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事件 |
昭和
44年
(ネ)
575号
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裁判所 | 大阪高等裁判所 |
判決言渡日 | 1972/06/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
原判決を取消す。 被控訴人の請求を棄却する。 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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控訴人らは主文同旨の判決を、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用
は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。 |
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当事者双方の事実上、法律上の主張は、次に付加するほか原判決事実摘示と
同一であるから、これを引用する。 (控訴人らの主張、答弁)一 (イ)号は左の点においても本件特許の権利範囲外である。 1 本件特許明細書の全文および図面の記載と、当時一般にメリヤス生地(編物)が織物生地に比し伸縮性が大で腰が弱く、フアスナー支持体のような工業的資材の生地に用いることができないと考えるのが常識であつたことを総合すれば、本件特許発明における両支持体は織物に限られる。しかるに(イ)号の支持体の一方はメリヤス生地である。 2 本件特許発明における一方支持体のループは、織物の補助経糸に用いたマルチフイラメントによつて構成され、異なる方向、水準を有する一束型のループであるのに対し、(イ)号においてはメリヤス生地のマルチフイラメントの模様編面を収縮させ裏面から樹脂コーテイングを施し、支持体の面に対してほぼ垂直に立たせておくことができるようにした密のジグザグの桝型の橋渡し繊維層である。 二 (イ)号の製造販売は控訴人生駒織物株式会社(以下生駒織物という)の仮保護の権利の行使である。 特許庁は、生駒織物がかねてから特許出願をしていたファスナーの発明について昭和四六年二月一〇日左のとおり特許出願公告をした。 発明の名称 フアスナー出願 昭和四二年六月一九日発明者 【A】、【B】特許出願公告番号 昭和四六―五四一九特許請求の範囲の記載 「一方の布片面に、各両脚を離隔して上向き彎曲された円孤橋状係合条片の多数を並設し、かつ該係合条片の各列をそれぞれジグザグに配列すると共に、他方の布片面に平面ほぼ円形の頭を有するきのこ形係合突片を多数並設し、上記係合条片群と係合突片群を係合させて両布片を付着するようにしたことを特徴とするフアスナー」 (イ)号は右発明の特許出願公告に示された実施例および図面そのままであり、 右発明の実施品である。そして控訴人生駒織物は右発明の特許出願人であるから、 特許法第52条第1項に基き右発明の出願公告により業として特許出願に係る右発明の実施をする権利を専有している。したがつて控訴人生駒織物の(イ)号の生産販売は、右出願公告に基く権利の行使であり、控訴人日本ピツター株式会社は生駒織物が権利の行使により生産したものを同社から譲り受けて販売展示しているのであつて、この行為もまた正当の権限に基くものである。 三 本件特許発明にいう鉤と(イ)号のキノコ型小片は均等物ではない。 係合ループとの離脱に際し、本件特許発明の鉤は先端のわん曲部が外力が加わるにつれて次第に変形し、ほとんど一直線となつてループから離脱し、この場合わん曲部の変形に伴い、わん曲部の内側をループがスリツプするのであるが、(イ)号のキノコ型小片は離脱力が強化されてもキノコ頭部は変形せず、茎部が引張り方向に曲げられ、これに伴つてループがキノコ頭部周縁をスリツプして係合を解く。また、本件特許の最も優れた同種の実施品にあつては、その鉤が一方口であるためループと係合する割合が比較的少いに反し、(イ)号のキノコ型小片はキノコ頭部に方向性がないから、あらゆる方向に係合の機会があり、ループと係合する割合が大きく、(イ)号の係合力は、実験の結果本件特許の最も優れた同種の実施品に比較して六倍強の強さを示し、格段にまさつている。このように両者は作用効果において著しい相違があるのみならず、本件特許出願優先日当時において当業者が両者の置換可能性を推知することは不可能であつた。 (被控訴人の主張、答弁)一1 本件特許発明の支持体に関する控訴人らの主張は争う。本件特許の特許請求の範囲には支持体についてなんの限定もしていないだけでなく、その詳細なる説明の項には「支持体は如何なる材料でつくつてもよく」と記載し、合成材料の織物およびプラスチツク材料のバンドまたはプレートを支持体とする例を掲げている。本件特許発明の支持体の材質はそのフアスナーの用途にしたがつて自由に選択しうるものである。明細書および図面に織物支持体の例をもつて詳細に説明したのは本件特許発明の典型的な一実施例について述べたにすぎず、これによつて支持体を織物に限定される道理はない。 2 本件特許の特許請求の範囲には、ループについてなんらの限定をしていない。 本件特許発明の技術思想からして、ループは支持体の表面に無方向性、連続性の係合面を形成するようなものであればよく、特定の形状、配置支持体に対する角度などをとらねばならない技術的必然性はない。明細書の記載および図面はその一実施例を示したにすぎず、本件特許発明のループがそこに示されている方法により形成されるループ(控訴人らのいわゆる一束型ループ)に限定されるものでないことは当然である。 二 控訴人らの主張する特公昭和四六―五四一九の発明の内容が(イ)号に類似するものであることは争わないが、控訴人らの主張根拠とする特許法第52条第1項は、特許出願公告があつたときは出願人は常にその発明を実施することが正当化されるという趣旨の規定ではなく、第三者からその特許権を侵害されることを排除しうるという意味にすぎない。ある行為が他人の特許権を侵害するか否かの問題と、 その行為が自己の特許発明を実施するものであるか否かとは全く無関係であつて、 前記出願公告がなされたことは本事件に何ら影響を及ぼすものではない。 三 本件特許発明にいう鉤と(イ)号のキノコ型小片とは同一の機能を有しその作用効果を同じくし、出願当時の当業者において容易に置換可能を類推できたから、 キノコ型小片は本件特許発明の鉤と均等物である。 控訴人らは、(イ)号は離脱に際しキノコ頭部が変形しないというが事実に反する。ループとの離脱に際し、ループ係止点と支持点との間の部分の弾性変形によりループとの係合を解くことにおいて、本件特許発明の鉤も(イ)号のキノコ型小片も同一の原理にしたがうものである。 また控訴人は(イ)号と本件特許発明の一実施品とを比較して作用効果の差を強調するが、本件特許発明の鉤は比較に供された右実施品に限られないし、鉤の形状、 材質、配置、太さなどを変えることによつて、いくらでも係合力の強いものを作ることができるから、控訴人らの右主張は全く意味がない。 (新たな証拠)(省略) 理 由 |
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被控訴人が本件特許権の権利者であり、その特許請求の範囲の記載が「互に
引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するフアスナーに於て、該支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備え、他の支持体はその表面上に多数のループを備えた事を特徴とするフアスナ」であること、控訴人生駒織物が原判決別紙(二)に表示の(イ)号を製造し、 これを控訴人日本ピツター株式会社(以下日本ピツターという)に販売していること、控訴人日本ピツターが(イ)号を販売し、かつ販売のため展示広告の行為をしていることは、いずれも当事者に争いがない。 |
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右特許請求の範囲の記載に基き、成立に争いのない甲第二号証(本件特許公
報)の詳細なる説明ならびに図面をしんしやくして考えると、本件特許発明は「(1)支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備えること(2)他の支持体はその表面上に多数のループを備えること」の二要件からなる「互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するフアスナー」であると認められる。 被控訴人は、右「互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体で形成されたフアスナー」であることも、本件特許発明の構成に欠くことのできない要件である旨主張し、右事項が特許請求の範囲の冒頭に記載されているのであるが、右部分は本件特許出願時における先行技術ないし技術分野を示すにすぎないと解するのが相当である。 |
