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関連審決 異議2002-71393
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  特許出願日 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 /  公知事実 /  異議申立 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 182号 特許取消決定取消請求事件
原告 日本製紙株式会社
訴訟代理人弁理士 中田隆
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 山口由木,六車江一,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が異議2002-71393号事件について平成16年3月16日にした決定を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:日本製紙株式会社(原告) 発明の名称:「電子写真用転写紙」 特許出願日:平成8年11月16日(特願平8-294013号) 設定登録日:平成13年9月21日 特許番号:第3234783号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:異議2002-71393号 異議の決定日:平成16年3月16日 決定の結論:「特許第3234783号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成16年4月5日(原告に対し) 2 本件発明の要旨(以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。)【請求項1】電子写真用転写紙において,前記転写紙を表層と裏層との2層に均等又はほぼ均等に分割した際における各層間の0.2mm以下の繊維の割合の差が3%以下であることを特徴とする電子写真用転写紙。
【請求項2】坪量が90〜160g/m2の範囲を除くことを特徴とする請求項1記載の電子写真用転写紙。
【請求項3】前記分割の際における各層間の灰分量差が2%以下であることを更に特徴とする請求項1又は2記載の電子写真用転写紙。
【請求項4】ワイヤー上での脱水の調整又はプレス部での表裏搾水の調整によって,前記繊維の割合の差を3%以下としたことを特徴とする請求項1〜3いずれか記載の電子写真用転写紙。
【請求項5】ツインワイヤー抄紙機を使用して,そのワイヤーの上部と下部の脱水比率を調整することによって,前記繊維の割合の差を3%以下としたことを特徴とする請求項1〜4いずれか記載の電子写真用転写紙。
3 決定の理由の要点 (1) 決定は,引用刊行物として,次の5つを挙げた(以下,刊行物番号に対応して,それぞれの発明を「刊行物1発明」などという。)。
刊行物1(本訴甲3):特開昭58-176641号公報 刊行物2(本訴甲4):「紙パルプ技術タイムス」8〜14頁,昭和59年4月,株式会社紙業タイムス社 刊行物3(本訴甲5):「紙パルプ技術協会誌第43巻第5号」39〜45頁,平成元年5月発行 刊行物4(本訴甲6)」:「紙パルプ技術協会誌第42巻第7号」23〜33頁,昭和63年7月発行 刊行物5(本訴甲7):特開平7-209897号公報 (2) 決定は,本件発明1と刊行物1発明との一致点を次のとおり認定した。
「刊行物1には,長網多筒抄紙機で製造された転写紙において生じるような微細繊維及び填料の紙層での偏在をなくし,紙の厚さ方向に対する紙料密度(紙層密度)が均等化された電子写真用転写紙が開示されていると認められる。
そこで,本件発明1と刊行物1発明を対比すると,前者での0.2mm以下の繊維は明らかに微細繊維であるといえるから,『両者は紙の表面側と裏面側との間で微細繊維の分布差を小さくした電子写真用転写紙である点』で共通する。」 (3) 決定は,本件発明1と刊行物1発明との相違点を次のとおり認定した。
「相違点1:前者では紙を分割した際の微細繊維の割合差について,『転写紙を表層と裏層との2層に均等又はほぼ均等に分割した際における各層間の0.2mm以下の微細繊維の割合の差が3%以下』と規定しているのに対し,後者では厚さ方向に対する紙料密度が均等化されていると規定するのみで,0.2mm以下の微細繊維の層間の割合差について記載がない点。」 (4) 決定は,上記相違点1について次のとおり判断した。
「刊行物1発明は,従来の電子写真用転写紙における紙の表裏面の微細繊維及び填料の偏在に基づく紙質上の差に起因するカールの発生等の問題点に着目し,紙の厚さ方向に対する紙料密度を均等化したものであるが,紙料密度には,微細繊維及び填料の両者が関与しており,紙料密度が均等化されていることが,直ちに,微細繊維が均等化されていることを示すものではない。
しかし,刊行物2には,灰分や微細繊維の厚さ方向分布が均一になっているとカールや紙の表裏における印刷適性の差の少ないことが示され,灰分や微細繊維の表裏差を少なくする抄紙機であるハイブリッドフォーマが記載され,紙の厚さ方向にほぼ等分に分割して,各層の微細繊維の含有量を実際に測定し,微細繊維の含有量の各層の差が少なくなることを確認している。さらに紙層分離装置により紙の厚さ方向にほぼ等分に分割できることは本件出願前周知のことであり(例えば,刊行物2の13頁,刊行物4の31頁,特開平3-69694号公報参照。),転写紙の表面側と裏面側の紙質上の差を少なくするため,微細繊維について,紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差をできるだけ小さくなるようにすることは当業者が容易に想到し得ることと認められる。
また,刊行物2の第11図bには,新聞紙ではあるが,4分割した各層の微細繊維の分布差を3%以内としたものが図示されており,微細繊維の分布差を約3%以下とすることが技術的に困難であるともいえない。
