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平成16ワ20636特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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事件 平成 16年 (行ケ) 290号 審決取消請求事件
原告 東洋紡績株式会社
訴訟代理人弁理士 植木久一
同 菅河忠志
同 二口治
同 伊藤浩彰
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 石井淑久
同 鴨野研一
同 一色由美子
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が,訂正2004-39010号事件について,平成16年5月27日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「線状低密度ポリエチレン系複合フイルム」とする特許(特許第3199160号,平成8年2月6日出願(特許法41条1項に基づく優先権主張日平成7年2月10日,以下「本件出願」という。),平成13年6月15日設定登録,請求項の数は3である。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許のすべての請求項について特許異議の申立てがなされ,特許庁は,これを異議2002-70355号事件として審理し,その結果,平成15年4月30日,「特許第3199160号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年5月28日,その謄本を原告に送達した。
原告は,平成15年6月26日,上記決定に対し,取消訴訟を提起した。
(2) 原告は,上記取消訴訟の係属中である平成16年1月16日,本件出願に係る明細書を全文訂正明細書(甲第3号証添付のもの・以下「訂正明細書」という。この訂正の請求前の明細書の内容は,甲第2号証のとおりである。以下,「訂正前明細書」という。)のとおり訂正(以下「本件訂正」という。)する審判を請求した(以下「本件訂正審判請求」という。)。特許庁は,これを,訂正2004-39010号事件として審理し,その結果,平成16年5月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月8日,その謄本を原告に送達した。
2 本件訂正審判請求の内容 (1) 本件訂正審判請求前の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
ア 請求項1 平均粒径が3〜15μmの不活性微粒子を0.3〜2重量%を含む密度が0.88〜0.91g/cm3であり,重量平均分子量/数平均分子量が1〜3である線状低密度ポリエチレンよりなるA層と,平均粒径が2〜7μmの不活性微粒子を0.3〜1.5重量%を含む密度が0.905g/cm3以上で,かつA層に用いた線状低密度ポリエチレンの密度より高い密度である線状低密度ポリエチレンよりなるB層とからなることを特徴とする線状低密度ポリエチレン系複合フイルム。
イ 請求項2 A層/B層の厚み比が0.01〜2であることを特徴とする請求項1記載の線状低密度ポリエチレン系複合フィルム。
ウ 請求項3 A層に含まれる不活性微粒子が,架橋有機高分子よりなる微粒子であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の線状低密度ポリエチレン系複合フィルム。
(2) 本件訂正審判請求に係る訂正の内容 本件訂正審判請求に係る訂正の内容は,次のとおりである。
ア 訂正事項a 特許請求の範囲の請求項1において,「B層とからなる」とあるのを,「B層とからなり,前記不活性微粒子が,球状シリカ,球状ゼオライトまたは球状架橋ポリメチルメタアクリレート粒子である」と訂正する(以下,この訂正後の請求項1ないし3の発明を合わせて「本件発明」という。)。
イ 訂正事項b 【0004】において,「B層とからなる」とあるのを,「B層とからなり,前記不活性微粒子が,球状シリカ,球状ゼオライトまたは球状架橋ポリメチルメタアクリレート粒子である」と訂正する。
ウ 訂正事項c 【0029】において,「平均粒径4μの球状ゼオライト」とあるのを,「平均粒径4μmの球状ゼオライト」と訂正する。
