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事件 平成 17年 (行ケ) 10739号 審決取消請求事件
原告 アルゼ株式会社代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 松本司
同岩坪哲
訴訟代理人弁理士 松尾憲一郎
被告 特許庁長官中嶋 誠
指定代理人 二宮千久
同岡田孝博
同小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/04/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が訂正2005-39036号事件について平成17年9月6日にした審決を取り消す。
事案の概要
原告は,平成6年7月7日に設定登録された特許第1855980号の特許権者であったところ,第三者から特許無効審判請求を受け,特許庁が平成14年12月25日同特許を無効とする審決をしたことから,これに対する不服申立てとして東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したが,平成17年2月21日に請求棄却の判決を受け,最高裁判所の平成17年7月14日付け上告棄却の決定等により前記審決が確定することとなった。本件は,特許権者であった原告が,上記審決確定前の平成17年3月1日に,前記特許権に関し特許庁に訂正審判請求をしたところ,特許庁が特許無効審決の確定を理由に,対象物のない不適法な請求になったとして,前記訂正審判請求を却下する審決をしたため,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求原因(1) 特許庁等における手続の経緯ア 原告は,発明の名称を「スロットマシン」とし,平成6年7月7日に設定登録された特許第1855980号(ただし,元の権利者は株式会社ユニバーサル。請求項は1及び2。以下「本件特許」又は「本件特許権」という。)の特許権者であった。
イ 第1次無効審判事件本件特許の請求項1及び2に係る発明について,平成13年6月25日付けで,サミー株式会社から無効審判請求がなされ,同請求は無効2001-35267号として特許庁に係属した(以下「第1次無効審判事件」という)。特許庁は,同事件を審理し,平成14年12月25日,原告からの平成14年5月17日付け訂正請求を認めた上,本件特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする審決(甲4。以下「第1次審決」という。)をした。
そこで原告は,第1次審決の取消しを求める訴訟を東京高等裁判所に提起した(平成15年(行ケ)第36号。以下「第1次審決取消訴訟」という。)が,平成17年2月21日,請求棄却の判決がなされた。原告は,同判決に対して上告及び上告受理申立てをしたが(最高裁平成17年(行ツ)第165号,同(行ヒ)第177号),平成17年7月14日,上告棄却及び上告不受理の決定がなされた。
ウ 第2次無効審判事件一方,第1次無効審判事件の請求直後である平成13年6月27日付けで,本件特許の請求項1に係る発明について,サミー株式会社から別途の理由で無効審判請求がなされ,同請求は無効2001-35278号として特許庁に係属した(以下「第2次無効審判事件」という)。同事件につき,特許庁は,平成14年6月26日,手続中止の通知(甲3)を行ったが,平成15年6月16日,手続中止解除の通知を行った上,平成15年6月27日,無効理由の通知(甲5)を行い,平成16年11月19日,本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする審決(甲6。以下「第2次審決」という。)をした。
そこで原告は,平成16年12月17日,第2次審決の取消しを求める訴訟を東京高等裁判所に提起した(平成16年(行ケ)第551号。その後,知的財産高等裁判所の発足に伴い当庁平成17年(行ケ)第10040号となった。以下「第2次審決取消訴訟」という。)。
訂正審判請求原告は,第2次審決取消訴訟の提起と同日の平成16年12月17日,本件特許について訂正審判を請求した(訂正2004-39286号)ところ,平成17年1月25日,特許庁から訂正拒絶理由通知があったので,原告は,平成17年3月1日,本件特許について改めて別の訂正審判を請求した(訂正2005-39036号。甲9の1,2。以下「本件訂正審判請求」という。)。特許庁は,本件訂正審判請求を審理した上,平成17年9月6日,同請求を却下する旨の審決(甲1。以下「本件審決」という。)をした。
なお,原告は,前記訂正2004-39286号事件の訂正審判請求を,平成17年7月13日に取り下げた。
(2) 発明の内容ア 平成14年12月25日の第1次審決により訂正が認められた本件特許発明の内容は,次のとおりである。
