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関連審決 審判1965-2949
関連ワード 産業上利用(29条1項柱書) /  技術的思想 /  有用性 /  創作性(創作) /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  混同 /  拒絶査定 /  請求の理由 /  審理終結通知 /  拒絶理由通知 /  申し立てない理由 /  異議申立 /  職権探知 / 
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事件 昭和 41年 (行ケ) 184号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1971/03/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四一年八月二二日、同庁昭和四〇年審判第二九四九号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
請求原因
一 本件の特許庁における手続の経緯 原告は、一九六〇年一一月二九日アメリカ合衆国にした特許出願に基づき優先権を主張して、昭和三六年一一月二八日名称を「ドライクリーニング用組成物」とする発明について特許出願をしたところ、昭和三八年六月二九日出願公告がなされたが、昭和四〇年一月二八日拒絶査定を受けたので、同年五月二八日審判を請求した(昭和四〇年審判第二九四九号)。特許庁は、これに対し、昭和四一年八月二二日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年九月二一日原告に送達された。(出訴期間三月を附加。)二 本願発明の要旨 分子中に二個の炭素原子および少なくとも二個の弗素原子をもつて一種或いはそれ以上のクロロフルオロ炭化水素が含有して成ることを特徴とするドライクリーニング用組成物。
三 審決理由の要点(一) 本願発明の要旨は前項掲記のとおりである。
(二) 昭和三五年一〇月一六日東京で開催された日本家政学会第一二回総会において大阪市立大学【A】によつて「被服整理への超音波の応用(1)超音波しみぬき法(第一報)」という表題の講演が行われ、昭和三六年二月二八日大阪市立大学家政学部発行「大阪市立大学家政学部紀要第八巻(分冊二)昭和三五年被服学八」二五ないし三四頁には、【A】執筆の「超音波による布の洗浄について(第一報)」という表題の報文が掲載されている。
(三) 前記講演と報文とは、表題が異なり、前者の講演時間は一二分と認められるのに対し後者は一〇頁に及ぶものであり、両者の間には差異が認められるので、
右相違点について検討する。
「日本家政学会第一二回総会研究発表要旨集一九六〇年一〇月一五、一六日」一六頁右欄から一七頁左欄に収載されている前記講演に関する発表要旨は、前記報文における「超音波洗浄の現状」、「本研究の目的」、「超音波発生装置」、「超音波洗浄の方法と姿勢」、「洗浄効率測定法」、「実験結果及びその考察」等の項に記載されている技術内容と一致するものと認められる。このことと、前記講演の発表者と前記報文の執筆者が同一人であること、前記報文三四頁に本論文が昭和三五年一〇月一六日日本家政学会第一二回総会(東京)で講演された旨の記載があることを併せ考えれば、前記報文は、その表題が前記講演の表題とたまたま異なるとしても、それは単に表現上の相違だけで、内容的には前記講演に相当するものということができる。また、学会等の研究発表においては、研究の結果を図表等を用いて説明することが慣例となつている点からみると、文書にすれば一〇頁に及ぶ内容のものも、これを一二分間の講演時間内に発表することは必ずしも不可能ということはできない。よつて、前記報文所載の技術内容は、前記講演において発表されたものと認められる。
(四) 前記「日本家政学会第一二回総会研究発表要旨集」一七頁左欄一行の「洗剤濃度などと洗浄効果の関係などを報告する」いう記載は、前記報文では三二頁第六表所載の実験結果に相当するものと認められ、しかもこの第六表には「ダイフロン」を木綿、絹、人絹、テトロン等の繊維品に対する洗剤として実験に供したことが示されている。そして、右「ダイフロン」は前記報文三一頁の記載によれば「ダイフロンS3(CCl2FーCClF2)」を指すものと認められ、右実験における洗浄形式は、「ダイフロン」をそのまま洗剤として使用するものであるのでいわゆるドライクリーニングと認められる。なお、前記講演において「ダイフロンS3(CCl2FーCClF2)」の洗浄効率に関する実験結果が発表されたことが当該発表者である【A】の証明書に記載されている。以上の諸点を総合すると、「ダイフロンS3(CC12FーCClF2)の木綿、絹、テトロン等の繊維品に対するドライクリーニング用洗剤としての実験結果は、昭和三五年一〇月一六日の前記学会総会において発表されたものと認めざるを得ない。
(五) 前記学会総会において発表された(ダイフロンS3)の前記繊維品に対するクリーニング用洗剤としての実験結果は、前記報文の記載によると、「ダイフロンS3」が織維品用クリーニング用洗剤として必ずしも好適なものでないことを示すものであるが、この発表によつて、「ダイフロンS3」を織維品用ドライクリーニング用洗剤として使用する、という技術思想が開示されたことは否定できないことと認める。
(六) 一方本願発明は、一・一・二ートリクロロー一・二・二ートリフルオロエタン、即ち「ダイフロンS3」のようなクロロフルオロ炭化水素をそのままドライクリーニング用洗剤として使用するものであつて、前記の開示された技術思想に更に別個の技術的要件が附加されたものでないことは、本願明細書全文の記載に徴して明白である。してみれば、本願発明は、前記既知の技術の効果を確認したに留まるものであつて、新規な発明を構成するに足るものと認めがたい。
したがつて本願発明は、昭和三五年一〇月一六日の第一二回日本家政学会総会において発表された前記技術内容から当業者が容易になし得るものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許することができない。
四 審決を取り消すべき事由(一) 本件審決は審理終結通知が原告(審判請求人)に到達しないうちになされたものであるから、特許法第156条1項に違反した違法な審決である。
特許法第156条1項は効力規定と解さなければならない。なぜならば、特許法においても、審判手続は民事訴訟の判決手続に準ずるものとして取扱われている。
したがつて、審判手続においては、民事訴訟の判決手続におけるような必要的口頭弁論主義をとつてはいないけれども、審決前の審理終結通知は、判決手続における口頭弁論の終結に準じて審決をなすに当つて必要なものであると解される。けだし、特許法が審決の前段階として右の審理終結の手続を設けたのは、審判官の合議体において事件が審決をなすに熟したものと認めたときは、審判長において審理終結の通知を当事者および参加人に告知すべきものとし、これによつて審理終結となつた後は、原則として判断の基礎となし得べき資料の変動を認めず、審理の再開をしない限り、審理終結後の提出にかかる資料は採り上げることを要しないものとする趣旨である(東高判昭和三六年(行ナ)第八八号、昭和三八年五月二三日)。したがつて、このような終結通知をなさずに直ちに審決をすることができるものとするならば、当事者に対して審理再開の申立の機会を認め、再開後に資料の追加提出を許すこととした制度の趣旨が没却され、とりわけ査定系の審判手続においては職権探知主義が採られているとはいえ審判請求人による資料提出の準備のための都合も全く無視され、審理が終結に熟したものとの判断が請求人に知らされる機会もないままに、突如として審決がなされるという不都合が起ることとなるからである。