3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件訂正審判請求は,平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下単に「法」という。)36条4項,5項2号の要件を満たしておらず,法126条3項の規定に適合しない,とするものである。
原告の主張
1 【法126条3項,36条4項の解釈適用の誤り】 訂正審判における独立特許要件は,訂正後の発明について判断されるべきものである。
しかし,審決は,「忘れていけないことは,先ず,使用する粒子の外形形状は,願書に添付した明細書の記載から明らかなように,特に定められていなかったこと,測定方法も平均粒径の種類が何なのかも記載されていないということであり,当初から非球形粒子を前提にしていたものであり,如何なる代表径,粒度分布及び平均粒径も本件特許発明の対象になり得たものであることが基本となる。訂正後の本件特許発明を基本にすべきものではない。」(7頁)などの記載に表れているように,不活性微粒子の形状が特定されていなかった,訂正前の特許請求の範囲に記載された発明を基礎として判断しているとしか理解できない。
本件訂正後の特許請求の範囲に基づいて独立特許要件を判断していない審決には,訂正審判請求における独立特許要件の判断に係る法の規定の解釈適用の誤りがある。
2 【法36条5項2号違反の判断の誤り】 (1) 審決は「本件特許発明に係る不活性微粒子の平均粒径については,代表径,平均粒径,粒度分布のいずれも定まらず,平均粒径の定義・意味が定まらないから,訂正明細書の請求項1ないし3に係る特許請求の範囲の記載は,発明が明確であるとはいえない」(8頁)としている。
しかし,この判断は誤りである。
(2) 本件訂正により,平均粒径の定義・意味は明らかになった。
本件訂正は,請求項1において,不活性微粒子として「球状シリカ」,「球状ゼオライト」,「球状架橋ポリメチルメタアクリレート」(以下,「球状の不活性微粒子」ということもある。)のいずれか一つを用いることとして,粒子形状及び化学物質名を特定していなかったことによる不明瞭さを解消するとともに,特許請求の範囲減縮するなどしたものである。平均粒径の数値については,本件訂正前においても,特許請求の範囲でμm単位の1位の桁というレベルで特定していた。この本件訂正により,本件発明で用いる不活性微粒子は,平均粒径についても特定されたことになる。
すなわち,平均粒径の算定の前提となる代表径について,甲第12号証(「粒子径計測技術 粉体工学会編」・日刊工業新聞社)に「粒子が球形であれば,その大きさを直径で表して差支えないであろう。」と記載され,また甲第13号証(「改訂増補 粉体物性図説」)に「粒子がすべて球形や立方体であるならば,直径や一辺の長さでその大きさを示すことができる・・・」と記載されていることからすれば,粒子径の測定方法が多種あるとしても,本件訂正により,粒子の形状は球状であると特定(宣言)したのであるから,代表径の意義が球の直径であることは明らかである。
平均粒径としては,体積平均径が取られるべきである(審判においては個数平均径が通常であると主張したが,改める。)。そして,粒度分布を明記しないため発明の特定に欠けるとされた事例はないはずである。
被告は,「真球」とまでは表現されていない点にこだわり平均粒径の定義・意味,粒度分布,代表径が不明であるとか,測定機器などによる差異及び測定誤差を加味する必要があるなどと主張している。しかし,「球状」であると特定した以上,その直径を観念できることは当然であるし,後記(4)のとおり,そもそも本件発明において平均粒径を厳密に考える必要などないのであるから,「球状」が更に真球であるか否かまで問題にするのは,およそ技術的実態から離れた議論というほかない。
また,本件において測定誤差を問題視するのであれば,およそあらゆる数値限定発明において,同様の問題が生じることになる。
(3) 平均粒径として体積平均径を採るとして,その測定方法まで特定する必要はない。なぜなら,以下のとおり,異なる方法を採ろうとも,実質的に同一の測定結果が得られるからである。
本件発明で用いる球状の不活性微粒子について,原告はレーザー光回折法を用いて測定し(甲第16号証),さらに第三者である信越化学工業株式会社に依頼し,上記の内2種を選んでコールターカウンター法により測定させた(甲第17号証)。その結果は,次のとおりである(なお,以下で「前処理」とあるのは,凝集を解消するための処理であり,甲第16号証では超音波処理,甲第17号証では振とう処理を用いている。)。
