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事件 昭和 41年 (行ケ) 62号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1970/04/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
双方の求める裁判
原告は、「昭和三九年審判第三、〇五二号事件につき、特許庁が昭和四一年三月一二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
被告は、主文同旨の判決を求めた。
原告の請求の原因
一 原告(旧商号「株式会社大下回春堂」を昭和三七年一二月一日現商号に変更した。)は、昭和三五年一一月二二日「アレスリン等による殺虫方法」なる名称の発明につき特許出願をしたところ(同年特許願第四五、八七六号)、昭和三八年六月四日出願公告がなされたが(同年特許出願公告第八、〇〇〇号)、これに対し同年八月一日訴外【A】から、同月三日訴外【B】から、また同月五日訴外ライオンかとり株式会社外七名から、それぞれ特許異議の申立てがなされ、審理の結果、昭和三九年四月一四日付けで本件特許出願につき拒絶査定がなされ、その謄本は同年六月五日原告に送達されたので、原告は、これに対し同年七月四日審判の請求をしたのであるが(昭和三九年審判第三、〇五二号)、特許庁は、昭和四一年三月一二日右審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同月二六日原告に送達された。
二 審決理由の記載はつぎのとおりである。
本願は、昭和三五年一一月二二日に出願されたものであつて、その発明の要旨は、出願公告された明細書特許請求の範囲の記載からみて次のとおりと認める。
「アレスリン或はピレトリンを繊維板類に吸着させ燻熱を伴うことなく120〜140度Cの温度に加熱してこれら有効成分を揮散させることを特徴とする殺虫方法」 これに対し原査定の拒絶理由に引用されたところの原審における異議申立人ライオンかとり(株)外七名が甲第五号証として提出した本願前に頒布された刊行物である実公昭二九ー六八五九号公報(以下引例一とする)には、内部に電熱器を装設した筒状体の頂部に、ピレトリンのような殺虫剤を吸着させた繊維板を装着して該繊維板を加熱することによつて、上記殺虫剤を揮散させる殺虫手段が開示されており、また同じく甲第四号証として提出した実公昭三〇ー四八四四号公報(以下引例二とする)には、ピレトリンのような殺虫剤を加熱して揮散させる殺虫手段において、殺虫剤の分解を低減させる意図のもとでその加熱温度を低下する操作手段が示されている。
そこで本願発明と上記引用例を対比すると、前者と引例一は、ピレトリンのような殺虫剤を吸着させた繊維板を燻熱を伴うことなく、加熱して殺虫有効成分を揮散させる殺虫手段の点で一致しており、前者が上記加熱温度を120〜140度Cに規定する点において後者と相違しているものである。
よつて上記相違点を検討すると、本願発明の上記温度範囲の規定は適用殺虫剤の分解を防止して良好な有効揮散率を達成するためのものと解されるが、本件審判請求人がその請求理由補充書において示している実験結果によると、引例一のものにおいても、一定時間上記範囲若しくはその附近の温度で加熱されるものであることが認められるから、両者の殺虫剤の有効揮散率については、上記温度範囲における加熱時間により若干の差異があるとしてもその間に格別顕著な差異があるものとは解し難いものでありまた一方殺虫剤を加熱して揮散させるに当り殺虫剤の加熱温度を調整してその分解を防止する意図は、前述のとおり既に引例二において提起されているので、かかる意図を達成すべく殺虫剤の分解を防止して良好な有効揮散率が得られるような最適の加熱温度を規定すること自体には、格別発明に値する工夫を要するものとは解されない。
してみれば、本願発明は、前記相違点において進歩性ある技術的解明をなしたものとは解し難いものであるから、特許法第29条の特許要件を具備しないものと認めるのが相当である。
三 しかしながら右のように、本願発明の要旨を、明細書の「特許請求の範囲」の記載にとらわれてそのとおりと認めたうえ、本願発明を引例一と比較して、両者の相違は前者が加熱温度を120〜140度Cに規定した点に(のみ)存するとし、
