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関連審決 審判1999-10111
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 251号 審決取消請求事件
原告 三星電子株式会社
訴訟代理人弁護士 安田有三
訴訟代理人弁理士 竹内裕
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 川名幹夫,高橋泰史,大橋信彦,井出英一郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年審判第10111号事件について平成15年1月29日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,特許出願をした原告が,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判を請求したところ,審判の請求は成り立たないとの審決がされたため,審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成10年5月26日,発明の名称を「CDMAシステムのハンドオフ方法」とする特許出願をした(パリ条約による優先権主張1997年5月29日,大韓民国)。
(2) 原告は,平成11年3月16日付けの拒絶査定を受けたので,同年6月22日,拒絶査定に対する審判を請求し(平成11年審判第10111号事件として係属),同年7月22日,明細書を補正(以下「本件補正」という。)した。
(3) 特許庁は,平成15年1月29日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年2月17日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の請求項1の記載 (1) 本件補正前のもの 「CDMAシステムのハンドオフ方法において,パイロット信号が所定値より大きくかつ活性化されてないBTSのパイロット信号が,活性化状態にあるBTSの中でパイロット信号が最も弱いBTSのパイロット信号の強さに特定値を加えた値より大きければ,該パイロット信号が最も弱いBTSをドロップする段階と,前記活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階と,を行うことを特徴とするハンドオフ方法。」 (2) 本件補正後のもの(下線部分が補正箇所) 「許容可能な最大個数 の活性化状態 にある BTS から パイロット 信号 を受ける 移動局 をもった CDMAシステムのハンドオフ方法において,パイロット信号が所定値より大きくかつ活性化されてないBTSのパイロット信号が,活性化状態にあるBTSの中でパイロット信号が最も弱いBTSのパイロット信号の強さに特定値を加えた値より大きければ,該パイロット信号が最も弱いBTSをドロップする段階と,前記活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階と,を行うことを特徴とするハンドオフ方法。」 3 審決の理由の要旨 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)は,刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであって,本件補正は,特許法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものであり,また,本件補正前の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)は,刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というのである。
(1) 本件補正却下の決定 本件補正は,出願当初の明細書の特許請求の範囲の請求項1(以下「補正前の請求項1」という。)に「CDMAシステムのハンドオフ方法」とあるのを,「許容可能な最大個数の活性化状態にあるBTSからパイロット信号を受ける移動局をもったCDMAシステムのハンドオフ方法」とするものであるところ,補正前の請求項1のように,単に,CDMAのハンドオフ方法とした場合には,活性化状態にあるBTSがいくつあるかは任意ということになるが,上記補正は,この点に関し,活性化状態にあるBTSが許容可能な最大個数であると限定するものである。
そして,本願発明と本願補正発明とは,産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるから,本件補正は,特許法17条の2第4項2号の規定を満たしている。
