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事件 |
平成
3年
(ウ)
1205号
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裁判所 | 大阪高等裁判所 |
判決言渡日 | 1992/07/31 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
本件申立てを却下する。 訴訟費用は申立人らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の申立て
一 申立人ら1 大阪地方裁判所が平成三年一〇月二二日同裁判所昭和六三年(ヨ)第五四八号製造・販売禁止等仮処分命令申請事件についてなした仮処分命令は、申立人らにおいて金二億円の保証を立てることを条件としてこれを取り消す。 2 申立費用は被申立人の負担とする。 3 仮執行の宣言二 被申立人主文同旨 |
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当事者の主張
一 申立ての理由1 仮処分命令の存在 被申立人は、申立人らが共同して、業として、別紙目録(一)記載の方法を用いて同目録(二)記載のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(以下「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」を「t―PA」という。)及び同目録(三)記載の血栓症治療用製剤(以下「イ号製剤」という。)を製造し、これを販売している行為(なお、申立人東洋紡績株式会社〔以下「申立人東洋紡」という。〕は、第一製薬株式会社〔以下「第一製薬」という。〕との間でイ号製剤の販売契約を締結して、 平成三年五月から、同社を発売元として「プラスミナー注」という商品名でイ号製剤を販売している。)は被申立人の有する特許第一五九九〇八二号特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を侵害するものであるとの理由で、申立人らを被申請人として、大阪地方裁判所に仮処分申請をし(同裁判所昭和六三年(ヨ)第五四八号)、同裁判所は、平成三年一〇月二二日、次の(1)ないし(5)の内容の仮処分命令を発した(以下「本件仮処分命令」という。)。 (1) 申立人らは、別紙目録(一)記載の方法を用いて同目録(二)記載のt―PAを製造し、販売し、販売のために宣伝、広告してはならない。 (2) 申立人らは、イ号製剤を製造し、販売し、販売のために宣伝、広告してはならない。 (3) 申立人らは、右(1)記載のt―PA及びイ号製剤の占有を解いて、これを被申立人の委任する管轄地方裁判所所属の執行官に引き渡さなければならない。 (4) 右執行官は、 右物件を保管しなければならない。 (5) 右執行官は、右物件を保管していることを公示しなければならない。 そして、同月二八日、申立人東洋紡において保有するイ号製剤につきその占有を解いて執行官保管とする執行(右(3)ないし(5))が行われた。 2 特別事情の存在 本件仮処分命令の被保全権利は金銭的補償によって終局的にその目的を達成できるものであり、言い換えれば、本件仮処分命令の取消しによって被申立人の被る損失は金銭的補償によって十分治癒されるものであるから、この事実だけでも民事保全法による改正前の民訴法759条(以下「旧民訴法759条」という。)にいう、本件仮処分命令を取り消すべき「特別の事情」が存在するというべきである。 また、本件仮処分命令の取消しによって被申立人の被る損害と本件仮処分命令を受けたことによって申立人らの被る損害とを比較すると、申立人らは比較対照すべくもないほどの異常の損害を被っているばかりか、金銭的評価も不可能な回復し難い被害にも耐えるべきことを余儀なくされているから、かかる事情もまた本件仮処分命令を取り消すべき特別の事情である。 (一) 被保全権利の金銭的補償の可能性(1) 被申立人は、我が国においては、自らt―PA製剤を販売することなく、 本件特許権につき申立外協和醗酵工業株式会社(以下「協和醗酵」という。)及び同三菱化成株式会社(以下「三菱化成」という。)に実施権を許諾し、両社は、平成三年五月以来、t―PA原薬(t―PA原体)を被申立人から購入して、それぞれt―PA製剤を製造し(協和醗酵の商品名は「アクチバシン注」、三菱化成の商品名は「グルトパ注」)、これらt―PA製剤を協和醗酵は自ら、三菱化成は申立外田辺製薬株式会社(以下「田辺製薬」という。)を通じて広く販売している。 したがって、協和醗酵及び三菱化成から実施料を取得していることと、t―PA原薬を右両社に販売しこれによる利益を得るということとが、本件特許権にまつわる被申立人の我が国における地位であり、実施料及びt―PA原薬販売利益の取得は金銭そのものにかかることであって、 それ以外にはない。それ故、仮に被申立人が本件特許権の侵害によって損害を受けることがあるとしても、それは実施権者らによるt―PA製剤の売上減少に伴う実施料収入及びt―PA原薬販売利益の減少がありうるかという二点であるが、いずれにせよ、このような損害は金銭的補償により填補治癒されることは疑いがない。 (2) 被申立人は、申立人らがイ号製剤(t―PA製剤)の製造販売を継続することによって被申立人の被る損害が金銭に換価可能といえないことは従来の裁判例に徴して明らかであると主張するが、具体的にどのようなことがありうるのか全く言及するところはないし、前記のとおり、被申立人は我が国においては本件特許権につき実施権を許諾した者であり、自らはt―PA製剤を製造、販売していないことからすると、被申立人に金銭補償では賄いきれない損害など生じえないことは明らかである。 (二) 申立人らの被る異常損害(1) 被申立人は、米国においては昭和六二年(一九八七年)製造販売の承認を得て以来、t―PA製剤の製造販売を行っており、我が国においては、前記のとおり、平成三年(一九九一年)五月以来被申立人から実施権の許諾を受けた協和醗酵及び三菱化成がt―PA製剤の製造販売を行っている。 そこで、我が国における申立人らのイ号製剤の販売実績(薬価基準)を基礎として、申立人らの販売シェア分を右実施権者が販売することにより被申立人の得る利益を推定すると、t―PA原薬の販売による年間増収額が一億ないし一億三〇〇〇万円、実施料取得による年間増収額が九〇〇〇万ないし一億六〇〇〇万円と推定され、したがって、申立人らのイ号製剤の販売が継続されることによる被申立人の損害額は、年間合計一億九〇〇〇万ないし二億九〇〇〇万円と推定される。 なお、被申立人が実施権の許諾に当たり右実施権者から頭金(イニシャル・ペイメント)の給付を受けていることが推定されるが、この種契約の常識あるいは慣例として、通常その実施料率が変更されることはありえても、右頭金が実施権者に返還されることはありえないから、 この点について被申立人が損害を被るということはありえない。 また、被申立人の米国での売上げを含むt―PAの全売上実績からみると、我が国へのt―PA原薬そのものの売上高はさしたる額とは思われない。 (2) 一方、申立人らは、本件仮処分命令によるイ号製剤及びその原薬の製造販売の差止めにより、年間、その販売からもたらされる利益一億三〇〇〇万円(申立人らの薬価ベースによる年間販売額一三億円×薬価に対する第一製薬の実勢販売価格率七五%×申立人らの収益率一三%)、t―PA事業に携わっていた従業員の人件費二億四〇〇〇万円、右製造のための設備が稼働していないことによるその減価償却や金利負担など一一億六〇〇〇万円(なお、従業員及び設備投資のうち一部他に転用しうることがありえても、実際的に転用する機会を短期日に見い出すことは困難であり、実情として転用されていない。)の合計一五億三〇〇〇万円の損害を被っているほか、短期日のうちに事業再開が不可能な場合にはt―PA原薬にかかわる他に転用不可能な原材料及び中間仕掛品在庫の廃棄損五億三〇〇〇万円、本件仮処分命令の執行により執行官の保管に移されたイ号製剤及び第一製薬が保有している製品在庫のうち現時点で申立人らが負担せざるをえないと考えられる廃棄損五億五〇〇〇万円の損害を被るのであり(これらは、使用上の有効期間が限られており、早晩廃棄せざるをえない。)、更には、申立人らのイ号製剤の研究開発、臨床開発などの開発経費は七一億九〇〇〇万円、右製造のための設備投資額は三五億七〇〇〇万円であり(その際他に転用できないため廃棄せざるをえない設備投資は六億円相当である。)、結局、本件仮処分命令に伴い申立人らが直接被る年間の損失額は合計二六億一〇〇〇万円に上り、これに加えて設備投資及び開発経費合計一〇七億六〇〇〇万円相当がねむり、日を追って無に近づきつつある。 (3) 我が国の保険医療制度下においては、医療機関での使用薬剤は、厚生省の製造承認を経て健康保険法の規定に基づく薬価基準に収載されていることが前提となっており、 その医療品が将来にわたる安定供給を保証しえない状態になれば、薬価基準収載品目から削除するとの行政措置を受けざるをえないので、いったん将来にわたって安定供給を保証しえない状態に立ち至った医薬品を医療機関に納入することは実際上不可能となる。 申立人らのイ号製剤と被申立人の実施権者のt―PA製剤は、厚生省によって全く別個な物質としてそれぞれ別に医薬品としての適応性を審査され、異なった物質名(一般名)のもとに製造承認を与えられ、異なった販売名のもとに薬価基準に収載され、多くの医療機関に競合的に納入されていた。かかる状況下において、申立人らのイ号製剤は、特許権侵害の理由により製造販売が差し止められ、安定供給を保証しえない状況となったので、近い将来薬価基準収載品目からの削除という行政措置を受けることになり、その後に、たとえ、特許無効審判、控訴等により申立人らに有利な状況が生じた時点で改めて販売を始めたとしても、主要医療機関においては審査会の議を経て新医薬品の購入が決定、契約され、納入が開始されるという実情からいって元の販売シェアに復することは不可能である。したがって、本件仮処分命令により申立人らが被る損害は回復しえない不可逆的なものとなりつつある。 (4) 被申立人は、申立人東洋紡の平成四年三月期の業績(売上高予測)からすれば、その売上高の点からみてもイ号製剤の売上損失があっても取り立てて影響はない旨主張するが、申立人らは、その事業戦略として、医薬品開発事業部門の発展を企図し、そのため多額の設備投資も行ったわけであるが、本件仮処分命令による影響が極めて大きく、将来の展望に蓋をされ、やっと緒につきかかったものが足元を掬われて、医薬品事業部のみならず申立人らの事業全体の進展のため大きな阻害と損失をもたらしたことは間違いないのであって、単に今期の売上高だけで云々される問題ではない。 