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関連審決 無効2002-35537
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成18行ケ10487審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 改良発明 /  物の発明 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  外国語書面 /  翻訳文 /  優先権 /  国内優先権 /  分割出願 /  実質的に同一 /  原出願日 /  優先日 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10296号 審決取消請求事件
原告 ユナキス・バルツェルス・アクチェンゲゼルシャフト,,,,,, 訴訟代理人弁理士 深見久郎 森田俊雄 仲村義平 野田久登 岡始 竹内耕三 堀井豊,酒井將行
被告 三菱マテリアル神戸ツールズ株式会社
訴訟代理人弁理士 植木久一,菅河忠志
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/03/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2002−35537号事件について平成15年11月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文同旨の判決。
事案の概要
本件は,原告が,被告の有する本件特許について無効審判請求をしたところ,審,。 判請求は成り立たないとの審決がされたため 同審決の取消しを求めた事案である1 特許庁における手続の経緯(1) 本件特許(甲2)特許権者:被告(神鋼コベルコツール株式会社は被告の商号変更前の名称)発明の名称: 耐摩耗性皮膜被覆部材」 「出願日:平成7年11月24日(特願平7-306213号)原出願:特願昭63-278324号(出願日:昭和63年11月2日)の分割第1優先日:昭和63年3月24日(特願昭63-70956号,以下「第1基礎出願」という )。
第2優先日:昭和63年10月7日(特願昭63-253980号,以下「第2基礎出願」という )。
設定登録日:平成9年5月2日特許登録番号:第2644710号(2) 本件手続審判請求日:平成14年12月20日(無効2002-35537号)審決日:平成15年11月25日審決の結論: 本件審判の請求は,成り立たない 」 「。
審決謄本送達日:平成15年12月5日(原告に対し)2 本件発明の要旨(請求項は一つ。なお,以下,本件発明に係る明細書及び図面(甲2)を「本件明細書等」という )。
【請求項1】 基材表面に,(Al Ti )( N C )X 1-X y 1-y但し 0.56≦x≦0.750.6≦y≦1で示される化学組成からなり,かつ,NaCl型の結晶構造を有する厚さ0.8-10μmの耐高温酸化性に優れた高硬度耐摩耗性皮膜が形成されたものであることを特徴とする耐摩耗性皮膜被覆部材。
3 第1基礎出願に係る発明の要旨(以下,第1基礎出願発明に係る明細書及び図面(甲4)を「第1基礎出願の明細書等」という )。
基材表面に,耐摩耗性皮膜を形成するに当たり,(Ti Al )( N C )X 1-X y 1-y但し 0.35≦x≦0.80.4 ≦y≦1で示される化学組成からなる耐摩耗性皮膜を,蒸発源としてカソードを用いるアーク放電方式によって形成することを特徴とする耐摩耗性皮膜形成方法。
(なお,上記TiとAlの化学組成を本件発明に合わせて表記すると,以下のとおりとなる。
(Al Ti )( N C )X 1-X y 1-y但し 0.2≦x≦0.650.4≦y≦1 )4 審決の理由の要点(甲1)審決は,本件特許は,第1基礎出願のなされた昭和63年3月24日を優先日として優先権を主張することができるのであり,第1基礎出願日より後に頒布された審判甲1・本訴甲3(以下「本件刊行物」という )に記載された発明(以下「本 。
」。), , 件刊行物発明 という は 第1基礎出願に係る発明に内包されるのであるから本件刊行物に基づき本件発明の新規性ないし進歩性が否定されることはなく,本件特許を無効とすることはできないとした。
(1) 請求人の主張と証拠方法ア主張「本件発明の特許性は第1優先日を基準として判断できないから,本件発明は,第2優先日前に頒布された本件刊行物に記載された発明であるか,少なくとも同刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条1項3号ないし同法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件発明に係る特許は同法123条1項2号の規定により無効とされるべきである 」。
イ 証拠方法@ 審判甲1(本訴甲3,本件刊行物 : Deposition and characterization of ternary n )「itrides」J. Vac. Scl. A6(3),May/Jun 1988,pp.2136-2139A 審判甲2: Application of a Thermochemical Data Bank System to the Calculatio n 「of Metastable Phase Formation During PVD of Carbide,Nitride ,and Boride C oatings」High Temperature Science, Vol.27,pp.295-309B 審判甲3:特許庁編 (社)発明協会「特許・実用新案審査基準」II部2章1-4頁 ,C 審判甲4(本訴乙11 :Surface Engineering 1991 Vol.7 No.2 pp137-144 )D 審判甲5(本訴乙4 :Surface and Coatings Technology,31(1987)303-318 )E 審判甲6:特許庁編「審査基準の手引き」改訂9版,昭和50年,発明協会,180〜181頁F 審判甲7: パテント」51[4 ,61頁,及び昭和45年(行ケ)第75号判決(昭和53年11月2 「]9日言渡)G 審判甲8: 判例時報」1091号,132〜136頁 「H 審判甲9: 本件特許と第1基礎出願の対比」請求人作成 「I 参考資料1: 工業所有権逐条解説」第9版,130〜139頁 「J 参考資料2: 審決取消訴訟判決集 (昭和47年 ,455〜458頁,及び昭和43年(行ケ)第1 「」)59号判決(昭和47年2月25日言渡)K 参考資料3: 化学大辞典」第1版,東京化学同人,2028頁 「プラズマ」の項 「,L 参考資料4: 実験成績証明書(NaCl構造の立証 」請求人作成 「)M 参考資料5: 甲第1号証の皮膜のヌープ硬度」請求人作成 「(2) 被請求人の主張と証拠方法ア主張「特許性判断基準日に関し,本件発明は第1優先日で判断されるべき部分と第2優先日で判断されるべき部分の両方を含んでいるが,本件刊行物に記載される事項に関しては第1優先日で判断されるべきであるから,本件刊行物によって新規性進歩性が否定されることはない。
仮に,本件刊行物が公知であったとしても,同刊行物記載の窒化物がNaCl構造を有することについては記載がなく,他の証拠を参照し得たとしても当業者にとって容易想到なものではない 」。
イ 証拠方法@ 審判乙1(本訴甲4 :本件特許の第1の基礎出願に係る願書,明細書,図面 )A 審判乙2: Thin Solid Films」235 (1993) 62-70頁 「B 審判乙3(本訴甲13 : Thin Solid Films」228 (1993) 238-241頁 )「C 審判乙4: 日本金属学会誌」57[8](1993),919〜925頁 「D 審判乙5: 真空」30[10 ,22〜28頁 「]E 審判乙6: 実務表面技術」33[6](1986),206〜212頁 「F 参考資料1:甲2の図7に赤線を付記したもの(3) 判断ア 本件刊行物記載の発明には本件刊行物「基材表面に,(Al Ti )( N C )X1-Xy1-y但し x=0.64y=1で示される化学組成からなり,厚さ5-7μmの耐高温酸化性に優れた高硬度耐摩耗性皮膜が形成されたものであることを特徴とする耐摩耗性皮膜被覆部材 」。
が記載されているといえる。
本件発明と本件刊行物発明とを対比すると,両者は上記の構成で一致し,本件発明では,高硬度耐摩耗性皮膜がNaCl型の結晶構造を有するのに対し,本件刊行物には皮膜の結晶構造についての記載がない点で相違する。
そこで,両者の成膜条件を対比すると,本件発明が「成膜に当たっては,ヒータによって基材温度を400℃に加熱保持したまま,基材に-70Vのバイアス電圧を印加すると共に,装置内に高純度N ガスを7×10 Torrまで導入し,アーク放電を開始して基材表面に膜厚2-34μm の皮膜を形成した (段落【0020 )のに対し,本件刊行物では「陰極アーク蒸着シ 」】ステムの原理と動作は以前に説明されている。蒸着はすべて窒素雰囲気中で(99.999%純度 ,5-15mTorrの全圧(Vac-TecモデルATC-400システム)で行わ )れた (2136頁左欄35〜39行)とされ,以前に説明されているとして引用される文献 」(審判甲5)によれば,陰極アーク蒸着システムが400ないし500℃の温度条件下で行わ(, ),(,), れ 313 315頁 基材にバイアス電圧を印加している 304頁Fig.1 ことから本件刊行物発明においてもかかる条件下で成膜されていた蓋然性が高いと認められる。
してみると,両者は,高純度窒素雰囲気における減圧下,400℃程度の高温条件下でバイアス電圧を基材に印加させつつ,アーク放電によって成膜する点で,基本的な成膜条件に差はない。
そして,前記文献(審判甲5)に記載される条件(アーク電流,バイアス電圧など)で,本件刊行物に記載される(Ti,Al)N(50:50)皮膜の追試実験によれば,膜の結晶構(), , (,) 造としてNaCl型を有する 参考資料4 こと 本件刊行物の表1によれば Ti AlN(50:50)皮膜の微細硬度はTiN皮膜よりも低く,本件刊行物発明の皮膜は,TiNにおけるTiの一部がAlで置換することによって微細硬度の低下を招いているとしても T,(i,Al)N(50:50)皮膜で被覆されたドリルによれば,被覆なしのものやTiN被覆のものと比べ,ドリルとしての耐久性に優れているという本件刊行物の記載からみて,少なくともその一部にNaCl型結晶を含んでいる可能性が高いというべきである 」。
イ 本件発明の特許性に関する基準日について「特許法41条柱書きは「特許を受けようとする者は,次に掲げる場合を除き,その特許出願に係る発明について,その者が特許又は実用新案登録を受ける権利を有する特許出願又は実用新案登録出願であって先に出願されたもの(以下「先の出願」という )の願書に最初に添 。
付した明細書又は図面(先の出願が外国語書面出願である場合にあっては,外国語書面)に記載された発明に基づいて優先権を主張することができる 」と規定する(判決注:本件特許出 。
願については平成5年法律第26号による改正前の特許法42条の2第1項柱書きが適用される。。)本件発明についていえば,本件特許の原出願(特願昭63-278324号)で優先権を主張する特願昭63-70956号(出願日昭和63年3月24日)は,特許法41条柱書きで「除く」とされる同条1項各号に該当しないから,第1基礎出願の明細書等に記載された発明(以下「第1基礎出願発明」という )について,本件特許権者は優先権を主張することがで 。
