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関連審決 不服2003-14834
関連ワード 技術的思想 /  新規性 /  頒布された刊行物 /  公衆に利用可能 /  電気通信回線 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  上位概念 /  下位概念 /  先行技術 /  遡及 /  分割出願 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  正当な理由 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の理由 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10546号 審決取消請求事件
原告 HOYA株式会社代表者代表執行役
訴訟代理人弁理士 石井良夫
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 末政清滋
同 大場義則
同 徳永英男
同 江塚政弘
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2003-14834号事件について平成17年4月18日にした審決を取り消す。
当事者間に争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,平成9年6月27日にした特許出願(特願平9-171322号,以下「原出願」という。)の一部を分割して,平成12年11月27日,発明の名称を「ハーフトーン型位相シフトマスクブランク及びハーフトーン型位相シフトマスク」とする新たな特許出願(特願2000-359959号,以下「本件出願」という。)をしたが,平成15年6月6日付けで拒絶査定を受けたので,同年7月31日,拒絶査定に対する不服審判(以下「本件審判」という。)を請求した。特許庁は,これを不服2003-14834号事件として審理した上,平成17年4月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決の謄本は,同年5月30日,原告に送達された。
2 発明の要旨(1) 平成15年2月17日付け手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)前の本件出願の願書に添付した明細書(甲2の1)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「補正前発明」という。)の要旨透明基板と,この透明基板上に形成されたハーフトーン材料膜と,このハーフトーン材料膜上に形成された金属膜を有するハーフトーン型位相シフトマスクブランクにおいて,前記金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したことを特徴とするハーフトーン型位相シフトマスクブランク。
( ) 本件補正に係る明細書(乙3,甲2の1と併せ,以下「本件明細書」とい 2う。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨透明基板と,この透明基板上に形成されたハーフトーン材料膜と,このハーフトーン材料膜上に形成された金属膜を有するハーフトーン型位相シフトマスクブランクにおいて,前記金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層で構成するとともに,前記ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成したことを特徴とするハーフトーン型位相シフトマスクブランク。
3 審決の理由( ) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,適法な分割出願で 1あり,原出願の出願日である平成9年6月27日を本願発明の遡及する出願日とみなした上,本願発明は,特開平8-334885号公報(甲3,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
( ) 審決が認定した,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,それぞれ 2次のとおりである(審決謄本3頁第3段落)。
ア一致点透明基板と,この透明基板上に形成されたハーフトーン材料膜と,このハーフトーン材料膜上に形成された金属膜を有するハーフトーン型位相シフトマスクブランクにおいて,前記金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層で構成することを特徴とするハーフトーン型位相シフトマスクブランクイ相違点本願発明が 「ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成」するのに対し,引用発明にはそのような構成が明示されていない点
原告主張の審決取消事由
審決は,本件審判において改めて拒絶理由通知がされなかった手続上の瑕疵があり(取消事由1),また,相違点についての判断を誤り(取消事由2),本願発明が進歩性を欠くとの誤った結論を導いたものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(拒絶理由通知の欠如)(1) 審決は,本願発明は,引用発明から当業者が容易に想到することができ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断したが,上記拒絶理由は,本願発明の審査段階では原告に通知されていなかった。
すなわち,本件出願に対する平成14年11月20日付けの拒絶理由通知書(甲4,以下「本件拒絶理由通知書」という。)には,補正前発明に対し,引用文献1ないし6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとし,その〔備考〕欄において「本願は,適法な分割出願とは認められないから,出願日は遡及しない。」と記載されている。
本件拒絶理由通知書において引用文献1ないし6として引用された6件の文献のうち,引用文献3が,審決の引用例であるところ,引用文献1ないし3は,原出願の出願日である平成9年6月27日より前に頒布されたものであるのに対し,引用文献4ないし6は,原出願の出願日以後であって,実際の出願日である平成12年11月27日より前に頒布されたものである。仮に,原出願の出願日より前に頒布された引用例(引用文献3)単独で本願発明の進歩性を否定できるのであれば,拒絶理由通知書において,出願日に言及し,原出願の出願日以後であって,実際の出願日より前に頒布された刊行物を引用する必要はないはずである。したがって,本件拒絶理由通知書によって通知された拒絶理由は,引用文献1ないし3と,引用文献4ないし6とを組み合わせることによって,補正前発明の進歩性を否定するというものであり,引用例を含む引用文献1ないし3のそれぞれの文献に記載された発明のみによって進歩性を否定するものではなかったことは明らかである。
また,拒絶査定(甲5)においては,「本願は適法な分割出願であるとは認められず・・・出願日は遡及しないから,引用文献4〜6は,本願出願日前公知文献であり,先の拒絶理由1は解消されていない。」とし,先の拒絶理由が引用文献4〜6との組み合わせによるものであることを明確に言及し,さらに,備考欄において,「なお,引用文献1〜3には,ハーフトーン材料膜上に形成される金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層で形成するとともに,ハーフトーン材料膜と接する層を窒素と含有する材料で構成したという構成,また,ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成したことにより,密着度を向上させて金属膜の反りを防止する効果を奏することは記載されていないから,本願の発明の新規性,進歩性を否定するものではない。(当然に,引用文献1〜3は,ハーフトーン材料膜上に金属膜を表面側から透明基板側に向かって段階的に及び/又は連続的にエッチングレートの異なる材料で構成することによって,エッチングレートが表面側から透明基板に向かうにしたがって段階的に及び/又は連続的に速くなるように設定する構成と,ともに,金属膜の透明基板側を窒素を含有する材料で構成したという構成に対しても,同様に,新規性,進歩性を否定するものではない。)」と付記し,引用例を含む引用文献1ないし3には,本願発明の特徴的な構成及び作用効果について記載がなく,引用文献1ないし3に記載された発明のみによっては,本願発明の新規性,進歩性を否定することができないと判断していた。
(2) 上記経過,特に拒絶査定における審査官の上記付記の内容に照らせば,原告は,本件出願の審査段階では,引用例(引用文献3)のみによって本願発明の進歩性が否定されて拒絶されるということを予想することはできず,かつ,そのことに正当な理由がある。