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本件特許発明の技術思想
いずれも成立に争いのない甲第八号証(乙第一六号証、スイス特許第二九五六三八号の明細書)、乙第一号証(米国特許第二七一七四三七号の明細書)、甲第三号証(米国特許第二四九九八九八号の明細書)によると、本件特許の優先権主張日以前においても面と面とを結合するフアスナーとして、同じ形をした膨頭あるいはわん曲鉤の鉤止部材を二個の支持体に対向的に多数備え、この支持体を押しつけることによつて膨頭同志がはまりこんだり、わん曲鉤同志が引つかけられて結合する発明が公知であつたことが認められる。しかしながら、これらの面フアスナーにあつては鉤止点が位置点に限定され、したがつて各鉤止部材はその位置に対応する相手方とのみ係合し、係合しようとする方向、部位によつて係合力に差の生ずる難点があつたことは容易に推察できる。 本件特許発明は、支持体の一方の表面に多数の鉤を備え、他方の支持体の表面に多数のループを備えることによつて係合の機会を増大させ、前記難点ないし課題を技術的に解決したものと解せられる。このことは本件特許公報(甲第二号証)に、 「上記の如く鉤止されたベルベツト型の織物の層及び上記にテリー又はアンカツトベルベツトとして述べたループ型の織物の層を使用する時に、織物の二層の鉤止装置又は連結装置からの分離に対する抵抗が改良される事が分つた。実際上、層の一つの各鉤部は他の層のループ内に係合し、此等の上層の分離は、鉤部がテリー又はアンカツト織物の層のループから逃出し得る様に鉤部全部の一時的な匡正を生ずるに充分な力が加えられた時にのみ生ずる。又、実験によれば、例えば平方cm当り一二〇個の鉤を備えた鉤付層は、同じ鉤付層に対して、鉤止点のない比較的大なる表面を示す事が示された。従つて鉤の約三〇%のみがこの型式の二層と係合することとなる。 これに反し、同じ鉤をもつ同じ層で、前記の如く形成したループをもつ層を使用する時には、平方cm当り約一〇〇〇個のループをもつ層は上記の鉤を鉤止せしめる可能性を非常に増大する。」(公報一頁右欄四行目から一九行目)と記載されていることによつて明らかである。 本件特許発明において、一方支持体の鉤止部材に連続した係合面を形成する多数のループを採用したことはすぐれた着想というべきである。しかしながら、他方の支持体の鉤止部材である鉤そのものは、本件特許発明者【C】自身がかつて発明(前記スイス特許第二九五六三八号、鉤と鉤とを対向的に備える面フアスナーの発明)して公知となつた鉤と異るところはない。そして、本件特許公報における特許請求の範囲の記載、明細書および図面の記載ならびに本件特許発明に至る前記経過などを考え合わせると、本件特許発明においてループに対応する他方支持体の鉤止部材として発明者が意図したものは多数の「鉤」に限られ、その技術思想が上位概念である多数の「ループを引つかけるもの」にまで及んでいたものとは解しがたい。 そうすると、本件特許発明の技術思想は従来公知の「鉤」対「鉤」の組み合わせを「多数の鉤」と「多数のループ」の組み合わせにかえ、これによつて二個の支持体の係合の機会を増大し、面フアスナーの実用性を高めることにあるということができる。 |
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控訴人生駒織物の製品であることに争いのない検乙第二号証の一、二、成立
に争いのない乙第三九号証、原審における控訴人生駒織物代表者本人尋問の結果によると、(イ)号は一方の支持体が織物生地であり、その表面に備えられた鉤止部材はポリプロピレン材料のモノフイラメントを、その両端が表面に突出するように織込み、その突出部の先端にキノコの傘形の膨頭部を形成するキノコ型小片であり、他方の支持体はメリヤス生地であつて、その表面に備える鉤止部材はナイロンのマルチフイラメント模様糸でジグザグの模様編とし、編立後ブラツシングおよび収縮処理を施した密なジグザグのわん曲橋状ループ層であることが認められる。 |
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(イ)号と本件特許発明の構成上の対比