きることになる(判決注:適用される条項については,前記と同様 。。)第1基礎出願の明細書等では,産業上の利用分野として,フライス加工工具等の表面に,密着性の優れた耐摩耗性皮膜を効率よく形成する方法に関するものとしており,従来の技術として,耐熱性や硬度が更に優れた皮膜として,イオンプレーティング法やスパッタリング法によるTiAlN,TiAlC,或いはTiAlCN等の皮膜[特開昭62-56565,ジャーナル・(),] バキューム・ソサエティ・テクノロジー J. Vac. Sci. Technol. A第4(6), 1986年 2717頁が紹介され(2頁14行〜3頁3行 ,これらの問題点として,皮膜の合成組成を安定的にコ )ントロールすることが困難であること,密着性が良好でなく成膜速度も遅いことを挙げ(3頁6行〜4頁5行 ,第1基礎出願の明細書等記載の発明の目的が「耐摩耗性及び密着性に優れ )た皮膜を効率よく形成することのできる様な皮膜形成方法を提供しようとするものである 4」(4頁7〜9行)としている。
そして,上記の課題を解決するため,第1基礎出願発明では,基材表面に耐摩耗性皮膜を形成するに当たり,化学組成が(Ti Al )( N C )X 1-X y 1-y但し 0.35≦x≦0.80.4≦y≦1で示される耐摩耗性皮膜を,蒸発源としてカソードを用いるアーク放電方式によって形成することを要旨としている。
xの数値範囲については,第1図から明らかなようにAlN固溶量(1-x)で65%までの広い範囲に亘って同一のB1構造(NaCl)を有し,Ti固溶量(x)が,0.35未満の場合は皮膜組成がAlNに近似してくる結果,皮膜の軟質化を招き,0.8を超えると皮膜組成はTiNに近似する様になり耐酸化性が劣化するとしており(6頁10〜末行 ,xを本)件発明のようにAl固溶量に変換すると,0.2≦x≦0.65となる。
皮膜の膜厚については特に説明はなく,実施例ないし比較例における皮膜の膜厚は3〜4.3μmとなっている。
すなわち,第1基礎出願の明細書等には,工具の表面に,イオンプレーティング法やスパッタリング法によりTiAlN,或いはTiAlCN等の皮膜を形成するに当たり,蒸発源としてカソードを用いるアーク放電方式を採用し,TiとAlの原子比,及びNとCの原子比を上記特定の範囲の皮膜とすることにより,耐摩耗性及び密着性に優れた皮膜を効率よく形成することのできるような皮膜形成方法に関する発明が記載されていることになる。
一方,本件刊行物発明の構成は前述したとおりであるから,本件刊行物発明のうち,膜厚以外の構成は第1基礎出願の明細書等に記載されていることになる。
第1基礎出願の明細書等には,膜厚についての説明がないのは前記したとおりであるが,第1基礎出願発明が,耐熱性や硬度が更に優れた皮膜として,イオンプレーティング法やスパッタリング法によるTiAlN,TiAlC,或いはTiAlCN等の皮膜を形成する従来技術を前提とする改良発明であることを考えれば,第1基礎出願発明が実施例などに記載される膜厚だけに限定されるのは不合理であり,少なくとも従来技術で採用される膜厚においても,所期の作用効果を奏することができると解するのが自然である。
そして,第1基礎出願の明細書等に従来技術として掲載される「特開昭62-56565」に記載される発明では皮膜の膜厚を0.5〜10μm(特許請求の範囲)としており,本件刊行物発明の先行文献である審判甲5記載の技術でも3μm,12μm(315頁)の膜厚が記,,, 載されており 本件刊行物発明における厚さ5-7μmは 本件特許の特許出願の優先日当時当該技術分野において普通に採用されている膜厚と認められる。
したがって,第1基礎出願の明細書等には具体的記載がないものの,本件刊行物発明の膜厚は記載されているに等しいものというべきであり(すなわち,5-7μmという膜厚を追加しても要旨変更とはみなされない ,本件刊行物発明は第1基礎出願の明細書等に記載された発 )明といえる。
よって,本件特許は,第1基礎出願発明について,昭和63年3月24日を優先日として優先権を主張することができるのであるから,本件特許に係る発明は,本件刊行物発明の皮膜がNaCl型の結晶構造を有するか否かにかかわりなく,第1基礎出願発明に内包される本件刊行物発明によって新規性ないし進歩性を阻害されることはない 」。
(4) 結論「以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件発明に係る特許を無効とすることができない。 」
原告の主張の要点
審決は,本件発明の特許性の判断の基準日の認定に際し,本件発明と第1基礎出願の明細書等に記載された発明との対比を行っておらず(取消事由1 ,間接的に)その対比を行っていると理解できるとしても,両発明には共通部分が存在すると誤って認定判断し(取消事由2 ,本件刊行物発明が第1基礎出願発明に内包される )と誤って認定判断し(取消事由3 ,さらに,仮に本件発明と第1基礎出願発明と )に共通部分が存在するとしても,本件発明のうち第1基礎出願の明細書等の開示を超える部分について,本件刊行物発明に基づく新規性,進歩性の判断をしなかった誤りがある(取消事由4)から取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明と第1基礎出願発明との対比を行わなかった誤り)(1) 本件発明の特許性判断の基準日の認定に際し,審決が,本件発明と第1基礎出願の開示との対比を行っていないのは,誤りである。
本件特許(出願日:昭和63年11月2日)の優先権に関しては,平成5年法律第26号による改正前の特許法42条の2(以下 「特許法42条の2」という場 ,合は同改正前の条項をいう )の規定が適用される。同第2項によれば,特許法2 。
