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関連審決 審判1999-35072
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13行ケ402審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10732審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10105審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10047審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10347審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術常識 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  減縮 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 314号 審決取消請求事件
原告 アース製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 松本司
訴訟代理人弁理士 深井敏和
被告 大日本除蟲菊株式会社
訴訟代理人弁護士 赤尾直人
訴訟代理人弁理士 萼経夫
同 中村壽夫
同 加藤勉
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成11年審判第35072号事件について平成15年6月10日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,被告が原告の有する特許について平成11年2月15日に無効審判を請求したところ,特許庁が平成15年6月10日後記本件特許を無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めて提起した訴訟である。
なお,本件特許については,本件無効審判請求に先立つ平成6年9月12日にも被告から無効審判請求がなされたことがあり,特許庁が平成8年7月19日に請求不成立の審決をしたため被告がその審決の取消しを求めて提訴し,平成10年10月15日に東京高等裁判所から審決取消しの判決がなされている。 また,本件無効審判手続中の平成11年8月2日に原告から本件特許につき訂正の請求がなされ,その許否が審判手続における主たる争点となった。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁等における手続の経緯 ア 原告は,発明の名称を「吸液芯用殺虫液組成物及び加熱蒸散殺虫方法」とする特許第1861146号(昭和59年1月31日出願。平成6年8月8日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
イ 本件審判請求に先立つ平成6年9月12日に,被告は,特許庁に対し本件特許につき無効審判を行い,特許庁はこれに対し平成8年7月19日請求不成立の審決をした。そこで被告は,その取消しを求めて提訴し,東京高等裁判所は平成10年10月15日前記審決を取り消す旨の判決をした(甲13。以下「第1次判決」という。)。その理由とするところは,原告の発明は,既に頒布されている刊行物の記載から容易に想到し得たもので,進歩性のない発明である等とするものであった。
ウ その後,被告は,平成11年2月15日,再び,特許庁に対し,本件特許を無効とすることを求めて本件審判の請求をし,同請求は平成11年審判第35072号事件として特許庁に係属した。原告は,本件審判の審理手続中の同年8月2日,本件特許出願の願書に添付した明細書(甲2。設定登録時のもの。以下「本件明細書」という。)の訂正を請求した。
エ 特許庁は,本件審判請求について審理を遂げ,平成15年6月10日,原告からの上記訂正請求は認められないとした上,「特許第1861146号の特許請求の範囲第1項ないし第2項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同年6月20日に原告に送達された。
(2) 発明の内容 ア 訂正請求前の本件特許に係る発明(以下「本件発明」という。甲2,13,なお,次の第1項,第2項に記載された発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。)。
第1項 「殺虫剤の有機溶剤溶液中に,3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合したことを特徴とする吸液芯用殺虫液組成物。」 第2項 「殺虫液中に吸液芯の一部を浸漬して該芯に殺虫液を吸液すると共に,該芯の上部を間接加熱することにより吸液された殺虫液を蒸散させる加熱蒸散殺虫方法において,上記殺虫液として,脂肪族炭化水素に殺虫剤と共に,3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合してなる殺虫液を用いると共に,吸液芯として無機粉体を糊剤で粘結させた吸液芯を用い,かつ,該吸液芯の上部を約60〜約135℃の温度に間接加熱することを特徴とする加熱蒸散殺虫方法。」 イ 訂正請求後のもの(以下「本件訂正発明」という。甲1。なお次の第1項,第2項に記載された発明を「本件訂正発明1」,「本件訂発明2」という。)。
