運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 抗告審判1954-2056
抗告審判1954-205
関連ワード 容易に実施 /  周知技術 /  模倣 /  登録実用新案 /  特許出願日 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 昭和 34年 (行ナ) 37号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1969/03/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
請求の趣旨
「特許庁が同庁昭和二九年抗告審判第二〇五六号事件について昭和三四年六月三〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。
請求の原因
一 原告は、昭和二八年九月二七日、特許庁に対し、「編物機における単面式誘導カム構造」について特許出願をした(以下本願発明」という。)ところ、昭和二九年九月一六日、拒絶査定がされたので、この拒絶査定に対し、同年一〇月一八日、
抗告審判を請求し、昭和二九年抗告審判第二〇五号事件として審理されたが、昭和三四年六月三〇日、右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、同審決の謄本は、同年七月一〇日、原告に送達された。
二 本願発明は、「自動的に上下せしむるごとくなしたるニツテイングカム二個とライジングカムを上下せしめ、動、不動の位置を選択せしめて、模様編みまたは引返し編みを編成せしめるごとくなしたることを特徴とし、その有効誘導面を単一面とせる形式のカム構造」を特許請求の範囲とするものである。
三 本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。すなわち、
本願発明の要旨は、「カムプレートの内側面に二個のニツテイングカムと一個のライジングカムを取りつけ、二個のニツテイングカムはキヤリツジの左右往復運動によつて自動的に出没しうるようにし、また、一個のライジングカムは出没自在とし、必要に応じ、その位置(突出した位置または没入した位置)に固定し、編針が前記それぞれのカム出没に応じて作用しあるいは作用しないようにした編物機における単面式誘導カム」にあるものと認められるところ、昭和一〇年二月一四日出願、昭和一一年八月一日登録の特許第一一六八四八号明細書(以下「引用例」という。)には、「横式メリヤス編成機の摺動笠(2)に内側カム(3)、(4)、
(5)、(6)および(7)、(8)、(9)、(10)をハ状に配設し、該内側カムの外側方に編針路(19)、(20)を隔てて配設した外側カム(11)、
(12)および(13)、(14)の下部表面部(15)、(16)および(17)、(18)は、斜め外側下方に向け漸次傾斜せしめ、最低部面は、笠体の盤面と等高となし、かつ、下部表面部(15)、(16)および(17)、(18)を上面より圧下するとき(編針のバツトに押されて)外側端縁を中心として該下部表面のみが……没入し、圧下を廃するときは、再び弾機(23)の作用により……原位置に突出復帰すべく外側端縁部を摺動笠体に弾機(23)をもつて装着し、また、内側カム(3)、(6)および(7)、(10)は必要に応じ(柄模様を編成する等の場合)出没せしめて、所要の編針と作用させあるいは作用しないようにした構造」が記載されている。そこで、本願発明と引用例とを比較するに、本願発明のカムプレート、ニツテイングカム、ライジングカムは、それぞれ、引用例の摺動笠、外側カム(11)、(12)および(13)、(14)、内側カム(3)、