〔請求項1〕 表示窓内にそれぞれ所定の図柄を表示する複数のリール,これら各リールの回転を停止させるためのストップボタンスイッチ,予め定めた範囲で乱数を発生する手段,前記乱数の範囲を区分し,入賞及び外れを判定するための確率テーブル,前記乱数をサンプリングする手段,サンプリングした乱数値が前記確率テーブルのどの区分に属するかを判定する手段,前記各ストップボタンスイッチをオンしたときの表示位置から4コマ以内の範囲内で,前記判定した乱数値に応じた図柄が表示されるように前記各リールの回転を停止させる停止制御を行う制御装置を備えたスロットマシンにおいて,前記制御装置は遊技中特定の条件が達成された時には予め定めたゲーム回数分,前記乱数値に応じた停止制御を中止して,この停止制御の中止にかかるリールの回転を前記ストップボタンスイッチの操作タイミングで停止させるように構成したことを特徴とするスロットマシン。
〔請求項2〕 表示窓内にそれぞれ所定の図柄を表示する複数のリール,これら各リールの回転を停止させるためのストップボタンスイッチ,予め定めた範囲で乱数を発生する手段,前記乱数の範囲を区分し,入賞及び外れを判定するための確率テーブル,前記乱数をサンプリングする手段,サンプリングした乱数値が前記確率テーブルのどの区分に属するかを判定する手段,前記各ストップボタンスイッチをオンしたときの表示位置から4コマ以内の範囲内で,前記判定した乱数値に応じた図柄が表示されるように前記各リールの回転を停止させる停止制御を行う制御装置を備えたスロットマシンにおいて,前記制御装置は遊技中特定の条件が達成された時には予め定めたゲーム回数分,複数のリールの一部についてのみ前記乱数値に応じた停止制御を中止して,この停止制御の中止にかかるリールの回転を前記ストップボタンスイッチの操作タイミングで停止させ,他のリールに対しては,前記ストップボタンスイッチをオンしたときの表示位置から4コマ以内の範囲内で,特定の図柄が表示されるように一定の停止制御を行うように構成したことを特徴とするスロットマシンイ 一方,平成17年3月1日付け本件訂正審判請求により訂正しようとした本件特許発明の内容は,次のとおりである(下線は訂正部分)。
〔請求項1〕 表示窓内にそれぞれ所定の図柄を表示する複数のリール,これら各リールの回転を停止させるためのストップボタンスイッチ,予め定めた範囲で乱数を発生する手段,前記乱数の範囲を区分し,入賞及び外れを判定するための確率テーブル,前記乱数をサンプリングする手段,サンプリングした乱数値が前記確率テーブルのどの区分に属するかを判定する手段,前記各ストップボタンスイッチをオンしたときの表示位置から4コマ以内の範囲内で,前記判定した乱数値に応じた図柄が表示されるように前記各リールの回転を停止させる停止制御を行う制御装置を備えたスロットマシンであって,上記制御装置はボーナスゲームの動作手順をも実行するものにおいて,前記制御装置は,前記ボーナスゲームとは別に,遊技中特定の条件が達成された時には予め定めたゲーム回数分,前記乱数値に応じた停止制御を中止して,この停止制御の中止にかかるリールの回転を前記ストップボタンスイッチの操作タイミングで停止させるように構成したゲームをも行うことを特徴とするスロットマシン。
〔請求項2〕 表示窓内にそれぞれ所定の図柄を表示する複数のリール,これら各リールの回転を停止させるためのストップボタンスイッチ,予め定めた範囲で乱数を発生する手段,前記乱数の範囲を区分し,入賞及び外れを判定するための確率テーブル,前記乱数をサンプリングする手段,サンプリングした乱数値が前記確率テーブルのどの区分に属するかを判定する手段,前記各ストップボタンスイッチをオンしたときの表示位置から4コマ以内の範囲内で,前記判定した乱数値に応じた図柄が表示されるように前記各リールの回転を停止させる停止制御を行う制御装置を備えたスロットマシンであって,上記制御装置はボーナスゲームの動作手順をも実行するものにおいて,前記制御装置は,前記ボーナスゲームとは別に,遊技中特定の条件が達成された時には予め定めたゲーム回数分,複数のリールの一部についてのみ前記乱数値に応じた停止制御を中止して,この停止制御の中止にかかるリールの回転を前記ストップボタンスイッチの操作タイミングで停止させ,他のリールに対しては,前記乱数値に応じた停止制御に代えて,前記ストップボタンスイッチをオンしたときの表示位置から4コマ以内の範囲内で,特定の図柄が表示されるように一定の停止制御を行うように構成したゲームをも行うことを特徴とするスロットマシン。
(3) 審決の内容本件審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由は,第1次審決が確定したことにより,本件特許は初めから存在しなかったものとみなされるので,本件訂正審判請求は,その請求の対象物がない不適法な請求であることに帰し,その補正をすることができないものであるから,特許法135条の規定により却下すべきものである,としたものである。