9条等の適用について,後の出願が先の出願の時にされたものとみなされるのは,後の出願に係る発明のうち,先の出願の明細書又は図面に記載された発明と共通する部分,すなわち,先の出願の開示と実質的に同一である部分に限られる(東京高判平成15年10月8日・平成14年(行ケ)第539号最高裁HP参照 。)したがって,同項に規定される優先権の効果の有無の認定に当たっては,本件発明のうち第1基礎出願に開示された発明と同一性を有する部分の認定を行うことが不可欠である。
しかるに,審決は,本件発明と第1基礎出願の開示内容を全く対比していない。
これは,優先権主張の効果の認定における法律適用を誤ったものである。
2 取消事由2(本件発明と第1基礎出願発明との共通部分の存否についての認定判断の誤り)審決は,本件発明と本件刊行物発明を対比判断し,続いて本件刊行物発明と第1基礎出願発明とを対比判断することにより,本件発明と第1基礎出願発明とを対比し,共通部分を有すると間接的に認定しているとも理解できる。
しかしながら,特許法42条の2第2項の規定が要求しているのは,第1基礎出願発明と本件発明が,発明概念としての同一性を有することであり,第1基礎出願の明細書等に記載された数値範囲が本件発明と部分的に重複するからといって,そ。, の重複する部分に優先権の効果が認められるわけではない 本件発明の構成要件はいずれも本件発明の本質部分をなすとともに,不可分一体なものとして結合されているのであるから,本件発明は,いわゆる部分優先又は複合優先の類型には当たらず,その一部分について優先権の効果を認めるべきではない。
また,優先権の効果を判断するに際し,先の出願の出願当初の明細書又は図面に記載されている発明であるといえるかどうかは,明細書等の要旨変更の例によるべきところ,本件発明と第1基礎出願発明を直接的に対比すると,以下のとおり,両発明が実質的に同一である部分を有しているとはいえない。
(1) 皮膜の組成第1基礎出願の明細書等には,その皮膜の化学組成が「モル比」であることを示す記載は存在せず,むしろ,第1図の横軸に「AlN(重量% 」との記載が存在)する。この記載が「AlN(モル% 」の誤記であると理解すべき理由は見当たら )ず,第1基礎出願の請求項に係る化学組成の添字x,yは,いずれも 「重量%」,を表すものと理解すべきである。そうすると,第1基礎出願発明は,化学組成及びAlN固溶量がモル比で表された本件発明とは基本的に相違し,本件発明の一部が第1の基礎出願に開示されているとはいえない。第1基礎出願の出願当初の皮膜組成の記載から本件発明の皮膜組成の数値範囲を導く補正を行えば,発明の要旨を変更することになるのは明らかである。
仮に,第1基礎出願の第1図の「重量%」が「モル%」の誤記であるとすると,第1基礎出願発明ではAlの化学組成が0.2以上0.65以下に限定され,本件発明ではAlの化学組成が0.56以上0.75以下に限定されることになる。しかし,本件発明では,800℃以上における耐酸化性を向上するために,酸化開始温度が800℃となるx=0.56をAlの比率の下限値としているが,このような技術思想は第1基礎出願発明では何ら示唆されていない。本件発明と第1基礎出願発明では技術思想が根本的に異なるのである。
また,第1基礎出願の明細書等には,発明の実施例として,Alの組成が0.21,0.48,0.52の具体例が示されているにすぎず,Alの組成が0.52を超え0.65以下の範囲に関しては,実験により皮膜の特性の確認がなされていない。かえって,第1基礎出願の明細書等には,Alの比率が0.68の場合が比較例として挙げられており,この場合には十分な耐摩耗性が得られなかったとされている。第1基礎出願発明は,Alの組成が0.52を超え0.65以下の範囲において,所期の効果が得られることの裏付けがないのであるから,発明が完成しているとはいえない。
yの値についても,第1基礎出願の明細書等では実験的な裏付けを示すことなく0.4という下限値を特定しているのであるから,その請求項に記載された数値範囲(0.6≦y≦1)が第1基礎出願の明細書等に記載されているとはいえない。
(2) 皮膜の膜厚の対比本件発明の請求項1には 「厚さ0.8-10μmの耐高温酸化性に優れた高硬 ,度耐摩耗性皮膜」との記載があり,その厚さは0.8-10μmに限定されているのに対し,第1基礎出願発明では,実施例に膜厚4μm,3.8μm,4.3μmのものが開示されているにすぎない すなわち 本件発明に係る特許請求の範囲 膜 。, (厚0,8-10μm)には,第1基礎出願の明細書の実施例に示された膜厚(4μm,3.8μm,4.3μm)以外のものを含み,かつ第1基礎出願の明細書には実施例に示された膜厚以外のものは何ら開示されていない。
3 取消事由3(本件刊行物発明が第1基礎出願発明に内包されるとの認定判断の誤り),, , 審決は 第1の基礎出願には 本件刊行物発明の膜厚が記載されているに等しく同発明は第1基礎出願発明に記載された発明といえるとするが,この認定判断は誤りである。
すなわち,本件刊行物に記載された皮膜は,その化学組成が第1基礎出願に示された数値範囲に含まれているとしても,このことをもって本件刊行物発明に係る皮。, 膜が第1基礎出願に開示されているとはいえない 第1基礎出願発明の数値範囲は硬度特性及び耐酸化性についての漠然とした経験的傾向に基づき,実施例としてそ。, の効果が裏付けられた数値から大きく離れた上下限値を特定している したがって第1基礎出願発明の数値範囲x,yがモル比で記載されているとしても,皮膜組成Al Ti が第1基礎出願発明に開示されているということはできない。