1 支 持 体 本件特許公報(甲第二号証)の明細書の説明および図面には、テリー又はアンカツトベルベツト型の織物を支持体として、その製造方法、その装置まで詳細に説明しており、控訴人らは右記載をもつて本件特許発明における支持体は織物に限る旨主張するが、 右明細書の他の部分には「プラスチツク材料の如き合成材料のバンド又はプレートにより構成せられる滑かな均一の支持体」の例が記載され(特許公報四頁左欄末行から右欄四行)、また「支持体はいかなる材料でつくつてもよく」(同四頁右欄一六、一七行)と明記されていることからして、本件特許発明の支持体の材質にはなんらの制限がなく、明細書には典型的な一実施例として織物支持体をあげて詳細に説明したにすぎないものと解すべきである。 したがつて、(イ)号の支持体の一方が織物でなくメリヤス生地であることを理由に、本件特許発明の構成要件にあたらないとする控訴人らの主張は理由がない。 2 ル ー プ 控訴人らは、前記明細書に詳細に記載されたループの製造方法および図面からみて、本件特許発明のループは脚を閉じた環状のループ(いわゆる一束型ループ)に限られ、かつその支持体上における配列のしかたにも制限があると主張する。しかしながら、本件特許請求の範囲はループについてなんらの限定をしていないし、前述の本件特許発明の技術思想に照してもループが特定の形状、配置をとらなければならない必然性は認められない。また原本の存在および成立に争いのない甲第一三、一四号証の各二によると、ループという言葉は完全な円形のものばかりでなく半円形のものを含むものとして用いられていることが認められる。そうすると、 (イ)号に備えられたわん曲橋状のループは本件特許発明のループに該当するといわなければならない。右認定に反する乙第二号証、第七、八号証、第一四号証の一、二、第一五号証(以上いずれも意見書または鑑定書)、原審における控訴人生駒織物代表者本人尋問の結果の一部は採用できない。 3 本件特許発明における「鉤」と(イ)号のキノコ型小片 被控訴人は、本件特許発明にいう「鉤」は、多数のループに引つかかることによつて二個の支持体を結合し、弾性変形によりループとの係合から離脱することによつて両支持体を分離するという機能を有するものであれば足り、(イ)号のキノコ型小片は右機能を有するから本件特許発明の「鉤」にあたると主張し、 控訴人らは本件特許発明にいう「鉤」は、特許公報に記載されている先端部が曲つた形状のものに限定されると抗争するので次に判断する。 本件特許公報の特許請求の範囲の記載によると、「鉤」はループを引つかける機能を有するものとして鉤止部材に採用されていることが明らかであるが、特許公報の図面には「鉤」として先端がわん曲した形状のものが示されているだけで、明細書中には「鉤」の形状等について特別の説明がなく、「鉤」の用語について特別の定義はなされていない。そうすると、本件特許にいう「鉤」の意味は、形状等については普通当業者が理解するところにより定めるべきである。 いずれも成立に争いのない乙第二〇号証の二、第二一ないし第二四号証、甲第四、五号証の各二(いずれも辞典)によると、「鉤」という用語は通常「先の折れ曲つたもの」とか「先端の屈曲した器具の総称」を意味し、機能、用途として「物を引つかけたり、とめたりするのに用いるもの」などとされている。被控訴人は、 もつぱら「鉤」のもつ機能面をとらえてループを引つかけるものは「鉤」であるというが、通常「鉤」の用語から観念される「先の折れ曲つたもの」というその形状を全く無視することはできない。キノコ型小片は後述するようにループを引つかける機能を有してはいるが、その形状、外観からみて一般にこれを「鉤」と称することはできない。 前掲甲第八号証(スイス特許第二九五六三八号の明細書)、成立に争いのない乙第一七号証(特許公報昭三八―一〇七八号の明細書)によると、本件特許発明者【C】自身は先の折れ曲つた鉤止部材を「鉤」といい、同じくループに引つかけるための鉤止部材であつても先端の曲つていないものは「鉤」とよんでいない。 また成立に争いのない乙第二九号証(米国特許第二八二〇二七七号の明細書)によると、本件特許発明者でない者の発明にかかる鉤パイル織物の製造方法等の特許において、先端の折れ曲つた鉤止部材を「鉤」とよんでいる。成立に争いのない乙第三六号証(特許公報昭三九―四四三一号の明細書)によると、被控訴人出願にかかる右特許においても先の曲つた鉤止部材は「鉤」とよんでいるが、先の曲つていないものは別個の名称を付していることが認められる。以上の事実に成立に争いのない乙第二五号証を併せると、フアスナーの技術分野においても先の折れ曲つたものでなければ概ね「鉤」とよばれていないことが認められる。 してみると、先端の折れ曲つていない(イ)号のキノコ型小片は本件特許発明における「鉤」にあたらないというべきであり、右認定に反する甲第七号証、第九、 一〇号証(いずれも鑑定書)は採用できない。 |
