関連審決 |
抗告審判1959-884 |
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関連ワード | 発明者 / 製造方法 / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 技術常識 / 実施 / 混同 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
昭和
36年
(行ナ)
83号
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1970/04/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
昭和三四年抗告審判第八八四号事件について特許庁が昭和三六年二月二七日にした審決を取り消す。 訴訟費用は、被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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双方の求める裁判
(原告)主文同旨の判決を求める。 (被告) 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求める。 |
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原告の請求の原因
一、原告は、昭和二八年五月三日「顔料水中分散体」(はじめの名称は「顔料水中分散体製造方法」)の発明について特許出願をしたが(同年特許第七、九一三号)、昭和三三年一一月五日拒絶査定をうけたので、昭和三四年四月一一日抗告審判の請求をしたところ(同年抗告審判第八八四号)、特許庁は昭和三六年二月二七日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同年三月九日原告に送達された。 二、本願発明の明細書中、「特許請求の範囲」の項の記載は、水-顔料混合物成分と分散剤成分よりなり、水-顔料混合物成分は疎水性有機顔料の乾燥重量一四ないし三五部と水六五ないし八六重量部とよりなり、分散剤成分は脂肪族アルコール硫酸化物または及びヒドロアビーチルアルコール硫酸化物よりなり、しかして顔料乾燥物一〇〇重量部あたり二ないし約四〇部の割合に存在し、該分散剤成分は水中に溶解し、しかして顔料は該水溶液に直接接触していることを特徴とする疎水性有機顔料の水中分散体である。 三、そして、前記審決は、本願発明の要旨を右「特許請求の範囲」の記載のとおりのものと認定し、これに対し、拒絶査定に引用された昭和二五年特許出願公告第一、九九九号公報(以下引例という。)には、とくにその実施例1において、織物染色浴に使用すべき色素糊として、「二〇%コツパーフタロシアニンプレスケーキ三〇部(重量比)、ソヂウムラウリルサルフエート五部(重量比)、水六五部(重量比)の諸物質を混合する」ことが記載されているとし、本願の顔料水中分散体と引例記載の色素糊とを比較すると、両者は原料諸物質の配合割合に差異がある点を除いて一致するとしたうえ、「よつて、この原料諸物質の配合割合の差異点について考察すると、本願の顔料水中分散体は引例記載のものに比し、有機顔料に対する分散剤および水の使用量が少ない。しかして、本願の顔料水中分散体は、固着剤と併用して顔料捺染用色糊を形成することを目的とし、引例記載のものは、固着剤と併用して顔料染色浴を形成することを目的としている。そして一般に捺染においては、色のにじみの防止、着色の鮮明さ、浸染においては染色むらの防止が必要とされ、このために前者はその性質上分散剤および水の使用量はできるだけ少ないことがよく、後者においてはむしろ前者と反対に分散剤および水の使用量が多い方がよいとされることは当該技術知識である。」として、本願のものが引例のものに比し、有機顔料に対する分散剤および水の使用量を少なくしたことに発明思想を認めることはできないとし、結局、本願発明は引例の刊行物に容易に実施することができる程度に記載されたものであるから、特許要件を具備しない、と判断したものである。 