第1項 「殺虫液中に吸液芯の一部を浸漬して該芯に殺虫液を吸液すると共に,該芯の上部を間接加熱することにより吸液された殺虫液を蒸散させる加熱蒸散殺虫方法に使用される殺虫液組成物であって,殺虫剤(但し,5-ベンジル-3-フリルメチル d-シス/トランス-クリサンテマート,3-フェノキシベンジル 2,2-ジメチル-3-(2’,2’-ジクロロ)ビニルシクロプロパン カルボキシレートおよび3-フェノキシベンジル d-シス/トランス-クリサンテマートを除く)の有機溶剤溶液中に,3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合したことを特徴とする吸液芯用殺虫液組成物。 第2項 「殺虫液中に吸液芯の一部を浸漬して該芯に殺虫液を吸液すると共に,該芯の上部を間接加熱することにより吸液された殺虫液を蒸散させる加熱蒸散殺虫方法において,上記殺虫液として,脂肪族炭化水素に殺虫剤(但し,5-ベンジル-3-フリルメチル d-シス/トランス-クリサンテマート,3-フェノキシベンジル 2,2-ジメチル-3-(2’,2’-ジクロロ)ビニルシクロプロパン カルボキシレートおよび3-フェノキシベンジル d-シス/トランス-クリサンテマートを除く)と共に,3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合してなる殺虫液を用いると共に,吸液芯として無機粉体を糊剤で粘結させた吸液芯を用い,かつ,該吸液芯の上部を約60〜約135℃の温度に間接加熱することを特徴とする加熱蒸散殺虫方法。」 (3) 本件審決の内容 本件審決の内容は,別紙のとおりであるが,その要点は次のとおりである。
すなわち,本件発明の1,2から本件訂正発明1,2への訂正は,特許請求の範囲減縮を目的としたもの等であるのでその限度で適法であるが,本件訂正発明1は,昭和59年1月31日の本件特許出願前に頒布されたことが明らかな刊行物1ないし3,11,12(具体的には別紙審決の6,7頁のとおり。以下「刊行物1」等という。)に記載された発明及び技術事項に基づいて当業者が容易に発明し得た(進歩性の欠如)ものであるから,独立特許要件(特許法29条2項,平成6年改正前の同法126条3項)に適合しないので訂正は認められない。そして,訂正前の本件発明1,2も,出願前の上記刊行物等の記載に基づいて当業者が容易に発明し得た(進歩性の欠如)ものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができないものであり,無効理由がある,というものである。
(4) 本件審決の取消事由 本件審決は,本件訂正発明1が独立特許要件を具備するものであるか否かについての判断を誤り,その結果,本件訂正の請求は認められないと誤って判断したものであり,以下に述べる次第により,その誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件審決は違法として取り消されるべきである。
なお,本件審決の違法事由として主張するのは以上のみであり,訂正前の本件発明1,2に進歩性が欠如していることは争わない。
ア 本件訂正発明1と刊行物1(甲3)の実施例5に記載された発明とが,「殺虫剤(但し,5-ベンジル-3-フリルメチル d-シス/トランス-クリサンテマート,3-フェノキシベンジル 2,2-ジメチル-3-(2’,2’-ジクロロ)ビニルシクロプロパン カルボキシレートおよび3-フェノキシベンジル d-シス/トランス-クリサンテマートを除く)の有機溶剤溶液中に,3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合した殺虫液」である点で一致しもしくは重複するものであること,また,刊行物2(甲4)に,吸液芯用の殺虫液を吸液芯に吸上げさせて殺虫する方式の吸上式加熱蒸散型殺虫装置が記載されているとした本件審決の認定事実は争わない。
イ しかし,本件審決が,吸液芯用の殺虫剤は,通常は,調製直後ではなく,ある程度の期間を経過した後に吸液芯を利用した吸上式加熱蒸散型殺虫装置に適用されるものであることは明らかであるから,当業者において,上記装置に適用するまでの間に殺虫液が変質することを防止しようとすることは当然であるとした上,刊行物1(甲3)の実施例5の薬剤(本件訂正発明1の間接加熱の吸液芯方式の薬剤ではない)に,刊行物3(甲5),刊行物11(甲6)又は12(甲7)に開示された知見,すなわち「殺虫剤にBHTを添加した場合には,熱による変質が極めて少なくなり,熱によって分解もされない」との知見を適用することは「同実施例記載の「電気発熱体に導き加熱,蒸散させる」ことが上記装置そのもののことを指すと否とにかかわらず,当業者が当然に行う手段にすぎず,何ら発明力を要するものではない。」と判断したのは,誤りである。
すなわち, (ア) 従来の吸液芯利用の加熱蒸散型殺虫装置(以下「吸液芯方式」という。)は,実際にこれを用いた場合,いずれも吸液芯の加熱によって殺虫剤液を構成する溶剤が速やかに揮散し,該芯内部で殺虫剤液が次第に濃縮され,樹脂化したり,芯材が燻焼したりして,目詰まりを起こし,引続く殺虫液の吸上げ及び蒸散を不能とし,長期に亘る持続効果は発揮できず,しかも殺虫効果の経時的低下を避け得ず,さらに有効揮散率が低く残存率が高いものであった。
本件訂正発明1は,3,5-ジ-t-ブチル-ヒドロキシトルエン(以下,「BHT」という)及び,又は3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソール(以下,「BHA」という)を,殺虫剤の有機溶媒溶液に約0.2重量%以上配合することにより,これを殺虫液中に吸液芯の一部を浸漬して該芯に殺虫液を吸液するとともに,該芯の上部を間接加熱することにより蒸散させる吸上式加熱蒸散型殺虫装置に使用した場合,吸液芯の加熱による溶剤の揮散により吸液芯の内部で殺虫剤成分が次第に濃縮されて樹脂化したり,芯材が燻焼したりして,目詰まりを起こすのを回避でき,殺虫剤を長期間持続して揮散させることが可能となり,高い殺虫効果を長時間維持できるという,従来の吸液芯用殺虫液にはなかった優れた効果を奏するようにしたものである。
(イ) 吸液芯方式に見られる吸液芯の目詰まりの発生機序は,本件特許出願時はもとより,現在に至るまでも明確には判明していないし,またBHT又はBHAを一定量(0.2重量%以上)添加すると,吸液芯の目詰まりを防止できる作用機序は判明していない。