被申立人は、本件仮処分命令の継続により申立人らは多大の損失を被るとの申立人らの主張に対し、被申立人は本件発明の特許出願につき出願公告がされると直ちに申立人東洋紡に警告状を発したから、 この警告に従って開発を断念していれば申立人らの主張する損害は回避しえたはずであると主張するが、客観的、合理的見解とは到底いえない。右出願公告に対しては二八件もの特許異議の申立てがあり、これに対応させて特許請求の範囲の記載を変更し、拒絶査定を受けると更に特許請求の範囲を変更して審判請求をするというように、出願公告後二度も特許請求の範囲を補正するなどして権利の内容が定まらなかったし、一方、英国では本件発明に関する特許は無効であるとの認定が確定するに至り、ドイツ特許庁においても同様であったので、同等の技術水準にある我が国においても特許を付与される可能性は少ないとするのが大方の見解であったのである。 また、被申立人は、申立人らの設備投資に関連して、申立人らのイ号製剤製造設備はEPO製剤の製造にも用いることが予定されていた旨主張するが、EPO製剤の製法とイ号製剤の製法とは全く別異なものであって、そもそも原薬の培養装置、 精製方法も全く異なるものであるし、製剤化においてもEPO製剤は液体であるのに対しイ号製剤は凍結乾燥品であり、両薬剤の製造は全く別個無関係に行われていたものである。イ号製剤製造設備の建設は平成元年四月に開始されたが、EPO製剤の承認申請は平成二年七月のことであることからも、両者が無関係であることが明らかである。 更に、被申立人は、第一製薬はイ号製剤「プラスミナー注」の販売から撤退することを言明する書面を各需要先に配付しており、申立人らがイ号製剤の製造を再開しても第一製薬はイ号製剤を取り扱わないから結局イ号製剤の販売は実際上できない旨主張するが、第一製薬によれば、そのような書面は配付したことがないとのことである。第一製薬と申立人東洋紡との間の「プラスミナー注」の販売に関する契約は解除されたわけではないので、申立人らが血と汗の結晶として完成した「プラスミナー注」の製造販売が許容されれば、第一製薬を通して国内販売が直ちに再開されるし、東南アジアなど海外向けの輸出販売も可能となる。 (三) まとめ 以上のように、 本件仮処分命令により申立人らのイ号製剤等の製造販売が差し止められなかった場合に被申立人が被る損害は、相対的に少額であり、かつ、将来本案訴訟で特許侵害を認める判決が最終的に確定した時点において被申立人が申立人らの販売シェアを直ちに獲得することができることからすれば、金銭による補償によって償える性質ものであるから、被申立人が致命傷を受けることはない。 これに対して、申立人らは、イ号製剤等の製造販売中止による短期的な損失を受けているばかりでなく、将来本案訴訟で特許権侵害はないとの判決が最終的に確定することにより再度イ号製剤の販売が可能になったとしても、その時点からでは販売シェアの回復が不可能であるから、本件仮処分命令がこれ以上の期間存続すると、申立人らのt―PA事業は復帰不可能な致命的な打撃を受ける。すなわち、申立人らは、t―PA製剤開発投資を回収する機会を永遠に失うことになり、その損害額は被申立人の損害額とは比較にならないほど莫大なものとなる。 したがって、本件仮処分命令はこれを取り消すべき特別の事情があるので、申立人らは、申立人らが相当の保証を立てることを条件として直ちに本件仮処分命令取消しの判決を求めるものであるが、右保証金の額は、本件仮処分命令自体の保証金が一億円であることに鑑みれば、その二倍の二億円を限度とするのが相当と思われる。 二 申立ての理由に対する被申立人の認否及び主張1 仮処分命令の存在について申立ての理由1の事実(本件仮処分命令の存在及びその執行)は認める。 2 特別事情の存在について 申立ての理由2冒頭の、本件仮処分命令の被保全権利は金銭的補償によって終局的にその目的を達成できるものであるとの主張、本件仮処分命令によって申立人らは異常の損害を被っており、金銭的評価も不可能な回復し難い被害にも耐えるべきことを余儀なくされているとの主張、及び本件仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存在するとの主張はすべて否認する。 (一) 被保全権利の金銭的補償の可能性について(1) 被申立人が、我が国(日本国)においては、自らt―PA製剤を販売することなく、 本件特許権につき協和醗酵及び三菱化成に実施権を許諾し、両社は、平成三年五月以来、t―PA原薬(t―PA原体)を被申立人から購入して、それぞれt―PA製剤を製造し(協和醗酵の商品名は「アクチバシン注」、三菱化成の商品名は「グルトパ注」)、これらt―PA製剤を協和醗酵は自ら、三菱化成は田辺製薬を通じて広く販売していることは認めるが、本件において保全の必要性につき対比考慮されるべき被申立人側の事情は、単に、被申立人が本件特許権につき協和醗酵及び三菱化成に実施権を許諾し、被申立人が米国において製造しているt―PA原薬を右両社に販売しているということだけではない。 (2) 我が国内において自らは特許権を実施せず、我が国の企業に実施権を許諾しているにすぎない外国企業についても、特許権侵害差止めの仮処分における保全の必要性が存すること、また、右仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存しないことは従来の裁判例によって認められているところである。申立人らがイ号製剤(t―PA製剤)の製造販売を継続することによって被申立人の被る損害が金銭に換価可能といえないことは、従来の裁判例に徴して明かである。 