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関連審決 抗告審判1961-3014
関連ワード 技術的思想 /  発明の詳細な説明 /  遡及 /  出願分割 /  分割出願 /  名義変更 /  援用権(援用) /  特許発明 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  審判の係属中 /  請求の範囲 /  変更 /  審決確定(審決が確定) /  不服申立 /  異議申立 / 
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事件 昭和 44年 (行ウ) 185号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1970/08/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告が昭和三六年抗告審判第三〇一四号(昭和三四年特許願第二五九八号、発明の名称「貯蔵可能樹脂粉末」の拒絶査定に対する抗告審判)事件につき昭和四一年四月七日付でした分割特許出願(昭和四一年特許願第二一五〇七号、発明の名称「硬化した樹脂組成物の連続した均一な被覆を形成する方法」)につき、被告が昭和四一年七月二六日にした不受理処分を取り消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
全容
原告訴訟代理人は「原告が昭和三六年抗告審判第三〇一四号(昭和三四年特許願二五九八号、発明の名称「貯蔵可能樹脂粉末」の拒絶査定に対する抗告審判)事件につき昭和四一年四月七日付でした訂正および同日付でした分割特許出願(昭和四一年特許願第二一五〇七号、発明の名称「硬化した樹脂組成物の連続した均一な被覆を形成する方法」)につき、被告が昭和四一年四月二二日および同年七月二六日にそれぞれした不受理処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、
一 原告は昭和三四年一月三〇日、発明の名称「樹脂粉末の製造法」につき昭和三四年特許願第二五九八号として特許出願したが、昭和三五年六月六日付拒絶理由通知書で特公昭和三二-七四四一号に記載された技術内容から容易に推考できるものと認められる旨の通知を受け、原告の意見書提出にも拘らず、その後昭和三六年六月一四日付で、「本願方法は特定の工程を特徴とするものであると主張しているが訂正された特許請求の範囲の項の記載を見ても、本願方法で樹脂粉末を製造する工程は、先に示した引例に記載のものと差異がない」との理由にもとづき、拒絶査定を受け、その謄本は、昭和三六年六月二〇日、原告代理人に送達された。
二 原告は、これを不服として、昭和三六年一〇月二〇日、抗告審判(昭和三六年抗告審判第三〇一四号事件)を請求し、昭和三七年五月九日付訂正書で特許請求の範囲を訂正し、同時に発明の名称を「貯蔵可能樹脂粉末」と訂正したが、昭和四〇年五月三一日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、同審決謄本は、同年六月一二日原告代理人に送達され、同年六月一七日付期間延長通知書により訴提起期間を昭和四〇年一〇月一二日まで職権で延長された。そこで、原告は、昭和四〇年一〇月一一日右審決取消の訴を昭和四〇年(行ケ)第一一〇号事件として東京高等裁判所に提起し、右訴は目下同裁判所に係属中である。
三 右特許出願は、旧特許法(大正一〇年法律第九六号、以下「旧特許法」という。)のもとでされ、特許法施行法第20条により、なお、従前の例により手続がされるべきところ、原告は、抗告審判の審決後である昭和四一年四月七日、右特許出願の分割特許出願(昭和四一年特許願第二一五〇七号、発明の名称「硬化した樹脂組成物の連続した均一な被覆を形成する方法」)をし、また、旧特許法施行規則(大正一〇年農商務省令第三三号)第44条により同日付で原特許出願の訂正をした。
しかるに、被告は、昭和四一年四月二二日、審決送達後の差出であることを理由に、右訂正書の不受理処分をし、その分は直ちに原告代理人宛送達され、さらに分割特許出願については、原特許出願が審査、審判、抗告審判または再審に係属中でない分割出願であること、すなわち、旧特許法施行規則第44条の規定により提出された訂正書が同規則第11条の規定にもとづいたものでないとの理由で不受理処分になつていることを理由として、昭和四一年七月二六日付で、不受理処分をし、
その処分も直ちに原告代理人宛送達された。
原告は、これらの処分のうち、訂正書不受理に対しては同年六月一三日に、また、分割出願書不受理に対しては同年九月五日に、それぞれ行政不服審査法にもとづく異議申立を被告に対してし、その処分の違法を主張したけれども、被告は、昭和四四年六月五日、これらの異議申立を棄却し、同決定は、同月九日、原告代理人宛送達された。