四、しかし、右審決には、つぎに述べるように判断を誤つた違法があり、取り消されるべきである。 (一)本願発明の顔料水中分散体は、前記「特許請求の範囲」によつて明らかなように、つぎの条件を満足することを特徴としているものである。 (1) 顔料と水との割合が、疎水性有機顔料乾燥重量一四ないし三五部に対して水が六五ないし八六重量部であること。 (2) 顔料と分散剤との割合が、顔料乾燥物一〇〇重量部あたり分散剤が二ないし約四〇部であること。 (3) 分散剤が、脂肪族アルコール硫酸化物またはヒドロアビーチルアルコール硫酸化物、または、脂肪族アルコール硫酸化物とヒドロアビーチルアルコール硫酸化物からなるものであること。 (4) 分散剤は水中に溶解し、顔料はその水溶液に直接接触していること。 顔料の水中分散体は、例えば織物の捺染に用いる色糊あるいは織物の浸染に用いる染色浴など種々の用途を有する。顔料は、一般に圧搾塊(プレスケーキ)あるいは乾燥粉末として製造されるのであるが、顔料水中分散体は、分散剤を用いてその顔料を水中に分散させて作られる。 顔料水中分散体においては、顔料が微細な粒子として完全に分散され、強い着色力を有するものとされることが必要である。ここにいう強い着色力とは、顔料水中分散体中における顔料含有量の大なることによつて強い色を与えることをいうのではなく、同じ稀釈剤を用いて顔料の濃度が同一となるように稀釈しても、他のものより強い色を与えるものであることをいう。すなわち、着色力の強い顔料水中分散体を用いて色糊あるいは染色浴を作れば、着色力の弱いものを用いた場合に比し、 顔料は少量であるのに、同じ強さの色の捺染または浸染を行なうことができるのであるから、その方が経済的で有利であることはいうまでもない。 ところで、着色力の強い顔料水中分散体を得るための重要な要素は、分散剤の種類および顔料・分散剤・水のそれぞれの量の間の相関関係である。本願発明者は、 それらをさきに示したような条件を満足するようにすれば、顔料が高度に分散され、着色力のはなはだ高い顔料水中分散体が得られることを発見し、これによつて本願発明を完成するにいたつたのである。 (二)引例には、審決が認定するとおりの色素糊が記載されており、そこにいう色素糊は本願発明でいう顔料水中分散体であり、ソヂウムラウリルサルフエートは本願発明でいう脂肪族アルコール硫酸化物の一種であるが、その配合割合から顔料・分散剤および水の割合を計算すると、左記のように、顔料に対する分散剤および水の割合がともにはなはだ大きく、本願発明における顔料水中分散体の所定条件といちじるしくかけはなれている。すなわち、 (1) 顔料と水との割合顔料六部、水八九部(本願発明では、顔料一四ないし三五部、水六五ないし八六部)(2) 顔料に対するソヂウムラウリルサルフエートの割合顔料一〇〇部に対して八三・三部(本願発明では、顔料一〇〇部に対して二ないし約四〇部) このような割合をもつてしては、本願発明の顔料水中分散体のような着色力の強いものは得られないのである。 (三) 審決は、本願発明の顔料水中分散体の方が引例記載のものよりも有機顔料に対する分散剤および水の使用量が少ないという差異の存することを認めながら、 この点に発明を認めることはできないと判断する前提として、(イ)「本願の顔料水中分散体は、固着剤と併用して顔料捺染用色糊を形成することを目的とし、引例記載のものは、固着剤と併用して顔料染色浴を形成することを目的としている」のであるが、(ロ)「一般に捺染においては、色のにじみの防止・着色の鮮明さ、浸染においては染色むらの防止が必要とされ、このために前者はその性質上分散剤および水の使用量はできるだけ少ないことがよく、後者においてはむしろ前者と反対に分散剤および水の使用量が多い方が良いとされることは当該技術知識である」からだと説示しているが、この見解は、つぎに述べるように誤つている。 (1)右(イ)の点について 本願発明の明細書には、本願発明の顔料水中分散体が捺染色糊の作成に用いて良好なものであることを記載してはいるけれども、その用途は右のものに限定されるわけではなく、浸染染色浴の作成に用いても、少量の顔料をもつて同じ強さの一色染めを得ることができるという効果をもつものである。