この相違は実際上格別顕著な差異ではなく、引例二のもとでは右の温度の規定自体発明に値する工夫を要するものではないとして、本願発明の進歩性を否定した審決は、つぎに分説するとおり違法であつて、取り消されるべきである。
(一) 本願発明の要旨について 本願発明の明細書の「特許請求の範囲」の項には、「アレスリン或はピレトリンを繊維板類に吸着させ燻熱を伴うことなく120〜140度Cの温度に加熱してこれら有効成分を揮散させることを特徴とする殺虫方法」と記載されているが、他方「発明の詳細な説明」の項には、
a 「本発明を実施するにはアレスリン或はピレトリンを例えばメタノール、エタノール若しくはベンゾールのような溶剤に溶解しその溶液をパルプ或は石綿等を主剤とした繊維板に浸透させ然る後乾燥し溶剤を蒸発させて、アレスリン類を繊維板に吸着させ、使用に当つてはこの繊維板を例えば130度C程度に加熱されている電熱器等の上において有効成分を空気中に放散せしめるものである。」(甲第二号証一頁左らん二二行ないし二八行)b 「前記の試験(1)及び(2)により本発明による方法では130度Cを中心としてその前後10度C程度の加熱が適当であるとの結論を得たが、この温度は発熱体に接している部分の温度であるからパルプ板の厚さにより効力保持時間に相当の差が現われる。」(同一頁右らん下から二行ないし二頁左らん三行)c 「繊維板全体にアレスリン若しくはピレトリンを吸着せしめる代りに繊維板の片半面1のみにこれらを吸着させたもので使用に当つては有効成分の吸着していない片半面2を電熱板等によつて加熱すれば過熱により有効成分の分解を起す欠点の生ずる恐れが少くなるので一層効率が向上する。」(同二頁右らん二二行ないし二七行)等の記載が存する。そしてこれらの記載は、本願発明の方法の実施に当つては、
「アレスリンまたはピレトリンを吸着させた繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」が必要である旨を明らかにしたもので、本発明そのものについての説明であるから、本願発明はこれらの記載によつて「右の繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」を要件とするものであり、
したがつてその要旨は「アレスリンあるいはピレトリンを繊維板類に吸着させ、これを発熱体上に接触させて燻熱を伴なうことなく120〜140度Cの温度に加熱してこれら有効成分を揮散させることを特徴とする殺虫方法」にあると解すべきである。
なるほど「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」について「特許請求の範囲」に特に記載されていないことは前記のとおりである。しかし特許発明技術的範囲は、「特許請求の範囲」の記載に基づき解釈すべきは勿論であるが、この記載以外の事項、特に「発明の詳細な説明」や図面の記載ないし出願時の技術水準をも参酌すべきである。そして特許出願にかかる発明の要旨認定にあたつても「特許請求の範囲」に記載された技術の合理的解釈を要することは、特許発明技術的範囲の確定におけると何ら異なるところはなく、「特許請求の範囲」の合理的解釈にあたつては、出願時の技術水準や「発明の詳細な説明」に記載された事項をも考慮することが不可欠である。したがつて本願におけるごとく、「発明の詳細な説明」において一定の事項が発明実施上必要とされているときには、これを発明構成の要件の一つとしてその要旨を認定すべきである。
被告は、原告提出の昭和三七年一〇月八日付意見書の記載等によつて反論するが、いずれも原告の前記主張の妨げとならないこと以下のとおりである。
(い) 右意見書における被告指摘の記載のうち前者の部分は、燻熱を伴なうことなく120〜140度Cの温度でコンスタントに繊維板の加熱を行なうには、これを発熱体上に接触させて加熱する以外の方法は、出願人において考えていなかつたことが、明細書における前記aないしcの記載から明らかであつて、意見書における右部分の記載は、このことを前提としたうえで、装置に若干の変形があり得る旨を述べたものにすぎない。
またその後者の部分の記載は、「燃焼熱のような高熱部には接触しない」ことを強調したもので「燻熱を伴なわない加熱」の手段を消極面から述べたものにすぎない(したがつて右の説明にしたがい熱源として燃焼熱を用いるときは、熱緩衝体を介在せしめ、
