関連審決 | 不服2004-22317 |
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関連ワード | 技術的思想 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 周知技術 / 技術常識 / 援用権(援用) / 容易に想到(容易想到性) / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10404号
審決取消請求事件
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原告 松下電器産業株式会社 同訴訟代理人弁理士 石原勝 被告 特許庁長官中嶋 誠 同指定代理人 福田裕司 同 後藤時男 同 杉野裕幸 同高木彰 同 大場義則 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/04/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2004-22317号事件について平成17年2月21日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「超音波式流量計」とする発明につき,平成7年5月19日,特許を出願(平成7年特許願第120977号,以下「本願」という。 請求項の数は4である。)し,平成16年4月23日付け手続補正書により明細書の補正を行ったが,同年9月22日付けの拒絶査定を受け,同年10月28日,不服の審判請求を行った。 特許庁は,この審判請求を不服2004-22317事件として審理し,その結果,平成17年2月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年3月8日,審決の謄本が原告に送達された。 2 特許請求の範囲平成16年4月23日付け手続補正書による補正後の本願の明細書及び図面(以下「本願明細書」という。)に記載された請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,下記のとおりである。 記「断面が矩形状の流量測定部と,前記流量測定部を挟んで配置された第一及び第二の超音波振動子と,前記超音波振動子の信号を基に流量を算出する流量演算部とを備え,前記流量測定部の矩形断面における短辺の長さを,前記長さを代表長さとして計算したレイノルズ数が層流域になる様に設定し,さらに前記第一及び第二の超音波振動子はこの短辺側に位置させた超音波式流量計。」3 審決の理由別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平6-249690号公報(甲第1号証。以下「引用刊行物A」という。)に記載された発明(以下「引用発明A」という。),特開平5-180677号公報(以下「引用刊行物B」という。)に記載された発明(以下「引用発明B」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。 審決は,上記結論を導くに当たり,引用発明Aの内容並びに本願発明と引用発明Aとの一致点及び相違点を次のとおり認定した。 (1) 引用発明Aの内容「矩形断面の測定管15と,前記測定管15を挟んで配置されたトランスデューサ5,6と,前記トランスデューサ5,6の信号から時間差測定回路または伝搬時間逆数測定回路および伝搬時間差又は伝搬時間逆数差に比例した流量を算出補正する演算回路とを備え,トランスデューサ5,6を測定管15の長軸方向に装着した超音波流量計。」(2) 一致点「断面が矩形状の流量測定部と,前記流量測定部を挟んで配置された第一及び第二の超音波振動子と,前記超音波振動子の信号を基に流量を算出する流量演算部とを備え,前記第一及び第二の超音波振動子はこの短辺側に位置させた超音波式流量計。」である点(3) 相違点本願発明では「流量測定部の矩形断面における短辺の長さを,前記長さを代表長さとして計算したレイノルズ数が層流域になる様に設定している」のに対して,引用発明には当該構成を有しない点 |
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原告主張の取消事由の要点