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そうだとすると、(イ)号は本件特許発明の「支持体の一方はその表面上に
多数の鉤を備え」という構成要件を欠いているから、(イ)号は本件特許発明の技術的範囲に属しないといわざるをえない。 |
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被控訴人は、(イ)号におけるキノコ型小片は本件特許発明における鉤と均
等手段を用いるものであると主張するので次に判断する。 一般に均等物、均等方法であるというためには、当該物または方法が他の特許発明の構成要素と機能を同じくし、これを取換えてみても作用効果が同一であり、かつ特許出願当時の当該技術分野における平均的水準の専門家にとつて右置換可能を容易に類推できる場合でなければならない。 そこでこれを本件について考察する。 一 ループに対するキノコ型小片と本件特許発明の鉤の係合、離脱の原理 いずれも成立に争いのない甲第六号証、第一一号証、第二七号証、(イ)号のキノコ型小片の顕微鏡写真であることに争いのない検甲第二ないし第四号証の各一ないし五、検甲第五号証の一ないし六、検甲第一五号証の一ないし六、モデルによつて鉤とループの分離状態を示した写真であることにつき争いのない検甲第一八号証の一ないし九、モデルによつてキノコ型小片とループの分離状態を示した写真であることにつき争いのない検甲第二一号証の一ないし六を綜合すると、本件特許発明の実施品(ループに対応する鉤止部材は先端が下方に向つてわん曲した繊条の多数の鉤である。商品名ベルクロ・マジツク・フアスナー)においても、また(イ)号においても、両支持体を重ねて押圧すると鉤((イ)号においてはキノコ型小片)はループの中に没入し、両支持体を分離しようとする力が働くと鉤(キノコ型小片)とループとが引つかかりあい、分離に対し抵抗を示すこと、分離力がさらに強くなると鉤(キノコ型小片)はループ係止点(ループが引つかかりあつている点)と支持点(鉤止部材が支持体に支持されている点)との間の部分において変形し、 ループと鉤(キノコ型小片)とのなす角度が開き、これが一定の角度(係脱限界角度)以上になるとループは鉤の曲折部(キノコ型小片にあつては頭部周縁)をスリツプして引つかかりあいを解き、両支持体が分離されること、鉤(キノコ型小片)とループの係合が解かれると、変形していた鉤(キノコ型小片)はその弾性により原形に復することが認められる。そうすると、本件特許発明の実施品である鉤も(イ)号のキノコ型小片も、ループとの係合、離脱のメカニズムにおいて同一の原理にしたがうものということができる。 控訴人らはキノコ型小片と鉤においてはスリツプの回数が違うとか、分離に際して必要な力のダイヤグラムが異るとか種々主張するが、いずれも前記認定を左右するに足る本質的な差異とは認めがたい。 以上の認定に反する乙第二、三号証、第七、八号証、第四一号証(いずれも意見書または鑑定書)および原審における控訴人生駒織物代表者本人尋問の結果の一部は採用できない。 二 キノコ型小片と本件特許発明の鉤の作用効果 (イ)号のキノコ型小片と本件特許発明の前記実施品の鉤は、前述のとおりともに他方支持体のループと引つかかりあう目的、作用を有するが、本件特許の実施品における鉤は先端が下方に向つてわん曲した繊条であるから、ループと係合する方向はその先端のわん曲した方向に限られ、その背面方向についてはなんらの作用を営みえないに対し、キノコ型小片はその頭部が半球形状の笠形をなし、その直径が茎部より大きいから、あらゆる方向のループと係合しうる可能性があるといえよう。したがつてキノコ型小片は本件特許実施品の鉤に比して係合の割合が多く、スライドさせようとする外力に対して示す抵抗力も右鉤の場合に比して増大するものということができる。成立に争いのない乙第二七号証の一ないし四(大阪府立繊維工業指導所のテスト結果)によると、(イ)号のキノコ型小片は本件特許の前記実施品(鉤止部材の材質、太さ、数において(イ)号と大差はなく、同じ用途に用いられる鉤)に比し、平均して一本につき三倍強の係合力を有し、これらを各鉤止部材とする同面積の布製フアスナー(他方支持体の鉤止部材は(イ)号はわん曲橋状ループ、実施品はいわゆる一束状ループ)の剥離力において、(イ)号は右実施品の六倍強の強さを有することが認められる。 