(4) 審決の取消事由しかしながら,本件審決は,以下の理由により,特許法の解釈適用を誤った違法なものとして取消しを免れない。
ア(昭和59年最判に依拠したことの不当性)最高裁昭和59年4月24日第三小法廷判決(民集38巻6号653頁)は,実用新案登録の訂正審判の請求係属中に当該実用新案登録を無効にする審決が確定した場合には,訂正審判の請求は不適法となると判示した。本件審決は,同判決(以下「昭和59年最判」ということがある。)に依拠するものであるが,同判決は実質的論拠を欠く上に,訂正審判請求に係る制度は,同判決がなされた以降に大きく様変わりしていること等から,同判決の射程は本件には及ばないというべきである。
(ア) 無効審判と訂正審判は法的には別個の手続であるが,現実の事件としては,侵害訴訟に対する反撃として無効審判請求を行い,それに対する防御手段として特許権者が訂正審判請求をすることが通常である。このように,現実の紛争においては,侵害訴訟と無効審判請求と訂正審判請求とは,事実上は一個の事件の中での攻撃防御の関係にあるといえる。
しかしながら,法的には無効審判と訂正審判とは別個の審判制度とされており,審決取消訴訟も各々別個に提起される別事件とされているため,本件のように無効審決が先に確定する場合が生じる。このような場合,無効審決は遡及効を有するため特許権は初めから存在しなかったものとみなされるが,無効審決の確定時に既に特許庁に係属していた訂正審判請求は維持され得るのか否か,という問題が生じる。
(イ) この問題について,昭和59年最判は,訂正審判は維持されないとの解釈(以下「消極説」という。)を採用したものであるが,以下の理由により,消極説は妥当性を欠く。
a 特許法(以下「法」という。)126条6項は,その本文において,特許権の消滅後もその消滅の理由のいかんを問わず訂正審判請求ができることを規定する一方で,ただし書において,無効審決確定後の新たな訂正審判請求を排除しているにとどまる。このように,特許法の文理上,特許権の消滅までに請求された訂正審判事件の存続を許さないという規定は,一切存在しない。
b 訂正審判請求が無効審判請求に対する防御手段であることにかんがみると,一つの争いの中において偶然に無効審決が先に確定したというだけの理由で,既に係属中の訂正審判請求が不適法なものになると解する消極説は,防御手段としての訂正審判請求制度の機能を著しく不完全にするものであり,現行特許法が想定している特許争訟の基本体系に反する結果を引き起こす。
利益衡量の観点からみても,消極説は,特許権者の保護にもとる不公平な処理である。訂正審判請求の審理と,無効審決取消訴訟の審理とは,特許庁及び裁判所それぞれの裁量に委ねられており,審理の先後について何らの規制も存在しない。しかるに,消極説の下では,前者における訂正を認める審決が先に確定すれば後者において無効審決が取り消される一方で,後者において請求が棄却され無効審決が確定すれば前者が当然に却下され特許権を維持する途が完全に閉ざされることになる。このように,消極説は,両事件の審理・確定の先後という偶発的事情によって特許権の生死が決まるというものであって,合理性がないことは明らかである。
c 民事訴訟法上の訴えの利益に関する通説的見解を前提とすれば,無効審決の確定によって特許権が遡及的に消滅した後であっても,以下のとおり,当該特許権について訂正審決を得ることには法律上の利益があるというべきであるから,この点からも消極説は妥当性を欠く。
(a) 法126条6項本文自体が「既に消滅して存在しない」特許権に対しても訂正審判請求することを認めており,これは,現在存在しなくても,これを訂正する法律上の利益があることを認めた規定である。そうであれば,過去に有効に存在していた特許権に対して,それが遡及的に無効になったとする理由のみで,これに対する法律的判断を求める利益がないという結論は同条の趣旨から外れるものであり,より実質的な検討をすべきである。
(b) そして,無効審決が確定した後に訂正審判請求を行うことによる具体的な法律上の利益として,訂正を認める審決を得た場合,確定した無効審決について再審を請求することができるという利益を挙げることができる。
つまり,訂正を認める審決が確定したときは,訂正前の特許請求の範囲に基づいて特許を無効と判断した審決及びこれを維持した判決は,その基礎となった行政処分が変更されたことになるから,いずれも再審事由を有するものとなる(民事訴訟法338条1項8号,法171条2項)。消極説が,このような再審の可能性を無視して訴えの利益を否定していることは不当である。
