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関連審決 審判1999-35339
関連ワード 冒認出願(冒認) /  特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  協議 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  方法の発明 /  共同開発 /  共同発明 /  公然実施(29条1項2号) /  発明の詳細な説明 /  技術情報 /  共同出願 /  共有 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  共同発明者 /  実施権 /  通常実施権 /  設定登録 /  共同出願人 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 418号 審決取消請求事件
原告 アークテクノ株式会社
訴訟代理人弁護士 増田利昭
同補佐人 弁理士 瀬谷徹
被告 大日本塗料株式会社
訴訟代理人弁護士 中村稔
同 熊倉禎男
同 辻居幸一
同 飯田圭
同 渡辺光
同 弁理士 浅井賢治
同復代理人弁護士 竹内麻子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成11年審判第35339号事件について平成12年9月12日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明者を被告の従業員であったA,B,C及びD(以下,それぞれ「A」,「B」,「C」,「D」といい,この4名を「本件発明者ら」という。)とし,出願人を被告として,昭和62年8月24日に特許出願(以下「本件特許出願」という。)され,平成3年12月20日に設定登録された,名称を「溶射被膜の形成方法」とする特許第1628133号発明(以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成11年7月5日,本件特許につき無効審判を請求した。特許庁は,同請求を平成11年審判第35339号事件として審理し,平成12年9月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年10月4日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨 亜鉛線材,アルミニウム線材,及びこれらの合金線材からなる群から選ばれた線材の2本を,減圧内アーク溶射方法により同時に基材上に溶射し,Zn/Al=90/10〜50/50(重量比)の亜鉛・アルミニウム被膜を得ることを特徴とする溶射被膜の形成方法。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,@本件明細書の特許請求の範囲第1項及び第2項に係る発明の発明者は,本件発明者らではなく,請求人(注,原告)の代表者であるEであるところ,被請求人(注,被告)はEから上記発明について特許を受ける権利承継することなく,本件特許出願をして本件特許を受けたものであるから,上記発明の特許は特許法123条1項6号に該当し,その特許は無効にされるべきである旨の請求人の主張に対し,A特許請求の範囲第2項に係る発明は,同第1項に係る発明(本件発明)の実施態様であるから,その特許に関する請求人の主張は失当であり,これについては判断する必要を認めない(審決謄本6頁「5.当審の判断」の項の第1,第2段落),B本件発明については,甲1〜5号証(注,本訴における甲1〜5)からは,Eがその真正の発明者であるとすることはできないから,Eが本件発明の真正の発明者であることを前提とする請求人の主張は採用することができない(同8頁の「(6) まとめ」の項)と判断して,請求人の主張する理由及び提出した証拠によっては,本件発明の特許を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,本件特許が特許法123条1項6号に該当するとするには,まず,本件発明をEが発明したことが立証されなければならないが,甲1〜5からは,Eが本件発明の真正な発明者であるとすることはできないとした。その理由の要旨は,@三菱商事株式会社〔以下「三菱商事」という。〕高機能化学品部塗料関連企業チームリーダーF作成の昭和59年12月12日付け書簡(甲1,以下「甲1書簡」という。)からは,Eが被告の横浜工場を訪問したこと及び同人が代表取締役をしている株式会社パンアートクラフト(以下「パンアートクラフト社」という。)が常温溶射に関する技術を保有していることを読み取ることはできるが,甲1書簡は,Eが本件発明を発明したことを立証するに足りるものではない,Aパンアートクラフト社,三菱商事及び被告の三者間で締結された昭和60年(月日記入なし)付けの「業務提携協定書」(甲2,以下「甲2協定書」という。)によれば,パンアートクラフト社が開発した減圧内アーク溶融溶射技術による「塗装・被覆方法の防錆・防蝕技術分野及びその他の塗料関連分野における応用利用方法の研究開発並びにその商品化及び販売方法の確立による事業展開を目的とした業務提携関係の設定」に関して,パンアートクラフト社,三菱商事及び被告の三者が業務提携協定(以下「甲2協定」という。)を締結した事実は認められるが,減圧内アーク溶融溶射技術がEが開発(発明)したものか否かは不明であり,また,仮にEがそれを開発したとしても,その開発した「減圧内アーク溶融溶射技術」が本件発明と同一の構成を有するものであるかも不明である,BG作成の平成11年5月16日付け書簡及びこれに添付された同人作成の「証言 E氏と大日本塗料並びに三菱商事の関係経緯」と題する文書(甲3,以下まとめて「甲3書簡」という。)には,Eの溶射技術が従来技術とはことごとく異なり,特に,高温でなく常温に近い温度で溶射できる点及び亜鉛とアルミのワイヤーを同時に一つのガンで溶射できる点で異なることについての記述があるが,本件発明は,「装置」の発明ではなく,「方法」の発明であって,亜鉛線材,アルミニウム線材の2本を使用して,「減圧内アーク溶射方法により同時に基材上に溶射し,Zn/Al=90/10〜50/50(重量比)の亜鉛・アルミニウム被膜を得る」点を構成要件としているところ,仮に,Eが,上記のとおり,常温に近い温度で溶射することができ,亜鉛とアルミのワイヤーを同時に一つのガンで照射することのできる装置を開発していたとしても,そのような装置は本件方法の発明実施するのに必要な装置であるとはいえるが,そのような装置をEが発明したからといって,同人が本件発明である方法の発明を発明したと認めることはできない,C甲3及びH作成の平成11年5月25日付け「証明書」と題する書面(甲4,以下「甲4証明書」という。)には,Eが本件発明を発明した旨の記述があるが,それらは請求人(原告)が証明すべき「Eが本件発明を発明した」という事実について,単に「その事実がある」と記述しているにすぎず,このような記述からは,Eが本件発明を発明したという事実を認めることはできない,D特開昭64-52051号公報(甲5,注,本件特許に係る出願の公開公報)もEが本件発明を発明したことを立証するに足りるものでない,というものである。
