関連審決 | 訂正2005-39178 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17ネ10040特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成17ネ10005損害賠償等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10051特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10069特許権侵害差止請求権不存在確認等請求控訴事件 平成19ネ10023同附帯控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10038損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 産業上利用(29条1項柱書) / 技術的思想 / 公然知られ(29条1項1号) / 守秘義務 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 周知技術 / 公知技術 / 実施可能要件 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 着想 / 出願経過 / 技術的意義 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 間接侵害 / 構成要件 / のみ用いる / 課題解決に不可欠(課題の解決に不可欠) / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 逸失利益 / 相当因果関係 / 不法行為(民法709条) / 実施権 / 通常実施権 / 実施許諾(実施の許諾) / 設定登録 / 独占的通常実施権 / 移転登録 / 拒絶理由通知 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 変更 / 訂正要件 / |
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事件 |
平成
17年
(ネ)
10109号
特許権侵害差止等請求控訴事件
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控訴人 株式会社スタビロ 同訴訟代理人弁護士 窪田英一郎 同 柿内瑞絵 同乾裕介 同補佐人弁理士 相原正 被控訴人 JFEソルデック株式会社 同訴訟代理人弁護士吉原省三 同小松勉 同 三輪拓也 同上田敏成 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/03/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 控訴人(1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人は,別紙物件目録記載の動揺軽減装置を製造し,又は販売してはならない。 (3) 被控訴人は,控訴人に対し,1600万円及びこれに対する平成16年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (4) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 (5) 仮執行宣言。 2 被控訴人主文と同旨 |
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事案の概要
1 事案の要旨本件は,控訴人が,被控訴人に対し,後記本件特許権の間接侵害に基づく後記被控訴人装置の製造又は販売行為の差止め,並びに本件特許権の間接侵害及び独占的通常実施権の間接侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を求めたのに対して,被控訴人が,構成要件の非充足及び進歩性欠如の無効事由等を主張して争った事案である。 原審は,後記本件特許は,進歩性欠如(特許法29条2項)の理由で無効審,, , 判により無効にされるべきものと認められるから 控訴人は 被控訴人に対し本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)と判断して,控訴人の請求をいずれも棄却したので,控訴人は,これを不服として,本件控訴を提起した。 2 争いのない事実等(特に断ったもの以外,当事者間に争いがない )。 (1) 当事者ア 控訴人は,船舶の動揺軽減装置の設計及び施工を業とする株式会社であり,P1(以下「P´1」という )は,控訴人の代表取締役であった者 。 である。 イ 被控訴人は,船舶・船用艤装品等の開発,設計,制作及び施工等を業の1つとする株式会社である。 (2) 本件特許権等ア 本件特許権P´1は,次の特許権につき設定登録を受けた(以下,この特許を「本件特許」といい,その特許権を「本件特許権」という 。。)特許番号 特許第3125141号発明の名称 船舶の動揺軽減装置の制御方法出願日 平成10年5月29日登録日 平成12年11月2日なお,本件特許権の登録時の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,下記のとおりである。 「船体の両舷に設定した一対の少なくとも2つのウイングタンク(1,), () 2a 12b と これらウイングタンクの底部を連結して液体 17を左右方向へ移動させる液体通路(13)と,前記の両ウイングタンク上部間に設けられる液体(17)の制動を目的とした遠隔駆動式のバルブ(15)等の手段を介して連通させる空気ダクト(14)或いは,各々のウイングタンク(12a,12b)の上部附近に設けられる大気へ開放可能とする遠隔駆動式のバルブ(15)付き空気ダクト(14)とを有し,更に,操舵輪部(1)からでる舵角指令情報を検知するポテン() , , ショメータ 4 等の手段から出力される情報と 船速情報を取り入れこれらの内容を解読すると共に制御信号を出力するコントロール部(2)と,コントロール部(2)からの制御信号を基に前記バルブ(15)を遠隔駆動させる開閉機器装置部(3)とを具備した液体(17)の移動または停止操作を自動的に成し得る船舶の動揺軽減装置の制御方法に於いて,船が急旋回行動をする時点の舵角指令と船速情報が,予め設定してある条件を満たす場合は,液体(17)を停止させない状況下に生じる液体移動による船体傾斜の増長を事前に防止し得るよう,舵圧により船体が旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に,バルブ(15)を強制的に閉じて移動用液体(17)を停止させる制動を,自動的に制御させることを特徴とする船舶の動揺軽減装置の制御方法 」。 イ 独占的通常実施権の許諾,, , , P´1は 控訴人との間で 平成12年11月2日 本件特許権につきP´1を許諾者,控訴人を被許諾者とする独占的通常実施許諾契約を締結した(弁論の全趣旨 。)ウ 本件特許権の移転控訴人は,P´1との間で,本件特許権を譲り受けることを内容とする契約を締結し,平成16年6月15日,その移転登録を受けた。 エ訂正審判控訴人は,本件控訴の提起後である平成17年10月3日,本件特許に係る明細書の特許請求の範囲の記載を訂正する審判を請求し,特許庁は,上記請求を訂正2005-39178号事件として審理した上,平成17,(「」。 ) 年12月6日 上記訂正を認める旨の審決以下 本件訂正審決 というをし,これが確定した(以下,本件訂正審決により認められた訂正を「本件訂正」といい,本件訂正後の本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という 。。)オ 特許請求の範囲の記載本件訂正後の請求項1(以下,この発明を「本件特許発明」という )。 の記載は下記のとおりである(下線部は,本件訂正による訂正箇所である。。)「船体の両舷に設定した一対の少なくとも2つのウイングタンク(1,), () 2a 12b と これらウイングタンクの底部を連結して液体 17を左右方向へ移動させる液体通路(13)と,前記の両ウイングタンク上部間に設けられる液体(17)の制動を目的とした遠隔駆動式のバルブ(15)等の手段を介して連通させる空気ダクト(14)或いは,各々のウイングタンク(12a,12b)の上部附近に設けられる大気へ開放可能とする遠隔駆動式のバルブ(15)付き空気ダクト(14)とを有し,更に,操舵輪部(1)からでる舵角指令情報を検知するポテン() , , ショメータ 4 等の手段から出力される情報と 船速情報を取り入れこれらの内容を解読すると共に制御信号を出力するコントロール部(2)と,コントロール部(2)からの制御信号を基に前記バルブ(15)を遠隔駆動させる開閉機器装置部(3)とを具備した液体(17)の移動または停止操作を自動的に成し得る船舶の動揺軽減装置の制御方法に於いて,船が急旋回行動をする時点の舵角指令と船速情報が,予め設定してある条件を満たす場合は,液体(17)を停止させない状況下に生じる液体移動による船体傾斜の増長を事前に防止し得るよう,舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に,バルブ(15)を強制的に閉じて移動用液体(17)を停止させる制動を,自動的に制御させることを特徴とする船舶の動揺軽減装置の制御方法 」。 