そして,紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差を,「2層に均等又はほぼ均等に分割した際の各層間の割合の差が3%以下」と規定することは,許容される転写紙の品質レベルを考慮し適宜決定できることであり,3%以下に限定したことに格別の臨界的意義があるとも認められない。
また,本件発明1では,微細繊維を0.2mm以下のもの限定しているが,刊行物1には,ワイヤーから抜ける微細繊維がカールに影響することが示されており(1a参照),刊行物3には,紙パルプの繊維の測定区分の一つとして0.20mm以下が示されており,微細繊維の範囲は,ワイヤー面から脱落しやすく,カール等に影響するものを,刊行物3記載の区分を参考にし,実験により当業者が設定したにすぎないものである。
したがって,本件発明1は,刊行物1発明ないし刊行物3発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (5) 決定は,本件発明2の進歩性につき,次のとおり認定判断した。
「本件発明2は,本件発明1において,さらに坪量が90〜160g/m2の範囲を除くことを限定したものである。
刊行物1には,上記のように,微細繊維及び填料の偏在をなくし,紙の厚さ方向に対する紙料密度(紙層密度)が均等化された電子写真用転写紙が記載され,該転写紙の具体例として,坪量が66g/m2,67g/m2のもの,すなわち,坪量が90〜160g/m2の範囲外である電子写真用転写紙が記載されている。
そこで,本件発明2と刊行物1発明を対比すると,上記「相違点1」と同様の相違点があるが,相違点1については,上記検討したとおりであり,本件発明2は,本件発明1と同様の理由により,刊行物1発明ないし刊行物3発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (6) 決定は,本件発明3の進歩性につき,次のとおり認定判断した。
「本件発明3は,本件発明1又は2において,さらに各層間の灰分量差を2%以下に規定したものである。
刊行物1には,…であるから,刊行物1には,紙の表面側と裏面側の間で微細繊維及び灰分の分布差を小さくしようとすることが示されている。
そこで,本件発明3と刊行物1発明を対比すると,両者は,紙の表面側と裏面側の間で微細繊維及び灰分の分布差を小さくした電子写真用転写紙である点で共通し,上記相違点1の他に次の点で相違する。
相違点2:前者では分割の際における各層間の灰分量差を2%以下に規定しているのに対し,後者ではこのことについて記載がない点。
相違点1についての検討事項は,上記のとおりである。
以下,相違点2について検討する。
刊行物1には,上記のとおり,紙の表面側と裏面側の間で微細繊維と共に,灰分の分布差を小さくしようとすることが示されている。
……。これらをあわせ考えると紙の表裏差をより少なくするために,灰分量差ができるだけ小さくなるようにすることは当業者が容易になし得ることと認められる。そして,この場合に灰分量差を2%以下とすることは実施に際し好ましい範囲を単に選定したにすぎないものである。
したがって,本件発明3は,刊行物1発明ないし刊行物3発明及び刊行物5発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。
(7) 決定は,本件発明4の進歩性につき,次のとおり認定判断した。
「本件発明4は,本件請求項1〜3に記載の電子写真用転写紙に対し,「ワイヤー上での脱水の調整又はプレス部での表裏搾水の調整によって繊維の割合の差を3%以下とした」との製法規定を加えたものであり,刊行物1発明と対比すると,上記相違点1,2の他に,本願は上記の製法規定により製造されたものであるのに対し,刊行物1には,このような製法は具体的に記載されていない点で相違する(相違点3)。
相違点1,相違点2についての検討事項は,上記のとおりである。
以下,相違点3について検討する。
……。ワイヤー抄紙機を用いる場合に,ワイヤーの調整や,脱水圧力の調整等を行い,所定の品質の紙を製造することは,刊行物2,4,5に記載されているように周知のことであるから,製造する電子写真用転写紙をこのような周知事項で規定することは当業者が容易に想到し得ることである。
したがって,本件発明4は,刊行物1発明ないし刊行物5発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (8) 決定は,本件発明5の進歩性につき,次のとおり認定判断した。
「本件発明5は,本件請求項1〜4に記載の電子写真用転写紙に対し,「ツインワイヤー抄紙機を使用して,そのワイヤーの上部と下部の脱水比率を調整することによって」との製法規定を加えたものである。
本件請求項1〜4に記載の電子写真用転写紙と刊行物1発明を対比した場合の相違点は上記相違点1ないし3のとおりであり,相違点1ないし3についての検討事項も上記のとおりである。
以下,本件発明5の上記製法規定について検討する。
……。ツインワイヤーを用いるとき上下からの脱水比率を調整することは,刊行物2,4,5に記載されているように周知であるから,製造する電子写真用転写紙をこのような周知事項で規定することは当業者が容易に想到し得ることである。
したがって,本件発明5は,刊行物1発明ないし刊行物5発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (9) 決定は,次のとおり結論付けた。
「本件発明1ないし5は,刊行物1発明ないし刊行物5発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件請求項1ないし5に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである。」
原告の主張(決定取消事由)の要点
1 取消事由1(本件発明1に関する一致点の認定の誤り) (1) 決定は,刊行物1発明の認定を誤った結果,本件発明1と刊行物1発明の一致点として,「両者は紙の表面側と裏面側との間で微細繊維の分布差を小さくした電子写真用転写紙である点で共通する。」と誤って認定した。
