関連審決 |
審判1985-24913 |
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関連ワード | 発明者 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 先願発明との同一性 / 同一の発明 / 発明の詳細な説明 / 援用権(援用) / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 発明の範囲 / 請求の理由 / 請求の範囲 / |
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事件 |
昭和
63年
(行ケ)
147号
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1990/08/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が昭和六〇年審判第二四九一三号事件について昭和六三年五月二六日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
一 原告 主文同旨の判決。 二 被告 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。 |
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請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 特許権者 被告 特許発明の名称 「顔料付螢光体」 出願日 昭和五一年九月一六日(同年特許願第一一一二一七号) 出願公告 昭和五三年九月五日(特公昭五三-三一八三三号) 補正 昭和五九年三月二九日 登録 昭和五九年一〇月一七日(特許第一二三六一四五号発明) 無効審判請求 昭和六〇年一二月二四日(同年審判第二四九一三号) 請求人 原告 審判請求不成立審決 昭和六三年五月二六日二 本件発明の要旨1 ユーロピウム付活量が酸硫化イットリウム一モルに対して〇・〇四グラム原子乃至〇・〇六六グラム原子の範囲にあるユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体と、このユーロピウム付活酸化イットリウム蛍光体表面に付着したべんがら赤色顔料粒子とからなり、前記べんがら赤色顔料粒子付着量が前記ユーロピウム付活酸化イットリウム蛍光体の〇・〇五重量%乃至二・〇重量%の範囲にあり、前記べんがら赤色顔料粒子の反射率が、五五〇nm以下、五五〇nm、六〇〇nm、六五〇nmおよび七〇〇nmの波長において、酸化マグネシウム拡散板の反射率を一〇〇%とする時、それぞれ1〇%以下、五%乃至一五%、一〇%乃至三〇%、一三%乃至四〇%、および一八%乃至五〇%であることを特徴とするカラーテレビジョン陰極線管用顔料付蛍光体。 2 前記ユーロピウム付活量が〇・〇四四グラム原子乃至〇・〇六グラム原子の範囲にあり前記べんがら赤色顔料粒子付着量が〇・一重量%乃至一・〇重量%の範囲にあることを特徴とする特許請求の範囲第一項(本件発明の要旨1項)記載のカラーテレビジョン陰極線管用顔料付蛍光体。 3 前記ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の平均粒子径が三μ乃至五μであり、前記べんがら赤色顔料粒子の平均粒子径が〇・一μ乃至一μであることを特徴とする特許請求の範囲第一項または第二項(本件発明の要旨1項又は2項)記載のカラーテレビジョン陰極線管用顔料付蛍光体。 4 前記ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の平均粒子径が四μ乃至一二μであり、前記べんがら赤色顔料粒子の平均粒子径が〇・二μ乃至〇・五μであることを特徴とする特許請求の範囲第三項(本件発明の要旨3項)記載のカラーテレビジョン陰極線管用顔料付蛍光体。 三 審決の理由の要点1 本件発明の要旨は前項記載のとおりである。 2 請求人の提出した証拠(一) 特開昭五〇-五六一四六号公報(以下、「第一引用例」という。)(二) The Glass Industry.Vol.44,No.1,1963年1月、P.24〜25、29(以下、「第二引用例」という。)(三) 米国特許第三三〇八三二六号明細書(以下、「第三引用例」という。)(四) 特公昭四三-二一八五九号公報(以下、「第四引用例」という。)(五) 特公昭四七-一三二四三号公報(以下、「第五引用例」という。)3 請求人及び被請求人の主張(一) 請求人(1) 本件発明(以下においては、前記二1の発明を指すものとする。)は、第一ないし第五引用例に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから特許法29条2項の規定に該当し、無効とされるべきである(請求人の主張(1))。 (2) 本件発明におけるべんがら赤色顔料粒子の反射率に関して、本件明細書の発明の詳細な説明の欄の記載を精査しても、どのような方法によって測定したのかについての記載が見当たらず、しかも、その測定方法が当業界において確立されたものでないから、本件発明において規定された反射率の測定方法は全く不明というほかなく、本件特許は、特許法36条3項の規定をみたしていない無効のものである(請求人の主張(2))。 (3) 本件発明は、先願である特許第一二三六一四四号発明(特願昭五一-八七七七五号、特公昭五三-四七三〇三号参照。以下、「先願発明」という。)と同一の発明であるから特許法39条1項の規定に該当し、無効とされるべきである(請求人の主張(3))。 (二) 被請求人 本件発明は第一ないし第五引用例に開示された従来技術により容易に発明されるものではなく、その他の請求の理由も全く妥当性を欠いたものである。 4 請求人の主張(1)に対する判断 第一引用例には、蛍光体粒子の表面に可視スペクトルの特定部分の光を透過させるカラー・フィルタ粒子が付着されたものが記載され、該蛍光体としてY2O3:EuやYVO4:Eu′カラー・フィルタ粒子として硫セレン化カドミウム、ルビー、赤着色硅酸ガラス、赤セラミックス顔料がそれぞれ記載されており、第二引用例には、セラミックス顔料として赤色のFe2O3が記載され、第三引用例には、 赤色蛍光体粒子の表面に赤色透過性のフィルタ材料を付着させたものが記載され、 該蛍光体としてZnCdS:Agが使用され、該フィルタ材料として硫セレン化カドミウム、ペルシャンガルフ型赤色酸化鉄、合成赤色酸化鉄、燐酸ジジミウム、類似希土類の弗化物のような不溶性化合物等が例示され、具体的には硫セレン化カドミウムが使用されており、第四引用例には、イットリウムとガドリニウムとからなる群の少なくとも一員のオキシ・カルコーゲン化物を包含し、蛍光体の各モル量に対してユーロピウム、サマリウム、テルビウム及びツリウムよりなる群の一員を〇・〇〇〇二ないし〇・二モル含有することを特徴とする蛍光体が記載され、具体的には、赤色蛍光体としてY1.94Eu0.06O2が開示されており、第五引用例には、ユーロピウム付活イットリウム及び/またはガドリニウムオキシサルファイド蛍光体はカラーテレビ用赤色蛍光体として広く用いられている旨が記載されている。 