しかしながら,審決の上記認定判断は,以下の2のとおり,誤りである。
2 取消事由(冒認出願についての事実誤認) (1) そもそも甲2協定は,パンアートクラフト社の減圧内アーク溶射技術を防錆・防蝕分野へ応用し,製品化するための業務提携であり,本件特許は,その実施例に示されるように,パンアートクラフト社の製造,販売に係る減圧内アーク溶射装置を使用することが前提となっている。そして,甲2協定に基づいて被告従業員らがたびたびパンアートクラフト社を訪れ,研究開発の成果,資料等の提示を受けていたことは,関係各証拠から明らかである。そうすると,パンアートクラフト社,特にその代表者で長年溶射技術の研究開発に従事していたEが,減圧内アーク溶射装置を使用して亜鉛とアルミニウムの同時溶射をするという本件発明と同一内容の方法を,甲2協定による業務提携の開始前に発明していたことは,十分に推認可能なものである。
(2) 冒認出願に関する事実経過の主張 ア Eは,昭和52年に,減圧内アーク溶射機の初期モデルの開発に成功した。さらに,昭和55年から昭和59年にかけて,同人の設立したパンアートクラフト社において,溶射技術によって金型を作成する「マッハモールド溶射金型製作法」を開発し,これを実施する装置を販売した。昭和60年には,パンアートクラフト社が,同社の減圧内アーク溶射機「PA-120」の販売に関して,東洋紡エンジニアリング株式会社(以下「東洋紡エンジニアリング」という。)との間で同年8月31日付け総代理店契約(甲6)を締結した。
イ Eは,昭和50年代半ばまでに,減圧内アーク溶射装置による亜鉛とアルミニウムの同時溶射の技術を発明しており,これによって基材表面に形成される亜鉛とアルミニウムの擬合金被膜を「アルジン」と命名した。昭和56年3月10日東洋総研作成の「試作型・少量生産型の製造方案と採用によるコスト低減・工期短縮事例研究会」と題する冊子(甲16)には,「アルジン」,「Al,Zn」の溶射例が記載されており,その当時から既に,溶射材としての「アルジン」の使用が現実に行われていたことが分かる。また,当時,パンアートクラフト社が扱っていた,簡易金型製作法の低温溶射装置「マッハモールド」(ないしメタルクラフトガン)の資料(甲19〜24)からも,当時既に,亜鉛とアルミニウムの同時溶射が行われていたことが分かる。
ウ 甲2協定の経緯 昭和50年代半ばの減圧内アーク溶射装置による亜鉛-アルミニウム擬合金被膜形成技術の開発により,パンアートクラフト社は,昭和50年代末ころから,上記技術を効果的に販売していくための営業力を持つ取引先を探すようになった。その一つが三菱商事,もう一つが東洋紡エンジニアリングであった。三菱商事に対しては,昭和58年ころから接触を始め,同社との業務提携の話が進んでいき,その過程で,三菱グループの重防食分野を担当していた被告も業務提携に加わることになり,昭和60年5月10日,甲2協定が成立した。
エ Eの発明 Eは,昭和60年時点において,亜鉛線材とアルミニウム線材を,減圧内アーク溶射法により同時に基材表面に溶射し,亜鉛とアルミニウムの擬合金被膜を得ることを特徴とする溶射被膜の形成方法の発明を完成していた。このことは,甲3書簡からも十分に読み取ることができ,また,昭和60年8月31日にPA-120型溶射装置についてパンアートクラフト社との間で総代理店契約(甲6)を締結した東洋紡エンジニアリングが,そのころパンアートクラフト社と共に作成した,「減圧内アーク溶射による重防錆防蝕被膜加工について」と題する販売用資料(甲7,以下「甲7資料」という。)の内容からも明らかである。すなわち,同資料には,「対塩害用重防錆溶射」と題し,「Zn.Al.擬似合金溶射は,減圧内アーク溶射法の最も有効な被膜加工法といえます。亜鉛,アルミニュウムのそれぞれ異なった金属ワイヤーを使用してアーク溶融すると同時に混合粒子を溶射出来ます。亜鉛を気化さすことなく,アルミニュウムも溶融し平均に混合粒子の溶射被膜加工が自由にスプレー出来ます。※アルジン溶射被膜(亜鉛アルミニュウム擬似合金溶射被膜)は,対塩害用として,大きな防錆防蝕効果が発揮されます。アルミニュウム被膜と異なり封孔処理の必要がなく,加工及びコスト面で最も有効な溶射被膜加工といえます」(3頁)との記載とともに,アルジンの溶射被膜厚みが100μ,150μ,200μの場合にそれぞれ平均耐用年数が10年,15年,20年であることを示す表(同頁)が掲載されている。さらに,昭和61年に作成された東洋紡エンジニアリングの「防錆防蝕用・減圧内アーク溶射機PA-120」と題するパンフレット(甲8,以下「甲8パンフレット」という。)には,「使用ワイヤーは1.1mmφ,亜鉛,アルミニウムを使用します」,「下回りには,100μ亜鉛,アルミニウムの擬似合金被膜をスプレーすることで,海岸,冷寒地域の塩害腐食を10年間完全に防止できます」と記載されており,これらの記載から,当時既に,防錆防蝕用,特に塩害腐食の防止のために,亜鉛線材(直径1.1mm)とアルミニウム線材(直径1.1mm)を使用して,亜鉛及びアルミニウムを同時溶射する技術が開発されていたことは明らかである。記載された亜鉛及びアルミニウム線材の直径(いずれも1.1mm)に基づいて計算すると,溶射被膜における亜鉛とアルミニウムの質量比は約73:27となり,本件発明と重複する。なお,甲8パンフレットは,昭和61年に作成されたものであり,この点については,稲垣尚美堂の受注台帳(甲9)に,昭和61年11月17日に東洋紡エンジニアリングから「PA-120パンフ」2000部のパンフレットを受注したことが記載されている。