(2) 刊行物1発明は,「紙の表面側と裏面側との間で微細繊維の分布差を小さくした電子写真用転写紙」ではなく,微細繊維を含むあらゆる長さの繊維と填料とによって構成される紙料密度を,紙の厚さ方向に対して均等化した発明にすぎない。
紙料密度の均等化は,微細繊維を含むあらゆる長さの繊維と填料の全体としての均等化であるから,微細繊維の均等化又は微細繊維の分布の表裏差を少なくすることを意味しない。
刊行物1(甲3)の実施例1及び2で得られた紙の紙質データをみても,微細繊維に関するデータは記載されていない。刊行物1には,紙層を離解するなどして微細繊維の量を測定することは記載されておらず,得られた紙の微細繊維の量を測定してその表裏の差がカールの原因であることが確認されてもいないから,刊行物1発明が,表裏面の微細繊維の量を均等化することを意図しているものであるともいえない。むしろ,両面をワイヤーサイド面にすることにより微細繊維及び填料の抜けを両面で大きくすることで,紙料密度への微細繊維の寄与を減じた発明である。
また,本件発明1では,ツインワイヤー抄紙機の採用は,あくまで選択肢の一つであるから,刊行物1発明が,ツインワイヤー抄紙機を用いて製造することで,紙層密度を均等化しようとするものであるというだけで,刊行物1の手段が,本件発明1の実施手段と同様の手段であって,刊行物1で紙料密度を均等にする手段として記載されているものは,実質的に微細繊維の量を制御しているとみることができる,とはいえない。
決定は,相違点1についての判断部分においては,「紙料密度には,微細繊維及び填料の両者が関与しており,紙料密度が均等化されていることが,直ちに,微細繊維が均等化されていることを示すものではない。」としており,上記認定とは相矛盾するのであって,この点からも上記認定が誤りであることは明らかである。
2 取消事由2(本件発明1に関する相違点についての判断の誤り) (1) 決定は,刊行物2(甲4)の記載に基づいて,「転写紙の表面側と裏面側の紙質上の差を少なくするため,微細繊維について,紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差をできるだけ小さくなるようにすることは当業者が容易に想到し得ることと認められる」と認定しているが,誤りである。
(a) 当業者は,刊行物2(甲4)の第11図が「重量%」に基づく微細繊維の含有量を示したものであると理解する蓋然性が極めて高い(甲6,10,11)。つまり,刊行物2発明は,本件発明1の微細繊維の「本数」の表裏差を少なくすることまで確認したものではない。決定は,上記第11図に記載の微細繊維の割合を「重量%」によるものと解釈してなされたものであることは,取消理由通知書(甲12)の記載から明らかである。よって,決定は,本件発明1の「繊維の割合の差」及び刊行物2の第11図に示された「微細繊維の含有量の各層の差」が異なる基準で計算されたことを見落としたものである。
(b) また,刊行物2で言及される表裏差は,灰分と微細繊維(ファイン)とを併せた成分の表裏差のことであるから,当業者が,微細繊維の割合の表裏差だけに着目する理由はない。そして,刊行物1発明は,微細繊維を含むあらゆる長さの繊維と填料とによって構成される紙料密度を均等化した発明にすぎないから,刊行物1発明に刊行物2の記載をどのように組み合わせようと,微細繊維の表裏差だけに着目してそれをできるだけ小さくしようという思想は生まれない。
(c) さらに,本件発明1は,微細繊維の割合を本数で評価し,その割合の表裏差をも評価したものであって,本数での評価と表裏差の評価が組み合わさったものであるから,微細繊維の割合を本数で評価しただけの刊行物3の図5,7,及び乙2〜4の記載に基づいて,本件発明1の評価方法が周知であったとはいえない。
(2) 決定は,「刊行物2の第11図bには,新聞紙ではあるが,4分割した各層の微細繊維の分布差を3%以内としたものが図示されて」いることを指摘した上で,「紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差を,『2層に均等又はほぼ均等に分割した際の各層間の割合の差が3%以下』と規定することは,許容される転写紙の品質レベルを考慮し適宜決定できることであり」と認定するが,誤りである。
刊行物2(甲4)の第11図bに示された微細繊維の分布は,新聞紙に関し,しかも「重量%」に基づくものであるから,直接比較できるものではない。
決定において,具体的に「刊行物2の第11図b」を挙げ,そこに「3%以内としたものが図示され」としたのは,確固たる裏付けがあったからこそできた記述であって,被告のこの点に関する反論は失当である。
また,本件明細書(甲2)に記載された微細繊維の調整手段が,刊行物2に記載されているような通常の調整手段であるとしても,調整手段そのものの目新しさが本件発明1の進歩性に要求されるものではないから,そのことだけで,「3%以下」が適宜決定できることであるとはいえない。
(3) 決定は,「3%以下に限定したことに格別の臨界的意義があるとも認められない。」と認定するが,誤りである。
被告は,「『3%以下』に臨界的意義があることは記載されておらず,原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものである。」と主張するが,本件明細書(甲2)の表1〜表4には,紙の評価結果が記載されており,これらの結果は,表裏差3%を境として紙質が向上することを示しているから,「3%」の臨界的意義は,本件明細書の記載に基づいている。上記表1〜表4の数値をグラフにプロットすれば,4つのいずれのグラフにおいても,表裏差3%近辺で急な傾きを確認することができ,3%が臨界的意義を有することがわかる。たとえ,「3%」の臨界的意義がこのグラフによって初めて把握され得るとしても,そのグラフは,表1〜表4のデータをそのままプロットして得たものだから,「3%」の臨界的意義は,本件明細書の記載に基づいている。また,実施例,比較例の評価結果を原料や抄紙条件にとらわれずにプロットした曲線が3%近辺で急な傾きを有するのは,「3%」の臨界的意義の普遍性を証明するものであり,その技術的意味は極めて大きいといえる。
