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関連審決 審判1979-12353
関連ワード 加工方法 /  容易に実施 /  慣用技術 /  技術的手段 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  合理的な理由 / 
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事件 昭和 59年 (行ケ) 199号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1990/11/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が、同庁昭和五四年審判第一二三五三号事件について、昭和五九年四月二日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた判決
一 原告 主文同旨二 被告1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 原告は、一九七四年(昭和四九年)一一月二五日にスイス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五〇年六月二三日、名称を「放電加工方法及び装置」(当初「線状電極を使用する放電加工機」としたものを後に補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和五〇年第七五七八三号)をしたところ、昭和五四年五月三一日に拒絶査定を受けたので、昭和五四年一〇月一七日、これに対し審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第一二三五三号事件として審理した上、昭和五九年四月二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として九〇日を附加)との審決をし、その謄本は、同年四月一八日、原告に送達された。
二 本願発明の特許請求の範囲1 放電加工工程中の機械的な張力下にあって線電極のたわみ若しくは横振動から生ずる放電加工精度及び放電加工速度の低下を除去する放電加工方法であって、前記放電加工工程に加えて、前記線電極1に電気的な影響を及ぼし、以てこの電気的な影響によって生ずる電磁界が、前記放電加工工程中に前記線電極1の前記たわみ若しくは横振動を発生させる力を補償するようにした、ことを特徴とする放電加工方法
2 放電加工工程中の機械的な張力下にあって線状電極のたわみ若しくは横振動から生ずる放電加工精度及び放電加工速度の悪化を除去する放電加工装置において、
放電加工を行うための通常の電力供給手段6に加えて、更に、補償用発生手段8を、前記線電極1又は前記線電極1及び被加工品7に接続して前記線電極の前記たわみを発生させる力を補償する、ことを特徴とした放電加工装置。
三 本件審決の理由の要点1 本願出願の経緯は一項のとおりである。
2 審査手続においては、本願は、その明細書及び図面の記載が左記の点で不備と認められるから、昭和六〇年法律第四一号による改正前の特許法(以下「改正前特許法」という。)第36条第4項及び第五項に規定する要件を満たしていないという理由によって本願は拒絶すべきものと認め、拒絶査定をした。そして記として次のように記載した。
記 明細書をみても、電極にどのような補償信号を送ることによって、そしてどのような理由により、電極の疑似振動を生じる力を補償できるのか、不明瞭であって、
当業者が容易に実施できる程度に記載されているものとは認められない。
そして、当該補償がどのようにして達成できるのか技術的に不明である以上、特許請求の範囲の記載は単なる願望にすぎないものと認められる。
(理由が不明ならば、それにかわる証明と具体的実施例を示されたい。)3 一方、審判請求人(原告)は、審査手続において昭和五三年七月五日付の手続補正書によって明細書全文及び図面を補正し、更に、審判手続において昭和五四年一一月一六日付の手続補正書によって特許請求の範囲の全文を含む明細書の一部を補正した。そして、審判請求人(原告)は、拒絶査定における拒絶理由は不当であって、前記の両手続補正書によって補正された明細書及び図面によって本願の発明はその目的、構成及び効果は明確になったと主張しているものと認められる。
4 そこで、前記の両手続補正書によって補正された明細書(以下「本願明細書」という。)及び図面(以下「本願図面」という。)について検討する。
(一) 前記二のとおり本願発明の特許請求の記載並びに本願明細書中の発明の詳細な説明の記載及び本願図面の記載からみて、本願の特許請求の範囲の第1項に記載された発明(以下「第一発明」という。)の目的は、放電加工工程中の機械的な張力下にある線電極のたわみ若しくは横振動から生ずる放電加工精度及び放電加工速度の低下を除去しようとする放電加工方法にあるものと認められる。
(二) そして、その目的を実現する手段については特許請求の範囲の第1項の記載ではよくわからず、この記載はその手段の作用によって生ずべき、又は、その目的が達成できるはずの作用が記載されているが、その手段について記載がないものと認められる。
(三) そのため、その手段については、発明の詳細な説明の記載及び本願図面の記載からみると、線電極(これは本願明細書では他に導線電極、工具電極又は電線電極などと記載されているがいずれも同じ内容であると解される。)と被加工物に本来当然加えられる放電加工用の電源であるパルス発生器の他に特に設けた電源回路即ち補償回路(本願明細書で調整回路、補償信号供給装置などというところもあるが同じ内容であると解せられる。)によって、この線電極に本来加えられる加工用パルス電流の外に補償用の電流を与えようとする手段を有するものと考えられる。そして、この補償用の電流は直流又は交流でよく、ただし交流の場合は線電極の共振周波数とは充分に異なった周波数のものとすることについては、本願明細書に記載されている。そして、本来のパルス発生器による回路構成と補償回路からの回路構成との関係については、図示されるように三つの具体的実現手段の例について記載されており、この関係即ちこの第一発明を実施すべき回路構成については理解することができる。更に、その補償回路の具体例についても第4図以下に図示し説明しているので、この補償回路についても理解することができる。
(四) しかし、現実にこの第一発明を実施して有効の効果を得たいとき、補償回路から線電極に供給される電流値又は電圧値及び直流又は交流のいずれを選択するのか、交流ならばその大きさ、その他にその周波数をどのように定めれば現実の線電極に生ずるたわみ若しくは横振動を実際に有効に補償して、もってその第一発明についての目的を達成することができるかについて、よく理解できるように発明の詳細な説明の欄は記載されているとは認められない。
(1) これについて発明の詳細な説明の欄で、補償用として供給される電圧及び電流は、まず、電界・電磁界の変化を測定し、
次に必要とする補償電流又は電圧を計算することによって求まる、と記載する所があるが、このような記載では実際にどのような計算をして補償電流又は電圧を求めるのか全く理解することができない。
