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関連審決 不服2002-13654
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10185審決取消請求事件 判例 特許
平成16行ケ83審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10470審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10132審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10196審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  一般承継 /  援用権(援用) /  参酌 /  数値限定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  公知事実 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 294号 審決取消請求事件
原告 三井化学株式会社
原告 山本化成株式会社
原告ら訴訟代理人弁理士 生沼コ二,小野暁子,石橋政幸
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 鹿股俊雄,瀬川勝久,高橋泰史,井出英一郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
原告らの求めた裁判
「特許庁が不服2002-13654号事件について平成16年5月25日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告らが,後記本願発明の特許出願をしたが拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:原告ら(ただし,原告三井化学株式会社は,当初の出願人である三井東圧化学株式会社から本願発明の特許を受ける権利一般承継したもの。) 発明の名称:「プラズマディスプレーおよびプラズマディスプレー用フィルター」(補正前の名称:「プラズマディスプレー用のフィルター」) 出願番号:特願平8-335841号 出願日:平成8年12月16日(優先権主張平成8年7月12日) (2) 本件手続 手続補正:平成13年7月9日(本件補正。甲2-2) 拒絶査定日:平成14年6月4日 審判請求日:平成14年7月19日(不服2002-13654号) 審決日:平成16年5月25日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成16年6月9日(原告らに対し) 2 本願発明の要旨(本件補正後のもの。なお,請求項は18まであるが,請求項2ないし18の記載は省略。) 【請求項1】基材中に,近赤外線吸収化合物を少なくとも1種含有し,かつ800〜900nmの平均光線透過率が10%を超えて50%以下である近赤外線吸収フィルターを具備するプラズマディスプレー。
3 審決の理由の要点(明白な誤記は訂正の上,引用する。) (1) 審決は,引用例として次のものを摘示した。
引用例1:特開平7-27913号公報(甲3。これに係る発明を「引用例1発明」ということがある。),引用例2:特開昭49-90078号公報(甲4),引用例3:特開昭49-91186号公報(甲5),引用例4:特開昭58-131699号公報(甲6),引用例5:特開平6-222211号公報(甲7),引用例6:特開平4-39361号公報(甲8),引用例7:特開平4-23868号公報(甲9),引用例8:特開平2-138382号公報(甲10)。
(2) 審決は,本願発明と引用例1発明の一致点,相違点を次のとおり認定した。
(a)「引用例1には,『赤外線カットフィルター,紫外線カットフィルター等の光学的機能を有する光学フィルターを具備するプラズマディスプレー』の発明が記載されている。」 (b)「引用例1発明と本願発明とを比較すると,引用例1発明に係る赤外線カットフィルター等は,特定の波長領域の光(ここでは赤外線)を透過しにくくするものであることは明らかであるから,両者は,プラズマディスプレーにおいて,特定の波長領域の光を透過しにくくする光学フィルターを具備せしめる点で一致する」 (c)「引用例1発明には,本願発明に係る『基材中に,近赤外線吸収化合物を少なくとも1種含有し,かつ800〜900nmの平均光線透過率が10%を超えて50%以下である近赤外線吸収フィルター』を具備する記載がない点で,両者は相違する。」 (3) 審決は,上記相違点について,次のとおり判断した。
「本願明細書の【0003】欄によれば,『【発明が解決しようとする課題】本発明の課題は,プラズマディスプレーから放射される周辺電子機器の誤動作を引き起こす近赤外線領域の光である800〜900nm,更に好ましくは800〜1000nmの領域の光をカットするとともに,ディスプレーの鮮明度を阻害しないような可視光線透過率が高い実用的なフィルターを提供することである。』と記載されている。
これに対して,引用例2,3に記載されるように,プラズマディスプレーパネルにおいて,キセノンガスの放電発光は赤外部又は紫外部に強い線スペクトルを有することは普通に知られている。そして,プラズマディスプレーパネル用に通常使用される各部材の材質から考えて,赤外線(近赤外線)が該パネルから外部に放出されるであろうことは予測し得るところである。しかも,引用例4には,蛍光ランプから出る近赤外光とはいえ,近赤外光がテレビなどの光リモコン装置の不動作,誤動作を起こすこと,それを防止するのに近赤外線を含む光の遮断物が必要であることが記載されている。 以上引用例2ないし4に記載される技術的事項を考慮すると,プラズマディスプレーから出る近赤外光による光リモコン装置などの周辺電子機器の不動作,誤動作を防止するために,引用例1のプラズマディスプレー用の光学フィルターとして近赤外線を透過しにくくするフィルターを用いることは当業者が容易に想起し得ることである。