関連ワード | 発明者 / 公知技術 / 技術的範囲 / 先行技術 / 参酌 / 技術的意義 / 同一の作用効果 / 特許発明 / 実施 / 業として / 差止請求(差止) / 請求の範囲 / |
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事件 |
昭和
41年
(ネ)
2655号
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1969/05/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人日光ペン株式会社が、原判決添付目録記載のノツク式ボールペンを、業として製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示する行為に対し、特許第二七一、〇九二号の特許権に基づく差止請求権を有しないことおよび控訴人株式会社日光ペンが、右目録記載のノツク式ボールペンを業として譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示する行為に対し、右特許権に基づく差止請求権を有しないことをそれぞれ確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。 当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠の関係は、双方各代理人においてそれぞれ以下のように陳述したほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにその記載を引用する。 控訴人ら代理人の陳述一、本件特許発明において、「特許請求の範囲」にいう「拘束部材」なるものの性能とこれによつてそれが有すべき構造とを仔細に検討すれば、なおまた、「特許請求の範囲」の記載を正当に理解すれば、右拘束部材は、「発明の詳細なる説明」の項に開示されているとおりの構造をもつ「鐘形掛金部材」であり、第一掛金要素は、前進後退両用のため二個存するのであつて(したがつて第二掛金要素も同様)、すなわち本件特許発明においては、拘束部材を後退位置に保持する掛金要素の存在もその要件である。以下分説する。 (1) 「拘束部材」なる用語は、本件特許発明の明細書中「特許請求の範囲」の項において始めて出現する文字であるが、その構造は右の項の記載からみると、 (イ)横断衝接面を備えた後方向きの面と、(ロ)筆記要素の上端と揺動自在の係合をしている軸線部分とを持つものであつて、(ハ)その作用効果としては、前進後退位置間を縦方向に移動することができ、かつ常態では、発条装置によつて後退位置に推されるように、筆記要素と一緒に移動することのできる、横に動き、かつ揺動することのできる、ものである。そしてまた、「衝接要素」は、拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いている後方面の部分と交互に係合して、それぞれ前記中央点から横の所に力のモーメントを与え、拘束部材が前進位置に移動されたとき、第一掛金要素を第二掛金要素の方に動かして着脱自在の係合をなし、かつ後退位置に移動するためには、そこから前記第一掛金素素を離脱するようにする、ものである。 「特許請求の範囲」の記載から拘束部材の構造と作用効果とを考察すれば以上のとおりであるが、右の「拘束部材」とはなにを拘束する部材か、「掛金要素」とはどのような構造要素なのか、「後退位置」とはどの部分か、また「衝接要素」とはどのような構造のものか、は右の項の記載だけでは全然不明であり、ただ右の記載から判断できるのは、「拘束部材」はそれぞれ前記のような後方向きの面と、軸線部分とを持ち、筆記要素と一緒に前進後退し、前進または後退位置に達する度に横に動き、かつ揺れ動いてそれぞれ反対方向に傾斜し、一定位置に筆記要素を拘束する構造をもつものであり、そして第一掛金要素は、「拘束部材の一側にあり衝接面から縦方向に間隔を置いて」あること、また「衝接要素」は、拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いている部分の一方に係合して、拘束部材を前進位置に移動させ、そして、拘束部材を後退位置に移動させるためには、胴体に固定している第二掛金要素より離脱させる、ということだけである。 