次に,この補正が,特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項の規定を満たすかどうかについて検討する。
原査定の拒絶の理由に引用された特開平8-172390号公報(本訴甲4,以下「刊行物1」という。)には,CDMAシステムのハンドオフ方法に関する発明が記載されており,「【0009】【実施例】図1は,本発明の移動無線通信方式の実施例を説明する図である。図において,1-1〜1-5は基地局であり,それぞれ無線ゾーンA,B,C,D,Eを形成する。2は各無線ゾーンを移動する移動局である。3は各基地局と図外のネットワークとを接続する制御局である。」,「【0010】本実施例は,移動局が移動しながら2つの基地局の一方を順次切り替える場合について説明する。地点@では,移動局2は基地局1-1,1-2と通信する。すなわち,移動局2から送信された信号は基地局1-1,1-2に受信され,制御局3でダイバーシチ合成される。また,基地局1-1,1-2から送信された信号は移動局2に受信されてダイバーシチ合成される。」,「【0013】 ここで,基地局の切り替え方法について説明する。@移動局が定期的に通信していない他の基地局からの受信電力を測定し,通信している各基地局からの受信電力の最小値よりも大きくなったときにその基地局に切り替える。」,「【0014】B移動局と通信していない基地局における受信電力を測定し,通信している各基地局における受信電力の最小値よりも大きくなったときにその基地局に切り替える。」,「【0015】制御局3では,各基地局で受信された信号について,受信レベルが最大となる基地局を選択する選択合成法,各基地局からの信号の位相を合わせて合成する等利得合成法,合成後の信号電力対雑音電力が最大となるように合成する最大比合成法のいずれかを用いることにより,容易にダイバーシチ効果を得ることができる。」「【0017】また,請求項3に示すように,各基地局からCDMA方式でそれぞれ同一周波数帯で同時に送信する構成では,移動局2のRAKE受信機で受信してダイバーシチ合成する。」と説明されている。
本願補正発明と刊行物1記載の発明とを対比すると(i)刊行物1記載の発明は,移動局が複数個の基地局と通信を行っている状態において,移動局がハンドオフ前と同じ数の基地局との通信を維持するよう,新たな基地局との通信の開始と,それに伴い,通信を行っていた基地局のいずれかとの通信をやめるとしたCDMAシステムのハンドオフ方法に関するものであり,本願補正発明が,許容可能な最大個数の活性化状態にあるBTSから(パイロット)信号を受ける移動局をもったCDMAシステムのハンドオフ方法であるとする点と一致する。
ただし,刊行物1には,パイロット信号についての記載がないので,前記括弧内の点は,本願補正発明と刊行物1記載の発明との相違点である。
(ii)刊行物1記載の発明において,移動局は,通信していない基地局からの受信電力を測定し,その受信電力が通信している各基地局からの受信電力の最小値よりも大きくなったときには,通信している基地局の内で最小の受信電力で通信している基地局との通信をやめ,その一方で,前記通信していた基地局に代えて,通信している各基地局からの受信電力の最小値よりも大きい受信電力の通信していない基地局との通信を開始するとしており,基地局との通信をやめるということは,その基地局をドロップするということであり,前記通信していない基地局と通信をするということは,その通信していない基地局が選ばれてその通信していない基地局が活性化されるということである。
してみれば,本願補正発明が,パイロット信号が所定値より大きくかつ活性化されてないBTSのパイロット信号が,活性化状態にあるBTSの中で信号が最も弱いBTSの信号の強さに特定値を加えた値より大きければ,該パイロット信号が最も弱いBTSをドロップする段階と,前記活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階とを行う,とする点に関し,刊行物1記載の発明と本願補正発明とは,次の点で相違し,その余では一致する。
本願補正発明が,(a)パイロット信号により各段階を扱っており,また,(b)活性化状態にあるBTSの中で信号が最も弱いBTSの信号の強さに特定値を加えた値と活性化されていないBTSからの信号とを対比しており,さらに,(c)活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較を各段階において行なう,としているのに対し,刊行物1には,そのことについての記載がない点 そこで,上記(i),(ii)で述べた相違点について検討すると,ハンドオフ制御のためにパイロット信号を用いるとすることは,本件出願前普通に知られていること(必要ならば,例えば,原査定の拒絶の理由に引用された特開平9-74378号(本訴甲5)公報を参照されたい。)であり,また,ハンドオフ制御に際し,受信信号レベルに特定値を加えた値と活性化されていない基地局からの受信信号レベルとを対比するとすることは,本件出願前普通に知られたこと(必要ならば,例えば,原査定の拒絶の理由に引用された特開平6-164477号公報(本訴甲6)を参照されたい。)である。