(2) もっとも、この発明の詳細な説明の欄で、必要とされる補償電圧又は電流、それぞれに関しての固定した理論はなく、実際の補償電流及び電圧の大きさ及び周波数(交番性のものの場合)は多くの変数に依存しており、主に、その関係は、被加工品の材料、その大きさ、厚さ等に依存しており、実験的に最良のものが求まり、と述べている。これは、前記の、この第一発明を具体的に実施して有効の効果を得るための補償電流又は電圧の値をどのように定めるのか、及び直流又は交流のいずれかを選択するのか、交流ならば周波数を具体的に実施するときどのように定めるかについては、特定の理論からでなく実験的に定めるのであると言っていると解することができる。
このように、特に理論からこれらのことを定めるのが困難であるということは、
本願の第一発明の技術が従来の技術の上に線電極に加えられる補償電流にもとづく電磁力の作用によって、この補償電流を加えなければ線電極に生ずる筈であるたわみ若しくは横振動を減ずることになるのであろうと推察するにとどまって、本願の第一発明の技術手段による作用がよくわからないからであると認められる。
(3) このような技術的手段の作用が不明の場合には、その発明の目的を達成することを示すための詳細な実験データがなければ、実際の装置において前記の補償電流又は電圧をどのような値とするか、交直流のいずれを選択するか、更に交流の場合の周波数をどのような値とするかなどを定めることができず、したがって当業技術者が容易にこの第一発明を実施することができないものと認められる。
(4) そこで、この発明の詳細な説明の欄に記載された、データを示した具体的実施例についてみると、第1図の装置の場合について色々のデータはあるものの、
肝心の線電極そのものについてはその線の直径のみしかそのデータはなく、その線の材料、又は単位長さ当たりの重量、更にその線に与えられた張力、第1図の3と4とで示された両ローラ間の長さ等の線の振動を論ずる場合当然に必要になるデータは何ら示されておらず、この発明の詳細な説明の欄に記載されたデータだけでは到底この第一発明を容易に実施できる程度にその詳細なデータを示したものとは認めることはできない。そして、その結果の記載の単に、たわみはなくすることができただけでは不明瞭である。更に、審判請求人(原告)自身が、その発明の詳細な説明の欄で多くの変数により補償電流が定まるが、主に関係するもののなかに被加工品の大きさ、厚さを指摘しておきながら、第1図の場合ではその厚さのデータしか示していない。又、更に、右にも記載したが線電極の張力、単位長さ当たりの重量、振動する弦の長さ、その他加工部分は液中にあるのかないのか等の振動に及ぼす重要な因子がある筈である。そのため、審判請求人(原告)が多くの変数のうち主なものとして指摘した事項だけでは不十分であり、振動を議論する場合の重要な因子を欠いている。単に多くの変数に依存すると抽象的に言うだけでは不明瞭である。
(5) 又、第2図及び第3図の装置の場合には第1図のものにくらべて一層データについて不足している。したがって、この具体的実施例についても、到底この第一発明を容易に実施できる程度にその詳細なデータを示したものと認めることはできない。また、その結果の記載である、たわみ即ち歪力を補償することができたというだけでは、どの程度補償したのかについて不明瞭である。
(6) 結局、発明の詳細な説明の欄に記載されたデータを持った具体的実施例では、当業技術者が容易にこの第一発明を実施できる程度に詳細な実験データを示したものと認められず、本願発明の詳細な説明の欄は、当業技術者が容易にその第一発明を実施することができる程度に、その発明の構成及び効果を記載していないものと認められる。
(五) したがって、本願発明の詳細な説明の欄及び図面の記載は不備であって、
改正前特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
5 また、本願の特許請求の範囲の欄の第1項の記載は、その第一発明の目的を実現する手段については記載されておらず、その手段に基づくと思われる作用とその第一発明の目的又は願望を記載しているだけであって、倒底、その発明の構成に欠くことのできない事項を記載しているものとは認められない。
したがって、本願の特許請求の範囲の記載は不備であって改正前特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない。
6 そして、以上の趣旨は審査手続における拒絶理由と同一であると認められ、更に本願の特許請求の範囲の欄の第2項に記載された発明について検討するまでもなく、本願は、その明細書及び図面の記載が不備であって改正前特許法第36条第4項及び第五項に規定する要件を満たしていないものであるから、原査定を取り消すべき理由はない。
なお、審判請求人(原告)は審判請求理由において、データの不足があれば、それはどのような点なのかを具体的に御指摘戴くことを希望すると述べているが、明細書を補正する機会はすでに再度にわたってあったのであり、更に補正する機会を与えなければならない理由はないと考えられる。
四 本件審決を取り消すべき事由 本件審決は、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、当業技術者が容易に実施できる程度に第一発明の構成及び効果が記載されていないとして、その認定を誤った結果、本願明細書の発明の詳細な説明の欄及び本願図面の記載は不備であって、
改正前特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないと判断を誤り(認定判断の誤り第1点)、本願明細書の特許請求の範囲第1項には、第一発明の構成に欠くことのできない事項が記載されていないとして、その認定を誤った結果、本願明細書の特許請求の範囲の記載は不備であって改正前特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないと判断を誤った(認定判断の誤り第2点)違法のものであるから、取り消さなければならない。
なお、本件審決の認定判断中前記三4の(一)ないし(三)、(四)の(2)の認定判断は認める。
1 改正前特許法第36条第4項違背の判断の誤り(認定判断の誤り第1点)(一) 本件審決は、前記三4(四)の冒頭及び同(四)(1)のとおり認定判断しているが、右認定判断は誤りである。
即ち、第一発明の補償回路に関する実験デーテとしては、本願明細書中に、「この場合、よし補償回路8を用いずにパルス発生器6のみを用いた場合には、線電極1は約〇・一mm〜〇・二mmたわんだ。しかしながら、第4図の補償回路8を用いて、コンデンサFCの両端電圧三〇〇V、R1=三〇Ω、R2=一五kΩ、R3=一kΩ、R4=五〇〇Ω、Rn=三三〇Ω、コンデンサFC=四七μFでスイッチS1の位置をR4にし、スイッチS2を閉成した場合、線電極1の上記のたわみはなくなった。スイッチS2を一〜五〇〇〇〇Hzまでの範囲でオン・オフさせても上記のようなたわみはなくすことができた。第2図の場合には、二〇A、一五〇〇Hzの補償電流を印加し、第3図の場合には、同じ状態で、ただ被加工品7を非強磁性体として、三〇〇V、三〇kHzの電圧を印加することによって、たわみすなわち歪力を補償することができた。」旨(甲第四号証三頁一行から一八行まで)記載されている。