オ 甲2協定に基づくパンアートクラフト社から被告に対する本件発明に関する資料の提供 パンアートクラフト社は,被告が甲2協定の4条に基づいて担当する研究開発等に関して,同協定5条に従い,以下のように技術・ノウハウ,各種試験の結果等を被告に提供した。
(ア) 昭和61年3月 特殊亜鉛線材と通常亜鉛線材のマッハモールド溶射試験をパンアートクラフト社において実施し,その結果を被告に提供した(甲10)。
(イ) 同年7月 パンアートクラフト社において,減圧内アーク溶射機「PA-600」による溶射実験を実施し,その結果を被告に提供した(甲11,12)。
なお,甲12(D及びB作成の昭和61年7月14日付け「株式会社パンアートクラフト御中,低温溶射機PA600実験計画」と題する文書)の1枚目には,「〔2〕低温溶射の能力とガス溶射に対する優位性の確認」と題する項目の中に,「(6) 亜鉛-アルミニウムの擬合金溶射膜の評価をする」との記載があり,パンアートクラフト社において「亜鉛とアルミニウムの同時溶射」実験を行うことが明記されている。
(ウ) 同年9月 パンアートクラフト社において,溶射用プライマー塗布板への減圧内アーク溶射装置による溶射実験を行い,その結果を被告に提供した(甲13,14)。
甲14(被告中央研究所B作成のパンアートクラフト社宛て「溶射用プライマー塗布材送付の件」と題する昭和61年9月20日付け書面)には,各種溶射用プライマー塗布板への溶射の依頼とともに,「プライマー溶射板は26枚ありますが,全て,亜鉛-アルミニウムの1.1mm線材の疑合金で約150μの溶射膜厚にしてください」と記載されている。
(エ) 同年10月 同年10月7日,パンアートクラフト社からE,被告側から被告中央研究所のBらが出席して被告の東京支店で行われた打合せにおいて,Eは被告に対し,亜鉛-アルミニウムの減圧内アーク溶射について情報を提供した(甲15)。
甲15(被告中央研究所B作成の「出張報告 低温溶射用プライマーの電磁波シールドへの展開について」と題する昭和61年10月13日付け文書)には,被告側から「耐食性は亜鉛溶射膜よりも亜鉛-アルミ疑合金の方が良好な結果であるが,亜鉛から一部アルミにすると,コスト的に高くならないか」との質問が出されたのに対し,Eが,「同一体積では亜鉛とアルミのコスト差は殆どない,同一膜厚ではコスト差はない」旨回答をしたことが記されている。
(オ) 以上のことから,甲2協定による業務提携に基づき,パンアートクラフト社側から,被告に対して,亜鉛とアルミニウムの同時溶射に関する各種実験結果が提供されていたことが分かる。
カ 被告による冒認出願 被告は,昭和62年8月24日,減圧内アーク溶射技術による亜鉛とアルミニウムの同時溶射による亜鉛-アルミニウム擬合金被膜の形成方法を,被告の従業員である本件発明者らがした発明であると偽って,本件特許出願を行った。しかし,上記の方法は,そもそもEが発明し,その溶射装置によって実用化段階にあったものであり,被告は甲2協定に基づいて亜鉛とアルミニウムの同時溶射技術について様々な実験結果をパンアートクラフト社から入手したことを利用し,被告側で実験して発明した発明であるかのように装って,本件特許出願をしたものである。
キ 仮に,甲2協定に基づいて実施された各種実験結果により,本件発明に係る「亜鉛とアルミニウムの同時溶射」技術が発明として完成したものとしても,その発明は,甲2協定に基づく共同開発により完成されたものであるから,本来,被告が単独で出願できる性質のものではなく,共同発明者であるE(もしくはパンアートクラフト社)との共同出願(特許法38条)とされるべきものであった。したがって,その点においても,被告による本件特許出願は,冒認出願というべきである。
(3) 被告の主張に対して ア 被告は,本件発明は,被告が行った実験に基づく検討,評価の結果,減圧内アーク溶射法により形成される特定の範囲の亜鉛-アルミニウム擬合金被膜が,従来技術における美観やコストの問題を解決し,他の溶射被膜に比べて高い防錆防蝕性を有するとの知見を得たことに基づき発明したものであると主張する。しかしながら,本件発明の特許請求の範囲に記載された亜鉛とアルミニウムの重量比のうちの一部(例えば,Zn/AL=90/10の部分)は実施不可能である。本件発明のうち,実施可能な部分は,昭和50年代に既にパンアートクラフト社によって実施されていた。したがって,当時実施されていた亜鉛とアルミニウムの同時溶射の技術と本件発明とは,何ら変わるところがなく,本件発明は,本件発明者らが発明したものではない。
イ 被告は,昭和62年6月ころまでに被告において独自に実験したところ,亜鉛とアルミニウムの同時溶射に高い防食性があることが判明したと主張し,4900時間の塩水噴霧試験を行った結果を示すという同月28日付け確認印のある乙40-1を提出している。しかし,この日付けから逆算すると,塩水噴霧試験の試験開始は昭和61年12月ということになるが,その当時,被告は,減圧内アーク溶射装置を保有していなかった(被告の購入したPA-600は,当時,三菱重工広島工場に設置されており,また,被告が小型の減圧内アーク溶射装置PA-100を購入したのは昭和62年2月であると被告自身主張している。)から,被告独自に減圧内アーク溶射実験を行い,塩水噴霧試験等の試験を行ったということは,事実としてあり得ない。
ウ 以上のとおり,本件発明が本件発明者らによって創作されたとする被告の主張は,事実に反する。
被告の反論
1 審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(冒認出願についての事実誤認)について (1) 本件発明は,本件発明者らが,亜鉛-アルミニウム擬合金被膜の密着性,耐食性,耐水性,屋外暴露性等について,独自に各種の測定,試験を行い,その検討,評価の結果,減圧内アーク溶射法により形成される特定の範囲の亜鉛-アルミニウム擬合金被膜が,従来技術における美観やコストの問題を解決し,他の溶射被膜に比べて高い防錆防蝕性を有するとの知見を得たことに基づき,発明したものである。Eは,本件発明の技術的思想創作行為に関与していない。
被告は,パンアートクラフト社に依頼して,亜鉛,アルミニウム,キュプロニッケル(銅-ニッケル合金),亜鉛-アルミニウム合金等の溶射を実施してもらったことがあるが,Eないしパンアートクラフト社から,従来技術の問題点の指摘やその具体的な解決手段を提示されたことはなく,また,本件発明そのものに係る研究開発の成果,資料等の提示を受けたこともない。