審決は,相違点についての判断を誤り(取消事由1),本願発明の顕著な作用効果を看過したこと(取消事由2)により,引用発明A,引用発明B及び周知技術に基づいて,当業者が本願発明を容易に発明することができたと誤って判断したものであるから,取り消されるべきである。なお,審決の引用発明Aの認定及び本願発明と引用発明Aとの一致点,相違点の認定は認める。 1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)引用発明Bを引用発明Aに適用することは困難であり,また,矩形断面管におけるレイノルズ数の求め方は周知でないのに,審決は,この点の認定判断を誤り,相違点についての判断を誤ったものである。 (1) 引用発明Bを引用発明Aに適用する困難性審決は,引用発明A及び引用発明Bが,乱流域では広い流量範囲にわたって高い精度の値を求めることが困難であるという解決すべき共通の課題を有しているとし,その課題を解決するために,引用発明Aの「断面矩形状の測定管15の大きさに注目し,管内を流れる流体のレイノルズ数Reを2320より小さくなるように管の大きさを制御することにより管内を流れる流体を層流にし精度の高い流量を求めるようにすることは当業者であれば容易に想到しうる」と判断したが,誤りである。 ア 引用発明Aと引用発明Bとでは,課題が異なる。 引用発明Aは,測定管が断面円形である場合には,配管状況によっては,偏流や旋回流が発生し易く,管内の流れが乱されて,真の管内平均流速を求めることが困難であるという問題の解決を課題とするものである。他方,引用発明Bは,測定管が断面円形である従来例の測定管により広い流量範囲にわたって流量を計測する場合には,高流量域で乱流を計測しなければならなくなって高精度の計測が困難になるという問題の解決を課題とするものである。 引用発明Aの課題は,配管状況の影響で管内の流れが乱されることによって高精度の流量計測を行うことが困難なことを問題としているのであるから,高流量域での高精度流量計測が困難であるという引用発明Bの課題とは無関係である。 引用発明Aにおいて,測定管15の中央部を断面矩形状としたのは,管内の流れが「配管状況の影響」によって乱されるという問題を解決するためであるから,引用発明Aにおける中央部の断面の大きさ及び形状は,配管状況の影響によって流れが乱されないよう整流機能を営むように設定されればすむことである。したがって,引用発明Aにおいては,高流量域においても層流状態が維持されるべく,管内を流れる流体のレイノルズ数Reを所定値以下となるように管の大きさ及び形状を設定しようとする必要性ないしは動機付けとなるものがない。 イ 引用発明Aと引用発明Bとでは,課題の解決方法が異なり,関連性がない。 引用発明Bは,レイノルズ数を求める式(Re=X ・D/ν)における0X を変えることなく,Reを減少させるための手段として,流量を分岐管 0と主管とに分配し,Dが小さい分岐管で流量計測を行うことによって,前記課題を解決したものである。したがって,引用発明Bは,全流量が流れる測定管の管内径や断面形状を変更して課題を解決しようとするものでないから,この引用発明Bの解決手段と,引用発明Aにおいて断面矩形管の大きさ及び形状を変えようとすることとの間には全く関連性がない。 ウ 以上のとおり,引用発明Aと引用発明Bとは,解決すべき課題が全く異なるものであり,その課題の解決方法も異なり,関連性がないから,引用発明Aの断面矩形状の測定管15の大きさに注目し,高流量域において管内を流れる流体のレイノルズ数Reを2320より小さくなるように管の大きさを設定することにより,層流状態を維持できるようにし,広い流量範囲にわたって精度の高い流量を求めるようにすることは,当業者といえども容易ではないというべきである。 (2) 矩形断面管におけるレイノルズ数の周知性審決は,中村育雄=大坂秀夫共著『工学基礎機械流体工学』(共立出版株式会社,1992年)99〜100頁(甲第3号証,以下「甲3文献」という。)を挙げて,「断面が矩形状であり長辺Hが短辺hに比べて十分大きい管内を流体が流れる場合には,管内を流れる流体のレイノルズ数は管の短辺の長さに依存することは当業者にとって自明な事項である」として,「管の長辺が短辺に比べて十分長い条件の下で短辺の長さを代表値としてレイノルズ数を計算」することが容易である旨判断したが,誤りである。 