また、本件審決のいう「よく理解できるように」とはどのような程度をさすのかが示されていないので、少なくとも当業技術者には一定の理解が得られる本願発明の右記載を不十分とする根拠がない。必要とされる補償電圧又は電流に関しての固定した理論がないことは、本件審決でも認めているが、このように理論的に補償作用が証明されない以上、いかなる詳細な実験データを明細書に記載しても、「よく理解できるように」記載したか否かは依然不明である。
(二) 本件審決は、前記三4(四)の(3)ないし(6)のとおり認定判断しているが、右認定判断は誤りである。
(1) 本件審決は、線電極の線の材料、単位長さ当たりの重量、その線に与えられた張力、第1図の3と4とで示された両ローラ間の長さ等、線の振動を論ずる場合当然に必要になるデータを示していないというが、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に記載されているだけのデータでは、なぜ第一発明を容易に実施できる程度に記載したことにならないのか具体的に指摘されていないので、本件審決の右認定判断のように簡単に結論づけることはできない。
線電極の作用によって生じる線電極のたわみの大きさが、線電極にかかる張力、
二個のローラ間の線電極の長さ等の各種のパラメータに依存していることは事実であるが、これらのパラメータは補償用の力に影響を及ぼすだけではなく、線電極にたわみを生じさせる不所望の力にも等しく影響を及ぼすものである。ところが、線電極にたわみを生じさせる不所望の力と補償用の力とは実質的に等しい大きさを有しており、その向きは反対にされているものであるから、前記各種パラメータは実質的に線電極に対する作用には何の役割も果たさないこととなり、これらのパラメータの存在に係わらず、線電極をたわみのない安定した状態に維持することができるものである。このことは、当業技術者にとって常識とされているところである。
(2) また、昭和五四年一一月一六日付手続補正書(甲第四号証)には、補償回路を用いた場合には、用いない場合に生じた〇・一mm〜〇・二mmの線電極のたわみを無くすことができた旨、発明の効果として明確に記載されているのであるから、本件審決の前記認定判断は誤っている。
線電極のたわみを測定する方法は、本願出願当時、当業技術者のよく知るところであって、例えば、直角又はW字状のような、直線接状ではない加工軌跡に沿った試し切りを行い、そのコーナ部において実際の切断経路が目標の切断経路からどの程度ずれたかを測定する方法が広く知られており、しばしば実際に用いられている。
線電極にたわみを生じさせる不所望の力に対する、補償を施すための力を発生させる電気的な影響下にある場の強さを調整することは、線電極と被加工品との間にかけられる電圧を適宜に調整するか、または、線電極に流す電流を調整することによってなされる。そして、この調整の結果は、前記の測定方法を用いて検証することができる。
前記のような簡単な試し切りを行い、前記のような測定法を用いて観察しながら、電気的な影響下にある場の強さを適当に変化させることにより、当業技術者であれば、線電極のたわみを除去することができる。
(3) 線電極にたわみを生じさせる不所望の力又は補償用の力が二個のローラ間に架張された線電極に作用して、いずれかの方向に線電極のたわみが生じたときには、このようなたわみは、a線電極にかかる機械的張力を減少させたとき、b二個のローラ間に架張された線電極の長さを長くしたとき、換言すれば、二個のローラ間の距離を大きくしたとき、c線電極の弾性係数を減少させたとき、及び、d線電極を包囲する加工液の粘性を減少させたとき、に増大するものであることは、通常の基礎物理学の素養に基づいて、本願発明の出願以前から、当業技術者のよく知るところである。したがって、当業技術者であれば、右の基礎的知識に基づいて、どのような場合に補償用の力を増減すべきであるかを容易に知ることができる。勿論、このような補償用の力の大きさを、純理論的に正確に算出することは困難であるかも知れないが、このような困難な作業をすることは毛頭必要ではなく、被加工品の材質条件を知れば、簡単な試し切りによって、適切な大きさの補償用の力を容易に求めることができる。
(4) この種のワイヤカット放電加工装置のための線電極を特定するために使用される特性は、通常、その材質及び直径で十分である。
ところで、線電極として使用されるものの大部分は黄銅であることは当業技術者のよく知るところである。その他のものとしては、被加工物に細いスリットを形成させるような用途のために、タングステンのような材料が選択されることはある。
本願発明においては、細いスリットを形成させるというような特段の加工条件が設定されているわけではないから、通常の黄銅からなる線電極が選択されているとみるのが、当業技術者の立場からすれば自然であり、合理性がある。
そして、線電極として使用されるものの直径は、〇・〇二〜〇・五mmの範囲で選択されるのが普通であり、中でも〇・二mm程度の線電極が多用されているから、〇・二五mm径のものを線電極として選択することは、この種の技術においては極めて常識的になされたものということができる。
線電極にかかる張力の大きさについては、二個のローラに架張されている線電極に見かけ上のたわみがなく、しかも、線電極が断線しない程度であればよく、このような事項を特定の数値的データとして提示を求めることには何の意味もない。
また、二個のローラ間の距離については、この種の技術分野における常識からみて、被加工品が挟持可能にされる距離に対して、常識的な許容範囲の公差距離が加算された程度のものでよく、これについても、特に数値的データとして提示を求めることに何の意味もない。
被告は、線電極の単位長さ当たりの重量が、当然に必要なデータであると述べているが、そのようなデータが本願発明を理解するうえで当然に必要であるとする理由は明らかではない。
(三) 以上のとおり、本願明細書には、当業技術者が容易に第一発明を実施できる程度に詳細な実験データは示されているので、当業技術者が容易に第一発明を実施できる程度にその発明の構成及び効果が記載され、改正前特許法第36条第4項に規定する要件は満たされており、その要件を満たしていないとの本件審決の判断は誤りである。
2 改正前特許法第36条第5項違背の判断の誤り(認定判断の誤り第2点)本件審決は、前記三5のとおり認定判断した。
しかし、特許請求の範囲第一項に記載されているように従来の放電加工工程に加えて線電極1に電気的に影響を及ぼし、もってこの電気的な影響によって生じる電磁界が、放電加工工程中に前記線電極1のたわみ若しくは横振動を発生させる力を補償するようにしたことがこの第一発明の目的を実現する手段であるので、本願の特許請求の範囲の欄の第1項にはその発明の構成に欠くことができない事項は記載されており、改正前特許法第36条第5項に規定する要件は満たされている。
したがって、本願明細書の特許請求の範囲第1項の記載は改正前特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないとする本件審決の判断は誤りである。
請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認め、同四中、本件審決の認定判断を認めた部分及び後記認める部分以外は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法事由はない。