審決は,引用例のみによって本願発明の進歩性を否定するのであれば,本件審判において,原告に対して,改めてその旨の拒絶理由を通知し,これに対する意見書の提出及び補正の機会を与えるべきところ,そのような拒絶理由通知をせず,原告に意見書及び補正書を提出する機会を与えないまま,引用例のみによって本願発明を拒絶したものであるから,審決には特許法159条2項に違反する手続上の瑕疵があり,違法として取り消されるべきである。
また,仮に,本件拒絶理由通知書による拒絶理由には,引用例のみによって本願発明の進歩性が否定されることが含まれると解したとしても,拒絶査定に対する不服審判請求時には,再度,意見を述べる機会及び補正の機会が与えられなければならない。審査の上級審である審判では,審査官の判断に拘束されることなく,審判における審理において拒絶理由を通知するか否かは,審判合議体の裁量の範囲であるとしても,審判合議体が,審査官において拒絶の理由とならないとしていた理由で進歩性を欠くと認定することが許されるのであれば,出願人は,審判請求に当たり,審査官によってされた自己に有利な判断の適否についてまで検討しなければならないこととなり,あまりにも理不尽である。
( ) 仮に,審決で提示した拒絶の理由が審判合議体により原告に通知されてい 3れば,原告は,選択発明の主張や,それを補強するため,特許請求の範囲減縮する手続補正を行っていたはずであるところ,その機会が奪われた。すなわち,本願発明は,引用発明に対し,選択発明として,本来,独立して特許が受けられるべきものであり,選択発明として認められるためには引用例に開示されていない顕著な効果を奏することが必要であることから,少なくとも,本願発明の第1金属膜に含まれる窒素の量を好適な範囲に限定し,選択発明の成立性を補強するための必要な補正を行っていたはずである。審決は,原告に対し,改めて上記のような意見の陳述及び明細書を補正する機会を与えずにされたものである。
(4) 被告は,原告自身が,平成15年2月17日提出の意見書(乙1)において,拒絶理由は,引用例を含む引用文献1ないし3のそれぞれに記載された発明に基づいて本願発明が進歩性を有しないものであると認識して意見を述べ,また,同年11月27日付けの手続補正書(乙2)においても,同一の認識のもとで,上記意見書と同内容の意見を述べていると主張する。しかし,原告は,同年2月17日提出の意見書においては,審査官から通知された特許法29条2項の拒絶理由に対し,本願発明と各引用文献との組み合わせを検討する前提として,本願発明と個々の引用文献との対比,すなわち新規性について述べたにすぎず,引用発明単独で本願発明の進歩性が否定されたと認識していたものではない。また,同年11月27日付けの手続補正書における引用例(引用文献3)についての意見は,記載事項から明らかなように,引用文献1ないし3は,本願発明の新規性,進歩性を否定するものではないとの拒絶査定における審査官の判断が,引用例(引用文献3)にも当てはまることを確認しているものにすぎない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)(1) 審決は,相違点に係る本願発明の構成について,「引用発明において半透明位相シフト膜に接する層を窒素を含有する材料で構成することは当業者が容易に行うことができたものであり,本願発明の作用効果も引用刊行物(注,引用例)の記載から当業者が予測できる範囲のものである。」(審決謄本4頁第7段落)と判断したが,誤りである。
( ) 本願発明は,引用例に遮光膜の材質として例示されるものの中から,特定 2の材質(窒素を含有する材料)を選択したことにより,引用例に記載されていない格別な効果を奏するものであるから,選択発明として,新規性及び進歩性が認められるべきである。
すなわち,選択発明の要件は,@ 構成要件の中の全部又は一部が上位概念で表現された先行発明に対し,その上位概念に包含される下位概念で表現された発明であること,A 先行発明が記載された刊行物中に具体的に開示されていないものを構成要件として選択した発明であること,B この発明が先行発明を記載した刊行物に開示されていない顕著な効果を奏することである(東京高裁昭和62年9月8日判決・無体集19巻3号309頁,特許・実用新案審査基準の第U部第2章2.5.(3)B参照)。
本件についてみると,要件@について,引用例(甲3)には,半透明位相シフト膜の上に設けられる遮光膜として,「例えば,Cr(クロム),CrO(酸化クロム),CrN(窒化クロム),CrON(窒化酸化クロム),CrOCN又はこれらを積層した複合膜を採用できる。」(段落【0014】)との記載があるのに対し,本願発明においては,そのうちの「金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層で形成するとともに,前記ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成」したものを選択しているから,形式上の選択肢で表現された発明から,当該選択肢の一部を特定するための事項と仮定したときの発明を選択した場合に当たり,上位概念で表現した先行発明に対しその下位概念に包含される下位概念で表現された発明と同様に,選択発明として認められるべきである(上記特許・実用新案審査基準参照)。要件Aについては,引用例の実施例には,「石英からなる透明基板1の上にMoSiO N の半透明位相シフト膜2aを積層し,さらに半透XY明位相シフト膜2aの上にCr,CrO,CrN,CrOCN,またはこれらを積層した遮光膜11bを積層することによって形成される。」(段落【0017】),「Cr,CrO,CrN,CrON,CrOCN又はこれらを積層した合成物によって形成された遮光層11」(段落【0019】)と記載されているが,半透明位相シフト膜(ハーフトーン材料膜)と接する層を窒素を含有する材料で構成することが具体的に開示されているわけではなく,積層した遮光膜の実施例の部分断面構造を示す図面(【図10】〜【図12】)を併せみても,半透明位相シフト膜と接する層を窒素を含有する材料で構成することが具体的に開示されているとはいえない。要件Bについては,本願発明は,金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したことにより,金属膜の結晶粒が密になり,ハーフトーン材料膜との密着度が高くなるとともに,金属膜の反りが防止されるという作用効果を奏するものであるが,引用発明は,ハーフトーン型位相シフトマスクを用いて,シリコンウェハの表面に設けたレジストに,露光光の照射位置をずらせて順次多数のパターンを転写する場合,隣りあう2個の有効領域の間の直線部分が2重に露光されたり,4個の有効領域に囲まれた点状部分が4重に露光され,レジストが感光してしまうという問題を解決するため,有効領域外の外周部に形成された半透明位相シフト膜の上に遮光膜を設けたことを特徴とするものであり,本願発明と引用発明はその技術的思想を異にし,引用例には,金属膜とハーフトーン材料膜との密着度性や,金属膜の反りについては,何らの記載もない。したがって,本願発明は,引用例に開示されていない顕著な効果を奏するものである。
審決は,本願発明の選択発明の可能性について何ら検討することなく,単に,遮光膜の材料の選択肢として窒素を含有する材料が例示されているだけで進歩性を否定しているのであるから,その判断に誤りがあり,このような誤りが審決の結論に重大な影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
( ) 審決は,引用例には,「また,引用発明における実施例として『CrN』 3と『CrOCN』を選択することも開示されている」(審決謄本4頁第6段落)とするが,誤りである。
引用発明は,ハーフトーン型位相シフトマスクを用いて,シリコンウェハの表面に設けたレジストに,露光光の照射位置をずらせて順次,多数のパターンを転写する場合,隣りあう2個の有効領域の間の直線部分が2重に露光されたり,4個の有効領域に囲まれた点状部分が4重に露光され,レジストが感光してしまうという問題を解決するため,有効領域外の外周部に形成された半透明位相シフト膜の上に遮光膜を設けたことを特徴とするものである。
引用発明における遮光膜は,半透明位相シフト層を透過した光によって2重,4重に露光されることにより,レジストが感光してしまわないように,有効領域外の外周部に形成された半透明位相シフト膜の上に設けられ,半透明位相シフト膜を透過する光量を減ずる作用を果たすものであればよく,材質は所定の遮光性を有するものであればよい。したがって,引用例の「石英からなる透明基板1の上にMoSiO N の半透明位相シフト膜2aを積層し,XYさらに半透明位相シフト膜2aの上にCr,CrO,CrN,CrOCN,またはこれらを積層した遮光膜11bを積層することによって形成される。」(段落【0017】),「Cr,CrO,CrN,CrON,CrOCN又はこれらを積層した合成物によって形成された遮光層11」(段落【0019】)との記載においては,単に遮光層の材質が例示されているだけであり,積層した遮光層に至っては,具体的に例示されているのは図10ないし図12に図示されている最下層,すなわち,半透明位相シフト膜(ハーフトーン材料膜)と接する層がCr膜からなるものだけであるから,単に,積層した遮光層を構成する材料の組合せの可能性が示されているにすぎないというべきである。