(2) 冒認に関する事実経過の主張について ア 被告は,甲2協定の締結前から,防錆防蝕のために金属材料に金属を溶射する技術を研究し,実際に施工もしており,同技術に関する知識,経験,ノウハウ等を有していた。これに注目した三菱商事が,被告にパンアートクラフト社のEを紹介し,被告がパンアートクラフト社の減圧内アーク溶射装置を金属材料の防錆防蝕のために転用することができるかどうかの検討及び評価をすることになった。
このような経緯で,昭和60年6月ころ,甲2協定が締結された。
イ 被告は,昭和61年2月ころ,パンアートクラフト社の減圧内アーク溶射装置PA-600を購入したが,自社内の設置場所の問題から,暫定的に同装置をパンアートクラフト社に設置してもらい,被告が実験等を行うときは,パンアートクラフト社において同装置を使用して必要な溶射を行ってもらうことにした。原告が指摘する溶射実験は,いずれも被告側で各種条件を設定し,作業手順を確定し,これをパンアートクラフト社に指示して行ったものである。その上で,被告は独自に,その溶射膜の密着性,耐食性,耐水性,屋外暴露性等の比較,検討,評価を行ったが,パンアートクラフト社に依頼して行った溶射実験からは,本件発明の完成に至るような有意な知見を得ることはできなかった。
ウ 被告は,昭和61年7月ころから,トルコ共和国第2ボスポラス橋について,防錆防蝕のために,亜鉛溶射等を施工していたが,金属溶射のためのブラスト処理面を形成することが困難であることを解決課題として,そのころ,金属溶射のための粗面形成剤の研究開発を開始した。その結果,被告の中央研究所員であったB,C及びDが粗面形成剤「ブラスノン」を開発した。ブラスノンに関する「金属溶射被膜の作製方法」の発明の特許出願(昭和62年1月16日出願)は,パンアートクラフト社の要求を容れて,同社と被告の共同出願としたが(乙7),そのころから,同社は,いまだ実用開発途上の「ブラスノン#11」等を,被告の承諾を得ることなく,同社の減圧内アーク溶射PA-120のパンフレットに掲載するなどしたため,被告は,昭和62年3月ころ,甲2協定に基づく業務提携関係を事実上棚上げすることとした。以後も,被告とパンアートクラフト社との間には,溶射板の作成を依頼する程度の関係は継続したものの,それ以上の緊密な関係はなかった。
エ 一方で,被告は,昭和61年秋ころから,被告の中央研究所において,改めて,金属材料,ブラスノン等による前処理,溶射線材,溶射条件,溶射膜厚,研磨処理,上塗り塗装等について,独自に各種の条件を設定し直し,昭和62年2月に購入したPA-100を使用して各種金属の溶射を行うなどして,その溶射膜の防錆防蝕性能等の検討,評価をし直した。その結果,同年7月ころ,一定の亜鉛及びアルミニウムの減圧内アーク溶射によって形成された亜鉛-アルミニウム擬合金溶射被膜が高い防錆防蝕性を有することが判明し,本件発明の完成に至ったものである。
オ なお,甲2協定は,昭和60年6月1日から昭和61年5月31日までを「準備期間」と定めており(3条2項),準備期間満了までに当事者間で事業化につき合意が成立しないときは,甲2協定は準備期間をもって終了するとされている(10条2項)。当事者間に事業化についての合意は成立しなかったから,甲2協定は昭和61年5月31日をもって終了している。同日以降も,被告とE及びパンアートクラフト社との間に,上記のとおり,溶射板の作成を依頼するという程度の関係は継続していたが,共同の目的の下に開発行為を分担するというような緊密な関係は存在しなかったものである。
当裁判所の判断
1 原告は,本件発明は,本件発明者らが発明したものではなく,Eが発明したものであり,本件特許の出願人である被告は,発明者であるEから本件発明についての特許を受ける権利承継していないから,本件特許には,「その特許が発明者でない者であってその発明について特許を受ける権利承継しないものの特許出願に対してされたとき」(特許法123条1項6号)の無効理由があると主張する。
なお,原告の主張中には,仮にEが本件発明の単独発明者でないとしても,同人は,本件発明の共同発明者であるから,本件特許出願は,「特許を受ける権利共有に係るときは,各共有者は,他の共有者と共同でなければ,特許出願をすることができない」と定める同法38条の規定に違反してされたものである旨の主張があるが,同法38条違反を理由とする無効理由については,審判において審理判断されておらず,原告の上記主張も,Eが本件発明の共同発明者であれば,同人に対する関係において,本件特許出願は共同発明者である者の一部から特許を受ける権利承継することなくされたものであるとの主張と解されるから,以下では,Eが本件発明の技術的思想創作において共同発明者と評価し得る貢献をしたかという点も含めて,検討することとする。
2 まず,本件発明について検討する。
(1) 本件明細書(以下,引用は本件特許公報〔甲35〕による。)の発明の詳細な説明欄には,@〔従来の技術〕として,(ア)「鋼板の表面に,亜鉛,アルミニウム,亜鉛・アルミニウム合金等,鉄より卑なる金属を溶射することにより,(溶射金属の犠牲防食作用を利用して)基材金属を腐食より保護する方法は広く用いられていた。・・・特に,亜鉛・アルミニウム合金からなる溶射被膜は,亜鉛又はアルミニウム単独の溶射被膜よりも耐食性の良好なことが知られていた。・・・しかしながら亜鉛・アルミニウム合金は,展性に乏しく,そのため線材として使用可能な合金の組成範囲は極めて限定されていた。・・・従って,現在の溶射用の線材として使用されている組成は,アルミニウムの含有率が13〜15重量%程度のものに限られていた。又,前記合金の場合には,合金化処理と,線材化処理とが必要であり,それ故経済的には不利な面があった。加うるに,前記合金を溶射しても,得られる被膜は,塩水を噴霧すると,数日内に金属光沢を失い黒変するため,使用時の美観上の問題もあった」(1欄最終段落〜2欄下から第2段落),(イ)「これらの各種問題を解決するために,二本の線材,例えば,亜鉛線とアルミニウム線を使用し,その間にアークを発生させて溶射し,亜鉛とアルミニウムとの混合した溶射被膜を得ようとする試みがなされている。その様な試みに於ては亜鉛とアルミニウムの比率を一応かなり自由に変えることができるが,アーク溶射条件としては,融点の高い方の金属(アルミニウム)に合わせる必要があり,融点の低い方の金属(亜鉛)は溶射過程で一部揮散しロスとなり,同時に,酸化反応等が進行する傾向があり,その結果,溶射線材の組成と得られた溶射被膜の組成が大きく異なるという欠点があった。