吸液芯方式における吸液芯の目詰まりの原因は,薬剤の濃縮,樹脂化及び芯材の燻焼等が複合したものと推測されるが,この機序は保存中の変質とか加熱時の熱による分解によるものと同じとはいえない。一般に物質が(熱)分解されて低分子量の物質になると揮散性も高まる。本件訂正発明1の吸液芯方式の加熱蒸散方法において薬剤が分解されるとすると,その分解物はより揮散性の高いものとなるから,吸液芯の目詰まりの原因とはならず,吸液芯から速やかに蒸散してしまうものと考えられるからである。つまり,BHT又はBHAを添加することで,殺虫剤成分の熱分解が抑制されることは,逆に,吸液芯の目詰まりを助長することにもなりかねないことである。
(ウ) 刊行物3(甲5)記載の電気マット利用による加熱蒸散方法(以下「電気マット式」という。)とは,マット(基材)に保持させた殺虫剤液を,常時,加熱して揮散させるものであり,揮散するのは薬剤(有効成分)のみである。
したがって,薬剤が揮散されるにつれてマット内の薬剤は徐々に希釈されていく。
つまり,電気マット方式の場合は,薬剤が揮散しすぎる傾向にあるため,いかににして過剰な揮散を調節するかが技術課題であった。特開昭53-121927号公報(甲8)で説明されているように,電気マット方式において,BHT等はマットに保持させた薬剤の熱分解を抑制するために添加されていた。そして,マット方式では吸液芯方式のような目詰まりの問題は存在しなかった。
これに対して,刊行物2(甲4)記載の吸液芯方式の加熱蒸散方法の場合は,ボトルから吸液芯に吸い上げられた該吸液芯中の薬剤が,逐次,加熱されるもので,蒸散するのは殺虫剤液(薬剤と溶剤)であり,吸液芯内では前述のとおり薬剤が濃縮される。そして,電気マット方式とは反対に時間の経過とともに薬剤の揮散量が減少(目詰まり現象)する技術課題があった。また,容器から順次連続して供給され,吸液芯内にある殺虫剤液(薬剤と溶剤)を加熱し蒸散させるものであるから,その加熱される時間自体は電気マット方式と比較して短時間となるのである。したがって,同じく加熱されるといっても,刊行物2(甲4)記載の吸液芯方式では電気マット方式と比較して加熱される時間は極めて短いため,電気マット方式の場合に薬剤の分解反応が生じるからといって,吸液芯方式でも分解反応が生じるとはいえないのである。
(エ) 上述したとおり,加熱温度・時間,揮散対象(薬剤のみか薬剤と溶剤か),さらには技術課題も異なる刊行物3(甲5)記載の電気マット方式の薬剤の安定化剤に関する知見を,刊行物2(甲4)記載の間接加熱の吸液芯方式に適用することはできないし,また,保存時の薬剤の変質防止に関する知見も,その作用機序は刊行物2(甲4)記載の吸液芯方式における目詰まりとは異なるものである。
そして,BHT又はBHAを添加することで,殺虫剤成分の変質,熱分解を抑制することは,逆に,吸液芯の「目詰まり」を助長することにもなりかねないのであるから,上記の結合には,むしろ,阻害事由があるというべきである。
ウ 次に本件審決は,殺虫剤に「BHTを殺虫液に添加することにより,これを吸液芯の上部を加熱して殺虫剤成分を揮散する殺虫装置(ないし方法)に使用した際に,吸液芯の上部加熱部における殺虫成分の分解が防止ないし軽減され,殺虫剤成分が良好に揮散されることが見出されたとしても,このことが,当業者の予測できない格別顕著な効果であるということはできない。」と判断したが,この判断は誤りである。
本件訂正発明1は,間接加熱における吸液芯方式において,従来から課題とされてきた吸液芯の目詰まりの問題を解決し,加熱開始から400時間後も殆ど揮散量を低下させることなく殺虫効果を持続維持するという従来技術にはない顕著な作用効果を奏する発明である。そして,本件訂正発明1が優に進歩性を有することは,当業者である被告自身が認めているところである。
すなわち,被告は,名称を「加熱蒸散用水性殺虫剤ならびに殺虫方法」とする発明の平成元年3月22日付け特許出願(優先権主張・平成元年3月2日)の願書に添付された明細書(甲10)において,吸液芯方式は「樹脂等の目詰まり等で長期の持続性に難点があり,結局前記蚊取線香や蚊取マットに比べ,その長所が認識されずに市場には受け入れられずに終わっていた。最近,この種の吸液芯を用いた加熱蒸散方式の開発が活発に行われ,薬剤処方や吸液芯の材質,組成の改良について種々の提案がなされている。例えば,・・・・・・,また特開昭63-48201号公報には炭素原子数12〜18の脂肪族炭化水素に殺虫剤と共に110〜140℃の加熱温度で実質的に蒸散しない酸化防止剤を配合する試みが記載されている。」(2頁左下欄1〜16行)と記載し,酸化防止剤(安定化剤)を吸液芯用の殺虫液に配合し,「目詰まり」防止のために使用することが新たな試みであることを認めていたものである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論 本件訂正発明1が独立特許要件を欠くとした本件審決の認定判断に誤りはなく,本件審決には原告主張の取消事由は存在しない。
(1) 原告は,本件審決につき,技術的課題が相違している電気マット方式の知見を間接加熱方式である刊行物2(甲4)記載の吸液芯方式に適用したと断定した上で,本来電気マット方式には目詰まりの現象は生ぜず,かえってBHA又はBHTの配合によって,熱分解を抑制することは,目詰まりを助長することになるので,本件審決には取消事由が存在すると論難している。
ア しかしながら,吸液芯方式における目詰まり現象の基本原因は,殺虫剤の樹脂化にあり,また,当該樹脂化は,殺虫剤の酸化分解によるものか,又は当該酸化分解に伴っている重合反応によるものであり,このことを考慮するならば,目詰まりの防止という技術的課題を達成するために,殺虫剤の加熱に伴う酸化現象を抑制する必要のあることは当然のことというべきである。そして,この点は,本件特許出願当時,当業者には当然の技術的事項として察知されていた事柄である。
