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関連ワード 特許を受ける権利 /  発明者 /  協議 /  準拠法 /  黙示の合意 /  共同発明 /  遡及 /  債務不履行 /  実施 /  交換 /  損害額 /  実施料 /  相当因果関係 /  不法行為(民法709条) /  共同発明者 /  実施権 /  専用実施権 /  通常実施権 /  設定登録 /  独占的通常実施権 /  対価 /  変更 / 
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事件 平成 1年 (ネ) 619号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1990/09/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人の請求をいずれも棄却する。
控訴人の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
被控訴人のため、上告のための附加期間を三〇日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 控訴人1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 被控訴人は控訴人に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。との判決並びに右3、
4項につき仮執行の宣言。
二 被控訴人1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
当事者の主張及び証拠関係
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加訂正する外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決一〇枚目表八行目の「その費用」から同表末行までを、「その費用として日本の弁護士である被控訴人代理人等に対する平成二年二月二五日までの期間の報酬、経費の合計だけでも一四一六万九八一三円を要した。この他にも米国の弁護士の費用が別途かかっている。よって被控訴人には少なくとも一四〇〇万円の弁護士費用分の損害が発生した。本件の事案の難易、特に控訴人が一、二審を通じて、
被控訴人の請求を争うとともに、一審開始当初からの和解申出をも全く顧慮しなかった経緯等に照らせば、右損害は、控訴人の不法行為相当因果関係のある損害というべきである。」と訂正する。
2 原判決一〇枚目裏三行目に「損害金七七〇〇万円」とあるのを「損害金合計八六〇〇万円の内七七〇〇万円」と訂正する。
3 原判決一一枚目表一〇行目及び同裏三行目に「原告が」とあるのを、「被控訴人代表者が」と訂正する。
4 原判決一六枚目表一〇行目及び一一行目を、「原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。」と訂正する。
理 由
本訴請求について
一 本訴請求の原因(一)、(二)、即ち次の事実は、当事者間に争いがない。
1 被控訴人は、昭和五八年一月一七日、訴外【A】及び訴外【B】から本件特許権(出願人 【A】及び【B】、発明の名称 液体燃料組成物、特許番号 第一一五五四六八号、出願日 昭和五四年一〇月一七日、出願公告日 昭和五七年八月三日、設定登録日 昭和五八年七月一五日)についての特許を受ける権利を譲り受け、同年七月一五日に特許権設定登録を受けて、本件特許権の特許権者となった者である。
2 控訴人は、本件特許権について、原判決別紙目録記載の専用実施権(本件専用実施権)の設定登録(本件登録)を受けている。
二 本件登録に至る経過。
本訴請求の原因(三)中、控訴人が、東京都内において、被控訴人代表者【C】と会見したこと、その際、【C】に対し、被控訴人主張の英文の書面(甲第一三号証の一)を提示したこと、右書面に実施の範囲として本州全域との記載があったこと、右書面の契約の日付が昭和五八年四月九日であること、【C】が特許権の専用実施権設定契約書、委任状及び付随契約書に署名したこと並びに控訴人が昭和五九年三月八日に本件登録の申請をし、同年四月二七日本件登録を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。
前記一及び右の争いのない事実、成立について争いのない甲第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証ないし甲第六号証、甲第八号証ないし甲第一〇号商、甲第一一号証の一、成立に争いのない甲第一二号証の一、甲第一四号証の一、甲第一五号証の一、甲第一七号証の一、甲第二一号証の一、甲第二三号証、甲第二四号証の一、甲第四六号証、乙第一号証の一ないし三、乙第二号証、当審における証人【D】の証言によって真正に成立したものと認められる甲第一六号証の一、乙第三号証の一、二、乙第四号証の二、乙第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八号証の一、甲第二二号証の一、甲第二九号証の一、甲第三〇号証の一、甲第三四号証の一、甲第四三号証(甲第二二号証の一、