四 しかしながら、右各不受理処分は、いずれも違法であり、取り消されるべきものである。
(1) 分割出願の願書不受理処分の違法事由 被告が分割出願の願書を不受理とした理由は、原特許出願が審査、審判、抗告審判または再審に係属中でない分割出願であるからというのである。しかし、旧特許法第9条第1項には、「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為シタルトキハ各出願ハ最初出願ノ時ニ於テ之ヲ為シタルモノト看做ス」と規定され、分割出願をすることのできる時期については、何らの制限も設けられていなかつたのである。
しかも、特許庁編、特許実用新案審査便覧によると、被告は、旧特許法施行規則第10条の2にもとずく不受理処分の基準として、次のとおり定めていた。
「一〇・二一A 書類、ひな形または見本の不受理について。
特許法施行規則第10条の2第11号……の規定により、著しい方式違背と認め、出願、請求、その他の手続にかかる書類、ひな形または見本を不受理とする場合の標準は、次のとおりとする。
1、
(ロ)(4) 原出願に関する訂正書を同時に差出さないで分割による新たな特許出願をした場合。
(5) 出願公告決定後(特許法第75条第5項の命令による場合を除く。)または査定確定後に分割による特許出願をした場合。」「一七・〇七P 分割手続2、二以上の発明を包含する特許出願を二以上の出願に分割しようとするときは、
その一発明については出願を訂正し、それと同時に他の発明については新しい出願をする(特施44条)。この場合新しい出願と同時に原特許出願についての訂正書の提出がない場合には受理しないし、査定の確定したものの分割出願も受理しない。」 右一〇・二一A1.(ロ)(5)および一七・〇七P2においては、明らかに査定確定後の分割出願の願書は、不受理処分の対象としているが、査定確定前の分割出願については、不受理処分の対象とはしていないのである。審査便覧は、審査実務のために必要な最少限の規範を示している権威ある文献であり、そこに示された右のような解釈および取扱基準は、妥当なものであるというべきである。さらに、
現行特許法(昭和三四年法律第一二一号)においても、第44条第2項で「前項の規定による特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後は、することができない。
」と規定されているのであり、旧特許法第9条第1項による分割出願も査定または審決が確定するまではできるものと解すべきである。したがつて、原告の昭和四一年四月七日の分割出願は、適法なものであつたにもかかわらず、その願書を不受理とした被告の処分は違法といわなければならない。なお、被告は、右不受理処分書中に、(注)として「旧特許法施行規則第44条の規定により提出された訂正書が旧特許法施行規則第11条の規定に基づいたものでないとの理由で不受理処分となつている。」と付言している。これは、おそらく補足的理由と思われるが、訂正書が不受理とされたため、分割に当り旧特許法施行規則第44条の要件を満さないことになり、分割出願の願書もまた不受理にされるべきものであるというにあると思われるが、後に述べるごとく訂正書の不受理自体が違法であるばかりでなく、旧特許法中で分割特許出願のできる時期が審決等の確定までと解すべきであるから、その適用を不可能にする旧特許法施行規則はその範囲で効力を否定されるべきものである。
(2) 訂正書不受理処分の違法事由 被告が訂正書を不受理とした理由は、審決送達後の差出であるということであり、旧特許法施行規則第11条第2項本文において定められた「特許庁ニ書類、雛形又ハ見本ヲ差出シタル者ハ審査、審判、抗告審判又ハ再審ノ係属中ニ限リ之ヲ訂正シ又ハ補充スルコトヲ得」なる規定を適用したものと考えられる。
なるほど、一般的には、審査または審判の係属というのは、査定または審決をなすために審理されている状態をいうから、査定あるいは審決があれば、それにより係属は一応終了するもののごとく解されるが、査定または審決後においても、審判請求あるいは訴提起をなし得る期間中は、なお係属ありというべきであろう。特に、旧特許法の抗告審判は、審査の継続審に当るから当然であり、また、審決後も訴の提起により判決で審決を破棄する可能性が残つているからである。してみると、審決送達後の差出であるからとの一事をもつて、訂正書を不受理にしたことは違法たるを免れない。
のみならず、訂正書不受理処分の基準についても、前記審査便覧は、次のとおり定めている。
「一〇・二一A3、
