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関連審決 不服2002-11707
関連ワード 技術的思想 /  新規性 /  29条1項3号 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  援用権(援用) /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 194号 審決取消請求事件
原告 キヤノン株式会社
訴訟代理人弁護士 山ア順一
同 新井由紀
訴訟代理人弁理士 大塚康徳
同 高柳司郎
同 大塚康弘
同 木村秀二
同 松丸秀和
同 下山治
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 津田俊明
同 小澤和英
同 清水康司
同 高橋泰史
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002―11707号事件について平成16年3月19日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,特許庁から拒絶査定を受けたため,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたので,同審決の取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 ア 出願 原告は,平成8年6月27日にされた特許出願に基づき特許法41条による優先権を主張して,平成9年6月9日,特許庁に対し,発明の名称を「インクジェット記録方法及びその装置とインクジェット記録ヘッド」とする発明につき出願した(平成9年特許願第151359号。以下「本願」という。)。
拒絶査定 本願に対し特許庁は,平成13年9月17日付けで原告に対し,これを拒絶すべき旨の通知を行った(乙5)ため,原告は同年11月26日付けで手続補正を行った(甲9。以下「第1次補正」という。)。しかし特許庁は,第1次補正自体は許容したものの,補正後の発明も特許法29条2項独立特許要件を満たさないとしてこれを容れず,平成14年5月21日,拒絶査定をした(甲11)。
ウ 審判請求 そこで,原告は,平成14年6月26日,拒絶査定不服審判を請求する(不服2002―11707号)とともに,同年7月26日付けで手続補正(甲13。以下「第2次補正」という。)をした。
エ 審決 特許庁は,上記事件についての審理を遂げた上,平成16年3月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,同年4月5日,原告に送達された。なお,同審決の中で,第2次補正は却下された。
(2) 発明の内容 原告の出願した本件発明の請求項は,本願時,第1次補正時及び第2次補正時のいずれにおいても,1項ないし31項であるが,そのうち本件審決及び本件訴訟において主として問題とされる請求項1及び10は,次のとおりである。
ア 第1次補正時(第2次補正前)の請求項1及び10(下線部は第1次補正に係る箇所) 「【請求項1】記録ヘッドの複数の記録要素のそれぞれよりインクを吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録装置であって, 前記記録ヘッドの各記録要素よりのインク吐出量を異ならせて,複数 の大きさの ドット を形成 させ るインク吐出量変更手段と, 前記インク 吐出量変更手段 により 複数 の大きさの ドット を周期的 に形成するための 複数 のタイミング を規定 するタイミング制御手段と, 画像データ を,対応 する 大きさの ドット の形成 の有無 を示す記録 データに変調する変調手段と, 前記変調手段により変調された記録データを,前記タイミング制御手段により規定 された 複数 のタイミング のうち 形成 すべき 大きさの ドット に対応 する タイミング に同期して出力することにより前記記録媒体上に画像を記録するように制御する制御手段と, を有することを特徴とするインクジェット記録装置。」 「【請求項10】記録ヘッドの複数の記録要素のそれぞれよりインクを吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法であって, 画像データ を,対応 する 大きさの ドット の形成 の有無 を示す記録データに変調する変調工程と, 互いに インク 吐出量 を異ならせた 複数 の大きさの ドット を周期的 に形成するための 複数 のタイミング を規定 する 工程 と, 前記変調工程で変調された記録データを, 前記規定 された 複数 のタイミング のうち ,形成 すべき 大きさの ドット に対応 する タイミング に同期して出力することにより,前記記録媒体上に画像を記録する工程と, を有することを特徴とするインクジェット記録方法。」(以下,この発明を「本願発明」という。) イ 第2次補正後の請求項1及び10(下線部は第2次補正後の箇所) 「【請求項1】記録ヘッドの複数の記録要素のそれぞれよりインクを吐出し,画素を複数 のドット で形成 することにより 記録媒体に記録を行うインクジェット記録装置であって, 画素を複数の大きさのドットで 形成させるため ,前記記録 ヘッド の各記録要素 よりの インク 吐出量 を,供給 される 複数 の駆動信号 に応じて 異ならせる インク吐出量変更手段と, 画素を複数の大きさのドットで形成可能 とするため, 前記複数 の駆動信号を前記 インク 吐出量変更手段 に供給 すべき 周期的 な複数のタイミングを規定するタイミング制御手段と, 画素に対応 する 画像データを,対応する大きさのドットの形成の有無を示す記録データに変調する変調手段と, 前記変調手段により変調された記録データを,前記タイミング制御手段により規定された複数のタイミングのうち形成すべき大きさのドットに対応するタイミングに同期して出力することにより,対応 する 前記複数 の駆動信号 を前記 インク吐出量変更手段 に供給 して 前記記録媒体上に画像を記録するように制御する制御手段と, を有することを特徴とするインクジェット記録装置。」 