(4)、(5)、(6)および(7)、(8)、(9)、(10)に相当し、その作用効果、すなわち、普通は多数の並列した編針がカムプレート(引用例では摺動笠)の左右往復動につれて、そのカムにより上下動してメリヤスを編成し、つぎに模様編み等を行なうときには、ライジングカム(引用例では、ライジングカムの一部)を編針に対して作用しないように没入させて、必要な編針だけをあらかじめ適宜押し上げておき(本願発明では、針を手または定規で突き上げるのに対し、引用例では、針揚機(21)を回動してその掻上櫛で針を上昇させる。)この編針だけニツテイングカムにより押し下げて編成作用をさせて模様編みを容易に行なうことができるようにした点においては、両者は軌を一にするものである。もつとも、本願発明のカムプレートは一個であつて、しかも、これに取りつけたニツテイングカムおよびライジングカムは、それぞれ単一のものであるのに対し、引用例は、その摺動笠が相対する二個の針床に対し、同時に作用するようになつているので、その作用する面は本願発明のように単一ではなく、また、これに取りつけられた内側カム、外側カムはいずれも複数個のカム片を集合させたものから成つている点において、一応、その形の上の相違があることは認められるが、引用例の摺動笠の編針を作動させる片方の面だけについてみるに、その作用および効果は本願発明のカムプレートと同様であり、また、本願発明のように、単一のニツテイングカムを自動的に出没させるものおよび単一のライジングカムを出没自在として突出位置または没入位置に任意固定するようにしたものは、いずれも、本願発明の出願前周知であるので(昭和五年実用新案出願公告第一四九三〇号公報および登録第三六四四五一号実用新案公報参照)、両者のカムが単一のものであるかあるいは多数のカム片の集合したものであるかの相違は、設計上の微差にすぎないものであり、この点には発明の存在を認めることができず、結局、両者に前記のような相違があつても、全体としてみて、両者が別異の発明であるとは認められない。
四 しかしながら、本件審決は、つぎの点において違法であり、取り消されるべきものである。
(一) 原告は、本願発明および引用例の各要旨が、結局、本件審決の理由に摘示されたとおりであること(前項の冒頭)は認めるが、引用例の公報に記載された発明は、後述のとおり実施不可能なものであり、技術をあらわしたものといえないばかりでなく、ニードルベツド二枚を平行させ約九〇度の角度をもつて相対せしめた工業用平盤式メリヤス編成機にかかり、ジヤツク、ジヤツクカムを取りつけ、複雑な機構、道具、糸の転換装置およびジヤカード装置(メリヤス業界においては、浮かし模様を編成する装置を便宜上ジヤカード装置と称しており、メリヤス編成機におけるジヤカード装置は、織物機のジヤカード装置とは異なる。)を必要とするものであるから、これと全く異なり、ジヤツク、ジヤツクカム、ジヤカード装置等を要せず、しかも、これらの装置を用いた場合と同様の編物を編成できる小型の家庭用手編機にかかる本願発明とは、比すべくもないのに、本願発明を引用例と対比して発明を構成しないとした審決は、事実を誤認し、本願発明の奏する右の作用効果について少しも考慮を払わず、判断を誤つたものであり、また、本件に適用されるべき旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第105条第2項の規定により付すべきものとされている理由を付さない違法をおかしたものである。
引用例として示された横式メリヤス編成機においては、(イ)弾機(23)によりカムプレートに取りつけられた外側カム(ニツテイングカム)(11)、(12)および(13)、(14)は、これに接して設けられているトツプカム(天山)の存在により、その出没運動が妨げられる構造となつているから(別紙第二の第二図参照)、編物の編成ができない。(ロ)また、右のとおり、外側カムは弾機(23)によりカムプレートに直接取りつけられていて上下運動ができないので、
度目(編目)の調整が不可能であり、袋編み、片畔編み(ハーフカーデイガン)、
両畔編み(フルカーデイガン)の編成ができず、編機としての実用価値がない。
(ハ)ジヤカード装置(針揚機)を施す機械であるにもかかわらず、その附属装置についての記載がなく、かつ、もともと重要なジヤツクおよびジヤツクカムの記載さえされてなく、空想的発明というべきである。いずれにしても、引用例は、実施不可能のものであり、したがつてまた、登録されるべきものでもない。このような引用例によつて本願発明を特許すべきものでないとした本件審決の違法であることは明らかである。