ア 甲3文献には,円形断面の管の水力直径mがD/4であり,レイノルズ数ReがRe=V・4m/νで求められることから,矩形断面の管を流れる流体のレイノルズ数Reも同様の式で求められると仮定して,レイノルズ数Reを変数とする管摩擦係数λなどを,円管の場合と同様の方法で求めた試みが記載されている。しかし,「上述の考察で得られた円形断面の管との対応は完全なものではないことがわかります。したがって,各形状の管について実験が必要です。」との記載もあり,矩形断面の管を流れる流体のレイノルズ数Reを求める際に,その代表長さとして水力直径m,Hを長辺長さ,hを短辺長さとすると,m=4Hh/2(H+h)を用いることは確立された技術事項ではない。 イ また,被告が援用する乙第1号証における試みは,矩形断面管における管摩擦係数λをRe及びb/hとの関連で求めようとするものであり,しかも層流の場合に限定したものであるから,矩形断面管内の流体が層流から乱流に変わる際の指標としてのレイノルズ数Re(臨界レイノルズ数値)を求めることとは無関係の試みであり,矩形断面管において,本願発明の「その短辺長さを,前記長さを代表長さとして計算したレイノルズ数が層流域となる様に設定」するという考えに想到し得るような示唆事項を見いだすことはできない。 ウ したがって,管内を流れる流体のレイノルズ数は管の短辺の長さに依存することは当業者にとって自明な事項であるとするのは,理由のないものであり,また,乙第1号証の記載からも,短辺の長さを代表値としてレイノルズ数を計算し,管内を流れる流体を層流にすることは,容易に想到し得たものとはいえない。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)審決は,本願発明によってもたらされる効果は,引用発明A,引用発明B及び周知技術から予測される範囲内のものであると判断したが,誤りである。 (1) 本願発明は,従来例においては乱流での流量計測が余儀なくされる広い流量範囲にわたって,流量計測を層流状態で行うことができ,流速分布の形状が不安定な遷移状態を経過することなく精度の良い流量測定が実現するという格別の効果を奏し得るものである。 (2) 引用発明Aは,配管状況による悪影響によって,管内の流れが偏流や旋回流によって乱されるのを防いで流量測定精度を高めるという効果を有しているにすぎず,本願発明のように,広い流量範囲にわたって流量計測を層流状態で行って精度の良い流量測定を実現するという効果を予測し得ないものである。 引用発明Bは,本願発明と同様,広い流量範囲にわたって流量計測を層流状態で行おうとするものではあるが,全体の流量のうち一部についてのみ層流状態で流量計測を行うものであるので,本願発明のような精度の良い流量測定を行うことができないものであって,引用発明Bからは本願発明の上記の効果を予測することは困難である。 甲3文献は,矩形管内を流れる流体の状態を分析した学術書であって,本願発明の上記効果とは無関係のものである。また,引用発明Aと引用発明Bとを組み合わせる動機付けとなるものは見い出せず,それぞれの発明の効果は個別にしか認識し得ないものである。 (3) したがって,広い流量範囲にわたって流量計測を層流状態で行い,精度の良い流量測定を実現するという本願発明の効果は,引用発明A,引用発明B及び周知技術からは,予測し得ないものである。 |
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被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について(1) 引用発明Bを引用発明Aに適用する困難性についてア 引用発明Aの課題は,「偏流や旋回流といった流速分布の変動等を減少させ」て真の平均流速を得る点にあり,引用発明Bの課題は,「乱流域では広い流量範囲にわたって高い精度の値を求めることは困難である」という点にある。 超音波流量計の測定原理は,超音波伝搬経路における平均流速を測定することにより流量を測定するものである。そのため,真の平均流速を高精度で得るためには,流速分布の影響を受けないようにする必要があり,これが超音波流量計の測定原理に起因する根本的課題である。