ところで、本件においては、特許出願の拒絶査対に対する不服の審判が係属中、
原告(審判請求人)に対し、審判長は昭和四一年八月一五日付で審理終結通知をなし、右通知は同月二四日に原告に送達され審理終結の効果はその時に発生した。しかしながら、審判官は、それ以前の同年八月二二日に「本件審判の請求は成り立たない」との審決をしている。
したがつて、本件審決は当事者に対し審理終結の通知がなされない状態においてなされたものであるから、特許法第156条に違反することとなる。
(二) 本件審決は、その判断の対象である原拒絶査定の引用する拒絶理由において審査官が示した理由と異なる理由によつて、審判請求を棄却した。これは当事者に認められている拒絶理由に対する意見具申と証拠提出の機会を奪い当事者に不意打ちをくわせるものであつて、特許法第159条2項で準用する第50条、さらに第150条第5項第153条第2項に違反した違法なものである。
拒絶査定をした審査官は、原告の本件出願を拒絶すべきものと認めた理由として、昭和三九年六月二二日付拒絶理由通知書に「本件出願の優先権主張日前に本発明と同一内容である一一・二ートリクロロー一・二・二トリフルオロエタンを木綿、絹、人絹、テトロン、カシミロンのドライクリーニングに使用した事実が、日本家政学会第一二回総会において表題『超音波による布の洗浄について』で発表されている。」との事実を掲げ、右の発表内容は「昭和三六年二月二八日発行の大阪市立大学家政学部紀要被服学第八巻分冊二(以下「報文」という。)の九頁八〜九行および第九表に記載され」ていることを具体的に摘示して、これにより本願発明と同一内容のものが本願の優先権主張日前に発表されたものと認定した。
しかるに、本件審決は、昭和三五年一〇月一六日の前記総会において発表されたものは、「前記報文三二頁第六表所載の実験結果」であること、「この第六表には『ダイフロン』を木綿、絹、人絹、テトロン等の織維品に対する洗剤として実験に供したことが示されている」こと、したがつて「本願発明は、前記既知の技術の効果を確認したに留まるものである」こと、等々を認定している。
このように、拒絶査定と本件審決は、右報文の異なる箇所を理由としているが、
これは本件審決が異なる証拠を職権で取調べ、したがつてまた査定の理由と異なる理由を原審決において発見していることとなる。すなわち、右の第九表と第六表の実験結果は、同一の報文中に掲載されているにもかかわらず、実験に供された汚染布の種類、その汚染の程度、手もみ洗いの有無および洗浄効率に関して全く異なる性質の実験結果なのである。したがつて、原告にとつてみれば本件出願を拒絶される理由として原拒絶査定が第九表を引用したことに対する反駁と、本件審決が第六表を引用したことに対する反駁とは、両者の理由つけの前提が異なる以上、しかもまた両表が相異なる実験結果である以上、それぞれに対して内容と方法を全く別にしなければならない。
特許法第159条2項において準用される第50条、および第150条、第五項、第153条第2項は、まさにこの本件のような場合には、改めて当事者(出願人)に意見を述べる機会を与えなければならないこととして、当事者に防禦権を与え不意打ちを防止するという配慮に出たものである。
それにもかかわらず、本件審決は、まず、査定の理由と異なる理由を発見しながら相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えることなくなされているので、特許法第159条第2項において準用する同法第50条の規定に違反している(東京高裁昭和三〇年(行ナ)第一八号昭和三二年一二月二四日判決参照)。
さらに、審判長は、原拒絶査定が取調べて判断し、また当事者(出願人)である原告がその証拠調の結果に意見を申立てた証拠(第九表)以外の証拠(第六表)をあらたに職権で取調べたものであるから、その結果を当事者である原告(審判請求人)に通知し、相当の期間を指定して意見を申立てる機会を与えねばならないのに、右の通知をすることなく、漫然と審決をした。これは、特許法第150条第5項に違反している。
また、原告が審判において申立てた理由とは、原告が審判請求書で述べた「昭和三九年六月二二日付で通知された拒絶理由によつて受けた拒絶査定には、承服できない」ということだけであるから、審判官は拒絶理由において示された理由、なかんづく前記報文中の第九表が本件発明の技術思想を開示したものと認めた審査官の判断が正しいか否かだけを審理しなければならなかつたはずである。それにもかかわらず審決が前記報文中の第六表に基づいて判断していることは、当事者たる原告が申立てない理由について審理したこととなる。それについては特許法第153条第2項が特にその新しい事項についての審理の結果を原告に通知し、かつ相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えるべきことと定めているにかかわらず、
審決はこれを怠り、漫然となされたものであるから、これは叙上の条項に違反するものといわなければならない。
(三) ダイフロンS3(略称ダイフロン)は一・一・二ートリクロー一・二・二トリフルオロエタン(CCl2FーCClF2)の商品名(ダイキン工業株式会社の商品名。原告会社の商品名はバルクレン。)であり、本願発明のクロロフルオロ炭化水素に含まれるものであるが、本件審決がダイフロンS3の木綿、絹、テトロン等の繊維品に対するドライクリーニング用溶剤としての実験結果は本件発明出願前の昭和三五年一〇月一六日に日本家政学会第一二回総会(東京)の講演において発表されたものとしたのは事実を誤認したものである。
右日時に行われた右学会総会において、前記報文の著者【A】氏によつて行われた「被服整理への超音波の応用(1)超音波しみぬき法(第一報)」と題する講演は僅か一二分間の短時間でなされたものである。
それに引きかえて、「超音波による布の洗浄について(第一報)」と題する前記報文は全一〇頁に及ぶ長文から成るものであつて、一読するにも六〇分以上を要する。そして、ダイフロンS3を用いた場合の木綿、絹、テトロン等の繊維品に対する超音波の洗浄効率は第六表および第九表に記されているにすぎないから、このような細部にわたつてまで僅か一二分の講演の中で具体的に触れることは我々の日常の経験則上不可能に近いことである。しかも、「ダイフロン」という物質の名前が仮に【A】氏によつて発表されていたとしても、その物質が前記報文の三一頁の「実験結果及びその考案」の5項の中で説明されているようにCCl2FーCClF2を主成分とするものであるという詳しいことまでも発表されていたとは経験則上到底考えられないことである。
本件審決はこの点につき「日本家政学会第一二回総会研究発表要旨集」の一七頁左欄一行に「洗浄濃度などと洗浄効果の関係などを報告する」なる記載があることをもつてこれが報文三二頁第六表所載の実験結果に相当するものと認められるとし、さらに、第六表中の「ダイフロン」は報文三一頁の記載からして「ダイフロンS3(CCl2FーCClF2)を指すものと認められると判断しているが、報文中には第六表以外にも「洗剤濃度などと洗浄効果の関係などを報告」したものと認められる表があつて直ちに第六表を指したものと認めるには論理の飛躍があるし、