そして,訂正を認める審決の確定が,無効審決を維持する判決の再審事由となることは,最高裁平成17年10月18日第三小法廷判決(判例時報1914号123頁)においても明言されている。なお,同判決の事案は,特許を無効とする審決の確定前に訂正を認める審決が確定していたというものであるが,その判示からして,同判決の趣旨が,訂正を認める審決確定の事実が,確定した無効審決に対する再審事由となることを認める趣旨であることは明白である。
d 消極説は,憲法上保障された裁判を受ける権利を不当に制限するものである。
先願主義の下においては,的確な特許権保護のために一定の補正・訂正等の機会が特許権者に与えられるべきである。このような見地から,訂正審判の請求は,無効審判請求に対する正当な防御手段として認められているものであり,これが特許法上重要な制度となっていることは前述のとおりである。ところが,消極説の下では,訂正によって特許請求の範囲のうち無効原因を有する部分を切り落として生き残ることが可能な場合でも,無効審決が先に確定したという一事をもって,訂正審判請求が何らの実体的な判断を受けられないまま却下されることになる。このように,消極説は,特許権者の訂正審判請求の権利を特許権者の過失や不注意とは全く関係なく剥奪することを意味している。
消極説の最大の実質的論拠は,紛争をいたずらに複雑にすることを防ぎ,紛争を早期に解決するという法的安定性の点にあるが,他方,特許権者にとっては訂正をする権利を奪われるという不利益を被ることになる。この問題は,究極的にはこの両者の比較ということになる。無効審決確定後の新規の訂正審判請求を認めたのでは,紛争は際限なく続く可能性もあるが,本件のような無効審決確定時に係属中の訂正審判については,その継続を認めてもいたずらに紛争が長引くというおそれは少ない。確かに,訂正を認める審決がなされた場合には,無効審決に対する再審手続が開始されることになるが,再審という制度自体,特許法の中に確固たる位置付けを有する制度であり,再審の可能性という一事をもって,いたずらに紛争を長引かせるものとはいえない。
そうすると,消極説が論拠とする法的安定性の要請は,無効審決の確定によって訂正の機会を終局的に奪われるという特許権者の受ける甚大な損害を正当化するものとはいえない。前述のように,無効審判請求と訂正審判請求とは,実際には一つの紛争であるにもかかわらず法律上は二つの別個の手続とされているだけのことであるから,消極説のように,偶然の事由によって一方が先に確定してしまった場合に他方の争いを遮断してしまうということは,法的安定性の確保という名分の下に,特許権者の権利を余りにないがしろにするものであり,裁判を受ける権利の侵害である。
このように,消極説には,審決確定の先後という極めて偶然的な事情によって結果が変わるようになるという致命的かつ理論的な弱点がある。正規の手続に従って訂正審判を請求した特許権者から見れば,消極説は,正当な理由なしに特許権者の利益を損なうものであるということができ,むしろ法的安定性の要請に反するものである。
(ウ) 昭和59年最判の後になされた特許法の改正(特に平成5年と平成15年の改正)によっても,消極説の実質的論拠は失われている。
a 昭和59年当時の特許法の下では,訂正審判請求に時期的制限がなく,無効審判請求とは互いに別個独立のものとして提起し得たため,無効審決確定後の訂正審判請求によって権利関係がいたずらに複雑化する事態となることを避ける目的で法126条6項ただし書(当時は4項ただし書)の規定が設けられていた。そしてこの複雑化回避のために,昭和59年最判は係属中の訂正審判の排除まで踏み込んだものと考えられる。
しかしながら,その後の平成5年法律第26号による改正(以下「平成5年改正」という。)において,無効審判が特許庁に係属している間は,訂正は無効審判手続の中の訂正請求として行うべきものとされ,別途に訂正審判請求をすることはできないこととなった。さらに平成15年法律第47号による改正(以下「平成15年改正」という。)では,訂正審判の請求時期が,特許無効審判の審決に対する訴えの提起があった日から原則として90日以内に制限された。このように,現行法の下では,昭和59年最判が危惧したような権利関係の複雑化が制度的に解消されているのであるから,上記のような消極説の難点を無視してまで,消極説に固執する必要性は乏しくなったのである。
b 平成5年改正で訂正無効審判請求制度が廃止されたため,仮に訂正審判請求が維持されるとの解釈(積極説)を採用しても,無効審決の確定後に訂正審決が確定し,無効審決に対する再審によって特許権が遡及的に復活し,その後の訂正無効審決で特許権は無効原因を有すると考えられる元の内容に戻り,復活した特許権が2度目の再審によって再び無効とされる,といった複雑な事態は生じ得ない。
イ(本件の特殊性)(ア) 本件特許に係る特許庁等における手続の経緯には,以下の特徴がある。
