運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2001-20640
関連ワード 使用方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  周知技術 /  技術常識 /  パリ条約 /  実質的に同一 /  クレーム /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  国際出願 /  国際公開 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 17年 (行ケ) 10303号 審決取消請求事件
原告 ユーロ−セルティークエス.エイ.
訴訟代理人弁護士 片山英二,弁理士小林純子,大森規雄,日野真美
訴訟復代理人弁護士 長沢幸男
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 齋藤恵,塚中哲雄,唐木以知良,青木博文,大橋信彦
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/03/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-20640号事件について平成15年12月24日にした審決を取り消す 」との判決。。
事案の概要
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
本件は,原告が,本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯(1) 本願発明(甲2)出願人:ユーロ-セルティーク エス.エイ (原告).発明の名称: ブプレノルフィンによる持続的痛覚消失」 「出願番号:特願平10-536980号出願日(国際出願 :1998年(平成10年)2月24日(パリ条約による優 )先権主張1997年2月24日・米国,同年9月29日・米国)手続補正日:平成13年1月11日(甲4)(2) 本件手続拒絶査定日:平成13年8月13日付け審判請求日:平成13年11月19日(不服2001-20640号)手続補正日:平成13年12月19日(以下「本件補正」という。甲3)審決日:平成15年12月24日審決の結論: 本件審判の請求は,成り立たない 」 「。
審決謄本送達日:平成16年1月21日(原告に対し。出訴期間として90日付加)(。 2 本願発明の要旨 平成13年1月11日付け手続補正後で本件補正前のもの以下 「本願発明」という ) ,。
【請求項35】 ブプレノルフィンを含む経皮送達システムをヒト患者の皮膚上に適用し,3日間の投与期間にわたって該経皮送達システムの皮膚への接触を維持することによる中程度から重篤な疼痛を有するヒト患者を治療する方法のための薬剤の製造におけるブプレノルフィンの使用であって,前記経皮送達システムが適当な相対放出速度を維持して約3日間だけヒト患者に有効な痛覚消失を与えるのに十分なブプレノルフィンの量を含み,前記経皮送達システムは前記3日間の投与期間の後の少なくとも2〜約6日の追加の投与期間,前記ヒト患者の皮膚への接触が維持され,これによりヒト患者が有効な痛覚消失を受け続けるものである,前記使用。
3 審決の要点審決は,請求項49及び50を追加した本件補正を却下した上で,請求項35に係る本願発明について判断し,同発明は,引用発明(後記)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(1) 本願発明についてア 引用刊行物に記載された発明(以下「引用発明」という )。
「1996年7月4日に頒布された「国際公開第96/19975号パンフレット (以下」「引用刊行物」という。本訴甲5)には,次の事項が記載されている。
(ア) 経皮による薬剤吸収を増進する適切な手法の一つとして,マトリクスシステムの構築がある。濃度勾配により,活性物質のうち溶解している部分が,まずシステムから皮膚に拡散する。同時に,活性物質のうち,懸濁状態でシステムに含有されている部分が溶解し始める。
(1頁下から19〜16行目)(イ) 本発明の目的は,室温で固体である補助剤の,マトリクスからの放散を向上させることにある (1頁下から6〜5行目) 。
(ウ) 経皮吸収型製剤が患者の皮膚に塗布された場合,その薬剤は患者の局所又は全身に効くよう放散される。…この場合,補助剤は,皮膚による薬剤吸収を促進するものとして,導入されなければならないものである。補助剤は,室温で固体であり,更に,例えばドデカノール又はレブリン酸のように,準冷却溶融生成物の構成要素となるものである (2頁15〜22。
行目)(エ) ブプレノルフィンを薬剤として含有する経皮吸収型製剤及びその製法 (実施例1)。
(オ) ブプレノルフィン含有経皮吸収型製剤の透過テスト (表1 」。)イ 本願発明と引用発明との一致点及び相違点「本願発明は 「…ヒト患者を治療する方法のための薬剤の製造におけるブプレノルフィン ,の使用であって,…前記使用 」と記載されているから,ブプレノルフィンの使用方法に係る 。
ものと認められる。
そこで,本願発明と引用発明とを比較すると,本願明細書の実施例1においては 「この試,験では,WO96/19975(審決注:引用刊行物)に記載の経皮パッチを用いてブプレノ。」,「, () ルフィンを投与した 実施例1で利用する配合物は WO96/19975の実施例3 …に記載のものと実質的に同じである 」と記載され,本願発明の「ブプレノルフィンを含む経 。
皮送達システム」として,引用発明である「ブプレノルフィン含有経皮吸収型製剤」が使用されており,また,ブプレノルフィンが重度の疼痛の治療に使用される鎮痛剤であることは当業者に周知の事項であるから,両者は,「ブプレノルフィンを含む経皮送達システムをヒト患者の皮膚上に適用し,該経皮送達システムの皮膚への接触を維持することによる中程度から重篤な疼痛を有するヒト患者を治療する方法のための薬剤の製造におけるブプレノルフィンの使用方法であって,前記経皮送達システムがヒト患者に有効な痛覚消失を与えるのに十分なブプレノルフィンの量を含むものである,前記使用方法 」。