「【請求項10】記録ヘッドの複数の記録要素のそれぞれよりインクを吐出し,画素 を複数 のドット で形成 することにより 記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法であって, 画素に対応 する 画像データを,対応する大きさのドットの形成の有無を示す記録データに変調する変調工程と, 互いにインク吐出量を異ならせた画素を複数の大きさのドットで 形成可能とするため, 複数 の駆動信号 を供給 すべき 周期的 な複数のタイミングを規定する工程と, 前記変調工程で変調された記録データを,前記規定された複数のタイミングのうち,形成すべき大きさのドットに対応するタイミングに同期して出力することにより,対応する 前記複数 の駆動信号 を供給 して 前記記録媒体上に画像を記録する工程と, を有することを特徴とするインクジェット記録方法。」(以下,請求項10に係るこの発明を「補正発明」という。) (3) 本件審決の内容 本件審決の詳細は,別紙のとおりである。その要点の第1は,平成14年7月26日付けの手続補正(第2次補正)を却下するというものであり,その理由とするところは,@第2次補正が,新規事項を追加するものであるため,特許法17条の2第3項に違反する,A第2次補正後の請求項1に係る発明についての明細書の記載が,特許法36条4項及び6項に違反するため,上記発明は独立特許要件を欠如する,及びB第2次補正後の請求項10に係る補正発明が,特開平7―195692号公報(甲2。以下「引用例」という。)記載の発明との対比において,新規性ないし進歩性を欠くものであるから,独立特許要件を欠如するというものである。その要点の第2は,前記のとおりの補正(第2次補正)が許されないから,平成13年11月26日付けの第1次補正時の発明を前提として審判をすることになるところ,第1次補正時の請求項10の発明(本願発明)は,引用例記載の発明との対比において,新規性ないし進歩性を欠くものであって,特許を受けることができない,としたものである。
(4) 本件審決の取消事由 しかしながら,本件審決は,以下のとおり,第2次補正の適法性や本願発明の新規性進歩性についての判断を誤り,また,手続違背の瑕疵を有するものであり,その違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
ア 取消事由1(第2次補正についての判断の誤り) 本件審決は,第2次補正を誤って却下した結果,請求項10に係る発明の要旨を,第2次補正後のもの(補正発明)ではなく,第2次補正前のもの(本願発明)であると誤って認定したものである。
すなわち, (ア) 新規事項の判断の誤り 本件審決は,第2次補正中,請求項1の補正前「前記インク吐出量変更手段により複数の大きさのドットを周期的に形成するための複数のタイミングを規定するタイミング制御手段」を補正後「前記複数の駆動信号を前記インク吐出量変更手段に供給すべき周期的な複数のタイミングを規定するタイミング制御手段」とする点(補正事項1)が,新規事項の追加に該当するとしたが,誤りである。
すなわち,本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(甲8。以下「当初明細書等」という。)の請求項1,【0035】及び【図6】の記載によれば,「インク吐出量変更手段」とは,一つの吐出ノズルに設けられた複数のヒータ(=ドライバ)の駆動制御によって各記録要素(=ノズル)よりのインク吐出量を異ならせる手段を意味するものであり,その具体的構成が当初明細書等に明確に開示されていることは明らかである。
また,かかるインク吐出量変更手段に複数の駆動信号を周期的な複数のタイミングにおいて供給することについては,当初明細書等の【0038】に記載されている。
このように,インク吐出量変更手段に駆動信号が供給されるとした補正事項1は,当初明細書等に全て記載されているから,新規事項に当たらない。
(イ) 記載不備の判断の誤り 本件審決は,補正事項1が当初明細書等に記載されていない以上,補正事項1を含む請求項1に係る発明についての明細書の記載は,特許法36条4項及び6項に規定する要件を満たしていないため,上記発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができない旨判断した。
しかしながら,前記のとおり,補正事項1は当初明細書等に明確に記載されているから,本件審決の上記判断は,その前提を欠き,誤りである。
(ウ) 引用例発明1に基づく新規性の判断の誤り a 本件審決は,引用例(甲2)に記載された記録方法であって,「1回目の走査で小ドットパルスだけによりインク吐出を行い,2回目の走査で大ドットパルスだけによりインク吐出を行う」という「マルチスキャン法」を採用したものとして,引用例発明1を認定するが,このような発明は,引用例に記載されていないから,上記認定は誤りである。
すなわち,引用例のマルチスキャンについての記載は,「本実施例の方法を,1画素の複数の走査での液滴吐出によって形成するいわゆるマルチスキャン法に適用することで粒状性の目立たない画像を形成することも可能である」(段落【0025】)というものにすぎないから,ここにおけるマルチスキャンを,本件審決が認定するようなものと解すべき根拠はない。
引用例では,「最小画素形成時以外は上記の単数のインク滴吐出後,上記のエネルギー量より単位時間当りのエネルギー量が多くなる第2の吐出信号により液滴を吐出させて大きい画素の形成を可能とする」(段落【0011】)との記載から明らかなように,1画素を形成する際に「1つの大ドットパルス」のみを用いることを全く想定していない。具体的には,引用例記載の発明では,最小画素以外の画素は必ず小ドットパルスと大ドットパルス(【図1】B〜D),あるいは複数の大ドットパルス(【図5】B〜D,【図6】B〜D)を用いて形成されている。したがって,本件審決が認定するようなマルチスキャン法を採用した発明は,引用例に記載されていない。