a 本件特許については,第1次無効審判事件と第2次無効審判事件とが,ほぼ同時に特許庁に係属したところ,特許庁は,第2次無効審判事件について,審判請求されてから約1年を経過した平成14年6月26日の時点で,その手続を中止した。
その結果,平成14年12月25日に第1次審決(無効)が下されたにもかかわらず,第2次無効審判事件が係属しているため,原告は,第1次審決に対する対抗措置としての訂正審判請求を行うことができない状況に置かれた。
b 第2次無効審判事件においては,第1次審決取消訴訟の係属中である平成15年6月16日にようやく手続中止が解除され,平成15年6月27日に職権による無効理由通知がされ,訂正請求の機会が付与された。
原告は,これに応じて平成15年9月1日付けで訂正請求をしたが,特許庁は,平成15年12月25日に訂正拒絶理由を発した後,平成16年11月19日付けの第2次審決に至るまで,またしても第2次無効審判請求の審理を事実上凍結した。
この間,第1次審決取消訴訟の審理は粛々と進行したが,第1次審決(無効)に対抗し,あるいは第2次無効審判請求の無効理由通知を回避するための訂正審判請求は,法律上封殺される事態が続いた。
c 上記第2次審決(無効)によって,ようやくにして原告は本件特許につき訂正審判の請求をなし得ることとなり,平成16年12月17日,第2次審決取消訴訟の提起とともに訂正審判の請求(訂正2004-39286号)をしたが,平成15年改正法の附則2条7項,8項により,同改正後の126条2項による訂正審判の請求期間制限は,上記の訂正審判の請求にも適用された。
すなわち,原告は,第2次無効審判請求が事実上凍結されている間も第1次審決の当否をめぐり攻防を続けたが,平成15年改正法施行前であれば行うことができた訂正審判請求を,第2次無効審判請求の凍結によって封殺されたうえ,訂正審判請求については第2次審決取消訴訟の提起の日から起算して90日以内の期間制限に服することになったのである。
ところで,平成15年改正法は,訂正審判請求に提起期間制限を設ける代償として,無効審決の取消訴訟(本件でいえば第2次審決取消訴訟)の提起があった場合において,特許権者が訂正審判を請求し又は請求しようとしているときは,受訴裁判所が無効審判事件を審判官に差し戻すため,決定をもって無効審決を取り消すことができるものとし(法181条2項),審決取消決定があった場合には既に提起された訂正審判請求を差し戻された無効審判事件に吸収する(法134条の3第1項,第5項),という特許権者の救済措置を規定している。しかし,これらの規定は,平成15年改正法の施行日(平成16年1月1日)の前に請求された無効審判についての審決取消訴訟には適用されないため(附則2条10項),原告は,一方で,訂正審判請求の時期に関する厳格な規制を受けながら,他方で,この規制の代償としての特許権者の救済措置を受けられないという,極めて不利な状況に置かれたのである。
すなわち,本件の事実関係の下では,消極説が論拠とする手続遅延の問題は平成15年改正法126条2項の適用によって解消されており,他方,同改正法が企図する特許権者の救済手段が原告には付与されないという,経過措置の狭間に立たされたことに起因する特許権者に不利な特殊事情が存在するのである。
(イ) 上記の経過の下では,原告にとって,第2次審決を受けて行った平成16年12月17日の訂正審判請求(訂正2004-39286号)及び平成17年3月1日の本件訂正審判請求(訂正2005-39036号)は,無効理由を回避して請求項の記載を適切に訂正する最後の機会であり,かつ,その実体審理を特許庁において受けるより他の選択肢がない(差戻し決定による救済が得られない)という異例の状況に置かれていた。
本件において,特許庁が第2次無効審判事件における原告の平成16年3月8日意見書に基づき,事件を「寝かせる」ことなく第2次審決をしていれば(その法律上の障害はなかった。),第1次審決取消訴訟と第2次審決取消訴訟が同時に東京高裁に係属することで原告は適時適切な訂正審判請求をし,仮にそれが不許可となったとしても,その司法審査を受け得たことは明らかである。
ところが,特許庁による8か月以上(中止解除から1年5か月)の審理の凍結により,原告は訂正審判請求をなし得ない状況に陥り,一方で第1次審決取消訴訟は粛々と進み,この間原告は訂正審判請求権及びその司法審査を受ける権利を封殺され続けたのである。
すなわち,第2次審決の送達及び第2次審決取消訴訟の提起によってようやく可能となった訂正審判請求について,その実体審理が継続され,仮に訂正を認めない審決であればその取消訴訟を提起することによってしか,原告は,訂正審判に係る裁判を受ける権利を享受できなかったのである。
そして,現に,第1次審決取消訴訟の請求棄却判決に対する上告及び上告受理申立て中に本件訂正審判請求の実体審理が進み,上告棄却等決定の前日である平成17年7月13日には審理終結通知を受けていたのである。
