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関連審決 無効2004-80125
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19行ケ10133審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10439審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10062特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成13行ケ172審決取消請求事件 判例 特許
平成14ワ23590特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  周知技術 /  公知技術 /  技術常識 /  参酌 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10672号 審決取消請求事件
原告 第一高周波工業株式会社代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 北村行夫
同大井法子
同杉浦尚子
同吉田朋
同雪丸真吾
同芹澤繁
同亀井弘泰
同清田佳子
同 田部井 宏明
同大藏隆子
補佐人弁理士 樋口盛之助
被告 ジェミックス株式会社代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 室田力雄
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/04/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2004-80125号事件について平成17年7月28日にした審決のうち,「特許第2882962号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
事案の概要
本件は,原告の有する後記特許について被告が無効審判を請求したところ,特許庁が請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とし,請求項6に係る発明についての審判請求を不成立とする審決をしたことから,原告が,特許を無効とした部分の取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求原因(1) 特許庁における手続の経緯原告及び三菱重工業株式会社は,名称を「高周波ボルトヒータ」とする発明につき,平成5年1月7日特許出願し,平成11年2月5日設定登録を受けた(特許第2882962号。請求項1ないし6。甲16。以下「本件特許」又は「本件特許権」という。)。その後原告は,三菱重工業株式会社から本件特許権の持分を取得し,平成16年6月25日その旨の登録がなされた。
これに対し被告は,平成16年8月20日,本件特許の請求項1ないし6に係る発明について,特許無効審判請求をした。特許庁は,同請求を無効2004-80125号事件として審理した上,平成17年7月28日,「特許第2882962号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする。特許第2882962号の請求項6に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」旨の審決をし,その謄本は平成17年8月9日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件特許発明(以下,請求項1ないし6の発明を順に「本件特許発明1」〜「本件特許発明6」という。なお,本件特許発明6は本件訴訟の対象となっていない。)の内容は,下記のとおりである。
記【請求項1】金属製ボルトの軸心方向に穿孔された孔内に挿入されるヘアピン状の誘導加熱コイルと,同コイルの往復路線間に設けられた磁性体とを備え,かつ同コイルの内部に水を流すようにした高周波ボルトヒータにおいて,前記誘導加熱コイルの必要挿入長さを設定するための耐熱性電気絶縁材料からなる可変式のストッパーを設けたことを特徴とする高周波ボルトヒータ。
【請求項2】金属製ボルトの軸心方向に穿孔された孔内に挿入されるヘアピン状の誘導加熱コイルと,同コイルの往復路線間に設けられた磁性体とを備え,かつ同コイルの内部に水を流すようにした高周波ボルトヒータにおいて,前記誘導加熱コイル表面に耐熱性絶縁物を施したことを特徴とする高周波ボルトヒータ。
【請求項3】前記誘導加熱コイルと高周波トランス間の接続に柔軟性を持たせた部材であるフレキシブルケーブルを用いることを特徴とする請求項1または2記載の高周波ボルトヒータ。
【請求項4】前記金属製ボルトのナット装着ネジ部に相当する部位を,前記磁性体を省略した磁性体省略部である非加熱部としたことを特徴とする請求項1から3の何れかに記載の高周波ボルトヒータ。
【請求項5】前記金属製ボルトのナット装着ネジ部に相当する部位において,前記誘導加熱コイルのピッチ間を狭くしたことを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の高周波ボルトヒータ。
【請求項6】前記ヘアピン状のコイルが前記磁性体を挟むように配置されて略円形断面を形成することを特徴とする請求項1から5の何れかに記載の高周波ボルトヒータ。
(3) 審決の内容ア 審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。そのうち,本件特許の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とした理由の要旨は,本件特許発明1ないし5は,下記甲1発明及び甲2発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,その特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものである等とするものである。
記・実願平3-22545号(実開平4-111186号)のマイクロフィルム(審判甲1・本訴甲1。以下「甲1」といい,同記載の発明を「甲1発明」という。)・米国特許第2810053号明細書(審判甲2・本訴甲2。以下「甲2」といい,同記載の発明を「甲2発明」という。)イ なお,審決は,甲1発明の内容を下記のとおり認定した上,本件特許発明1,2と対比し,一致点と相違点を次のように摘示した。
記「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した高周波加熱トーチ。」(ア) 本件特許発明1との対比<一致点>「金属製ボルトの軸心方向に穿孔された孔内に挿入される誘導加熱体を備えた高周波ボルトヒータ。」 の点。
<相違点1>本件特許発明1は,誘導加熱体がヘアピン状の誘導加熱コイルであり,同コイルの往復路線間に設けられた磁性体とを備え,かつ同コイルの内部に水を流すようにしたのに対し,甲1に記載されたものは,誘導加熱体の構成は不明な点。
<相違点2>本件特許発明1は,誘導加熱コイルの必要挿入長さを設定するための耐熱性電気絶縁材料からなる可変式のストッパーを設けたのに対し,甲1に記載されたものは,この構成の明記がない点。
(イ) 本件特許発明2との対比<一致点>「金属製ボルトの軸心方向に穿孔された孔内に挿入される誘導加熱体を備えた高周波ボルトヒータにおいて,前記孔内に挿入される部材の表面に耐熱性絶縁物を施した高周波ボルトヒータ。」の点。
<相違点3>本件特許発明2は,誘導加熱体がヘアピン状の誘導加熱コイルであり,同コイルの往復路線間に設けられた磁性体とを備え,かつ同コイルの内部に水を流すようにしたのに対し,甲1に記載されたものは,誘導加熱体の構成は不明な点。