本件明細書の「灰分量の表裏差が大きければ,短繊維量の表裏差が極めて小さい場合においても収縮量差は大きくカールは大きくなる」との記載は,灰分の表裏差がカールに影響を及ぼす二次的因子であることを述べたにすぎず,「3%」の臨界的意義を否定するものではない。
また,本件明細書の段落【0008】における3%以内に関する記述は,3%の意義を理論的に説明して,単純な計算で展開したものであり,これに対して,実施例,比較例に記載されたデータは,実際の実験に基づくものであって,当業者としては,【0008】の記載よりも,実施例,比較例の記載に基づいて,3%の臨界的意義を認識するものである(判決注:この主張は,第1回弁論準備手続期日において口頭で主張され,同期日の調書に記載されたものである。)。
(4) 決定は,「本件発明1では,微細繊維を0.2mm以下のもの限定しているが,刊行物1には,ワイヤーから抜ける微細繊維がカールに影響することが示されており,刊行物3には,紙パルプの繊維の測定区分の一つとして0.20mm以下が示されており,微細繊維の範囲は,ワイヤー面から脱落しやすく,カール等に影響するものを,刊行物3記載の区分を参考にし,実験により当業者が設定したにすぎないものである。」と認定するが,誤りである。
刊行物3(甲5)は,原料パルプの繊維長試験に関する文献であって,抄紙された紙も,当然ながらその紙のカールのことも記載されていないから,当業者が刊行物3を刊行物1と関連付ける理由はない。この認定は,刊行物1発明を誤認したことに加え,刊行物3を無理に関連付けたものであって,本件発明1を念頭に置き,刊行物1及び3からいかにして本件発明1の「0.2mm以下の繊維」の限定の意義を否定できるかを検討した結果のいわゆる「後知恵」によるものである。
たとえ,刊行物3を刊行物1と関連付け得たとしても,抜け落ちずに残った繊維で形成される電子写真用転写紙におけるカールに影響する微細繊維の含有量は,製紙に使用する原料パルプにおけるよりも少ないから,当業者は,刊行物3の表1を参照して,その原料パルプですら0.00〜0.20mmの繊維の割合が他の長さの繊維に比べてかなり小さいことを知れば,電子写真用転写紙中のカールに影響する微細繊維が0.2mm以下の繊維であるとは考えないであろう。
一方,刊行物3の表1が重量割合であるのに対し,本件発明1では,繊維の割合は本数に基づくので,0.2mm以下の繊維でも相当に大きなものとなる。本件発明1が0.2mm以下の繊維を選択できたのは,「繊維の重さや長さの表裏差より本数の表裏差の方が加熱時カール等に大きく関連している」ことを見いだし,微細繊維の「本数」に着目したからである。
また,ブナBKPの数平均繊維長分布を示す刊行物3の図7と刊行物1の間には,刊行物1に微細繊維を数平均繊維長又は「本数」で評価しようとする思想はないから,刊行物3の表1にもまして関連性はない。さらには,「0.2」が明示されていない刊行物3の図7から0.2mm以下の繊維を考慮することなどあり得ない。
なお,乙3は,決定(甲1)に際して審理された刊行物ではないから,本訴において判決の資料にされるべきでない。
(5) 決定は,「本件発明1は,刊行物1発明ないし刊行物3発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断しているが,本件発明1は,繊維の重さや長さの表裏差より本数の表裏差の方が加熱時カール等に大きく関連していることに着目した結果,そのうち特に0.20mm以下の繊維が重要であることを見いだし,表裏差3%に臨界的意義があることを見いだした発明である。これに対し,刊行物1発明は,微細繊維の表裏の分布差を小さくしたといえるような発明ではない。刊行物2は,新聞紙に関するものであり,しかも,当業者は,その微細繊維を「重量%」によるものと理解する蓋然性が極めて高いから,本数に基づく本件発明1の「3%以下」と比較できるものではなく,当然ながら,そのような記載によって本件発明1の「3%」の臨界的意義を予測できるものではない。そして,決定は,前記のとおり,第11図の微細繊維の割合を「重量%」によるものと解釈してなされたものであることが明らかであるから,決定は,そのような比較できないものを比較してなされたもので,誤ったものである。刊行物3は,原料パルプの繊維長試験に関する文献であって,抄紙された紙も,当然ながらその紙のカールのことも記載されていないから,刊行物1,2と関連付けられるものではなく,たとえ関連付け得たとしても,0.20mm以下の繊維をカールに影響する微細繊維として選択すべき動機を与えるものではない。
したがって,決定の上記判断は,本件発明1,刊行物1発明及び刊行物2発明の解釈に誤りを犯した結果である。
3 取消事由3(本件発明2ないし5についての進歩性判断の誤り) (1) 本件発明2の進歩性を否定した決定の判断は,前記の本件発明1の場合と同様の理由により,誤りである。
(2) 本件発明3ないし5は,本件発明1のすべての構成をその構成とするから,本件発明3ないし5の進歩性を否定した決定の判断は,本件発明1の場合と同様の理由により,誤りである。刊行物4及び刊行物5のいずれにも,繊維の重さや長さの表裏差より本数の表裏差の方が加熱時カール等に大きく関連していること,中でも0.20mm以下の繊維が重要であること,及び0.20mm以下の繊維の表裏差3%に臨界的意義があることを示唆する記載はないから,これらの刊行物を刊行物1ないし刊行物3とどのように組み合わせようと,本件発明3ないし5が,それらに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたとすることはできない。
被告の主張の要点
1 取消事由1(本件発明1に関する一致点の認定の誤り)に対して 刊行物1(甲3)には,電子写真用転写紙を,長網多筒抄紙機で製造すると,フェルトサイド面は微細繊維が多く,密のため水分の脱湿に対し繊維の収縮がワイヤー面よりも敏感であり,熱によりフェルト面が縮む結果,画像側にカールしてしまうことが記載されており,定着の加熱加圧によるカールの原因は,紙の表裏の微細繊維の量の差異,それに伴う紙料密度の差異に基づくものであることが示されている。