むしろ,引用例が示唆したマルチスキャン法は,例えば,特開平4-358847号公報(甲15)のように,「1画素1スキャン当たりのインク滴を複数とするマルチスキャン法」であると考えるのが自然である。
b 本件審決は,引用例発明1を前提として,「印加電圧を各ヒータに印加することを許可するイネーブル信号を用意しておき,2値化データによってイネーブル信号を更に許可するか禁止するかを決定することは普通に行われており,引用例発明1においてもこのような手段を採用しているとみるのが自然である」旨,「引用例発明1の小ドットパルス・大ドットパルスとは,イネーブル信号の形態が2とおり存在するということであり,そのことは補正発明の「複数の駆動信号」と異ならない。」旨を説示する。
しかしながら,引用例の小ドットパルス及び大ドットパルスは,直接ヒータを駆動するための吐出信号であり,例えば【図1】A〜Dに示された吐出信号は,画素値(階調)に応じて決定される吐出信号の一例を示したもので,単に画素値がどのような値の範囲にあるかに応じていずれかの吐出信号を選択して直接ヒータに印加するものである(段落【0018】,【0036】)。したがって,引用例記載の発明では,印加電圧を各ヒータに印加することを許可するイネーブル信号を用意したり,画素値を2値化した2値化データを作成したりする必要性がなく,当然,そのような記載も一切見当たらないので,本件審決の上記説示も誤りである。
(エ) 引用例発明2に基づく進歩性の判断の誤り 本件審決は,「引用例発明2において,【図1】Bの波形だけを用意しておき,前半の小ドットパルスの期間と後半の大ドットパルスの期間毎に,それぞれのパルスを許可又は禁止する2値化データを画像データから作成しておくことは,引用例発明2がマルチドロップレットによる記録方法の1種である以上,当業者にとって想到容易というよりない。」とした上で,「引用例発明2において,通常のマルチドロップレットによる記録方法において採用されている工程を採用することが当業者にとって容易である以上,相違点に係る補正発明の発明特定事項を採用することも容易であるといわなければならない。」と判断するが,誤りである(なお,補正発明と引用例発明2との一致点及び相違点の認定は争わない。)。
すなわち, a 引用例記載の発明では,画素に対応するヒータ駆動用の吐出信号が複数パターン(例えば【図1】A〜D)用意されているのであるから,それらを利用すればよいだけのことであり,イネーブル信号と画素に基づく2値化データを作成して,さらにヒータ駆動用の吐出信号を生成する必要性は全くない。イネーブル信号を用意することや,画素に基づく2値化データを生成することは,引用例の本来の趣旨に反して,引用例の発明を無意味に複雑化するだけである。
つまり,引用例記載の発明とは,入力された画素値に応じて吐出信号のパターンが複数の中から一義的に決定されるものである。したがって,吐出信号に対応する画素値が入力されたと判定されたならば,そのまま吐出信号を出力してヒータを駆動すればよい。
一方,本件審決が想到容易であるとする処理では,吐出信号に対応した画素値が入力される場合でも,直ちに吐出信号が選択されることはない。そして,その代わりに,予め用意された波形から吐出信号を生成するための2値化データが生成され,その2値化データで,予め用意された波形の小ドットパルス期間と大ドットパルス期間とを許可して初めて吐出信号が生成され,吐出が行われるということになる。このような処理は,画素値に対応する吐出信号のパターンを選択すればよいという極めて簡潔な処理を,不必要に複雑化して,引用例記載の発明そのものの特徴を完全に否定してしまっている。そのような処理は,引用例が開示するそもそもの意図に反するものであって,引用例の記載に基づいて当業者が想到し得る技術的事項とは認められない。
b 引用例の【図1】に示されたパルス列は,記録される画像の情報が反映された信号であって,かつ,ヒータに供給される信号そのものである。一方,本件審決が挙げる周知技術では,記録される画像の情報が全く反映されていない信号をイネーブル信号として用いている。したがって,引用例の【図1】Bの信号をイネーブル信号とすることは,引用例の趣旨を阻害するものである。
c 引用例では,【図5】及び【図6】の波形を【図1】の変形例としており(段落【0026】,【0028】),【図1】が使用される発明に対しては,当然に【図5】及び【図6】も適用可能と理解されるところ,【図5】や【図6】においては,最初に登場する波形の形状及び時点がAとBで異なっている。したがって,引用例は,本件審決の挙げる周知技術のような技術的思想を全く想定していない。
d 特開昭57―160654号公報(甲7)記載の発明は,実際はインク滴を複数使いながら,見た目では1ドットとして重ね打つために,複数のインク滴が重なるようにインク滴の径と遅延時間とを設定するものであり,そこにおける「パルス列から適宜パルスを選択的に用いて駆動」とは,【図5】に示される4種類のパルスのうち,最初DP1を選択し,T時間経過後にDP2を選択し,更に(n-1)T時間経過後にDpnを選択し,それぞれ選択したパルスを用いて駆動を行うことを総括的に表現したものであって,結局のところ,「選択的に」とは,パルス列を構成する各パルスを「同時に使用しない」という意味でしかない。したがって,当然のことながら,甲7には,各パルスを選択して駆動を行うための具体的構成は全く記載されていない。このように,甲7には,画像データに応じたパルス列が供給されることが記載されているのみである点では,引用例と変わらない。
e 本件審決は,「相違点に係る補正発明の発明特定事項を採用したことによる格別の作用効果を認めることができない。」と判断するが,誤りである。
補正発明は,「変調工程」,「タイミングを規定する工程」及び「画像を記録する工程」という相違点に係る構成を有することにより,サイズの異なるドットを形成するための各ドットサイズに対応した駆動信号が周期的に与えられ,その結果として異なる大きさのドットが周期的に形成されるため,制御手段を簡略化することができ,しかも,かかる簡略された制御手段によるにもかかわらず,所望の解像度を得ることができる,という特有の効果を達成するものである。