そして,この根本的課題には,乱流域における補正係数の変化,遷移領域における流れの不安定及び偏流における誤差等が含まれることは技術常識である。 したがって,引用発明A及び引用発明Bは,いずれも超音波流量計の測定原理に起因する根本的課題を有するものであり,また,乱流域では広い流量範囲にわたって高い精度の値を求めることは困難であるという共通の課題を有するものであるといえる。 管内の流れが「配管状況の影響」によって乱されるという引用発明Aにおける課題は,上記のとおり,超音波流量計の測定原理に起因する根本的課題に包含されるものであるから,引用発明Aにおいても,高流量域においても層流状態が維持されるべく,管内を流れる流体のレイノルズ数Reを所定値以下となるように管の大きさ及び形状を設定しようとする必要性ないし動機付けがある。 イ 引用発明Bにおける課題の解決方法は,主管に分岐管を設け,分岐管を測定部として層流域で計測できるようにしたものであるが,真の平均流速を高精度で得るために管内を層流とするという技術思想を実現する場合に,測定管が主管であるか分岐管であるかは特段の意味をなすものではない。また,特開平5-180679号公報(乙第3号証,以下「乙3公報」という。)に記載されているように,分岐管を設けることなしに主管の断面形状を変更することにより層流域で計測するように構成することも可能であるといえるから,引用発明Bから層流域で計測できるように超音波流量計を構成するという技術思想を把握することに誤りはない。 (2) 矩形断面管におけるレイノルズ数の周知性について機械設計便覧編集委員会編『機械設計便覧』(昭和40年,丸善株式会社)1456頁(乙第1号証)には,円形断面の管の水力直径mがD/4であり,レイノルズ数ReがRe=V・4m/νで求められるときに,矩形断面の管を流れる流体のレイノルズ数Reは,Hを長辺長さ,hを短辺長さとすると,Re=2VHh/(H+h)νを用いることにより求められることが記載されており,当業者にとって技術常識であるということができる。したがって,長辺Hが短辺hに比べて十分大きく,H>>hの関係にある場合,Re≒2Vh/νとなり,管内を流れる流体のレイノルズ数は管の短辺の長さに依存することは明らかであるから,審決が「当業者にとって自明の事項」であるとした点に誤りはない。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について原告は,本願発明の効果として,従来例においては乱流での流量計測が余儀なくされる広い流量範囲にわたって,流量計測を層流状態で行うことができる点を挙げるが,この点は本願明細書の記載に基づくものではない。本願明細書に記載された本願発明の効果は,「圧力損失を増加させることなく流量計測を層流状態で行うことができ,流速分布の形状が不安定な遷移状態を経過する事なく精度の良い流量測定が実現する」点にあるが,引用刊行物Bには,層流域で計測できるように構成することにより,流量の測定値の精度を向上させることができる旨が記載されているから,本願発明の奏する効果は,引用発明Aに,引用発明B及び周知技術を適用することによってもたらされる効果にとどまり,当業者が予測できる範囲内のものである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について(1) 引用発明Bを引用発明Aに適用する困難性についてア 引用刊行物A(甲第1号証)によれば,引用発明Aは,「超音波の伝播時間差または伝播時間逆数差に比例して流体の流量を測定する」(【0025】)超音波流量計の発明であり,伝播時間差法又は伝播時間逆数差法により「求めた流速Vは,測定管20の計測パスにおける平均流速であるが,測定管20内の平均流速を表すものではない」(【0019】)から,補正を要するところ,「配管状況により,偏流や旋回流が発生した場合には上記の補正係数Kを適用しても高精度の補正はできない」(【0021】)実情にあるため,「配管による旋回流や偏流を減少することにより,小形で,高精度の超音波流量計を提供することを目的とする」(【0024】)ものであって,偏流や旋回流がある場合には,補正係数Kを適用しても高精度の補正ができないことから,偏流や旋回流を減少することにより測定精度を向上させる点をその目的の一つとしているものと認められる。 