繊維板はその上に接触しておかれることとなろう。)。
(ろ) 明細書の前記aの記載における被告指摘の「例えば」の語は、この部分の記載において、温度については「130度C程度」、また加熱器については「電熱器等」と置換可能な表現であるのに、繊維板の場所についてはこれと異なり置換可能性を示す表現は存しないのであるから、右の「例えば」は温度「130度C」たかだか加熱器の種類を示す「電熱器等」までにかかるもので、繊維板の場所を示す「上に」にまでかかると解すべきでないのは明らかである。したがつて繊維板は発熱体の上におかれることの必要性が説明されているといえる。
つぎにbの記載については、その記載内容は前記のごとくであり、そしてこれに続けて効力保持時間八時間程度のものを得るためのパルプ板の厚さに関する実験資料が示されている。もしパルプ板を発熱体に接触させることが本願発明の要件でなく、一実施例における特殊条件にすぎないものならば、なぜこのようにパルプ板の厚さと有効時間についての実験を開示する必要があるであろうか。出願人は繊維板を発熱体上に接触させて加熱することが必要であるとの認識に立つておればこそ、
この条件に附随する技術上の問題を解明する実験を開示したものと解すべきである。
(二) 本願発明と引例一との比較(T) 本願発明における、繊維板類を発熱体上に接触させて加熱することによる加熱温度の安定化について すでに前記(一)で明らかにしたように、本願発明においては、殺虫剤を吸着させた繊維板類は、発熱体上に接触させて加熱される。これに対し引例一においては、同様の繊維板は、内部に電熱器等の熱源を装置した筒状体の頂部に装着され、
熱源の間に一定距離の空間をへだてて加熱されるのであり、したがつてその加熱は風速、風向等により影響を受け、一定温度による加熱は不可能であつて、特に線香、ローソク等を熱源とする場合には、熱源と繊維板との間の距離が不定となり、
さらに風速、風向等の変化による熱源の発熱量の変化が加わつて、繊維板の加熱条件の変化は一そう大きくなり、不安定となる。
右によつて明らかなように、引例一においては熱源と繊維板とを接触させて加熱温度を一定に持続させることが、殺虫剤の有効揮散上重要であるという認識を前提とするものではないのに対し、本願発明は後記(U)で詳記するアレスリン等の殺虫剤の有効揮散を行なうためには、120〜140度Cの加熱が最適であるという知見に基づき、かかる加熱条件の持続を、殺虫剤を吸着させた繊維板類を発熱体上にのせ、これに接触させて加熱するという手段によつて実現したものである。
被告は、繊維板を一定温度に加熱するには、それを発熱体上に接触しなければならないものではなく、引例一のものにおいても加熱温度の安定を期することができる旨反論するが、引例一においては前記のごとく熱源と繊維板との間に空間が存するため、この空間部に空気の流れが生ずると繊維板を一定の加熱温度に保持することは困難であり、特にそれぞれが使用されるのは窓を開放することの多い夏期であるから、右の空間の存することは一定温度の加熱を不可能にする。またサーモスタツトを用いても常に変化する風の動きに適応することはできず、しかも熱源の機構が複雑になり、故障し易く、高価となつて実用に適しないものとなる。被告の主張は実際を無視した空論にすぎない。
(U)本願発明における、加熱温度を120〜140度Cに規定した点について 引例一の加熱による殺虫成分の有効揮散率と本願の方法におけるそれとは、格段に差異があり、本願方法が120〜140度Cにおいてアレスリン等の殺虫剤の分解を防止して良好な有効揮散率が得られる最適の加熱を行なうようにしたことは、
進歩性を有することである。
まず本願明細書に開示されているとおり「アレスリン約一グラムを採り底面積一〇平方センチの密閉ガラス容器の底面に一様に拡げ底面より種々の温度に八時間加熱したのち、アレスリン含有量をポーラログラフに依り測定し分解率を算出」すると、
温度(度C) 分解率(%)一〇〇 一二・二一二〇 一三・六一三〇 一四・五一四〇 二六・七一五〇 五三・九となり(甲第二号証一頁左らん末行から右らん一一行まで参照)、