しかも,株式会社工業調査会平成8年8月20日発行「フォトマスク技術のはなし」(甲8,以下「甲8文献」という。)に,「b.ハードマスク(金属薄膜) ・・・金属薄膜材料としてはクロムが一般的である。クロムが用いられる主な理由は,遮光性が高く膜を形成したときの応力を低くできることにある。単層タイプの金属クロムの反射率は図1.7の曲線 に示(a)すように40〜50%と高い。そのためマスクパターンを転写するときに,投影露光面との間で多重反射をおこし,結像特性を低下させる。反射率を下げるために,クロム膜の表面に酸化クロムの干渉膜を形成した2層タイプのものがあり,図1.7の曲線 に示すように20%以下に低減できる。」 (b)(16頁5行目ないし末行)と記載されるように,原出願の出願日前において,金属薄膜としてはCrが一般的であった。
そして,金属Cr単層の場合,その高反射率に起因する結像特性を低下させるという問題点を解決するため,Cr膜の表面に反射防止膜としてCrO膜を形成することが普通に行われていたことを考えると,引用例において,遮光層を積層とする場合,引用例の図10ないし図12に記載されるように,当業者は,まずCr層を選択し,その表面にCrO膜などの反射防止膜を積層するのが普通であり,引用例の実施例に遮光層を構成する材料として「CrN」や「CrOCN」が例示されていたからといって,直ちに本願発明の構成が記載されているとは,到底いえない。
( ) 被告は,特開平6-95358号公報(乙4,以下「乙4公報」とい 4う。),特開平6-95362号公報(乙5,以下「乙5公報」という。)及び特開平9-43830号公報(乙6,以下「乙6公報」という。)を挙げて,原出願の出願日前に,フォトマスクブランクにおいては,基板及び膜間での密着性を高くすることは周知の課題であり,その解決手段としてもCrに窒素を含有させることも知られ,窒素を含有した材料を選択したことにより奏する効果も当業者が予想できたものであると主張する。
しかし,乙4公報ないし乙6公報には,ハーフトーン材料膜上に金属膜が形成されたハーフトーン型位相シフトマスクブランクからハーフトーン型位相シフトマスクを作製する過程において,膜剥離及びハーフトーン材料膜ダメージによる位相シフト量が変化するという技術的課題については,一切記載されていないばかりか,クロムに窒素を含有する膜がハーフトーン材料膜ダメージを抑制する効果を有することについても記載されておらず,被告が主張する周知技術は存在しない。
( ) 本願発明は,ハーフトーン型位相シフトマスク製造の一連のプロセスにお 5いて,従来着目されていなかったハーフトーン材料膜に対する金属膜の密着性とパターン精度との関係,さらには,ハーフトーン材料膜ダメージによる位相シフト量変化という新規の課題を見いだし,ハーフトーン型位相シフトマスク製造の一連のプロセスにおいて必要なハーフトーン材料膜に対する膜の密着性を確保することで高精度のパターニング,ハーフトーン材料膜ダメージを抑え,位相シフト量の変化が抑制できるので信頼性の高いマスクが得られるという,従来技術からは到底推測することができない画期的な効果が得られるものである。
被告の反論
審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(拒絶理由通知の欠如)について( ) 審決に原告主張の審判手続上の瑕疵が存在しないことは,以下のとおりで 1ある。すなわち,本件拒絶理由通知書(甲4)の理由1において,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとされた請求項1ないし8の発明は,請求項1の発明(補正前発明)が,上記第2の2( )のとおり,1「透明基板と,この透明基板上に形成されたハーフトーン材料膜と,このハーフトーン材料膜上に形成された金属膜を有するハーフトーン型位相シフトマスクブランクにおいて,前記金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したことを特徴とするハーフトーン型位相シフトマスクブランク。」と記載され,請求項2ないし8の発明は,請求項1又はその他の請求項を引用する発明となっている。そして,請求項1に対する拒絶の理由をみると,「本願の出願日の遡及は認められず,本願の出願日は,本願の実際の出願日となる。」とした上で,補正前発明は,引用文献1〜5及び引用文献6に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとし,各引用文献記載の技術的事項として,「引用文献1には,ハーフトーン材料膜2上に形成された金属膜5が窒素を含有する構成が記載されている。引用文献2には,部分透明層11の上に形成された不透明層が窒素を含有する金属膜である構成が記載されている。引用文献3には,半透明位相シフト膜の上に形成された遮光膜が窒素を含有する金属膜である構成が記載されている。(特に,公報第3頁右欄,段落【0014】参照)引用文献4には,半透光膜2の上に形成された遮光膜5の半透光膜側の層が窒素を含有する金属膜(CrN膜3)である構成が記載されている。引用文献5には,ハーフトーン材料層11の上に形成された金属膜12が窒素を含有する構成が記載されている。」「引用文献6は,本願の原出願の公開公報である。」との記載がある。
上記拒絶の理由には,各引用文献単独で,それぞれに記載された発明に基づいて,補正前発明が特許法29条2項に違反するとの明示の記載はないが,補正前発明の特徴的な構成は,「金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したこと」であって,それと拒絶の理由に摘示した引用文献1ないし5の上記記載事項とがほぼ一致することから,引用文献1ないし6のそれぞれに記載された発明に基づいて,補正前発明が進歩性を欠くものであるとの拒絶理由が通知されたと解するのが相当である。要するに,引用例(引用文献3)に記載された引用発明のみに基づいて補正前発明の進歩性を否定するとの拒絶理由は,出願人である原告に通知されていたのであり,その結果,原告には,意見書提出の機会及び補正の機会が与えられていた。
したがって,審査手続において,引用例が単独で引用されていることは明らかであるから,本件審判における審理段階においても,引用発明のみに基づいて本願発明の進歩性が否定される可能性があることは当然に予想されることであり,それに対する対応をとらなかった責めは,出願人である原告が負うべきである。
以上によれば,本件審判において,改めて拒絶理由通知を発しなかったことに何ら手続上の誤りはない。
( ) 原告は,本件拒絶理由通知書記載の拒絶理由に対し,平成15年2月17 2日に提出した意見書(乙1)の「A拒絶理由に対する意見」の項で,引用文献1及び2の記載内容のそれぞれに対し,本願発明の特徴的構成を示すものではないとの意見を述べている。引用例(引用文献3)の記載内容に対しても,「本願発明は,『ハーフトーン材料膜上に形成される金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層(複合膜)で構成する』ものですので,引用文献3の場合の『Cr,CrO,CrN,CrONの単層膜』とは異なります。
また,複合膜である点では,引用文献3に開示のものと同じですが,引用文献3の『複合膜』は,『図10,図11,図12』から明らかなように,いずれも『ハーフトーン材料膜と接する層』が『Cr』からなる層であり,本願発明のように,『窒素を含有する材料』ではありません。引用文献3には本願発明の特徴的構成が示されておりません。」と,本願発明と引用例(引用文献3)のみの記載内容との比較によって本願発明の進歩性を主張しているほか,「(ホ)引用文献4〜6」の項では,「引用文献4〜6は,先行技術文献とはなり得ないことは明白です。」と述べている。なお,引用文献1ないし3と引用文献4ないし6とを組合せた場合についての意見は何ら述べていない。
これによれば,原告自身,本件拒絶理由通知書による拒絶理由は,引用発明を含む引用文献1ないし3のそれぞれに記載された発明に基づいて,本願発明が進歩性を有しないとするものであると認識し,これに対する意見を述べ,補正を行っていることが明らかである。
( ) 原告は,平成15年6月6日付け拒絶査定(甲5)の備考欄の記載に言及 3し,引用発明に基づく拒絶の理由は,原告に通知されていなかったと主張する。