報文の三一頁にダイフロンの化学式が示されているからといつて、講演内容において当然にダイフロンなる物質が化学式によつて特定されていたという認定にも理由がない。
そうすれば、右講演内容において、ダイフロンS3を繊維品用クリーニング洗剤として使用するという技術思想が開示されたものと認定し、したがつて、本願発明は既知の技術の効果を確認したものにすぎないとした本件審決は、その点だけでも取消を免れない重大な事実誤認をなしたものというべきである。
(四) 報文には超音波を利用したしみぬき法の実験結果しか開示されていないから、そこで用いられているダイフロンをもつて繊維品用ドライクリーニング溶剤に実用上使用できるとは当業者には到底考えられないことであり、前記講演によつて、ダイフロンS3を繊維品用ドライクリーニング用洗剤として使用できる、ということが当業者に想到し得る程度に開示されたとする審決の認定は誤りである。
報文所載の実験はいずれも超音波利用のしみぬき法に関するものである。そして、「しみぬき」とは、衣料品に付着した局部的汚れに対して、その局部だけにしみぬき用薬剤を塗布する汚れの除去方式である。したがつて、しみぬきは、通常、
ドライクリーニングを行つた後においてもなお除去し得ないような特殊な部分的な汚れを特種の薬剤を用いて除去したり、あるいは溶剤中に浸漬してまる洗いしたのでは布地や染料を駄目にしてしまうような高級呉服の局部的な汚れ除去のために施される特殊な方法である。
しかも報文に発表されている超音波しみぬき法は、かような局所的汚れの除去に超音波による物理作用を利用するものであつて、超音波発生装置によつて発生される二五、〇〇〇サイクル1秒(二五KC)の周波数の超音波が薬剤と共に局所的汚れに対して施されるという極めて特殊なしみぬき法である。
これに対して、ドライクリーニングは被洗物である衣料品全体をドライクリーニング溶媒の中にまるごと浸漬して、該衣料品の汚れを全体的に除去する洗浄方式であつて、被洗物を一分間につき約二〇ないし三五回転程度の速度で回転する多数の小孔を有する回転式ドラム中に入れ、該ドラムをドライクリーニング溶剤中に浸漬し、これを回転することによつて行なわれる。
したがつて、報文に記載されている超音波しみぬき法は、ドライクリーニングに比して、対象とする汚れの種類、薬剤が施される時期的段階、洗浄される対象物の面積(実験による超音波投射の面積は大体一円アルミ貨幣大)等において異なるばかりでなく、対象物に与える物理的作用の種類およびその程度、被洗物との距離等において、ドライクリーニングとは全くかけ離れた異質の洗浄方式なのである。
一般のしみぬき法においては、しみの種類に応じてアンモニア水、アルコール、
ホウ砂水、酢酸アミル、酢酸、シユウ酸、揮発油、エーテル、テトラリン、四塩化炭素、アセトン次亜硫酸ソーダー液、ヨードカリ液、テレビン油、セツケン水、ふのり液等の特殊の薬剤が用いられ、その用法もまた汚れの種類、程度、右溶剤の種類等に応じて異なる。これらの薬剤は通常衣服の全般的な汚れ除去を目的とする一般のドライクリーニング溶剤には転用不能な薬剤である。これは、しみぬき法に使用する薬剤として要求される性質は洗浄能力を有することだけであつて、ドライクリーニング溶剤のように後記六で述べる諸性質を有することを要しないからである(ただし、四塩化炭素は、極めて初期にはドライクリーニング溶剤として用いられたことがあるが、本件優先権主張日当時においては、その幣害のためドライクリーニング溶剤としては使用されていなかつた。この意味で当時の技術水準からは転用不能の薬剤というべきである。)。それゆえ、しみぬきは「洗濯」すなわち、クリーニングの概念には入らない。
ドライクリーニングとしみぬきとは、繊維に附着した汚垢を洗浄剤中に溶解もしくは分散させ、または、繊維の組織外に運び去るという目的および作用においては根本的に異質ではなく、したがつてこのような洗浄作用の学理的なメカニズムにおいて両者間に共通点が仮に見出せたとしても、そのような共通点があるからといつて、当業者が抱いているドライクリーニングの観念と、しみぬきしかも超音波利用のしみぬきの観念との間には余りにも大きな距りがある。当業者は、超音波利用のしみぬき実験に溶剤「ダイフロンS3」が試供されたという事実から、そのダイフロンS3が一般の乾式洗濯、すなわち繊維品用ドライクリーニング溶剤に使用できるということは到底想到し得ない。しみぬきに関して当業者の抱いている観念は勿論のこと、報文記載の超音波しみぬき法の洗浄原理およびメカニズムは、いわゆるドライクリーニングとは全然一致していないからである。したがつて、しみぬきの実験において溶剤に試供された薬剤をそのまま一般の繊維品用ドライクリーニング溶剤に転用して使用できるというようなことは、当業者にも到底想到し得ないことは明らかである。
(五)報文の第六表および第九表所載の実験結果は「ダイフロン」が繊維品に対して実用上有効な洗浄能力を有することを否定するものであるから、これらから「ダイフロン」が繊維品用ドライクリーニング溶剤として実用上有効に使用できることを予測することはできない。したがつて、本願発明は前記講演によつて開示された技術内容から当業者が容易になし得るものと認められるとした審決の認定は誤りである。
いま汚染の洗浄除去という点のみに着目して論じても、繊維品つまり衣料品をドライクリーニングして洗浄効果ありというためには、ドライクリーニング用溶剤はそれに可溶性の油脂等の汚染を溶かしてそれのほとんど一〇〇%を除去できなければ洗濯の目的を達したとはいえない。報文の第六表は、油脂系の汚染を代表するものとして流動パラフインを用い(指示薬として更にオレンヂOTを加えてある)、
実験方法としては、(四)で前述したように強力な振動を衣料の局所に与える超音波を用いている。それにもかかわらず「ダイフロンS3」を用いたときの洗浄効果は僅か四三・一%からせいぜい七四・二%程度にすぎない(カシミロンについて一〇〇%とあるのは、超音波の効果が著しいためであると右報文の著者自身が報文の第六表の解説に述べている。)。この程度の洗浄効率では実用上ドライクリーニングの洗浄効果があるということは決してできないのである。換言すれば、第六表は、油脂系汚染の除去能力の有無という点だけをとらえてみても、「ダイフロンS3」が繊維品用ドライクリーニング溶剤としては、有効に使用することができないという否定的な結果を教示しているにすぎないのである。
一方、第九表には有機溶剤に不溶性のカーボンブラツクを用いた乾式汚染布の洗浄効率の実験結果が掲載されており、同表中には各汚染布について通常の洗濯またはドライクリーニングの攪拌力と類似する「手もみ洗い」による「ダイフロンS3」の洗浄効率が掲載されているから、もし「ダイフロンS3」のドライクリーニングにおける汚染の洗浄効率を予測するとすれば、第六表よりはむしろ第九表によるべきであるが、第九表における「ダイフロンS3」を用いた「手もみ洗い」の洗浄効率は、そこで用いたすべての繊維布の汚れに対して〇(零)である。洗浄効率〇(零)ということは何らの汚れも除去されなかつたという完全な否定的結果を表わしている。また第九表には、超音波(U・S)を併用した場合の洗浄効率についても「カシミロン」および「テトロン」については洗浄効率が〇%、その他の人絹、本絹、木綿についても一三・六〜四九・九%という極めて劣弱な洗浄効率しか示していない。
かように、該報文中の第六表および第九表に掲載された「ダイフロンS3」に関する洗浄効率の結果は、いずれも「ダイフロンS3」の洗浄効率に関して否定的な結果であつて、洗浄効率だけから見ても当業者に「ダイフロンS3」は一般衣料用ドライクリーニング溶剤としては実用にには使用し得ないという教示しか与えないのである。