しかも、被申立人は、前記のとおり協和醗酵及び三菱化成に本件特許権の実施許諾をしているところ、右実施許諾に当たり、本件特許権が第三者によって侵害された場合には、被申立人は自らの費用によって法的措置を含めて侵害の排除に必要なあらゆる努力(best efforts)を尽くすことを約しているのであり、 本件仮処分の申請は、被申立人が右実施権者に対して負担しているかかる債務の履行でもあるのである。 (二) 申立人らの被る異常損害について(1) 被申立人が米国においては昭和六二年(一九八七年)以来t―PA製剤の製造販売を行っており、我が国(日本国)においては、平成三年(一九九一年)五月以来、被申立人から実施権の許諾を受けた協和醗酵及び三菱化成がt―PA製剤の製剤販売を行っていることは認める。 被申立人は、申立人らの本件特許権侵害行為が継続することによって、 回復不能かつ金銭には換価不能の甚大な損失を被るものである。 (2) 申立人らは、本件仮処分命令が発せられ維持されることによって回復不能の異常な損失を被る旨主張するが、「季刊 日経会社情報92―T新春号」(疎乙第三号証の一ないし三)の申立人東洋紡の項には、平成四年三月期の業績の総評の欄に、「回復」として、「非繊維はナイロンフィルムなど中心に伸び続く。期待の綿織物は回復鈍いが、ポリエステルは衣料向けが好調。ナイロンは特化素材軸に採算が改善。綿糸の市況回復も寄与し経常利益は増加。」と記載され、「訴訟」として、「『t―PA』製造・販売禁止の判決は、今期業績への影響軽微だが、医薬品戦略に打撃。」と記載されていて、本件係争において申立人らが本案訴訟の第一審で敗訴したことは、申立人らが新たに医薬品の分野に進出を試みようとしているその「戦略」には打撃となったものの、「業績」への影響は軽微であることが明記されている。 また、その「売上構成」の項を見ても、「エステル」、「ナイロン」、「アクリル」等の化学合成繊維やその二次製品の売上げが総売上げの五〇%を占め、これに「綿・合繊混紡」、「羊毛」を加えると、七五%以上を占めている。したがって、 将来、繊維のみならずナイロンフィルム等の如き非繊維分野の売上げを拡大し、更に長期戦略として医薬品の分野にも進出しようとしている申立人らの企業戦略が右第一審判決及び本件仮処分命令によって頓挫を来したということはいえても、申立人らが回復不能の損害を被ったといえないことは明白である。 しかも、右疎乙第三号証によれば、申立人東洋紡の平成四年三月期の「売上高予測」は三五五〇億円と算出されている(これは前年三月期の売上高を超えている。)のに対し、申立人らがイ号製剤を発売した平成三年五月以降の各月の申立人らのイ号製剤の売上高は健康保険法に基づき厚生省の定める保険薬価(医療機関が患者に投薬した医薬品の代価を保険機関に請求するときの価額)に換算して約一億円であり、一年で約一二億円にすぎないから、 三五五〇億円の年間売上高を上げている申立人らが年間わずか約一二億円の売上げを失ったからといって、莫大な損害を被ったといえないことは明らかである。 (3) 申立人らは、本件仮処分命令に伴い申立人らが直接被る年間の損失額は合計二六億一〇〇〇万円に上り、これに加えて設備投資及び開発経費合計一〇七億六〇〇〇万円相当が無に近づきつつあるなどと主張するが、被申立人は、本件発明の特許出願につき昭和六二年四月一五日に出願公告がされると直ちに、同月一六日付をもって申立人東洋紡に警告状を発し、申立人東洋紡が開発の対象としているt―PAは被申立人の出願公告にかかる発明の技術的範囲に属することを指摘したのであって、申立人らが主張する右の如き出費は、申立人らが被申立人の右警告を無視してその後も開発を進め、平成三年五月からはイ号製剤の製造販売を開始するまでに至ったことに起因するものであって、被申立人の右警告に従って開発を断念していれば回避しえたはずのものである。化学関係の特許の仮処分事件においては審理にかなりの期間を要することは避けえないところであるが、その審理継続の間に、 敗訴の危険を省みず侵害品の開発投資を進めておきながら、仮処分命令が発せられた後に至って、これを根拠に被申請人は仮処分命令を受けることによって甚大な損害を被っているとして仮処分命令を取り消すに足る特別の事情があると主張することは、全く不当というほかない。 また、申立人らは、他に転用できないため廃棄せざるをえない設備投資は六億円相当であると主張するが、申立人らが堅田工場に建設した製造設備は決してイ号製剤の製造にのみ用いられる設備ではなく、申立人らが今後医薬品の分野に進出するに当たって製造販売することとなる種々の医薬品の製造のために使用する設備であって、現に申立人らがそれを建設するに当たって、当面ですら、イ号製剤の製造のほかエリスロポイエチン(EPO)製剤の製造にも用いることが予定されていたものである。しかるに、申立人らは、自らのEPOの製法が特許権者たる申立外中外製薬株式会社のEPOの特許権を侵害することを避けえないので、 訴訟の生起することを回避するため、厚生省に対して行っていたEPOの製造承認申請を取り下げるとともにその開発を断念した。その結果、現在のところでは、イ号製剤の製造開発が禁止されると、堅田工場の設備を使用すべき技術はなくなってしまったのであって、かかる事態を招来したのは、まさに申立人らが展開しようとしていた医薬品戦略が特許に対する配慮を欠いていたことによるのであり、その責は申立人らの該戦略の企画立案遂行者が負わねばならないものである。 (4) 申立人らの製造するイ号製剤は、平成三年五月以来、申立人東洋紡と第一製薬との間の契約に基づいてその全量がいったん第一製薬に販売され、第一製薬から医薬品卸問屋、病院等の医療機関等に販売されてきたが(医薬品の販売は、その性質上特殊であって、取り扱う各医薬品について該博な専門知識を有する販売員を多数要する製薬企業でなければ事実上不可能であるから、医薬品の製造販売を本業としない申立人らは第一製薬に全量販売し、第一製薬が市販している。)、同年一〇月二二日に本件仮処分命令が発せられ、同月三〇日に本案訴訟の判決が言い渡されたことによってそのイ号製剤の供給を続けることが不可能となったので、第一製薬は、書面(疎乙第七号証の一・二)を各需要先に配付して、同社が申立人らのイ号製剤たる「プラスミナー注」の販売からの円滑な撤退と該製剤の適応症の拡大治験の収束とのために各得意先の理解と協力を求めている。したがって、申立人らが仮に将来イ号製剤の製造を再開するとしても、これに協力すべき一手販売業者のない以上、イ号製剤の販売を再開することは実際上不可能である。 |
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証拠関係(省略)
理 由一 仮処分命令の存在について申立ての理由1の事実(本件仮処分命令の存在及びその執行)は当事者間に争いがない。 二 特別事情の存在について 申立人らは、本件仮処分命令の被保全権利は金銭的補償によって終局的にその目的を達成できるものであり、言い換えれば、本件仮処分命令の取消しによって被申立人の被る損失は金銭的補償によって十分治癒されるものであるから、 この事実だけでも旧民訴法759条にいう、本件仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存在するというべきであり、また、本件仮処分命令の取消しによって被申立人の被る損害と本件仮処分命令を受けたことによって申立人らの被る損害とを比較すると、申立人らは比較対照すべくもないほどの異常の損害を被っているばかりか、金銭的評価も不可能な回復し難い被害にも耐えるべきことを余儀なくされているから、かかる事情もまた本件仮処分命令を取り消すべき特別の事情であると主張するので、以下判断することとする。 1 被保全権利の金銭的補償の可能性について 金銭的補償を受けることにより終局的に仮処分命令の目的を達成することができる場合には、旧民訴法759条にいう仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存在するということができるが、金銭的補償を受けることにより終局的に仮処分命令の目的を達成することができる場合とは、仮処分命令の被保全権利の実現をこれと等価値な金銭的補償に置き換えることができることをいうところ、特許権に対する侵害においては、特許権は無形のものでありその管理が困難であって容易に侵害されやすく、しかも、侵害者の行為と特許権者の損害との因果関係の立証を初めとして特許権者の被った損害の額の立証が一般に困難であるなどその金銭的補償の完全な実現自体に困難を伴い、また、本来特許権者(あるいはこれから実施権等の許諾を受けた者)以外は、当該特許権の消滅後にしか当該発明の実施品を販売できずその市場に参入できないにもかかわらず、特許権存続中に特許権侵害品の市場参入を許せば将来の市場占有率にも重大な影響を及ぼす可能性が高いなど不法行為を理由とする事後における損害賠償請求だけでは特許権侵害に対する救済が不十分であり、 侵害行為そのものを現時点で差し止めなければ、特許発明の公開に対する代償としての一定期間における排他的独占権の享受を本質とする特許権を十分に保護することはできないことから、特に特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対する侵害の停止又は予防の差止請求権を特許権者に認めた特許法100条の趣旨に鑑みると、 一般に特許権に基づくその侵害の差止請求権を被保全権利とする仮処分命令については、特段の事情のない限り、仮処分命令の被保全権利の実現をこれと等価値な金銭的補償に置き換えることはできず、事後における金銭的補償によっては仮処分命令の目的を達成することができないというべきである。 しかして、被申立人が、我が国においては、自らt―PA製剤を販売することなく、本件特許権につき協和醗酵及び三菱化成に実施権を許諾し、両社は、平成三年五月以来、t―PA原薬(t―PA原体)を被申立人から購入して、それぞれt―PA製剤を製造し(協和醗酵の商品名は「アクチバシン注」、三菱化成の商品名は「グルトパ注」)、これらt―PA製剤を協和醗酵は自ら、三菱化成は田辺製薬を通じて広く販売していること、申立人らは、同月以来、申立人らにおいて製造したイ号製剤(t―PA製剤)を第一製薬を通じて(発売元)「プラスミナー注」という商品名で販売していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎乙第一号証の一ないし三、第二、第四号証、第八号証の一・二、第九、第一〇号証、証人【A】、同【B】の各証言及び弁論の全趣旨によれば、被申立人は前記のとおり協和醗酵及び三菱化成に実施権を許諾して両社にt―PA原薬を販売しているが、別途実施料の支払いを受けるわけではなく、両社に対するt―PA原薬の販売代金の中に実施料相当額を含ませていること、協和醗酵が右購入したt―PA原薬を製剤して一般に販売しているt―PA製剤たる「アクチバシン注」及び三菱化成が同様に製剤して田辺製薬を通じて一般に販売しているt―PA製剤たる「グルトパ注」と、申立人らが製造してその全量を第一製薬に販売し同社が一手に販売しているイ号製剤たる「プラスミナー注」とは、急性心筋梗塞(発症後六時間以内)における冠動脈血栓の溶解剤(静脈注射用)として効能・効果を同じくし(再開通率は、前者で約七〇ないし七五%、後者で約七〇%。