つぎに「巾二・五センチ長さ五センチ、厚さ二・五ミリのパルプ板にアレスリンを二〇〇ミリグラム塗布し、パルプ板と同一広さの平板状一キロオームの電気発熱体の上に置き、スライダツクにより電圧を調整して種々の温度によりアレスリンを揮散させる装置を作り、発熱体と殺虫剤塗布パルプ板を直径二五センチ高さ五〇センチのガラス円筒の上部と下部をガラス板で閉塞した容器に入れ、八時間通電加熱揮散させたのち」アレスリンの「有効揮散率を算出」すると、
温度(度C) 有効揮散率(%)一〇〇 六・二一二〇 一三・〇一三〇 三五・四一四〇 二七・三一五〇 一八・一となる(同右らん一六行ないし三四行)のであつて、高度の技術を要するこれら定量試験の結果によつてはじめて、分解率は、140度Cをこえると著しく増大して実用に適しなくなる一方120度Cを下廻つても顕著な減少はみられず、また有効揮散率は、120度Cを下廻るときわめて僅少である一方140度Cをこえるとー分解率の上昇の故にー激減するもので、すなわち120〜140度Cにおける加熱をもつて顕著なアレスリンの有効揮散が得られ、それ以外の温度ではその有効揮散率は著しく低下することが判明した。
そして引例一においては、前記のように熱源と繊維板との間に距離があるので、
繊維板の加熱温度は安定できず、殺虫の実際上持続操作が必要とされる八時間ないし一〇時間にわたり右の加熱温度を持続することはできないのに対し、本願発明においては、前記のとおり繊維板類を発熱体上に接触させた状態において加熱することにより、右の温度における加熱を長時間持続させることができるのであつて、すなわち本願発明は引例一に比し、殺虫剤の有効揮散上顕著な差異がある。
被告は、引例一においても繊維板が120〜140度Cの温度範囲もしくはその附近で加熱されることが認められるので、本願発明との間には殺虫手段上格別の相違はないとし、したがつて本願発明は引例一によつてすでに公知となつている殺虫手段の加熱温度を測定して、最適の温度を実験的に確認したものにすぎないという。
しかし引例一には加熱温度を120〜140度Cにしなければならないとか、この一定温度に保持する必要があるとかという記載は存しないのであつて、たとえ同引例において120〜140度Cにおける加熱が無意識的に、かつ瞬間的に(同引例記載の装置の構造からみて、コンスタントに維持されるものでなく瞬間的なものというほかない。)行なわれることがあるにしても、この温度範囲における加熱が最も好ましいものであることを実験と計算によつて確認し、この加熱温度をコンスタントに保持しつつ殺虫を行なう具体的手段として、繊維板類を発熱体上に接触させて加熱することを提供した本願発明の進歩性は否定されてはならない。それは単なる自然現象の実験的解明ではなく、実験により明らかにされた自然法則をさらに殺虫技術に応用したものである。
(V)もし本願発明における加熱の最適条件を規定し、殺虫方法に適用することが、発明に値する工夫を要しないものであるならば、本願方法は、はるか以前から当業者により発明され、実施されていた筈であつて、本願出願前にその例のなかつたこと自体が、本願における右の規定と適用が容易でなかつたことを物語るものというべきであり、現に一度本願発明の方法が発表され、商品化されるや大きな人気をよび、原告会社の本願方法実施の装置の売上実績は著大であつて、いまや蚊取線香による殺虫は本願方法によりとりかえられつつあり、本願方法の進歩性を示している。
被告の答弁
一 請求原因一、二の事実は認めるが、審決が違法であるとする三の主張は争う。
二 審決の違法をいう請求原因三の主張が理由のないことは以下のとおりである。
(一) 請求原因三(一)について 原告の援用する明細書の各記載は、本願発明の一具体例を示したものと認められるのであつて、これらの記載事項をもつて、本願発明が原告主張のように「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」を要件としているものと解することはできないのであり、本願発明の要旨は明細書の「特許請求の範囲」の記載(その記載は原告主張のとおりである。)のとおりに認められるべきである。