甲第二九号証の一、甲第三〇号証の一、甲第三四号証の一、甲第四三号証については、後記措信しない部分を除く。)末尾三行及び【C】の署名部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第七号証の一、三枚目末尾八行については前記甲第二九号証の一、乙第六号証及び当審における証人【D】の証言によって真正に成立したものと認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第一三号証の一並びに当審における証人【D】の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。
なお、前記甲第二二号証の一、甲第二九号証の一、甲第三〇号証の一、甲第三四号証の一、甲第四三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二六号証の一、甲第二七号証の一及び甲第三七号証中、次の認定に反する部分は前掲各証拠に照らして信用できない。
1 控訴人は、かばん、袋物等の貿易などを目的とする会社の代表者であるが、昭和五七年春頃、かねて、取引のあった台湾在住の【D】(別名【E】)から、当時、日本の特許庁へ特許出願中であった本件発明の発明者等が、本件特許を日本で事業化する企業の斡旋を求めていると連絡を受け、同年五月又は八月頃、台湾で、
本件発明の発明者で当時本件特許の出願人であった【A】及び【B】及び両名から本件発明の事業化の仲介を委任されている【F】と会い、同人等から本件発明の特許を受ける権利(登録後は本件特許権)の譲渡を受ける企業との仲介を依頼された。控訴人は、日本で大手石油会社に打診する一方、台湾の【A】、【B】、
【F】と種々折衝した結果、同年暮頃、【A】及び【B】との間で、本件特許権について控訴人を権利者とする専用実施権を設定した上、本件特許権を事業化する企業に対して控訴人が通常実施権の再許諾をし、その企業から受け取る対価の中から一二〇万米ドルを専用実施権設定の対価として同人等に支払う旨の合意をした。この間、同年八月三日には本件発明について特許出願公告がされ、同年一〇月二九日には特許査定がされた。
右のように控訴人に専用実施権を設定することになったのは、控訴人による企業との交渉権限を確実なものとし、発明者等も継続的にロイヤリティーを得ることができるようにするためであり、控訴人自身は右専用実施権に基づいて本件特許権を実施する意思も資力もなく、また専用実施権設定の対価一二〇万米ドルを支払う資力もないもので、通常実施権の再許諾を得て事業化する企業から支払われる対価の中からそれを支払うものであることは、発明者等及び【D】は折衝の中で控訴人から説明を受け了解していた。
なお、【D】が控訴人に前記のような連絡をしたのは、控訴人の遠戚に全農(全国農業協同組合連合会)の有力者がいたことから同人の斡旋を期待してのことであった。
2 被控訴人は、昭和五八年一月一七日、【A】、【B】から本件発明についての特許を受ける権利を譲り受ける約定をし、同年三月一五日付で特許庁長官に届け出て、その権利を取得した。本件発明の共同発明者である【A】及び【B】は被控訴人の有力な株主であり、被控訴人が権利を取得した後も、本件特許を日本で事業化する企業との仲介をこれまでと同じ方式で控訴人に依頼する考えであった。
同年三月二九日、台北の【D】の経営する会社の事務所で、被控訴人代表者【C】、【B】、被控訴人会社の技術者である【G】、【D】、控訴人が会談し、
本件特許を事業化する日本企業との仲介に当たる控訴人に本件特許の専用実施権を設定することが了解されると共に、事業化の形態としては、被控訴人が技術、ノウハウを、日本企業が金銭を出資することによる日本企業と被控訴人の合弁会社とし、誠実性の証として二〇〇万米ドルが、契約書作成時三〇%、プラント建設開始時三〇%、装置作動テスト終了時四〇%の三回に分けて被控訴人に支払われること、日本企業の出資額、持株比率の決め方等について意見が交換され、その結果を控訴人が被控訴人代表者【C】宛の書状の形式にまとめ、【D】が英訳したもの(甲第一二号証の一)を被控訴人に送付した。右書状には、控訴人のために設定される権利は日本語で「専用実施権」と記載されていた。
右会談の場において、被控訴人側から、二〇〇万米ドルを日本企業からの支払がある前に控訴人の資金で払って欲しいとの要求があったが、控訴人は、その資力もないと断り、二〇〇万米ドルは本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から支払われるものであることは被控訴人代表者【C】も了解していた。
なお、控訴人は英語を理解できず、【C】は日本語を理解できないので、日本語と英語に通じる【D】の通訳によって会談が行われた。