なお、副作用の出現率は前者で一三・八%、後者で一六・〇%であり、その多くは「出血傾向」である。)、いずれも、 健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法(昭和三三年六月厚生省告示第一七七号)に基づく使用薬剤の購入価格(薬価基準)(平成二年三月厚生省告示第三〇号)の平成三年五月二四日付一部改正により薬価基準に収載されたが、 その薬価も同額であり(アクチバシン注六〇〇万及びグルトパ注六〇〇万とプラスミナー注五〇〇万とは同額の八万二六七〇円、アクチバシン注一二〇〇万及びグトルパ注一二〇〇万とプラスミナー注一〇〇〇万とは同額の一六万一八七〇円)、右のように副作用があるため、現時点では使用する医療機関は事実上相当規模以上の病院に限られており、市場において完全に競合関係にあること、平成三年七月及び八月のこれら三社の右各t―PA製剤の月間売上高はそれぞれ一億一〇〇〇万円程度であり、拮抗していること、医療機関が医薬品を購入する場合、薬価基準収載の薬価より安く購入するのが通常であり、薬価と購入価格との差額(薬価差)は医療機関の利益となるので、各製薬会社間の値下げ競争は激しく、その実際の販売価格(実勢販売価格)が下がると薬価基準収載の薬価が改訂され(薬価の切下げ)、それがまた販売価格の値下げ競争を加速するという相互に影響し合う関係にあること、本件の場合、競合するt―PA製剤を販売する製薬会社がともに被申立人から本件特許権の実施許諾を受けている協和醗酵と三菱化成(田辺製薬)の二社だけであれば、値下げ競争も節度が保たれ、価格低下も緩やかであるが、イ号製剤を販売する申立人らが市場に加われば値下げ競争が著しく加速され、大幅な価格低下を招くおそれが強いこと、被申立人と協和醗酵及び三菱化成との間の昭和五七年(一九八二年)四月三〇日付契約において、協和醗酵及び三菱化成は、我が国における「特許権」のいずれかが第三者により侵害されていると判断した場合には、速やかに被申立人に通知し特許権侵害の証拠を提供するものとされ、被申立人は、自らの費用で、訴訟及び法的手段を含む適切な対策により侵害を排除するよう最善の努力を行うものとされており、被申立人は、"契約上実施権者たる両社に対して第三者による本件特許権の侵害行為を排除すべき義務を負っていること、また、右契約上、両社の独占的な状況が競争者の出現によって著しく損なわれた場合には、両社は被申立人に対しt―PA原薬の供給価格の低減を求めることができるとされていることが認められる。 右事実によれば、被申立人は、申立人らの本件特許権侵害行為たるイ号製剤(プラスミナー注)の販売により、その分だけ競合品たる実施権者のt―PA製剤(アクチバシン注及びグルトパ注)の売上高が減少し、そのため実施権者に対するt―PA原薬の販売量が減少してその販売価格に含ませた実施料相当額の減少による損害を被っているばかりでなく、医療機関に対する販売価格の過度の値下げ競争により実施権者のt―PA製剤についても大幅な価格低下(競争上価格を下げざるを得ない。)のおそれが強く、本件特許権の価値そのものが損なわれるおそれがあり、 また、被申立人は実施権者との間の契約上、第三者による本件特許権の侵害行為を排除すべき義務を負っている(なお、両社の独占的な状況が競争者の出現によって著しく損なわれた場合には、両社からt―PA原薬の供給価格の低減を求められる。)というのであるから、冒頭説示の特段の事情があるとはいえず、事後における金銭的補償によって本件仮処分命令の目的を達成することができるとは到底いえないから、この点に関する申立人らの主張は採用することができない。 2 申立人らの被る異常損害について 本件仮処分は仮の地位を定める仮処分であり、満足的仮処分として被申立人が本案訴訟で勝訴したと同様の結果を招来しているものであるから、その意味では申立人らにそれなりの大きな影響を与えていることは容易に推認することができるが、 このような満足的仮処分が制度として認められている以上は、そのような仮処分により通常被るであろう程度の損害が仮処分の被申請人に生じているからといって仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存在するといえないことは明らかである。しかし、仮処分命令の存続により、 被申請人が通常被るべき損害に比較して過大な損害を被るべき場合には、仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存在するということができるところ、被申請人の被る損害が通常に比較して過大であるかどうかは、仮処分命令を取り消すことによって申請人の被るべき不利益ないし損害とも比較衡量のうえ、社会通念上過大であるかどうかによって判断するのが相当というべきである。 