原告が昭和三三年一〇月一七日特許庁に提出した見本(検甲第一号証とおなじもの)は、引例の色素糊の代りに本願発明の顔料水中分散体を用いて染色浴を作成して用いるときは、引例の染色浴を用いた場合よりも濃い染色効果を与え得ることを示している。審決の判断はその根底において誤つているものである。 (2)前記(ロ)の点について 前記(ロ)の説示にいう「前者」が捺染用色糊作成用顔料水中分散体を、また「後者」が浸染染色浴作成用顔料水中分散体を意味するならば、審決にいうようなことが当該技術知識であるというのは誤りである。 元来、捺染と浸染とでは、操作方法および目的を異にするから、それぞれのために使用する捺染用色糊と浸染染色浴とでは当然ちがつた性状が要求される。審決に説示している性質上の差異というのは、この捺染用色糊と浸染染色浴とについていえることである。 すなわち、捺染用色糊および浸染染色浴は、どちらも顔料水中分散体・顔料固着剤乳剤および稀釈剤を配合して作られるもので、顔料水中分散体の最終捺染用色糊あるいは浸染染色浴中における量は比較的少量である。引例の染色浴の場合、最終染色浴中における顔料水中分散体の量は四・七六%であり、そして顔料水中分散体以外の顔料固着剤乳剤および稀釈剤として用いる水によつて、湿潤作用を有すると考えられる成分および水が多量に最終染色浴中に進入する。最終染色浴中における界面活性剤の全含有量は〇・四二%(そのうち顔料水中分散体よりのソヂウムラウリルサルフエートが〇・二四%、顔料固着剤乳剤よりのエロソールOTが〇・一八%)であり、また最終染色浴の水の総量は八五・一二%で、そのうち九・四六%は顔料固着剤乳剤によるもの、七一・四三%は稀釈剤として用いた水によるものであつて、顔料水中分散体によるものは僅かに四・二三%にすぎない。 したがつて、浸染染色浴の場合には捺染用色糊の場合に比し界面活性剤および水の量の多いことがよいとしても、そのことから直ちに顔料水中分散体自体においてこれを多量に含むことがよいとはいい得ない。とくに顔料水中分散体の水の量は、 他の配合材料から最終染色浴中に入る水の量に比すればきわめて少量である。それゆえ、引例の顔料水中分散体は浸染染色浴にして用いるものであるために水の含有量が多いのだということには正当な根拠がないといわざるを得ない。 引例の顔料水中分散体のように、顔料に対する分散剤および水の量を過度に多くしたものは、着色力が不良で顔料を不経済にするだけである。そのようなものは、 同一量の顔料を含有する水中分散体の製作運搬に大きな容器を必要とし、また、捺染・浸染等において可能な最高色強度を限定する不利をも有するものである。審決は、顔料水中分散体と、これを一つの材料として作られる捺染用色糊あるいは浸染染色浴とを混同し、この誤つた前提を基礎にして判断しているものと考えるほかはない。 (四)要するに、本願発明は、浸染染色浴および捺染用色糊のうち多量に用いられる固着剤乳剤および稀釈剤を考慮外におき、顔料水中分散体のみについて、これを浸染染色浴および捺染用色糊の両用途に用いて強い着色力を有せしめ、経済上有利なものとするためにはどのような条件を採択すればよいかという問題を解決したものであり、前に本願発明の特徴として掲げた条件を採択することによつて右の効果を達成することに成功したものである。これは引例に容易に実施し得べき程度に記載されているものとはいえず、また引例の記載から容易に推考し得べき程度のものでもなく、新規な工業的発明として特許せらるべきものである。本件審決は、前記のように誤つた前提に立ち、しかも本件発明の達成した効果をなんら顧慮することなく、本願発明に特許性がないと判断したものであつて、不当なものといわねばならない。 |
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被告の答弁