第四引用例及び第五引用例をみるに、これらは、本件発明の蛍光体自体(Y2O2S:Eu)は開示するものの、本件発明の特徴とするところの顔料付蛍光体の技術を示唆するものとはいえない。 これに対して、本件発明は、特定の赤色蛍光体に特定の顔料を付着させることにより、有害なカドミウムを使用せずに、発光輝度の高いものを得たという、本願明細書のとおりの格別の効果を奏し得ているものといえるから、本件発明は、各引用例の記載からはもとより、これらの記載を合わせ考えたとしても容易に想到し得るものではない。 5 請求人の主張(2)に対する判断 本件発明の明細書の記載をみるに、標準反射板として酸化マグネシウム拡散板を、測定光源としてタングステンランプを、それぞれ使用して該べんがらの反射率の測定を行っているから、本件発明のべんがらの反射率の測定に特に不備があるものとすることができない。 6 請求人の主張(3)に対する判断 本件発明と先願発明とを対比するに、両者は、赤色発光蛍光体が、本件発明ではユーロピウム付活量が酸硫化イットリウム一モルに対して〇・〇四グラム原子乃至〇・〇六六グラム原子の範囲にあるユーロピウム付活酸硫化イットリウムであるのに対し、先願発明では該蛍光体においてユーロピウム付活量について特に規定していない点において、特に相違する。 先願発明における明細書の記載をみるに、先願発明における赤色蛍光体(Y2O2S:Eu)自体は、通常のものを使用しているとするのがよい。 そこで、従来のカラーテレビジョン陰極線管で使用されている赤色蛍光体(Y2O2S:Eu)におけるEuの付活量をみるに、通常は、〇・〇六七グラム原子/Y2O2S一モル以上であるとし得ることから(「第一二六回螢光体同学会講演予稿」昭和四四年一月二四日・一ないし九頁(以下、「引用文献一」という。)、 「電気学会、電子装置研究会資料・資料番号EDD七五-一三ないし二三」一九七五年二月二一日(以下、「引用文献二」という。)、「Journal of the ElectrochemicalSociaty Solid State Science」1968年10月・p.1064〜1065(以下、「引用文献三」という。)参照)、前述したように、先願発明における蛍光体(Y2O2S:Eu)は通常のものを使用しているといえる以上、該蛍光体におけるEuの付活量は、〇・〇六七グラム原子/Y2O2S一モル以上であるとせざるを得ない。 してみると、本件発明の蛍光体(Y2O2S:Eu)のEuの付活量は〇・〇四グラム原子ないし〇・〇六六グラム原子/Y2O2S一モルであるが、このEuの付活量からみて、該蛍光体は通常使用されていなかったものといえ、結局、本件発明の蛍光体と先願発明のそれとは、Eu付活量からみて、その構成を異にしているものとせざるを得ない。 そして、本件発明では、前記のように、通常使用されていなかったと解されるところの、特定の蛍光体粒子の表面に、特定のべんがらを付着させるという構成を採用することにより、該べんがらの蛍光体自体に対する発光色、発光輝度、反射率等への影響とあいまって、本件明細書に記載されたとおりの発光色、発光輝度、反射率等の点で特に優れた蛍光体を得たという、先願発明に比し格別の効果を奏し得ているから、本件発明と先願発明とは同一の発明を構成するものとすることができない。 7 結論 以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許の登録を無効とすることができない。 四 審決の取消事由1 審決の理由の要点についての認否(一) 審決の理由の要点1ないし3については認める。 (二) 同4は、本件発明は発光輝度の高いものを得たという格別の効果を奏し得ているとの点については争い、その余は認める。 (三) 同5は、本件発明が、標準反射板として酸化マグネシウム拡散板を、測定光源としてタングステンランプを、それぞれ使用して該べんがらの反射率の測定を行っていることは認めるが、本件発明のべんがらの反射率の測定に特に不備がないとの点は争う。 (四) 同6のうち、本件発明と先願発明とには審決に認定するとおりの相違点が存すること、先願発明における赤色蛍光体(Y2O2S:Eu)自体は、通常のものを使用しているとするのがよいこと、及び、本件発明の蛍光体のEuの付活量は〇・〇四グラム原子ないし〇・〇六六グラム原子/Y2O2S一モルであることは認め、その余は争う。 (五) 同7は争う。 2 取消事由 審決は、次のとおり、本件発明と先願発明とは同一の発明であるにもかかわらず、両発明の相違点についての判断を誤り、これらを異なる発明と認定し、更に、 請求人の主張2についての判断を誤った結果、本件特許の登録を無効とすることはできないとの誤った結論に達したものであるから、違法なものとしてその取消しを免れない。 (一) 本件発明と先願発明との同一性についての判断の誤り(取消事由(1))(1) 本件発明の特許請求の範囲に記載の構成要件と先願発明の特許請求の範囲に記載の構成要件とを対比すると、両者は、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム(Y2O2S:Eu)を用い、その表面に赤色顔料としてべんがらを付着せしめる点で一致し、該べんがらの示す反射率の値においても、蛍光体とべんがらとの使用割合においても、広範囲に重複しており、相違する点は、本件発明がユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のユーロピウム付活量(Euの付活量。以下、「Euの付活量」という。)を規定しているのに対して、先願発明ではかかる規定が存しないことである。 (2) 審決は、右相違点を検討するにあたって、引用文献一ないし三を参照しつつ「従来のカラーテレビジョン陰極線管で使用されている赤色蛍光体(Y2O2S:Eu)におけるEuの付活量をみるに、通常は、〇・〇六七グラム原子/Y2O2S一モル以上であるとし得る」旨認定したうえ、通常のものを使用している先願発明における蛍光体(Y2O2S:Eu)のEuの付活量は〇・〇六七グラム原子/Y2O2S一モル以上であるのに対し、本件発明の蛍光体(Y2O2S:Eu)のEuの付活量は〇・〇四ないし〇・〇六六グラム原子/Y2O2S一モルであるから、本件発明の蛍光体と先願発明のそれとは、Euの付活量からみて、その構成を異にしているとの認定に至ったものであるが、同認定は次のとおり誤ったものである。 @ 引用文献一の中の「最近のカラー受像管用希土類螢光体」という報文は、当時急速に普及しつつあったユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体(本件発明の蛍光体。但し赤色顔料は付着されていない。 )についての報文であって、五頁・表1には、カラーテレビジョンの蛍光面に塗布されている「カラー用希土類赤色螢光体の色度」が示されている。その中で「螢光体」欄中、「Y2O2S:Eu」とあるのが本件発明の蛍光体に該当する蛍光体であり、xとyの数値の組合せによる色度の表示(「色度」とは、明るさを別とした光の色の性質のことであって、三色表示によると色度は色度座標x、yで示される。)により、三種の「色度」のもの(@大友・TV学会電子装置研究委資料#一九」・昭和四三年二月二八日・国産カラー管公称値(以下、「大友値」という。)、A粟津・テレビ誌・二二・#三・一七七ないし一八五頁・Mar.’68・15KV・1μAcm-2反射法(以下、「粟津値」という。)、BRCA・国産カラー管公称値(以下、「RCA値」という。)を掲げている。一方、引用文献三の一〇六四頁・表Vには、六一種類の蛍光体について、蛍光体の組成とxとyの数値の組合せによる色度の表示による色度との関係が示されている。 右引用文献一における「大友値」のx値、y値をみると、x=0.671、y=0.329であるから、引用文献三の表VのサンプルNo.18の蛍光体に該当するところ、その組成は(Y0.97Eu0.03)2O2Sであって、これを本件発明の要旨に記載されている表現に換算すると「Euの付活量が酸硫化イットリウム一モルに対して〇・〇六一八五グラム原子」となる。同様に、引用文献一における「粟津値」の色度x=0.652、y=0.346は、引用文献三の表VのサンプルNo.17の(Y0.98Eu0.02)2O2Sなる組成の蛍光体に最も近似するところ、これを本件発明の要旨に記載されている表現に換算すると「Euの付活量が酸硫化イットリウム一モルに対して〇・〇四〇八グラム原子」となる。また、引用文献一における「RCA値」の色度は、x=0.660、y=0.340であって、その値は前二者の中間にあるから、Euの付活量も酸硫化イットリウム一モルに対して〇・〇四〇八グラム原子から〇・〇六一八五グラム原子の間にあることになる。 A 引用文献二にも、「我々は、濃度〇・〇五〜一五モル%の間でいくつかのサンプルを作製してみた。しかし、ルーチン用の測定では、二〜六モル%の狭い領域だけが重要である。」(五四頁左欄八行ないし一一行)と記載され、更に、「Eu濃度二モル%以下と六モル%以上の蛍光体については、色と輝度の面で適当でないためにここでは適用しない。但し、このモル%は仕込量におけるパーセンテージである。」(同頁一四行ないし一七行)と記載されている。これを換算すれば、そのEuの付活量は、〇・〇四〇八ないし〇・一二七七グラム原子となるから、かかるユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体は、本件発明の特許請求の範囲に記載の蛍光体と重複している。 B 甲第一四号証の一ないし三(「粉体物性図説」株式会社産業技術センター・昭和五〇年五月一日発行)(三一九頁右上欄)には、ユーロピウム付活オキシ硫化イットリウム蛍光体(Y2O2S:Eu)のEuの付活量について、「カラーTV用としては三〜五モルの%濃度のものが使用される。」と記載されている。三モル%をグラム原子に換算すると〇・〇六グラム原子となる。かかるEuの付活量のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体は本件発明の特許請求の範囲記載の要件を充足する蛍光体であり、かかる〇・〇六グラム原子のEuの付活量の蛍光体は、本件特許明細書の実施例1に示されており、その発光色度点は第8図の色度点E’である。 C 第四引用例にはY1.94Eu0.60O2Sなる蛍光体が記載されているが、そのEuの付活量を算出すると〇・〇六一八グラム原子となり、これも本件発明の特許請求の範囲記載のEu付活量の範囲に含まれる。 D 以上によれば、従来のカラーテレビジョン陰極線管で使用されている赤色蛍光体(Y2O2S:Eu)におけるEuの付活量は、通常は〇・〇六七グラム原子/Y2O2S一モル以上であるとした審決の認定が誤っていることは明白であり、Euの付活量からみても、本件発明と先願発明とは同一のものと認めるのが相当である。 (二) 請求人の主張(2)に対する判断の誤り(取消事由(2)) 同一の試料(べんがら)の反射率を測定するに当たって、測定法を「セル詰め法」によるか「直接法」によるかによって反射率の価は異なり、また、同じ「直接法」による測定であっても試料作成の際の加圧条件の差によって得られる反射率の値は異なる。しかるに、本件発明の特許明細書には反射率の値に影響を及ぼすことの明らかな測定法や測定条件についての記載がまったくない。よって、本件発明の特許明細書の記載は不備であり、審決の認定はこの点においても誤っている。 (三) 被告は、原告が本件訴訟において甲第一〇号証ないし第一二号証を論ずることは審決取消訴訟制度の本質に照し失当であると主張する。 しかし、審決は、審判において当事者から提出されなかった右甲第一〇号証ないし第一二号証に基づき、これを根拠として本件発明は先願発明と構成を異にすると認定しているのであるから、原告が該認定の誤りを明らかにするために右甲号各証の内容を本件訴訟において述べることは決して失当ではない。そして、甲第一四号証は、原告の甲第一〇号証ないし第一二号証に関する主張を補完して本件特許出願当時の技術水準を明らかにするものであるから、本件訴訟において右甲第一四号証を証拠として引用することもまた許される。 |
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請求の原因に対する認否および被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。 審決の結論は正当であり、原告主張の取消事由は存在しない。 二 本件発明の課題及び作用効果1 本件発明は、顔料粒子で表面を被覆された蛍光体、詳しくはカラーテレビジョンのいわゆるブラウン管(陰極線管)に使用される顔料付蛍光体において、本件出願前赤色発光蛍光体の表面を被覆するフィルターとしての赤色顔料粒子として用いられていた硫セレン化カドミウムが人体に有害な作用を及ぼす物質であってその使用上問題があったため、これに代わりかかる有害作用のない赤色顔料粒子として普通の赤セラミックス顔料であるべんがら(Fe2O3′酸化第二鉄)を選択した発明に関するものである。 2 被告のこの分野における最初の特許出願は、昭和五一年七月二三日になされ、 特公昭五三-四七三〇三号として公告され、特許第一二三六一四四号として登録された先願発明である。