3 その後、控訴人は、台湾からの帰途来日した被控訴人代表者【C】と東京のホテルで会い、台北での前記三月二九日の合意に従い、控訴人のために専用実施権を設定するための日本語で記載された専用実施権設定契約書(乙第一号証の一)、受任者欄は記載なく、委任事項の項に、下記特許権につき控訴人に対する専用実施権設定登録申請の件一切と記載され、記として、本件特許の出願番号と出願公告番号が記載されている専用実施権設定登録手続を代理人に委任するための委任状(乙第一号証の二)及び専用実施権設定登録申請書(乙第一号証の三)を示して、それらに【C】の署名を求めたが、【C】からそれらの書類の英訳文を求められたので、
知人の【H】某に依頼して英訳し、同年四月九日、【C】に渡した。【C】は右英訳文を読み、【H】の説明を聞いた上で、右乙第一号証の一ないし三に署名したので、控訴人も乙第一号証の一及び三に署名し、かつ、右契約書の英訳文の末尾にも、【C】と控訴人が署名し、乙第一号証の一ないし三は控訴人が、英訳文は【C】が持ち帰った。
乙第一号証の一には、本件発明の特許権について専用実施権を設定する旨(第1条)、専用実施権実施地域は本州全域、実施期間は特許権の有効期限まで、実施内容は製造並びに販売とする旨(第2条)、専用実施権設定の条件は別に定める旨(第3条)、控訴人は再実施権を他に許諾することができるが、その相手方、再実施権の範囲については事前に被控訴人と協議して決める旨(第4条)等の条項が記載されていた。
右英訳文においては、控訴人のために設定され、登録申請される権利は、「exclusive use and execution patent right」あるいは、「the patent right for exclusive use ande xecution」等と表示されていた。
4 その後、被控訴人から【D】に右英訳文が渡され、これをタイプを清書し、控訴人の署名を得て返送するよう要求があったが、その段階では当初の英訳文のうち契約書の英訳文の末尾に、「本契約書は一九八三年四月九日より九〇日間有効であり、その期間内に正式の合弁契約が締結されなければならない。以上は日本文による全文書の正訳である。本文書によっても被控訴人は特許権を所有するものであり、控訴人に特許権を譲渡するものではない。」との趣旨の八行が書き加えられていた(甲第一三号証の一のうち契約書の英訳文の部分)。
【D】は、右英訳文をタイプで清書したが、その際、実施地域が日本全土と、末尾の有効期間についての記載が、本契約書は、被控訴人が近く発行される特許証を受領した日より九〇日間有効であるものとされた。控訴人は、同年五月二〇日、タイプ清書された英訳文に署名押印して(甲第一四号証の一)、被控訴人に送付した。
右のように、実施地域を本州から日本全土に変更したのは、従前九州地域については別人に専用実施権を設定するというので九州地区を除外する趣旨であったのを、誤って本州とされていたが、その後、当該別人との交渉が不調に終わったとのことで日本全土とすることに、当事者間に了解が成立したことによるものである。
5 ところで、右3のとおり同年四月七日に被控訴人代表者【C】が署名した専用実施権設定契約書(乙第一号証の一)、専用実施権設定登録手続を代理人に委任するための委任状(乙第一号証の二)は、【C】のサインが日本語の記名と重なっていたため、弁理士の指示で、日本語で記載された同年七月三一日付の専用実施権設定契約書(甲第一〇号証の原本)、乙第一号証の二と同様の記載のある委任状(甲第六号証の原本、但し、受任者の氏名及び委任事項欄の本件特許の特許番号の記載のないもの)が再度作成され、これを【C】へ郵送して、その署名を得たが、その専用実施権設定契約書中には、専用実施権実施地域が日本全土と記載されていた。
6 同年六月一二日、被控訴人代表者【C】からの問い合わせに対し、控訴人、
【D】、【B】、【G】の連名で、アメリカ側当事者と日本側当事者間の契約は、
日本の特許庁から特許証が付与された後二〇日以内に署名され、われわれの以前の契約に従い誠実性の証としての金銭が支払われる旨、主として全農がプロジェクトを後援することになっているが、プロジェクトを引き受けるために設立される新会社は近日中に決定する旨、一九八三年四月九日に署名された「exclusive use and executionp atent right」を設定する契約は延長されるであろう旨のテレックス(甲第一六号証の一)が送られ、同日、
控訴人から被控訴人に対し、右テレックスに関し、貴方が日本の特許庁から特許を受けた後二〇日以内に、最初の契約を締結することになる旨、その後、互いの協議により最終的契約のために詳細な事項を詰めていくことになる旨の記載のある手紙(甲第一七号証の一)が送られた。
同年六月一三日、被控訴人代表者【C】は、右テレックスに対する返信として【D】に対し、控訴人の手紙を自分が受け取れば、喜んで「exclusive access to the use of patent」を延長することになるであろう。しかし、このような「exclusivity」は合弁契約の中で互いに契約することにより初めて効力を発するものである旨のテレックス(甲第一八号証の一)を送った。
7 同年七月一五日本件特許が登録され、同日特許証(甲第四号証の原本)が発行された。
8 被控訴人代表者【C】は、同年八月二九日公証人の認証を得た法人国籍証明書(甲第七号証の一の原本)を送付してきたが、その末尾には、本文書と共に署名された上記日本語の委任状は、日本の企業家集団との間の合弁事業の交渉を進めるためにのみ控訴人を受任者とするものであるとの趣旨の追加記入をし、署名をしていた。