<相違点4>本件特許発明2は,誘導加熱コイル表面に耐熱性絶縁物を施したのに対して,甲1に記載されたものは,コイル表面ではなく,管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した点。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決は,以下に述べる理由により,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(甲1発明の認定の誤り)(ア) 審決は,本件特許発明1ないし5に共通する構成である「金属製ボルトの軸心方向に穿孔された孔内に挿入されるヘアピン状の誘導加熱コイルと,同コイルの往復路線間に設けられた磁性体とを備え,かつ同コイルの内部に水を流すようにした高周波ボルトヒータ」について,甲1には,その具体的構造は不明であるが,高周波誘導加熱を用いた高周波加熱トーチという発明が記載されていると認定した(審決10頁第1段落,第3段落)。
しかし,そもそも具体的な解決手段の構成を示さないものは発明ということはできず,また,甲1に開示されている内容は高周波誘導加熱を実現できないものであるから高周波誘導加熱を用いているともいえない。したがって,いずれの意味においても審決の上記認定は誤りである。
(イ) 東京大学A教授作成の平成17年9月8日付け鑑定書(甲17。以下「甲17」という。)でも明らかなとおり,甲1発明がボルトに対し高周波ボルトヒータとして全く機能し得ないものであることは,当業者に自明ともいえることである。甲1発明は,高周波誘導加熱が不能な技術的思想であるから,明細書に「高周波誘導加熱を行う」との記載があっても,その記載は,甲1の課題が「高周波誘導加熱」に関連する技術分野によって解決されるべきものであることを示すにすぎない。いうまでもなく,発明は技術的課題の具体的な解決手段を内包した技術的思想であるから,何ら具体的解決手段を開示しない甲1が発明に当たらないことは明らかである。甲1では,管状導体は,ボルトの穴に挿入され,磁界はコイルを流れる電流の方向に対して右ネジの方向に発生するので,その磁界が,管状導体を取り巻くボルト部分を通過し,そこに渦電流を発生させることが可能であるかに明細書に記載されている。確かに,誘導電流の原理からすると,コイルの周辺に磁界は生ずるが,上部から差し込まれたトーチの電流の流れる方向は,上から下へ流れるだけでなく,かつ,下から上へも流れるから,それぞれの電流に対して生ずる磁界は,各々逆方向に生じ,その結果,磁界は相殺してゼロとなり管状導体の外に出ることはない。教科書的な電磁誘導のように,電流が一本の路線(コイル)を流れる場合には,この問題に遭遇しなかったが,管状導体とそれに囲まれた内部導体からなる甲1の加熱トーチをボルト穴に挿入し,高周波電流が両方の導体に流れる場合には,外側と内側に生ずる磁界による相殺作用をいかにして解決するかという,ボルト穴に差し込んで用いる誘導加熱ヒータ固有の問題を生じるので,その解決策を考え出さなければ高周波誘導加熱の原理を利用してボルトを加熱することはできない。この事実を無視して「誘導加熱」と記載してさえあれば,「その構造はともかく」,発明たり得るとの審決が不当であることは明らかである。甲1には,「高周波誘導加熱する」,「高周波誘導加熱を行う」などの記載はあるものの,高周波誘導加熱がボルト側に生ずる構成を開示しておらず,甲1に記載のものが「誘導加熱を行うための誘導加熱体を備えている」ということはできない。
イ 取消事由2(組合せの阻害要因)(ア) 審決は,甲1発明の誘導体加熱の構成が不明であるとの構成(相違点1)について,「この誘導加熱体として」,甲2,BusinessPubiications Audit ofCirculation Inc.発行・雑誌「Metal Treating」1968年8-9月号(3頁〜8頁)の「CoilDesign for HighFrequency Induction Heating」(審判甲3・本訴甲3。以下「甲3」という。)及び昭和63年11月15日社団法人日本工業炉協会発行「工業加熱」第25巻6号(57頁〜71頁)の「誘導加熱装置における加熱コイルの役割(4)-誘導熱処理装置(a)-」(審判甲4・本訴甲4。以下「甲4」という。) に記載された公知又は周知の「ヘアピン状の誘導加熱コイルを採用することは,当業者が種々の形状の誘導加熱コイルの中から適宜選択する設計的事項である」(審決11頁第1段落)と判断した。
(イ) しかし,高周波誘導加熱技術が熱処理(焼入れ)技術に実用化されてから数十年間,甲2の米国特許登録から40年以上,本件特許発明が課題とするようなボルトヒータの技術分野において高周波誘導加熱によって所期の作用効果を実現したのは国内外において本件特許発明が初めてである。長期間にわたってそのように実現困難だったのは,甲2ないし4に開示されたヘアピン状コイルをボルトヒータに適用するには相当の阻害要因があったからであり,当業者に想到容易であったということはできない。
確かにヘアピン状のコイルは甲2ないし4により周知であることは否定しない。しかし,周知のヘアピン状コイルは,浅い穴の内面熱処理専用のコイルで,長さを穴直径の2倍以下とし,しかも,内面の均一加熱(均一熱処理)のために,加熱対象又はコイルを回転させることが当業者の技術常識である。したがって,このような短いヘアピン状コイルを甲1の「誘導加熱体」に選択しても,タービン車室などに装着されて固定されたボルト穴に挿入し,その姿勢のままでボルト穴のほぼ全長をいわゆる一発加熱で熱膨張(伸長)させるために加熱する本件特許の「高周波ボルトヒータ」は得られない。この点に関し,審決は,「甲第2号証に記載されたものを深い穴に挿入して加熱範囲の長いものに適用することに格別の阻害要因はなく」(審決11頁第5段落)と認定したが,深くて細い穴に甲2ないし4の短いヘアピン状コイルを適用することは,甲3,4に記載されているように,当業者においてすら全く想定していない。すなわち,当業者においては,短いヘアピン状コイルによる浅い穴内面の熱処理用加熱は,ショート防止を図った上での回転加熱又は移動加熱しかできないとする認識であるから,本件特許発明の高周波ボルトヒータのように,長尺ボルトの熱膨張を目的としてボルト穴に挿入し,回転や移動をすることなく細くて深い穴を誘導加熱し当該ボルトの伸長を図る加熱は,周知の短かいヘアピン状コイルが浅い穴の内面熱処理のために用いられる従来の誘導加熱技術が全く想定していない対象分野(タービン車室等の長大ボルトに穿かれた穴)に適用するための全く新しいコイル形態と加熱態様による高周波誘導加熱技術の応用技術である。当業者が全く想定していない対象分野にその穴の深さに見合う長さを有するヘアピン状コイルを適用しようとする発想は,甲2ないし4に示唆すらされていないことであるから,このような発想自体が出ないことが,公知技術や自明事項から見ても,阻害要因の一態様というべきである。
ウ 取消事由3(本件特許発明1の進歩性についての判断の誤り)(ア) 審決は,本件特許発明1に固有の「誘導加熱コイルの必要挿入長さを設定するための耐熱性電気絶縁材料からなる可変式のストッパーを設けた」構成(相違点2)について,特開平4-22094号公報(審判参考資料1・本訴甲22。以下「甲22」という。),特公昭48-29425号公報(審判参考資料2・本訴甲23。以下「甲23」という。),実願昭62-30380号(実開昭63-137605号)のマイクロフィルム(審判参考資料3・本訴甲24。以下「甲24」という。),実願平1-119236号(実開平3-59357号)のマイクロフィルム(審判参考資料4・本訴甲25。以下「甲25」という。)の公知技術から当業者に想到容易と判断した(審決11頁最終段落〜12頁第1段落)。