また,近赤外線を透過しにくくする吸収フィルターとして,基材中に近赤外線吸収化合物を少なくとも1種含有する近赤外線吸収フィルターは引用例5ないし8に記載されるように周知のものであり,また,近赤外線領域である800〜900nmの平均光線透過率を極力低めに抑えることは当然必要なことである。 次に,『平均透過率が10%を超えて50%以下である』とする点について検討するに,まず,『10%を超えて』とする点は,本願明細書の【0047】欄には『また,近赤外線光のカット領域はリモコンや伝送系光通信に使用されている800〜900nm,より好ましくは,800〜1000nmであり,その領域の平均光線透過率が50%以下になるように設計する。より好ましくは30%以下,更に好ましくは20%以下,特に好ましくは10%以下になるようにカットすることが望ましい。』と記載されていることからして,本願発明において『平均光線透過率が10%を超えて』とする点に格別臨界的意義があるものとも認められない。また,『50%以下』とする点は,プラズマディスプレーに近赤外線吸収フィルターを具備する際,近赤外光による光リモコン装置などの周辺電子機器の不動作,誤動作をおこす限界値を実験等により確認することにより,当業者が適宜定め得ることである。
したがって,本願発明は,引用例1ないし8に記載の各発明に基づいて当業者が容易になし得た発明である。
なお,本件出願人は当該拒絶理由に対する意見書において,『プラズマディスプレーから放出される赤外線量は極めて微弱であると考えられ,引用例4からはプラズマディスプレーによる誤動作は予期できるものではない。』旨主張している。しかしながら,上述したように,近赤外線がプラズマディスプレーから外部に放出されるであろうことは予期し得るところであり,また,引用例4の記載的事項からして,蛍光ランプから出る近赤外光に限らず,近赤外光がテレビなどの光リモコン装置の不動作,誤動作を起こすことは容易に想起し得ることであり,近赤外線量は微弱であるとはいえプラズマディスプレーから出る近赤外線によっても該誤動作を起こすであろうことは容易に予期し得ることである。よって,本件出願人の上記主張は妥当なものとはいえない。」 (4) 審決は,次のとおり結論付けた。
「本願発明は,引用例1ないし8に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」
原告らの主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(本願発明と引用例1発明との一致点の認定の誤り) (1) 引用例1発明には,「赤外線カットフィルターを具備するプラズマディスプレー」の発明は含まれないにもかかわらず,審決は,前記第2,3(2)(a)のとおり,引用例1発明にこれが含まれるものと認定した上,同(b)のとおり,一致点を認定したが,誤りである。
上記の誤りの結果,審決は,引用例1発明のプラズマディスプレーが「赤外線カットフィルターを有さない」のに対して,本願発明が「基材中に,近赤外線吸収化合物を少なくとも1種含有し,かつ800〜900nmの平均光線透過率が10%を超えて50%以下である近赤外線吸収フィルターを具備する」という相違点を看過したものであり,しかも,この相違点が認定されておれば,本願発明は,当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断されるべきであったのであるから,審決は,結論を誤ったことになる。
(a) 本願発明の課題は,プラズマディスプレーから放射される周辺電子機器の誤動作を引き起こす態様の近赤外線領域の光である800〜900nmの領域の光をカットするとともに,プラズマディスプレーの表示画像の鮮明度を阻害しないような可視光線透過率が高い実用的なフィルターを,提供することである。
その課題解決手段として,赤外線領域(780nmから1mm)に含まれる近赤外線領域(780nmから2500nm)のうちの光である800nmから900nmを10%を超えて50%以下の平均透過率とする近赤外線フィルターを,プラズマディスプレーに設けたことを特徴とするものである。
(b) 引用例1発明は,任意の平板型ディスプレーにほぼ密着させて組み込む,任意の光学的機能を有する光学フィルターの外形構造に関するものである。
従来,平板型のディスプレーに光学フィルターをほぼ密着させて組み込む場合には,ディスプレー板(パネル)と光学フィルターの間にスペーサーフィルムを設けることで,ディスプレー板と光学フィルターの間に所定の間隔を確保する方法が知られていたが,これでは,ニュートンリング発生やモイスチャートラップ現象による結露等の解決に付随した不具合が生じていた。
引用例1発明は,光学フィルターにそれと一体成形した突起又は段差を設けることにより,スペーサーフィルムを使用せずに,ディスプレー板(パネル)と光学フィルターの間に所定の間隔を確保することができ,従来の方法では避けられなかったニュートンリング発生やモイスチャートラップ現象による結露等の解決に付随した不具合を回避するというものである。
したがって,この発明の光学フィルターの特徴は,専らその外形形状にあるのであって,光吸収特性等の光学的機能に特徴を有するものではない。引用例1には,光学フィルターの例として赤外線カットフィルター等が列挙され,一方,当該光学フィルターとほぼ密着して用いるディスプレー板(パネル)として,液晶パネル,プラズマディスプレーなどの平板型(フラット)ディスプレーが列挙されている。
引用例1の記載によれば,「フラットディスプレーにおいて,その表示品質を向上・改善するために用いる光学フィルター全般に利用できる」とある。上記した引用例1発明の内容から,この記載が,ここに列挙したすべての平板型(フラット)ディスプレーとここに列挙したすべての光学フィルターの組合せが有用な光学的機能を発揮して利用できるとの趣旨で述べられたものでないことは,明らかである。
