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関連審決 無効2003-35433
関連ワード 自然法則 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  寄せ集め /  公知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  特許出願日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  変更 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 314号 審決取消請求事件
原告 直本工業株式会社
訴訟代理人弁護士 松本司,山形康郎
被告 日清フーズ株式会社
訴訟代理人弁護士 大場正成,尾崎英男,嶋末和秀,飯塚暁夫,弁理士 高野登志雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2003-35433号事件について平成16年6月7日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,被告を特許権者とする後記本件特許について,無効審判の請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:日清フーズ株式会社(被告。なお,出願人及び当初の特許権者は日清製粉株式会社。その後,登録名義人の表示が株式会社日清製粉グループ本社に変更された上,同社から被告に特許権が移転され,平成13年9月12日に移転の登録がされた。乙12) 発明の名称:「冷凍麺類の解凍・加熱処理方法」 特許出願日:昭和63年1月14日(特願昭63-6281号) 設定登録日:平成10年8月28日 特許番号:特許2138015号 (2) 本件手続 審判請求日:平成15年10月17日(無効2003-35433号) 審決日:平成16年6月7日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成16年6月16日(原告に対し) 2 本件発明の要旨(請求項は1つ。) 【請求項1】冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめることを特徴とする冷凍麺類の解凍・加熱処理方法。
3 審決の理由の要点(審決取消事由の対象とされていない部分は省略する。) (1) 原告(審判請求人)が無効を主張するために援用した証拠として,次のものがある。
・米国特許4,617,908号明細書(審判甲1,本訴甲3。以下「甲3」といい,これに記載された発明を「甲3発明」という。)・米国特許4,011,805号明細書(審判甲2,本訴甲4。同様に「甲4」,「甲4発明」という。)・「THE EFFECTS OF THAWING AND HEATING METHODS ON SELECTED PARAMETERS OF PALATABILITY, WHOLESOMENESS, AND NUTRITIVE VALUE OF FROZEN PREPARED FOODS」(1971年発行)(審判甲3,本訴甲5。同様に「甲5」,「甲5発明」という。
・特開昭60-94066号公報(審判甲4,本訴甲6。同様に「甲6」,「甲6発明」という。) (2) 審決は,原告(請求人)の無効の主張の1つにつき,次のように排斥した(以下,書証については,本訴における書証番号に書き換えた上で引用する。)。
「請求人は,審判請求書において,『甲3には,『食品に水蒸気を噴射接触する』ことが記載され,甲4〜5に,『水蒸気温度を101〜125℃とする』ことが記載され,甲5〜6には,『冷凍麺を水蒸気により解凍・加熱処理』することが記載されているから,本件発明は甲3〜6発明を寄せ集めることにより,当業者が容易になし得る』旨主張している。