ア 球状シリカのレーザー光回折法による測定値は,前処理あり品,前処理なし品ともに,公称値(4.5μm・これはレーザー回折法によるものである(甲第6号証3枚目)。)に非常に近い値,即ち前者4.02μm,後者4.03μmが得られた。これにより,公称値及びレーザー光回折法の精度が高いことがわかる。
イ 球状ゼオライトについて,レーザー光回折法の結果,前処理あり品,前処理なし品共に,公称値(4.3μm・これはコールターカウンター法によるものである(甲第14号証3枚目)。)に非常に近い値,即ち前者4.32μm,後者4.34μmが得られた。
ウ 球状架橋ポリメチルメタアクリレートについて,まずレーザー光回折法では前処理あり品,前処理なし品共に,公称値(5〜7μm)の中央値(6μm)に非常に近い値,即ち前者5.50μm,後者5.59μmが得られた。他方,コールターカウンター法(いずれも前処理あり品)でも,公称値(5〜7μm・コールターカウンター法によるものである。)の中央値(6μm)に非常に近い6.4μm,6.3μmが得られた。
(4) なお,もともと本件発明において,平均粒径を厳密に定義する必要はない。
本件発明の構成要件中,平均粒径の上限値及び下限値は,本件発明が達成しようとする課題の解決という本質部分に関係しない,最も大きく離れたものであり,いわゆる数値限定発明の中でも,臨界的意義が要求されない部分である。
すなわち,訂正前明細書の【0010】には,A層に配合する不活性粒子の大きさについて,「平均粒径が3μm未満では滑り性や耐ブロッキング性が悪化するので好ましくない。逆に15μmを越えると外観が悪化するので好ましくない。」と記載され,【0016】には,B層に配合する不活性粒子の大きさについて,「平均粒径が2μm未満では滑り性や耐ブロッキング性が悪化するので好ましくない。逆に7μmを越えると外観が悪化するので好ましくない。」と記載されているように,A,Bいずれかの層に配合される不活性微粒子とも,その大きさは,小さ過ぎると滑り性や耐ブロッキング性が悪く,大き過ぎると外観が悪いということに関係するに過ぎない。そして,この平均粒径の上限値及び下限値の意味は,例えば甲第11号証(特開平6-107868号公報)によって既に開示されたものであり,格別新規な技術的内容を伴うものではなく,本件発明の本質とはいえないのである。発明の本質といえない以上,それを厳密に定義する必要はない。
また,値を厳密に求める必要がないことは,この甲第11号証の下限値がサブミクロンオーダーまで規定しているのに対し,本件発明の平均粒径の下限値は,μmの1位の桁で留めていることからも明らかである。
被告はこの点について,特許請求の範囲は当該発明特定事項を記載するものであり,本件発明においても,発明特定事項として記載された平均粒径の値は,明細書の記載によれば,本質部分から外れるような事項ではないと述べている。しかし,本件発明において,平均粒径の範囲を特定することの技術的意義が他の発明特定要素の技術的意義に比べて低いことは上記のとおりである。この被告の主張は,特許請求の範囲に記載された事項を本質部分と非本質部分とに分ける最高裁均等論判決及びそれ以降の判決の流れを全く無視するものである。
3 【法36条4項違反の判断の誤り】 (1) 審決は「訂正明細書発明の詳細な説明の項は,当業者が訂正明細書の請求項1ないし3に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは到底認められず」(8頁),としている。
これは,本件発明における平均粒径の種類及び平均粒径の測定方法,あるいは球状と特定された各材料からなる微粒子がいかに得られたのか,どの程度球状なのか,などについて何ら記載されておらず,粒子が特定できない,とすることに基づくものである。しかし,平均粒径の定義・意味が明らかであり,その結果粒子が特定できることは,2で述べたとおりであるから,審決の判断は誤っている。
(2) 本件発明に用いる球状シリカ,球状ゼオライトおよび球状架橋ポリメチルメタアクリレートは,いずれも市販品として入手容易なものばかりである。
確かに訂正明細書中には,これら粒子の製造会社名は記載されていない。
しかし,当業者は,訂正明細書の記載から,そこに記載された不活性微粒子が,滑り性の改善やブロッキングの発生を防止するためにフィルム中に配合されることを読み取り(そのような目的で配合することは甲第11号証の【0013】に記載されているように公知でもある。),それが,著名かつ代表的な粒子製造会社のものと判断できる(なお,これら代表的な粒子製造会社のカタログは甲第5号証及び第6号証(球状シリカ(商品名サイリシア)のカタログ・富士シリシア化学株式会社),甲第7号証,第8号証及び第14号証(球状ゼオライト(商品名シルトン)のカタログ・水澤化学工業株式会社),甲第9号証(球状架橋ポリメチルメタアクリレート(商品名エポスターMA)のカタログ・株式会社日本触媒)として示したとおりである。)。