しかし,上記拒絶査定の備考欄の記載は必ずしも明りょうとはいえず,種々の解釈の余地があるが,拒絶査定の主文は,飽くまでも,「この出願については,平成14年11月20日付け拒絶理由通知書に記載した理由1によって,拒絶をすべきものである。」であって,本件補正後の請求項1ないし9の発明が,引用文献1ないし6の記載から容易想到であるとしたものである。
また,原告は,平成15年7月31日付けで審判請求をし,その請求の理由は,「追って補充する。」としていたが,同年10月28日(発送日)の手続補正指令書に答える形で,同年11月27日付けで手続補正書(乙2)を提出し,拒絶理由に対する上記意見書(乙1)と同内容の意見を述べている。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について( ) 引用例(甲3)には,「この位相シフトマスクは,図2に示すように,石 1英からなる透明基板1の上にMoSiON の半透明位相シフト膜2aをXY積層し,さらに半透明位相シフト膜2aの上にCr,CrO,CrN,CrOCN,またはこれらを積層した遮光膜11bを積層することによって形成される。」(段落【0017】)と記載されている。そして同記載は,引用例の図10ないし図12に具体的に開示される構成以外の構成を排除したものではないから,引用例記載の材料を用いてどのような積層構造とするかは,上記記載の範囲において当業者が適宜,決定することができたものであり,MoSiO N の半透明シフト膜上にCr,CrO,CrN,CrOCNをXY積層するときに,シフト膜に接する層として上記記載の4材料のうちの2材料である「CrN」又は「CrOCN」を選択して本願発明の構成とすることは容易である。
乙4公報における「透明ガラス基板上に設けた各層の材質が全く異なるため,膜の密着性が悪く,洗浄等により膜剥れを起こす問題があった。」(段落【0004】)との記載によれば,列記されたCr,CrO,CrN,CrOCNの4種の材料の中から,窒素を含有するMoSiO N で構成さXYれた半透明位相シフト膜上にこれらを積層するときに,これに接する層として,同じ窒素(N)を含有する材料であるCrN又はCrOCNを選択して本願発明の構成とすることは,更に容易というべきである。
したがって,相違点に係る本願発明の構成について,当業者が容易に想到することができたとした審決の判断に誤りはない。
( ) さらに,原出願の出願日当時の技術水準を考慮しても,上記( )の結論の 21正当性が裏付けられる。
すなわち,本願発明は,「ハーフトーン材料膜2とCr金属膜6との密着強度が十分でなく,膜剥離が発生してしまうといった問題」(本件明細書の段落【0016】)を解決するために,「金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したことを特等(注,「特徴」の誤記と認める。)とするハーフトーン型位相シフトマスクブランク」(同段落【0018】)であって,「金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したことにより,金属膜の結晶粒が密になり,ハーフトーン材料膜との密着度が高くなるとともに,金属膜の反りが防止される。」(同段落【0026】)とされているものである。
一方,原出願の出願日前に頒布され,「フォトマスクブランク」の発明が記載された乙5公報は,「従来,クロムを主成分とする遮光性膜としては,基板との密着性やエッチング特性等に関する良好な品質を得るために,他の元素として窒素,酸素,あるいは炭素等を添加したものを用いている。」(段落【0002】【従来の技術】)と,乙5公報の出願時(平成4年)の従来技術が述べられた上で,「(図1)は,クロムをスパッタリング用ターゲットとして,アルゴンガスと窒素ガスとを用いてスパッタリング成膜した場合の,窒素ガスの含有率の変化に対する膜の内部応力の変化を示したものである。膜の内部応力は,成膜前後の基板の反りの変化量より計算した値である。」(段落【0004】),「フォトマスクブランクの遮光膜として用いる場合には,窒素ガスの含有率は0.1乃至0.35であることが望ましい。なぜなら,窒素ガスの含有率が0.1以下では遮光膜と基板との密着強度が低く,また0.35以上ではピンホールが発生しやすくなる等の問題があるためである(例えば,特公平4-1339号公報,特開昭60-91356号公報を参照)。しかしながら,(図1)に示したように上記の窒素ガス流量において,窒素ガス含有率を本の(注,「ほんの」の誤記と認める。)少し増加させただけでも,膜の内部応力は圧縮から引張りに急激に変化してしまう。」(段落【0005】)と,クロムを遮光膜として用いる場合においても窒素を含有させることが有効であることが記載され,さらに,「前記のように,窒化クロム膜の応力は結晶の形成の有無により大きく変化する。したがって,低応力の膜を安定して製造するためには,膜の結晶化を制御することが非常に重要になってくる。」(段落【0011】)と,スパッタリング時の窒素ガス含有率を調整してクロムをスパッタリング成膜することで,結晶の形成を制御し,膜の内部応力を変化させ,密着性のよい膜を作成できることが開示されている。なお,乙5公報では,透明基板上に窒化クロム膜を形成するものとして記載されているが,「尚,反射率を低減する等の目的で多層膜とする場合であっても,スパッタ成膜時の窒素の量に応じて応力は緩やかに変化するので,他の層の応力に応じて適宜遮光層の応力を選択することで,平面度の変化量を低減することが容易にできる。」(段落【0022】)と,多層膜を構成する場合の他の層との間でも適用可能であることが示唆されている。
このように,原出願の出願日当時において,CrN膜について,製膜時の条件を調整して内部応力を少なくできることが知られ,このようなCrN膜は積層するものとの間の密着性がよく,反りが少ないことが知られているのであるから,引用発明において,MoSiO N で構成された半透明位相XYシフト膜上にCr,CrO,CrN,CrOCNを積層するときに,少なくともCrNを選択して本願発明の構成とすることは,当業者が容易に選択することができたといえる。
さらに,同じく原告を出願人とし原出願の出願日前に公開された乙6公報には,「SOGとクロムとは密着性に問題があり,SOGからクロムが剥離したり,あるいは,クロム上からSOGが剥離してしまう可能性もある。」(段落【0026】)との課題が記載され,「(構成3)構成1又は2のハーフトーン型位相シフトマスクにおいて,前記遮光部を構成する部材が,酸素,炭素及び窒素のいずれか1又は2以上を含むものであることを特徴とする構成とし,」(段落【0029】)と構成3の態様を示し,「構成2又は3のように,半透光部又は遮光部を構成する部材を,酸素,炭素及び窒素のいずれか1又は2以上を含むものにすれば,これらの添加量を制御することによって両者の密着性を維持しつつ比較的簡単に所定の光透過率を得ることが可能となる。」(段落【0031】)とその効果が記載されている。
これらによれば,原出願の出願日前に,フォトマスクブランクにおいては,基板及び膜間での密着性を高くすることは周知の課題であり,その解決手段としてもCrに窒素を含有させることも知られ,窒素を含有した材料を選択したことにより奏する効果も当業者が予想できたものであるということができる。
( ) 原告は,本願発明は,引用例において遮光膜の材質として例示されるもの 3の中から,特定の材質(窒素を含有する材料)を選択したことにより,引用例に記載されない格別の効果を奏するものであるから,選択発明として新規性及び進歩性が認められるべきであると主張し,選択発明の要件を挙げる。
しかしながら,仮に,選択発明の要件が原告の主張するものであったとしても,引用発明において,MoSiO N で構成された半透明位相シフト膜XY上に窒素を含有した材料,特にCrN材料を積層することによる効果は,上記( )のとおり,原出願の出願日当時の技術水準から予測される範囲内のも 2のであり,たとえ,引用例に開示されていないとしても,「顕著な効果を奏する」ということはできず,原告が主張する要件を満たすものではないから,本願発明が引用発明に対して,選択発明を構成するということはできない。
( ) 原告は,審決が,「引用発明における実施例として『CrN』と『CrO 4CN』を選択することも開示されている」(審決謄本4頁第6段落)としたことは誤りであるとして,引用例では,遮光層の材質が例示され,単に,積層した遮光層を構成する材料の組合せの可能性が示されているにすぎず,甲8文献の記載からも,引用例には,直ちに本願発明の構成が記載されているとは到底いえないものであると主張するが,理由がない。