平板型(フラット)ディスプレーの表示品質を向上・改善するために,これに用いる光学フィルターを該平板型ディスプレーに密着して取り付けるときのフィルター周辺部の形状構造に特徴を有する発明を利用する趣旨である。したがって,光学フィルターと平板型(フラット)ディスプレーとの組合せのうち,少なくとも平板型(フラット)ディスプレーの表示品質を向上・改善する光学フィルターと平板型(フラット)ディスプレーとの組合せが記載されていると認められるべきである。
引用例1において,赤外線カットフィルターを使用する平板型(フラット)ディスプレーとしては,液晶プロジェクターのみが記載されている。
(c) 引用例1において列挙された各種光学フィルター素子と各種平板型(フラットパネル)ディスプレー機器との明示されていない組合せが開示されているか否かの判断に当たり,「ある組合せを阻害する明確な要件がない限り」というような,一般的な基準によることは,引用例1に記載された事項あるいはその記載から本件出願時における技術常識参酌することにより導き出せる事項を離れて,引用例1の記載に含まれない事項に基づいて判断することになるおそれがある。
引用例1には,赤外線カットフィルターをプラズマディスプレーと組み合わせて使用する記載は一切ない。液晶プロジェクターの液晶ディスプレーは,液晶そのものは発光せず,液晶外部の光源からの光を透過させるもので,光の透過率を制御して像を表示するものである。液晶プロジェクターにおいては,液晶パネルが光源等からの赤外線(熱線)を受けて加熱し,それが寿命低下の原因になるので,光源からの光線のうち赤外線を赤外線カットフィルターを用いてカットした光線を液晶パネルに入射させる技術は,引用例1の出願前から公知であり,引用例1に開示の液晶プロジェクターと赤外線カットフィルターの組合せもこの点で同様である。
それに対して,プラズマディスプレーは,ガス放電で紫外線を発生し,発生した紫外線によって放電セル前面につけた蛍光体を励起し発光させるものであり,またガス放電によりディスプレー自身が発熱するものである。したがって,プラズマディスプレーは,表示動作のために外部光源を使用せず,外部からの赤外線をカットする機能・手段を設ける必要性はないのである。このように,液晶プロジェクターとは動作原理を全く異にするプラズマディスプレーに,外部光源からの赤外線をカットする必要性がある液晶プロジェクターの液晶パネルと同様に,赤外線カットフィルターを設けることは,引用例1の記載からは当業者の技術常識に照らして自明の事実ではないのである。
(d) したがって,引用例1に「赤外線カットフィルターを具備するプラズマディスプレー」の発明が記載されているとの審決認定は,誤りである。引用例1発明には,少なくとも「赤外線カットフィルターを具備するプラズマディスプレー」の発明は含まれないと認められるべきである。したがって,審決の一致点の認定には誤りがある。
(2) 以上の認定の誤りがあった結果,審決は,相違点を看過したことになる。すなわち,引用例1発明と本願発明とは,前者が「赤外線カットフィルターを有さない」のに対して,後者が「基材中に,近赤外線吸収化合物を少なくとも1種含有し,かつ800〜900nmの平均光線透過率が10%を超えて50%以下である近赤外線吸収フィルターを具備する」という点で,両者は相違する。しかも,審決は,引用例2ないし4に記載の技術内容を見誤った結果,本願発明が各引用例に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものではないにもかかわらず,本願発明の進歩性を否定し,その判断を誤った。
引用例2及び3には,赤外線がディスプレー内部の蛍光体に対する作用に関する記載のみで,外部に放出されることによる影響は記載されていない。
引用例4によれば,蛍光ランプから外部に放出される近赤外光そのものが近赤外光を送信媒体として利用する光リモコン装置の不動作・誤動作の原因になるのではなく,前者の近赤外光を変調している周波数(引用例4では蛍光ランプの点灯周波数)が光リモコン装置に使用される搬送波と重なるときに,光リモコン装置の不動作・誤動作を引き起こすということである。蛍光ランプから放出される近赤外光を全部遮断(カット)しなくとも,その近赤外光を変調している周波数のうち光リモコン装置の搬送波と重なる周波数で変調されている近赤外光を含む光を放出する部分を遮断すれば,光リモコン装置の不動作・誤動作を防止することができるのである。
仮に,プラズマディスプレーから近赤外線が外部に放出されるという知見があったとしても,その近赤外線が同時に上記したような光リモコン装置の搬送波と重なる周波数で変調されているとの知見なり示唆がない限り,光リモコン装置に影響を与えるとは到底考えられないものである。
引用例2,3には,光リモコン装置に影響を与えるような態様で近赤外線が外部に放出されることに関して,一切記載がない。したがって,光リモコン装置に影響を与える効果も不明であるにもかかわらず,コストが掛かる上にディスプレーの鮮明度が阻害され表示品質が低下するおそれのある近赤外線吸収フィルターを引用例1のプラズマディスプレーに装着する動機付けがあるとは,到底認められない。
以上,引用例1ないし4に記載の事項を合わせ考えると,引用例5ないし8に近赤外線フィルターが記載されていたとしても,引用例1ないし8に記載の発明に基づいて本願発明が容易になし得たものとは認められるべきものではない。
2 取消事由2(本願発明と引用例1発明との相違点の判断の誤り) (1) 審決は,第2,3(2)(c)のとおり相違点を認定し,同(3)のとおり,相違点について判断したが,その判断は誤りである。
(2) 引用例1及び乙1の赤外線カットフィルター,あるいは可視光領域をパスし赤外線領域をカットする機能的基板は,いずれも外部からの赤外線をカットして表示パネルの温度が上昇するのを防止して,表示パネル自身の寿命なり品質向上を図るものである。また,赤外線は熱線ともいわれ,近赤外線,中赤外線及び遠赤外線を含むもので,赤外線による温度上昇を防ぐことを勘案すれば,これら赤外線のうちの特定の波長領域だけを選択的に透過率を変える理由も存在しない。引用例1及び乙1には,特定の波長領域の赤外線を選択的にその透過率を変える記載もない。