(3) 訂正明細書に平均粒径の測定方法が記載されていなくても,本件発明の実施は可能である。
まず,本件発明の不活性微粒子は,メーカーが公称値として開示している平均粒径をそのまま本件発明の不活性微粒子の平均粒径の数値範囲に当てはめて実施できるものである。測定の必要などない。この点,不活性微粒子を用いる目的が非常に特殊な場合は,当業者がその平均粒径などをより詳細且つ正確に測定して確認しなければ,実施ができないこともあり,そのような場合は測定方法を記載する必要があろう。しかし,本件はそのようなものではなく,使用目的は2で述べたとおり周知のものであり,かつ,平均粒径の値として厳密なものが求められるものではないのである。
そして,当業者にとって,本件発明の不活性微粒子が「真球」であるとまで特定されていなくても,「球状」であることからその直径を観念でき,平均粒径の定義・意味が体積平均径であることが明らかであること,メーカーにおいて一般的に体積平均径が公称値となっていることからは,メーカーの公称値(体積平均径)を本件発明の数値範囲にそのまま当てはまると信じることができるのである。
なお,メーカー間で測定方法が異なっているとしても,前記のとおり,「球状シリカ」,「球状ゼオライト」及び「球状架橋ポリメチルメタアクリレート」のいずれも,測定方法を変えても,確認された平均粒径は,それらのカタログに記載された公称値から見て,実質的に測定誤差と言い得る程の範囲にあり,そのことは,周知の技術であったといえるから,やはり,当業者がメーカーの公称値を信じて本件発明を実施することに何ら支障はない。
被告の反論
1 【法126条3項,36条4項の解釈適用の誤り】に対して 審決は訂正後の特許請求の範囲及び訂正明細書の記載に基づいて判断している。原告は審決を曲解している。
2 【法36条5項2号違反の判断の誤り】に対して (1) 訂正明細書の平均粒径に関する記載(【0010】,【0011】,【0016】,【0026】及び【0029】)をみると,そこには,不活性微粒子は1種類でも,平均粒径の異なるものを2種以上併用しても構わないこと,有機質であっても無機質であっても構わないこと,粒子の形状も特に制限しないこと(「【0011】・・・実質的球状あるいはラグビーボール状のものが好ましい。」),及び粒子の平均粒径がどの程度の大きさのものかが記載されているに過ぎない。つまり,発明の詳細な説明の記載においては,「球状」は不活性微粒子の単なる一例に過ぎないとの位置付けであって,球の直径を観念できないようなものについても言及されている。したがって,審決が指摘するとおり,「球状」であるというだけでは(「真球」ではない以上),代表径が直径に限定されるものではない。
加えて,本件発明では「平均粒径」と記載されているのみで,その定義又は種類,測定方法又は測定装置の特定はなく,あるいは用いている球状の不活性微粒子が市販品なのか,製造・調製して得たものなのか,さらには,平均粒径の数値が公称値なのか,実際に測定した数値なのか,なども特定されていない。そして,平均粒径の定義又は種類,分布基準の違いによって,平均粒径は大きく異なってくるのであるから,本件発明の平均粒径がいかなるものかは,依然として不明であるといわざるを得ない。
(2) 本件発明は発明特定事項として球状の不活性微粒子の平均粒径を特定の数値範囲に限定して,二律背反する性質(滑り性や対ブロッキング性の向上と外観の向上)を同時に達成しようとするものであるから,平均粒径の数値範囲には意味がある。数値範囲が明確に特定されない限り本件発明が特定されていないことになるのは当然である。
(3) 原告は,測定法として,分布基準が同じ体積基準である,コールターカウンター法とレーザー光回折法を採用した場合の,それぞれの測定結果の比較を行った実験報告書(甲第16号証及び第17号証)を提出して,測定法による違いは無視し得る程度であると主張する。
しかし,甲第16号証によれば,同じ体積基準の測定法でありながら,コールターカウンター法とレーザー光回折法との間には,明らかな測定結果の差異があることが分かる。