さらに,活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較は,1度すれば十分であり,それを再度行なうとするか否かは当業者が適宜なすことにすぎない。
以上のとおりであるから,本願補正発明は,上記周知技術を刊行物1記載の発明に適用して当業者が容易になし得たものであって,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反するものである。
よって,本件手続補正書による補正は,特許法159条1項で読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下する。
(2) 引用刊行物 原査定の拒絶の理由に引用された刊行物1(特開平8-172390公報)及びその記載事項は,前記(1)の中で記載したとおりである。
(3) 対比,判断 本願発明と刊行物1記載の発明とを対比すると,(i)本願発明も刊行物1記載の発明も,CDMAシステムのハンドオフ方法に関するものであり,この点で両者は一致する。
(ii)刊行物1記載の発明において,移動局は,通信していない基地局からの受信電力を測定し,その受信電力が通信している各基地局からの受信電力の最小値よりも大きくなったときには,通信している基地局の内で最小の受信電力で通信している基地局との通信をやめ,その一方で,前記通信していた基地局に代えて,通信している各基地局からの受信電力の最小値よりも大きい受信電力の通信していない基地局との通信を開始するとしており,基地局との通信をやめるということは,その基地局をドロップするということであり,前記通信していない基地局と通信をするということは,その通信していない基地局が選ばれてその通信していない基地局が活性化されるということである。
してみれば,本願発明が,パイロット信号が所定値より大きくかつ活性化されてないBTSのパイロット信号が,活性化状態にあるBTSの中で信号が最も弱いBTSの信号の強さに特定値を加えた値より大きければ,該パイロット信号が最も弱いBTSをドロップする段階と,前記活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階とを行う,とする点に関し,刊行物1記載の発明と本願発明とは,次の点で相違し,その余では一致する。
本願発明が,(a)パイロット信号により各段階を扱っており,また,(b)活性化状態にあるBTSの中で信号が最も弱いBTSの信号の強さに特定値を加えた値と活性化されていないBTSからの信号とを対比しており,さらに,(c)活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較を各段階において行なう,としているのに対し,刊行物1には,そのことについての記載がない点 そこで,上記(ii)で述べた相違点について検討すると,ハンドオフ制御のためにパイロット信号を用いるとすることは,本件出願前普通に知られていること(必要ならば,例えば,原査定の拒絶の理由に引用された特開平9-74378号公報(本訴甲5)を参照されたい。)であり,また,ハンドオフ制御に際し,受信信号レベルに特定値を加えた値と活性化されていない基地局からの受信信号レベルとを対比するとすることは,本件出願前普通に知られたこと(必要ならば,例えば,原査定の拒絶の理由に引用された特開平6-164477号公報(本訴甲6)を参照されたい。)である。
さらに,活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較は,1度すれば十分であり,それを再度行なうとするか否かは当業者が適宜なすことにすぎない。
したがって,本願発明は,上記周知技術を刊行物1記載の発明に適用して当業者が容易になし得たものである。
(4) 審決のまとめ 以上のとおりであるから,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由 (1) 審決は,本願補正発明と刊行物1記載の発明との相違点(c)について,「活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較は,1度すれば十分であり,それを再度行うとするか否かは当業者が適宜なすことにすぎない。」と判断した。