この先願発明は、当時テレビジョンのブラウン管用に用いられていた三種類の付加色蛍光体と、通常使用されているタイプの「べんがら」を組合せることを対象としたものである。 被告は、昭和五一年九月一三日に次の出願をした。これは特公昭五三-四七三〇四号として公告され、特許第一二一八〇〇二号として登録された。これは、「べんがら」の選択につき検討した結果、全体的に反射率の高いものが結果的に好ましい顔料付蛍光体を与えることが見出されたので、その点を対象として出願されたものである。 被告は、更に第三の出願をしたが、それが本件発明の出願であり、特定の蛍光体とべんがら顔料との量的関係を検討し、最適の組成範囲を開示したものである。即ち、第一、第二の出願に記載した三種類の赤色蛍光体中ユーロピウム付活酸硫化イットリウムを選び、そこにおけるユーロピウム(Eu)の量を特定し、またこれ対する「べんがら」の使用量をも特定したものである。 3 カラーテレビジョンに要求される赤色の範囲は目に訴える感覚からして自ら定まっている。これを国際的に用いられる色度図で表わしたものが本件発明の特許明細書(特公昭五三-三一八三三号公報。以下、「本件特許明細書」という。)第八図であり、そこで区画された領域内(ABCDAで囲まれた部分)にx値およびy値があることである。これをユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のみで実現しようとすると、Euの量が酸硫化イットリウム一モルに対し〇・〇六七グラム原子ないし〇・〇八グラム原子の範囲であることが必要である(Euの付活量が少ないと赤味が少なくなり、黄色味が増す。)。 他方、べんがらをユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体に付着させると、 ユーロピウム付活酸硫化イツトリウム蛍光体単独の場合に比べて赤味が増すため、 Euの量を少なくしてもそれによる赤味の低下を補えることになる。また、カラーテレビジョンにおいては、色とともに輝度(明るさ)も大切であるが、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体においてEuの量が少なくなると輝度が増す(本件特許明細書六欄三六行ないし七欄八行)。したがって、べんがらとの組合せによりEuの量を少なくし得ることは輝度にとってもよいことである。ただし、べんがら自体輝度を妨げるので、あまり多く加えることはできない。 本件発明は、ユーロピウム(Eu)とべんがらの量がそれぞれ本件発明の要旨に示した範囲にあることがユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の性能を最大限に発揮させることを見出したものである。このようにして、本件発明は、高価なEuの使用量を節減し、外光に対する反射率は低く、発光輝度は充分に高く、かつ発光色の良好な、実用性の高いカラーテレビジョンのブラウン管用の顔料付赤色発光蛍光体を提供することができたものである。 三 本件発明と先願発明との同一性に関する被告の主張1(一) 先願発明は、その特許請求の範囲の記載から一見て明らかなように、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体におけるEu付活量についても、べんがらの使用量についても何の限定もしておらず、本件発明とは構成が異なる。また、 先願発明は、Eu付活量やべんがら付着量を調整するという技術思想を開示するものではないから、その技術思想の相違からして、先願発明におけるEuの量など検討するまでもなく、本件発明と同一でないことは明らかである。 (二) なお、本件発明は、先願発明にはない新たな技術思想を基礎としているのであるから、先願発明の範囲内における選択という問題は初めからないが、仮に選択発明という考えに従って対処するとしても、本件発明の「Eu付活量が酸硫化イットリウム一モルに対して〇・〇四グラム原子ないし〇・〇六六グラム原子の範囲内にあるユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体と、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の〇・〇五重量%ないし二・〇重量%の範囲の量のべんがら顔料とが組合せられた」特定の態様が顕著な効果を奏することが認められ、該態様が先願発明に具体的に開示されていない以上、それだけで同一発明であることは否定されるのであり、本件発明と先願発明との同一性を判断するにあたって、従来赤色蛍光体として用いられていたべんがらの付着していないユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体におけるEu量がどの位であるか検討する必要はまったくない。 したがって、引用文献一ないし三に関する審決の認定の当否は審決取消の理由になるべきものではない。 (三) また、請求人である原告は、審判において、ただ本件発明と先願発明とは同一発明であると主張したのみでそれ以上具体的な主張も立証もしなかったものであるから、審決が引用文献一ないし三に言及したとしても、原告が審判においてこれを提出していない以上、引用文献一ないし三の内容に関する審決の認定を攻撃することは、審決取消訴訟制度の本質に照し、許されない。 2 本件において引用文献一ないし三に関する審決の認定の当否を問題とすべきでないことは、以上のとおりであるが、原告の主張に対して一応反論する。 (一) 原告は、「本件特許出願当時実際に使用されていた三種のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の色度(x値、y値)が引用文献一に示されているところ、他方、引用文献三にはユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のEu付活量と色度(x値、y値)の関係が記載されており、両者を対照すれば引用文献三に記載された三種のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のEu付活量は本件発明に規定された範囲に属することが判る」旨主張する。 しかしながら、引用文献一に記載された三種のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の色度のうち、@大友値及びBRCA値は、いずれも「カラー管公称値」であるところ、「カラー管公称値」とは実際のカラー受像管(赤、青、緑の蛍光体の塗られている受像管)のガラスを通してみた数値であるのに対し、引用文献三の数値は蛍光体自身について求めたものである。赤色蛍光体自身の発光色と、他の二色の蛍光体が隣接して塗布され、しかも厚いガラスを通してみる受像管としての発光色には、当然相違があり、両者の色度(x値、y値)も同一ではあり得ない。