次に,乙第1号証(「微粒子ハンドブック」・株式会社朝倉書店),第2号証(「粉粒体計測ハンドブック」・日刊工業新聞社)及び第9号証(「粒子径計測技術 粉体工学会編」・日刊工業新聞社),第10号証(「現場で役立つ 粒子径計測技術」・日刊工業新聞社)によれば,個数,体積,重量,長さなど測定対象(基準)の違い,同じ対象(基準)であっても測定原理の違い,同じ測定原理であっても測定機器間の違いにより,得られる平均粒径の数値に相違が生じることは明らかである。さらに,それぞれの測定法における測定誤差などにより,有意な差異が生じ得る。
そして,コールターカウンター法は,多くの測定方法の中の一つに過ぎないものであり,かつ,球状の不活性微粒子の測定法として同方法を用いることが技術常識であるともいえない。この点,本件発明の実施例の一部に例示されている粒子の材料と同じ材料のものが紹介されている甲第5号証ないし9号証,第14号証によっても,すべてのメーカーが,球状の不活性微粒子の平均粒径をコールターカウンター法で測定しているとは認められない(なお,訂正明細書にも,コールターカウンター法を用いたとの記載はない。)。
そうすると,本件訂正により,不活性微粒子が「球状」のものに特定されても,訂正明細書において,さらに平均粒径の定義又は種類を特定するか,測定方法を特定するか,あるいはメーカー及び商品名を特定するかしない限り,本件発明の不活性微粒子の平均粒径の数値範囲は特定されないことになる。
3 【法36条4項違反の判断の誤り】に対して (1) 原告は,球状シリカ,球状ゼオライト又は球状架橋ポリメチルメタアクリレートはいずれも市販品として入手容易なものばかりであるから,公称値を有するこれら球状の不活性微粒子を入手して,本件発明を実施することができると主張する。
(2) しかし,訂正明細書には,本件発明の実施に用いる不活性微粒子のメーカー名及び商品名は記載されていない。市販品をそのまま用いて本件発明を実施できるというのは,明細書の記載に基づかない主張である。
そして,2で述べたとおり,平均粒径の定義又は種類,その測定方法は多数あり,平均粒径の定義又は種類や測定方法によりその測定値は全く異なる。そしてメーカー間で採用される測定方法は異なる(乙第3号証(特開昭63-178144号公報)ないし第8号証(特開昭63-275645号公報),第11号証(被告作成の公報番号等一覧表))。
そうすると,当業者が,訂正明細書を読んでも,どのような平均粒径をとればよいのか,どの測定方法を採用すればよいのか全く分からない以上,本件発明の数値範囲内にある平均粒径の球状の不活性微粒子が得られないことになって,本件発明を実施できないのは明らかである。
なお,粒子の平均粒径の大きさが,発明特定事項となっている場合,その平均粒径として,いかなる大きさの粒子を用いることにより当該発明の目的を達成することができるかを裏付けるため,明細書の実施例においてその平均粒径を実際に測定し,示すことが通常である。そのようなものとして平均粒径が把握される以上,当業者が,本件発明を実施するに当たり,市販品を用いるとしても,その公称値をそのまま鵜呑みにして実施するなどということはない。
本件発明における球状の不活性微粒子の平均粒径の数値範囲が厳密に求められるべきことは,2で述べたとおりである。
当裁判所の判断
1 【法126条3項,36条4項の解釈適用の誤り】について 審決の 「先ず初めにいえることは、本件特許発明において如何なる平均粒径が選定されているのか及び平均粒径が選定されるべきか何処にも記載がない上、粒度分布として如何なる分布基準が発明を適切に表現できるかについて何ら記載されていないのであり、代表径の選び方についても何ら記載がないのであるから、本件特許発明が特定できていないことは明かであるということである。」(4頁),「先ず言えることは、球状粒子に特定したからといって、粒子の直径自体を意味しているものではないということである。
願書に添付した明細書及び図面では、元々、粒子の材料、粒子の形状などについて、特に特定するところがなく、球状粒子に限るものではなかったものであり、また、球状だからといって微細粒子の外形形状が真球を意味するものではなく、球に近い形状をしているといにすぎず、しかも、願書に添付した明細書及び図面には、球状という記載のみで球状粒子が真球であるとか、あるいは球状粒子の真球度について何ら記載するところもないことなどを参酌するなら、「球状」とは、
一般常識で意味するところを離れ、真球という意味で用いられているとすることは根拠がないことである。してみると、球状粒子とはいっても、真球ではない以上、