の点で一致し,以下の点で相違している。
【相違点1】本願発明においては,投与期間について,まず3日間にわたって経皮送達システムの皮膚への接触を維持し,さらに少なくとも2〜約6日の追加の期間,皮膚への接触が維持される,と特定されているのに対し,引用発明には,そのような特定がなされていない点。
【相違点2】本願発明においては,経皮送達システムに含有されるブプレノルフィンの量について,適当な相対放出速度を維持して約3日間だけヒト患者に有効な痛覚消失を与えるのに十分な量であり,2〜約6日の追加の投与期間,ヒト患者が有効な痛覚消失を受け続けられるもの,と特定されているのに対し,引用発明には,そのような特定がなされていない点 」。
ウ 相違点についての判断(ア) 相違点1について「本願発明における投与期間の特定は,要するところ,少なくとも5〜約9日間,経皮送達システムの皮膚への接触を維持するというものである。
ここで,引用刊行物に記載されているブプレノルフィンを含有する経皮吸収型製剤についてみてみると,24時間以内における透過テストを行った結果が表1にまとめられているが,吸収が増進されているとされているものであっても 透過率が27 3〜38 6%であり 24 ,..,時間後に皮膚を透過することなく経皮吸収型製剤に残存している有効成分が当初含有させた量の60%を超えていることがわかる。そうすると,当該経皮吸収型製剤については,残存している有効成分により,24時間(1日間)を超えても所望の効果が奏されるであろうということに想到することは,当業者が容易になし得るところである。
他方,経皮送達システムの具体例である経皮パッチ等の貼付剤の投与期間(用法)については,1日間毎に貼り替えるというものが多いものの,これは,患者のライフサイクルに適合させるという点からの要請に応える面があり,また,貼付剤を長期間にわたり貼り続けた場合に引き起こされやすい患部のかぶれ等の問題を低減するために採用されている用法と考えられる。すなわち,薬効の発現という技術的観点からみれば,貼付剤中に有効成分が残存し,引き続き効果が期待される場合においては,1日間毎に貼付剤を貼り替える必要性はないと考えるのが自然である。そして,1日間を超える投与期間について,その最適値をどこに設定するかは,当業者の設計事項の範囲内のものである。
よって,相違点1に係る本願発明の構成は,当業者が容易に想到し得たものである 」。
(イ) 相違点2について「本願発明の唯一の実施例である実施例1の経皮パッチ(実施例2の投与形態は静脈内注入であるので本願発明の実施例とは認められない )は,引用刊行物に記載されている経皮吸収 。
型製剤と実質的に同一の配合物を用い,同一の製法により作成されたものであり,実施例1では,この経皮パッチを用いて,薬物動態学的パラメータを測定し,このものに含有されるブプレノルフィンの量についての評価をしている。
この評価結果は,引用刊行物に記載されている経皮吸収型製剤が,ブプレノルフィンの量について,適当な相対放出速度を維持して約3日間だけヒト患者に有効な痛覚消失を与えるのに十分な量であり,2〜約6日の追加の投与期間,ヒト患者が有効な痛覚消失を受け続けられる量を含有しているものであることを確認していることに他ならないから,相違点2は,文言上の形式的な相違にすぎない。
また,引用発明と平成13年1月11日付手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「請求項1の発明」という )を比較すると,両発明の間には,投与期間について, 。
上記相違点1と同様の相違点(相違点1 )があることに加え,請求項1の発明においては, ’経皮送達用品(経皮送達システムに相当)に含有されるブプレノルフィンの量について 「最,初の3日間の投与期間にわたってブプレノルフィンの実質的に1次の血漿レベル増加を与え,これにより前記経皮送達システムの適用後約20pg/ml〜約1052pg/mlの平均血漿濃度を得,少なくとも2日間の追加の投与期間にわたって,約0.3μg/時間〜約9μg/時間の平均相対放出速度が維持され,ヒト患者が有効な痛覚消失を受け続けられるもの」と特定されている点(相違点2 )で,引用発明と差異がある。 ’しかるに,投与期間についての相違点1’に係る請求項1の発明の構成は,上記の相違点1について検討したと同様の理由により当業者が容易に想到し得たものであり,ブプレノルフィンの量についての相違点2’に係る請求項1の発明の構成は,上記の相違点2について検討したと同様の理由により,文言上の形式的な相違にすぎない 」。
(2) 結論「本願発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない 」。
原告の主張の要点
審決は,本願発明が引用発明に基づき当業者が容易に発明することができたものであるとしたが,この判断は誤りであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)(1) 審決は,引用刊行物に記載されているブプレノルフィンを含有する経皮吸収型製剤の透過率は27.3〜38.6%であり,24時間後に皮膚を投下することなく経皮吸収型製剤に残存している有効成分が当初含有させた量の60%を超えているのであるから,この残存している有効成分により,24時間(1日間)を超えても所望の効果が奏されるであろうということに想到することは,当業者が容易になし得るところであるとしているが,この判断は誤りである。
ア 引用刊行物では,単に,生体外で,マウスの皮膚を通して24時間以内に経皮送達システムから拡散するブプレノルフィンの量を測定しているだけである。このような引用発明に基づいて,合計5〜9日の期間,皮膚への接触が維持され,これによりヒト患者が有効な痛覚消失を受け続ける本願発明を想到できるものではない。
引用発明の目的は,マトリクスからの放散を向上させること,経皮吸収型製剤の皮膚を通しての透過力を高めることにあり,そのために吸収増進効果のあるレブリン酸等の補助剤を用いているのであるから,当業者が着目するであろう構成は,マトリクスからの薬物の放散であって,マトリクスに残存した活性物質の効能,又は同物質のその後の挙動特性等ではない。このことは,引用刊行物に,放散された薬物の生体外でのマウスの皮膚を通しての吸収率が記載されており,マウスの皮膚を通して放散するブプレノルフィン塩基の相対量が記載されていることからも明らかである。