一、原告の請求原因一ないし三の事実は認めるが、本願発明が審決の否定した点について特許要件を具備しているとする四の原告の見解についてはこれを争う。 二、原告主張の四の(一)・(二)について 本願発明が原告主張のような諸点を特徴とするものであることは争わない。しかし、本願発明の顔料水中分散体の構成物質中、顔料および分散剤として明細書に例示されている化合物と引例に記載する化合物とが一致することは明らかである。ただ、顔料と分散剤と水との使用割合の数値条件については、本願発明の顔料水中分散体は引例記載のものと異なり後者の方が顔料に対する分散剤および水の使用量が多いことが認められるが、この点に発明が存するものと認めることができないことは、後記のとおりである。 三、原告主張の四の(三)について 本願発明の顔料水中分散体の用途に関し、審決が原告主張の(イ)のように説示しているのは、捺染用色糊作成に用いるのが代表的な用途と認めたからであつて、 決してこの用途にのみ限られるとする趣旨ではない。また、原告主張の(ロ)の説示部分については、そこにいう「前者」が捺染用色糊作成用の顔料水中分散体を、 「後者」が浸染染色浴作成用の顔料水中分散体を指称しているというわけではないのであつて、右は、きわめて普通の捺染および浸染の技術において、顔料または染料を使用し、それぞれ周知の方法によつて被染材料とくに布帛上に染色を形成させる場合、染色方法の相違に基づき染色技術上要求される点を示したものである。 そもそも染色法には浸染と捺染とがあり、前者は糸・織物など被染物の全体を染液に浸して染める方法であり、後者は、右の被染物を部分的に染めて模様を染め出す方法である。それゆえ、捺染の場合は、被染物上において、染色された部分と染色されない部分とが明瞭な境界をもつことが必要とされ、したがつて、捺染においては、いわゆる捺染のりを使用して、染料が被染物上に滲出するのを防ぐことが当然要求される。これに対して、浸染においては、被染物全体にわたり無地染めを行なうものであるから、右のような点に配慮するより、むしろむら染めを防ぐことが当然要求されるものである。そのために、捺染においては、必要最少量の染料・顔料を有効に利用することが要求され、浸染においては、浸染染色浴中の染料・顔料を十分に被染物に吸収させるため、必要な量より多量を浸染染色浴中に均一に存在させることが要求されることになる。 四、原告主張の四の(四)について 引例記載のものが捺染用色糊の作成を考慮していないことは、引例の全般の記載によつて明らかであるから、引例記載のものは、一般の捺染技術において配慮される色のにじみの防止・着色の鮮明さをとくに考慮していないものと解される。それゆえ、顔料に対する分散剤および水の使用割合を厳密に要求する必要はないものである。しかるに本願発明の顔料水中分散体は、右用途の領域を拡げて捺染用色糊の作成をも考慮してその組成が構成されたものであるから、当然色のにじみの防止・着色の鮮明さが必要な条件とされている。そしてこのような要求を充足するためには、分散剤の種類および顔料に対する分散剤および水の使用割合の変更にその解決の途を見出すべきは当然のことである。分散剤の選択については、前述のように引例に示されており、したがつて新規ではない。顔料・分散剤および水の使用割合の点は、一般の捺染・浸染における技術知識をそのまま顔料の着色力につき適用することはできないとしても、右使用割合を種々に変更し得るものである以上、これを適宜変更して、その成績が合目的に近いものを選択することは実験的に容易になし得ることであり、その間に格別の困難を予想し得るものではない。したがつて、本願発明における原告主張の数値条件が新規に選択されたものとしても、該条件は前述の知識を基礎にした実験において比較的成績のよい部分を見出しその範囲を決定したものと解されるのであり、該条件をはずれた場合においてはまつたく本願発明の場合と異なる性状を呈するものとは解されないから、この範囲を定めたことに発明が存するとも認められない。 結局、本願発明の顔料水中分散体は、引例記載のものにおいて、単に数値条件を変更したものにほかならず、特許要件を具備しないものといわねばならない。 |
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証拠(省略)