(イ) しかし,まず可変式ストッパーは甲23,25だけであり,またいずれのストッパーもそれを設ける対象との関係において独自のものとして進歩性が判断されるべきである。そして,従来ボルトヒータの分野においては,抵抗線ヒータ自体が非常に高温となるためそれにストッパーを設けることは考えられなかった。したがって,相違点2が当業者に想到容易とはいうことはできない。
エ 取消事由4(本件特許発明2の進歩性についての判断の誤り)(ア) 審決は,本件特許発明2に固有の「誘導加熱コイル表面に耐熱絶縁物を施した」構成(相違点4)について,甲1の管状導体の外周面に耐熱性絶縁物を施すことが記載されており,また,甲2には導電体と穴内面とのショートが起きないようにする必要性が記載されているから,当業者に想到容易と判断した(審決14頁第1段落〜最終段落)。
(イ) しかし,審決は,甲1の構成は不明と認定しており,耐熱絶縁物を高周波ボルトヒータにどのように施すかについて甲1には何らかの技術開示があるとはいえないし,甲2には耐熱絶縁物についての開示はない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
オ 取消事由5(本件特許発明3の進歩性についての判断の誤り)(ア) 審決は,本件特許発明3に固有の「誘導加熱コイルと高周波トランス間の接続に柔軟性を持たせた部材であるフレキシブルケーブルを用いること」について,主として特公平3-32191号公報(審判参考資料5・本訴甲26。以下「甲26」という。)を公知技術として当業者に想到容易と判断した(審決16頁下第2段落)。
(イ) しかし,甲26のケーブルは本件特許発明3のフレキシブルケーブルとは構成が異なるし,そもそも,甲26においても高周波誘導加熱においては(ケーブルではなく)電気導体による接続が望ましいとの技術開示があり,あえてこれと異なりフレキシブルケーブルを使用した本件特許発明3には十分進歩性があるというべきである。
カ 取消事由6(本件特許発明4の進歩性についての判断の誤り)(ア) 審決は,本件特許発明4に固有の「金属製ボルトのナット装着ネジ部に相当する部位を,前記磁性体を省略した磁性体省略部である非加熱部としたこと」について,甲4,9及び実公昭30-8856号公報(審判参考資料6・本訴甲27。以下「甲27」という。)を公知技術としてその進歩性を否定した(審決17頁第4段落〜20頁第3段落)。
(イ) しかし,これらの公知技術に開示された内容について審決の解釈はいずれも不正確であり,いずれの公知技術においても,高周波ボルトヒータにおいて「磁性体を省略した非加熱部を設ける技術的思想」はどこにも開示されておらず,本件特許発明4の進歩性を否定する理由とはなり得ない。
甲4の65頁ないし66頁の記載は,磁性体の部分的取り付けによって異形の加熱対象に対しても均一加熱ができることを示したものであり,「加熱を望まない部位」という発想はなく,その反対解釈から本件審決記載の発想は導かれない。
甲9は,その構造から明らかなように,コア(磁性体)は誘導加熱コイルのすべての部分に取り付けられている。多巻き加熱コイル自体が一巻きごとに逆向きに設置されており,電流が交互に逆向きに流れるから磁束が打消しあう部分ができ,非焼き入れ層ができるのである。したがって,「コアを設けた部分に対応する被加熱体部分の加熱を良好にし,コアを設けない部分に対応する被加熱体部分を非加熱状態にすること」は記載されていない。
また,審決は,甲27に「焼入れを必要としない部分に対応する位置には磁性体がないことが図示されている」(審決18頁第3段落)と認定しているが,この認定も誤っている。甲27で「焼入れを必要としない部分」は,図2のfで示される歯車の歯の歯先(図1では符号13の上面部位)であり,「磁性体がない」のは,歯面の符号12で示された歯の側面上部であるから,歯先上面(符号13の上面部)ではないからである。
キ 取消事由7(本件特許発明5の進歩性についての判断の誤り)(ア) 審決は,本件特許発明5に固有の「金属製ボルトのナット装着ネジ部に相当する部位において,前記誘導加熱コイルのピッチ間を狭くしたこと」について,甲4を公知技術としてその進歩性を否定した(審決20頁最終段落〜21頁下第2段落)。
(イ) しかし,甲4におけるコイル間のピッチが狭い部分は単なる電源からのリード部であって,本件特許発明5のように特定の部位(ナット装着ネジ部に相当する部位)を非加熱部とするという目的のための技術開示ではないから,本件特許発明5の進歩性を否定する理由とはなり得ない。
また,審決は,甲4の63頁図4.2の「内面加熱用コイル」について,「コイルの両端部が共に中央部に接近して平行に設けられていることを示唆する斜視図が記載されており,その焼入れ部は内面の中央よりであり,上下端部は焼入れされていない点,すなわち,コイルの両端部が共に中央部に接近して平行に設けられた部分は被加熱物に対して誘導加熱していない点が示唆されている」(審決21頁第3段落)と認定したが,当該図4.2の「内面加熱用コイル」の有効上下幅(高さ)は,同図に「焼入れ部」として示されている上下幅と対応するもので,「コイルの両端部が共に中央に接近して平行に設けられた部分」は,当該コイルに電力を投入するための「リード部」として形成された部分であるから,もともと加熱作用を意図した部位ではなく,したがって,上記認定は誤りである。甲4の69頁図4.10(a)及び70頁左欄1ないし13行には,審決の指摘するように「図4.10(a)は単純形の場合の加熱状況を示すもので,コイルピッチが狭いと往復路線を流れる電流は被加熱物を貫通する磁束を打消し,加熱は不可能に近い」とする記載はある。しかし,この記載は「加熱が有効に行われるには路線間隔が適当でなければならない」(甲4の70頁8行)の例示説明として,図4.10(a)において適当な間隔例としての左から3番目の図と,不適当な間隔例としての左から2番目と最も右側の2つの図の説明に対応したものである。つまり,これらはいずれも,単一(1本)のコイルにおける路線ピッチ(幅)の適否について論じたものにすぎず,審決が指摘する記載では,同一の加熱対象部(ボルト穴の全長)に対峙した単一の(1本の)加熱コイルを,そのコイル全長の途中で路線ピッチ(間隔)を変える構成としたことにより,ピッチを狭くした部位を非加熱部として機能させることが示唆されているとはいうことはできない。したがって,「誘導加熱において,(1本のコイルの)コイルピッチが狭いと誘導加熱しなくなる」こと自体が周知であるとしても,加熱対象部に全長にわたって対峙する1本のヘアピン状コイルの全長の途中でコイルピッチを変えて(狭くして)非加熱部を形成することが,想到容易ということはできない。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論審決の認定判断は正当であり,審決には原告が主張するような違法はない。
(1) 取消事由1(甲1発明の認定の誤り)に対し原告の主張は,要するに,甲1に記載された発明は,実施不能であるから引用発明となるべき資質を備えていないというものである。
しかしながら,原告は,甲1の記載のうち,実施例に記載された具体的例のみをとらえて,その実施不能を主張しているにすぎない。甲1には,全体として,ボルトの軸心穴を高周波誘導加熱により加熱する技術的思想が開示されている。また,ボルトの軸心穴に挿入して高周波誘導加熱する高周波加熱トーチが技術的思想として開示されている。そして,周知の高周波誘導加熱技術を熟知した当業者であれば,周知の高周波誘導加熱コイル手段を用いることで,前記開示された技術的思想実施するのに困難を来すことはなく,容易にできることが明白である。してみれば,甲1に開示された技術的思想実施可能であり,発明としての資質を備えており,引用発明とするのに何ら問題はない。
(2) 取消事由2(組合せの阻害要因)に対し原告は,周知のヘアピン状コイルは,浅い穴の内面熱処理専用のコイルで,長さを穴直径の2倍以下とし,しかも,内面の均一加熱(均一熱処理)のために,加熱対象又はコイルを回転させることが当業者の技術常識であると主張するが,失当である。