仮に,引用刊行物に残存率が記載されているとしても,経皮送達システムから薬剤をヒトの皮膚へ放散させようとする放散推進力はその経皮送達システム中の薬剤の濃度に関連するため,濃度100%のときの放散推進力と1日経過後の濃度60%のときの放散推進力は明らかに異なり,時間を経過するごとに放散推進力は減衰していく。したがって,1日目に十分な薬剤の送達が行われたからといって,5日目にも十分な薬剤の送達があるかどうかは予測がつかない。もし5日目に十分な薬剤の送達が行われる場合には,逆に1日目に送達される薬剤の量が多すぎることが問題になる。
引用刊行物には 「前記3日間の投与期間の後の少なくとも2〜約6日の追加の ,投与期間,前記ヒト患者の皮膚への接触が維持され,これによりヒト患者が有効な痛覚消失を受け続ける」ことを目的として,引用発明を使用できるかどうかを調べるという動機付けは全くない。さらに,引用刊行物には,5日間使用して試験を行いたいとの動機付けや,5日目以降の追加期間の血中濃度を測定するという動機付けを与える記載はなく,そのような試験を行えば成功するかもしれないとの示唆も全くない。
イ そもそも,引用刊行物に記載されているのは,ヒトにおける in vivo テストではなくマウスの皮膚を使って行われた in vitro テストの結果である。in vivo では皮膚から経皮送達システムへと水分又は汗が動くため,経皮送達システムから皮,。 膚への薬剤の放散が影響される一方 in vitro ではそのようなことは起こらないまた,in vivo では,経皮送達システムに隣接する組織において,経皮送達システムからの薬剤放散速度が組織による薬剤の取込み速度よりも大きいと,薬剤が組織中に貯留し,その後の薬剤の放散速度に影響を与えるが,in vitro ではそのようなことは起こらない。さらに,上記のような生理学的な要因に基づく in vitro テストと in vivo テストの差は時間が経つほど大きくなるので,1日間の in vitroテストの結果から,当該システムを5日間又はそれ以上実際に患者に用いる場合の効能を予測するのはほとんど不可能である。薬剤の経皮送達システムについて,マウス皮膚を用いた in vitro テストがヒトの生体におけるテスト結果とは相関関係を示さないことは,当業者の間ではよく知られた事実である。
,, ウ オピオイド系鎮痛剤は 慢性疼痛に対する治療に用いられるものであるためある程度の長期間投与が望まれるであろうこと,リザバー型であるかマトリクス型であるかにかかわらず,予定される投与期間の終了と同時に薬剤含有量がゼロになってしまうのではなく,ある程度の残量があるのが普通であることは争わない。
しかし,乙1,2は,本願発明の優先日(1998年2月24日)より後に作成されたものであるから,3日間使用後のフェンタニルパッチに相当量の有効成分が残存していることが,本願発明の優先日当時の技術常識であるとはいえない。
本願発明の優先日当時,オピオイド系の経皮吸収型製剤は米国で承認されたフェンタニルパッチがあっただけで,そのほかには皆無であった。したがって,オピオイド系鎮痛剤の経皮吸収型製剤が周知技術であったとの被告の主張は失当である。
さらに,フェンタニルパッチの薬剤放出量や血中濃度が本件出願の優先日当時当業者に広く認識されていたともいえない。
エ 製剤は,薬剤が相違すると,挙動が全く相違し,1つの薬剤による製剤の挙動を別の薬剤による製剤の挙動から予測することは全く困難である。ブプレノルフィンのような経皮投与系のオピオイドは,その特性が予測しにくく(甲22 ,)フェンタニルパッチにおけるフェンタニルは,ブプレノルフィンパッチにおけるブプレノルフィンとは全く相違する血漿濃度曲線を描く 乙 3 9 したがって フェ (,)。,ンタニルパッチが3日間の投与期間を有することを記載した公知文献が存在しているとしても,3日間の投与期間を有するブプレノルフィンパッチを発明することさえ容易ではない。
しかも,フェンタニルパッチは,接着層を有する放出膜と裏打ち膜との間の空間に薬剤が貯蔵され,これが放出膜を通してしみ出してくる構造を有するリザバー型である(甲10)のに対し,引用発明の実験に用いられたブプレノルフィンパッチは,接着層の中に薬剤が均質に混合されているマトリクス型である。フェンタニルとブプレノルフィンのいずれを有効成分とする経皮吸収型製剤も,リザバー型とマトリクス型のいずれの構造も取り得るが,両タイプは,同じ経皮吸収型製剤といえども薬剤の放出速度の推移,製剤中に残る薬剤の薬剤放出速度などに与える影響は全く異なる。当業者であれば,リザバー型の経皮吸収型製剤で,3日間使用後に薬剤が相当量残っていたからといって,マトリクス型でも同じことが期待できると考えるはずがない。
したがって,仮に,本件出願の優先日当時,フェンタニルを有効成分とする3日間投与用のリザバー型である経皮吸収型製剤について,3日間使用後にもフェンタニルが残存しているため危険防止のために廃棄に気をつける必要があることが知られていたとしても,その残存量が本来の使用期間を大幅に延長しても鎮痛効果を持続し得ることを期待し得る量であることが技術常識であったとするには不十分である。実際のところ,FDAの担当官ですら,経皮吸収型製剤の3日間以上の投与についてはよく知らなかったのである(甲8 。)オ 以上のとおり,当業者であれば,引用刊行物記載のテスト結果から当該経皮送達システムのヒト患者における薬剤の5日間ないしそれ以上の放散吸収を容易に予測することはできないと考えるはずである。
(2) 審決は,貼付剤中に有効成分が残存し,引き続き効果が期待される場合には,1日間毎に貼付剤を貼り替える必要性はないと考えるのが自然であり,1日間を超える投与期間について,その最適値をどこに設定するかは,当業者の設計事項の範囲内であるとしているが,この判断は誤りである。