二 認定判断の誤り第1点について1 第一発明のように、その技術的手段による作用が原理的に説明できない発明、
つまり、どのような理由によってその目的が達成されるのかがよく分からない発明については、当業技術者がその発明を容易に再現又は追試できるような実施例又は実験例が明細書の発明の詳細な説明の欄になければ、同欄の記載は改正前特許法第36条第4項の規定を満たしているとはいえない。
そして、発明の詳細な説明の欄に記載されているだけのデータで、当該発明が容易に実施できる程度に記載されていることの主張、立証は原告側において行うべきものである。
2 本願明細書及び本願図面には、三つの実施例についての図示及びこれに基づく説明、また、補償用電流又は補償用電圧を与えるための、電源としての補償回路の具体例についての図示及びこれに基づく説明、さらに、主として加工及び補償のための電源関係のデータについてのかなり多くの記載がある。しかし、線電極に関するデータの記載は少ない。
第一発明の補償回路に関する実験データとして、本願明細書に、原告が請求の原因四1(一)の前段で主張する記載があることは認める。
線電極に関しては、線電極の直径、線電極の供給速度、線電極と被加工品との間隙幅については記載があり、また、補償回路を用いない場合における線電極のたわみ量についても記載されているが、それ以上は、一般論として、線電極の断面積の大体の大きさ、線電極が可撓性の材料で作られ楽器の弦のように曲がり振動することが示されている程度に止まっていて、具体的データはない。
一般に、楽器の弦のように曲がり振動する場合の振動について論ずる場合、その弦の単位長さ当たりの質量又は重量、その弦に与えられている張力及びその振動する弦の長さなどを知ることが重要であることは、弦を扱う技術者ばかりでなく、物理学を学んだ者にとっては常識である。さらに、本願発明の線電極は液体中で振動する場合もあり得るので、線電極の振動が問題になる部分即ち加工部が、どの程度、どのような液体中にあるのかについて知ることが、線電極の振動を論じる場合必要な事項であることも技術上の常識である。本願明細書中にも、線電極の張力、
洗浄流体などが、重要な因子であることを示す記載がある。
しかし、本願明細書及び本願図面には、線電極に与えられる機械的張力の大きさ、弦の長さに相当する線電極の長さ即ちローラ間の長さ及び線電極の単位長さ当たりの質量又は重量、線電極の振動する加工を行う部分はどのような流体中にあるのかなどのデータの記載を欠いている。また、一般に線材のたわみを論じるとき、
線材に与えられる張力、線材の直径などの形状のほかに、線材の弾性的性質を知るためにその線材の材料を知る必要があるが、本願明細書及び本願図面には、これについても十分なものが与えられていないし、本願明細書の発明の詳細な説明において、被加工品の大きさ、厚さは本願発明を実施する上で重要なデータであるかのように説明しながら、被加工品の大きさ、厚さについての具体的データも与えられていない。
もっとも、これらデータの与えられていない因子が常識的なデータの範囲内にある場合には、データが与えられている他の因子と共に第一発明の目的を必ず達成することができることの根拠が本願明細書及び本願図面に開示されていれば、データの与えられていない因子についてデータが是非必要というわけではない。しかし、
そのような根拠は本願明細書及び本願図面に開示されていない。
3 原告は、補償回路を用いた場合には、これを用いない場合に生じた〇・一mm〜〇・二mmの線電極のたわみをなくすことができた旨が発明の効果として明確に記載されていると主張するが、明細書に、単に、効果があるとの記載があるからといって、必ずその効果があるとはいえない。その効果について疑問がある場合や不明瞭な場合も有り得るのであって、本願明細書に記載された第一発明の効果は、疑わしくかつ不明瞭なところがある。
即ち、従来の技術において存在したたわみが本願発明において完全になくなるというが、そのなくなる理由もよくわからず、完全になくなったかも疑わしい。これは、完全になくなったのではなく、ある測定手段では観測できなくなったとか、精密に観測しても十分に小さい値となったので無視してもよいなどということと解されるが、そうだとすれば、どのような測定手段を用いた場合観測することができなくなったとか、どの程度の小さな値になったとかを記載すべきである。単に、たわみをなくすことができたとか、歪力を補償することができたというだけでは、発明の実施の結果ないしは発明の効果の記載としては不明瞭であり、本願発明を実施する者がその効果を十分に確認することはできない。
4 請求の原因四1(二)の(2)中、試し切りによる測定により、実際の切断経路が目標の切断経路からどの程度ずれたかということ自体を測定する方法が本願出願当時周知であったことは認めるが、そのようなずれが各種の加工条件との関係で、線電極のたわみがどうであったために生じたものかということの推定は困難であった。
請求の原因四1(二)の(2)中、補償を施すための力を発生させる電気的な影響下にある場の強さを調整することは、線電極と被加工品との間にかけられる電圧を適宜に調整するか、または、線電極に流す電流を調整することによってなされ、
この調整の結果は、前記の測定方法を用いて検証することができること、簡単な試し切りを行い、測定法を用いて観察しながら、電気的な影響下にある場の強さを適当に変化させることにより、当業技術者であれば、線電極のたわみを除去することができることは争う。
線電極と被加工品との間にかけられる電圧(補償電圧)又は線電極に流す電流(補償電流)によって、何故に所期の目的を達成できるのかという理由又は作用の説明が本願発明の説明として本願明細書においてされていない。補償電圧、補償電流は調整できても、その結果との関係は不明である。原告は、電圧又は電流を調整することによって、実際の装置において目的を達成できることを当然のこととしているが、このことの説明が本願明細書に記載されていない。どのような、一組の整合性あるデータからなる全装置においてその発明の目的達成ができるのかは本願明細書等の記載からは明瞭でない。実際の装置で本願明細書等に記載され、説明されている事項の範囲で直ちに本願発明の目的が達せられるとは考えられない。
本願明細書等には、振動に触れていないのも不適切である。さらに、電気的な影響下にある場合の強さを適当に変化させてというが、どのような具体的装置においてどのようなときどのように場の強さを変化させればよいかについて、本願明細書等において十分理解できるように説明されていない。
5 線電極にたわみを生じさせる不所望の力又は補償用の力が二個のローラ間に架張された線電極に作用して、生じたたわみは、請求の原因四1(二)の(3)のaないしdの場合に増大するものであることは、通常の基礎物理学の素養に基づいて、本願発明の出願以前から、当業技術者のよく知るところであるとの点は、たわみと曲がりの一般論としては認められるが、特殊な場合、例えば、共振現象が発生するような場合、加工用電源又は補償用電源の特性と関連がある場合などでは認められないこともあり得る。また、右の点は本願明細書等に記載されていない。