被控訴人は、本件特許発明の一実施品と(イ)号とを比較するのは無意味であり、本件特許発明のフアスナーの係合力は鉤やループの材質、形状をかえることによりいくらでも強力にすることができるというが、実施品を離れて作用効果を比較することは困難であり、同種の用途に用いるほぼ同等の材質、数量の鉤止部材を備えた実施品と比較対照するのが相当である。被控訴人は、前記実施品のほかに本件特許に対応する米国特許の実施品として検甲第一一、一二号証の各一、二のフアスナーがあるというが、その各鉤止部材の形状からして本件特許発明の「鉤」といえるかどうか疑いなきをえず、作用効果の比較の対象として採ることができない。 そうすると、本件特許発明の鉤と(イ)号のキノコ型小片とは作用効果において著しい相違があり、これを置換しても同効とはいいがたい。 三 容易類推可能性 前掲甲第二、三号証、第八号証によると、本件特許発明の発明者【C】が「鉤」と「鉤」を引つかけあう面フアスナーを発明する以前に、「拡大部分を有する尖頭」同志をはめこんで係合する面フアスナーが公知であり、【C】自身も甲第八号証(スイス特許第二九五六三八号の明細書、特許出願日一九五一年一〇月二二日)において、「鉤」と「鉤」を引つかけあう方式のほか「球又はその他のふくらみ」同志をはまりこませる方式の面フアスナーの発明を開示していることが認められる。 しかるにその後六年を経て出願された本件特許発明(優先権主張一九五七年一〇月二日)においては、ループと係合すべき鉤止部材に「鉤」をあげているだけで、 「球又はその他のふくらみ」を鉤止部材とする意図はその明細書によつては全くうかがうことができない。このことは、発明者においてはめこみ方式の鉤止部材がループとの係合に適しないと考えていたことを推知させるものである。キノコ型小片はその形状からして前記の「拡大部分を有する尖頭」「球又はその他のふくらみ」の系列に属すると考えるのが通常というべく、成立に争いのない乙第三〇号証(米国特許第三一九二五八九号の明細書)によると、このキノコ型小片同志をはめこませる方式の面フアスナーがその後特許されていることが認められる。そして、成立に争いのない乙第一一号証(米国特許第三一三八八四一号の明細書)によると、本件特許出願後五年を経た一九六二年一〇月の出願にかかる面フアスナーの発明において、初めてキノコ型小片がループに対応する鉤止部材として採用されたことが認められる。以上の事実に、同じ面フアスナーの分野であつても、はめこみ方式と引つかけ方式とでは係合、分離の原理を異にすることを考え合わせると、本件特許出願者優先日当時において、本件特許発明の鉤とキノコ型小片との置換可能性を当業者が容易に推考しえたとはたやすく断じがたい。 以上の次第であるから、(イ)号におけるキノコ型小片が本件特許発明における鉤と均等であるとの被控訴人の主張は採用できない。 |
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次に被控訴人は、(イ)号は本件特許発明の利用発明であると主張するので
考えるに、利用発明が成立するためには、後の発明の実施にあたり先行発明の権利範囲に属する特許要旨の全部を利用、実施する場合でなければならない。(イ)号は既述のように本件特許発明の構成要件である一方支持体の鉤止部材の「鉤」を欠くとともに、鉤のもつ係合の方向性の欠陥を無方向性のキノコ型小片を備えることによつて解決し、係合力を強化したものであるから、(イ)号の実施は本件特許発明の要旨をそのまま利用したものということはできない。 よつて右主張も採用できない。 |
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以上に認定したところによれば、(イ)号は本件特許権の権利範囲に属せ
ず、(イ)号を製造、販売等する控訴人らの行為は被控訴人の本件特許権を侵害するものとはいえないから、控訴人らのその余の主張について判断するまでもなく、 控訴人らに対し侵害行為の差止および(イ)号の廃棄を求める被控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却すべきものである。これと異る原判決は失当として取消を免れず、本件控訴は理由がある。 よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第96条、第89条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 加藤孝之 |
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裁判官 | 今富滋 |
裁判官 | 藤野岩雄 |