本願発明は,従来の方法により可能だった期間よりも長期間にわたり,ブプレノルフィンの低い血漿濃度が得られ,しかも依然として有効な疼痛処置を行うことのできる方法及び製剤(薬剤)を提供することである。そして,1日間を超える投与期間についての最適値をどこに設定するかは,本願明細書の実施例1に示されるとおり,ブプレノルフィンを実際にヒトに投与し,本願明細書において定義された薬効の基準値を指標として薬効評価をして初めてわかることである。
引用刊行物には,審決のいう「貼付剤中に有効成分が残存し,引き続き効果が期待される場合」についての記載はなく 「1日間を超える投与期間」という概念も ,開示されていない。仮に,引用刊行物に1日間を超える投与期間が示唆されていたとしても,経皮送達システムを1日以上用いる場合の性能の予測は極めて難しく,まして,活性物質がマトリクスから皮膚へ放散した後の,組織中での挙動あるいは血中での挙動について,ヒトにおける in vivo テストもせずに予測することは,極めて困難であることは技術常識である。したがって,1日間を超える投与期間について,その最適値をどこに設定するかは,当業者の設計事項の範囲内であるとする審決の認定は誤りである。
(3) 被告はフェンタニルパッチに関する文献を新たに引用刊行物(甲5)と組み合わせて本願発明の進歩性を否定しているが,これは新たな拒絶理由を述べているものであり,本訴においてそのような主張をすることは違法である。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)審決は,本願発明の実施例1の評価結果は,引用刊行物に記載されている経皮吸収型製剤が,ブプレノルフィンの量について,適当な相対放出速度を維持して約3日間だけヒト患者に有効な痛覚消失を与えるのに十分な量であり,2〜約6日の追加の投与期間,ヒト患者が有効な痛覚消失を受け続けられる量を含有していることを確認していることに他ならないとしているが,この判断は誤りである。
引用刊行物の記載は,薬剤の経皮送達システムについてヒトにおける in vivo テストではなくマウスの皮膚を使って行われた in vitro テストの結果にすぎず,ヒト患者の生体における薬剤の挙動とはほぼ関係がないことが当業者の間ではよく知られていることは,前記のとおりである。
引用刊行物においては,経皮送達システムからのブプレノルフィンの in vitroにおける放散を24時間調べているにすぎず,使用されている活性物質がそれ以降にいかなる挙動を示すかについて何ら示唆するものではない。まして,合計で少なくとも5日間にわたって痛覚消失が生じることなど到底示唆するものではない。したがって,in vitro テストの,それも24時間の放散の結果だけから,当該活性物質が,ヒト患者において in vivoで5日間有効に作用することが示唆されるというのは明らかな誤りである。
よって,相違点2は形式的な相違にすぎないとする審決の判断は誤りである。
3 取消事由3(請求項1に係る発明についての判断の誤り)審決が認定した相違点1’については上記1と,相違点2’については上記2と同様の理由により審決の判断は誤っている。
4 取消事由4(審理不尽等)審判の審理再開申立に添付した手続補正書(案 (甲6)による特許請求の範囲 )は,本願発明をさらに限定したものであり,進歩性があることは明らかであるにもかかわらず,審判官は審理を再開すべき理由を見出せないとして審理を再開しなかった。この点を含め,審判では,本願発明についての手続を十分尽くしていないものとして違法である。この手続上の瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
被告の主張の要点
原告の主張にはいずれも理由がなく,審決に違法な点はない。
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)に対して(1) 原告は,引用刊行物に記載されているブプレノルフィンを含有する経皮吸収型製剤の透過率に基づき,24時間(1日間)を超えても所望の効果が奏されるであろうということに想到することは,当業者が容易になし得ることであるとの審決の判断は,誤りであると主張する。
ア 本願発明の経皮送達システム(経皮吸収型製剤)の有効成分であるブプレノルフィンはモルヒネの代替薬として開発されたオピオイド系鎮痛剤であって,注射や坐薬としての投与形態で使用されていたものである。オピオイド系鎮痛剤は,癌疼痛などの慢性の強い疼痛の治療に使用されるものであるから,本願明細書の発明の背景にも記載されているように,安定した血中濃度を維持して鎮痛効果が長期間維持できるものが望まれていることは,当業者に周知の事実である。
イ 薬物の有効血中濃度を維持するため オピオイド系鎮痛剤では 持続注入 注 ,,(射剤)や徐放性錠剤などが用いられているが,経皮吸収型製剤は,持続注入のように針を刺す必要がないので患者身体への侵襲がなく,また,経口投与が不可能で徐放性錠剤が使えない患者にも使用可能であるという利点がある。本願明細書に従来技術として引用された本願優先日前の刊行物である乙6〜8には,オピオイド系鎮痛薬を経皮吸収型製剤とすることが記載されている。
そして,乙3に「フェンタニル経皮投与システムは癌に関連する慢性疼痛の処置に有効に使用されてきた。これは1回の貼付毎に72時間の鎮痛効果を与え,予測。」(), 可能な血漿濃度を維持する 969頁右欄1〜5行目 と記載されているとおりオピオイド系鎮痛薬であるフェンタニルの経皮吸収型製剤は,本願優先日前に販売され,72時間貼付の製剤として実際に用いられている。また,本願優先日前の刊行物である甲15に 「 フェンタニル経皮吸収型製剤は)アメリカ合衆国を含め世 ,(界中11カ国において,癌の慢性疼痛だけでなく,癌によらない一般的な慢性疼痛にも用いられている (110頁サマリー10〜12行目)と記載されているよう 。」に,広範囲に知られていた。そして,このフェンタニルの経皮吸収型製剤は,3日ごとに貼り替えて継続的に使用されているものであるが,3日間使用した後のパッチには,相当量の有効成分が残存していることも知られている(乙1〜3 。)ウ 全身への継続投与を目的とする経皮吸収型製剤は,例えば,本願明細書にも引用されている乙8に「放出制御経皮送達デバイスは,通常1日,数日,又は1週間という延長された期間に亘る公知の皮膚への薬物の流入により,効果を奏するものである (1欄29〜32行目)と記載されているように,1日から1週間程度 。」の期間,薬物の製剤からの薬物の流入が持続するように作られるものである。慢性疾患の治療では,経皮吸収型製剤を貼り替えて長期間の治療が行われるが,その場合,例えば,狭心症の治療薬である硝酸イソソルビドの経皮吸収型製剤では 「貼,付後24時間又は48時間ごとに貼りかえる (乙4 ,更年期障害の治療薬であ 。」)るエストラジオールの経皮吸収型製剤では「3〜4日毎に1回(週2回)下腹部 ,に貼付する。なお,症状により適宜減量してもよい (乙5)のように指示されて 。」いることからもわかるように,各製剤について取り替えの周期に幅をもたせ,投与量を調節することも通常行われている。