引用例には,半透明位相シフト膜上に「Cr,CrO,CrN,CrOCN又はこれらを積層した合成物」によって遮光膜を形成することが明記されており,CrN単層,CrOCN単層を半透明位相シフト膜上に形成することを排除する記載も阻害する要因も記載されていないことから,複数の層を形成する場合に,CrN若しくはCrOCNを半透明位相シフト膜と接する層として選択できないとする理由はないし,引用例に図面で示されたものに限定して解釈することもできない。そして,甲8文献の記載は,CrNあるいはCrOCNを使用することを阻害するものではなく,単に,金属薄膜としてCrが一般的であり,反射防止膜としてCrO膜を積層することが普通であったことを示すのみであるから,引用例の記載と何ら矛盾するものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(拒絶理由通知の欠如)について(1) 原告は,審決は,引用例のみによって本願発明の進歩性を否定するのであれば,本件審判において,原告に対して,改めてその旨の拒絶理由を通知し,これに対する意見書の提出及び補正の機会を与えるべきところ,そのような拒絶理由通知をせず,原告に意見書及び補正書を提出する機会を与えないまま,引用例のみによって本願発明を拒絶したものであるから,審決には特許法159条2項に違反する手続上の瑕疵がある旨主張するので,本件出願に関する審査及び審判の経緯についてみると,以下のとおりである。
ア 審査官は,本件出願に対し,平成14年11月20日付けで本件拒絶理由通知書(甲4)による拒絶理由通知をしたが,その通知書においては,本件出願が,適法な分割出願とは認められないとした上,補正前発明(補正前の請求項1に記載された発明)等の進歩性について,理由欄に以下の記載がある。
「1.この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」「請求項1に対して 引用文献1〜5引用文献1には,ハーフトーン材料膜2上に形成された金属膜5が窒素を含有する構成が記載されている。
引用文献2には,部分透明層11の上に形成された不透明層が窒素を含有する金属膜である構成が記載されている。
引用文献3には,半透明位相シフト膜の上に形成された遮光膜が窒素を含有する金属膜である構成が記載されている。(特に,公報第3頁右欄,段落【0014】参照)引用文献4には,半透光膜2の上に形成された遮光膜5の半透光膜側の層が窒素を含有する金属膜(CrN膜3)である構成が記載されている。
引用文献5には,ハーフトーン材料層11の上に形成された金属膜12が窒素を含有する構成が記載されている。
・・・請求項1〜8に対して 引用文献6引用文献6は,本願の原出願の公開公報である。
引用文献等一覧1.特開平8-101493号公報2.特開平8-278626号公報3.特開平8-334885号公報(注,引用例)4.特開平11-249283号公報5.特開2000-181049号公報6.特開平11-15135号公報」イ 原告は,平成15年2月17日付けの本件補正により,補正前発明を本願発明のとおりに補正するとともに,その提出した意見書(乙1)において,本願発明は,原出願との関係で適法な分割出願であること,引用文献1ないし3のそれぞれにつき,その記載内容を掲げた上で,それらには,いずれも本願発明の特徴的構成が示されておらず,本願発明の課題や作用効果を示唆するような記載も存在しないこと,引用文献4ないし6は,適法な分割出願なので,先行技術文献となり得ないことなどを主張した。引用例(引用文献3)については,「ハーフトーン材料膜上に形成される遮光膜として,Cr,CrO,CrN,CrON又はこれらを積層した複合膜を採用できる」,「複合膜を採用する場合は,例えば,図10及び図11に示すような2層構造又は図12に示すような3層構造とすることができる」との引用例の段落【0014】及び図10ないし12の記載を指摘した上で,「ハーフトーン材料膜と接する層」が「窒素を含有する材料で構成したという構成」において本願発明の特徴的構成があるのに対し,引用例には,このような構成がなく,本願発明の課題や作用効果を示唆する記載もないなどとして,引用例に基づき当業者が容易に本願発明に想到し得たとはいえないと主張した。
ウ 審査官は,平成15年6月6日付けで拒絶査定をしたところ,その拒絶査定(甲5)には,以下の記載がある。
「この出願については,平成14年11月20日付け拒絶理由通知書に記載した理由1によって,拒絶をすべきものである。
なお,意見書並びに手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせない。」「備考(1)分割の適法性について・・・したがって,本願は適法な分割出願であるとは認められず,出願日は遡及しない。
・・・(2)上述のとおり,出願日は遡及しないから,引用文献4〜6は,本願出願日前公知文献であり,先の拒絶理由1は解消されていない。
なお,引用文献1〜3には,ハーフトーン材料膜上に形成される金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層で構成するとともに,ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成したという構成,また,ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成したことにより,密着度を向上させて金属膜の反りを防止する効果を奏することは記載されていないから,本願の発明の新規性,進歩性を否定するものではない。(当然に,引用文献1〜3は,ハーフトーン材料膜上に金属膜を表面側から透明基板側に向かって段階的に及び/又は連続的にエッチングレートの異なる材料で構成することによって,エッチングレートが表面側から透明基板に向かうにしたがって段階的に及び/又は連続的に速くなるように設定する構成と,ともに,金属膜の透明基板側を窒素を含有する材料で構成したという構成に対しても,同様に,新規性,進歩性を否定するものではない。)」エ 原告は,平成15年7月31日,本件審判の請求をし,同年11月27日,請求の理由を記載した手続補正書(乙2)を提出したが,同手続補正書には,原査定が取り消されるべき理由として,分割出願の適法性を主張した上,引用例(引用文献3)の記載内容について,以下の記載がある。
「引用文献3の[0014]及び図11,図12,図13(注,図10ないし12の誤記と認められる。)には,『ハーフトーン材料膜上に形成される遮光膜として,Cr,CrO,CrN,CrON又はこれらを積層した複合膜を採用できる』点,並びに,『複合膜を採用する場合は,例えば,図10及び図11に示すような2層構造又は図12に示すような3層構造とすることができる』との記載があります。
上記記載は,『ハーフトーン材料膜上に形成される遮光膜』として,『Cr,CrO,CrN,CrONの単層膜』又は『これらを積層した複合膜』を採用できること,そして,『複合膜』を採用する場合は,『図10及び図11に示すような2層構造又は図12に示すような3層構造とする』ということであります。
本願発明は,『ハーフトーン材料膜上に形成される金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層(複合膜)で構成する』ものですので,引用文献3の場合の『Cr,CrO,CrN,CrONの単層膜』とは異なります。
また,複合膜である点では,引用文献3に開示のものと同じですが,引用文献3の『複合膜』は,『10,図11,図12』から明らかなように,いずれも『ハーフトーン材料膜と接する層』が『Cr』からなる層であり,本願発明のように,『窒素を含有する材料』ではありません。引用文献3には本願発明の特徴的構成が示されておりません。また,本願発明の課題(ハーフトーン材料膜との密着度向上等)や作用効果を示唆するような記載も一切存在しないことは明らかであります。」オ 審決は,上記第2の3( )のとおり,本願発明は,適法な分割出願であ 1り,原出願の出願日である平成9年6月27日を本願発明の遡及する出願日とみなした上,本願発明が引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした。
( ) ところで,補正前発明の要旨は,上記第2の2( )のとおり,「透明基板 21と,この透明基板上に形成されたハーフトーン材料膜と,このハーフトーン材料膜上に形成された金属膜を有するハーフトーン型位相シフトマスクブランクにおいて,前記金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したことを特徴とするハーフトーン型位相シフトマスクブランク。」というものであるところ,その記載の仕方からして,その特徴的な部分である「前記金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成した」点に進歩性があるとの構成となっていることが明らかである。
そこで,審査官は,本件拒絶理由通知書において,「前記金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成した」点に注目し,上記( )アのとおり,引用文献1には,「ハーフトーン材料膜2 1上に形成された金属膜5が窒素を含有する構成」,引用文献2には,「部分透明層11の上に形成された不透明層が窒素を含有する金属膜である構成」,引用例(引用文献3)には,「半透明位相シフト膜の上に形成された遮光膜が窒素を含有する金属膜である構成」等がそれぞれ記載されているとし,引用文献6については,本願発明の原出願の公開公報であるとし,引用文献1ないし6のいずれにおいても,それぞれ補正前発明の上記構成と同様のものが開示されているとしているものである。