9 その後、控訴人は、本件特許を実施する企業を求めて日本の大手石油会社等と交渉を継続し、また、二〇〇万米ドルをアメリカへ送金するために必要な日本銀行への届け出をする一方、前記3のとおり、乙第一号証の一の専用実施権設定契約書の第3条において、別に定めることとされた専用実施権設定の条件について被控訴人と交渉した結果、専用実施権設定料(イニシャルペイメント)を従前の約定のとおり二〇〇万米ドルとし、特許権使用料(ロイヤリティ)を控訴人から再実施権の設定を受けた第三者が生産する製品一ガロン当たり四米セントとする合意がまとまり、昭和五九年二月二七日、台北の【D】の事務所で、控訴人、被控訴人代表者【C】、【D】、【G】が会合し、契約書の英訳文(甲第一一号証の一の原本)を【C】に示した上、日本語の契約書(乙第二号証)に控訴人、被控訴人代表者【C】が署名した。右契約書には、右のとおりの専用実施権設定料及び特許権使用料についての約定が記載されていたが、専用実施権設定料二〇〇万米ドルの支払時期については何ら記載されていなかった。しかし、専用実施権設定料二〇〇万米ドルの支払時期についての従前の当事者間の合意を変更する協議はなされなかった。
10 控訴人は、弁理士に委任して、前記専用実施権設定契約書(甲第一〇号証の一の原本)、契約書(乙第二号証)、法人国籍証明書(甲第七号証の一の原本)、
甲第七号証の一の訳文である甲第八号証の原本、被控訴人の弁理士に対する委任状、但し、受任者として三名の弁理士の氏名が、委任事項の欄の記に本件特許の特許番号が、日付欄に昭和五八年七月三一日の日付が、各補充されたもの(甲第六号証の原本)、控訴人の弁理士に対する委任状である甲第九号証の原本、技術導入契約の締結に関する届出書を添付書類として添付して、昭和五九年三月八日本件専用実施権設定の登録を特許庁に申請し、同年四月二八日登録を受けた。
専用実施権設定契約の成立及び準拠法 右認定の事実によれば、控訴人と被控訴人との間に、昭和五八年四月九日、東京で控訴人及び被控訴人代表者が署名した乙第一号証により、本件発明が特許登録されることを停止条件とする、本件特許について専用実施権を設定する基本的契約が成立し、同年六月頃までにその実施の範囲が日本全土に変更され、同年七月一五日、本件特許が登録されて停止条件が成就し、昭和五九年二月二七日、台北で控訴人及び被控訴人代表者が署名した乙第二号証により付随契約が成立したことにより、控訴人と被控訴人との間に本件特許について、控訴人のために、範囲地域を日本全土とし、期間は特許の有効期限、内容は製造並びに販売、対価は、専用実施権設定料が二〇〇万米ドル、特許権実施料が、専用実施権者から再実施権の設定を受けた第三者が生産する製品一ガロン当たり四米セントとする専用実施権設定契約が成立し、昭和五九年四月二七日、右専用実施権設定登録によりその効力が生じたものであると認められる。
もっとも、控訴人自身は右専用実施権に基づいて本件特許権を実施する意思も資力もなく、本件特許を事業化する日本企業との仲介にあたる者にすぎず、控訴人に専用実施権を設定することになったのは、控訴人の企業との交渉権限を確実なものとするためであることは、当事者双方が了解していたことであることからすれば、
本件特許を事業化する日本企業との間で再実施契約が成立するまでの間は、控訴人と被控訴人との間には仲介委任契約が存続しており、右仲介委任契約の終了により専用実施権設定契約も、前記期間の定めにかかわらず、終了する関係にあるものと認めるのが相当である。
なお、当事者間に本件契約についての準拠法を定める明示の合意があったことを認めるに足りる証拠はないが、本件契約は日本における特許の実施についての契約であり、基本契約も付随契約もその契約書は日本語で記載されており、基本契約は東京で締結されたものであることからすれば、本件契約の準拠法は日本法とすることに当事者の黙示の合意があったものと認められる。
四 本件登録の無効事由について1 被控訴人は、当事者間に成立した契約は、本件特許権に本件専用実施権を設定することではなく、独占的通常実施権を設定することであったことは、契約の内容を英文で記載した書面に、専用実施権を示す訳語として使われる「sole and exclusive right(又はlisence)」あるいは、「senyojisshiken」という言葉が使用されていないことから明らかであり、被控訴人代表者【C】は、専用実施権設定契約書等に署名しているけれども、
日本語を理解できない【C】が、内容を理解しないまま署名したものであって、
【C】は、独占的通常実施権を設定する旨の意思表示をしたもので、本件専用実施権設定契約は成立していないから、本件登録は無効であると主張する。
そして、前記本件契約等の英訳文においては、控訴人のために設定され、登録申請される権利は、「exclusive use and execution patent right」あるいは、「the patent right for exclusive use and execution」等と表示されていたことは前記二3に認定したとおりである。
しかし、昭和五八年四月九日に基本的契約が成立する直前の、同年三月二九日、
台北で、被控訴人代表者【C】、【B】、被控訴人会社の技術者である【G】、