(二) 審決は、編機において単一のニツテイングカムを自動的に出没させるものおよび単一のライジングカムを出没自在として突出位置または没入位置に任意に保持しうるようにしたものが、いずれも本願発明の出願前周知であつたことを示すために、昭和五年実用新案出願公告第一四九三〇号公報および登録第三六四四五一号実用新案公報を掲げているが、これらについては、原告に意見を述べる機会を与えられたことがないから、そのままされた本件審決は違法である。そのうえ、昭和五年実用新案出願公告第一四九三〇号公報にかかる「メリヤス横編機」は、長い突子(13)を有する編針(12)と該突子よりも適宜上方に形成した短い突子(15)を有する編針(14)とを使用し、斜状山(2)(ライジングカム)を三段切替えとし、編針(12)と編針(14)とは交互に作用させてメリヤスを編成するものであるところ、編針(12)を動かす場合は、これを単独に動かすことができるが、編針(14)は単独に動かすことができない構造のものとして示されていて、編針(12)と編針(14)とは同時に動くことになるから、スムース編みメリヤスの編成ができず、なお、ライジングカムを三段切替えとすることは、仮に一方の編針が有効に使用できるとしても、他の編針は、ぬぎしろが取れないばかりでなく、ニツテイングカムによる引込み線が相違するので、原糸をくい切るおそれがあり、かつ、ぬぎしろのない編針に供給された糸は、タツク状となるので、いずれにしても、実施不能のものといわなければならないばかりでなく、これと本願発明とは、その目的、作用効果において、何ら関係のないものである。また、登録実用新案第三六四四五一号公報にかかる「メリヤス編成機」についてみると、ライジングカム(13)、(13)’を設けたことによりゴム編みが編成できる旨記載されているけれども、ゴム編みはニードルベツド二枚を有する平行式編機(工業用横式編機)においてだけ編成できる組織であるから、ニードルベツドが一枚である右実用新案にかかる編成機によつては、これを編成することができないし、また、ライジングカム(12)を引き上げることにより柄物を編成しうる旨記載されているが、ライジングカム(12)を引き上げることは、編針の運動を休止させることであるから、メリヤスの編成ができないことを意味する。したがつて、これもまた、
実施不能のものである。
(三) 被告は、本願発明を特許すべきものではないとしていながら、本願発明の出願を拒絶するのであれば、当然同様の取扱いをすべき本願発明の模倣にかかる後願発明ないし実用新案を登録しているのであつて、このことにかんがみても、審決が本願を発明登録すべきものでないとしたのは不当である。
(四) 被告は、本願発明のように模様編みを、ジヤカード装置等を用いることなく簡単に編成できる家庭用編物機が、本願発明の出願当時周知であつたとし、昭和二八年七月一〇日株式会社雄●社発行の「新型高速度機械編」(乙第二号証)を証拠として提出しているが、本願発明は、原告の昭和二五年特許願第七八四三号特許出願についての追加特許出願にかかるものであり、その出願日は、原特許出願の日である昭和二五年六月一五日までさかのぼるものであるから、右周知例その他をもつてしても、本願発明の新規な発明性を否定することはできない。
被告の答弁
一 主文同旨の判決を求める。
二 原告主張の請求原因一ないし三の項の事実は、すべて認めるが、同四の項の点は争う。
(一) 原告は、引用例が実施不能のものであり、これをもつて本願発明の出願を拒絶するのは違法であると主張するが、引用例の明細書には、審決がその理由において引用例の構造として掲げているとおりの記載があり、その構造が本願発明と同一の技術思想を包含していることは、審決説示のとおりである。原告は、この引用例の記載について、引用例は工業用メリヤス編成機にかかるものであるから、工業用編機として要求される性能、すなわち、編目の調整、ハーフカーデイガン、フルカーデイガンの編成が当然できなければならないのに、それらの編成ができないから、実用価値のないものであり、これを引用した審決は違法であるというけれども、審決が引用したのは特許明細書であり、一般に特許明細書には、特許にかかる発明の要旨を説明するに必要な事項のみを記載すれば足り、本件のごとき工業用編機にあつても、右発明事項以外の部分にわたるこの機械の構成、性能までを記載する必要はないから、原告主張のような点についての記載がないからといつて、それが実用ないし実施不能のものであるとすることはできない。