(3) 引用例2及び3に記載の発明は,いずれも,プラズマディスプレーの発光色に関するもので,近赤外線がプラズマディスプレーの外部に放出されることは記載していない。また,赤外線がプラズマディスプレーの外部に放出することは,被告が引用する乙号証の記載に照らしても自明な事項とも考えられない。
(4) 乙5の記載によれば,セル駆動用の維持パルスの周波数は50kHzであるが,被告のいう近赤外線を含んでいるかもしれない発光パルスは100kHzである。
光リモコン装置の搬送波は,30kHz以上,60kHzであるから,プラズマディスプレーの発光パルスの周波数は,光リモコン装置の搬送波と重ならず,不動作,誤動作の原因になるとはいえない。同様の記載が乙6にある。
(5) 引用例4に示す発明の課題を解決する手段は,電極の近傍に,蛍光ランプから出る近赤外光を含む光を遮蔽するように遮蔽物を設けておくもので,その結果,蛍光ランプからの光出力は第4図(b)に示すもののみとなり,基本波成分が含まれなくなる。したがって,第2高調波は光リモコン装置の搬送波の周波数と重なることがなく,光リモコン装置の不動作,誤動作を防止できるのである。
光リモコン装置の不動作,誤動作を防止するためとはいえ,近赤外光を含む光を全部遮蔽する遮蔽物をディスプレー画面上に設けることができないから,本願発明の課題を解決するための手段たり得ないものである。したがって,引用例1ないし4の記載を併せ考えても,本願発明の解決すべき課題も,その課題解決手段も示唆する記載がない。
(6) 蛍光ランプのような照明器具とは技術分野を異にし,構造,動作においてその複雑さは比べることができないプラズマディスプレー技術の当業者にとって,高周波点灯した蛍光ランプにおいて,光リモコン装置の不動作・誤動作の原因になる態様の近赤外線が外部に放出される原因及びその解決手段が解明されたとしても,そのことから,プラズマディスプレーの場合も,光リモコン装置の不動作・誤動作の原因になる態様の近赤外線が外部に放出されることがあり得ると想到し,その蛍光ランプでの解決手段を転用することは容易になし得たものではないと認められるべきである。しかも,引用例1ないし3には本願発明の解決すべき課題が記載も示唆もされていないのであるから,蛍光ランプのような照明器具の場合の解決手段をプラズマディスプレーに転用する必然性もないし,当業者にとって自明とも認められないものである。
(7) 以上の理由により,審決の相違点の判断は誤りである。
(8) なお,乙3で特定される公知事実は,引用例4に記載の公知事実とは異なるものであり,引用例4の記載事項の意義を明らかにするものでもない。しかも,乙3は本件審判で審理判断されなかったものであり,新たな公知事実を引用することに相当し,願書に添付した明細書又は図面について補正の機会のない本件訴訟において乙3を引用した主張は,出願人の特許を受ける権利を不当に奪うもので,許されるべきでない。
被告の主張の要点
1 取消事由1(本願発明と引用例1発明との一致点の認定の誤り)に対して (1) 引用例1には,「回折格子フィルター,フレネルレンズ,赤外線カットフィルター,紫外線カットフィルター,マイクロレンズアレイ等の,光学的機能を有する板状のフィルターであって,周辺部に突起,または突出した段差を有することを特徴とする光学フィルター。」(請求項1),及び「本発明は,液晶パネル,EL素子,プラズマディスプレーなどのフラットディスプレーにおいて,その品質を向上・改善するために用いる光学フィルター全般に利用できる。」(段落【0001】中段)との記載がある。
そして,プラズマディスプレー装置が赤外線を外部に放出する現象は,例えば引用例2,3にも示されているように,従来広く知られていた事項である点,及び,放熱作用を有する赤外線を減衰させるために赤外線カットフィルターを用いることは,例えば特開平7-160201号公報(乙1),特開昭62-39682号公報(乙2)にも示されているように,当業者にとっては常識といえる事項である点を考慮すれば,赤外線カットフィルターとプラズマディスプレーとの組合せを阻害する要因はないのであるから,引用例1には,赤外線カットフィルターとプラズマディスプレーとの組合せが開示されているというべきである。
以上から,引用例1に「赤外線カットフィルター,紫外線カットフィルター等の光学的機能を有する光学フィルターを具備するプラズマディスプレー」の発明が記載されているとした審決に誤りはない。
(2) 原告らの主張は,原告らが独自に認定・抽出した「引用例1発明」に基づき,引用例1発明と本願発明とを比較し,審決の一致点,相違点とは異なる一致点及び相違点を形成し,本願発明のいわゆる進歩性を論じたものであるが,審決における引用例1の認定及び本願発明との一致点,相違点の認定に誤りがないのであるから,そのような原告らの独自の見解に基づく主張は,前提において失当である。
2 取消事由2(本願発明と引用例1発明との相違点の判断の誤り)に対して (1) 引用例4には,「光リモコンを動作させる近赤外光は8,000〜10,000オングストローム,すなわち,800〜1000nmであること,そして,アルゴン等が封入された蛍光ランプを高周波点灯させると,アルゴン電子のエネルギー準位に起因する8,000オングストローム,すなわち800nmの近赤外線が発生し,リモコン装置の搬送波の周波数と重なり,リモコン装置を誤動作させること,さらに,リモコンの誤動作を防ぐために蛍光ランプの電極近傍に近赤外光を含む光を遮蔽するための遮蔽物を設けること」が開示されている。なお,蛍光灯等の放電灯から発生する近赤外線が,光リモコンの誤動作の原因となり,誤動作を防止するために近赤外線をカットするフィルムを設けることは特開昭57-25738号公報(乙3)にも開示されている。
次に,プラズマディスプレーと蛍光ランプの発光原理を考察すると,両者は,ともに,放電空間中にアルゴン等の放電ガスを封入し,数10KHzの高周波電源により放電を誘起し,当該放電により発生した紫外線を蛍光体にあてることにより蛍光を発生させる点で同じであるということは,本件出願前,当業者にとって常識というべき技術事項である(乙4ないし7)。