因みに、乙第二号証(「Journal of the Electrochemical Sosiety Solid State Science and Technology」1972年7月・p.920〜926)には、RCAの334-256及び334-256A(テレビ受像管の番号)から資料として採取したユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のEu付活量は四・〇モル%(〇・〇八グラム原子)又は四・三モル%(〇・〇八六グラム原子)であることが記載されている(p.923表V)。また、引用文献一の@の大友値の原文献である乙第三号証(「TV学会電子装置研究委資料#一九」・昭和四三年二月二八日)には、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の色度として右大友値と同値の色度(x値、y値)が示され(七頁表2)、Eu付活量が四・五モル%(〇・〇九グラム原子)と一・〇モル%(〇・〇二グラム原子)のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体における発光スペクトルの比較が図示されている(六頁図5)ところ、Eu付活量が一・〇モル%(〇・〇ニグラム原子)のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体はEu付活量が少なすぎて赤色光にならないことは右発光スペクトルの比較図等からも明らかであり、同文献及び引用文献一の大友値はEu付活量が四・五モル%(〇・〇九グラム原子)のユーロピウム付活酸硫化イットリウムの蛍光体のものを示しているものと推測される。 引用文献一に記載されたA粟津値について、その原文献である乙第四号証(「テレビジョン学会雑誌」・第二二巻三号・一七九ないし一八五頁)には、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の色度として右粟津値と同値の色度(x値、y値)が示される(一八〇頁右欄表1)とともに、Y2O3S:Eu螢光体に関して「ユーロピウム濃度と発光スペクトルに関しては、望ましい発光色調を得るために、オキサイドの場合より約一〇%多量のユーロピウムの添加が必要である。」との記載(同頁同欄六行ないし八行)、及びY2O3S:Eu螢光体に関して「酸化イットリウム中に固溶したユーロピウムの濃度によって発光色調が変化し、濃度が高くなると図2に示すように赤味を増す。カラー管用として要求される発光を示すためには五モル%以上のユーロピウム濃度が必要である。」との記載(同頁左欄八行ないし一二行)があり、同文献に記載された右ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の色度(x値、y値)は五モル%より一〇%多い五・五モル%(〇・一一グラム原子)以上のEu付活量の蛍光体についての測定値であると考えられる。 (二) 引用文献三における各サンプルのEu付活量と色度(x値、y値)の関係は、一般的に知られている関係と大幅に異なっている。例えば、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体の色度(x値、y値)について検討した論文である引用文献二においては、二・〇モル%(x=0.5994、y=0.3761)、三・〇モル%(x=0.6310、y=0.3563)、四・〇モル%(x=0.4846310、y=0.3428)であるのに(五七頁表T)、引用文献三におけるこれにそれぞれ対応するものは、サンプルNo.17(Y0.98E0.02)202S(x=0.650、y=0.350)、サンプルNo.18(Y0.97E0.03)2O2S(x=0.672、y=0.328)、サンプルNo.19(Y0.96E0.04)2O2S(x=0.677、y=0.323)、であって(一〇六四頁表V)、同じEu付活量に対する色度(x値、y値)が大きく異なっている。 引用文献二には色度の測定算出法が詳しく説明されているが、引用文献三にはその測定方法が全く説明されていない。しかし、引用文献三には「Y2O2S:Euの発光色は四モル%より低いEuで急速に変化する。低い付活剤濃度(四モル%より低い)の場合、発光は明らかにオレンジ色であって、視感度補正された全発光出力は高い。高い付活剤濃度(四モル%より高い)の場合、発光色はより赤くなって付活剤濃度によりそれほど変化しない。」との記載があり(一〇六三頁左欄二二行以下、訳文三頁一〇行ないし一五行)、明らかにオレンジ色であるサンプルNo.17やサンプルNo.18に通常赤色を表わす色度(x値、y値)を当てはめているのであるから、色度(x値、y値)の算出方法が一般的な方法と異なっていたとしか考えられない。因みに本件特許明細書第2図から二・〇モル%(〇・〇四グラム原子)、三・〇モル%(〇・〇六グラム原子)における色度(x値、y値)を読取ると、引用文献二と一致し、引用文献三とは相違している。 したがって、引用文献三で用いられている色度(x値、y値)は、本件発明及び引用文献二に用いられている色度(x値、y値)とは異なる基準による数値である。 (三) 原告は、引用文献二の「ルーチン用の測定では、二〜六モル%の狭い領域だけが重要である。」との記載を根拠に、二モル%のEu付活量の蛍光体が実際に使用されていた旨主張する。 しかし、同文献の右記載は、新しい測定法の提唱のため、赤色を示すEu付活量の範囲を含むある範囲を研究対象としたことを述べたに過ぎないものであり、二〜六モル%の範囲が実用に供されているブラウン管の赤色蛍光体に使われているとする根拠とはならない。 現に、引用文献二には、二〜六モル%の範囲におけるEu付活量と色度(x値、 y値)の関係の測定値が示されているが(五七頁)、この結果によれば、三モル%以下の色度値はカラーテレビジョンのブラウン管用として要求される赤色に該当せず、カラーテレビジョンのブラウン管用赤色蛍光体として使用するためにはEu活量が三・五モル%(約〇・〇七グラム原子)により多くなければならないことがわかるものである。 3(一) 甲第一四号証は、審決にも言及されていない新証拠であり、引用文献一ないし三その他審決記載の文献の記載内容を説明するためのものでもない独立の証拠であるから、その提出は許されない。 (二) 原告は、甲第一四号証に「カラーTV用としては三〜五モル%の濃度のものが使用される。」と記載されていることを根拠に、Eu付活量が酸硫化イットリウム一モルに対して〇・〇六七グラム原子以下のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体が用いられていた旨主張する。 しかし、同記載は大まかな記載であって、同号証の執筆者は、当時、Eu付活量が三・四モル%から四・五モル%程度のものが実用化されていることを知っていたので、その概略の表現として「三〜五モル%」と記載したものである。 4 甲第七号証は特許明細書であり、原告の指摘するユーロピウム付活硫酸化イットリウム蛍光体はその実施例の一つとして示されただけである。特許明細書の実施例が現実に使用されているという経験則はなく、審決が先願発明との同一性の判断に関し同号証を援用しなかったことに誤りはない。 |