仮に、引用例の明細書の記載中、原告主張のような点に、一部実施不能の部分があつたとしても、その点は、本願発明の要旨とは関係がないから、これを引いて、本願発明の発明力を否定することは少しも妨げのないところである。また、明細書が研究者により利用される場合、必ずしも常にそこに記載された発明または考案その他の事項がそのまま利用されるものとは限らず、その記載の範囲内で、適宜の部分における技術事項だけを利用しても、さしつかえないことはいうまでもないところである。いずれにしても、本願発明は、その主要部であるカムプレートの内側面に、二個のニツテイングカムと一個のライジングカムを取りつけ、二個のニツテイングカムはキヤリツジの左右往復動により出没しうるようにし、また、一個のライジングカムは出没自在とし必要に応じその位置に保持し、編針がライジングカムの出没に応じて作用しあるいは作用しないようにしている点において、引用例のものと一致しているから、特許に値する発明とはいえない。
さらに、原告は、引用例は本来登録されるべきものではないのに、審決がこれをもつて本願発明の出願を拒絶したのは不当であるというけれども、引用例が特許されるべきものであつたかどうかは、本願発明の発明性の判断に影響のないことである。
(二) 原告は、本件審決が昭和五年実用新案出願公告第一四九三〇号公報および登録第三六四四五一号実用新案公報を掲げているのは、新しい拒絶理由の追加であるのに、原告に対し、これについて意見書提出の機会を与えなかつたのは違法であると主張する。なるほど引用例には、内側カムを盤面に対し出没自在にすることおよびこれを突出させあるいは没入させたときそれぞれの位置に固定させることの特別な記載はないが、これは、本願発明の出願当時の技術水準において当然かつ公知のことであり、審決は、ただ念のため右各公報を掲げて例示したにとどまり、原告主張のように、拒絶理由の追加または変更に当るものではない。また、これらの公報の記載が実施ないし実用不可能のものであるとの原告の主張については、(一)の項に述べたと同様の理由により採るに足りない。
(三) 本願発明の後願が登録されているとの点についての原告の主張も、当を得たものではない。
(四) なお、原告は、本願発明は模様編みを、高価なジヤカード装置等を用いることなく、簡単に編成しうる家庭用編物機にかかり、特段の作用効果を収めるものである旨主張するが、このようなものは、本願発明が出願された昭和二八年九月二七日以前の日である同年七月一〇日株式会社雄●社発行の「新型高速度機械編」第二八頁以下(乙第二号証)にもみられるように、周知に属する。
証拠関係(省略)
理 由一 特許庁における本件審査および抗告審判手続の経緯、本願発明の要旨、本件審決の理由の要旨についての請求原因一ないし三の項の事実は、すべて当事者間に争いがない。
右争いのない事実ならびに成立に争いのない甲第一号証の一および同乙第一号証によれば、つぎの事実を認めることができる。すなわち、
(一) 本願発明の要旨は、「自動的に上下せしめるごとくなしたるニツテイングカム二個とライジングカムを上下せしめ、動、不動の位置を選択せしめて、模様編みまたは引返し編みを編成せしめるごとくなしたることを特徴とし、その有効誘導面を単一面とせる型式のカム構造」にあることが明らかであり、それは、カムプレート(カム取付板)の内側面に、二個のニツテイングカム(9)、(9)’と一個のライジングカム(8)とを配設し、このニツテイングカム(9)、(9)’はこれをキヤリツジ(カムホツクス)の左右摺動によつて自動的に出没しうるようにし、また、ライジングカム(8)は出没自在とし、必要に応じ突出した位置または没入した位置に保持しうるようにし、編針が右それぞれのカムの出没に応じ作用しあるいは作用しないようにした編物機における単面式誘導カムであり、なお、右ニツテイングカム(9)、(9)’は、その外側縁に沿つて蝶番およびスプリングにてカムプレートに取りつけられており、上方からの圧下またはその解放により、カムプレートの面より没入または突出するようになつているので、編針は、ニツテイングカムの背部に沿つて誘導されることなく、そのまま通過し、ニツテイングカムの腹部のみによつて誘導されるものであり、以上のカムの構造により、通常のメリヤス編成の場合には、編針は、一方のニツテイングカムの背部に誘導され上昇することなく、そのカムを押し下げて通過し、ついで、ライジングカムによつて上昇せしめられ、さらに、他方のニツテイングカムの腹部に誘導されて下降し編目を編成するが、模様編み等を編成する場合には、ライジングカムをカムプレートに没入して不作動の位置に保持し、手または定規のごときものにて、所要の編針を突き上げておき、その編針だけをニツテイングカムの腹部に沿つて押し下げることにより、