(1) 出願発明の要旨を認定するには、その明細書の「特許請求の範囲」の記載とともに「発明の詳細な説明」や図面の記載も考慮すべきは当然であるが、明細書に特に「特許請求の範囲」を記載すべきものとしている特許法第36条第2項第4号の規定およびこの「特許請求の範囲」に記載すべき事項を定めた同条第五項の規定するところからすれば、右の要旨認定上「特許請求の範囲」の記載が明細書のその他の記載よりも重視さるべきであるのは当然というべきである。そしてこの「特許請求の範囲」の記載に不明確な点がなく、その記載から当該発明の内容を理解することができる場合には、それで十分であつて、さらにその他の記載をせんさくして発明の要旨を探求する必要はなく、これが前記各規定の趣旨にそうものである。
さて本願発明の明細書における「特許請求の範囲」の記載は前記のごとく原告主張のとおりであり、その記載は内容が抽象的にすぎて不明確であるというようなものではなく、それ自体明白であつて、出願人が特許を請求する技術的思想はこの記載から明確にはあくできるのである。すなわち本願発明の要旨は右の「特許請求の範囲」の記載から十分に認定でき、「発明の詳細な説明」の記載等をせんさくする要をみない。
(2) 本願出願人(原告)が、原告主張のような限定を含まない「特許請求の範囲」に記載されたとおりの技術的思想について、特許請求を意図していたことは、
原告が昭和三七年一〇月八日付で本願の審査において提出した意見書に「本発明の方法は加熱装置の構造には余り関係なく本文に詳記している如く燻焼を伴うことなく120〜140度Cの温度で繊維板が加熱出来れば如何なる加熱方法或は加熱装置を用いても可能である。」とあり、また「本発明の方法での加熱方法は電熱、燃焼熱、化学反応熱等の如何なる加熱方法でも可能であるが、燃焼熱のような高熱部には部分的にも接触しない。」とある(乙第一号証の二、一頁九ないし一三行および三頁一〇ないし一三行)のによつても窺える。
(3) 原告の援用する「発明の詳細な説明」の各記載が、単なる一具体例の記載であつて、本願発明そのものについての説明でないことは以下のとおりである。
aの記載について その記載中には、「この繊維板を例えば130度C程度に加熱されている電熱器等の上において有効成分を空気中に放散せしめるものである。」とあるが、右の「例えば」はそれ以下の「130度C程度に……電熱器等の上において」の全文にかかるものと解せられる。すでに前記(2)で指摘したとおり、原告は加熱方法、加熱装置はいかなるものでもよいとの認識に立つていることが窺え、右の説明が本願発明の一実施態様を示したものであることは、明らかである。
bの記載について この記載は「次に本発明の基礎実験例を示す。」の記載(甲第二号証一枚目左らん下から四行)に続いているもので、本願発明の基礎実験例に関する説明の一部であるから、ここにその実験の条件や結果を具体的に明示するのは当然である。すなわちbの記載中「この温度は発熱体に接している部分の温度である」とあるのは、右の基礎実験そのものに関する説明であるから、実験したとおりの条件をそのまま記載するのは当然であつて、これを本願発明そのものの説明であるとすることはできない。また「基礎実験例」なる表題からしても、右の記載は本願発明の効果を確認するための一手段を示したものであることは明らかである。
cの記載について この記載の直前に「図面は本発明による殺虫に利用する繊維板の一例で」とあるのによつて、右記載が本願発明の一具体例についてのものであることは明らかである。
(二)(A) 請求原因三(二)(T)について 本願発明は、「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱する」ことを構成要件とするものでないこと前記のごとくであるから、それが発明構成の要件であることを前提とする原告の主張はすでに失当であり、また技術的にみて繊維板類を一定温度に加熱するためには、それを発熱体上に接触しなければ目的を達しえないものではない。引例一のものにおいても熱源として電熱器を適用する場合には(なお本願発明において発熱体は必らずしも電熱器に限定されておらず、他方引例一においては熱源として電熱器も使用されることが示されている。)、原告主張のような外囲条件による加熱温度の著しい変化はないものと解せられ(しかも図示された構造からみると装置のまわりがかこまれているので、線香、ローソク等を使用する場合にも風の作用が著しいものとは認められない。)、また必要に応じてサーモスタツトのような手段を適用すれば、加熱温度の安定化は一そう容易に達成される。