さらに,刊行物1には,フェルトサイド面とワイヤーサイド面を有する紙と,両面ワイヤーサイド面から形成された紙について,厚さ方向に4分割して各区画の紙料密度を測定したことが示され,両面ワイヤーサイド面から形成された紙では,表裏の紙料密度差が少ないこと,すなわち表裏面における微細繊維及び填料の抜けの差が少ないことが示されている。
また,刊行物1発明は,ツインワイヤー抄紙機を用いて製造することで,紙層密度を均等化しようとするものであるが,これは,本件明細書(甲2)の段落【0010】に,本件発明1の実施手段として記載されているものと同様の手段であって,刊行物1で紙料密度を均等にする手段として記載されているものは,実質的に微細繊維の量を制御しているとみることができる。
したがって,決定における一致点の認定に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明1に関する相違点についての判断の誤り)に対して 以下のとおり,決定の認定判断に誤りはない。
(1) 各層間の微細繊維の割合差をできるだけ小さくすることの容易性について 刊行物1には,紙の表裏面における微細繊維の量の差がカール等の原因となることが記載されている。
また,刊行物2(甲4)には,ハイブリッドフォーマについて記載され,抄紙機の配置や抄紙条件を調整して,灰分や微細繊維の厚さ方向分布を均一にし,紙の表裏差を少なくすることができること,これらによりカールや印刷適性の差の少ない,良好なシートができることが示されている。
さらに,刊行物2の第10図,第11図には,各種のハイブリッドフォーマについて,紙を分割し,分割された各紙層の填料や微細繊維の割合を測定して,紙の均一性を評価したことが示されている。
そうすると,刊行物1発明において,カールの原因となる紙の微細繊維及び填料の表裏差の有無を評価するのに,紙料密度で評価することに代えて,刊行物2に記載されているように,微細繊維の割合の表裏差で評価することは,当業者が容易になし得ることである。
そして,紙の表裏差が小さく紙質が均一であることは,微細繊維の割合の差が小さいことで示されるから,微細繊維について,紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差をできるだけ小さくなるようにすることは,当業者が容易に想到し得ることである。
(2) 0.2mm以下の微細繊維の割合を限定した点について 刊行物1には,ワイヤーサイド面では微細繊維が抜けやすいことが記載されているのであるから,表裏で分布が不均一になりやすい微細繊維の繊維長を測定し,それに着目して均一性を評価することは,容易になし得ることである。
さらに,刊行物3に記載されているように,パルプ繊維を長さにより区分してその分布等を調べることは普通に行われていることであり,また,乙3にも0.2mm以下の微細繊維の数が,カールに影響することが記載されており,ワイヤーサイド面から抜けやすい微細繊維の繊維長を調べる際に,表裏の繊維分布を一定の繊維長の範囲に区分して比較し,表裏差の大きい繊維の長さの範囲を求め,このような繊維長の繊維に着目することは当業者が容易になし得ることであって,本件発明1において,「0.2mm以下の繊維」の割合を限定した点は,抄紙条件により表裏差が大きくなる繊維の長さが主に0.2mm以下であることを確認した結果にすぎない。
(3) 微細繊維の割合の測定方法について 本件発明1において,0.2mm以下の繊維の割合の測定方法は,特許請求の範囲においては特定されていないが,本件明細書の記載によれば,本数による測定方法により測定されるものと認めることができる。
しかし,紙の微細繊維の割合を,繊維の本数の割合で表示することは,刊行物3の図5,7に示すように本件出願前から行われていることであり,また,微細繊維の割合を示すのには,本数の割合による表示が適していることは乙2,3に記載され,同様の表示は乙4にも記載されており,微細繊維の割合を繊維の本数の割合で表示することは本件出願前周知である。
そうすると,微細繊維の割合を,繊維本数の割合で評価した点は,本件出願前周知の微細繊維の割合の評価方法を採用したにすぎない。
(4) 微細繊維の割合の差を3%以下とすることについて 刊行物2の第11図bには,電子写真用転写紙ではないが,4分割した紙の各層の微細繊維(Fines)の割合が示され,その図の記載によれば,各層の微細繊維の割合の差は3%以内であると認められ,その図には,抄紙機や抄紙条件を調整して紙の各層の微細繊維の含有量の差を少なくすることができることが示されているから,微細繊維の割合の差を3%以内とすることは,本件出願前公知の抄紙機,抄紙技術の技術水準からみて,格別困難ではないとみることができる。
刊行物2には,微細繊維の表裏差がカールを生じることは記載されているが,電子写真用転写紙において,カールを生じさせないために必要な微細繊維の割合の表裏差の程度については記載されていない。
しかし,刊行物1及び刊行物2には,微細繊維の表裏差がカールを生じることが示されており,また,使用する複写機やプリンターの種類に応じて,許容できるカールの大きさが異なり,また,転写紙のカールの大きさは,パルプや填料の種類や量等によっても異なることが本件明細書の実施例,比較例に示されている。
そうすると,本件発明1で規定する表裏層の微細繊維の割合を3%以下とした点は,原料や抄紙条件を変えて微細繊維の割合の異なる紙を抄造し,複写機やプリンターに使用した実験を行って,カールが小さく,トラブル等の生じない範囲を決めたものにすぎず,このような数値範囲を見いだすことが,困難であるとはいえない。
(5) 微細繊維の割合の差を3%以下とすることの臨界的意義について 原告は,本件明細書の表1〜表4に示す実施例1〜10と比較例1〜6の電子写真用転写紙についての評価結果をグラフに示し,本件発明1において,「表裏差3%」は臨界的意義を有している旨主張している。
しかし,「3%以下」とした点に関する本件明細書の段落【0008】の記載によれば,カールの大きさは,0.2mm以下の繊維の割合の差に比例することを前提にして,用紙の大きさに応じて,許容できるカールの大きさから割合の差を求めたことが示されており,「3%以下」に臨界的意義があるとの原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものである。