しかしながら,甲3発明は,食品に水蒸気を噴射接触するものではあるが,食品の主要部分を過熱せずに,食品の飾り付け部分に上から蒸気を当てることにより食品の上のチーズやトッピングを溶解するものであり,冷凍麺はもとより冷凍食品の解凍技術に関するものではなく,冷凍麺に適用することを示唆する記載もないから,冷凍麺解凍技術に,甲3記載の水蒸気噴射接触技術を適用する動機付けがなく,そして,冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめることにより,短時間で解凍・加熱が可能であるだけでなく,冷凍前のα化された弾力性のある食感を有する茹麺を再現できるという効果は,当業者の予測できないものであるから,請求人の主張は採用できない。」 (3) 審決は,原告(請求人)の無効の主張の1つにつき,次のように排斥した。
(a)「甲6発明は,水蒸気により,麺類等の冷凍食品を短時間で解凍調理するものであるが,『蒸気発生装置にて発生した蒸気を吸引装置にて吸引して容器内の調理済み食品の空隙内を強制的に貫流させるようにして,食品を加熱,解凍処理したので』との記載から明らかなように,蒸気を一旦発生せしめた後,当該発生した蒸気を吸引することにより,冷凍食品に接触せしめるものである。
ここで,『噴射』とは,『勢いよく吹き出させること』(三省堂「大辞林第二版」)『ふきでること,ふきだすこと』(岩波書店「広辞苑第五版」)であるから,蒸気を『空隙内を強制的に貫流させる』ことが,水蒸気を冷凍食品に噴射接触せしめることとはいえない。
しかも,甲6には使用する蒸気の温度については何ら触れられるところがないが,第1図に示されるタンク21の構造からみると,蒸気は温度が100℃程度の所謂セイロによる蒸気と同様なものと解される。(これらのことは,乙9によっても,見て取れる。) そこで,本件発明と,甲6発明とを比較すると,両者は,冷凍麺類に水蒸気を接触する点で一致するが,前者が,温度101〜125℃の水蒸気を冷凍麺に噴射接触せしめているのに対して,後者が,吸引による負圧により100℃程度の水蒸気を接触させている点で,両者は明らかに相違する。
甲6発明は,吸引による負圧により100℃程度の水蒸気を冷凍麺に接触させて,短時間で解凍・加熱するものであり,温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめて,冷凍前のα化された弾力性のある食感を有する茹麺を再現することを示唆する記載はない。
そして,本件発明は,冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめることにより,短時間で解凍・加熱が可能であるだけでなく,冷凍前のα化された弾力性のある食感を有する茹麺を再現できるという格別の効果を奏するものである。」 (b)「請求人は,平成16年5月7日付意見書において,甲12の試験報告書によれば,冷凍麺に対して相当強い蒸気流が発生している旨,主張しているが,この蒸気流が直ちに本件発明の『噴射接触』に相当するものと認めることもできない。
すると,本件発明と,甲6発明は,冷凍麺類に水蒸気を接触する点で一致するが,前者が,温度101〜125℃の水蒸気を冷凍麺に噴射接触せしめているのに対して,後者が,吸引による負圧により100℃程度の水蒸気を接触させている点で,両者が相違するという認定に誤りはない。
そして,甲12の試験報告書を斟酌したとしても,上記したとおり甲6発明は,水蒸気温度は97.6℃〜99.4℃であり,冷凍うどんを解凍して喫食に問題がないことを示すだけであり,冷凍前のα化された弾力性のある食感を有する茹麺を再現できることを示唆するものではないから,甲6及び甲3〜5から,冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触させることにより,冷凍前のα化された弾力性のある食感を有する茹麺を再現できることは導き出せるとはいえない。」 (4) 審決は,原告(請求人)の主張及び証拠方法によっては,本件発明の特許を無効とすることができないと結論付けた。