また,溶射効率の低下や,作業環境の悪化をまねくという問題点も看過できないものであった」(2欄最終段落〜3欄第1段落)という従来技術の問題点が指摘され,A〔発明の目的〕として,「本発明(注,本件発明)は,前述の如き従来の溶射方法における各種問題点を解決もしくは改良することを目的とし,性能の優れた溶射被膜を,より効率よく形成する方法を提供しようとするものである」(3欄第2段落)と記載され,B〔発明の具体的内容〕として,(ア)「本発明の方法に使用される『溶射方法』は,・・・減圧内アーク溶射方法である。該溶射方法は,特公昭47-24859号及び特開昭61-167472号等に開示されている」(4欄第2段落),(イ)「本発明の方法は,前記溶射方法において亜鉛線材,アルミニウム線材及びそれらの合金線材から選ばれた2本の線材を使用し,これらを同時に基材上に溶射する方法である」(同第3段落),(ウ)「前記の如く,本発明の方法において使用される『線材』は,・・・2本の線材であり,これらを種々組合せて使用することが可能である」(同第4段落),(エ)「線材の組合せ,線材の太さ,あるいは搬線速度等を変えることにより,溶射被膜中の亜鉛とアルミニウムの比率を変えることができるが,本発明においては亜鉛とアルミニウムの比率はZn/Al=90/10〜50/50(重量比),特に好ましくは80/20〜60/40の範囲にする必要がある」(同第6段落),(オ)「前記特定範囲を越えた場合には,本発明の目的の一つである溶射被膜の防食性能が亜鉛あるいはアルミニウム単独の金属を溶射した場合と同等もしくはそれ以下に低下するので,いずれの場合も好ましくない」(同欄第7段落)と記載され,C〔発明の効果〕として,(ア)「本発明の方法によれば,従来作成の困難であった均一な亜鉛-アルミニウム擬合金被膜を容易に得ることができる。即ち,低温で溶射が可能なことから,二種の溶射線材を組合せても低融点側の金属の揮散や酸化を防ぐことが出来,しかも溶射効率や作業環境の面で従来のものに比して著しく優れており,従って経済性の面からの効果も大きい」(6欄下から第2段落),(イ)「又,本発明の方法により得られた亜鉛-アルミニウム擬合金溶射被膜を有する鋼板の防食性は,従来の亜鉛又はアルミニウム溶射鋼板のそれより格段に優れたものであった」(同欄最終段落)と記載されている。
なお,実施例としては,グリッドブラスト処理を施したSS41鋼板上に,直径1.1mmの亜鉛線材と直径1.1mmのアルミニウム線材を使用して減圧内アーク溶射装置PA-100により溶射を行い,厚さ50μm,Zn/Alの比率が72/28(重量比)の溶射被膜を得た例(実施例1),同様のSS41鋼板上に,直径1.3mmの亜鉛線材と直径1.1mmのアルミニウム線材を使用して減圧内アーク溶射装置PA-100により溶射を行い,厚さ70μm,Zn/Alの比率が79/21(重量比)の溶射被膜を得た例(実施例2),サンドブラスト処理を施した樹脂板上に,直径1.3mmの亜鉛-アルミニウム合金(アルミニウム含有量13重量%)を使用して減圧内アーク溶射装置PA-100により溶射を行い,厚さ70μm,Zn/Alの比率が60/40(重量比)の溶射被膜を得た例(実施例3)が記載され,いずれの溶射被膜も優れた密着性及び3000時間の塩水噴霧試験において優れた耐久性を示したとされている。
(2) 本件明細書の特許請求の範囲の記載(上記第2の2参照)及び発明の詳細な説明欄に記載された上記の内容に照らすと,本件発明は,@線材として,亜鉛線材,アルミニウム線材,亜鉛・アルミニウム合金線材の中から選ばれた線材の2本を用い,A溶射方法として,減圧内アーク溶射方法を用いて,2本の線材を基板上に同時に溶射し,B亜鉛とアルミニウムの重量比が特定の範囲(Zn/Al=90/10〜50/50)にある亜鉛-アルミニウム擬合金被膜を基板上に形成することを特徴とする溶射被膜の形成方法であって,このようにして得た,組成が特定の範囲にあって均一な亜鉛-アルミニウム擬合金被膜によって,美観や経済性の問題を解決し,かつ,従来の金属溶射被膜よりも格段に優れた防食性能を達成することを技術的思想とするものであると認められる。
3 次に,減圧内アーク溶射に関する技術の状況,E及び同人が代表者であったパンアートクラフト社と被告との関係,本件特許の出願に至る経緯等について見ると,証拠(各項末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) パンアートクラフト社は,Eが昭和55年2月に設立した会社であり,主として金型製作用に,減圧内アーク溶射装置の製造販売を行うとともに,「マッハモールド加工」と名付けた金型製作法の普及活動等を行っていた。同社の減圧内アーク溶射装置を使用することにより,アルミニウム,亜鉛,銅等の金属もしくはそれらの合金の線材2本を,従来の溶射法よりも低い温度で材料表面に同時に溶射し,材料表面上に異種の金属の擬合金被膜を形成することが可能である。Eは,本件特許出願前に,減圧内アーク溶融溶射法及びその装置について2件の特許を出願ないし取得している。(甲18〜24,26〜28,33) (2) 被告は,塗料及び塗装に関して専門知識と経験を有する会社として,昭和40年代後半以降,亜鉛やアルミニウムの溶射と塗料塗装を併用した海上橋の防錆防蝕工事にかかわった経験があり,防錆防蝕のために,金属材料上に亜鉛,アルミニウム,アルミニウム合金等の金属を溶射する技術に関心を有していた。(乙1) (3) 昭和59年に,被告は,三菱商事から,パンアートクラフト社のEを紹介された。被告は,パンアートクラフト社の減圧内アーク溶射装置を使用した溶射技術が金属材料の防錆防蝕に有望であると考え,昭和60年5月ころ,パンアートクラフト社及び三菱商事と間で,三社間の業務提携に関する協定(甲2協定)を締結した。甲2協定書の内容は,次のとおりである。
第1条(協定の趣旨,業務提携の概要) 甲(注,パンアートクラフト社),乙(注,三菱商事)及び丙(注,被告)は,甲が開発した・・・減圧内アーク溶融溶射技術(以下本技術という)及び減圧内溶融溶射装置(以下本装置という)による溶射と丙が開発・製造する塗料とを組み合わせて併用した塗装・被覆方法(以下本システムという)についての防錆・防蝕技術分野における応用方法及び利用技術の研究開発,その普及促進方法及び商品化・販売方法等の検討並びに防錆・防蝕技術分野以外の塗料関連分野における応用利用方法の研究開発及び関連事業の展開のために相互に協力することを目的として本協定にて取り決めるところに従い,業務提携関係を設定することに合意した。
