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関連審決 審判1968-5902
関連ワード 技術的思想 /  方法の発明 /  製造方法 /  使用方法 /  先願主義 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  侵害 /  審判制度 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 昭和 45年 (行ケ) 20号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1971/06/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日とする
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四四年一〇月七日、同庁昭和四三年審判第五九〇二号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
請求原因
一、本件の特許庁における手続の経緯 原告は特許第四三四六二四号(発明の名称「非水溶性モノアゾ染料の製法」、出願昭和三五年六月三〇日、登録昭和三九年一二月一〇日。以下「本件特許」という。)の特許権者である。原告は、昭和四三年八月六日、特許庁に対し本件特許につき訂正審判を請求した(昭和四三年審判第五九〇二号)。特許庁は右審判事件につき昭和四四年一〇月七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月三一日原告に送達された(出訴期間として三ケ月を付加)。
二、本件特許の特許請求の範囲別紙一のとおり。
三、審決理由の要点 本件特許の特許請求の範囲は右二のとおりである。
本件審判請求の趣旨は、本件特許の明細書のうち、特許請求の範囲を別紙二のとおり訂正し、これに対応するように発明の名称および詳細な説明の記載を訂正しようとするものであり、したがつて、特許請求の範囲を特定の染料の製造方法から、
右特定の染料による特定の繊維および該繊維で作つた繊維製品を染色または捺染する方法に変更しようとするものである。そして、本件特許発明と右変更後の特件請求の範囲による発明は、同一の染料に関するものであり、その構成要件の一部について共通する点があるとしても、両者は産業上異なる分野に属する技術に関するから、その技術的思想はそれぞれ別個の発明と認められる。したがつて、本件特許の明細書を前記のように訂正することは、特許請求の範囲の実質上の変更に相当するから、特許法第126条第2項により、これを許可すべきではない。
四、審決を取り消すべき理由 本件訂正審判請求の趣旨が審決認定のとおりであることは認めるが、右訂正が特許請求の範囲の実質上の変更に相当することは争う。特許法第32条第3号によれば、化学方法により製造されるべき物質の発明は特許を受けることができないから、特定の染料を製造する方法の発明についての特許は、特許法第2条第3項第3号により、その方法を使用する行為と同時に、その染料の輸入および使用をも禁ずる効力を有している。すなわち、本件特許発明はその明細書の発明の詳細な説明に記載された広範囲の染料の使用法を包含するものである。原告が本件訂正審判の請求により訂正しようとした特許請求の範囲は、本件特許発明に包含される前記広範囲の使用法を、ポリエステルより成る繊維の染色または捺染に使用することのみに限定したものであつて、本件特許の特許請求の範囲減縮したものであり、これを実質上変更したものではない。よつてこの点の判断を誤つた審決は違法として取り消されるべきである。なお、審決の判断が誤りであることは、本件と同様の明細書の訂正につき、特許庁が特許請求の範囲を実質上変更するものではないと判断した次の事例があることから明らかである。すなわち、特許庁は、昭和三五年特許願第五一五七六号について、「下記一般式(省略)の染料(括弧内省略)を含有することを特徴とする合成及び半合成物質より成る製品を染色し及び捺染する染浴及び捺染のり」との特許請求の範囲を、出願人の提出した訂正明細書案記載のとおり、
「下記一般式(省略)の染料(括弧内省略)で表わされる材料を使用することを特徴とするポリエステル系繊維を染色及び(又は)捺染する方法」と訂正することは特許請求の範囲を実質上変更するものではないと認め、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第75条第5項により、同趣旨の訂正命令を発し、右特許願は訂正された明細書に従つて特許された(昭和四二年特許第三一九〇二七号)。
被告の答弁
本件の特許庁における手続の経緯、本件特許の特許請求の範囲、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、
昭和三五年特許願第五一五七六号の特許されるまでの経過が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の原告の主張は争う。特許法第2条第3項第3号は特許権の効力を規定したものに過ぎず、特許発明技術的範囲は、特許法第70条により、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。右の特許法第70条の規定と訂正審判制度の趣旨を考慮すれば、本件訂正の許容される範囲は、本件特許の特許請求の範囲に記載された技術的事項の枠内に限られることが明らかである。本件訂正審判の請求の趣旨は、本件特許請求の範囲に記載された特定の染料の製造方法を、発明の詳細な説明にしか記載されていない右染料による特定物質の染色法に訂正しようとするものであるから、これを特許請求の範囲の実質上の変更に相当するとした審決の判断は正当である。なお、昭和三五年特許願第五一五七六号の訂正前の明細書と訂正後の明細書を対比しても、染色手段そのものに発明の主要な構成点があるものではなく、染色に利用すべき染料の選択に主要な構成点があるものであるから、「染浴及び捺染のり」と記載するか、「染色法」と記載するかは、発明の実質を変更するような訂正には当らない。したがつて、原告主張の事例は本件とは事案を異にする。
