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関連審決 審判1962-3026
関連ワード 新規性 /  進歩性(29条2項) /  慣用技術 /  優先権 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 昭和 41年 (行ケ) 102号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1971/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が昭和四一年三月三日、同庁昭和三七年審判第三〇二六号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
請求原因
一、特許庁における手続の経緯 原告は、一九五九年一二月一〇日にアメリカ合衆国にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三五年一二月一〇日名称を「接触的にクラツクしたガソリンの安定性を改善する方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したところ、昭和三七年七月二七日拒絶査定を受けたので、同年一二月三日審判を請求した(昭和三七年審判第三〇二六号事件)。特許庁は右審判事件について昭和四一年三月三日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年同月一六日原告に送達された(訴提起のための附加期間三月)。
二、本願発明の要旨 チオフエノール類とフエノール類を含む接触分解ガソリン中でチオフエノール類を先ず遊離酸素アルカリ溶液およびフタロシアニン触媒の存在で酸化して硫化ジフエニル類とし、生成せられた実質的にチオフエノールを含まぬガソリンを触媒から分離し、次いでアルカリ水溶液を用いて、そのガソリン中より、フエノール類の少くとも一部分を除去し、かかる処理を施したガソリンを回収することを特徴とするチオフエノール類とフエノール類を含む接触分解ガソリンの安定性を改良する方法。
三、審決理由の要点(一) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(二) 本願発明の先願にかかる特願昭三四ー三七八三号(特許第二八―八四四号、特公昭三六―四二二三号)の発明(以下「先願発明」という。)の要旨は、
「サワー炭化水素蒸留物をアルカリ性薬剤と金属フタロシアニン類、そのスルホン化およびカルボキシル化誘導体よりなる群から選択したフタロシアニン触媒との存在で酸化剤を反応せしむるサワー炭化水素蒸留物をスイートニングする方法」である。そして、この方法で処理される炭化水素にはクラツキングによつて得られるガソリンが含まれることおよび酸化剤には遊離酸素が含まれることはその明細書の記載から明らかである。
また、昭和三四年九月一五日産業図書株式会社発行の雨宮登三編「石油化学」一九六ないし一九八頁(以下「引用例」という。)には、接触分解して得られるガソリンにはフエノール等の酸性物質およびチオフエノールが含まれており、フエノール等の物質はアルカリ洗浄によつて除去できることが記載されている。
(三) そこで本願発明を先願発明と対比して検討すると、本願発明の第一工程、
すなわちチオフエノールの除去工程と先願発明とは、前者がチオフエノールの除去によるガソリンの安定化を目的とし、後者がメルカプタン類の除去による脱臭を目的としており、その意図する目的においては差異があるとしても、その操作条件すなわち使用する触媒、酸化剤等は何等の差異が認められず、その技術的構成が同一である以上、その達成される効果も、意図するといなとにかかわらず、同一であると解される。そして、本願発明の第二工程、すなわちフエノール類のアルカリによる除去工程は、引用例にみられるように接触分解によつて得られるガソリンにはフエノール類が含まれることおよびそれはアルカリで容易に除去できることが本願出願前周知であるから、ガソリン中に含まれる酸性物質の除去方法として周知方法にすぎないと認められる。
さらに、本願発明においてチオフエノールの除去工程とフエノール類の除去工程とを結合した点についてみると、引用例にも記載されているように、接触分解したガソリンには不純物としてチオフエノールとフエノールとが含まれることは周知の事実であり普通アルカリ洗浄して製品とするものであるから、各種精製操作を行つた後に最終工程としてアルカリ洗浄を行うのはガソリン精製技術上の常識と解される。してみると、酸化によるチオフエノールの除去の後に、アルカリ洗浄によるフエノール類の除去を行う行程の順序それ自体には発明が存在しないものと認められる。
(四) 審判請求人(原告)は、本願発明の効果として、
(1)アルカリ溶液を過剰に使用することなくチオフエノールを除去できること、
(2)フエノール含有アルカリ性溶液がチオフエノールを含まないこと、(3)必要な或る種のフエノールをガソリン中に残し、不必要なフエノールおよびチオフエノールを除去できることを挙げているが、(1)の効果は先願発明においても奏される効果であり、(2)の効果はチオフエノールを含まないガソリンをアルカリ洗浄したことによる当然の効果にすぎず、(3)の効果は、本願発明の特許請求の範囲に「少くとも一部分」と記載しているように、総てのフエノールを除くことも本願発明の格別の効果とは認められない。
(五) したがつて、本願発明の第二工程は周知の工程であり、かつ第一工程と第二工程を結合した点にも発明が認められない以上、本願発明は、先願発明の工程の後に周知工程を単に付加したものにすぎないから、先願発明と同一発明と認められる。よつて、本願発明は特許法第29条第1項の規定により特許することができない。