カ分説本件特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A@」のように表記する 。。)A@ 船体の両舷に設定した一対の少なくとも2つのウイングタンク(12a,12b)と,A これらウイングタンクの底部を連結して液体(17)を左右方向へ移動させる液体通路(13)と,Ba 前記の両ウイングタンク上部間に設けられる液体(17)の制動を目的とした遠隔駆動式のバルブ(15)等の手段を介して連通させる空気ダクト(14)b 或いは,各々のウイングタンク(12a,12b)の上部附近に設けられる大気へ開放可能とする遠隔駆動式のバルブ(15)付き空気ダクト(14)とを有し,C 更に,操舵輪部(1)からでる舵角指令情報を検知するポテンショメ-タ(4)等の手段から出力される情報と,船速情報を取り入れ,これらの内容を解読すると共に制御信号を出力するコントロ-ル部(2)と,D コントロ-ル部(2)からの制御信号を基に前記バルブ(15)を遠隔駆動させる開閉機器装置部(3)とを具備したE 液体(17)の移動または停止操作を自動的に成し得る船舶の動揺軽減装置の制御方法に於いて,B 船が急旋回行動をする時点の舵角指令と船速情報が,予め設定してある条件を満たす場合は,液体(17)を停止させない状況下に生じる液体移動による船体傾斜の増長を事前に防止し得るよう,舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に,バルブ(15)を強制的に閉じて移動用液体(17)を停止させる制動を,自動的に制御させるC ことを特徴とする船舶の動揺軽減装置の制御方法。 (3) 被控訴人方法等ア 被控訴人装置被控訴人は,平成13年3月以降,業として,別紙物件目録記載の動揺軽減装置を製造,販売している(以下,この動揺軽減装置を「被控訴人装置」といい,動揺軽減装置の各構成は,別紙物件説明書記載の符号とともに「被控訴人装置コントロール部3」のように表記する 。。)イ 被控訴人方法の分説控訴人が主張する被控訴人装置を用いた船舶の動揺軽減装置の制御方法を分説すると,次のとおりである(以下,この方法を「被控訴人方法」といい,各構成を「被控訴人方法A´@」のように表記する。なお,被控訴人方法B´については,争いがある 。。)A´@ 船体の両舷に設定した一対のウイングタンク4a及び4bと,A これらウイングタンクの底部を連結して液体8を左右方向へ移動させる液体通路5と,B 両ウイングタンク上部間に設けられ,コントロール部3からの指令によって制御可能なバルブ11を介して連通される空気ダクト6とを有し,C 更に,舵角指令装置10からでる舵角指令情報を検知するポテンショメータ13から出力される舵角指令情報と,船速検出装置9から出力される船速情報を取り入れ,これらの内容を解読すると共に制御信号を出力するコントロール部3と,D コントロール部3からの制御信号を基に前記バルブ11を遠隔駆動させる電磁弁12(開閉機器装置部)とを具備したE 液体8の移動または停止操作を自動的に成し得る船舶の動揺軽減装置の制御方法において,B´ 船が急旋回行動をする時点の舵角指令情報と船速情報が,予め設定してある条件を満たす場合は,液体8を停止させない状況下に生じる液体移動による船体傾斜の増長を事前に防止し得るよう,舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に,バルブ11を強制的に閉じて液体8を停止させる制動を,自動的に制御させるC´ ことを特徴とする船舶の動揺軽減装置の制御方法。 (4) 被控訴人方法と本件特許発明との対比ア 被控訴人方法A´@ないしBは,本件特許発明の構成要件A@ないしBaを充足する。 イ 被控訴人方法A´D及びEは,同構成要件AD及びEを充足する。 ウ 被控訴人方法C´は,同構成要件Cを充足する。 3争点(1) 構成要件の充足ア 被控訴人方法A´Cは,本件特許発明の構成要件ACを充足するか。 イ 被控訴人装置を用いた船舶の動揺軽減装置の制御方法について,被控訴。, , 人方法B´のように特定することができるか また 被控訴人方法B´は同構成要件Bを充足するか。 (2) 無効事由ア 本件特許には,未完成発明又は実施可能要件欠如の無効事由が存在するか。 イ 本件特許には,進歩性欠如の無効事由が存在するか。 ウ 本件特許には,訂正要件違反の訂正をした無効事由が存在するか。 (3) 間接侵害,共同不法行為,損害ア 特許法101条3号の間接侵害の成否イ 特許法101条4号の間接侵害の成否ウ 共同不法行為エ 控訴人の損害4 争点(1)ア(構成要件ACの充足)に関する当事者の主張(1) 控訴人の主張ア(ア) 操舵輪の操作によって生じた舵角情報の電気信号への変換は,通常,操舵輪に取り付けられたポテンショメータによって行われている。 (イ) 被控訴人装置においても,操舵輪に取り付けられたポテンショメータが操舵輪の操作を検知して舵角指令信号に変換している。 (ウ) 上記の被控訴人装置のポテンショメータは,本件特許発明の構成要件ACにいう「操舵輪部(1)からでる舵角指令情報を検知するポテンショメ-タ(4)等の手段」に該当する。 (エ) オートパイロットがオフの状態では,舵角指令信号は,操舵輪に取り付けられたポテンショメータからコントロール部に出力される。船舶が急旋回を行うのは非常事態であり,このような場合には,オートパイロットはオフであるか,少なくともオートパイロットをオフにして手動操作に切り替えてから急旋回操作を行うのが通常である。 (オ) 確かに,被控訴人装置がオートパイロットを有し,オートパイロットがオンの状態で自動航行が行われる場合には,操舵輪に取付けられたポテンショメータを経由せずに舵角指令信号がコントロール部に送られるという構成を有することはあり得るが,オートパイロットからコントロール部に舵角指令信号が送られるという構成が付加されていることは,被控訴人装置が本件特許発明の構成要件ACを充足するとの判断を何ら妨げるものではない。 イ したがって,被控訴人方法A´Cは,本件特許発明の構成要件ACを充足する。 (2) 被控訴人の主張ア(ア) 控訴人の主張アのうち (ア)は認め (イ)ないし(オ)は否認 ,,する。 (イ) 本件特許発明の構成要件ACの「ポテンショメータ」は,操舵輪部に設けられているものであるのに対し,被控訴人方法A´Cの「ポテンショメータ」は,オートパイロットに内蔵されており,操舵輪部に取り付けられたものではない。 (ウ) 本件特許発明の構成要件ACの「操舵輪部(1)からでる舵角指() 」 令情報を検知するポテンショメ-タ4 等の手段から出力される情報は,操舵輪部からの舵角指令情報をポテンショメータ等が変換して出力する電気信号のことであり,ポテンショメータ等の出力する電気信号にそれ以外の情報を加えたものは含まない。このことは,P´1が,その出願に係る特許第3474559号の願書の請求項1において 「操舵,輪部(1)に操舵輪部を手動モードに切り替えて操作を行う時のみに舵角指令情報を出力するポテンショメータ(4)等」との記載をしたことからも裏付けられている。 これに対し,被控訴人装置が前提とするオートパイロット装置では,オートパイロット装置の内部にポテンショメータが組み込まれているが,急速旋回を行う場合でもオートパイロット装置がオフになることはない。操船者が舵輪等を動かすと,その情報は,ポテンショメータからではなく,オートパイロット装置から,舵輪操作による情報以外の情報も加えられて舵角指令信号として出力される。 イ 同イは争う。 5 争点(1)イ(構成要件Bの充足)に関する当事者の主張(1) 控訴人の主張ア利用発明被控訴人方法は,舵角指令信号及び船速信号があらかじめ設定してある条件を満たすときには,減揺水槽(以下「ART」という )を非作動の。 状態にするという本件特許発明の技術的思想を利用した利用発明である。 よって,被控訴人方法Bは,本件特許発明の構成要件Bを充足する。 イ 被控訴人990号特許の出願経過(ア) 被控訴人の有する特許第3460990号(以下「被控訴人990号特許」という )の出願時の特許請求の範囲(甲6)には,船速信 。 号と舵角指令信号とによりコントロール部がARTの作動/非作動の判,, 定を行う装置に係る請求項1と この請求項1を引用する請求項として平均横揺れ角があらかじめ設定した値以上である場合には,船速信号及び舵角指令信号がART非作動の条件になっていても,減揺機能を発揮させる請求項7とが記載されていたが,被控訴人は,本件特許発明を引用例とした拒絶理由通知(甲7)を受けて,請求項1に請求項7の構成を加えて補正した。 (イ) この経過は,被控訴人自身も 「平均横揺れ角の入力」は付加的 ,な構成要件であると考えていたことを示すものである。 ウ 無意味な構成の付加ARTがその減揺効果を発揮するのは,ARTの固有周期に近い周期で船体が横揺れする場合である。しかし,急旋回を行うと,船体が波を受ける角度が急激に変わるため,船体の横揺れ周期も急激に変化するから,急旋回を行っている間ARTの動作を継続させたとしても,ARTがその減揺効果を常時発揮し続けることは不可能であり,ARTを作動状態にしておくことにより,旋回中心外側方向への傾斜分を上回る最大傾斜角の減少が得られるような場面が現実に生じるとは考えにくい。 したがって,被控訴人方法における平均横揺れ角信号によるARTの作動/非作動の判定は無意味なものであり,このような無意味な構成を付加しても,本件特許発明の構成要件の充足を回避することはできない。 (2) 被控訴人の主張ア 控訴人の主張ア(利用発明)は争う。 本件特許発明は,舵角指令と船速情報が,あらかじめ設定してある条件を満たす場合にバルブを閉じるようになっている。これに対し,被控訴人装置を用いた船舶の動揺軽減装置の制御方法は,舵角信号,船速信号及び平均横揺れ角信号の3つの情報によりARTの作動/非作動を制御する方法であって,舵角信号と船速信号がバルブを閉じる条件を満たしたとしても,バルブを閉じない場合があり,被控訴人方法B´のように特定することはできないし,本件特許発明を利用している関係にもない。 すなわち,ARTは,船の横揺れを軽減する効果があるところ,ARTの動作を継続させることによって得られる最大傾斜角の減少分Aと,旋回による外方への傾斜分Bを比べて,A ≧ B であれば,ARTの動作を継続した方が最大傾斜角が小さくなるか,変らないことになる。そこで,被控訴人方法では,舵角信号,船速信号がARTの動作停止の条件を満たし,, ても 船舶の平均横揺れ角信号の解析結果が所定閾値を下回る場合に限りARTを非作動としたものである。 イ 同イ(被控訴人990号特許の出願経過 (ア)は認め (イ)は否認す ),る。 被控訴人990号特許の出願時の請求項7の発明は,同請求項1の発明とは技術的思想の異なる別発明である。 ウ 同ウ(無意味な構成の付加)は争う。 「減揺タンク実船試験成績書 (乙9)には,漁業取締船の急速旋回時に 」おけるARTの影響を調べるための試験結果が記載されているが,これによると,ARTを作動させておいた場合,非作動とした場合に比し,定常,. 傾斜角の変化については大差がなかったものの 最大傾斜角については199度の減少が記録された(乙9第16頁。また,減揺率については,右 )旋回/左旋回とも,横揺れ振幅が減少している様子を読み取ることができる(乙9第17頁,18頁の図参照 。)したがって,平均横揺れ角信号を取り入れてARTの作動/非作動を制御する被控訴人方法は,本件特許発明に無意味な構成を付加したものではない6 争点(2)ア(未完成発明又は実施可能要件欠如の無効事由)に関する当事者の主張(1) 被控訴人の主張ア 未完成発明(ア) P´1の出願に係る特許第3474559号の早期審査に関する事情説明書(乙6の3)には,次の記載がある。 航行中の船体は 出会い波や風の影響を受け船首がヨーイング 左 「, (右方向へ移動)し,または,横方向へ移動するために針路コースから逸脱することになる。特に,時化の状態ではコースの逸脱が頻繁となる為,これに対応した転舵の手段が自動的に行われている。この転舵の舵角指令と急旋回を行う時の初期の舵角指令の内容が殆ど同じで区別がつかない。従って,荒天時の航海に於いて,単にコース修正の為に出力された舵角指令信号を急旋回と誤り,実際には減揺効果を必要とし,しかも,タンク内の液体が復原力に悪影響を与えていないにも係わらず,バルブを閉じ非作動とする,引用例-1(判決注:後記文献(イ ,すなわち本件特許権を意味する )および引用例-2(判決 )。 注:後記文献(ハ ,すなわち被控訴人990号特許を意味する )の )。 制御方法では,ARTとして適さない欠点のある操作方法であると引用例-3が指摘している (本願発明の詳細な説明【0006 【0 。】 ,007】に記載している (乙6の3第8頁1行〜10行) )」「船の急旋回中は遠心力により,必ず旋回中心外側方向へ定常横傾斜を起こす。 この時,ARTの移動用液体によって発生する傾斜モーメント(遊動水)が遠心力に加わり,船体横傾斜角度を更に大きくするという,ARTの欠点を解消せしめる目的に関しては,本願と先行文献は同じであることを認めるが,特に文献(イ)と(ハ)の技術では,この目的を達成することができないのである (乙6の3第9頁。」2〜6行)(イ) したがって,本件特許は,未完成発明である(特許法29条1項柱書)との無効事由を有するから,本件特許権の行使をすることができない。 イ 実施可能要件欠如(ア)a 本件特許発明は 「船が急旋回行動をする時点の舵角指令と船 ,速情報が,予め設定してある条件を満たす場合」にARTを非作動とする制御方法に関するものであるが,本件特許発明の構成要件Bの「予め設定してある条件」については,本件明細書中に記載がない。 b 本件特許発明は,本件訂正によって実施不能となった。 本件訂正により,本件特許発明は「舵圧により船体が旋回中心内 ,側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」バルブを閉じることを要件とすることになったが,本件明細書では,あたかも「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前」であれば,タンク内の液体が旋回中心内側に片寄った状態にあるかのように記載されている。 しかし,控訴人のパンフレット(乙26)にも記載されているように,ARTにおいては,タンク内の液体は船体の動揺に対して90度の位相遅れを生ずるよう設計されているから 「舵圧により船体,が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前」であっても,必ずタンク内の液体が旋回中心内側に片寄った状態にあるとは限らない。 イ したがって 本件特許は 実施可能要件 特許法36条4項 特 () , , ( (許法等の一部を改正する法律(平成14年法律第24号)1条による改正前のもの )を欠く無効事由を有するから,本件特許権の行使をす )ることができない。 (2) 控訴人の主張ア 未完成発明() ()(),() ア 被控訴人の主張ア ア 事情説明書の記載 は認めるが 同 イ(未完成発明)は争う。 (イ) 同早期審査に関する事情説明書の記載は,本件特許発明の問題点を「目的を達成することができない」という表現を用いて指摘したものにすぎず,本件特許発明が実施できないものであることを認めたものではない。 イ 実施可能要件欠如(ア) 同イ(ア)a(条件の不記載)は認め,b(本件訂正による実施不能)及び同イ(イ(実施可能要件欠如)は争う。 )(イ) 当業者であれば 「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜し ,た後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」バルブを閉じるように,適当と考えられる任意の条件を選択することができるから 「予め設定してある条件」は,実施可能要件を充足してい ,る。 7 争点(2)イ(進歩性欠如の無効事由)に関する当事者の主張(1) 被控訴人の主張ア引用例1(ア) 被控訴人は,平成6年,海上保安庁に対し,ARTを搭載した大型巡視船「くだか」を納入したが,その際に交付した同年9月28日付け「減揺水槽取扱い説明書 (乙4)には,次の記載がある(以下「引 」用例1」という 。。)「 海上保安庁 NKK DESIGN & ENGINEERING CORPORATION大型巡視船 くだか (1頁) DATE OF DWG. '94,Sep,28」「V 減揺水槽主要目等1)水槽型式 NKK式U字管型32)水槽容積 M68.003)水槽設備位置 曳航装置室両舷( 〜 (4頁1〜 F120 F127)」4行)「W 減揺水槽使用上の注意事項2)減用水槽はエアーバルブの開閉により,作動又は非作動状態とすることが出来ます。 即ち エアーバルブ 全開 → 作動状態〃 全閉 → 非作動状態です。この際注意すべきことは,減揺水槽非作動時には必ず水槽に設けられている空気管,マンホール等外部に通じる開口は総て閉鎖しておいて下さい (5頁1〜13行)。」別紙図面記載の断面図(5頁下の断面図)「6)減揺水槽の自由液面による影響は,作動時横揺中は安全側に作用しますが,船が横揺しない状態で定常時に横傾斜をする様な時,例えば荷物が片舷側に集中した場合には,自由液面の影響により横傾斜は増長しますので,エアーバルブを閉じて下さい。 