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(甲3発明と甲4発明及び甲5発明の組合せによる進歩性欠如に対する判断(前記第2,3(2))の誤り) (1)(a) 甲3発明の明細書(訳文2頁13〜22行及び3頁2〜6行)には,水蒸気を食品に噴射接触させることは,食品を再加熱すると同時に水分を取り戻して,自然な食欲をそそる食品の外観,食感,味を元に戻すことに役立つこと,しかし,「ファーストフード」の用途上は食品の上に置かれたトッピングや飾り付けを溶かすことが望まれているから,甲3発明もその目的に沿うように構成したと説明しているから,審決認定のように,甲3発明は,食品の主要部分(本件発明では麺類)の加熱を排斥した(動機付けがない)ものではなく,目的を用途上要求されているトッピングや飾り付けを溶かすことに限定したにすぎない。
(b) 甲4発明には,水蒸気の温度は111.11〜115.55℃と,また,甲5発明の水蒸気温度は110℃とされ,いずれも本件発明の水蒸気温度の範囲内の温度が開示されている。
(c) 本件発明の効果の説明に使用されている「α化」とは,澱粉が加熱により糊化した状態をいうのであって,加熱前のいわゆる「なま」の状態との対比で用いられる用語で,通常,喫食可能な状態とは,それらの食品が「α化」された状態にあることを意味する(甲9の3頁A6,甲10の2行)。本件公報にも「このα化は好適な可食状態になるように行えばよく」(甲2の第3欄7行)と説明されているだけの効果で,加熱すれば達成される効果で審決の認定しているような本件発明に特有の効果ではない。
(d) よって,甲3発明の水蒸気温度につき,甲4,5の水蒸気温度を適用することは,当業者には容易に想到でき,かつ,その効果は,甲3の従来技術で説明されているように,本件発明と同様の効果を奏するのであるから,審決は進歩性の判断を誤ったものである。
(2) 被告の主張に対する反論 (a) 被告は,乙1ないし3の文献から,蒸気を噴射状態のまま直接麺線に当てることは好ましくないとの認識が当業者の認識であった旨主張するが,乙1及び乙2の文献は,冷凍麺類を含む食品の解凍に水蒸気を利用することを前提にし,その利用に際しての注意,改善策を解説する趣旨の文献であるから,逆に水蒸気を冷凍麺類の解凍に用いることを示唆する文献といえる。乙3は,蒸し処理(セイロのような水蒸気を対流接触させる処理)の場合は「短時間」での処理が不可能であるとの問題点を指摘しているから,甲3及び甲6の発明のように短時間の処理が可能な「噴射接触」の方法を冷凍麺類に適用する方がよいことを示唆するものであって,甲3の方法を冷凍麺類に適用することを排斥するものではない。なお,甲6は,短時間の解凍処理を可能とする発明であることを説明している(甲6の5頁左上欄2〜9行)。
(b) 被告は,噴射する水蒸気を噴射状態のまま直接「麺線」に当てることは過熱蒸気,また蒸気の中に含まれるドレンが降り注ぐことによる悪影響が生じるという当業者認識から,甲3発明から一般的な冷凍食品の解凍という技術的発想すら生じ得ないと主張するが,水蒸気による冷凍麺類の「解凍」といっても,水蒸気によって加熱することにすぎない。また,甲3の装置及び本件発明の実施例で使用している装置は「過熱水蒸気」を利用する装置であるが,過熱水蒸気は「飽和水蒸気」とは異なり,水滴は含まれておらず,また,「温度が下がっても凝縮しない,つまり復水しにくい」水蒸気である(甲11の42頁下から12〜11行,52頁14〜17行及び53頁(1)(2))から,甲3発明の装置を用いた方法は,乙1及び乙2で指摘されている水蒸気の問題が生じない方法であって,むしろ,甲3発明を冷凍麺類の解凍に用いることを示唆する文献といえる。
なお,甲6発明でも凝縮水の問題を意識している(4頁左上欄5〜9行)が,「本発明は,以上のように蒸気発生装置にて発生した蒸気を吸引装置にて吸引して容器内の調理済食品の空隙内を強制的に貫流させるようにして,食品を加熱,解凍処理したので,冷凍食品が極めて短時間で解凍調理できるようになり,クイックサービスが可能になり,また瞬間的に必要な熱量が継続的に得られるため,コンパクトな設備で大量処理が可能となる。」(5頁左上欄2〜9行)との効果が得られるとしている。