エ ブプレノルフィンはモルヒネの代替薬として開発されたオピオイド系鎮痛剤であるから,同じオピオイド鎮痛剤であるフェンタニルの経皮吸収型製剤と同様に長期の貼付によって安定した血中濃度を維持し,鎮痛効果が長期間維持できることを目指すものである。引用刊行物の経皮吸収型製剤の望まれる使用形態及び薬物動態を考える上では,同様にモルヒネの代替薬として開発されたオピオイド系鎮痛剤であるフェンタニル経皮吸収型製剤の使用形態や薬物動態に関する技術常識が考慮されるのは当然である。
経皮吸収型製剤は長期間安定した薬物投与を行うために用いられていたものであり,疼痛治療に使用されるオピオイド系鎮痛剤は,長期間の投与が望まれているということからみれば,引用刊行物の試験が24時間のデータであっても,それより長い期間,例えば同じく長期間の投与が望まれているオピオイド系鎮痛剤であるフェンタニルの経皮吸収型製剤と同様に3日間,製剤の皮膚への接触を維持し,この期間有効成分の投与を継続することは,当業者が容易に想到し得たことである。
オ なお,原告は,製剤の構造がリザバー型の場合とマトリクス型の場合では薬剤の放出速度が異なることなどを強調するが,経皮吸収型製剤においては能動的な輸送機構は存在せず,リザバー型とマトリクス型のいずれにおいても製剤と皮膚との濃度勾配を駆動力として,相対的に薬物濃度の高い製剤から相対的に薬物濃度の低い皮膚へ,さらに角質,血流へと薬物が移行することによって薬物が身体に投与(,) 。, されるものである 乙1の35頁右欄〜36頁左欄 36頁の図2 このように薬物の身体への駆動力が濃度依存の機構によるものであるために,経皮吸収型製剤は,リザバー型であるかマトリクス型であるかにかかわらず,予定された投与期間の終わりの時点でも血中濃度を維持可能な量の薬物が残存する薬物含有量で製剤化するものである。
カ 原告は,in vitro 試験の結果からは実際にヒトに用いた場合の結果が予測できないと主張する。しかしながら,原告が指摘する in vivo の系において組織への薬物の貯留がみられるということは,むしろこのようなことが起こらない invitro 試験のデータに比べ,in vivo ではより長期にわたって有効性が維持されるであろうという予測を与えるものであり,また,経皮投与は代謝の影響を受けにくい経路であることは技術常識である。医薬品の開発においては,ヒトでの試験を行う前に,実験動物や,in vitro での試験を行い,予備的な結果を得てから,ヒトに対する試験が行われており,経皮吸収型製剤からの有効成分の放散を実験的に確認するための手法については,マウスなどの皮膚による in vitro 試験方法が慣用の手法として確立されていることは,乙6〜8から明らかである。引用刊行物に接した当業者は,引用刊行物に記載されたブプレノルフィンの経皮吸収型製剤が,実用化に向けさらに試験を進めるに値するものであるとの期待を抱くものといえる。
キ 以上のとおり,審決の上記認定判断には誤りはなく,原告の主張は理由がない。
,, (2) 原告は 1日を超える投与期間についてその最適値をどこに設定するかは当業者の設計事項の範囲内のものであり,当業者が容易に想到し得るとの審決の判断は誤りであると主張する。
しかしながら,上記(1)のとおり,引用刊行物に記載された経皮吸収型製剤の有効成分であるブプレノルフィンは,疼痛治療に既に用いられ,この成分自体の疼痛治療に対する有効性は既に確認されていたものであり,また,引用刊行物に記載の経皮吸収型製剤は,経皮吸収型製剤として使用可能なものと当業者が認識できるように引用刊行物に記載されていた。
そして,引用刊行物に記載の製剤同様,オピオイド系鎮痛剤の経皮吸収型製剤においては,1回の投与期間(貼付期間)が3日間である製剤が本願の優先日前に既に実用化されており,経皮吸収型製剤においては通常,使用期間の後も有効成分が残存し,有効成分の放出が継続するものであって,貼付期間の調整も通常行われていたのであるから,引用刊行物に記載された経皮吸収型製剤の貼付期間を調節することは,当業者が容易に想到し得たことである。
原告は,実際の評価結果によらなければ薬効が不明であるとして1日間を超える投与期間の最適値を設定することの困難性を主張しているが,投与期間の調節の観点から,引用刊行物に記載された製剤を実際にヒトに投与して血中濃度の測定や鎮痛効果を評価し,投与期間(貼付期間)を最適化することは当業者が容易になし得たことである。
(3) 被告が本訴において提出した証拠は,本願優先日における技術常識を示すものであって,新たな拒絶理由などでないことは明らかである。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)に対して本願発明におけるブプレノルフィンの量の特定に関する記載は,引用刊行物に記載の製剤中のブプレノルフィン含有量を投与期間を用いて言い換えたものにすぎず,文言上の形式的な相違にすぎないとした審決の認定判断に誤りはない。
3 取消事由3(請求項1に係る発明についての判断の誤り)に対して請求項1記載の発明における相違点1’は,具体的には最初の3日間の投与期間にわたる経皮送達システムの適用後,さらに少なくとも2日間の追加の投与期間を設ける点である。これに追加の投与期間の終わりに対する特定を付し,さらに限定した請求項35における相違点1が,当業者が容易に想到し得たものであることからみれば,このような限定のない請求項1における相違点1’についても当業者が容易に想到し得たものであることは明らかである。