四、審決を取り消すべき事由(一) 本願発明の第一工程と先願発明とは同一発明ではないから、前者を同一発明であるとした審決の認定は誤りである。
先願発明の要旨が審決認定のとおりであること、先願発明の被処理物質であるサワー炭化水素蒸留物には本願発明の被処理物質である接触分解ガソリンが含まれること、先願発明と本願発明の第一工程がともにアルカリ溶液を使用し、同一の酸化剤および触媒を使用する方法であつて、その技術的構成が同一であること、したがつて前者の方法によつても、被処理物質にチオフエノールが含まれていれば、後者の方法による場合と同様それが除去されることは争わない。しかし、(1)前者はガソリンのメルカプタンによる悪臭の除去を目的とし、後者はチオフエノールの除去によるガソリンの安定化を目的とするから、両者は発明の課題を異にする。
(2)前者の被処理物質はメルカプタンを含んだ炭化水素蒸留物(フエノール、チオフエノールを含まないものもあり得る。)であつて、除去する物質はメルカプタンであり、後者の被処理物質はフエノールおよびチオフノールを共に含んだ接触分解ガソリンであつて、除去する物質はチオフエノールであるから、両者は被処理物質および除去する物質を異にする。したがつて、両者は同一発明ではない。
(二) 本願発明は、チオフエノール除去の第一工程とフエノール除去の第二工程とを右の順序で組合せた点に、先願発明とは異なる発明があるのであるから、これを否定した審決の認定は誤りである。すなわち、引用例に審決認定の記載があること、接触分解したガソリンには不純物としてチオフエノールとフエノールが含まれていることが周知の事実であること、フエノールをアルカリ洗浄によつて除去することが周知の方法であることは争わないが、各種精製操作を行つた後に最終工程としてアルカリ洗浄を行うことはガソリン精製技術上の常識ではない。本願優先権主張日前当業者間に周知であつたガソリン精製方法はガソリン中のメルカプタン類を濃厚アルカリ液によつて抽出する抽出法と、メルカプタン類を酸化して二硫化物に変える酸化法に大別され、本願発明の属する酸化法には、ハイポクロライド法、ドクター法、塩化銅法、インヒビター法があつたが、いずれの方法においても主要工程の前に弱アルカリ液による予備洗浄を前処理工程として組合わせるものであつて、フエノール等の不純物除去のためのアルカリ洗浄を最終工程として主要工程の後に組合わせるものはない。もつとも前記ハイポクロライド法では主要工程の後にアルカリ洗浄の工程を組合わせているが、これは主要工程でガソリン中に混入する酸塩化物の除去を目的とするものであつて、フエノール等の不純物の除去を目的とするものではない。また、本願発明はチオフエノール除去の第一工程とフエノール除去の第二工程との組合せから成るため、第二工程で使用されたアルカリ溶液にはチオフエノールが含まれないから、これからフエノールを工業的に回収してアルカリ溶液をくりかえし使用できるし、廃液として処理するとしても特に困難はない。
のみならず、第一工程においては、濃度の低いアルカリ溶液(ボーメ二ないし三〇度)を少量使用すれば足りるので、チオフエノール酸化のための遊離酸素を有効に作用させるとともに、装置の腐触を少なくすることができ、第二工程においては、
濃度の高いアルカリ溶液(ボーメ三〇ないし五〇度)を少量使用すれば足り、しかも通常の態様で実施すれば、ガソリンの安定化に有害なフエノール類だけが除去され、有用なフエノール類はガソリン中に残るので、ガソリンの安定性を増大させる作用効果を生ずる。したがつて本願発明は、第一工程と第二工程を組合せた点に、
先願発明とは異なる発明がある。
被告の答弁
本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認める。
原告主張の審決を取り消すべき事由(一)のうち、本願発明の第一工程と先願発明の目的および被処理物質がそれぞれ原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。両者は、技術的構成において一致するので、同一の結果を達成することが明らかである。すなわち、被処理物質にチオフエノールが含まれている限り、いずれの方法を実施してもチオフエノールが除去され、両者を区別することはできない。
原告主張の審決を取り消すべき事由(二)のうち、本願優先権主張日前当業者間に周知であつたガソリン精製法が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本願発明の第一工程と第二工程で使用するアルカリ濃度が異なること、第二工程で有害なフエノールだけを除去するということは、本願明細書の特許請求の範囲に記載されていないから、本願発明の要旨ではない。
したがつて、審決には原告主張の違法はない。
証拠関係(省略)
理 由一、本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであり、先願発明の要旨が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。
二、(一) 原告主張の審決を取り消すべき事由(一)について 先願発明の被処理物質であるサワー炭化水素蒸留物には本願発明の被処理物質である接触分解ガソリンが含まれること、先願発明と本願発明の第一工程がともにアルカリ溶液を使用し、同一の酸化剤および触媒を使用する方法であつて、その技術的構成が同一であることは、当事者間に争いがない。前者がメルカプタンの除去を目的とし、後者がチオフエノールの除去を目的とすることも当事者間に争いがないが、技術的構成が同一である以上両者は同一の効果を達成することが明らかであり、彼此区別することができないから、両者は同一の方法であると認めるほかない。原告は、両者の被処理物質が異なる、と主張し、被告もこれを争わないが、原告主張の被処理物質の差異は、両者の被処理物質中に含まれる不純物のうち、発明の目的との関係で意識されたものの差異に過ぎず、接触分解ガソリンが前者の被処理物質であるサワー炭化水素蒸留物に含まれることは前叙のとおりであり、接触分解ガソリンには不純物としてチオフエノールおよびフエノールが含まれることは原告の認めて争わないところであるから、原告主張の差異は右認定を左右するに足りない。