(2) 本願補正発明は,活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較を,パイロット信号が最も弱いBTSをドロップする段階だけでなく,パイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階でも再度行うこと,具体的には,「前記活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階」を必須の要件とするものであり,これにより,「セルの中心でハンドオフが発生する確率を減らし,ハンドオフ成功率と通話品質を高めることができる。」(段落【0045】)という効果を達成するのである。本願補正発明の「前記活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階」との要件は,刊行物1に記載されていないし,審決が引用する特開平9-74378号(甲5)及び特開平6-164477号公報(甲6)にも記載されていない。
(3) 審決は,本願補正発明の要旨の認定を誤り,その結果,上記(1)のように判断して,「本願補正発明は,上記周知技術を刊行物1記載の発明に適用して当業者が容易になし得た」と判断したものであって,誤りである。
2 被告の反論 (1) 「パイロット信号が所定値より大きくかつ活性化されてないBTSのパイロット信号が,活性化状態にあるBTSの中でパイロット信号が最も弱いBTSのパイロット信号の強さに特定値を加えた値より大きければ,該パイロット信号が最も弱いBTSをドロップする段階」を経た後において,活性化されていないBTSのパイロット信号とドロップしたBTSのパイロット信号とでは,比較するまでもなく,活性化されてないBTSのパイロット信号の方が大きいと考えるのが自然であり,合理的であるから,ドロップしたBTSの再活性化するといったことは,本願補正発明の想定するところではない。
したがって,2度の比較に技術的な意味はないのであって,審決が「活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較は,1度すれば十分であり,それを再度行うとするか否かは当業者が適宜なすことにすぎない。」と判断したことに誤りはない。
(2) 「最も大きいBTSを活性化する段階」は,BTSをドロップしてしまったので,新たにBTSを活性化するためのものであるが,これは,通常行われているところの,各BTSの受信電解を比較し,大きなBTSを活性化するというものであって,技術的に特別視するようなものではなく,通常の手法の採用にすぎない。
また,1回目の比較でハンドオフを行う手順に入り,2回目の比較でハンドオフするといった技術思想は,特開平6-45990号公報(乙6)や特開平7-298333号公報(乙7)に示されているように,本件出願以前に周知である。
したがって,刊行物1記載の発明において,ハンドオフを行うに当たり,ドロップする段階と活性化する段階とに分け,各段階においてパイロット信号を比較するようにすることは,前記周知技術に基づいて当業者が適宜なし得ることにすぎない。
当裁判所の判断
1 相違点(c)に係る審決の判断について (1) 本件明細書(甲2,3)には,次の記載がある。
「従来は4以上のセルに対するハンドオフを同時に行えないため,4以上のセルの重畳地域では3つの活性群のパイロット信号がT_ADD以上であれば,他のBTSのパイロット信号が”T_ADD+T_COMP”になってPSMM信号を送っても,移動局のハンドオフを行えなかった。従って移動局は,既に3つのBTSから信号を受信する場合,他のBTSのパイロット信号が活性群のパイロット信号より強くてもハンドオフを行えない。これによって他のBTSのパイロット信号は,他の移動局に干渉として作用する。」(【0031】) 「【発明が解決しようとする課題】 即ち新しいBTSに対してハンドオフを行えない状況になれば,ハンドオフ遅延が起こるだけ該当セルに対して干渉が増加するという結果を招く。また,1つの移動局に対する活性群の数,呼当りのハンドオフの数は最小にしなければならないが,3以上のセル重畳地域ではハンドオフが必要以上に多く行われる。さらに,セル半径が小さい都心ではパイロット信号の強さが不均一な分布をすることがあるので,セルの中心でもハンドオフを行う可能性がある。この場合,呼の切断又は通話の品質の低下等が発生する。」(【0032】) 「よって本発明の課題は,呼の切断や通話品質の低下が起こらないハンドオフ方式を提供することにある。」(【0033】) 「以上のような課題を解決する本発明のハンドオフ方法は,CDMAシステムのハンドオフ方法において,パイロット信号が所定値より大きくかつ活性化されてないBTSのパイロット信号が,活性化状態にあるBTSの中でパイロット信号が最も弱いBTSのパイロット信号の強さに特定値を加えた値より大きければ,該パイロット信号が最も弱いBTSをドロップする段階と,前記活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階と,を行うことを特徴とする。・・・」(【0034】) 「また別の方法として,CDMAシステムのハンドオフ方法において,パイロット信号が所定値より大きくかつ活性化されてないBTSのパイロット信号が,活性化状態にあるBTSの中でパイロット信号が最も弱いBTSのパイロット信号より大きければ,該パイロット信号が最も弱いBTSをドロップする段階と,前記活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階と,を行うことを特徴とする。・・・」(【0035】) 「図6はソフトスワップハンドオフのフローチャートである。