ブプレノルフィンの量についての請求項1記載の発明の相違点2’は,実施例について測定したブプレノルフィンの血漿レベル増加,平均血漿濃度及び平均相対放出速度によって特定したものである。本願実施例で用いた経皮吸収型製剤が引用刊行物(特にその実施例3)の経皮吸収型製剤であることは,本願明細書の実施例1の記載から明らかであり,同じ製剤を同じ投与期間,同じ対象に用いた際のブプレノルフィンの血漿レベル増加,平均血漿濃度,及び平均相対放出速度が一致することは明らかであるから,ブプレノルフィンの量についての相違点2’は,文言上の形式的な相違にすぎないとした審決の認定判断に誤りはない。
4 取消事由4(審理不尽等)に対して審理再開申立てに応じて審理を再開しなかったことに対し,審理不尽の違法をいう原告の主張は,結局のところ,補正可能期間を過ぎた後の補正を求めるものにほかならない。このような主張が,補正を補正可能期間に限って認めることとした特許法の定める補正制度と相容れないことは明らかである。したがって,審決に審理不尽等の違法はない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について審決は 「本願発明においては,投与期間について,まず3日間にわたって経皮 ,,, 送達システムの皮膚への接触を維持し さらに少なくとも2〜約6日の追加の期間皮膚への接触が維持される,と特定されているのに対し,引用発明には,そのような特定がなされていない点」を相違点1と認定した上で,引用刊行物に記載されているブプレノルフィンを含有する経皮吸収型製剤が24時間(1日間)を超えても所望の効果が奏されるであろうことは,当業者が容易に想到し得ることであり,1日間を超える投与期間について,その最適値をどこに設定するかは設計事項の範囲内にすぎないと判断した。これに対し,原告は,相違点1についての審決の判断は誤りであると主張する。
(1) まず,本願優先日当時の,オピオイド系鎮痛剤に関する技術常識について(,,,, 見ておくこととする 以下に摘示する乙36〜9 甲15は その記載に照らしいずれも本願優先日前に頒布された文献であると認められる。なお,乙6〜9は,本願明細書自体が従来技術として引用するものである 。。)ア 本願発明の経皮送達システムの有効成分であるブプレノルフィンは,慢性疼痛に対する治療に用いられるオピオイド系鎮痛剤であるが,オピオイド系鎮痛剤としては,安定した血中濃度を維持して鎮痛効果が長期間維持できるものが望ましいことは,当業者に周知の事実である。この点は,乙7(米国特許第4806341号明細書)に「長期間,典型的には24時間若しくはそれ以上の期間にわたって,相対的に安定な速度でモルヒネ麻薬性薬物が制御して放出されるので,患者には長期間にわたってモルヒネ麻薬性鎮痛薬の安定な拡散の利点が与えられる (乙7に。」対応する日本語公報7頁右下欄10〜14行目)と記載されていることからも明らかである。
イ オピオイド系鎮痛薬として,フェンタニルの経皮吸収型製剤が本願優先日前に販売され,72時間貼付の製剤として実際に用いられていたことは,証拠上明らかである。すなわち,本願明細書(甲2)には「市販の経皮オピオイド鎮痛剤としては,Duragesic(登録商標)(Janssen Pharmaceutical 社から市販されており,有効成分はフェンタニールである)がある。Duragesic(登録商標)パッチは,48() 。 」 〜72時間 2〜3日間 にわたり適切な痛覚消失作用を呈すると言われている(15頁1〜4行目)と記載されているところ,上記Duragesicに関する刊行物である乙3(Ann. Pharmacother., 1995, No.10,p.969-971)には「フェンタニル経,皮投与システムは癌に関連する慢性疼痛の処置に有効に使用されてきた。これは1回の貼付毎に72時間の鎮痛効果を与え予測可能な血漿濃度を維持する 969 ,。 」(頁右欄1〜5行目)との記載がある。これによれば,フェンタニルの経皮吸収型製剤が本願優先日前に販売され,72時間貼付の製剤として実際に用いられていたことは明らかである。
また,甲15(Drugs1997 Jan;53(1):109-138)には「 フェンタニル経皮吸収 (型製剤は)アメリカ合衆国を含め世界中11カ国において,癌の慢性疼痛だけでなく,癌によらない一般的な慢性疼痛にも用いられている (110頁サマリー10 。」〜12行目)と記載され,これによれば,フェンタニルを有効成分とする経皮吸収型製剤は,本願優先日当時,周知であったものということができる。
ウ 経皮吸収型製剤においては,その構造がリザバー型であるかマトリクス型であるかにかかわらず,予定された投与期間の終了と同時に薬剤含有量がゼロになるのではなく,当該投与期間が終了しても製剤にある程度の量の薬剤が残るのが普通であることは周知の事項であり,原告も争うものではない。フェンタニルを有効成分とする経皮吸収型製剤も同様であり,乙3には「結果:分析は,2.5mgパッチについて0.7-1.22mgの残留,10.0mgパッチについて4 46-8 44mgの残留を示した この数値は 当初含有量の28-84 4 .. 。 , .%にあたる。…結論:3日間の投与の後にも,乱用・誤用に十分な量のフェンタニルが残っている。適切な廃棄方針は,現在のところ確立されていないが,その履行が必要である (969頁左欄18〜30行目)と記載され,3日間の投与期間が 。」経過した後も,フェンタニルの経皮吸収型製剤には相当量の有効成分が残存していることが記載されている。
(2) 本願優先日当時の上記技術常識を踏まえ,引用発明について,検討する。
ア 本願明細書の実施例1には,引用刊行物記載の経皮パッチを用い,ブプレノルフィンを24人の健常なヒト被験者に7日間にわたり投与した旨の記載がある。
この記載によれば,引用刊行物記載のブプレノルフィンの経皮吸収型製剤が本願発「」。 明の ブプレノルフィンを含む経皮送達システム に相当することは明らかであるそして,引用刊行物の表1には,ブプレノルフィンを含有する経皮吸収型製剤をマウスの皮膚に適用し,その透過率を測定する実験を行った結果,24時間以内にブプレノルフィンがマウスの皮膚を透過した率が,高い場合であっても27.3〜38.6%であったことが示されている。この実験結果によれば,24時間後にマウスの皮膚を透過することなく経皮吸収型製剤に残存している有効成分であるブプレノルフィンは,当初含有させた量の60%を超えていることがわかる。