7)減揺水槽の性質として急速旋回をする場合,船の傾斜角が大きくなりますのでエアーバルブを閉じて下さい (6頁6〜11行)。」(イ)a これらの記載からすると,引用例1には,両ウィングの上部, を連通させたエアバルブ付きの空気ダクトを有するARTについてそのARTを搭載した船舶が急速旋回をする場合に,液体の移動による船舶の傾斜角の増大を防止するため,ARTのエアバルブを閉じて液体の移動を停止し,ARTを非作動とするARTの制御方法(以下「引用発明」という )が開示されている。。 「」(,) b 引用発明の 急速旋回をする場合引用例1第6頁10 11行とは,急速旋回をする前又はその直後のことである。 引用例1には 「減揺水槽の性質として急旋回をする場合,船の傾 ,斜角が大きくなりますのでエアーバルブを閉じて下さい 」という以。 外には,バルブを閉じる時期の限定はない。一方,本件明細書の段落【0027】には,船舶の旋回時における傾斜の状況が記載されているが,これは自然現象であり,乙2において説明されているところと一致する。また,同段落には,ART内の液体の状況が記載されているが,この記述も自然状態を説明したものであって,引用発明でも同じ状態が起きていることに変わりはない。そして,引用発明は,その性質上,船の傾斜角が大きくなることを防ぐためにバルブを閉じるのであるから,急旋回が予定されている場合に,事前にエアーバルブを閉じることのみが開示されていると解する必然性はなく,急旋回の前であっても,旋回中であっても,必要があればバルブを閉じることが開示されているものというべきである。 この点,控訴人は,引用例1は手動でバルブを閉じることを示したものであり,手動では急旋回に際して急速にバルブを閉めることはできないと主張するが,緊急事態が予想される際に,エアーバルブを開閉する担当者を配置し,無線で常時連絡する態勢を採るなどの方法により,手動でも迅速にバルブを閉じることができるし,手動では常に間に合わないというものではない。 (ウ) 引用発明は,大型巡視船「くだか」が納入されたころ,公然知られた発明となった。 受動型減揺タンクは,船舶の減揺装置として古くから知られている(乙17)から,秘密としなければならない理由はなく,納入先である海上保安庁との間にも,秘密保持契約は締結されていない。また,被控訴人は,引用例1と同様の取扱説明書を他の取引先に対しても頒布しているし(乙25 ,海上保安庁所属船は定期的に一般公開が行わ )れているばかりでなく,申し込みによって見学が可能である。したがって,引用発明が公然知られた発明であることは,明らかである。 イ 他の公知又は周知技術(ア) 周知技術1船体運動学の分野において,船舶が旋回するときに,最初に内側に傾斜し,旋回が進むに従って外方に傾斜すること,並びに外方傾斜の大きさには速度の高低及び旋回半径の大小が影響すること(以下「周知技術1」という )は,本件特許の出願前に,周知であった(大串雅 。 「()」( , ) 信著 理論船舶工学 下巻 五版 昭和44年5月1日発行 海文堂262-263頁(乙2 ,橋本進=矢吹英雄共著「操船の基礎 (昭 )」和63年4月25日発行,海文堂)12-17頁(乙16 。)(イ) 周知技術2,乙26技術a ARTの制御方法に係る技術分野において,ARTの空気ダクトに遠隔駆動式のバルブを取り付け,電気信号を入力しバルブの開閉判断を行うコントロール部が出力する制御信号を基に,バルブを遠隔駆動させる開閉器機装置部を有する構成とする技術(以下「周知技術2」という )は,本件特許の出願前に,周知であった(特公昭 。 58-30196公報(乙18 ,特開平8-133182公報(乙 )19 。)b 控訴人は,本件特許の出願前である平成6年に,船用機器展示会「Sea Japan」において,油圧による遠隔手動でARTのバルブを開閉可能な装置を展示すると共に,同装置のカタログを配布し,油圧による遠隔手動でARTのバルブを開閉することを公知にした。そして,本件特許の出願前である平成7年12月現在,控訴人の販売する制御方式採用のART(商品名:スタビロエース),(「 」 が51隻の船舶に設置されていたがこの装置 以下 乙26技術という )はエアダクト動力弁付きであり,これを使用すれば,バル 。 ()。 ブを手動で遠隔操作して自由に開閉することが可能である 乙26(ウ) 引用例2(。 平成10年4月1日発行の社団法人日本深海技術協会会報 乙20以下「引用例2」という )には,各種の減揺システムの1つとして, 。 舵のみを制御して船の横揺れを抑制する舵減揺装置について記載されているが,この舵減揺装置は 「コンピュータはジャイロコンパスから ,の船首方位信号,横揺れ角速度センサからの角速度信号,操舵装置からの応答舵角信号等を入力し,制御演算を行って,最適な舵角指令信号を操舵装置に出力する (乙20第17頁右欄2〜6行)という構 。」成となっている。 (エ) 周知技術3舵角の指令をポテンショメータを介して電気情報として取り入れ,(「 」 。), 舵の操作以外の目的に利用すること以下 周知技術3 という は一般に行われていることである。例えば,乙21は,株式会社アカサカテック船舶操縦性能計測システムの説明であるが 「運輸省電子航法,研究所 精度確認試験受験品 平成4年度受託第2号」の装置は,船(),( ) , 速 - 舵角 - その他の情報を取り入れ Speed Log Rudder Angle速力試験や旋回,操舵などの各種試験の計測,解析及び成績書の作成を行うことができる。そして,この装置は,平成8年3月に市販されている(乙22 。)ウ 本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点(ア) 一致点本件特許発明と引用発明とを対比すると,次の4点で相違し,その余の点で一致する。 (イ) 相違点1(遠隔操作)本件特許発明は,ARTのウィングタンクの上部間に設けられる遠隔駆動式のバルブ等の手段を介して連通される空気ダクトを有しているのに対し,引用発明には,このような構成が開示されていない(以下「相違点1」という 。。)(ウ) 相違点2(利用情報)ARTの作動/非作動の判定にあたり,本件特許発明は,舵角指令情報と船速情報を取り入れているのに対し,引用発明では,どのような情報を利用しているのか不明である(以下「相違点2」という 。。)(エ) 相違点3(自動化)本件特許発明では,ポテンショメ-タ等の手段で必要な舵角指令情報及び船速情報を自動的に取り入れ,コントロール部においてこれらの内容を解読するとともに制御信号を出力し,舵角指令情報と船速情報があらかじめ設定してある条件を満たす場合にバルブ(15)を強制的に閉じる制動を自動的に行っているのに対し,引用発明では,船(「 」 。)。 舶の使用者が判断してバルブを閉じている 以下 相違点3 という(オ) 相違点4(タイミング)本件特許発明では,バルブを閉じる時期は 「舵圧により船体が旋回 ,中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」と限定されているのに対し,引用発明では,急速旋回をする前又はその直後である(以下「相違点4」という 。。)エ 容易想到(ア) 相違点1(遠隔操作)a 周知技術2のとおり,ARTのウィングタンクの上部間に設けられる遠隔駆動式のバルブ等の手段を介して連通される空気ダクトを有するように構成することは,当業者が容易に想到することができたことである。 b 引用発明と乙26技術を組み合わせることによっても,同様である。 (イ) 相違点2(利用情報)周知技術1のとおり,旋回半径及び船速と船の旋回中の横傾斜との関係は,周知技術であり,ARTの作動/非作動の判定にあたり,舵角指令情報と船速情報を取り入れることは,引用発明でも実質的には行われていたことであり,当業者が容易に想到することができたことである。 (ウ) 相違点3(自動化)相違点3は,人間が行っていた業務をシステム化したにすぎず,当業者であれば,周知技術2及び3並びに引用例2に基づき,容易に想到することができたことである。 (エ) 相違点4(タイミング)本件訂正により 本件特許発明においてバルブを閉じる時期は 舵 ,,,「圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」と限定された。 しかし,前記ア(イ)bのとおり,引用発明には,急旋回の前であっても,旋回中であっても,必要があればバルブを閉じることが開示されているものというべきである。 したがって,相違点4(タイミング)は,実質的な相違とはいえない。 オまとめ本件特許発明は,船速と舵角の情報をどう処理するのかについて開示するものではなく,既に行われているところを単に自動化したものにすぎないが,ARTや船舶の各操作を自動化することは,一般に知られている。また,高速で急旋回する際に,まず内側に傾斜し,次いで外側に傾斜するという現象も,その原理も解明されている。 