【D】、控訴人が会談し、控訴人に本件特許の専用実施権を設定することが了解されると共に、当日の会談の結果を控訴人が被控訴人代表者【C】宛の書状の形式にまとめ、【D】が英訳したもの、(甲第一二号証の一)を被控訴人に送付したが、
右書状には、控訴人のために設定される権利は日本語で「専用実施権」と記載されていたことは前記二2に認定したとおりであり、右会談の際には、英語で専用実施権の説明がされたものと推認され、また、前記二4に認定したとおり、【C】が、
同年四月九日に乙第一号証の一に署名して、その英訳文(甲第一三号証の一)を一旦持ち返った後、末尾に、「本文書によっても被控訴人は特許権を所有するものであり、控訴人に特許権を譲渡するものではない」との趣旨を書き加えたものをタイプで清書し、控訴人の署名を得て返送するよう要求したことからも、控訴人のために設定することを約定した権利が、特許権の譲渡とまぎらわしく思う程の、かなり強力な権利であると理解していたことがうかがわれ、これらのことに照らせば、
【C】は専用実施権を設定する契約であることを理解して契約書等の書類に署名したものと認められ、被控訴人の主張は認められない。
2 被控訴人は、被控訴人代表者【C】には、本件登録の申請をする意思も弁理士をその代理人に委任する意思もなかったものであって、本件登録は、詐取された委任状に基づいてなされたものであるから、本件登録は、その申請手続に瑕疵があり無効であると主張する。
しかし、前記二3に認定したとおり、【C】は、昭和五八年四月九日、乙第一号証の二の委任状に署名するに先立って、その英訳文を要求し、それを読んだ上で署名したもので、受任者こそ記載されていなかったものの、委任事項の項に、下記特許権につき控訴人に対する専用実施権設定登録申請の件一切と記載され、記として、本件特許の出願番号と出願公告番号が記載されている委任状であることは理解していたものであり、その後、本件登録手続に使用された甲第六号証に署名した際に、当事者間に特別こみ入った交渉があったことを認めるに足りる証拠がないことからすれば、前と同一の内容の委任状と理解していたものと認められる。右のような記載の委任状に署名した以上、受任者として適切な弁理士を選任し、その氏名を受任者欄に補充すること、委任事項の欄に、特許登録後、本件特許の登録番号を補充すること、日付を補充することは、控訴人に委ねる意思であったものと認められるから、それらを補充した甲第六号証は、被控訴人代表者【C】が受任者である弁理士に本件登録手続を委任する意思で作成したものということができ、被控訴人の主張は認められない。
3 被控訴人は、当事者間の前記契約には、本件専用実施権設定の効力は、本件専用実施権設定の対価のうち頭金二〇〇万米ドルが支払われることにより生じるとの停止条件が付されていたが、控訴人は右頭金二〇〇万米ドルの支払をしないので、
本件契約は効力を生じていない旨主張し、控訴人が被控訴人に対し本件専用実施権設定の対価の支払をしていないことは控訴人の認めるところである。
しかし、甲第四三号証中、当事者間の前記契約には、頭金二〇〇万米ドルのうち六〇万米ドルが支払われることが停止条件として付されていた旨の部分は、乙第六号証、当審における証人【D】の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果中、
これに反する部分に照らして信用できず、他に、本件契約に被控訴人主張のような停止条件が付されていたことを認めるに足りる証拠はない。
4 被控訴人は、本件契約は、控訴人が、本件専用実施権設定の対価として支払うべき頭金二〇〇万米ドルを支払う意思及び能力並びに本件発明の事業化を仲介する能力がないにもかかわらず、これがあるかのように装って【C】をその旨誤信させ、同人に契約締結の意思表示をさせて成立したものであるから、右意思表示は詐欺によるものとして取り消すことができるものであり、被控訴人は、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、控訴人に対し、詐欺を理由とする右契約取消の意思表示をしたから、右契約は、遡って効力を失った旨主張する。
そして、被控訴人が、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、控訴人に対し、詐欺を理由とする右契約取消の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
しかし、控訴人が、二〇〇万米ドルを自らの資金で払う資力がないことを控訴人との交渉の最初から明らかにしていたこと及び二〇〇万米ドルは本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から支払われるものであることは被控訴人代表者【C】も了解していたことは、前記二2に認定したとおりであり、控訴人が、自らの資金で二〇〇万米ドルを支払う意思も資力もないのに、これをあるかのように装って被控訴人代表者を欺罔したことを認めるに足りる証拠はない。
また、控訴人が、本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から二〇〇万米ドルを被控訴人に払う意思がなかったことを認めるに足りる証拠はない。