第3条(具体的な提携内容の決定) 1.本協定に基づく各当事者間の業務提携の具体的な推進方法については,第10条に規定する有効期間中にわたり都度,甲,乙及び丙が協議の上,決定する。
2.前項の規定にかかわらず,昭和60年6月1日より昭和61年5月31日を開発準備期間(以下準備期間という)とし,甲,乙及び丙は,それぞれ次条以下に規定するところに従い,業務を分担して,本システムの防錆・防蝕技術分野における応用方法及び利用技術の研究開発並びにその普及促進方法及び商品化・販売方法等の検討を行ない,本当事者間における業務提携を通じての事業化の可能性を検討し,併せて,事業化することとした場合の業務分担,取引方法等につき,必要な検討を行なう。
3.(略) 第4条(準備期間中における乙・丙の研究開発業務) 乙及び丙は,本システムを利用した防錆・防蝕技術分野における応用方法及び利用技術の研究開発並びにその普及促進方法及び商品化・販売方法等の検討を行ない,準備期間中にその結果を取りまとめた上で,その結果に基づき,甲を加えた全当事者間で業務提携を通じての事業化につき協議し,事業化することとしたときは,各当事者間における業務分担,取引方法等につき,甲を加えて必要な検討を行なう。
第5条(甲の協力義務) 1.甲は,本協定の目的に沿って丙の要請するところに従い,その所有する特許権及び実用新案権の通常実施権を丙に対し許諾し,又はその責任において,・・・E・・・の各権利者をして,これを許諾させ,併せて乙及び丙に対し,乙及び丙が前条に規定する開発業務に必要とされ,又は有用とされる関連技術のノウハウを提供し,乙及び丙の開発業務に協力する。
2.(略) 第9条(工業所有権の取扱い等) 1.本協定に基づく提携により得られた成果に基づき工業所有権の出願を行なうときは,各当事者が単独になした成果については,当該当事者が,各当事者が共同でなした成果については,当該関連当事者が共同して出願する。 2.(略) 第10条(有効期間) 1.(略) 2.前項の規定にかかわらず,準備期間終了時迄に,第3条第2項に規定する研究開発及び検討の結果に基づき業務提携を通じての事業化の可能性を検討した結果,本当事者間にてこれを事業化することにつき合意が成立しないときは,本協定は,準備期間終了時をもって終了する。
3.(略) (甲1〜4,乙1,46) (4) 甲2協定の締結後,被告の依頼により,パンアートクラフト社内において,亜鉛,アルミニウム,亜鉛-アルミニウム,銅,キュプロニッケル等の溶射線材を使用して,減圧内アーク溶射装置により溶射被膜を形成する溶射実験が行われた。実験計画の立案及び各種実験条件の設定は,被告の中央研究所の本件発明者らが行い,これをパンアートクラフト社に指示したが,溶射実験には被告の担当者が立ち会うこともあった。これらの溶射実験で作成された溶射被膜について,被告は,溶射被膜の測定,密着性等の評価を行った。
昭和61年10月7日には,パンアートクラフト社のE,被告の営業開発担当者及び中央研究所のBが出席して,被告の東京支店において,「低温溶射用プライマーの電磁波シールドへの展開について」を主要議題とする打合せが持たれた。その席上で,Eから,「溶射用プライマー+溶射を薄板鋼板の防錆にも利用できれば,用途が非常に拡がる」等の発言がされた。また,被告側からは,「実際に,鋼板に溶射プライマー+亜鉛溶射を行なって,塩水噴霧試験を始めているが,試験時間はまだ短いが,犠牲防食作用があるような結果が出ている。耐食性は亜鉛溶射膜よりも亜鉛-アルミ擬合金の方が良好な結果であるが,亜鉛から一部アルミにすると,コスト的に高くならないか」との質問がされ,Eが「同一体積では亜鉛とアルミのコスト差は殆どない,同一膜厚ではコスト差はない」と回答した。(甲10〜15,乙28,30) (5) 被告は,昭和61年7月ころ,防錆防蝕のために金属溶射を行う場合に基材上にブラスト処理面を形成することが困難であることを解決課題として,金属溶射のための粗面形成剤の研究開発に着手した。その結果,被告の中央研究所員であり,本件発明者らの一員でもあるB,C及びDが,粗面形成剤「ブラスノン」を開発した。ブラスノンに関する「金属溶射被膜の作製方法」の発明は,その発明者であるB,C及びDから被告が特許出願をする権利を承継し,パンアートクラフト社の要望により,発明者としてEを,共同出願人としてパンアートクラフト社を加えた上,昭和62年1月16日に特許出願がされた。(乙1,7) (6) 本件発明者らは,昭和61年秋ころから,被告の中央研究所において,金属材料,ブラスノン等による前処理,溶射線材,溶射条件,溶射膜厚,研磨処理,上塗り塗装等につき各種の条件を設定した上,減圧内アーク溶射装置によって形成した,亜鉛,アルミニウム,亜鉛-アルミニウム,チタン,キュプロニッケル等各種金属の溶射被膜について,その耐食性,密着性等の試験による検討,評価を開始した。その結果に基づき,被告の社内において,昭和62年6月に,「低温溶射複合膜の耐食性評価結果」等の試験報告書(乙40-1〜4)が作成され,さらに,同年7月に,「ブラスノン+低温溶射について」と題する社内資料(乙41)が作成された。同資料の「[5]耐食性の評価結果」には,「グリットブラスト処理SS41への亜鉛-アルミニウム擬似合金溶射膜」について,Zn/Al=1.3/1.1mmφ,1.1/1.3mmφ,1.1/1.1mmφ及び亜鉛-アルミニウム合金の13%アルジンは,耐食性が良好であるが,Zn/Al=1.6/1.1mmφのものは,耐食性が良くないとの評価が記載されている。(乙32〜39,40-1〜4,41) (7) 被告は,本件発明者らから本件発明につき特許を受ける権利承継して,昭和62年8月24日,本件特許出願をした。
4 以上3の(1)及び(4)に認定した事実によれば,パンアートクラフト社は,被告との間で甲2協定が成立した昭和60年5月ころより前に,同社の開発に係る減圧内アーク溶射装置を使用して,異種の金属の線材2本を材料表面に同時に溶射し,擬合金溶射被膜を形成することのできる技術を有していたことがうかがわれ,また,甲2協定の成立後一定の期間,パンアートクラフト社と被告との間には,パンアートクラフト社において各種金属の線材を減圧内アーク溶射装置で溶射する実験を行い,その結果を被告に報告したり,溶射したサンプルを被告に提供するなどの協力関係があったこと,被告がパンアートクラフト社に依頼して行った溶射実験の中には,亜鉛線材とアルミニウム線材の同時溶射による亜鉛-アルニウム線材擬合金被膜を形成するものがあったことが認められる。