イ 取消事由2(本願発明の新規性進歩性についての判断の誤り) 本件審決は,「本願発明は,引用例発明1そのものであるために特許法29条1項3号に該当し,また,引用例発明2に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから特許法29条2項に該当し,いずれにしても特許を受けることができない」とした。しかしながら,前記ア(ウ),(エ)と同様の理由により,上記判断は,いずれも誤りである。
ウ 取消事由3(審決の手続違背) 本件審決は,査定の理由と異なる理由で請求が成り立たないと判断したものであるにもかかわらず,新たな拒絶理由が原告に対して通知されていないから,本件審決は,特許法159条2項に違反する。
すなわち,拒絶査定(甲11)においては,引用例について,「高品位の画像を得るために,同一位置に着弾する大小のインク滴を吐出する際に,小ドットを大ドットより先に吐出するように大小ドットの吐出タイミングを制御するようにした点が開示されている」との拒絶理由通知(乙5)における認定が引用されているのみである。
しかるに,本件審決は,@拒絶査定では認定されていない引用例発明1,2を新たに認定した上で,A引用例発明1に基づき,拒絶査定では全く触れられていない本願発明に係る新規性欠如の判断をするとともに,B引用例発明2に基づき,従前引用されたことのない特開平6-179268号公報(甲4),特開昭63-286357号公報(甲5),特開平6-15846号公報(甲6)及び特開昭57-160654号公報(甲7)を新たに援用しながら,拒絶査定に示されている理由とは別の理由付けによって本願発明に係る進歩性欠如の判断をしたものである。
特に,本件審決は,本願発明の「タイミング」を走査期間と同視し,本願発明がマルチスキャン法を採用するものであることを前提に,引用例発明1との対比を行っているが,このようなとらえ方は,拒絶査定ではなされていない。
したがって,本件審決が,査定の理由と異なる拒絶の理由に基づいてなされたものであることは明らかである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)(2)(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論 本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。
(1) 取消事由1について ア 新規事項の判断について 当初明細書等には,複数のヒータの駆動制御手段を必須の内容とする「インク吐出量変更手段」がどのような構成を有するのか,また,その「インク吐出量変更手段」に「複数の駆動信号」がどのように供給されるか,について,具体的な記載がないから,補正事項1が当初明細書等に記載されていないとした本件審決の判断に誤りはない。
イ 記載不備の判断について 上記のとおり,補正事項1が当初明細書等に記載されていない以上,本件審決の記載不備についての判断にも誤りはない。
ウ 引用例発明1に基づく新規性の判断について 本件審決は,引用例記載の発明について,議論を簡略化するため,大ドットパルスが2以上印加される場合を排除し,最大で2ドットに限定したものであり,「1つの大ドットパルス」のみを用いて記録すると認定したのではない。そして,1画素を最大2ドットで形成する場合に,マルチスキャン法であれば,1回の走査で最大1ドット記録するしかありえず,他方,引用例記載の発明では,第1インク滴が小ドットとなる旨定められているのだから,「1回目の走査時には,画像データに応じて小ドットパルスを吐出手段に印加し,2回目の走査時には画像データに応じて大ドットパルスを吐出手段に印加する」ことになる。したがって,本件審決の引用例発明1の認定にも当然誤りはない。
インクジェット記録方法における駆動原理としては,一定の印加電圧とイネーブル信号の組合せとする方法と,イネーブル信号を用いないで直接吐出手段に印加する駆動信号を形成する方法の2つの方法がある。本件審決は,ヒータを用いた引用例発明1にあっては,前者の方法(イネーブル信号を用いる方法)がはるかに自然であるから,「引用例発明1においてもこのような手段を採用しているとみるのが自然であり,これ以外の理解をすることは著しく困難である。」としたものであり,誤りはない。なお,引用例発明1において後者の方法も可能であることは認めるが,仮に,そのような方法であっても,補正発明との相違点は存在しない。
エ 引用例発明2に基づく進歩性の判断について 引用例発明2の本来の趣旨とは,粒状性向上と共に高濃度記録を可能とするために,「第1の吐出信号」(小ドットパルス)と「第2の吐出信号」(大ドットパルス)を併用し,「第1の吐出信号」は単数とし,「第2の吐出信号」は「第1の吐出信号」によるインク滴吐出後に吐出手段に印加することにあり,複数の吐出信号のパターンを用意しておくことにあるわけではない。そうであれば,引用例発明2において,個々の吐出手段に印加される吐出信号が,画像データに応じて引用例【図1】A又はBとなるような駆動形態であれば,いかなる駆動方法を採用しても,引用例発明2の趣旨に反しないことは明らかである。仮に,引用例発明2が複数の吐出信号のパターンを用意しておくものに限定されるとしても,それを改変してはならない理由はない。そして,「マルチドロップレットによる記録方法においては,1つの画素に記録する期間を複数に分割し,分割期間毎に画像データに基づく2値化データを作成し,分割期間毎に与えられる駆動信号(ヒータを用いる場合,通常はイネーブル信号である。)の許可・禁止を上記2値化データにより行うこと」が周知であることについては,原告も認めており,上記周知技術と引用例発明2とは,マルチドロップレットによる記録方法である点で共通するのであるから,引用例発明2の上記趣旨を阻害することなく,駆動方法として周知技術を採用することができるのであれば,そのように変更することは容易想到性の範囲内である。そして,@周知技術では,駆動信号は同一波形であるが,引用例発明2では各画素の最初の吐出信号は小ドットパルスであり,他は大ドットパルスであることや,A引用例発明2に周知技術を採用すれば,各画素当たり最初の駆動信号(イネーブル信号)が,画像データに関係なく小ドットパルスとならざるを得ないことは,本件審決が説示したとおり,周知技術の採用を阻害するものではなく,他に阻害要因はない。