しかるに,同月14日の上告棄却等決定の先行という,原告にとってはいかんともし難い偶発的事態により,訂正審判請求に係る司法審査を受ける権利を剥奪されるという本件審決の結論は,明らかに不条理で,原告にとって余りにも酷な結論といわなければならない。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論(1) 本件審決は,昭和59年最判の採用した消極説に則したものであって,その判断に原告の主張する誤りはない。原告が,消極説を本件に適用することは妥当でないとして主張するところは,以下のとおり,いずれも失当である。
ア 原告は,本件訂正審判について,平成15年改正による法126条2項による訂正審判の請求期間の制限という規制が適用された一方で,この規制の代償としての特許権者に対する救済措置である法181条2項,134条の3第1項,第5項による訂正審判請求後の無効審決の差戻し決定等の規定の適用がないという,特許権者たる原告にとって極めて不利な状況が存在した,と主張している。しかし,原告の上記主張は,平成15年改正の趣旨を理解しないものであって失当である。
すなわち,平成15年改正による上記各規定の立法趣旨は,いわゆるキャッチボール現象に起因する弊害を除去しようとするものであって,訂正のできる期間を合理的に制限する一方で,権利者の訂正の機会を確保しつつ,裁判所の裁量によって事件を特許庁へ差し戻すことにより,訂正内容の審理を無効審判手続の中へ取り込み,無効審判請求人が審理に関与することを可能として,審理に無駄が生じないようにし,紛争の長期化を防ぐことを目指したものである。差戻し決定をするか否かは裁判所の裁量事項であり,すべての場合について一律に差し戻すものではない。さらに,差戻し決定は,訂正の審理に無効審判請求人を関与させるために行うものであり,差戻し後に訂正の機会を与えるのは,訂正審判請求された訂正内容を,訂正請求という形で無効審判手続中に取り込む必要があるからであって,特許権者に「救済措置」を与えるものではない。
訂正の機会の点でいえば,原告は,第2次審決取消訴訟の提起時たる平成16年12月27日に訂正審判(訂正2004-39286号)を請求して訂正の権利を行使しており,当該訂正審判請求は,特許庁で遅滞なく審理され,早期に訂正拒絶理由(平成17年1月25日付け)が通知された結果,原告は,90日以内という期間制限の中で,当該訂正審判請求を取り下げ,新たに平成17年3月1日に本件訂正審判を請求する機会も得ているのである。したがって,差戻し決定後の訂正機会の付与が排除され,訂正の機会を奪われているとの原告の主張は失当である。
イ 原告は,昭和59年最判がなされた以降に行われた特許法の改正にかんがみても,消極説は妥当性を欠くに至ったと主張するが,以下のとおり,いずれも失当である。
(ア) 原告は,平成15年改正により,無効審決が先に確定するという状況は激減するものと考えられ,そのようなレアケースにおいて再審を認めても審理の遅延により特許制度全体に歪みが生じるという事態は考えられない,と主張する。
確かに,平成15年改正により,訂正審判請求事件の係属中に無効審決が確定する事態がレアケースとなることはそのとおりである。しかしながら,レアケースであるから変更する必要性はないともいえるのであり,数の大小は判例変更の理由とはならないというべきである。
また,訂正審判請求は,認容される場合には短い期間で認容審決がなされるものであるから,前記レアケースとは,特許庁が訂正を認めない場合であり,かつ,大部分は,訂正を認めない審決の取消訴訟の係属中であると推測される。そしてまた,前記レアケースとは,訂正審判請求があったにもかかわらず,裁判所が,訂正の審理のために差戻し決定をする必要がないと判断したものであるから,訂正を認容しない審決の取消訴訟においても,請求棄却となる蓋然性が極めて高いことになる。
以上のことから,レアケースにおいて訂正審判の審理を続行することは,裁判所及び特許庁における無駄な審理を強いることになるのであり,平成15年法改正により,昭和59年最判を変更すべき状況になった旨の主張も失当である。
(イ) 原告は,平成5年改正で訂正無効審判請求制度が廃止されたため,仮に積極説を採用しても,遡及的に有効に成立したことになっていた特許権について再び再審の問題が生じるといった複雑な事態は生じ得ない,と主張する。
しかし,平成5年改正において,訂正無効審判請求制度は廃止されたものの,これに関連して,訂正が訂正要件に違反している場合が特許の無効理由として付加され(平成5年改正後の法123条1項7号,現在の同項8号),また,訂正後の発明に無効理由があれば,無効審判を請求することができることは変わっていない。それゆえ,平成5年改正後においても,積極説を採用し,無効審決が確定した後に訂正審判の審理を許容することになると,訂正を認める審決の確定によって,確定した無効審決が再審で覆って特許権が復活するという結果となり,特許権が消滅・復活を繰り返すといった複雑な事態が生じることになる。