しかしながら,本件発明は,上記2(2)のとおり,線材として,亜鉛線材,アルミニウム線材,亜鉛・アルミニウム合金線材の中から選ばれた線材の2本を用い,溶射方法として減圧内アーク溶射方法を用いて,亜鉛-アルミニウムの擬合金被膜を形成すること(これは,昭和50年代以降,主として金型製作の分野で既に公然実施されていたと認められる。甲16,18〜24)に加えて,防食性及び耐久性を向上させるために,この擬合金被膜における亜鉛とアルミニウムの比率を特定の範囲(Zn/Al=90/10〜50/50,重量比)とし,当該特定の範囲の組成を有する均一な亜鉛-アルミニウム擬合金被膜により,美観と経済性,及び従来の金属溶射被膜よりも優れた防食性能を達成するという内容のものであるところ,これと技術的思想を同じくする発明が,Eないし同人を代表者とするパンアートクラフト社において,被告との間の上記協力関係が開始するよりも前に,完成していたことを認めるに足りる証拠はない。
他方,上記3の(2),(4)ないし(6)に各認定のとおり,被告は,金属溶射被膜による防錆防蝕技術に関心を有しており,甲2協定に基づくパンアートクラフト社との協力関係の開始後,本件発明者らが,減圧内アーク溶射により形成した各種金属溶射被膜について,長期間塩水噴霧試験を行うなどして,被膜の耐食性,密着性等の検討,評価を行っている。そして,その結果は,本件発明者らが昭和62年7月に作成した「ブラスノン+低温溶射について」と題する社内資料(乙41)にまとめられているところ,本件明細書に記載された実施例は,使用した線材の種類及び線径において,同資料において耐食性が良好と評価された亜鉛-アルミニウム擬合金のそれと符合している。
以上の点を総合すると,本件発明は,本件発明者らが,減圧内アーク溶射による亜鉛-アルミニウムの擬合金被膜について,その耐食性等を試験,評価して得た知見に基づき,本件特許出願前に完成したものと認めるのが相当である。
5 原告は,@甲2協定に基づく業務提携関係の中で,本件発明者らは,パンアートクラフト社のEから本件発明を知得し,これを被告が本件発明者らがした発明であるとして,冒認出願をしたものである,A仮にそうでないとしても,本件発明は,減圧内アーク溶射法による亜鉛-アルミニウムの同時溶射について,Eが本件発明者らに提供した技術情報,ノウハウに基づいて完成されたものであるから,Eは,少なくとも本件発明の共同発明者である,などと主張する。
(1) 上記@の主張について 原告の上記@の主張は,甲2協定の締結よりも前に,本件発明と同一の技術的思想の発明がEによって完成されていたことを前提とするものであるが,そのような事実を認めるに足りる証拠がないことは,上記4に判示したとおりである。
この点につき,原告は,当時既に,本件発明をEが発明していたことは,甲3書簡,甲4証明書,甲8パンフレット,甲7資料等から明らかであると主張する。しかしながら,原告の主張は,以下のとおり,採用することができない。
ア 甲3書簡及び甲4証明書について 甲3書簡に記載された内容は,甲2協定の締結当時,減圧内アーク溶射方法による亜鉛とアルミニウムの同時溶射技術が既にパンアートクラフト社の実施するところとなっていたことをうかがわせるものではあるが,亜鉛-アルミニウム擬合金被膜における亜鉛とアルミニウムの比を特定の範囲として防食性等を向上させるという本件発明の技術内容に即した事実の記述は皆無であり,減圧内アーク溶射装置による亜鉛-アルミニウムの同時溶射技術と本件発明とを区別することなく,本件発明はEが発明したとする見解を表明するにとどまっているものであるから,同書簡からは,Eが本件発明を発明した事実を認めることはできない。同様に,甲4証明書も,被告の従業員Bらがパンアートクラフト社を何度も訪問したという事情を述べて,本件発明が本件発明者らの発明ではないとする見解を表明するにとどまり,本件発明の技術内容に即して本件発明の創作がどのように行われたかの具体的事実を述べるものではないから,同証明書によっては,Eが本件発明を発明した事実を認めることはできない。
イ 甲8パンフレットについて 甲8パンフレットには,パンアートクラフト社の減圧内アーク溶射装置PA-120を使用した減圧内アーク溶射に関して,「特に0.6mm鋼板使用の自動車ボデーの下地処理として効果を発揮します。下回りには,100μ亜鉛,アルミニウムの擬似合金被膜をスプレーすることで,海岸,冷寒地域の塩害腐食を10年間完全に防止できます」と記載されており,これによれば,甲8パンフレットが作成された時期には,減圧内アーク溶射による亜鉛-アルミニウム擬合金被膜が自動車ボデーの塩害腐食に有用であるとされていたことを認めることができる。しかし,甲8パンフレットは,その作成時期自体が明らかでなく(原告は,甲9の受注台帳から同パンフレットの作成時期は昭和61年11月ころであると主張するが,甲9に記載された「PA-120パンフ」が甲8パンフレットを指すものか否かは,証拠上不明というほかない。),仮に,甲8パンフレットが原告主張の時期に作成されたとしても,本件発明の構成の一つである亜鉛とアルミニウムの割合(重量比)については何ら記載されていない。また,甲8パンフレットには,確かに,「下回りには,100μ亜鉛,アルミニウムの擬似合金被膜をスプレーすることで,海岸,冷寒地域の塩害腐食を10年間完全に防止できます」という防食効果についての記載があることは上記のとおりであるが,別の箇所に「塗装手段のみであれば,3年前後の鋼材の保護が通常でありますが,鉄鋼表面に亜鉛,アルミニウムあるいは,亜鉛,アルミニウムの複合体を100μ〜200μ溶射することにより,10年〜25年の長期防錆,防蝕目的が達成されます」と記載されていることからすると,亜鉛-アルミニウム擬合金被膜の効果に関する記載は,亜鉛又はアルミニウムとの比較における亜鉛-アルミニウム擬合金被膜の優れた防食性能を述べた趣旨のものとは解されない。したがって,甲8パンフレットからは,その作成当時,本件発明と同一の技術的思想の発明が既に存在していたと認めることはできない。