したがつて本願発明と引例一との間には、加熱温度を一定に保持するうえで、実質的な差異はないものというべきである。
(B) 同(U)について 原告は、本願発明が殺虫剤を吸着させた繊維板類を120〜140度Cの温度範囲で加熱することにより、殺虫成分を有効に揮散できるという優れた作用効果を奏するものであると主張するが、被告も右温度範囲においてアレスリン等が優れた揮散率を示すことを争うものではなく、ここで主張するのは、引例一においても熱源として電熱器を適用する場合には、右の繊維板が前記温度範囲もしくはその附近で加熱されることが認められるので、両者の間には殺虫手段上相違点が認められないということである。
したがつてまた、本願発明は、引例一によつてすでに公知となつている殺虫手段の加熱温度を測定して、120〜140度Cにおいて殺虫成分であるアレスリン等が最適な揮散をすることを実験的に確認したのにすぎないものであり、この確認をもつて本願発明に進歩性があるとは解しえない。
(C) 同(V)について 本願発明に進歩性のないことは以上のとおりであつて、本願発明を実施する装置についての商業的成功の事実は、右発明の進歩性ないし特許性とは全く別個のことである。
証拠(省略)
理 由一 請求原因一および二の事実(特許庁における手続経過と審決の理由)は当事者間に争いがない。
二 そこで審決の当否について判断する。
(一) 本願発明の要旨について 本願発明の明細書の「特許請求の範囲」に、
「アレスリン或はピレトリンを繊維板類に吸着させ燻熱を伴うことなく120〜140度Cの温度に加熱してこれら有効成分を揮散させることを特徴とする殺虫方法」と記載されていることは当事者間に争いがなく、この記載に甲第二号証(本件における書証は、すべてその成立につき争いがない。)によつて認められる右明細書の「発明の詳細な説明」および図面の記載を対比すると、本願発明の要旨は、右「特許請求の範囲」の記載のとおりであると認められる。
以下この点に関する原告の主張の当否について検討する。
特許法第36条第2項第4号が、特許出願にあたり願書に添附すべき明細書の必要的記載事項として「特許請求の範囲」を掲げ、同条第五項において右「特許請求の範囲」には、「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」と規定しており、また出願発明が特許されたものである特許発明について同法第70条が「特許発明技術的範囲は、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」と規定しているのによれば、出願発明の内容の理解であるその要旨の認定も、特許発明の内容の理解であるその技術的範囲の確定も、明細書の「特許請求の範囲」の記載を基本とし、これによつてなさるべきものといわねばならない。そして「特許請求の範囲」の記載によるといつても、もとよりその記載された文言、表現のみによるべきものと解すべきではなく、例えば「特許請求の範囲」の記載に用いられている技術用語が通常の用法と異なり、その旨が「発明の詳細な説明」に記載されているとか、「特許請求の範囲」に記載されているところが不明確で理解困難であり、それの意味内容が「発明の詳細な説明」において明確にされているというような場合等に、これら用語、記載を解釈するに当つて、「発明の詳細な説明」の記載を参酌してなすべきであるのはいうまでもないが、これは、すでに「特許請求の範囲」に記載されている事項の説明を「発明の詳細な説明」の記載に求めるのにすぎないことであつて、「特許請求の範囲」の記載についてその合理的な解釈をすることにほかならない。しかしながらこれと異なり、「特許請求の範囲」の記載が明確であつて、その記載により発明の内容を適確にはあくできる場合に、この「特許請求の範囲」に何ら記載されていない、「発明の詳細な説明」に記載されている事項を加えて、当該発明の内容を理解することは、右のようにすでに「特許請求の範囲」に記載されている事項の説明を「発明の詳細な説明」の記載に求めることではなく、
「特許請求の範囲」に記載されているものに、新たなものを附加することであつて、前記のごとく発明の内容の理解が「特許請求の範囲」の記載を基本とし、これによつてなさるべきことに反するものであり、出願発明の要旨認定においても、特許発明技術的範囲の確定にあたつても、許されないところである。