(イ)(4) 拒絶査定後(その確定前、名義変更、住所もしくは居所変更、氏名もしくは名称変更、印鑑変更、出願の取下もしくは抛棄または特許出願の分割に伴う訂正をする場合を除く。)または出願無効後に手続をした場合。」 すなわち、拒絶査定または審決後の訂正は、一般には不受理処分の対象となるが、出願分割に伴う訂正書の提出は、例外として、その確定前ならばできるものと定められている。このことは、旧特許法施行規則第11条第2項の解釈において、
係属中の意味をすべての場合に一律に規定したものとみるべきでないことを示した顕著な資料であり、分割出願のための訂正書提出については、本件処分と異り、審査便覧のとおり査定または審決の確定まで許されるものとして受理しなければならなかつたのである。
さらに、不受理にされた訂正内容を検討してみるに、「明細書第二頁第一七行『た。』を『たのである。』に訂正する。」ということのみで、他の実質的訂正は何もしてはいない。この訂正は、もともと旧特許法施行規則第44条の規定を忠実に守らんがため、やむなくしたものであり、実質的内容の訂正は何も含んでいない。してみると、このような訂正まで命ずる同施行規則の効力が問題にされるべきであるとともに、このような形式的訂正についてすら不受理とする取扱いにも問題がある。旧特許法第9条の適用のためには、この訂正は当然受理されるべきものであつた。しかるに、この訂正書の受理を拒否し、ひいては、分割出願について、同時に訂正書が出されていないとの理由で、その願書を不受理にしたことは、違法であるといわなければならない。
と述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、
一 原告の請求原因事実中、第一項ないし第三項記載の事実を認めるが、同第四項中、原告引用の審査便覧の規定事項および被告が分割出願の願書と原出願の訂正書とを不受理とした理由は認め、その余を争う。
二 しかしながら、被告が本件分割出願の願書および訂正書を不受理にしたのは、
次の理由によるものであつて、何ら違法なものではない。
本件分割出願については、そのもとの出願が旧特許法のときにされたものであるから、現行特許法施行法第20条第1項により旧特許法が適用され、旧特許法第9条にかかる出願として、旧特許法施行規則第44条第1項により、分割出願と同時にもとの発明について出願を訂正しなければならず、しかも、この訂正は、同規則第11条第2項により、審査、審判、抗告審判または再審の係属中に限りなしうるとされているところ、本件分割出願およびもとの出願の訂正は、審査等の終了後にされた不適法なものであつたので、同規則第10条の2により、これらについて不受理処分をしたものである。
三 ところで、旧特許法施行規則第11条第2項にいわゆる審査等の係属中というのは、審査については出願がされてから査定があるまでをいい、審判については審判の請求がされてから審決があるまでをいうのである。
四 そもそも、出願の分割は、一発明一出願の原則違背の救済手段として認められ、その対象は、「二以上の発明を包含する特許出願」すなわち「特許請求の範囲」に記載されている二以上の発明であるから、出願分割すれば、もとの出願について必ず訂正の必要があり、また、発明の詳細な説明に記載された事項を一発明として分割せんとするのであれば、まず、これを特許請求の範囲に移し(旧特許法施行規則第12条)、その後、特許請求の範囲からさらに分割することが必要である。けだし、旧特許法施行規則第44条は「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為サントスル者ハ其ノ一発明ニツイテハ出願ヲ訂正シ同時ニ他ノ各発明ニツキ新ナル出願ヲ為スベシ」と規定しており、ここにいう一発明の出願の訂正とは、特許請求の範囲の部分の訂正を意味し、発明の詳細な説明の訂正を意味しない。このような、もとの出願について必ず訂正を要求しているのは、訂正しないと、分割の発明ともとの特許出願の発明とが重複することになるからである。
したがつて、特許出願にかかる「発明の詳細な説明」の項または図面に記載された事項の中に、一発明の単位として捉えられる技術的思想が表現されているとしても、それが「特許請求の範囲」に記載されていない限り、かかる技術的思想が旧特許法第9条に規定する分割出願の客体となることは本来予定されていないのであり、したがつて、もとの出願の特許請求の範囲に含まれる二以上の発明を分割して、新たな出願をする場合には、常にもとの出願について訂正の必要が生ずるのであつて、旧特許法施行規則第44条分割出願の手続として、新たな出願と同時にもとの出願につき訂正をしなければならないと規定したのは当然のことであり、その効力は、否定されるべきものではない。一般に、出願書類の出願人による任意の訂正は、事件が審査、審判、抗告審判または再審に係属中に限り、しかも、原則として出願公告決定前になしうるとされていた(旧特許法施行規則第11条第2項