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証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。 二 取消事由(1)についての判断1 先願発明 成立に争いのない甲第九号証の一及び二(先願発明の出願公告公報及び特許法17条の3による補正の掲載。 以下、両者を総称して「先願特許公報」という。)によれば、先願発明(発明者【A】外七名)は、特許請求の範囲を「(一) ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体、ユーロピウム付活酸化イットリウム蛍光体およびユーロピウム付活バナジン酸イットリウム蛍光体のうちの少なくとも一つである赤色発光蛍光体と、この蛍光体表面に付着したべんがら赤色顔料粒子とからなり、前記べんがら赤色顔料粒子の反射率が五五〇nm以下、五五〇nm、六〇〇nm、六五〇nmおよび七〇〇nmの波長において、酸化マグネシウム拡散板の反射率を一〇〇%とする時、それぞれ一〇%以下、五%乃至一〇%、 一〇%乃至二〇%、一三%乃至三〇%、および一八%乃至四〇%であることを特徴とする顔料付蛍光体。 (二) 前記赤色発光蛍光体の平均粒子径が三μ乃至一五μであり、前記べんがら赤色顔料粒子の平均粒子径が一・〇μ以下であることを特徴とする特許請求の範囲第(一)項記載の顔料付蛍光体。 (三) 前記赤色発光蛍光体の平均粒子径が四μ乃至一二μであり、前記べんがら赤色顔料粒子の平均粒子径が〇・二μ乃至〇・五μであることを特徴とする特許請求の範囲第(二)項記載の顔料付蛍光体。 (四) 前記べんがら赤色顔料付着量が前記赤色発光蛍光体一〇〇重量部に対して〇・一重量部乃至二重量部であることを特徴とする特許請求の範囲 第(一)項乃至第(三)項のいずれか一つの項記載の顔料付蛍光体。」とするもので、顔料粒子で表面を被覆された蛍光体、特にカラーテレビジョン用陰極線管の顔料付蛍光体に関するものであって、カラーテレビジョン用陰極線管の青色発光蛍光体及び赤色発光蛍光体の粒子表面にそれぞれ青色顔料粒子と赤色顔料粒子を付着させて被覆するとそれらの顔料粒子のフィルター効果によって発光スペクトルのうちの一部の可視域がカットされて発光色が鮮明となり、更に蛍光膜の顔料着色による外光の吸収効果によって反射光が減少するため映像のコントラストが向上することは広く知られていること、このような顔料付蛍光体には、外光に対する反射率は低く、かつ発光輝度は充分高いこと、すなわち比反射率が一定である場合、発光輝度ができるだけ高いことが要求されるものであるところ、その赤色顔料として従来用いられてきた硫セレン化カドミウムが人体に有害な作用を及ぼす物質であったため、硫セレン化カドミウム赤色顔料粒子を用いない赤色顔料付赤色発光蛍光体の出現が望まれていること、またカラーテレビジョン用陰極級管の高輝度化に伴なって、比反射率が同一である蛍光体を比較した場合、硫セレン化カドミウム赤色顔料粒子を用いた赤色顔料付赤色発光蛍光体よりもより一層発光輝度の高い赤色顔料付赤色発光蛍光体が望まれるようになったことから、これに代わりかかる有害作用のない赤色顔料粒子として普通の赤セラミックス顔料であるべんがら(Fe2O3、二酸化第二鉄)を選択したものであることが認められる。 2 本件発明 いずれも成立に争いのない甲第二、第三号証(本件特許の出願公告公報及び特許法17条の3による補正の掲載。以下、両者を総称して「本件特許公報」という。)によれば、先願発明の発明者(【A】外七名)は、前記1認定の課題実現のためなされた先願発明に係るべんがらを用いた赤色顔料付赤色発光蛍光体において、 赤色発光蛍光体としてユーロピウム付活酸硫化イットリウム(Y2O2S:Eu)蛍光体を用いた場合、右蛍光体の発光色及び発光輝度はEu付活量の変化に伴って変化すること、右蛍光体にべんがら赤色顔料粒子を付着せしめた場合、得られる顔料付蛍光体の発光色度点は右蛍光体自体の発光色度点よりも長波長側にあることの知見を得たことから(以上の点については後に再論する。)、外光に対する反射率は低く、発光輝度は充分に高く、かつ発光色の良好な実用性の高いカラーテレビジョン用陰極線管用赤色顔料付赤色発光蛍光体を提供することを目的として、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のEu付活量及び右蛍光体に付着せしめるべんがら量について種々の検討を行った結果、前記の本件発明の要旨のとおりの構成を採用したものであることが認められる。 3 本件発明と先願発明との対比(以下特に断わらない限り、先願発明についてはその特許請求の範囲第一項記載の発明を指す。)(一) 両発明を対比するに当たり、本件発明の技術的意義を更に敷衍すると、前掲甲第二、第三号証(本件特許公報)、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証(引用文献一)、甲第一一号証の一、二(引用文献二)及び甲第一二号証の一ないし三(引用文献三)によれば、本件発明に用いられる赤色発光蛍光体のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体において、Eu付活量を少なくするにしたがって発光色が短波長側へ移動するが(黄味を帯びる)、発光輝度は増加し、逆にEu付活量を多くするにしたがって発光色が長波長側へ移動するが(赤味を帯びる)、発光輝度は減少すること、べんがらを付着して被覆したユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体において、Eu付活量がいかなる場合でも、その発光色はユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体自体の発光色より長波長側にあり、べんがらの付着量が多くなるほどその発光色は長波長側へ移動するが発光輝度は減少すること、べんがらの被覆による発光色、発光輝度の変化はべんがらの反射率とも関連することが認めちれる。