また,本件明細書の実施例,比較例は,原料や抄紙条件の異なるものであるから,これらの評価結果を一つのグラフ上にプロットし,その傾向を近似曲線で表すことに技術的な意味はなく,むしろ,カールの大きさは,原料や抄紙条件により差異はあるが,繊維の表裏の割合の差にほぼ比例しており,表裏差3%近辺で急激に変化するとはいえない。
3 取消事由3(本件発明2ないし5についての進歩性判断の誤り)に対して 本件発明1に対する認定判断についてと同様の理由により,本件発明2ないし5の判断についても誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1に関する一致点の認定の誤り)について (1) 刊行物1(甲3)について検討するに,確かに,得られた紙の微細繊維の量を測定してその表裏の差がカールの原因であることを確認した事実が記載されているものではない。
しかし,刊行物1には,次のような記載がある。
「従来,電子写真用転写紙は,長網多筒抄紙機で一般的に製造され,…両サイド面の紙質差は大きい。即ち,フェルトサイドでは,微細繊維及び填料の留りがよく,密になり,その表面が平滑かつ緻密になっているのに対し,ワイヤーサイドでは,微細繊維及び填料の抜けが大きく,粗密になり,その表面にはワイヤー目がつき,凹凸状になっている。…紙の表面(フェルトサイド面)と裏面(ワイヤーサイド面)との間には,前記のような紙質上の差があるため,…搬送性が悪く,片面コピー後にカールが生じやすいという問題があった。」(1頁左下欄10行〜右下欄8行) 「片面フェルトサイド面と,片面ワイヤーサイド面を有する転写紙の場合は,…定着後トレー上で熱圧によりカールが発生しやすく,ワイヤーサイド面にコピーする第2コピーでは搬送上給紙不良やジャムの原因となる。定着部で熱(160〜180℃)がかかると水分の放湿が行われるが,フェルトサイド面は微細繊維多く,密のため水分の脱湿に対し繊維の収縮がワイヤー面よりも敏感であり,熱によりフェルト面が縮む結果,画像側にカールしてしまう」(3頁右上欄10行〜左下欄2行) 「本発明で用いる転写紙は,その紙層密度を均等化するために,抄造中に紙料の両面から均一に脱水することによって,即ち,両面がワイヤーになっているツインワイヤー抄紙機を用いて製造することができる。」(1頁右下欄19行〜2頁左上欄3行) (2) 上記記載に照らせば,刊行物1には,抄造時の紙の表裏面がフェルトサイド面とワイヤーサイド面であると,脱水による表裏面の微細繊維及び填料の抜けの程度が異なる結果をもたらし,微細繊維が多いフェルトサイド面は紙料密度が高くなること,繊維の収縮が紙面の収縮をもたらすこと,したがって,紙の表裏面の微細繊維の量の差が,繊維の収縮による紙面の収縮の大きさの差となってカールを生じることが示されていると解される。また,刊行物1発明は,抄造中に紙料の表裏面から均一に脱水することにより,脱水に伴う微細繊維及び填料の抜けの程度を紙の表裏面で同等のものとし,表裏面の紙料密度を均等にしようとするものであると解される。
このように,刊行物1発明は,紙の表裏面における微細繊維の抜けの程度を同じくすることによって,紙の表裏における微細繊維の量の差異を小さくしたものであるから,決定の一致点の認定に誤りがあるということはできない。
原告の主張は,採用の限りではない。
2 取消事由2(本件発明1に関する相違点についての判断の誤り)について (1) 決定の「転写紙の表面側と裏面側の紙質上の差を少なくするため,微細繊維について,紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差をできるだけ小さくなるようにすることは当業者が容易に想到し得ることと認められる」とした上で,「紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差を,『2層に均等又はほぼ均等に分割した際の各層間の割合の差が3%以下』と規定することは,許容される転写紙の品質レベルを考慮し適宜決定できることであり」との認定について (1-1) 原告は,前記第3,2(1)(a)及び(2)のとおり主張するので,この点について検討する。
(a) 本件証拠(甲6,10,11,乙2〜4)及び弁論の全趣旨によれば,微細繊維の含有される割合を表すのに,重量を基準として「重量%」として表すもの(以下「重量割合」という。),及び微細繊維の本数を基準にその割合(%)で表すもの(以下「本数割合」という。)があり,両者で測定方法も異なることが認められる。
(b) 本件発明1の特許請求の範囲においては,「0.2mm以下の繊維の割合の差が3%以下」と記載されている(甲2)。しかし,この「割合」ないし「%」が,「本数割合」によるものか,「重量割合」によるものかの記載はない。発明の詳細な説明欄の実施例に関する段落【0015】において,「繊維割合測定方法」として,「繊維本数の百分率で表した」として,「本数割合」であるとの記載があるのみである。
このような記載状況に照らせば,上記実施例に関する記載のみによっては,本件特許請求の範囲における「割合」の意義が「本数割合」に限定されるとはいえないとの見解も成り立ち得るところである。しかし,原告は,本件特許請求の範囲における「割合」の意義が「本数割合」であると主張するところであり,本訴では,実施例とはいえ一応上記のような明確な記載があり,本件明細書全体を合理的に解釈すれば,原告主張の解釈も不合理ではないと考えられるので,以下においては,原告の主張に従って,本件発明1における「割合」とは「本数割合」を意味するとの前提に立って,検討を進めることとする。
(c) 決定の説示をみると,本件発明1や刊行物2(甲4)における微細繊維の含有される割合が,「重量割合」又は「本数割合」のいずれの基準によるものかにつき,明確な記載がされているわけではない。ただ,特許異議申立人である王子製紙株式会社は,本件特許異議申立書(甲8)において,刊行物2の第11図bのグラフにおける縦軸の「%」を「重量%」と理解して主張しており,本件異議審における取消理由通知書(甲12)において,取消理由として,上記異議申立書の部分が引用されているので,決定においては,刊行物2の第11図bのグラフにおける縦軸の「%」を「重量割合」の意味であるとの解釈の下にされたものと推認される。