イ(ア) 乙9(雑誌「AGRICULTURAL AND FOOD CHEMISTRY」(農業及び食物化学)第4巻第4号),10(雑誌「防虫科学」第39巻-I),11(雑誌「Agr.Biol.Chem」(農業生物化学)第36巻第1号),12(「防虫科学」第35巻-V),13(「PYRETHRUM POST」(ピレスリンに関する通信)第11巻第1号)の各刊行物の記載内容によれば,殺虫剤の酸化分解に対し,BHA又はBHTが有用な抑制作用を発揮し得ることは周知の技術的事項であるこということができる。
また,前掲甲5ないし6(刊行物3・11・12)及び甲8(特開53-121927号。刊行物14),乙17(特公昭54-44726号公報),18(特開昭54-23122号公報),19(特開昭53-86023号公報)の各刊行物には,電気マット方式において,BHA又はBHTを採用することによって,殺虫剤の熱分解を抑制することが開示されており,甲6,8,乙17の各刊行物の記載からも明らかなように,当該熱分解は酸化分解を意味すると解されるから,上記各刊行物の開示内容からしても,BHA又はBHTが殺虫剤の酸化分解に対する有用な抑制作用を発揮し得ることは周知であるといえる。
(イ) 乙8(特公昭42-13470号公報)及び前掲乙9ないし13の各刊行物の記載内容からすれば,BHA又はBHTが殺虫剤の熱分解を前提としている重合反応に対する抑制機能を有することは周知であるといえる。また,乙14(雑誌「P&E.O.R.」Perfumery and Essetial Oil Record:香料と精油に関する記録1967年1月号),15(特公昭51-5365号公報),16(特開昭50-13316号公報)の各刊行物の記載内容からすれば,BHA又はBHTが,酸化分解を前提としない一般の有機化合物の重合反応に対する抑制機能を発揮することも周知であるというべきである。
(ウ) BHA又はBHTは,酸化防止剤の典型例に該当しており,現に,大勝靖一著「自動酸化の理論と実際」(昭和61年9月20日,株式会社化学工業社。乙4),関根正巳著外7名編「ハンドブック-化粧品・製剤原料-」(昭和52年2月15日,日光ケミカルズ株式会社外1名。乙5)及び前掲甲8の各刊行物は,いずれもこれを酸化防止剤として列挙している。
(エ) 上記(ア)ないし(ウ)の事項を考慮するならば,吸液芯方式において,酸化分解反応,及びこれを前提としている重合反応を抑制するために,典型的な酸化抑制作用を発揮し,しかも,重合反応に対する抑制作用をも発揮しているBHA又はBHTを採用することは,当業者が当然採用し得る技術的事項であって,その採用については何らの進歩性は認められない。
ウ しかして,本件審決は,電気マット方式においてBHA又はBHTを添加した殺虫剤を採用していることを,単純に吸液芯方式に転用すべきなどと論じているのではなく,前記イの(ア)及び(イ)に述べたとおり,BHA又はBHTが酸化抑制機能,及び化学安定機能(実際には,重合反応に対する抑制機能)を有することをベースとし,しかも,甲5(刊行物3)ないし8,乙17ないし19の各刊行物に,電気マット方式においてBHA又はBHTが酸化抑制機能を発揮するために採用されていることが開示されている点を考慮した上で,本件訂正発明1の進歩性を否定しているのであって,原告の上記主張は明らかに本件審決の論法に対する歪曲である。
原告の主張は, (ア).BHA又はBHTの配合によって,酸化分解(熱分解)を抑制するという点において,電気マット方式と吸液芯方式の本件訂正発明1とが共通の技術思想に立脚していること, (イ).電気マット方式における殺虫剤の熱分解現象が吸液芯方式における目詰まりの原因となる樹脂化に至る重合反応の原因となるか,又は併存し得る関係にあり,双方が密接な関連性を有していること を理解していない点においても失当というほかない。
(2) 原告は,被告の平成元年3月22日付け特許出願(優先権主張・平成元年3月2日)の願書に添付された明細書(甲10)を引用した上で,被告が,当該明細書において,特開昭63-48201号公報に記載されている酸化防止剤の配合につき,新たな試みと評価している以上,上記公報よりも2年先行して出願された本件訂正発明1は,当然進歩性を有するものと認定されるべき旨主張している。
しかしながら,@発明の進歩性の存否は,出願当時の公知技術に即して評価されるのであって,甲10のような出願後の明細書によって評価すること自体,ナンセンスであるし,A上記公開公報においては,単に「酸化防止剤を配合する試みが記載されている。」と事実関係を記載しているだけであって,上記公開公報に係る技術的事項が進歩性を有するか否かなど,何ら論じられていないのであるから,その意味においても原告の上記主張は無意味というほかない。
(3) 本件審決は,刊行物1(甲3)の実施例5をベースとした上で,乙1(特開昭56-36958号公報),乙2(実公昭43-25081号公報)によって吸液芯方式の技術的課題が開示されていること,前記(1)イの(ア)及び(イ)で述べたようにBHTが酸化抑制機能,及び安定機能を有することを考慮するならば,@殺虫剤を調整し,その後消費者において当該殺虫剤の加熱蒸散を行うまでの間に一定の期間を要することから,殺虫液の変質を防止することを目的とする場合,A加熱蒸散に際し,殺虫剤の熱分解などの熱による変質を抑制する場合において,刊行物1(甲3)の実施例5に記載されているようなBHTを採用することを,刊行物2(甲4)に記載の吸液芯方式に転用することは,当業者が容易に想到し得る事項であって,本件訂正発明1は,進歩性を有せず,独立特許要件を充足していない旨の認定判断に至っているが,当該認定判断が正当であることは明らかである。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯)・(2)(発明の内容)・(3)(本件審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 本件訴訟の争点 平成6年8月8日に原告のため登録された本件特許(本件発明1,2を内容とする。)については,前記のように,平成6年9月12日に被告(大日本除蟲菊)から無効審判請求がなされ,特許庁は平成8年7月19日に一旦はこれを不成立としたものの,これに不服の被告が原告(アース製薬)を相手方として当庁にその取消しを求める訴訟(平成8年(行ケ)第187号)を提起したところ,当庁は平成10年10月15日に,本件発明1,2には進歩性がない等としてこれを取り消す判決(第1次判決)をしたものである(甲13)。