0.64 0.36また,本件刊行物発明では,皮膜の厚さが5-7μmとされているのに対し,第,,, 1基礎出願の明細書等には 皮膜の膜厚については特に説明はなく 実施例として3.8μm,4μm,4.3μmとの数値が記載されているにすぎない。審決が,第1基礎出願の明細書等に5-7μmの膜厚は具体的に記載されていないとしながら,同明細書には本件刊行物発明の膜厚が記載されているに等しいと認定判断したのは誤りである。
4 取消事由4(新規性及び進歩性の判断を行わなかった誤り)仮に,本件発明の一部分に優先権の効果が認められ,Alの組成が0.56以上0.65以下の範囲については第1基礎出願の出願日を基準として特許性が判断され,Alの組成が0.65を超え0.75以下の範囲については第2基礎出願(特願昭63-253980号,出願日:昭和63年10月7日)の出願日を基準として特許性が判断されたとした場合,第1基礎出願の出願日と第2基礎出願の出願日との間で本件刊行物が公知となっているため,本件発明のうち,Alの組成が0.65を超え0.75以下の範囲について,同本件刊行物に基づく新規性あるいは進歩性が問題となる。しかるに,審決は,本件刊行物発明に基づく新規性,進歩性の判断を行っていないとの誤りがある。以下のとおり,本件発明と第1の基礎出願の開示との共通部分を超える部分は,本件刊行物発明に記載され,あるいは本件刊行物発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから,無効と判断されるべきである。
(1) 本件発明のうち,Alの組成が0.65を超え0.75以下の範囲を超える発明は,実質的に本件刊行物発明に開示されているということができる。
本件刊行物発明では,ターゲット組成と膜組成とがほぼ一致している。本件刊行物の記載(甲3の翻訳文3頁下から2行〜4頁2行)の記載によれば,本件刊行物記載の陰極アーク蒸着で成膜すれば,膜中のAlとTiの重量比が50:50(モル比では64:36)となることが走査型オージェマイクロプローブ(SAM)により検証されている。
また,本件刊行物には「XPS分析はターゲット材料と膜とに行われた。合金化されたターゲットから蒸着した膜は,±15%以内でターゲットと同じ金属組成を有することが認められた (甲3の翻訳文4頁上から5〜7行)との記載が存在す 」るが,]PSは,ある元素に対する別の元素のモル比を求めるために用いられることが当該分野では一般的であり ±15%とは ターゲットのTi/Al比 モ ,「」, (ル比)に対して,膜のTi/Al比が±15%の範囲内であったと解釈すべきである。そうすると,本件刊行物では,Alのモル比が0.61以上0.67以下のAlTiN膜が開示されていることになる。
,。 (2) 被告は 第1基礎出願発明の皮膜の構造はNaCl型ではないと主張するしかしながら,本件明細書等の図1では,Alの割合が70%(モル比)以下であれば,皮膜がNaCl型の結晶構造を有することが開示されているところ,本件刊行物には,Alの割合が64%(モル比)の皮膜が開示されているのであるから,この膜は,本件明細書等の図1から判断すると,当然にNaCl型の結晶構造を有する。また,本件刊行物と本件明細書中の実施例1とを比較すると,成膜方法が同一(カソードアークイオンプレーティング法)であり,電圧,成膜雰囲気,全圧,ターゲットなどのパラメータが同程度であるか,共通する。さらに,本件刊行物発明により製造されたTiAlN被覆ドリルの性能は,本件発明に従って製造されたTiAlN被覆ドリルと同等の寿命を有する。被告は,結晶構造を特定するために硬度のみに依拠するが,硬度のみをもって結晶構造を断定するのは妥当ではない(3) 以上によれば,本件発明のうち,Alの組成が0.65を超え0.75以下の範囲を超える発明は,実質的に本件刊行物発明に開示されているということができ,本件発明は,本件刊行物発明に基づき,新規性なしとして無効とされるべきである。仮に,本件発明が本件刊行物発明と実質的に同一とはいえないとしても,当業者であれば本件刊行物発明に基づいて容易に想到し得たものである。
被告の主張の要点
審決の認定判断は正当であり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明と第1基礎出願発明との対比を行わなかった誤り)に対して国内優先権制度とは,最初の基本的な発明についての出願から後の改良発明等についての出願を1つにまとめて新しい特許出願を行うことができるようにすることによって,技術開発の成果を包括的に漏れのない形で特許権として保護することを可能ならしめる制度であり,先の出願と後の出願とは同一ではないことを前提とする。特許法42条の2第2項は,後の出願に係る発明のうち,先の出願に記載された発明については先の出願の時に出願されたものとみなすと規定しており,後の出願と先の出願の双方に共通する発明については優先権の効果が及ぶ。
本件についていえば,第1基礎出願と本件発明の出願との間に,本件刊行物が開示されており,本件刊行物発明のAlTiN皮膜(重量%でAl:Ti=50:50,モル比でAl:Ti=0.64:0.36)に基づいて本件発明の新規性及び進歩性が否定されるか否かが問題となっているのであるから,Al Ti N0.64 0.36皮膜(添字はモル比を示す )が本件発明に含まれ,かつ第1基礎出願に記載され 。
ているか否かを判断し,当該皮膜が本件発明に含まれ,かつ第1基礎出願に記載されていれば,刊行物は先行文献としての地位を失うことになる。
審決は,本件刊行物のAl TiN皮膜は本件発明に含まれているとの判0.64 0.36断を最初に下し,続いて当該皮膜は第1基礎出願に開示されていると判断しているが,その論理構造は特許法42条の2第2項をそのまま適用したものであり,審決に法律適用の違法性は存在しない。