さらに、請求の原因四1(二)の(3)の、当業技術者であれば、どのような場合に補償用の力を増減すべきであるかを容易に知ることができ、被加工品の材質条件を知れば、簡単な試し切りによって、適切な大きさの補償用の力を容易に求めることができるとの点は争う。
まず、適切な大きさの補償用の力を現実に発生できるのかどうか不明である。また、そのような力が発生するとしても、試し切りを行った結果からどのようにして適切な力を求めるのかが明瞭でない。線電極のたわみばかりでなく振動も含めて検討すると、補償を行おうとする補償量又は補償信号の大きさと、その結果生ずる作用の大きさとが、各種の多様な加工条件によって、常に一方が大きくなれば他方が大きくなるといったような一様な関係にあるとは限らないのではないかと考えられることと、本来の放電加工の状態が変化することなどにより、適切な大きさの補償用の力を求めることは困難と思われる。さらに、右の点は本願明細書等に記載されていない。
6 請求の原因四1(二)の(4)中、この種のワイヤカット放電加工装置のための線電極を特定するために使用される特性は、通常、その材質及び直径で十分であることは認める。しかし、本願発明で問題になるのは、この通常の場合ではなく、
線電極のたわみや振動が問題となる場合であるから、線電極の材質と直径だけで必要なデータが十分であるというわけにはいかない。
線電極には、銅やタングステンその他各種材質のものがあり、加工条件に応じて選択されるものである。本願発明は、本願明細書等の記載からみて、特定の加工条件に限られず、どのような加工条件でも実施可能であるべきことと考えられるから、本願発明の線電極が黄銅に限られるべき理由は全くない。
線電極として使用されるものの直径が、〇・〇二〜〇・五mmの範囲で選択されることは認める。しかし、径の比で〇・〇二対〇・五は、円形断面とした断面積の比で一対六〇〇位に相当し、大きな範囲である。線電極の単位長さ当たりの重量はこの断面積と材質とに直接関係するので、これの範囲も相当大きな範囲になる。この線電極の単位長さ当たりの重量は、線電極の振動に大きな影響を与える要因となる量である。線電極の振動、たわみに影響を与える要因の量が通常用いられる範囲内の値であればその目的を達成できると理解できる合理的な理由があるときは別として、その目的を達成できる理由が不明の場合は、そのような要因の一組の全ての値の組合わせがわからないと、当業技術者が本願発明を容易に実施することができない。そのため、そのような要因の一つでも、その選択の範囲が大きければ、前記の組合わせの選択の範囲も大きくなって、発明の目的を達成するための組合わせを定めることが極めて困難となる。
どの径の線電極を選ぶかは、加工条件等によって決められるものである。一方、
本願発明は、本願明細書等の記載からみて、特定の加工条件に限られるものではなく、
どのような加工条件によっても実施可能であるべきものと考えられるから、本願発明において〇・二五mmの径の線電極に限られる理由は全くない。
線電極にかかる張力の大きさについては、線電極が断線しない程度というだけでは極めて漠然としていてその範囲は広い。加工条件によって、その範囲内で強い張力を与える必要のあるときもあろうし、割合弱い張力でよい時もあり得るであろう。線電極の張力は振動、たわみの生じ方に強い影響を及ぼすものであるから、実施例の場合の数値を求めることには意味がある。
また、二個のローラ間の距離についてみても、被加工品が挟持可能にされる距離及び常識的な許容範囲の公差距離の変化の幅は相当大きいと思われる。二個のローラ間の距離は線電極の振動、たわみの生じ方に強く影響を及ぼすものであるから、
実施例の場合の数値を求めることには意味がある。
線電極の単位長さ当たりの重量は、振動に強い影響を及ぼす要素である。本願発明の実施例において、線電極の単位長さ当たりの重量を示すことは、当然必要なことである。
三 認定判断の誤り第2点について 本願の特許請求の範囲第1項の、「以てこの電気的な影響によって生じる電磁界が、前記放電加工工程中に前記線電極1の前記たわみ若しくは横振動を発生させる力を補償するようにしたこと」との部分は、以て云々という結果的表現からみても、又、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の記載、特に、同欄に線電極のたわみ若しくは横振動を発生させる力を補償することについては格別の記載もないことからみても、何らかの手段を表すものとは解することができない。むしろ、右部分は、第一発明の目的又は願望を原告の主観的認識に基づいて記載しただけではないかと考えられ、右部分をもって、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に記載された発明の構成に関する事項であるとすることはできない。
次に、本願の特許請求の範囲第1項の、「前記放電加工工程に加えて、前記線電極1に電気的に影響を及ぼし」については、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に説明が記載されていない。本願明細書の発明の詳細な説明には、従来の技術においては機械的な張力下にある線電極と被加工物との間に加工のための電圧を加え、もって線電極に加工のための電流を流していたが、これだけでは線電極にたわみ若しくは横振動が存在することになるので、右の電圧・電流以外に線電極の機械的な張力下にある部分に電圧を与え線電極に電流を流すことを行う旨の説明がある。本願発明の目的を達するための作用はよく理解できないが、発明の詳細な説明の欄の説明から見て、従来の技術で行う加工用の電圧・電流の外に、線電極に電圧・電流を与えること又は線電極に電流を流すことが本願発明の目的実現のための手段ではないかと考えられる。
また、「線電極に電気的な影響を及ぼす」ことについては発明の詳細な説明の欄に何ら直接的説明がなくその内容は不明であるが、前記本願発明の目的実現のための手段の結果、線電極に及ぼされる作用のことを結果的に述べたのが、「線電極に電気的な影響を及ぼす」ということと考えられる。
したがって、特許請求の範囲第1項の「線電極に電気的な影響を及ぼす」ことは、本願発明の目的を表現しようとする何らかの手段を与えた結果の作用または状態を表しているに過ぎず、第一発明の目的を実現する手段であるとは考えられない。
仮に、「線電極に電気的な影響を及ぼす」ことが本願発明の必須の構成であるとしても、本願明細書の発明の詳細な説明にそのことについて十分な説明があると見ることはできないから、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された発明の構成であるとすることはできない。
したがって、本願明細書の特許請求の範囲第1項の記載は改正前特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないとの本件審決の判断に誤りはない。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)、三(本件審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
二 認定判断の誤り第1点について1 請求の原因三(本件審決の理由の要点)中、4(一)ないし(三)及び同(四)の(2)の認定判断は原告の認めるところである。