(d) そこで,刊行物2(甲4)第11図bのグラフを検討すると,縦軸には微細繊維(Fines)の「%」が表記されているものの,これが「重量割合」又は「本数割合」のいずれを意味するのかにつき,グラフ中はもとより,他の箇所においても,明記されていない。そこで,第10図bのグラフを参照すると,灰分を対象とするものではあるが,縦軸は「Weight,%」と記載されており,これが「重量割合」を意味することは明らかである。しかし,これを参考に第11図bの縦軸を再検討しても,一方では,単に「Weight」との表示が省略されたもので,第10図bと同様に「重量割合」であると解釈し得るものの,他方では,あえて「%」とのみ記載されていることから,「重量割合」とは異なるもの(例えば「本数割合」)であると解釈する余地もあり,結局は決め手になり難い。
他の証拠を検討するに,乙2〜4によれば,微細繊維の含有量について「本数割合」によって示すことが常套手段として周知であったことが認められる。この周知手段を適用するばらば,刊行物2の第11図bのグラフの縦軸も「重量割合」ではなく,「本数割合」によるものと解する余地がある。しかし,甲6,10,11を総合すれば,上記第11図bに接した当業者としては,「重量割合」によるものと理解する可能性も否定できない(異議申立人はそのように理解している。)。
結局,本件全証拠によるも,刊行物2の第11図bのグラフにおける縦軸(Fines)の「%」が,「重量割合」によるものか,「本数割合」によるものかを断定することは困難であり,このグラフに接した当業者がどのように理解するのが通常であるかを確定することも困難であるというほかない。
(e) 以上によれば,決定は,本件発明1の進歩性についての判断中において,刊行物2(甲4)の第11図bのグラフ縦軸の「%」が意味するところを明記しないままに説示を進めており,それ自体が適切でない疑いがある。そして,決定は,刊行物2の第11図bに微細繊維の各層の分布差を3%以内としたものが図示されていることを認定しており,仮に,前記(c)のとおり,決定が,明記はしないが「重量割合」の意味であるとの理解の下に上記認定をしたのであるとすれば,原告主張のように,本件発明1の「繊維の割合の差」(本数割合)と刊行物2の第11図に示された「微細繊維の含有量の各層の差」(重量割合)が異なる基準で計算されたことを見落とした可能性は否定できない。
しかしながら,決定が理由として説示するところを検討すると,決定は,刊行物2において,灰分や微細繊維の厚さ方向分布が均一になっているとカールや紙の表裏における印刷適性の差が少ないこと,灰分や微細繊維の表裏差を少なくするように,抄紙機や抄紙条件を調整することが記載されていること,実際に抄紙した紙について,紙を分割して各層の微細繊維の含有量を測定し,表裏面の微細繊維や含有量の差が少なくなっていることが記載されていることという限度で,刊行物2の記載を使用したにすぎない(この刊行物2の記載内容自体は,原告も争うものではない。)。そして,決定の説示全体の趣旨に照らせば,決定は,刊行物2の記載を上記の限度で考慮したほか,微細繊維の含有量については本数割合の採用が常套手段であることなどの周知技術等をも総合して,「転写紙の表面側と裏面側の紙質上の差を少なくするため,微細繊維について,紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差をできるだけ小さくなるようにすることは当業者が容易に想到し得ることと認められる」とした上で,「紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差を,『2層に均等又はほぼ均等に分割した際の各層間の割合の差が3%以下』と規定することは,許容される転写紙の品質レベルを考慮し適宜決定できることであり」との認定をしたことが明らかである。そして,本件証拠に照らせば,決定の上記認定は,是認し得るものである。
したがって,刊行物2の第11図bのグラフ縦軸の「%」が意味するところに関する決定の理解に問題があるとしても,上記認定の結論に影響を及ぼすものではない。
その余の点を含め,原告の前記第3,2(1)(a)及び(2)の主張は,採用することができない。
(1-2) 原告は,前記第3,2(1)(b)のとおり主張するので,この点について検討する。
取消事由1に関して判示したとおり,刊行物1(甲3)には,紙の表裏面での微細繊維の量が異なると,繊維の収縮に伴ってカールが生じることが示されていると解されるのであるから,刊行物2(甲4)においても,カールを少なく抑えるべく紙の表裏面での微細繊維の量の差に着目することは,当業者が容易に想到し得ることである。
また,前判示のとおり,刊行物2には,微細繊維や灰分の厚さ方向分布が均一であるとカールが生じないことが示され,紙を分割した際の各層の灰分,微細繊維の割合をそれぞれ測定したことが示されている。そして,刊行物2の第10図a,b及び第11図a,bには,紙の各層の微細繊維の割合の変化と,灰分の割合の変化が類似した挙動を示す抄紙機が示されており,このようなものにおいて,微細繊維の表裏差が小さくなるような条件で抄紙すれば,灰分の表裏差も小さくなることは容易に予測できるところであることからみても,微細繊維の表裏差に着目してそれをできるだけ小さくしようとすることが困難であるとはいえない。
そして,本件明細書(甲2)に「抄紙時の脱水過程において,短繊維は填料などとともにワイヤーを通過して紙匹から脱落する。そのため,上部と下部で脱水量が異なるときは,紙の表裏に短繊維量,及び灰分量に差が生じる。…通常,短繊維と灰分は同様の挙動を示すが,短繊維の少ない高濾水度パルプやシートパルプなどを用いたときは…灰分量の差が大きくなる傾向にある。灰分量の表裏差は脱湿時の収縮量の表裏差に密接に関係しており,該表裏差が大きければ,短繊維量の表裏差が極めて小さい場合においても収縮量差は大きくカールは大きくなる。」(段落【0009】)と記載されていることからみても,短繊維量と灰分量の表裏差は,いずれもカールの発生に影響するが,通常は短繊維と填料は同様の挙動を示すから,短繊維に着目したことが示されているものと解される。