第三項)が、これは、出願書類の訂正は、訂正後の出願につき、審査または審判等をする権限を有する審査官または審判官により、特許すべきか否かの審理がされている状態にあるときに限り行いうるとしたものである。したがつて、出願分割に伴うもとの出願の訂正についても、通常の訂正と異らないから、査定または審決後にこれを行なうことは許されない。
五 しかも、かりに、査定または審決後、事件が東京高等裁判所に係属中に出願分割を認めるとすれば、次のような不都合が生ずる。
二以上の発明を包含する特許出願がされた場合において、審査官がこれを旧特許法第7条但書に該当するものとは認められないと判断したときは、同条本文違背の特許出願であるとして、これにつき拒絶査定をし、出願人がこの査定に不服であれば、抗告審判を請求することになる(同法第109条)。そして、抗告審判において、審判官は、審判請求人の請求は理由がないものとして、原処分(査定)を維持する審決をし、または、当該出願が旧特許法第7条但書には該当するとしても、審判官は、同条以外の拒絶理由をもつて自判し、抗告審判の請求は成り立たない旨の審決を行うことができる。出願人が、右いずれかの審決に対し、東京高等裁判所に訴を提起すると、裁判所は、その審決の違法事由の有無を判断することになる。
このような訴訟が裁判所に係属しているときに、当該特許出願の分割をしようとする場合、旧特許法施行規則第44条の規定により、分割出願の願書の提出と同時にもとの特許出願についての訂正書の提出が必要となり、この訂正によりもとの特許出願の特許請求の範囲変更され、各出願は、最初出願の時においてしたものとみなされるから、特許庁(審判官)としては、分割前のもとの審決を、そのまま、
分割後の出願についての審決として流用することができなくなる。
したがつて、分割後の出願については、再審理をする必要が生ずるが、その結果さきにされたもとの出願に対する審決と異なる審決がされることもあるし、また、
これと同様の審決がされることもありうるのである。
いずれにしても、このように裁判所に分割前の出願についての審決の適否に関する事件が係属中に、当該審決にかかる出願が分割されうるとすれば、裁判所に対し、分割前の出願に対する審決の適否の判断を求めること自体がも早や無意味となり、分割後の出願について改めて審決がされたうえで、その適否の判断を裁判所に求めるべきものである。このように、審決取消訴訟が裁判所に係属中に出願の分割を認めるとすれば、訴訟手続がたえず動揺し、訴訟経済にも反する結果となり、妥当ではない。
六 なお、原告は、審査便覧を援用し、本件のごとく査定後であつても、事件が裁判所に係属し、査定が確定する前にされた分割出願は、不受理処分にはしえないものと主張する。しかし、前述のように旧特許法下では、出願分割は、もとの出願が審査、審判、抗告審判または再審に係属しているときに限つてしうるものであるから、本件のごとく、もとの出願について審決がされ、その審決に対する不服の訴が東京高等裁判所に係属するにいたつている場合には、出願の分割をすることはできないし、実務においてかかる取扱いをした事実はない。
右審査便覧でいう査定の確定とは、旧特許法第109条による査定に対する不服申立期間の経過により確定する通常の場合を意味するものであつて、東京高等裁判所に提起された審決に対する訴の判決が確定することを意味してはいないのである。
七 また、原告は、現行特許法第44条第2項が「、、、特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後は、することができない。」と規定していることを根拠として、旧特許法による分割出願も査定または審決が確定するまで可能であると主張しているが、右規定は、当然のことながら、旧特許法による分割出願に関するものでないのみならず、査定または審決が確定したときは、もはや出願の分割はできないといつているだけであり、それ以前であれば、常にできるとはいつていないのであるから、これを根拠に本件のような旧特許法による出願の分割が査定等の確定するまでしうると解することはできない。
と述べた。
証拠関係(省略) 理 由一 特許庁における原告の特許出願(昭和三四年特許願第二五九八号)、その審査、抗告審判手続および東京高等裁判所における右抗告審判の審決に対する取消訴訟係属の各経緯ならびに右特許出願にかかる分割特許出願の願書と訂正書の提出およびこれらに対する被告の不受理処分とその理由についての請求原因一ないし三の項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、被告の右各処分が違法であるか否かについて判断する。