S1は,移動局が現在アドしているBTSA〜Cのパイロット信号の強さと新たにT_ADD以上に測定されたBTSDのパイロット信号を,PSMM信号によりBSCに送信する段階である。S2は,BSCが移動局から受信したパイロット信号の強さを比較し,現在アド状態にある基地局の中でパイロット信号が最も弱い1つを除いた他の2つのBTSB,Cに対するハンドオフを指示するためにHDM信号を移動局に送信する段階である。S3は移動局がHDM信号を受信した後,BTSB,Cに対するHCM信号をBSCに送信する段階である。この時BSCは,HCM信号で指示していないBTSAをドロップする。S4は,移動局がT_ADD以上の強度に感知している全てのBTSのパイロット信号の強さを報告させるために,BSCからパイロット測定要求命令(Pilot Measurement Request Order:PMRO)信号を送る段階である。S5は,移動局が,パイロット信号の強さがT_ADD以上のBTSB〜Dのパイロット信号の強さを,PSMM信号によりBSCに送信する段階である。S6はBSCで受信したパイロット信号の強さを比較し,T_ADD以上であるBTSDをアドするようHDM信号を移動局に送る段階である。S7は,移動局がHDM信号を受信してBTSDをアドし,その結果をHCM信号でBSCに送る段階である。S6とS7の段階を通してBTSB〜Dがアドされる。」(【0041】,【0042】) 「このような過程によりソフトスワップハンドオフを行う。ソフトスワップハンドオフとは,T-DROPとT_ADDを連続的に行うことを意味する。即ち,T_ADDを超えるパイロット信号を新しく感知すると,既にアドしているBTSの中で最もパイロット信号が弱い基地局を強制的にドロップし,新しいパイロット信号の基地局をアドする。」(【0043】) 「ソフトスワップハンドオフは,セルが重畳された地域で最もパイロット信号の強いBTSから選んでアドすることにより,最適のハンドオフ条件を維持できる。
そしてソフトスワップハンドオフ方法が適用されるシステムは,新たなBTSのパイロット信号を検出する移動局,移動局から所定の値より大きいパイロット信号の報告を受け,報告された値を現在活性化状態にあるBTSのパイロット信号と比較し,活性化状態にある基地局の中でパイロット信号が最も弱いBTSのパイロット信号が,報告されたパイロット信号のうち最も強い値よりも弱ければ,パイロット信号が最も弱いBTSをドロップするCDMAシステムである。」(【0044】) 「【発明の効果】 本発明のソフトスワップハンドオフにより,セルの重畳した地域からより強いパイロット信号を持つBTSへのソフトハンドオフを迅速に行い,周りのセルに対する相互干渉を減少することができる。又,ソフトハンドオフの回数を減らしてシステムの負荷を減らし,セルの中心でハンドオフが発生する確率を減らし,ハンドオフ成功率と通話品質を高めることができる。」(【0045】) (2) 以上の記載によれば,本願補正発明は,呼の切断や通話品質の低下が起こらないハンドオフ方式を提供することを課題とするものであって,第2の2(2)に記載のとおりの構成を採用し,ドロップする段階において,活性化されてないBTSと活性化状態にあるBTSからのパイロット信号を比較するほか,活性化する段階においても,活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号を比較して,その中の最も大きいBTSを活性化し,これによって,最適のハンドオフ条件を維持し,さらに,セルの重畳した地域からより強いパイロット信号を持つBTSへのソフトハンドオフを迅速に行い,周りのセルに対する相互干渉を減少することができ,また,ソフトハンドオフの回数を減らしてシステムの負荷を減らし,セルの中心でハンドオフが発生する確率を減らし,ハンドオフ成功率と通話品質を高めるという効果を奏するものであると認められる。