2 取消事由2(本件発明と第1基礎出願発明との共通部分の存否についての認定判断の誤り)に対して(1) 皮膜の組成原告は,第1基礎出願の明細書等の第1図は重量%であることから,同明細書等の添字x,yも重量比を示すものであると主張する。しかしながら,化学組成(分子式など)において原子名と共に添字(下付文字)で数値を示せば,その原子の原子比(モル比)を意味するのであり,上記第1図の「重量%」との記載が誤りであることは,当業者であれば容易に理解し得る。
原告は,酸化開始温度が800℃となるAlの比率を下限値とするという技術思想は第1基礎出願発明には示唆されていないと主張する。しかしながら,第1基礎出願でも実質的にクレータ摩耗量(温度800℃以上)を基準にして耐酸化性を評価しているのであり,このクレータ摩耗量の観点からAl比率が大きくなるほど耐酸化性が向上することを示している。本件明細書等では,温度800℃を基準にしてAl比率を0.56にすることを開示しているが,これは臨界的意義が求められるような厳密な数値ではなく,新たな発明概念を追加するものではない。
原告は,Alの組成が0.52を超え,0.65以下の範囲に関しては,何ら実験を行っていないと主張するが,第1基礎出願では実施例以外にも実験を行ってい,。 るのであり 第1図と実施例の両方の実験結果から結論を導き出しているのである(2) 皮膜の膜厚の対比第1基礎出願の実施例には4μm,3.8μm,4.3μmの膜厚が示されている。審決も指摘するように,特開昭62-56565号(乙3)では皮膜の膜厚を0.5-10μmとしており(特許請求の範囲 ,乙4(前記審判甲5)の315 )頁3行及び39行にも,3μmや12μmの膜厚が記載されているのであるから,膜厚を0.8-10μm程度にすることは,第1基礎出願の前から普通に採用されていたものである。したがって,皮膜の膜厚についても,本件発明と第1基礎出願発明に共通する部分が存在しないなどとはいえない。
3 取消事由3(本件刊行物発明が第1基礎出願発明に内包されるとの認定判断の誤り)に対して本件刊行物発明のうちAl TiN皮膜の部分は,第1基礎出願の明細書0.64 0.36等に記載されていることは明らかである。また,前記のとおり,審決の認定判断するとおり,従来技術に照らすと,膜厚を0.8-10μm程度にすることは普通に採用されていたものであるから,本件刊行物発明の5-7μmという膜厚も第1基礎出願の明細書等に記載されているに等しい。
4 取消事由4(新規性及び進歩性の判断を行わなかった誤り)に対して本件発明のうち第1基礎出願の明細書に記載された範囲を超える部分が存在し,それについて本件刊行物が先行文献となり得るとしても,本件刊行物の開示は著しく不明確であってどのような被膜を開示しているのか特定できず,また当業者が再現実施することができないものであるから,このような本件刊行物に基づいて本件発明の新規性及び進歩性が否定されることはない。
また,審決は,本件刊行物には皮膜の結晶構造についての記載がなく,この点において本件発明と本件刊行物発明は相違するとしながら,本件刊行物発明は,少なくともその一部にNaCl型結晶を含んでいる可能性が高いと結論づけている。しかしながら,本件刊行物発明は,決してNaCl型結晶を含むものではない。
AlTiNのAl比率を高めても,TiN(Al比率=0)の場合と同様に,NaCl型(B1構造;面心立方fcc構造)を維持している場合には,第1基礎出願に示されるように,TiNよりも硬度が上昇するはずであり,このことはK博士作成の報告書(甲8)でも認められている。
ところが,本件刊行物に示されている「 Ti,Al)N(50:50 」は,そ ()のミクロ硬さが2450±200kg/mm であって,TiNの2500±2020kg/mm よりも低下しているのであり,上記のNaCl型の特性とは全く異2なっている。被告は,実験的な確認をするため,審決が本件刊行物の成膜方法として認定した方法に従って皮膜を形成したが,その結果得られた膜は,Al Ti0.64N皮膜の硬度がTiNよりも高く,本件刊行物の再現はできなかった。当業者 0.36が実施することができないような本件刊行物に基づいて,NaCl型の結晶構造が実質的に開示されているとする審決の誤りは明白であり,修正されるべきである。
審決は,ドリル寿命も根拠とするが,ドリル寿命は,結晶構造(硬さ)とAl比率(耐酸化性)の両方の影響を受けるものであり,そのようなドリル寿命が向上したところで,それは結晶構造(硬さ)のためなのか,Al比率(耐酸化性)のためなのか,結論は出ない。
さらに,本件刊行物の表1の「 Ti,Al)N(50:50 」は,原料である ()ターゲット材料の組成を示すものであり,得られた膜の組成ではない。本件刊行物には,ターゲットから蒸着した膜は,±15%以内でターゲットと同じ金属組成を有すると説明されており,Ti:Al=50:50(質量比)が±15%異なっているとすると,Ti:Al=(50-15 : 50+15)〜(50+15 : 50-15 (質量比) )( )( )=35:65 〜 65:35(質量比)の幅を有し得るのである。これをモル比に換算すると,0.49 0.51 0.77 0.23 Al Ti 〜Al Tiもの幅を有することになる。この記載は他に様々な解釈が可能となるものであり,本件刊行物の皮膜組成は不明確であるというほかない。このようなあいまいで当業者が実施できない本件刊行物に基づいて,本件発明の新規性ないし進歩性が否定されるべきではない。
また,本件刊行物には,Al比率を高めると皮膜硬度が高くなることが開示も示唆もされていないのに対して,本件発明では皮膜硬度が高くなることが開示されている。そのため,例えば,本件刊行物発明よりドリル寿命が遙かに向上するという予測もできない優れた効果を奏する。