以上述べたとおり、「ダイフロン」がそこで繊維品の汚れの除去に有効に関与し得ていない以上、そのような否定的な実験結果から、その繊維品に対する洗浄剤としての使用可能性を読みとることはできない。「洗剤として使用するという技術思想」とは「洗剤として使用し得るという思想」でなければならず、使用し得ない、
すなわち効能がないという場合は、効能ありという産業上利用し得る発明思想の開示とはいえないからである。
それゆえ、「ダイフロン」が繊維製品の汚れに対して有効な洗浄能力を有しないことしか開示していない報文から、本願発明を容易に想到することは不可能である。
(六)報文の第六表や第九表のようにダイフロンの繊維に対する洗浄能力のみを示した技術思想から、ダイフロンを繊維品用ドライクリーニング溶剤に実用上使用できるということを予測をすることはできない。したがつて、本願発明は前記講演によつて開示された技術内容から当事者が容易になし得るものと認められるとした審決の認定は誤りである。
本願の優先権主張日当時である一九六〇年(昭和三五年)当時において、繊維品のドライクリーニング用溶剤として実用上使用に耐えるというためには、油脂系汚垢の溶解能力(洗浄能力)を有すると同時に、それと同等の重要さで次の諸性質をも併せ有していなければならないことは既に当業者の常識となつていた。
(イ) 染料を溶解したり、変褪色させないこと、
(ロ) 布地を収縮したりしわ寄せをさせないこと、
(ハ) 布地の風合をなるべく害さないこと、
(ニ) 衣料の装飾品(たとえば合成樹脂性ボタン類)を溶解、損傷しないこと、
(ホ) 引火の危険性が少ないこと、
(ヘ) 人体への毒性が少ないこと、
(ト) 洗濯機械に対する脳触性が乏しいこと、
(チ) 適度な揮発性があり回収が容易であること、
(リ) 布地に臭を残さないこと、
これに対して報文記載の技術内容は、超音波によるという特殊なしみぬき法の溶剤に試供された「ダイフロン」がパラフインオレンジOTという油脂系汚染に擬された指薬を各種繊維布からどの位除去できるか(第六表)、またカーボンブラツクのごとき乾式汚染をどの位除去できるか(第九表)についての結果を開示したものである。したがつて、これらの報文の記載は「ダイフロン」の超音波併用の洗浄効果のみの記載に止まるものである。
当業者は、右の程度の報文の技術内容から「ダイフロン」が繊維品用ドライクリーニング用溶剤が備えていなければならない前記(イ)ないし(リ)の諸性質を有しており、したがつて、実用上繊維品用ドライクリーニング溶剤に弊害なく使用し得るという積極的な予測を行なうことは全くできないはずである。
なぜならば「ダイフロン」が報文記載のような洗浄能力を有することと、前記(イ)ないし(リ)の諸性質を有することとの間には何らの必然性も相互関連性もないからである。
(七) 本願発明はすぐれた用途発明として特許されるべきものである。
原告は、「ダイフロン」、すなわち、一・一・二ートリクロロー一・二・二トリフルオロエタンが繊維品用ドライクリーニング組成物の有効成分として、前項掲記の諸点において従来のドライクリーニング組成物に存した欠点を克服した卓効を有することを新しく発見し、このことを内容として明細書に明示し、本願発明を用途発明として出願したのである。
従来、織物や衣服材料のドライクリーニングに用いられて来た普通の溶剤についていえば、シユトツダート溶剤(ホワイトスピリツト)は引火性が強いため火災の危険が大きく、実用的に用いるには装置の設置場所が甚だしく制限されるし、バークロロエチレンや、トリクロロエチレンは、布地を傷めたり、染料を脱落させたりするばかりでなく、毒性が高く、燃えやすく、加熱しても織物から容易にかつ速やかに取り除き難く、装飾品等に用いられるある種の合成樹脂や接着剤にも悪影響をおよぼす。熱を用いれば非常に除去困難なしみをつける可能性があり、衣服にしわをつけ易い。これらの欠点は自動操作のドライクリーニング機械においては更に問題を残すこととなる。
ところが、本願発明の組成物は、普通のドライクリーニング装置において用いることができ、比較的低い沸点をもちかつ蒸気圧が高いため熱を使用することなく比較的短時間で洗浄した品物から取り除くことができ、コストを節約する必要があるときにはこの組成物を速やかに回収して再び使用することができ、不燃性であつて毒性が著しく少ない。洗浄効果も著しく良好かつ速やかであり、衣服についている合成樹脂のボタンや装飾品を侵す傾向が著しく小さく、装飾品の製作に用いる接着剤を侵さない。更に衣服を脱色(変褪色)する傾向が少ないため、洗濯の際に溶剤の精密な温度調制やあるいは脱色し易い衣服を注意して選別する必要がない。
ところで「ダイフロンS3」すなわち、一・一・二トリクロー一・二・二ートリフルオロエタンは、従来その存在自体は公知ではあつたが、前記のような効能を有していることは本願発明の優先権主張日前には全く知られていなかつた。
原告は、そこで、この一・一・二ートリクロロー一・二・二トリフルオロエタンが有するこれら従来未知の繊維品用ドライクリーニング溶剤としての有用性をいくたの実験研究の結果はじめて発見し、この知見を基に、一・一・二ートリクロロ一・二・二ートリフルオロエタンを含む「分子中に二個の炭素原子および少なくとも二個の弗素原子をもつ、一種或いはそれ以上のクロロフルオロ炭化水素を含有して成ることを特徴とするドライクリーニング用組成物」を用途発明として出願したのである。しかして、右の組成物の用途としての作用効果は卓絶しているから、本願発明は用途発明としての特許要件を十分に充足している。
このような右有効成分が持つ繊維品用ドライクリーニング溶剤としての前記の卓絶した効果、性質を発見し得た点に高度の技術的思想創作があるのであつて、用途発明が発明として認められる所以もまたその公知物質の新たな用途性の発見に、
従来技術(既存の繊維品用ドライクリーニング溶剤)に存する欠点除去の困難性の克服、すなわち課題の解決があつたと認められるからにほかならない。
本願発明は、その意味において極めてすぐれた用途発明であるとして特許されるべきものである。
被告の答弁
一 本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨および審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認める。
二 原告主張の審決を取り消すべき事由(一)のうち、審理終結通知が昭和四一年八月一五日付でなされ、同月二四日原告に送達されたことおよび審決が同月二二日になされたことは認めるが、その余は争う。特許法第156条第1項審理終結通知に関する規定は訓示規定であり、たとえ右の通知を怠つたとしてもそのこと自体は審決取消の理由にならない(東京高判昭和二一年(オ)第五三号、昭和二三年四月二三日判決参照)。まして本件においては、審決がなされた日より前の昭和四一年八月一五日付で審理終結通知の手続がとられているのであるから、本件の審判手続において右の規定が訓示規定である以上、審理終結通知が原告に到達しないうちに審決がなされたものであつても、これをもつて審決取消の理由とすることはできない。
三 同(二)の主張は全部争う。原拒絶査定の引用する拒絶理由通知書において、
公知の事実として引用したものは、昭和三五年一〇月一六日日本家政学会第一二回総会におけるダイフロンS3(一・一・二ートリクロロ一・二・二ートリフルオロエタン)を木綿、絹、人絹、テトロン、カシミロンの洗浄剤として使用したことに関する発表内容自体であつて、原告主張の報文を引用したものではない。そして、