してみれば,発光原理が同じで,かつ,高周波電源の周波数が蛍光ランプと重なり,さらに,放電ガス中に近赤外線を発光する物質が含まれているプラズマディスプレーにおいても,光リモコン装置の不動作・誤動作の原因になる態様の近赤外線が外部に放出されることがあり得るということは,当業者が引用例2〜4の記載及び出願時の技術水準に基づけば,当然予見可能であったというべきである。
(2) 次に,本願発明に係る近赤外線吸収フィルターが,800〜900nmの平均吸収率が10%を超えて50%以下と規定した点についても,まず,800〜900nmの波長領域に関する規定はリモコンが放出する近赤外線の波長範囲に応じて適宜設定すべきもので,格別な意味をもつものではなく,また,平均吸収率についての数値限定も,リモコン装置が持つべき感度及び近赤外線の発光強度等に応じて,当業者が適宜設定し得る事項にすぎないものである。
以上から,審決における相違点の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明と引用例1発明との一致点の認定の誤り)について (1) 審決は,前記第2,3(2)(a)のとおり,引用例1発明として,「赤外線カットフィルター,紫外線カットフィルター等の光学的機能を有する光学フィルターを具備するプラズマディスプレーの発明が記載されている」と認定している。原告らは,上記認定のうち,「赤外線カットフィルターを具備するプラズマディスプレー」の発明が記載されているとの点を争うので,この認定の当否を検討する。
(a) 引用例1(甲3)には,次のような記載がある。
「【請求項1】…赤外線カットフィルター,…等の,光学的機能を有する板状のフィルターであって,周辺部に突起,または突出した段差を有することを特徴とする光学フィルター。」 「【0001】【産業上の利用分野】本発明は,液晶パネルなどのフラットディスプレーにほぼ密着して用いる,光学フィルターの構造に関する。本発明は,…プラズマディスプレーなどのフラットディスプレーにおいて,その表示品質を向上・改善するために用いる光学フィルター全般に利用できる。」 (b) 上記記載に照らせば,引用例1記載の光学フィルターが赤外線カットフィルターをも意味することが記載されるとともに,プラズマディスプレーが,引用例1記載の光学フィルターの適用対象であるフラットディスプレーの例として記載されていると解される。そして,当業者であれば,プラズマディスプレーがフラットディスプレーの一種であることを認識していることは明らかであるから,引用例1の記載に接した当業者は,引用例1にプラズマディスプレーに赤外線カットフィルターを設けたものが記載されていることを理解するというべきである。
そうすると,上記引用例1発明としての審決の認定に誤りはない。
(c) 原告らは,前記第3,1(1)のとおり主張する。
しかし,引用例1の記載からすれば,引用例1にプラズマディスプレーに赤外線カットフィルターを設けたもの(組み合わせたもの)が記載されていると認められることは,前判示のとおりである。仮に,引用例1において,赤外線カットフィルターをプラズマディスプレーと組み合わせた具体的な構成についての記載がないとしても,そのことは,引用例1の記載から,当業者がプラズマディスプレーに赤外線カットフィルターを設けたものを理解し得ることを否定するものではない。
引用例1(甲3)の段落【0003】の記載についても検討しておくと,まず,段落【0002】【従来の技術】として,「近年,情報機器の小型化・薄型化・軽量化が進み,フラットディスプレーが多く用いられている。それらの機器の多くは,ディスプレーパネルの前後に更に光学フィルターを組み込み,表示品質の向上やパネルの寿命向上を図っている。」とした上で,段落【0003】「液晶テレビにおける照度向上のためのマイクロレンズアレイや,画素微細化のための回折格子などは表示品質の向上の例であり,液晶プロジェクターにおけるパネル温度上昇防止のための赤外線カットフィルターは,寿命向上の例である。」と記載されている。このことからして,上記記載は,フラットディスプレーに光学フィルターを組み込んだものを例示する趣旨の記載にすぎないと解されるのであり,赤外線カットフィルターにより液晶プロジェクターのパネル温度上昇を防止して寿命を向上することが記載されていたとしても,それは,赤外線カットフィルターを液晶プロジェクターに設けた場合に奏することのできる効果のひとつを記載した程度のものであると解される。
したがって,その記載ゆえに,引用例1記載の赤外線カットフィルターをパネル温度上昇防止のために設けるものに限定して解釈すべきことにはならず,プラズマディスプレーに赤外線カットフィルターを設けることについての上記理解を否定するものではない。
さらに,仮に,引用例1における赤外線カットフィルターについて,どの波長範囲をカットするフィルターであるかの記載がないとして,そのように対象とする赤外線波長域が特定されていない「赤外線カットフィルター」という程度に抽象化されたものをプラズマディスプレーの前面に使用したとしても,そのことが,赤外線カットフィルターが可視光線透過率に影響を与え,プラズマディスプレーの鮮明度を阻害すると直ちに解すべき理由はない。したがって,単にプラズマディスプレーの鮮明度を阻害するおそれがあるという程度では,引用例1の記載から,当業者がプラズマディスプレーに赤外線カットフィルターを設けたものを理解し得ることを否定するものではない。
結局,原告らが種々主張するところを精査しても,審決の前記認定を誤りであるとすることはできない。
(2) 引用例1発明の審決の認定に誤りがないのであるから,本願発明と引用例1発明との一致点の認定についても誤りがあるとはいえない。したがって,原告ら主張のような相違点の看過があるともいえない。
原告らは,一致点の認定誤り,ひいては相違点の看過があるとの前提の下に,原告らが主張する相違点が想到容易でないことを主張するが(前記第3,1(2)),その主張は前提を欠くものである(もっとも,取消事由2に関連するものと善解し得る主張もあるので,それらについては,取消事由2についての検討の中で取り上げて判断する。)。