球に近似した代表径であり、近似した直径であるにすぎず、球状粒子の直径自体を意味しているとはいえない。なお、球状粒子の場合には、測定される粒径が粒子が球に近いことから、実際の個々の粒子の直径に近似した値が得られやすいというに過ぎず、その直径自体を意味しているとの主張は妥当でない。」(5頁) 等の記載から明らかなとおり,審決は,訂正前明細書に平均粒径の定義・意味,測定方法の特定がない(当然,訂正明細書にもない。)ことを出発点として,本件訂正により,不活性微粒子を「球状シリカ」,「球状ゼオライト」,「球状架橋ポリメチルメタアクリレート」としても,依然として,平均粒径の定義・意味が定まらないから,発明が明確でなく,実施可能要件も満たさないと判断しているものであって,その判断が,訂正後の発明についてなされていることは明らかである。
原告の主張は失当である。
2【法36条5項2号違反の判断の誤り】について (1) 審決の理由は,要するに,本件発明の球状の不活性微粒子について,代表径,平均粒径,粒度分布のいずれも定まらず,平均粒径の定義・意味が定まらないから,本件発明は特定を欠く,というものである。
(2) 平均粒径については,個数平均径,長さ平均径,体積平均径等複数の種類があり,当然それらの計算式は異なるものである(甲第4号証,第12号証,乙第1号証,第2号証)。
ところで,乙第2号証には, ア 一辺が7μmの立方体が4個,6μmと8μmの立方体が各3個,5μmと9μmの立方体が各2個,4μmと10μmの立方体が各1個の合計16個の立方体からなる粉粒群について,長さ平均径,面積平均径及び体積(重量)平均径を基準とした平均粒径が,それぞれ7μm,7.17μm,7.34μmとなることが図5.2に示されており,また,面積長さ平均径は7.4μm,体面積平均径は7.7μmとなることも示されている(30頁), イ「5.1.2粒度測定法 現在,粉体の粒度測定に利用され,市販されているものを原理的に分類し,測定範囲,測定された粒度の意味などをまとめると表5・2のようになる。」(36頁)として,この表5・2には,光学顕微鏡及び電子顕微鏡を用いれば,測定粒子径は長さや面積ほか,分布基準は個数分布となり,コールターカウンター法によれば測定粒子径は球相当径,分布基準は重量分布,レーザ前方散乱法及び光散乱(OWL)によれば測定粒子径は球相当径,分布基準は体積分布基準となり,それぞれ異なることが記載されている。
以上によれば,図5・2に記載された単純な分布モデルに関して平均粒径を計算しても,長さ,面積あるいは体積のどれを基準とするかで,最大10%程度の差があることがわかる(上記図5.2では,粒子の形状は立方体として図示されている。しかし,球であっても比率が変わらないことは当然である。また,図5.2は,単純な分布モデルに関するものであり,分布次第では,上記差がもっと大きくなることも予想されるものである。)。これによると,例えば長さ平均径では2.9μmとなり本件発明の数値範囲に入らないものが,体面積平均では約3.2μmとなり,その数値範囲に入るような場合がある。
したがって,平均粒径の定義・意味,測定方法を特定しなければ,平均粒径の意義は明確でない,と認められる。
なお,平均粒径の測定方法として,レーザー光回折法,コールターカウンター法,重力沈降法等種々の方法があり,かつ,同一の定義の平均粒径を測定する測定手段間でも,その値が異なることがあることは,甲第16号証及び第17号証の実験報告書において,同じ球相当径についての異なる測定結果が開示されていることからも裏付けられるところであり,原告が主張するように,測定方法の違いにより実質的な差異が生じないとは言い切れない。
(3) この平均粒径について,訂正明細書には,例えば以下の記載があるに過ぎない。
ア「【0010】・・・平均粒径が3μm未満では滑り性や耐ブロッキング性が悪化するので好ましくない。逆に15μmを越えると外観が悪化するので好ましくない。・・・該不活性微粒子は,1種類でもよいし,平均粒径の異なるものを2種以上併用してもかまわない。平均粒径の異なるものを2種以上併用するのが好ましい実施態様である。該不活性微粒子は有機質であっても無機質であってもどちらでもかまわない。また,有機質と無機質の複合体であってもかまわない。無機質微粒子としては,線状低密度ポリエチレンに不溶性で,かつ不活性なものであれば特に制限はない。具体的には,シリカ,アルミナ,ジルコニア・・・これらの無機微粒子は天然品,合成品のどちらでもよく,粒子の形状も特に制限はない。」(3頁〜4頁) イ「【0011】・・・架橋高分子粒子の材料としては,例えば,アクリル酸,メタアクリル酸・・・等のアクリル系単量体,スチレンやアルキル置換スチレン等のスチレン系単量体等と・・・等の架橋性単量体との共重合体;メラミン系樹脂;ベンゾグアナミン系樹脂;フェノール系樹脂;シリコーン系樹脂等が挙げられる。・・・該不活性微粒子の形状は特に限定されないが実質的に球状あるいはラグビーボール状のものが好ましい。・・・」(4頁)。