(2) 取消事由2について 上記(1)ウ,エと同様の理由により,本願発明の新規性進歩性についての本件審決の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3について 拒絶理由通知(乙5)には,引用例記載の発明としてマルチスキャン法を排除する旨の記載は一切ない。引用例は,図面を含めてもわずか9頁の公開公報であり,拒絶理由が排除した部分を除けば,検討すべき箇所はさらに少なくなる。しかも,引用例は,原告自身の出願に係る公開公報であるから,その内容を最も知悉しているのは,原告自身である。そうであれば,拒絶理由通知を受けた原告は,当然,引用例記載のマルチスキャン法を出発点とした場合の補正発明の新規性及び進歩性について,十分検討しなければならない。したがって,本件審決が引用例発明1を認定したことに,手続違背はない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(本件審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 争点に関する判断の順序 原告は,本件審決には取消事由があると主張し,その事由として1(第2次補正についての判断の誤り),2(本願発明の新規性進歩性についての判断の誤り),3(審決の手続違背)を挙げ,これに対し被告はいずれも争っている。
このうち,前記1,2の取消事由は本件審決の実体判断に関するものであり,一方,前記3の取消事由は本件審決の手続の適否に関するものである。そこで,最初に手続問題である取消事由3について判断し,次いで実体判断に関する問題である取消事由1,2について順次判断することとする。
3 取消事由3(審決の手続違背)について (1) 原告は,「本件審決は,査定の理由と異なる理由で請求が成り立たないと判断したものであるにもかかわらず,新たな拒絶理由が原告に対して通知されていないから,本件審決は,特許法159条2項に違反する。」旨主張する。
具体的には,「本件審決は,@拒絶査定では認定されていない引用例発明1,2を新たに認定した上で,A引用例発明1に基づき,拒絶査定では全く触れられていない本願発明に係る新規性欠如の判断をする(特に,本件審決は,本願発明の『タイミング』を走査期間と同視し,本願発明がマルチスキャン法を採用するものであることを前提に,引用例発明1との対比を行っているが,このようなとらえ方は,拒絶査定ではなされていない。)とともに,B引用例発明2に基づき,従前引用されたことのない甲4ないし7を新たに援用しながら,拒絶査定に示されている理由とは別の理由付けによって本願発明に係る進歩性欠如の判断をしたものである。」旨主張する。
(2)ア ところで,本願についての平成13年9月17日付け拒絶理由通知書(乙5)には,「この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」と記載された後に,請求項10等の請求項について,引用文献1(甲22。
特開平2―301446号公報)と共に,引用文献2として本件の引用例(甲2。
特開平7―195692号公報)が挙げられている。さらに続いて,「上記引用文献2には,インク滴を吐出するインクジェット記録ヘッドの階調方法として,最小の画素を小さくし画像の粒状性を抑制して高品位の画像を得るために,同一位置に着弾する大小のインク滴を吐出する際に,小ドットを大ドットより先に吐出するように大小ドットの吐出タイミングを制御するようにした点が開示されている。」,「また,請求項1,10,14における記録データを変調する点は,引用文献3(特開平3―288651号公報・判決注甲23)にも示されるように,従来より階調記録方法において周知の手段であると解される。」,「したがって,各請求項に係る発明は,上記引用文献2に記載の階調記録技術に,上記指摘した従来周知の手段等を適宜採用する際に,当業者が容易に実施し得る設計上の変更をしたものと解される。」と記載されている。
イ 次に平成14年5月21日付け拒絶査定書(甲11)には,「この出願については,平成13年9月17日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって,拒絶をすべきものである。」と記載された後に,「備考」として,その中間部分に,「補正後の請求項1,10に記載された『複数の大きさのドットを周期的に形成するための複数のタイミングを規定する』手段は,特開昭54―74435号公報(例えば,特許請求の範囲に記載された『相互に位相がずれた複数個の印写付勢パルスを順次に発生する』手段に関する事項参照)にも示されるように従来周知の手段であると解される。」,「してみると,先に示した引用文献2に開示された大小ドットのインク滴の吐出タイミングを規定する手段として当該周知手段を採用することは,当事者が必要に応じて適宜選択することにより容易に採用し得る設計的事項であると解さざるをえない。」と記載されている。
ウ 一方,本件審決書の内容は,別紙審決(甲1)のとおりであり,同書面においては,特開平7―195692号公報(甲2)が前記拒絶理由通知及び拒絶査定書と同じく「引用例」と記載され,その引用例から「引用例発明1」と「引用例発明2」が抽出されている。そして,本件審決においては,本願発明は引用例発明1そのものであるから特許法29条1項3号により特許をうけることはできないとされ,また本願発明は引用例発明2に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない等とされている。