2 取消事由2(本願発明と引用例1発明との相違点の判断の誤り)について (1) まず,プラズマディスプレーの放電ガスに関する技術水準を検討する。
(1-1)(a) 引用例2(甲4)は,本件出願より約22年前に公開されたものであるが,その記載(2頁右上欄2〜8行,3頁右上欄8〜12行)に照らせば,引用例2には,プラズマディスプレーパネルの放電ガスとして,ヘリウムを主成分とし,これに電離エネルギーがヘリウムのそれより小さなアルゴンや水銀を添加したものが記載されていると認められる。
(b) 引用例3(甲5)は,本件出願より約22年前に公開されたものであるが,その記載(2頁右上欄7〜10行)に照らせば,引用例3には,プラズマディスプレーパネルの放電ガスとして,ヘリウムを主成分とし,これに電離エネルギーがヘリウムのそれより小さなアルゴンを添加したものが記載されていると認められる。
(c) 「ディスプレイ」小林駿介ほか編・丸善・平成5年3月31日発行(乙5)の137頁本文5〜7行の記載に照らせば,乙5には,プラズマディスプレーパネルの放電ガスとして,ネオンを主成分とし,これにアルゴンを添加したものが記載されていると認められる。
(1-2) 上記各記載内容及びその公開された時期等に照らすと,プラズマディスプレーの放電ガスとして,アルゴンや水銀を添加したものは,本件出願時において周知であったと認められる。
(2) 次に,ガス放電の発光を利用することに関する技術水準を検討する。
(2-1)(a) 引用例4(甲6)は,本件出願より約13年前に公開されたものであるが,その記載(1頁左下欄末行から2行〜右下欄8行,1頁右下欄11〜17行,2頁左下欄11〜13行,2頁右下欄4行〜3頁左上欄7行,3頁右上欄6〜15行,3頁右上欄18行〜右下欄3行)に照らせば,引用例4には,水銀やアルゴンが封入された蛍光ランプを,商用周波数より高い周波数(30KHz〜50KHz)で高周波点灯すると,近赤外光の輻射量が増えること,光リモコン装置は,搬送波として8,000〜10,000オングストロームの近赤外光で,30KHz〜60KHzの周波数のものを用いていること,蛍光ランプから発生する,光リモコン装置の搬送波と周波数が重なる近赤外光を遮蔽して,光リモコン装置の不動作,誤動作を防止することが記載されていると認められる。
(b) 特開昭57-25738号公報(乙3)は,本件出願より約14年半前に公開されたものであるが,乙3には,水銀が封入されている旨の直接的記載は見当たらないが,蛍光ランプ(4)の照明光(3a)に1014nmの水銀スペクトル(D)が発生していることからして,放電ガスに水銀が封入されていると認められ,その記載(2頁左上欄3〜6行,2頁右上欄5行〜左下欄2行,3頁左上欄4〜7行,3頁右上欄6行〜右下欄11行)に照らせば,乙3には,水銀が封入された蛍光ランプを,商用周波数より高い周波数(30KHz〜50KHz)で高周波点灯すると,蛍光ランプの照明光に1014nmの水銀スペクトル(D)が含まれること,光リモコン装置は,搬送波として950nmの近赤外光で,約40KHzの周波数のものを用いていること,蛍光ランプの照明光に含まれる赤外線のうち主として波長1000nm以上の光を70%以上しゃ断することにより赤外線リモコンシステムに対する放電灯照明の干渉を防止することが記載されていると認められる。
(c) 「ディスプレイデバイス」伊吹順章著・産業図書・平成元年6月23日初版(乙4)においては,「プラズマディスプレー(PDP)」の「生い立ちと原理」の項中に,「PDP(Plasma Display Panel)はガス放電の際の発光を利用したデバイスである。身近なガス放電としては,…蛍光灯があり,…」(60頁)との記載がある。
(2-2) 上記(c)の記載によれば,プラズマディスプレーは,その発光原理にガス放電を利用したものであって,この点において蛍光灯と共通することが明らかである。したがって,(a)の引用例4,(b)の乙3に記載された水銀やアルゴンが封入された蛍光ランプは,水銀やアルゴンを含む放電ガスによるガス放電の発光を利用したものであるといえる。また,近赤外光を引用例4のように遮蔽することや,乙3のように70%以上遮断することは,近赤外光を遮ることといえる。
そうすると,上記各記載内容及びその公開された時期等に照らすと,水銀やアルゴンを含む放電ガスを,商用周波数より高い周波数(30KHz〜50KHz)で高周波放電すると,近赤外光の輻射量が増えること,光リモコン装置は,搬送波として近赤外光を用いていること,水銀やアルゴンを含む放電ガスによるガス放電から発生する近赤外光を遮って,光リモコン装置の不動作,誤動作を防止することは,本件出願時において,いずれも周知であったと認められる。
(3) 本願発明と引用例1発明との相違点のうち,「基材中に,近赤外線吸収化合物を少なくとも1種含有し,かつ800〜900nmの平均光線透過率を低めに抑える近赤外線吸収フィルター」とすることの容易想到性について検討する。
(3-1) プラズマディスプレーの技術分野の当業者は,プラズマディスプレーの放電ガスにアルゴンや水銀を添加するという前判示の周知技術を当然に認識しているはずであるから,当業者が引用例1に接すれば,「赤外線カットフィルターを具備するプラズマディスプレー」である引用例1発明のプラズマディスプレーの放電ガスが,アルゴンや水銀を添加したものである可能性を理解するというべきである。
また,プラズマディスプレーは,その発光原理にガス放電を利用したものであることは,前判示のとおりであるから,プラズマディスプレーの技術分野の当業者は,ガス放電の発光を利用する限度において,ガス放電の技術分野における通常の知識をも有するといえるから,上記当業者は,前認定の「水銀やアルゴンを含む放電ガスを,商用周波数より高い周波数(30KHz〜50KHz)で高周波放電すると,近赤外光の輻射量が増えること」という周知事項を認識しているといえる。