しかし、右に開示されている技術思想には、当然につぎの技術思想が包含されている。すなわち、拘束部材は前進後退を繰り返えし行なわざるをえないものであるから、前進位置に移動した拘束部材を後退位置に移動するためには、(衝接要素を)拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いている部分の他方に係合させねばならないのであつて、「特許請求の範囲」に、「衝接要素は、拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いている後方面の部分と交互に係合して……」と記載されているのは、このことをいつているのであり、そして後退位置に置かれた拘束部材は、つぎの前進の準備のために、軸線部分の中心点から横に間隔を置いている部分の一方に、衝接部分を係合させるための姿勢を整えねばならず、「後退位置」とは、この姿勢を用意するための部分であつて、このような姿勢は、拘束部材を前進の場合と反対方向に傾斜して保持せねばならないことは、明らかである。 そうとすれば、右拘束部材は、少なくとも、前進位置の場合に要する第一掛金要素のほかに、後退位置における掛金要素を持つことは、必要不可欠といわねばならない。 (2) 本件特許発明の「特許請求の範囲」の項における「拘束部材」、「掛金要素」、「衝接要素」などの記載については、同項中にその具体的構造を示す記載はなく、そして右のような新熟語による抽象的表現によつては、その構造を具体的に把握することはできない。かような場合、「発明の詳細なる説明」の項および図面の記載は、発明者の発明の目的、技術公開の範囲を示すものとして、「特許請求の範囲」は右に記載の技術範囲に限定して解釈されるべきであつて、本件特許公報の「発明の詳細なる説明」の欄および図面によつて示されるものは、一実施例に過ぎずとし、拘束部材が後退位置にある場合についてのみ、具体的構造を示す記載がない、とするのは著しい偏見といわねばならない。 特許制度本来の目的は、技術の公開にあることはいうまでもないところで、「技術の公開なき所に権利は存しない」のである。本件特許発明の「特許請求の範囲」に開示されている技術思想は、「発明の詳細なる説明」の項の用語とは全く別個の用語により表現されており、全く抽象的なものである。この抽象的な表現による技術思想をどのような具体的技術手段によつて達成しているかは、この技術公開の問題に直接つながるものである。すなわち、「発明の詳細なる説明」の項および図面の記載こそが、「特許請求の範囲」の抽象的表現に対して具体的に開示した技術公開の範囲なのである。これらの記載をもつて単なる実施例の一とするならば、本件特許発明の技術的範囲は、ここに公開されていない技術手段をも無限に包含することになるのであつて、このような不当なことは特許制度本来の目的からいつて許容できないことである。 二、控訴人ら主張の先行技術たる特許発明(特公昭三一ー五、六二一号)と本件特許発明とが構造を異にするのはいうまでもないが、本件特許発明の出願当時すでに右先行公知技術の存する以上、本件特許発明の技術的範囲は、その発明者が右の先行技術をどのように改良したかを具体的に観察することによつてのみ、はじめて明らかにされるのであつて、そうすれば、本件特許発明において、拘束部材が後退位置にある場合における掛金要素の存在は、その要件であると解しなければならない。 三、本件特許発明と本件物件との両者における著しい相違点は、つぎの三点にある。 (1) 前者における拘束部材と後者における駒とは、その構造において著大な相違がある。 (2) 原審以来主張しているとおり、後者には、前者におけるように、拘束部材の後退位置における掛金要素に相当するものを具備していない。 (3) 前者における衝接要素は、拘束部材の前進後退に当り、その中央点から横に間隔を置いている後方面の部分と交互に係合するのに対し、後者におけるノツクと駒とは、常に連接している。 被控訴代理人の陳述控訴人らの前記主張はつぎのとおり失当である。 (一) 一の主張について 本件特許発明において「特許請求の範囲」にいう「拘束部材」の性能、構造を究明し、「特許請求の範囲」の記載を正当に解釈すれば、拘束部材が後退位置にある場合における掛金要素は、控訴人らのいうように本件特許発明の要件ではない。 (1)について 控訴人らは、「特許請求の範囲」における「拘束部材」とはなにを拘束する部材か、「掛金要素」とはどのような構造要素か、「後退位置」とはどの部分か、また「衝接要素」とはどのような構造のものか等は右の項の記載だけからは不明であるというが、控訴人らにおいて、右の記載から判断できる事項として主張しているところによつては、すでに控訴人らによつて、「特許請求の範囲」の記載により、 「拘束部材」がなにを拘束し、「掛金要素」や「衝接要素」がいかなる作用をし、 また「後退位置」とはどの部分をいうのか等について、正しく理解されていることがわかる。ただ「衝接要素」の構造の点については、「特許請求の範囲」に記載されている部品は、必らずしも実施例に掲げられた部品そのままの形であることを要しない場合が多く、本件特許発明もそのような場合に該当する。すなわち、特許発明において、作用効果が同一である場合は、多少構造の相違があつても、同一発明に属するとされるのが通例である。したがつて、「特許請求の範囲」の記載は、実用新案の「登録請求の範囲」の記載におけるように、明細書に記載されたものと全く同一の形状をもつものとする必要はなく、同一の作用効果をもつているものならば、それは同一発明に包含されるのが通例であり、本件特許発明の「特許請求の範囲」の記載もそのような意味において、実施例のとおりの形状、構造のものに限定せず、同一の作用効果を有する同様の構成部品を包含するように記載されているものである。 つぎに控訴人らは、本件特許発明の「特許請求の範囲」に開示されていると見られる技術思想に当然包含されているとなすべき技術思想から、拘束部材は、少なくとも前進位置の場合に要する第一掛金要素のほかに、「後退位置における掛金要素を持つことは、必要不可欠」である旨主張するが、その失当であることはつぎのとおりである。すなわち、本件特許発明の実施例には、拘束部材が後退するとき掛金要素によつて揺動する機構を示していることは事実である。しかし前進位置に拘束するには掛金要素が必須であることは、「特許請求の範囲」の記載によつて明らかであるが、後退位置において反対方向に揺動するためには、掛金要素の存在が絶対必要であるとはいえない。何となれば、後退位置に保持するためには、掛金要素に限ることはないからであつて、発条装置によつて拘束部材を後退位置に押しつけている筆記要素の端によつて加えられている拘束部材上の力と、その力によつて押されている拘束部材とペン軸胴内表面との間の摩擦力とによる偶力が該拘束部材を後退位置においてつぎの衝接要素の押下げに対して適切な位置に持ち来たしうることは理論上可能であり、実験的にもそうであると考えられる。 要するに、本件特許発明における拘束部材の性能、有すべき構造を究明するとき、控訴人らのいうように、後退位置における掛金要素が必要不可欠である、とする理由はない。 (2)について 控訴人ら主張の用語の部分について、たとえ「特許請求の範囲」にこれら部品の形状、構造を限定して記載していなくても、控訴人らの主張によつてもその作用効果が理解されているとみられること前記のとおりであり、「特許請求の範囲」に拘束部材が後退位置にある場合についての具体的構造の記載のない本件特許発明においては、拘束部材を後退位置に保持するための掛金要素は、その要件でないと解すべきである。 (二) 二の主張について 控訴人ら主張の先行技術は、本件特許発明とペン先出入に関する機構を根本的に別にするものであつて、これとの対比において本件特許発明の要件を控訴人らの主張のごとく解すべき理由は全くない。 (三) 三の主張について 本件特許発明と本件物件とに相違があるとする控訴人らの主張は、以下のとおりすべて理由がない。 (1)について 後者の駒は、前者における拘束部材に全く相当する。 (2)について 前者が拘束部材の後退位置に掛金要素を具備すべきことは、その必須要件でないことは、その「特許請求の範囲」の記載から明らかである。