これを本願についてみると、その「特許請求の範囲」の記載は前記のとおりであつて、その記載のどこにも繊維板類を120〜140度Cの温度に加熱する方法についてこれを限定する趣旨の記載はなく、その記載は明確であつて、これによつて発明の内容を理解するに十分である。そしてこの「特許請求の範囲」の記載と対比し、また当該各記載内容を検討するとき、原告の挙示する「発明の詳細な説明」の項におけるa、b、cの各記載は、「本願発明そのものの説明」として内容を規定すべきものではなく、本願発明におけるいわゆる具体的実施例ないし実験例についての説明であるとみるべきは明らかであつて、本願発明の要旨は前記のごとくその「特許請求の範囲」のとおりであると認定するのが、法の規定にそうこの出願発明の合理的解釈というべきである。すなわち本願発明は原告主張のごとく「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」をその構成要件とするものではない。
(二) 本願発明と引例一との比較 この点につき原告は、本願発明がその構成において「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」を要件とするものであることを前提として、引例一に比し進歩性を有する旨主張するのであるから、前記したところによつて明らかなように、
右主張は前提を欠き、それ自体失当というべきである。そしてこの点における審決の判断が相当であることはつぎのとおりである。
すなわち甲第三号証によれば、引例一には、内部に線香、ローソクランプその他電熱器等適当な熱源を装置した筒状体の頂部に、ピレトリン等の殺虫剤を附着ないしは浸透した繊維板を装着し、右繊維板を加熱することによつて、殺虫剤を揮散させる殺虫手段が記載されていることが認められるのであり、本願発明と右引例一とを比較すると、両者は、ピレトリン等の殺虫剤を吸着させた繊維板を燻熱を伴なうことなく加熱して殺虫有効成分を揮散させる殺虫手段である点で一致し、前者が繊維板類の加熱温度を120〜140度Cに規定する点においてのみ相違するといえる。ところで本願発明における右の加熱温度の規定が、殺虫剤の分解を防止してその有効な揮散をもたらすためのものであることは、明細書の「発明の詳細な説明」の記載によつて明らかであるが、引例一においても、特に繊維板の加熱温度について限定していないが、前記のようなその手段の性質上、ピレトリン等の殺虫剤を気化蒸発させるに十分な温度まで加熱し、またこれを燃焼させるものでないことは明らかであつて、引例一においても右の温度範囲ないしはその附近の温度を保持して加熱されるものとみるのが相当であるから、これと本願発明とは殺虫手段として格別の差異を有するものではなく、一方甲第四号証によつて認められる、すでに引例二によつてピレトリン等の殺虫剤を加熱して揮散させる殺虫手段において、その分解を防止すべく、高温加熱を遮断する工夫が示され、かように加熱温度の調整によつて殺虫剤の分解を防止する意図が提示されていることをも合わせ考えるならば、
格別の具体的な適用手段の提供を伴なわない、本願発明における右の加熱温度の規定自体は、すでに引例一によつて公知である殺虫手段につき、殺虫剤の分解を防止して有効な揮散ができる最適の加熱温度を知覚、確認したのにすぎないことであつて、ーかりに原告主張三、(二)、(V)のような、本願方法を実施する装置についての商業的成功等の事実があるとしてもーこれによつて進歩性のある発明をしたものとはなし得ない(原告は、本願発明は、右の温度範囲の規定を適用する具体的手段とした「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」を提供したものであるというが、本願発明においてそのような加熱方法が構成要件とされていないこと前記のごとくであるから、それが120〜140度Cに加熱することないしはこの加熱温度に安定することについて適切、十分な手段であるか否かを問うまでもなく、右主張は採用に値しない。)。
(三) 以上のとおり、原告の主張は理由がなく、本願発明に進歩性がないとしてその特許性を否定した審決は相当である。
三 よつて原告の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 古原勇雄
裁判官 杉山克彦
裁判官 楠賢二