コイルを回転させるという技術は,技術進歩の順序における常識から考えて,「コイルを回転させることなく用いる手法」の後に考えられた手法であるということができ,したがって,コイルを非回転で用いることが当業者の想定外の技術であるはずがない。また,穴の内面加熱に用いるヘアピンの長さを穴直径の2倍以下とする技術常識には,全く根拠がない。穴の内面を加熱するコイルであれば,穴の大きさや長さに応じてコイルの寸法を調整するのが当然である。
(3) 取消事由3(本件特許発明1の進歩性についての判断の誤り)に対し甲1に記載されたボルト加熱用高周波加熱トーチは,当業者に実施可能な発明であり,また,発明の進歩性判断における引用技術的思想として,甲2発明と組み合わせて進歩性の判断に供する適格性を有する。そして,甲1のボルト加熱用高周波加熱トーチに甲2の誘導加熱コイルを適用することは,本件特許出願当時の高周波誘導加熱技術及びヘアピンコイルを含む種々の高周波誘導コイルを熟知した当業者にとって容易である。可変式ストッパーが,本件特許出願以前において,既に管の内部を加熱するのに挿入される高周波コイルの位置決め用として採用されている周知技術であることは,甲23等からも明らかであり,ストッパーを耐熱性電気絶縁材料で構成するか否かは,必要に応じて適宜行う単なる設計事項である。しかも,本件特許発明1におけるストッパーについては,独自かつ特別といえるような構成が何ら見当たらず,ごくありきたりの構成にすぎない。
(4) 取消事由4(本件特許発明2の進歩性についての判断の誤り)に対し誘導加熱用のコイルのショート防止手段としてコイルの表面に耐熱絶縁物を施すことは,甲4や昭和43年10月25日株式会社電気書院発行「工業電気加熱ハンドブック」(審判甲6・本訴甲6。以下「甲6」という。)にも記載されている周知技術にすぎない。そして,本件特許発明2は,誘導加熱コイルの表面に単に耐熱絶縁物を施しただけで,特別な構成が付加されたものではない。
(5) 取消事由5(本件特許発明3の進歩性についての判断の誤り)に対し誘導加熱コイルと高周波トランス間にフレキシブルケーブルを用いることは,甲6,甲26等にも開示されており,周知技術にすぎない。そして,本件特許発明3は,フレキシブルケーブルを特別な構成で付加したものではなく,単に普通に付加しているだけである。
(6) 取消事由6(本件特許発明4の進歩性についての判断の誤り)に対し誘導加熱コイルへの磁性体の適用において,コイルに対する磁性体の配置を適宜定めることで,加熱したい部分に対応する位置に磁性体を配置するとともに,加熱したくない部分に対応する位置には磁性体を設けないようにする技術は,甲4,甲9,甲27においても示しているように周知技術であり,ボルトにおけるナット装着ネジ部の加熱を回避したいという課題が旧来からあったことは,原告も認めているところである。また,ボルトにおけるナット装着ネジ部は,ネジピッチのズレの点からして,本来的に加熱等による膨張変形が望まれない部位であり,このことは当業者にとって従来から自明の事項である。
したがって,甲1の高周波ボルトヒータに周知の誘導加熱コイルを適用するに際し,既に知られている磁性体の磁束収束の性質を利用してコイルに対する磁性体の配置を適宜定めて,加熱したくない部分に対応する位置には磁性体を設けない構成とすることは,当業者にとって極めて容易なことである。
(7) 取消事由7(本件特許発明5の進歩性についての判断の誤り)に対し甲4の図4.10(a)は,単純ヘアピン形コイルの加熱状態を説明する図であり,同図によれば,コイル間のピッチが広い場合には加熱がなされ,狭い場合は加熱がなされなくなることが示されている。また,甲4の図4・2には,コイルの両端部が共に中央部に接近して平行になされた内面加熱用コイルが示され,この中央部に接近して平行になされたコイル両端部分に対応する被加熱体内面の上下端部は誘導加熱がなされていないことも示されている。誘導加熱において,コイルピッチが狭いと誘導加熱しなくなることは,原告も認めるように従来周知のことであり,また,ボルトにおけるナット装着ネジ部の加熱を回避したいという課題が旧来からあったことは,上記(6)のとおりである。さらに,コイルに電力投入するための「リード部」は,加熱作用を望まない部分であるから,中央部に接近して平行に設けられているものである。してみれば,ボルトヒータの誘導加熱コイルにおいて,加熱したくないナット装着ネジ部に相当する部位のコイルのピッチを狭くすることは,当業者の容易になし得ることである。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。
2 取消事由1(甲1発明の認定の誤り)について(1) 審決は,甲1には「高周波誘導加熱の具体的な構造はともかくとして,図3に記載された加熱トーチに高周波誘導加熱を用いている点が記載されている・・・「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱絶縁物を施した高周波加熱トーチ」という発明が記載されている」(審決10頁第3段落)と認定したが,審決のこの認定について,原告は,そもそも具体的な解決手段の構成を示さないものは発明ということはできず,また,甲1に開示されている内容は高周波誘導加熱を実現できないものであるから高周波誘導加熱を用いているともいえず,誤りであると主張する。
(2) そこで検討すると,甲1には次のような記載がある。
ア「【産業上の利用分野】本考案はボルト加熱用高周波加熱トーチに関する。」(段落【0001】)イ「【従来技術】大型構造物締付用ボルトの締付け又は緩め時におけるボルトの加熱には,従来可燃ガスによる可熱又は電気抵抗による加熱が用いられており,電気抵抗による加熱トーチとしては,図4縦断面図に示すように,ボルトの軸心に明けた穴に挿入される金属外筒21内に耐熱性絶縁物被覆の抵抗線22が収納されたものがある。しかしながら,…(中略)…また図4に示す抵抗線による加熱トーチでは,抵抗線22によって金属外筒21を加熱し,その熱の輻射及び対流によってボルトを加熱するため効率が悪く,また細い金属外筒21内に大電力を通じることが不可能なため加熱時間が多く必要である。」(段落【0002】,【0003】)ウ「【考案が解決しようとする課題】本考案は,このような事情に鑑みて提案されたもので,ボルトの軸心穴に大容量電力を投入できるとともに,高周波誘導加熱によりボルトを効率よく短時間で加熱することができるボルト加熱用高周波加熱トーチを提供することを目的とする。」(段落【0004】)エ「【請求項1】ボルトの軸心穴に挿入され高周波加熱する加熱トーチであって,ボルトの軸心穴に挿入される外径を有する管状導体と,上記管状導体の内部に同軸的に挿入され先端が同管状導体先端と接続された内部導体と,上記両導体の基端に付設された電源端子と,上記内部導体の周りに外嵌された高透磁率コアとを具えたことを特徴とするボルト加熱用高周波加熱トーチ。」(【実用新案登録請求の範囲】の【請求項1】)オ「【作用】本考案ボルト加熱用高周波加熱トーチにおいては,ボルトの軸心穴の内面から管状導体により高周波誘導加熱を行うことにより,ボルト自体が直接発熱するため効率の良い加熱が行われる。このとき内部導体に流れる電流によって管状導体外側の磁束が打消されないように,内部導体による磁束を高透過率コアで吸収する。」(段落【0006】)カ「図1,2において,ボルトの軸心穴に挿入される外径を有し銅等の良導体金属で作られた先端閉塞の管状導体1の内部には,水冷のため管状とされ銅等の良導体金属よりなる内部導体2が挿入され,その先端が管状導体1の先端と接続されている。管状導体1の基端には内部導体2を同軸的に保持し密閉するセラミック製の耐熱絶縁支持栓3が嵌入されており,管状導体1の外表面にはボルトの軸心穴の内面に接触しても接地しないように耐熱絶縁塗膜4が被覆されている。」