拒絶理由通知書において、右報文九頁八、九行および第九表を指摘したのは、右の発表内容に関する原告(出願人)の理解を容易ならしめるため例示的意味で示したに過ぎないものである。右の発表内容には右報文九頁八、九行および第九表に相当するものだけではなく、八頁所載の第六表に相当するものも含まれていたのであり、右両表は、試験に供した繊維品における汚染の種類が異なるのみで、ダイフロンS3を繊維品の洗浄剤として使用するという点において共通するものである。すなわち、右両表に示されている技術は、ダイフロンS3が繊維品の洗浄剤として使用されていたことに関する公知の技術として本質的に異なるものではない。したがつて、審決がその理由中に説明の手段として右の第六表試験の結果を採用したからといつて、原拒絶査定と異なる理由に基づいて審決がなされたものであるということはできない。
四 同(三)の主張のうち、ダイフロンS3(略称ダイフロン)が一・一・二ートリクロロ一・二・二ートリフルオロエタン(CCl2FーCClF2)の商品名(ダイキン工業株式会社の商品名。原告会社の商品名はバルクレン。)であること、原告主張の講演が一二分間でなされたことは認めるが、その余は争う。学会等の研究発表においては、研究の結果を図表、スライドなどを用いて説明することが慣例となつているので、文書にすれば一〇頁におよぶ内容のものでも、これを一二分間の講演時間で発表することは十分可能である。また、原告主張の報文三四頁には、本論文は昭和三五年一〇月一六日日本家政学会第一二回総会において発表された旨明記されている。右のように報文所載の内容が講演会で発表された旨報文に注意されている場合、報文所載の内容が講演会の発表内容と一致していることは学会および業界における常識である。更に右の総会における発表の要旨を示したところの「日本家政学会第一二回総会研究発表要旨集」(甲第四号証)一六頁右欄二八行ないし一七頁左欄一行に記載された研究事項は、右報文所載の研究事項と一致している。したがつて、原告の主張は不当である。
五 同(四)の主張のうち、報文所載の実験がいずれも超音波利用のしみぬき法に関するものであること、一般のドライクリーニングおよびしみぬきの実施態様が原告主張のとおりであること、原告主張の薬剤がしみぬきに用いられ、原則としてドライクリーニング用洗剤には転用できないこと(ただし、四塩化炭素は、過去においてはドライクリーニング用洗剤として使用されたことがある。)報文所載の実験において被洗物に施される機械力(物理作用)および一般のドライクリーニングにおいて被洗物に施される機械力(物理作用)の種類、程度が原告主張のとおりであることは認める。
ドライクリーニングは、一八四八年フランスにおいて始めて出現し、当初はフレンチクリーニングと呼ばれたが、その後に至つて、水の代りに非親水性有機溶剤を用いるところからドライクリーニング(乾式洗濯)と呼ばれるに至つている。したがつて、ドライクリーニングとは、その由来からしても、洗浄剤として水を使用しないことを特徴とし、この点において非ドライクリーニングと区別されているものである。このような点からみると、ドライクリーニング本来の意義は、洗浄剤として水以外の溶剤を用いることに基づいて分類された洗浄形式を指すものであつて、
洗浄の際に用いられる機械力の種類までも考慮したものではない。すなわち、洗浄の際に用いられる機械力が、手もみであれ機械的攪拌であれ、また報文に示されている超音波であつても、水以外の洗浄剤を使用する洗浄形式は、右のドライクリーニング本来の意義からすれば、すべてドライクリーニングの観念に含まれるものである。
報文所載の実験に採用された超音波と、原告主張のドライクリーニングにおける機械的攪拌と対比するに、洗浄物に与えられる機械力が、前者は後者より強力である点および洗浄物に対する作用が、前者は平面図であるのに対し後者は立体的である点で両者の間に差異はあるが、右の超音波処理は、繊維に附着している汚垢を洗浄剤中に溶解または分散させ、また汚垢を繊維の組織外に運び去る作用を奏するものであり、一方洗濯の際の機械的攪拌も、右と同じ作用を奏するものであるから、
報文所載の超音波処理と原告主張のドライクリーニングにおける機械的攪拌とは、
繊維品から附着している汚れを遊離させるという目的とこの目的に対して発現される作用の点からみれば、根本的に異質のものではない。
報文所載の実験が繊維品のしみぬきを目的としたものであり、一方本願発明が繊維品全般の汚れの除去を目的としたものであつても、繊維品における「しみ」と「全般の汚れ」とは、要は汚れが局部的か全体的かの量的な差異であつて、質的にみれば特に異なるものではないから、右の「しみぬき」と「全般の汚れの除去方法」とが全く観念を異にする技術とはいえない。
ダイフロンS3と超音波とを併用した繊維品の「しみぬき」を目的とした報文所載の洗浄形式は、現在当業者間に行われている繊維品のドライクリーニングと必ずしも同一ではないが、ダイフロンS3という有機溶剤を用い、水を使用しないものであり、右洗浄形式で使用する超音波の目的とする作用は通常のドライクリーニングにおける機械的攪拌と特に異なるものではなく、また右洗浄形式の目的である「しみぬき」は繊維品の汚れの除去を目的とするものである以上、これをいわゆるドライクリーニングに属するとした審決の認定には原告主張の違法はない。
六 同(五)の主張のうちダイフロンS3の洗浄効率の実験結果に関する報文の記載が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。
なるほど報文第六表に示されている超音波とダイフロンS3とを併用した場合の洗浄効率が低いことは原告主張のとおりであるが、たとえ洗浄効率が低くてもダイフロンS3が繊維品の汚れの除去に関与していることは否定できないことであるから、右実験結果は、何もダイフロンS3の繊維品に対する洗浄剤としての使用可能性を全面的に否定するものではない。
七 同(六)の主張のうち、本願の優先権主張日当時において、繊維品のドライクリーニング用溶剤として実用上使用に耐えるというためには、油脂系汚垢の溶解能力「洗浄能力」を有すると同時に、それと同等の重要さで原告主張の(イ)ないし(リ)の諸性質を有していなければならないことが当業者の常識であつたこと、ダイフロンS3が右(イ)ないし(リ)の諸性質を有すること、ダイフロンS3が報文記載のような洗浄能力を有することと右諸性質を有することとの間には何らの必然性も相互関連性もないことは認めるが、その余は争う。報文にはダイフロンS3が原告主張の右(イ)ないし(リ)の諸性質を有することについて開示するところがなく、ダイフロンS3を原告主張の繊維品用ドライクリーニング洗浄剤という用途に供するに当つて、それなりの試験研究を要するものであつても、右のダイフロンS3の諸性質に関する知見は、報文記載の技術内容から窺知し得るダイフロンS3を繊維品の洗浄に使用するという技術思想の実用化の過程において認識された知見というべきものである。そして、技術思想として公知のものを実際の技術として実用化するための努力は、勿論尊重されなければならないが、この努力と新規な技術思想を開発するための発明的努力とは同一に論じ得ないものである。
八 同(七)の主張のうち、従来繊維品のドライクリーニングに用いられて来た溶剤が原告主張の欠点を有すること、ダイフロンS3が繊維品のドライクリーニング用溶剤として原告主張のような効能を有すること、本願優先権主張日前ダイフロンのS3存在自体は公知であつたが、それが右のような効能を有することは全く知られていなかつたことは認めるが、その余は争う。
