運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1986-5220
関連ワード 特許を受ける権利 /  共同出願 /  共有 /  拒絶査定不服審判 /  共同出願人 /  拒絶査定 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 昭和 62年 (行ケ) 64号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1987/09/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が、昭和六一年審判第五二二〇号事件について、昭和六二年二月三日にした審判請求書却下決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた判決
一 原告ら主文同旨二 被告1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 原告宇部興産株式会社(以下、「原告宇部興産」と略称する。)及び原告トヨタ自動車株式会社(旧商号「トヨタ自動車工業株式会社」を昭和五七年七月一日現商号に変更、同日登記。その頃出願人名称変更届提出。以下、「原告トヨタ自動車」と略称する。)は、昭和五六年三月三〇日、発明の名称を「ポリプロピレン組成物」とする発明につき、共同して特許出願をした(同年特許願第四五四九四号)。
同出願は昭和五九年一二月一日に特許出願公告された(同年特許出願公告第四九二五二号)が、特許異議の申立があり、昭和六〇年一二月九日に拒絶査定がされたので、原告らは、昭和六一年三月二五日、これに対し審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第五二二〇号事件として受理したが、昭和六二年二月三日、「本件審判の請求書を却下する。」との決定をし、その謄本は、同年四月四日、原告らに送達された。
二 本件却下決定の理由の要点 本件審判請求書には、請求人の名称が正確に記載されてなく、また、押印もなかつたため、審判長は期間を指定してその補正を命じた。
しかし、審判請求人は右期間内にこれを補正しないから、本件審判請求書は、特許法133条2項により、これを却下すべきものとする。
三 本件却下決定を取り消すべき事由1 決定書原本における審判長の押印の欠如(取消事由(1)) 本件決定書原本には、末尾に「特許庁審判長A」と記名されているが、同審判長の押印はない。
特許法133条3項は、同条二項に基づく審判請求書却下決定につき、「前項の決定は、文書をもつて行い、かつ、理由を附さなければならない。」と規定するのみで、審決につき同法157条2項が「審決をした審判官がこれに記名し、印を押さなければならない。」と規定しているのとは異なり、審判長が記名押印すべきことを明示していない。しかしながら、審判請求書却下決定は、審決と同じく審判手続を終了させる処分であるから、審決の場合と異なる扱いをすべき理由はなく、資格ある審判長が自ら関与して作成した決定であることを担保するために、押印は不可欠のものと考えるべきである。
したがつて、審判長の押印を欠く本件却下決定は、そこに審判長として表示されている者が真実決定に関与し、その者の責任において作成したものであるかどうかが不明というほかはないから、この点において違法というべきである。
本件却下決定に被告の主張するような他の関係人の押印その他があつても、このことは、資格ある審判長が自ら関与して作成したものであることを担保する理由にはならない。
2 審判請求書却下決定の前提をなす補正指令の告知の欠如(取消事由(2))(一) 本件の拒絶査定不服審判の請求は拒絶査定を受けた共同出願人である原告両名によつてされたものであるが、審判請求書の請求人の表示中、原告宇部興産については何ら瑕疵はなく、原告トヨタ自動車についてのみ、その名称を「トヨタ自動車工業株式会社」と誤つて記載し、その代表者B名下に代表者印を押さなかつた表示上の瑕疵が存したのである。
この原告トヨタ自動車にのみ関する表示上の瑕疵につき、被告は、特許庁審判長が原告宇部興産を名宛人として、「トヨタ自動車工業株式会社」を「トヨタ自動車株式会社」と正確に記載し捺印することを指示した昭和六一年五月二九日付手続補正指令書(甲第三号証)を作成し、これを同年六月二〇日名宛人に発送した旨主張する。
しかし、一般に手続上の瑕疵があつてその補正を命じる場合には、瑕疵ある手続をした当の本人又は代理人に対してするべきであつて、これ以外の者に対し補正を命じても、本人との関係においては、いかなる効力も生じない。本件において、共同審判請求人である原告両名は特許法14条ただし書きの定める代表者選定届を提出しておらず、その他原告宇部興産が原告トヨタ自動車を代理代表する権限はなんら有せず、瑕疵は原告トヨタ自動車に関してのみ存するのであるから、補正を命じるならば同原告に対してすべきであって、共同審判請求人にすぎない原告宇部興産に対してしても、これをもつて適法な補正指令の告知とみることはできない。