編成を行なうとの作用効果を収めるものであること、
(二) 引用例である昭和一一年三月一一日出願公告、同年八月一日特許にかかる特許第一一六八四八号発明の明細書には、横式メリヤス編成機のカムプレートについての発明が記載されており、摺動笠(2)に、内側カム(3)、(4)、
(5)、(6)および(7)、(8)、(9)、(10)を配設し、その内側カムの外側方に編針路(19)、(20)を隔てて外側カム(11)、(12)および(13)、(14)をそれぞれハ字状に設け、この外側カムの下部表面部(15)、(16)および(17)、(18)を斜め外側下方に向けて漸次傾斜させ、
その最低部面は笠体(2)の盤面と等高とし、また、外側カム(11)、(12)および(13)、(14)の外側端縁部を笠体(2)に弾機(23)をもつて装着することにより、下部表面部(15)、(16)および(17)、(18)を上面より圧下するときは(すなわち、編針のバツトにより押し下げられるときは)、外側端縁を軸線として、下部表面部(15)、(16)および(17)、(18)だけが笠体の盤面より没入し、圧下をやめるときは、ふたたびこれが弾機(23)の作用により原位置に突出復帰するようにし、通常の編成を行なう場合には、編針は外側カムの下端側部をそのまま通過し(別紙第二の第二図における矢印B参照)、
内側カム(3)、(4)、(5)、(6)および(7)、(8)、(9)、(10)の背部により押し上げられ、ついで、外側カム(11)、(12)および(13)、(14)の腹部により押し下げられて編成を行なうが、模様編みを編成する場合には、内側カム(3)、(6)および(7)、(10)を没入させて不作動の位置に保持しておき、一方、所要の編針だけを、針揚機(21)を回動しその掻上櫛(22)により突き上げておき、その編針を外側カム(11)、(12)および(13)、(14)の下部表面部(15)、(16)および(17)、(18)の最低部に作用させて、編成を行ないうるものであること。
二 本願発明と引用例に示された前認定の公知事項とを対比し、本願発明は、引用例と特段に異なる発明とはいえず発明を構成しないとした本件審決に、これを取り消すべき事由があるかどうかについて考察する。
引用例における摺動笠(2)、ハ字状の二個の外側カム(11)、(12)、内側カム(3)、(4)、(5)、(6)は、それらの作用および効果の点からみて、それぞれ、本願発明におけるキヤリツジ(カムプレート部)、二個のニツテイングカム(9)、(9)’一個のライジングカム(8)に相当するものと認められる。すなわち、両者は、ニツテイングカム(外側カム)がキヤリツジ(摺動笠)の左右摺動により自動的に出没しうるものであり、かつ、ライジングカム(内側カム)が必要に応じ突出した位置または没入した位置に保持しうるものであるという点において、構造的に一致し、また、通常の編成を行なう場合には、編針がキヤリツジの左右摺動に従い、上げカムと下げカムとにより上昇下降して編目を編成し模様編み等の編成を行なう場合には、上げカムを編針に対し不作動の位置に没入させ、所要の編針だけを突き上げておき、これを下げカムにより押し下げて編成を行ないうるという作用効果の点においても一致しているものである。もつとも、本願発明においては、ライジングカム(8)は単一のカムであるのに対し、引用例のものにおいては、これに相当する内側カム(3)、(4)、(5)、(6)は複数個のカム片の集合体である点において、両者の間に構造上一応の差異があるが、本願発明は、引用例のものが複数個の部分で構成されているところを単に一個としたまでのものであり、両者はともに、編針を押し上げる作用をするカムであり、本願発明のライジングカムの奏する効果は引用例の内側カムにおいてもこれを奏し、差異がないのであるから、本願発明の引用例に対するこの差異は、設計上の微差にとどまり、とうてい、ここに発明の存在を肯認することはできない。