(段落【0008】)キ「管状導体1及び内部導体2の基端には電源端子5及び電源端子6がそれぞれ付設されて,高周波電源7に接続されており,またこの電源端子5,6は前者が冷却水出口,後者が冷却水入口をそれぞれ兼ねており,内部導体2の先端部には導水口8が穿設されている。更に内部導体2の周りにはそれによる磁束を吸収する高透磁率コア9が数個外嵌されている。」(段落【0009】)ク「このような加熱トーチによりボルトを加熱する要領を,図3を参照して説明すると,構造物のフランジ13,14を締付けるスタッドボルト10はフランジ14にねじ込まれており,このスタッドボルト10に嵌めたナット12によりフランジ13,14は締付けられている。このとき更に締付力を増すために,スタッドボルト10の軸心穴11にこの加熱トーチの管状導体1を挿入し,電源端子5,6から例えば10〜20kWの高周波電力を供給すると,管状導体1に発生した磁束による誘導加熱により,スタッドボルト10が短時間で加熱されて膨張し,所定量伸びたところでナット12を締付け冷却することによってスタッドボルト10の締付力が増す。」(段落【0010】)(3) 上記(2)エないしクの記載と甲1の【図1】ないし【図3】(加熱トーチの管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した点が記載されている。)とを併せみると,甲1に記載された加熱トーチは,管状導体1とその内部に挿入される内部導体2とが同軸上に配置され,さらに,内部導体2の周りに高透磁率コア9が外嵌され,両導体1,2が先端で接続されているとともに,管状導体1及び内部導体2の両基端に接続された高周波電源から高周波電力が供給されるものであることが認められる。
しかし,甲17(東京大学A教授作成の鑑定書)によれば,甲1に記載された加熱トーチにおいて,管状導体1及び内部導体2の両基端に高周波電力が供給され,両導体1,2に高周波電流が印加されると,両導体1,2には互いに逆向きの電流が流れ,両導体1,2はいずれも管状であって,それぞれには同時に逆向きの磁束が生じる結果,両導体1,2が同軸上で二重になっている大部分の範囲において,両導体1,2から発生する磁束が打ち消し合い,管状導体1の外部空間に磁束を生じさせることはなく,外部のボルトに対する高周波誘導加熱を実現することはできないものであると認められる。
(4) 一方,本件特許出願当時の当業者の技術常識について検討すると,本件特許出願前に頒布された刊行物である甲2ないし4には,下記の記載がある。
ア 甲2(米国特許第2810053号明細書)(ア)「この発明は高周波誘導加熱,より具体的には小径穴の表面を加熱するための誘導子の技術に属している。」(甲2の1訳文1頁7行目〜8行目)(イ)「高周波誘導加熱の技術における小径穴又は小径開口を加熱する時の困難さは,いつでも経験する事であった。・・・しかし,穴がより小さくなり,誘導子の導体成形寸法は,明らかに穴サイズに関連しており,加熱は更に難しくなることが非常にはっきりわかる。結局,寸法上加熱作用が全然遂行できないと云う事になる。本発明は,これらの難題に打ち勝ち,様々な加熱目的のための小径穴を首尾よく加熱する高周波誘導子を熟考する。発明にしたがって,金属加工物の中に穴,開口,内径の表面を,一定の間隔で平行に伸びた一対の導体脚(以下レグと表現),加工物対面表面である遠くの表面,および上記表面の空間に略等しい直径でかつ略半円形横断面を持ち,その表面を間隔を持って回り込む様に配置された磁性材料,から成る加熱用高周波誘導子が提供されている。」(同1頁9行目〜28行目)(ウ)「発明の主要な目的は,小さい直径穴,開口,または内径を容易かつ効率的に加熱する新しく,改善された高周波誘導子の供給である。」(同1頁下11行目〜9行目)(エ)「磁性材料Eの軸方向の長さが,穴10の軸方向の長さ,すなわち加工物Aの厚さより多少大きいことに気を付けるべきである。動作中は,誘導子Bは,図1に例示するように穴10内に置かれる。・・・高周波電流は,電源Dから回転可能な接点Cを通じて,誘導子に供給される。
これらの高周波電流は,穴10の表面11に流れる,高周波電流を誘導する磁界を生成する。これらの高周波電流は穴10の表面11を急速に加熱する原因になる。」(同3頁14行目〜24行目)イ 甲3(雑誌「Metal Treating」1968年8-9月号)(ア)「誘導コイルは,Fig.1で示す様に,コイルを通過する高周波電流により加熱対象物の温度を急速に上げる。コイルはいわば変圧器の1次となり,ワークは2次となる。加熱された素材は,決して閉じられた電気回路の一部では無く,熱の生成は誘導のみによる。」(甲3の1訳文3頁14行目〜22行目)(イ)「C(判決注:Fig.10のCには,高周波誘導加熱コイルの設計に関して被加熱体の孔に挿入されるヘアピンコイルが図示されている。)のヘアピンコイルもまた,小さな孔の加熱には実用的だが,放熱の均一化を確実にするため,部品は加熱中は回転させなければならない。」(同9頁17行目〜18行目)(ウ) Fig.8のC,Fig.9,Fig.10のAには,穴内面の全深さ(全長)にわたり多巻コイルを設け,加熱対象の穴の外側において,正面から見た場合コイルの両端部がともに中央にある点が図示されている。
(エ)「F(判決注:Fig.6のFには,側面から見た図(Side),端面から見た図(End)として,コイル両端部が共に中央部に平行して設けた点が図示されている。)のコイルは内部タイプで,穴の内部の表面を熱するために使用される。」(同6頁18行)ウ 甲4(「工業加熱」第25巻第6号)(ア)「2.焼入れコイル概説・・・期待どおりの焼入れが得られるには,加熱工程において,まず焼入れ深さに応じた部分を所定の温度に加熱する必要がある。そのためには誘導加熱の場合,適切な周波数の電力を一定時間コイルに供給することにより達成される。・・・図2.1はLOSINSKYのグラフといわれているもので,ある焼入れ深さδ(mm)を得るための電力密度(W/cm )と加熱時間(sec)の関係を示したもの2で,・・・」(57頁左欄下2行目〜右欄14行目)(イ)「加熱は必要な部分だけを一様な温度に加熱することが焼入れ品質上要求される。・・・部分的な投入電力の調節のためには,・・・磁性材料をコイルの一部に取付ける等により,被加熱材を貫流する磁束を部分的に調節する等の工夫が施される。」(60頁右欄12行目〜61頁左欄2行目)(ウ)「(9) 内面焼入れ 被処理材の内面部の焼入れ。コイルを円筒状又はリング状の内面に沿って配置し,内面に沿って発生した誘導電流で内面のみを加熱後,冷却液の噴射等で冷却焼入れを行う。」(62頁右欄下11行目〜下7行目)と記載され,「図4.2 加熱面から分類したコイル」(63頁)には,「内面加熱用コイル」として,コイルの両端部が共に中央部に接近して平行に設けられていることを示唆する斜視図が記載され,同図において,「焼入れ部」は内面の中央にあり,上下端部は焼き入れされていないことが図示されている。
(エ)「磁性材料は,その他の部分より磁束が通りやすいので,磁性材料をコイルの適当な位置に部分的に取付け使用して,被加熱材を貫通する磁束分布を調節できる。」(65頁右欄末行〜66頁左欄2行目)(オ)「4.2.14内面加熱用コイル・・・被処理材の内径が約5cm以上であれば移動焼入れ法が可能で,コイルも単巻あるいは2巻ぐらいのものを使用できる。しかし,内径がそれ以下だと被処理材を回転させながらの一発焼入れ法しか使用できない。この場合のコイルは多巻ソレノイド形か,単純なヘヤピン形あるいはクロス式ヘヤピン形のようなものを使用することになる。図4.9は各種内面焼入れ用コイルの1例である。」(68頁右欄5行目〜69頁右欄4行目)(5) 上記(4)に摘示した記載によれば,甲2には,金属加工物の穴内に置かれた高周波誘導子に高周波電流を供給することにより,穴の表面に流れる,高周波電流を誘導する磁界を生成し,穴の表面を急速に加熱することが記載され,甲3には,被加熱体の孔に挿入される高周波誘導コイルを通過する高周波電流により,加熱対象物の温度を急速に上げることが記載され,甲4には,適切な周波数(表2.2(59頁)に示された周波数の値から「高周波」であると認められる。)の電力を一定時間コイルに供給することにより誘導加熱すること,被処理材の内面焼入れに用いられることが記載されていることが認められる。