したがって,本件発明は,第1基礎出願発明の範囲を超える部分についても進歩性を有する。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明と第1基礎出願発明との対比を行わなかった誤り)について(1) 本件特許出願は,特願昭63-278324号(原出願)の一部を分割したものであるが,原出願(出願日:昭和63年11月2日)は,特許法42条の2第1項に規定する優先権の主張を伴う出願であり,その優先権主張の基礎とされた第1基礎出願の出願日は昭和63年3月24日,第2基礎出願の出願日は同年10月7日である。優先権の主張を伴う特許出願の分割出願については,原出願の際に主張した優先権を主張することができると解すべきであるから,本件特許出願について,特許権者である被告は,第1基礎出願及び第2基礎出願の当初明細書又は図面に記載された発明に基づいて優先権を主張することができる。
特許法42条の2第2項は,同法29条(新規性,進歩性)の適用に係る優先権主張の効果について「…優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち,当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面…に記載された発明…についての…第29条…の規定の適用については,当該特許出願は,当該先の出願の時にされたものとみなす」と規定している。
同規定によれば,新規性及び進歩性の判断を行う際,本件発明のうち第1基礎出願及び第2基礎出願の当初明細書等に記載された発明については,優先権主張の効,, 果が及び その特許出願が各基礎出願の時にされたものとみなされることになるが本件発明のうち第1基礎出願及び第2基礎出願の当初明細書等に記載された発明の範囲を超える部分については,優先権主張の効果は認められないので,後の出願の出願日が基準とされることになる。
原告は,本件発明は,本件刊行物に記載され,又は同刊行物に基づいて当業者が容易に発明できたものであると主張しているが,原告が引用刊行物とする本件刊行物( Deposition and characterization ofternary nitrides」J. Vac. Scl. A6 「(3),May/Jun 1988)の公知日は,本件特許の原出願日及び第2基礎出願日の前であり,第1基礎出願日の後である。したがって,本件発明のうち第1基礎出願の当初明細書等に記載された発明については,本件刊行物に基づいて新規性,進歩性を欠くとの主張ができないことは明らかである。逆に,本件発明のうち第1基礎出願発明の範囲を超える発明については,本件刊行物に基づき,新規性,進歩性が判断されることになる。
(2) 原告は,本件発明の特許性判断の基準日の認定に際し,審決が本件発明と第1基礎出願の明細書等に記載された発明との対比を行っていないのは,誤りであると主張する。
ア そこで,審決の判断構造について,検討する。
審決は,まず,本件刊行物に記載された発明を認定し,本件発明と本件刊行物発明と対比した上で,両発明は「本件発明では,高硬度耐摩耗性皮膜がNaCl型の結晶構造を有するのに対し,本件刊行物には皮膜の結晶構造についての記載がない点」で相違すると認定している。そして,審決は,本件刊行物発明の皮膜は,少なくともその一部にNaCl型結晶を含んでいる可能性が高いと認定した。
次に,審決は,本件特許権者は第1基礎出願の明細書等に記載された発明について優先権を主張できるとした上で,第1基礎出願発明の要旨を認定し,本件刊行物発明との対比を行っている。そして,審決は,本件刊行物発明のうち,膜厚以外の構成は第1基礎出願の明細書に記載されており,膜厚についても第1基礎出願の明細書等に記載されているに等しいとして,本件刊行物発明は第1基礎出願発明に記載された発明といえると認定判断した。
最後に,審決は,本件刊行物の皮膜がNaCl型の結晶構造を有するか否かにかかわりなく,第1基礎出願発明に内包される本件刊行物発明により,本件発明の新規性ないし進歩性が阻害されることはないと結論づけている。
イ 上記のとおりの審決の判断内容からすると,審決は,被告(被請求人)の主張を採用し,本件発明には第1基礎出願の明細書等に記載された発明の範囲を超える部分があるとの前提に立ち,本件刊行物発明が本件発明及び第1基礎出願発明のいずれにも含まれる場合には,本件刊行物は,本件発明の新規性及び進歩性を判断するための先行文献としての地位を失うと解した上で,本件刊行物発明と本件発明及び第1基礎出願発明との対比判断を行い,本件刊行物発明は本件発明及び第1基礎出願発明のいずれにも含まれるので,本件刊行物に基づいて,本件発明の新規性及び進歩性を否定することはできないと結論付けたものとも理解できる(そう解したとしても,審決が本件刊行物発明の皮膜がNaCl型の結晶構造を有するか否かを検討していながら,結論において 「 本件刊行物発明)の皮膜がNaCl型の結 ,(晶構造を有するか否かに関わりなく」と説示している趣旨を明確に把握することは困難である 。。)ウ しかしながら,前記判示のとおり,優先権主張を伴う特許出願に係る発明のうち,優先権主張の基礎となった先の出願の当初明細書等に記載された発明の範囲を超える部分には優先権主張の効果が及ばないであるから,その部分の新規性及び進歩性の判断をする場合には,後の出願の出願日前に頒布された刊行物に基づいて行うことができるというべきであり,その刊行物に記載された発明が先の出願に係る発明に内包されている場合には先行文献とはならないと解すべき理由はない。
本件では,優先権主張の基礎となった第1基礎出願の出願日の後であり,原出願日よりも前に頒布された本件刊行物に基づいて,本件発明が新規性,進歩性を有しないとの主張がなされているのであるから,まず,本件発明と第1基礎出願の明細書等に記載された発明を対比し,本件発明のうち第1基礎出願の明細書等に記載された発明(すなわち優先権主張の効果が及ぶ範囲)を認定判断する必要があり,その上で,本件発明のうち第1基礎出願の明細書等に記載された発明の範囲を超える部分が存在する場合には,その部分について本件刊行物との対比判断を行い,新規性,進歩性の判断を行うべきである。