したがつて、適法な補正指令の告知を欠いてされた本件却下決定は違法である。
(二) 仮に原告宇部興産宛ててする補正指令が適法であるとしても、同原告に対してその指令は告知されていない。
被告は、原告宇部興産に宛てた前示手続補正指令書は昭和六一年六月二〇日書留郵便で発送され、同原告に同年六月二三日配達された旨主張するが、現実には、同原告は右の書面を受領していない。
また、特許庁の審査・審判手続においては、送達すべき書類は原則として郵便による送達によつてなすべきであつて(特許法190条で準用する民事訴訟法162条)、例外的に審査に関する書類について郵便に付する送達が認められているにすぎない(特許法190条で準用する民事訴訟法172条)から、本件手続補正指令書は、特許法190条で準用する民事訴訟法172条前段の場合を除いては郵便に付する送達をしてはならなかつたのである。したがつて、仮に、本件手続補正指令書が郵便に付する送達の方法によつて送達されたものとみることができるとしても、名宛人たる原告宇部興産が受領の事実を争つている以上、送達の効力は生じないものというべきである。
3 本件却下決定の実質的不当性(取消事由(3)) 特許法は131条1項において審判請求書の方式について規定し、その一号において「当事者の名称」を必要的記載事項としている。しかしながら、ここでいう「当事者の名称」は厳格にとらえるべきではなく、民事訴訟における訴状の当事者の表示(民訴224条)が、原告と被告が誰であるかを他人と区別できる程度に記載することを要するがそのような記載があれば足りると解されているのと同程度に解すべきである。とくに、拒絶査定に対する審判請求は、すでに審査の手続きを経ているのであるから、
審査手続における当事者(出願人)と審判請求書に記載された当事者(審判請求人)との同一性が認められる記載であれば足りるものである。
本件において、手続補正指令の対象となつたのは審判請求書であり、この審判請求が原告両名を特許出願人とする特定の特許出願についてされた拒絶査定に対するものであることは、審判請求書の他の記載から十分知ることができたものであり、
とくに、手続補正指令書中の「『トヨタ自動車工業株式会社』を『トヨタ自動車株式会社』と正確に記載し捺印すること」との注記は、審査手続中に原告トヨタ自動車が前記(請求の原因一)のとおりの商号変更に伴ない提出した出願人名称変更届により、審判請求書の「トヨタ自動車工業株式会社」の記載が原告トヨタ自動車の現商号の誤記であることを知悉していたからこそされたものである。したがつて、
前記のような瑕疵が存しても当事者の特定としては必ずしも不充分のものということはできず、審判手続中の適当な時期に訂正がなされれば充分であつて、旧商号で用いられていた「工業」の文字が余分に記載されていることが、請求書を却下しなければならないほどの重大な瑕疵であるとは、到底考えられない。
押印洩れについても同様で、押印は、単なる審判請求の意思の確認程度の意味しか有せず、本件却下決定書における審判長の押印とは性質を異にするものであるから、その脱落も同様に審判の過程で補充すれぱ済むような瑕疵というべく、却下に結びつくような瑕疵ではない。
4 本件却下決定前における瑕疵の治癒(取消事由(4)) 仮に、本件審判請求書の前記瑕疵が請求書却下の対象となるような重大なものであるとしても、この瑕疵は、請求書却下決定がなされる前に、実質的には補正されていたとみるべきである。すなわち、本件審判事件につき、訴外弁理士Cは、昭和六一年八月二〇日付で代理人受任届を提出しており、これには、原告トヨタ自動車の正しい商号が表示されており、かつ、その添付の委任状にも正確な商号及び代表者の印が押印されている。これによれば、原告トヨタ自動車の名称は正確に表示され、同原告の審判請求の意思は明確になつたとみるべきである。
したがつて、仮に、前記瑕疵が審判請求書の却下の対象となるような重大なものであつたとしても、この受任届によつて瑕疵は治癒されたとみるべきであり、その後になされた本件審判請求書却下決定は、この点においても違法というべきである。
5 原告宇部興産に対する関係での本件却下決定の違法性(取消事由(5)) 仮に、原告トヨタ自動車に対する本件審判請求書却下決定につき、以上述べたような違法の点がないとしても、少なくとも原告宇部興産の関係においては、審判請求書に何ら瑕疵はないのであるから、本件却下決定は、原告宇部興産に関する限り、その根拠を欠き理由なくなされた処分というべきである。