控訴人が、いまだ通常実施権の再許諾をしていないことは、当事者間に争いがなく、また、控訴人が、かばん、袋物等の貿易などを目的とする会社の代表者であることは前記二1に認定したとおりであり、これまで特許権の実施契約の仲介や石油等液体燃料関係の業務についた経験のあることを認めるに足りる証拠はない。
しかし、被控訴人が、控訴人に対し、本件専用実施権の処分禁止の仮処分を申請し、仮処分決定を得てその執行をしたことは当事者間に争いがなく、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第三五号証によれば、右仮処分決定の日は昭和六一年二月二六日であったことが認められ、それまでの間に、日本企業と本件発明の事業化を行う契約をまとめることができず、かつ、それまで特許権の実施契約の仲介や石油等液体燃料関係の業務についた経験のあることがうかがえないからといって、控訴人には、本件発明の事業化を仲介する能力がないということもできず、また、控訴人が自己にそのような仲介をする能力がないことを認識しながら、これがあるかのように装ったものということもできない。
他に、被控訴人主張の詐欺の事実を認めるに足りる証拠はない。
5 また、被控訴人は、本件契約は、控訴人が被控訴人に対し、契約の締結直後に、本件専用実施権設定の対価として頭金二〇〇万米ドルを支払うことを内容とするものであったところ、被控訴人は、昭和五九年三月二二日以来、右頭金の支払を度々催告しているにもかかわらず、控訴人がその支払をしないので、控訴人に対し、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、右契約を解除する旨の意思表示をしたから、右契約は、遡って効力を失った旨主張する。
そして、成立について当事者間に争いのない甲第三一号証の一、二によれば、被控訴人が、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、控訴人に対し、頭金二〇〇万米ドルの支払の債務不履行を理由とする右契約解除の意思表示をしたことが認められる。
しかし、控訴人が、二〇〇万米ドルを自らの資金で払う資力はなく、二〇〇万米ドルは、本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から支払われるものであることは、本件専用実施権設定契約の双方当事者が前提として了解していたもので、これを変更する協議がされたことがなかったことは、前記二2、9に認定したとおりであり、二〇〇万米ドルの支払時期は、控訴人から本件特許について通常実施権の再許諾を受けて本件特許を事業化する企業と控訴人との間の通常実施権設定契約が締結された時、あるいは、控訴人にその企業から同契約に基づく対価が支払われる時以後とすることは被控訴人も、控訴人も本件専用実施権設定契約の前提としていたものであるところ、控訴人がまだ通常実施権の再許諾をしていないことは当事者間に争いがなく、控訴人が、通常実施権の再許諾による対価の支払を受けたことを認めるに足りる証拠はないから、頭金二〇〇万米ドルの支払期が到来したことは認められない。
したがって、債務不履行を理由とする、被控訴人の解除の意思表示は効力を生じない。
前記甲第一二号証の一によれば、前記二2に認定した、昭和五八年三月二九日の被控訴人代表者【C】、【B】、【G】、【D】、控訴人の会談の結果を控訴人が被控訴人代表者【C】宛の書状の形式にまとめ、【D】が英訳した書状(甲第一二号証の一)には、控訴人のために専用実施権を与えることを被控訴人代表者【C】が承諾した旨とは区別して、契約締結完了まで未確定であるいくつかの意見交換のポイントとして、本件特許の事業化の形態につき、被控訴人が技術、ノウハウを、
日本企業が金銭を出資することによる日本企業と被控訴人の合弁会社とし、誠実性の証として二〇〇万米ドルが、契約書作成時三〇%、プラント建設開始時三〇%、
装置作動テスト終了時四〇%の三回に分けて被控訴人に支払われること、日本企業の出資額、持株比率の決め方等が記載されていて、二〇〇万米ドルの支払時期が、
本件特許を事業化する日本企業との契約及び事業の進行状況に応じて分割支払されることが協議されていたことが認められ、また、右二〇〇万米ドルのうち、最初の三〇%の支払時期とされている、契約書作成時とは、控訴人と被控訴人との契約書作成時ではなく、本件特許を事業化する日本企業と被控訴人との間の契約書作成時と解するべきものと認められる。
前記甲第一二号証の一をもって、控訴人の主張に沿う証拠ということはできても、被控訴人の主張に沿う証拠ということはできない。
前記甲第六号証の一によれば、前記二6に認定した、昭和五八年六月一二日、