したがって,本件特許は,進歩性(特許法29条2項)を欠き,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,本件特許権の行使は認められない。 (2) 控訴人の主張ア 引用例1(ア) 被控訴人の主張ア(ア)は不知。 (イ)a 同(イ)aは不知,b(引用例1の解釈)は否認する。 b 引用発明に開示されたエアバルブの開閉装置は,手動のもので,実際に急旋回時にこれを閉じることは不可能である。船舶が急旋回をすることが必要となる突発的な緊急事態の発生を事前に予測することは,困難であり,緊急事態に備え,船員を1名,ARTのエアバルブの前に待機させるような態勢を常時採り続けることは非現実的である。また,仮にそのような態勢を採ったとしても,ハンドルを回してエアバルブを完全に閉じるまでには30秒は必要であり,船体の旋回中心外側方向への傾斜が最大となるまでにエアバルブを手動で閉じることは,実際には不可能である。 したがって,本件訂正審決が,引用例1は,事前にエアバルブを閉じることによりARTを非作動状態にすることを前提とするものである旨認定したように,引用例1には,急旋回をすることが予想される場合にあらかじめARTのエアバルブを閉じる,という技術が開示されているにとどまるものというべきである。 (ウ) 同(ウ (公知)は否認する。 )引用例1は,被控訴人が特定の取引先である海上保安庁に納品したARTの取扱説明書であり,同様の取扱説明書が他の取引先に対しても一般的に頒布されていたことを示す証拠はないから,公知文献ということはできない。また,被控訴人と海上保安庁との間に明示の秘密保持契約が存在しないとしても,このことは,必ずしも引用例1の公知性を意味するものではない。 イ 他の公知又は周知技術(ア) 同イ(ア)ないし(エ)は争う。 (イ) 乙2,16には,舵角と船速が旋回時の傾斜角に影響を及ぼすことが開示されているが,両文献のみでは,当該事項が周知技術(周知技術1)であったということはできない。 (ウ) 乙18,19には,遠隔駆動式のARTのバルブが開示されているが,両文献のみでは,当該事項が周知技術(周知技術2)であったということはできない。 (エ) 引用例2(乙20)には,舵角情報を取り入れ,それに基づいて減揺装置の制御を行う技術が開示されているが,同引用例は,舵減揺装置に関するものであって,ARTに関するものではない。 (オ) 乙21,22には,舵角情報及び船速情報を取り入れる技術が開示されているが,両文献(及び乙23,24)のみでは,当該技術が周知技術(周知技術3)であったということはできない。 ウ 本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点同ウ(ア (一致点)及び(イ)ないし(エ (相違点1ないし3)は ))認め,同(オ (相違点4)は否認する。相違点4は,正しくは,次のと )おりである。 本件特許発明では,バルブを閉じる時期は 「舵圧により船体が旋回中 ,心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」であるのに対し,引用発明では,急旋回をすることが予想される場合にあらかじめARTのエアバルブを閉じるものである。 エ 容易想到(ア) 相違点1ないし3a 同エ(ア)ないし(ウ)は争う。 b 引用発明には,急旋回による船体の傾斜角の増大を防止するためにARTのエアバルブを閉じるということが開示されているにとどまり,これを具体的にいかなる手段によって自動化するのかという点についての開示,示唆はない。 乙2,16には,舵角と船速が旋回時の傾斜角に影響を与えることが開示されているものの,ARTに関する記載はなく,舵角及び船速を判断する手段に関する記載,示唆もない。 乙20には,舵角情報を取り入れ,それに基づいて減揺装置の制御を行う技術が開示されているものの,それはARTに関する,, , ものではなく また 船速情報を取り入れる技術についての記載示唆はない。 乙21,22には,舵角情報及び船速情報を取り入れる技術が開示されているが,速力や船体運動等の計測を目的とするものであり,ARTの制御を目的とすることの開示,示唆はない(乙23,24についても,同様である 。。)さらに,引用発明に開示されているARTの制御方法を自動化するために必要となる遠隔駆動式のバルブは,乙18,19を参照するほかはない。 したがって,引用発明に開示されている急旋回による船体の傾斜の増大を防止するためにARTのエアバルブを閉じるという技術を自動化するためには,引用発明と,乙2又は16,乙18又は19,引用例2(乙20 ,乙21又は22などに記載された, ), 未だ周知とはいえない多数の公知技術を組み合わせる必要がありしかもこれらのうち乙2,16,20,21及び22に開示された技術は,ARTとは何ら関係のない技術であるから,上記の組み合わせは,当業者が容易になし得たものではない。 (イ) 相違点4同エ(エ)は争う。 「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」ARTのバルブを閉じる制動を行うという技術については,引用発明にも,被控訴人の主張に係るその他の公知文献にも,全く開示,示唆されていない。 また,本件特許発明は,上記技術を採用したことにより,タンク内の液体を旋回中心内側に移動した状態で停止させ,この液体の傾斜モーメントによって,船体の旋回中心外側への傾斜角を減少させるという顕著な効果(本件明細書の段落【0027】〜【0029 )を奏す】るものであり,このような作用効果は,被控訴人が挙げる公知文献から予測することはできない。 なお,本件訂正審決は,@ 乙2,16,18,19,20,21及び22には,船舶の旋回行動中,所定のタイミングでARTのバルブを強制的に閉じることにより,ART内の液体を旋回中心内側の片寄った状態で停止させ,もって船舶の傾斜モーメントを遠心力とは逆方向へ働かせるための構成に関する記載も示唆も認められない,A したがって,仮に,これらの文献から周知技術1ないし3が認められるとしても,引用発明及び上記文献のいずれにも「タンク内の液体を遠心力とは逆の方向へ片寄らせて停止させる」ことを可能にする点が開示されていない以上,本件特許発明は,引用発明及び上記文献の記載事項に基づいて当業者が容易に想到できたものではない,B 本件特許発明は 「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜し ,, た後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前にバルブ(15)を強制的に閉じる」との構成を有するが故に,本件明細書の段落【0027】の(1)ないし(7)記載の船体運動特性を有する等の作用効果を奏するものと認められる,と判断した。 本件訂正審決の上記判断に照らしても,本件特許発明は進歩性を有するものであり,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものでない。 オまとめ同オは争う。 引用発明と,被控訴人が挙げる各公知文献とを組み合わせることにより,ARTのバルブを遠隔駆動式のものに置換し(相違点1 ,舵角指令)情報及び船速情報を利用して急旋回か否かを判断する構成を付加し(相違点2 ,これらの情報を自動的に取り入れるとともに,これらの情報が )一定の条件を満たす場合に,ARTのバルブの開閉が自動的に行われる構成を付加することによって全行程を自動化し(相違点3 ,さらに,A)RTのバルブが閉じられる時期を「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」に限定し(相違点4 ,以上のような構成の付加,置換及び限定を全て行うことに )より本件特許発明に想到することは,当業者といえども容易になし得るものではない。 8 争点(2)ウ(訂正要件欠如の無効事由)に関する当事者の主張(1) 被控訴人の主張本件訂正は,特許請求の範囲の「舵圧により船体が旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」を「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」と訂正するものであって,これには 「舵圧により船体が旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前 ,に」を「遠心力により船体が旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」に訂正する部分を含む。客観的に明確な意味を持つ「舵圧により」を,全く異なる概念である「遠心力により」と訂正することは,実質上特許請求の範囲を変更するものであって,訂正要件を欠くものである。 (2) 控訴人の主張被控訴人の主張は争う。 9 争点(3 (間接侵害等)に関する当事者の主張 )(1) 控訴人の主張ア 特許法101条3号の間接侵害被控訴人装置は,本件特許発明の使用にのみ用いる物である。 ,,, したがって 被控訴人が業として被控訴人装置を製造 販売する行為は特許法101条3号により,本件特許権の侵害行為とみなされる。 イ 特許法101条4号の間接侵害(ア) 仮に,被控訴人装置が本件特許発明の使用にのみ用いる物ではないとしても,平成15年1月1日以降に販売された被控訴人装置は,本件特許発明の使用に用いる物であって,本件特許発明による課題の解決に不可欠なものである。 (イ) また,被控訴人は,本件特許発明が特許されていること,及び被控訴人装置が本件特許発明の実施に用いられることを知っていた。 (ウ) したがって,平成15年1月1日以降,被控訴人が業として被控訴人装置を製造,販売する行為は,特許法101条4号により,本件特許権の侵害行為とみなされる。 ウ 共同不法行為平成14年12月31日以前に販売された被控訴人装置については,被控訴人装置を使用している直接侵害者と被控訴人とによる共同不法行為が成立する。 エ 控訴人の損害(ア) 控訴人の逸失利益a 被控訴人は,平成13年3月以降,被控訴人装置を少なくとも4台製造,販売した。 b 独占的通常実施権者であった控訴人は,被控訴人の侵害行為がなけ,。 れば 動揺軽減装置1台当たり300万円の利益を得ることができたc よって,特許法102条1項の類推適用により,控訴人が受けた損害額は,1200万円となる。 (イ) 弁護士費用相当の損害a 控訴人は,本件訴訟を追行するため,訴訟代理人及び補佐人として本訴控訴人訴訟代理人及び補佐人を選任し,同人らに対し,相当の報酬を支払うことを約束した。 b 被控訴人の行為と相当因果関係ある弁護士費用及び弁理士費用相当の損害は,400万円を下らない。 (2) 被控訴人の主張ア 控訴人の主張ア(3号の間接侵害)は否認する。 イ 同イ(4号の間接侵害)は否認する。 ウ 同ウ(共同不法行為)は否認する。 エ 同エ(ア (控訴人の逸失利益)は否認する。同(イ (弁護士費用等 ))相当の損害)のうちa(支払約束)は不知,b(相当因果関係)は否認する。 |
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当裁判所の判断
1 争点(2)イ(進歩性欠如の無効事由)について当裁判所も,本件特許は,進歩性欠如(特許法29条2項)の理由で特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができないと判断する。その理由は,次のとおりである。 (1) 引用発明ア 証拠(乙4)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,平成6年,海上保安庁に対し,ARTを搭載した大型巡視船「くだか」を納入したが,そ「」() の際に交付した同年9月28日付け減揺水槽取扱い説明書 引用例1には,前記第2,7(1)ア(ア)欄のとおりの記載があること,これらの記載からすると,引用例1には,両ウィングの上部を連通させたエアバルブ付きの空気ダクトを有するARTについて,そのARTを搭載した船舶が急速旋回をする場合に,液体の移動による船舶の傾斜角の増大を防止,, するため ARTのエアバルブを閉じることによって液体の移動を停止しARTを非作動とするARTの制御方法(引用発明)が開示されていることが認められるが,引用例1には,エアバルブを閉じるタイミングは具体的には明記されていない。 イ(ア) 控訴人は,引用例1には,急旋回をすることが予想される場合にあらかじめARTのエアバルブを閉じるという技術が開示されているにとどまる旨主張する。 しかし,船体運動学の分野において,船舶が旋回するときに,最初に内側に傾斜し,旋回が進むに従って外方に傾斜することが周知であったこと(後記(2)イ(ア )を考慮すると,引用発明において,急速旋 )回をする場合にバルブを閉じる目的が,船の傾斜角が大きくなることを防ぐことにあることは,引用例1の「減揺水槽の性質として急速旋回をする場合,船の傾斜角が大きくなりますのでエアーバルブを閉じて下さい 」との記載から,明らかである。そして,引用例1には,急速旋回 。 の前にあらかじめバルブを閉じることが必須であることをうかがわせる記載はなく,また,旋回中にバルブを閉じることを否定する記載があるわけでもない。そうすると,引用例1の上記記載は,これを急速旋回が予想される場合に事前にエアバルブを閉じることのみを意味するものと限定的に解釈すべき理由はなく,急速旋回をする場合には,急速旋回の前であれ,旋回中であれ,必要に応じてバルブを閉じることを開示ないしは示唆しているものと解するのが相当である。 (イ) 控訴人は,引用発明に開示されたエアバルブの開閉装置は手動のものであるところ,船舶が急旋回をすることが必要となる緊急事態の発生を事前に予測することは困難であるから,緊急事態に備えて,船員を1名,ARTのエアバルブの前に待機させるような態勢を常時採り続け,, , ることは非現実的であり また仮にそのような態勢を採ったとしてもハンドルを回してエアバルブを完全に閉じるまでには30秒は必要であり,船体の旋回中心外側方向への傾斜が最大となるまでにエアバルブを手動で閉じることは,実際には不可能であるから,引用発明において,実際に急旋回時にエアバルブを閉じることは不可能である旨主張する。 しかし,緊急事態が起こり得るような場合(その予測が常に困難であるとはいえない ,エアバルブを開閉する担当者を配置し,無線等で常 。)時連絡する態勢を採るなどの方法により,手動でも迅速にバルブを閉じることは不可能ではないし,手動では常に間に合わないというものではないというべきであって,控訴人の主張は,採用の限りでない。 ウ 引用発明の公知性引用発明につき,被控訴人と海上保安庁との間で秘密保持契約が結ばれた等の事情は認められない。また,被控訴人は,平成6年1月ころ,海上保安庁以外の取引先にも,特に秘密とすることを約することなく,引用例1とほぼ同内容の取扱説明書を配布したことが認められる(乙25,弁論の全趣旨 。上記事実に照らせば,引用発明は,遅くとも大型巡視船「く )だか」が納入された平成6年中には,守秘義務を負わない第三者がこれを知るに至ったものというべきであり,そのころ日本国内において公然知られた発明となったものと認められる。 (2) 他の公知又は周知技術ア 証拠(乙2,16,18〜22,26)及び弁論の全趣旨によれば,前記第2,7(1)イに摘示の各公知技術の存在が認められる。 イ(ア) 控訴人は,乙2,16のみでは,舵角と船速が旋回時の傾斜角に影響を及ぼすことが周知技術であったということはできない旨主張する。 しかし,船体運動学の分野において,船舶が旋回するときに,最初に内側に傾斜し,旋回が進むに従って外方に傾斜すること,並びに外方傾斜の大きさには速度の高低及び旋回半径の大小が影響すること(周知技術1)は,乙2,16において,それぞれ昭和44年5月1日(乙2の発行日)及び昭和63年4月25日(乙16の発行日)の時点における教科書レベルの知見として記載されていることが明らかであり,本件特許の出願前に周知技術となっていたものと認めるのが相当である。 (イ) 控訴人は,乙18,19のみでは,遠隔駆動式のARTのバルブが周知技術であったということはできない旨主張する。 しかし,ARTの制御方法に係る技術分野において,ARTの空気ダクトに遠隔駆動式のバルブを取り付け,電気信号を入力しバルブの開閉判断を行うコントロール部が出力する制御信号を基に,バルブを遠隔駆動させる開閉器機装置部を有する構成とする技術(周知技術2)は,遅くとも昭和58年6月27日 乙18の公告日 の時点で公知であり 乙 () (18 ,乙19の「問題点をバルブやダンパーを備えることで解決する )様々な発明,考案がなされた。バルブやダンパーの機器操作の自動化に対する制御方法も発明,考案された (2頁1欄28〜31行)との記 」載に照らせば,その後,平成8年5月28日(乙19の公開日)に至るまでに,遠隔駆動式のARTのバルブに関し,様々な発明,考案がなされていたことが認められるから,本件特許の出願前に周知技術となっていたものと認めるのが相当である。 (ウ) 控訴人は,乙21,22(及び乙23,24)のみでは,舵角情報及び船速情報を取り入れる技術が周知技術であったということはできない旨主張する。 a 乙21,22及び弁論の全趣旨によれば,舵角情報,船速情報,その他の情報を取り入れ,これらを電気信号として,速力試験や旋回,操舵などの各種試験の計測,解析及び成績書の作成を行う装置が,平成8年3月に市販されていたことが認められる。 b 乙23(実開平6-47883号)には,次の記載がある。 「 0024】また,受信操船演算装置の制御部は,水上浮遊体 【位置自動送信装置からの浮遊体位置信号と自船位置信号とにより,自船から見た水上浮遊体位置自動送信装置までの方位・距離及び操船のための所要速力・舵角信号を演算処理し,前記速力・舵角信号をもとに手動又は自動操船をした時の操船量をエンジン,舵等の操船設備からフィードバックにより得て自船位置を更新演算処理するようしている (10頁9〜14行)との記載がある。 