証拠関係(省略)
理 由 本件の特許庁における手続の経緯、本件特許の特許請求の範囲、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
本件訂正審判請求の趣旨が、審決認定のとおり、本件特許請求の範囲の記載を別紙一から別紙二のとおり訂正しようとするものであることは、原告の認めて争わないところであるから、特許請求の範囲を特定の染料の製造方法から、右特定の染料による特定の繊維および該繊維で作つた繊維製品を染色まは捺染する方法に変更しようとするものであることが明らかである。そこで右訂正が特許請求の範囲の実質上の変更に相当するか否かについて判断する。
特許法第126条第1項、第二項は、特許権者が願書に添附した明細書または図面を訂正できる場合を制限しているが、原告の主張は、右法条の立法趣旨が、訂正前はその特許権の侵害とならなかつた行為が訂正の結果、特許権の認定登録の時に遡つて(特許法128条)、侵害とみなされることを避けようとするにあることを前提とするものと解される。右の前提に立つ限り、特許発明が特定の染料の製造方法の発明であるときは、その染料を使用する行為は全部右特許権の侵害になるから(特許法第2条第3項第3号第68条)、右特許発明をその染料の特定の使用方法の発明に訂正しても、訂正前に右特許権の侵害とならなかつた行為が右訂正によつて新たに侵害とみなされるに至ることのないことは原告主張のとおりであり、したがつて右のような訂正を許さない実質的理由はないことになろう。
思うに、特許法第126条第1項、第二項が訂正のできる場合を制限している趣旨が訂正によつて第三者の利益を害することを避けることは原告主張のとおりである。しかし、訂正によつて利益を害されるおそれのある第三者は、原告主張の行為をしている者だけではなく、訂正後の発明と同一発明につき特許を受け、または特許出願をしている第三者も訂正の結果その利益を害される可能性がある。もし、特許発明技術的範囲拡張または変更する訂正が行われると、訂正前はその特許発明と同一発明ではなかつた発明が、その特許権の出願の時に遡つて(特許法第128条)、これと同一発明とみなされる結果、後願として特許を拒絶され(特許法第39条)、または特許を無効にされる(特許法第123条第1号)可能性が生ずる。特許法第126条第2項が特許請求の範囲の実質上の拡張または変更に当る訂正を禁じている趣旨は、第三者が右のような不利益を蒙る可能性を避けて先願主義を貫くことを明らかにするにあると解するのが相当である。したがつて特許法第2条第3項第3号の適用があるため、特許権の侵害となる実施行為の範囲が訂正の結果拡張または変更されることがないというだけでは、その訂正が特許請求の範囲の実質上の拡張または変更に当らないということはできない。
そして、ある物の製造方法に関する発明とその物の使用方法に関する発明が異なる技術分野に属し、その技術的範囲を異にする別個の発明であることは言を俟たないところ、特許発明技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないから(特許法第70条)、特許請求の範囲に物の製造方法の発明だけが記載されているときは、たとえ発明の詳細な説明にその物の使用方法が記載されていても、その特許発明技術的範囲は特許請求の範囲に記載された物の製造方法に限られることは明らかである。これを本件についてみるに、本件特許の特許請求の範囲には特定の染料の製造方法だけが記載されていることは前叙のとおりであるから、発明の詳細な説明にその染料の使用方法が記載されていても、本件特許発明技術的範囲はその染料の製造方法に限られ、したがつて特許請求の範囲の記載をその染料を使用する特定の繊維および繊維製品の染色または捺染法に訂正することは、本件特許発明技術的範囲変更するもの、すなわち特許請求の範囲を実質上変更するものであるといわねばならない。よつて、本件審決には原告主張の違法はない。
なお、昭和三五年特許願第五一五七六号の特許されるまでの経過が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがないが、当事者間に争いのない訂正前の明細書の特許請求の範囲の記載によれば、その発明の技術的範囲は物である「染浴及び捺染のり」に関する発明であるというよりは、むしろ特定の染料を使用する合成および半合成繊維より成る製品を染色および捺染する方法に関する発明であつたと認めるべきであるから、特許請求の範囲の記載を右特定染料を使用することを特徴とする「ポリエステル系繊維を染色及び(又は)捺染する方法」に訂正することは、技術的範囲減縮であつてこれを変更するものではないといわねばならない。したがって、右事例は本件とは内容を異にし、本件審決の認定がこれと矛盾牴触するものでないことは明らかである。
よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する
裁判官 服部高顕
裁判官 石沢健
裁判官 瀧川叡一