そうすると,甲2ないし4によれば,高周波誘導加熱そのもの,及び,被加熱部に挿入した誘導加熱体(甲2の高周波誘導子,甲3の高周波誘導コイル,甲4の加熱コイル)に高周波電流を供給することにより,被加熱部を加熱する高周波誘導加熱は,本件特許出願当時,当業者の技術常識であったと認められる。
(6) ところで,引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができるのであって,その際引用刊行物に記載された具体的な実施例の記載に限定されると解すべき理由はない。
審決は,甲1発明として,「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した高周波加熱トーチ」を認定したものであり,原告の指摘する,管状導体とそれに囲まれた内部導体からなる甲1の加熱トーチの具体的な構成自体については,「高周波誘導加熱の具体的な構造はともかくとして」とし,引用発明としては認定しなかったものである。そして,甲1の上記(2)アないしキの記載によれば,甲1には,高周波誘導加熱の具体的な構成(甲1に記載された実施例の具体的な構成では高周波誘導加熱を実現することができないことは,上記(3)のとおり。)の点を除き,「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した高周波加熱トーチ」が記載されていると認めることができ,甲1自体には実現できるように記載されてない高周波誘導加熱の具体的な構成そのものは,平成5年1月7日の本件特許出願当時,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識であったのであるから,当業者は,甲1の「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱性絶縁物を施した高周波加熱トーチ」の高周波誘導加熱に上記技術常識であった誘導加熱体の具体的な構成を参酌し,高周波誘導加熱を実現することができるものとして,甲1発明を把握することができたものと認められる。
(7) 以上検討したところによれば,甲2ないし4に記載された高周波誘導加熱に係る本件特許出願当時の当業者の技術常識参酌すれば,甲1に記載されている事項から,「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱絶縁物を施した高周波加熱トーチ」という発明を把握することができたものであり,審決の甲1発明の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(組合せの阻害要因)について(1) 原告は,甲1発明の誘導体加熱の構成が不明であるとの構成(相違点1)について,「この誘導加熱体として」,甲2ないし4に記載された公知又は周知の「ヘアピン状の誘導加熱コイルを採用することは,当業者が種々の形状の誘導加熱コイルの中から適宜選択する設計的事項である」(審決11頁第1段落)とした審決の判断は誤りであると主張し,その理由として,周知のヘアピン状コイルは,浅い穴の内面熱処理専用のコイルで,長さを穴直径の2倍以下とし,しかも,内面の均一加熱(均一熱処理)のために,加熱対象又はコイルを回転させることが当業者の技術常識であるから,甲2ないし4のヘアピン状コイルを,本件発明の高周波ボルトヒータのように,回転や移動をすることなく,深くて細い孔に挿入して誘導加熱することに適用することは困難である,と主張する。
(2)ア しかし,本件特許発明は,ヘアピン状の誘導加熱コイルが挿入される「孔」について,「金属製ボルトの軸心方向に穿孔された孔」と規定するだけで,その径,深さ,誘導加熱コイルの挿入深さを特定しておらず,また,「穴」という語と対比したときの径や深さを特定することもできないし,誘導加熱コイルの回転の有無についても規定していないのであるから,原告の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものであって失当である。
仮に,本件特許発明にかかる「孔」が深くて細いものであることを意味するとしても,甲2には,小径穴を首尾よく加熱する高周波誘導子を熟考することを目的として(上記2(4)アの(ア),(イ),(ウ)),ヘアピン状のコイルに至ることが記載され,甲3には,ヘアピンコイルが小さな孔の加熱に実用的であることが記載され(同イの(イ)),甲4には,内径が約5cm以下の場合のコイルとしてヘヤピン形を使用することが記載されていることから(同(ウ)の(オ)),高周波誘導子において小径孔を加熱するという課題と,このような課題を解決するためにヘアピン状のコイルが用いられることは,本件特許出願時に周知のことであったと認められる。そうであれば,甲1発明に係る小径の「軸心穴11」に挿入される「高周波加熱トーチ」として,甲2ないし4に記載のヘアピン状コイルを採用することは,当業者が容易に想到し得ることである。
イ 原告は,高周波誘導加熱技術が熱処理(焼入れ)技術に実用化されてから数十年間,甲2の米国特許登録から40年以上,本件特許発明が課題とするようなボルトヒータの技術分野において高周波誘導加熱によって所期の作用効果を実現したのは国内外において本件特許が初めてであり,長期間にわたってそのように実現困難だったのは,甲2ないし4に開示されたヘアピン状コイルをボルトヒータに適用するには相当の阻害要因があったからであり,当業者に想到容易であったということはできないと主張する。
ところで,本件特許明細書(甲16)には,本件特許発明が解決しようとする課題及び効果として,下記の記載がある。
記(ア)「【発明が解決しようとする課題】従来の図4に示す抵抗線加熱体21によるボルトヒータは,細径のステンレスチューブの中の耐熱絶縁物22中に抵抗線加熱体21を埋め込んだもので,構造上入熱量が制限され,かつ間接加熱であるため効率が悪く,ボルトの締付け,緩めに長時間を要し,タービン組立てのネックになっていた。また加熱に長時間を要する事により,抵抗線加熱体21は長時間高温状態にさらされるため劣化が著しかった。更に長時間の加熱によってナット部や車室フランジも昇温して熱膨張するので,ボルトの必要伸び長さの誤差があり,管理が難しい等の問題があった。また短時間で昇温しないので,数多くのヒータが必要となる(長さの異なるボルトに対しても同様)ばかりか,ナットや車室フランジが昇温することにより,作業者の接触等による危険性があった。本発明は前記従来の問題を解消するために提案されたものである。」(段落【0003】)(イ)「【発明の効果】本発明によれば,高周波ボルトヒータを金属製ボルトの孔内に挿入してコイルに高周波電流を流すことにより,金属製ボルトを急速に加熱して伸長させることができる。この場合,金属製ボルトの長さは品種により様々であるが,可変式のストッパーを設けたことにより,ボルトの孔の長さに応じて高周波ボルトヒータの挿入量を最適に設定してボルトを加熱することができる。またコイル表面に耐熱性絶縁物を施すことにより,コイルとボルトの孔表面とのショートを解消できる。さらにはコイルと大型で重量のある高周波トランスをフレキシブルケーブルで接続することにより,取り扱い操作性を向上させることができる。また磁性体を除去した非加熱部を設けることにより,ボルトの必要部位のみを積極的に加熱し,ナットが不要に加熱されるのを防止できる。またナット装着ネジ部に相当する部位のコイルのピッチ間を狭くすることにより,同部位においてコイルの往復路線間に生じる磁束同士は互いに打ち消し合うことになり,同部位が不要に加熱されるのを解消できる。またヘアピン状のコイルが磁性体を挟むように配置されて円形断面を形成することにより,コイルの発熱を全方向に均等に伝達し,金属製ボルトを均一に加熱することができる。」(段落【0009】)ウ 上記記載によれば,本件特許発明が解決しようとする課題及び効果は,抵抗線加熱体によるボルトヒータとの対比におけるものであるが,甲1発明である「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱絶縁物を施した高周波加熱トーチ」との対比においては,本件特許明細書に記載された本件特許発明の効果は,いずれも当業者に予測可能なものにすぎないというべきである。また,甲2ないし4に開示されたヘアピン状コイルをボルトヒータに適用するに当たって,阻害要因があると認めることはできない。