そこで、本件についてみるに、申立人らは、本件仮処分命令によるイ号製剤及びその原薬の製造販売の差止めにより、年間、その販売からもたらされる利益一億三〇〇〇万円(申立人らの薬価ベースによる年間販売額一三億円×薬価に対する第一製薬の実勢販売価格率七五%×申立人らの収益率一三%)、t―PA事業に携わっていた従業員の人件費二億四〇〇〇万円、右製造のための設備が稼働していないことによるその減価償却や金利負担など一一億六〇〇〇万円の合計一五億三〇〇〇万円の損害を被っているほか、短期日のうちに事業再開が不可能な場合にはt―PA原薬にかかわる他に転用不可能な原材料及び中間仕掛品在庫の廃棄損五億三〇〇〇万円、本件仮処分命令の執行により執行官の保管に移されたイ号製剤及び第一製薬が保有している製品在庫のうち現時点で申立人らが負担せざるをえないと考えられる廃棄損五億五〇〇〇万円の損害を被るのであり、更には、申立人らのイ号製剤の研究開発、臨床開発などの開発経費は七一億九〇〇〇万円、右製造のための設備投資額は三五億七〇〇〇万円であり(その際他に転用できないため廃棄せざるをえない設備投資は六億円相当である。)、結局、本件仮処分命令に伴い申立人らが直接被る年間の損失額は合計二六億一〇〇〇万円に上り、これに加えて設備投資及び開発経費合計一〇七億六〇〇〇万円相当がねむり、日を追って無に近づきつつあると主張し、成立に争いのない疎甲第二号証の記載及び証人【B】の証言中にはほぼこれにそう部分があり(但し、証人【B】は、イ号製剤の販売からもたらされる年間利益一億三〇〇〇万円という額の算定に当たっては、その主張の算定式において、 申立人らの年間販売額〔一三億円〕は販売当初の二、三か月の売上実績をもとに推定したものの、収益率については、年間販売額は一三億円にとどまらずもっと増大するとの予測〔第一製薬と話し合った年間販売見通しの量〕に基づいて一〇ないし一五%と推定したものであると供述する。)、もしそのとおりであるとすれば、申立人らが本件仮処分命令の存続により相当の損害を被っていることは推認するに難くないところである。 しかしながら、成立に争いのない疎乙第三号証の一ないし三(日本経済新聞社発行の「季刊 日経会社情報92―T新春号」)によれば、申立人東洋紡について、 平成四年三月期の総評として、「回復」との表題のもとに、「非繊維はナイロンフィルムなど中心に伸び続く。期待の綿織物は回復鈍いが、ポリエステルは衣料向けが好調。ナイロンは特化素材軸に採算が改善。綿糸の市況回復も寄与し経常利益は増加。」と記載され、「訴訟」の表題のもとに、本件係争に関して、「『t―PA』製造・販売禁止の判決は、今期業績への影響軽微だが、医薬品戦略に打撃。」と記載されていること、また、申立人東洋紡の売上構成は「エステル」、「ナイロン」、「アクリル」等の化学合成繊維やその二次製品の売上げが総売上げの五〇%を占め、これに「綿・合繊混紡」、「羊毛」を加えると、七六%を占めていること、申立人東洋紡の資本の額は約四三三億円で、その平成四年三月期の売上高は三五五〇億円、利益は六三億円と予測されていることが認められ、このことと弁論の全趣旨によれば、本件仮処分命令によって申立人らがイ号製剤等の製造販売を差し止められていることは、イ号製剤の製造販売により製薬事業に進出しようと企図した(このことは証人【B】の証言及び弁論の全趣旨により認められる。)申立人らにとって医薬品分野での戦略に関しては大きな打撃になったものの、申立人らの業績への影響は軽微であると認められ(イ号製剤の年間販売額の予測は前記のとおり一三億円程度、これにより申立人らの得る利益の予測は一億三〇〇〇万円程度)、 申立人らが致命的損失を被ったということは到底できない。 のみならず、申立人らは、 前記のとおり、製造のための設備が稼働していないことによるその減価償却や金利負担など一一億六〇〇〇万円、短期日のうちに事業再開が不可能な場合にはt―PA原薬にかかわる他に転用不可能な原材料及び中間仕掛品在庫の廃棄損五億三〇〇〇万円、本件仮処分命令の執行により執行官の保管に移されたイ号製剤及び第一製薬が保有している製品在庫のうち現時点で申立人らが負担せざるをえないと考えられる廃棄損五億五〇〇〇万円の損害を被り、更には、イ号製剤の研究開発、臨床開発などの開発経費七一億九〇〇〇万円と右製造のための設備投資額三五億七〇〇〇万円の合計一〇七億六〇〇〇万円相当がねむり、日を追って無に近づきつつあると主張するのであるが、成立に争いのない疎乙第六号証によれば、被申立人は、昭和六二年四月一五日に本件発明の特許出願につき出願公告がされると直ちに翌一六日頃到達の内容証明郵便により、申立人東洋紡に対し、申立人東洋紡が開発の対象としているt―PAは被申立人の右出願公告にかかる発明の技術的範囲に属するものであるから、被申立人は出願公告による侵害差止請求権、侵害予防請求権に基づきt―PAの開発続行、生産、使用、拡布等一切の行為を廃止するよう要請(警告)したことが認められ、また、本件仮処分事件記録及び弁論の全趣旨によれば、被申立人は、申立人ら(申立人東洋紡及び申立人株式会社東洋紡医薬の被承継人株式会社東洋紡バイオテック)に対し、同年八月二〇日差止請求訴訟を提起し、続いて、 昭和六三年二月一七日右差止請求訴訟を本案として本件仮処分申請をし、本件仮処分事件については、同年五月三一日を第一回として平成三年三月六日の第一五回まで合計一五回の期日に当事者双方の審尋が行われ、同年一〇月二二日本件仮処分命令が発せられるに至ったことが認められるところ、申立人らの主張によれば、イ号製剤製造設備の建設は平成元年四月に開始されたというのであるから、右主張の設備投資に伴う損害のうち相当部分は、右被申立人による書面による要請(警告)、 本案訴訟の提起があり、続いて本件仮処分申請があって、"その審尋が開始されて後に発生したものと認められ(第四回審尋期日は平成元年一月二三日、第五回審尋期日は同年四月一二日)、したがって、たとえ当時本件発明の出願公告に対し多数の異議申立てがなされこれに対して被申立人が特許請求の範囲の補正をするなど申立人ら主張の経緯があったとしても、本件発明に特許が付与されないという保証のないことはいうまでもないことであるから、申立人らは、特許が付与される可能性は極めて低いとの見通し、判断のもとに、もし本件発明に特許が付与された場合の危険は覚悟のうえで、イ号製剤製造設備の建設を推進したものといわざるをえず、その見通し、判断に反して本件発明に特許が付与された以上は、右イ号製剤製造設備の建設に伴う損害は申立人らの甘受すべきものであって、 これをもって本件仮処分命令を取り消すべき事情としての異常損害と主張することは許されないものというべきである。 