なお、本願発明においては、単一のライジングカム自体を出没自在としているのに対し、引用例のものにおいては、カム片の集合体である内側カム(3)、(4)、(5)、(6)のうちのカム片(3)、(6)のみを出没自在としている点において、両者は、一応相違するが、引用例のものにおけるようにカム片の集合体のうちの一部のカム片を出没自在にしたものから、本願発明におけるように、右集合体を一体としその単一カムを出没自在とすることは、両者における作用効果につき、集合体を単一体とすることにともない当然予想される差異以外に、特段の差異の認められない本件の場合においては、技術の発展の過程を単に逆にたどるにとどまるから、当業者のきわめて容易に実施しうべきことであり、これまた設計上の微差というべきものである。また、本願発明においては、カムプレートが一個であるのに対し、引用例のものにおいては、摺動笠(2)が相対する二個の針床に対し同時に作用するように、
対称に存する二個の摺動体(カムプレート部)から成つている点においても、両者の間に一応の差異があるが、引用例の摺動笠(2)において編針を作用させる対称の摺動体の一方の側のものだけについて考察すれば、前認定のとおり、その作用効果が本願発明のカムプレート部におけると異ならないのはもちろん、構造上も実質的な差異がないものであるから、引用例における対称に存する一方の側の摺動体と本願発明のカムプレート部とを対比し、本願発明の特許性について判断するに、いささかの不当もないことは明らかである。
以上の諸点にかんがみれば、本願発明は、これを引用例のものと対比するに、前示各差異点を全体として考察するも、なお、引用例のものから当業者の容易に推考しうる程度のものであり、本件に適用のある旧特許法第1条の発明を構成しないものと認めるのが相当である。
原告は、引用例である特許第一一六八四八号明細書記載のものは、実施不可能なものであり、技術をあらわしたものとはいえず、
その横式メリヤス機においては、外側カム(11)、(12)は、弾機(23)でカムプレートに取りつけられているが、トツプカムの存在によつて、その出没運動が妨げられるような構造になつているので、編物の編成ができないし、また、右のとおり、外側カムは弾機によりカムプレートに直接取りつけられていて上下運動ができないので、度目の調整が不可能であり、袋編み、ハーフカーデイガン、フルカーデイガンの編成ができず、編機としての実用的価値がなく、また、ジヤカード装置を施す機械であるにもかかわらず、その附属装置についての記載がなく、ジヤツク、ジヤツカムの記載さえないので、空想的発明というほかなく、このようなものを引用し本願発明を特許すべきものでないとした本件審決は違法である旨主張する。しかしながら、引用例掲記の図画は、設計図ではなく、特許を受けようとする発明の内容を明らかにするための説明図にとどまり、そこにその技術内容が当業者に理解されうる程度に明示されていれば足り、その部分の寸法や角度等がこれにより特定されるものでないのはいうまでもないことであり、したがつて、その発明の解決課題と直接関連のない附随的技術事項については、簡略に記載しまたはこれを省略しても何らさしつかえないことであり、仮に原告主張のような附随的な点についての記載が十分でないとしても、引用例には、本願発明の要旨とするところに相応するとされる事項につき明瞭に記載されているから、これを引用するに妨げがなく、また、この技術事項を実施するに当り、それにともなう部分に必要に応じ適宜の設計を施しても、なお、これが実施不能ないし実用不能のものと断定しえないことは明らかであるから、引用例のものの実用不能ないし実用上の価値の有無等の右主張は、本願発明の発明力についての前示判断を左右するに足りない。
原告は、引用例のものは、工業用横式編成機にかかるものであり、ジヤツク、ジヤツクカムのほか、複雑な機構、道具、糸の転換装置、ジヤカード装置を必要とするものであるに対し、本願発明は、これらの装置を必要とせず、しかも、引用例のものにおける、