したがって,複雑な事態は生じ得ないとする原告の主張は失当である。
(2) 本件の手続の経緯にかんがみても,本件において消極説を適用するのは妥当ではないとの原告の主張は,以下のとおり失当である。
ア 原告は,本件特許をめぐる手続の経緯においては,原告が適時適切な訂正をする機会が奪われてきたと主張する。しかし,本件特許権については,本件訂正審判請求以前にも,原告には何度も特許請求の範囲等を訂正する機会が与えられ,原告はこれを行使している。
イ 原告は,第1次審決が下されたにもかかわらず,第2次無効審判事件が特許庁に係属し,その審理が中止されていたから,訂正審判を請求できなかったと主張する。しかし,第2次無効審判事件が特許庁に係属している以上,法126条1項(平成15年改正法の施行日(平成16年4月1日)以降は同条2項)の規定により,訂正審判を請求できないことはやむを得ないことである。
ところで,特許庁では,複数の無効審判事件が同時に係属している場合,併合審理できるものは併合し,そうでないものは優先順位を付け,優先せず審理しない無効審判事件については,原則として,審理を中止することになっている。なお,中止及び中止解除は審判官の裁量に委ねられている。
本件においては,第2次無効審判事件について,第1次無効審判事件の帰すうを待つこととして審理を中止していたところ,第1次審決は本件特許の請求項1及び2に係る特許を無効とする結論であったため,更に第2次無効審判事件の中止を継続することとなったのである。原告からは,その後,上申書及び再開申立書の提出があったが,当時,原告から聴取した訂正案によっては紛争の迅速な解決に役立つことはないと判断して,審理の中止の解除をしなかったものである。
よって,原告の前記主張は,失当である。
ウ 原告は,第2次無効審判事件係属中の訂正請求について,長期間審理が凍結されたため,訂正審判請求権及び司法審査を受ける権利を封殺され続けたと主張する。
(ア) しかし,第2次無効審判事件において原告の意見書の提出(平成16年3月8日)から審決(平成16年11月19日)に至るまでに8か月余りを要したのは,次のような事情からである。
すなわち,当時,第1次審決取消訴訟が裁判所に係属し,和解協議中であった。そして,特許庁は,和解協議中である旨の連絡を受けて,その進行状況を見守ることとしたものである。
ところで,この和解協議の進行状況を見守ることは,原告からその旨の要請があったことからみても,原告にとって決して不利になることではなかった。なぜなら,第2次無効審判事件においては,無効理由が通知された後の訂(10)正請求に対して訂正拒絶理由が通知されていたのであるから,審理を続行すれば,訂正を認めず,訂正前の請求項1に係る特許を無効とする旨の審決がなされる蓋然性が極めて高かったのであり(事実,その後同趣旨の審決がなされている。),そのような審決は,和解協議において,原告にとって不利になることはあっても,有利に働くことはあり得ないからである。
(イ) また,原告は,特許庁が上記意見書に基づき事件を寝かせることなく早期に審決をしていれば,直ちに訂正審判を請求し,仮にそれが不許可になったとしても司法審査を受けることができた旨主張している。
しかし,特許庁は,裁判所における和解協議が打ち切られた旨の報告を受けてから速やかに審理に着手し,平成16年11月19日に第2次審決をした。これに対して,原告は平成16年12月17日,第2次審決取消訴訟を提起するとともに訂正審判(訂正2004-39286号)をも請求した。そして,特許庁は同訂正審判請求をも遅滞なく審理し,平成17年1月25日には訂正拒絶理由を通知しているものである。
したがって,原告の上記主張も失当というべきである。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 本件訂正審判請求の適否当事者間に争いのない上記事実によれば,原告が特許庁に対し平成17年3月1日付けでなした本件訂正審判請求は,特許権者である原告が特許請求の範囲の請求項1,2を,前記請求原因(2)イのとおり等に訂正しようとするものであるところ,その基本となる本件特許権は平成14年12月25日の第1次審決により無効とされ,同審決は最高裁判所における平成17年7月14日の上告棄却決定等により確定するに至ったものである。
ところで,法126条に基づく訂正審判請求事件の係属中に当該特許権を無効にする審決が確定した場合には,無効審決の確定によって当該特許権は初めから存在しなかったものとみなされ(法125条),訂正審判はその目的を失うことになるので,訂正審判請求は不適法となると解するを相当とする(最高裁昭和59年4月24日第三小法廷判決・民集38巻6号653頁参照)。したがって,本件訂正審判請求は,本件特許権を無効とする第1次審決の確定により不適法になったというべきであり,これと同趣旨の本件審決が違法となる余地はない。