(c) 被告は,甲4発明及び甲5発明から,水蒸気を冷凍麺類に噴射接触せしめることの示唆はない旨主張するが,本件発明の「噴射接触」せしめる構成と対応させるために甲4及び甲5を提出しているのではない。また,本件発明の水蒸気温度「101〜125℃」は臨界的意義のある温度ではないから,甲3又は甲6の噴射接触と,甲4及び甲5の水蒸気温度とを組み合わせるに阻害事由はなく,当業者が容易に想到する。
2 取消事由2(甲6発明との組合せの主張に対する判断(前記第2,3(3))の誤り) (1) 一部は,取消事由1でも主張したとおりであるが,さらに次を主張する。
(a) 水蒸気の冷凍麺類への接触態様である「噴射接触」と甲6発明の「吸引による接触」とは,「噴射」と「吸引」とが日本語の表現において異なるとしても,技術的には水蒸気を勢いよく衝突させるという意味で全く同じである。
甲6の5頁左上欄2〜9行中には「蒸気を強制的に吸引して食品Fの空隙を貫流させる」趣旨の説明があるが,本件公報の「麺塊中にある程度空隙を有するようにすることが好ましい。」(第3欄8〜9行)との記載と同義であり,甲6発明でも水蒸気を噴射接触させている。
(b) 甲6の1頁右欄2〜5行,2頁左上欄7〜10行,3頁右下欄1〜4行,4頁右下欄2〜7行及び5頁左欄2〜9行の記載と,本件発明の明細書の第3欄8〜15行及び第4欄17〜19行の記載は,いずれも,水蒸気を冷凍麺類(甲6では冷凍した焼そば)に勢いよく衝突させ,その空隙を貫通させることによって,短時間での解凍調理を目的とするものであり,かつ,その解凍・加熱結果である冷凍麺類の昇温も,「70〜80℃」と「約75℃」と共通しているのである。
そしてその効果も,澱粉のα化は60〜65℃以上の熱で起こるとの知見をも合わせれば,両者は同一の結果を得ていると考えざるを得ないものである。
審決は,本件発明は「冷凍前のα化された弾力性のある食感を有する茹麺を再現できるという格別の効果を奏するものである。」と判断するが,本件発明の効果がそのような効果であるなら,甲6発明も同様の効果を奏している。
(c) 本件発明の水蒸気の温度は「101〜125℃」であるのに対して,甲6発明の水蒸気の温度は100℃程度であるが,上記のように甲3発明及び甲4発明には,本件発明の水蒸気の温度範囲の温度の水蒸気による冷凍食品の解凍が記載されていたのであるから,甲3〜6を結合すれば,本件発明は,当業者には容易に想到できる発明である。さらに,自然法則からいうと,解凍の結果に影響するのは,温度より,熱交換される当該水蒸気の保有熱量の方が重要なことからすれば,上記の温度差は重視されるべきではない。そして,本件発明の水蒸気の温度「101〜125℃」は,臨界的意義を有する温度範囲ではなく,当業者が通常なすところの単なる温度の最適化にすぎない。
(2) 被告の主張に対する反論 (a) 被告は,甲6発明が実施不能の発明であると主張するが,甲6の2頁左上欄7〜10行,2頁左上欄下から4行〜右上欄1行及び2頁左下欄7〜13行の説明からすれば,被告の主張が誤っていることは明白である。
被告の乙9の実験は,甲6の誤記を奇貨として,「2kg/hr」のわずかな蒸気発生と不適切な圧力計により測定した実験であって,原告の甲7及び甲12の実験では,甲6の実施例2に記載された結果が得られている。
そもそも,公知の発明とは技術的思想であるから,実施例の記載等に若干不備があったとしても,このことを理由に公知技術たり得ないというものではない。
(b) 被告は,甲6には「冷凍スパゲティ」の例示はない旨主張するが,冷凍飯としての「ピラフ」と「おこわ」とをひとまとめにし,また,冷凍麺としての「焼そば」と「スパゲティ」とをひとまとめにした記載であるから,「スパゲティ」は冷凍された「スパゲティ」を意味する。
このことは,甲6の従来技術の問題(2頁左上欄7〜10行),発明の目的(2頁左上欄下から4行〜右上欄1行),実施例の説明(4頁左下欄10行,同頁右下欄2〜3行及び同頁同欄8〜9行)及び5頁左欄2〜9行の記載から明白である。
被告の主張の要点
1 本件発明について 水蒸気は,冷凍麺類の解凍には不向きとされていたのが,本件出願当時の技術認識ないし常識であった(乙1ないし3)。
本件発明は,このような従来の技術認識ないし常識を覆す新知見に基づいてなされたものである。