すなわち、拘束部材の後退位置にいたる途中には、実施例におけるように掛金要素を備えてもよく、また掛金要素を備えないで、拘束部材とペン軸胴の内面との間の相対運動による摩擦力を利用して拘束部材を揺動せしめることができることは、理論上も実験上も可能であること前記のとおりである。 (3)について 後者のノツクもまた、駒の中央点から横に間隔を置いている部分と交互に係合するものであることは、図面等からも明らかであつて、前者の拘束部材との間に格別の相違はない。 理 由 当裁判所も、控訴人らの当審における主張に対し、つぎの一ないし三のとおり附加または訂正をするほか、すべて原判決に説示するところと同様の理由によつて、 本件物件は本件特許発明の技術的範囲に属するものと判断するので、原判決の理由の記載をここに引用する。 一、原判決の理由の二の末尾につぎのとおり附加する。 控訴人らは、当審における主張一の(1)において、本件特許発明における拘束部材の性能とこれによつてそれが有すべき構造とを究明すれば、それは、前進位置の場合における第一掛金要素のほかに、後退位置の場合における同様の掛金要素を持つことが必要不可欠である(そして、これに対応すべき胴体に設けられた掛金要素も同様)として、右掛金要素は本件特許発明の要件であるという。ところで本件特許発明において、特許請求の範囲の記載特に控訴人らの指摘する「衝接要素は、 拘束部材軸線部分の中央点から横に間隔を置いてる後方面の部分と交互に係合して、……」の記載からすれば、控訴人らのいうように、拘束部材が前進位置にある場合ばかりでなく、後退位置にあるときにも、これを控訴人らの主張のように前進の場合と反対の方向に傾斜して保持する構造を具備することが要件とされているとみられることは原判決の認定するとおりであるけれども(原判決一二枚目表八行目から裏六行目まで参照)、本件特許発明の構造において、右のように拘束部材を後退位置に保持するための手段としては、必ずしも拘束部材と胴体とにそれぞれ設けられた掛金要素の係合による構造のみが技術上唯一のものであるとなすべき理由はないのであるから(例えば、成立に争いのない乙第一号証参照)、控訴人らの主張するように、本件特許発明における拘束部材の性能上、技術的に、それを後退位置において傾斜して保持するための掛金要素の存在が本件特許発明の不可欠の要件であると断定することはできない。 また控訴人らは、同(2)においてまず本件特許発明において、その特許請求の範囲の項の「拘束部材」、「掛金要素」、「衝接要素」等の用語(「後退位置」の用語も)の記載については、その挙示の理由によつて、「発明の詳細なる説明」および図面に記載された技術範囲に限定して解釈すべきはもとよりのことであるのと同様に、特許請求の範囲に示されている、拘束部材を前記のように後退位置において傾斜して保持する構造というのについても、その具体的構造は「発明の詳細なる説明」および図面の記載に限定して解釈すべきであつて、この後者の場合についてのみこれらの記載にかかわりなく特許発明の技術的範囲を解釈するのは、均衡を失するものであるという。ところで特許発明の特許請求の範囲の記載において用いられている技術用語が熟しないもので、その意味内容が不明瞭であるような場合に、 それが全機構のなかでどの部分を指称した名称であるかとか、その語の前後におけるその構造等についての記載の意味内容がどうであるか等について、「発明の詳細なる説明」や図面の記載を参酌してこれを明らかにするのは、特許請求の範囲に記載されている事項の正しい技術的意義の説明をこれらの記載に求めることであつて、もとより特許発明の技術的範囲を特許請求の範囲の記載に基づいて定めるというのにもとることではなく、そして本件特許発明の解釈ないしその技術的範囲の認定にあたり、特許請求の範囲の記載における「拘束部材」その他の控訴人ら主張の用語について「発明の詳細なる説明」や図面の記載が参酌されるとしても、それは右の意味における説明の資料としての限界にとどまり、なんら特許請求の範囲の記載に附加するものではないのであつて、これらの用語が指称している各構成部分のもつ発明の目的に必要な形態的あるいは機能的構造等そのものは、すべて特許請求の範囲に記載されているのである(「後退位置」の用語についても全く同様である)。