3 なお原告は,@ 昭和59年最判の採用した消極説は妥当性を欠く,A 特許法の平成5年改正及び平成15年改正により消極説の実質的論拠は失われた,B本件の事実経過の下では特許庁の行為により原告の訂正審判請求権及び司法審査を受ける権利を事実上封殺されたので不当である,等を主張するので,念のため,これらに対する当裁判所の判断を示すこととする。
(1) 前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば,本件特許権の設定登録がなされたのは平成6年7月7日であり,原告がサミー株式会社から特許無効審判請求を受けたのは平成13年6月25日(第1次無効審判請求)及び平成13年6月27日(第2次無効審判請求)であるところ,これに対し特許権者である原告は,これまで,@ 平成14年5月17日(第1次無効審判事件の中の訂正請求),A 平成15年9月1日(第2次無効審判事件の中における訂正請求),B 平成16年12月17日(訂正2004-39286号訂正審判請求事件),C平成17年3月1日(訂正2005-39036号 本件訂正審判請求事件)の合計4回にわたり,本件特許権につき訂正請求権を行使し,上記@については平成14年12月25日の第1次審決により訂正自体は認容され(ただし,特許は無効とされた。),上記Aについては平成16年11月19日の第2次審決により訂正は認められないとされた上で特許は無効とされ,上記Bについては平成17年1月25日に訂正拒絶通知がなされたこと等から平成17年7月13日に原告より訂正審判請求が取り下げられ,上記Cについては平成17年6月30日に訂正拒絶通知がなされた上,平成17年9月6日に本件審決がなされたものであることが認められる。
これらの事実を総合すれば,原告は本件特許権についての訂正請求権を4回行使し,うち@ないしBの3回については訂正請求権行使の当否につき特許庁の実体判断を受けていることになる。
以上の認定事実を前提として,以下,原告の主張について判断する。
(2) まず原告は,無効審決が確定した後に訂正審判請求を行うことによる法律上の利益として,訂正を認める審決を得れば確定した無効審決につき再審請求をすることができるという利益がある旨主張する。
しかし,訂正審判は,既存の特許権の内容を設定時にさかのぼって変更しようとする行政処分であって,あくまでも目的たる特許権の存続を前提とする従的な法律関係であるから,無効審決の確定により上記特許権が初めから存在しないことになった以上,訂正審判を請求する権利も目的を失ったことにより消滅することは明らかである。なるほど,原告の主張するように,特許無効審決の確定後に訂正認容審決がなされそれが確定すれば,特許無効審決に再審事由が生ずると解する余地があるが,前記のような訂正審判制度の基本的な性質,及び,再審は紛争解決制度の中における例外的な救済制度であること等に照らし,原告主張の利益をもって法律上の利益と解することはできない。
(3) 次に原告は,特許法の平成5年改正及び平成15年改正により昭和59年最判は妥当性を欠くに至ったと主張するが,上記各改正によっても訂正審判に関する法126条6項(平成5年改正前の同条4項,平成15年改正前の同条5項)と特許無効審判に関する法123条3項には明示的な変更がなされていないのであるから,原告の上記主張は採用できない。
(4) 更に原告は,本件の特許庁等における手続の経緯によれば,原告が本件特許について適時適切な訂正を請求する機会が与えられず,特許庁及び裁判所において訂正内容に対する審理を受ける権利が制約されていたという特殊事情があることを主張する。
しかし,前記(1)のとおり,原告はこれまでに合計4回(特許庁の判断を得たものは3回)にわたり訂正請求権を行使しているのであるから,原告が訂正請求権の行使を不当に制限されたとまでいうことはできないのみならず,同一の特許に係る無効審判の取消訴訟と訂正審判とが同時に係属している場合のそれぞれの審理の進め方につき,特許法が何らの定めもしなかったのは,特許権者の利益と,法的安定性の要請ひいては第三者の利益とを,具体的事件の実情に応じて調和させることを,それぞれの審理を担当する者の裁量と運用に委ねたからであると解されるから,原告主張のような事情があったとしても,それをどの程度考慮するかは,特許庁及び裁判所の裁量に任されるというべきであり,当該事情のいかんによって,第1次審決の確定により本件訂正審判の請求が不適法なものとなるとの結論が左右されるものではない。
4結語よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉
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