同様の編物を編成できる小型の家庭用手編機にかかるものであり、両者は、本来対比しうべくもないのであるにかかわらず、本願発明をもつて引用例のものと対比して発明を構成しないものとした本件審決は、本願発明の右効果について考慮を欠いた違法のものである旨主張する。しかしながら、ここでは工業用横式編成機と家庭用手編機との構成ないし作用効果の対比が問題となるものでないことはいうまでもなく、対比の対象となる編物編成機構におけるカム構造としては、本願発明と引用例のものとの間に、構成および作用効果に差異がなく、かつ、引用例の明細書が本願発明の出願前広く頒布され、その内容は当然知りうるべきものであり、当該技術の分野における通常の知識を有する者がこの知見を彼此容易に利用しうべきことが明らかであるから、右カム構造が、工業用横式編成機にかかるものであるか、家庭用手編機にかかるものであるかは、本願発明の発明力存否の判断を左右するに足りないことが明らかである。のみならず、本願発明のものが、ジヤカード装置を用いずして模様編み等を簡単に編成できるとの効果については、複雑な機構のジヤカード装置等を用いて編成を行なう技術が現われる以前には、人の手や定規などの補助具を用いて所要の編針を突き上げておき、模様編み等の構成を行なうという技術思想が存していたことは、この種編成機の進歩発達の過程に徴し明らかであるから、
この点からみても、原告の右主張は当を得たものとはいえない。
なお、原告は、本件審決掲記の昭和五年実用新案出願公告第一四九三〇号公報および登録第三六四四五一号実用新案公報については、原告に意見陳述の機会が与えられたことがないにかかわらず、そのままこれを用いてされた審決は違法である旨主張するが、審決は、編針を上下させるべきライジングカムおよびニツテイングカムを、本願発明におけるように、それぞれ単一のカムとし、かつ、ニツテイングカムについては、これを自動的に出没させること、ライジングカムについては、これを出没自在とし突出位置または没入位置において任意に保持するようにすることが、本願発明の出願前すでに編物編成機において周知の技術事項であつたことを、
右各公報により、念のため補足的に例示したにとどまり、もとより拒絶理由を追加し、あるいは、拒絶理由を変更したものとは認められないから、原告の右主張も理由がない。また、原告は、右各公報記載の編機がいずれも実施不可能のものである旨主張するが、仮に原告主張のような点に実施不可能な部分があるとしても、それは、いずれも右周知技術事項とは直接関係のない事項に関するものであるから、原告の右主張は採用できない。
原告は、本願発明と同様な内容の後願にかかる発明または実用新案が登録されているほどであるから、本願発明は特許されるべきものである旨主張するが、そのような事実があるとしても、そのことから、逆に先願にかかる本願発明の特許性を肯定しうべきものでないことはいうまでもない。また、原告は、本願発明は、原告の昭和二五年特許願第七八四三号特許出願にかかる発明の追加特許出願にかかるものであるから、本願発明の出願日は、右原特許出願の日である昭和二五年六月一五日までさかのぼるべきものであるとして、これを前提とし本件審決の違法を主張するが、追加特許出願の日を原特許出願日までさかのぼるべきものとする根拠は存しない(旧特許法第9条の規定も、その根拠とならない。)から、これを前提とする原告の右主張は、理由がない。
原告の主張のいずれも採用しうべくもないことは、叙上の説示に徴し明らかであり、結局、本願発明をもつて引用例から容易に推考しうるものとした本件審決には、原告主張のような違法はないものといわざるをえない。
三 以上のとおり、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、
これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用し、主文のとおり判決する。
追加
別紙第一本願発明におけるカムの配置カムプレートとキヤリツジとの関係図<11538-001>別紙第二引用例(特許第一一六八四八号明細書)における横式メリヤス編成機の側面図、平面図および端面図<11538-002><11538-003>別紙第三昭和五年実用新案出願公告第一四九三〇号のメリヤス横編機の正面図、平面図および側面図<11538-004><11538-005>別紙第四登録実用新案第三六四四五一号のメリヤス編成機の平面図、斜面図および横断面図<11538-006>
裁判官 三宅正雄
裁判官 荒木秀一
裁判官 石澤健