右各事実及び成立に争いのない甲第三号証の二(昭和五三年七月五日付意見書に代わる手続補正書によって全文補正された明細書)、甲第四号証(昭和五四年一一月一六日付手続補正書)、甲第二号証の三(本願特許願添附の図面)、甲第三号証の三(昭和五三年七月五日付意見書に代わる手続補正書添付の追加補正された図面)によれば、次の事実が認められる。
(一) 線電極を使用する放電加工機において、線電極は可撓性があり、楽器の弦のように曲がり振動する。加工中、線電極は偏曲し振動させられる力を受ける。作業間隙における破裂的放電または火花によって生じるこのような力は、遂行された放電加工に比例する。加工精度に影響を与える線電極の偏曲も加工の度合に比例する。したがって、放電加工量を増加し改良しようとする試みは、必ず、線電極に許容し得ない偏曲又は振動を生じさせて加工工程を不安定にし、加工精度を低下又は劣化させ、そして、線電極を被加工品に短絡させてしまう結果となり、加工を中途で終了させてしまった。
この発明の目的は、加工速度及び性能を低下させないで線電極の異常な動きを少なくし、加工精度を高めることである(甲第三号証三頁一一行から四頁一二行まで)。
即ち、第一発明の目的は、放電加工工程中の機械的な張力下にある線電極のたわみ若しくは横振動から生ずる放電加工精度及び放電加工速度の低下を除去しようとする放電加工方法にある。
(二) その目的を実現する手段は、線電極と被加工物に本来当然加えられる放電加工用の電源であるパルス発生器の他に特に設けた電源回路即ち補償回路によって、この線電極に本来加えられる加工用パルス電流の外に補償用の電流を与えるものと考えられる。そして、この補償用の電流は直流又は交流でよく、ただし交流の場合は線電極の共振周波数とは充分に異なった周波数のものとする。
そして、本来のパルス発生器による回路構成と補償回路からの回路構成との関係については、三つの具体的実現手段の例が実施例として第1図ないし第3図に図示されかつ発明の詳細な説明の欄に説明されており、更に、その補償回路の具体例についても第4図ないし第7図に図示され、発明の詳細な説明の欄に説明されているので、第一発明を実施すべき回路構成及び補償回路については当業技術者が容易に理解することができる程度に開示されているということができる。
(三) また、補償回路に供給される電圧及び電流については発明の詳細な説明の欄において、「補償信号は、電力供給発生器で発生し、その出力の大きさ、すなわち電圧、電流、及び交流の場合には周波数を制御することができる。」(甲第三号証の二、五頁一〇行から一二行まで)とされ、「被加工品と工具電極間の間隙にかかる電圧並びに工具電極を流れる電流によるいろいろな浸蝕力及び電界・電磁界は自己補償的でなく、また一定でも均一でもない。導体81及び82によって工具電極に印加される補償電力は加工工程そのものから生じた電圧及び電流による電界・電磁界を変形させ、工具電極に作用する力全体が有効に補償される。補償用として供給される電圧及び電流は、まず電界・電磁界の変化を測定し、次に必要とする補償電流又は電圧を計算することによって求ま」る(甲第三号証の二、一五頁七行から一八行まで)、「必要とされる補償電圧又は電流、それぞれに関しての固定した理論はなく、実際の補償電流の大きさ及び周波数(交番性のものの場合)は多くの変数に依存しており、主に、その関係は、被加工品の材料、その大きさ、厚さ等に依存しており、実験的に最良のものが求ま」る(甲第三号証の二、一六頁二行から八行まで)、「例えば第4図のスイッチS1の閉成回数fに相当するチョッパ周波数……は上記のいろいろな変数に依存しており、更に、洗浄流体、電極の張力、その材料及びいろいろな変数に依存している。」(甲第三号証の二、一七頁一六行から一八頁二行まで)、との記載がある。
そして、電圧、電流、及び交流の場合の周波数を制御する具体的な手段については、第4図ないし第7図(甲第三号証の三)、発明の詳細な説明の欄の第4図ないし第7図についての説明の個所(甲第三号証の二、一三頁六行以下)に記載されている。
しかし、前記のように「電界・電磁界の変化を測定し、次に必要とする補償電流又は電圧を計算する」とはいっても、その具体的な計算方法を示す記載は本願明細書中には見当たらない。
2 右事実によれば、第一発明を実施すべき回路構成及び補償回路については当業技術者が容易に理解することができる程度に開示されているけれども、右の回路構成、補償回路を採用すれば、いかなる補償電圧、電流、周波数によっても、第一発明の目的とする効果を奏することができるわけではなく、必要とされる補償電圧又は電流及び周波数(交番性のものの場合)は、被加工品の材料、大きさ、厚さ、洗浄流体、電極の張力、その材料等多くの変数に依存しており、実験的に最良のものが求められるというのであるから、前記のような回路構成、補償回路が開示されているからといって、そのことのみで当業技術者が第一発明を容易に実施できる程度に記載されているということはできない。
即ち、右のような場合、被加工品の材料、その大きさ、厚さ等被加工品の諸条件及び洗浄流体、電極の張力、その材料等放電加工機又は線電極の諸条件が特定しても、必要とされる補償電圧、電流及び周波数(交番性のものの場合)を定める実験的操作が当業技術者にとって技術的に困難であったり、技術的には容易であっても極めて長年月を要する実験をする必要があるというのでは当業技術者が第一発明を容易に実施できるとはいえないのであり、発明の詳細な説明の欄の記載が当業技術者が第一発明を容易に実施できると認定するには、必要な実験的操作が、技術的にも、時間的観点から見ても容易なものであるか、第一発明の目的とする効果を奏することができた場合の詳細な適切な数の実験データを開示し、当業技術者がこれを追試することにより容易に第一発明を実施できることを要するものというべきである。
3 ところで、本願発明の目的とする効果を奏するための補償電力について、実験的に最良のものを求めるとは、特定の放電加工機を用いて特定の被加工品に加工を試行して最良のものを求めることを含むことは明らかである。
本願発明は、本願出願前周知の線電極を使用した放電加工方法の改良技術であり、特定の放電加工機を使用して特定の被加工品に対して所望の加工を行おうとする場合、線電極の材料、張力、二個のローラ間の距離、洗浄流体、放電加工の基本的な電気パルス等の線電極又は放電加工機の諸条件は、当業技術者が従来の慣用技術に基づいて、加工目的に適した条件を適宜設定し得るものであることは自明である。