引用刊行物B(甲第2号証)によれば,引用発明Bは,「超音波を用いて管内の流速を測定することにより,流体の流量を求めるようにした超音波流量計に関するものであ」り(【0001】),レイノルズ数に応じた流速補正係数「κは,乱流域では,図11に示すようにレイノルズ数Re,すなわち面平均流速V により変化するため,広い流量範囲にわたつて高い精度の0値を求めることは困難である。本発明はかかる課題を鑑みてなされたものであって,κが一定である層流域で計測できるように超音波流量計を構成することにより,流量の測定値の精度を向上させることを目的とする」(【0004】)ものであることが認められる。 ところで,審決は,引用発明Aにおいても「引用刊行物Bと同様に乱流域では広い流量範囲にわたって高い精度の値を求めることが困難であるという解決すべき共通の課題が存在」すると説示しているが,引用刊行物A(甲第1号証)には,乱流域では,広い流量範囲にわたって高い精度の値を求めることは困難であるとの課題が明示されておらず,また,乱流域においても補正係数Kにより変化したパターンに応じた補正が可能である旨記載されていること(甲第1号証の【0019】〜【0021】)からすると,引用発明Aは,乱流域においても測定するものといえるから,審決の上記説示は適切であるとはいえない。 しかし,引用発明A及び引用発明Bは,伝播時間差法により流速を求め,これにより流量を計測する超音波流量計である点において共通するところ,乙第2号証(川田裕郎ほか2名編『流量計測ハンドブック』昭和54年,日刊工業新聞社)によれば,伝播時間差法により流速を求めるに際し,流れを層流にすれば,補正係数を一定にすることができることは,本願の出願時,周知であったと認められるから,引用発明Aにおいても,測定管である矩形管内を流れる流体を層流として測定を行えば,補正係数を一定とすることができることは,当業者にとって明らかなことであるといえる。そして,伝播時間差法により流速を求める超音波流量計において,より安定した精度の高い測定を行うことは,常に指向される技術的目標であることは明らかであるから,引用発明Aにおいて,更なる測定精度の向上のために,偏流や旋回流の発生防止にとどまらず,測定管に流れる流体を層流状態とすることは,当業者において当然考慮すべきものということができる。 したがって,引用発明Aにおいて,測定管の流体を層流状態とするために,引用発明Bを適用することには,十分な動機付けがあるといえるし,引用発明Aと引用発明Bとは,いずれも伝播時間差法の原理を用いる超音波流量計に関する発明であって,その技術分野を共通にするものであるから,当業者であれば,引用発明Aに引用発明Bを適用することは必要に応じて適宜なし得ることということができる。 原告は,引用発明Aにおける中央部の断面の大きさ及び形状は,配管状況の影響によって流れが乱されないよう整流機能を営むように設定されればすむことであり,管内を流れる流体のレイノルズ数Reを所定値以下となるように管の大きさ及び形状を設定しようとする必要性ないしは動機付けがない旨主張する。しかし,引用発明Aにおける「配管状況により,偏流や旋回流が発生した場合には上記の補正係数Kを適用しても高精度の補正はできない」(前記【0019】〜【0021】)という課題は,原告が主張するとおり(原告の準備書面(第2回)5頁),層流域,乱流域の別なく生ずるものであるから,より安定した精度の高い測定を指向するという見地から,引用発明Aの測定精度を更に向上させるために,測定管を流れる流体を層流状態とすることを否定することを意味するものとはいえないし,また,引用発明Aが層流域での測定を排除しているものと解すべき根拠もないのであって,引用発明Aに引用発明Bを適用して,引用発明Aの断面矩形状の測定管の形状を層流状態が維持できる程度のものとすることに,動機付けがないということはできない。 以上のとおり,引用発明Aと引用発明Bとは,その直接の課題の点においては相違するものがあるとしても,ともに測定精度の向上が求められる超音波流量計という共通の技術分野に属するものであり,引用発明Aにおいて引用発明Bの技術思想を適用することには,十分な動機付けが存在するということができるから,引用発明Aに引用発明Bを適用した審決の判断は,結論において誤りがなく,審決の前記不適切な説示の点は,結論に影響を及ぼすものではない。 