エ しかしながら,審決は,本件発明と第1基礎出願の明細書等を対比し,優先権主張の効果が及ぶ範囲を認定判断していない。前記判示のとおり,本件刊行物に基づいて新規性,進歩性の判断がなされる対象は,優先権主張の効果が及ぶ範囲を超える部分であるから,優先権効果が及ぶ範囲を認定判断していないとの誤りが,審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
したがって,原告の取消事由1は理由がある。
(なお,付言するに,後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内といえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきである(東京高判平成15年10月8日・平成14年(行ケ)第539号最高裁HP参照 。本件発明は,皮膜の化学 )組成,結晶構造,膜厚を主たる構成要素とする物の発明であるが,第1基礎出願の明細書等に記載された発明の認定に当たっては,同明細書等の第1図の記載(カソードを用いるアーク放電方式によって形成され,Alの組成が0〜80%までの範囲内の耐摩耗性皮膜の少なくとも一部にNaCl型の結晶構造が含まれることが図示されていると理解する余地がある。ただし,同図の「重量%」が誤記かどうかは当事者間に争いがある )なども検討すべきであろう 。 。。 )2 取消事由3(本件刊行物発明が第1基礎出願発明に内包されるとの認定判断の誤り)について(1) 前記のとおり,審決は,本件刊行物発明が第1基礎出願発明に内包されていると認定判断しているが,その前提として,本件刊行物発明を以下のとおり認定している。
「基材表面に,(Al Ti )( N C )X1-Xy1-y但し x=0.64y=1で示される化学組成からなり,厚さ5-7μmの耐高温酸化性に優れた高硬度耐摩耗性皮膜が形成されたものであることを特徴とする耐摩耗性皮膜被覆部材 」。
(2) しかしながら,本件刊行物(甲3)には,以下の記載がある。
ア ターゲット材料について「II. 実験B. ターゲット材料使用されたTiAlの3つの組成は,95:5(Ti,Al ,75:25(Ti,Al) )および50:50(Al)であり (Ti,Zr)組成物では50:50,75:25および ,25:75であった。異なる組成のターゲットは蒸着プロセスの間非常に似通った挙動を示した。すべての組成は重量%である (翻訳文2頁18行〜22行) 。」イ (Ti,Al)N膜の膜組成について「III. 結果および議論B. 膜組成1 (Ti,Al)N膜走査型オージェマイクロプローブ(SAM)とイオンスパッタ深さプロファイルとを併せて(Ti,Al)N膜に対し行った。スペクトルは純粋なTiN膜を基準とした。100 スパAッタリング後のTi Al N膜のSAMスペクトルを図1に示す。…膜のTi/Al比を50 50より正確に定めるため,XPS分析もまた行われた。これを図2に示す。XPS分析はターゲット材料と膜とに行われた。合金化されたターゲットから蒸着した膜は,±15%以内でターゲットと同じ金属組成を有することが認められた (3頁下から4行〜4頁7行) 。」(3) 以上によれば, 本件刊行物にいう「50:50(Ti,Al 」は,ター)ゲットの化学組成を意味するにすぎず,ターゲットから蒸着した(Ti,Al)N膜は 「±15%以内」でターゲットと同じ金属組成を有するものであると認めら ,れる。
本件刊行物に記載されたターゲットのAlとTiの組成は重量%で50:50であるところ,上記刊行物の「±15%以内でターゲットと同じ金属組成」との記載がターゲットの重量%の組成を基準とするものであると考えると,皮膜のAlとTiの組成は重量%で35〜65:65〜35となり,これをモル比に換算すると,。,, AlとTiの組成はモル%で49〜77:51〜23となる これに対し 原告はターゲットのTi/Al比(モル比)に対して膜のTi/Al比が±15%の範囲内にあると解釈し,Alのモル比(%)は61〜67であると主張しているが,原告の主張を前提としても,本件刊行物発明のAlの組成は,第1基礎出願の特許請求の範囲に記載された化学組成の範囲を超えることとなる。
なお,本件刊行物には 「走査型オージェマイクロプローブ(SAM)とイオン ,スパッタ深さプロファイルとを併せて(Ti,Al)N膜に対し行った。スペクトルは純粋なTiN膜を基準とした。100 スパッタリング後のTi Al N膜 A50 5050 50のSAMスペクトルを図1に示す 」との記載がある。ここでいう「Ti Al 。
N膜」とは組成が「50:50(Ti,Al 」のターゲット材料を用いて形成さ )れた皮膜を意味するというべきであり,同ターゲットから蒸着した皮膜の化学組成が50:50(重量%)であることを意味するとは認められない。
(4) したがって,本件刊行物の耐摩耗性皮膜のAl,Tiの組成についての審決の認定は誤りであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである(なお,本件刊行物発明の皮膜がNaCl型の結晶構造を含むかどうかの認定を改めて行う場合には,本訴における主張,立証の結果を踏まえて判断することが望ましい 。。)3結論以上のとおり,原告の取消事由1及び3の主張は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取消しを免れない。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 高野輝久
裁判官 佐藤達文