もつとも、本件はいわゆる必要的共同審判事件であるから、原告トヨタ自動車の関係で審判請求書が却下となりこれが確定すれば、原告宇部興産の審判請求も不適法となり、その結果、審判官全員でなす審決によつて請求が却下されることになろうが、右の点において違法であることには、変わりはない。
請求の原因に対する認否、反論
一 請求の原因一、二の事実(ただし、原告トヨタ自動車が審判を請求した事実を除く。)は認める。同三の主張は争う。
二 本件却下決定は正当であり、原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由(1)について 本件却下決定原本に、特許庁審判長Aの押印が欠落していることは認める。
審判請求書却下決定の記名押印について、特許法に明示していないことは、原告らも認めるところであるが、本件却下決定には、その欄外右上段に審判部長Dの押印(内部手続としての決裁印)がされており、代理人弁理士Cに送達された却下決定謄本には、原本との契印がされ、かつ、特許庁長官が指定する職員が記名押印して原本と相違ないことを認証(特許法施行規則第18条)したものである。右事実を勘案すれば、本件却下決定の原本に審判長Aの押印が欠落していたとしても、本件却下決定を失効とすべき程の瑕疵があつたとはいえない。
2 取消事由(2)について(一) 本件審判請求書には本件却下決定の理由に示した瑕疵が存したので、特許庁審判長は、特許法133条1項に従い、昭和六一年五月二九日付で原告(請求人)宇部興産を名宛人として、「審判請求人の氏名又は名称を正確に記載し」、
「審判請求人の記名の次に印鑑を正確・鮮明に捺印した」適正な審判請求書を添付した手続補正書(方式)をこの書面発送の日から三〇日以内に提出しなければならない旨、上記の期間内にこの補正をしないときは審判請求書を却下する旨を記載した手続補正指令書を発送し、この手続補正指令書は、同年六月二三日に原告宇部興産に配達された。
本件審判請求書に共同請求人として記名された原告宇部興産については、住所名称が拒絶査定を受けた出願人と一致しており、かつ、審判請求の意思表示確認の意味での押印がされており、共同請求人の一人としての手続をなしている。一方、共同請求人の他の一人として記名された「トヨタ自動車工業株式会社」は、拒絶査定を受けた出願人と異たる名称であつて、かつ、押印がなされていないから、この事実からして、特許法132条3項に規定する共同審判請求人とみることはできない。
したがつて、審判長は、審判請求書の請求人の記載中、手続をしている原告(請求人)宇部興産に対し手続の補正を命じたのであるから、手続補正指令について何ら違法はない。
なお、本件審判事件につき、特許法14条ただし書の定める代表者選定届がされていないことは認める。
(二) 原告らは補正指令は告知されていないと主張するが、特許庁審判長が昭和六一年五月二九日付けでなした原告宇部興産への手続補正指令書は、同年六月二〇日中央郵便局引受局記号一〇〇引受番号「と六九号」をもつて書留郵便で発送され、宇部興産株式会社に同年六月二三日に配達された(乙第三号証の一及び同第三号証の二)ものであるから、原告らの主張は理由がない。
特許庁のする送達については、郵便法による特別送達の方法によらず書留郵便によつたとしても、郵便による送達として違法なものということはできない。
3 取消事由(3)について 審判請求は、
書面でしなければならない(特許法施行規則1条)。したがって、審判請求書の記名押印をもつて、審判請求の意思表示の確認を原則とする以上、原告宇部興産以外の請求人は、名称が相違し押印がなされていないから、審判請求の意思表示の確認をすることができない。
したがつて、審判長は原告(請求人)宇部興産に対し手続の補正を命じたのであり、同原告は、この手続補正指令書を受領したにもかかわらず、手続の補正をすることを徒過したものであるから、審判長は本件審判請求書を却下したのであつて、
右処分について違法とするところはない。
4 取消事由(4)について 原告ら主張の代理人受任届が提出されたことは認める。
5 取消事由(5)について 共同出願拒絶査定に対する審判請求は、特許を受ける権利共有者の全員が共同してすることが審判請求の要件であり、本件審判請求は、右要件を欠けているものであって、これに反する原告らの主張を肯定することはできない。
証拠(省略)
理 由一 請求の原因一、二の事実(原告トヨタ自動車が審判を請求した事実を除く。)は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告ら主張の取消事由(2)(一)について検討する。
1 本件審判請求書が原告宇部興産及び「トヨタ自動車工業株式会社」を共同請求人と記載した拒絶査定不服の審判の請求書であり、本件却下決定が指摘する「請求人の名称が正確に記載されてなく、また、押印もなかった」との瑕疵(審判請求書の方式違反)は、原告宇部興産についてのものではなく、「トヨタ自動車工業株式会社」にのみ関するものであつたことは被告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。