イ 原告は,引用発明Bは,流量を分岐管と主管とに分配し,内径が小さい分岐管で流量計測を行うことによって,課題を解決したものであり,全流量が流れる測定管の管内径や断面形状を変更して課題を解決しようとするものでないから,この引用発明Bの解決手段と,引用発明Aにおいて断面矩形管の大きさ及び形状を変えようとすることとの間には全く関連性がない旨主張する。 しかし,引用発明Bは,流体を流通させる主管に分岐管を設け,この管壁に一対の超音波送受波器を相対して配置することを特徴とする超音波流量計に関する発明である(甲第2号証の【0001】,【0005】)ところ,引用刊行物B(甲第2号証)には,「Re=X ・D/νの関係から,主管0の内径Dを大きくすることなく,主管に設けた内径の小さい分岐管に超音波送受波器を配設するようにすれば,Reの値が2320未満である層流域での流量測定が可能となる。層流域では,κの値が一定となるため,高い精度の流量を求めることができる。」(【0006】),「図1において,・・・超音波流量計10は,流体を流通させる主管11に,分岐管12を設け,この分岐管12の管壁に一対の超音波送受波器13を相対して設置する構成のものである。」(【0007】),「かかる超音波流量計10において,分岐管12に導入されて,分流部15を流れる流体の流速は,ほぼ,主管11における流速と同一である。しかも,分流部15内径dを2320>Re=X ・D/νを満たすように設定すれば,層流における測定となり,κは0略一定であるので,流量を高い精度で,計測することができる。」(【0008】)と記載されている。 引用発明Bにおいて,超音波伝播路は分岐管12に存在し,当該分岐管内を流れる流体の流速が測定されるものであるから,引用刊行物B記載の「分岐管12」は,引用発明Aの「測定管15」及び本願発明の「流量測定部」に相当するものであり,引用刊行物Bの上記記載からすれば,引用刊行物Bには,一対の超音波送受波器を配置した測定管(流量測定部)のレイノルズ数に着目し,測定管の内径をレイノルズ数が2320以下となるように設定して,管内を流れる流体を層流状態とすることにより,補正係数を一定とした流量測定が可能となることが開示されているものと認められる。 そうすると,当業者であれば,引用発明Aの流量測定部である矩形管のレイノルズ数を2320以下として層流状態とすれば,補正係数を一定とした流量測定を行えるであろうことは当然予測し得ることということができるから,引用発明Bに基づいて,引用発明Aの断面矩形管に流れる流体を層流状態としようとすることは当業者にとって容易に想到し得ることといえる。 原告は,引用発明Bは,流量を分岐管と主管とに分配し,内径が小さい分岐管で流量計測を行うことによって,課題を解決したものであると主張するが,測定部の管内を層流とするという技術思想を実現する面からみれば,測定管が主管であるか分岐管であるかは特段の意味を持つものではなく,このことは,乙3公報(乙第3号証)に記載されているように,主管の一部を中空にし,管壁側に流体通路を形成して流体通路において測定をするように断面形状を変更すれば,分岐管を設けることなしに引用発明Bと同様に層流域で計測するように構成することも可能であることに照らしても明らかである。 したがって,引用発明Bの解決手段と,引用発明Aにおいて断面矩形管の大きさ及び形状を変えようとすることとの間には全く関連性がないとの原告の主張は失当である。 ウ 以上からすれば,引用発明Aに引用発明Bを適用して,引用発明Aの断面矩形状の測定管内を流れる流体のレイノルズ数Reを2320より小さくなるように管の大きさを制御することにより管内を流れる流体を層流にし精度の高い流量を求めるようにすることは当業者であれば容易に想到し得るものとした審決の判断に誤りはなく,その誤りをいう原告の主張は採用することができない。 (2) 矩形断面管におけるレイノルズ数の周知性について甲3文献には,円形断面の管の流体平均深さあるいは水力直径mがD/4であり,レイノルズ数ReがRe=V・4m/νで求められることの記載があることが認められる(甲第3号証)。 