(二) 原告主張の審決を取り消すべき事由(二)について 右に判示したとおり、本願発明の第一工程は先願発明と同一の方法であるが、当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明は右第一工程の後にアルカリ洗浄によるフエノール除去の第二工程を組合せたものであることが明らかであるから、本願発明は外観上先願発明とその構成を異にするといわねばならない。しかし、右第二工程そのものが周知の方法であることは当事者間に争いがないので、第一工程と第二工程の組合せが周知であるか、または技術上無意味であることが証明されれば、本願発明は先願発明と同一発明であるといつてよいであろう。
そこで、右組合せが周知であるか否かについて判断するに、右組合せが周知であるというためには、接触分解したガソリンには不純物としてチオフエノールおよびフエノールが含まれることが周知であり、アルカリ洗浄して製品とすることが普通に行なわれていること(以下これを「慣用技術」という。)が証明されただけでは足りない。けだし、アルカリ洗浄の工程により接触分解ガソリンを製品とするという前記慣用技術には、工程の組合せという技術思想は全く含まれていないからである。したがつて、右組合せが周知であるというためには、先願発明や本願発明の第一工程と同様のチオフエノールまたはメルカプタンの酸化を行なう工程の後に、最終工程としてアルカリ洗浄によるフエノールその他の不純物除去の工程を組合わせることが、本願優先権主張日前当業者の間で周知であつたことが証明されなければならないと解すべきところ、右事実を認めるに足りる証拠は全くない。却つて、ガソリン中のメルカプタンまたはチオフエノールを酸化する工程をもつガソリン精製方法、すなわち酸化法として本願優先権主張日前当業者間に周知であつたハイポクロライド法、ドクター法、塩化銅法、インヒビター法は、いずれも酸化の工程の前にアルカリ洗浄の工程を組合わせたものであり、酸化の工程の後にアルカリ洗浄によるフエノールその他の不純物除去の工程を組合わせたものでないことは被告の認めて争わないところである。もつとも、右ハイポクロライド法は酸化の工程の後にはアルカリ洗浄を行なうものであるが、右アルカル洗浄は、酸化の工程でガソリン中に混入した酸塩化物を除去するための工程であつて、フエノールその他の不純物を除去する工程ではないことが当事者間に争いがないから、このことは前記事実を肯認する資科にはならない。したがつて、本願発明の第一工程と第二工程の組合わせは周知であるとはいえない。さらに本願発明の第一工程と第二工程の組合せが周知でないことは右に判示したとおりであるが、右組合わせが技術上無意味であるとすれば、本願発明は、先願発明に周知のアルカリ洗浄の工程を無意味に附加したことに帰するから、なお先願発明と同一発明であると認めなければならないである。
そこで、右組合わせが技術上無意味かどうかを先願発明との関係で検討するに、成立に争いのない甲第三号証によれば、先願発明を実施するに当つては、その工程の前にアルカリ洗浄によるフエノールその他の不純物除去の工程を組合わせて実施するのが普通であることが認められるので、先願発明の実施においては、そのアルカ洗浄の工程で回収されるアルカリ溶液にはフエノールのみならずチオフエノールも含まれることが明らかである。これに反し、本願発明は、前に判示したとおり、チオフエノール除去の第一工程の後にフエノール除去の第二工程を組合わせたものであるから、第二工程で回収されるアルカリ溶液にはフエノールだけが含まれ、チオフエノールは含まれないことが明らかである。したがつて、原告主張のその余の作用効果について判断するまでもなく、本願発明の前記工程の組合わせは技術上無意味ではないといわねばならない。
したがつて、本願発明と先願発明とはその構成を異にするといわねばならない。
審決は、前記慣用技術を理由として「各種精製操作を行なつた後に最終工程としてアルカリ洗浄を行なうのはガソリン精製技術上の常識と解される。」したがつて本願発明の第一工程と第二工程との組合わせ自体には「発明が存在しない」と認定している。そして、「発明が存在しない」ということは新規性のみならず、進歩性も存在しないという意味であるから、審決の右認定は、本願発明の第一工程と第二工程の組合わせは前記慣用技術から当業者の容易に推考できるものに過ぎない、という趣旨であると解するほかない。しかし、本願発明が先願発明と同一発明であるか否かは、本願発明の構成が先願発明の構成と同一であるか否か、換言すれば本願発明が先願発明に対する関係で新規性を有するか否かによつて定まるのであつて、
本願発明が先願発明との関係で進歩性を有するか否かは、両発明が同一発明であるか否かの判断には無関係である。したがつて、審決の右認定は特許法第39条第1項の解釈を誤つたものであるといわねばならない。
以上判示したとおり、本願発明と先願発明とはその構成を異にするから同一発明でないことが明らかであり、これを同一発明と認定した審決には原告主張の違法があるといわねばならない。
三、よつて原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 服部高顕
裁判官 石沢健
裁判官 瀧川叡一