すなわち,本件発明は,101〜125℃という特定温度範囲の水蒸気を冷凍麺類に噴射接触,換言すればセイロや対流等による単なる水蒸気接触ではなく,冷凍麺類に直接衝突せしめて水蒸気を接触させることを最大の骨子とし,これにより水分勾配(麺の外側の水分が高く,麺の中心部の水分が低い状態)を維持した冷凍麺類を当該水分勾配を維持した状態で解凍することができる結果,弾力性のある食感を有する茹麺を再現することができるのである。
2 甲3ないし甲6について (1) 甲3発明は,食品の上のチーズやトッピングの溶解を目的とする発明であって,そこには冷凍麺類の解凍という課題は全く存在しないのみならず,「溶解」は本件発明の目的に反するものである。
したがって,甲3から冷凍麺類の解凍はもとより,そもそも一般的な冷凍食品の解凍という技術的発想すら生じる余地はない。
(2) 甲4発明は,対流式スチーマーに関する発明で,水蒸気を加熱又は調理する食品に直接当てないことを前提とするものである。すなわち,甲4は水蒸気を食品に直接噴射接触することを明らかに否定する技術思想に立脚している。
したがって,甲4からそもそも水蒸気を冷凍麺類に噴射接触せしめる発想は全く生じる余地がない。
(3) 甲5発明は,食品をアルミニウム容器に収納し,かつ,アルミニウムの蓋でパックした状態で加熱するものであり,水蒸気が食品に直接接触することすらあり得ない。すなわち,甲5は,水蒸気を食品に直接接触することすら明らかに否定する技術思想に立脚している。
したがって,甲5からそもそも水蒸気を冷凍麺類に噴射接触せしめる発想は全く生じる余地がない。
(4) 甲6発明は,ブロワーで吸引することによって初めて水蒸気を対象物に接触せしめるもので,水蒸気が噴射接触しないことを当然の前提としている(事実蒸気発生装置2内と容器1内は等圧状態であり,蒸気の噴射は生じ得ない。)。しかも,甲6発明は,吸引するがゆえに,蒸気の温度は100℃より低くなる結果,噴射接触のように,麺の水分勾配は維持されず,弾力性のある食感を再現することはできない。すなわち,甲6は,噴射接触とは作用効果を明らかに異にする全く別異の技術手段である吸引接触という技術思想に立脚しており,むしろ水蒸気を直接噴射接触することは,これを明らかに否定しているものである。
したがって,甲6からそもそも水蒸気を冷凍麺類に噴射接触せしめる発想は全く生じる余地がない。
3 原告主張の取消事由1及び2について (1) 原告が主張する取消事由1と2の異同は判然としない。
しかしながら,いずれにせよ,甲3ないし甲6には,解凍ムラがなく,冷凍前のα化された麺の食感の再現という本件発明の課題と,「冷凍麺類」に,「101〜125℃」という特定範囲の温度の「水蒸気」を,「噴射接触」せしめることによって当該課題を解決するという本件発明の解決手段が何ら記載されておらず,甲3ないし甲6のいずれからも「冷凍麺類に水蒸気を噴射接触」せしめるという技術的発想が生じ得ない以上,甲3発明ないし甲6発明を組み合わせても,当業者が本件発明を容易に想到し得なかったことは極めて明らかである。
(2) したがって,審決の認定には何ら誤りはなく,維持されるべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(甲3発明と甲4発明及び甲5発明の組合せによる進歩性欠如に対する判断(前記第2,3(2))の誤り)について (1) 原告は,前記第3,1(1)(a)のように主張する。
そこで,甲3発明について検討するに,甲3(訳文による)には,「発明の分野…本発明は,給仕前に溶かすか,あるいは柔らかくすることが望ましいトッピングや飾り付け,たとえばナチョのチーズトッピングなどを含む食品に関連して使用する上部放出型スチーマーである。」,「従来技術の説明…多くの「ファーストフード」の用途では,給仕前に,食品の主要部分を過熱することなく,上から食品に蒸気を当ててトッピングや飾り付けを溶かすことが望ましい。」,「発明の要約…本発明の目的は,…食品の主要部分を過熱せずに,食品の飾り付け部分に上から蒸気を当てることができる,上部放出型蒸気加熱機器を提供することである。」,「発明の詳細な説明…本発明の上部放出型スチーマーは,飾り付けが上にかかった食品を,過熱又は焦がすことなく,チーズなどのトッピングや飾り付けを有する食品を溶かす,又は加熱するのに特に効果的であることが見いだされている。」との記載がある。