これに対し、本件特許発明の特許請求の範囲には、拘束部材を前進位置において傾斜して保持する具体的構造としての第一、第二掛金要素は記載されているが、控訴人らの主張するそれを後退位置において同様に保持する具体的構造としての同様の掛金要素については記載されておらず、「発明の詳細なる説明」および図面にのみ記載されているのであるから、これらの記載によつてこの点における本件特許発明の技術的範囲を認定することは、単なる特許請求の範囲の記載の解釈の限度をこえ、特許請求の範囲の記載に別の要件を附加することになるのであつて、その許されないことは明らかである。 さらに控訴人らは、本件特許発明の技術的範囲の認定にあたり、特許請求の範囲においてその要件とされている、拘束部材を後退位置において傾斜して保持する構造というのについて、これを具体的に開示した「発明の詳細なる説明」や図面に示す技術に限定しないならば、本件特許発明のこの点に関する技術的範囲は、公開されていない技術手段を無限に包含することになり、いわゆる技術の公開なき所に権利を認めることになるという。しかし特許発明の技術的範囲の問題として考えるとき、本件特許発明は、この点に関しては、特許請求の範囲に示されている拘束部材を後退位置において傾斜して保持する構造という技術をーそのうちの特定の技術手段に限定しないでー公開しているのであつて、「発明の詳細なる説明」や図面に示されている特定の技術手段はその一例として開示されているにすぎないとみるのが相当であり、控訴人らの右主張は失当というのほかはない。 二、原判決の理由の三の末尾につぎのとおり附加する。 控訴人らは当審における主張二においてさらに主張するところがあるが、その主張の先行技術と本件特許発明とは、原判決のいうように(原判決一四枚目表一行目から末行まで参照)、ペン先きの突出し、引込みに関する技術手段を全く異にし、 この点に関する発明としての技術思想において異質のものであつて、本件特許発明をもつて右先行技術の改良すなわち拘束部材の変移装置の改良とみる余地などないものであり、右先行技術は本件特許発明の技術的範囲を控訴人ら主張のように限定すべき資料となりえない。 三、原判決の理由の四のうち、本件物件の駒が本件特許発明の拘束部材にあたるとする理由の説示(原判決一四枚目裏六行目から九行目まで)をつぎのとおり訂正する。 控訴人らは当審における主張三の(1)において、 本件特許発明における拘束部材と本件物件における駒とは著しく相違するというので、この点について判断する。 控訴人らが本件特許発明の要件として主張するところ(原判決事実摘示の第二の四)は、拘束部材を後退位置において保持するための掛金要素がその要件であるとする点を除いては、当事者間に争いなく、そして右の掛金要素は要件でないとなすべきこと前記のとおりであり、また本件物件の構造および作用が原判決添付の別紙目録に記載のとおりであることは、当事者間に争いがないので、これらのうちからそれぞれ拘束部材と駒に関する部分を抽出して比較するに、以下のとおりである。 (い) 拘束部材が縦方向に移動して前進後退でき、常態では、筆記要素を後退の位置に推している発条装置によつて後退位置に推されるように筆記要素と一緒に移動でき、横に動き、かつ揺動することができるものであるのに対し、駒がこの点で同様の構造を有することは、本件物件の構造全体特にそれがペン芯をこれに巻き付けた発条により上方に押し上げる傾向を持たせたボールペンであることから明白であり、拘束部材はその後方向きの面が、プランジヤーの持つ一対の横に間隔を置いた衝接要素と向い合い、そしてそれの軸線部分が、筆記要素の上端と揺動自在の係合をしているのに対応して、駒はその軸の上端平面部が、ノツクの先端における円錐形凹所内に緩く挿入されており、そしてそれの円錐形の頭部が、ペン芯の上端に揺動自在に接触させてある(前者の後方向きの面に後者の軸の上端平面部が、また前者の軸線部分に後者の円錐形の頭部が、それぞれ該当する)。 なお拘束部材にあつては、その一側にある第一掛金要素が、胴体に固定された第二掛金要素と、前進位置において係合するようにされているのに対応して、駒にあつては、頭部の一側に設けた上向き段部が、主軸に備えられた切欠と、同様の位置において係合するようにされている。 (ろ) つぎに、拘束部材、駒ともに、それぞれ「後退位置」または「ペンが主軸内に引込んだ状態」にあるときは、前者にあつては、その後方向きの面の、胴体に固定された第二掛金要素と反対側に横にずれた部分が、プランジヤーの一対の衝接要素の同側にある一方と係合するように、また後者にあつては、駒軸の上端平面部の主軸に備えられた切欠と反対側に横にずれた部分が、ノツクの先端における円錐形凹所の同側の部分と接するように、いずれも傾いて停止しており、そしてプランジヤーまたはノツクを押圧とする、拘束部材または駒は、いずれも右の状態で押し下げられ、それぞれの発条装置によつて押し上げられているのと相まつて、第二掛金要素または切欠の側に向つての回転偶力を生じつつ、筆記要素またはペン芯を押進し、ついで第一掛金要素または上向き段部は、それぞれ第二掛金要素または切欠の方に横に揺動してこれに係合し、これによつてそれぞれ筆記要素を前進位置におき、またはペンが露出した状態にし、そして右の係合をしたときにはプランジヤーまたはノツクの押圧を解くことにより拘束部材または駒は、いずれも前記の当初のときにおけると正反対の形に傾斜した姿勢となり、これがため、つぎにプランジヤーまたはノツクを押し上げると、前記の当初のときと反対の方向への回転偶力を生じ、これによつて拘束部材、駒ともに横に揺動して、第一掛金要素は第二掛金要素から、また上向き段部は切欠からそれぞれ離脱し、拘束部材、駒ともにその発条装置による押上げによつて当初の位置に復する(なお附言するに、本件物件にあつては、右のように上向き段部が切欠から離脱した場合に、駒は、主軸に設けた下方を漸次低く傾斜させた案内突条をノツクの側面に設けた凹溝に嵌合させた構成に誘導されて、傾斜して当初の位置に復するのであるが、本件特許発明においては、拘束部材を後退位置において傾斜して保持する構造については、なんら限定していないのであるから、駒が右のようにして当初の位置に復する構造は、拘束部材と駒との異同の判断においても問題とならない。)。 (は) 以上によれば、拘束部材と駒とは、構造においても作用においても格別に差異はなく、両者は相当するものというべきである。 もつとも拘束部材は、「発明の詳細なる説明」の項では、その形態を示唆するような「鐘形掛金部材」とか「鐘形掛金」とかの名称で記載されているところ、同項におけるこの記載が直ちに本件特許発明における拘束部材の形態を限定するものとはいえず、仮りにその特許請求の範囲の記載全体から拘束部材の形態が、円錐形の頭部と棒状の駒軸とから成る駒のそれとなんらか異なるものがあるとしても、そしてまたそれらと筆記要素またはペン芯との接しかたも趣を異にしていること前記認定のとおりであるにしても、このような差異にもかかわらず、両者の作用効果は前記のとおりであるから、これらの点は構造上の微差にすぎない。 なおここで控訴人らの当審における三の(3)の主張について判断する。本件物件における駒は、その駒軸の上端平面部の中央から横にずれたいずれか一方の部分において、ノツクの先端の円錐形凹所と接していること前記認定のとおりであるが、仮りに、本件特許発明における衝接要素と拘束部材は常時は離れていて、プランジヤーの押圧によつてはじめて係合するものであり、この点において本件物件における右の接合状態と趣を異にするものがあるとしても、このことにより作用効果上なんらの差異をも生じるものではないことは、前記認定によつて明らかであるから、右の接合状態の差異の故に拘束部材と駒とに差異があるとするには当らないのであつて、いずれにしても控訴人らのこの点の主張は理由がない。 以上のとおり、本件物件は本件特許発明の技術的範囲に属するのであるから、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は民事訴訟法第384条第1項によりこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき、同法第95条本文、第89条を適用して主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 古原勇雄 |
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裁判官 | 杉山克彦 |
裁判官 | 楠賢二 |