乙第1号証(機械設計便覧編集委員会編『機械設計便覧』(昭和40年,丸善株式会社)1453〜1456頁)には,円形断面の管において,流体平均深さ(水力直径)をmとすると,レイノルズ数Reは,Re=V・4m/ν ……@管路の断面積をA,濡れ縁(潤辺)をPとするときの流体平均深さ(水力直径)mは,m=A/P ……A矩形断面の管では,Hを長辺長さ,hを短辺長さとすると,m=Hh/2(H+h) ……B@式及びB式により,矩形断面の管における流体のレイノルズ数Reは,Re=V・4m/ν=V・4Hh/2(H+h)ν=2VHh/(H+h)ν ……Cである旨の記載がある。 ここで,長辺長さHが短辺長さhよりも十分大きい(H>>h)とき,C式は,Re=2VHh/(H+h)ν=2VHh/H(1+h/H)ν≒2Vh/ν (∵ h/H≒0)となり,矩形断面の管における流体のレイノルズ数Reは,短辺長さhに比例する(代表長さとすることができる)ことになる。 したがって,矩形断面の管における流体のレイノルズ数Reは,長辺長さHが短辺長さhよりも十分大きい場合には,短辺長さhに依存するものであることは,本願の出願時,当業者にとって周知の事項であったと認められる。 原告は,乙第1号証における試みは,矩形断面管内の流体が層流から乱流に変わる際の指標としてのレイノルズ数Re(臨界レイノルズ数値)を求めることとは無関係の試みであり,矩形断面管において,本願発明の「その短辺長さを,前記長さを代表長さとして計算したレイノルズ数が層流域となる様に設定」するという考えに想到し得るような示唆事項を見いだすことはできない旨主張する。しかし,乙第1号証には,「円管の場合には,Re<2300においては必ず流れは規則正しい層流の状態であるが,Re>2300においては一般に非常に乱れた不規則な乱流の状態となる.・・・しかし一応Re=2300を層流状態と乱流状態との限界と考え,それを限界レイノルズ数という.」(1454頁)と記載されており,レイノルズ数により層流状態と乱流状態とが規定されること,Re=2300を限界レイノルズ数ということが示されているのであって,乙第1号証に記載の式は,限界レイノルズ数を求める場合にも適用することができることは明らかである。そして,矩形管のレイノルズ数の計算においては,長辺の長さが短辺の長さよりも十分大きい場合には,短辺の長さに依存するものであることが周知であることは上記のとおりであるから,当業者であれば,矩形断面管のレイノルズ数を設定する際には,短辺の長さを代表長さとして計算することは当然なすべき程度のことといえるのであって,原告の上記主張は失当である(なお,レイノルズ数が層流域となるようにする点は,引用刊行物Bに記載されている技術的思想であることは前記のとおりである。)。 (3) 以上によれば,当業者が引用発明Bを引用発明Aに適用するについて格別困難はなく,矩形断面管におけるレイノルズ数の求め方は周知であるから,相違点に係る本願発明の構成は,引用発明Aに引用発明B及び上記周知の技術を適用して当業者が容易に想到し得るものということができ,この点に関する審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由1には理由がない。 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について(1) 原告は,本願発明の効果として,従来例においては乱流での流量計測が余儀なくされる広い流量範囲にわたって,流量計測を層流状態で行うことができると主張するが,被告は,この点は本願明細書の記載に基づくものではないとして争っている。 本願明細書(甲第5号証)には,次の記載がある。 「【従来の技術】従来のこの種の計測装置は,図8に示すように,円形断面を有する測定部1の両端に超音波振動子2と3を対向する様に設置し,この円形断面内での流れが層流状態を維持するような寸法に半径を設定し,振動子2から発した超音波を振動子3で検出するまでの時間を計測し,この時間から流体の速度を演算し流量を算出していた。」(【0002】)「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,円形断面の流路を用いる場合,層流化を達成するためには半径を小さくする必要があり,このため,断面積が小さくなり圧力損失が大きくなるものであった。」