理 由1、原告主張の請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経過、本願発明の特許請求の範囲の記載、および本件審決の要旨)は、当事者間に争いがない。 2、この特許請求の範囲の記載と甲第一号証の一、二(本件の甲号各証はすべて成立に争いがない。)によると、 本願発明の要旨は、 (1)顔料と水との割合が、疎水性有機顔料乾燥重量一四ないし三五部に対して、 水が六五ないし八六重量部であること(2)顔料と分散剤との割合が、顔料乾燥物一〇〇重量部あたり分散剤が二ないし約四〇部であること(3)分散剤が、脂肪族アルコール硫酸化物またはヒドロアビーチルアルコール硫酸化物、または、脂肪族アルコール硫酸化物とヒドロアビーチルアルコール硫酸化物であること(4)分散剤は水中に溶解し、そして顔料はその水溶液に直接接触していること以上の条件を満足することを特徴とする顔料水中分散体であり、 その目的とするところは、天然および合成ラテツクス配合物の着色、製紙工業における紙の着色、また固着剤と併用して織物を捺染または引染にて着色するに用いる有機顔料水中分散体について、高い発色力、着色力をもつものを簡単な方法で得ようとすることにあり、顔料水中分散体において、前記のような条件、とくに「分散剤の種類」および「顔料と分散剤と水の配合割合」を前記のように採択することにより、疎水性有機顔料粒子の水中分散を良好ならしめ、その結果従来にない強い着色力をもたらすという作用効果を狙いとするものであること以上の事実を認めることができる。 3、一方引例に審決が認定するとおりの色素糊の記載があることは、被告の明らかに争わないところである。 4、そこで、本願発明と引例記載のものとを比較すると、両者はその構成において、原料諸物質の配合割合を異にするほかは一致するものということができるが、 この原料諸物質の配合割合について、本願発明と引例を比較してみると、 本願の水中分散体 引例の色素糊(1)顔料 一四〜三五部 六部(三〇部×20/100)水 六五〜八六部 八九部(六五部+二四部)(2)顔料一〇〇に対する分散剤 二〜約四〇部 八三、三部(六対五部)となり、顔料に対する分散剤および水の配合割合において、原告主張のとおり両者の間に顕著な差異があることが明らかであるから、両者はこの点で構成を異にするものということができる。 5、ところで、本件審決が、本願発明と引例との間のこの原料諸物質の配合割合の差異について、そこに発明を認めることができないとし、その理由として原告の主張四、(三)の(イ)、(ロ)のように説示していることは、争いがない。 そして、捺染は、被染物を部分的に染色して模様を現出する染色法であるから、 これに供せられる捺染用色糊においては、染色された部分と染色されない部分との境界が明瞭になるよう、にじみを防止し着色を鮮明にする必要から、必要最少量の染料・顔料を有効に利用するのがよく、一方、浸染は、被染物全体に無地染めを行なう染色法であるから、これに供せられる浸染染色浴においては、むら染めを防ぐ必要から、必要量より多量の染料・顔料を染色浴中に均一に存在させるのがよく、 捺染と浸染においてこのような技術的要求の差異のあることが技術常識に属することは、被告のいうとおりであろう。 しかしながら、顔料水中分散体(色素糊)は、これを染色浴にして用いる場合は勿論、捺染用色糊にして用いる場合にも、これに顔料固着剤乳剤および水を配合した稀釈液を加えて稀釈する必要があることは公知に属する(甲第二号証によれば、 引例の色素糊から染色浴を製造するためには、さらに多量の乳剤および水を混合して数倍に稀釈する必要があることが認められ、また甲第一号証の一、二によれば、 本願の明細書中にも、本願の顔料水中分散体が泥状体であつて、これを増量エマルジヨンをもつて伸ばして用いると、捺染用色糊として色量がすぐれ耐洗濯性の大きいプリントが得られる旨の説明があることが認められる。)。そして、前記のような捺染と浸染における技術的要求の差異の問題は、右のように顔料水中分散体を稀釈増量して調整した後の最終製品たる捺染用色糊または染色浴についていうべきことにすぎないのであつて、このことからその原料のひとつである顔料水中分散体じたいの組成割合が当然に左右されるというような必然的な関係があることについては、審決に何も説示するところがなく、また本訴においても何ら立証されていない。 