このように,甲3発明は,あくまで,食品の主要部分(principal food item)を過熱することなく(without overheating)トッピングや飾り付け(topping or garnish)を溶かす(melt)という課題を解決するために,上部放出型蒸気加熱機器(top-firing steam heating apparatus)を提供するという目的でなされた発明であって,甲3には,本件発明の処理対象である冷凍麺類を対象とした解凍に関する記載はなく,これと結びつける示唆があるということもできない。
また,本件発明が採用する蒸気温度の上限及び下限の意味は,「温度が101℃未満のものは常圧の飽和水蒸気状態であり,所謂セイロによる蒸気と同様なものであつて,解凍調理に時間がかかり効率が悪く,得られる麺の食感も弾力性が低下してやわらかくなりすぎて,好ましいものが得られない。一方温度が125℃を超えると高圧状態の蒸気となり,冷凍表面での熱交換される効率が低下すると共に麺の表面が乾き易くなり好ましくない。」(甲2,第3欄11〜18行)と説明されているように,短時間で冷凍前の麺類の食感をそのままに近い状態で再現することを可能とするという効果に寄与するものである。しかし,甲3には,このような温度特定に関する記載はなく,ましてや,水蒸気の温度,特に101〜125℃の水蒸気を冷凍麺類の解凍に使用する点の記載はなく,これを示唆する記載もない。
なお,乙1及び乙2には,食品加工技術としての蒸気の利用に関する記載があるにすぎず,「解凍」に際しての注意や改善策が記載されているわけではないのであって,これらが「甲3発明を冷凍麺類の解凍に用いることを示唆する」文献であるということはできない。
(2) 原告は,前記第3,1(1)(b)のように主張する。
検討するに,本件発明が採用する蒸気温度の技術的意味は,前認定のとおりであり,甲3において,水蒸気の温度設定についての記載がないことも前認定のとおりである。
確かに,甲4において,「232〜240°Fの範囲の…加熱された蒸気が得られる」(原告による摂氏表示への換算によれば,「111.11〜115.55℃」。),甲5において,「スチーマー内の温度は約110℃」との各記載がある。しかしながら,甲4発明は,対流式スチーマーに関する発明であり,水蒸気が「加熱又は調理する食品に直接当たることはない」ことを前提とする技術であるから,本件発明のように水蒸気を冷凍麺類に直接噴射接触させる方法に適用する温度を示唆するものとはいえない。また,甲5発明は,特にα化された麺類の再現を図るものではない。
そして,甲3において,水分の多くが失われる傾向にある調理済みの食品を蒸気で加熱すると水分が取り戻せ,自然な食欲をそそる食品の外観,食感,味を元に戻すのに役立つ旨の記載があるとしても,101〜125℃の水蒸気を冷凍麺類に直接噴射接触することにより,前判示の本件発明の効果のうち,特に「冷凍前の麺類の食感をそのままに近い状態で再現すること」を可能にするのに好適な温度として効果があることを予測することが可能であるとはいえない。よって,甲3の噴射接触と,甲4及び甲5の水蒸気温度とを組み合わせるに阻害事由はないとの原告の主張は,採用し得ない(なお,原告が甲6発明について言及する点は,取消事由2に関するものであるから,後に検討する。)。
(3) 原告は,前記第3,1(1)(c)のように主張する。
しかし,本件発明がα化に関して解決しようとする課題は,麺類のα化処理自体に関する事項ではなく,冷凍前に既にα化された麺類の食感をそのままに近い状態で再現することにあるから(甲2),冷凍前の処理であるα化自体が60〜65℃以上に加熱すれば達成されることを考慮して,本件発明の効果も加熱すれば達成されるものにすぎないということはできない。