。」乙23の上記記載及び図1によれば,舵角情報及び船速情報を取り入れ,これらを電気信号として,自船位置を演算する技術が,平成6年6月28日(乙23の公開日)の時点で公知であったことが認められる。 c 乙24(特開平9-66894号)には,次の記載がある。 「 0010】図6には,上述の本発明の緊急回避支援装置によ 【。, る回避航路計画の作成の過程の1例が示されている 図6において本船が装備する各種センサ27により常時モニタリングを行なうことによって得られる本船の運動に関する本船運動情報28と,同じく例えば本船の水上レーダー29により常時モニタリングを行なうことによって得られる他船の運動に関する他船運動情報や障害物情報等の航路環境情報30とに基づいて,図1の演算装置4により,ステップ31において最接近時間 TCPA および最接近距離 D () (CPA)を算出し,ステップ32において本船にとっての危険度を判定し,さらにステップ33において本船が回避航路を選択すべきか否かを判定する。ステップ33において本船が回避航路を選択する必要がないものと判定されると,ステップ34において現状の航行状態がそのまま維持(キープ)される。ステップ33において本船が回避航路を選択すべきものと判定されると,エキスパートシステム5における,熟練操船者が経験的に持つ任意の増減速および操舵による未来航行位置よりなる本船行動圏を記憶する熟練知識記憶部7aに格納された熟練知識ベースに基づいて,本船の未来航行位置が,エキスパートシステム5における,法規,ルール等の順守事項に関する法規事項を記憶する法規知識記憶部7bに格納された法規知識ベースに適合する最適な未来航行位置となるように,演算装置4の推論エンジン6bが推論演算を行ない,ステップ35において最適な回避航路計画が作成される。そして,演算装置4はステップ35において作成された最適な回避航路計画に沿って本船が航行するために必要な本船の速力についての更新速力設定値および本船の舵角についての更新舵角設定値を出力信号の形で出力する。演算装置4は,その出力信号を図1に示された表示装置としてのデイスプレイ装置1,速力制御装置2および舵角制御装置3へ送り,ステップ36において,デイスプレイ装置1が更新速力設定値および更新舵角設定値を,他の情報とともに表示画面上に表示する。その後は,ステップ37において,上述のように制御系が手動制御に切り替えられているときには,操船者が,デイスプレイ装置1上に表示された表示事項を見ながら,その指示に従って速力および舵角の制。, 御を行なう また制御系が自動制御に切り替えられているときには演算装置4の上記出力部から出力された更新速力設定値信号が指令入力信号として速力制御装置2へ送られることによって自動的に速力の更新制御が行なわれるとともに,更新舵角設定値信号が指令入力信号として操舵制御装置3へ送られることによって自動的に舵角の更新制御が行なわれる (5頁左欄15行〜右欄9行) 。」乙24の上記記載及び図1,6によれば,舵角情報及び船速情報,, , を取り入れ これらを電気信号として回避航路選択の要否の判定未来航行位置の推論演算,並びに回避航路選択の場合の舵角及び速力の更新値の設定に用いる技術が,平成9年3月11日(乙24の公開日)の時点で公知であったことが認められる。 d 上記aないしcの事実によれば,船舶の舵角情報及び船速情報を取り入れ,これらを電気信号として,舵の操作以外の様々な目的に利用する技術が,本件特許の出願前に周知技術となっていたものと認めるのが相当である。 そして,操舵輪の操作によって生じた舵角情報の電気信号への変換は,通常,操舵輪に取り付けられたポテンショメータによって行われていることは当事者間に争いがなく,上記争いのない事実,並びに,乙15及び弁論の全趣旨によれば,舵角の指令をポテンショメータを介して電気情報として取り入れることは,本件特許の出願前において技術常識であったものということができる。 そうすると,舵角の指令をポテンショメータを介して電気情報として取り入れ,舵の操作以外の目的に利用すること(周知技術3)は,本件特許の出願前に周知技術であったものと認めるのが相当である。 (3) 一致点及び相違点の認定(, 被控訴人主張の本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点 前記第27(1)ウ)は,相違点4(タイミング)の点を除き,当事者間に争いがない。 (4) 相違点についての判断ア 相違点1ないし3について(ア) 相違点1(遠隔操作)周知技術2のとおり,ARTの制御方法に係る技術分野において,バルブを遠隔駆動することは,本件特許の出願前,周知の技術であったから,引用発明の両ウィングの上部を連通させたエアバルブ付きの空気ダクトを遠隔駆動式のバルブ等の手段を介して連通されるものにすることは,当業者が適宜行うことができたことと認められる。 (イ) 相違点2(利用情報)周知技術1のとおり,船体運動学の分野において,船舶が旋回するときの外方傾斜の大きさには,速度の高低及び旋回半径の大小が影響することは,本件特許の出願前,周知であった。このことを前提にすると,引用例1の「急速旋回をする場合,船の傾斜角が大きくなりますのでエアーバルブを閉じて下さい 」には,急速旋回をする場合には,高速で 。 旋回半径が小さいから,船の傾斜角が大きくなるので,エアーバルブを閉じることが実質的に開示されているものと認められる。 したがって,ARTの作動/非作動の判定にあたり,舵角指令情報と船速情報を利用している点において,本件特許発明と引用発明との間に実質的には相違はなく,相違点2に係る本件特許発明の構成のようにすることは,当業者が容易に行うことができたことと認められる。 (ウ) 相違点3(自動化)一般に,人が行っていた作業を自動化することは周知の課題であるから,引用発明において,船が急旋回行動をする場合の動作を自動化しようとすることは,当業者が容易に着想することができたことと認められる。 上記(イ)のとおり,ARTの作動/非作動の判定にあたり,舵角指令情報と船速情報を利用することは,当業者が容易に行うことができたことからすると,ARTの制御の自動化を具体化するにあたって,舵角指令情報と船速情報を取り入れる手段,それらの情報を解読して急旋回,, 行動であるかを判断し バルブを閉じるための制御信号を出力する手段及び制御信号を受けてバルブを実際に駆動する手段が必要であることは当然であるから,このような手段として,情報の取入手段,コントロール部及び開閉機器装置部を設けることは,当業者が容易に行うことができた設計的事項と認められる。 そして,周知技術2及び3並びに引用例2の存在を考慮すると,本件特許発明のように自動化の手段を構成することに格別の困難があったものとも認められない。 よって,引用発明において,ポテンショメ-タ等の手段で必要な舵角指令情報等を自動的に取り入れ,コントロール部においてこれらの内容を解読するとともに制御信号を出力し,舵角指令情報等があらかじめ設定してある条件を満たす場合にバルブを強制的に閉じる制動を自動的に行うようにすることは,当業者が適宜行うことができたことと認められる。 (エ) 控訴人の主張について控訴人は,急旋回による船体の傾斜の増大を防止するためにARTのエアバルブを閉じるという技術を自動化するためには,引用発明と,乙2又は16,乙18又は19,引用例2(乙20 ,乙21又は22な)どに記載された,未だ周知とはいえない多数の公知技術を組み合わせる必要があり,しかもこれらのうち乙2,16,20,21及び22に開示された技術は,ARTとは何ら関係のない技術であるから,上記の組み合わせは,当業者が容易になし得たものではない旨主張する。 a 周知技術1ないし3が本件特許の出願前に周知であったことは,前記(2)イのとおりであるから,これらが周知技術でないことを前提とする控訴人の主張は,その前提を欠くものである。 b 乙2,16は,周知技術1に関するものであって,ARTの制御方法において,当然に考慮されるべき技術的事項が記載されていることは,本件明細書の段落【0027】における船舶の旋回時における傾斜の状況の記載(甲2,3頁6欄39〜49行)が,周知技術1と同旨であることに照らしても,明らかである。 c 引用例2(乙20)には,舵減揺装置における「コンピュータはジャイロコンパスからの船首方位信号,横揺れ角速度センサからの角速,,, 度信号 操舵装置からの応答舵角信号等を入力し 制御演算を行って最適な舵角指令信号を操舵装置に出力する (17頁右欄2〜6行) 」との構成が記載されているところ,当該構成は,確かにARTに関するものではない。 しかし,引用例2は,舵減揺装置のみでなく,ARTを含む,船体動揺軽減のための技術に関する論文を集めた刊行物であることは,その記載から明らかである。