(3)ア ところで,拒絶査定に対する審判に関する特許法159条2項は,拒絶理由通知に関する50条を準用しているが,その趣旨は,審判官が審決において新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,予めその理由を出願人に通知して,同人に弁明ないし補正の機会を与えるためであるから,審決における理由付けが拒絶査定又はそれに先立ってなされた拒絶理由通知と若干異なる箇所があっても,実質的に通知がなされていると認めることができるときは,審判手続が違法となるものではないと解するのが相当である。
そこで,以上の観点に立って本件をみると,前記のとおり,本願についての拒絶査定は,前記のとおり,その理由として,平成13年9月17日付け拒絶理由通知書に記載した理由を引用しているところ,同拒絶理由通知書には,本願発明に対応する請求項10等に係る発明は,本件の引用例を含む刊行物に記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨記載されている。
また,本件の引用例(甲2)は,その全体が9頁であり,そのうち,「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」の部分は5頁である公開特許公報であって,膨大な量の刊行物とは言い難いものであるのみならず,同公報に係る発明の出願人は原告自身である(甲2によれば,引用例たる発明の公開日は本願の優先日の約1年前の平成7年8月1日であり,出願人は本願と同じく原告たるキヤノン株式会社であり,発明の名称も本願と極めて類似した「インクジェット記録方法およびその記録装置」とされている。)から,原告はその刊行物の内容を熟知しているものである。
そして,原告の本願発明につき,前記拒絶理由通知及び拒絶査定のいずれにおいても前記引用例が特許法29条2項該当(進歩性なし)の理由とされているのに対し,本件審決においてはその理由が更に細分化され,本願発明が引用例から抽出された引用例発明1との関係で同法29条1項3号該当(新規性なし)の理由とされ,同じく引用例発明2との関係で同法29条2項該当(進歩性なし)の理由とされているにすぎないものである。
このような事情に照らせば,拒絶査定書等において,引用例(甲2)記載の発明に基づいて本願発明に対応する請求項10に係る発明の進歩性を否定する理由が記載されている以上,出願人である原告としては,本件審判手続において,当然,請求項10に係る発明の進歩性との関連で,引用例全体を十分検討した上で,必要な対応があればそのような対応をとるべきである。引用例記載の発明に基づく本願発明の進歩性判断についての本件審決の細かな具体的な理由付けが,前記のとおり,拒絶査定書等に記載されたものと若干異なるものであり新規性なしとの判断も付加されているとしても,本件においては,原告に対し既になされた拒絶理由通知の範囲内であり,これをもって出願人である原告に不意打ちであるとか弁明の機会を与えなかったと認めることはできない。したがって,本件審決が,前記のような経緯で引用例発明2を認定した上,これに基づき本願発明の進歩性等を否定しても,違法な手続違背があったということはできない。
イ なお,原告は,本件審決が,引用例発明2に基づき本願発明の進歩性を否定する際に,従前引用されたことのない甲4ないし7を新たに援用したことが手続違背に当たる旨も主張する。
しかしながら,本件審決は,「マルチドロップレットによる記録方法においては,1つの画素に記録する期間を複数に分割し,分割期間毎に画像データに基づく2値化データを作成し,分割期間毎に与えられる駆動信号(ヒータを用いる場合,通常はイネーブル信号である。)の許可・禁止を上記2値化データにより行うことが普通である。」とするに際して,「例えば,特開平6-179268号公報(甲4),特開昭63-286357号公報(甲5)又は特開平6-15846号公報(甲6)参照」としたものであり,また,上記周知技術に基づき,「引用例発明2において,【図1】(B)の波形だけを用意しておき,前半の小ドットパルスの期間と後半の大ドットパルスの期間毎に,それぞれのパルスを許可又は禁止する2値化データを画像データから作成しておくことは,引用例発明2がマルチドロップレットによる記録方法の1種である以上,当業者にとって想到容易というよりない」とするに際して,「そのことは,本件優先権主張日である平成8年6月27日よりも13年以上前に頒布された特開昭57-160654号公報(甲7)に,…と記載があ…ることからも明らかである。」としたものである。
そうであれば,甲4ないし7は,本願発明が引用例発明2に基づき容易に発明できたものであるとするに際して参照された周知技術(当業者に広く知られた技術)を裏付ける文献として援用されたものにすぎないのであるから,これらの文献について拒絶査定において具体的な指摘がなくても,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)にとって不意打ちにならないことは当然のことである。したがって,この点についての原告の主張も理由がない。
(4) 以上のとおりであるから,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由1(第2次補正についての判断の誤り)について (1) 原告は,「本件審決が,第2次補正を誤って却下した結果,請求項10に係る発明の要旨を,第2次補正後のもの(補正発明)ではなく,第2次補正前のもの(本願発明)であると誤って認定した」旨主張する。
ところで,本件審決は,別紙のとおり,第2次補正却下の理由として,@第2次補正が,新規事項を追加するものであるため,特許法17条の2第3項に違反すること,A第2次補正後の請求項1に係る発明についての明細書の記載が,特許法36条4項及び6項に違反するため,上記発明は独立特許要件を欠如すること,B補正発明が,引用例発明1との対比において,新規性を欠くものであるから,独立特許要件を欠如すること,及びC補正発明が,引用例発明2との対比において,進歩性を欠くものであるから,独立特許要件を欠如すること,を挙げている。したがって,本件審決が第2次補正を却下したことが誤りであるというためには,上記@ないしCの判断すべてが誤りであるという必要がある。