被告は、特許庁審判長は、特許法133条1項に従い、昭和六一年五月二九日付で、原告(請求人)宇部興産を名宛人として、右瑕疵の補正を命じた手続補正指令書を発送した旨主張する。
しかし、一般に二人以上が共同して手続をした場合に手続上の瑕疵の補正を命じるには、瑕疵ある手続をした当の本人又は本人から右瑕疵を補正する権限を授与された者に対してこれをしなければならず、これ以外の者に対し補正を命じても、本人に対し何らの効力も生じないことはいうまでもない。
本件において、「トヨタ自動車工業株式会社」と表示されている者に関する右瑕疵は、この者のした拒絶査定不服の審判の請求手続の瑕疵にほかならず、その瑕疵の補正は当該手続を補完する手続として右審判請求手続の一環とみるべきところ、
拒絶査定不服の審判の請求手続につき、共同請求人の各人が全員を代表する権限を当然には有しないことは特許法14条本文の規定するところである。そして、本件審判請求手続につき同条ただし書に基づく代表者選定届がされていないことは当事者間に争いがなく、また、原告(請求人)宇部興産が「トヨタ自動車工業株式会社」として表示されている者の審判請求手続につき、この者を代理する権限を附与された事実は被告の主張立証しないところであるから、本件審判請求手続に関し、
原告(請求人)宇部興産が「トヨタ自動車工業株式会社」にのみ関する本件審判請求書上の前示瑕疵を補正する権限、また、右瑕疵を補正すべきことを命じた手続補正指令書を自己の名において「トヨタ自動車工業株式会社」に代つて受領する権限を有していたと認めることはできない。
したがつて、右瑕疵を補正すべきことを命じた被告主張の手続補正指令書が、仮に被告の主張するとおり原告(請求人)宇部興産に宛てて発送され、同原告に到達したとしても、これによつては、本件審料請求書の前示瑕疵につき特許法133条1項に定める補正指令が本来これを命ずべき者に対し適法有効にされたということはできず、これが適法有効にされたことを前提とし、審判長の指定した期間内に右補正指令に応じた補正がされなかつたことを理由に本件審判請求書を却下した本件却下決定は、同条二項に違反した違法な却下決定といわなければならない。
2 被告は、共同請求人の他の一人として記名された「トヨタ自動車工業株式会社」は拒絶査定を受けた出願人と異なる名称であつて押印もされていないから共同請求人とみることができず、したがつて、手続をしている原告(請求人)宇部興産に対し手続の補正を命じたのである旨主張する。
しかしながら、仮に被告の主張するとおり、「トヨタ自動車工業株式会社」を共同請求人とみることができないとすれば、それは本件審判の請求を特許法132条3項に違反する不適法な審判の請求であると解する理由になるにすぎず、本件審判請求書の瑕疵とはならないことが明らかである。
のみならず、前叙当事者間に争いのない特許庁における手続の経緯(原告トヨタ自動車が審判を請求した事実を除く。)に照らせば、成立に争いのない甲第二号証及び弁論の全趣旨により認められるとおり本件審判請求書には、審判事件の表示として「特願五六-四五四九四号拒絶査定に対する審判事件」と記載されており、請求人として、拒絶査定を受けた右出願の共同出願人である原告両名の住所、名称及び代表者氏名が原告トヨタ自動車の名称を除き正確に記載されているのであるから、請求人の一人として記載されている「トヨタ自動車工業株式会社」が原告トヨタ自動車の名称の誤記にすぎないことは、右出願の一件書類と本件審判請求書を一見すれぱ直ちに判明したことと認められる。このことは、成立に争いのない甲第三号証により認められる前示手続補正指令書中の「『トヨタ自動車工業株式会社』を『トヨタ自動車株式会社』と正確に記載し捺印すること」という注記に徴しても明らかである。右事実によれば、本件審判請求書中の「トヨタ自動車工業株式会社」の記載が原告トヨタ自動車の名称の明らかな誤記であり、代表者名下の押印の欠落も単なる書類作成上の手落ちにすぎないと容易に認められたというべきであるから、本件審判請求は、前示出願につき拒絶査定を受けた共同出願人である原告両名によつてされたものと判断できたといわなければならない。したがつて、本件において、前示手続補正指令は原告(請求人)トヨタ自動車に宛ててしなければならず、また、これをするについて何らの障害もなかつたと認められる。被告の主張はいずれにしても採用できない。
三 以上のとおりであるから、原告ら主張のその余の取消事由について検討するまでもなく、本件審判請求書却下決定は違法として取り消しを免れない。
四 よつて、原告らの本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 瀧川叡一
裁判官 牧野利秋
裁判官 木下順太郎