そうすると,本件拒絶理由通知書は,引用文献1ないし6に記載されたそれぞれの発明に基づいて補正前発明が進歩性を欠くものとしているのであり,引用文献1ないし6を組み合わせたものに基づいて補正前発明が進歩性を欠くものとしているのでないことが明らかというべきである。
( ) 原告は,平成15年2月17日付けで,補正前発明を本願発明のとおりに 3補正した上,意見書において,上記()イのとおり主張し,これに対し,審 1査官は,上記( )ウのとおり,平成14年11月20日付け拒絶理由通知書 1に記載した理由1によって拒絶をすべきものであるとの拒絶査定をしたが,一方で,その備考欄に,「上述のとおり,出願日は遡及しないから,引用文献4〜6は,本願出願日前公知文献であり,先の拒絶理由1は解消されていない。なお,引用文献1〜3には,ハーフトーン材料膜上に形成される金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層で構成するとともに,ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成したという構成,また,ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成したことにより,密着度を向上させて金属膜の反りを防止する効果を奏することは記載されていないから,本願の発明の新規性,進歩性を否定するものではない。(当然に,引用文献1〜3は,ハーフトーン材料膜上に金属膜を表面側から透明基板側に向かって段階的に及び/又は連続的にエッチングレートの異なる材料で構成することによって,エッチングレートが表面側から透明基板に向かうにしたがって段階的に及び/又は連続的に速くなるように設定する構成と,ともに,金属膜の透明基板側を窒素を含有する材料で構成したという構成に対しても,同様に,新規性,進歩性を否定するものではない。)」と記載しており,上記記載によると,拒絶査定においては,引用文献1ないし3に対する関係では,拒絶理由が解消されたと述べているように読めないこともない。
しかし,本件拒絶理由通知書において,引用例(引用文献3)の具体的記載として掲げた段落【0014】には,「遮光膜としては,例えば,Cr(クロム),CrO(酸化クロム),CrN(窒化クロム),CrON(窒化酸化クロム),CrOCN又はこれらを積層した複合膜を採用できる。」と記載されているから,拒絶査定の上記「ハーフトーン材料膜上に形成される金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層で構成する」ことが記載されていないとの記載部分が,引用例(引用文献3)に当てはまらないことは明らかである。
そうすると,拒絶査定における「引用文献1〜3」が「本願の発明の新規性,進歩性を否定するものではない。」としたのは,少なくとも引用例(引用文献3)においては明白な誤りであったところ,原告においても,その誤りを優に把握し得るような誤記であったということができる。現に,原告は,平成15年11月27日付けの本件審判の手続補正書において,引用例(引用文献3)の段落【0014】及び図10ないし12の記載を指摘した上で,「ハーフトーン材料膜と接する層」が「窒素を含有する材料で構成したという構成」において本願発明の特徴的構成があり,引用例に基づき当業者が容易に本願発明に想到し得たとはいえないと主張しているのであって,拒絶査定における上記誤記にもかかわらず,原告は,引用例に基づき本願発明の進歩性を否定されたことを拒絶査定不服の理由の一つとし,引用例の技術内容を検討し,引用例との対比において,本願発明の進歩性が認められるとの主張をした。これに対して,審決は,正に,原告が審判請求において主張している「ハーフトーン材料膜と接する層」が「窒素を含有する材料で構成したという構成」において本願発明の特徴的構成があり,引用例に基づき当業者が容易に本願発明に想到し得たとはいえないとする点について判断をし,原告の主張を排斥したものである。
以上によれば,拒絶査定の備考欄の記載は,誤りを含むものではあったが,原告自身,拒絶査定の誤りを正しく理解し,審査官が引用例によって本願発明の進歩性を否定していることを前提にし,これをも拒絶査定不服の理由の一つとして審判請求をするとともに,引用例の技術内容を検討し,引用例との対比において,本願発明の進歩性が認められるとの主張をし,これに対して,審決は,引用例に基づいて本願発明の進歩性を否定しているのであって,このような審査及び審判の手続の全体の経緯に照らせば,審査官は,拒絶査定において,引用文献4ないし6のみならず,引用例(引用文献3)によっても本願発明の進歩性を否定していることが,原告においても十分理解し得たものというべきである。
ところで,特許法159条2項は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,同法50条の規定を準用し,拒絶査定不服審判請求を不成立とする審決をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならないこととしているが,同規定の趣旨は,審査手続において通知した拒絶理由によって出願を拒絶することは相当でないが,拒絶理由とは異なる理由によって拒絶するのが相当と認められる場合には,出願人が当該異なる理由については意見書を提出していないか又は補正の機会を与えられていないことが通常であることにかんがみ,出願人に対し改めて意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるものと解される。そうすると,本件審判の段階において,改めて引用例に基づいて本願発明の進歩性を否定する旨の拒絶理由を通知して,出願人である原告に対し,意見書の提出及び補正の機会を与えなくても,原告に実質的な不利益は生じないということができるから,本件は,特許法159条2項にいう「拒絶査定不服の審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」には当たらないというべきである。
( ) 原告は,本件拒絶理由通知書において,実際の出願日後の文献である引用 4文献4ないし6が掲げられていることなどを挙げて,引用例との対比における補正前発明の進歩性を否定するという拒絶理由が示されていなかった旨主張する。
しかし,本件拒絶理由通知書において,補正前発明の進歩性を否定するものとして,引用例を含む原出願の出願日前の文献と原出願の出願日後の文献が掲げられていたとしても,そのことが,原出願の出願日前の文献である引用例に記載された発明のみによっては補正前発明の進歩性を否定することができず,引用例と原出願の出願日後の文献に記載された発明とを組み合わせて,初めて,補正前発明の進歩性を否定するができることを意味するものではない。原告の主張は,独自の見解であり,採用することはできない。
また,原告は,拒絶査定の備考欄の記載に基づき,引用例単独での拒絶理由に対する意見書の提出及び補正の機会が与えられなかったこと,さらには,選択発明の主張や,それを補強するため特許請求の範囲減縮する手続補正を行う機会を失ったことを主張し,さらに,審判合議体が,審査官において拒絶の理由とならないとしていた理由で進歩性を欠くと認定することが許されるのであれば,出願人は,審判請求に当たり,審査官がした自己に有利な判断の適否についてまで検討しなければならないこととなり,あまりにも理不尽であるなどと主張する。
しかし,上記(3)のとおり,拒絶査定の備考欄の記載を考慮したとしても,本件について,原告には,引用例単独での拒絶理由に対する意見書の提出及び補正の機会があり,現に,原告は,拒絶査定前に意見書を提出し,補正前発明を本願発明のとおりに補正しただけでなく,本件審判においても,引用例単独での拒絶理由に対して請求の理由を記載した手続補正書において意見を述べたのであり,また,原告は,上記審判請求において,現状の明細書の記載のまま進歩性を主張し続けるか,あるいは,補正をするかという局面において,前者を選択し,引用例の技術内容を検討し,引用例との対比において,本願発明の進歩性が認められるとの主張をしているのであるから,そのような選択をした責任は原告自らに帰すべきものであって,選択発明の主張やそれを補強するための補正を行う機会を奪われたとする原告の主張は失当というほかない。
さらに,原告は,本件審判段階の平成15年11月27日付け手続補正書において,審決が引用した刊行物である引用例(引用文献3)についての意見を述べたことについて,これは,引用文献1ないし3は,本願発明の新規性,進歩性を否定するものではないとの拒絶査定における審査官の判断が,引用例(引用文献3)にも当てはまることを確認しているにすぎないとも主張するが,同手続補正書の上記(1)エの記載に照らし,原告が,該当部分において,引用例に基づく拒絶理由が解消していないことを前提とする主張をしていることは明らかであり,原告の上記主張も採用できない。