以上のとおりであるから,刊行物1発明に刊行物2の記載をどのように組み合わせようと,微細繊維の表裏差だけに着目してそれをできるだけ小さくしようという思想は生まれないとする原告の主張も採用することができない。
(1-3) 原告は,前記第3,2(1)(c)のとおり主張するので,この点について検討する。
既に判示したように,刊行物1(甲3)及び刊行物2(甲4)により,微細繊維の表裏差に着目してそれをできるだけ小さくしようという思想が生じるのであり,また,微細繊維の割合を本数で評価することが周知である(刊行物3,及び乙2〜4)以上,「転写紙の表面側と裏面側の紙質上の差を少なくするため,微細繊維について,紙を分割した際の各層間の微細繊維の割合差をできるだけ小さくなるようにすること」は,当業者が容易に想到し得ることといえるのであって,原告の主張は,採用の限りではない。
(2) 決定の「3%以下に限定したことに格別の臨界的意義があるとも認められない。」と認定について 原告は,前記第3,2(3)のとおり主張するので,この点について検討する。
本件明細書(甲2)の実施例,比較例の記載を検討すると,それぞれに条件が異なっている。そもそも,3%に普遍的な臨界的意義があることを裏付けるには,少くともそのそれぞれの条件において割合のみを変化させた実験値を得て,3%前後の変化を確認する必要がある。しかし,そのような確認を一切しないままに,上記のような異なる条件の下で得られた実施例,比較例の実験値(表1〜4)を同一グラフ上にプロットした結果のグラフの状況を根拠に,3%付近で顕著な変化が看取されるから3%に普遍的な臨界的意義があると認めることはできない。
加えて,上記の実施例,比較例の結果は,本件発明の一態様にすぎないのに対し,本件発明に関して説明する本件明細書の段落【0008】において,「0.2mm以下の繊維の割合の差が10%で収縮率に0.025%の差が生じる。例えば,用紙全体の0.2mm以下繊維の割合が10%異なると,200×200mmの紙では上記に示す水分変化において0.05mmの寸法差を生じることになる。…その場合には同サイズの用紙では紙の端で15mm以上のそり上がったカールが生じることになる。従って,紙の表裏の0.2mm以下の繊維の割合の差が3%を越えた場合,4.5mmより大きいカールが生じることになり,走行性及び作業性のトラブルになる。」と記載されており,「3%」に関し,10%のカール量からの単なる比例計算によって,走行性及び作業性のトラブルを生じないカール量に相当する3%を算出して説明している。真に,3%に臨界的意義があるのであれば,このような説明をするはずがないことは明らかである。
以上によれば,実施例,比較例の実験値(表1〜4)を根拠に3%に臨界的意義があるものと認めることはできず,本件明細書(甲2)を精査しても,3%に臨界的意義があることを認めるに足りる記載は存在しない。
なお,原告は,上記段落【0008】における3%以内に関する記述は,3%の意義を理論的に説明して,単純な計算で展開したものであり,これに対して,実施例,比較例に記載されたデータは,実際の実験に基づくものであって,当業者としては,【0008】の記載よりも,実施例,比較例の記載に基づいて,3%の臨界的意義を認識するものであるとも主張するが,上記の実施例,比較例の結果は,本件発明の一態様にすぎないことなど,前判示の点に照らせば,到底採用し得ない。
(3) 決定の「本件発明1では,微細繊維を0.2mm以下のもの限定しているが,刊行物1には,ワイヤーから抜ける微細繊維がカールに影響することが示されており,刊行物3には,紙パルプの繊維の測定区分の一つとして0.20mm以下が示されており,微細繊維の範囲は,ワイヤー面から脱落しやすく,カール等に影響するものを,刊行物3記載の区分を参考にし,実験により当業者が設定したにすぎないものである。」との認定について 原告は,前記第3,2(4)のとおり主張するので,この点について検討する。
刊行物1(甲3)及び刊行物2(甲4)には,紙の表裏面の微細繊維の量の差がカールを生じる原因となることが示され,刊行物2においては,紙を厚さ方向に分割した各層の微細繊維の量が測定されている。刊行物1及び刊行物2には,微細繊維の具体的繊維長は記載されていないものの,紙を構成する繊維の中で,抄紙により表裏面において量の差を生じカールの原因となるような短繊維に着目していることは明らかである。
そして,刊行物3(甲5)には,繊維長分布測定のための区分の一つとして「0.0〜0.2mm」なる具体的記載があるから,繊維長分布をこの区分に従って測定すれば,刊行物1及び刊行物2に記載されたカールの原因となる微細繊維の範囲としての「0.2mm以下」は,当業者が容易に見いだし得るものである。この点,現に,乙3にも採用された例がある(なお,乙3は,新たな公知事実を主張するための証拠ではなく,従来の当業者の技術常識ないし周知技術を示す補充的な証拠であると解されるので,本訴において証拠とすることは許される。)。
原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 原告は,前記第3,2(5)のとおり,総括的に,「本件発明1は,刊行物1発明ないし刊行物3発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。」との決定の判断を非難するが,既に判示したところに照らせば,原告の主張が採用し得ないことは明らかである。
3 取消事由3(本件発明2ないし5についての進歩性判断の誤り)について 原告の主張は,前記の本件発明1の場合と同様の理由により,本件発明2ないし5についての進歩性を否定した決定の判断は,誤りであるというものである。
本件発明1については,前判示のとおりであり,本件発明1の進歩性を否定した決定の認定判断は是認し得るのであるから,原告主張の取消事由3も理由がないというべきである。
4 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文