ところで本件訴訟は,平成11年2月15日に被告(大日本除蟲菊)からなされた本件発明1,2についての無効審判請求につき特許庁が平成15年6月10日になした無効審決に対し,特許権者である原告(アース製薬)から提起された審決取消訴訟であるが,その主な争点は,進歩性がないと判断された訂正前の本件発明1,2の進歩性の有無ではなく(原告は,平成16年1月28日の本件第3回弁論準備手続期日において,本件発明1,2に進歩性がないことを自認している。),前記特許庁における無効審判手続中に原告(アース製薬)が請求した訂正後の本件訂正発明1に,進歩性の有無を含む独立特許要件があるかどうかである。
そこで,以下においては,本件訂正発明1に独立特許要件たる進歩性があるかどうかに限って本件審決の適否を判断することとする。
3 本件訂正発明1の進歩性の有無 (1) 本件訂正発明1と刊行物1(甲3)の実施例5に記載された発明とが,「殺虫剤(但し,5-ベンジル-3-フリルメチル d-シス/トランス-クリサンテマート,3-フェノキシベンジル 2,2-ジメチル-3-(2’,2’-ジクロロ)ビニルシクロプロパン カルボキシレートおよび3-フェノキシベンジル d-シス/トランス-クリサンテマートを除く)の有機溶剤溶液中に,3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合した殺虫液」である点で一致しもしくは重複するものであること,また,刊行物2(甲4)に,吸液芯用の殺虫液を吸液芯に吸上げさせて殺虫する方式の吸上式加熱蒸散型殺虫装置が記載されていることは,原告が自認するところである。
なお,刊行物1(甲3)には,特許請求の範囲に「構造式(略)・・・で示される化合物を有効成分とする燻蒸・蒸散用殺虫剤」と記載され(判決注:構造式で示される上記化合物とは,第一菊酸の5-プロパルギル-2-フリルメチルアルコールエステルのこと),殺虫剤を蒸散用として用いる場合について,「又上記エステルを加熱蒸散用殺虫剤として使用する場合は,このエステルを例えば白燈油に溶解し,この溶液を電気熱体の蒸発面に連続的に供給するようにするか,又は上記溶液をパルプ板又は石綿その他の不燃性材料からなる担持体に浸ませるか,タルク,カオリン,珪藻土に浸ませ錠剤化してこれを電気発熱体で加熱するようにしてもよい。」(2頁左下欄末行〜右下欄7行)と記載されており,したがって,本件訂正発明1と刊行物1(甲3)の実施例5に記載の発明とは,本件訂正発明1が殺虫剤の蒸散方法として吸液芯方式を用いているのに対し,刊行物1(甲3)の実施例5記載の発明では,マット方式等による加熱方式が用いられている点で相違するものということができる。
(2) 原告は,加熱温度・時間,揮散対象(薬剤のみか薬剤と溶剤か),さらには技術課題も異なる刊行物3(甲5)記載の電気マット方式の安定化剤の知見を,刊行物2(甲4)記載の間接加熱の吸液芯方式に適用することはできないし,また,保存時の変質防止の知見も,その作用機序は吸液芯の目詰まりとは異なるものであり,BHT又はBHAを添加することで,殺虫剤成分の変質,熱分解を抑制することは,逆に,吸液芯の目詰まりを助長することにもなりかねないのであるから,上記の結合は阻害事由がある旨主張しているので,以下検討する。
ア 殺虫剤へのBHTを添加した場合のその作用について (ア) 下記の各刊行物には,殺虫剤にBHTを添加させること及びその作用に関して,次の記載がある。
・ 刊行物3(甲5) a 「本発明は一般式(略)...で表される第一菊酸エステルに酸化防止剤または紫外線防止剤の一種以上を配合してなる著しく安定化された殺虫組成物に関する。」(1頁1欄18〜29行) b 「本発明の酸化防止剤としてはフェノール系,アミン系...等があり,フェノール系では2・6-ジ第3級ブチル-4-メチルフェノール(BHT)・・・等がその一例であり,・・・」(1頁2欄15〜34行) c 「実施例1 殺虫剤(判決注:第一菊酸・5-プロパギル-2-フリルメチルエステル等)約10mgを1ml入りの褐色アンプル(紫外線実験の時は透明アンプル)に入れ,安定剤を約1%(W/W)混ぜ,封をして(A)60℃に保存または(B)日光に晒した。一定日後アンプルを切り,内部標準液1mlを加え,標準サンプルに対する経時変化をガスクロマトグラフィーで定量して求めた。・・・実施例2 安定剤を加えた殺虫剤約10mgを正確に秤取し,1ml入りの透明アンプルに入れ,封をして60℃の恒温槽中におき,光にさらした。一定日後,アンプルを切り,内部標準液1mlを加え,標準サンプルに対する経時変化をガスクロマトグラフィーで定量して求めた。・・・実施例3 第一菊酸-2-メチル-5-プロパルギル-3-フリルメチルエステルを電気マットに浸み込ませて菊酸エステルの安定性を調べた。1マット当たり50mgの上記菊酸エステルを含有させるが,この際,BHTを20mg含有するものと,含有しないものとの安定性は次の通りである。」(2頁3欄39行〜7頁14欄3行) d 「本発明の殺虫組成物は光,熱等によって変質することが極めて少いために長期保存に耐え,且つ燻煙剤として使用する場合でも熱によって分解されずに強力に殺虫力を発揮する。」(1頁1欄35〜38行) ・ 刊行物11(特公昭52-1970号公報・甲6) a 「本発明は,ピレスロイド系殺虫剤の効力持続方法に関するものである。」(1頁1欄19〜20行) b 「実施例1 殺虫成分として・・・を用い,第1表に示す処方について各々n-ヘキサンに溶解し,3.5cm×2.2cm,厚さ0.27cmのパルプ板の表面に均一に吸収させ,電気蚊取薬剤を調整した。・・・ただし,BHTはtert-ブチルヒドロキシトルエンである。このようにして調整された薬剤を165〜167℃の温度に保持した同一面積の平板状の発熱体上に設置し,これを直径15cm,高さ25cmのガラス円筒に入れ,上方をガラス板で閉塞し,3,6および9時間通電加熱して殺虫成分を揮散させた。そして,3,6および9時間後,円筒内に浮遊している殺虫成分を放冷して壁面に凝縮附着させたのち,これを石油エーテルにて洗滌し,ガスクロマトグラフイで殺虫成分の含量を定量し,揮散率を調べた。その結果は,第2表のとおりである。・・・また,同様にして0〜3,0〜6および0〜9時間の殺虫成分の分解率を調べたところ,第3表のとおりである。・・・上記試験結果から明らかなように,本発明において使用する可塑剤は,殺虫成分の加熱による熱分解を抑制し,殺虫成分の揮散を効率よく調節する。