(4) 以上によれば,「甲3発明の水蒸気温度につき,甲4,5の水蒸気温度を適用することは,当業者には容易に想到でき,かつ,その効果は本件発明と同様の効果を奏する」とはいえないのであって,前記第3,1(2)の反論としての主張をも考慮しつつ検討しても,原告主張の取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(甲6発明との組合せの主張に対する判断(前記第2,3(3))の誤り)について 原告は,前記第3,2において種々の観点から主張するが,相互に関連する争点であるので,これらを一括して検討する。
(1)(1-1) 甲6には,次のような記載がある。
「本発明方法の一実施例を説明すると,熱源28にてタンク21内の被加熱水Hを加熱して蒸気を発生せしめる。一方覆い板16,17あるいは袋18を容器1から脱して,容器1の下部口縁12に蒸気吸引用接続具4を気密に保持し,又上部口縁11に蒸気導入用接続具3を気密に当接する。そして,弁33を開いてタンク21から,蒸気導入管29を介して容器1内に蒸気を導入できるようにしておき,一方吸引装置5を作動させると,タンク21内が負圧となり,蒸気が強制的に吸引されて,容器1内の食品Fの空隙を貫流して,小孔14より吸気管44を経て吸引装置5にて排気される。…以上のように,蒸気,空気等の加熱媒体を吸引により被加熱物の空隙に強制的に貫流せしめて,熱伝達率をあげることにより,被加熱物の全体を迅速かつ均一に昇温せしめることができる。また,…蒸気が出尽くした後はタンク21内は減圧状態となる。そこで弁24を開くと,空気導入管22から外気が導入され,小孔23から熱湯中に噴出し,熱湯と熱交換して加熱されると共にその温度での飽和蒸気となって蒸気導入管29より容器1に吸引される。…低下した熱湯は熱源28の継続的加熱により短時間のうちに蒸気発生温度まで回復する。このような蒸気発生機2は複数組み合わせて切り換えて使用することにより,比較的小さな加熱源で長時間必須熱量を得ることができる。」(3頁右上欄末行〜4頁左上欄4行) (1-2) 上記記載によれば,甲6に記載された蒸気発生装置2において発生する蒸気には,@タンク21内で発生した蒸気がタンク21から出尽くすまでの間に吸引されて容器1側へ導入され利用される蒸気,Aタンク21内から蒸気が出尽くした後,タンク21内へ外気を導入した際にその温度で発生し,容器1側へ吸引され利用される飽和蒸気,及び,B温度回復した熱湯から発生する蒸気の3種類があることが認められる。そして,吸引装置の作動後は,タンク21内では,上記@の蒸気が発生し続けているにもかかわらず,吸引によりタンク21内は負圧となり,熱湯を残したまま@の蒸気が出尽くすまでに至ること,単位時間当たりの蒸気発生量が@の蒸気よりもA及びBの蒸気が勝ることなどをうかがわせるような事情が認められないので,@の蒸気とA及びBの蒸気との別なく,単位時間当たりの蒸気発生量よりも吸引量の方が大きく,吸引の勢いが勝っているものと推認される。
そして,タンク21内が負圧であることにかんがみれば,蒸気の温度は,100℃未満であるものと認められる(甲7及び乙10によれば,原告の設計部長も,「蒸気発生装置内は負圧(大気圧より低圧)ですので,発生した飽和水蒸気の温度は100℃未満になります。」と繰り返し陳述している。)。なお,@の蒸気が出尽くしたタンク21内で,外気の導入により発生する飽和蒸気は,外気導入初期には熱湯の温度低下を伴いつつ発生する100℃未満の飽和蒸気であり,その後に加熱源からのエネルギー供給により熱湯温度が上昇する場合であっても,吸引の勢いが勝っているから減圧ないし負圧状態であることに変わりはなく,A及びBの飽和蒸気の温度もまた100℃未満であると推認される。
(2) ここで,「噴射」の点について検討するに,本件発明の構成要件となっている「噴射」の語義は,「筒口から流体をある方向に向けて噴出させること」つまり「ふきださせる」ということを意味するものである(広辞苑第5版)。そして,上記認定によれば,甲6発明においても,吸引という手段により圧力差を生じさせることによってではあるが,蒸気導入管29の容器1側の筒口から容器1内に蒸気を噴き出させることになるものと解する余地がある。したがって,審決がしたように,「吸引」,「噴射」という用語のみから直ちに結論を導くことは相当でないというべきである(なお,乙9によっても上記認定を覆すには足りず,また,願書に添付される図面の性質にかんがみれば,たとえ甲6の第1図に描かれた蒸気の様子が湯気のように見えないではないとしても,これを根拠として直ちに,甲6発明における蒸気の導入が「噴射」に該当しないものと認めることはできない。)。