イ 原告は,この実験結果について,当業者が着目するのは,マトリクスからの薬物の放散についてであって,マトリクスに残存した活性物質の効能やその後の挙動特性ではないと主張する。確かに,引用刊行物(甲5)には 「室温で固体であ,る補助剤の,マトリクスからの放散を向上させること (1頁下から6〜5行目) 」が発明の課題である旨の記載があり,引用発明は,皮膚への透過性を高める発明であるということができる。
しかしながら,前記判示のとおり,本願優先日当時,24時間以上継続してブプレノルフィンを投与することが知られており,オピオイド系鎮痛剤は鎮痛効果が長期間維持できるものが望ましいことも技術常識であったのであるから,引用刊行物の表1に記載された実験結果に接した当業者は,60%以上というブプレノルフィンの残存率にも当然注目し,24時間を超えて引用刊行物記載の経皮吸収型製剤を投与し,最適の投与期間を設定しようという動機付けを得ることができるものというべきである。
ウ 原告は,引用刊行物に記載されているのは,マウスの皮膚を使って行われたin vitro テストの結果であり,invivo テストでは,皮膚から経皮送達システムへと水分又は汗が動くため,経皮送達システムから皮膚への薬剤の放散が影響されること,薬剤が組織中に貯留し,その後の薬剤の放散速度に影響を与える可能性があることなどを指摘し,in vitro テストと in vivo テストとは相関関係を示さないのが技術常識であるなどと主張する。
しかしながら,マウスの皮膚による in vitro 試験は,そもそも,ヒト患者の皮膚への適用を検討する際の参考にするべく実施されるものであり,経皮吸収型製剤からの有効成分の放散を実験的に確認するための手法については,マウスなどの皮膚による in vitro 試験方法が慣用の手法として確立されていることは,乙6〜8(乙6は米国特許第5240711号明細書)においてマウスやブタの皮膚を使った in vitro 試験が記載されていることからも明らかである。
また,in vivo 系において組織への薬物の貯留がみられるということは,in vivoではより長期にわたって有効性が維持されるであろうという予測を与えるものであり,経皮投与が代謝の影響を受けにくい経路であることは,乙8に「皮膚を通しての薬物の送達は多くの利点を提供する;第一に,そのような送達手段は快適,簡便で,非侵襲的な薬物の投与方法である。経口治療時に遭遇する吸収速度や代謝速度の違いは回避され (1欄55〜59行目)と記載されているとおりである。 」したがって 引用刊行物に接した当業者は 同刊行物に記載されたブプレノルフィ ,,ンの経皮吸収型製剤を用いて,実際にヒト患者に適用した場合の残存量や薬物動態などを定量的に確認することを当然に志向するというべきである。
(3) 引用刊行物には,ブプレノルフィンの経皮吸収型製剤の具体的な投与期間については記載されていない。しかしながら,オピオイド系鎮痛剤は,安定した血中濃度を維持して鎮痛効果が長期間維持できるものが望まれており,ブプレノルフィンとフェンタニルの経皮吸収型製剤はいずれもオピオイド系鎮痛剤であることに照らすと,当業者が,引用刊行物に記載されたブプレノルフィンの経皮吸収型製剤の望まれる使用形態及び薬物動態を設計する際に,フェンタニルの経皮吸収型製剤の使用形態や薬物動態に関する技術常識を考慮するのは当然である。前記判示のとおり,フェンタニルの経皮吸収型製剤は,本願優先日前に販売され,72時間貼付の製剤として実際に用いられていたのであるから,引用刊行物に記載されたブプレノルフィンの経皮吸収型製剤について 「約3日間だけヒト患者に有効な痛覚消 ,失を与えるのに十分なブプレノルフィンを含み」との構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることというべきである。
,,( , ) これに対し 原告は 乙1 月刊薬事 2002.11(Vol.44,No.12),表紙及び p35-43等に記載されたフェンタニルパッチ(Duragesic)はリザバー型であるのに対し,引用刊行物記載のブプレノルフィンの経皮吸収型製剤はマトリクス型であり,両タイプは,薬剤の放出速度の推移,製剤中に残る薬剤の薬剤放出速度などに与える影響が全く異なるから,フェンタニルパッチの使用形態等を考慮することはできないと主張する。しかしながら,フェンタニルとブプレノルフィンのいずれを有効成分とする経皮吸収型製剤も,リザバー型とマトリクス型のいずれの構造も取り得ることは原告も認めるところであり,経皮吸収型製剤においては,リザバー型であれ,マトリクス型であれ 「薬物の皮膚中拡散の駆動力は,皮膚バリアーの両端におけ ,る薬物の濃度勾配である (乙1,35頁右欄下から4〜2行目。なお,乙1は本 」願優先日後に発売された刊行物であるが,上記記載は経皮吸収の一般的な仕組みを説明したものと認められる 点で何ら変わるものではないから フェンタニルパッ 。),チがリザバー型であることは,当業者がフェンタニル経皮吸収型製剤の使用形態や薬物動態に関する技術常識を考慮することを妨げないというべきである。
(4) 本願優先日当時,フェンタニルを有効成分とする3日間投与用の経皮吸収型製剤について,投与期間経過後もフェンタニルが残存していることが周知であったことは前判示のとおりである。オピオイド系鎮痛剤の経皮吸収型製剤は疼痛の治療を目的とするものであるから,投与期間経過時点において製剤に有効成分が残存するように設計されるのは当然であり,当業者であれば,本願発明のように3日間だけヒト患者に有効な痛覚消失を与えるのに十分なブプレノルフィンの量を含む経皮吸収型製剤についても,3日間が経過した時点で相当量の有効成分が残存するように設計するものと考えられる。