また,BHTの効能については,殺虫成分の揮散の調節よりむしろ,加熱による熱分解を抑制していることが明らかである。」(2頁4欄25行〜5頁9欄10行) ・ 刊行物12(特公昭51-9371号公報。甲7) a 「本発明は揮散殺虫剤の殺虫成分の揮散を調節し,効力を8時間または,それ以上に持続させる方法に関するものである。」(1頁1欄30〜32行) b 「実施例1 殺虫成分,第一菊酸,5-プロパルギル-2-フリルメチルエステル(以下フラメスリンと称す)(判決注:ピレスロイド系殺虫剤)70mgと有機硼素系化合物(以下徐放剤と称す)・・・を含み,そのうちいくつかはさらに2,6-ジターシヤリブチル-4-メチルフェノール(以下BHTと称す)40mgを含む下記の種類番号1〜6のような成分を吸着した繊維板を作成する。これらの繊維板を電熱器で130℃に5時間加熱した後のフラメスリンの残存率を,徐放剤およびBHTを含まないフラメスリンのみを吸着させた繊維板(種類番号7)の残存率と比較した。・・・以上の試験により本徐放剤は有効的に殺虫成分の揮散を抑制していることが明らかである。また,BHTを添加することによって,その残存率を高めることができるが,加えないことによる差は大きくはない。
この際BHTは揮散抑制よりもむしろ加熱によるフラメスリンの酸化的熱分解の防止に働いているものと思われる。」(3頁5欄6行〜同欄30行) ・ 乙12(昭和45年8月発行の「防虫科学」第35巻-V) a 「Pyrethroid系化合物であるPyrethrins,Allethrin等と同様に proparthrinについても酸化分解が安定性において大きな因子となる。したがって,proparthrinの酸化分解について検討するため,サンプリング量を10mg,200mgと変えて保存した際の安定性データを第7表に示した。第7表の結果によりproparthrin 10mgサンプル量では著しい純度低下が認められるのに対し 200mgサンプリング量では初期に一部純度低下があるが長期間に亘り,純度はほぼ一定となっている。・・・つぎにproparthrinが空気酸化をうけて分解することが明らかであるので種々の酸化防止剤を添加し安定性を検討したところ,安定化の効果ある酸化防止剤が種々選び出されたが,中でも毒性の低い2,6-di-tert-butyl-4-methyl-phenol(B.H.T.)が有望と考えられるので,このB.H.Tを安定化剤として1%(W/W)添加したKikuthrin(判決注:正式名称・proparthrin)の安定性を調べた。・・・結果を第8表に示す。・・・第8表の結果によりB.H.T.の効果が認められる。」(99頁の2.項(1)) b 「Kikuthrinの主なる分解は酸化分解であり,保存状態に応じて安定性に差が認められた。しかしながら実用条件ではB.H.T.1%添加品で充分な安定性を有する。」(96頁の13項の前文) ・ 乙17(特公昭54-44726号公報) a 「加熱により揮散する殺虫組成物において,殺虫有効成分の残存程度を表示する成分としてクロロフイルを前記殺虫組成物とともに薬液保持用基材に含浸又は塗布したことを特徴とする電気蚊取り用マット」(特許請求の範囲) b 「また従来,殺虫有効成分は熱により分解するため,上記表示剤,調節剤に加えて更に3・5-ジターシャリ-ブチル-4-ハイドロキシトルエン(判決注:BHT),活性剤等の分解抑制剤を配合し,殺虫有効成分の分解による効力の減少を防いでいる現状にあった。」(47頁2欄24〜29行) c 「クロロフィルと上記殺虫有効成分との組成物に,ピレスロイド等の殺虫有効成分の安定剤である3・5-ジターシャリ-ブチル-4-ハイドロキシトルエン(B.H.T)等の抗酸化剤や,ピペロニルブトキサイド(P.B.O.)・・・等の殺虫有効成分の揮散調節剤,あるいは香料,溶剤等を配合することもできる。」(48頁3欄43行〜4欄6行) (イ) 上記認定の各刊行物の記載によれば,刊行物3(甲5)を含む上記各刊行物にはBHTを添加したピレスロイド系殺虫剤は,耐酸化性,耐加熱分解性等に優れているとの知見が開示されていることが認められる。
イ 吸液芯方式における「目詰まり」現象について (ア) 下記の各刊行物には,薬剤の熱分解等に関して,次の記載がある。
・ 乙1(特開昭56-36958号公報) a 「本発明は殺虫,消臭あるいは芳香剤等を任意の時間連続的に蒸散させる事を目的とした蒸散方法及蒸散装置である。」(301頁左下欄13〜15行) b 「従来,このような蒸散方法としては,例えば電気蚊取器に代表されるように,パルプ板等に殺虫成分を保持させた殺虫蒸散板を電気蚊取器の熱板上に載置し殺虫成分を加熱蒸散させるものが用いられている。しかし,このような蒸散方法では各1枚の効果のある時間が例えば10時間程と限られており,又蒸散の均一性が悪い・・・これに替えて,殺虫液そのものを容器の内や外から加熱するものや,多孔質芯で殺虫液を吸い上げて該多孔質芯を加熱するものなどが提案されているが,いずれも実用化されていない即,前者に於ては熱源に殺虫液が長時間接触するので熱分解するし又,蒸散させる薬剤以外に予熱の状態で多量の薬剤を加熱するなど必要以上に熱量を要するなどの問題があり,後者に於ては長時間使用すると芯の加熱蒸散部に薬剤の熱分解,重合物がたまり,目詰まりを起し殺虫液の吸い上げ量が減じ蒸散量が減じるなど欠点が多く未だ実用化されていない。」(301頁左下欄16行〜302頁左上欄4行)との記載がある。