(5) 以上によれば,本件において,審決に特許法159条2項に違反する手続上の瑕疵が存在するということはできないから,原告主張の取消事由1は,理由がない。
2 取消理由2(相違点についての判断の誤り)について( ) 原告は,審決が,本願発明と引用発明との相違点として認定した,本願発 1明が 「ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成」するのに対し,引用発明にはそのような構成が明示されていない点について,「引用発明において半透明位相シフト膜に接する層を窒素を含有する材料で構成することは当業者が容易に行うことができたものであり,本願発明の作用効果も引用刊行物(注,引用例)の記載から当業者が予測できる範囲のものである。」(審決謄本4頁第7段落)と判断した点の誤りを主張するので,以下,検討する。
( ) 上記相違点に関連する記載として,引用例(甲3)には,以下の記載があ 2る。
ア 「透明基板の上に半透明位相シフト膜を積層して成るハーフトーン型位相シフトマスクにおいて,有効領域内の所定パターンの形状に半透明位相シフト膜を有し,有効領域外の外周部に形成された半透明位相シフト膜の上に遮光膜を設けたことを特徴とするハーフトーン型位相シフトマスク。」(【特許請求の範囲】【請求項1】)イ 「請求項1・・・記載のハーフトーン型位相シフトマスクにおいて,遮光膜がCr,CrO,CrN,CrON,CrOCN又はこれらを積層した膜であることを特徴とするハーフトーン型位相シフトマスク。」(【特許請求の範囲】,【請求項3】)ウ 「半透明位相シフト膜としては,例えばMo・Si系の材料,より具体的には,例えば化学記号MoSiO N(X,Yは整数)で表される材料XYを用いることができる。また,ハーフトーン材料膜がMo・Si系材料で形成されるとすれば,遮光膜としては,例えば,Cr(クロム),CrO(酸化クロム),CrN(窒化クロム),CrON(窒化酸化クロム),CrOCN又はこれらを積層した複合膜を採用できる。複合膜を採用する場合は,例えば,図10及び図11に示すような2層構造又は図12に示すような3層構造とすることができる。」(段落【0014】)エ 「図1は本発明に係るハーフトーン型位相シフトマスクの一実施例,特に,いわゆるレチクルマスクを示している。また,図2は図1におけるマスクの断面構造を示している。この位相シフトマスクは,図2に示すように,石英からなる透明基板1の上にMoSiOxNyの半透明位相シフト膜2aを積層し,さらに半透明位相シフト膜2aの上にCr,CrO,CrN,CrOCN,またはこれらを積層した遮光膜11bを積層することによって形成される。」(段落【0017】【実施例】)オ 「次にハーフトーン型位相シフトマスクの製造工程を図3に示す。まず,図3(a)に示すように,石英によって形成された透明基板1の上に,周知の成膜方法を用いて,Mo・Si系の半透明位相シフト層2,Cr,CrO,CrN,CrON,CrOCN又はこれらを積層した合成物によって形成された遮光層11,そしてポジレジストによって第1レジスト層14を形成した。」(段落【0019】)カ 図10ないし図12には,遮光膜の実施例の部分断面構造を示す図が記載され,図10は,CrOとCrの2層構造,図11は,CrNとCrの2層構造,図12は,CrOとCrNとCrの3層構造である。
上記によれば,引用例には,ハーフトーン材料膜の上部に,「Cr,CrO,CrN,CrON,CrOCN又はこれらを積層した合成物」によって形成された遮光層(金属膜)を形成するシフトマスクブランクが記載されており,実施例として,図10には,CrとCrOの2層構造,図11には,CrとCrNの2層構造,図12にはCrとCrNとCrOとの3層構造の積層が記載されている。
引用例において,「Cr,CrO,CrN,CrON,CrOCN」を「積層」して用いる場合は,本願発明と同じく,「金属膜を互いに異なる材料からなる複数の層で構成」するものであるところ,引用例に掲げられた5種の材料を用いて,複数の層を構成する場合,5種の材料をどのように選択するか,ハーフトーン材料膜に接する層の材料に何を用いるかに関し,引用例にその選択を限定する旨の記載はない。引用例の図10ないし図12も,「例えば」との語の後に説明されているように(上記ウ参照),組合せの例を示したものにすぎないことは明らかである。また,引用例には,特定の材料について,ハーフトーン材料膜に接する層の材料から排除する旨の記載はないのみならず,引用例に照らせば,それぞれの材料は単層の遮光層として使用できるのであるから,金属膜を複数の層で構成する場合,そこで掲げられている各材料につき,ハーフトーン材料膜に接する層に使用できない理由があると直ちには認められない。
( ) 進んで,原出願の出願日当時における技術水準についてみると,乙4公報 3には,「従来の位相シフトマスクは,上述の如く,透明ガラス基板上に設けた各層の材質が全く異なるため,膜の密着性が悪く,洗浄等により膜剥れを起こす問題があった。」(段落【0004】)との記載がある。
また,乙5公報には,「従来,クロムを主成分とする遮光性膜としては,基板との密着性やエッチング特性等に関する良好な品質を得るために,他の元素として窒素,酸素,あるいは炭素等を添加したものを用いている。」(段落【0002】【従来の技術】),「フォトマスクブランクの遮光膜として用いる場合には,窒素ガスの含有率は0.1乃至0.35であることが望ましい。なぜなら,窒素ガスの含有率が0.1以下では遮光膜と基板との密着強度が低く,また0.35以上ではピンホールが発生しやすくなる等の問題があるためである(例えば,特公平4-1339号公報,特開昭60-91356号公報を参照)。しかしながら,(図1)に示したように上記の窒素ガス流量において,窒素ガス含有率を本の(注,「ほんの」の誤記と認める。)少し増加させただけでも,膜の内部応力は圧縮から引張りに急激に変化してしまう。」(段落【0005】),「前記のように,窒化クロム膜の応力は結晶の形成の有無により大きく変化する。したがって,低応力の膜を安定して製造するためには,膜の結晶化を制御することが非常に重要になってくる。」(段落【0011】),「尚,反射率を低減する等の目的で多層膜とする場合であっても,スパッタ成膜時の窒素の量に応じて応力は緩やかに変化するので,他の層の応力に応じて適宜遮光層の応力を選択することで,平面度の変化量を低減することが容易にできる。」(段落【0022】)との記載がある。
さらに,乙6公報には,「SOGとクロムとは密着性に問題があり,SOGからクロムが剥離したり,あるいは,クロム上からSOGが剥離してしまう可能性もある。」(段落【0026】),「(構成3)構成1又は2のハーフトーン型位相シフトマスクにおいて,前記遮光部を構成する部材が,酸素,炭素及び窒素のいずれか1又は2以上を含むものであることを特徴とする構成とし」(段落【0029】),「構成2又は3のように,半透光部又は遮光部を構成する部材を,酸素,炭素及び窒素のいずれか1又は2以上を含むものにすれば,これらの添加量を制御することによって両者の密着性を維持しつつ比較的簡単に所定の光透過率を得ることが可能となる。」(段落【0031】)との記載がある。
上記記載を総合すると,原出願の出願日当時において,フォトマスクブランクにおける遮光膜について,基板及び膜間での密着性を高くすることが周知の課題となっており,その解決手段としてクロムを主成分とする遮光性膜に窒素,酸素,炭素を含有させることが試みられ,窒素を含有させる場合の長所短所も知られていたことが認められる。
この点について,作用効果の点に関してではあるが,原告は,乙4公報ないし乙6公報には,ハーフトーン材料膜上に金属膜が形成されたハーフトーン型位相シフトマスクブランクから,ハーフトーン型位相シフトマスクを作製する過程において,剥離膜及びハーフトーン材料膜ダメージによる位相シフト量が変化するという技術的課題については一切,記載されていないばかりか,クロムに窒素を含有する膜がハーフトーン材料膜ダメージを抑制する効果を有することについても記載されていない旨主張する。
しかしながら,ここで問題としているのは,原告の主張するような具体的な技術ではなく,これらを捨象した原出願の出願日当時における技術水準がどうであったかを論じているのであるから,原告の上記主張は,失当というほかない。
原出願の出願日当時における上記のような技術水準を参酌すると,引用例において,「遮光膜としては,例えば,Cr(クロム),CrO(酸化クロム),CrN(窒化クロム),CrON(窒化酸化クロム),CrOCN又はこれらを積層した複合膜を採用できる。」との記載に接した当業者であれば,そこで掲げられている各材料のうちの「Cr(クロム),CrO(酸化クロム),CrN(窒化クロム),CrON(窒化酸化クロム),CrOCN」につき,これらをハーフトーン材料膜に接する層に使用することができないなどと考えることがあり得ないところである。したがって,引用例において,遮光層を積層とする場合,引用例の図10ないし図12に記載されるように,当業者は,まずCr層を選択し,その表面にCrO膜などの反射防止膜を積層するのが通常というべきであり,引用例の実施例に遮光層を構成する材料として「CrN」や「CrOCN」が例示されていたからといって,直ちに本願発明の構成が記載されているとは到底いえないとする原告の主張が,採用できないことは,明らかである。