そして,本件明細書(甲2,3)には,「セル半径が小さい都心ではパイロット信号の強さが不均一な分布をすることがあるので,セルの中心でもハンドオフを行う可能性がある。この場合,呼の切断又は通話の品質の低下等が発生する。」(【0032】)との記載があるから,都心において,各基地局の発する電波の電界強度が不均一であることは技術常識であるということができる。このように各基地局の発する電波の電界強度が不均一であるという状況の下では,先行する最も弱いBTSをドロップする段階における各BTSのパイロット信号の大きさが,その後の最も大きいBTSを活性化する段階において,変化することがあり得るから,最も弱いBTSをドロップする段階のみならず,パイロット信号が最も大きいBTSを活性化する段階において,活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較を行うことは,技術的にみて意味があるといわなければならない。そして,本願補正発明は,BTSを活性化する段階においても,活性化されてないBTSとドロップしたBTSからパイロット信号を比較し,その中の最も大きいBTSを活性化するという構成を採用し,これにより,最適のハンドオフ条件を維持し,さらに,セルの重畳した地域からより強いパイロット信号を持つBTSへのソフトハンドオフを迅速に行い,周りのセルに対する相互干渉を減少させて,通話品質を高めるという効果を奏するのである。
そうであれば,相違点(c)に係る「活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較を各段階において行なう」ことについては,上記のような技術的意味があるから,この相違点に係る補正発明の構成が単に適宜なし得る設計事項と認めるには,審決が軽々にこれを結論づけただけではその根拠付けとして十分ではないし,他にその根拠付けについての主張立証はない。したがって,審決が,相違点(c)について,「活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較は,1度すれば十分であり,それを再度行うとするか否かは当業者が適宜なし得ることにすぎない。」と判断したのは,誤りである。
(3) 被告は,活性化されていないBTSのパイロット信号とドロップしたBTSのパイロット信号とでは,比較するまでもなく,活性化されてないBTSのパイロット信号の方が大きいと考えるのが自然であり,合理的であるから,ドロップしたBTSを再活性化するといったことは,本願補正発明の想定するところではなく,2度の比較に技術的な意味はないと主張する。
しかし,上記(2)に判示したように,都心のような各基地局の発する電波の電界強度が不均一であるという状況の下では,先行する最も弱いBTSをドロップする段階における各BTSのパイロット信号の大きさが,その後の最も大きいBTSを活性化する段階において,変化することがあり得るから,そうであれば,ドロップしたBTSAを再活性化することもあり得るといわなければならない。被告の上記主張は,これと異なる独自の理解に基づくものであって,失当である。
(4) そうすると,審決が「活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較は,1度すれば十分であり,それを再度行なうとするか否かは当業者が適宜なすことにすぎない。」と判断したことは,誤りである。
ところで,審決の説示に照らせば,審決は,刊行物1記載の発明に周知技術を適用して本願補正発明とすることは,当業者が容易になし得たものであると判断したということができるから,この容易想到性に係る審決の判断に誤りがなければ,審決の上記誤りは,その結論に影響を及ぼすことにはならない。そこで,以下,容易想到性に係る審決の判断について,さらに判断することとする。
2 容易想到性に係る審決の判断について (1) 特開平1-303817公報(乙5)には,「移動通信装置・・・は端末装置が移動体の移動に伴って移動することから,これをカバーするべく複数の基地局を点在させ,移動体は通信を行う時点(電源を投入したとき)で最も強い電解強度を示す基地局のチャネルに自己のチャネルをセットしてその基地局と通信を行うように構成されている。」(1頁右下欄11行ないし17行),「このような移動体通信装置においては,移動体が,ある基地局のサービスエリアから他の基地局のサービスエリアに移動することにより,この移動に伴って最も強い電解強度を示す基地局は変化し,この基地局からの制御信号との同期が取れなくなると改めて電解強度を測定して最も強い電解強度を示す他の基地局に切換えることが行われている。」(1頁右下欄18行ないし2頁左上欄5行),「(作用) この発明では,所定の期間に各基地局からの制御信号を抽出し,各制御信号の電解強度を測定してこの測定結果に基づいて電解強度の最大の制御信号を得るよう送受信手段のチャネル切換を制御するので,常時,最良の状態で通信を行うことができる。」(2頁左下欄3行ないし9行),「このように常に各チャネルからの送信電波の電解強度を測定して電解強度の最も強いチャネルを調べ,そのチャネルに送受信機2のチャネルを切り換えるので,送受信機2の受信電波は移動体のA点からB点への移動とともに・・・電解強度の最も強い基地局のチャネルを利用するように選択切換えされ,常に最良の状態で基地局と通信することができる。」(4頁左上欄7行ないし14行)との記載がある。