経皮吸収型製剤において,所定の投与期間の経過により放出速度が低下し,ヒト患者の血漿濃度が低下し始めると,経皮送達システム中に残存する有効成分との濃度差が大きくなるが,そうすると,経皮送達システム中に残存する有効成分との濃度差が再び放出の駆動力となって,血漿濃度レベルの低下に伴った継続的放出を生じさせ,血漿濃度が急激に低下することなく所期の効果を持続することになる。このように,有効成分が残存した経皮吸収型製剤を投与期間経過後も皮膚に適用した場合には,有効成分が投与期間経過後も放出され,所期の効果が一定期間持続することになるが,このことは,当業者であれば当然に予測し得た事項であるというべきである。
(5) オピオイド系鎮痛薬の経皮吸収型製剤の効果持続期間に関し,乙8(米国),「,, 特許第5613958号明細書 には 放出制御経皮送達デバイスは 通常1日, , 数日 又は1週間という延長された期間に亘る公知の皮膚への薬物の流入により。」(),() 効果を奏するものである 1欄29〜32行目 と記載され 表T 7〜8欄には,使用可能な有効成分としてブプレノルフィンやフェンタニルが掲載されて。,( ),「. , いる また 乙9 米国特許第4588580号明細書 には 1 鎮痛を導き維持するための方法であって,無傷の皮膚の領域を介してフェンタニル及びその鎮痛活性のある誘導体からなる群から選ばれる皮膚透過性のかたちの物質を鎮痛に有効な速度で投与し,前記物質の投与を前記速度において少くとも鎮痛をもたらすのに十分な延長された期間にわたって続けることからなる方法。…3.前記延長された期間が12時間から7日間の範囲内であるクレーム1の方法 (9欄63行目。」〜10欄7行目)との記載がされている。原告は,フェンタニルの経皮吸収型製剤について実際に米国食品医薬品局(FDA)が承認した投与期間は3日間にすぎないとの事実を指摘するが,乙8,9の上記記載は,ブプレノルフィンやフェ, ンタニルの経皮吸収型製剤の効果が7日程度持続することを示唆するものでありこれに接した当業者に対し 少なくとも引用刊行物に記載されたブプレノルフィ ,,ンについて3日間を超えて投与し,その薬物動態を確認するに十分な動機付けを与える要素の一つになり得るものというべきである。
(6) ブプレノルフィンの経皮吸収型製剤を3日間投与した後に,どの程度の期間所期の痛覚消失効果が持続するかについては,引用刊行物やその他の刊行物には記載されておらず,薬剤の特性は個々の薬剤により相違するので,痛覚消失効果が持続する具体的な期間が他の薬剤の結果から予測し難いことは,原告の主張するとおりであると考えられる。
しかしながら,前判示のとおり,@引用刊行物に記載されたブプレノルフィンの経皮吸収型製剤をヒト患者に適用して,その薬物動態を確認することは当業者が当然に志向する作業であり,Aヒト患者に引用刊行物記載のブプレノルフィンの経皮吸収型製剤を適用するにあたり 「約3日間だけヒト患者に有効な痛覚消失を与え ,るのに十分なブプレノルフィンを含」ませることも周知技術に照らして容易に想到することができ,B当該ブプレノルフィンの経皮吸収型製剤には投与期間経過後も有効成分が残存しており,皮膚への適用を継続すれば所期の効果が一定期間持続することも当業者であれば当然に予測し得たといえる以上,引用刊行物に記載されたブプレノルフィンの経皮吸収型製剤を実際にヒト患者に適用し,血中濃度の測定や鎮痛効果を評価することにより 「3日間の投与期間の後の少くとも2〜約6日の ,,」, 追加の投与期間 前記ヒト患者の皮膚への接触が維持される ことを見出すのは当業者にとって容易になし得たことであるというべきである。
(7) 原告は,被告が本訴において提出した証拠に基づいてなした主張が,新たな拒絶理由を述べるものであって許されない旨主張する。しかし,審決取消訴訟において,審判の手続に現れていなかった資料に基づき,本願発明の出願当時における当業者の技術常識を認定して,引用発明のもつ意義を明らかにすることは許されるのであって,被告の主張立証もその範囲を逸脱するものとは認められない。そして,当時の技術常識を踏まえて判断した結果は,既に判示したとおりである。よって,原告の上記主張は採用し得ない。
(8) 以上によれば,相違点1に係る本願発明の構成は,当業者が容易に想到し得たものとした審決の判断に誤りはないというべきである。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について審決は 「本願発明においては,経皮送達システムに含有されるブプレノルフィ ,ンの量について,適当な相対放出速度を維持して約3日間だけヒト患者に有効な痛覚消失を与えるのに十分な量であり,2〜約6日の追加の投与期間,ヒト患者が有効な痛覚消失を受け続けられるもの,と特定されているのに対し,引用発明には,そのような特定がなされていない点 」を相違点2として認定している。相違点2 。
は,相違点1で認定した投与期間に関する相違点を投与量の観点から言い換えたも,, 。 のにすぎず 上記1と同様の理由から原告の主張する取消事由2には理由がない3 取消事由3(請求項1に係る発明についての判断の誤り)について上記1,2によれば,請求項35に係る本願発明は進歩性を有しないものと認められ,請求項1に係る発明に関する取消事由3については検討するまでもなく,本件特許出願は拒絶されるべき理由を有することになる。
4 取消事由4(審理不尽等)について原告による審理再開の申立ては,審理再開申立書(甲6)に「審理を再開し,そのような補正書を提出できるように補正の機会を与えてくださいますようお願い申し上げます (2頁下から2〜末行)と記載されているとおり,その実態は,補正 。」可能期間を過ぎた後の補正を求めるものにほかならない。その他,本件全証拠及び弁論の全趣旨に基づいて,本件審判における審理上の措置の当否を検討しても,原告の上記申立てを受けて,審判長が審判を再開すべきであったというべき事情は認められず,また,審理全体として,審理不尽の違法があったとも認められない。
したがって,原告の主張する取消事由4も理由がない。
5結論以上によれば,本願発明が引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張する審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 田中昌利
裁判官 高野輝久
裁判官 佐藤達文