(3) 以上検討したところによれば,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(本件特許発明1の進歩性についての判断の誤り)について(1) 原告は,可変式ストッパーは甲23,25だけであり,またいずれのストッパーもそれを設ける対象との関係において独自のものとして進歩性が判断されるべきであるから,相違点2が当業者に想到容易ということはできないと主張する。
しかし,審決は,「物体を孔等に挿入する際に,その必要挿入長さを設定するためにストッパーを設けることは種々の分野に用いられている従来周知慣用の技術」として甲22ないし25を引用し(審決11頁最終段落〜12頁第1段落)たにすぎず,甲22ないし25のすべてに「可変ストッパー」が記載されていると認定したものではない。そして,甲23(特公昭48-29425号公報)には,「キャリアー128は手動で棒102をそって前方端ブラケット104の方向にすべらせ,これによって装置10の加熱部分22を管14内において管板18の厚さに応じた予め定められた距離にセットするようになし,その目的のため調節できるストップ142が棒102間にひろがって備えられしかも棒102にそってキャリアー128の運行の長さを調節するように作動するゆるめることができるファスナー144を有する」(8欄26行目〜35行目)と記載され,誘導加熱装置において,加熱部分22を管板18の管孔16の管14内にセットする際の位置調節を行うストップ142が設けられており,そして,ストップ142には,位置を変更するためのファスナー144が設けられていることが開示されているのであるから,本件特許出願以前において既に,「可変式のストッパー」が,管の内部を加熱するのに挿入される誘導コイルの位置決め,すなわち「必要挿入長さを設定するため」に用いることも,当業者の周知技術であったと認められる。
したがって,「種々の長さ等のボルトに対応できるような汎用のボルトヒータであれば,その必要挿入長さを設定するためにストッパーを可変式ストッパーとすることは当業者ならば容易に想到し得た」とした審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は,従来ボルトヒータの分野においては抵抗線ヒータ自体が非常に高温となるためそれにストッパーを設けることは考えられなかったとも主張する。
しかし,甲1発明の高周波誘導加熱において,導体自体は加熱抵抗タイプほどには高温とはならないから,ストッパーを設けることを阻害するものとは認められず,原告の上記主張は理由がない。
(3) したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。
5 取消事由4(本件特許発明2の進歩性についての判断の誤り)について(1) 原告は,耐熱絶縁物を高周波ボルトヒータにどのように施すかについて甲1には何らかの技術開示があるとはいえないし,甲2には耐熱絶縁物についての開示はないから,審決の相違点4についての判断は誤りであると主張する。
(2) しかし,甲1に,「スタッドボルト10の軸心穴11に挿入され,高周波誘導加熱を用い,管状導体の外表面に耐熱絶縁物を施した高周波加熱トーチ」の発明,すなわち甲1発明が記載されていることは,上記2のとおりである。
また,甲2の1には,「ヘアピン状の誘導加熱コイル」に相当する「レグ体14,15」の外表面に耐熱性絶縁物が施された点の明示の記載はないものの,「間隔がより近くなるにつれて,加工物Aに対する電気的結合は,より大きくなる。しかしその様な間隔は,誘導子Bは加熱中に加工物Aに接触させないと云う必要性に関連して制限されるべきである」(2頁28行目〜31行目)として,導電体と穴内面とのショートが起きないようにする必要性が記載されている。そうであれば,甲1の高周波ボルトヒータにおいて,誘導加熱体として甲2の1に記載されたヘアピンコイル状高周波ヒータを適用し,ボルトの軸心穴の内面とのショートを防止するために,その導電体表面に耐熱性絶縁物を施すことは,当業者が容易に想到し得たことと認められる。
(3) したがって,原告主張の取消事由4は理由がない。
6 取消事由5(本件特許発明3の進歩性についての判断の誤り)について(1) 原告は,甲26のケーブルは本件特許発明3のフレキシブルケーブルとは構成が異なるし,そもそも甲26においては高周波誘導加熱においては(ケーブルではなく)電気導体による接続が望ましいとの技術開示があり,あえてこれと異なりフレキシブルケーブルを使用した本件特許発明3には十分進歩性があると主張する。
(2) しかし,甲6(昭和43年10月25日発行「工業電気加熱ハンドブック」)の「第8.52図」,甲26(特公平3-32191号公報)及び弁論の全趣旨によれば,フレキシブルケーブルは,もともと2つの被接続体が,接続された後も相互に拘束されることなく自由な状態に保持し,取扱いや操作性を向上させるためのもので,あらゆる技術分野に用いられている周知技術であると認められるところ,本件特許発明3はフレキシブルケーブルの柔軟性について何らの限定をしておらず,本件特許明細書には,その効果が「取り扱い操作性を向上させることができる。」と記載されているだけであることから,本件特許発明3は,単に取り扱い操作性を向上させるために,周知技術であるフレキシブルケーブルを採用したにすぎないものである。また,高周波誘導加熱において,フレキシブルケーブルは電圧ロスによる加熱効率の低下があり,電気導体による接続の方が望ましいとしても,フレキシブルケーブルを用いるか否かは,取扱いや操作性と加熱効率のどちらを優先させるかに応じて当業者が適宜選択する設計事項というべきであり,取扱いや操作性を加熱効率よりも優先させてフレキシブルケーブルを採用することに格別の困難はない。そうであれば,甲1の高周波ボルトヒータとして,甲2に記載された高周波ヒータを適用するに際し,誘導加熱体の電源との接続構造として上記周知技術を適用し,本件特許発明3に付加された「フレキシブルケーブルを用いる」構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。
(3) したがって,原告主張の取消事由5は理由がない。
7 取消事由6(本件特許発明4の進歩性についての判断の誤り)について(1) 原告は,審決が本件特許発明4の進歩性を否定するに当たって引用した甲4,9,27に開示された内容についての解釈はいずれも不正確であり,いずれの公知技術においても,高周波ボルトヒータにおいて「磁性体を省略した非加熱部を設ける技術的思想」はどこにも開示されておらず,本件特許発明4の進歩性を否定する理由とはなり得ないから,本件特許発明4の進歩性についての審決の判断は誤りであると主張するので,以下順に検討する。
(2) 原告は,甲4(「工業加熱」第25巻第6号)には,「加熱をあまり望まないような部位」という発想はないと主張する。