(一) 分割出願をいつまでしうるかについての明文の規定は、本件に適用のある旧特許法および旧特許法施行規則中にはなく、特許出願の分割について規定する同法第9条第1項においても、その時期を限定していない。したがつて、特に不合理な結果をもたらすような場合、例えば出願公告決定後に分割出願をした場合などは格別、原出願について査定または審決が確定するまで、すなわち、原出願について特許庁における審査、審判手続上の終局的処分がその手続では取消される可能性がなくなる時まで、分割出願をなしうると解するのが相当である。出願公告決定後に分割出願を許容するときは、旧特許法第9条第1項により分割出願は最初出願の時においてしたものと看倣され、その効果が遡及するため、第三者に対して不測の不利益を蒙らせ、不当な結果を招来するから、かかる場合を除き、原出願の発明について特許すべきものでないとする審決の取消訴訟が東京高等裁判所に係属中であつても、原出願に対する特許庁の処分(審決)は未確定の状態にあるから、分割出願を許すべきものである。
被告は、旧特許法施行規則第11条第2項援用して、分割出願の時期は、審査、抗告審判の係属中に限る旨主張するが、同条は、特許庁に対する書類等の提出に関する一般的規定であり、分割出願は、原出願に包含された発明についてされる新たな出願なのであるから、同条をもつて分割出願の時期を限定することは、本末転倒の議論というべく、かりに同条により分割出願の時期を定めるとするなら、再審の係属中にも分割出願をしうるという不合理な結果を免れないことになり、被告主張の理由なきことは明らかである。
なお、被告は、旧特許法施行規則第44条を根拠として、分割出願に際して必ず原出願を訂正しなければならない旨主張するけれども、同条をもつて、しかく解さなければならないものでもない。出願の分割は、旧特許法第7条に規定された一発明一出願の原則に違背する出願の場合に、これにもとづく拒絶査定を免れさせる救済方法であるとともに、特許請求をしていなかつたが、発明の詳細な説明欄には開示してある発明について、新たに出願する便宜を与え原出願と同時に出願したものとみなして出願時期を遡及させたものであり、旧特許法施行規則第44条にいう「二以上ノ発明ヲ包含スル特許発明」とは、必ずしも原出願の特許請求の範囲の項に記載のあるものに限定すべきものではない。したがつて、出願の分割に際して原出願を訂正する必要のない場合もあるのであるから、同条は、出願分割の結果、原出願を訂正する必要がある場合には、分割出願と同時に原出願を訂正すべきことを定めたものに過ぎないと解すべきである。
ところで本件において、原告が分割特許出願の願書と同時に提出した原出願の訂正書は、「明細書第二頁第一七行『た。』を『たのである。』に訂正する。」というものである。この訂正は、たゞ旧特許法施行規則第44条の規定を形式的に遵守するためにのみされたものであつて、原出願の内容に何らの実質的変更を加えるものではないから、本件分割出願を許したとしても、被告主張のような、東京高等裁判所に係属中に分割出願を認めた場合に生ずるであろう不都合は全くない。かくして、右訂正書は、本来提出する必要のなかつたものであるから、これを不受理処分にしたからといつて、本件分割出願の願書をも不受理処分としなければならないものでもない。
以上のとおり、原告の分割出願に対して、被告のした願書の不受理処分は、旧特許法第9条第1項および旧特許法施行規則第11条第2項第44条第1項の解釈を誤つた違法のものであるから、取消を免れない。
(二)被告は、原告から分割出願と同時に提出された原出願の訂正書について、旧特許法施行規則第11条第2項を適用し、審決送達後の差出であることを理由に、
不受理処分をした。
旧特許法施行規則第11条第2項本文「特許庁ニ書類、雛形又ハ見本ヲ差出シタル者ハ審査、審判、抗告審判又ハ再審ノ繋属中ニ限リ之ヲ訂正シ又ハ補充スルコトヲ得」における繋属中というのは出願について特許庁(審査官または審判官)が審理し得べき状態にある間と解すべきである。出願分割のためとはいえ、特許庁において審理し得べき状態にないのに、原出願の内容について訂正を許すことは意味のないことであるし、またこれを許して原出願の内容が当然に変更されると解するときは、原出願に対する審決がその意義を失うことになつて不当な結果を招くからである。
したがつて、本件のように、抗告審判の審決に対する取消の訴が東京高等裁判所に係属しているような場合には、原出願を訂正することができないのであるから、
本件訂正書について被告のした不受理処分は違法なものではない。
三 よつて、原告の本訴請求中、分割出願につき被告のした願書の不受理処分の取消を求める部分は、正当として認容すべきものであるが、原出願につき提出された訂正書の不受理処分の取消を求める部分は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第92条本文を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 荒木秀一
裁判官 宇井正一
裁判官 元木伸