ウ「【0016】・・・本発明においては,該B層には平均粒径2〜7μmの不活性微粒子を0.3〜1.5重量%含まれる必要がある。平均粒径が2μm未満では滑り性や耐ブロッキング性が悪化するので好ましくない。逆に7μmを越えると外観が悪化するので好ましくない。3〜6μmがより好ましい。」 これらの記載には,平均粒径の定義・意味,その測定方法について特定もされておらず,また,球状の不活性微粒子の具体的な製品名も挙げられていない。
その他,訂正明細書のどこにも,それらを把握する手掛かりとなる記載はない。そうすると,当業者は,訂正明細書に接しても,その平均粒径として示された値がどのようなものであるか把握できないことになる。
もっとも,明記がない場合にどのようなものが採用されるかについて当業者間に共通の理解があれば,特定はされているという余地はある。しかし,特許実務においても,上記の各種の平均粒径や測定方法が実際に使用されており,それぞれの意義や測定方法が明細書に明記されているのであって(乙第3号証ないし第8号証,第11号証),当業者間に上記のような共通の理解があるとは認められない。なお,原告も,審判手続では本件発明の平均粒径が個数平均径であるとしていたのに対し,本訴では体積平均径であるとしており,その主張は一貫していない。
(4) 以上のとおり,平均粒径の定義・意味,その測定方法如何で,その数値は有意に異なってくるものであり,しかも,いずれの定義・意味ないし測定方法も実際に使用されており,当業者間において,(明記がない場合)どれを使用するのが通常であるとの共通の認識があったと認めることもできないのであるから,訂正明細書においても,それについて定義する必要があるというべきである。
しかるに,前記のとおり,訂正明細書には,それらを特定する明示の記載も,その手掛かりとなる記載もないのであるから,仮に,「球状」の特定の物質から成る不活性微粒子と特定することにより,その物質及び代表径の意義(球の直径)が把握できるとしても,なお,特定に欠けることは明らかである。
(5) 原告は,平均粒径は,本件発明の本質的部分ではないから,その特定は厳密でなくてもよい,と主張する。
しかし,本件発明の目的は「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,低温熱接着性,耐ブロッキング性に優れ,かつ,剛性の良好な線状低密度ポリエチレン系複合フィルムを提供することにある」(訂正明細書2頁)のであり,(3)において引用したとおり,平均粒径を一定の範囲のものにすることは,少なくとも耐ブロッキング性を確保するのに必要であるというのであるから,本件発明の本質的部分であることは明らかである。
そして,そうである以上,平均粒径が,上記効果を達成できないような数値であってはならないのは当然であるから,既に甲第11号証で開示されている技術事項が存在するとしても,訂正明細書において厳密に定められる必要がないということはできない。
以上のとおりであるから,審決には,法36条5項2号の判断の誤りはない。
3【法36条4項違反の判断の誤り】について (1) 2で述べたとおり,そもそも本件発明において平均粒径の定義を特定できず,またメーカー名・商品名での特定もない以上,当業者は,どのような平均粒径を持った球状の不活性微粒子を用いればよいのかわからないであるから,本件発明を実施できないことは明らかである。
(2) 原告は,本件発明で用いる球状シリカ,球状ゼオライト及び球状架橋ポリメチルメタアクリレートは,いずれも市販品として入手容易なものばかりであり,それを用いて実施できる,と主張する。
しかし,訂正明細書に,球状の不活性微粒子として,メーカーの公称値が特許請求の範囲に記載された平均粒径の範囲にあてはまるものであれば,どのような製品でも使用できるなどという記載はなく,現実に,そうであると認めるに足りる証拠もない。平均粒径の定義や測定方法に種々のものがあって,実際に複数のものが用いられていること,値も有意に異なることは,2で述べたとおりである。そして,当業者が,本件発明の不活性微粒子の平均粒径の値がメーカーの公称値であると信じるとも認められない。原告の主張は,失当である。
4 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久