また,特開平6-45990号公報(乙6)には,「【0027】・・・移動端末10は無線基地局21から受信する通信チャネルの電波の受信レベル値R1を検出(101)し,一つのしきい値である規定値H1と比較する。【0028】受信レベル値R1が規定値H1以下であった(102)とき,他局,すなわち無線基地局22,23が発信する電波の受信レベルを計測(103)した移動端末10は,これら計測値の中で最大レベル値R2をもつ電波の一つの発信無線基地局(例えば)22を選択し,新しい通信チャネルを設定して交換制御局30に通知し,通信を開始(104)する。」(3頁4欄2行ないし12行),「【0031】この状態で,移動端末10は通信チャネルを形成する二つの電波の受信レベル値R1,R2を検出(105)し,レベル値R1,R2のいずれか一方が規定値H1より大きいしきい値となる規定値H2を超えたとき,大きい方のレベル値(例えば)R2をもつ通信チャネルを残し,小さい方のレベル値R1をもつ通信チャネルを通信終了(107)の処理とする。」(3頁4欄26行ないし32行)との記載があり,特開平7-298333号公報(乙7)には,「【0005】従って,このような切り替え,すなわちハンドオーバを行うために,従来のシステムにおいては,移動局は通信中の基地局から周辺セルの拡散符号を受け取り,この拡散符号で拡散されたパイロットチャネルまたは止まり木チャネルの受信レベルを順次スキャンし,この受信レベルが所定のしきい値以上あるセルを選択し,この選択したセルの通信チャネルを新たに接続して,該セルの基地局と同時通信モードに入るとともに,今まで通信中のセルからの受信レベルを測定し,この受信レベルが所定の低いしきい値以下に低下すると,該セルとの通信回線を切断するという動作を行っている。」(3頁3欄49行ないし4欄9行),「【0043】・・・移動局は通信中に基地局から周辺セルの拡散符号を通知され,該拡散符号を用いて周辺セルの止まり木チャネルを順次受信し,その受信レベルRを測定する(ステップ110)。具体的には,前記拡散符号で基地局からの止まり木チャネルの拡散符号を逆拡散して,その受信レベルRを測定する。【0044】そして,この測定した受信レベルRのうち,第1の所定の受信レベルR1を越える受信レベルRと通信中の最大受信レベルとのレベル差D’を算出する(ステップ120)。この算出したレベル差D’が第1の所定のレベル差D1より小さい受信レベルのセルを新たに接続し,同時通信モードに入る(ステップ130)。」(6頁9欄25行ないし37行),「【0048】・・・以上のようにして同時通信モードに入った移動局は,同時通信中の複数のセルの受信レベルRを常に測定し,これらの受信レベルRの各々と該受信レベルRのうちの最大の受信レベルとのレベル差D”を算出し,このレベル差D”が前記第1の所定のレベル差D1よりも大きい図3(c)に示す第2の所定のレベル差D2よりも大きいか否かを判定する(ステップ140)。この結果,レベル差D”が第2の所定のレベル差D2よりも大きくなった場合には,このレベル差D”を有するセルに対する通信回線を切断し(ステップ160),最大の受信レベルのセルと通信を継続する。」(6頁10欄35行ないし45行)との記載もある。
(2) 上記乙5ないし7のいずれによっても,移動体通信においては,複数の基地局があるところで常に最良の状態で通信を行うため,隣接する全てのゾーンからの電界強度を測定し,その測定結果に従い通信を制御することは,周知の事項であると認められる。そして,上記1(2)に判示したように,都心において各基地局の発する電波の電界強度が不均一であることは技術常識であり,都市空間において常に最良の状態で通信行うためには,極めて短い周期で隣接する全てのゾーンからの電界強度を測定し,その測定結果に従い通信を制御することが,当然に要請されていたということができるから,本願補正発明のように,パイロット信号が最も弱いBTSをドロップした後に,パイロット信号が最も大きいBTSを活性化するに当たり,ドロップしたBTSのパイロット信号を含めて測定して比較することは,本件出願当時,当業者にとって自然に思いつく程度のことであるというべきである。
(3) そうすると,刊行物1記載の発明の構成から,相違点(c)に係る「活性化されていないBTSからの信号と活性化状態にあるBTSからの信号との比較を各段階において行なう」との構成に至ることは,上記周知の事項及び技術常識からみて,当業者にとって容易になし得たものであるといわざるを得ない。
(4) したがって,前記1で説示した審決の判断の誤りは,その結論に影響を及ぼすものではない。
結論
以上のとおりであって,審決は,結論において正当であり,原告の請求は,理由がないから,これを棄却すべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 野輝久