このように、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体において、 Eu付活量を増減することによりユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体自体の発光色、発光輝度も変化するものであり、発光色についていえば、Eu付活量を少なくするとユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体自体の発光色は短波長側へ移動するが、これにべんがらを被覆することにより、全体としてユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体自体の発光色より長波長側に発光し、また、輝度についていえば、Eu付活量を多くすれば発光輝度は減少し、べんがらの付着量を多くすれば発光輝度は減少する。したがって、べんがらを付着して被覆したユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体における発光色及び発光輝度は、Eu付活量、べんがらの付着量(重量)、べんがらの反射率の三つの関係に依存するものであり、 Eu付活量を少なくしても、反射率により選択されたべんがらを一定量付着させて被覆することにより長波長側に発光を得ることができるのである。そして、前掲甲第二号証によれば、本件特許公報には、赤色顔料粒子に被覆されない赤色発光蛍光体であるユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体について、「カラーテレビジョン陰極線管の赤色発光蛍光体として使用するにあたっては得られる陰極線管の色再現領域、白色輝度、赤色発光色度点および赤色発光輝度等の諸特性の点から第8図に示されるCIE表色系色度点A(x=0.643、y=0.357)、B(x=0.643、y=0.343)、C(x=0.652、y=0.340)、D(x=0652、y=0.348)に囲まれる赤色領域およびその近辺の赤色領域に発光色度点を有することが要求され、しかして上記赤色領域に発光色度点を有するEu付活量がY2O2S一モルに対して〇・〇六七グラム原子乃至〇・〇八グラム原子の範囲にあるY2O2S:Eu蛍光体がカラーテレビジョン陰極線管用赤色発光蛍光体として実用されている。」との記載があることが認められ(三欄一八行ないし三二行)、右記載によれば、べんがらの被覆のないユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体をカラーテレビジョンにおいて使用する場合には、Eu付活量がユーロピウム付活酸硫化イットリウム一モルに対して少なくとも〇・〇六七ないし〇・〇八グラム原子の範囲にあることが必要であり、換言すれば、べんがらにより被覆されたユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のEu付活量は〇・〇六六グラム原子/Y2O2S一モル(以下、これを「〇・〇六六グラム原子」と表示し、以下もこの例による。)以下のものでよいということができる。 (二) 本件発明と先願発明を対比するに、両発明は、共にべんがらを赤色顔料粒子とする赤色顔料付赤色発光蛍光体に係わるものであり、使用する蛍光体の種類、 付着せしめるべんがら赤色顔料粒子の反射率及び付着量において重複しており(付着量に関しては先願発明の特許請求の範囲第一項の実施態様項である同第四項記載のものと重複している。)、その相違点は、本件発明にあっては、顔料付蛍光体がカラーテレビジョン陰極線管用と限定されていること、蛍光体としてユーロピウム付活酸硫化イットリウムを選択し、そのEu付活量を酸硫化イットリウム一モルに対して〇・〇四グラム原子ないし〇・〇六六グラム原子の範囲と特定しているのに対し、先願発明では、顔料付蛍光体がカラーテレビジョン陰極線管用とは限定されていない点、及び、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体におけるEu付活量を特に限定していない点であると認められる(審決が、右相違点のうち、Eu付活量の特定の有無の相違を両者の相違点とし認定していること、及び、両発明がこの点において相違していることについては、当事者間に争いがない。)。 (三)先願発明もユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体に赤色顔料粒子としてべんがらを付着して被覆した赤色顔料付赤色発光蛍光体に係る発明を含むものであるから、この赤色顔料付赤色発光蛍光体をカラーテレビジョン陰極線管に用いる場合(先願発明がかかる用途をも包含することは先願特許公報の記載から明らかである。)について本件発明と対比するのが相当であり、右のように、カラーテレビジョン陰極線管用として対比する以上、先願発明におけるユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体に対するEu付活量も、ユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体単独で用いられる場合ではなく、べんがらによる被覆を前提として考察することが必要である。かかる観点に立てば、前記(一)に述べたべんがらを付着して被覆したユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体におけるEu付活量、べんがらの反射率、付着量の関係は、先願発明についてもそのまま当てはまるものというべきであるから、先願発明において本件発明と重複するべんがらの反射率、付着量について開示がある以上、先願発明におけるユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体は、当然べんがらの付着による被覆を予定したEu付活量、すなわち〇・〇六六グラム原子以下のものを含むものと解せざるを得ない。 そうであれば、本件発明と先願発明とは同一のものと認めるべきである。 (四) 被告は先願発明と本件発明とは技術思想を異にする旨主張するが、前記1、2の認定及び前掲甲第二、第三号証、第九号証の一、二によれば、両発明とも同一人(複数)の発明に係り、人体に有害な赤色顔料粒子である硫セレン化カドミウムに代え、人体に害のない赤色顔料粒子により、硫セレン化カドミウムを被覆した赤色発光蛍光体より優れた発光輝度等を得ることを課題とし、右赤色顔料粒子としてべんがらを選択したものであることが認められるから、両発明は基本的な点において技術思想を共通にするものということができるから、原告の右主張は採用できない。 (五) 審決は、先願発明におけるユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体が通常のものを使用しているとしたうえで、従来のカラーテレビジョン陰極線管で使用されているユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体における通常のEu付活量が〇・〇六七グラム原子以上であり、先願発明におけるユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のEu付活量も〇・〇六七グラム原子以上であると認定して、 Eu付活量を〇・〇四ないし〇・〇六六グラム原子とする本件発明との同一性を否定する。 