以上のとおり,引用発明においては,金属膜として,「Cr,CrO,CrN,CrON,CrOCN」の5種の材料のうち,複数の材料を使用する発明が記載されているところ,遮光層について積層構造を採用した場合,例示された5種の金属のうち,どの金属を採用するか及びそれをどのように積層するか,その選択及び積層の順序については,適宜の選択事項というべきであり,上記5種の金属の材料のうち,CrN,CrON及びCrOCNの3種が窒素を含有する材料である。そうすると,引用発明から,ハーフトーン材料膜と接する層を窒素を含有する材料で構成することは,引用発明で掲げられた材料が5種であり,そのうち3種が本願発明と同様の窒素を含有する材料であることに照らせば,当業者が容易に想到し得る程度のことであると認められる。
( ) 原告は,本願発明は,金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材 4料を窒素を含有する材料で構成したことにより,金属膜の結晶粒が密になり,ハーフトーン材料膜との密着度が高くなるとともに,金属膜の反りが防止されるという作用効果を奏するものであり,他方,引用発明は,本願発明とは技術的思想を異にするものであって,本願発明は,引用発明に開示されていない顕著な効果を奏し,選択発明として,新規性及び進歩性を有すると主張する。
そこで,まず,選択発明が認められる根拠として原告が主張する顕著な効果についてみると,本件明細書中には,確かに,「前述した課題を解決するための手段として,第1の手段は,透明基板と,この透明基板上に形成されたハーフトーン材料膜と,このハーフトーン材料膜上に形成された金属膜を有するハーフトーン型位相シフトマスクブランクにおいて,前記金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したことを特等(注,「特徴」」の誤記と認める。)とするハーフトーン型位相シフトマスクブランクである。」(段落【0018】【課題を解決するための手段】),「上述の第1又は第2の手段によれば,前記金属膜の少なくともハーフトーン材料膜と接する材料を窒素を含有する材料で構成したことにより,金属膜の結晶粒が密になり,ハーフトーン材料膜との密着度が高くなるとともに,金属膜の反りが防止される。」(段落【0026】)との記載がある。
しかしながら,本件明細書の比較例1ないし3において,ハーフトーン材料膜と接する金属膜を窒素を含有する材料で構成しないのは,同金属膜をCrとする比較例1だけであるが(段落【0076】),比較例1の効果等については,「そして,この比較例1においては,ハーフトーン材料膜の表面にダメージが発生し,そのために所望の位相差が得られないという不具合を生じた。これは,前記Cr膜とCrN膜のエッチングレートが,それぞれ1.5nm/sec,2.2nm/secであり,パターニングする際における,ハーフトーン材料膜と接するCrからなる第1金属膜のエッチングレートが,この第1金属膜上に形成されるCrNからなる第2金属膜のエッチングレートよりも遅いことに起因するものと想定される。また,得られたハーフトーン型位相シフトマスクブランクについて引っかき試験を行なったところ,100枚の試験片中8枚が,第1金属膜と第2金属膜との間で剥離が発生し,密着強度が不十分であった。」(段落【0078】〜段落【0080】)との記載があるのみである。
以上によれば,そもそも,比較例1において,金属膜の結晶粒が密にならなかったこと,ハーフトーン材料膜との密着度が高くならなかったこと,金属膜の反りが発生したことが記載されていないのであるから,結局,本件明細書には,本願発明の構成をとることによって,原告主張の顕著な効果を奏することが記載されているとはいえない。
かえって,本件明細書には,「前記第1金属膜に含まれる窒素の量は,5〜60at%が好適であり,その含有量が5at%未満であると,第1金属膜の結晶粒が密にならず,透明基板との密着強度が弱く,また,第1金属膜に応力(反り)が発生しやすくなり,膜はがれが発生する。さらに,エッチングレートが遅くなるのでハーフトーン材料膜へのダメージが無視できなくなり,透過率や位相シフト量といった光学特性が変化するので好ましくない。
一方,窒素の含有量が60at%を越えると,エッチングレートが速くなり,第2金属膜とのエッチングレートの差が大きくなってしまい,パターン形成がオーバーハング形状となって,垂直なパターンが得れないので好ましくない。そして,前述したオーバーハング形状は,最上層の金属膜の先端が欠けやすくなり,この欠けた金属膜が望まない箇所に付着して黒欠陥が発生することから好ましくなく,パターン形状や生産性を考慮すると,この窒素含有量の好ましい範囲は10〜40at%で,より好ましい範囲は15〜30at%である。」(段落【0050】〜段落【0053】)との記載があり,また,実施例1ないし7として,石英からなる透明基板上にMoSiN系材料からなるハーフトーン材料膜,CrNの第1金属膜,CrCの第2金属膜を積層したハーフトーン型位相シフトマスクブランクで,第1金属膜の窒素の含有量を5から60at%で変化させたものが記載され,比較例2として,上記の窒素の含有量を3at%としたもの,比較例3として同含有量を65at%としたものが記載され,各実施例では,高精度のパターニングが行われ信頼性が高いのに対し,比較例2,3は高精度のパターニングができないことが記載されている。
これによれば,本件明細書には,ハーフトーン材料膜と接する金属膜の材料を窒素を含有する材料としたとしても,その窒素の含有量によっては,所期の効果を奏することはできず,特に,その窒素の含有量が5at%未満の場合には,金属膜の結晶粒が密にならず,また,金属膜に反りが生ずると明記されている。本願発明は,ハーフトーン材料膜と接する金属膜の材料の窒素の含有量に限定を付していないものなのであるから,本願発明の構成においても,原告主張の顕著な効果を奏することがない場合があることが本件明細書に明記されているのであり,原告の主張は,本件明細書の記載とも矛盾するものであって,理由がない.( ) 原告は,審決が,引用例には,「引用発明における実施例として『Cr 5N』と『CrOCN』を選択することも開示されている」(審決謄本4頁第6段落)と認定した点を争うが,前記のとおり,引用発明においては,金属膜を積層構造とする場合の複数の金属の選択の方法に制限はなく,また,どの層をハーフトーン材料膜と接する層とするかについても限定はないのであるから,2層構造とした場合に選択される金属の選択肢の数に照らしても,引用発明における実施例として,CrNとCrOCNを選択することが開示されているとした審決の判断に誤りはない。
この点について,原告は,甲8文献に基づき,原出願の出願日前において,金属薄膜としては,Crが一般的であり,Cr膜の表面に反射防止膜としてCrO膜を形成することが普通に行われていたことを考えると,引用例において,積層した遮光層とする場合,引用例の図10ないし図12に記載されているように,当業者はまずCrを選択し,その表面にCrO膜などの反射膜を積層するのが普通であるとも主張する。
しかし,上記( )のとおり,引用例においては,積層構造を採用する場合, 25種の金属のいずれも,ハーフトーン材料膜と接する材料とし得ると解されるのであるし,甲8文献においても,金属薄膜材料としてクロムが一般的であり,また,クロム膜の表面に酸化クロムの膜を形成した2層タイプのものが知られている旨の記載はあるが,その記載を超えて,金属膜の材料として,CrNなどの窒素を含有する材料を使用する場合に,これをハーフトーン材料膜に接する層に用いることを阻害するような記載はなく,甲8文献の記載に照らしても,引用例において,当業者が,ハーフトーン材料膜と接する層をCrとすることが普通であるとまでは認められないから,原告の主張は採用できない。
さらに,原告は,本願発明は,ハーフトーン型位相シフトマスク製造の一連のプロセスにおいて,従来着目していなかった新規の課題を見いだし,従来技術からは到底推測することができない画期的な効果が得られると主張するが,上記( )のとおり,明細書の記載に基づかないか,これと反する効果 4を主張するものであり,採用することができない。
( ) 以上によれば,相違点についての審決の判断に誤りはなく,原告主張の取 6消事由2は,理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明
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