ウ 甲7資料について 甲7資料には,「アルジン溶射被膜(亜鉛アルミニュウム擬似合金溶射被膜)は,対塩害用として,大きな防錆防蝕効果が発揮されます。アルミニュウム被膜と異なり封孔処理の必要がなく,加工及びコスト面で最も有効な溶射被膜加工といえます」(3頁)と記載されている。しかし,同資料は,その作成時期が明らかでない上,本件発明の構成要件である亜鉛とアルミニウムの割合(重量比)については何ら記載がない。したがって,同資料からは,その作成当時に,本件発明と同一の技術思想の発明が既に存在していたと認めることはできない。
エ その他,原告の指摘する証拠を検討しても,本件発明と同一の技術的思想の発明が,昭和60年ころ,既に,Eによって完成されていたと認めることはできない。
したがって,本件発明は,本件発明者より先に,Eが発明していたものであるとする原告の主張は,採用することができない。
(2) 上記Aの主張について ア 上記3の(3),(4)認定のとおり,被告とパンアートクラフト社との間に昭和60年5月ころ,減圧内アーク溶射技術による溶射皮膜と塗料とを併用した塗装・被覆方法を防錆・防蝕技術分野に応用するための技術開発と商品化等を目的とする甲2協定が成立し,これを機縁として,両社の間には,パンアートクラフト社が被告の依頼を受けて減圧内アーク溶射による溶射実験を行い,各種の溶射膜の作成に協力するなどの協力関係が一定期間継続した。したがって,その間に,パンアートクラフト社から被告の開発担当者らに対して,減圧内アーク溶射に関連する様々な技術情報が提供されたであろうことは推測に難くない。
イ しかしながら,他方,パンアートクラフト社において実施された溶射実験は,甲2協定の4条に基づき,被告が3条2項の準備期間中に行うこととされた研究開発業務の一環として行われたものと認められ,その溶射実験については,被告側で実験計画を作成し,使用する線材,溶射の各種条件,評価項目等をパンアートクラフト社に対して提示した上,必要に応じて被告の技術者が立ち会って実施がされているから,Eないしパンアートクラフト社が主導的な立場に立って溶射実験を推進したものとは認め難い。
また,甲10,12,14及び乙28に記載された実験依頼事項,実験項目等を見ると,当時行われた溶射実験の主眼は,亜鉛,アルミニウム,亜鉛-アルミニウム,銅,キュプロニッケルなどの各種金属又は合金を,種々の条件で溶射して,溶射板を作成してみることにあったことがうかがわれる。そうすると,これらの溶射実験に関連して,本件発明に直接つながるような課題の提示や,亜鉛-アルミニウム溶射被膜の防食性等に関する有益な知見・技術情報等の提供が,Eから本件発明者らに対してされたと考えることは困難である。
ウ 原告は,昭和61年10月7日に行われた打合せにおいて,被告側出席者(Bを含む。)から出された「耐食性は亜鉛溶射膜よりも亜鉛-アルミ擬合金の方が良好な結果であるが,亜鉛から一部アルミにすると,コスト的に高くならないか」との質問に対し,Eが,「同一体積では亜鉛とアルミのコスト差は殆どない,同一膜厚ではコスト差はない」旨の回答をしたことをもって,当時,Eから被告に対して,減圧内アーク溶射装置による亜鉛とアルミニウムの同時溶射についての有益な技術情報,ノウハウの提供がされていたことの証左である旨主張する。しかしながら,打合せの内容を記録したものと認められる甲15によれば,打合せの主な議題は,低温溶射用プライマーの評価及びその電磁波シールド用途への展開であったのであり,その中で,上記のような回答をしたという事実のみをもっては,Eが被告に対し,原告の主張するような技術情報,ノウハウの提供をした事実があったということはできず,また,それらが本件発明の技術的思想創作において共同発明者と評価し得る貢献であったとも認めることはできない。むしろ,Eは,この打合せの中で,「溶射用プライマー+溶射を薄板鋼板の防錆にも利用できれば,用途が非常に拡がる」と発言しており,この発言も含めて,打合せの内容を全体として検討すると,当時は,まだ,亜鉛-アルミニウム擬合金被膜の性能,特に,耐食性について十分な試験,検討は行われていなかったことがうかがわれる。
エ 以上のとおり,甲2協定に基づく協力関係の中で,Eから本件発明者らに対して,本件発明につながる技術的情報,ノウハウが提供され,それに基づいて本件発明が完成されたという原告の主張は,採用することができない。
6 原告のその他の主張について 原告は,@本件発明は,特許請求の範囲に記載された亜鉛とアルミニウムの重量比のうちの一部(例えば,Zn/Al=90/10の部分)は実施不可能であり,その実施不可能部分を除けば,Eないしパンアートクラフト社が開発していた減圧内アーク溶射による亜鉛とアルミニウムの同時溶射技術と同一であるから,Eが発明者である,A被告は,各種溶射板について塩水噴霧試験を行ったとする時期に,減圧内アーク溶射装置を保有していなかったから,同試験によって亜鉛-アルミニウム擬合金皮膜の耐食性についての知見を得たとする被告の主張は事実に反する旨主張する。
しかし,@の点については,仮に,本件発明の特許請求の範囲に記載された亜鉛とアルミニウムの重量比のうちの一部に実施ができない部分があったとしても,本件発明自体は,亜鉛とアルミニウムの比の範囲をZn/Al=90/10〜50/50(重量比)と特定することによって,防食性,耐久性の向上を図るという一体の技術的思想と評価すべきものであるから,その一部のみを取り出してこれをEの開発に係る減圧内アーク溶射による亜鉛-アルミニウム擬合金被膜形成技術と同一であるとする原告の主張は,失当というほかない。また,Aの点については,被告の塩水噴霧試験が具体的にいつ,どのように作成された溶射板を用いて実施されたか等の詳細については,証拠上,必ずしも明らかではないものの,被告は,少なくとも,昭和61年中のある時期に減圧内アーク溶射装置PA-600を,また,昭和62年2月以降,減圧内アーク溶射装置PA-100を保有していたと認められるから(乙1,27),被告において,これらの装置を使用して作成した溶射板について,塩水噴霧試験を含む各種試験を行い,溶射膜の防食性の評価を行ったと考えても不自然ではない。したがって,耐食試験に関する原告の上記Aの主張も,採用することができない。
7 以上によれば,本件発明は,本件発明者らがした発明というべきであり,本件特許は,「発明者でない者であってその発明について特許を受ける権利承継しないものの特許出願に対してされた」ものではないから,これと同旨の審決の判断に誤りがあるということはできない。
8 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