(【0003】)「本発明は上記課題を解決するもので,測定流路の断面を矩形状に形成し,その断面における短辺側の長さを,この長さを用いて計算したレイノルズ数が層流域になるように設定することにより,測定流路における流れの圧力損失を増加する事なく,しかも流れの層流状態を維持しつつ乱流域への遷移状態を発生する事なく,精度の良い流量計測を行うことを目的としている。」(【0004】)「【発明の効果】以上のように本発明によれば次の効果が得られる。」(【0042】)「(1) 圧力損失を増加させることなく流量計測を層流状態で行うことができ,流速分布の形状が不安定な遷移状態を経過する事なく精度の良い流量測定が実現する。」(【0043】)「(2) 流量計測部の流入口を円弧状に形成すれば,流量測定部における層流の測定状態をより保証することができる。」(【0044】)「(3) 流量計測部における超音波伝搬経路をv字状とすれば,超音波伝搬経路が流量計測部の断面を2度通過することになり,より平均化された流速を得ることができる。」(【0045】)「(4) 流量計測部の上流室と下流室に超音波振動子を配置すれば,それぞれの振動子が流量測定部から離れて設置されるようになり,流量測定部に超音波振動子を配置する場合に形成される窪みが存在せず,流量測定部において流れを乱流状態に遷移させてしまうようなことが起こらない。したがって,より精度の高い計測を行うことができる。」(【0046】)これらの記載によれば,本願発明の効果は,「圧力損失を増加させることなく流量計測を層流状態で行うことができ,流速分布の形状が不安定な遷移状態を経過する事なく精度の良い流量測定が実現する」ことであり,円形断面内の流れを層流状態にして測定する従来例を前提にしたもので,原告が主張する,乱流での流量計測が余儀なくされる広い流量範囲にわたって,流量計測を層流状態で行うことができるとの効果は,本願明細書の記載に基づくものではない。 (2) そこで,「圧力損失を増加させることなく流量計測を層流状態で行うことができ,流速分布の形状が不安定な遷移状態を経過する事なく精度の良い流量測定が実現する」という効果の予測性について検討する。 前記1(1)アのとおり,伝播時間差法により流速を求めるに際し,流れを層流にすれば,補正係数を一定にすることができることは,本願の出願時に周知であったし,また,前記1(2)のとおり,矩形断面の管における流体のレイノルズ数Reは,長辺長さHが短辺長さhよりも十分大きい場合には,短辺長さhに依存するものであることも,本願の出願時に周知であったものである。 上記の点が周知である以上,矩形断面管に流れる測定流体の最大流量Q(max)時の好ましい流速v(max)が与えられると,矩形管の断面積A(=H×h)が定まり,矩形管の短辺長さhがレイノルズ数を考慮して定められると,矩形管の長辺長さHは自動的に決定されることは,当業者にとって明らかである。この場合においては,断面積を自由に設定することができるから,測定領域の管以外の最大流量と同じ最大流量を測定領域の管部分に流すことも可能となるため,圧力損失の増加を防止することができることも明らかである。 上記のように,矩形管においては,レイノルズ数が層流域となるように短辺長さhを設定し,長辺長さHを調整することによって断面積を自由に設定することができるから,矩形管の方が層流状態となる最大流量を円管に比べて大きなものとできることも,当業者が予測し得る程度のことにすぎない。 以上のとおり,「圧力損失を増加させることなく流量計測を層流状態で行うことができ,流速分布の形状が不安定な遷移状態を経過する事なく精度の良い流量測定が実現する」という本願発明の効果は,当業者が予測し得る程度のものであって,格別のものではない。 (3) したがって,本願発明によってもたらされる効果は,引用発明A,引用発明B及び周知技術から予測される範囲内のものであるとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由2も理由がない。 3結論以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りは認められない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 三村量一 |
裁判官 | 古閑裕二 |