しかし,甲4には,「加熱は必要な部分だけを一様な温度に加熱することが焼入れ品質上要求される。・・・部分的な投入電力の調節のためには,・・・磁性材料をコイルの一部に取付ける等により,被加熱材を貫流する磁束を部分的に調節する等の工夫が施される」(60頁右欄12行目〜61頁左欄2行目),「磁性材料は,その他の部分より磁束が通りやすいので,磁性材料をコイルの適当な位置に部分的に取付け使用して,被加熱材を貫通する磁束分布を調節できる」(65頁右欄末行〜66頁左欄2行目)との記載があり,磁性体を取り付けることにより加熱させる部分を調節できることが開示されているが,このことは同時に,「加熱をあまり望まないような部位」には磁性体を取り付けないようにし,磁束分布,加熱分布を調節することを示唆しているということができ,原告の上記主張は失当である。
(3) 次に,原告は,甲9(特公昭63-49879号公報)は,コア(磁性体)は誘導加熱コイルのすべての部分に取り付けられ,多巻き加熱コイル自体が一巻きごとに逆向きに設置されており,電流が交互に逆向きに流れるから磁束が打消しあう部分ができ,非焼き入れ層ができるのであるから,「コアを設けた部分に対応する被加熱体部分の加熱を良好にし,コアを設けない部分に対応する被加熱体部分を非加熱状態にすること」は記載されていないと主張する。
しかし,甲9には,「それぞれの巻回導体部cにコアkoを付加することによって小径筒体Wの内壁には巻回導体部cの対向面にほぼ対応する焼入れ層hを形成し,かつ焼入れ層それぞれの間には非焼入れ部Nを残そうと図る」(4欄20行目〜25行目)との記載があり,誘導加熱コイルにコアを設けることで磁束を集中して,コアを設けた部分に対応する被加熱体部分の加熱を良好にし,コアを設けない部分に対応する被加熱体部分を非加熱状態にすることが開示されている。したがって,原告の上記主張も失当である。
(4) さらに,原告は,甲27(実公昭30-8856号公報)で「焼入れを必要としない部分」は,図2のfで示される歯車の歯の歯先(図1では符号13の上面部位)であり,「磁性体がない」のは,歯面の符号12で示された歯の側面上部であって,歯先上面(符号13の上面部)ではないから,審決が,甲27に「焼入れを必要としない部分に対応する部位には磁性体がないことが図示されている」(審決18頁第3段落)と認定したことは誤りであると主張する。
しかし,甲27には,「本件考案装置は・・・第1図に示すように(判決注:歯車の)歯の谷部1内にその谷部と相似形の誘導加熱線輪2を谷部1の面と小間隔を距てゝ対向せしめると共に該誘導加熱線輪の内側に於いて該線輪の谷部1の底面3に対する部分及該線輪の谷部両側面4,4の隅角部5,5より下方に対する部分に数個に分割された鉄心6,7,8,9,10等を配置し而も之等鉄心の厚さを図のように適当に互いに相違せしめこの誘導加熱線輪を以て谷部歯面を加熱急冷するものである。本考案装置に於いては誘導加熱線輪2の磁束は鉄心6,7,8,9,10内にその厚さに比例して集中するものであって即ち隅角部5,5を通る磁束の一部は鉄心6,7,10,9により隅角部5,5と内角部11,11との間に吸引され該鉄心6,7,10,9等の厚さの相違により隅角部5,5と内角部11,11との間の熱容量にほぼ比例して分布され又他の鉄心8の作用により11,11間の底面3を通る磁束の密度を大となし得るものである。従てこの結果・・・谷部1の全面の加熱深度が均一となると共に13,13部分の加熱を殆ど除去することができる」(1頁左欄下5行目〜右欄17行目)との記載があり,高周波加熱で焼入れする必要のない部分に焼入れが施されないように,誘導加熱線輪(誘導加熱コイル)の内側に設ける強磁性体の位置及び厚さを調整して,磁束の分布を加減する高周波表面加熱装置が開示され,また,第1図には,焼入れを必要としない部分に対応する位置には磁性体がないことも図示されている。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5) 以上のとおり,審決の引用する甲4,9,27の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由6も理由がない。
8 取消事由7(本件特許発明5の進歩性についての判断の誤り)について(1) 原告は,甲4(「工業加熱第25巻第6号」)におけるコイル間のピッチが狭い部分は単なる電源からのリード部であって,本件特許発明5のように,特定の部位(ナット装着ネジ部に相当する部位)を非加熱部とするという目的のための技術開示ではないから,本件特許発明5の進歩性を否定する理由とはなり得ないと主張する。
しかし,「誘導加熱において,コイルピッチが狭いと誘導加熱しなくなることは,従来周知のことである」ことは原告の認めるところであり,そうである以上,甲4のコイルピッチの狭い部分が電源からのリード部であったとしても,当業者であれば,当該コイルピッチが狭い部分では,誘導加熱が生じないことを理解することは明らかである。そして,本件特許明細書(甲16)に,「【従来の技術】ボルトヒータは,例えば蒸気タービン車室等に用いられる大型のボルトで,レンチ,スパナ等で締め付けられないボルトの締め付け又は緩めに用いられる。例えば,緩めの場合を図5及び図6で説明すると,図5は1対のフランジCをボルトa及びナットbで強力に締め付けてある状態を示し,ボルトaの中心に長軸方向に穿設された中心孔fにボルトヒータdを挿入し,ボルトヒータdによりボルトaを加熱すると,ボルトaは図6に示されるように長さ1だけ軸方向に熱膨張し,このためナットbは簡単に回転し,ナットbを緩めることができる。この場合ボルトaの平行部eのみを加熱し,ボルト,ナットのネジ部はなるべく加熱しないようにする必要がある。締め付けの場合も同様にボルトaを加熱して軸方向に熱膨張させ,この状態の時ナットbを締め付ける方向に回し,その後ボルトaを冷却して所定の締め付け力を得る」と記載されているように,「ボルト,ナットのネジ部はなるべく加熱しないようにする必要がある」ことは従来からの周知の技術的事項であると認められる。そうすると,甲1発明にかかる高周波ボルトヒータ(高周波加熱トーチ)において,甲2に記載されたヘアピン形状の高周波ヒータを適用する際に,伸長を必要とする部分(図6の平行部e)のみを加熱させて,ボルトのナットの装着ネジ部に相当する部位を非加熱部とするために,誘導加熱コイルのピッチを狭くして加熱しないようにするという上記周知技術を適用して,本件特許発明5に付加された「前記金属製ボルトのナット装着ネジ部に相当する部位において,前記誘導加熱コイルのピッチ間を狭くすること」構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。
(2) また,原告は,甲4には,「コイルピッチが狭いと磁束が打ち消し加熱は不可能に近い」とする記載(69頁図4.10(a)及び70頁左欄1行目〜13行目)はあるが,これらは,単一(1本)のコイルにおける路線ピッチ(幅)の適否について論じたものにすぎず,本件特許発明5のように,コイル全長の途中で路線ピッチを変えて(狭くして)非加熱部を形成することが想到容易ということはできないと主張する。
しかし,甲4には,「加熱は必要な部分だけを一様な温度に加熱することが焼入れ品質上要求される。・・・部分的な投入電力の調節のためには,・・・磁性材料をコイルの一部に取付ける等により,被加熱材を貫流する磁束を部分的に調節する等の工夫が施される」(60頁右欄12行目〜61頁左欄2行目)との記載があり,必要な部分だけを加熱するための工夫が開示されているから,誘導加熱コイルのピッチを狭くして加熱しないようにするという上記周知技術を適用する際,コイル全長の途中で路線ピッチ(間隔)を変える構成とすることにより,ピッチを狭くした部位を非加熱部として機能させることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。
(3) 以上検討したとおり,原告主張の取消事由7は理由がない。
9 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