そして,舵減揺装置とARTは,いずれも船体動揺軽減のための技術であるから,引用発明において,本件特許発明のように自動化の手段を構成するにあたり,引用例2(乙20)に記載された舵減揺装置についての上記構成を考慮することが,当業者にとって格別困難であったということはできない。 d 乙21,22は,周知技術3に関するものであって,ARTに言及するものではない。しかし,前記(2)イ(ウ)で認定したとおり,舵角の指令をポテンショメータを介して電気情報として取り入れ,舵の操作以外の目的に利用すること(周知技術3)は,本件特許の出願前に周知の技術であるから,これを,引用発明において,本件特許発明のように自動化の手段を構成するにあたり,考慮することが,当業者にとって格別困難であったということはできない。 e したがって,控訴人の主張は採用することができない。 イ 相違点4(タイミング)について(ア) 引用例1には,エアバルブを閉じるタイミングについて具体的に明記されていないから,相違点4は 「本件特許発明では,バルブを閉 ,じる時期は 『舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であっ ,』, て遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に であるのに対し引用例1には,エアバルブを閉じるタイミングが明記されていない点」と認定するのが相当であるところ,引用発明において,急速旋回をする場合にバルブを閉じる目的は,船の傾斜角が大きくなることを防ぐことにあること,引用例1には,急速旋回をする場合には,急旋回の前であれ,旋回中であれ,必要に応じてバルブを閉じることが開示ないしは示唆されているものと解されることは,前記(1)のとおりである。 (イ)a 引用例1(乙4)には,次の記載がある。 「T 減揺水槽原理本水槽は船体の横揺角を減少させることを目的として設けられたもので船体の横揺れに対する水槽の水の移動位相差を利用して減揺効果を得る受動型減揺水槽であります。船体が最も大きく揺れるのは船の固有周期に等しい周期の波を受けて同調動揺を起すときでありこのとき波に対して船体の動揺は90°の位相遅れをもっています。減揺水槽の水の移動周期を船の固有周期に合わせると同調動揺のとき水槽の水は船体動揺に対して90°の位相遅れを生じ,波に対して水槽の水は180°の位相遅れを生じます。 この時波によって生ずる横揺れモーメントと水槽の水によって生じるモーメントは正反対の方向になり,船体に作用する横揺れモーメントが相殺され船体の横揺角が減少します (乙4,1頁2。」〜12行)b 乙26(スタビロエースのパンフレット)には,次の記載がある。 「減揺タンクは,この液体の動く時間とモーメントをうまく利用して横揺れを減少させるものです。 船体が最も大きく揺れるのは,船の固有周期と同じ周期の波を受けて同調動揺を起こすときです。 この時,波に対して船体の動揺は90度の位相遅れをもっています。 減揺タンクの水の移動周期を,船の固有周期に合わせると,タンク内の水は船体の動揺に対して90度の位相遅れを生じ,波に対してタンクの水は,180度の遅れを生ずる事になります。 従って,波に依って船を傾斜させようとするモーメントと,タンクの水のモーメントは正反対の方向になり,船体に作用する横揺れのモーメントを,相殺して船体の横揺れ角度は減少します 」。 (3枚目7〜13行)c 引用例1(乙4 ,乙26の上記記載によれば,引用発明のART )においては,タンク内の液体は船体の動揺に対して90度の位相遅れを生ずるよう設計され,これにより,波によって船を傾斜させようとするモーメントと,タンクの水のモーメントの方向が正反対になるようにしているものであり,また,このことは,受動型のART一般に共通するものであるということができる。 (ウ) 船体運動学の分野において,船舶が旋回するときに,最初に内側に傾斜し,旋回が進むに従って外方に傾斜することが周知であったこと(周知技術1)に加え,引用発明を含め,受動型のARTにおいては,タンク内の液体は船体の動揺に対して90度の位相遅れを生ずるよう設計され,その技術的意義が船を傾斜させようとするモーメントと,タンクの水のモーメントとを相殺することにあることを考慮すると,引用発明において,本件特許発明のように自動化の手段を構成するにあたり,バルブを閉じる時期を 「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜し ,た後であって遠心力により旋回中心外側へ傾斜を起こす前に」と限定することに,格別の困難があったものということはできず,この点は,当業者であれば容易に想到することができたものというべきである。 (エ) 控訴人は,本件特許発明は 「舵圧により船体が旋回中心内側方 ,向へ傾斜した後であって遠心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前に」ARTのバルブを閉じる制動を行うことにより,タンク内の液体を旋回中心内側に移動した状態で停止させ,これによって船体の旋回中心外側への傾斜角を減少させるという顕著な効果 本件明細書の段落 0 (【027】〜【0029 )を奏する旨主張する。 】しかし,前記(イ)のとおり,一般に,受動型のARTにおいては,タンク内の液体は船体の動揺に対して90度の位相遅れを生ずるよう設計されており,船体が旋回中心内側方向に傾斜した後,タンク内の液体が旋回中心内側に片寄った状態になるまでには,時間差があるはずであるから 「舵圧により船体が旋回中心内側方向へ傾斜した後であって遠 ,心力により旋回中心外側方向へ傾斜を起こす前」であっても,必ずタンク内の液体が旋回中心内側に片寄った状態にあるとは限らないのであって,控訴人主張の効果は,本件特許発明の一実施態様の効果にすぎず,本件特許発明全体を通じて奏される効果ということはできない。 (オ) なお,控訴人は,本件訂正審決の判断を引用して,進歩性がある旨主張しているが,相違点4に係る本件特許発明の構成が容易に想到し得たものであることは,上記のとおりであって,本件訂正審決の指摘する点は,上記判断を何ら覆すものとはいえない。 そうすると,相違点4(タイミング)も,本件特許発明の進歩性を基礎づけるものではない。 (5) まとめ以上からすれば,本件特許発明は,引用発明,周知技術1ないし3,引用例2の記載事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということができる。 したがって,本件特許は,進歩性欠如(特許法29条2項)の理由で特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項。)2結論以上によれば,控訴人のその余の主張について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する本訴請求を棄却すべきものとした原判決は相当であって,控訴人の本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
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佐藤久夫裁判長裁判官嶋末和秀裁判官沖中康人裁判官(別紙)物件目録別紙物件説明書及び別紙第1図ないし第3図記載の構成から成る船舶の動揺軽減装置(別紙)物件説明書1別紙図面の説明第1図は,本件動揺軽減装置の概略図である。 第2図は,本件動揺軽減装置に用いられるエアバルブの模式図である。 第3図は,本件動揺軽減装置が船舶に搭載された状態の模式図である。 2符号の説明1動揺軽減装置2本体部3コントロール部4a,4bウイングタンク5液体通路6空気ダクト7エアバルブ8液体9船速検出装置10舵角指令装置(オートパイロット)10A操舵スタンド10B操舵機制御装置11バルブ12電磁弁13ポテンショメータ(ポテンショメータは第1図に図示されていない)。 14横揺れ角検出装置15操舵装置3物件の構成(1)動揺軽減装置1は,本体部2及びコントロール部3から成る。 (2)本体部2は,2つのウイングタンク(減揺タンク)4a及び4b,液体通路5,空気ダクト6並びに空気ダクトに設けられたエアバルブ7を備える。 ウイングタンク4a及び4bは,その底部において,液体通路5を介して連通可能とされており,動揺軽減装置1の使用時には液体8が充填されている。 また,ウイングタンク4a及び4bは,その上部において,空気ダクト6を介して連通可能とされており,同空気ダクト6は,エアバルブ7によって開閉可能とされている。 (3)コントロール部3は,船速検出装置9からの船速信号と,舵角指令装置10からの情報を検知するポテンショメータ13からの舵角指令信号と,横揺れ角検出装置14からの横揺れ角信号とを取り入れる機能を備えており,コントロール部3は,エアバルブ7に対してその開閉を制御するための制御信号を送信することが可能である。 (4)エアバルブ7は,バルブ11及びこのバルブをシリンダを駆動することにより開閉する電磁弁12を備える。 (別紙第1図ないし第3図省略) |