証拠関係(省略)
理 由一 本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨および審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
(一)原告の主張(一)について 本件の審判手続において、昭和四一年八月一五日審理終結通知がなされ、同月二四日右通知が原告に到達したこと、同月二二日審決がなされたことは、当事者間に争いがない。そして、審理終結通知の後は当事者は審判官に対し審判資料を提出することができなくなるが、この効果は、原告主張のとおり、右通知が当事者に到達した時に発生する。しかし、特許法第156条第3項が、審決は審理終結通知を「発した日から二十日以内にしなければならない。」と規定しているところから考えると審理終結通知は、当事者に対し資料の追加提出のために審理再開の申立をする機会を与える趣旨で設けられた制度ではなく、審判の審理の進行をはかり審判終了の遅延を避けるために設けられた制度であつて、審理終結通知をなさずに審決をし、或は審理終結通知が当事者に到達する前に審決をしても、そのこと自体は審決取消の理由とはならず、特許法第156条第1項は被告主張のとおり訓示規定であるといわねばならない(大審院大正一二年二月二三日判決参照)。もつとも、右の場合、審決前または審理終結通知の到達前特許庁に到達した当事者の提出にかかる審判資料について、審決において何ら判断しなかつたときは、審決が違法となることはあり得る。たとえば該審判資料が従前の争点とは別個の事項についての主張、
立証を含むものであつたとき、または拒絶査定不服の審判の場合における明細書の補正書であつたときにおいて、叙上のごとき主張立証事項または補正された明細書について、判断をしなかつたときは、審決は取消を免れないが(従前の争点の範囲内の主張、立証は、これについて判断しなかつたとしても、審決取消訴訟においても主張、立証できるから、判断を欠いたこと自体は審決取消の理由にはならない。)これは右の主張、立証または補正された明細書についての判断を遺脱したからであつて、審理終結通知をせず、または該通知の到達前に審決をしたからではない。
したがつて、特許法第156条第1項が効力規定であることを前提とし、審決が審理終結通知の到達前にされたことを違法とする原告の主張(一)は採用の限りではない。
(二) 原告の主張(二)について 前記当事者間に争いがない審決理由の要点および成立に争いがない甲第一号証の二および三によれば、本件の拒絶査定および審決が公知例として引用したのは、本願優先権主張日の後である昭和三六年二月二八日発行の報文ではなく、優先権主張日の前である昭和三五年一〇月一六日日本家政学会第一二回総会においてなされた原告主張の講演による発表内容自体であることが明らかである。そして、前記争いのない事実と前記各証拠および成立に争いのない甲第三号証の一ないし三によれば、本件の拒絶査定および審決は、ともに、前記講演によつて報文の第一表ないし第一〇表の実験結果が全部発表されたと認定し、ただ右実験結果のうち本件に特に関係がある部分として、拒絶査定は第九表を指摘し、審決は第六表を指摘したに過ぎないことが認められる。したがつて、本件は、審判において査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合に当らないから、審判官が特許法第159条第2項第50条により、改めて原告(出願人)に対し拒絶理由を通知して意見書提出の機会を与えなかつたのは当然であつて、違法ではない。
特許法第150条第5項により証拠調の結果を当事者に通知しなければならないのは、審査手続において証拠調をした証拠および拒絶理由通知で出願人に示した文献以外の証拠について審判において職権で証拠調をした場合に限ることは明らかであるところ、成立に争いのない甲第三号証の一によれば、報文はその全文が審査手続において特許異議申立人ダイキン工業株式会社から証拠として提出されたことが明らかであるから、審査手続で既に証拠調がなされたものであるといわねばならない(特許法第59条第150条参照。)。したがつて、審判官が報文のうち第六表だけについて新たに職権で証拠調をすることはあり得ないので、審判長が特許法第150条第5項による通知をしなかつたのは当然であつて違法ではない。
原告が拒絶査定に対する不服審判決請求の理由とするところは、特段の証拠のない本件においては、結局において拒絶査定ないしその理由は不当である、というにあつたと推認するのが相当であるところ、前認定のとおり、審決は拒絶査定と同様公知例として前記講演を引用したうえ、前記講演によつて報文第一表ないし第一〇表の実験結果が全部発表されたとした拒絶査定の認定を支持したのであつて、ただ右実験結果のうち特に本件に関係がある部分として第六表を指摘したに過ぎないのであるから、審決請求人である原告が申し立てない理由について審理した場合に当らない。したがつて、審判長が特許法第153条第2項により原告に対し審理の結果を通知し意見を申し立てる機会を与えなかつたのは当然であつて違法ではない。
(三) 原告の主張(三)について 成立に争いのない甲第三、第四号証の各一ないし三によれば、報文(甲第三号証の二)の末尾には「本論文は昭和三五年一〇月一六日日本家政学会第一二回総会(東京)及び昭和三五年一一月一九日日本家政学会関西支部第一六回研究会(大阪)で講演。」という記載があり、昭和三五年一〇月一〇日発行の日本家政学会第一二回総会研究発表要旨集(甲第四号証の一ないし三)には前記講演の要旨として「洗剤濃度などと洗浄効果の関係などを報告する。」との記載があることが認められ、右「洗剤濃度など」とは洗剤の濃度、種類等洗液の組成を意味するものと解されるので、報文所載の実験結果のうち、超音波による布の洗浄を種類または(および)濃度の異なる洗剤を使用して行なつた場合の洗浄効果を対比した実験である報文第四表および第六表ないし第九表の実験結果が前記講演において発表されたことは明らかである。そして、前記各証拠と成立に争いのない甲第六号証の一ないし三、第三三号証および証人【B】の証言を総合すれば、お茶の水女子大学家政学部教授で被服整理学を専門分野とする【B】が前記日本家政学会総会においてそのプログラムに前記講演の要点を書き込んだメモ(甲第六号証の二のうちペン書きの部分)のうち「○○○ロン」(○○○は判読不能、かつ字数も明らかでない。)と左横書きして波型のアンダーラインを施した部分は、「ダイフロン」であると推定されるところ(他に考えられるのはテトロン、カシミロン等であるが、同人がわざわざこれをメモしアンダーラインを施すとは考えられないし、かつ甲第六号証の二によつてうかがえる記載の位置態様から見て、このような繊維名の記載とは考えられない。)この事実と証人【B】の供述を併せ考えれば、他に特段の証拠のない本件においては、報文の前記第四表および第六表ないし第九表の実験結果は「ダイフロン」その他使用された洗剤名を明示して前記講演において発表されたと推認するのが相当である。
前記講演が一二分間でなされたこと、報文が一〇頁におよぶ長文のものであることは当事者間に争いがないが、学会の研究発表において図表等を用意して研究結果を説明することがしばしば行なわれることは公知の事実であり、一二分間の講演時間内に報文の記載内容を右認定の限度で発表することは不可能とはいえないから、
右争いのない事実は前認定を妨げるものではない。