たしかに、前記のとおり、先願発明は本件発明と異なり用途を「カラーテレビジョン陰極線管用」と限定していないが、先願発明がカラーテレビジョン陰極線管に用いられる場合について本件発明と対比すべきであり、そうであれば被覆する顔料の関係を離れてユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のみのEu付活量を論ずるのは相当でない。しかるに、審決は、先願発明についてもカラーテレビジョン陰極線管用のものとして対比しながら、赤色顔料粒子の付着しないユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のみのEu付活量が記載されている引用文献一ないし三により認定判断をしており、この点において、すでに失当といわざるを得ない。 仮に、審決のような対比をするとしても、成立に争いのない甲第一一号証の一、 二(引用丈献二)によれば、引用文献二には、Y2O2S:Eu(ユーロピウム付活酸硫化イットリウム)蛍光体の色を量的に表現するには、一般的にはCIE(国際照明委員会・Commission Internationale del’Eclairage)の表色系(x、y)によって表わせる旨の記載(五三頁左欄二行ないし六行)、「Y2O2S:Euの色の相違は諸々の原因はあるが、蛍光体自体としてはEu濃度のわずかな差によっている。」との記載(同頁右欄二一行ないし二三行)、「我々は濃度〇・〇五〜一五mole%の間でいくつかのサンプルを作製してみた。しかし、ルーチン用の測定では二〜六mole%の狭い領域だけが重要である。そこで、この領域についての結果を示す。表1にEu3+Iuminescenceの色度を示した。表2は塗布厚が約二倍のものである。Eu濃度二mole%と六mole%以上の蛍光体については、色と輝度の面で適当でないためにここでは適用しない。但し、このmole%は仕込量におけるパーセンテージである。」との記載(五四頁左欄八行ないし一七行)が存在し、表1および2には、二モル%ないし六モル%のY2O2S:Eu蛍光体のサンプルにおける色度(x、y値)が掲載されていることが認められる。ところで、モル%によるEu濃度の表示を酸硫化イットリウム一モルに対するグラム原子量に換算する場合、モル%表示によるモル数を一〇〇で除して二倍すればその概数が算出できるから、以下、右概算によってモル%によるEu濃度を酸硫化イットリウム一モルに対するグラム原子量に換算することとする。そこで、この計算方法によれば、右の二モル%は〇・〇四グラム原子、六モル%は〇・一二グラム原子に当たる。 更に、成立に争いのない甲第一二号証の一ないし三(引用文献三)によれば、引用文献三には、」一〇六四頁・表V「Eu3+付活Y2O2S′La2O2S及びGd2O2Sのカソードルミネッセンス(陰極線励起発光)の最適化のために使用した実験データ」のサンプルNo.15ないしNo.23として、〇・五モル%(〇・〇一グラム原子)ないし一五モル%(〇・三グラム原子)のY2O2S:Eu蛍光体のサンプルにおける色度(x、y値)が掲載されていることが認められる。 このように、甲第一一号証の一、二(引用文献二)、甲第一二号証の一ないし三(引用文献三)には、その数値の正確性はともかくとして、審決が通常のEu付活量の下限と認定した〇・〇六七グラム原子に満たない付活量が記載されている。しかるに、審決は、この文献を根拠として、先願発明のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のEu付活量が〇・〇六七グラム原子以上と認定しているのであるから、この点において理由不備を免れない(審決がその判断の根拠とした成立に争いのない甲第一〇号証(引用文献一)に記載された大友値、粟津値、RCA値も、 前掲甲第一二号証の一ないし三(引用文献三)と併せ読むと、審決の認定とは異なり、Eu付活量が〇・〇六七グラム原子に満たないユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体が開示されている如くであるが、成立に争いのない乙第二ないし第四号証を対比すると、その点は必ずしも判然とせず、結局引用文献一は審決のいう通常のユーロピウム付活酸硫化イットリウム蛍光体のEu付活量を知り得る手掛りとはなり得ないものというべきである。)。 (六) 以上によれば、本件発明と先願発明とは蛍光体の点においても構成を異にするものではなく、本件発明は先願発明における蛍光体(Y2O2S:Eu)をEuの付活量によって数値限定しているに過ぎないものと解するのが相当である。 4 本件発明と先願発明との同一性 以上の認定によれば、本件発明と先願発明とは、共にべんがらを赤色顔料粒子とする赤色顔料付赤色発光蛍光体に係わるものであり、使用する蛍光体の種類、蛍光体におけるEu付活量、蛍光体に付着せしめるべんがら赤色顔料粒子の反射率及び付着量において重複しており、したがって、いわゆる上位の概念で記載された発明と下位の概念で記載された発明の関係にあり、本件発明は、先願発明に包含された先願発明をより具体化したものに相当するといい得るものであるから、Eu付活量を数値限定したことに特別の作用効果が認められるなどの進歩性が認められる場合を除いては、両発明は同一の発明であると解されることになる。 そこで、特別の作用効果の存否について検討するに、前記認定によれば、本件発明も先願発明も、ともに@顔料付蛍光体に赤色顔料粒子として用いられる硫セレン化カドミウムの有する毒性に鑑み、人体に対する安全性確保の観点からかかる毒性のない赤色顔料粒子を選択すること、及び、Aカラーテレビジョン用陰極線管の高輝度化に伴なって、より高い発光輝度の赤色顔料付赤色発光蛍光体を提供することを課題としているものであり、課題において差異はなく、また、本件発明の構成は先願発明の構成に包含されるものであるから、その奏する効果と同種の効果は先願発明においても当然に生じているものと解されるところ、前掲甲第二、第三号証及び第九号証一、二によるも、本件特許公報には先願特許公報において全く教示することのない顕著な作用効果について直接的に開示されていることが認められない。 以上によれば、「本件発明は、先願発明に包含される同一の発明であると認めるのが相当であり、これを異なる発明とした審決は、その判断を誤った違法のものとして、その取消しを免れない。 四 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 松野嘉貞 |
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裁判官 | 舟橋定之 |
裁判官 | 杉本正樹 |