このように、加工目的に即して、予め加工条件が設定された基本的な放電加工工程に、前記のように開示されている回路構成、補償回路によって補償用の電力を適宜調整して印加し、直角又はW字状のような直線状ではない加工軌跡に沿って試し切りを行った場合、そのコーナ部において実際の切断経路が目標の切断経路からどの程度ずれたかを測定する方法は本願発明出願当時周知であったことは当事者間に争いがないから、実際の切断経路と目標の切断経路とのずれを比較しながら、補償用の電力を変化させて試し切りを繰り返し、実験的に最良のものを求める実験的操作が、当業技術者にとって、技術的にも、時間的観点から見ても容易なものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 また、第一発明の補償回路に関する実験データとして、本願明細書に、「この場合、もし補償回路8を用いずにパルス発生器6のみを用いた場合には、線電極1は約〇・一mm〜〇・二mmたわんだ。しかしながら、第4図の補償回路8を用いて、コンデンサFCの両端電圧三〇〇V、R1=三〇Ω、R2=一五kΩ、R3=一kΩ、R4=五〇〇Ω、Rn=三三〇Ω、コンデンサFC=四七μFでスイッチS1の位置をR4にし、スイッチS2を閉成した場合、線電極1の上記のたわみはなくなった。スイッチS2を一〜五〇〇〇〇Hzまでの範囲でオン・オフさせても上記のようなたわみはなくすことができた。第2図の場合には、二〇A、一五〇〇Hzの補償電流を印加し、第3図の場合には、同じ状態で、ただ被加工品7を非強磁性体として、三〇〇V、三〇kHzの電圧を印加することによってたわみ、すなわち歪力を補償することができた。」旨(甲第四号証三頁一行から一八行まで)記載されていることは当事者間に争いがない。
前記甲第三号証の二、甲第四号証によれば、本願明細書中の右記載の直前の部分に、「実例・第1図の装置において、厚さ三〇mmの鋼材でできた被加工品7を〇・二五mm直径の線電極1で切削した。この場合、パルス発生器6からは、無負荷解放電圧三〇〇V、パルスピーク電流値二〇〇A、パルス幅一・二マイクロ秒、
平均加工電流三Aのパルスを被加工品7と線電極1との間に印加した。線電極1の供給速度は〇・五mm分。線電極1と被加工品7との間隔は〇・二九五mmであった。」との記載があることが認められる。
前記当事者間に争いのない記載及び右認定の記載は、第一発明を第1図ないし第3図記載の各回路構成と第4図記載の補償回路によって実施し、効果を奏した実験データを開示したものであることは、その趣旨から明らかである。
5 右記載のうち、第1図及び第4図により実施した場合の実験データについて検討すると、補償回路8を用いずにパルス発生器6のみを用いた場合の線電極1のたわみの大きさ、被加工品についてはその材質及び厚さが、放電加工機の加工作業用のパルスについては、無負荷解放電圧、パルスピーク電流値、パルス幅、平均加工電流が、放電加工機の線電極についてはその直径、供給速度及び線電極1と被加工品7との間隔、補償回路を構成する各抵抗、コンデンサの性能、スイッチの位置、
スイッチの開閉方法、が具体的に開示され、その場合線電極のたわみをなくすことができたことが示されている。
ところで、第一発明の目的とする効果を奏するために補償回路に印加すべき補償電流の大きさ及び周波数は多くの変数に依存していることが本願明細書中の発明の詳細な説明に記載されており、その主な要素としては、被加工品の材料、その大きさ、厚さ等が挙げられており、その他の要素として、洗浄流体、電極の張力、その材料等が挙げられていることは1(三)のとおりである。また、第一発明の線電極は、機械的な張力を加えられ、楽器の弦のように張られているもので、その線電極に放電加工工程中に生ずるたわみ若しくは横振動をなくすることが問題である以上、少なくとも、本願特許願願書添附の図面中第1図ないし第3図の3、4の二つのローラ間における線電極の長さ、右二つのローラ間において線電極に加えられている張力、線電極の材質、太さ等及び振動する線電極が洗浄液の中にあるのかないのか、洗浄液中にあるとすればその液の性質等が線電極の振動の状況に関係があることが物理学上の常識であることは、弁論の全趣旨から明らかである。
そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に開示されている第1図及び第4図に示される回路により実施した場合の実験データを見ると、同じ発明の詳細な説明の欄に補償回路に印加すべき補償電流の大きさ及び周波数を定める変数の主な要素として挙げられているもの及び線電極の振動の状況に関係があることが物理学上の常識であるものの内、被加工品の材質、その厚さ、線電極の太さは明示されているが、被加工品の大きさ、二つのローラ間における線電極の長さ、二つのローラ間において線電極に加えられている張力、線電極の材質及び振動する線電極が洗浄液の中にあるのかないのか、洗浄液中にあるとすればその液の性質等については開示されていない。
しかし、右のような諸要素が明らかであれば右実施例のとおりの追試を行うことがより容易であることは明らかであるが、それらの諸要素が明らかにされていないとはいえ、諸要素のうち、発明の詳細な説明において、主要な要素であることが示されている被加工品の材料、その大きさ、厚さのうち、材料と厚さは明らかにされており、大きさのみが明らかでないこと、右実施例が特殊な加工条件の物であることを示す記載はないことから、明らかにされた各要素と、従前の線電極を使用する放電加工慣用技術とから限定される範囲内で、明らかにされていない要素を選択して試し切りを行う試行を繰り返し、本願発明の目的とする効果を奏する要素の組合わせを得ることは、当業技術者にとってさして困難な作業であるものとは認められないから、当業技術者が右実施例のとおりの追試を行うことにより、容易に第一発明を実施することができるということができる。
被告は、線電極の単位長さ当たりの質量又は重量について知ることも重要であるのにそのデータを欠いている旨主張するが、線電極の単位長さ当たりの質量又は重量は、線電極の材質及び太さが判れば知ることができるものであり、それらのうち線電極の太さは開示されており、材質は明らかではないが、前記のとおりかかる条件は当業技術者が従来の慣用技術に基づき適宜設定して、さして困難を伴うことなく実施例の追試を行うことができるものであるから、線電極の単位長さ当たりの質量又は重量が明らかでないからといって、当業技術者にとって容易に第一発明を実施することができないということはできない。
6 また、前記4の冒頭に当事者間に争いがないものとして示した本願明細書の記載中、「第2図の場合には、二〇A、一五〇〇Hzの補償電流を印加し、第3図の場合には、同じ状態で、ただ被加工品7を非強磁性体として、三〇〇V、三〇Hzの電圧を印加することによってたわみ、すなわち歪力を補償することができた。」旨の記載は、その前後の記載から、その余の条件は直前に記載された第1図及び第4図により実施した場合の実験データと同じであるとの趣旨と認められ、開示された第1図及び第4図により実施した場合の実験データにより当業技術者が第一発明を容易に実施できると認められるのと同様に、第2図又は第3図により実施した場合についても、その実験データにより当業技術者が第一発明を容易に実施できるものと認められる。
7 本件審決は、前記請求の原因三本件審決の理由の要点4(四)(4)(5)のとおり、「その結果の記載の単に、たわみはなくすことができただけでは不明瞭である。」、「その結果の記載である、たわみ、即ち歪力を補償することができた、
だけでは不明瞭である。」と認定判断しているが、この点は、前記4認定の本願明細書中の、「もし補償回路8を用いずにパルス発生器6のみを用いた場合には、線電極1は約〇・一mm〜〇・二mmたわんだ。」との記載を前提にするものであり、そのようなたわみが全く無くなったか、前記1(一)認定の、線電極に放電加工工程中に生ずるたわみ若しくは横振動に起因する放電加工精度及び放電加工速度の低下を除去しようとする第一発明の目的達成に支障のない程度にたわみが小さくなったことを意味するものと解することができるので、不明瞭な点はなく、右の点についての本件審決の認定判断は誤りである。