【B】、【G】、【D】、控訴人の連名で被控訴人代表者【C】宛に送られたテレックス(甲第一六号証の一)には、前記二6に認定のとおり、アメリカ側当事者と日本側当事者間の契約は、日本の特許庁から特許証が付与された後二〇日以内に署名され、われわれの以前の契約に従い誠実性の証としての金銭が支払われる旨、主として全農がプロジェクトを後援することになっているが、プロジェクトを引き受けるために設立される新会社は近日中に決定する旨、一九八三年四月九日に署名された「exclusive use and execution patent right」を設定する契約は延長されるであろう旨の記載があることが認められるが、それらの記載の前には、今朝会議を行った結果、ハイドロレーン・プロジェクトを引き受けるための処置が日本でとられたことをお伝えする旨の記載があることが認められ、右にいうアメリカ側当事者と日本側当事者間の契約とは、一九八三年四月九日に署名された「exclusive use and execution patent right」を設定する契約、即ち、本件専用実施権設定契約の基本契約とは別の、被控訴人とハイドロレーン・プロジェクト、即ち、本件特許の事業化を行う日本企業との間の契約を指すことが明らかである。したがって、甲第一六号証の一には、誠実性の証としての金銭は、被控訴人と本件特許の事業化を行う日本企業との間の契約の署名時に支払われる旨の記載があるのであり、
前記甲第一二号証の一をもって、控訴人の主張に沿う証拠ということはできても、
被控訴人の主張に沿う証拠ということはできない。
前記甲第二二号証の一中、本件専用実施権設定契約の締結と同時に最初の支払をするとの約定がされていた旨の部分は前記二冒頭の各証拠に照らして信用できない。
6 次に、被控訴人は、本件契約は、昭和五八年四月九日又は同年七月一六日から九〇日以内に本件特許権を日本において実施するための合弁契約が締結されない場合には、契約の効力は消滅するとの解除条件がついていたものであるが、現在に至っても合弁契約は締結されてないから、解除条件は成就したもので、本件契約は、
遡って効力を失った旨主張する。
昭和五八年四月九日、東京で控訴人及び被控訴人代表者が署名した乙第一号証により成立した本件特許について専用実施権を設定する基本的契約には、被控訴人主張のような解除条件は付されていなかったが、右契約時に被控訴人代表者が持ち帰った契約書の英訳文が、その後、被控訴人から【D】に渡され、これをタイプで清書し、控訴人の署名を得て返送するよう要求があった段階ではその末尾に、「本契約書は一九八三年四月九日より九〇日間有効であり、その期間内に正式の合弁契約が締結されなければならない。」との趣旨を含む文章が書き加えられていたこと、
【D】は、右英訳文をタイプで清書したが、その際、末尾の有効期間についての記載が、本契約書は、被控訴人が近く発行される特許証を受領した日より九〇日間有効であるものとされ、控訴人は、右タイプ清書された英訳文に署名押印して被控訴人に送付したこと、同年六月一二日、控訴人、【D】、【B】、【G】の連名で、
被控訴人代表者【C】に送られたテレックス(甲第一六号証の一)中には、一九八三年四月九日に署名された「exclusive use and execution patent right」を設定する契約は延長されるであろうとの趣旨の部分があり、これに対し、同年六月一三日、被控訴人代表者【C】は、右テレックスに対する返信のテレックスで、【D】に対し、控訴人の手紙を自分が受け取れば、喜んで「exclusive access to the use of patent」を延長することになるであろう、しかし、このような「exclusivity」は合弁契約の中で互いに契約することにより初めて効力を発するものである旨記載していることは、前記二3、4、6に認定したとおりである。右事実によれば、当事者間に、被控訴人主張の解除条件、特に、被控訴人が本件特許の特許証を受領した日(昭和五八年七月一五日)から九〇日以内に本件特許権を日本において実施するための合弁契約が締結されない場合には、契約の効力は消滅するとの解除条件を付することについて、同年六月一三日頃までに追加的に合意が成立したものであるかのようである。
しかし、右のような解除条件が付されていたとすれば、その条件成就による契約失効から四箇月以上を経ていることになる昭和五九年二月二七日に、台北で控訴人及び被控訴人代表者【C】が乙第二号証に署名して基本契約の第3条による専用実施権設定の条件を定める付随契約が成立したことは、前記二9に認定したとおりであり、しかも、右付随契約の成立までに、基本契約が解除条件の成就により失効していることが当事者間で問題となったことを認めるに足りる証拠のないことからすれば、当事者間には、被控訴人主張のような解除条件を付する追加的合意について交渉はされたが確定的な合意には達しなかったものと認められる。
他に、本件専用実施権設定契約には被控訴人主張の解除条件が付されていたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人の、解除条件の成就による本件契約の失効の主張は認められない。
五 右四のとおり、被控訴人主張の、本件専用実施権設定契約の無効、停止条件の不成就による効力の未発生又は取消、解除若しくは解除条件の成就による消滅を理由とする本件登録の無効の主張及び登録申請手続の瑕疵を理由とする本件登録の無効の主張は、いずれも認められないから、被控訴人の本件登録の抹消登録手続請求は理由がない。
また、本件登録が無効であるか、又は本件登録の原因関係である専用実施権設定契約が効力を生ぜず若しくは遡及的に消滅すべきものであることを前提とする被控訴人の損害賠償請求も理由がない。