他方,証拠(乙6の段落【0003】,乙7の段落【0003】)によれば,数十KHzから数百KHz程度の周波数で高周波放電するプラズマディスプレー(AC型)が本件出願時において周知であったと認められるので,ガス放電の技術分野における上記周知事項を認識するプラズマディスプレーの技術分野の当業者であれば,引用例1発明のプラズマディスプレーにおいて,アルゴンや水銀を添加した放電ガスが数十KHzから数百KHzで高周波放電される結果,そのガス放電から輻射される光に近赤外光が含まれる可能性があることを理解するというべきである。
さらに,プラズマディスプレーの技術分野の当業者は,アルゴンや水銀を添加した放電ガスによるガス放電の発光を利用する場合,前認定の「水銀やアルゴンを含む放電ガスによるガス放電から発生する近赤外光を遮って,光リモコン装置の不動作,誤動作を防止する」というガス放電の技術分野における周知の課題を認識しているのであるから,引用例1発明のプラズマディスプレーにおいて,ガス放電から輻射される光に近赤外光が含まれる可能性だけでなく,近赤外光を遮る必要性をも当然認識するというべきである。
(3-2) 引用例5〜8には,「本願発明の一般式(1)又は一般式(2)で表されるフタロシアニン化合物又はナフタロシアニン化合物を含有する近赤外線吸収フィルター」が記載されていることが認められる(原告らも争う趣旨ではない。)。そうすると,上記近赤外線吸収フィルターは,本件出願時において周知であるといえる。
(3-3) 以上によれば,プラズマディスプレーの技術分野の周知技術だけでなく,ガス放電の発光を利用する限度においてガス放電の技術分野の周知技術をも認識するというべき,プラズマディスプレーの技術分野の当業者が,上記各周知技術参酌することにより,引用例1発明のプラズマディスプレーにおいて,ガス放電から輻射される光に近赤外光が含まれる可能性を認識するとともに,光リモコン装置の誤動作を防ぐために,近赤外光を遮る必要性をも認識するといえるから,引用例1発明のプラズマディスプレーの「赤外線カットフィルター」として,近赤外域の赤外線を対象とした上記近赤外線吸収フィルターを採用することは,容易になし得るものと認められる。
そして,上記のように,ガス放電から輻射される光に含まれる近赤外光が引き起こす光リモコン装置の誤動作を防ぐために,ガス放電から輻射される近赤外光を遮る場合,光リモコン装置の搬送波としては,例えば,引用例4(甲6)に800〜1000nmの近赤外光を用いることが示され,乙3に950nmの近赤外光を用いることが示されていることを考慮すれば,遮る近赤外線の波長域を800〜900nmとすることは,引用例1発明に上記近赤外線吸収フィルターを採用するに当たり,当業者が必要に応じてなし得る設計事項にすぎないというべきである。
(4) 本願発明と引用例1発明との相違点のうち,近赤外線吸収フィルターの800〜900nmの平均光線透過率を「10%を超えて50%以下」とすることの容易想到性について検討する。
補正前の本願明細書(甲2-1)及び本件手続補正書(甲2-2)によれば,上記の近赤外線吸収フィルターの800〜900nmの平均光線透過率を「10%を超えて50%以下」とするとの構成は,本件補正によって追加された構成であり,同時に段落【0005】も補正され,上記構成を繰り返している。
しかし,上記補正後においても,本願明細書においては,近赤外線吸収フィルターの800〜900nmでの「平均光線透過率」に関しては,段落【0047】に「近赤外線光のカット領域はリモコンや伝送系光通信に使用されている800〜900nm,より好ましくは,800〜1000nmであり,その領域の平均光線透過率が50%以下になるように設計する。より好ましくは30%以下,更に好ましくは20%以下,特に好ましくは10%以下になるようにカットすることが望ましい。」との記載が維持されている。
しかも,本件補正によっても記載が維持されている本願明細書の段落【0092】【発明の効果】の欄においては,「本発明のフィルターは,基材中に,800〜1200nmに極大吸収波長を有する近赤外線吸収化合物を含有するため,ディスプレーから放射される800〜1000nm付近の近赤外線光を効率よくカットするため,周辺電子機器の誤動作を抑制する優れた性能を有する。」と記載されていることにもかんがみれば,本願明細書上において,近赤外線吸収フィルターの800〜900nmの波長域での「平均光線透過率」は,「10%以下が特に好ましい」ものとされていることは明らかである。現に,本願明細書に記載された実施例のうち,800〜900nmの平均光線透過率が記載されているものは,実施例1,2,6〜17の14例であるが,このうち,実施例13のみが「15.5%」で「10%を超えて50%以下」との条件を満たしているだけであり,その余の13例は,いずれも「10%以下」である。このように,「10%を超えて50%以下」という請求項の記載は,発明の詳細な説明において「特に好ましい」とされた「10%以下」の領域を全く含まず,完全に排斥しているものである。
上記認定に照らせば,本件補正によって追加された「10%を超えて50%以下」という構成要件と本願明細書の発明の詳細な説明との整合性自体に疑問があるが,少なくとも,近赤外線吸収フィルターの800〜900nmでの「平均光線透過率」の下限を「10%を超えて」と規定することに臨界的意義が存在するといえないことは,明白である。
他方,光リモコン装置の誤動作を防ぐために,近赤外光をどの程度遮ればよいかは,プラズマディスプレーや光リモコン装置などの特性に応じて,当業者が適宜決め得ることは技術常識に属するから,近赤外線吸収フィルターの800〜900nmでの「平均光線透過率」の上限を「50%以下」とした点にも格別の臨界的意義や技術的困難性は見いだせない。
以上によれば,近赤外線吸収フィルターの800〜900nmでの「平均光線透過率」の下限を「10%を超え」るとすると同時に,上限を「50%以下」とすることは,引用例1発明に前記近赤外線吸収フィルターを採用し,その対象とする近赤外線を800〜900nmの波長域とすることに付随して,当業者が適宜調整し得る程度の構成にすぎないというべきである。
(5) 原告らが主張する点にかんがみつつ,以下に補足して説明する。