そして、ダイフロンはダイフロンS3の略称であり、ダイフロンS3が一・一・二ートリクロロー一・二・二ートリフルオロエタン(CCI2FーCCIF2)のダイキン工業株式会社の商品名であることは当事者間に争いがなく、前記甲第三号証の二によれば、ダイフロンS3は昭和三五年一〇月当時機械、映画用フイルムの超音波洗浄用に推奨されていた洗剤であることが認められるので、仮に前記講演においてその化学名、化学式が明示されなかつたとしても、当業者(その範囲は後記認定のとおり)ならばそれを知つていたか、または調べればすぐわかつたはずであるといわねばならない。
そうだとすると、一・一・二ートリクロロ一・二・二ートリフルオロエタンのような本願発明にかかるクロロフルオロ炭化水素およびそれによる洗浄実験の結果が前記講演において開示されなかつたことを前提とする原告の主張(三)は採用の限りではない。
(四)原告の主張(四)について 昭和三五年一〇月一六日に行なわれた日本家政学会第一二回総会において報文所載の実験結果が報告されたことは既に認定したとおりであり、これらの実験結果がいずれも超音波利用のしみぬき法に関するものであることは、当事者間に争いがない。
原告は、右実験における洗浄形式はドライクリーニングと異質であり、したがつて超音波利用のしみぬき実験に溶剤「ダイフロンS3」が試供されたという事実から、そのダイフロンS3が一般の乾式洗濯、すなわち繊維品用ドライクリーニング溶剤に使用できるということは当業者にも到底想到し得ないところであると主張する。この主張について考えるのに、一般のドライクリーニングが衣料品をドライクリーニング用溶媒中にまるごと浸漬してその汚れを全体的に除去する洗浄形式であるのに対し、一般のしみぬきは、衣料品の局部に特殊な薬剤を塗布して局部的な汚れを除去する洗浄形式であり、ドライクリーニングでは除去できない特殊な汚れやドライクリーニングで除去したのでは布地や染料を損傷するような局部の汚れを除去するために、ドライクリーニングとは別に行なわれるのが普通であり、一般のしみぬきに用いられる薬剤は原則としてドライクリーニング用洗剤に転用できないこと、一般のドライクリーニングにおいて被洗物に施される機械力が一分間一〇ないし三五回のドラムの回転による機械的な攪拌であるのに対し、報文所載の実験において被洗物に施される機械力(物理作用)が一秒間二五、〇〇〇サイクルの超音波であることは、被告の認めて争わないか、または明らかに争わないところである。
そうであるから、通常一般のクリーニング業者からみれば、原告の主張するように、報文所載の実験における洗浄形式はドライクリーニングとは異質のものと観念されることは推察に難くなく、これら通常一般のクリーニング業者の観点からは、
超音波しみぬき実験に溶剤(ダイフロンS3」が試供されたという報告から、そのダイフロンS3が繊維品用ドライクリーニング溶剤に使用できるということは容易に想到し得ないと考えられないわけではない。
しかしながら、前述した本願発明の要旨と成立に争いのない甲第二号証を併せ考えれば本願発明の属する技術分野は、ドライクリーニングないしはその他の手段による洗濯の実験に関する技術の分野ではなく、化学薬品による汚垢の除去の作用ないしはこの種の薬品の研究、利用、製造、開発に関する技術の分野であり、本願発明の場合における当業者とはかかる技術分野の従業者であるというのを相当とすべく、本件審決の、前叙総会で発表された技術内容から当業者が容易になし得る旨の認定にいわゆる当業者も、同様の意味に用いられたものであると解される。
ところで、成立に争いのない甲第三号証の二によれば、報文所載の実験において行なわれる超音波処理は、繊維に附着している汚垢を洗液中に溶解または分散させ、これを繊維の組織外に運び出す作用に関するものであることにおいては、一般のドライクリーニングにおける機械的攪拌と原理的に同一であることが認められる。また、報文所載の実験における洗浄形式は、局部的であれ、繊維品の汚れの除去を目的として、かつダイフロンS3を使用する場合は水を使用しない洗浄形式である点でドライクリーニングと同断であることは、原告の明らかに争つていないところである。さらに、しみぬき用薬剤はドライクリーニング用洗剤に転用できないということも絶対的な命題でないことは、現在しみぬき用薬剤のみに使用されている四塩化炭素が過去においてドライクリーニング用洗剤として使用されたことがある(事実このことは、当事者間に争いがない。)からも、これを首肯し得るであろう。そしてさらに、前顕甲第三号証の二によると、報文所載の実験のうち、超音波処理による布の洗浄を異なる種類の洗剤を使用して行なつた場合の洗浄効果の対比を主な目的とした第四、第六、第九の各表の実験において使用された洗剤は、ゲンブ石けんおよびダイフロンS3のほかは、ドライクリーニング用洗剤として普通に使用されている(このことは、原告が主張し被告が明らかに争つていない。)トリクロロエチレン(トリクロールエチレン)だけであつて、原告が列挙主張するしみぬき用の特殊な薬剤は一種も使用されていないことが認められる。右実験結果が使用された洗剤名を明示して前記講演において発表されたことは、既に判示したとおりである。
以上認定の諸事実に証人【B】の証言(後掲不採用の部分を除く。)を総合して考えると、既に判示したとおりの当業者、すなわち化学薬品による汚垢除去の作用ないしこの種の薬品の研究、開発、製造に関する技術の分野に従事する者が前記講演において洗剤名としてダイフロン(ダイフロンS3)がトリクロロエチレンと並んで挙げられるのを聞くならば、ダイフロンS3を新種のドライクリーニング用洗剤として使用することを容易に想到し得るものと認めるのが相当である。甲第三〇号証の二、証人【C】、【B】および【D】の各証言中原告の主張に副う部分は、
通常一般のクリーニング業者を基準としてしみぬきとドライクリーニングとの差異を論じたものと認められるので、採用することはできない。
以上のとおりであるから、本願発明は前記講演における開示の結果から当業者が容易に想到し得るところであるとした審決の認定には、原告主張の違法はない。
(五) 原告の主張(五)について ダイフロンS3を超音波と併用した場合の洗浄効率の実験結果に関する報文の記載が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。原告は、報文第六表にダイフロンS3を用いた場合の洗浄効率がカシミロンについては一〇〇%とあるのは、超音波の効果が著しいためである、と報文の第六表の解説に記載されていると主張するが(このことは被告も認めているが、間接事実の自白であるから裁判所を拘束しない。)前記甲第三号証の二によれば、報文中第六表の解説として「手もみ洗いに比し絹特にカシミロンの場合超音波の効果が著しいことが読みとれる。」とある記載は、カシミロンに対し超音波と各種洗剤(ゲンブ石けん、トリクロロエチレン、ダイフロンS3)を併用した場合の洗浄効率が手もみ洗いと洗剤(ゲンブ石けん)を併用した場合に比べいずれも著しくすぐれていることを指摘したに過ぎず、前者の各洗浄効率に対する超音波の寄与が各種洗剤のそれよりも著しく大きいことを意味するものではないことが明らかである。したがつて、右第六表の実験結果はダイフロンS3がカシミロンに対しては十分な洗浄能力を有することを示したものといわねばならない。
のみならず、前記甲第三号証の二によれば、報文第六表にはトリクロロエチレン(トリクロールエチレン)と超音波を、ダイフロンS3の場合と同一の条件で流動パラフインとオレンジOTによる油汚染布に併用した場合の洗浄効率の実験結果が記載されているが、両者の洗浄効率(%)を対比すれば次のとおりである。