更に、申立人らは、申立人らのイ号製剤は、特許権侵害の理由により製造販売が差し止められ、安定供給を保証しえない状況となったので、近い将来薬価基準収載品目からの削除という行政措置を受けることになり、その後に、たとえ、特許無効審判、控訴等により申立人らに有利な状況が生じた時点で改めて販売を始めたとしても、主要医療機関においては審査会の議を経て新医薬品の購入が決定、契約され、納入が開始されるという実情からいって元の販売シェアに復することは不可能であるから、本件仮処分命令により申立人らが被る損害は回復しえない不可逆的なものとなりつつあると主張するが、本件仮処分取消申立事件は、本件仮処分命令の被保全権利の存在を前提としてこれを取り消すべき特別の事情の存否を審理判断するものであり、本件仮処分命令の被保全権利の存否を審理判断するものではないから、本件仮処分命令の被保全権利の不存在を前提とする右主張は採用することができない。 これに対し、本件仮処分命令を取り消すことによって被申立人の被る損害が金銭的補償によって償うことのできないものであることは前記説示から明らかであるから、以上によれば、結局、 本件仮処分命令の被申請人である申立人らにおいて、本件仮処分命令の存続により通常被るべき損害に比較して社会通念上過大な損害を被るものとは認められず、この点に関する申立人らの主張は採用することができない。 三 結論 以上のとおり、本件仮処分命令の被保全権利は金銭的補償が可能であるとも、本件仮処分命令により申立人らは異常の損害を被っているともいえないから、結局、 本件申立ては理由なきものとして却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。 |
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追加 | |
(別紙)目録(一)ヒト正常子宮組織からヒト組織プラスミノーゲン活性化因子のメッセンジャーRNA(mRNA)を分離し、これを鋳型として調製したcDNAをウシパピローマウィルスDNA由来のベクターに組込んだ発現ベクターによって形質転換された組換マウスC127細胞を培養することによって主としてグリシンから始まる五三〇個のアミノ酸から構成され、糖鎖末端部に露出したβ―結合型ガラクトースを殆ど有さず、α―結合型ガラクトース及び二―六結合型シアル酸の存在する糖鎖を有する一本鎖タンパクのヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をマウスC127細胞由来のタンパクとともに産生させ、次いでこれを精製して右活性化因子を取得することからなるヒト子宮組織由来のt―PAに反応する抗体に免疫反応を示すヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の製造方法。 (別紙)目録(二)ヒト正常子宮組織のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の遺伝子を組込んだベクターで形質転換されたマウスC127細胞からマウスC127細胞由来のタンパクとともに産生され、ヒト子宮組織由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に反応する抗体に免疫反応を示し、主としてグリシンから始まる五三〇個のアミノ酸から構成され、糖鎖末端部に露出したβ―結合型ガラクトースを殆ど有さず、α―結合型ガラクトース及び二―六結合型シアル酸の存在する糖鎖を有し、かつ一本鎖タンパクとして存在するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子。 (別紙)目録(三)ヒト正常子宮組織のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の遺伝子を組込んだベクターで形質転換されたマウスC127細胞からマウスC127細胞由来のタンパクとともに産生され、ヒト子宮組織由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に反応する抗体に免疫反応を示し、主としてグリシンから始まる五三〇個のアミノ酸から構成され、糖鎖末端部に露出したβ―結合型ガラクトースを殆ど有さず、α―結合型ガラクトース及び二―六結合型シアル酸の存在する糖鎖を有し、かつ一本鎖タンパクとして存在するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を安定剤、溶解補助剤等の添加剤と混合して成る血栓症治療用製剤。 |
裁判官 | 潮久郎 |
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裁判官 | 山崎杲 |
裁判官 | 水野武 |