぼ焦点位置」となるはずであり,被告の主張はこの点を指摘したにすぎず,審決の前記認定と矛盾するものでないことは,明らかである。
ウ 以上のとおり,「本願発明は,『レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に略平坦な面を持つ出射面』との構成があることから,焦点位置はほぼ出射面にあることは明らかである。」とした審決の認定は,「ほぼ出射面」という幅のある表現を用いているものの,「焦点位置」と「出射面」との位置関係について,本願発明の「ほぼ焦点位置に略平坦な面を持つ出射面」という構成を「焦点位置はほぼ出射面にある」と言い換えたものということが可能であり,誤りということはできない。
(2) 進歩性原告は,光遮光層をどこに設けるかは単なる設計上の相違にすぎないとした審決の判断は,誤りであると主張する。
ア 原告は,本願発明におけるレンチキュラーレンズの焦点位置がほぼ出射面にあるとの審決の認定自体が誤りであることを理由として審決の上記判断を誤りと主張するが,前記(1)のとおり,本願発明におけるレンチキュラーレンズの焦点位置がほぼ出射面にあるとの審決の認定に誤りはないから,原告の同主張は前提を欠く。
イ 原告は,特開昭50-136028号公報(甲第7号証)に,シート内部に光吸収層に相当する層が設けられているとしても,機械的強度を向上させるものでなく,レンチキュラーレンズのピッチが開示されていないとして,本願発明の技術思想が開示されていないと主張する。
しかし,審決において,甲第7号証は,本願発明の光吸収層に相当する層がシート内部に設けられたプロジェクションスクリーンが本願出願前既に公知であったことの根拠として示されているにすぎず,同号証に本願発明の技術思想が開示されているか否かは問題とならないから,原告の主張は失当である。
ウ 原告は,実願昭57-54965号のマイクロフィルム(乙第2号証)に,作成の容易さによってどこに光吸収層を設けるかが選択される旨が記載されているとしても,選択の範囲にシート内部は含まれないと主張する。
乙第2号証には,「そしてレンチキュラーレンズ板には,明室での使用時に画像のコントラストを低下させないため,即ち,外光の不要な反射を防止するために,レンチキュラーレンズ形状を設けていない面に,レンチキュラーレンズの非集光部相当箇所に光吸収性層を設ける態様としては,(イ)平面の所定位置に設ける態様,(ロ)凸部に設ける態様,(ハ)凹部に設ける態様があり,(イ)においては印刷ないし転写,(ロ)においては印刷,転写ないし塗装,(ハ)においてはワイビング塗装により設けるのが普通であり,光吸収層とレンチキュラーレンズとの位置合わせの容易さ,光吸収性層を設ける工程の容易さから(ロ)の態様が便利であるとされている。」(2頁2〜17行)と記載されている。この記載は,光吸収層をどこに設けるかは,作成の容易さによって選択され得るとの趣旨であるところ,光吸収層を設ける位置として,シートの内部を排除していない。また,前記イのとおり,乙第2号証に係る考案の出願前に,本願発明の光吸収層に相当する層がシート内部に設けられたプロジェクションスクリーンが公知であったことも考慮すれば,乙第2号証には,光吸収層を設ける位置として,シート内部を含めた中から作成の容易さによって選択されることが開示されているということができ,原告の主張を採用することはできない。
エ 原告は,特開平6-273850号公報(乙第3号証)の図1に透過型投影スクリーン10内部に光吸収部13を設けた構成が記載されているが,この構成における焦点位置は,出射面12に形成され,シート内部に配置されていないから,本願発明の効果2を奏することはできないし,乙第3号証には,本願発明の前提条件(スクリーン上の画像が1mm以下のピッチの画素から構成される点)について開示されていないと主張する。
本願発明の「ほぼ焦点位置に略平坦な面を持つ出射面」という構成は,「焦点位置はほぼ出射面にある」との意味であることは,前記(1)記載のとおりである。「ほぼ出射面」には,シートの内部も含まれるが,シートの内部のみに限定することはできず,焦点位置が必ずシート内部にあることを前提にした原告の上記主張は,前提において誤りである。
乙第3号証は,透過型投影スクリーン10内部に光吸収部13を設けた構成の透過型投影スクリーンが記載されていることの証拠であって,スクリーン上の画像が1mm以下のピッチの画素から構成される点が開示されていなくても,上記認定を左右するものではない。
オ 本願明細書(甲第1,2号証)には,「出射面側における,入射面側レンズからの光が集光されない部分には光吸収層23が形成されている。」(【0003】段落)と記載されており,「光吸収層」は入射面側レンズからの光が集光されない部分に形成されるべきものではあるが,必ず出射面に形成しなければならないものではなく,シート内部に形成してもよいことは,甲第7号証及び乙第3号証における前記の記載からも明らかである。そうすると,本願発明の「水平方向に画素構造を有する投写装置を備えた映像表示装置において観察される縦縞の発生を防止するとともに,機械的強度の高いスクリーンとする」(【0009】段落)という目的を達成する上で,「光吸収層」の形成位置により作用効果が異なるとは認められず,「光吸収層」をシート内部に設けるか,出射面近傍に設けるかで格別な差異はなく,シート内部に設けるか出射面に設けるかは,当業者が適宜設計変更し得るものというべきである。
(3) 本願発明の作用効果原告は,本願発明は,レンチキュラーレンズのピッチが0.5mm以下であり,スクリーン上の画像が1mm以下のピッチの画素から構成される背面投写型映像表示装置において顕著な光軸ずれに起因した縦筋状欠点を,レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置,すなわちレンチキュラーレンズを透過した光線の出射する出射面を略平坦にすることによって,解消することができるという効果(効果1)を奏すると主張する。しかしながら,引用発明も同様の構成を有しているものであるから,原告の主張する上記効果(効果1)は,引用発明においても奏されているというべきである。原告の主張は採用できない。
また,原告は,本願発明は,シート内部に光吸収層を設けるとともに,焦点位置もシート内部に配置することによって(レンチキュラーレンズのピッチと,レンチキュラーレンズと光吸収層の距離の比が1.1〜1.25の範囲にあればよく,レンチキュラーレンズのピッチと,レンチキュラーレンズとシートの出射面の距離が1.1〜1.25の範囲にある必要はない。),シート厚さを入射面側のレンチキュラーレンズのピッチとは関係なく決めることができるので,シート厚さを十分な機械的強度が得られるように適宜設定することができるという効果(効果2)を奏すると主張する。
しかしながら,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1には,光吸収層が「シート内部の上記焦点位置とは異なる領域」に設けられることが記載されているだけあって,焦点位置をシート内部に配置することは記載されていない。また,そもそも,本願発明は,「レンチキュラーレンズのほぼ焦点位置に略平坦な面を持つ出射面」との構成を有するものであって,焦点位置がほぼ出射面にあるものであることは,前述のとおりである。原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,採用できない。
3結論以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りも認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二
裁判官 嶋末和秀