したがつて審決が、右のような捺染と浸染における技術的要求の相違のみを根拠として、稀釈前の顔料水中分散体においても、捺染用の場合は浸染用の場合に比し有機顔料に対する分散剤および水の配合割合の少ないことが当然であると断定したのは、失当である。前記のように、本願発明が組成割合の点で引例との間に顕著な差異を有する以上、その差異にもとづく格別の作用効果が存するならば、そこに発明思想を肯認すべきであつて、そのような格別の作用効果が存しないことについて、これを認めるに足る証拠はない。かえつて、検甲第一号証(それが昭和三三年一〇月一七日原告から特許庁に提出された浸染布見本と同じものであることは、当事者間に争いがない。)および検甲第二ないし五号証(それらがいずれも、本願発明と引例記載のものとの効果上の差異を明らかにするため原告側が作成した浸染布見本であることは、甲第四号証の一、二により明らかである。 )ならびに甲第三号証、第四号証の一、二によれば、引例記載のものと同様の色素糊を用いこれを引例公報記載の方法により稀釈して製造した浸染染色浴と、本願発明の顔料水中分散体を用いこれを右と同1条件で稀釈して製造した浸染染色浴とを比較すると、同じ顔料を同じ濃度で用いても、本願のものによる方が引例のものによる場合よりも布に対する着色力においてすぐれていること(そのすぐれる程度は、用いる顔料の種類・色彩により多少の違いがある。)を窺うことができるのである。 してみると、本願発明のものは、前記の構成上の差異にもとづいて、着色力の点で引例にない作用効果をもつものというほかはない。 6、被告は、引例のものは捺染用色糊の作成を考慮していないのに対し、本願のものはその用途を捺染用色糊に拡げたから、にじみの防止や着色の鮮明さが要求され、これを解決するため顔料・分散剤および水の配合割合につき適宜の変更を加え、その成績が合目的に近いものを実験的に選択したにすぎないから、そこに発明を認めることはできない、と主張する。しかしながら、本願発明の目的は、前記認定のように、顔料水中分散体において疎水性有機顔料粒子の水中分散を良好ならしめ着色力を増大させることにあり、ここにいう着色力が、被告のいう「捺染におけるにじみの防止や着色の鮮明さ」とは異なる概念であることは、すでに明らかである。そして、このように配合割合を適宜変更して着色力を調整し、本願発明が採用するごとき数値を選択することは当業者にとつて実験的に容易であるという点については、そのような被告の見解を支持するに足る事実の主張も立証もない。 また被告はこの点について、本願の数値条件を外れた場合においてもまつたく本願の場合と異なる性状を呈するわけではないから、このような範囲を定めたことに発明は存しない、と主張しているけれども、本願の数値条件を外れた場合に呈する性状が本願の場合と格別相違しないという事実を認めるに足る証拠はなく、また、 被告のこの主張が本願発明がその特定構造によつて明細書記載の作用効果を奏するものであることを否定し、これを争う趣旨であつていわゆる発明の未完成を主張するものであるならば、本願発明が引例との関係で進歩性がないとしてその特許性を否定した本件審決の当否を争う本訴においては、主張じたい採用できないものというほかはない。 したがつて、以上の点に関する被告の主張は、理由がない。 7、このように、本願発明の顔料水中分散体は、引例の色素糊に対し、顔料に対する分散剤および水の配合割合の点に発明思想が認められ、したがつて(特許法施行法第20条第1項により本願に適用すべき)旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第1条にいう新規な工業的発明にあたるというべきであるのに、前記のように首肯しがたい理由を示してその特許性を否定した審決は、判断を誤つた違法のものであり、その取消しを求める原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 古原勇雄 |
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裁判官 | 杉山克彦 |
裁判官 | 楠賢二 |