・ 乙2(実公昭43-25081号公報) a 「器筺の内外を気体が連通しうるようなしたる孔(7,8・・・)を穿設した器筺内に電気発熱体を支持せしめ,器筺底部には薬液容器5を着脱状態にとりつけ,この薬液容器に突出させた薬液吸上用の芯6を設け,之れを電気発熱体に接触させた電熱式殺虫器具」(実用新案登録請求の範囲) b 「本考案はピレトリン,リンデン等の殺虫剤を浸ませた紙布,スポンジ等を電気発熱体に近接して配置して,その電熱によって殺虫有効成分を揮散させ,蚊,はえ等を駆逐する電熱式殺虫器具に関するものである。」(1頁左欄15〜19行) c 「薬液容器5と電気発熱体が着脱状態にある利点は,薬液吸上用芯が使用時にのみ発熱体に接するので,薬液による発熱体の腐蝕もなく,又薬液の熱変質による樹脂状物等に起因する,薬液吸上用芯の吸上力の低下を防ぎ得る。」(1頁右欄下から4行〜2頁左欄1行) ・ 甲4(特開昭55-57502号公報) 「従来より加熱蒸散殺虫方法としては,電気蚊取器に見られるように,殺虫剤を含浸させた多孔質基材(固型マット)を間接加熱して殺虫剤を蒸散させる方法が汎用されている。・・・上記固型マット使用に見られる短時間内に殺虫効果が消失する欠点を解消し,長期に亘り殺虫効果を持続させるためには,殺虫剤溶液を吸上芯により吸上げつつこれを加熱蒸散させる方法が考えられ,事実このような吸上芯利用による殺虫剤蒸散装置が種々提案されている。しかしながら提案された装置は,実際これを用いた場合いずれも吸上芯の加熱によって殺虫剤液を構成する溶液が速やかに揮散し該芯内部で殺虫剤液が次第に濃縮され,樹脂化して目づまりを起こし,長期に亘る持続効果は発揮できず,しかも殺虫効果が経時的に低下し且つ有効揮散率が低く残存率が高いものであった。」(7頁右下欄2行〜8頁左上欄10行) ・ 乙12(昭和45年8月発行の「防虫化学」第35巻-V) a 「Pyrethroid系化合物であるPyrethrins,Allethrin等と同様に proparthrinについても酸化分解が安定性において大きな因子となる。したがって,proparthrinの酸化分解について検討するため,サンプリング量を10mg,200mgと変えて保存した際の安定性データを第7表(判決注:サンプリングを41.5℃,60℃の状態で保存した場合の酸化分解の進行程度を表にしたもの。)に示した。第7表の結果よりproparthrin10mgサンプリング量では著しい純度低下が認められるのに対し,200mgサンプリング量では初期に一部純度低下があるが長期間に亘り,純度はほぼ一定となっている。・・・proparthrinが空気酸化をうけて分解することが明らかである」(99頁2.(1)の項) b 「Kikuthrin(判決注:正式名proparthrin)線香を燃焼した際に生成するKikuthrinの揮発性熱分解物について検討するため,Kikuthrin線香の燻煙を捕集した液につき昇温ガスクロマトグラフィーを行なった。その結果を第6図に示した。このデータからのみでは線香基剤(Pyrethrum marc.Tabu powder,Wood Flour)からのバックグランドが非常に多くのピークを示すため解析できないが,第7図にKikuthrinを除外し線香基材のみで製した線香の燻煙を捕集した液のクロマトグラム(第7図)と比較すると第6図に新たに現れたピークは,Rt=11.8min.のproparthrinのみであり,Kikuthrinの揮発性熱分解物はほとんど検知されないといってよいであろう。これについてはさらに,Kikuthrinを線香燃焼温度(700〜800℃)にて処理した際の揮発性成分を捕集した液のクロマトグラム(第8図)から明確となる。即ち,Kikuthrinの揮発性熱分解物はほとんどなく,揮発性成分はproparthrin自身であり,Kikuthrinの熱分解物は重合物となり,高沸点体へ転換すると考えられる。」(101頁の4.項) (イ) 上記認定の各刊行物の記載によれば,上記各刊行物には,本件出願前において,吸液芯方式においては,芯部分の目詰まり等により殺虫液の吸上げ量が減じ蒸散量が減じるなどの欠点があったこと,その目詰まりの原因の一つとして,殺虫剤の熱変質,熱分解に引き続く重合反応ないし熱変質,熱分解に伴う重合反応による吸液芯部分の樹脂化が挙げられており,そのことは本件特許出願当時その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)の間では周知の事項であったと認められる。
(ウ) 原告は,揮散時の加熱により殺虫剤が熱分解されるのであれば,むしろ殺虫剤が分解されたほうが,より低分子になり揮散しやすくなるというのが化学上の常識であり,吸液芯の目詰まりは生じないはずである旨主張するが,その根拠を示す証拠は見当たらない。かえって,ピレスロイド系殺虫成分の一種であるキクスリン(プロパルスリン)についての前掲乙12の記載をみると,キクスリンは700〜800℃にて処理しても,クロマトグラフィーの結果から,低分子化して揮発するのではなく,キクスリン自身が揮発していることのほか,キクスリン熱分解物は重合して高沸点体に転換している,すなわち,少なくとも揮発しなかったキクスリンの一部は高分子化していることが示唆されているし,分解生成物の種類によっては,元の殺虫剤よりも化学反応性が高くなって,分解物同士,あるいは分解生成物と既存の物質とが,揮発前に芯材中で化合する可能性も技術常識に照らし十分に考えられることであるから,「殺虫剤が分解されたほうが,より低分子になり揮散しやすくなる」というのが化学上の常識であるとの原告主張は採用することができない。