〈11654-001〉 原告は、ほとんど一〇〇%の洗浄効率を有しなければ繊維品のドライクリーニング用洗剤として使用することはできない旨主張するが、トリクロロエチレンが繊維品のドライクリーニング用洗剤として普通に使用されていることは前叙のとおりであるのにかかわらず、報文第六表記載のトリクロロエチレンの洗浄効率は前記のとおりであるから、原告の右主張は理由のないのが明らかである。そこで、前記数字を比較するのに、ダイフロンS3とトリクロロエチレンの洗浄効率は、絹については同率、カシミロンについてはほとんど同率であり、その他についてはダイフロンS3が若干劣るが、人絹の場合を除き、大差はないことが明らかである。
そうであるとすれば、報文所載の実験結果は、原告主張のようにダイフロンS3が繊維品のドライクリーニング用洗剤としての使用可能性を有することを否定したものではなく、むしろ大部分の繊維につきトリクロロエチレンとほぼ同等の洗浄能力を有すること、すなわち繊維品用ドライクリーニング用洗剤として使用することができる洗浄能力を有することを示すものと認めるのが相当である。もつとも、右甲号証によれば、報文第九表にはダイフロンS3と超音波およびダイフロンS3と手もみ洗いを砂とカーボンブラツクによる乾式汚染布に併用した場合の洗浄効率の実験結果が記載されており、その洗浄効率は超音波併用の場合にあつてはカシミロンおよびテトロンにつきいずれも0、手もみ洗い併用の場合にあつては絹、人絹、
カシミロン、テトロンのいずれについても0。であることが認められるが、右第九表にはトリクロロエチレンその他普通にドライクリーニング用洗剤として使用されている洗剤を同1条件で使用した場合の洗浄効率の実験結果は記載されていないので、他に特段の証拠のない本件においては、第九表の実験結果は前認定の妨げとはならないものといわねばならない(甲第一五号証は報文第六表記載のダイフロンS3の前記洗浄効率の数値を、カシミロンに対する場合を除き、単に視覚によつて認識できるように表現したものに過ぎないから、前記特段の証拠にはならない。)したがつて原告の主張(五)は採用の限りではない。
(六) 原告の主張(六)について 前記甲第三号証の二によれば、報文第六表、第九表の実験結果はダイフロンS3の繊維品に対する洗浄能力だけに関するもの、換言すれば、原告がドライクリーニング用洗剤に必要であるとするその他の諸性質については検討していないものであることが明らかである。
原告は、繊維品のドライクリーニング用洗剤は洗浄能力のほかにそれと同等の重要さで原告主張の(イ)ないし(リ)の諸性質を併せ有していなければならないことが本願優先権主張日当時当業者の常識であつたと主張し、被告もこれを認めている。なるほど、通常一般のクリーニング業者が洗剤の製造販売業者の提供する洗剤のなかから自己が使用すべきドライクリーニング用洗剤を選択する基準としては、
まさに原告の右主張が妥当するであろう。けだし、洗剤の製造販売業者の提供する洗剤には洗浄能力のないものは既に含まれていないことは、我々の常識上も明らかであるからである。しかし、本願発明との関係で当業者というべき者は一般のクリーニング業者ではなく、化学薬品による汚垢の除去の作用ないしこの種の薬品の研究、利用、製造、開発に関する技術の分野に従事している者であることは前判示のとおりであるところ(被告は通常一般のクリーニング業者にとつて原告主張の事実が常識であつたことを認めているのであつて、一般のクリーニング業者が当業者であることまで自白したものではないと認める。)、右の当業者にとつても原告の主張が妥当するかどうかに別個にこれを考察しなければならない。右のような当業者がドライクリーニング用洗剤を開発製造しようとする場合、かかる洗剤の備えていなければならない第一義的な性質は洗浄能力を有することであることはいうまでもない。けだし、原告主張の(イ)ないし(リ)の諸性質はいずれもその洗剤が洗浄能力を有することを前提としているのであつて、右諸性質は有するが洗浄能力のないものではそもそもドライクリーニング用洗剤としての適格性を欠くことが明らかであるからである。ドライクリーニング用洗剤として不可欠の要件は右の洗浄能力を有することであつて、原告主張の(イ)ないし(リ)の諸性質を有することはドライクリーニング用洗剤として望ましいというに止まり、絶対的な要件ではないというべきである。けだし、原告の主張自体によつても、現在ドライクリーニング用洗剤として普通に使用されている洗剤のうち、シユトツダート溶剤(ホワイトスピリツト)は(ホ)の性質を欠き、パークロロエチレンやトリクロロエチレンは少なくとも(イ)、(ロ)、(ニ)、(ヘ)、(チ)の諸要件を充さないのであつて、
(イ)ないし(リ)の諸性質を全部備えているものは存在しないことが明らかであるからである。甲第九号証の三、第一〇号証の一ないし六、第一二号証の二、第一三号証、証人【C】、【B】、【D】の各証言中原告の主張に副う部分は、クリーニング業者の立場に立つてドライクリーニング用洗剤の望ましい条件と不可欠の要件を混同しているものと認められるので、直ちに採用することができない。
そして、報文第六表の実験結果はダイフロンS3が繊維品の洗剤として使用することができる洗剤能力を有することを示すものであることは前認定のとおりであるから、右実験結果を発表した前記講演は、ダイフロンS3が右の洗浄能力を有すること、換言すれば、他の洗剤よりも望ましい条件を多く備えているか否かはともかくとして、ドライクリーニング用洗剤として使用できることを前記の当業者が容易に想到し得る程度に開示したものと認めなければならない。
そうだとすると、前記当事者間に争いがない本願発明の要旨によれば、本願発明のもつ技術思想は、ダイフロンS3のようなクロロフルオロ炭化水素をドライクリーニング用洗剤として使用する、ということに尽きること(すなわち用途発明であること)が明らかであるところ、ダイフロンS3をドライクリーニング用洗剤として使用するという技術思想、換言すれば、ダイフロンS3がドライクリーニング用洗剤として不可欠の性質を備えている事実は、本願優先権主張日前既に前記講演によつて公知となつていたのであるから、ダイフロンS3がドライクリーニング用洗剤として望ましい前記(イ)ないし(リ)の諸性質を備え(このことは当事者間に争いがない。)、それに応じた作用効果を奏することは、公知の技術思想のもたらす作用効果を確認したに過ぎず、当業者ならば右事実から容易に推考できることであると認めるのが相当である。
したがつて、原告の主張(六)は採用の限りではない。
(七) 原告の主張(七)について、
原告の主張(七)は次の理由により主張自体失当である。すなわち、本件訴訟において審理判断の対象となるのは、本願を拒否すべきものとした本件審決の理由が違法であるか否かであつて本願発明が特許されるべきか否かではない。本件審決は、前叙のとおり、本願発明は前記講演によつて公知となつた技術思想から当業者が容易に推考できるものであること理由とするものであるところ、原告の主張(七)は、右の審決理由とは関係なく、本願発明は用途発明として特許されるべきである。というに帰するから、それ自体理由がないことは明らかである。
三 以上説示したとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないものというほかない。
よつて、これを棄却することとし、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条第158条第2項の規定を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 服部高顕
裁判官 石沢健
裁判官 瀧川叡一