しかしながら,以下に説示するとおり,本件審決の上記Bの判断は相当であるから,その余の点について判断するまでもなく,本件審決が第2次補正を却下したことに誤りはない。
(2) 引用例発明2に基づく進歩性判断について ア 原告は,本件審決の「引用例発明2において,通常のマルチドロップレットによる記録方法において採用されている工程を採用することが当業者にとって容易である以上,相違点に係る補正発明の発明特定事項を採用することも容易であるといわなければならない。」との判断が誤りである旨主張する。
イ ところで,補正発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が次のとおりであることについては,原告も自認するところである(原告第2準備書面12頁)。
(一致点)記録ヘッドの複数の記録要素のそれぞれよりインクを吐出し,画素を複数の大きさのドットで形成することにより記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法。
(相違点)補正発明が「画素に対応する画像データを,対応する大きさのドットの形成の有無を示す記録データに変調する変調工程」,「互いにインク吐出量を異ならせた画素を複数の大きさのドットで形成可能とするため,複数の駆動信号を供給すべき周期的な複数のタイミングを規定する工程」,及び「前記変調工程で変調された記録データを,前記規定された複数のタイミングのうち,形成すべき大きさのドットに対応するタイミングに同期して出力することにより,対応する前記複数の駆動信号を供給して前記記録媒体上に画像を記録する工程」を有するのに対し,引用例記載の発明はこれら工程を有するとはいえない点。
ウ そして,「引用例記載の発明は,1走査期間内に【「1画素期間内に」の誤記と認められる。】複数のパルスが吐出手段に与えられるのであるから,マルチドロップレットによる記録方法の1種といえる。マルチドロップレットによる記録方法においては,1つの画素に記録する期間を複数に分割し,分割期間毎に画像データに基づく2値化データを作成し,分割期間毎に与えられる駆動信号(ヒータを用いる場合,通常はイネーブル信号である。)の許可・禁止を上記2値化データにより行うことが普通である(例えば,特開平6-179268号公報,特開昭63-286357号公報又は特開平6-15846号公報参照。)。」(本件審決10頁16〜21行)ことについても,原告が自認するところである(原告第2準備書面13頁)。
エ このように,引用例記載の発明及び上記周知技術のいずれも,インクジェット記録方法におけるマルチドロップレット法を採用したものであるから,引用例記載の発明において上記周知技術を採用することは,当業者であれば容易に想到することができることというべきである。
そして,上記周知技術の「1つの画素に記録する期間を複数に分割し,分割期間毎に画像データに基づく2値化データを作成し,分割期間毎に与えられる駆動信号(ヒータを用いる場合,通常はイネーブル信号である。)の許可・禁止を上記2値化データにより行う」構成を,補正発明の構成に即して言い換えれば,「画素に対応する画像データを,ドットの形成の有無を示す記録データに変調する変調工程」,「互いにインク吐出量を異ならせた画素を複数のドットで形成可能とするため,複数の駆動信号を供給すべき周期的な複数のタイミングを規定する工程」,及び「前記変調工程で変調された記録データを,前記規定された複数のタイミングのうち,形成すべきドットに対応するタイミングに同期して出力することにより,対応する前記複数の駆動信号を供給して前記記録媒体上に画像を記録する工程」ということになる。
そうであれば,「記録ヘッドの複数の記録要素のそれぞれよりインクを吐出し,画素を複数の大きさの ドット で形成することにより記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法」である引用例記載の発明において,上記周知技術,すなわち,「画素に対応する画像データを,ドットの形成の有無を示す記録データに変調する変調工程」,「互いにインク吐出量を異ならせた画素を複数のドットで形成可能とするため,複数の駆動信号を供給すべき周期的な複数のタイミングを規定する工程」,及び「前記変調工程で変調された記録データを,前記規定された複数のタイミングのうち,形成すべきドットに対応するタイミングに同期して出力することにより,対応する前記複数の駆動信号を供給して前記記録媒体上に画像を記録する工程」を採用すれば,補正発明の構成となることは明らかである。
換言すれば,補正発明と上記周知技術との違いは,補正発明ではドットの大きさが複数であることが規定されている点のみであるといえるところ,ドットの大きさが複数である点は,既に引用例に記載されているのであるから,引用例記載の発明において上記周知技術を採用すれば,補正発明の構成となるものである。
したがって,前記相違点に係る補正発明の構成は,引用例記載の発明及び上記周知技術に基づき容易に想到することができたものというべきであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
オ これに対し,原告は,まず,「引用例記載の発明では,画素に対応するヒータ駆動用の吐出信号が複数パターン用意されているのであるから,それらを利用すればよいだけのことであり,イネーブル信号と画素に基づく2値化データを作成して,さらにヒータ駆動用の吐出信号を生成する必要性は全くなく,そのような構成にすることは,引用例の本来の趣旨に反して,引用例記載の発明を無意味に複雑化するだけである。」旨主張する。