(エ) 原告は,甲11の実験報告書(薬剤をピナミンフォルテ,溶剤を脂肪族炭化水素とし,BHTを0.3%添加した殺虫液(試料1)と,比較例としてBHTを添加しない殺虫液(試料2)とを用い,400時間加熱蒸散後の試料1及び試料2の吸液芯に含まれている物質をアセトンで抽出し,これをガスクロマトグラフにかけたもの。吸液芯中の有効成分以外の物質の分析において,カラム温度は190℃から4℃/分の速度で270℃まで昇温する。),及び甲12の最終報告書(BHT無添加試料(試料1),BHT添加試料(試料2),BHT無添加400時間加熱試料(試料3)及びBHT添加400時間加熱試料(試料4)の各吸液芯に含まれる物質をアセトンで抽出し,これをガスクロマトグラフにかけて比較を行ったもの。カラム温度120℃(1min)〜300℃(20℃/min))を提出し,その実験結果から,BHT添加の有無にかかわらず,加熱重合物のピークが観察されなかったことをもって,「少なくとも吸液芯の目詰まり,すなわち,殺虫剤の有効成分の揮散量の低下をもたらす要因は,殺虫剤成分の加熱重合物ではないことが確認できる」旨主張している(仮に殺虫剤成分の加熱重合物により有効成分の揮散量が低下,すなわち吸液芯の目詰まりが発生するものとすると,BHTを添加していない甲11の試料2及び甲12の試料3のガスクロマトグラフでは,BHTを添加した甲11の試料1及び甲12の試料4の抽出物にはない加熱重合物のピークが現れなければならないとの前提に立つものである。)。
しかしながら,乙13には,ピレスリンの加熱による重合反応とBHTの同反応に対する抑制機能に関する試験結果が記載されているが,そこでは樹脂化生成物が,クロロホルムに溶解しない「不溶物」として扱われており,この記載及び技術常識に照らせば,ガスクロマトグラフィーにかけるための抽出用溶媒に溶解し得なかった加熱重合物が存在する可能性を否定することはできない。のみならず,熱分解により重合物が生成された場合,当該重合物は相当の高分子であることから,270℃ないし300℃の昇温温度程度ではガスクロマトグラフに検出されない可能性も技術常識に照らして十分あり得るから,原告の上記主張を直ちに採用することはできない。
ウ 以上,ア及びイで検討したところ基づき判断するに,刊行物2(甲4)記載の吸液芯方式に用いる殺虫剤も,刊行物1(甲3)のマット方式等による加熱方法に用いる殺虫剤と同様に,殺虫剤の調整後それが消費者の手に渡って加熱蒸散装置で加熱するまでには相当の期間が経過することが想定されることから,その間に殺虫剤の酸化による変質,熱分解を防止しなければならないという点において両者は技術的課題を共通にしているというべきであり,したがって,前記ア(ア)の刊行物3(甲5)記載の技術事項に接した場合,刊行物2(甲4)記載の吸液芯方式に用いる殺虫組成物について,上記変質,分解の防止の観点から,刊行物1(甲3)の実施例5に記載のBHTを添加した殺虫組成物を適用することは,当業者にとって容易に想到し得ることと考えられる。
原告は,BHT又はBHAを添加することで,殺虫剤成分の変質,熱分解を抑制することは,逆に,吸液芯の目詰まりを助長することにもなりかねないとし,刊行物2(甲4)記載の吸液芯方式に刊行物3記載の知見(「殺虫剤にBHTを添加した場合には,熱による変質が極めて少なくなり,熱によって分解もされない」)を結合することには阻害要因があるかのようにいうが,前記イ(ウ)に説示したとおり,「殺虫剤が分解されたほうが,より低分子になり揮散しやすくなる」というのが化学上の常識であるとする原告の主張は誤りであり,殺虫剤の熱分解は吸液芯の樹脂化を招きその目詰まりの原因となり得るものであるから,むしろ,吸液芯方式においては,目詰まりの防止という観点からも,刊行物3(甲5)記載の知見を適用する動機付けが十分にあるというべきであり,両者の結合に阻害要因がある旨の原告の主張は到底採用することができない。
この点に関する本件審決の判断に原告主張の誤りがあるということはできない。
(3)ア 原告は,本件審決が,本件訂正発明1の奏する効果について,当業者の予測できない格別顕著な効果であるということはできないと判断したが,この判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,前記(1)ア(ア)に認定の各刊行物の記載によれば,同各刊行物には,BHTが,これを殺虫剤に添加した場合,殺虫成分の保存中における酸化による変質,熱分解を防止するのみならず,殺虫剤の加熱揮散時における熱分解を抑制するものであることが開示されているというべきところ,前記(1)イ(イ)認定のとおり,本件特許出願前において,吸液芯方式における目詰まりの要因の一つとして,殺虫剤の熱変質・分解に引き続く重合反応ないし熱変質・分解に伴う重合反応による吸液芯部分の樹脂化が挙げられており,そのことが当業者に周知であったことからすれば,吸液芯方式において,殺虫剤にBHTを添加することが目詰まりの防止に寄与するものであることは当業者にとって容易に推測できたことというべきである。したがって,本件訂正発明1が,吸液芯方式において,従来から課題とされてきた吸液芯の目詰まりの問題を解決し,加熱開始から400時間後も殆ど揮散量を低下させることなく殺虫効果を持続維持するという作用効果を奏するとしても,それは,BHTを添加した殺虫剤を吸液芯方式の加熱蒸散殺虫装置に適用した場合に当業者において当然予想される範囲内の効果にすぎず,これをもって格別顕著な効果であるということはできない。
イ また,原告は,被告の平成元年3月22日付け特許出願(優先権主張・平成元年3月2日)に添付された明細書(甲10)を引用した上で,被告が,当該明細書において,特開昭63-48201号公報に記載されている酸化防止剤の配合につき,新たな試みと評価している以上,上記公報よりも2年先行して出願された本件発明は,当然進歩性を有するものと認定されるべき旨主張している。
しかしながら,特定の発明が進歩性を有するか否かの判断は,当該発明の特許出願当時の技術水準に照らして評価されるものであり,甲10のような本件特許出願後の明細書の記載によりこれを評価すべきものではない。原告の上記主張は採用の限りでない。
(4) 以上の次第で,本件訂正発明1は独立特許要件を欠くので本件訂正の請求は認められないとした本件審決の判断は相当であり,原告が取消事由として主張するところは理由がない。
4 結語 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 青蜉]
裁判官 上田卓哉