(a) 仮に,近赤外線を発光する少量の物質を含むプラズマディスプレーの混合ガスが,近赤外線を発光しているか否か不明であるとしても,プラズマディスプレーやガス放電の技術分野における周知事項を参酌すれば,当業者がプラズマディスプレーの放電ガス(混合ガス)から近赤外線が発光される可能性を理解することは,既に判示したとおりである。そして,プラズマディスプレーの放電ガス(混合ガス)から近赤外線が発光される可能性がある以上,近赤外線がプラズマディスプレー装置から外部へ漏れ出す危険性は当然に存在するものである。
したがって,引用例2,3には,光リモコン装置に影響を与えるような態様で近赤外線がプラズマディスプレーの外部に放出されることの記載がないこと,プラズマディスプレーは,紫外線を利用して蛍光体を発光させるものであって,近赤外線を発生するように封入ガスを励起するのではなく,紫外線を発生するように封入ガスを励起するものであることなど,原告らが主張する諸点を考慮しても,近赤外線がプラズマディスプレー装置から外部へ漏れ出す危険性を否定すべき根拠は見いだせない。
(b) 原告らが主張するように,近赤外線吸収フィルターを引用例1のプラズマディスプレーに装着すると,コストが掛かる上にディスプレーの鮮明度が阻害され表示品質が低下するおそれがあるとしても,そのことが直ちに,近赤外光を遮って,光リモコン装置の不動作・誤動作を防止する観点から,近赤外線吸収フィルターを引用例1のプラズマディスプレーに適用する試みを不可能とするものとまでは認められない。
(c) 原告らが主張するように,光リモコン装置の搬送波が通常30KHz以上60KHzであるとしても,引用例1発明のプラズマディスプレーにおける発光パルスの周波数は規定されていないのであるから,そのプラズマディスプレーから放出される近赤外線の発光パルス周波数が光リモコン装置の搬送波の周波数と重ならないと断ずることはできない。
たとえ,乙5において,発光パルスの周波数が100KHzであるプラズマディスプレー(AC型)が記載されているとしても,乙6,7の記載から理解される前判示の周知事項(数十KHzから数百KHz程度の周波数で高周波放電するプラズマディスプレー(AC型)が本件出願時において周知であったこと。)と矛盾するものではなく,また,上記周知事項を否定するものではなく,むしろ,上記周知事項を認識する当業者であれば,引用例1発明のプラズマディスプレーから放出される近赤外線の発光パルス周波数が光リモコン装置の搬送波の周波数と重なる結果,近赤外線が周辺電子機器の誤動作を引き起こすことを予測し得るというべきである。
(d) 引用例4に近赤外線光を含む光全部をカットすることが記載されているとしても,当業者であれば,引用例4の記載を基礎として認定し得る周知事項に基づいて,引用例1発明のプラズマディスプレーの「赤外線カットフィルター」として近赤外線吸収フィルターを採用し,800〜900nmの近赤外光を遮るものとすることを容易に想到し得ることは,前判示のとおりである。よって,引用例4記載のものが本願発明の課題を解決するための手段となり得ないとか,引用例1ないし4の記載を併せ考えても,本願発明の解決すべき課題も,その課題解決手段も示唆する記載がないという原告らの主張は,採用の限りではない。
(e) プラズマディスプレーは,その発光原理にガス放電を利用したものである点で蛍光灯と共通するものであり,ガス放電の発光を利用することの観点からすれば,ガス放電から放出される近赤外光に起因した光リモコン装置の誤動作を防ぐための解決手段をプラズマディスプレーに転用することは,当業者が容易になし得るものであることは,前判示のとおりである。構造,動作の複雑さの点においてプラズマディスプレーと照明器具である蛍光灯の両者が相違することや,引用例1ないし3には本願発明の解決すべき課題が記載されていないことなどを理由に,蛍光ランプの場合の解決手段をプラズマディスプレーに転用することは困難であるとする原告らの主張は,採用の限りではない。
(f) 原告らは,800〜900nmの平均光線透過率を「10%を超えて50%以下」とすることに関連して,準備書面(第1回)において,「本願発明の…フィルターは,近赤外線の一部の波長800〜900nmを平均で10%を超えて50%以下透過するもので,その特定の波長の光線を完全に遮断するものではない。…近赤外線の透過率を完全にゼロにするものではないので,隣接する可視光線透過率(Tv)に大きな影響を与えない(甲2-1,本願明細書表-1(11頁〜13頁))。したがって,プラズマディスプレーの鮮明度を損なうことなく,プラズマディスプレーの周辺にある近赤外線で動作する機器の誤動作を防止することができる。」としている。
しかし,原告らが援用する本願明細書の表-1は,実施例6〜17を指すものであるところ,800〜900nmの平均光線透過率が「10%を超えて50%以下」であるのは実施例13(15.5%)のみであり,他の11の実施例は,いずれも「10%以下」で,「10%を超えて50%以下」には該当しない。よって,自ら援用する本願明細書の記載とほとんど整合しないものであって,上記主張は,失当というほかない。
(g) 乙3は,審判手続において提出されておらず,本訴において提出された証拠であるが,被告の立証趣旨のほか,前記の乙3に関する判示に照らせば,乙3は,本件出願時における当業者の技術常識を証明するための証拠として提出され,これに基づいて,本訴において上記技術常識が認定されたものであって,訴訟手続上何ら違法はない(最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照。)。したがって,乙3は,新たな公知事実を引用するものではないのであって,本訴において乙3を引用することは出願人の特許を受ける権利を不当に奪うなどという原告らの主張は,採用することができない。
(6) 以上判示したところによれば,本願発明と引用例1発明との相違点についての審決の判断は,是認し得るものであって,原告らが種々主張するところをすべて考慮しても,審決を取り消すべきものとは判断されない。
3 結論 以上のとおり,原告ら主張の審決取消事由は理由がないので,原告らの請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利
裁判官 高野輝久