反訴請求について
一 民事上の紛争を解決するために民事訴訟を提起することは人に認められた権利の行使であり、提起した民事訴訟において敗訴したからといって、そのことのみをもって右民事訴訟の提起がその事件の被告に対する不法行為となるものではない。
本来権利の行使として適法な民法訴訟の提起が違法として不法行為を構成するのは、その訴訟においてその原告の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであり、且つ、原告がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当であるところ、被控訴人の本訴の提起が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに当たることを裏付ける事実を認めるに足りる証拠はない。
よって、反訴請求中、被控訴人の本訴の提起が不法行為にあたるとして損害賠償を求める請求は、その余の主張について判断するまでもなく理由がない。
二1 被控訴人が、控訴人に対し、本件専用実施権について処分禁止の仮処分を申請し、仮処分決定を得てその執行をし、本訴を提起したことは当事者間に争いがない。
前記甲第三五号証及び弁論の全趣旨によれば、本訴中の本件登録抹消登録手続請求が右仮処分の本案事件であり、仮処分の被保全権利は、本件特許権に基づく本件登録抹消登録手続請求権であることが認められる。
2 本訴の本件登録抹消登録手続請求が理由のないことは、前記「第一 本訴請求について」において判断したとおりであり、右仮処分は被保全権利を欠くものであったと認められる。
3 そこで、右仮処分を得てこれを執行した被控訴人の故意又は過失について検討する。
本件登録に至る経過は、第一、二及び同四6に認定判断したとおりであり、控訴人、被控訴人の交渉が始まった昭和五八年三月二九日から本件登録がされた昭和五九年四月二七日までの間に、昭和五八年四月九日に締結された基本契約、昭和五九年二月二七日に締結された付随契約が結ばれたが、専用実施権の設定を受ける控訴人は本件特許を事業化する日本企業との仲介に当たるもので、専用実施権設定の対価である二〇〇万米ドルは、本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から支払われるものであるという契約の前提となる了解事項及び合意は契約書上に記載されていなかった外、基本契約が手続的な理由から再度作成され、基本契約の実施地域が修正され、有効期間等についての修正の交渉がされたが、この間、被控訴人代表者【C】は日本語を解さず、控訴人は英語を解しないため、直接の意思疎通ができなかった等の事情があったため、本件専用実施権設定契約の内容の認定を左右する証拠及び事実関係は複雑であり、当裁判所は前記第一に判断したとおり被控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断したが、原裁判所は被控訴人の本件登録抹消登録手続請求を認容していることからもうかがわれるとおり、その証拠の評価、事実関係の法的判断は容易ではないこと等の特段の事情を考慮すれば、被控訴人において、控訴人に対する本件登録抹消登録手続請求権があるものと信じ、これを保全するため、前記の仮処分を申請し、仮処分決定を得て執行するについて相当の事由があったものと認められ、被控訴人にその点について故意又は過失が有ったことを認めるに足りる証拠はない。
4 また、控訴人が、本件特許を実施する企業を求めて日本の大手石油会社等と交渉を継続していたことは、前記第一、二9のとおりであるが、それ以上に、具体的な交渉相手毎の交渉の進捗の程度、交渉に当たっての協力者の具体的氏名、交渉に要した経費及びその使途の詳細、通常実施権の再許諾により得られる対価の額が具体化していたか否か、その金額等を認めるに足りる証拠もなく、前記仮処分によって、交渉相手及び控訴人の協力者の控訴人に対する信用が、損害賠償を要する程度にまで失墜したこと、控訴人の精神的打撃が損害賠償を要する程度にまで大きいものであったこと、本件特許について通常実施権を再許諾するためなどに費やした控訴人の努力及び経費の価値が半減したこと並びに右価値の半減及び本件専用実施権の残存期間の減少による損害額を認めるに足りる証拠もない。
6 よって、反訴請求中、前記仮処分を申請した上、仮処分決定を得てその執行をしたことを理由とする損害賠償請求は理由がない。
また、前記仮処分を申請した上、仮処分決定を得てその執行をし、更に本訴を提起したことを一連のものとみても、それが不法行為に当たるものとは認められず、
それを理由とする損害賠償請求は理由がない。
結論
よって、原判決のうち、本訴請求中、本件登録抹消登録手続請求を認容し、損害賠償請求を一部認容した部分は失当であり、その余の部分は正当であるから、原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第96条第92条を、被控訴人のため上告のための附加期間を定めることについて同法第158条第2項を各適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 元木伸
裁判官 西田美昭
裁判官 島田清次郎