被告は、明細書に、単に、効果があるとの記載があるからといって、必ずその効果があるとはいえず、その効果について疑問がある場合や不明瞭な場合も有り得るのであって、本願明細書に記載された第一発明の効果は、疑わしくかつ不明瞭なところがある旨主張する。
本願明細書の効果についての記載に不明瞭な点はないことは、前記認定判断のとおりである。
被告の本願明細書に記載された第一発明の効果は、疑わしい旨の右主張が、本願発明は本願明細書記載の効果を奏するものでないこと、即ち、発明として未完成である旨の主張であれば、本件審決が本件審判請求は成り立たないとした理由とは全く別の本件審決において争点とされていない理由により本件審決の結論は正当であることを主張するものであり、右の主張は審決取消訴訟においては、その主張自体失当である。
8 したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の記載は、最良の補償用電力を求める実験の面からも、開示された実施例の追試の面からも、当業技術者が容易に実施できる程度に第一発明の構成及び効果が記載されているものと認められ、これを記載が不備であり、改正前特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとする本件審決の認定判断は誤りである。
三 認定判断の誤り第2点について1 前記甲第二号証の三、甲第三号証の二、甲第四号証によれば、本願明細書及び図面には次の趣旨の記載があることが認められる。
(一) この発明によれば工具電極、すなわち導線電極(線電極)に電気補償信号が印加され、工具電極すなわち導線電極と被加工品との間に、電気信号が流れる。
補償信号供給装置は、放電加工に伴う力によって生ずる工具電極の疑似動作を減少させるような性質の力を前記工具電極と前記被加工品との間に生じさせるエネルギーを供給する(甲第三号証の二、五頁二行から九行まで)。
(二) 第一の実施例及び第二の実施例において、補償信号供給装置は前記工具電極を介して流れ前記作業間隙に制御可能な電磁界を生じさせる補償電流信号を供給するような構造となっており、前記電磁界は例えば制御可能な大きさ及び周波数の交番電磁界であればよい(甲第三号証の二、六頁二行から七行まで)。
第一の実施例にあたると解される第1図記載の回路では、浸蝕工程中、補償回路8は工具電極1を通じて流れる補償電流(直流または交流)が電極1及び7に働く浸蝕力を補償するように作用する。ここでは導線電極1を取り囲む電磁界によって生ずる力を利用し、電極1の振動を除去するようにする(甲第三号証の二、九頁一六行から一〇頁一行まで)。
第二の実施例にあたると解される第2図記載の回路でも補償回路8は、浸蝕工程中、交流電流を電流供給導体ローラ3と4を介して工具電極1に伝え、浸蝕力は第1図に示したと同様に補償される(甲第三号証の二、一一頁四行から九行まで)。
第一の実施例及び第二の実施例にあたる回路の簡略な図面と解される第1図、第2図には、補償信号供給装置の出力がローラ3、4の間に接続されている状態が図示されている(甲第二号証の三)。
(三) 第三の実施例では、補償信号供給装置の二つの出力導線のうちの一つが前記支持、接続装置に接続されて前記工具電極とつながり、もう一方の出力導線は適当な減結合装置によって被加工品に接続されている。この実施例においては、補償信号供給装置は前記工具電極と前記被加工品との間に補償電圧信号を供給して前記作業間隙に制御可能な電界、好ましくは制御可能な大きさと周波数の交番電界、を形成するように構成されている(甲第三号証の二、六頁八行から一七行まで)。
第三の実施例にあたる回路の簡略な図面と解される第3図には、補償信号供給装置の出力のうち一方が線電極に接続され、
他方が被加工品に接続されている状態が図示され、線電極と被加工品との間に補償電圧を供給して作業間隙に制御可能な電界を形成することが示唆されている(甲第二号証の三)。
(四) 導体81及び82によって工具電極に印加される補償電力は加工工程そのものから生じた電圧及び電流による電界・電磁界を変形させ、工具電極に作用する力全体が有効に補償される(甲第三号証の二、一五頁一〇行から一四行まで)。
2 右認定事実に、前記一1及び4に認定した本願明細書に記載された本願発明の目的、実施例についての記載によれば、第一発明は、放電加工工程において線電極に電気的影響を及ぼす工程により作業間隙に電磁界を生じさせ、放電加工工程中に、線電極のたわみ若しくは横振動を発生させる力を補償するようにし、前記たわみ若しくは横振動を除去するものであること、また、その「線電極に電気的な影響を及ぼし、以てこの電気的な影響によって生ずる電磁界が、放電加工工程中に前記線電極のたわみ若しくは横振動を発生させる力を補償するようにした」ことが第一発明の目的達成に欠くことのできない技術的手段であることが本願明細書の発明の詳細な説明の欄に記載されていることが明らかである。
よって、「本願明細書の特許請求の範囲の欄の第1項の記載は、第一発明の目的を実現する手段については記載されておらず、その手段に基づくと思われる作用とその第一発明の目的又は願望を記載しているだけであって、到底、その発明の構成に欠くことのできない事項を記載しているものとは認められない。したがって、本願の特許請求の範囲の欄の記載は不備であって、改正前特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない。」との本件審決の認定判断は誤りである。
3 被告は、本願の特許請求の範囲第1項の、「以てこの電気的な影響によって生じる電磁界が、前記放電加工工程中に前記線電極1の前記たわみ若しくは横振動を発生させる力を補償するようにしたこと」との部分は、何らかの手段を表すものとは解することができず、むしろ、第一発明の目的又は願望を原告の主観的認識に基づいて記載しただけではないかと考えられ、右部分をもって、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に記載された発明の構成に関する事項であるとすることはできない旨、また、「前記放電加工工程に加えて、前記線電極1に電気的に影響を及ぼし」との部分は、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に説明が記載されていない旨、本願発明の目的実現のための手段の結果線電極に及ぼされる作用のことを結果的に述べたのが、「線電極に電気的な影響を及ぼす」ということと考えられる旨主張するが、右1、2に示した理由により右主張は採用できない。
四 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤った違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるから認容することとし、
訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を各適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 元木伸
裁判官 西田美昭
裁判官 島田清次郎
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