(3) しかしながら,本件発明と甲6発明を比べれば,次の点を指摘し得る。
本件発明は,冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触させるものであり(甲2。請求項1),「本発明でいう温度101〜125℃の水蒸気は絶対圧力が1.1〜2.0kg/cm2程度のもの」(甲2,第3欄19〜20行)であると認められる。そして,技術常識に照らせば,本件発明における上記の蒸気は,100℃を超えた「過熱蒸気」であり(甲11,乙2,10),大気圧より高圧であると認められる。
一方,甲6発明は,前記のとおり,吸引手段を採用することから,蒸気発生装置内が負圧(大気圧より低圧)であることが明らかであり,甲6発明の蒸気温度は,甲6に具体的な記載はないものの,前認定のとおり,100℃未満であることが認められる。したがって,甲6の蒸気の流れが本件発明における「噴射」の概念に該当するか否かの点をおくとしても,甲6発明においては,本件発明の「温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめること」は,実現されていないことは明らかである。
そして,甲6発明は,上記のとおり,吸引手段を採用していることから,蒸気発生装置内が負圧(大気圧より低圧)であることは明らかであるから,たとえ,甲4発明,甲5発明の温度の記載を参照したとしても,甲6発明において,温度101〜125℃の水蒸気を発生させることはあり得ないというほかない。ましてや,甲4発明及び甲5発明については前記1で認定したところであって,このような甲4発明や甲5発明を甲6発明と組み合わせて,冷凍麺類の解凍・加熱処理に適した水蒸気として,101〜125℃の温度,絶対圧力で1.1〜2.0kg/cm2程度(大気圧より高圧)の水蒸気を用いることを容易に想到し得たものであるということはできない。また,甲3発明についても,前記1で認定したとおりであるところ,吸引により100℃未満の負圧蒸気を適用する甲6発明とは,別異の技術であると認められる上,本件発明は100℃超の過熱蒸気を噴射するものであるから,甲6発明と甲3発明を組み合わせて,本件発明を推考することは容易ではないといわざるを得ない。
(4) 効果の点をみても,本件発明は,上記のような蒸気を冷凍麺類に噴射接触させることにより,通常1食分当たり約250gの冷凍麺類が約40〜60秒という短時間で解凍・加熱が可能であり,解凍ムラがなく冷凍前のα化された麺の食感がそのままに近い状態で再現可能である,という明細書記載のような格別の効果をもたらすものである。
原告は,甲6発明の解凍・加熱結果である冷凍麺類の昇温も,「70〜80℃」と本件発明の実施例の「約75℃」と共通していると主張するが,前者である甲6発明の対象中,70〜80℃の昇温を確認できた実施例の麺類は焼きそばであるのに対し,後者である本件発明の実施例の対象はスパゲティであるから,直接の比較ができるものではない。
また,原告は,澱粉のα化が60〜65℃以上の熱で起こるとの知見をも併せれば,両者は同一の効果を得ていると考えざるを得ないとも主張するが,α化に関しては,前記のとおり,本件発明が解決しようとする課題は,麺類のα化を実現すること自体に関するものではなく,冷凍前に既にα化処理がされた麺類の食感をそのままに近い状態で再現することであるから,原告の主張は当たらない。
(5) 以上によれば,甲6発明と甲3発明,甲4発明及び甲5発明とを結合することによっても,当業者が本件発明を容易に想到し得たものであるということはできない(前記のとおり,「噴射」そのものについての審決の認定判断に疑問の余地があるとしても,本件発明の容易想到性を否定した審決の結論に影響を及ぼすものではなく,審決の結論は是認し得るものである。)。
3 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利
裁判官 高野輝久