しかしながら,インクジェット記録方法における吐出手段の駆動方法として,一定の印加電圧とイネーブル信号の組合せとする方法と,イネーブル信号を用いないで直接吐出手段に印加する駆動信号を形成する方法とがあることは,当業者の技術常識であり,上記両方法から適宜いずれかの方法を選択することは,当業者が必要に応じて行う設計事項というべきである。前記周知技術は,前者の方法を採用するものであり,引用例記載の発明は,後者の方法を採用するものである。そして,前者の方法が後者の方法に比べて特段劣後するものでないことは,補正発明自体が前者の方法を採用するものであることからも明らかである。そうであれば,引用例記載の発明と前記周知技術とが,異なる駆動方法を採用するものであっても,そのことから,引用例記載の発明において前記周知技術を採用することが,「引用例記載の発明を無意味に複雑化するだけである」ということはできない。つまり,引用例記載の発明と前記周知技術とが異なる駆動方法を採用することは,引用例記載の発明において前記周知技術の駆動方法を採用することを何ら阻害しない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
カ また,原告は,本件審決が「引用例発明2において,【図1】Bの波形だけを用意しておき,前半の小ドットパルスの期間と後半の大ドットパルスの期間毎に,それぞれのパルスを許可又は禁止する2値化データを画像データから作成しておくことは,引用例発明2がマルチドロップレットによる記録方法の1種である以上,当業者にとって想到容易というよりない。」と説示したことをとらえて,「引用例の【図1】に示されたパルス列は,記録される画像の情報が反映された信号であって,かつ,ヒータに供給される信号そのものである一方,前記周知技術では,記録される画像の情報が全く反映されていない信号をイネーブル信号として用いているから,引用例の【図1】Bの信号をイネーブル信号とすることは,引用例の趣旨を阻害するものである。」旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,引用例記載の発明と前記周知技術とが異なる駆動方法を採用することは,引用例記載の発明において前記周知技術の駆動方法を採用することを何ら阻害するものではないから,原告の上記主張も理由がない。
キ なお,本件審決は,補正発明と引用例記載の発明との一致点を「記録ヘッドの複数の記録要素のそれぞれよりインクを吐出し,画素を複数の大きさのドットで形成することにより記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法。」と認定するにすぎず,補正発明のその他の構成についてはすべて相違点として認定しているから,引用例記載の発明も上記一致点の限度で意味を持つにすぎないものである。しかるに,本件審決の上記説示は,引用例の【図1】Bの記載を,イネーブル信号を用いる駆動方法の構成の容易想到性の根拠としているかのようにも解し得るから,この限りで上記説示は必ずしも適切なものとはいえない。しかしながら,イネーブル信号を用いる駆動方法が周知技術であること,また,補正発明の構成が引用例記載の発明及び前記周知技術に基づき容易に想到することができたものであることは,前記のとおりであるから,上記説示の適否自体は審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。
ク さらに,原告は,「引用例では,【図5】及び【図6】の波形を【図1】の変形例としており,【図1】が使用される発明に対しては,当然に【図5】及び【図6】も適用可能と理解されるところ,【図5】や【図6】においては,最初に登場する波形の形状及び時点がAとBで異なっているから,引用例は,前記周知技術のような技術的思想を全く想定していない。」旨主張する。
しかしながら,一つの引用刊行物中に複数の発明が記載されている場合に,必要に応じて適宜ふさわしい発明を引用発明として認定することができることは,当然のことである。そうであれば,本件審決は,引用例の【図1】から引用例記載の発明を認定したのであるから,引用例の【図5】及び【図6】がこれとは異なる発明を開示しているとしても,本件審決の引用例記載の発明の認定が誤りであるということはできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
ケ 加えて,原告は,「補正発明は,相違点に係る構成を有することにより,制御手段を簡略化することができ,しかも,所望の解像度を得ることができるという特有の効果を達成するものであるから,格別の作用効果を認めることができないとの本件審決の認定は誤りである。」旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,補正発明の構成が引用例記載の発明及び前記周知技術に基づき容易に想到することができたものである以上,補正発明の有する効果も予測可能な程度のものにすぎないというべきであり,格別顕著なものということはできない。したがって,これと同旨の本件審決の認定に誤りはない。
(3) 以上のとおり,本件審決の引用例発明2に基づく補正発明についての進歩性判断には誤りがないから,原告の取消事由1の主張は理由がない。
5 取消事由2(本願発明の新規性進歩性についての判断の誤り)について 原告は,取消事由1(請求原因(4)ア)の(ウ)(エ)と同様の理由により,本願発明の新規性進歩性についての本件審決の判断は誤りである旨主張する。
ところで,本件審決は,本願発明が特許を受けることができない理由として,@引用例発明1との対比において,新規性を欠くものであること,A引用例発明2との対比において,進歩性を欠くものであること,を挙げている。したがって,本件審決が「本願発明が特許を受けることができない」としたことが誤りであるというためには,上記@Aの判断いずれもが誤りであるという必要がある。
しかしながら,前記4と同様の理由により,本件審決の上記Aの判断は相当であるから,その余の点について判断するまでもなく,「本願発明が特許を受けることができない」とした本件審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張も理由がない。
6 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないことに帰する。
よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 青柳馨
裁判官 沖中康人